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『村上ラジオ2』は、とても思い出深い一冊。 入院中の病室で、かなり苦労しながら読みました。 『村上ラヂオ』も、同じ場所で読みました。 読むことが、少し楽になっていました。 入院してから続けていた服薬を、今年の3月で終えました。 そして、先月には通院も終えました。 『ツレうつ』を読んでた頃には、「もう無理かも……」と思ってた仕事も、 様々な方のご支援で、何とか続けることが出来ています。 *** 僕もまだ一人の女性としか結婚したことがなく、 「ブルテリアしか見たことがない」無知蒙昧な一人ではあるけれど、 それでも厚かましく僕なりに、 女性全般について長年抱いている説がひとつあります。 それは「女性は怒りたいことがあるから怒るのではなく、 怒りたいときがあるから怒るのだ」ということだ。 男が怒る場合、そこにはおおむね「こうこうこうだから怒る」 という筋道がある(それが適切かどうかはともかく)。 でも女の人は、僕が見たところ、多くの場合そうではない。 普段はとくにめくじらを立てるでもなく、穏やかに見過ごしていることでも、 それが怒る時期にたまたまあたっていれば怒るし、 それもかなり真剣に怒る。 俗にいう「地雷を踏んだ」みたいなことになってしまう。(p.20)この後、この件に関する村上さんの対処法が記されているのですが、きっと、みんな同じようにやっているのだろうと、私も思いました。こんな時は、こんな風に対処するしかないという構えが出来ていれば、実際にそういう場面に遭遇した時も、上手くやり過ごせそうですね。 考えてみたら衣服というのは、 小説家にとっての文体に似ているかもしれない。 他人にどう思われようと、批判されようと、 そんなことはどうでもいい。 「これが自分の言葉で、これが自分の文体だ」 というものを用いることで初めて、 心にあるものを具体的なかたちにできる。 どんな美しい言葉も、洒落た言い回しも、 自分の感覚や生き方にそぐわなければ、 あまり現実の役には立たない。 だから誰かにもらった服は、悪いなあとは思うんだけど、 抽斗に入れっぱなしになっていることが少なくない。 それらはしばしば、句読点の打ち方や形容詞の選び方が、 自分らしいものとは微妙にずれた文章のように感じられる。 身にまとっていてどうにも落ち着かない。(p.88)全く同感。とは言っても、私は小説家ではありませんが。
2016.08.28
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著者の1歳半年上の兄は、31歳で統合失調症と診断された。 しかし、幼少期から彼には妹である著者とは違った方法で現実をとらえ、 風変わりな行動をとることがあったという。 そんな知覚や情報処理の差の所以を知るべく、著者は脳科学者になった。 1993年、統合失調症の脳の検死解剖の世界的権威・べネス博士のいる マックリーン病院の研究所で新しい職についた彼女は、 翌年には、NAMI(全米精神疾患同盟)の理事となり、 精神病と診断された脳組織の検体提供を、精力的に呼びかけた。1996年には、ハーバード医学校精神医学科からマイセル賞を授与され、30代半ばで、仕事も私生活も順風満帆の彼女だったが、その年の12月10日、目覚めると彼女は脳障害になっていた。本著には、脳卒中になった日の朝の様子や手術前後の経過が詳細に記されている。それは、脳科学者の視点から、脳が変化していく様子を観察した記録であり、また、患者の視点から、配慮して欲しいことがらをまとめた記録でもある。付録として「回復のためのオススメ」や「脳についての解説」が、巻末にまとめられているのも、便利である。
2016.08.28
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なぜ「橋下徹」は、多くの人たちから支持され続けるのか。 なぜ「橋下徹」は、何をしても結局許されてしまうのか、 他の人が同じことをすれば、再起不能に追い込まれそうなことですら。 これまでずっと疑問を抱いてきたが、なかなか正解は見えてこない。 こんな「橋下徹」を、つくり出したのは誰なのか。 本著は、その根源の一つを在阪メディアに求め、追究するものである。 本著では、橋下がマスコミに対してどのような態度・行動を示してきたか、 そして、それに対し、マスコミがどのように対応してきたかが記されている。 *** 「今日の会見を見てもわかると思いますけど、 彼はすべてにおいて『ああ言えばこう言う』で、 屁理屈を付けて逃げ、決して反省するということがない。 とにかく、口で負けない・間違いを認めないということだけが大事だから、 その場その場の思いつきで詭弁でもすり替えでも何でもやる。 口は異常に達者ですけれども、 ほんとうの意味で対話が成り立つということがないんです。 そういうことを繰り返すうちに、 真面目に相手をしても無駄だと記者はみんな思うんじゃないですかね。 私もそう思います。 あの場で議論しても不毛なものにしかならない。」(p.136)定例記者会見後、著者の取材に応じたある記者の言葉である。『最後に思わずYESと言わせる最強の交渉術 』にも記されている様々なテクニックを駆使しての記者会見。その道のプロである記者たちですら、全く太刀打ち出来ない変幻自在の弁論術。 常々、「選挙こそ究極の民主主義」と強調し、 「民主主義は感情統治」と述べたこともある橋下は まさに「多数者の専制」を作り出そうとしている。 それは民主政治が本来的に持っている矛盾であり、 橋下ならずとも必ず社会に現れてくる現象なのだろう。 問題は、それを利用して掉さすか、危惧を覚えて異を唱えるか-。 しかし、橋下を番組に招き、異論も挟まず好き勝手に語らせている状況では、 「口を閉ざし、敵も味方もなく競って多数の後に従おうと」 していると言われても仕方がない。(p.186)ここに出てくる「多数者の専制」は、フランスの政治思想家トクヴィルが、『アメリカのデモクラシー』の中で指摘した現象である。これに、世論にすり寄るメディアが加担する。メディアは大衆が大きくなびく方向へなびく習性があると、中島岳志は言う。 「だけど、彼がやってきたことを全部足せばマイナスになるでしょうね。 一番深刻なのは、言論を劣化させたこと。 意見や立場の違う人間を徹底的に攻め、論破し、 黙らせたもの勝ちという価値観を広めてしまった。 民主主義の劣化と言ってもいい。 メディアの人間として悔しいのは、それに付き合わされたこと」(p.237) これは、ある在阪放送局のキャスターの言葉。たとえ、弁論で相手を屈服させ、その姿に大衆が拍手喝采したとしても、それが、直ちにその主張の正しさを証明するものではないということを、「橋下徹」という存在は、教えてくれる。
2016.08.15
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話題の一冊。 著者は『でっちあげ』の福田ますみさん。 また、同じようなことが起こってしまったことに、 世間は、懲りない人たちの集まりだと思い知らされる。 これは、特殊な出来事ではない。 どこの地域でも、どこの学校でも起こりうること。 なぜ、ここまで学校は弱い立場なのか? なぜ、マスコミは最後まで事実を報道しきらないのか? いったい何が目的でさおりがここまで多くの人を糾弾するのか、 山崎君にはわけがわからなかった。 攻撃のターゲットは最初は担任の立花先生で、 そのうちバレー部になり、 そして最後は、「えっ、おれ?なんで」と信じられない気持だった。 本音を言えば、保護者ひとりになぜ、 県教委や学校は何も言えないのだろうと疑問に思ったのも事実だ。 でもそうなれば、今度は母親の攻撃の矛先が 裕太君に向かうからなのかなとも考えた。(p.155) 無理難題を言う保護者であっても、 教育的配慮から一歩も二歩も譲歩せざるを得ない。 それが、生徒や保護者との信頼関係を前提に、 性善説で成り立っている学校という組織の宿命である。 しかしその”配慮”が大きな禍根を残すことになる。(p.89) ところが、県教委こども支援課の前島や丸山は、 事実を公表したくてもできないジレンマに陥っていた。 公務員である彼らの前に、 プライバシーの保護と守秘義務の壁が大きく立ちはだかり、 県議会で今井県議などによる追及の矢面に立たされても 具体的な答弁が出来ず、袋叩きになっていたのである。(p.92) たった一人の保護者とそれに肩入れする人々に、ここまでかき回され、そして、その保護者のそれまでの行動が、大きな疑問符がつくものだと、色々な立場の人が分かっていながら、何もできなかったのはなぜ?結局、児相一時保護寸前で、裕太君を救い出すことが出来なかった。 24日、県教委こども支援課の丸山は、 尾野生徒指導主事、黒岩とともに佐久警察署に赴き、 さおりを刑事告訴したいと申し出る。 彼女の尋常ではない言動によって 多くのバレー部員や保護者達が傷つけられている現状を、 もはや見過ごすわけにはいかなかったのだ。 応対した刑事課長はしかし、 こうしたケースでは刑法犯として即逮捕は難しく、民事で訴えるか、 いやがらせ電話についてはナンバーディスプレイ付きの電話にするなどの 自己防衛策を講じるしかないという。 ただ、さおりの言動は確かにひどすぎるので、 生活安全課長の方から彼女に注意すると約束した。(p.74)この段階で出来ることは、本当に他になかったのか? 「お父さん、映ってるわよ!」。 この日の夜、妻に言われてテレビ画面を太田が凝視したところ、 番組は、撤回した雑談の部分を放送し、 その後の発言をカットしてしまっていた。 (テレビ局はあらかじめ、学校批判の筋書きを作っていたのか) そのうえ、自分では全く笑ったつもりはないのに、 テレビに映し出された自分の顔がニヤッと緩んだように見えた。 その瞬間、画面が別のニュースに切り替わった。(p.84) 「あなた方には信じてもらえないだろうけど、大変な母親だったんですよ」。 記者たちにそう言いたくても言えないもどかしさと諦めの気持ちが、 あの緩んだ表情につながってしまったのだ。 校長自身は当時の心境をこう分析する。 記者たちは自分の話にしきりに頷いていたが、 結局のところカメラがねらいを定めていたのは、 あの表情だけだったのだろう。(p.151)マスコミの常套手段で、驚くことは全くない。しかし、見る側のリテラシーが、前時代的なままなのが大問題。テレビに映し出されるものは、作り手に都合がいいように加工されており、決して事実をありのままに伝えていないことぐらい、いい加減理解しなくては。 「事情をよく知らない人から、 あれは保護者とのボタンの掛け違いだったのではないかと言われることがありますが、 そんなレベルをはるかに超えた事件でした。 高山さんとは話し合いをしようにも、 狂乱状態になってしまってどうしようもなかった。 結局、言った者勝ち、訴えた者勝ちで、 あれだけの騒ぎになってしまったのだと思います」(p.245)当時、生徒指導主事をしていた教員の言葉である。そう、その当事者でなければ、結局これぐらいの感覚でしかない。高見澤弁護士だけでなく、今井県議、ルポライター・鎌田慧といった人たちは、今、この事件をどのようにとらえ、自分のとった行動をどう思っているのだろうか。
2016.08.13
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シャープに比べると、いたってシンプル。 それまで、鈴木さんの一存で決めていた人事が、 今回は、そうはいかなかったというだけのお話。 まぁ、一人で決め続けられる状態も、どうかなとは思う。 現社長は改革案をほとんど出せず、物足らないと思っている鈴木さんと、 自分は社長として、現在の好調を牽引してきたと自負する井阪さん。 鈴木さんが、次男を後継者にしようとしているという憶測も飛び交い、 指名報酬委員会や創業家、米投資ファンドの思惑もそこに絡んでいく。結果、井阪さんはセブン&アイの社長に、井阪さんの相棒だった古屋さんが、セブンイレブンの社長になった。もし、鈴木さんの思惑通りに人事が進んでいたとしたら、今頃、セブン&アイはどんな陣容になっていたのだろうか。ニッセンホールディングスを完全子会社化し、西武筑波店、八尾店、春日部店、旭川店とそごう柏店を閉鎖。さらに、イトーヨーカドーも不振40店舗を2020年までに閉店し、このうち20店については、2017年2月期に閉鎖する。まさに撤退戦で、鈴木さんも手掛けたことのない局面。ダイエーもセゾンも上手くいかなかった後継者育成。自分が成功した時期とはまるで違う局面になるであろうことを見越し、それに対応できる人材を育てることは、カリスマであろうと簡単なことではない。
2016.08.12
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最近話題の「日本会議」。 関連書物も多数出版され、ベストセラーになっているものも多い。 そんな中でも、本著はよく知られた存在。 初版第一冊発行は、今年の5月1日。 著者は1974年に奈良で生まれた著述家。 一般企業のサラリーマンをしていたが退職し、 2015年から、主として政治分野の記事を、 雑誌やオンラインメディアに提供してきたという。 こうした連中は、その後、外国人排斥に運動の重心を移していく。 不法入国のかどで強制退去を命じられた カルデロンさん一家に対する抗議デモを皮切りに、 彼らの運動は激しさというよりも、醜悪さを増していった。 その前後あたりから、私は、彼らのデモや抗議活動の現場に潜入し、 写真を撮ったり音声を録音したりするようになった。 彼らの主張も運動手法も、私にとって到底許せないものだったからだ。 当時はまだ、いわゆる「カウンター」と呼ばれる人々は極めて少数であり、 私のような活動をしている人物は極めて少なかった。(p.5)最近読んだ『日之丸街宣女子』の作者とは、真逆の立ち位置にいるのが、本著の著者ということらしい。さて、本著で頻出するのが、「生長の家」創始者・谷口雅春と、「日本を守る会」事務局を取り仕切っていた村上正邦、「日本青年協議会」会長・椛島雄三。そして、この椛島が「日本会議」の現在の事務総長だ。本著には、「日本青年協議会」のオルグの様子について、実態告発手記を寄せた人物から、著者が聞き取った内容が記述されている。それは、本著の中でもたいへん興味深いものの一つであり、組織や活動の内情が、よく伝わって来た。さらに頻出するのが、日本政策研究センター代表・伊藤哲夫。彼は、安倍晋三の筆頭ブレーンとされている人物で、日本政策研究センターは「歴史認識」「夫婦別姓反対」「従軍慰安婦」「反ジェンダーフリー」の4点を流布すべく活動している。この日本政策研究センターが、2015年8月に開催したセミナーで配布したレジュメに、「憲法改正のポイント」が4つ示されているのだが、その最初に示された「緊急事態条項の追加」は、次のような内容。 非常事態に際し、「三権分立」「基本的人権」等の原則を一時無効化し、 内閣総理大臣に一種の独裁権限を与えるというもの。(p.181)これは、「非常事態」というものの解釈のしようによっては、かなり危うさを含んだものだという気がした。 本書で振り返った、70年安保の時代に淵源を持つ、 安東巌、椛島有三、衛藤晟一、百地章、高橋史朗、伊藤哲夫といった、 「一群の人々」は、あの時代から休むことなく運動を続け、 さまざまな挫折や失敗を乗り越え、 今、安倍政権を支えながら、悲願達成に王手をかけた。 この間、彼らは、どんな左翼・リベラル陣営よりも頻繁にデモを行い、 勉強会を開催し、陳情活動を行い、署名集めをしてきた。 彼らこそ、市民運動が嘲笑の対象とさえなった80年代以降の日本において、 めげずに、愚直に、市民運動の王道を歩んできた人々だ。 その地道な市民活動が今、「改憲」という結実を迎えようとしている。 彼らが奉じる改憲プランは、 「緊急事態条項」しかり「家族保護条項」しかり、 おおよそ民主的とも近代的とも呼べる代物ではない。 むしろ本音には「明治憲法復元」を隠した、古式蒼然たるものだ。 しかし彼らの手法は間違いなく、民主的だ。(p.296)またしても「民主的」ということの危うさについて、考えさせられることになってしまった。
2016.08.11
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壁の中を火の海と化していく超大型巨人。 それを阻止しようとするエレンを一蹴。 さらに、鎧の巨人まで復活。 追い詰められる、アルミンたち。 一方、壁の外では獣の巨人の砲撃が始まる。 エルヴィンは囮となって新兵たちを率い、騎馬で突撃。 その隙に、リヴァイは巨人を伝って忍び寄り、 獣の巨人に襲い掛かる。獣の巨人を追い詰めたリヴァイだったが、あと一歩のところで、取り逃がしてしまう。逆に、巨人たちに取り囲まれてしまったリヴァイ。エルヴィンは、リヴァイを救えるのか?エレンと二人で超大型巨人に立ち向かうアルミン。鎧を食い止めるのは、ミカサたち。そこへ、ハンジが現れてアシスト。ミカサの放った雷槍が、鎧の巨人の口の中で炸裂する。超大型巨人の放つ熱風に炙られながらも、必死に時間を稼ぐアルミン。そして、硬質化したエレンの巨人の中から飛び出したのはエレン。超大型巨人の見せた隙をつき、うなじを一撃。 ***ベルトルトもライナーも、まだまだ、どうなったのか分かりません。アルミンは、どうみても生きているとは思えないけれど……それでも、分からないのかも。
2016.08.11
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『日本が好きでなぜ悪い!』を読んで、 本著の存在を知り、早速発注して読んでみた。 『日之丸街宣女子』の第1話から第5話が掲載されており、 その後には『街宣!街宣!』も掲載されている。 本著は、Vol.1ということで、続巻も予定されているらしい。 完成度は、『街宣!街宣!』に比べると、グンと上昇。 普通の女子中学生・奏が、幼馴染の土基創を通じて、 デモに関する認識を改め、そこへ身を投じる様が描かれている。デモの現場の実態、それがマスコミで報じられるとどう加工されてしまうか、それに対するマスコミの対応等々。そして、第5話の校長室生中継がクライマックス。 別に私達は、保守とか右翼じゃありません。 日本に生まれ、育ち、暮らす、普通に日本が好きな人間です。 日本を悪く言ったり、壊したり、売ったりする人や国が嫌いなのは当たり前。 極々普通の事だから、漫画にしました。 極々普通の人に読んでもらいたいです。 特に「ヘイトっていけないよね」と思っちゃってる人は読んでください。 極々普通に驚くかも、ね。 岡田壱花/富田安紀子これは、表紙裏に書かれた作者からのコメント。誰でも、自分視点が「普通」だと思ってるはずだから、人の数だけ「普通」はあるに違いない。だから、本著を「普通」だと思う人もいれば、「普通じゃない」と思う人もいる。
2016.08.11
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久々の大場・小畑コンビ作品。 連載が始まったことは知っていたけれど、 コミックスの3巻が発売されそうな今になって、やっと手にした。 大騒ぎになるほどの話題には、なってないのかな? 『REVERSI』に『DEATH NOTE』をプラスした雰囲気。 さすがの画力に、さすがの展開力。 安心して、読み進めることが出来る。 もちろん、2巻も3巻も読むことになるだろう。しかし、今のところ衝撃的な「何か」は感じられない。あくまでも安定。コンビへの期待が大きいだけに、物足りなさを感じる読者もいるのでは?とにかく、「!!!」を期待して、読み進めます。
2016.08.02
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1学期の終業式の日、 小学4年生のミチオは、担任の岩村先生に頼まれて 当日欠席したS君の家に、プリントと宿題を届けることになる。 その途上、後足が不自然に曲がり、石鹸をくわえた猫の死骸を見る。 そして、S君の家に着くと、門で飼い犬のダイキチに吠えられ、 一番奥の部屋では、S君が首を吊っているのを発見する。 その知らせを聞いた岩村先生は、警官と共に現場に行くが、 そこには、S君の死体も、ロープも倒れた椅子もなかった。ミチオには3歳の妹・ミカがいる。母親は、ミカを溺愛しているが、逆にミチオのことは嫌悪している。父親は、母親に対して強い態度に出ることはない。そんなミチオにとって、トコお婆さんは、一番の相談相手。定年を過ぎた古瀬泰造は、自宅近くのクヌギ林の奥に設置された百葉箱の中の温度計と乾湿計の目盛を記録するアルバイトをしていた。そのクヌギ林の向こうにある一軒家がS君の家だった。聞き込みに来た警官に、泰造はある事実を隠していた。ある日、ミチオの前に蜘蛛になったS君が現れる。そして、S君は「岩村先生に殺された」と言う。さらに、自分の死体を見つけたいと言う。ミチオとミカとS君が、事件の謎を解き明かすべく行動を開始した。 ***殺人事件の犯人や謎は、徐々に解決されていきます。そして、母親のミチオに対する態度の原因も明らかになります。さらには、ミカが何者なのかも。読み返すと、ヒントは結構散りばめられていました。
2016.08.02
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