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漫画家の小林よしのり氏は、安倍政権を支えているのは思考停止に陥った国民であるとして、4日の朝日新聞に次のように書いている; ネット右翼に相変わらず安倍首相の人気は高いですね。首相自身もネットの世界での身内的、好意的な反応を支えにしていると思います。双方が共存している構図は変わってない。 ネット右翼が主張する排外主義は「ノイジー・マイノリティー(声が大きい少数派)に過ぎない」と考えていましたが、「嫌韓反中」の空気は、今やテレビなどのメジャーな世界も浸食した。暴論でも視聴率が取れて週刊誌が売れる。そんな空気も政権を後押ししています。 「嫌韓反中」の武断的な言説は「日本人であるだけですごい」と言っているだけです。何事もなしえない非力な自分を全面的に肯定してくれるから無邪気に喜んでしまう。その本質は、安易な自己啓発本です。 それは「保守」の思想でもなんでもない。保守政治家は、歴史に裏打ちされた伝統や慣習を重んじることに加え、国内外の状況をよく観察し、冷静に戦略を立てるリアリズムが必要です。日本が孤立しないために、政治家が排外的な空気の防波堤になるべきなのに、逆にその空気を利用し、広がる格差の不満をそらしている気がします。 安倍首相の掲げる「保守」の看板は、ワシには「商魂」に見えます。安倍首相は「小泉・竹中路線」を引き継いだ新自由主義者だと思っています。アベノミクスは、大企業や株主の利益を重視する「株主資本主義」そのものだからです。国民の暮らしが豊かになるかが重要なポイントなのに、消費増税やエネルギー価格の高騰で、庶民の実質的な賃金は下がっている。 経済界に「安倍さんを支えて長期政権にしよう」という空気が根強い背景にも「商魂」があります。安倍政権はトップセールスをして新興国に原発を売り込もうとしています。輸出で利益を得る大企業は大喜びでしょう。しかし、福島で原発事故が起きたことを踏まえれば、道義に反していますよ。もし輸出先で事故が起きればその国民に顔向けできるはずがない。 原発事故で日本の美しい国土が汚染される事態を招いたのだから、本来の政治は、脱原発を目指して、自然エネルギーの拡大に知恵を絞るべきです。過去の戦争は、エネルギー問題が発端でもある。なぜ、日本の総力を結集してエネルギーの諸問題を全面解決し、戦争の可能性を極小化しようとしないのか。 しかし、時代の空気は「脱原発」といえば左翼、「集団的自衛権の行使容認反対」といえば左翼と決めつけ、主張に至る思考と論理に耳を傾けない。逆に靖国神社に参拝さえすれば、何も考えてなくても称賛される。靖国は「魔法の杖」になってしまった。政権を支えるこうした思考停止の空気が、大問題だと思っているのです。(聞き手・古屋聡一) * こばやしよしのり 53年生まれ。89年「おぼっちゃまくん」で小学館漫画賞。92年から「ゴーマニズム宣言」で社会や思想を論じている。近著に「大東亜論」「女性天皇の時代」など。2014年9月4日 朝日新聞朝刊 13版 19ページ「思考停止の空気を利用」から引用 小林氏によれば、保守政治家というものは単に歴史に裏打ちされた伝統や慣習を重んじるだけではなく、国内外の状況をよく観察し国際関係を損ねるような言動は慎むものだと、そういう点で安倍氏は政治家として欠点がある。また、福島の原発事故が収束しておらず原因究明もまだなのに海外に原発を輸出するというのは、保守政治家として道義に反すると、保守の論客の目にも問題が明らかな人物を、いつまでも首相にしておくのは国益を損ねるというものではないでしょうか。
2014年09月30日
昨今の政治家の発言の軽さについて、杏林大学教授の金田一秀穂氏は4日の朝日新聞で次のように論評している; 安倍晋三さんの言葉で面白いもの、印象に残るものってほとんどないですね。 「質問に答えない」と批判されるけど、国会答弁や記者会見を見ていると、ごまかしや言い逃れという感じでもない。ずっとすれ違ったままでかまわないと思ってるんじゃないか。言葉で人を説得しよう、動かそうという気がないみたいに見える。 言葉には、描写の言葉と行為の言葉があります。「椅子に座る」は描写の言葉です。でも、「椅子に座ってください」とか「ありがとう」と言うのは、それ自体が行為ですよね。 政治の言葉は、約束するとか、宣言するとか、基本的には行為としての言語です。でも安倍さんは、言葉は「飾り」のようなもので、行為は別にやればいいと思ってるんじゃないか。 政治家は、言葉それ自体が行為だと自覚しなくてはいけません。吉田茂や佐藤栄作はそこがわかっていた。安倍さんの祖父・岸信介は「私には声なき声が聞こえる」と言って、安保改定を強行した。善しあしは別として、言葉に重さがありました。 でも、今の政治家は言葉が軽い。小泉純一郎さんあたりから、白か黒かのデジタル的で単純な言葉が増えました。わかりやすいことはわかりやすいけれど、薄くペンキを塗るような言葉づかいになってきている。 安倍さんも勇ましい言葉は多い。「まさに」という言葉をよく使うんですね。スパッ、スパッと言い切っていく。深く考えてないから言い切れるんです。考えている人間は、なかなか言い切れないですよ。 その割に失言が目立たないのは、やっぱり言葉が軽いからです。「国民の命を守る」「日本を取り戻す」とか言っておけば文句が出ない。集団的自衛権も「おじいさんやおばあさん、子どもたちが乗る米国の船をいま私たちは守ることができない」といった薄っぺらな言葉で語られる。つるつるした言葉しか使わないから、非難されにくい。 政治だけでなく、社会全体が耳に快い言葉しか受け付けなくなってしまった。反感を買うような「強い言葉」は排除されて、誰も傷つけない言葉が受け入れられる。だから安倍さんに人気があるのかもしれません。 昔のように政治が小難しい言葉で語られ、政治家が強い言葉で人々を熱狂させるのもどうかとは思いますけど、ふわふわした言葉ばかりになるのもすごく危なっかしい。誰も反対できない言葉だけを言っていればいいという雰囲気になると、何かあれば一気に流されてしまう。 安倍さんは言葉に鈍感すぎる。広島と長崎の原爆式典のあいさつが昨年と同じコピペではないかと指摘されたのがいい例で、さすがにみんな気づいてきたんじゃないか。結局、あの人は言葉の力を信じていないんですね。(聞き手・尾沢智史) * きんだいちひでほ 53年生まれ。専門は日本語学。「金田一家、日本語百年のひみつ」など著書多数。海外での日本語教育の経験も豊富。言語学者の金田一京助氏は祖父、春彦氏は父。2014年9月4日 朝日新聞朝刊 13版 19ページ「言葉の力、信じない首相」から引用 政治家が強い言葉で国民の心を一つにまとめなくてもよい時代は、平和でよいのではないかと思いますが、そう思って油断していると、正当な手続きを踏まないで憲法の中身を変えてしまうというペテンが実行されてしまいます。いつの時代も権力の監視は大事な仕事ですから、特にメディアは視聴率や販売部数も大事かも知れませんが、それ以上に真実に報道という使命を忘れないでほしいと思います。
2014年09月29日
海外からは日本がどう見られているか、ドイツ在住の読者は4日の朝日新聞に次のような投書を寄せている; 「一体、日本はどうなっているのだ。国民は反対しないのか」「原発事故の後は戦争加担か。日本は大丈夫なのか」と近所のドイツ人たちに驚かれたのは、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定後のことだ。 以前、日本人は「勤勉で親切」とドイツ人に好意的に受け入れられていたはずだが、今では「原発事故の失敗から学べない国。しかも戦争に参加する国になった」と、評判はかなり落ちた。 今夏、日本に一時帰国して実感したのは、多くの国民が集団的自衛権の行使容認を閣議決定したことに反対しているのに、その声が政府に届いていないことだ。原発再稼働反対の声も同じ。国民が何を言っても、これほど無視されるのでは民主主義とは言えない。首相の意向で憲法解釈を都合よく変えたり、原発を再稼働したりする政府を欧州の国民なら許さない。 戦争責任も原発事故もなかったかのように振る舞う政府。本来なら世界で唯一の被爆国、そして甚大な原発事故の被災国として他国へその実態を示し、戦争なし、核なし、原発なしを世界に広めて導いていく立場にあるべきなのだ。2014年9月4日 朝日新聞朝刊 13版 18ページ「声-『戦争なし』『原発なし』の国に」から引用 戦後69年間、日本は戦争放棄を憲法に明記して平和国家としてやってきたことは、世界の多くの国々が認めるところであったのですが、安倍政権になってからは、原発は再稼働を目指す、平和憲法は勝手に解釈を変えるという、立憲主義を無視するような姿勢では疑問視する声が上がるのも無理はありません。有権者の2割程度の支持で与党になっているだけという立場を考えれば、国民の声に耳を傾ける謙虚な姿勢が望まれるのですが、そういう見込みがまったく無いのであれば、次の選挙では国民はよく考えて投票する必要があるというものです。
2014年09月28日
テレビは報道機関としての使命を果たしているか、民間団体がテレビのニュース番組をモニターして分析した結果について、14日の「しんぶん赤旗」コラムは次のように述べている; 戦争のできる国に向け暴走する安倍政権。集団的自衛権行使容認の閣議決定は、その大きな節目でした。 国の形を変える重大事をテレビはどう報じたでしょうか。市民組織の「放送を語る会」は、安倍首相が安保法制懇報告を受けて記者会見した5月15日から閣議決定後の7月6日まで、50日間にわたってNHKと民放キー4局の主なニュース番組をモニターし分析しました。 番組モニターの視点は明快です。憲法前文が示すように戦争を起こすのは政府であり、国民はそうさせないよう政府を監視するのが必須だととらえ、ジャーナリズムにはこの政府監視の任務が求められているとします。 ところがモニター結果は、集団的自衛権に関わるテレビ報道全体にかつてない「二極対立」が現れているといいます。憲法規範からこの間題を批判的にとらえ、ジャーナリズム本来の目的を達しようとする局と、政府広報に近い番組とが大きく分岐する実態が明らかになりました。 前者はテレビ朝日「報道ステーション」、TBS「NEWS23」「報道特集」など。後者がNHK「ニュース7」「ニュースウオッチ9」、フジテレビ「新報道2001」です。特に「ニュースウオッチ9」は、与党協議の見通し、解説などの伝達に圧倒的な時間を当て、その動きを批判的に検討する姿勢はほとんどありませんでした。 新聞はすでにこの「二極対立」が顕著ですが、テレビも新聞の資本関係ごとに報道姿勢の違いが鮮明になったのです。NHKは、安倍政権による経営委員や会長人事の支配が功を奏し始めたといえそうです。 放送法には政治的公平、意見が対立している問題は多角的に論点を明らかにすることが規定されています。モニター結果は、それに違反する疑いが強いテレビ報道の存在を示しており、政府監視に足並みがそろわない深刻な事態といえます。(すどう・はるお=法政大学名誉教授)2014年9月14日 「しんぶん赤旗」 35ページ「メディアをよむ-テレビ界に『二極対立』」から引用 この記事ではテレビ主要5局のうちの日本テレビについては何の記述もありませんが、これはやはり親会社の読売新聞が「憲法改悪、戦前体制を取り戻す」路線であることが以前から周知されており、今さら論評するまでもない、ということに違いありません。これで主要5局のうちの3局が安倍政権の「ちょうちん持ち」放送局となりました。あと2局を取り込めば、テレビに関しては戦前体制が完全復活となります。安倍政権のメディア取り込み政策を、国民は傍観していて良いのか、考えるべきだと思います。
2014年09月27日
在日特権という言葉に違和感を覚えるという投書が、13日の東京新聞に掲載された; 8月19日付特報面で、「在日特権を許さない市民の会(在特会)」が「在日特権」と批判する「永住外国人の生活保護 実態は」を読んだ。私は、この「在日特権」という言葉に強い違和感を覚える。 特権とは通常、身分や権力のあるものが自分に都合のいいようにつくり出した優越的な権利だと思う。在日コリアンの特権と言われるものは、彼らが自分でつくったものではなく日本の行政などによる施策だ。であれば、在特会は日本の国会や官庁に改定を求めるのが筋ではなかろうか。 それをしないで、在日コリアンに対するヘイトスピーチ(憎悪表現)デモで大声を張り上げているだけでは、やはり弱いものイジメがしたいだけなのだ、としか思えない。2014年9月13日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「発言-『在特会』活動、やはり筋違い」から引用 在日特権という言葉に違和感をもつのは、この投書の筆者に限らず多くの人々が感じているところだと思います。特権というのは、この投書がいうように人間社会で優位に立つ人々が、自分たちに都合の言いようにルールを決めて、一般人にはその権利を認めないというような場合に、それを表現する言葉ですから、「あいつらは特権を持っている」と言えば、その発言は自動的に「あいつら」に対する敵意を煽る効果がある。在特会と称する卑劣な人間の団体は、そういうカラクリを巧みに利用して、一般国民の心に在日に対する敵意を植え付けようと企んでいるわけです。実際のところ、在日の人々は日本人社会で様々な差別に遭遇して生活上の困難に遭遇してきたというのが実情で、あまりにもひどいので「これは行政のサポートが必要だ」という判断で支援の政策が施されています。それを「特権だ」と言うのは虚偽であり、誹謗中傷です。在特会は暴力団並みの犯罪者団体ですから、警察はもっと厳しく対応するべきです。
2014年09月26日
憲法を護ろうという意思表示が社会から排除される傾向に対して危機感を訴える投書が、12日の東京新聞に掲載された; 8月29日付朝刊によると、市などで構成する国分寺まつり実行委員会が、ブース出店を希望した団体を「内容が政治的」との理由から、参加を拒否したという。記事によれば、当団体は2008年以降憲法9条に関するパネル展などを展示してきた。 憲法を考える集会でも、同様のことで護憲派への会場提供を拒否した自治体があったという。さらに、昨今盛り上がる国会周辺のデモに関して、自民党は規制強化を検討することを確認したが、その後取りやめた。このように「政治的」ということを理由に、憲法に保障される「表現の自由」「思想信条の自由」が失われてよいものだろうか。 集団的自衛権について閣議決定で通し憲法をないがしろにするなど、独裁と後悔をテーマにした物語「茶色の朝」(フランク・パブロフ著)を想起する。 何も思わない、語らない、行動しないと大勢に流されてしまう危機を感じるからだ。2014年9月12日 東京新聞朝刊 11版S 9ページ「発言-憲法軽視する動きに危機感」から引用 祭りの会場の展示でも集会でも、政治的な内容を避けようとする姿勢はほめられたものではありません。護憲であれ改憲であれ、自由に意思表示する権利はわが国憲法が保障しているのですから、私たちはこの権利を行使するべきです。また、自由に意思表示する権利は普段から国民が維持していくように努力しなければならないとも憲法には書いてあるわけで、これも憲法を護る立場から私たちは努力するべきです。
2014年09月25日
侵略戦争を反省した戦没者遺族が、今さら「あれは正しい戦争だった」などと主張する靖国神社とは縁を切りたいと考えるのは、人間の心の動きとして自然なことです。8月29日の朝日新聞・投書は次のように訴えています; 今となれば「よい戦争」だったとは思えず、靖国神社とも縁を切りたい。そう考えた知人が靖国に分祀(ぶんし)や廃祀(はいし)を求めたが、「いったん合祀(ごうし)した霊は一体化し、分離も選別もできない」と突き放された。合祀は遺族の諾否も確かめず、一方的に実行されている。 「戦死した兄は靖国にはいない」(15日)には教えられた。兄を含む合祀霊にA級戦犯が追加されたことに憤り、そこに兄は「いない」と思うことにし、今は生家の墓にいると信じているという。 霊を取り戻したい遺族には参考になる体験だと思う。そこに「いない」と心に決めて、合祀の神学をさらりと乗り越えているからだ。お盆には各地で戦死者の霊を迎えるが、それぞれ靖国から抜け出してきた霊のはず。実態は分祀になっている。 異なる宗教や無宗教による追悼を望む遺族もいる。霊の所在が遺族側にあれば、心おきなく追悼できるだろう。そもそも「霊の所有権」は遺族側にあると考えるのが自然ではないか。靖国は「英霊」を独占して離さないが、了見が狭い。怒りや諦めを抱えたまま、高齢の遺族が墓参りしているというのに。2014年8月29日 朝日新聞朝刊 13版 16ページ「声-『霊の所有権』は遺族側にある」から引用 戦没者は遺族の意思に関わらず勝手に合祀した上に歴史観も押し付けるというのは、宗教施設としては邪道というもので、戦前の国家イデオロギーをそのまま継承して国民に押し付ける姿勢は時代錯誤というものでしょう。戦没者の追悼は、そのような偏った姿勢から解放されて心静かに故人を追悼できるように、特定の宗教とは無縁の施設を設置するのが正しいあり方だと思います。
2014年09月24日
私たちはどのようにして世界の平和を実現するべきか、8月29日の朝日新聞・投書は、次のように訴えている; 「軍事技術開発 米中探り合い」(25日朝刊)を読んだ。中国は新空母を建造して、太平洋進出の足掛かりにしようとしているという。当然、米国も対抗する。かつての列強の軍備拡張競争時代のことを思い出す。 しかし、事は米中間だけのことにとどまらない。集団的自衛権の行使容認によって、日本も巻き込まれる可能性があり、防衛費を増やさなければならないということになる。 中国の軍事予算に日本の防衛費が肩を並べることは到底できないが、もし少しでも近づこうとするならば、世界でも突出した赤字大国、日本はどこまでそれに耐えられるのか。昔のように国民生活を圧迫してまでも防衛費を増加するつもりなのか。 それよりも、対決姿勢をやめて、ソフトパワーで対抗した方がよい。毎年、高価な戦闘機を一機買うのを我慢して、その分で中国などアジア諸国から留学生を招いたらどうか。新型戦闘機は瞬く間に時代遅れになるが、留学生たちがつくる「懸け橋」は簡単には壊れない。 同時に、平和憲法を持つ日本は、米中の間に立って軍備相互削減を提案すべきだ。今後は軍事力ではなく、ソフトパワーによって東アジアの緊張関係を和らげ、友好関係を築きたい。2014年8月29日 朝日新聞朝刊 13版 16ページ「声-東アジアの平和、ソフトパワーで」から引用 かつては東西冷戦下で軍拡競争の果てにソ連が崩壊し、勝ち残ったはずのアメリカも膨大な赤字を抱えて弱り果てています。そろそろ人類は軍事力で平和を維持するのは間違いであることに気付くはずですから、世界の最先端をいく平和憲法を持つ日本は、軍隊を持つ普通の国に逆戻りするのではなく、上の投書が主張するように、ソフトパワーで平和を実現する道を追及するべきだと思います。
2014年09月23日
日本は先の大戦について、連合国側から侵略戦争を実行した責任を問われ、戦争指導者をA級戦犯として処刑することに同意して戦争を反省し、それによって新たに主権国家として再出発することが認められたのであったが、この歴史を無視し、国際社会の約束を保護にしようとする姿勢を強める安倍政権を、8月29日の朝日新聞は社説で次のように厳しく糾弾している; 「私人としてのメッセージ」で済む話ではないだろう。 安倍首相が今年4月、A級、BC級戦犯として処刑された元日本軍人の追悼法要に、自民党総裁名で哀悼メッセージを書面で送っていた。 「今日の平和と繁栄のため、自らの魂を賭して祖国の礎となられた昭和殉職者の御霊に謹んで哀悼の誠を捧げる」 送付先は、高野山真言宗の奥の院(和歌山県)にある「昭和殉難者法務死追悼碑」の法要。碑は、連合国による戦犯処罰を「歴史上世界に例を見ない過酷で報復的裁判」とし、戦犯の名誉回復と追悼を目的に20年前に建立された。名前を刻まれている人の中には、東条英機元首相らA級戦犯14人が含まれている。首相は昨年と04年の年次法要にも、自民党総裁、幹事長の役職名で書面を送付していた。 菅官房長官は会見で、内閣総理大臣としてではなく、私人としての行為との認識を示した。その上で、「A級戦犯については、極東国際軍事裁判所(東京裁判)において、被告人が平和に対する罪を犯したとして有罪判決を受けたことは事実」「我が国はサンフランシスコ平和(講和)条約で同裁判所の裁判を受諾している」と述べた。 戦後69年。このような端的な歴史的事実を、いまだに繰り返し国内外に向けて表明しなければならないとは情けない。 日本は、東京裁判の判決を受け入れることによって主権を回復し、国際社会に復帰した。同時に、国内的には、戦争責任を戦争指導者たるA級戦犯に負わせる形で戦後の歩みを始めた。 連合国による裁判を「報復」と位置づけ、戦犯として処刑された全員を「昭和殉難者」とする法要にメッセージを送る首相の行為は、国際社会との約束をないがしろにしようとしていると受け取られても仕方ない。いや、何よりも、戦争指導者を「殉難者」とすることは、日本人として受け入れがたい。戦後日本が地道に積み上げてきたものを、いかに深く傷つけているか。自覚すべきである。 首相の口からぜひ聞きたい。 多大なる犠牲を生み出し、日本を破滅へと導いた戦争指導者が「祖国の礎」であるとは、いったいいかなる意味なのか。あの戦争の責任は、誰がどう取るべきだったと考えているのか。 「英霊」「御霊」などの言葉遣いでものごとをあいまいにするのはやめ、「私人」といった使い分けを排して、「魂を賭して」堂々と、自らの歴史観を語ってほしい。 首相には、その責任がある。2014年8月29日 朝日新聞デジタル 「社説-A級戦犯法要 聞きたい首相の歴史観」から引用 この社説が指摘するように、A級戦犯として処刑された戦争指導者は国民にとって肉親を戦場で死なせた張本人であり加害者であるから、その責任の重大さから死刑になったのは当然であり、その彼らを「殉難者」などと呼ぶことは許しがたい背信行為である。また、先の大戦で日本軍によって殺害された2000万人とも言われる東アジアの犠牲者の遺族にとっても礼節を欠いた行為である。この社説が主張するように、安倍氏は先の十五年戦争がどのような戦争であったと思っているのか、公の場で本音を語ってみる必要がある。そうすることによって、国内の有権者もまた国際社会も、彼が一国の首相の地位に相応しい人物であるかどうか、適切な判断ができるはずだ。
2014年09月22日
法政大学教授の山口二郎氏は、朝日新聞叩きを煽る勢力の真の狙いについて、7日の東京新聞コラムで、次のように指摘している; このところ、朝日新聞の「誤報」が右派メディアの格好の餌食となっている。もちろん、誤報があれば報道機関として訂正、究明すべきである。ただ、日本社会の正気を保つためには、朝日攻撃が燃え盛るのを座視するわけにはいかない。 いわゆる従軍慰安婦問題について、官憲による誘拐の証言は虚言だった。しかし、人身の自由を失った状態で多くの女性が日本軍人のために売春をさせられていたことは事実である。虚言をそのまま報じた朝日の報道を批判しても、慰安婦の存在を消すことはできない。今日、国際社会で批判を集めているのは、誘拐・略取による慰安婦調達ではなく、慰安婦の存在自体である。 福島第一原発事故の際の現地社員の行動について、他紙が吉田昌郎元所長の証言の内容をつかみ、現地従業員が所長の命令に反して逃げたというのは事実ではないことがほぼ明らかとなった。朝日の誤報に関心を奪われると、「東日本壊滅」の寸前まで行った原発事故の本質を見失う。 いずれの事例でも、朝日を批判する論者とメディアは、意図的に国民に木だけを見せ、森を見ないように誘導しているのである。日本をおとしめているのは、事実を隠蔽(いんペい)し責任を逃れた軍の指導者であり、危険な原発をつくってきた官僚、電力会社である。真の責任者を見失ってはならない。 (法政大教授)2014年9月7日 東京新聞朝刊 11版 29ページ「本音のコラム-木を見て森を見ず」から引用 従軍慰安婦問題は朝日新聞がねつ造したものだと主張する人たちにとっては、今回の記事訂正で「だから、慰安婦問題はこれで解消した」と言いたいのであろうことは容易に想像できるが、しかし、現実にはそのような理屈は通らない。慰安婦問題を立証する数ある証拠の中で、その中に紛れていたたった一つの記事が虚構だったからと言って、慰安所を設置運営したという公文書が消えてなくなるわけではないからである。それはあたかも、原発事故に関連して誤報した「吉田調書」が誤報だったからといって原発事故そのものが無くなるわけではないのと同じ理屈である。 それでも政府や電力会社は、朝日叩きを盛り上げていけば自分たちの責任をそっちの騒ぎに転嫁できるという浅ましい計算がある。これは明らかに愚民政策であるのだが、日ごろから朝日新聞に叩かれてきた「悪い奴ら」にしてみれば、道理や真実がどうであれ今までの恨み辛みの意趣返しができればそれで溜飲が下がるという、これは正に悪党の天下になったということだ。しかし、悪はやがて滅ぶものだから、そのうちまた正義が実現される世の中がくるに違いない。
2014年09月21日
朝日新聞が報道記事の一部を訂正したことに端を発する騒ぎについて、雑誌編集者の篠田博之氏は、7日の東京新聞コラムに次のように書いている; 朝日新聞が迷走状態だ。掲載拒否した『週刊文春』『週刊新潮』の広告を翌週は掲載したのだが、二誌とも意趣返しから前週より激しい朝日たたきだ。『週刊文春』の特集見出しなど「朝日新聞の断末魔」である。それを載せるなら前週の掲載拒否は何だったのか。 さらにいただけないのが池上彰さんのコラムの掲載拒否騒動だ。朝日批判の内容に一度は掲載を拒否したが、池上さんが連載を降りると通告して騒ぎになり、約一週間遅れて掲載した。その間、内外の批判の大きさに驚いたのだろう。その後は一転して、おわびを何度も掲げる平身低頭ぶり。最初の強硬姿勢との落差が大きすぎる。 『週刊文春』9月11日号では、8月28日に朝日新聞社長が全社員にメールで送った内部文書が紹介されている。朝日を支持する激励がたくさん寄せられているという自画自賛めいた内容で、同記事は、これを社員に送る社長は「裸の王様」だと批判したものだ。 記事によると、その文書は外部に漏れないよう社員も閲覧にあたってパスワードを入力、誰が印刷したか会社側が把握できるというものだったという。たぷん朝日上層部は、その内部文書が朝日たたきの急先鋒(せんぽう)である『週刊文春』に即座に漏れたことに衝撃を受けているに違いない。 朝日新聞がいま厳しい風圧にさらされているのは間違いない。深刻なのは、これが一新聞社の問題にとどまらず、日本の言論界全体に影響を及ぼす可能性が高いことだ。朝日を攻撃している週刊誌には「国賊」「売国奴」などという言葉が躍っている。これらはかつて、国家の方針に従わない言論を封殺するのに使われた言葉だ。それが今や、ためらいもなくメディアに使われているのである。 NHKの朝ドラ「花子とアン」が今ちょうど戦争突入前夜の話だ。言論が封殺される時代に主人公らが苦悩するさまが日本の現状と重なって見える。「政府が右と言うものを左と言うわけにはいかない」と公言する会長がトップに立ち、朝日と並んでNHKも大変な状況にある。現場は苦悶を強いられているというが、それに対する心意気がこのドラマに反映されているのだとしたら拍手を送りたい。(月刊『創』編集長・篠田博之)2014年9月7日 東京新聞朝刊 11版 29ページ「週刊誌を読む-言論封殺の拡大を懸念」から引用 朝日新聞といえば社会正義を錦の御旗に、戦後一貫して社会悪を叩きまくってきた新聞だから、ちょっとしたミスがあれば、今まで叩かれてばかりいた悪いヤツラと彼らの代弁者である読売新聞、産経新聞、週刊新潮その他の俗悪ジャーナリズムが一斉に反撃に出てくるのは世の中の力学的構造から言って当たり前のことである。朝日であれ読売であれ、失敗は反省するべきであるが、それに対する風当たりを気にして萎縮する必要はまったく無い。これからも悪の追求に全力を上げて取り組んでいってもらいたい。
2014年09月20日
一昨日、昨日と引用してきた雁屋哲氏の論考は、国民を思考停止に導いた教育勅語が日本に何をもたらしたか、続きの文章で次のように述べている;◆「教育勅語復活」は何のためなのか 今また、「教育勅語にもいいことが書いてある、教育勅語を見直すべきだ」と言う人々が、政治家や評論家の中に少なからず現れてきた。彼らの言うところによると、「いいこと」というのは、「教育勅語」の中の「父母に孝に」以下「国法に遵(したが)ひ」に至るまでの道徳教育的な部分であるらしい。であれば、「教育勅語」を持ち出すことなく、その道徳教育的部分を「教育勅語」とは別に説けばよかろう。それなのに、国民を天皇に忠節を尽くすように教育することを目的とした「教育勅語」をどうしてわざわざ持ち出す必要があるのか。 彼らの意図は、日本をもう一度「教育勅語」の世界に引き戻すことなのだろう。それは最近勢いづいてきた「歴史の書き換え」を要求する人たちの意図とも重なる。彼らは共に明治以降の日本の海外侵略を侵略と認めず、むしろ中国・朝鮮に侵略を開始した明治時代の日本を、意気溌剌(はつらつ)たる青年に例えて、賞賛する。事実を曲げてまで民族的自己愛に陶酔しているその姿は醜悪な限りだが、そんな彼らだからこそ、過去の歴史から何も学ぶことなく同じ道を引き返そうとするのである。 それに、そのまま明治憲法下の社会に戻せなくても、「教育勅語」の道徳教育的部分を強調することは、権力を握る者たちにとっては大いに役に立つだろう。 なぜなら、「教育勅語」が示している道徳は、封建的な家父長制の道徳であり、この権威に対する絶対服従を旨とする家父長制道徳で縛って従順にしておけば、いざという時に国民を天皇のために動員することがたやすくなる。国民をそのように従順に仕立て上げることは、今の世で権力を振る者たちにとっても一番望ましいことだからである。◆すべての理性を失わせた近代天皇制 1941年に文部省教学局が編纂した『臣民の道』の序言は次のように始まっている。「皇国臣民の道は、国体に淵源し、天壌無窮の皇運を扶翼し奉るにある。それは抽象的規範にあらずして、歴史的なる日常実践の道であり、国民のあらゆる生活・活動は、すべてこれ偏へに皇基を振起し奉ることに帰するのである」「教育勅語」の延長にこの『臣民の道』はあるのだが、まことに、ここに書かれた通り「近代天皇制」は抽象的規範を求めたのではなく、日常的なあらゆる生活・活動を天皇のために捧げることを要求した。 その結果がどうなったか、その一つの例を挙げよう。 第二次大戦末期の1943年になると、兵力不足を補うために在学中の大学生も繰り上げ卒業させられ、兵士として駆り出された。これを「学徒出陣」というが、出陣した学徒兵の総数は二十数万人と推定されている。その多くが、中国や南方の戦線に送られて戦死しているのである。 さらに、1944年3月になると、労働力の不足を補うために政府は「決戦非常措置要綱二基ク学徒動員実施要綱」を閣議決定し、中等学校以上の生徒は男女を問わず、軍需生産、食糧増産、防空防衛に動員された。その数は1945年7月には340万人に達したという。しかも、その多くの生徒たちが米軍の空襲で命を落とした。日本の若者たちは「教育勅語」の言うとおり、「一旦緩急有れば義勇公に奉し」たのである。 その学徒出陣式で時の東条首相は学徒兵に対して「(兵として天皇のために戦うのは)諸君が悠久の大義に生きる唯一の道」と訓示をした。悠久の大義とは、初代神武天皇の言ったとおり「八紘一宇(世界中を天皇の支配下におくこと)」を成しとげることを意味する。およそ、まともな理性があれば学業途中の学生を兵として遠方に送り込むはずがないが、理性を失った東条は、死地に送り込むだけでなく、学生たちに神話の中の神武天皇の言葉をもって訓示としたのである。 かくの如く「近代天皇制」は、日本人一人一人の精神の中にまで侵入し、すべての理性を失わせたのだが、その大元が「教育勅語」であることを我々は忘れてはならない。我々は理性と科学的な歴史観をもって「近代天皇制」を検討しなければならないのだ。<参考文献>『日本書紀/上下巻』井上光貞監訳(中央公論社)『古事記 全訳往/全3巻』次田真幸(講談社学術文庫)『続日本紀 全現代語訳/全3巻』宇治谷孟(講談社学術文庫)『天皇-天皇統治の史的解明』石井良助(弘文堂)『新天皇系譜の研究』角田三郎(オリジン出版センター)『盗まれた神話-記・紀の秘密』古田武彦(朝日文庫)『日本古代内乱史論』北山茂夫(岩波現代文庫)『古代天皇の謎』上田正昭(学生社)『古代天皇のすべて』前之園亮一・武光誠編(新人物往来社)『近代天皇制の支配秩序』鈴木正幸(校倉書房)『明治維新の政治過程』大久保利謙(吉川弘文館)『天皇制国家の形成と民衆』後藤稔一郎(恒文社)『維新期天皇祭祀の研究』武田秀章(大明堂)『天皇権の起源』鳥越憲三郎(朝日新聞社)『日本の歴史1 神話から歴史へ』井上光貞(中公文庫)『日本の歴史2 古代国家の成立』直木孝次郎(中公文庫)『日本の歴史20 明治維新』井上清(中公文庫)雁屋哲作「マンガ日本人と天皇」いそっぷ社 2000年刊 47~48ページから引用 3日間にわたって引用した雁屋氏の論考を、珍論奇論であるかのように言う人もいますが、彼が本稿を書くにあたって参照した参考文献のリストを見れば、これは戦後歴史学の到達点と言うに相応しい普遍性をもっていると言えます。私たちは、日本における天皇制の歴史的役割を適切に理解し、これからの日本ではこの歴史遺産をどう処遇していくか、理性的に検討する必要にせまられていると思います。
2014年09月19日
昨日の日記に引用した雁屋氏の文章は、教育勅語の問題点を論証するマンガのページに続いたもので、マンガで表現し切れなかった部分を文章にしたものであった。マンガでは、教育勅語の「皇祖皇宗国を肇むること宏遠」という記述が神話を根拠にした創作に過ぎないこと、「(皇祖皇宗の)徳を樹つること深厚なり」との記述が日本書紀に書かれた天皇家の親子兄弟親戚同士で殺し合いをした記録に照らして虚構であること、「我が臣民克く忠に克く孝に億兆心を一にして世々厥(よよそ)の美を済(な)せるは此れ我が国体の精華」との記述も明治になるまで一般国民は天皇の存在を知らなかったのだから作り話であることなどを説明し、その後に昨日引用した文章が出てくる。その続きでは、次のように述べている;◆天皇家の歴史が明かす「教育勅語」の嘘 このように、明治以前の日本人は天皇の存在を意識することもなく、ましてや、その天皇によって、国民一人一人の精神までもが支配されるようになるとは夢にも思わなかっただろう。 その日本人の精神を「近代天皇制」の鋳型(いがた)に押し込む役目を果たしたのが「教育勅語」なのだ。であるから、「教育勅語」を検討することで「近代天皇制」の真の姿が見えてくる。「教育勅語」は日本国民に天皇に忠誠を尽くすことを要求するものであるが、その根拠となるものがすべて歴史的事実と反することは漫画の中に書いたとおりである。 その、歴史的事実と反するところをもう一度、箇条書きにして挙げてみよう。 (1)「皇祖皇宗国を肇(はじ)むること宏遠」 (2)「(皇祖皇宗の)徳を樹つること深厚なり」 (3)「我が臣民克く忠に克く孝に億兆心を一にして世々厥(よよそ)の美を済(な)せるは此れ我が国体の精華」 以上3点が事実と反することは漫画の中で指摘したが、その他に漫画の中では書ききれなかったものがあるのでそれも記そう。それは、 (4)「(いざとなったら皇室国家のために尽くすことは)独り朕が忠良の臣民たるのみならず又以て爾(なんじ)祖先の遺風を顕彰するに足らん」 (5)「斯(こ)の道は実に我が皇祖皇宗の遺訓にして」の二点である。 (4)については漫画にも書いたし、伊勢参りのところでも触れたとおり、日本国民は「近代天皇制」に取り込まれるまでは、天皇の存在自体を意識しなかったのだから、我々の祖先が皇室国家のために尽くすなどという考えを持つことは不可能であり、全くあり得ないでっち上げである。したがって、そんなことが私たち祖先の遺風を顕彰するものであるわけがない。天皇家が自分たちの家系についていい加減なことを言うのはともかく、私たちの祖先について、そんなデタラメを言わないでもらいたいものだ。 (5)については、「斯の道」というのは、それ以前に説いたことのすべてを指すものと考えられるが、たとえば「兄弟(けいてい)に友(ゆう)に夫婦相和し朋友相信じ恭倹己(きょうけんおの)れを持し博愛衆に及ぼし」などということは、天皇家の遺訓としてはあり得ないことは、天皇家の歴史を読めばすぐにわかることである。 漫画の中には、天智天皇(中大兄皇子)の息子である大友皇子が、天智天皇の弟、すなわち大友皇子の叔父・大海人皇子(後の天武天皇)に殺された「壬申の乱」について書いておいたが、天皇家が自ら編纂した『日本書紀』の中には、それ以外にも天皇一族内の殺し合いのすさまじさが無数に記録されていて、読んでいると胸が悪くなるほどだ。 自分の兄の息子を殺した天武天皇の所業は「兄弟に友に」という文言に完全に反するものであるが、大友皇子の父親・天智天皇も孝徳天皇の皇太子・中大兄皇子だったときにはもっとひどいことをしている。 当時の右大臣・蘇我倉山田石川麻呂を、蘇我日向という男が陥れるために「中大兄皇子に対して謀反を起こそうとしている」と偽りの告げ口をしたのを真に受け、皇子は石川麻呂を死に追いやり、自殺した石川麻呂の体を日向は部下に命じて損傷した上に首を斬ってしまう。ところが、なんと、石川麻呂は中大兄皇子の妃の一人、蘇我造媛(そがみやつこひめ)の父親であって、蘇我造媛は父親を殺された苦しみのために死んでしまうのである。 この事例一つを取っても、「朋友相信じ」「夫婦相和し」などということが「皇祖皇宗の遺訓」などとはとても言えないことがわかる。◆教育勅語を出した本人は何をしていたのか こんなことはほんの一例であって、一つ一つ挙げていくときりがない。「有馬皇子」「大津皇子」「長屋王」など、数々の皇族の、皇族による無残な殺され方が『日本書紀』には記されている。「教育勅語」は『日本書紀』の神話部分を元に天皇の権威付けを行っているのに、同じ『日本書紀』の中の天皇一族が重ねた数々の血で血を洗うとしか言いようのない残虐な行為についての記述は無視して、逆に天皇家が「徳を樹つること深厚なり」などと言っている。『日本書紀』をきちんと読めば、「教育勅語」をまともなものとして受け入れることはとうてい不可能である。 もっとわかりやすい例を挙げよう。明治天皇には美子(はるこ)という名の皇后がいた(後に昭憲皇太后と追号される)。ところが、明治天皇の後を継いだ大正天皇の生母は早蕨典侍(さわらびのてんじ)・柳原愛子(やなぎはらなるこ)である。典侍とは宮中の女官であって皇后ではない。要するに、明治天皇は正妻である皇后以外の女性に子供を生ませ、その子供を自分の後継ぎにしたのだ。しかも、明治天皇の側室は柳原愛子以外にも数人いた。それも宮廷内に住まわせているのだから俗に言う「妻妾(さいしょう)同居」である。皇后美子はどんな気持ちがしたであろうか。とても、「夫婦相和す」というわけにはいくまい。「夫婦相和すのが皇祖皇宗の遺訓である」という「教育勅語」を出した本人がそういうことをしているのである。 今まで記したような事実を踏まえて「教育勅語」を読みかえすと、まことにそらぞらしいというか、白々しいというか、索漠とした気持ちになる。 ところが、この「教育勅語」の発布された明治23年から昭和20年まで、60年近くにわたって日本人は「教育勅語」を金科玉条として守り続けなければならなかった。明治になるまで天皇の存在すら知らなかった日本人が、この「教育勅語」によって、天皇に忠義を尽くし、いざという時には天皇に命を捧げるための教育に駆りたてられていったのである。 明治以前にはなかった写真や印刷技術の導入、そして学校教育の普及も大きな役割を果たした。それまで見ることもなかった天皇の姿を日本人は写真によって見ることができるようになったし、新聞雑誌は天皇崇拝を国民に説く言説を繰り返し掲載した。さらに、学校教育の場で日本人は子供のころから天皇を畏(おそ)れ敬う心を植えつけられ、結果として「近代天皇制」下の日本人はそれまでとは全く異なって、日常的に天皇を意識せざるを得なくなり、生き方までも天皇によって規制されたのである。 この「教育勅語」に「近代天皇制」のすべてがある。そもそも天皇の権威付けをするものが荒唐無稽(むけい)な神話しかないという没理性的な前提。昔から日本人は天皇に忠誠を尽くしてきたという歴史の改窺(かいざん)。封建的な家父長制道徳観念の強制。天皇に対する崇拝と屈従の強制。このように一切の理性を欠いているのが「近代天皇制」の特徴の一つである。人間にとって一番大事な教育の根幹をこのような非理性的な勅語に据えていたのだから、日本があの無謀な戦争に突入し無惨な敗北を喫したのも、当然のことだろう。雁屋哲作「マンガ日本人と天皇」いそっぷ社 2000年刊 44~47ページから引用 このような論証を読むにつけても、教育勅語が日本人を思考停止状態に導いた有害文書であることは明らかで、戦後の国会が廃止決議をしたのは当然であったことが理解されるというものです。我々は二度と国策を誤ることのないように、このような論考をよく理解することが大切と思います。
2014年09月18日
戦前から戦後にかけて法制史の第一人者と言われた東京大学名誉教授の石井良助は、江戸時代に伊勢参りが盛んであったことを根拠に「日本人は明治以前から天皇を崇拝していた」と主張した学者であったが、これに対してマンガ作家の雁屋哲氏は著書「マンガ日本人と天皇」で、次のように反論している;◆熱烈な伊勢信仰は天皇崇拝の表れか「近代天皇制」がそれまでの天皇制と決定的に違う点は、国民一人一人が天皇の存在を意識させられ、個人としての生き方まで天皇によって支配されたことである。 明治以前の日本の庶民は天皇の存在をほとんど意識することがなかった。だから、明治新政府は漫画の中にも書いたように、「人民告諭」とか「御諭書」などを各地で出して、天皇の存在それ自体を庶民に教えこむことから始めなければならなかったのである。 それに対して、たとえば石井良助はその著『天皇-天皇統治の史的解明』(弘文堂)の中で、明治以前に庶民による伊勢参りが盛んであったことを取り上げて、伊勢神宮が天照大神、すなわち天皇家の祖先を祀(まつ)っていることから、「当時において、領主を異にしていても、全国民は直接には伊勢の、そして神宮をつうじて間接的に天皇を統合者として、統合されていたものというべく、《中略》(天皇は)国民の精神的統合者たる地位にあったものということができるであろう」と言っている。石井良助だけではない。伊勢参りが盛んだったことをもって、日本人は明治以前から天皇を崇拝していたと言う人間は多い。 だが、これは、全く正反対である。もし、天皇が本当に国民の精神的統合者の地位にあったのなら、国民は伊勢神宮などに行かず京都御所に行けばよいではないか。現在新年の行事として行われているような皇居参拝が許されるような状態になかったとしても、皇居遥拝(ようはい)くらいはできただろう。 真実は、当時の人々は伊勢参りを半分行楽としていて、伊勢神宮の内宮(ないくう)と外宮(げくう)の問にある伊勢古市には参拝客目当ての遊郭までもが繁盛していたことにある。古市は江戸の吉原、京の島原、大坂の新町、長崎の円山と共に当時屈指の遊里であり、中には古市の遊郭で遊ぶのが目的で伊勢参りに出かける者もいたほどで、そのようないかがわしい遊び半分の伊勢参りを取り上げて「国民は伊勢神宮を通じて天皇に統合されていた」などと言われては天皇も迷惑だろう。 現実に、皇居遥拝をした人間もいる。今でも京都の三条大橋のたもとに銅像が残っているので有名な高山彦九郎という人物だが、後醍醐天皇と争ったことによって朝敵とされた足利尊氏の墓を鞭(むち)打ったりした大変な勤王家で、当時の天皇家が徳川幕府によって事実上幽閉状態にあったのをいたんで、三条大橋のたもとにぬかずいて皇居を遥拝して泣いたという。銅像は近代になってその高山彦九郎の勤王精神を称えて作られたものだが、実際に皇居遥拝をしたのが高山彦九郎一人だけだったから銅像も建ったのである。大勢の国民が皇居遥拝をしていたらいちいち銅像を建てているわけにはいかない。徳川幕府は朝廷を厳しく監視していたから、うっかり皇居遥拝などしたら厳罰を食らったかもしれないが、本当に国民が天皇を精神的統合者として捉えていたら、高山彦九郎以外にも何人か皇居遥拝くらいする人間がいてもおかしくないはずだ。 伊勢参りは、伊勢神宮が御師(おし)という人々を組織して日本中に伊勢信仰を流布した結果、地方に「伊勢講」「神明講」などの組織が結成されて盛んになったもので、伊勢神宮はいつの間にか民衆の信仰の対象となってしまったのである。特に60年に一度のありがたい年、「おかげ年」に参拝すればご利益が増すとされて、江戸時代に都合6回全国から民衆が集団で伊勢参りをする「おかげ参り」という現象が生じた。文政13(1830)年の「おかげ参り」の際には伊勢の宮川の渡船場を渡った人の数は4か月間で420万人を超えたというから、いかに熱狂的なものだったかわかる。 民衆が天皇家の祖先とされる天照大神を祀る伊勢神宮に対してそれほどの熱烈な信仰心を抱いていたからには「国民は伊勢神宮を通じて天皇に統合されていた」と言いたくなるのかもしれないが、実際には、伊勢信仰は他の寺社信仰と同様の現世利益を求める信仰になってしまっていて、伊勢参りをしても、京都に天皇がいることすら思いつかず、遊郭で遊んだりする。それが当時の国民だったのだ。 石井良助らの意図とは逆に、伊勢参り、伊勢信仰の熱烈さを語れば語るほど、民衆がいかに天皇に対して無関心だったかがあらわになるのである。雁屋哲作「マンガ日本人と天皇」いそっぷ社 2000年刊 42~44ページから引用 ここに引用した文章は、雁屋氏が教育勅語の本質を論じるに当たって前ふりとして「明治」とはどのような時代であったかを説明したものである。今日我々が常識と思っている歴史認識には、実は明治の藩閥政府が自らを権威付けるために創作した虚構が混じっているらしい。例えば、「朝廷」と言えば「大和朝廷」のように天皇を中心にした政府組織であると、我々は教えられ、徳川政権は「幕府」であるといわれたが、最近の研究によれば、江戸時代に「朝廷」とは徳川政権を指していた。これを殊更「徳川幕府」という呼び方にしたのは、国民に徳川政権が天皇より格下であることを印象付けるためであったことが明らかになっている。我々は、このような支配者が用意したベールを少しずつはがして、天皇制がどのように民衆支配に利用されてきたか、その構造を認識していくべきである。
2014年09月17日
先月韓国を訪問したローマ法王のスピーチに感銘を受けた読者は、8月23日の東京新聞に投書して、次のように述べている; ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王が韓国を訪れ、「平和と和解」を訴えた。一連の行動や発言に深く考えさせられた。「我々は過去の不正を忘れるのではなく、寛容と忍耐、協力を通して乗り越えることが求められる」とのスピーチは、現在の日中韓の状況にそのまま当てはまる。 また、「すべて朝鮮半島の人々はきょうだい、家族です」とも語ったが、長い歴史をさかのぼってみれば、まさに日中韓はきょうだいの間柄だった。人々が交流し助け合い、文化、宗教、食、医療などお互いに学び合ってきた。ある時期に不幸な関係があったが、これからの長い歴史の中で解決されてゆくことだろう。 焦ることはない。今はお互いが一歩ずつ引いて冷静になることが大切だ。かつての遣隋使、遣唐使、朝鮮通信使などに思いをはせ、日中韓が協力し合えば、きっと世界の平和にも貢献できるだろう。角突き合わせるだけではどの国にとっても、お互いの未来にとっても、何もいいことはない。最近の報道によると、中国も韓国も日本との関係改善に意欲をみせているという。日本も応える時だ。2014年8月23日 朝日新聞朝刊 13版 14ページ「声-ローマ法王訪韓から学びたい」から引用 この投書が指摘するように、元々日本、中国、韓国は兄弟の間柄だったことを、私たちは思い起こす必要があると思います。元々文字を持たない民族であった我々の祖先に、漢字や仏教思想を伝えたのは中国や韓国の先人であり、日本の建国に際しては多くの渡来人が朝鮮半島から渡ってきて協力した歴史を、私たちは学校教育を通して学びました。今は不幸にして人々の劣情に訴えて売れさえすれば何でもいいとばかりに中国や韓国を不当に中傷する出版物が氾濫してますが、このような事態を乗り越えて、中国・韓国との関係を改善することが求められます。
2014年09月16日
札幌市の現職市会議員が「アイヌ民族なんて、いまはいない」と発言した事件について、8月20日の朝日新聞コラムは次のように述べている; アイヌ民族初の国会議員だった故萱野(かやの)茂さんの言葉が忘れられない。「日本の民主主義は生きている」。1997年にアイヌ文化振興法が成立するにあたっての発言だ。ただ、この法律はあくまで第一歩だった。 アイヌの人々を「旧土人」と差別する法律はなくなった。次は日本の「先住民族」と認めよ。その願いは、2008年の国会決議に実る。翌年、政府の懇談会がまとめた報告書は、アイヌの文化を復興させる「強い責任」が国にはあると指摘した。 先住民族への差別や偏見を解消し、多民族がともに生きる社会をつくる。当然の目標だろう。安倍政権もこの6月、北海道にアイヌ文化振興の拠点をつくるべく閣議決定した。「民族共生の象徴となる空間」という位置づけだ。 こうした積み重ねは見当違いだったというのだろうか。「アイヌ民族なんて、いまはもういないんです」。札幌市議の一人がツイッターにそう書いた。後にブログに載せた説明を読むと、アイヌの人々への支援のあり方に異論があるらしい。とはいえ、もういないとは話が飛びすぎている。 市議はさらに、民族としてのアイヌは既に滅びたという記述を百科事典に見つけ、報道機関に注文した。よく勉強せよ、と。だが、百科事典は07年版で全面的に改稿していた。先の記述は差別を助長しかねないという理由だ。 政府の懇談会報告書に従えば、アイヌの人々と他の日本人との共生は「国の成り立ちにかかわる問題」である。手荒な議論にはなじまない。2014年8月20日 朝日新聞朝刊 14版 1ページ「天声人語」から引用 事実と異なる馬鹿げた発言をしたのは、札幌市議会の金子快之(やすゆき)議員である。議員としての資質が疑われる。札幌市は独自の事業として「アイヌ文化交流センター」を設立運営しているのに、市議会議員でありながらそんなことも知らずに古い百科事典の間違った記述を鵜呑みにするとは、あまりにもお粗末である。こういう人間に投票した札幌市民は恥を知るべきだ。社会のマイノリティに対する行政の支援を敵視する発想は在特会の思考方法と共通するものがあると思う。
2014年09月15日
地元のまつりに「9条の会」の展示が拒否されたり、憲法9条を読み込んだ俳句が公の印刷物に掲載拒否される社会の風潮について、護憲派で知られる団体職員の高田健氏は、4日の東京新聞に投書して次のように述べている; 8月29日付一面「9条の会の出店拒否 『国分寺まつり』毎年参加一転」を読み、暗然とした思いがします。9条の会の出店内容が政治的だというのがその理由ですが、国分寺市など実行委員会の皆さんは日本国憲法12条をお読みでしょうか。 「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」 最近、埼玉県の公民館の月報への9条俳句不掲載問題などを見るにつけ、自治体が現在の政権の意向を付度(そんたく)して自粛するという、自分たちで監視社会化するような動きが相次いでいることを危惧します。 かつて十五年戦争を経験した日本が、再び戦争の惨禍が起こらないようにと決意して憲法に定めた自由および権利は、地方自治体を含む私たちが、不断の努力で保持するべきものです。2014年9月4日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「発言-国の意向酌む自治体に危倶」から引用 わが国には市民の自治という制度の歴史がまだ浅いため、自治体職員の意識はどこか戦前の制度を引きずっているのではないでしょうか。県や市は、国の意向を下々の市民に伝達する機関ではありません。それが証拠に、内閣や国会の施策に異議がある場合は、独自の要望や意見を県議会や市議会が決議する場合があります。市民の自由と権利が憲法で保障されているとは言え、これを保持するためには不断の国民の努力が必要であるとの指摘をよく理解し、一部自治体のような、自分の首を自分で締めるような真似はやめるべきです。
2014年09月14日
琉球大学名誉教授の高嶋伸欣氏は、慰安婦報道を検証し一部記事の取り消しを行った朝日新聞に対する執拗な攻撃について、8月29日の「週刊金曜日」で次のように論評している; 誤報の訂正では各新聞雑誌の個性が表れやすい。今回の『朝日新聞』の「従軍慰安婦」報道に関する自己検証と一部記事の取り消しに、各紙誌の反応も強烈で、興味津々の事態だ。『朝日』自身が訂正、取り消しを明言している点で、同紙に一定の非があるのは明らかだ。その非の部分について、まるで鬼の首を取ったかのように舞い上がっているのが『産経新聞』や『週刊新潮』、それに櫻井よしこ氏や秦郁彦(はたいくひこ)氏たちなどだ。彼らの共通点は自分には何も非はないとしていることにある。 秦氏の場合、千田夏光(せんだかこう)著『従軍慰安婦(正・続)』(三一新書、1978年)の解説で「昭和期の日本軍のように、慰安婦と呼ばれるセックス・サービス専門の女性軍を大量に戦場へ連行した例は、近代戦史では他にない」と、明言している(『日本陸軍の本・総解説』自由国民社、1985年)。その2年前発行の吉田清治(よしだせいじ)氏の著作にある「強制連行」の事実に、秦氏が疑問を持ち、後にその真偽を質す行動をとったことは、良く知られている。しかし、この解説を秦氏は今も全面撤回はしていないはずだ。秦氏のこの解説が、当時の吉田氏の著作内容を、多くの人に真実と思いこませる要因になったと言えよう。そうした自身の関わりに触れないまま、同氏は『朝日』を叩いている。 ちなみに、大原康男(おおはらやすお)氏が「従軍慰安婦」という用語への異論を今回改めて提起している(『産経』8月20日付)。この用語を広く定着させたものの一つが千田氏の著作だったが、秦氏は前出の解説書で、用語が不適切とはしていない。大原氏は「実体のない『従軍』冠した罪重い」という。その罪は千田氏本を推奨した秦氏にも当てはまることになる。大原氏の論考を載せた『産経』は、事実確認が甘すぎる。 加えて『産経』にはモラルが決定的に欠落した人物のコメントが掲載されている。藤岡信勝(ふじおかのぷかつ)氏のものだ(8月8日付)。「世界中のどの国の軍隊も将兵の性処理システムを持っていた。日本の慰安婦制度は(1)戦場での敵国女性の保護(2)将兵の性病予防-という2つの目的を果たす模範的な制度だった」。同紙でなければ載せない暴論だ。『産経』の前身『時事新報』を創設した福沢諭吉も、「からゆきさん」をめぐる議論で、妻帯者が少ない海外移民のためなどを理由に「特に娼婦外出の必要」を認めている(『時事新報』1896年1月)のだ。知る人ぞ知る、諭吉の汚点とも言える話題を、藤岡発言は思い起こさせる。諭吉も『朝日』叩きのとんだとばっちりと、泉下でぼやいていることだろう。 さらに櫻井よしこ氏は「『朝日新聞』は廃刊せよ」(『週刊新潮』8月28日号)と言う。だが同氏は96年10月3日の横浜市教委による講演会での虚偽説明問題で、頬被りを今なお続けている。「朝日32年後の撤回」(『読売新聞』8月6日付)にならい、櫻井氏の責任を今後も長く追及し続けるつもりだ。=たかしま のぷよし・琉球大学名誉教授。2014年8月29日 週刊金曜日 1005号 56ページ「メデイァウオッチング-『朝日』叩きに踊る『産経』文化人、その浅はかさを突く」から引用 世の中には「戦争に慰安婦はつきもの」とか「従軍慰安婦は日本軍だけじゃなかった」と言い張る人がいますが、わが国有数の歴史家である秦郁彦先生が「日本軍のように、慰安婦と呼ばれるセックス・サービス専門の女性軍を大量に戦場へ連行した例は、近代戦史では他にない」と『従軍慰安婦(正・続)』(三一新書)の解説に書いているのですから、これは先生のおっしゃることのほうが信憑性が高いと思います。 また、この記事の末尾で取り上げている櫻井よしこの「不祥事」については、当ブログ2012年10月25日のスレッドに引用した記事に詳しく述べられている。
2014年09月13日
一昨日、昨日と引用してきた能川氏の記事は、その続きで残りの (2)「強制連行」という論点の過大視、 (3)現に存在する「強制連行」の証拠の無視や過小評価、 (4)「強制連行」概念の不当な歪曲の3点について、次のように読売・産経の誤りを指摘している;◆右派紙こそ日本の恥 (2)は前述の通り、国際社会からまったく相手にされていない主張だ。本誌7月4日号の拙稿でも指摘したが、「強制連行」という論点への固執は売春に携わる女性への根深い差別意識の現れでもある。 (3)は主として河野談話の発表後の研究・調査により発掘された、日本軍占領地における「慰安婦」の「強制連行」を示す文書や証言を無視して「強制連行はなかった」とするもの。『産経』は8日の「朝日新聞『慰安婦問題を考える』を検証する」において「兵士の個人犯罪や、冤罪の多い戦犯裁判の記録」だと弁明を試みている。だが今年の3月には、インドネシアのバリ島で「慰安婦」集めに関与していた海軍下士官が、敗戦後に軍の資金で口止めをはかったと供述している資料が見つかった。口止めに軍の資金を提供しておいて「個人的犯罪」扱いが通用するはずがない。また、具体的な根拠もなしに「冤罪」扱いするのはおよそ報道機関のやることではない。 02年から公開が始まった戦犯関係資料を調査した『日本経済新開』社会部の井上亮(まこと)編集委員は、オランダによる戦犯裁判で弁護人を務めた人物の一人が、戦後の聞き取り調査において「起訴状に出ているくらいのことは事実であったと思う」「戦犯的事実は起訴された五倍も十倍もあったと思う」などと語っていたことを紹介している(半藤一利・秦郁彦・保阪正康・井上亮共著『「BC級裁判」を読む』、日本経済新問出版社)。 (4)もまた、『報告書』によって反駁されている。そこでは、強制性をめぐる両国政府のやりとりの中で、韓国政府が「理論的には自由意志で行っても、行ってみたら話が違うということもある」などと意見を述べていたことを明らかにしているからである。つまり、この当時から韓国政府は甘言や欺瞞等による募集も「強制」だという立場に立っていたのであり、日本政府はそのことを承知のうえで河野談話を発表したのだ。もちろん、「行ってみたら話が違う」といったケースを国際社会がどう判断するかといえば、韓国政府の認識を支持するのは間違いない。 それにしても、韓国や米国を含む国際社会と、日本との「慰安婦」問題を巡る認識ギャップは、もはや修復が疑われるほど広がってしまっている。保守・右派メディアがこうした事態に対して負っている責任は極めて大きい。「朝日の責任」を追及している両紙が、歪曲、ミスリードに対する責任を問われる日は遠くないだろう。2014年8月22日「週刊金曜日」13ページ「右派紙の『慰安婦報道批判』のデマ」から一部を引用 河野談話が発表されてから20年以上たち、その後続々と慰安婦関係の史料が発見されているので、もし来年、戦後70年を記念して安倍政権が河野談話に代わるものを発表するとなれば、これは河野談話よりも数段厳しい内容のものにならざるを得ません。仮にも河野談話より後退した内容の談話を出したのでは、世界中の非難を浴びて、我々の子孫に大きな不名誉を残すことになります。安倍政権の真価が問われます。
2014年09月12日
朝日新聞が慰安婦報道の一部を訂正した翌日、産経新聞の社説は、朝日の記事訂正によって河野談話の根拠も失われたとするウソを堂々と掲載した。このデタラメな社説について、昨日引用した能川氏の記事の続きは、次のように批判している;◆「吉田証言」の非重要性 さて、検証記事のなかでも特に注目を集めたのは、済州島で「慰安婦狩り」をしたと主張していた吉田氏の証言に依拠した報道について、「裏付け得られず虚偽と判断」とした点だ。6日の『読売』朝刊は、1面に「朝日32年後の撤回」「強制連行証言は『虚偽』」との見出しを打った。『産経』も3面の大半を使った記事に大きく「朝日『吉田証言は虚偽』」との見出しを付けている(いずれも大阪本社版)。まるで「吉田証言の真偽こそが『慰安婦』問題のカギ」と言わんばかりである。『朝日』の検証も、『読売』や『産経』の批判も複数の論点にわたっているが、ここでは「吉田証言」の問題に絞って考察してみたい。 6日の『産経』社説は、『朝日』が「吉田証言」を虚偽だと認めたことで、「根拠なく作文された平成5年の河野洋平官房長官談話などにおける、慰安婦が強制運行されたとの主張の根幹は、もはや崩れた」と主張している。だが、このたった一文において、(1)「吉田証言」と河野談話との不当な結びつけ、(2)「強制連行」という論点の過大視、(3)現に存在する「強制連行」の証拠の無視や過小評価、(4)「強制連行」概念の不当な歪曲--という、四つもの誤りが含まれている。(1)に関して驚かされるのは、河野談話「作成過程」検討チームが6月に発表した『報告書』が、無視されていることだ。『産経』など右派メディアは、『報告書』を待望していたにもかかわらずだ。 実は『報告書』には、一度も吉田氏の名前は登場しない。そこでは当時の日本政府の認識が「いわゆる『強制連行』は確認できないというもの」であったとしているから、「吉田証言」を完全に無視していたことは明らかだ。当然河野談話もこれに依拠していない以上、「吉田証言」が虚偽だからといって河野談話は何の影響も受けないはずである。わずか1カ月半前にあれほどもてはやした『報告書』を無視するとは実に不誠実だ。2014年8月22日「週刊金曜日」12~13ページ「右派紙の『慰安婦報道批判』のデマ」から一部を引用 河野談話作成過程の検証は、読売や産経のような「従軍慰安婦など無かった」と主張したい人々が待望したもので、安倍政権は全力を傾注して談話のあら捜しをしたのであるから、読売も産経もこれにはイチャモンを付けがたい。その報告書には「当時の日本政府の認識としては『強制連行は確認できない』というものであった」と明記されているのであるから、河野談話が吉田証言を証拠として取り上げていないことは明らかである。つまり、産経新聞の社説はウソを書いたということである。朝日新聞は、きのう記者会見を開いて、原発事故に関わる吉田調書の報道の誤りを訂正するついでに、吉田清治証言を誤報したことについて謝罪したのであるから、この際、産経新聞もウソを社説に書いたことを謝罪するべきである。
2014年09月11日
朝日新聞が従軍慰安婦に関する過去の報道について、記事の一部を訂正したところ、読売新聞や産経新聞は「朝日の誤報のせいで、日本は国際的批判を浴びてきた」とばかりに朝日攻撃を強めているが、それは基本的な間違いであって、そういう姿勢こそ国際社会に恥をさらすものであると、大学非常勤講師の能川元一氏が8月22日の「週刊金曜日」で論評している; 『朝日新聞』は8月5日と6日付の朝刊で、「慰安婦」問題の自社報道を検証した特集を掲載した。5日の「慰安婦問題を考える(上)」では「読者の疑問に答えます」として二面にわたり、五つの「疑問」を取り上げている。いずれも右派メディアが『朝日』に対する攻撃のポイントとしてきた論点に関わるものだ。 一方、保守・右派メディアは6日に『朝日』への「勝利宣言」で沸き立った。過去の報道を検証して一部を撤回したことは評価しつつも、後述する吉田清治氏の証言を報道し、「慰安婦」と女性を戦時体制下で動員した「挺身隊」とを混同して日韓関係を損ない、日本の国際的な評判を落とした罪は重く、謝罪が足りないというのが主な論調だ。 だが国際社会の評価は違っている。まさに同じ6日、国連のナビ・ビレイ人権高等弁務官が「慰安婦」問題に関して表明した日本への「深い遺憾の意」が各紙で報じられた。もちろん批判の矛先は「慰安婦は性奴隷ではなく売春婦」だと主張する勢力やそれを放置している日本政府に向けられている。つまり現実には、『朝日』を非難する保守・右派メディアこそが、国際社会からの日本の評価を下落させているのだ。 『読売新聞』や『産経新聞』は、吉田証言の報道や挺身隊との混同がもたらした「誤解」を解けば、日本が着せられた「濡れ衣」を晴らすことができる、という幻想を振りまき続けている。しかし2007年に米国とカナダ、オランダの下院とEU議会で可決された「慰安婦」決議には、いずれも「強制連行」という表現は含まれていない。日本軍「慰安所」制度に対する否定的な評価は、もはや吉田証言には依存していないのである。「挺身隊」との混同についていえば、「挺身隊ではなかったからといって、それがどうしたというのか」というのが、国際社会の反応だろう。「慰安所」が日本軍の兵站(へいたん)部門に公式に組み込まれた制度であったことが明らかになった今日、朝鮮半島での募集が「挺身隊」という名目によったか、あるいは民間の人身売買ネットワークを利用したものであったかなどという点は、「慰安所」制度の評価を左右する論点ではあり得ないのだ。 筆者も『朝日』の検証記事のほぼ一カ月前、7月4日に発売された本誌に、「右派の『慰安婦』問題歪曲の卑劣」と題する拙稿を寄稿している。今回の『朝日』の反論のいくつかは、そこで先取りされている。それを再読いただければ、同紙の反論が単なる自己弁護ではなく、客観的な妥当性を持つことが明らかになるだろう。2014年8月22日「週刊金曜日」12ページ「右派紙の『慰安婦報道批判』のデマ」から一部を引用 吉田清治が証言して朝日新聞が報道したのは「自分(吉田)は戦時中に済州島で、慰安婦にするために若い女性を強制連行した」というもので、一旦報道したもののその後何年たっても裏づけが取れないので、今回正式に報道を訂正したのもである。しかし、慰安婦問題を裏付ける公文書は、その多くを政府が保管しており、朝日が記事を訂正したからと言って慰安婦問題が「実は濡れ衣だった」ということにはならず、読売や産経、その他、低俗週刊誌のバカ騒ぎは恥の上塗りというものである。
2014年09月10日
集団的自衛権の行使を容認する閣議決定に先立って、5月に安倍首相がイラスト入りの説明板を使って記者会見した「自衛権行使が必要な理由」は、実は4月に現職自衛官が自衛隊の専門誌で否定した「救護方法」であることが判明した。8月29日の東京新聞は、次のように報道している; 集団的自衛権の行使を容認した7月の閣議決定。安倍首相が再三使った理屈は「有事で避難する邦人を輸送する米輸送艦の自衛隊による防護」というものだった。だが、首相の熱弁の前に、海上自衛隊幹部の一人が、軍用艦や軍用機を使った文民の輸送は敵の軍事目標になり、危険だという論考を発表していた。 (沢田千秋) 「この船に乗ってるお母さんや、多くの日本人を守ることができない。この現状から目を背けていいのでしょうか」 5月15日の記者会見で、安倍首相はフリップを据えて訴えた。フリップには赤ちゃんを抱いた女性と、女性の背中に抱きつく黒髪おかっぱ少女のイラスト。フリップのタイトルは「邦人輸送中の米輸送艦の防護」だった。この例え話は国会審議でも使われた。 この記者会見に先立って発行された海上自衛隊「兵術同好会」の季刊誌「波涛(はとう)」2014年4月号には、「武力紛争時における避難文民の輸送に関する国際法的考察」と題した論考が掲載されていた。筆者は、海自幹部学校で教壇に立つ作戦法規研究室に所属する現役の二佐だ。 論考は「(文民輸送について)いかなる輸送手段、態様が望ましいか考察」している。強調されているのは軍用艦や軍用機、あるいはそれらが護衛に付いている船舶は、敵国の攻撃の的になるという点だ。 論拠として、日本の対馬丸事件など過去にあった複数の例を紹介している。 対馬丸事件は1944年8月、沖縄から疎開する児童ら1700人を乗せ、駆逐艦などに護衛された貨物船の同船が、米潜水艦の魚雷を受けて沈没。1400人以上が死亡した惨事だ。 ほかにも、40年9月に260人が死亡した英国の「シティ・オブ・ベナレス」号事件、45年1月に5350人が犠牲になったドイツの「ヴィルヘルム・グストロフ」号事件などが挙げられている。いずれも文民が避難中で、前者は駆逐艦、後者は魚雷艇が護衛していた。 論考では「軍隊の護衛を受ける商船が軍事目標となることは、伝統的な慣習国際法」と説明する。現行の国際法では、敵国から攻撃されるか否かは文民輸送か否かの目的ではなく、船の種類で決まるという。 ただ、民間の客船や旅客機にしても、必ずしも無事ではない。主要国の国際法マニュアルにより、攻撃は避けられるが、拿捕(だほ)は免れないという。 では、攻撃、拿捕のいずれからも逃れる手段はあるのか。論考では、捕虜や外交官が乗る「カーテル船」や病院船のほか、交戦国同士が戦争地域の安全航行で合意した「安導券」という一種の通行手形を付与された船のみが、対象から外れると説く。第二次大戦中、この券は捕虜の食料などを運ぶ船に交付された。 論考は敵国の姿勢から安導券を得られない場合や、総力戦になって護衛の有無にかかわらず、攻撃を受ける可能性についても言及している。ただ、これらは「国際法上の考慮を超えるもの」としている。 いずれにせよ、首相の想定は論考が懸念する危険性の高い輸送方法で、素人考えともいうべきものだ。 国連職員として東ティモールなどで邦人保護にあたった経験がある伊勢崎賢治・東京外語大教授(平和構築論)は「そもそも、首相の想定は、個別的自衛権や警察権の範囲内で対応が可能だ」と述べたうえ、こう付け加えた。「どうしても米国の船しか使えない状況があったとしても、それは異例であり、スタンダードオペレーション(通常作戦)ではない。一番ありそうにないことを通常作戦に据える前提はあり得ない」2014年8月29日 東京新聞朝刊 11版 28ページ「海自幹部の論考と距離」から引用 わが国にとって、集団的自衛権の行使を認めるか否かは国の根幹を揺るがす重大事であって、この方針を変更するにあたっては国が総力をあげて齟齬の無いように万全を期するものであろう。ところが、満を持して臨んだはずの首相の記者会見は子供だましの紙芝居よりもおそまつな説明で、足元の自衛隊幹部が否定するような内容であった。これは要するに、日本政府としてはあまり積極的に取り組む課題ではないことを意味している。政府の中でもごく一部の首相とその取り巻きだけで無理やり話を進めているに過ぎず、当の自衛隊は冷ややかなわけだ。安倍内閣の行動は、まるで東京の政府の意向を無視して勝手に戦線を拡大したかつての関東軍のようなものだ。わが国が再び国策を誤ることのないように、早めに安倍降ろしに取り組むべきである。
2014年09月09日
自民党の政治家は何故原発を再稼働したがるのか、8月29日の東京新聞・投書は、次のように論考している; 政府が世論を尻目に強行している政策の中でも不可解なのは、原発再稼働だ。節電の声もないままに原発なしの一年が経過しようとしているのに、再稼働とは。ひょっとすると、国家予算と違って意のままに使える企業献金に手足を縛られているのでは、と勘繰りたくもなる。 もしもそうならば、国民も寄付金を募って企業献金を超える額の献金をしたら、政府は国民の方を向くのではないのか。もっともそうなったら「政治のさたも金次第」、民主主義は金主主義に堕してしまうが。 原発再稼働の前提は安全性の検証はもちろんだが、それ以上に子孫の存亡に関わる核燃料のごみ処理に道筋をつけることに尽きる。危険極まりないごみを放置したまま、さらにごみをつくり出そうとする神経は到底理解できない。2014年8月29日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「発言-再稼働強行は献金目当て?」から引用 政府と自民党は、国民に対して何故原発の再稼働が必要なのか、合理的な説明ができていないから、このような投書が新聞に載る。原発を稼働させていかないと、放射性廃棄物の処理方法や廃炉技術の研究も進まなくなるから、敢えて再稼働が必要だという意見が、当ブログにコメントされたことがあったが、政府からはそのような説明は一度も出たためしがないから、どうもその説は信憑性がない。少し前までは、原発無しで今年の猛暑を乗り切れるかとか、原発無しで冬を越せるかというような国民を恫喝するような新聞記事が何度も出たが、上の投書が示すとおり、我々は猛暑も厳冬も原発なしで乗り切った。原発が止まると火力に頼るため、余分なガスや石油の輸出で経済がダメージを受けるという「脅し」もあったが、それも単なるデマで、石油や天然ガスをふんだんに輸入したが、電力各社は黒字決算で、経済の面でもまったく問題ないことが明らかになった。こうなってくると、原発再稼働の理由は、やはり原発に投資した銀行や投資家が、自分たちの「投資」を無駄にしたくない、少しでも利益を上乗せさせたいという「野望」があるのみとなるのではないだろうか。このような邪な「野望」のために、我々の子孫に大量の放射性廃棄物を残すなどということは正気の沙汰ではない。原発再稼働には徹底的に反対するべきだ。
2014年09月08日
選挙に臨む態度というものについて、8月29日の東京新聞・投書は次のように述べている; 私はこれまで、投票とは全ての立候補者についてつぶさに情報を集め、その中から「最高」の候補者を選び出すものだと思っていた。そして、それは実際上無理なことだから、選挙のたびに無力感に襲われ、棄権することもしばしばだった。 しかし、最高の候補者でなくても、ある程度の信頼に足りる政党や政治家に出会えれば、ずっとその人を応援するという姿勢でよいのではないか、と思うようになった。 全ての人がこの政党、政治家を選ぶべき、これこそが正解だ!という基本姿勢ではなく、いろいろな考えや立場があってもよい。それを前提にどのように調和させていくのか、が大切ではないかと考えるようになったからだ。私が応援したい政党、政治家の資質は以下の三つである。(1)聴く力。他者の意見をしっかり聴いて理解し、それを報告できること。対立意見を一方的にやり玉に挙げるのではなく、どのような背景や価値観に基づいて提出されたのかを、臆測でなくはっきり相手の口から聞き出すことができること(2)伝える力。自分の意見を相手に伝えることができること(3)創る力。意見が対立した際、どちらかの意見を一方的に採用し、他方に全くの考慮を与えないというのではなく、また、単にお互いがしぶしぶの妥協をするのではなく、新しい意見を創出する力があること。 以上の力がある政党ないし政治家に心当たりがあれば、自薦他薦にかかわらず教えてほしい。そのような政治家に出会えれば、今後前向きに投票ができそうである。2014年8月29日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「ミラー-『最高』求めぬ選挙投票」から引用 この投書は、チラッと見たところでは気の利いたことを書いていそうで、よく読んでみると「なんだ、こりゃ?」という内容だ。自分の理想だけを求め、目の前の現実がまったく見えていないのではないでしょうか。この筆者が納得しようが失望して棄権しようが、そんなこととは無関係に世の中は動いていくのだから、このまま放置して良いのか、まずいとしたらどうするべきか、目の前の「よりましな」候補者に投票して、少しでも歯止めとすることを考えるべきです。こういう候補者、政党があれば「前向きに投票ができそうだ」などと甘いことを言ってる場合じゃないだろうと思います。
2014年09月07日
安倍政権の米国追従政治を批判する投書が、8月29日の東京新聞に掲載された; 沖縄防衛局は米軍普天間飛行場の移転先、名護市辺野古沿岸の埋め立てに向けての作業を開始した。多くの県民や稲嶺進名護市長も反対しているのに完全無視だ。記者に問われた仲井真弘多知事は「私に聞かれても分からない。防衛省に聞いてくれ」と答えていたが、承認したのは知事本人である。 安倍晋三内閣は、特定秘密保護法、集団的自衛権行使容認の閣議決定に、武器輸出三原則の変更など右旋回を続行している。安倍首相は「戦没者追悼式」で、不戦の誓いもアジア諸国への加害謝罪もなかった。首相にしても知事にしても、その政治姿勢には怒りを通り越して情けないのひと言である。 基地を提供し金も出す、こんなありがたい国がほかにあるだろうか。日本は独立国とは言えない。米国の51番目の州になってしまったと言わざるを得ない。福島、沖縄知事選をはじめ各種地方選挙で、安倍内閣に鉄ついを下すしかないだろう。2014年8月29日 東京新聞朝刊 11版S 5ページ「発言-米追従の政治、選挙で審判を」から引用 主権国家である日本の政治が米国に追従してばかりという状態は、確かにほめられたものではありません。しかし、現実に国民の政治意識が安倍政権の右より路線をコントロールできない状態では、これにブレーキを掛けることができるのは米国政府のみという実情から、私たちは目を背けることができません。ドイツのような「自浄作用」を備えた国民なら話は別かも知れませんが、日本が最低限の民主主義を継続するためには、当分の間、米国追従はやむを得ないのではないかと思います。
2014年09月06日
英国在住の文筆家、シャーウィン裕子氏は、ドイツ人の戦争への反省態度について、8月17日の朝日新聞に投書して次のように述べている; ドイツのベルリンには今も、ナチスによるユダヤ人大虐殺「ホロコースト」の記憶が残されている。 7月に訪れたとき、ある家の前の石畳に真鍮(しんちゅう)の板「つまずきの石」が埋め込まれていた。その家からユダヤ人が連れ出された印だ。ベルリンには同じものが数多くあるという。 街の中心にあるホロコースト記念碑には、棺形の碑が墓地のように広がる。ドイツ人の友人は「戦後、国中が負の歴史を振り返った。碑は過去を繰り返さないという願い。教育の一環として、子どもたちは碑や記念館、かつての強制収容所を見学する」と語った。 ユダヤ人の夫は、ドイツへの旅を長年拒んできた。今回しぶしぶ出かけた。彼は「罪は許せないが、これだけの謝罪の努力を国民と政府が協力してやってきたことは称賛に値する。来てよかった」と言った。 さて、日本は加害の歴史をどう考えるだろうか。2014年8月17日 朝日新聞朝刊 12版 8ページ「声-負の歴史を見つめ続けるドイツ」から引用 ドイツでは70年以上も前にユダヤ人が連れ出された建物の玄関先に今なお「ホロコースト」の記憶として真鍮の板を埋め込んでいる。一方、日本では強制連行されて労働現場で死亡した朝鮮人労働者の追悼碑を自治体が撤去しようとしている。この差は文字通り「雲泥の差」である。実際には、戦後間も無い一定の時期のドイツ人の中には「過剰な謝罪は不用だ」という世論も出てきたことがあったらしいが、当時の政治指導者層はしっかりした考えをもって国民を説得し、ナチスの被害を受けた近隣諸国が納得できるほどの謝罪が可能になったらしい。ドイツと日本の政治家の力量の差である。
2014年09月05日
戦後の国会で教育勅語が廃止されたいきさつについて、藤田昌士著「学校教育と愛国心」は次のように述べている;第3節 教育勅語の排除・失効確認 1890(明治23)年以来、日本の教育に君臨してきた教育勅語はどうなったのでしょうか。1946(昭和21)年2月、当時文部省学校教育局長であった田中耕太郎は地方教学課長会議において「教育勅語は我が国の醇風美俗と世界人類の道義的な核心に合致するものでありましていはば自然法とも云ふべきであります」(7)と述べています。また、第一次米国教育使節団の来日(1946年3月)にあたって設けられた日本側教育家委員会(委員長は南原繁)の報告書(同年4月〔推定〕)では「更めて平和主義による新日本の建設の根幹となるべき国民教育の新方針並びに国民の精神生活の新方向を明示したもふ如き詔書をたまはり度きこと」(8)との意見が述べられています。しかし、同委員会の委員の多数がひきつづいて委員となった前記の教育刷新委員会では、1946年9月の第一特別委員会第二回会議で「教育勅語に類する新勅語の奏請はこれを行わないこと」を挙手多数で決定しています。そして同会議での承認をも得て文部省は同年10月、式日等における教育勅語の奉読をさしとめる次官通牒を発しています。(9) このような措置はなされたものの、なお政府の態度は、1947(昭和22)年3月、第92回帝国議会(貴族院)における高橋誠一郎文相の答弁によれば、「此の法案(教育基本法案-引用者注)の中には、教育勅語の良き精神が引き継がれてをります」「教育勅語を敢て廃止すると言ふ考はない」(10)というものでした。しかし、教育勅語と教育基本法との形式・内容両面にわたる矛盾は覆うべくもありません。1948(昭和23)年6月19日にいたって、衆議院における「教育勅語等排除に関する決議」、参議院における「教育勅語等の失効確認に関する決議」によって、教育勅語の「排除」「失効確認」の宣言がなされました。衆議院決議は「思うにこれらの詔勅の根本理念が主権在君並びに神話的国家観に基いている事実は明らかに基本的人権を損い且つ国際信義に対して疑点を残すもとになる」としています。 なお、これに先立ち、同年5月、参議院文教委員会において、当時参議院議員であった歴史学者の羽仁五郎は「教育勅語が如何に間違って有害であったかということは、道徳の問題を君主が命令したということにある(中略)専制君主の命令で国民に強制したというところに間違いがある」と述べています。(11)教育勅語が有する形式面の問題性を鋭く指摘したものです。また、教育勅語の内容については、すでに述べたように、国民学校期の修身教科書教師用書のなかに「皇国臣民としての道徳は、教育勅語に拝諭し奉ることのできるやうに、すべて天壌無窮の皇運を扶翼し奉らんとするところに帰着するものでなければならない」とあったことを再確認しておきたいと思います。<脚注>(7) 鈴木英一・平原春好編『資料 教育基本法五〇年史』勤草書房、1998年、105ページ。(8) 同書119ページ。(9) 五十嵐顕・伊ケ崎暁生『戦後教育の歴史』青木書店、1970年、77ページ。大田尭編著『戦後日本教育史』岩波書店、1978年、109ページ。(10) 前掲『資料 教育基本法五〇年史』 324ページ。(11) 堀尾輝久「勅語・基本法・期待される人間像」、雑誌『教育』1967年2月号所収、14~15ページ。中野光・藤田昌士編著『史料 道徳教育』エイデル研究所、1982年、130ページ。藤田昌士著「学校教育と愛国心」学習の友社2008年刊 147ページ「第3節 教育勅語の排除・失効確認」を引用 この記事が示すように、戦後教育基本法が制定されてもなお、戦争の反省が足りない保守政治家は教育勅語も必要と考えていた模様です。しかし、当時の国会は、なぜ愚かな戦争をしてしまったのか、よく反省した意識の高い議員が多数をしめ、新しい憲法で人権尊重を重要な柱とする建前から、国民の人権を蔑ろにする非人道的な教育勅語は、国民教育に有害であるとの認識により廃止決議に至ったものです。このような事実を踏まえて、私たちは「教育勅語にもいいことが書いてある」などという馬鹿げた妄言に、しっかり反論する根拠を持つべきです。
2014年09月04日
きのう引用した朝日新聞・大久保真紀記者の記事の後半は、先の大戦で息子を失った老母の「怒り」について、次のように書いている; ふたりのこどもを くににあげ のこりしかぞくは なきぐらし よそのわかしゅう みるにつけ うづのわかしゅう いまごろは さいのかわらで こいしつみ 山形県上山市在住の農民詩人木村迪夫(みちお)さん(78)の詩集「わが八月十五日」に収録されている歌だ。木村さんの祖母が、戦後、突然歌い出した歌を、「祖母のうた」として記録したものだ。 祖母は「皇国の母」だった。次男が太平洋の孤島で戦死したことが伝えられたときは、「名誉の戦死」として赤飯を炊いて祝った。だが、1946年5月、木村さんの父で、農家の跡取り息子だった長男が、出征先の中国ですでに病死していたことがわかると、一転した。蚕室に三日三晩こもって泣き明かし、その後、ご詠歌の節回しで即興的に歌い始めた。蚕の世話をしながら、祖母は10年、呪うように歌い続けた。 祖母は字が書けなかった。「祖母の思いを受け継ぐのはオレだ」。そう思った木村さんは、死期が迫る祖母の枕元で、怨(うら)み歌を次々と書き取った。 昨年まで5年近く、木村さんは山形県の遺族会会長を務めた。「いまの日本の状況は慚愧(ざんき)に堪えない」と怒りをあらわにし、「日の丸は嫌いだ」と公言する。祖母の残したなかに、こんな歌がある。 にほんのひのまる なだてあがい かえらぬ おらがむすこの ちであがい この怒りを、理解できますか。2014年8月16日 朝日新聞朝刊 13版 12ページ「ザ・コラム-戦後69年 抑えきれない怒りの行方」から一部を引用 私がこどもの頃は、日の丸や君が代に嫌悪を感じると話す大人がかなりの数存在し、折につけ「嫌いだ」という話を聞いたものでした。みんな戦争当時のつらい記憶が蘇ることを嫌ったものと思われます。そういう感情をもったまま生活している人々もまだ相当数いるのですから、わが国は特定のデザインや特定の歌を強要することのない民主的な、明るい社会でありたいものです。
2014年09月03日
朝日新聞の大久保真紀記者は、長崎市の平和記念式典で安倍首相を目の前にして公然と政権批判をした城臺美彌子氏をインタビューし、その様子を8月16日の紙面に次のように書いている; 9日。長崎市で開かれた原爆犠牲者慰霊平和祈念式典の会場にいた。台風11号の影響で時折強い風が吹く中、午前11時10分すぎ、被爆者代表が壇上で、「平和への誓い」を読み始めた。 会場で配られた式次第に印刷されている文面を目で追っていると、異変が起きた。 「今、進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじった暴挙です」 暴挙!? なんと強烈な表現なのだろう。式次第にあった文面は「今、進められている集団的自衛権の行使容認は、武力で国民の平和を作ると言っていませんか」だった。 異変は続く。「日本が戦争ができる国になり、日本の平和を武力で守ろうというのですか。武器製造、武器輸出は戦争への道です。いったん戦争が始まると、戦争は戦争を呼びます。歴史が証明しているではありませんか」。文面にない怒りの言葉が、被爆者代表の女性の口から発せられた。 ここ数年、私は現地で式典を見てきた。事前に用意した「原稿通り」がふつうだった。この日も、田上富久市長が「長崎平和宣言」を、来賓の安倍晋三首相があいさつを、配られた文面と一字一句違わず読み上げている。 なぜ、異変は起きたのだろう。式典後、「平和への誓い」を読み上げた被爆者代表の城臺美彌子(じょうだいみやこ)さん(75)を、長崎市内の自宅に訪ねた。 * 「黙っていられなかったんです」 城臺さんは、とっさの判断だったと打ち明けた。 当日は、式典開始の一時間半以上前に会場に到着。自席で待機しながら、昨年10月に被爆者代表になる打診を受けてからの日々を振り返っていた。特定秘密保護法の制定。原発の再稼働や輸出に突っ走る政府。強調される中国脅威論。集団的自衛権の憲法解釈の変更……。この1年、日本で起きたあまりに多くの異変。その一つひとつを思い浮かべていると、真正面の来賓席に入ってくる政治家たちの姿が見えた。 公明党の山口那津男代表が歩いてきた。「平和の党と言いながら、結局、集団的自衛権の解釈変更に賛成したのよね」。民主党の海江田万里代表も来た。「もう少し国民が民主党政権を我慢しなければいけなかったわね」……。ほかの党の党首、大臣らが続き、最後に入ってきたのが、安倍首相だった。 「ムラムラと怒りがわき上がってきたんです」。用意した文面は市役所職員と詰めて考えたものだったが、ここは、被爆者代表として面と向かって抗議しなくては。そう腹をくくったのだという。 城臺さんは6歳のとき、爆心地から2・4キロの自宅で被爆した。近所の友人たちは成人後にがんなどで次々と亡くなった。38年間小学校の教壇に立ち、16年前から語り部を続ける。孫が7人いる。「孫世代の子どもたちを戦場に送ったり、戦禍に巻き込ませたりすることはあってはならない」 式典後、城臺さんの自宅の電話や携帯電話は鳴りっぱなしだった。「私たちの気持ちをよくぞ言ってくれた」。被爆者仲間や全国から「感動した」との声が相次いだ。2014年8月16日 朝日新聞朝刊 13版 12ページ「ザ・コラム-戦後69年 抑えきれない怒りの行方」から一部を引用 城臺氏の現状認識は一般的な日本人の平均値と一致するのではないかと思われます。政権交代に期待した人々の目には、確かに民主党政権はひどいものとして写ったのは事実ですが、冷静に考えてみれば、それ以前の自民党政権は60年以上もの年月をかけてたどり着いたもので、それを、出てきたばかりの民主党が2年や3年で実現できるわけはなく、最初は自民党政治を模倣して、その後少しずつ民主党らしさを出していくというプロセスを、民主党自身も国民も想定するべきでした。現状の自民党は、これは史上最悪の事態となっているので、国民はもう一度、民主党にかけて長い目で民主党政権を育成しようという心がけをもつことが、今求められているのではないかと思います。
2014年09月02日
朝日新聞が従軍慰安婦問題の自社報道を検証し、一部の記事は事実ではなかったと訂正したことをもって、まるで「慰安婦問題はそもそも存在しなかった」と言わんばかりに騒ぎ立てる輩を、8月10日の神奈川新聞社説は次のように批判している; 朝日新聞が従軍慰安婦の報道の一部が虚報だったと認め、記事を取り消した。それをもって、慰安婦が強制連行されたとの主張の根幹が崩れたと唱える論が横行している。 「木を見て森を見ず」のような、稚拙な言説である。 朝日が誤りだったとしたのは「強制連行をした」という吉田清治氏の証言だ。韓国・済州島で朝鮮人女性を無理やりトラックに押し込め、慰安所へ連れて行ったとしていた。 30年余り前の吉田証言は研究者の間でも信ぴょう性に疑問符が付けられていた。旧日本軍による強制連行を示す証拠は他にある。日本の占領下のインドネシアで起きたスマラン事件の公判記録などがそれだ。だまされて連れて行かれたという元慰安婦の証言も数多い。 研究者による公文書の発掘は続いており、新たな史料に虚心に向き合わなければ、歴史を論じる資格を手にすることはできないだろう。 強制連行を否定する主張はさらに、誤った記事により日本がいわれなき非難を受け、不当におとしめられてきたと続く。 しかし、国際社会から非難されているのは強制連行があったからではない。厳しい視線が向けられているのは、人集めの際の強制性のいかんに焦点を置くことで問題の本質から目を背け、歴史の責任を矮小(わいしょう)化しようとする態度にである。 問題の本質は、女性たちが戦地で日本軍将兵に性的行為を強要されたことにある。慰安をしたのではなく性暴力を受けた。兵士の性病まん延防止と性欲処理の道具にされた。その制度づくりから管理運営に軍が関与していた。それは日本の植民地支配、侵略戦争という大きな枠組みの中で行われたものであった。 歴史認識の問題が突き付けるのは、この国が過去と向き合ってこなかった69年という歳月の重みだ。国家として真摯(しんし)な謝罪と反省の機会をついぞ持たず、歴史修正主義を唱える政治家が主流になるに至った。 朝日が撤回した記事について、自民党の石破茂幹事長は「国民も非常に苦しみ、国際問題にもなった」と、その責任に言及し、国会での検証さえ示唆した。過去の国家犯罪の実態を明らかにし、被害国と向き合う政治の責任を放棄し続ける自らを省みることなく、である。国際社会の非難と軽蔑を招く倒錯は二重になされようとしている。2014年8月10日 神奈川新聞 「社説-慰安婦報道撤回 本質は強制連行にない」から引用 従軍慰安婦の問題について、日本の官憲が女性を暴力的に強制連行したことを示す公文書があるのか無いのかの一点に照準を定めて「異論」を唱えだしたのは、安倍晋三と中川昭一(故人)であった。この二人が誰に吹き込まれてこんなことを言い出したのかは知らないが、多分そんな文書は無いだろうと当て込んで、それが無いことを公に宣言すれば、世間には「従軍慰安婦問題には、実は証拠は何もない」という印象をばら撒くことができて、その結果「慰安婦問題なんてなかったんだ」という「認識」を国民に植え付けることができると、こういう企みであることは容易に想像がつきます。そして、それにまんまと乗せられたのが石破茂幹事長をはじめとするネット右翼であり、週刊新潮のような下劣な週刊誌は毎週のように「信者」を増やすべく、馬鹿げた記事を連載している。しかし、上に引用した社説が指摘するように、慰安婦問題の本質はそのような点にあるのではなく、女性を騙して戦地の慰安所に送り、本人の意志を無視して労働を強制したことが批判されているのであって、日本人と日本政府はこの責任から逃れることはできないはずだ。
2014年09月01日
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