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ブルガリア東部のドブルジャ地方の女性のスタイルが難しい。重心を高くして、女性らしく踊る踊りはそれなりに方向性がはっきりしているけれど、「パンダラシュ」や「ズボレンカ」、「セイセイボプ」といった男性の低重心系の踊りの女性バージョンが私には難しい。男性のように、重心を落とすことはNGというのはわかるけど、上に跳ねると別の国に行ってしまいそう。普通にすればいいとSさん、言ってたかな。普通が一番難しい。やりすぎないことも難しい(-_-;)。
2004年05月31日
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これは戦車?装甲車?国民の祝日(軍隊の日)だったので、朝からものすごい騒音とともに何台もの戦車や装甲車がホテル・セルディカの前を通った。なんか、イラクも近いし嫌な気分だったなぁ・・・
2004年05月30日
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本日より2日間、関西バルカンダンスキャンプ。とはいえ、ブルガリアンダンスのみ。北の地方とソフィア周辺では、キックした時の膝から下の脱力度合いが違うらしい(-_-;)。足のあげ方、ふみならし方、手の使い方、足の裏の地面へのつき方、重心の位置等々、各地方で(ブルガリアの踊りの地方は大きく分けて5~6つ。その中間地域のものもある)すべてが微妙に違う!それらを踊り分けられるということは、何か国語かが話せるというようなものなのだろうか。自分の生まれたところの踊りしか踊れない・・・これが正解のような気がしてきた(-_-;)。この微妙なスタイルを出来ないながらも気をつけないと、一体どこの踊りかしら・・・というものを踊ることになる。それも致し方ないことかもしれないのだが(-_-;)。
2004年05月29日
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お手ごろなホテル・セルディカ。この日は祭日だったので国旗が下がっている。手前にあるのは多分ヴァシル・レフスキ記念碑。ディスコがうるさくなければ次回も泊まるのだけど・・・。次回は別のホテルを開拓しようかな・・・
2004年05月28日
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これがウゲゲのボザである。いつかおいしいと思う日が来るのであろうか・・・。次回トライするのにも勇気がいると思われる今日この頃・・・(>
2004年05月27日
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ジェンスキ・パザルに行けて良かった。キリムを探して何度もツムデパートに行く羽目になって、市場まで行き着けないかと思ったよ。ビトシャ通り、ツム、ハリ、パザルとお買い物街は制覇したぞ!
2004年05月26日
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ツムデパート近くの地下商店街から地上に上がるところで演奏していた。3人のうち2人は盲目。真中のおじさんが私にベトナム人かと聞いた。私がアコ弾きだと口を滑らせたので、弾いてみろと言われたが、人のアコでしかも公衆の面前で弾くほどの腕は持っていない(>
2004年05月25日
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イヴァン先生はとっても親切で優しい。ホントにブルガリアまで習いに来たおばさんが弾いた、たどたどしい「カランフィル」を聞いた時、何と思ったことだろう・・・あれから夏冬夏冬春と過ぎたけど、なんでこんなに初見が下手なんだろう・・・と思っているよなぁ・・・○コ(←私の呼び名)、お願いだから毎日練習してくれ、下手なアコを聞かせるのはいい加減にしてくれ~、あなたが上手くなるまでいつまで待ったらいいんだ~と思っているかもしれない。ホントに申し訳ないし、ホントにありがたい。最近まずまず弾いているけど、とてもとても充分な量ではない。練習時間の確保を第一優先事項にせねば。佐渡ケ嶽部屋の稽古場には、「稽古は力士の命」と書いてある。ムジカントにも練習あるのみ。
2004年05月24日
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ブルダンスを踊った後の私の足は鉄のようだと、アロママッサージのSちゃんが言う。左足の痛みを考えると、今の頻度は踊りすぎか? とはいえ、手(足)を抜いて踊るわけにはいかない。本日の「ドブレ・ドシュリ」の例会はニコライさんの講習曲を中心に、今年のヴェンツィ、94年、96年のヴェンツィの復習。ロドピ地方のガイダの曲、ピリン地方の不協和音の重唱曲・・・う゛~ん、絶品!来週は関西バルカンダンス講習会。ここでニコライさんの曲をもう一度復習するぞ、と。あ゛、本来の講師であるSさんの曲もね。トラキア地方の女性の手を教えて欲しいわ。脱フラダンス。絶対フラダンスの手とは違うと思うの(当たり前!)
2004年05月23日
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私はブルガリアでは、多分、夜行バスに乗れないと思う。確かルセに行くのに、夜行バスが走っていると読んだような・・・。さすがに海外で夜行バスは怖い気がする。東京からの帰りは夜行バス。名古屋行きの夜行バスは何故か、満席だった。上りが満席というのならわかるが・・・。次なる手段は、東京から豊橋への伊良子ライナー。久しく乗らない内に、伊良子ライナーの座席が3列から4列になり、リクライニング角度が狭くなり、その為か値段も500円ダウンで4,500円になっていた。豊橋→名古屋は1,080円で変わらず。伊良子ライナーも残り3席。「ムーンライトながら」に乗るなら、新宿でアカスリをしてもらってお泊りして、翌日帰るのがゴージャスだわ(-_-;)。ダンスの合宿の後に温泉とか、アカスリとか、マッサージがついていたらなぁ・・・最高!
2004年05月22日
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ニコライさんともう一度踊りたい・・・と思いを関西合宿の際に抱き、めでたく本日、日本での最終講習会へ参加するため上京できた。本日は夜の2時間のみ。もちろんステキな時が過ごせたけれど、「関西が先で良かった!」と思うのは、もう私が関西人になってしまったからなのか。やっぱり、関西での1曲目、お得意のピリンの「カテ・カテ」は衝撃的だったぁ・・・ビデオが楽しみ~!!!次ぎのニコライさんの来日はいつかしら~?来年のBFAの講師がニコライさんとは限らないんだし・・・あ゛~もう、いつ一緒に踊れるかわからないんだわ(T_T)(T_T)(T_T)それに、上京のついでに3時頃、国技館へ駆け込み。後半戦だった琴欧州の取り組みも見られた。う゛~ん、負けた~。私が見に行った本割の勝敗は1勝2敗。何てこったい!土俵を降りたカロヤン君とは会えないと思っていたけど、運良く会えて、ニコライさんへ渡すはずの「味噌キャラメル」をあげてしまった。高校生のファンじゃああるまいし・・・(-_-;)。一緒にいたのは琴国関?まさか付人ではないと思うが・・・お目付け役ならわかる(-_-;)。お土産グッズ千社札を「琴欧州」の名で作成(-_-;)。
2004年05月21日
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ソフィアで何度も路面電車(トランバイ)に乗った。5枚で2レヴァのチケット綴りをイヴァン先生からいただき、自分で買ってないので、どこに売ってるか? 「地球の歩き方」には必ず検札に来ると書いてあったけど、一度も来なかった。そして、刻印機にチケットを通して、刻印をしている人って、乗った人全部じゃないの!刻印する人はする、しない人はしない。しない人に誰も何も言わない。どうなってるの~?
2004年05月20日
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ニコライさんは5年ぶり2回目の来日だったそう。アメリカから来るヴェンツィでさえ、94年、96年、02年、04年しか来てないのよね・・・oshte、oshte~~!!!
2004年05月19日
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いいミュージシャンのいるレストランがおすすめ。私の味覚は普通だから、あまり微妙な味の良し悪しはわからない。それに、一応民族レストランならそれなりの民族料理とラキアが出てきそう。一度、ダンサーVに連れられて新しい民族レストランに行ったら、演奏がいまいちで、ダンサーVも踊ろう!という気にならず、ラキアとサラタで早々に退散。音楽にうるさいから気になるともいえるが、素人さんでもそれなりに感動や盛り上がりが薄いと思われる。こんなもんかなぁ・・・と思いながら帰るくらいなら、行かない方がいい。好き嫌いもあるけれど、民族レストランに行こうという気があるならシンセサイザーじゃなくてアコーディオニストのほうがいいし、管楽器もクラリネットどまりがいいと思う。後は太鼓はタパンかタランブカ、笛系(カバル、ガイダ等)、弦系(ガドゥルカ、タンブーラ等)の編成。そういうところを調べていけるかというと一旅行者には難しいが、旅行社の人にはそのくらいの配慮がほしい。あとは変なところに連れて行かれたときに、「ブルガリアの民族音楽ってこの程度のもの」って思って欲しくないかな・・・。
2004年05月18日
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ブルガルカJちゃんとの待ち合わせに使うのは、シェラトンホテルの前。今回は私が泊まっていたホテルセルディカ(ヴァシルレフスキ記念碑前)にVに来てもらい、ちょっとした距離だけどタクシで行こうよと言ったら、祭日だし歩こうということになりで徒歩でシェラトンへ。(15分くらいだったかな)3人で、ご飯食べる~?、それともお茶だけにする~?の結果、お茶することにして、私が半分ジョークで「シェラトンで?」というと二人とも「とんでもな~~~い」って感じで、そそくさとビトシャ通りから少し入ったところの中庭のあるカフェへ。誰かシェラトンのケーキがおいしいって言ってなかった?日本人って、旅のお宿は豪勢にっていうのが好きっぽい。あと、高級レストランのランチに人気とかさ。私なぞ名古屋駅のマリオットアソシアホテルですら、食事したこともなければ、泊まったこともないからね・・・。上京した時だって、赤坂プリンスとかホテルオークラとか泊まんないし(--;)。ソフィアのお宿としては、部屋的には私はセルディカクラス(三ツ星)がちょうどいい感じ。四つ星のロディナに一度泊まったことあったけど・・・。お金持ちになった気分がしたので、身分相応じゃなかったんだろう。スリヴェンスカヴェセダホテルは、二つ星?古い割にはセルディカと同じくらいの値段だった。プライヴェートルームはアコを弾く関係上、もう泊まらないだろう・・・。ソフィアの街はカジノもよく目に付く。アコの先生は「外国人用だよ」と言っていた。トルコやアラブの大富豪用?(--;)
2004年05月17日
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世にブルガリアフリーク多しといえども、その全員がブルガリアのダンスと音楽の虜になっているわけではないことは、私にとって究極の謎だ!!! 人それぞれといえばそれまでだが、あまりの素晴らしさに私は恍惚状態になってしまう・・・。どの曲も丁寧に講習していただいたので、全部残す。新曲を追っかけるのは大変だけど、曲によりけり。良い曲、良い踊りでソースがしっかりしていて、スタイルまでちゃんと習った曲なら、全曲残して何が悪かろう・・・(-_-;)。しかし、Eskiが既に・・・(-_-;)、ビデオ待ち。とはいえ、通常のピリンのズルナ系の踊りにしては、メロディが聞きやすかった。No.imenaregioni/gradoveritam1.Kate KatePirin/Petrich2/4重々しくてタメのある名曲2.Sleznal NonchoTrakiya/Karlovo7/8思わず歌いたくなる3.KulskoPirin/Petrich2/4クールスコってつまり?4.KlotsaSever/Vidin2/4頭の向きも忘れない5.TropankaPirin/Blagoevgrad(8/8+5/8+7/8)+2/4トロパンカのイメージが・・・6.RakaDobrdja/Tutrakan2/4掛け声あり7.DileDile/Gabrovo7/8トラキアと山岳のミックス?8.EskiPirin/Petrich8/8+2/4曲名はトルコ語由来の「古い」9.PetuninoSofia/Godech13/8久々、複雑めペトルニノ10.PistilcheDobrdja/Shumen9/8最初のメロディはジザイナネ系※ペトルニノの13/8は4+2+2+2+3か・・・?※ガブロヴォの地方は? (メモし忘れました)
2004年05月16日
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ニコライ・ツヴェトコフ氏の講習会、本当に良かった!!! 参加者は絶賛!!!笑顔がとてもステキな先生。身長もさほど高くなく(175cmないかも)、手足もきゃしゃな感じなのに、ピリンやドブルジャの踊りをスケール大きく踊ってた。胸を張った姿勢、足を高く上げる足、チーフをまわす高高とあげた手。そして時々オヤジ声で(=男性らしく)、掛け声をかける。私と同い年(-_-;)。贅肉なし!特に出身地ピリン地方の踊りは絶品だったなぁ。講習1曲目の「カテ・カテ」、見ていて涙ウルウル状態。あぁぁぁ・・・ブルガリアだぁぁぁ・・・私にとっては初めての先生で、相性はどうかなぁ・・・と恐る恐る参加したけど、相性以前に1曲目からひれ伏状態(-_-;)教え方も丁寧で、生徒全員に目が行き届いていた。上半身の上下左右の向き、膝の高さ、向き等の指示も細かくあった。日本語の語彙もたくさんだった。「上半身」「かかと」「つまさき」「最初から」「ちょっと」等々。音楽も良かった。全曲ズルナとタパンだけだとちょっと辛いものがあるけど、そうではなくて、民族楽器+ベース程度。歌の曲もあって馴染みやすかった。歌詞もできれば教えて欲しかったけど。「スレズナル・ノンチョ」は踊ってると自然と歌いたくなる曲だった。本当にブルガリアから来日するダンスの講師陣は充実している。3月のI&V以降ブルガリアダンス講習続きで参加者がバラけたという話も聞いたが、重なったからこそ比較できたし、これでカザンラク(トラキア地方)出身のフリストが来日してくれれば、そして、夏、トラキアの女性の手の動きをカヤさんに教われれば言うことないなぁ・・・今月末の関西バルカンも楽しみ!日本人講師Sさんがどこまでブルガリアの踊りを伝えてくれるか!東海地区からの参加は私とSM君、刈谷のお2人、岐阜のお2人、小牧の3人位。関西、東海ともアクティブダンサー、若手の不参加がとても残念だった。講習会としては多すぎず、少なすぎずだったが・・・次回ニコライさんご来日の際は、是非名古屋でも講習会を!!!一緒に踊っていて本当に楽しい人でした。ニコライさん、私をこんなにも幸せな気分にしてくれてありがとう!!!
2004年05月15日
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ガブロヴォではじめてボザbo'zaを飲んだ。まずいというわけではないが、なんだコリャ、っていう味。ブルガリア人はたいてい好きで、たいていの日本人には不評だそうである。麦から作ると聞いた。ミルクコーヒーのような色である。私としては生の栗を擦ったようなほのかな甘さと、ざらざら感を感じた。作り立ては甘く、時間が経つと少し酸っぱくなるとも聞いた。「おいしいじゃん!」と思わなかった自分がちょっと悔しくて、次回もチャレンジしたいが・・・実際そんなに美味しい飲み物なんだろうか・・・好き嫌いは主観的なものだけど、美味しさ絶対値・・・なんてないのかな。身体にいいのかしら。ブルガリア人は何でそんなものを飲むようになったのかなぁ・・・日本では何だろう・・・豆乳? 葛湯、甘酒、そばがき・・・次回のお土産候補!!! そんなキワモノばかり持って行く意味があるかどうか? 私自身そばがきを今おいしいと思うかどうか、かなり疑問出し・・・(-_-;)。確かに食べることは出来るし、嫌いでもないが・・・。ジェンスキ・パザルでは1.5リットル入りくらいのボザボトルがあった。
2004年05月14日
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ブルガリアの靴って爪先が上に反ってる気がする。私は勝手に魔女の靴と思ってる(-_-;)。あ゛、ツルブリの先が反ってるから??でもツルブリの先は尖ってるけど、普通の靴は爪先がスクエア気味で広い印象(もちろん先が尖って、超おしゃれなものもある)。ブルガリア語の靴はオブフキobuvki(単数はオブフカobuvka),靴を履くはオブヴァム-オブヤ(obuvam-obuya)。アクセントは「ブ」の上。私の耳は英語でもそうだけど、アクセントのない第一音節って超聞き落としやすい。オブフキは耳から先に入った言葉だったので、超恥ながら「ブフキ」っていうんだ~と思ってた(T_T)お米もオリスoris(z)で「リ」の上のアクセントだから「リス」だと思っていて、「ライスrice-リスris」似てるなぁと勝手に納得していた。ブルガリアって個人商店が多いのかなぁ・・・店の看板は「オブフキ」とか「ツヴェトゥヤtsuvetya(花)」とか「ザクスカzakuska(朝食)」とか一般名詞が主流な印象。○○靴屋って言う固有名詞には余り気がつかなかったなぁ・・・.あ゛~でも、カフェは「カフェ」もあったけど「ルツィーナ」「ウノ」とかあったか・・・
2004年05月13日
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アコーディオンの先生がお土産にお酒をくださいました。「マスティカ」47度のお酒。「あなたには強いと思うから水で薄めなさい。水を入れると白くなるよ」と言われたように思います(-_-;)今週のニコライさんの合宿に持参しようと思っているので、Da piyam,ako obichate.(-_-;)。ラキアにはショプスカ・サラタ。サラタの水分であるコール度を緩和していると思う。先だって、ガイダの先生は、ラキアとアイリャンを一緒に飲んでた。そういう手もあるのね・・・。マスティカには何?
2004年05月12日
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「山があって、川があって、海があって、きれいなところです」とは今場所新十両琴欧州の言葉。質問は「ブルガリアはどんなところですか?きれいなところなんでしょう?」という誘導尋問(!)みたいな質問でしたが(^^;今日から3日間、新十両3人のインタビューで先ずは番付最高位のカロヤン君から。十両土俵入りと彼の化粧回しの映像を初めて見た。ブルガリアの国旗の3色と前足を跳ね上げている馬をあしらったもので、「琴欧州」という名前入り。どんな国って、一言で難しいと思うけど、確かにバルカン山脈(スタラプラニナ)とスレドナ・ゴラがあって、ピリンもロドピも山で、そしてトラキア平原とドゥナフそして黒海。山と川と海の国で大当たりなんだね。
2004年05月11日
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今回の目的の一つ、しっかりした写真を撮ってこよう(一応写真クラブ部員だもんで(-_-;))。しかし、一眼レフは使えない。ビトシャとかリラとかピリン山脈とか山奥に行って撮る人はいいが、ソフィアの街中で外国人が撮るには目立ちすぎる。片手で操作できるコンパクトカメラがいいのではないだろうか。そういう観点からすると三脚を立てるなんてもってのほかだが・・・アコの先生と行った夜の湖・・・三脚があったらいいスポットだったなぁ・・・ととても残念。三脚はその重さからも、前回の荷物リストから外れてるし(-_-;)結局、35ミリでなんとか見るにたえらるものが40枚弱。デジカメでは記録的に撮ったものばかりなので映像としては×。あと、ブルガリアに到着した時にカメラに入っていたフィルムがなぜかモノクロ。今時、モノクロをプリントしてもらうのは時間がかかって、来週上がってくるのだが、エタルのほとんどがそのフィルムに入ってるのよね・・・緑輝くエタルをモノクロで撮っていたなんて(-_-;)。まぁ、写真もしばらくおサボり状態だったから、しょうがないなぁ。
2004年05月10日
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As sam v moyata staya v Ngoya. 珍しくルフトハンザがミュンヘンで30分遅れ、広い広いフランクフルト空港を走った~!そして、乗り込んだら扉の調子が悪いらしく、ちっとも離陸しなかった。ブルガリアに行くとき、どの路線で乗り換えて行ってもソフィアに近づくにつれ日本人は減り、ゲートははずれのはずれになる感じ。帰りはその逆で、どんどん日本人が増えて本線に向かっているはずなのに、なぜかミュンヘンで逆な感覚があって、そうだ、日本へ向かっているんだと何度も認識しなおした。滞在中は毎日、アコ練とレッスン、ブル語のレッスン、買い物等でとても忙しく、やっと開放されるという思いもあったけど、やっぱりブルガリアの日常の中に自分の存在がないのは淋しい。次回は8/1発。1日、コプリフシティツァヘのドライブと休憩。3日、アコ、ガイダ、タパン、タランブッカのレッスン1日、ソフィアへのドライブ、買い物、ブル語2日帰りの空の旅という8日間行程。今回のカヤ&フリストのセミナーは参加予定者が超少なく、楽器の個人レッスン希望者には超お得!来年のお祭りもはずせないでしょうから、2年続けて夏はブルガリアという計画を立てられることをお勧め。私のその次は2005年4/28発。2日位の観光とアコとブル語。2月下旬からのマルテニツァ観光はちょっと無理っぽい・・・。
2004年05月09日
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6:05チェックアウトに降りる。7日間泊まったので2日分ディスカウントしてくれるという。そして、7日間部屋で飲んだソフトドリンク、食べたスナック類、ワイン、電話をの計算に20分もかかった。6:15にイヴァン先生が迎えに来て下さったが、でかけたのは25分過ぎ。小型のタクシーで空港へ。連休で道が空いていて、4.7レヴァで6:45頃到着。何と!7:50発と思っていた飛行機が、7:05発だったのだ!え゛~っ?! 係りの人が飛行機までのバスを止めて、超速でチェックイン、手荷物検査、出国手続きを走り抜け、何とかセーフ(-_-;)ミュンヘンには定刻に到着。持病の腰痛と頭痛に襲われ、薬局に飛び込む。強いイブプロフェンをゲット。喫茶店でカシスジュースで飲む。やれやれ・・・(-_-;)
2004年05月08日
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ソフィアに戻ってから、いつも朝は快晴。午後ほとんど毎日、パラパラっと雨が降る。街行く人々は殆ど傘も差さず、私もチェダルチェなしで、現地調達もせず。午前中、光のある間お散歩がてら写真撮影でもいいのだが、やはりアコ練しないわけにいかず、本日もレッスンが終わるまで、「do not disturb」を下げる。11:00~13:00 最後のレッスン。今回の4曲と前回の3曲「ヨベ」「ツォネ・ミロ・チェド」「ブチミシュ」の総復習。今日は新曲を渡されない分、何度も何度も弾かされる。しつこいよ~先生!13:30~17:00 やっとアコから解放された!!! Sega shte se hodiya na pazar! obyadはマクドナルドで。デザートに1レヴァのピザを。おやつにケバプチェとキュフテをパン付で(-_-;)ハリマーケットの北、ジェンスキ・パザルまで歩いた。先にツムにも寄ったので、パザルの角から角まで見るというわけに行かず、買いたい物も吟味して買うことも出来ず、次回はパザルを制覇するぞ! と。17:00~19:00 今日も完了体の練習。マリア先生は「覚えることよりも理解することが大事」とおっしゃる。とはいえ、単語を覚えていないとやっぱり大変。動詞とその完了形を覚えて、活用形が無意識に口に出るようでないと、使えないよ~。アコーディオンも手が「オートマティック」に動くまで練習しなさいとイヴァン先生はおっしゃる。何事も一緒よね・・・(-_-;)。19:30~23:00 太鼓の先生にタランブッカを注文するため、彼が働くレストランへ、昨日のVとVの友人(1年半前にも会ったが名前が・・・Aと言っていたと思うが、今日はMと言う・・・?)と、マリア先生と出かける。路面電車である程度行き、結構歩いた。着いたたところは中央駅の近くと言っていた・・・。「ハジドゥリアノビ・カシュティ」・・・(だったか)というレストラン。太鼓の先生が前、働いていたのは「バンスカ・カシュタ」というレストラン。カシュタ→カシュティという通り、新しいレストランはより大きく、3つの違う建築様式のお部屋があった。ここの生バンドは4人編成。ガイダ、カヴァル、タパン、アコ。ミュージシャンは民族衣装を着ていた。何かリクエストと言うことだったので、リリャノモメをリクエストすると、男性4人のコーラスを聞かせてくれた。他にもセヴェルで流行っているというジョークの歌やダンスの曲などをたくさん演奏していただいた。VとVの友人は昼からローゼン(ローズナかなぁ・・・)・プラニナへ登り、バーベキュー、ワインなどで満腹。マリア先生は夜が初めての食事。私は満腹度120%・・・ということで、ビール大2、小1、瓶ビール小1、サラタ4人分、デザート2人分で25レヴァ。これって、高い? ili ne?
2004年05月07日
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本日は聖ゲオルギの日。彼が羊を保護したことから、今日は羊を食べる日とのこと。おかしくない?食べてはいけないならわかるが。そして軍隊の日。朝センターで式典があり、それをずっとテレビで放映していた。ホテルセルディカの前を何台もの戦車や装甲車が地響きを立てて通りすぎていった。今日からブルガリアは4日間の連休。12:00 先日来日したダンス講師Vと前回ガイドをしてもらったJちゃんに会う。余り時間がなかったので、シェラトンの近くの中庭のある喫茶店。Vはビール、Jちゃんはホットチョコ、私はメロンシェイク。14:00 ホテルプリースカ前で、ガイダの先生と待ち合わせ。名古屋のOさん、ガイダのDのブルドン(ドローン管)、100ドルで手に入りましたよ!買って来て、でしたよね(-_-;)。15:00~16:00 ブルガリア語レッスン。完了体の練習、「sled kato~」「shtom~」「predi da~」…16:00~18:00 アコレッスン。本日の新曲「ペトルニノ」12拍子。♪♪♪・♪♪・♪♪・♪♪・♪♪♪。そして3連符ならぬ2連符というか、♪♪♪の中に2拍という私の超苦手が出現!(T_T)まったく弾けない!18:30~21:00 エンデカでダンスコンサート。ネシュカ・ロベヴァという人によるスペクタクルショウ。もともとはフォークロアダンスの人のようですが、今回のステージはヒップホップもふんだんに取り入れ、アクロバティックで(燃焼系、燃焼系のCM顔負けだった(-_-;))でも、フィナーレは超速「ジノフスコ」。ダンスのカヤ先生の教え子も何人か出演しているらしかった。エンデカは5000人収容?10000人?3階席まで超満員。スタンディングオベーション。聖ギョルギの日のエンデカでこういうコンサートにのりのりの国民性・・・日本だとどういう事?私はヒップホップにあんまり乗れないので「gore-dolu」って感じだったけど。一緒に行ったアコの先生の娘さんのお仕事はナース。今日もお休みではなくお仕事だったらしいが、2歳くらいの子供をどこかに預けての観劇。ショウが終わるとお子さんが眠らない内に迎えに行かなくてはとお急ぎに。子育て中のママだって、ダンスショウは見なくちゃね。
2004年05月06日
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過去3回のブルガリア訪問ではほとんど一人歩きをしなかった。2度目の訪問の時は怖いもの知らずで、コプリのセミナーから戻った日、半日、ソフィアをうろうろ・・・その後自重していた。が、もう大丈夫。歩ける。話せる。怒れる!本日は10:30~12:30がアコレッスン。新曲は「パンダラシュ」。ドブルジャのラチェニツァ7/8である。ドブルジャの曲をちゃんとやるのはは初めて。蛇腹操作でアクセントをつけなければならない。ブンチャンブンチャと左手で弾きながら、アクセントはブンブンブンである。そんな複雑なことはまだ、到底出来ない。とりあえず、メロディとコードを追っかけることから。13:00~15:30 ATMでレヴァをおろす。200レヴァ迄おろせると聞いていたが、最初50レヴァが最高金額?と思った。が、次ページがあり、確かに200レヴァまで降ろせた。ホテルセルディカの入り口を出たすぐのところにATMがあり便利。はツムの西向かいにも。でも、降ろして街に出るのは不安。帰って来て、翌日の分を降ろしてホテルに入った方が安全だよね。ソフトクリームのミックスは、ストランジャンスキ・スメセノとかダンスでも使う言葉「スメス」なのね。小さいソフトクリームが30ストだった。ほんのひと絞りチョコやカラメルのトッピングをしてくれるのが、妙に得した気分。「地球の歩き方に」載っている「バルカンツーリスト」は移転。ホテルセルディカ→ロシア教会付近→露天本屋付近→ビトシャ通りへ抜けツム、ハリへ。街で地図を開いている余裕はない。ずんずん歩く。どうせ小さな街だ。しかも本当に狭いエリア。一人で歩けなくてどうする!15:30~17:30 ブルガリア語レッスン。今日も同じく「miya se」「as se miya」。20:00~23:00 ドラガレフツィ地区の「ボデニツァタ」へガイダの先生に会いに。タクシーはメーター5レヴァ、センターから遠く離れた分帰りの2レヴァといって7レヴァ請求された。前回来た時は、吹雪で運転手が標識を見過ごして、山の上まで行って引き返して、戻ってきて、メーターの半分で8レヴァ。7レヴァくらいかかるよと言われていたのは、その帰りの分も含めてってこと?本日のヴォデニツァタは余り大入り満員って感じではなくて、生演奏とダンスは私が座っていた方と反対側でのみ。場所が悪かったため、ビデオ撮らず。こちら側にも来てくれるのだろうという思惑は外れ!なんだかとっても短い生演奏と踊りだったわ~(T_T)ガイダの先生もポーランドのパイプ会議(?)から戻られたばかりで、お疲れのご様子。ヴォデニツァタでもギュヴェチを食べようと思ったけれど、メニューに見当たらず(そんなはずはないが)、キョポルとヴォデニツァタ風カヴァルマを注文。キョポルはニンニクが効いていて美味。カヴァルマはやさしい味。ラキアは素晴らしい芳香。アイリャン3杯、ラキア300mlとお料理で25レヴァ。メチャ高くはないか・・・
2004年05月05日
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朝:アコ練。10:00~12:00までレッスン。本日の新曲は「スヴォルナト」。歌入りのYM氏のものではなく、オリジナルがガイダの曲。私この曲好きだ~(^^)特に、ガイダを模した弾き方をするの好き。この曲の左手バスはリズムを刻まなくて、ずっとDを抑えっぱなしでも可。ガイダの低音ブルドンが同じ音を出しているのと同じにすればいい。その場合と、ブンチャンブンチャンチャで刻む時とブチャブチャブチャブチャチャと刻んだ時とで全然曲の雰囲気が変わるのも好き。そして先生の左手の動きがメロディアスなのも好きだが、そういう弾き方は私にはまだ到底無理。12:00~13:00 アコの先生と近くのデリカテッセンのようなところで昼食。先生はホウレンソウとお米のキッシュみたいなもののヨーグルトソースかけとサラタ。私はピラフとサラタ。2人で10レヴァくらい。めちゃめちゃ安いわけでもなし。味、普通。13:30~15:00 ダンスの先生が教える「文化省国立ダンス芸術学校」の8年生の少女達の授業参観。上半身は黒のレオタード、下半身は黒いミニスカートの子もいれば、薄い水色のひらひらしたミニスカートの子もいた。髪はちゃんとお団子一つにして、スカートと同じ髪飾りをつけている子もいた。14~5歳のはずだが、本当にそのくらいのあどけない表情の子から、17~8歳の大人びた顔つきの子。バーレッスンから、今まで繰り返してきたであろう基礎的な動きの反復練習。カヤ先生の厳しい目で姿勢がチェックされる。新しいホロのステップは最後にほんの少し。8年生は初年度だそうで、姿勢やブルガリア全地域の基礎ステップ。次年度がセヴェル、次がショップ、トラキア、次にマケドニア・・・マケドニアが最後なのは感情表現が必要だからだとか。本当に可愛らしくて、美しくて、いじらしくて!!! 「これが私の仕事よ」とカヤ先生はおっしゃっていたけれど、そしてアコのイヴァン先生もこのクラスの授業のアコ伴奏をするのがお仕事。いいお仕事だなぁ・・・16:00~18:00 ブルガリア語レッスン。今日も完了体、不完了体、ce動詞。18:30~21:00 アンサンブル・イスカルの練習参観。ソフィア東部を流れるイスカル川とイスカルという地域にちなんだなのやはり10代の少年少女達30人くらいののアンサンブル。指導しているのは70年の万博の時に来日したことがあると言っていた元クテフのダンサー夫妻(名前忘れた(-_-;))。私のアコの先生はこのアンサンブルでも伴奏をしている。5月の終わりにコンサートがあるということで、仕上げの踊り込みをしていた。古い劇場の舞台での練習で必ずしも恵まれた環境ではないのかもしれないが、若い才能が輝いていた。近くに湖があり、先生とお散歩(^^)。
2004年05月04日
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午前中、今更この3ヶ月のサボりは穴埋めできるはずはないと思いつつ、せめてブルガリアに来てからくらい練習せねば、先生に申し訳ない!とアコーディオンの練習。12:30 イタリアンカフェでダンスの先生ご夫婦とHKさん、ブルガリア語の先生とお茶。ミントフラッペを頼むとミントスムージーのような飲み物が出てきた。15:00 ダンスの先生のお友達というこのブルガリア語の先生は、ガイドもなさる。とても日本語が上手。漢字も書ける。本日は1時間のブルガリア語レッスン。何がわからないの?とおっしゃるので、動詞の完了体、不完了体の使い方と、ce動詞を教わることにした。16:30~18:30 アコレッスン まず渡された楽譜はピリンの11拍子。「ネダ・ヴォダ・・・」全部がマカムスケールのメロディ。いつもながら初見時は悲惨~。最初から難しすぎるよ~と思うが、最初に難しいものを持ってきた方が、その曲にかける練習量が多くなるのも事実。つべこべ言わずに何度も弾くしかない。弾いているうちになんとかなってくるのもまた不思議。
2004年05月03日
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6:00アフトガラへ。バスは6:30の予定。アフトガラのカフェで、パパがバニツァとカフェを買ってくれた。満腹度100%。ソフィア→ガブロヴォは3時間だったが、ガブロヴォ→ソフィアはなぜか2時間。途中から、道路状況がとても良いことに気づく。穴ぼこが開いていない!!!タクシーで、ホテルセルディカへ。あまりの荷物の重さに、その場にいたOKタクシーでないものに乗ってしまい、11レヴァもボられる!怒って抗議したが空港やアフトガラからのタクシー代は高いのだと言われる(-_-;)。せめてプリンセスホテルまで荷物を引きずってタクシーを拾えばよかったかもね~。やっぱ、18キロ(カステラ2本含む)+瓶入りアルコール5本、豆1.5キロ、ジャム2瓶は重いわ~。ネットでのホテル予約が直前だったためか?、予約が入っていないといわれたが、なぜかいつも泊まれるホテルセルディカ。夕方、オペラ劇場で民族舞踊のスクールコンサート。5/4と聞いていたのは間違いで5/2。このため、ガブロヴォから予定を早めて帰ってきた。14歳位から18歳くらいまでの若くてぴちぴちしたダンス芸術学校の生徒による発表会。私の先生でもあるカヤ&フリストの教え子達。このために来たと思って余りある何とも素晴らしいコンサート。
2004年05月02日
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朝食はサラタ、フリャプ、キュフテ、バニツァ、リポフ・チャイ(満腹度150%)午前中、パパとママとでエタルへ。私はエタルは町だと思っていたが、実は戸外手工芸博物集落であった。ガブロヴォより山に入っていくため、ガブロヴォで綿帽子だったたんぽぽは、エタルでは満開状態。スィミットというガブロボヴォのパンを、ボザという飲み物とともにパパが買ってくれた。スィミットには割れ目が入れられるようになっていて、そこを手で開いてチュブリツァをふりかける。こんなところにも、チュブリツァなのか…、万能チュブリツァ!砂糖菓子細工を売るカフェでひと休み。私はスラトゥコ(スプーンに練り砂糖をつけて水の中に沈めたもの)、ツェルクヴァ(メレンゲを固めたもの)、ロクム(そう言えば前にも食べたことがあったけど、これって羊羹ぽい)、トルコ風カフェ。(満腹度200%) 自分であれもこれも食べるといったもののあまりの甘さにロクムは喉に入っていかない。のけぞりながらやっと飲み込んだ(-_-;)。おお、そうだ!さっきパパが買ってくれた飲み物、「ボザ」で口直しを…と思いきや、うじゃ!なんじゃこの味!ひとまずお家に帰り、昼食。サラタ、タラトル、カヴァルマ、フリャプ、バニツァ。(満腹度250%) 飲み残しのボザは冷蔵庫へ。土曜日だけ店を出すという、目と鼻の先のパザルヘ。ダンス用に使えそうな薄手のスカート購入(5レヴァ)。パザルには下着やさんが何軒かあり、すけすけレース、ティーバックのショーツが1~2レヴァ。スタイルの良いダンスのお友達へ買おうと思ったら、最小サイズがLだった。私向けだわ(-_-;)。そして、いざヴェリコ・タルノヴォへ。ガルロヴォとタルノヴォ間は約50キロ。パパがビュンビュン車を飛ばしたその割には遠く感じた。ひと通りの多い街中を抜け、王様の宮殿跡?教会?ツァルヴェツァへ。うあ゛~、これは私の最も苦手とする登山ではないか!日差しが強く、水分も摂らず黙々とママと登り、二人は疲れ果てた(-_-;)。ツァルヴェツァを降りた後、馬上の騎士像のある場所で日本人男性をパパが見つけて、私のところに引き合わせに来た。彼は私に「取材ですか?」と聞き、私は「なんでまたブルガリアへ?」と聞き、それぞれ「いいえ」「さぁ別に」と言いそれ以上話が続かず(-_-;)、別れた。その場所では、テレビ録画のようなものが行われていて、ブルガリア人の女性達がトルコの民族衣装を着て結婚式を再現したり、ブルガリアの衣装に着替えてブルガリア民謡をうたってくれたりした。ガブロヴォへ帰る途中もう一つ教会のある観光地を訪れた。ドリャノボという町?岩山に囲まれた静かな僧院。18時過ぎにガブロヴォへ帰りついたが、ユーモア博物館は既に閉館。お家に戻り、夕食前ベッドに倒れ込み、21時夕食。ギュヴェチェ、フリャプ、サラタ、バクラバ。ママに軽い夕食といわれたが満腹度200%。夕食後ベッドに倒れ込む。22時、そのまま就寝。
2004年05月01日
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