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失ったものは必要のないものです。本物は、失うことも無くすこともありまあせん。失ったものに執着していると、それが本当に必要だったもののように感じてきます。失ったものに執着しないでいると、次に更に良いものがやってきます。
2010.04.30
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起こることを認めないことが多くの葛藤の原因です。起こることをそのまま認め、起こってもよいと思います。更に、起こることを歓迎します。そうすると、起こることが変化します。
2010.04.29
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過去は変えることはできない。それは一般的な常識です。でも、過去は心の中にしかありません。そして、その心は変えることができます。過去を後悔することは、過去を否定することであり、今や未来も否定することです。過去は完全であると思い、過去に感謝していくことは今や未来もそのようになります。ある意味、過去は変えることができます。
2010.04.28
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自分のまわりの全ては自分の責任です。そう思うか思わないかは自由ですが、そのことが理解できると現実も変化します。その時に全てが意識であることも理解できます。そして、それは個別の私も超えています。
2010.04.27
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物事は単純です。それを複雑にしているのは心です。毎日いろんな問題があるように思えます。でも、それらは極めてシンプルです。心で複雑にしなければ、自然に流れていきます。そう言ってもほとんどの人は信じてくれません。でも、本当にあるがままにシンプルに見ればそうなります。
2010.04.26
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真実は遠くにあるものではありません。直ぐ側にあります。我々に最も近いところにあります。我々は、それを遠くにあるものとして求めています。これは、白隠禅師の言っているように「水の中で渇いている」と叫ぶようなものです。
2010.04.25
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幸せになるのはそんなに難しいことではありません。幸せに気づけばよいだけです。幸せはいろんなところにころがっています。そして、幸せとは外に起こることとは関係ありません。それは、純粋に心の作用です。でも、心が変化すると、自然に外に起こることも変化するから不思議です。
2010.04.24
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自分に起こることは全て自分が創り出している。自分に起こることは全て自分ではコントロールできない。このい2つの矛盾dしていることは、どちらも真実だと思います。このパラドックスが解明できれば、それが悟りでしょう。そこには、「私は誰か?」の答えがあります。
2010.04.23
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存在するものが全て意識でありエネルギーなら、私もその同じものです。全てが一つの意識でありエネルギーなら、私も同じそれです。そう理解すると、私が全ての中に溶けていきながら同時に全てが私であるということです。「我はそれなり。」とウパニシャッドで説かれていることと同じです。
2010.04.22
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全てを創り出す力は自分の中にあります。どういう状況でも、それを変えるこおとができます。それには、今を感じて今からスタートします。
2010.04.21
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ラーマクリシュナはこの世界は「神の遊戯(リーラ)」と言いました。たくさんの矛盾を含んだこの世をそのように表現しました。そして、「神のように踊りなさい。それで十分です。」とも言いました。確かにそうなのかもしれません。
2010.04.20
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人間の身体は、意識を向ける場所によって様々なことが起こります。丹田や足に意識を向けると、気持ちが落ちき動揺しなくなります。胸に意識を向けると、気持ちが和らぎます。眉間に意識を向けると直感が鋭くなります。これらは、古来からも言われていることです。
2010.04.19
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この世界の全てがエネルギーです。一つのエネルギーから成っています。インドでもシャクティやプラクリティなどと呼ばれています。このエネルギーは意識によってどのようにも変えていくことができます。そして、ついにはそれを超えて真実に至ります。
2010.04.18
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制限を取ると楽になります。いろんな可能性が出てきます。その制限は、日常の思考や話す言葉にあります。制限のある思考や言葉は、本当の自分を制限してしまいます。今に意識を向けて、思考や言葉を気づいてみます。自然と制限が消えていきます。
2010.04.17
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何かを判断するのに「ものさし」が必要です。ものさしが無いと計って判断ができません。でも、そのものさしが障害になることがあります。真実はものさしでは計れないからです。比較分別を超えたところにあるからです。
2010.04.16
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誰もが自分の中に素晴らしい宝を持っています。それに気づかないで、自分を過小評価しています。本当はもっと素晴らしい存在なのに、それを認めていません。それを認めて、できると思うことです。そうすると、今までできないと思われていたことが可能になります。
2010.04.15
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無心という言葉があります。無心とは無意識ということではなく、そこに気づきがあります。無心になればなるほど、純粋な気づきが輝きます。
2010.04.14
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とにかく力を抜きましょう。息を吐いて吐いていきます。息と一緒に力もどんどん抜いていきます。力が抜けると心もスッキリします。
2010.04.13
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あるものは既にあります。それは常にそこにありました。そして、これからも永遠にそこにあります。それは何があっても影響を受けません。我々はそれです。
2010.04.12
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何があっても本当は大丈夫です。何かあったら大丈夫ではないと思っているから、大丈夫ではなくなります。単純ですが、これは事実です。人生というのは本来はシンプルなのかもしれません。複雑にしているのは、我々の心です。
2010.04.11
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山の頂上に行くには、いろんな道があります。その道は一つではありません。一見、全く反対の方向に行くように見えても同じ頂上を目指しています。真実に至る道もたくさんあります。全く異なる説もあります。でも、全てが同じ真実に向かっています。
2010.04.10
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決意すると変わります。「自分は変わる」と決意します。そうすると、無意識の中から変化します。気持ちが落ち込んだり不安に思った時に、変わることを決意します。時にはこのような意識を持つことも必要な時があります。
2010.04.09
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人生いろんなことがあります。どんな状況になっても帰るところは一つです。それは、今ここです。
2010.04.08
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世の中には不安に結びつくことがたくさんあります。テレビや新聞を見てもたくさん見ることができます。でも、それらと自分とは全く関係ありません。それを自分と結びつけてしまうことによって、そのような方向に進んでしまいます。自分には関係ないと意識すると、全く違う生き方ができます。
2010.04.07
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固定した私というものはありません。それは、流れのようなもので一定はしていません。それは、幻のようなもので本当は存在していません。でも、その根底には純粋な気づきがあります。そこに私がいます。
2010.04.06
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人間は解釈によって生きているとも言えます。人生に起こることの一つ一つのことを解釈しています。その解釈の仕方によって心の状態も変わってきます。よく言われてるように、コップに半分の水が入っている時、「半分しかない」か「半分もある」かと思うことによって気持ちが違います。このように、出来事はどんなようにも解釈できます。そして、単なる解釈だけではなく、本当に解釈したように変化していきます。
2010.04.05
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インドのヨーガの一つに智恵の道があります。「私は誰か?」を探求していきます。あらゆる私ではないものを否定した後に残るもの、それが本当の私です。それは、私の境界を超えた状態です。ただ一つの状態です。
2010.04.04
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視点を変えてみます。そうすると何かが変わります。カメラのズームを引くような感じで、自分を上の方から見たり、後ろの方から見てみます。そうすると、自分を客観的に見ることができます。客観的に見ることができると、感情や思いも変化していきます。
2010.04.03
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ノンデュアリティ(Non-Duality)とは、2つではないという意味です。つまり、一つということです。ただの一つと言うより2つではないということは、 1つということを更に強調しています。不二一元論、絶対一元論などとも言われます。元々はインド哲学のアドヴァイタから来ています。現在では、あらゆる宗教や哲学から量子物理学などの科学の分野にも共通する考えがあります。
2010.04.02
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不思議とは思考の及ばないことです。思考で考えても解明できないことです。それが不思議です。超常現象や心霊現象が不思議ではありません。思考を超え、我々の根底にあるその真実が不思議です。
2010.04.01
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