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自分はドラマの主人公です。主人公の目や耳を通して、世界を知覚します。主人公の身体を通して、動いたり感じたりします。でも、主人公は本当の私ではありません。
2010.06.30
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感情は、胸の他にお腹に溜まることがあります。日本人はハラという考えが昔からありました。そのハラに溜まります。ハラに溜まった感情もただのエネルギーです。それもただのエネルギーと見ていくと解放できます。
2010.06.29
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感情はエネルギーです。でも感情だけでなく、思考もエネルギーです。そして、身体を含む物質もエネルギーです。全てが単なるエネルギーです。それは、良くも悪くもなくただの現象です。
2010.06.28
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感情は身体の部分に溜まることがあります。特に、胸に溜まります。そこに心を向けて感情をただ感じていきます。感情はただのエネルギーなので、ただ感じていくと自然に消えていきます。そうすると、胸がすっきり軽くなった感じがあります。
2010.06.27
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真実の表現として、「無」と「全て」があります。この2つは矛盾していますが、真実とはそのようなものです。自分の中に入っていくと究極的には無です。自分の外を見ると、自分が全てになっていることが判ります。それは、我々の思考を超えています。
2010.06.26
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感情は単なるエネルギーと見ることができます。それは本来は良くも悪くもない単なる現象です。エネルギーは一つのところに留まることはありません。それをただのエネルギーと見ると、それは自然に解放されていきます。
2010.06.25
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あるがままとは、何も変えないことです。それがその状態であることを許すことです。そこから全てがスタートします。変化も、まずあるがままから始まります。その方が大きな変化があります。
2010.06.24
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身体へ意識を向ける話です。今回は、身体の中心を意識してみます。頭の中心、百会からまっすぐに下へ降りていく部分を意識してみます。身体の中心に柱があるようにイメージしてもよいです。更に、その柱を天と地に向かって伸ばしてみます。気持ちがしっかり安定して、動じなくなります。
2010.06.23
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自分と他者の間に区別は、真実のレベルではありません。全ては自分であるということです。ということは、自分で変えることができるということです。こう言うと、非常にエゴの力が強くなっていくように思われます。でも、ここで言う私とはエゴを超えたものです。それが真実の私です。
2010.06.22
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身体に意識を向ける話です。今回は、額の奥です。いわゆる第三の目と言われているところです。ここの意識を向けると、直観力や洞察力が発揮されます。ただ、あまり強く長い時間向けない方が良いでしょう。
2010.06.21
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身体の中に私があるのではありません。心の中に私があるのでもありません。私の中に身体や心があります。本当の私は身体や心を超えたところにあります。
2010.06.20
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身体に意識を向けると変化する話です。胸に意識を向けると感情の癒しが起こります。胸に意識を向けると、愛や優しさを感じることができます。胸はハートの座です。ハートの力はただのイメージよりも強いと言われています。
2010.06.19
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過去への思いを開放すると楽になります。過去への思いは本当は簡単に開放できます。自分でしっかりと持っています。自分で離せば簡単に開放できます。本当はそんなものは存在していません。持っていると思っているだけです。
2010.06.18
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人間の身体で心が変化する場所の話です。丹田もその一つです。丹田とは、ヘソの下にある部分です。丹田は古来より武道などでも重要視されてきました。そこを意識すると、心が安定します。あまり動じなくなります。呼吸法などで丹田を意識すると、更に効果があります。
2010.06.17
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あるがままとは、「在るがまま」ということです。在るとは、存在するということです。あるがままとは、存在そのものです。何も加えず、何も引かない状態です。本当にそのままです。
2010.06.16
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人間の身体には、そこに意識を向けると心の状態が変化する場所がいくつかあります。一つは、足の裏です。足の裏を感じて意識すると、気持ちが落ち着きます。「地に足を着ける」という言葉がありますが、それです。混乱した時や不安になった時に、足の裏を感じてみます。そうすると、不思議と落ち着いてきます。
2010.06.15
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光があれば闇があります。善があれば悪があります。好きがあれば嫌いがあります。この世界は全て相対するものがあります。それがないと存在を認識できません。二元性がこの世界の特徴です。でも、真実は一つです。一つのものが多様性になっています。
2010.06.14
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物事は常に変化しています。固定したものは何もありません。今日悲しみや怒りで一杯でも、それは固定的なものではありません。明日には幸福感で一杯になるかもしれません。我々は、つい今の状況がこのまま続くと錯覚しています。諸行無常というと否定的に聞こえますが、今の状況がどうであれ良い方向へ変化することもあるということです。
2010.06.13
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物質の中に入っていくと、ほとんどが空間だそうです。原子の中の陽子や中性子や電子の間には広大な空間があるそうです。そしてその原子の中に更に入っていくと、運動か関係性があるだけで固体のようなものは存在しないそうです。我々の心もまた同じようなものです。中に深く入っていくと、そこには広大な空間があり、固定的なものはありません。結局、我々は身体的にも心的にも空だといくことです。
2010.06.12
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全ては自分で創っています。自分自身の状態もまわりの状況も。でも、だからっと言って自分を責める必要はありません。むしろ、ありのままの自分を許して認めることが第一歩です。そこから新しい状況を創っていくことができます。
2010.06.11
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どこに出かけていても、必ず変えって来るところがあります。それは、故郷や家よりも本当に帰ってくるところです。それは自分自身です。自分の中に全てがあります。そこにはいつでも帰ってくることができます。
2010.06.10
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何も不安に思う必要はありません。どんな過去があっても後悔する必要もありません。将来の心配も必要ありません。何故なら、今しかないからです。今が全てのことを創り出しています。だから、今から変えていきましょう。今の意識を変えると全てが変わります。
2010.06.09
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全てが完全です。どんなことが起きても完全です。それが理解できると、心が動じなくなります。でも、時々それを忘れて心が動揺してしまいます。それも完全の一つです。
2010.06.08
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慈しみの心で見ると、多くのことが変化します。自分の中の嫌な部分も慈しみの心で見てみます。そうすると、それが変化してきます。大半の思いや感情は、この慈しみの心で見ると変化していきます。そして、嫌な部分も全て自分が創っていたことが解ります。
2010.06.07
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誰もが自分の中に宝物を持っています。それは、幸せの源泉です。幸せそのものです。それが私です。その宝物は、心が静かになった時に現れます。
2010.06.06
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そのお客さんは、嫌がって出て行ってもらおうとするとなかなか帰ってくれません。反対に歓迎して居てもいいと言うと、すぐに帰ってしまいます。そんなお客さんとは、我々の感情です。どんな感情も嫌がらずに歓迎してみます。そうすると、そのお客さんのようにいつのまにか消えていきます。
2010.06.05
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どんな小さな小川でも、流れていくと川になっていきます。その川も流れていくと、大きな河になります。そしてついには、海にたどり着きます。我々も同じです。最初は分離した小さな自分だと思っています。流れていくことによって、やがては大いなるそれにたどり着きます。
2010.06.04
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完全に流れに身を任せることは、ある意味勇気のいることです。そこに私が強いと、なかなか流れに乗ることはできません。だんだん流れに逆らおうとしてきます。でも、それに疲れると自然に流れに任せることができます。逆らうことも必要なプロセスだったことが解ります。
2010.06.03
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嫌な感情を何とか無くそうとします。そのためのいろいろなテクニックがあります。でも、何とかしようとしてもどうにもならない時もあります。そういう時は、何とかしようとする気持ちを無くしてしまいます。そうすると、感情そのものに何もしなくても、その感情は自然と変化します。その感情は、何とかしようとする私に引っかかっていたのです。
2010.06.02
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流れに身を任せてみる。そういう時も必要です。流れに身を任せると、そこに自分がありません。無我の境地です。そうしていると、自然に必要なところに流されます。
2010.06.01
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