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1ヶ月ぶりにヤマハのレッスンに行きました。何とか弾きこなすのに1ヶ月かかったイタリアのワルツを先生に聞いていただきました。ヤマハの先生はとても誉め上手で、今日もそれなりに誉めてくださいました。さらに、ブルガリアの音楽よりもこういう曲の方が味があるよ・・・などとおっしゃいました。そこで、私、「そんなこと絶対にありません!!!」と断言しました。ま、そういうことが言い合える師弟関係なので(^^;私のアコがへたくそなばっかりに、ブルガリアの音楽のよさを知らない人に伝えられません(T_T)。ほんとは極めるまで戻ってこないつもりで渡ブルしなければならないのかもしれませんが、何事にも中途半端な私です(T_T)最近フジテレビの目覚ましテレビの「ワールドキャラバン」(火曜朝)で、日本芸能や技術に魅せられて、日本で修行している外国人を紹介しています。外国で修行するって大変・・・(--;)
2004年01月31日
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絵辞典(picture dictionary/kartinen rechnik)なるものを取り寄せて見ました。その中の一つ、moeto uchilishteA4版フルカラー8ページ。手書きの絵なので見ていて楽しいです。単語を増やすのによいです。ただ、ブルガリア人の英語学習用なので、ブルガリア語にアクセント位置が示してありません(T_T)黒板は黒でcherna daska。黒板ふきは台所用スポンジのようです。英語訳はスポンジとなっています。ブルガリア語では「gaba」分度器は半円とものさしの合体の絵です。ボールペンはありますが、シャープペンシルは載っていません。チョークは円柱形でなく、直方体で、紙らしきものが巻いていあります。ブルガリア全土そうでしょうか?私自身、最近の日本の教育現場を知りませんけど(^^;
2004年01月30日
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琴欧州は来場所で新十両にならないことになった(T_T)。その次の場所ではきっとなるし、きっと横綱になるので、今ここで焦る必要はないんだけど、やっぱり残念だわ(T_T)「きっと横綱になる」って言い切ってしまう自分自身をとても不思議に思うの。他のことでは「絶対」はないと思うから。でも、カロヤン君は絶対横綱になるなぁ…なるとしか思えない(--;)
2004年01月29日
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私は佐渡嶽親方の現役時代を知っているお年頃です。(ちなみに私の相撲の記憶は大鵬からです)当時も今も特にお相撲ファンと言うわけではありません。(今はカロヤン君ファンですけど(^^;)今場所の佐渡嶽部屋は兄弟子の琴光喜関が好調だったので、スポーツ新聞に親方のコメントが載っていました。「相撲は稽古をやったから勝てるというような甘いものではない。勝ち負けにこだわらず、前をみて、一番一番とっていかなければならない」というような…。相撲もアコーディオンもブルガリア語もすべてはまず稽古なんですな…稽古をしまくったその後に、稽古を越えるものに左右されることもあり、その中で左右されない自分をつちかっていかなければならないわけで…私にとって、とてもありがたいお言葉でした。私は稽古をしなさすぎです(T_T)改めますm(_ _)m 日々一曲一曲を弾いて歌って踊っていくようにします(^^)
2004年01月28日
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相撲部屋の公式ページが去年の9月にできていた。 琴欧州にブルガリア語で応援メッセージが書かれてあった。カナダからも応援メッセージが書かれてあった。
2004年01月27日
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足つぼマッサージを受けながら、夏に買ってそのままだったガイダのCDを聴いた。(お好みCDを持っていくとBGMにしてくれる)ヴェンツィ先生の、そのまた先生で、私のガイダの製作者のガイダルのCD。数曲にタパンとタンブラがはいっているだけというとてもシンプルというか、地味というか、それだけに愛着が湧くというか…という感じ。(タパンはナスコ先生…仕事しとるやん(--;))ちょうど中くらいにリリノモメ~アコ・ウムラム…~マケドンスコデヴォイチェのメドレーが出てきて、あらまぁ…。曲名は「マケドンスカ・キトゥカ(メドレー)」。リリノモメ…定番中の定番ってことかいな…。ハモルと面白いかも…。アコ・ウムラム…はキンキンしてなくてよかった。私が弾くのと大違いや…当たり前やけど(--;)。
2004年01月26日
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以前、「ツォネ・ミロ・チェド」のツォネは何だ?という話題になったような記憶があるけど、解明してたっけ?今年の冬に名曲「ツォネ・ミロ・チェド」をアコで習ったので、イヴァン先生に「ツォネ」とは何ぞや?と訊いたら、「ツォンカ」の呼称だよ、と一言。わかってみればなんてことはないのね…。前も、名前ではないかと言っていたのだけど「ツォネ」って名前ある~?ってところで止まってた。ツォンカという名は何度か耳にしたような…とはいえ、あまりなじみがあるとは言えない。ところで、私の知人(日本人)は、「ヴェンツィ」という名前の「ツィ」という音が発音しづらいらしい。どうしても「ヴェンツエ」となるし、言い方もとてもぎこちない。「ツォンカ」は言ってもらったことないけど…。「tsa,tsi,tse,tso」って、日本語にない音だっけ?
2004年01月25日
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ものすごく久しぶりに、とある集会へ行ったら、のっけから手厚いおもてなしを受けました。ラズグラドゥスコ、ランバランバ、コプチェ(ごめんなさい、ダンス業界ネタです)の3連チャン。ハードな曲3曲続けては辛いわ。お気持ちはありがたかったけど、足壊れるよ~。何事も準備運動が大切。中高年は自分の体を長持ちさせるように使っていかなきゃですよ~。今日の講習曲はほとんどがルーマニアの曲(-_-;)。ブルガリアの曲はチェルケスカ1曲のみ。嫌いじゃないけど、ものすごく好きでもない。一番好きなのはラチェニツァかなぁ・・・ルーマニア領のドブルジャの曲2曲は9拍子でなかなか素敵だったので、ノリノリでブルガリアっぽく踊ってしまったけど、スタイルは違うのかなぁ・・・ブルガリア人はマケドニアは今でもブルガリアと思っているらしいけど、ドブルジャはどうなのかしら?現ルーマニア領のドブルジャもブルガリア人の気持ちの中ではブルガリア?それともブルガリア領ドブルジャも含めてルーマニア?それはそうと、帰りに中村スポーツセンターに寄って、3月の会場の下見と打ち合わせを実施。トラブルなく終了。4月からのダンス例会の場所を中村に変更したいけど、人気のスポーツセンターなような気がする。施設もきれいだし、職員の対応もいいもの。抽選にあたらないと思うわ~(+_+)。いよいよ3月にはブルガリア国立舞踊団のソリストであるイリアナ・ヴェセリンが名古屋に来ますが、おもてなし・・・夜ご飯は手羽先ですかね。それともなじみの昭和食堂へ行くんでしょうか?
2004年01月24日
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夏休みが1日しかなくて、8月のブルガリア行きは8/1~8になりそう。行き帰りに最低3日必要なので、滞在5日、セミナー4日ですか・・・ひぇ~、日本でも3日のセミナーはありなんだけど、ブルガリアまで行って、プラス1日とは・・・(T_T)。せめて、あと1日。短期決戦と思えばいい?2週間滞在できるとしたら、2週間びっちりアコーディオンやダンスのレッスンもきついかな・・・。1ヶ月以上滞在できたら、アコのレッスンは週2回なんかになるのでは?1年居れたら、週1回。それでも50回もレッスンが受けられるね・・・。知人で、パリにこの年末年始5日滞在8日行程でいった人は、4回目のパリとのこと。今の生活を大きく変えずに訪ブルするなら、8日行程もよしとせねばというところか…(--;)
2004年01月23日
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久しぶりにガイダを吹いた。やっぱり音が安定しない。ブルガリアで音が安定しない時、ヴェンツィ先生は「なんで~???」といらいらしていたけど、こっちが「なんで~???」って言いたいよっ!アコはひとまずちゃんとした音がでるからね。でも、アコも練習時間が多いほうがいい音になってくるし、弾き込んでいるアコの方が鳴りがいいらしい。(私の耳はあまり微妙な変化には対応していないけど(T_T))イヴァン先生のアコの演奏を昨日久しぶりにCDで聞いた。指のタッチの視覚的記憶と音とにどっぷり酔いしれたって感じ。イヴァン先生の音、好き~!!!ヴェンツィ先生とタパン・タランブッカのナスコ先生が二人で作った教習用のCDをまだ聞いていない(--;)。明日にでも聴こう。彼らの息遣いが伝わってくるに違いないワ・・・幸福感にどっぷり使った時って、なんだか重苦しくもある・・・不思議。自分が演奏している気分にもなるし・・・?(--;)ところで、「アコ・ウムラム~」の歌(踊り関係者のみ知る?)はブルガリアのマケドニアンレストランでよく耳にしたけど、ヴェンツィ先生と一緒の時も歌われていて、これはガイダで吹けるよといわれたので、吹いたけどなんとなくガイダには合わない感じがした。ミンカはガイダにいいと思う。ガイダのおいしい曲を探さねば・・・。さっき聞いていたMDに入っていたフェルゾボ(アタナス(--;))はクラがものすごくかっこいい!アコは目立ってはいなかったけど、クラとアコで演奏するといいかも。誰かロマネアスカさんに音源渡すといいのに・・・踊りも人気あるし。私的にはあんまり思い入れがないので、採譜の優先順位が落ちる(--;)。フォークダンスネタに走ると(--;)、ヤブロチコ、ババレンもいい曲だぁ~~~。ヤブロチコをコピーするなら、ロシア民謡のCDも少し聞いてからでないと・・・と思う。ヤブロチコは誰かステキな人と、心をこめて踊りたいので夢のまた夢だけど、ロシアのダンスをちゃんと習うのもいいなぁ・・・ガイダの音からずいぶん思いがいろんなところへ飛んでしまったけれど、私のガイダも安定しないと言いながらも、いい音出てると思える瞬間!があるので、夏までには何とかせねば!練習しないで行くと、ヴェンツィ先生はきっと怒ると思うし、破門だわ。
2004年01月22日
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我が社の今年の夏期休暇はなんと、1日!国民の祝日と土曜日が重なっている日が特別休暇となってゴールデンウィーク、夏季、年末に割り当てられるから、今年は年末に1日、夏季に1日のみ(T_T)私の訪ブルチケットは、ブル→日本、日本→ブルパターンなので、今、既に4/29発のチケットは手元にあるわけで、5/8の帰国と8月の行きの手配中。KLMで約900ユーロ、ルフトハンザで約1100程度。KLMは関空発着なので、関西迄の交通費と前泊代で約100ユーロプラス。ルフトハンザは名古屋発着。今夏は日程の都合もあって、LHに決まりそうな感じ。8月の次は多分来年の5月なので、KLMの1年オープンを買ってくることになるんだろうな・・・。ゴールデンウィークに使う予定なので、日本で買うより安いと思っているのだけれど・・・?
2004年01月21日
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目標は大切だ。マキノの楽器合宿までに、Oさんメインで私のアコバッキング曲5曲を仕上げることを決めた。これからアコメインの曲も選ぶとすると、10曲位ご披露できる?先日、スポーツ報知に野村克也監督の理論が紹介されていた。7つあげられていた「やる気のない選手の特徴」の中に、感じるものが多かった私って、やる気がないのかしらん?「3.限界を感じて妥協する、6.疲れている、7.自信や決意に欠ける」こんなことではイカン!!!しかし、先の5曲・・・ほとんどがかなりの大曲。というか、踊る方も全部続けられるとしんどいのでは?かなりブルゾ(速い)な曲。ノムさん理論の1つめは「目標設定が自分の能力より高すぎる」なんだけど・・・(-_-;)。Oさんは血のにじむような練習をするとのことなので、膨大な練習がもたらす大きな成果を信じることにしよう! というわけで、名古屋周辺ではブルガリアンバンドメンバーは目下2人。もう一人誰か楽器をやってくれる人が欲しいなぁ。大募集!!!
2004年01月20日
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本日の取り組みのページを開いて、琴欧州のところまでスクロールをして、私の目に飛び込んできたものは・・・「4勝1敗」の文字。思わず、「負けた」と叫んでしまった(-_-;)。相手は「萩原」。前にも負けている。う~ん、どういう相撲だったんだろう・・・。今場所の幕下は星のつぶしあいをしていて、5戦までの段階で既に負け無しは3人。場合によっては、優勝ラインが1敗まで下がる可能性もあるので、6勝で終われますように!グルジア出身の黒海も苦敗が続いたが、実力者隆の若に勝って連敗を止めた。黒海の相撲はいつもとても力強い。負けてもよく善戦して負けていた。今や、土俵入りや取り組みで土俵に上がった時の声援や拍手がどんどん大きくなっている。大歓声の中のカロヤン君を早く見たい・・・
2004年01月19日
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なかった・・・(-_-;) 私の実家は何とか生き延びている女親(母・伯母)と口うるさいわりに家のことをしない父という構成なので、「ブルガリアに浸れる」と思った自分が、今や不思議にさえ思える。本来は年末にするはずだった大掃除をしなくてはいけなかったのだ!(-_-;)。しかし、私の頭はしっかりブルガリア三昧モードになっていたので、掃除は次回ということで、とりあえずアコ練を時間の許す限りやった。とはいえ、夕方は6時まで(-_-;)・・・まぁ、昼間から弾いて6時で終わりだから、時間は稼げているんだけど、マケドニアやらアルメニアも弾いていたので1曲に費やした時間はさほどでなかった。居間で弾いていて、何故か6時になると、父が自室から移動してきて夕食モードというか団欒モードになるのでそこまで・・・となってしまった。ビデオを遅くまで見ていたり、夜中まで起きていても、いちいち指摘されるので、かなり窮屈である。父は私が帰省の旅にアコを担いで帰ると、「またそんな重いものを」と言うんだけれど、ちゃっかり自分が歌う演歌の楽譜を持ってきて、「これ、弾けるかね?」などとと言ったりもする(-_-;)。彼は私が実家に戻って、介護や家事をを一手に引き受けることを望んでいるのかもしれないが、そうはいきませんのよ、お父上。家族の絆の厚いブルガリアでは介護の問題はどうなっているんだろう。
2004年01月18日
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琴欧州は番付上位の若光翔との対戦で、辛くも勝ちを拾った。土俵際、負けた!と思ったが、相手に勇み足があったのだ。幸運で勝ちを拾うのも実力の内。琴欧州は今が正念場、というかまだまだこれから。解説者もあまりのとんとん拍子に「これからどれだけ強くなるか予想がつかない」と言っていた。しかし、今場所もおなかは出ていなかった。四股の時上げる足が、奇麗にあがるようになると、すごい人気になるだろうなぁ(^^)。
2004年01月17日
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本日夜から、月曜日の午後まで、実家に帰ります。ブルガリアンアコの練習と、ブルガリア語のお勉強と、ブルガリアの音楽の採譜と、採譜した楽譜のPCへの入力と、ブルガリアダンスのビデオチェックと、ブルガリア力士の取り組みの録画と・・・・。Do vijidane!!!
2004年01月16日
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イヴァン先生オススメのCDを聞きました。クラセン・ゴスポディノフ。65年、バルナのジトゥニツァ生まれ。手元にあるアルバムのタイトルはたぶん「アクセント1」。ご自身作曲の民族音楽風オリジナルです。あまりの超絶テクニックにうげ~って感じで、最初は落ち込んだんだけど、イヴァン先生が私にこのCDをくださったってことは、そういう(どういう?)ことなのかなぁ・・・と考えているうちに、エネルギーが湧いてきました。やっぱり、チンタラやっていてはいけないんですね。ステップ・バイ・ステップってこととチンタラは当然違って、自分のチンタラさを猛烈に反省しました。アルバムの2曲目の「THE TWO WILLOWS」の最初の部分なら、音が取れそうなので、今年の中部アコクラブの発表会で是非弾きたいと思っています。 ヤマハの発表会では何を弾くんだろう・・・
2004年01月15日
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今の今迄、akordionかと思ってた!!! 「akordeon」だった!何故英語になると、「c」がダブるんだろう・・・?アクセントもakordeonの後の「o」に移る。最近イタリアのミュゼット(楽譜にそう書いてあるけど、イタリアでもミュゼット?)を練習しているけれど、練習のし過ぎで、指が自動的に動いて変な感じ。頭ではわかってなくても、指が動く。変だ。練習曲だから、こんなに引き込む意味はないかも・・・しかも、イタリアだし・・・。でも止まらない(-_-;) ダンスは最近踊り込むってことがなくなった。踊り込むのは好き。「ドブレドシュリ」の会では、できるだけ踊り込みたいと思ってる。別にデモ練ではないけれど、初心者の人が見て、「ああいう風に踊りたいなぁ…」と思ってもらえるような踊りをしたい。暮れにエンデカで見た、アンサンブル「グラオボ」は爺さん婆さんのアンサンブルだったけど、ショップ地方バリバリのダンスで、あまりの激しさと彼らのスタミナに会場中が拍手喝采だった。もう一度みたいなぁ。写真はあるけど、みんなとてもいい顔で踊ってる。できればビデオに撮りたいな~。そういう意味では、来年のコプリでのお祭りが、ものすご~く楽しみになってきた。きっとたくさんの素晴らしいアンサンブルに出会えるに違いないから・・・(^^)(^^)(^^)。
2004年01月14日
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動詞の不完了体、完了体が皆目?です。「エクスプレス」によれば「不完了体:始めと終わりを考えに入れないで、動作を進行中のプロセスとしてとらえる。現在形は単文や複文の主文で使われる。完了体:動作全体をまとまりとしてとらえる。現在形は助詞のや接続詞のと使われる」ですが、さっぱり?です。Iskam da kupia~、Iskam da otida~はワンセットで覚えていますが・・・それ以外のときの使い分けが皆目?です。Toi pristiga dnes「彼は今日着きます」.という例文が「teach yourself」にありました。V Sofia pristignah v22 chesa.「私はソフィアに22時に着きました」と思われる文がメールに書かれていました。(ちなみに不完了体がpristigam,完了体がpristiguaです)だいたい、動詞というときに活用形は不完了体だけなのは何故?
2004年01月13日
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漠然とブルガリア語を勉強している私の目にすら、徐々にいろいろな単語が飛び込み始めております。私にブルガリア語でお手紙を下さる皆様、ありがとう!!!1万5千語レチニクを引き引き、メールを読んでいると、接頭語付きの動詞かな・・・と思うケースが時々ありです。Raskaji~,Pogovorim~。naが動詞の前に付くこともあったような・・・当然のごとく、1万5千語レチニクに載っていないので、今のところほとんど無視状態なんだけど・・・当然意味あるよね(--;)
2004年01月12日
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Sちゃんのママが3ヶ月のステイを終え、ブルガリアへ帰国されました。3人で一緒にブルガリアへ行きましょう!と冗談を言い合いました。いいですねぇ。中1週間で、またブルガリア。次は私は4/29に日本を発って、またアコのレッスンにソフィアへ行きますが、Sちゃんのふるさとガブロヴォを訪ねる予定にしています。Sちゃんのママは、ヴェリコ・タルノヴォやエタラやもう一つどこだかも近いから周りましょう!と言って下さいましたが・・・車で2時間は近いかなぁ(-_-;)そうだ、その次は7/31で、Sちゃんも同じ日らしいのですが、今年の夏の訪ブルが何かのスタートになるIさんは、いつ出発するのかなぁ・・・。さすがに、次の年末年始は多分行かないと思う・・・(^^;
2004年01月11日
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噂に聞いていたユフカをホストさんにお願いして作ってもらいました。私はユフカはOKです。基本的に柔らかくてネチョネチョしたものが好きです。ワンタンも好きですし。ホストさんが作って下さったのは、オートミールのようなものにユフカが混ざっていた状態です。前日まではオートミールだけだったんですが、それ自体が甘かったし、量が多かったので、途中シレネと食べて、最後はスポンジケーキのようなドーナツのようなものを混ぜました(!)一緒にステイしていた人は歯がお悪かったので、ことさらに喜んでおられました。どんな代物だろう!とおもっていたわりには、そんなに強烈なものではありませんでした(^^;。あ゛~知らない人には説明しにくいけど・・・ラザニアの皮の薄いのを塩とバターで煮て、カッテージチーズに似たシレネチーズや甘いものと一緒に食べるブルガリアの朝ご飯・・・って感じ? ワンタンの皮っぽくもあった。
2004年01月10日
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アレキサンダー・ネフスキー寺院の黄色い窓ガラスを通して入ってきた光と黄色いろうそくの軸と炎の黄色とで作られた雰囲気がとても気に入りました。一眼レフで撮った今回のお気に入りの一枚なので、そのうちスキャンしてアップできればと思います。ろうそくは私の目線より少し高い燭台の上と、少し離れた床に置かれた燭台両方に立ててありましたが、Sちゃんのママにその写真を見せたところ、上のろうそくは健康を祈って、床のものは亡くなられた人のために、とのことでした。「亡くなる」という単語は英ブル的にはumiramですが、前から「ポチ何とか」と言っているような気がしていました。1万5千語レチニクの「pochivam(=rest)」に「亡くなる」の意味も載っていました。踊りや楽器のレッスンの時も「pochivka」という単語はよく出てきます。
2004年01月09日
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マケドニアン・レストラン「バンスカ・カシュタ(Bansko house)」で(会費制?20レヴァ)パーティがありました。9時頃から3時半過ぎまででした。いくつものグループがテーブルを囲んで飲めや歌えや踊れやでした。香港から太鼓を習いにきていたDとともに、太鼓の先生が誘ってくださったのですが、Dは胃腸不良と翌日の朝早くカザンラクにバス移動する予定だったので欠席し、私だけが行きました。ショプスカサラダ、キョポル、スネジャンカ、サラミ、ルカンカ、バンスコ風サラミ、ナッツ等、チキンの包み焼き、ポーク(どう料理してあったか?)、ポテトサラダ、ケーキのコース。量がめちゃめちゃ多かった。さらにミュージシャン3人は時間になると、演奏に行ってしまい、そんなに食べないので、ずいぶんと残ってしまいました。メインディッシュがでてきたのもほとんど12時頃だったと思います。ものすごい長丁場。テレビを見ながらというわけでもなく、ひたすら踊り、喋り、食べ・・・でした。12時10分位前になると、シャンパンと花火が準備されカウントダウンの後、新年になった瞬間にそれぞれの夫婦がキスを交わしていました。それまで席が離れていても、近寄っていってまずはご自身のseprug、seprugaとキス。そして友人たちと。彼らのお義理でない宴会の雰囲気にとても感銘を受けました。そうこうしていると、別のグループの子供二人がsurvaknitsaというのを持ってやってきて、大人の背中を厄除け(招福)歌を歌いながら叩き、大人からお金をもらって行きました。日本の子供は何もせずにお年玉がもらえますが、ブルガリアの子供はちゃんとお仕事をしてから報酬を得るんだなぁ・・・と感心。その歌を後日Jちゃんに確認したんですが、一部不明なところあり「surva surva vesela godina、chervena yabalka v gradina、???????、dogodina do amina」ってことです。日本でもしめ縄が道端で売られたりしますが、このsurvakaneに使われるsurvakitsaもエンデカの前等で売っておりました。Jちゃんの話では12/31の午後位から1/1の深夜のみに行われるのだそうです。
2004年01月08日
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ブルガリアン・レストラン「シテ・ブルガリ・ザエドゥノ」で歌集をもらいました。私はアコーディオンの先生と行きましたし、太鼓の先生の職場でもあるので特別だったかもしれません。でも、ブルガリア人も含め四人全員にくれました。この歌集はコプリフシティツァでも買ったし、Sちゃんのママがお土産にもくださったので、よく見知っていたのですが、よくよく見ると表紙に「シテ・ブルガリ・ザエドゥノ」の文字があります。レストラン編集発行の歌集?手持ちのまったく別バージョンの歌集には「バンスカ・カシュタ」というこれも民族レストランの名前が表紙に・・・。歌集は1~5までそれぞれとナンバーが打っていない物が手元にあります。ヴァージョンによって表紙のモデルさんも若干違います。左からトラキア、ミズィア、マケドニア(地方)と書かれています。そして、「pesnopoika」・・・これは歌集という意味でしょうか?「pesn」は歌ですが「pesomojka」は1万5千語レチニクには載っていません。表紙の下のほうには「lyubimi makedonski pesni」№5の表紙には「ソフィア2003」の文字があります。makedonskiでない歌が歌われるレストランはないのでしょうか?演奏としては、「クリボサドブスコ」も演奏されていましたけど・・・あの場で外国人だけでクリボを踊るのはさすがにためらわれました。
2004年01月07日
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今回の5日のレッスンで、どんな曲を習ったかと言うと、1.ヨベ(7拍子+11拍子)2.ツォネ・ミロ・チェド(7拍子)3.ブチミシュ(ショップ地方の)(15拍子)以上3曲が新曲でした。ヨベはメロディはヨビノ・ホロに近いかな(未確認)。ツォネもいつも踊っているものとはちょっと後半のメロディが違うので、踊っているものにフィックスさせなければならないと思うけど、これらの曲をまがりなりにも弾けるようになったかと思うと,本当に感慨無量です。ブチミシュは通常のトラキアのものと違うメロディで、そうと言われなければブチミシュとわからなかったかもしれない。思えば2拍子のクールスコホロから始まり、ステップバイステップで進んできたレッスンだけれど、次はどんな曲が待ってるんですか?と聞いたら、「そうねぇ、チェルケスコとかドブルジャの典型的な曲だろうね」とのお答え。う゛~チェルケスコ・・・確かに難曲だぁ(T_T)。「どっちにしても、民族音楽はまだまだたくさんあるよ」って言われました。そりゃそうでしょうとも!!!
2004年01月06日
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不思議なくらい順調に帰国フライトは完了しました。うつらうつらと寝ては起き、食べ・・・の10時間でした。すでに写真は現像しました。天候不良や時間不足のため、1本しかとれず、さらにダンスシーンやバンスコ・カシュタでの写真はブレブレで、ピントがまずまず合っているもので20枚くらいでしょうか・・・。とはいえ、デジカメで消してしまったアンサンブル「グラオヴォ」の写真がまずまずだったので、救われました。
2004年01月05日
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ホテルのお会計の時、カードが使えませんでした。え゛~!?結局ドルのキャッシュで支払いました。三つ星ホテルで、年内は49ユーロ、年が明けてからは51ユーロということでしたが、お会計書がレヴァ表示だったのにユーロかと思い一瞬ドキっとしました。出発の1時間前に空港に着くと、ものすごい人、人、人!チェックインの列もぐじゃぐじゃ、手荷物検査も黒山の人だかり。「あ゛~乗り遅れる~」ソフィア空港でお土産を買おうと思っていた計算が狂って、何も買えないままに離陸・・・トホホ(T_T)。ともかくは乗り遅れないでよかったけど、無事ヴィエナに着いた安堵感で、ピザやらハーゲンダッツやらをドカ食いしてしまったよ。なんてこったい!
2004年01月04日
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本日ブルガリア最後の日。本日のランチは私のおごり、ということでホテル近くの「オリエント・エクスプレス」というブルガルスキ・レストラントへ。普通のレストランよりはちょっと高級そうだった。私が食べたのはキョポル、ケバプチェ、キュフテ。先生が召し上がったのが、スネジャンカ、鶏肉のクリームソース仕立て。それにジャスミンティーで20レヴァ。さて、最後のレッスン、と始めたと思ったら、子供が昼寝をしているので弾くなと言って来た男性あり。なんと!2つ先の部屋の方で4時からは弾いてよいというので、それまで散歩に出ることに。アコの先生とアレキサンダーネフスキ寺院~ツム~ブックマート~エンデカまで歩いて、バスでホテルへ戻りました。ビトシャ通りやエンデカの地下はお店がたくさんで、買い物をする人であふれておりました。お金があるんだか、ないのだか・・・よく分からない国です。エンデカの地下の大きなミュージックテープ・CD屋さんで、アコの先生はテープとCDを買ってくださいました。訪ブルする度にオススメテープを買ってもらっております。感謝m(_ _)mレッスンの後、7時にブルガルカJちゃん宅へ行き、彼女の作ってくれた親子丼と赤ピーマンのサラダを食べました。ジャガイモ入りの親子丼もいけましたが、赤ピーマンのサラダが超美味。今まで食べた同系のものの中で一番美味しかった! すごいよ、Jちゃん!夜中近くから、日本のBさんとチャットで語り、2時ごろホテルへ。
2004年01月03日
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午前中アコ錬をした後、今日帰るDとアコの先生と昼食を摂りにレストランへ。お目当てのところが準備中のため、結局ホテルの中華料理屋さんへ行きました。海老入りやきそば、春雨サラダ、チキンの炒め物、春巻、水餃子と注文しました。例のごとくそれぞれ大量にお皿に盛ってあります。やきそばとサラダとチキンは見事に同じオイルの色オレンジです。それに海老は干し海老で直径1.5cm、麺は極細でまさにインスタント麺のようでした。春巻の皮は多分小麦粉で春巻かピロシキか・・・っていうくらいデブデブしてました。味は悪くないのになんか変! 何故!で、キタイスキなのに紙ナプキンには日本語が小さい文字で一列に縁取り模様のように印刷してあり、それが「ろはにほへとろはにほへと・・・」と続いていくのです。お~い、「い」はどこへ行っちゃったの~?食後アコの先生はDを空港へ見送りに行ったので、私は一人で1時間、ホテルの周辺をお散歩しました。絵葉書と単3電池を買いました。地図もなくぐるっと周った感じなので、元のところに戻ってこれるかちょっと心配でしたが何とかなりました。夜はガイダの先生に連絡を取り、彼がガイダを吹いているソフィア郊外のドラガレフツィ地区にある「ボデニツァタ」というと~ってもきれいな外国人向け民族レストランへ行きました。予約席には予約者の国の国旗がはためいております。国籍を明らかにして食事をするなんて、妙!全員が外国人ってわけではなさそうでしたが、あそこで食事をするブル人って・・・どんな人?庶民もありなのかなぁ・・・とにかく、生演奏とダンスを楽しむことが出来ました。食べたものは、えらくさらさらのタラトル、なすのピカタみたいなもの。飲んだのはラキアと赤ワイン。演奏を終えたガイダの先生と赤ワインのおつまみにマッシュルームの炒め物をつつきましたが、これが超美味しかった・・・(T_T)
2004年01月02日
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3日間のアコレッスンを終え、今日はレッスンは休み。午後1時にブルガルカJちゃんと会って、ぶらぶらと散歩。去年アコのレッスンに通ったステファンカラジャ通りの、角のレストランでヤゴダ・シェイクを飲む。Jちゃんは英語ができるガイドさん。私はJちゃんと気が合うのだろうか・・・話し出すと止まらない。悲惨な英語でしゃべり続けてしまった(ーー;)。4時までしゃべって、3日に再度会うことにして、今日はさよなら。その後はホテルに戻り、弾いては寝、起きては弾きと過ごした。なんか疲れがどっと出た感じ・・・
2004年01月01日
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