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マレーシアのマハティール元首相が書いた自叙伝について、去年の「新潮45」には次のような書評が掲載された; 本書は、1981年から2003年まで22年間にわたりマレーシアの首相を務めたマハティール元首相による回想録である。第1部は2011年に刊行された回想録の抄録、第2部は1995年に日本経済新聞に掲載された「私の履歴書」という2部構成で、日本の読者の興味に応える編集がなされている。 マハティール首相の名が日本人の耳に親しいのは、彼が首相就任直後に策定した「ルック・イースト政策(東方政策)」による。経済発展のモデルを欧米ではなく日本に求めるというこの政策の発案は、1961年の初来日に遡る。当時、政治活動の傍ら小さな薬局も経営していた著者は、取引のあった武田薬品工業を見学する。そこで目にした日本の発展ぶりに強い印象を受け、日本人の「職業倫理、仕事へのこだわり、規律正しさ、完璧を求めるところ」を見習おうと決意する。 イギリスの植民地だったマレーシアには欧米崇拝が色濃く残り、当初この政策は評価が低かったという。しかし、著者は、200年をかけて発展した欧米に、極めて短期間に追いついた日本にこそ学ぶべきだという信念を変えなかった。 本書には、マレー民族としての誇り、アジア的価値観の肯定的評価、ヨーロッパ文明に向けられる冷静な視線など、著者の強烈な個性が溢れている。相手が超大国であろうと「米国がイラクにしようとしていることは、白昼強盗と同じだった」と筆鋒鋭く指弾し、戦争の無益さと犯罪性を糾弾する件(くだり)からは、この政治家の生涯をかけた熱い思いが伝わってくる。日本政治について、自分の首相在任中、日本の首相が8人も代わったことを指摘し、「それでも日本が立派にやってこられたのは、勤勉で優秀な国民と健全なビジネスマンの力だと思う。最近私は、日本の政治家は、民間の人々とはどうも違う人々であるとの印象を強めている」と1995年に、書きとめている。昨今の日本における政治家たちの暴言、暴走は、著者の直感が正しかったことを証している。 (ライター・山村杏樹)月刊「新潮45」2013年7月号 302ページ「日本を手本とした元首相の回想録-マハティールの履歴書」から引用 マハティール氏によるイラク戦争の評価は真実を言い当てている。いくらフセイン政権が独裁政治をしていたからといって、アメリカにイラクの国家主権を侵害する権利などあるはずがない。したがって、本来であれば我々は東京裁判同様の国際法廷を開催しジョージ・ブッシュを戦争犯罪人として断罪し絞首刑にするべきなのだ。そのような間違った戦争を、いち早く支持表明し自衛隊まで派遣した小泉首相(当時)の責任も重大である。日本の経済復興を模範としたマハティール氏にとって、当時の小泉政権のアメリカ追随は大きな落胆だったに違いない。マハティール氏が称賛した日本の経済復興は、小泉純一郎氏の父親の世代の活躍によるもので、その後を継いだ世襲政治家による日本経済は「失われた20年、30年」という泥沼にはまっている。日本国民も世襲政治の悪弊に気付くべきだ。
2014年08月31日
戦争の記憶が次第に薄れていく世相を批判する投書が、21日の東京新聞に掲載された; 8月15日が終戦記念日だと知らない若者が、NHK特番で50%を超えていた。私は終戦記念日という名称が悪いと考えている。終戦は、日本が敗戦を認めた日であるから、敗戦記念日と言うべきである。 韓国では独立記念日として皆で喜ぶ日だ。日本では終戦ということにして、侵略戦争を起こした責任等をあいまいにする。これでは皆が何の日か忘れてしまっても当然だ。敗戦記念日として、新たに不戦を誓い、今後の日本の発展を願う日にすることが重要だ。 終戦と考える限り、安倍首相のように集団的自衛権を考え、日本を戦争のできる国にしようという勢力はなくならない。2014年8月21日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「発言-敗戦を意識し平和を誓おう」から引用 終戦記念日という呼称が日本人の戦争責任に対する自覚を軽減する作用があったのは事実と思われます。しかし、今さら「終戦記念日」を「敗戦記念日」と呼び変えても人々の歴史認識を改善する可能性はあまり期待できないのではないでしょうか。それよりも、我々は河野談話に述べられたとおり、研究・教育活動を通じて侵略戦争の実相を将来の世代に伝えることが大切であり、特に学校教育においては、通り一辺の歴史の授業とは別に、日本近代史を中学・高校の必修科目として学習する必要があると思います。また、巷に散乱する「自衛のための戦争」論などの不規則発言については、政府は逐一責任をもって反論することが大切で、常に政府の立場というものを国民に説明することが必要と思います。
2014年08月30日
安倍政権による集団的自衛権の行使容認を、公の場で堂々と批判した城台美弥子氏の勇気を讃える投書が、21日の東京新聞に掲載された; はじめは他紙より購読料が安いということで読み始めた東京新聞。もう35年になる。この間、他紙に浮気したのは3カ月だけだ。でも、その時は本当に後悔した。その大好きな東京新聞がこのたびJCJ(日本ジャーナリスト会議)大賞を受賞、わが事のように喜んだ。 受賞を伝える同じ一面にはトップ記事として、被爆から69年を迎えた長崎での平和の誓いを読み上げる被爆者代表の城台美弥子さん。来賓席に座る安倍首相ら政治家たちの姿が目に入ったのがきっかけで、「日本国憲法を踏みにじる暴挙です」と差し替えることを直前に決意した-とあった。 私たちの気持ちを、日本のかじ取りを託す政治家に伝えてくれた、城台さんの勇気ある行動に、涙があふれた。私はこの記事に赤色の大きな花丸をつけ、切り抜いた。2014年8月21日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「発言-平和の誓いの記事に涙出た」から引用 長崎の平和祈念式典における城台美弥子氏のスピーチは、近年にない快挙であった。小選挙区制の弊害で、有権者の過半数の支持を得ているわけではない安部政権の世論を無視した暴挙に対し、国民はもっと声をあげて、政治を国民の手に取り戻すべきです。
2014年08月29日
安倍政権の政治姿勢を批判する投書が、21日の東京新聞に掲載された; 約1年前、麻生副総理は「ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていた。…あの手口に学んだらどうかね」と語った。 今日、「あの手口」をまねたかどうか定かではないが、特定秘密保護法、集団的自衛権の行使容認と、わが国は「ある日気づいたら戦争を行える国」になろうとしている。 この内閣は、自らの価値観を押しつけ、国民の自由を奪って戦争のできる国にしようとしていると言わざるを得ない。 このところ安定多数を取れない政権の下で、「何も決められない政治」が批判されてきた。しかし、今思えば、民主政治という観点からするとそれの方が正常であった。時間はかかるかもしれないし、完璧な答えは出ないかもしれないが、十分な話し合いによって物事を決めていく方式の方が価値があるのではないか。 こういった「熟議民主主義」の手法の方が、独裁的な人物によるトップダウン方式よりも、民主的な国家としては健全な気がする。こうなった原因の一つに小選挙区制の導入が考えられる。そもそも日本の政治風土にこの制度は適さないし、少数の意見が無視されるという小選挙区制の欠点のみが浮き彫りになっている気がしてならない。 多数の政党が議論して決めていく政治は見ていて歯がゆいかもしれないが、独断即決で間違った方向に行くよりは良いのではないのか。 「独善的な決められる政治」よりも「慎重審議の政治」を希望してやまない。2014年8月21日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「ミラー-『熟議民主主義』が健全」から引用 約一年前、麻生副総理が口走ったとおり、安倍政権はナチスの手口を忠実に実行しつつあると言える。ヘイトスピーチの取締りを口実に、通常のデモも丸ごと取り締まりの対象にするという手口は見事と言うほかない。そもそも「ねじれ国会」とか「決められない政治」というのは、特別悪いことではなく、徹底的な議論を要求するという点では民主主義を深化させる機会でもあったのに、わが国ではそのような価値観を持てず、多数決でゴリ押しするのが民主主義だという浅はかな理解しかないのが致命的である。これでは、ドイツでは脱却できたナチスへの道を日本は再び繰り返すことにもなりかねない。民主主義を守るためにも、政権交代が必要である。
2014年08月28日
先の大戦で父親を失った読者は、当時を振り返って15日の朝日新聞に次のような投書を寄せている; 戦死した父は、どんな思いで海軍を志願したのだろうか。 公共バスの運転手をしていた父は、周囲から「自分から志願しなくとも」と言われながら、海軍の召集場所に向かった。4歳の私、2歳の弟、赤子の妹を母に委ねた出征だった。 父の戦死の連絡がどんな状態で入ったのか、私には記憶がない。43年1月17日に南西諸島方面で死亡したらしい。37歳の働き盛りだった。 終戦の年、私は8歳で弟が6歳。妹は2歳になる前に病死した。母は不自由な足を引きずり、松葉づえをつきながら、農家を回って食糧を確保するのに懸命だった。夜は和裁と編み物をして生計を立て、寝ずに働き続けて39歳で世を去った。私と弟は親類に別々に引き取られた。 最近、父の志願の真意を考える。特定秘密保護法の成立、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定など、当時と空気が似ていると感じるからだ。 30歳代の男性としての責務か。国民としての正義感だったのか。母の苦労を思うと、私には割りきれない思いがする。2014年8月15日 朝日新聞朝刊 12版 12ページ「声-なぜ父は志願兵になったのか」から引用 国が戦争を始めると、国民はこのような苦労を背負うことになります。このような苦労話を聞くにつけても、戦争放棄を定めた平和憲法が国民にとって如何にありがたいか、よく分かるというものです。
2014年08月27日
国家権力に巣食う無節操な輩に対する怒りの投書が、15日の朝日新聞に掲載された; 兵隊検査が丙種だった兄にも召集令状がきた。「僕に召集がくるようでは……。生きて帰れない」と悲痛な言葉を残して出征した。 1枚届いたきりのはがきに「ブーゲンビリアの花の下 南十字星に向かっています」とあって、南の方にいるのかと思ったが、戦後になってから戦死していたと知らせが届いた。流れ弾が頭に当たったということだった。 私は、海軍工廠(こうしょう)に学徒動員された。爆撃で同級生6人が亡くなった。「本土決戦」「一億玉砕」が叫ばれていた。45年8月15日、敗戦。兄のことも同級生のことも本当に悔しく、悔しいまま毎年この時期を迎える。 A級戦犯が靖国神社に合祀(ごうし)されていると知ったとき、何と無節操なことかと腹立たしかった。兄は靖国にはいない。生家の墓にいると思っている。 海軍工廠で亡くなった友達も国の犠牲者だ。だれもが、わだかまりなく行ける慰霊の場所を造ってほしい。そうしたところがないから、昨年、米国のケリー国務長官とヘーゲル国防長官は訪日した際、靖国神社ではなく千鳥ケ淵戦没者墓苑を訪れて、献花をしたのだから。2014年8月15日 朝日新聞朝刊 12版 12ページ「声-戦死した兄は靖国にはいない」から引用 A級戦犯が靖国神社に合祀されたのは戦争が終わって何十年も経ってからのことで、これは不祥事である。なぜなら、戦前であれば靖国神社は陸軍省と海軍省が共同で管理する国の施設であったから、合祀されるべき人々の氏名などの情報が国から提供されるのは当たり前であったが、戦後は憲法が政教分離を定めており、政府が特定の宗教施設と特別な関係を持つことは禁止されるというのが一般的な解釈である。そのような観点から、現代においても首相やその他政治家が靖国神社を参拝することは憲法違反である。上に引用した投書が訴えるように、だれもがわだかまりなく参拝できる慰霊の場所を造ることこそが、多くの国民を死なせた国家権力の償いの道であると言える。
2014年08月26日
昨日引用した吉見論文の続きは、今後の日本政府の課題について次のように述べている;3.河野談話で決着したか 「報告」は、本来は公表しないと約束したはずの日韓の交渉過程を暴露している。当時、日本側は「日韓間でこのような事前のやりとりを行ったことについては……マスコミに一切出さないようにすべきであろう」と韓国側に提案していた。そして、韓国側もこれを了承したとあるのだが、言い出した自分から一方的に破って、暴露したことになる。これは、外交的な信頼関係を毀損する行為というほかないであろう。 その上で、(3)に関して、「報告」には、金泳三は「金銭的な補償は求めない方針」だと言った等という記述がくりかえし出てくる。政府の検証の大きな目的のひとつは、このように述べて韓国政府を牽制することだったのだろう。 現在、日本軍「慰安婦」問題をめぐって、日韓間には、1965年の日韓請求権協定で解決済みだとする日本政府の主張と、植民地支配に直結した不法行為や重大な人権侵害等に対する賠償請求権の問題は日韓請求権協定では解決していないとする韓国政府の主張が対立している。この間題は、過去の外交交渉の過程に関する日本側の解釈を一方的に公表することで解決するような問題ではない。被害者が何を望んでいるのか、という原点に立って、解決策をさぐるべき問題であろう。 今回の「報告」では、日本側は、「後継措置」に関して、法律的には片付いているとしつつも、「ことの本質から考えて単に違法行為があったということでなく、モラルの問題として誠意をどう示すかの問題として認識している」と述べた、と記されており、注目される。これを軍の違法行為があったと理解すれば、単に「モラルの問題」だけではすまない措置がとられなければならない、ということになるのではないだろうか。4.おわリに 今回の「報告」では、総じて「河野談話」の内容が否定されたのではなく、確認されたのだから、また、首相は閣議決定をへて、これを「継承」すると述べているのだから、政府は、それを行動によって示さなくてはならないはずだ。まず、河野談話を否定する言動を閣僚や政府関係者はしてはならず、河野談話に反する言動に対しては、政府として反論しなければならない、ということになる。 また、河野談話は、「われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい」と宣言し、ついで、「われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する」と約束しているのだから、それを実行しなければ、河野談話を「継承」したことにはならないだろう。 ところが、実際には中学の歴史教科書から「慰安婦」の記述がすべて削除されてしまった。これでは、「継承」というのは口先だけになってしまう。「継承」するというのであれば、その実を示さなければならない、ということだ。 「報告」が行った検証は、ある特定の立場からのものであるが、わたしたち日本国民には、その妥当性をより深く検証する手段がいまのところない。より深い検証を行うためには、「報告」という結論だけを押し付けるのではなく、「報告」が点検した公文書をすべて公開すべきであろう。 被害者は、河野談話があいまいにした軍と政府の責任を、日本政府があいまいさのない文言で認めた上で、それに基づいて謝罪し、賠償することを求めている。それは、河野談話の見直しではなく、維持・発展により実現するだろう。今年6月に開かれた第12回アジア連帯会議は、日本軍・政府の責任を明確に示す資料53点と、河野談話発表後に民間の努力で発掘された資料529点をまとめて日本政府に提出した。河野談話を発展させる条件は整っているのである。月刊「世界」2014年9月号 113ページ「河野談話検証は何を検証したか」から一部を引用 河野談話を作成し発表するに当たっては、日本政府は韓国に対し「談話発表の前に事前打ち合わせをしたことは公表するべきではない」などと言っておきながら、自らの言い出した約束を自ら破って公表したのは、安倍政権が如何に誠意に欠け国際信義を蔑ろにしているかを示す事例と言えます。しかも、検証した結果は自分たちの主張の根拠がなくなる結果になっただけというお粗末。こういう人物に何時まで政権を任せておくのか、国民は真剣に考えるべきだ。
2014年08月25日
維新の会の議員に「やらせ質問」をさせて、それを契機に河野談話を検証すると称して徹底的にあら捜しをして「だから河野談話はだめなんだ」という結論を導き出したかった安倍政権は、結局何の落ち度も探し出すことはできず、単に韓国や米国政府をいらだたせただけで政権としては汚点を残す結果となってしまった。一連の経緯を、中央大学教授の吉見義明氏は「世界」9月号に寄稿して、次のように振り返っている; 本年(2014年)6月20日、「河野談話作成過程等に関する検討チーム」の報告、「慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯 - 河野談話作成からアジア女性基金まで」(以下、「報告」と略す)が公表された。安倍晋三首相は、「河野談話を継承する」と言明しているので、検証する必要はないはずだが、なにを目的に検証したのか、また、その検証結果はどのようなものであり、また、どのような問題がはらまれているか、検討してみよう。1.河野談話の信用性をめぐって 「報告」は、本年2月20日の衆議院予算委員会での石原信雄元官房副長官の証言を検証することを目的としていると述べている。それは、 (1)「河野談話の根拠とされる元慰安婦の聞き取り調査結果について、裏付け調査は行っていない」 (2)「河野談話の作成過程で韓国側との意見のすり合わせがあった可能性がある」 (3)「河野談話の発表により、いったん決着した日韓間の過去の問題が最近になり再び韓国政府から提起される状況を見て、当時の日本政府の善意が活かされておらず非常に残念である」 という三点だ、という。 このうち、(1)と(2)については、問題がないという結論になっていることが注目される。まず、(1)に関しては、日本政府が行った16名の元「慰安婦」からの聞き取りは、「必要最小限の形でいわば儀式として実施すること」が検討され、「事実究明よりも……日本政府の真相究明に関する真筆な姿勢を示すこと、元慰安婦に寄り添い、その気持ちを深く理解する」意図で行われたものだとされ、その内容が河野談話に反映されたのではなかったと述べられている。 つまり、この聞き取りと河野談話との関係は「聞き取り調査が行われる前から追加調査結果もほぼまとまって」いたこと、「聞き取り調査終了前に既に談話の原案が作成されていた」ことが指摘されており、この聞き取りを根拠に河野談話が作成されたのではないことが明らかになった。 こうして、「元慰安婦16人の証言だけに基づいて募集時の強制を認めた」として河野談話を非難し、見直しを求めていた人たちの主張は、完全に崩壊したことになる。そのような主張をしてきたグループにとって、これは大きな打撃となるであろう。 つぎに、(2)については、「報告」は、日韓両政府間で意見のやりとりがあったことは事実だとしても、日本側は、たとえば、強制性に関して「歴史的事実を曲げた結論を出すことはできない」と応答し、「事実関係を歪めることのない範囲で、韓国政府の意向・要望について受け入れられるものは受け入れ、受け入れられないものは拒否する姿勢で」文言を調整した、と述べている。また、韓国側も「発表内容は日本政府が自主的に決めるものであり、交渉の対象にする考えは全くない」という基本的な態度をとっていたことも記されている。こうして、河野談話では、日本政府の立場からみた「歴史的事実」・「事実関係」を歪めるような譲歩は一切していないことが明らかになった。従って、事実関係のすり合わせをした結果、不当な譲歩をしたという主張も根拠がないことが明らかになった。これも、河野談話の見直しを主張する人びとにとって、大きな打撃となったといえるだろう。2.強制性と 「軍の関与」 の評価をめぐって ところで、「報告」は、いわゆる「強制連行」をめぐって、安倍首相の主張を確認しようとしている。いわゆる「強制連行」というのは、軍・官憲による暴行・脅迫を用いた連行(軍・官憲による略取)という、極めて限定した意味の強制連行のことである。たとえば、2007年3月16日に、辻元清美衆議院議員の質問に対して安倍首相が答えた答弁書第110号には、「〔河野談話発表までに〕政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかったところである」と記されている。これに関連して、今回の「報告」では、「一連の調査を通じて得られた認識は、いわゆる『強制連行』は確認できないというものであった」と述べている。 これは、河野談話で、朝鮮半島での徴募状況ではなく、全体の徴募状況を説明したところにある「慰安婦の募集については、……官憲等が直接これに加担したことがあったことも明らかになった」という記述を否定しようとするものであろう。「報告」のこのような記述は、軍・官憲による略取の例はあるのに、きちんとした検証をしないで書かれたものである。なぜかというと、実際には、河野談話の作成までに、法務省から「バタビア臨時軍法会議の記録」という、オランダによる2件のBC級戦犯裁判の判決概要をまとめた資料が提出されていたことが分かっているからだ。その中には、インドネシアのスマラン事件の判決概要が摘記されており、たとえば「1944年2月末ころから同年4月までの間、部下の軍人や民間人が上記女性ら〔抑留所に収容中のオランダ人女性ら〕に対し、売春させる目的で上記〔スマランの〕慰安所に連行し、宿泊させ、脅すなどして売春を強要するなどした……」という記述がある。 このように、軍による暴行・脅迫を用いた連行があったことを裏付ける資料があるのに、「報告」はこれを意図的に無視している。これでは、安倍首相の主張に従い、きちんとした検証をすることを避けたといわれてもしかたがないであろう。なお、現在では、中国・インドネシア・フィリピンなどで軍・官憲による略取があったことは解明されている、と私は思う。 他方、朝鮮半島からの徴募・移送などについてみると、「河野談話」は、朝鮮出身の「慰安婦」について、「当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行なわれた」と述べている。 この認定については、「報告」は、先に引用したように「それまでに行った調査を踏まえた事実関係を歪めることのない範囲で、韓国政府の意向・要望について受け入れられるものは受け入れ、受け入れられないものは拒否する姿勢で」日本側は臨んだと述べており、事実関係を歪めていなかったと評価している。 河野談話がいう「甘言」というのは誘拐であり、「強圧」とは略取であり、「等」には人身売買が含まれるはずだから、実際に女性たちは略取または誘拐または人身売買等により「本人たちの意思に反して」、いいかえれば強制的に徴募され、移送され、管理されたことになる。その意味で、河野談話は、朝鮮人女性について、軍・官憲による略取ということを除いて、強制連行をふくめ強制性をほぼ全面的に認めたことになるのだが、その認定に際しては、事実関係を歪めるような韓国政府への譲歩はなかったことが明らかになったのだ。 つぎに、上記のような強制があったことの責任はどうなるのかということだが、河野談話は、「いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である」という本質規定をしている。軍の責任に関して、ややあいまいな表現だが、それでも「軍の関与の下に」重大な人権侵害が起きたのだから、軍の責任は免れない。 しかし、河野談話作成当時に提出されていた文書・記録を誠実に点検していれば、「本件は、当時の軍が、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である」と書かなければならなかったはずである。この点を検討してみよう。 「報告」では、慰安所の設置について、韓国側が「〔軍の〕『指示』との表現」を求めたが、日本側が「軍の『指示』は確認できないとしてこれを受け入れず」、「〔軍の〕『要望』との表現を提案した」とある。ついで、韓国側が改めて「軍の『指図』という表現」を求めてきたが、日本側はこれを拒否した。こうして、河野談話では、「軍当局の要請により」という表現になるのだが、慰安所を軍が設置したというのは、当時においても資料的に明らかであって、その点をはっきりさせることが必要だろう。たとえば、1938年6月27日に北支那方面軍参謀長の岡部直三郎中将は「成ルヘク速二性的慰安ノ設備ヲ整」えるよう北支那方面軍の各部隊に指示している。また、業者の選定、集める女性の人数の決定、女性の移送、慰安所の使用規則・料金の決定、慰安所の監督・統制、建物・資材・物資の提供も軍が行っていることは、当時発見されていた日本軍・日本政府の文書・記録から明らかだった。業者は手足として使われたのであり、主役は軍だったのだ。 また、略取または誘拐または人身売買により人を国外に移送することは、当時刑法上の重い犯罪だった。軍や総督府に選定された業者が略取または誘拐または人身売買により女性たちを国外に連れだしたのであれば、これは犯罪だから、現地の軍は被害者の女性を解放し地元に送りかえさなければならなかったし、業者を逮捕しなければならなかったはずだ。それをせずに、被害者である女性を軍の施設に入れ、軍人の性の相手をさせていたのだから、軍の重大な責任は明らかだろう。日本側は、事実を直視せず、重大な人権侵害を行った主体がだれであるかということをあいまいにしていたということが、「報告」によって確認され、大変興味深い。(後半 省略)月刊「世界」2014年9月号 110ページ「河野談話検証は何を検証したか」から一部を引用 この記事が指摘するように、今回の政府の調査報告は最大限に安倍首相の意向に沿うように書かれたのであったが、さすがに真実を捻じ曲げるわけにはいかないので、事実として安倍首相たちが主張するような、史実を捻じ曲げて韓国に迎合するような談話だったのではないことが明らかにされたのは、なりゆきとして当然であり、歴史修正主義者の曲がった主張は、いくら繰り返しても事実の前ではこのような結果になるほかはないという典型例として肝に銘じるべきである。
2014年08月24日
閣議による憲法解釈の変更に反対する松阪市の市長は反対運動をする組織を立ち上げましたが、これについて9日の朝日新聞・投書は次のように述べています; 広島に原爆を投下した「エノラ・ゲイ」の乗務員の中で、最後の生存者であるセオドア・バンカークさんが7月末に亡くなった。国の安全保障についての考え方で日本が揺れ、広島・長崎の原爆の日と終戦の日を迎える8月、彼が残した「戦争や原爆では何も決着しない」という言葉を、改めてかみしめる。 三重県松阪市で1日、集団的自衛権行使容認の閣議決定に反対し、提訴も視野にいれた市民団体「ピースウイング」の設立集会があり、私も参加した。 団体を立ち上げた山中光茂市長は同じ日の県市長会で、自分以外の13市長に、集団的自衛権について議論する場を設けることを提案した。しかし、「政治的な問題だから」などの理由で一蹴されたそうだ。政治家が政治を議論せずに逃げてしまってどうするのか。 閣議による憲法解釈の変更の是非は、司法の場で白黒をつけるのが一番はっきりするのだろうが、道のりは険しいかもしれない。 悲惨な戦争をした過去を持つ日本だからこそ、今の平和を守っていきたい。私の願いは、ただそれだけなのだが……。2014年8月9日 朝日新聞デジタル 「声-政治家が政治から逃げるなんて」から引用 憲法を遵守し擁護することが義務付けられている公務員は、その主旨に照らして安部政権の解釈改憲に反対するのが当然と思われます。したがって、松阪市長の行動は当然のことと考えられます。ところが、山中市長の呼びかけに対して、その他の市長は政治的な問題であるとの理由で拒否したというのは残念な話です。拒否した市長さんたちは、世の中がどう変わっても責任を追及されることのないように安全な道を選んだわけですが、そういう長いものに巻かれる姿勢が、例えば、戦前では軍部の横暴に一億国民を追随させる結果になったのではないでしょうか。同じ歴史を繰り返すことにならないように祈るばかりです。
2014年08月23日
私たちは憲法9条を擁して、どのように平和を維持していくべきか、6日の朝日新聞・投書は次のように訴えています; 憲法9条を念仏のように唱えても平和は維持できない。その通りだろう。日本の戦後70年近くの平和は9条があったからではない。歴史の偶然の産物によるところがあると思う。すべてを日米同盟に依存していては日本の平和を維持できない、歴史的転換点に差し掛かっている。しかし、だからこそ9条の意義を再考しなくてはならない。 9条は「武力の行使は放棄する」としていて、自国が攻撃されたときのみ武力をもって防衛する。そのために自衛隊がある。しかし、自衛隊は一般的な軍隊ではない。一般的な軍隊は時と場合によって、自国以外で軍事的活動をするが、自衛隊はいかなる場合でも自国外では軍事的活動はしない。さて、これが日本の今後の平和維持に最良の考えか。私は最良の考えだと思う。70年近い、この実績を改めて米国および国際社会に訴えることこそ、日本の平和維持に最良の方法であると思う。 9条を、今こそ国民の意思によって真に日本のものにするか否かを問われていると思う。9条を念仏のように唱えても平和は維持できない、と同じく、9条は己の力で捕まえておかないと去ってゆく。2014年8月6日 朝日新聞朝刊 12版 14ページ「声-9条は国民の力で捕まえねば」から引用 私たちの憲法は、国に軍備を持つことを禁止し交戦権を認めていません。それで私たちの日本は戦後69年間、戦争をせず巻き込まれもせずにやってきました。すばらしいことです。しかし、この投書はこれまでの69年間はラッキーな要素があったのではないか、我々はもっと強く憲法9条を意識した平和への努力が必要だというわけです。傾聴に値する意見だと思います。
2014年08月22日
憲法9条を擁する日本人の誇りについて、6日の朝日新聞・投書は次のように述べています; 本紙「声」欄で「憲法9条にノーベル平和賞を」の運動を知ってから、私も何かできないかとの思いにかられていた。そこで思い立って、署名活動に参加することにした。 最初は、母校の同窓会で署名活動をしたが、あっという間に過半数の署名を得ることができ、内心びっくり。次は、妻がカトリック教会での日曜ミサでお願いして、かなりの署名を集めることができた。 まだ100人の署名には達しないが、妻から伝え聞いた、戦争中の体験を十分積んだ高齢のシスターの教会での話は、私にとって、忘れがたい言葉となった。中国、韓国が歴史認識問題を持ち出す中、「憲法9条に誇りを持って、守り続ける日本国民の姿こそ、いかなる弁明にも勝る謝罪です」というのだ。この言葉に、はじめて、9条の命に触れた思いがした。 集団的自衛権の行使を憲法改正によってではなく解釈改憲で認めるなど騒々しい日々が続く中、シスターのこの言葉は、私にとって、珠玉の言葉・光となった。9条は、一言一句、永久に変えられるべきではない。これを守ることが、世界のなかでの日本国民の責務であり、誇りであるとの信念をますます強くしたのである。2014年8月6日 朝日新聞朝刊 12版 14ページ「声-平和憲法、誇りを持って守ろう」から引用 過去に起きてしまった侵略戦争の事実は、一度謝罪したとか賠償金を払ったからと言って消えてなくなるものではありません。被害者側はいつまでも被害を忘れず、語り継ぎますから、私たちはその都度祖先が犯した過ちを認めざるを得ません。そして、もっとも確かな謝罪は憲法9条を守ることだというシスターの言葉は、キリスト教徒でない人々の心にも福音をもたらします。私たちは子々孫々に渡って憲法9条を堅持していきたいものでございます。その点、隙あらば憲法を改正しようと企む首相が、韓国や中国とうまくいかないのも頷けるというものです。
2014年08月21日
原発の再稼働と集団的自衛権という二つの心配事について、5日の朝日新聞投書は次のように述べている; 安倍内閣の発足以来、心配で夜中に目を覚まし、それから眠れないことがよくありました。「原発が再稼働されるのではないか」「集団的自衛権の行使が容認されるのではないか」という二つが心配だったのです。しかし、最近の安倍晋三首相の発言で本当のお考えを知ることができました。 首相は「原発の再稼働」について「世界で最も厳しい安全基準にのっとり、再稼働を進めたい」と繰り返しています。世界一厳しい基準をクリアした原発であれば、あの悲惨な東京電力福島第一原発事故のようなことは二度と起こらないということでしょう。 次は「集団的自衛権の行使容認」です。「他国と協力すれば、抑止力が高まる。戦争に巻き込まれることがなくなる」とおっしゃいました。集団安全保障で自衛隊の後方支援の活動範囲が広がることにも「危険はないのは明確」と断言されました。徴兵制復活への懸念には「憲法上ありえない」ときっぱり否定してくれました。 孫が兵隊にとられることはないのです。私は枕を高くして眠れます。安倍首相、ありがとう。安心していいのですよね?2014年8月5日 朝日新聞デジタル 「声-首相発言、枕高くして眠れます」から引用 原発の安全基準が世界で最も厳しいのかどうか、これは文学的な表現なのであって科学的な根拠がないことは規制委員会の田中委員長の発言からも明らかである。安全だといっているのは安倍首相だけで、彼が言っているのは単なるレトリック、科学的な根拠があるわけではない。客観的に見ても、アメリカの審査基準は「避難計画の実用性」も含めているが、日本の基準には含まれていないから、安全性の点では大きな疑問符がつくことは否定できない。したがって、首相が安全だといっても国民は決して安心はできないのが現実だ。徴兵制の復活は憲法上あり得ないという発言は、国民のみなさんの反対のせいで自分はやりたいのだが出来ないという皮肉が含まれているようで可笑しい。しかし、これも自分の権限で憲法解釈はどのようにでも変更出来ると思っている首相だから、いつまた「解釈を変更したので、徴兵制も憲法上まったく問題ない」と言い出すかも判らないのだから、国民はうっかり枕を高くして寝るわけにはいかないのが実態である。
2014年08月20日
安倍政権が集団的自衛権を行使できると閣議決定したことによって、これからの日本はどうなるのか、4日の朝日新聞投書は次のように述べている; 「僕は、本当は戦争に行きたくないし、死にたくもない」。男子中学生が本欄(7月8日)で、日本が戦争に巻き込まれた場合に感じるはずの葛藤について、こう書いていた。戦争の可能性は絵空事ではなくなった。安倍政権が集団的自衛権の行使容認を閣議決定したからだ。日本と密接な関係のある国が攻撃された時に、その国のために日本が戦い、それゆえに日本が反撃を受ける可能性が出てきた。投稿からは「自分も戦わなければならないかもしれない」という不安と、その奥に潜む消しがたい反戦への思いが伝わり、胸を打たれた。 私は、集団的自衛権について審議した衆参両院の予算委員会を傍聴した。安倍晋三首相は、自衛隊がペルシャ湾・ホルムズ海峡で機雷除去をする必要性を繰り返し強調した。だが、海外での武力行使が認められるようになれば、米国は機雷除去にとどまらず、ベトナム戦争やイラク戦争、アフガン戦争のような戦いに本格的に参戦するよう求めてくるだろう。集団的自衛権は「日本人が殺し、殺される」ことを意味するのだ。 自衛隊の武力行使を、日本が侵略された時に限っているのが、憲法9条だ。そのおかげで、自衛隊は戦闘で一人も殺さず、殺されることもなかった。今回の閣議決定を、投稿した中学生以上に真剣に受け止めているのは現役の自衛官だろう。自衛隊が海外でも戦うことになれば、入隊を望む若者は激減し、やがて徴兵制の導入も検討されるのではないか。9条の順守こそ、日本が戦争に巻き込まれることを防ぐ最高の抑止力なのだ。2014年8月4日 朝日新聞朝刊 12版 8ページ「声-戦争を抑止している憲法9条」から引用 安倍首相の説明によれば、集団的自衛権を行使すると言っても憲法9条がある限り自衛隊を海外に派遣して戦闘に参加させるわけではないので、日本は今後も今まで通り平和国家であるとのことであるが、これはどうも独り善がりの虚言である疑いが濃厚だ。なぜなら、自衛隊を海外の戦闘に参加はさせないと言いながら、ペルシャ湾・ホルムズ海峡で機雷除去をやる必要があると言ってるからである。機雷除去の作業は、一見平和的な作業に見えて実は機雷を敷設した側にしてみれば敵対行為であるから、場合によってはそういう作業を開始した途端に攻撃される危険性は非常に高い。したがって、集団的自衛権の行使は日本を今までは回避できた戦争に無理やり引き込む危険性が高く、国民の生命と安全はかえって危険度を高めていると言える。このような閣議決定は、やはり早急に無効宣言をするべきだ。
2014年08月19日
集団的自衛権の行使に賛成する人たちの言い分は、いざと言うとき自分は助けてもらうのに同盟国が助けを必要とするときに9条があるから出来ないというのは身勝手で、国際社会では通用しないのではないかという議論です。7月27日の朝日新聞には、次のような投書が掲載されました;(声)友好国に身勝手と言われないか 集団的自衛権の行使容認に声高らかに反対している方々に申し上げたい。かたくなに反対するのであれば自衛隊の存在、個別的自衛権、日本の米軍基地、日米安全保障条約、日米同盟なども同様に根気よく否定し続けて下さい。集団的自衛権のみをやり玉にあげ、平和と安全が脅かされるという言い分は整合性に欠けます。 東アジアにおける昨今の緊張状態で不測の事態が生じた場合、最も効力を発揮し、我が国を守ってくれるのが集団的自衛権の行使ではないでしょうか。他国から攻撃された時は友好国の助けを得るのに、逆の場合は憲法9条を盾に助けることを拒否するのは身勝手です。そんなことをすれば、友好国からそっぽを向かれかねません。 我が国が国際的に孤立しないよう友好国との信頼関係をより一層築き上げ、平和と安全を維持するために集団的自衛権の行使容認は必要不可欠だと思います。2014年7月27日 朝日新聞デジタル 「声-友好国に身勝手と言われないか」から引用 日本が憲法9条を堅持していると国際社会で孤立するなどと、あまりにも独善的で視野の狭い投書に対して、7月31日の投書は、次のように反論しています; 「友好国に身勝手と言われないか」(27日)は、集団的自衛権の行使容認に反対の意見を「他国から攻撃された時は友好国の助けを得るのに、逆の場合は憲法9条を盾に助けることを拒否するのは身勝手」と批判している。はたしてそうだろうか。 日米安全保障条約は、日本が攻撃されたら米軍が守り、日本は米軍に基地を提供するという内容だ。「直接的な軍事行動」「場所の提供」という双方が可能な分野で、負担を分け合う「双務的」な関係が成立している。 「米国の若者は戦場で血を流しているのに日本は金を出すだけ」などと言われるが、基地があるゆえに沖縄県民は土地や家を失い、騒音や米軍機事故、米兵による暴行など塗炭の苦しみをなめてきた。別の形で「血を流している」のだ。それを思えば「何もしない日本は身勝手」というのは、沖縄の苦悩を軽視する政府の言い分をうのみにした見方だと思う。 他国を武力を用いて支援する集団的自衛権の行使は、本来は日本の米軍基地の縮減や撤廃と同時に論じられるべきだ。でなければ、日米安保の双務性が崩れ、日本側の過剰負担になりかねない。2014年7月31日 朝日新聞朝刊 12版 14ページ「声-沖縄の苦悩を軽視していいのか」から引用 この反論を読むと、先にあげた27日の投書が安倍政権の言い分を鵜呑みにして完璧に騙されている人の議論であることがよく分かります。日米安保条約はアメリカの若者にだけ血を流させる身勝手な条約ではありません。それに見合うとアメリカ政府が判断した対価を、日本は基地の無償提供、生活費負担、高速道路ただ乗りという形で負担しているのですから、有事の際はアメリカの若者だけが血を流すというのは、アメリカ政府の判断と選択の結果であって、日本が同義的に責められる話ではありません。むしろ、日本は憲法9条を堅持していることによって平和国家として国際社会に受け入れられているという現実を重視する必要があると思います。へたに集団的自衛権などを行使したのでは、かえって国際社会に敵をつくることになりますから、これに反対するのは当然のことです。これからは尚一層、日本は武力を行使しない国として国際社会で活動していくべきです。
2014年08月18日
安倍首相が憲法解釈を変更すると宣言した7月上旬に、防衛省はタイムリーに全国の18歳の若者宛に自衛隊入隊案内を発送した。このやり方について、6日の東京新聞コラムは次のように述べている; 「平和を、仕事にする」。自衛隊の募集案内が7月上旬、全国の18歳の若者宛てに一斉に送付された。安倍普三首相は7月1日、集団的自衛権の行使容認を閣議決定した。このタイミングで自衛官募集のダイレクトメールが届けられたのだ。 インターネットを利用したツイッター上では「赤紙が来た」「召集令状だ」といったつぶやきがあふれた。防衛省は地方自治体が持つ住民基本台帳から適齢者の住所、名前などの個人情報を入手している。政府が自衛隊に入隊してほしいと考えた適齢者(18~26歳)へ、いつでも募集案内を送りつけることができると証明された。 8月1日から10日までは、AKB48の「ぱるる」こと島崎遥香さんによる自衛官募集のテレビCMがオンエアされている。「自衛官という仕事、そこには大地や海や空のように果てしない夢がひろがっています」 AKB48採用の理由を防衛省人材育成課は「親しみやすいうえ、東北復興にボランティアとして活躍している。『人の役に立ちたい』という若者に訴えかける力がある」という。だが、自衛官になって「人助け」をしようとする若者の夢は「戦争参加の可能性」により、打ち砕かれたのではないか。「果てしない夢」はしぼんでしまったのに「夢のある自衛官になろう」と呼びかけるのだからブラックジョークというはかない。 (半田滋)2014年8月6日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「私説・論説室から-自衛官募集で『赤紙来た』」から引用 自衛官になって「人助け」をしようとする若者の夢が、集団的自衛権行使で「人殺し」もしなければならなくなったのは悲劇である。そこのところをAKB48を使ってカモフラージュするのは姑息だ。そもそも「平和を、仕事にする」というタイトルからして、おかしい。「平和」を口実に武力行使するのが目的では、これもまたブラックジョークだ。
2014年08月17日

日本の戦争責任について考え続ける村岡崇光氏を、7月26日の朝日新聞コラムは次のように紹介している; チューリップと風車の国・オランダは、日本と友好関係の深い国だと思っていた。 1991年、ライデン大に赴任し、違う現実に直面する。同僚はどこかよそよそしく、オランダを訪ねた海部俊樹首相が慰霊碑に供えた花束が池に捨てられる事件も起きた。調べると、オランダの植民地だったインドネシアで日本軍による非道な扱いを受けた元捕虜や民間抑留者が多数いた。日本に補償を求める動きもあった。社会には反日感情が渦巻いていた。 本や資料を読みあさり、2000年に「日蘭(にちらん)対話の会」を始めた。インドネシア帰りのオランダ人と日本人が太平洋戦争とその後の歴史への理解を深めるため、過酷な抑留所生活、泰緬(たいめん)鉄道建設工事などについて語り合ってきた。 鹿児島県育ち。英語が好きで旧東京教育大に進み、イスラエルに留学。ヘブライ語の専門家として英、豪、オランダと渡り歩いた。 日本を離れて半世紀、国籍は日本のままだ。「日本が過去の負の遺産を正視し、誠実に行動するまで日本人である覚悟」と言う。 退職した03年以降は毎年、日本が侵略・占領したアジアの大学などで5週間、無償で教壇に立つ。「対話の会の学びから、口先の謝罪ではなく、心を行動に表すべきだと思ったのです」。戦後70年の来年はその講義の内容と各国の報告をまとめ、日英両語で出版する計画だ。 (文・写真 大久保真紀) * むらおかたかみつ(76歳)2014年7月26日 朝日新聞朝刊 14版 2ページ「ひと-村岡崇光さん」から引用 日ごろ日本の政治家の歴史認識を問題にするのは中国や韓国だけのような印象がありますが、イギリスやオランダ、オーストラリアなどにも反日感情が存在するのは事実です。これらの国々についても、相手がおとなしいからと言って無視するのではなく、過去の負の遺産を正視し誠実に行動する日本人でありたいものです。
2014年08月16日
社会的弱者に対するヘイトスピーチを放任している日本政府に対し、国連が是正を要求する勧告を出したと、7月25日の朝日新聞が報道している; 人権問題の専門家で構成する国連規約人権委員会は24日、日本政府に対し、人種差別や対立をあおる「ヘイトスピーチ」の禁止などを求める「最終見解」と題した改善勧告を出した。規約人権委は今月、2008年以来6年ぶりに日本の人権状況を審査していた。 勧告では、日本において、韓国と北朝鮮の国籍保有者や中国人ら国内少数派に対する憎悪や差別をあおる発言が広がっている、と懸念を表明。サッカーJリーグのサポーターが掲げた「ジャパニーズ・オンリー」というスローガンを挙げ、排外主義のデモが頻発しているとして懸念を示した。 慰安婦問題については、「性奴隷制度や戦時中の日本軍による慰安婦に対する他の人権侵害のすべての疑惑について調査し、訴追して有罪の時には処罰するための効果的な立法および行政措置を直ちにとること」などを求めた。 (ジュネーブ=松尾一郎)2014年7月25日 朝日新聞朝刊 14版 11ページ「日本にヘイトスピーチ禁止求める 国連規約人権委が勧告」から引用 在特会と称するアタマのおかしい人々の団体による在日の人々へのヘイトスピーチは、直ちに法令を整備して取り締まりに当たるべきと思います。Jリーグ応援団で「ジャパニーズ・オンリー」の横断幕を掲げた人物はマスコミに問題として取り上げられても「応援席のこのエリアは純粋に日本人だけにしたかっただけで、外国人を排除する意図は無かった」などと、何が問題なのか理解していないことを暴露するコメントは、都議会でセクハラ・ヤジを謝罪した議員が、その謝罪コメントの中でも「早く結婚したほうがいいんじゃないかなと思って言ったことであって、いやがらせのつもりは無かった」などと発言したのと同じ構図だと思いました。また、慰安婦問題について国連は、日本政府が被害の実態を調査して訴追し責任を明らかにするべきであると勧告しており、日本政府は重く受け止めるべきです。民間では、海外の有識者の協力も得て市民法廷が昭和天皇に対し有罪判決を出していることもあり、この法廷の審議記録は重要な参考資料です。
2014年08月15日
戦前から戦後の混乱期にかけて活躍した政治家として知られる片山哲氏を偲ぶ投書が、7月25日の朝日新聞に掲載された; 現憲法が施行された直後に社会党初の首相となった片山哲先生が、ご自宅で静養中の1976年のこと。かつて衆院議員の秘書を務め、片山先生の政界引退後の講演会などをお手伝いした私は、友人とお見舞いに伺った。先生は「政治的遺言だ」と前置きして、こう述べられた。 「今や資本主義か社会主義かではない。これからの主たる課題は戦争か平和かである。平和な民主主義社会を維持発展させていくには、世界でも類を見ない崇高な理念に基づき構築されている平和憲法を、順守実行していくことが肝要である」 戦後69年間、終戦体験世代を筆頭に平和憲法を支柱として、わが国の復興がなされてきた。解釈改憲という姑息(こそく)な手段で大きな転換点を迎えようとしている今こそ、片山先生の遺訓を改めてかみしめたい。 わが国は、民主主義の法治国家である。限定条件付きとはいえ、集団的自衛権のごとき国のありようを変える重要事項を、憲法改正を経ず、行使可能にするのは言語道断である。 政党政治家は保身の心を捨て、真に民意を反映する行動をとってほしい。憲法の平和主義の理念に基づき、全方位外交で平和な社会を維持発展させていただきたい。2014年7月25日 朝日新聞朝刊 13版 14ページ「声-片山哲元首相の平和への遺言」から引用 この投書が指摘するように、憲法遵守義務を負う首相が閣議決定で実質改憲をするのは法治主義の原則に反します。戦前戦後の混乱を知らずに育った政治家が、独善的な価値観で安易に国家の原則を変更するという暴挙に、国民は危機感をもつべきです。
2014年08月14日
戦後日本の政治家として安倍晋三氏が如何に異質な存在か、7月24日の朝日新聞・投書は次のように訴えている; 私は1950年代の生まれで、団塊の世代よりもやや若い。70年安保や学園紛争の最盛期を生き抜いた先輩たちの思想や活動を、多かれ少なかれ引き継いだ世代だ。その評価や論評はおくとして、この前後の世代は反体制的かつ革新的で、アンチ自民党が私の周囲には少なくなかった。 私自身も若いころ、いつの日か自民党政権から別の党の政権に交代してほしいと望んでいた。約20年前に細川政権が誕生したが、それもつかの間で、その後は延々と政治的混乱が続いた。来るべき非自民党政権への過渡期だと思って我慢した。だから、5年前に民主党政権が誕生した時の喜びは相当なものだった。 それがあっけなく自民党政権に後戻りしたのが一昨年の末。その後の安倍政権による憲法や原発への対応、政治手法は悪夢としか思えない。日本や米欧の識者だけでなく元自民党幹部の発言に接すると、首相がいかに異質な政治家か分かる。社会党と対立していた時の自民党、あるいは混乱した政局時代の自民党の方が、決して捨てたものではなかったと思う。少なくとも、意見を異にする他者への寛容さがあったからだ。2014年7月24日 朝日新聞朝刊 12版 14ページ「声-昔の自民党の方がましだった」から引用 この投書が指摘するように、昔の自民党のほうがマシだったというのは今や多くの国民が実感するところとなっています。しかし、単に昔は良かったと懐古にふけっているだけでは事態は解決しませんから、ここは一つ歩を進めて、民主党政権でも今よりはマシだったというところまで議論を具体化するべきだと思います。あるいはまた、新規性を求めたいということであれば、思い切って共産党に賭けてみるという発想も価値ある選択肢と言えます。
2014年08月13日
安倍首相の言葉遣いに対するクレームが、7月24日の朝日新聞・投書欄に掲載された; 安倍晋三さんは「国民を守る」との言葉を多用するが、私は国民という概念ではなく、「私やあなたの友人のあの人」を守る国をつくってほしい。私にとって友人は日本国民だけでなく中国や韓国の人もたくさんいる。 集団的自衛権行使容認の閣議決定後の会見で、安倍さんが言った「日本に戦争を仕掛けようとする」のはどこか。中国や北朝鮮を思い浮かべる人も多いのでは? 私は、中国政府はともかく、中国の文化や人が好きだ。個人的にも仕事上も中国語を使う機会は多い。 北京の友人に閣議決定後、日本の一部のマスコミ報道を伝えると、「中国が日本を攻める?! 少なくとも会社員の自分たちはそんなことを考えている時間はないよ」と言った。 友人や商売仲間との関係に何か大きな影響が出るのはたまらない。今どきの「国民」には、もはや国境を超えた「国民以外の仲間」がいることを忘れてほしくない。 政治は難しく、私たちは自分の生活で精いっぱいだ。安倍さん、どうか不安をこれ以上増やさないで下さい。2014年7月24日 朝日新聞朝刊 12版 14ページ「声-『国民以外の仲間』も守って」から引用 安倍首相が「国民を守る」との言葉を多用するのは、アメリカ以外はみんな敵で油断すると何時やられるかも知れないという不安感を国民の心に植えつけて、それによって軍事力強化をやりやすくしようという魂胆があるからです。世界が帝国主義に覆われて列強が植民地獲得に血道を挙げていた時代ならいざ知らず、現代においては戦争は犯罪です。したがって、安倍首相の言動は時代錯誤というものでしょう。現代の日本社会は、日本人だけで構成されているわけではなく、永住外国人もいることを考えれば、この社会の治安を維持して発展させていく責任を担う政府のトップがやたら「国民」ばかりを大事にしてよそ者を仲間はずれにしかねない表現は、改めるべきだと思います。
2014年08月12日
弁護士の上田月子氏は、3日の「しんぶん赤旗」コラムで大飯原発3号機、4号機の運転差し止めを命じた福井地裁の画期的な判決の意義について、次のように述べている; 日本に原発は48基あ月ますが、今は1基も動いていません(原発稼働ゼロ)。ところが、秋にも原発は再稼働するといわれています。 16日、原子力規制委員会は、九州電力川内原発1号機と2号機の安全対策に関する審査書案を取りまとめました。同委員会は、30日間、一般からの意見募集を経た後、再稼働に必要な許可を出す予定。法律上は、電力会社の判断で原発は再稼働できます。 ところで、前にも似たようなことがありました。2年前の夏、原発稼働ゼロの状態で、関西電力大飯原発3号機と4号機が再稼働。当時、同原発は原発推進派にとって「救世主」だったかもしれませんが、今は別な意味で有名になっています。 本年5月21日、福井地裁判決は、関西電力大飯原発3号機と4号機に対し、運転の差し止めを命じました。数多くの原発訴訟のなかでも、史上3番目の勝訴判決です。 この判決の論理は-。原発は経済活動の自由(憲法22条1項)に属するものなので、人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきだ。事故の具体的的危険性が万が一でもあれば、その差し止めが認められるのは当然だ。こういう画期的な記述が多々あります。 中でも「原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失である」の部分は感動的。同じ法曹として誇らしく思いました。 しかし、これに「不合理な推論が導く否定判決」(「読売」5月22日付)、「非科学、非現実的判決だ」(「産経」5月23日付)などと社説で攻撃するメディアも。閣議決定で、原発を「重要なベースロード電源」としている安倍内閣のまるで代弁者です。脱原発にはこういうメディアを変えていく必要もありそうです。(うえだ・つきこ=弁護士)2014年8月3日 「しんぶん赤旗」日曜版 5ページ「メディアをよむ-再稼働へ首相の代弁者」から引用 大飯原発3号機、4号機の再稼働差し止めを命じた福井地裁の判決は画期的です。判決が指摘するように、原発再稼働は経済活動の自由に属する概念であるが、市民が安全に生活する権利は人格権であるから「自由に商売する」権利より優先されるべきです。また、規制基準をクリアしたからと言って絶対に事故は起きないと保障できるものでもないことは、規制委員会委員長の発言が示すとおりです。少なくとも、事故が起きた場合の安全な避難計画が策定されるまでは、3号機4号機の再稼働が差し止められるのはやむを得ないと思います。
2014年08月11日
女優の有馬理恵氏は、次回公演のお芝居の稽古について、3日の「しんぶん赤旗」コラムに次のように書いている; ただ今、稽古の真っ最中! 苦しんでいます! 私の役は、日本軍「慰安婦」にさせられた原告女性の代理人弁護士です。モデルになったのは「慰安婦」問題解決オール連帯共同代表の大森典子弁護士。元日本兵と被害女性の原告証言からなる30分間のリーディング形式の構成劇で、劇団俳優座特別公演「戦争とは…2014」で上演します。 高齢になった元「慰安婦」の女性たちは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)や後遺症に苦しみながら次々と亡くなられています。俳優である私がこの問題でできることは何か-。ここ数年、「慰安婦」をテーマにしたミュージカルへの出演や、芝居を交えた講演会などを続けています。 演じるにあたっては、被害女性から話を聞いたり、「女たちの戦争と平和資料館」(wam)に通いつめて被害者の証言や法廷のビデオを見たり、本を読んだり、他の出演者とともに考えたり…。できる限り、彼女達(たち)の苦しみを追体験しようと努力します。しかし、どんなにがんばっても、俳優の私が被害女性になりきることはできないし、代理人の弁護士さんになりきることもできません。彼女達の哀(かな)しみや口惜しさ、痛み、闘(たたか)いは、私の想像をはるかに超えるものです。 それでも、「慰安婦」問題を風化させたくない、過ちを繰り返さないという思いを未来につなげたい-。どのように伝えれば、人々の心に彼女達の事実をまっすぐに届ける事ができるのか? 俳優の限界と可能性のはぎまで、周りの人にアドバイスをもらいながら暗中模索しています。(女優)2014年8月3日 「しんぶん赤旗」日曜版 5ページ「風の色-想像超す『慰安婦』の哀しみ」から引用 従軍慰安婦をテーマにした文化活動がこのような努力で継承されることは、大変意義あることで、このような活動を通じて私たちの社会が戦争反対の意志をますます強くしていくことが、世界平和への貢献の道です。
2014年08月10日
原爆の日に広島・長崎両市長が出す平和宣言に集団的自衛権の問題も入れるかどうか、準備段階ではいろいろな議論があったが、結局は世論が賛否に割れているとの理由から見送られた。議論の途中でまだ結論が出ていなかった7月22日の時点では、朝日新聞記者の加戸靖史は紙面で次のように述べていた; 集団的自衛権の行使を閣議決定で認めた安倍政権にどう向き合うのか。8月の原爆の日に広島、長崎両市長が出す平和宣言をめぐり、議論が高まっている。 松井一実広島市長は14日、宣言で集団的自衛権の問題に触れない、と表明した。被爆者を含む懇談会に諮り、「憲法の平和主義の記述があればいい」と結論したという。 長崎市でも、被爆者や有識者でつくる平和宣言文起草委員会で最大の焦点になった。 行使容認にはっきり反対すべきだとの意見が大勢を占めたが、市が今月示した最終の文案には明記されなかった。翻意を求める声にも、田上富久市長は「慎重に検討する」と答えるばかりだった。 田上氏は昨夏、参列の安倍晋三首相を前に「被爆国としての原点に返ることを求めます」と宣言で強調し、核をめぐる政権の姿勢を批判した。 なぜ今年は及び腰なのか。田上氏は「核兵器廃絶にはコンセンサス(意見の一致)があるが、安全保障についてはさまざまな意見があるから」と説明した。 中国、北朝鮮の脅威を背景に、集団的自衛権の行使容認を支持する世論も根強い。両市長が慎重になる気持ちもわからなくはない。 ただここで、平和宣言の原点を考えてみたい。 被爆2年後の1947年、浜井信三広島市長は初めての平和宣言でこう述べた。 「戦争を根本的に否定し、最も熱烈に平和を希求する」「この地上より戦争の恐怖と罪悪とを抹殺して真実の平和を確立しよう」 長崎も「われわれは大胆素直に戦争絶対反対を叫び、平和日本憲法を守り」(51年)などと訴えてきた。 つまり宣言は、原爆の惨禍をもたらした戦争の絶対否定から出発した。訴えが核兵器廃絶に傾斜していくのは、米ソの核軍拡への危機感が強まった50年代後半からだ。 集団的自衛権の行使容認で、自衛隊が武力紛争にかかわる恐れは強まる。この国が直面しかねない危機を素通りした「平和宣言」は、十分な訴求力を持つだろうか。 被爆者で、長崎の起草委員も務める土山秀夫元長崎大学長(89)は「被爆地には義務がある」と言う。「国家の犠牲になり、無念を抱えて死んだ人たちに成り代わり、言いにくいことでも国に言っていかなければならないのです」 両市長にいま一度、この重い義務を考えてもらいたい。(かどやすふみ 社会社説担当) 2014年7月22日 朝日新聞朝刊 12版 11ページ「社説余滴-平和宣言の原点に返れば」から引用 戦後の歴代政権が違憲であるとしてきた集団的自衛権の行使を容認するというのは、見方によっては戦後の平和国家の路線を百八十度転換することにもなりかねず、平和国家としての姿勢は変わらないという政府の説明は国民が納得するものとなっていない現状に照らして、広島・長崎の平和宣言には集団的自衛権の行使には反対であるとの意思表明を入れるべきであった。来年の平和宣言には是非取り入れてもらいたい。
2014年08月09日
我々の子孫の将来を考えれば、やはり原発はやめたほうがいいとする投書が、7月22日の朝日新聞に掲載された; 九州電力川内(せんだい)原発の再稼働について、原子力規制委員会が新規制基準を満たすと認めた。しかし、当の規制委の田中俊一委員長は「安全だということは、私は申し上げません」と言った。全国知事会議は、避難計画に政府が関与せず地方任せにしていると懸念し、積極的に関わることを求める提言を採択した。これらは、再稼働の不安材料がまだまだたくさんあることを示している。 九電は、川内原発の火山リスクを「稼働期間中に巨大噴火が起こる可能性は十分小さい」と説明した。だが、原発の安全性は、現在だけを考えればいいということではないだろう。子々孫々まで影響がないようにするべきなのだ。 今も、東京電力福島第一原発の事故では未解決の問題が山積みだ。がれき撤去作業で放射性の粉じんが、20キロ以上離れた避難区域外の水田や50キロ付近の場所まで飛んだ可能性が高いということも分かった。13万人の方々が故郷を離れたままだ。 日本は「原発ゼロ社会」を目指し、新エネルギーを真剣に模索して転換を図ることを基本に国民全体の幸福を希求するべきだ。これ以上、日本を原発の不安がある国にしてはいけない。それが未来への責任だ。2014年7月22日 朝日新聞朝刊 12版 11ページ「声-『原発ゼロ社会』、未来への責任」から引用 安倍首相は、原子力規制委員会の新規制基準は世界一厳しい基準だから、これをクリアした原発は世界一安全であるという主旨の発言をしているが、これはとんでもないデタラメで詐欺的な発言であることが、田中委員長の「安全だということは、私は申し上げません」という発言から明らかである。もともと新規制基準を作った経緯から言っても、絶対事故の無い原発を想定した基準ではなく、以前のずさんな基準に比べれば少しはマシといった程度の基準なのだから、これで絶対安全とは言えないというのは田中委員長の本音であろう。また、政府や原子力規制委員会の考え方は、住民の生活と安全を優先した原発の安全対策を考えてはおらず、電力会社にあまり負担にならないように、そのためには多少の住民の犠牲は仕方が無いという発想でしか、原発対策を考えていない。その証拠は、米国の原発の安全性の判断には「事故が起きた場合の避難計画」の妥当性も安全審査の重要な項目になっているのに対し、日本の規制基準にはその項目が欠落している。これには、米国の当局者も「驚きだ」と発言していることは当ブログでも紹介したとおりである。このように、わが国は世界でも未曾有の原発事故を体験してなお、その安全性に無頓着で、実際に事故を起こしてしまった原発の廃炉作業もメドがたっていないにも関わらず、何の反省もなく事故以前の体制に戻ろうとする政府の方針は、国民の目に照らして誤りであることを、政府も国民も自覚する必要がある。さらにまた、五十数基の原発のほとんどを停止したまま猛暑の夏を3回、停電することもなく過ごし、火力発電の燃料費負担が大きいといいながら、ついに今年は電力各社が黒字決算をしたのであるから、もはや全ての原発を廃炉にしても、電力量は不足ぜず電力会社の経営にも何の影響もないことが明らかになったのであるから、今やすべての原発を廃炉にしてはならない理由はどこにもない。
2014年08月08日
今年の春に天寿を全うして大往生を遂げた人気作家の渡辺淳一氏は、まだ元気だった2005年に月刊「現代」に寄稿して、戦前の日本は金正日独裁の朝鮮(当時)と良く似た国家体制であったとして、自らの戦争体験を次のように書き残している; 終戦を迎えたのは小学五年生だったけど、戦時下では、常に死が横にあって、誰でも明日死ぬかもしれない、という緊張感をもっていました。 実際、そのころ、親友の父親が沖縄戦で亡くなって。葬式に出ましたが質素なものでした。骨壷を抱いた家族の列に黙癖しましたが、遺族はそれをむしろ誇りと思って、悲しんではいけなかった。あとで、その親友にきいたけど、「骨壷には骨なんかない。小さな石ころだけだった」と。幸い、わたしの父親は学校の教師で、近眼で徴兵されなかったから助かったけど、釈然としない思いを抱きました。 当時、徴兵を逃れるために、醤油や酢を飲んで、病気に見せかけるという話をよく聞きました。とくに醤油を飲むと一時的に熱が出るって。「お国のために」、と口ではいっても、兵隊にいきたくない、死にたくない、という人は多かったのだと思います。 そのころ、住んでいた札幌の町は、東京のような無差別攻撃は受けませんでした。ただ、近くの丘珠(おかだま)に空港があって標的にされたので、ときどき敵機が来襲して爆発音をききました。空襲警報が鳴ると、家の庭に家族で掘った防空壕に駆け込み、おふくろは、わたしや弟の手をしっかり握って、「動くんじゃない。ジーツと伏せていなさい」と言い続けていました。 夜など、枕もとに服をきちんと畳んでおいて、空襲警報とともに一分以内で着る訓練などもして、のろのろしていると逃げ遅れて死んでしまう、ときかされていたせいか、みなとはぐれて、泣いている夢も見ました。 そういう状態で、終戦になったので、天皇陛下のお言葉を聞いたとき、「ああ、もう死ななくていいんだ。助かった」と安堵しました。とにかく、もう、逃げたり、怯えたりしないですむ。父親やおふくろと別れることもないんだ、と思うと、嬉しくて涙が出てきて。 その直前、終戦間際になると、両親や知人のおじさんなぞが「この戦争は勝てない。負ける」とひそひそ話しているのを、きいたことがあります。でも、そんなことはおおっぴらには、ロが裂けても言えません。当時の日本は、いまの北朝鮮と同じでした。いま日本人は、「金正日の独裁政権はけしからん」と偉そうなことを言っていますが、つい六十年前まで、北朝鮮より厳しい軍事体制下で、徹底的に思想教育をされていたのですから、北朝鮮のことなぞ笑えません。 当時は、米軍に降伏したら、男は全員、戦車のローラーで轢かれて殺され、女はみんな陵辱される。そういう馬鹿げたことを教育されていて、わたしもそう信じていたけど、心の片隅ではそこまではしないと、疑ってもいました。 最近、中国や韓国の反日デモが問題になっていますが、彼らの怒りに論理で反論しても意味はありません。 加害者は加害の事実を急速に忘れますが、被害者は永遠に忘れないで、子々孫々にまで伝えていく。このあたりは論理でなく、感情論で、だからそれに対するに、いくら理屈をいっても通じるものではない。やはり感情論で、被害者の立場になって、まず素直に謝るべきです。 植民地政策、強制連行、強制労働、そして数多くの命を奪った日本の軍事政権が、いかにアジア各国に傷跡を残したか、その事実を日本は次世代に伝える必要があります。 そして、善良だった隣のおじさんやお兄さんが、ひとつ間違うと、あの戦争中のような鬼になる。そういう人間の怖さと弱さが日本人のなかにも潜んでいる。そのことを肝に銘じて、われわれはいつも自分を省みて、自分を見詰めて生きていくことが、大事だと思います。月刊「現代」2005年9月号 227ページ「金正日独裁政権と何が違うのか」から引用 渡辺氏が指摘するように、加害者である日本人は加害の事実をろくに認識もせずに「経済援助と引き換えに戦後保証は済んだ」などと理屈を言うのは間違いです。被害者である中国や韓国・朝鮮は被害を永遠に忘れないし、加害の事実を抹消することもできないのですから、日本人も加害の事実を永遠に忘れてはならず、機会あるごとに謝罪するのは当然のことです。また、日本軍の戦争犯罪など加害の事実は学校教育を通じて永遠に子孫に伝えて、二度と同じ過ちを繰り返さないための教育が大変重要です。
2014年08月07日
戦争が終わって70年目になる来年は、日本と中国、韓国が共同で記念式典を開催するべきだと主張する投書が、7月18日の朝日新聞に掲載された; 中国の習近平国家主席は盧溝橋事件77年式典で、安倍晋三政権の歴史認識を念頭に「侵略の歴史を美化する者を、中国と各国人民は決して認めない」と日本批判の演説をした。これに対し、菅義偉官房長官は「いたずらに歴史問題を国際問題化することは、地域の平和と協力のためになんら役立つものではない」とし、歴史問題を持ち出さないことが「未来志向の協力関係を発展させる」と述べた。 私は、歴史的事実を歴史問題としてこれに触れないことが関係改善につながるとするような菅氏のコメントに違和感を覚えた。同時に、去る6月6日、フランスで開かれたノルマンディー上陸作戦70周年記念式典を思い起こした。日本の同盟国だったドイツやイタリア、米国や、ウクライナ問題で非難されているロシアの首脳がそれぞれ式典に参加したのである。戦勝国と敗戦国の枠組みを超えた参加国はファシズムを倒し自由と平和の尊さの思いを共有したのだ。 日本は来年、戦後70周年を迎える。歴史を直視し中韓と議論し、一致点を見いだす努力が信頼関係を醸成する。ノルマンディー作戦70周年記念式典の東アジア版が実現することを願ってやまない。2014年7月18日 朝日新聞朝刊 12版 14ページ「声-戦後70年、日中韓で記念式典を」から引用 ノルマンディー上陸作戦70周年記念式典にドイツやイタリアの代表が列席したのは立派である。ドイツやイタリアはファシズムを国民自ら反省したので、そのような大人の対応が出来るのであるが、日本の場合はまだそれが出来ていない。ドイツのナチスは下から立ち上がったファシズムであったから、その責任追及や反省も比較的やりやすかったのではないか。それに比べると日本の場合は、軍部と政党が主導した上からのファシズムで、国民はただそれに引きずられただけという被害者意識が強く、何人かの戦犯が処刑されてざまぁみろと思った程度で終わってしまっているため、十分な反省に至っていない。しかし、70年代の初めに日中国交正常化交渉で中国の周恩来首相が莫大な戦後保障を放棄するに当たって中国人民を説得するために言った「先の戦争の責任は日本の一部の軍国主義者にあるのであって、多くの日本人民は中国人民同様にその被害者なのだ」との指摘は、我々日本人に、戦争の反省の仕方を教えてくれたといえる。我々は謙虚に歴史を学び、ファシズムは東アジア人民共通の敵であるとの認識を持って、来る70周年には共同で記念式典を開きたいものである。
2014年08月06日
同盟国がどのような戦争を始めようと、日本は関与しないというこれまでのわが国の方針は、諸外国の人々がうらやましがるほどの優れた外交方針であったと、7月11日の朝日新聞・投書が訴えている; 安倍政権の憲法解釈変更に賛同する投稿を読むと、違和感を覚えます。 私はこれまで、織物輸出のビジネスでアジア、ヨーロッパ、中東を中心に海外でたくさんの人々と出会いました。親しくなると宗教や政治のことも意見交換するようになります。戦後一貫して武力行使をしなかった日本を、うらやましがられたことはあっても、そしりや非難の類いは全くありませんでした。 また、災害復旧やインフラ整備、医療活動などに、黙々と従事する自衛隊員やNGOの人々は、地元の人たちに極めて好意的に受け入れられていました。 今回の内閣・与党をあげての憲法尊重擁護義務違反と言える集団的自衛権行使容認の閣議決定は、これまでの日本の平和国家としての努力を無にし、後世に大きな禍根を残す可能性大です。 戦後69年に及ぶ戦争による「犠牲者ゼロ」の事実は、憲法前文にあるような「国際社会において、名誉ある地位を占めたい」と願う我々日本国民にとって、誇りでこそあれ、恥ではありません。わざわざ、武力を使う「普通の国」に成り下がる必要はないと思います。2014年7月11日 朝日新聞朝刊 13版 14ページ「声-うらやましがられる平和日本」から引用 憲法の規定を侵してまで集団的自衛権の行使に賛成する人々は、同盟の相手国にだけ血を流させてこっちは関与しないという姿勢ではやがて国際社会から見放されるのではないか、などとあり得ない心配を吹聴したがりますが、それはとんでもない世迷いごとです。現在の日米安保条約は、アメリカにばかり負担をかけて日本は何もしない無責任な立場なのか? 実際は、そうではありません。常識から言っても、アメリカがそんな自国に不利な条約を結ぶわけがありません。現在の日米安保条約には、アメリカ政府が自国の若者の血を流してでも手に入れたい十分なメリットがあるから、成立している。この現実を我々は直視するべきです。そうすれば、わが国はわざわざ憲法を蔑ろにしてまで集団的自衛権を行使しなければならない理由は存在しないことが理解できます。
2014年08月05日
憲法の解釈を変更するというのは、場合によってはうわべはそのままで実質的に憲法を変えてしまうという話であり、要は正式な手続きによらない憲法改正であり、これは明らかに憲法違反です。安倍政権による憲法違反を、7月4日の朝日新聞投書は次のように糾弾している; コンプライアンスが叫ばれて久しい。会社でいえば、社長は何でも決められるわけではない。法律や規則に従い、組織の決まりに基づいて方針が決まる。行政官庁も同様だ。目的が正しいからといって法令を無視してよいとはならない。法治主義の基礎になる法典が憲法だ。加えて、会社や行政機関では従来の慣例も重視されている。 安倍政権は集団的自衛権の行使容認にあたって「新3要件」のひとつに「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」を挙げた。 かつて旧満州(中国東北部)の関東軍は、政府の戦闘不拡大方針に反し、戦争を拡大していった。安倍晋三首相は、日本が武力を使う条件となる新3要件が憲法上の歯止めとなると閣議決定後の記者会見で強調したが、新3要件も権力者の恣意(しい)的判断を制止できないだろう。 安倍政権は、国会の多数を背景に憲法解釈を自分勝手に変更した。累代の自民党政権が維持してきた限界を破ったのである。法治主義と歴史の経験から、到底、認めることはできない。憲法は「国民みんなの憲法」であって、一内閣から「これが憲法の解釈です」と言われても従うわけにはいかない。2014年7月4日 朝日新聞デジタル 「声-法治主義と歴史の経験に反する」から引用 集団的自衛権の行使に当たって、その乱用を防ぐための歯止めとして安部首相は「新3要件」を持ち出しましたが、それは実に曖昧な「要件」で、解釈の仕方でどうにでもなる、歯止めの機能を欠いた要件です。これは首相自身が歯止めの必要性を全く認識しておらず、単に批判をかわす手段として思いつきで出しているだけだからです。これは将来に対する大きな禍根で、まるで「キチガイに刃物」を地で行っているのと同じです。心ある国民が協力して倒閣運動に立ち上がるべきです。
2014年08月04日

沖縄県竹富町の教科書問題は竹富町が採択地区から分離独立することで決着したが、これは竹富町がわがままだったのではなく、元々この採択地区では竹富町を含む3市町の教育委員会が民主的なルールに基づいて、現場の教員の多数決を尊重して教科書の選択が行われていたものを、邪な右翼的意図を持った石垣市長が送り込んだならず者まがいの悪徳教育委員が、それまでのルールを無視して独断で「つくる会」教科書の採択を決めたために、竹富町は自治体が一丸となってこの横暴なルール無視に反発したのであった。これは実に民主主義を守る戦いの立派な成果と言える。それに比べれば、石垣市や与那国町の教育委員会のふがいなさは絶望的である。その後の竹富町の教科書選定の状況について、7月10日の朝日新聞は次のように報道している; 沖縄県の八重山地区(石垣市、竹富町、与那国町)で異なる中学公民教科書が使われていた問題は、竹富町が採択地区から分かれることで決着し、同町は1日に単独で教科書採択審議会を立ち上げた。小規模自治体に十分、教科書の調査研究ができるのか疑問の声も残る。調査にあたる地元教員らには、不安とやりがいが入り交じっている。 沖縄県教育委員会が採択地区の分離を決めた5月下旬、竹富町のある中学校長はほっとした表情を見せた後、心配そうに言った。「採択地区から離脱すると、教科書の調査員を務める教員が足りないのではないか」 ●1教科あたり3人 町内の教員は小学校約70人、中学校約60人しかいない。八重山地区では基本的に、1教科あたり3人の教員を調査員に任命し、教科書の調査研究を託してきた。竹富町が設けた採択審議会も、各教科3人の調査員を任命する。小中学校ともに全部で9教科あるため、それぞれ27人が必要になる。中学校では教員のほぼ半分が調査員になる計算だ。 八重山地区で以前、中学の社会科教科書の調査員を経験した男性は「通常業務をしながらだったので大変だった」。調査期間は2カ月ほど。教科書会社からの接触を防ぐため、調査員であることは職場でも隠し、土日に3人で集まって教科書をめくった。 社会科だけで20種類の教科書があり、全てに目を通した。「説明文の表現はこっちの方がいい」「沖縄のことを取り上げている」などと話し合い、推薦する教科書を決めた。「この内容ならこんな授業ができると考えながらの作業で、やりがいはあった。授業にも責任感が出た」と振り返る。 教科書採択は原則4年に1度、全国一斉に行い、今年度は小学校、来年度は中学の教科書が対象。竹富町は今年度、独自に中学公民教科書も選び直す。来年度は改めて中学の全教科を採択する必要がある。 同町は教員の少なさを補うため、退職教員の活用を検討している。県教委も、調査研究を支援する職員1人を八重山教育事務所に派遣する。さらに県教委は、各採択地区に提供する調査研究資料を充実させることで、単独での調査研究は可能と判断した。 同町の慶田盛安三(けだもりあんぞう)教育長は「単独採択になることで、より地域の特性を生かした教育のための教科書選びができる。教員の負担は増すが、やりがいを持ってやってくれるはずだ」と期待している。 ●国「十分さ」に疑問 同町のように、共同ではなく単独で採択する自治体は2013年度時点で全国8都府県に14町村ある。だが、大半は同町より人口が多い。文部科学省の担当者は「竹富町だけで十分な事前調査に基づく採択ができるか疑問だ」と懸念する。 市民団体「子どもと教科書全国ネット21」の俵義文事務局長は「政府は元々、学校ごとの採択を目指してきた」と今の文科省の見解に疑問を投げかける。 1997年、当時の橋本龍太郎内閣は「将来的に学校単位の採択」を掲げ、「採択地区の小規模化」を促す閣議決定をした。俵事務局長は「それを無視して今さら町単独は難しいというのは、おかしい」と指摘する。(泗水康信)2014年7月10日 朝日新聞朝刊 13版 33ページ「教科書選び、不安とやりがい」から引用 国民の教育は国民が自主的に行うもので、政府が教育の内容に介入することは許されない。また、その一方で基本的な教育が受けられない者が出ないように、全ての国民が教育を受ける権利を保障するのが政府の義務である。つまり、政府は国民の教育にカネを出す義務はあるが、教育内容に介入してはならない。これがルールである。したがって、政府であれ教育委員会であれ、現場の教師が選択する教科書に異論を述べることは許されないということを、再確認するべきだ。政府はかつて橋元内閣が標榜したように、学校単位の教科書採択を目指すべきである。
2014年08月03日
集団的自衛権の行使容認を批判する投書が、7月21日の東京新聞に掲載された; 「集団的自衛権なんてとんでもない。応援するからデモでもなんでもやって」と言われたと、老人会から帰った夫が言います。茶の間で、囲碁のクラブで、憲法の話が飛び出すようになりました。 先日、恒例の七夕の飾り付けを小さな子どもたちと作りながら、「そうだ。やりきれない思いを短冊にして安倍首相に届けよう」と思い付きました。七夕用に採ってきたササを両側にして「9条こそ最大の抑止力だ!」と横断幕ならぬ横長の短冊を作りました。 夫と私と友人の3人、午後6時すぎに国会議事堂前の改札を出ると、外の喧噪(けんそう)が耳に飛び込んできます。すでに長い列ができていてシュプレヒコールも聞こえてきました。金曜日の官邸前デモに参加するのは2回目。子ども連れのお母さん、おばあちゃん、車いすの人などが行き交います。 原発問題にしろ、解釈改憲にしろ、私たちの生存が脅かされる問題であるにもかかわらず、安倍首相は意に介さずに推し進めています。国民の声に耳を貸さずして、「国民の生命とくらし」をどうして守れるのでしょう。 集団的自衛権の行使容認ということは、日本が軍備を整え、戦うということであり、敵をつくることです。人を殺す訓練をするということです。人材、資材、財源を軍備に回して、安倍首相は国民を敵にしたいのでしょうか。しかし、日本が軍備を整えなくても、50基近くある原発の一つにミサイルを撃たれたら、この国は滅びるのです。 そうならないようにするために、憲法9条こそ最大の抑止力なのです。2014年7月21日 東京新聞朝刊 5ページ「ミラー-憲法9条 戦争の抑止力」から引用 この投書は政治家が書いたのではなく、政治の素人が書いたものですが、安全保障政策の要点をズバリ指摘しています。日本の平和は武力では維持できない、これが問題の本質です。日本の場合、外交問題がもし武力紛争になってしまったら、その時点で日本外交は敗北であるということです。後は、どんな強力な武装があっても相手側のミサイルが日本中の原発のどれかに命中すれば、この列島は人が住める状態ではなくなるのですから、その後の応戦は無駄です。そのような事態に進むことを食い止めることが、正に日本の生命線です。したがって、先ずは無駄な武装を廃止して、世界中に日本は戦争を放棄したことを認めさせ、日本が諸国間の信義と公正に基づいた国際秩序の確立を目指すという姿勢を周知するべきです。この難事業は、安倍政権のようなヤンキー政治家には無理で、民主党政権のほうがまだマシであった。今からでも遅くは無い、民主党政権にもう一度戻すべきだ。
2014年08月02日
盧溝橋事件から77年たった今年の7月7日、中国の習近平国家主席が記念式典で演説し、侵略を美化する歴史修正主義の安倍政権を批判したと、7月8日の朝日新聞が報道している; 日中全面戦争の発端となった盧溝橋事件から77年を迎えた7日、中国の習近平(シーチンピン)国家主席が盧溝橋の式典で演説し、安倍晋三政権の歴史認識を念頭に日本を批判した。最高指導者のこの式典への出席は極めて異例。習氏は訪中したドイツのメルケル首相とも会談し、内外の世論工作を強める姿勢を鮮明にした。 「いまも少数の者が歴史の事実と戦争で犠牲になった命に目を向けず、時代に逆行しようとしている」 盧溝橋の中国人民抗日戦争記念館で行われた式典で、習氏は名指しは避けつつも、靖国神社参拝などに踏み切った安倍政権を牽制(けんせい)。「侵略の歴史を美化する者を、中国と各国人民は決して認めない」と強調した。 江沢民元国家主席や胡錦濤(フーチンタオ)前国家主席が終戦50周年や60周年の終戦記念日前後に同館を訪れたことはあったが、盧溝橋事件が起きた日の式典に最高指導者が参加するのは1987年の開館以来初めて。国営中央テレビが式典を生中継し、共産党機関紙の人民日報は1面に社説を掲げて安倍政権を批判。中国外務省当局者は「すべて党中央宣伝部が仕切っている」と明かした。 7日に向け、歴史資料を保管する中央とう案(とうあん)館も、中国で軍事裁判を受けた旧日本軍人45人の供述書などをサイトで公開。南京大虐殺を語り継ぐ遺族のデータベース化なども始まった。習指導部が「反ファシズム戦争勝利70周年」と位置づける来年に向け、安倍政権の歴史認識に対する批判のステージを上げた形だ。 日中間では最近、関係改善の兆しを感じさせる動きもあった。5月に訪中した高村正彦・自民党副総裁と6月の社民党の訪中団には、それぞれ党序列3位と4位の指導者が対応。11月に北京で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)を控え、日本側には「習指導部が強硬姿勢を転換しつつあるのでは」との見方も出た。しかし、習氏は先週訪れた韓国でも演説で対日歴史批判を繰り広げ、盧溝橋事件から77年の日を対日キャンペーンの機会として盛り上げた。 こうした動きは「歴史問題で安倍政権への妥協はありえない」(外務省幹部)との基本方針が変わっていない表れだ。中国の立場に一定の理解がある政治家や財界などとの交流を閉じない一因には、日本国内からも圧力をかけて安倍首相に歩み寄りを促したいとの思惑がある。 ■国際社会へ連携訴え 独、「肩入れ」避ける 習氏はこの日の演説で中国の抗日戦争を「世界反ファシズム戦争の東の主戦場」と表現し、米ロをはじめ国際社会への連携呼びかけを強める構えを示した。 7日は訪中しているドイツのメルケル首相が習氏ら中国指導者と相次いで会談。李克強(リーコーチアン)首相は「77年前の今日、日本軍国主義者が始めた全面的な侵略戦争に中国人民は立ち向かい、勝利した。歴史の教訓を記憶に刻むことで未来は切り開かれる」と語りかけた。 しかし、日中双方と経済の結びつきが強いドイツにとって、日中の歴史問題は「頭痛の種」だ。中国で、過去に向き合う戦後ドイツを「手本」とし「日本も見習うべきだ」との論調が強いのは承知しつつ、メルケル政権としては一方への「肩入れ」を避けたいのが本音。3月の習氏訪独の際、中国にベルリンのホロコースト記念碑視察を打診されたが断った。「第三国の外交目的に使われたくない」(独関係筋)ためだ。 メルケル氏は4月、ベルリンを訪れた安倍首相に来年の訪日を約束。今回の訪中直前の4日には安倍首相と電話をし、日本への配慮も示した。 (北京=林望、ベルリン=玉川透) ■「歴史の問題化、役に立たない」 菅官房長官 菅義偉官房長官は7日午後の記者会見で、習近平国家主席による盧溝橋事件の式典での演説について、「いたずらに歴史問題を国際問題化することは、地域の平和と協力のためになんら役に立つものではない」と不快感を示した。菅氏は「平和国家としての我が国の歩みは国際社会に高く評価されている」と強調。「未来志向の協力関係を発展させる姿勢こそが、国家の指導者として求められるのではないか」と注文をつけた。 ◆キーワード <盧溝橋事件> 1937年7月7日夜、北京郊外の盧溝橋近くで演習していた日本軍に何者かが発砲したとして、翌朝から日本軍が北京周辺の中国軍への攻撃を開始した。事件後、戦線は中国各地に拡大。日中は全面戦争に突入した。2014年7月8日 朝日新聞朝刊 14版 3ページ「習主席、日本批判を強化」から引用 この記事によれば、中国の国家主席が歴史施設を訪ねて演説をするのは異例なことで「歴史認識で安倍政権に妥協する意志がない」ことの表れであるそうだが、日本人ですら安倍氏の歴史認識は問題だと考えるのであるから中国政府に妥協の余地がないのは当然である。しかし、安倍首相はいつもブレる度に「村山談話を踏襲する」という基本に立ち戻るという行動を繰り返しているのであるから、この問題で日中韓の関係が阻害されるというのは一重に安倍氏の人間性に問題があるということである。
2014年08月01日
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