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『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅹ』で、 本著のことに触れられていたので読んでみることにしました。 終戦のことを描いたお話かと思っていたのですが、 1943年に行われた「キスカ島撤退作戦」を描いたお話でした。 第一水雷戦隊司令官・木村昌福少将、第五艦隊司令長官・河瀬四郎中将、 陸軍北方軍司令官・樋口季一郎中将らは実名で登場し、 米海軍情報士官・ドナルド・キーンも、ロナルド・リーンとして登場しています。その他、同盟通信社外信部海軍報道班員・菊池雄介、気象専門士官・橋本恭一少尉を軸に、濃霧の中をキスカ湾に突入した艦隊が、守備隊員約5,200名を55分で収容に成功するまでや、その後、ポツダム宣言受諾後に侵攻してきたソ連艦隊に応戦する様などが描かれます。 けさ新たな隊列をきいた。 戦闘に警戒隊として島風、五月雨。 次いで鳴神島守備隊を収容する阿武隈、夕雲、秋雲、木曾、朝雲、薄雲、響がつづく。 最後尾で長波が後方警戒にあたる。 〇七〇〇には、多摩が離脱した。 成功を祈る、河瀬司令長官から阿武隈艦橋へ伝言があった。(p.309)全くよどみなくスイスイと読み進めることが出来たのは、「艦これ」のおかげです。
2023.12.30
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10月20日に蒼井優さんが「あさイチ」に出演された際、 本著の名前をあげられたことで興味を持ち、読んでみました。 しかしながら、大学受験では「生物Ⅰ」を選択し、それなりに勉強はしたものの、 それは、物理・化学が壊滅状態だったためという私には、かなり難解な一冊でした。 本著をスイスイと読み進めるためには、 一定レベルの生物・化学の知識・教養を持ち合わせていることが必要でしょう。 しかも、本著は㎛以下の世界を、情緒的な美文を用いて描き出そうとしているので、 知識不足の読者にとっては、余計に理解から遠避けられてしまうような気がします。それでも、20世紀最大の発見と言われるワトソンとクリックによる「DNAの二重ラセン構造の発見」に関する疑惑を描いた第6章は、科学者間の競争の激烈さが伝わって来る、とても興味深いものでした。また、第7章には『そんなバカな!遺伝子と神について』が登場し、懐かしかったです。
2023.12.30
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第1章は、森宮優子の高校生活最後の1年が描かれる。 優子は、生まれた時は水戸姓、その後、田中、泉ヶ原を経て、 現在は森宮性を名乗っている。 最初の父親は水戸秀平、母親は優子が3歳の時トラックに轢かれ亡くなっていた。 優子が小学2年生になった時、35歳の秀平はそのことを初めて優子に話す。 そして、優子が3年生になる前の春休み、27歳の田中梨花と結婚して3人での生活が始まった。 優子が4年生の終業式の日、秀平は自身のブラジル転勤と、梨花との離婚について優子に話す。そして、自分と一緒にブラジルに行くか、梨花と一緒に日本に残るかを優子に選ばせる。3月30日、優子は日本に残ることを選択、梨花と二人で田中優子としての生活が始まった。6年生になった優子は、「ピアノ、習いたいな」の言葉を梨花に漏らす。すると、優子の小学校卒業の日、32歳になった梨花は、49歳の泉ヶ原茂雄と結婚。その日の食費にも困る生活から、グランドピアノやお手伝いさんがいる生活へと一変する。しかし、梨花は9月中旬には家を出てしまい、以後、優子にも「一緒に行こうよ」と誘い続ける。そして、優子の中学卒業後の春休みに、梨花は中学の同級生で東大卒の森宮壮介と入籍、優子を引き取ると、優子と泉ヶ原茂雄に告げたのだった。ところが、3人での生活が始まって2か月で梨花は出て行ってしまい、森宮に離婚届が届く。以後、優子は森宮と一緒に暮らしながら、3年間の高校生活を過ごすことに。そして、高校生活最後の一年も、球技大会、合唱祭、大学受験を経て卒業式を迎えたのだった。第2章は、22歳になった森宮優子が、高校の同級生・早瀬君との結婚式を迎えるまでが描かれる。優子と再会した梨花は、隠し続けていた「秀平から優子への手紙の山」を段ボールに詰めて送る。 そして結婚式、3人の父親と共に、泉ヶ原茂雄と再婚した梨花の姿があった。 ***本著を読み終えてから、すぐに映画化されたものを見ました。当然のことながら、時間的制約等から様々なアレンジが加えられており、原作とは別物になっているのですが、強く感じたのは梨花を何とか擁護しようとする姿勢。秀平は転勤ではなく、自分一人で勝手に会社を辞めてブラジルで事業を始めるという設定でした。 「老人ホームにはお年寄りのお世話をするプロがいっぱいいるんだから。 それに、親子だといらいらすることも、 他人となら上手にやっていけたりするんだよね」(p.152)これは、優子が梨花と二人で暮らしていた家の大家さんの言葉。そうだなぁ、と思います。 だいたい学校で起こるもめ事はどう動いたところで、解決が早まることはない。 クラスの雰囲気が動くのを待っしかないのだ。(p.167)これは、優子が学校でみんなに避けられている時期に、優子が語っている部分。このご時世ですから強烈な反論もあると思いますが、正鵠を得ていると感じる方もいるのでは。 散々悪口を言って盛り上がる二人に、お父さんたちが気の毒になった。 そして、それ以上に、これだけ陰口を叩いても共に暮らせるのだと、 血のつながりの深さを思い知らされた気がした。(p.223)これは、女友達二人が自分の父親をこき下ろすところを見て、優子が語っている部分。これも、そうだなぁと思います。 「森宮さん、いつもどこか一歩引いているところがあるけど、 何かを真剣に考えたり、誰かと真剣に付き合ったりしたら、 ごたごたするのはつきものよ。 いつでもなんでも平気だなんて、つまらないでしょう」(p.234)これは、巻末「解説」で上白石萌音さんが推している担任の向井先生が優子に言った言葉。元教員の瀬尾さんが、向井先生の姿を借りて語りかけているように感じました。
2023.12.24
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1997年春に発生した「酒鬼薔薇事件」を契機に、本著の著者・奥野さんは、 1969年4月23日に発生した「高校生による同級生殺害事件」の取材を開始。 その原稿は、月刊『文藝春秋』1997年12月号に掲載されました。 事件や加害者の医療少年院送致までについては、当時の新聞報道や友人の証言、 裁判記録、精神鑑定書等から、その様子を知ることが出来たものの、 その後については、被害者家族ですら調べる術はありませんでした。加害者にまつわる「なぜ」をいくら追っても虚しさが漂うだけと感じた著者は、被害者遺族がその後の人生をどれだけ苦しみながら生きてきたかを詳らかにする方が大事なのではないかと思い立ち、本格的に取材を始めます。そのため、本著の大半は被害者家族のその後を描くことに費やされ、それらは、被害者の母親や妹を中心に、関係者が著者に語った言葉をもとにしたものです。「心にナイフをしのばせて」いたのも、加害者ではなく妹さんです。被害者家族の内情を、ここまで世間に晒す意義があるのかと思いつつ読み進めましたが、それでも、終盤に差し掛かると、弁護士となった加害者が登場、その想像を絶する振る舞いに、開いた口が塞がらない場面が積み重なっていきます。 「この本は被害者側の取材が大半を占めていて、 加害者側の取材が充分になされていないのはおかしい。 作品として不完全ではないか」(p.302)これは、「文庫版あとがき 異常心理は理解できるのか」に記されている著者がある高名な方から間接的に言われたという言葉です。それでも、本著の出版が、平成16年の「犯罪被害者等基本法」の制定や次の妹さんの言葉へと繋がっていったのなら、価値はあったのだと私は思いました。 ただわたしの記憶も曖昧だ。 自ら確かめるために、わたしはその方と一緒に親戚や兄の友人たちを訪ね歩いた。 関係者から話をうかがうにつれ、 わたしがきらっていた母のイメージが変化しはじめた。 そして、母の生き方が実に人間らしく見えるようになった。(p.286)御子柴礼司には、この事件の加害者とは違う振る舞いを期待したいです。
2023.12.20
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湊かなえさんの、作家生活15周年記念となる書き下ろし長編。 デビュー作『告白』を彷彿させるとのことですが…… *** 帯には「イヤミスの女王、さらなる覚醒」の文字。 この帯と購入した書店のポップで、私は初めて「イヤミス」という言葉を知りました。 表紙カバーには青色と赤色で蝶が描かれ、白抜き文字でタイトル、著者名と出版社名が。 裏表紙にも、表紙よりは小さめに、赤色と緑色で蝶が描かれています。カバーを外すと、光沢のある表紙に、いくつもの花がモノトーンで描かれており、それを捲った青地の見返し(遊び)には、銀色で書かれた湊さんのサインとスタンプが。12月12日(火)に立ち寄った書店で見つけたこのサイン本には、そのあて紙と共に、購入した際にもらったレシートや、その書店カフェの飲食割引券も挟んだままになっています。見返しを捲ると、色鮮やかな絵画を背景に、タイトル・著者名・出版社名が記されていて、その裏面からは、6体の「人間標本」グラフィックが続きます。そして、8頁に及ぶカラー頁の最後には、黒地に小さく白抜き文字で「口絵 高松和樹」と記されています。「人間標本 榊志朗」は、蝶の分野では権威と呼ばれる明慶大学理学部生物学科教授・榊史朗が、投稿サイトにあげた手記の部分。彼の父・一朗は、大切な式典の場で「人間の標本を作りたい」と発言、画壇から追放されますが、藝大時代の同級生・一ノ瀬佐和子は一朗に肖像画を依頼、完成後に彼が住む山の家を訪問します。その際に同行した娘・留美は、小学1年生の史朗が夏休みの宿題用に作った蝶の標本を譲り受け、25年後に史朗と再会した時には、色彩の魔術師と世界中で称賛される画家になっていました。そして今年の初夏、中2の息子・至宛てに、留美から合宿参加の招待状が届きます。それは、娘・杏奈をモデルに絵を仕上げさせ、自分の後継者に相応しい一人を選ぶというもので、集まったのは、深澤蒼、石岡翔、赤羽輝、白瀬透、黒岩大、そして榊至の6人の少年たちでした。手記には、史朗が「人間標本」を作るに至った動機や、各作品に関する記録も示されています。「SNSより抜粋」は、「未成年男性6人死体遺棄事件」に関するSNS上の一連のコメント部分。事件発覚の経緯や、世間の声が記されています。『夏休み自由研究 「人間標本」 2年B組13番 榊至』は、榊至が記した「人間標本」作製に関するレポートで、そこに至った心境も詳細に書かれています。「独房にて」は、裁判で死刑判決が出た榊史朗の回顧録。蝶の観測から帰宅した後、家の様子に違和感を感じた史朗は、息子の夏休み自由研究や、明後日に新たな被害者が出るかもしれないことに気付き、息子を殺害後、息子の罪を背負い、自らの罪も罰してもらえるよう、手記を書き始めたのでした。「面会室にて」は、面会室での史朗と杏奈との対話で、そのキーワードは「擬態」と「目」。杏奈は、母親に自分を後継者と認めさせたくて「人間標本」作製を企図し、至も側にいたと告白。しかし、志朗は矛盾を感じ取り、首謀者が留美で、杏奈は計画継続を託されたのだと気付きます。そして、自身の指示通りに、完成した標本を史朗に見せることが出来なかった杏奈に対して、留美が「役立たず、やっぱり失敗作だった」と言った後に、息を引き取ったと知らされます。さらに、杏奈が標本を作成したことで、新たに「目」を手に入れ、逆に、留美がその「目」を失ってもがき苦しみ、史朗に再び救いを求めていたことや、遺体を切断、装飾を施した至が、父親の手で「人間標本」にされるように誘導しながらも、父親が「擬態」に気付いてくれることにも期待していたと思い至り、激しく後悔するのでした。「解析結果」は、作品6に使用された花畑の絵の、科捜研による解析結果。絵の下には「お父さん、僕を標本にしてください」の文字が書かれていました。次の頁には、主要参考文献、ウェブサイトが、さらに次の頁には、「本著は書き下ろしです。本作品はフィクションであり……」の一文が、そして最終ページには、著者紹介や発行日(2023年12月13日)等が記されています。続く見返しは、遊び、効き紙共に赤色です。
2023.12.16
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2000年に刊行された『ローマ人への20の質問』を全面的に改稿したもの。 当時、塩野さんは『ローマ人の物語』の第9巻「賢帝の世紀」 (文庫版では24巻,25巻,26巻が該当)を準備中でした。 そして、そこで何を取り上げたかについては自信があるものの、 どう書いたかについては、少々なおざりにしたという思いが残っていたため、 今回書き改めることにしたとのことです。 *** アテネ人の考えた<市民>とは、 アテネの領内で両親ともがアテネ人の間に生まれた人間だけを意味していた。(中略) 一方、ローマ人の方は、市民ないし市民権を、アテネ人とはまったく反対に考えていた。 アテネ人の考える市民が<血>であれば、 ローマ人の考える市民とは、<志をともにする者>としてよいかもしれない。(p.110) 人間世界で悪なのは、格差が存在することではない。 格差が固定してしまうことなのだ。 ローマはそうではなかった。 元老院議員の少なくない部分が、 属州民か解放奴隷を祖先にもつと言われたくらいだから。(p.115)何れも、ローマがローマたる所以が伝わってくる記述。普遍帝国として、長きに渡り存続し続けたのも頷けます。 戦闘開始を前にしての降伏勧告は、古代では、戦場でのマナーとされていた。 勧告を受け容れて降伏すれば命も助かり奴隷化も免れるが、 拒否すれば女子供でも戦闘員と見なされ、敗北しようものなら、 財産もろとも勝者の所有に帰したのです。 これは<勝者の権利>と呼ばれ、この権利に疑いをいだく人は、当時は存在しなかった。 殺されようが奴隷に売りとばされようが、 敗者には抗議する権利すらなかったのだ。(p.188)戦闘というものの厳しさを、突きつけられる記述。時代や地域による違いも、当然多々あったのでしょうが。 なぜなら、この法に関するかぎりは、女たちのほうに理があったからだ。 不倫とか姦通は、当事者間で、つまりは私的に解決されるべき問題であって、 公が介入するたぐいの問題ではない。 ローマ人は、私有財産の保護が議論の余地もない大前提であったことが示すように、 <私>と<公>をはっきりと区別する民族だった。(p.220)とても考えさせられた記述。最近、<私>と<公>の区別が、あまりにも曖昧になりすぎているような…… この奴隷制が全廃されるのは、 いかなる宗教を信じようとも人権は尊重されねばならないとした、 啓蒙主義の普及によってだ。 その証拠に、どの国の奴隷制度廃止宣言も、18世紀末に集中している。 古代は、この啓蒙主義よりは2000年も昔。 人間が人間の自由を奪うことへの抵抗感が希薄であったとしても、 それが時代であったとするしかない。(p.186)本著の中で、最も心に残った部分。人類の長い歴史の中では、ほんの一瞬としか言いようがない現在という時を、極めて限定的な地域、文化の中で生きている一個人が、自身の価値観や尺度を当てはめ、異なる時代、異なる環境で生きた人を非難することには、引っかかりを覚えてしまいます。
2023.12.16
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慧月の体と入れ替わった玲琳は、歌吹から事情を聞き出すことに成功すると、 歌吹と共に、金淑妃と藍徳妃が祈祷師・安妮をもてなす宴に忍び込む。 すると、3年前の事件の真相や、鑚仰礼における今後の陰謀が明らかに。 一方、慧月は、尭明や辰宇、景彰に入れ替わりを気付かれ経緯を説明することに。 途中、潜入に気付かれそうになった玲琳と歌吹を救ったのは、賢妃・玄傲雪。 これまで隠し続けてきた本心を語る賢妃に、玲琳は公明正大な復讐を提案する。 そのためには、鑚仰礼・終の儀で、5家の雛女が協力することが必要だったが、 玲琳の顔をした慧月は金清佳の、慧月の顔をした玲琳は藍芳春の説得に成功する。そして迎えた鑚仰礼・終の儀、安妮は玲琳を炎尋の儀に掛けるが、炎に包まれたのは安妮の方。慧月の顔をした玲琳が手当のため中座した後、雛女たち5人で作った宝鏡が皇帝・弦耀に贈られる。皇帝が鏡を向けた先には雪花模様が浮かび上がり、その後、安妮と慧月の姿が映し出された。それにより、安妮の本性や金淑妃と藍徳妃との悪行が、皆の知るところとなったのだった。 ***今回は、慧月の活躍が、これまでにない程に目立ちましたね。そして、入れ替わりについて知る人の数が、随分多くなってしまいました。5人の雛女たちの関係性も大きく変化したことで、今後新たな展開が生まれそうです。気になるのは、慧月の道術に気付いた皇帝の動きと、皇后・絹秀の玲琳に対する本心ですね。
2023.12.13
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現役弁護士の五十嵐律人さんによる第62回メフィスト賞受賞作。 映画も11月10日に全国公開されました。 最近は、『贖罪の奏鳴曲』など裁判を扱った作品を読む機会が多かったのですが、 本作を読んで、五十嵐さんの他の作品も読んでみたくなりました。 ***久我清義と織本美鈴は、同じ児童養護施設で生活を共にする高校生だった。施設長・喜多が自分の部屋で美鈴を裸にさせ、写真を撮っていることを知った清義は、部屋で待ち伏せるが、揉み合いとなり喜多の胸元にナイフを突き刺すことになってしまう。しかし、美鈴が隠し撮りした映像で喜多を脅したことで、清義は少年院送致を免れる。二人は大学に進学するための費用を入手するため、痴漢詐欺を始める。ある日、美鈴はターゲットにした相手が警官だと知ると、その場を逃れようとするが、警官は美鈴の手を離さず、ホームの2階から二人は共に階段を落下、美鈴は右腕を骨折する。清義は、倒れた警官のジャケットの胸ポケットにペン型カメラを入れ、その場を立ち去った。そのカメラには盗撮映像が保存されていたため、警官は実刑判決を受けることに。しかし、控訴はせず、警察を懲戒免職され、妻とは離婚、服役中に精神を病んで自ら命を絶った。一方、清義と美鈴は、共に法都大ロースクールで学ぶことに。そこで、何者かが清義が児童養護施設にいた時の集合写真と喜多を刺した新聞記事を配ると、清義は、学年メンバー間で行われていた模擬法廷・無辜ゲームに名誉棄損として開廷を申し込む。写真と記事を配った犯人は明らかになるが、それらを誰が提供したかは不明のままとなった。そして、今度は美鈴の家のドアスコープに、脅迫文が添えられたアイスピックが突き刺される。清義は、学年で唯一既に司法試験に合格し、無辜ゲームで審判者を務める結城馨に相談。彼の助言により、美鈴の部屋が盗聴されていたことや、その犯人は明らかとなるが、その依頼主は不明のまま、清義と美鈴は司法試験に合格、法都大ロースクールを卒業する。弁護士となった清義に、馨から「久しぶりに無辜ゲームを開催しよう」とのメールが届き、5分遅刻で模擬法廷の場に足を運ぶも、そこには血を流し倒れている馨の姿が。そして、美鈴からは「私が殺したんだと思う?」の言葉。美鈴の弁護人を引き受けた清義は、墓荒らしの裁判と並行して、真相を明らかにすべく奔走する。そして、馨があの警官・佐久間悟の息子で、事件の一部始終を見ていたこと、これまでの一連の出来事が、馨が描いたシナリオ通りに進んできていたことを知る。しかし、最後の最後でそのシナリオに狂いが生じるも、そのことすら馨は想定していた。それは、美鈴が清義を過去の罪から救おうとする行為だった。
2023.12.10
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阿刀田さんの『旧約聖書を知っていますか』や 『新約聖書を知っていますか』『コーランを知っていますか』で、 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の世界には触れたことがありましたが、 ゾロアスター教やバラモン教、ヒンドゥー教は、私にとってほぼ未知の世界。 そこで、世界の宗教の全体像を知るべく、本著を手にしましたが、 島田さんの著作は『人は死ぬから幸福になれる』や『宗教消滅』等、 これまでに何冊か読んだことがあり、馴染みがあったためか、 苦労することなく、スラスラと読み進めることが出来ました。 *** 教団組織が存在せず、教義を実行するかどうかは個人に任されているという点では、 イスラム教は極めて規制の緩い宗教であるということになる。(p.210)私にとって、この部分は本著の中でも特にインパクトが強かった部分。イスラム教には教団組織が存在しないが故に律は存在せず、すべては自発的な戒め。イスラム教徒が豚肉を食べたとしても、それで罰せられることはない……これまで私がイスラム教に抱いていたイメージを、大幅に修正させられることになりました。 現世に幸福が得られる社会になれば、来世への関心は薄れる。 宗教それぞれが、よりよい来世に生まれ変われることを約束し、 そのための宗教的な実践の意義を説いたとしても、 Bの死生観をもつ人間の関心を集めることは難しい。(p.450)「おわりに-宗教の未来」における島田さんの一文で、死生観Bとは、長寿社会が実現した「高齢まで生きることを前提にした死生観」のこと。社会環境が不十分で、自然災害や戦争、伝染病、飢饉等々に苦しんでばかりいた人々の「いつまで生きられるか分からない」という死生観から、現在は大きく転換しているのです。
2023.12.09
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副題は「生成AIが変えた世界の生き残り方」。 著者は、京都大学経営管理大学院客員教授の山本康正さん。 私は、これまでに、他のチャットボットを利用したことはありますが、 ChatGPTについては、昨年11月末に無料公開されてから、 既に1年を経過したにもかかわらず、これまで利用したことがありません。 それは、イタリアのデータ保護当局が、今年3月末にその使用を一時的に禁止したり、 日本企業の72%が、ChatGPTの業務利用禁止の方針を示したりしており(今年9月段階)、 私の勤務する職場でも同様だからです。そこで、今回本書を手にすることにしたわけですが、文章だけ読んでも、ピンとこないというのが正直なところ。生成AIのレベルが格段に向上したことや、その背景にディープラーニングがあること、関連企業間で競争が激化し、ビジネスのあり方が今後変化しそうなことは分かりましたが……パソコンやインターネット、スマホなどが初めて登場した時と同じように、やはり、実際に触れて、色々試してみないことには分からないことも多いですね。
2023.12.03
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ノミノミの実”の能力者で、あらゆる知識を際限なく記憶できるDr.ベガパンクは、 オハラが残した文献を全て自身の脳に受け継ぎ、研究を進めてきていた。 歴史に深入りしすぎ、オハラ同様世界政府に消されることを恐れたベガパンクは、 ルフィにエッグヘッドから連れ出してくれと頼み、世界政府の入港を拒否する。 ルフィは、強引に乗り込んできたロッチたちと対峙、 麦藁の一味やベガパンクの分身たち、戦桃丸が指揮するセラフィムたちも共に戦う。 戦桃丸が倒されたことで、セラフィムの威権がCP0側に移ってしまったものの、 ステューシーがCP0を裏切ってルッチとカクを眠らせ、セラフィムの威権奪回にも成功する。ところが、ベガパンクが失踪し、セラフィムの威権もまた何者かに奪い去られてしまったため、ルフィとゾロは、ルッチ、カクとの共闘を余儀なくされてしまう。 ***その頃、黄猿は、可能な限りの軍艦をエッグヘッドに向かわせていました。また、”赤い港”に姿を現したバーソロミュー・くまは、「赤い土の大陸」を登りマリージョアへ、ガープ中将は、黒ひげに捕まったコビー大佐を救出すべく、海賊島・ハチノスに向かっています。そして、新世界「スフィンクス」では、ウィーブルが海軍大将・緑牛に捕らえられ、ビビはワポルと共に、モルに匿われていました。そして、新世界ウォーランド”エルバフ”では、シャンクスとキッドの戦いが始まろうとしています。ベガパンクは、CP5、CP7、CP8らと共に、どうやら研究所内に捕らえられている模様。気になるのは、黄猿と話をしていた五老星・ジェイガルシア・サターン聖の存在ですね。
2023.12.03
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副題は「暴走する脳」。 内田也哉子さんとの対談集である『なんで家族を続けるの?』や 三浦瑠璃さんとの対談集である『不倫と正義』と同様、 中野信子さんが脳科学の視点から言葉を発していきます。 しかし、本著ではヤマザキマリさんの存在感が圧倒的。 原田マハさんとの対談集『妄想美術館』同様、 イタリアを中心に現在のヨーロッパ事情だけでなく、 古代ローマの歴史にも精通していることが伝わって来る一冊でした。 *** 不安が溜まったり経済的に不安定になればなるほど、生贄を欲する。 生贄という概念自体は本能ではないけれど、 人間の文明は生贄とともにありきですよね。(p.128)これは二人の話が、危機の時に共同体を保つため、「目立つ人」「得をしていそうに見える人」「外見の異なる人」などが、標的として生贄に選ばれがちだという流れになった際に、ヤマザキさんが発した言葉。これを受けて、中野さんはこう述べます。 自分こそ正義、自分こそ知性、と思っている人ほど、ブレーキがオフになりやすく、 正義の快さにあっという間に人格を乗っ取られてしまう。 本当の知性は、自分の正義や知性が独り善がりのものになっていないかどうかを、 まず疑うところにこそ、あると思うのですが。(p.129)コロナ禍の真只中、「正義中毒」が全国に蔓延している時期に行われた対談だけに、二人の間に流れる危機感が、ひしひしと伝わってきます。しかし、コロナ禍がある程度落ち着きを取り戻した現在でも、「正義中毒」の方は、全く衰え知らずのように感じられるのは、私だけでしょうか。そして、本著の中で私が最も感銘を受けたのが、ヤマザキさんによる「第5章 想像してみてほしい」における186頁から191頁までの「自他ともに許せない時代」の部分。ここで取り上げられている内容は、既にとても深刻な問題を引き起こしつつあると感じます。 しかし、この”メンタル無菌室”で育てられた子どもたちは、 大人になってから必ずどこかで遭遇する社会の荒波や不条理を 乗り越えていくことができるのでしょうか。(中略) 講演会などでこういう話をすると、 子どものいる親御さんたちは「そのとおり」としきりに頷かれるのですが、 かといって世間での教育の全体的な風潮に逆らえる勇気まではなかなか出ない。 ”世間体”によるジャッジと孤立化が怖くて、 全体傾向の同調圧力に背くことができない、というのが現実のようです。 こんな教育への姿勢が変わらない限り、 失敗や辛酸をなめても海外に行ってみようなどと思い立つ子どもも、 そして親も現れないのは当然だと言えるでしょう。(p.189)
2023.12.02
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李奈の『十六夜月』の5週連続1位を阻止した丹賀笠都は、 極端かつ急進的差別主義で、多数の熱狂的支持者を得ているベストセラー作家。 一方、その父・源太郎は、古き良き本物の文豪と呼ばれるベテラン作家で、 李奈の友人である作家・曽埜田璋も通う丹賀文学塾を主宰していました。 その丹賀文学塾閉塾の宴に、李奈は、現役弁護士で作家の佐間野秀司、 元検事の作家・樋桁元博、元刑事の作家・鴨原重憲と共に招かれます。 18歳の女優・樫宮美玲、同じ事務所の小山帆夏、マネージャー・舛岡も同席しますが、 そこで、岡本綺堂著『怪談一夜草子』に擬えた事件が勃発、李奈は解決に向け奔走することに。 ***今回は、3つの異なる世界が層をなす構成となっています。まず最初は、皆さんが暮らす現実の世界。次に、松岡さんが描く『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 』の世界。そしてさらに、その作品の中で白濱瑠璃が描く『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 』の世界。例えば、 小説で得た知識が李奈の身体を突き動かした。 李奈はすばやく上体をひねり、蛭井はわずかにのけぞったものの、 致命傷はあたえられていない。(中略) だが李奈は冷静に間合いを見切り、猛然と旋風脚、 すなわち中国拳法の回し蹴りを浴びせた。 踵が蛭井の顔面に命中すると、巨体は木の葉のごとく高々と宙を舞った……(p.275)これまでの李奈からは、とても考えられないような戦闘シーンですが、この直後、この部分は白濱瑠璃による創作シーンであることが明かされます。 押し合いへし合いのなかで李奈は涙ぐんだ。 小説の主人公ならたちどころに解決するだろうが、 現実には荒くれ男の群れに肝を潰すばかりだ。 もうやだ。助けて優莉結衣。(p.187)これは、李奈が事件の解決に向けて、刑事たちと共に時津風出版に乗り込んだシーン。読み進めていた際は、ちょっとした違和感を感じはしたたものの、いつもの李奈の世界の出来事としてとらえ、読み飛ばしていました。しかし、後から考えると、これも白濱瑠璃による創作部分と考えた方が良さそうです。 櫻木沙友理から助言を得ていた。 映像化に関し原作者のとるべき行動は、 契約書に署名捺印するかしないか、その二択しかないと。 いったん契約を交わしてしまったら、邦画にありがちな安っぽく陳腐な演出になろうとも、 薄幸の主人公を演じる女優が宣伝のためテレビに出演してはしゃごうとも、 映画に似つかわしくないハードロックのテーマ曲をあてがわれようとも、 いっさい文句は言えない。 すべてを許せる神のような心境にならないかぎり、 映像化の要請に応じてはならない。(p.77)これは、『十六夜月』が映画化・テレビドラマ化されるとの情報を得た舛岡が、樫宮美玲のキャスティングをプッシュしようと接近してきた際に、李奈が言った言葉。一見すると、李奈の世界に生きる櫻木沙友理の考えが述べられているように思えますが、ひょっとすると、これもまた白濱瑠璃が書き表したものなのかもしれません。ただ、いずれにせよ、これまで多数の作品が映像化されてきた松岡さんの思いが、強く滲み出ているような気はします。 『十六夜月』が売れて以降、読者が趣味でない人からもサインを求められるようになった。 差しだされた『十六夜月』にブックオフの値札が貼ってあることもめずらしくない。 ほかにもにっこり笑いながら、図書館で順番まちなのでまだ読んでません、 そんなふうにいってくる人もいる。 いずれも著者がどう思うか、想像がつかない相手の心理に、むしろびっくりさせられる。 断固として買わない気ですかと心のなかで突っ込みたくなる。(p.165)これは、ようやくヒット作を生み出した李奈の現在の思いが書き記された部分。この『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論』シリーズでは、同じような内容のことが、これまでにも何度か書かれていたように思います。やはり書き手である、松岡さんの思いが強く滲み出ていると感じました。 「世間が村上春樹をどうとらえてるか知ってます? なんか知的で崇高な本だと思いこんでる。 『ノルウェイの森』とか『1Q84』とかも、 大ベストセラーではあっても国民全体からすれば、読んだ人はごく一部で、 みんなが知っているのは題名だけ。 じつは露骨な性描写だらけなのに」(p.24)これは、李奈の最も親交が深い同世代の作家・那覇優佳子の言葉。李奈が生きる世界のなかでの言葉ですが、松岡さんもこのように受け止めている? 「松岡某ってのはいないんだよ。 東映の八手三郎と同じく共同ペンネームみたいなもんでね。 でなきゃ毎月だせるはずがない」 瑠璃が鼻を鳴らした。 「『八月十五日に吹く風』と『万能鑑定士Q』がおんなじ作者のはずがないよね。 Qシリーズは莉子さんの旦那さんの著書でしょ」(p.279)これは、李奈とやりとりするKADOKAWAの編集者・菊池と瑠璃の言葉。もう、このあたりになると、何が何だか訳が分からなくなってきました。「でなきゃ毎月だせるはずがない」は、全くその通りだと思うし……取り敢えず、これまで未読だった『八月十五日に吹く風』は、読んでみようと思います。
2023.12.02
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