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症状や問題を気にしないと思っても気になることもあります。気にしないようにすればする程、余計に気になります。気にしないようにすることで、かえってそのことばかり気になってしまいます。そういう時は、気にすることも気にしません。更に、気にしてもいいと思います。そうすると、不思議と気にならなくなります。
2010.01.31
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昔、ある小説で「認識とは意識の情報処理の一つの結果にすぎない。」と登場人物が言っていました。でも、それって本当でしょうか。これは、明らかに客観的に独立した存在があるという前提に立って言われています。でも、量子物理学でも認識したものが存在すると言っています。つまり、認識によって客観的(と思われている)事実が創られているということです。我々は、世界の創造に積極的に参加しています。
2010.01.30
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人間は、全てのことが理解して解明されると思っています。でも、人間の心は時間の空間によって制限さてています。つまり時間と空間に制限されたものしか理解できません。真実は時間と空間を超えています。人間は、やがては心の制限を超えた境地に達するのかもしれません。でも、その時には個人を超えた存在になるのかもしれません。
2010.01.29
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それを気にしなければ、それは起こりません。気にしなければ、その状態も消えていきます。全てはそこに心を向けているからです。「認識したものが存在する」と量子物理学では言うそうですが、まさにそれです。忘れたころに改善していたというのもその原理です。気にしない。気にしない。
2010.01.28
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何も乱すものが無い時、心も穏やかで時間もゆっくり流れているように感じます。反対に何か乱すものがある時には、心も乱れています。でも、本当は乱すものがあるからではなく、心が穏やかかどうかがポイントです。乱すものがある時に、心が乱れるのではありません。心が穏やかな時に、乱すものがあっても影響を受けずに時間がゆたっりと流れます。
2010.01.27
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視点を変えることは、現実の見方を変えることでもあります。視点を外に出すと、私自身も他の存在と同じものであると認識できます。そして、私も他も同じ一つであると認識できます。全てが一つであり、そこに本当の私が見えてきます。
2010.01.26
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自分を客観的に見ることができれば、気持ちも穏やかになれます。でも、そう簡単にはいきません。自分の身体も心も他者のように気づいていることが、客観的に見る方法の一つです。それには、意識や知覚の視点を変えることも必要です。視点を自分の中から外に出します。自分を含め今の状況を、カメラのズームを引くようにして見てみます。そうすると、少し視点が変化して気持ちも変化していきます。
2010.01.25
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夢の中で夢を見ている時があります。夢から目覚めたと思っていたら、それも夢だったということがあります。そして、その夢から目覚めてそれが夢だったことがわかります。夢は目覚めてみないと夢だとはわかりません。目覚めていると思っているこの現実も夢かもしれません。
2010.01.24
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追い出そうとすると、なかなか出て行きません。居てもいいと言うと、やがて居なくなります。これは感情のことを言っています。いやな感情を処理するテクニックはいろいろあります。それらは有効ですが、その方法を使ってなんとか追い出そうとしてしまいます。そうすると、なかなかうまくいきません。いやな感情も、あってもいいと思うと自然に消えていきます。
2010.01.23
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中心を持つことは大事なことと思われています。もちろん、日常生活においては大事になってきます。身体の重心をしっかりすることは健康やスポーツにおいても大事です。心に中心になる信念や考えをもつことは、仕事や学習において大事です。でも、本当の幸福や真実を求めることにおいては、中心は障害になります。中心のないところに、自由があり意識の拡大があります。それは、空であり全てでもあります。そもそも中心など本来はありません。
2010.01.22
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ゆるすということは、心が平和になる方法です。ゆるすことは、こだわりが無くなることです。ゆるせないということは、自分の中に何かへのこだわりが強いということです。ゆるすことは、相手の問題というよりは自分の内面の問題です。相手はそのことをとっくの昔に忘れているかもしれません。こだわりを捨てるには、今を感じて呼吸を楽にしてみます。そのこだわりが少しづつ解けていって、ゆるしが起こります。
2010.01.21
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何かにこだわることは、心の中に点を持つような感じです。その点は、何かを意識する度に引っかかります。点が多くなってくると、更に引っかかります。こだわりが多ければ多きほど、引っかかりが多くなります。こだわりが無いと、本当にスムーズでクリアです。
2010.01.20
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今の状態に満足できない時、いつでも変わることができます。「変わる」と意識することが大事です。決めれば、いつでもスタートです。本当は今しか存在していないので、常に今が新たなスタートです。
2010.01.19
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世界には様々なスピリチュアルな実践があります。そのそれぞれが特徴があり意味のあるものだと思います。その中で、単純ですが効果の高い方法として、今を感じる方法があります。今の身体の感覚を感じたり、呼吸を感じたりします。今の思考や感情を感じたりします。何も判断しないでただ感じてみます。そうしていると、真実が見えてきます。
2010.01.18
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光と闇、陰と陽、良いと悪い、敵と味方など、この世は2つの異なるもので現されます。この二元性は、生活をしていくためや世の中が機能していくために必要なこともあります。でも、それは不幸の原因でもあります。本当は一つのものを、心が2つに分離しています。全てが一つであることを思い出すことで、平安が訪れます。
2010.01.17
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光というのは、善なるものや至高なるものの象徴のように描かれてきました。様々な宗教でも、光というのは神や仏を描く時に使われてきました。ヒーリングのテクニックなどでも、光をイメージして浄化する方法もあります。でも、光があれば必ず闇があります。光は闇があるから存在しています。真の至高なるものは、光と闇という二元性を超えています。
2010.01.16
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私と外界のものは分離していると思われています。でも、本当に分離しているのでしょうか?全てがエネルギーの現れのように感じることがあります。そして、全てになっているそのエネルギーは同じもののように感じます。一つのエネルギーが様々なものになっているなら、本当は分離など存在していないことになります。
2010.01.15
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こだわりや条件を外すと楽になります。世間の様々な常識を疑ってみます。そのほとんどは、何故そうしなければならないか根拠があいまいです。根拠があるように思えるものでも、今ここの意識で見ると存在意義がなくなります。そうやってこだわりが無くなると本当に自由です。
2010.01.14
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何日かこのブログで時間のことを書きました。普遍的な時間などないと思います。そして、更に時間というものが本当に存在するのかどうかもあやふやになってきます。過去も未来も心の中にしかないことが理解できます。結局、今しか存在していません。
2010.01.13
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時間とはあやふやな概念だと感じます。流れている時間はその時々で長さが異なるように思えます。この時間までには絶対にできないと思う事でも、出来ると意識するとその時間までにできることがあります。間に合わないと思っても、予定の時間に到着することがあります。どちらも普通に考えても物理的に不可能と思われる状況でもです。時間とは心の中にしか存在していないのかもしれません。
2010.01.12
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時間の長さは心の状態によって変わってくるようです。同じ時間でもたくさん仕事ができたり、あまり仕事ができなかったりします。そこに心の作用があります。忙しいからといって気持ちが焦ると、結果としてあまり多くのことはできません。そうゆう時こそ気持ちをゆったり持って「出来る!」と思うと、思った以上に仕事ができて時間に間に合います。仕事のできる人ほどゆったりと落ち着いていると、以前に何かで読んだことがあります。ここに時間と心の秘密があります。
2010.01.11
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時間ということは、哲学や物理学などの様々な分野で探求されてきました。いろいろな理論を見てみても、普遍的で客観的な時間は存在していないようです。同じ1時間でも、人によって異なります。アインシュタインも、ストーブと上にいる3分(正確な時間は忘れました。)と恋人と一緒にいる3分は時間の長さが違うと言っています。そこにも心がポイントになるようです。心の状態によって、時間は長くもなり短くもなるようです。
2010.01.10
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何があっても気にしない。そんな気持ちがあったら楽になります。楽になるだけでなく、まわりの状況も不思議と変化します。まわりや世間の常識がどうであろうと、何があっても気にしない。それでも気になってにしまったら、その気になったことも気にしない。そうしていると、本当に気にしなくなります。
2010.01.09
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生まれたての赤ちゃんは、あるがままに見ています。だんだん成長するにしたがって様々な観念を持ってきます。まわりの環境や人間関係によって新しい観念が植え付けられます。そしてあるがままに見ることができなくなってしまいます。でも、成長してもあるがままに見ることはできます。それは今を感じることです。
2010.01.08
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ある症状や現象を改善しようと思った時に、あまり強く改善することを意識しすぎると逆効果になることがあります。強く意識することは、その症状や現象があることを強く念じていることになります。つまり、それを更に改善しにくくしています。そういう時は、そのことをあまり意識しない方が良いです。忘れるくらいなら更に良いと思います。気にかけていることも自然に変化していきます。
2010.01.07
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以前は、どこか特別なところに行かなければ真実に達成できないと思っていました。例えば、インドに行かなければ精神的に変化しないとか。でも、本当はどこにいても必要な変化は起こるし、真実に至ることもできることが解りました。やはり、今ここに全てがあります。そういう意識でいても、必要な場所には自然に導かれます。
2010.01.06
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起こることはただ起こります。それに価値を与えるのは自分です。一見良くないと思われるような事が起こったとします。それをどう取るかによって結果が変化します。そして、起こってしまった過去も変化します。過去も今の意識によって変わってきます。これは信じられないかもしれませんが、経験するとわかります。
2010.01.05
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見ることによって現象が変化します。現象があるから見るわけではありません。見ること自体がその現象の創造に積極的に関与しています。そして、見ることは意識がそこにあるということです。意識によって全てが変化します。
2010.01.04
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人はそれぞれ自分の道というものがあります。それは、人生における大きなことから日常の些細なことまであります。その道から外れると、気持ちが不安になったり落ち着かなくなったりして充実感が無くなります。その道を知っているのは本当の自分です。本当の自分は、様々な条件や固定観念を超えたところにあります。それは、今ここにあります。
2010.01.03
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観察することによって存在します。観察しなければ存在していません。その起こった現象は、観察する私がいたから起こりました。現象があって、私が観察したのではありません。自分が望んでいない現象も全ては観察から始まります。
2010.01.02
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あけましておめでとうございます。今年も、今ここを大切にしていきたいと思います。今年もよろしくお願いいたします。
2010.01.01
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