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ロシア軍が夏季攻勢を始めたと西側の有力メディアが伝えている。陸軍総司令官が交代したこともあり、5月9日の「戦勝記念日」の後にロシア軍は大規模な軍事攻勢を始めるのではないかと噂されていたが、それが現実になった可能性がある。 ロシア軍は今月に入って1日平均14キロメートルのペースで前進、ポクロフスクとトレツク間にある防衛線を突破、さらにスーミにも新たな戦線が開かれ、約5万人の部隊がハリコフ近郊に集中しているという。NATO軍がウクライナに射程距離の長い兵器を使えば、それだけ深くまでロシア軍は進撃することになる。これは軍事の素人でも推測できることだ。 しかし、2016年から20年にかけてブラックロックの監査役を務めたフリードリヒ・メルツ独首相は5月26日、ドイツからであろうと、イギリスからであろうと、フランスからであろうと、アメリカからであろうと、ウクライナへ輸送される兵器の射程距離を制限しないとベルリンで述べた。アメリカ、イギリス、フランスと同様、ドイツもモスクワを含むロシアの深奥部をウクライナ軍が攻撃することを許可したのだ。 ドイツ製ミサイルのタウルスだけの話ではないが、こうした種類のミサイルをウクライナ軍が単独で操ることは不可能。まずオペレーターが必要だが、それだけでなく、地上や衛星からの詳細な情報、あるいはミサイルを誘導するためのシステムが必要。ロシア側はそうした兵器を供与した国も共犯と考える。 ロシア側の防衛能力を考えると、タウルスをウクライナへ引き渡しても戦況が劇的に変化することはないが、ロシアがドイツを敵として扱うことになると、ドイツはウクライナの戦闘の当事者として扱われることになる。そうなった場合、発射元、つまりドイツにあるタウルスの生産工場を攻撃するべきだとする意見がロシアにある。NATOとロシアの直接的な戦争へと発展する可能性もあるが、これをキエフのネオ・ナチ政権は考えているかもしれない。 ロシア政府がウクライナでの「停戦」に合意すれば、その間にNATO諸国の軍事部隊をウクライナ領内へ容れられると西側の好戦派は考えたのかもしれないが、そうした下心をロシア側に見透かされてしまった。そこで射程距離制限の撤廃を言い始めたのだろうが、そうした脅しは通用しない。ロシア軍の進撃を積めることもできない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.31

ドナルド・トランプ米大統領は5月25日、ウラジーミル・プーチン露大統領に「何かが起こった。完全に狂ってしまった」と非難した。ロシア軍がウクライナに対してドローンやミサイルを発射したことを受けての発言だが、プーチン大統領暗殺未遂事件についての情報は持っていなかった。ウクライナがロシアに対するドローン攻撃を強化したことを受けて、ロシアはウクライナへの爆撃を強化したにすぎない。トランプはこうしたことについて知らないのか、嘘をついているのか、どちらかだが、軍や情報機関からこうした情報を知らされていなかったと見られている。 元CIA分析官のラリー・ジョンソンはトランプの現状について、「ナルシシズム、傲慢さ、そして無知」を組み合わせた状態であり、「空想の世界に生きている」と分析、トランプ大統領の国家安全保障チームとCIAが重要な情報を隠蔽し、大統領にウクライナへの資金提供を継続させ、軍事的な対決をエスカレートさせるためにこのカードを切っている可能性は否定できないとしている。 ウクライナでの戦闘でロシアは大きな被害を出し、ロシア経済は大きな負担に耐えられないとトランプは信じ、圧力を加えたり、脅せばロシアは屈すると思っているようだが、勿論、事実はそれが間違いであることを示している。そうした間違いは取り返しのつかない計算違いを生み出す。 ジョージ・W・ブッシュ大統領がアメリカ主導軍を使ってイラクを先制攻撃する直前、統合参謀本部の少なからぬ将軍たちは大義がなく、計画が無謀だとして、その計画に反対していた。結局、そうした意見は退けられ、軍の中枢は軍需産業と結びついた軍人が目立つようになる。 アメリカの情報機関はイギリスの情報機関のアドバイスを受けて組織されたが、いずれも金融界と関係が深い。第2次世界大戦中、アメリカはイギリスの情報機関MI6を教師役にしてOSSを組織、大戦の終盤にはイギリスのSOE(特殊作戦執行部)とアメリカのSO(秘密工作部/OSSの部局)はレジスタンス対策でジェドバラという破壊活動の組織を作った。 大戦後にCIAが組織されるが、この新情報機関は当初、情報の収集と分析に専念するとされていたが、支配層の内部には破壊活動を継続したいと考える人たちがいた。そこでアメリカではジェドバラをベースにして破壊活動を目的とするOPCが組織され、1950年にはCIAの内部へ入り込み、52年には破壊工作を担当する計画局が設置された。1973年にこの部局は作戦局へ名称は変更、2005年にはNCS(国家秘密局)へ、そして15年には再び作戦局へ戻っている。計画局の核はOPCだ。その後、CIAの内部で破壊工作部門が肥大化、その一方で分析部門は冷遇される。 1972年のアメリカ大統領選挙で民主党の候補には、戦争に反対していたジョージ・マクガバン上院議員が一般党員に支持され、選ばれた。この結果に慌てた民主党の幹部はマクガバンを潰すため、党の内部にヘンリー・ジャクソン上院議員を中心とする反マクガバン派グループを編成する。 このジャクソン議員のオフィスには、後に「ネオコン」と呼ばれる若者が研修を受けていた。その中にはリチャード・パール、ポール・ウォルフォウィッツ、エリオット・エイブラムズ、ダグラス・フェイス、エイブラム・シュルスキーなども含まれている。 こうした工作もあり、選挙では共和党のリチャード・ニクソンが当選する。ニクソンはアレン・ダレスの影響下にあった人物ということもあり、好戦派とみなされていたのだが、デタント(緊張緩和)政策を打ち出す。支配層内部の好戦派はそれを快く思わない。 そのニクソンはウォーターゲート事件で1974年に失脚、CIAやFBIと緊密な関係にあり、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件を調べたウォーレン委員会のメンバーだったジェラルド・フォードが大統領に就任、デタント派の粛清を始める。CIA長官はウィリアム・コルビーからジョージ・H・W・ブッシュに交代、CIAの内部にソ連脅威論を宣伝するチームBが作られる。そのチームを率いていたハーバード大学のリチャード・パイプス教授はジャクソン議員の顧問で、メンバーにはウォルフォウィッツも含まれていた。 このチームがしていたのは事実に基づかないプロパガンダであり、分析ではない。その背後には国防総省内のシンクタンクONAが存在、その室長を務めていたアンドリュー・マーシャルはシオニスト。マーシャルの師と言われている人物はイギリスの歴史学者バーナード・ルイスだ。ルイスはサミュエル・ハンチントンと同じように「文明の衝突」を主張、シオニストだった。(Robert Dreyfuss, “Devil’s Game”, Henry Holt, 2005) 2001年1月から大統領を務めたジョージ・W・ブッシュはイラク攻撃を正当化するため、イラクのサダム・フセイン政権が大量破壊兵器を開発しているという偽情報を広めたが、そうした偽情報を広めるための部署OSPが2002年、国防総省内に設置されている。OSPの室長に就任したエイブラム・シュルスキーはウォルフォウィッツと同じようにシカゴ大学で政治科学の博士号をレオ・ストラウス教授の下で取得している。この政権以降、CIAの分析部門はホワイトハウスが喜ぶような話を伝えるだけになった。今回、トランプ大統領はCIAや国家安全保障チームから正確な情報が伝えられなかった可能性が高いのだが、これは構造的な問題だ。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.30

フリードリヒ・メルツ独首相は公開フォーラムで、ウクライナ軍がロシアに向けて発射するドイツ製ミサイルの射程距離に制限を課さないと宣言した。メルツはロシア政府に対し、高級的な和平でなく30日間の停戦を要求していたのだが、それを拒否され、啖呵を切ったつもりなのだろう。 ロシアがこの要求を拒否した理由は明確である。30日間に限定した停戦を実現することでロシア軍の進撃を止め、その間にウクライナ軍に兵器を供与して態勢を整えることができる。ベルギーのテオ・フランケン国防相はEU外相会議で、「停戦が成立した瞬間、有志連合は直ちにウクライナ領土で活動できる」と語っている。つまり、停戦が実現すれば欧州諸国からウクライナへ軍隊を派遣することができると語っているのだ。 メルツは以前から空中発射型巡航ミサイルの「タウルスKEPD 350」をウクライナへ供与すると主張しているが、この攻撃計画はドイツ空軍の中で議論されていることを示す会話がすでに公表されている。 同軍のインゴ・ゲルハルツ総監や作戦担当参謀次長のフランク・グレーフェ准将、そして連邦軍宇宙本部の2名が昨年2月19日にリモート会議で行った会議の中で、クリミア橋(ケルチ橋)をタウルスで攻撃する計画が議論されているのだ。イギリスの情報機関もこの橋の爆破を試み、失敗したと言われている。 ドイツ空軍幹部の音声は昨年3月1日にRTが公開したが、ディルク・ポールマンとトビアス・アウゲンブラウンの分析によると、ゲルハルツらは2023年10月の時点で計画の内容を太平洋空軍司令官だったケネス・ウイルスバックに伝えているという。 ウイルスバックは2023年5月、航空戦闘軍団司令官に指名され、24年2月に就任した。ウイルスバックの後任としてケビン・シュナイダーが太平洋空軍司令官になったのは24年2月9日。問題のリモート会談が行われる10日前のこと。その時点でシュナイダーはウクライナでの攻撃計画について知らなかったようだ。グレーフェによると、シュナイダーは彼が何を話しているのか理解できていなかったという。 タウルスに限らず、アメリカのATACMSにしろ、イギリスのストームシャドウにしろ、オペレーター、地上や衛星からの情報、あるいはミサイルを誘導するためのシステムが必要であり、NATO諸国の軍が関与しなければ使えない。つまりメルツの発言はドイツがロシアとの直接的な戦争を始めるという宣言に等しい。 ロシア軍がウクライナに対する攻撃を始めたのは2022年2月24日のこと。当時NATO/ウクライナ軍はドンバス(ドネツクとルガンスク)に対する大規模な攻勢を計画、その周辺に兵力を集めていた。その兵力を一気に叩いたようだ。またその際、ウクライナ側の軍事基地や生物化学兵器の研究開発施設などを破壊、機密文書を回収している。 当時のキエフ体制は2014年2月、アメリカのバラク・オバマ政権が仕掛けたクーデターで樹立したのだが、そのクーデターで中心的な役割を果たしたのはNATOの訓練を受けたネオ・ナチだった。これについては本ブログで繰り返し書いてきたので、今回は割愛する。 クーデターでビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒したものの、国民の支持を得ていたとは言い難い。特にヤヌコビッチの支持基盤だった東部や南部での反発は強く、オデッサでは反クーデター派の住民がネオ・ナチに虐殺されて制圧されたが、南部クリミアの人びとはロシアと一体化する道を選び、東部ドンバスでは武装抵抗が始まり、内戦になる。 反クーデター派は軍や治安機関にも多く、その比率は7割程度だったと言われている。クリミアでウクライナ軍が住民を鎮圧しなかった理由は、駐留していた部隊の9割程度がクーデターに反対していたからだとも言われている。 そうした状態のため、キエフのクーデター政権は軍事力でウクライナ全域を制圧することができない。そこでオバマ政権はクーデター直後からCIAやFBIの専門家数十名を顧問として送り込んだ。傭兵会社「アカデミ(旧社名:ブラックウォーター、Xe、2014年6月にトリプル・キャノピーと合併してコンステリス・グループ)」の戦闘員約400名もウクライナ東部での戦闘に参加している。CIAは2015年からウクライナの特殊部隊員をアメリカ南部で訓練、イギリス、フランス、カナダ、リトアニアの特殊部隊員がウクライナ国内出活動しているとも伝えられていた。年少者を戦闘員として育てるため、「ヒトラーユーゲント」的なプロジェクトもスタートさせている。 戦力を増強するためには時間が必要。そのために「停戦」が利用されている。ドイツやフランスが仲介する形で停戦交渉が始まり、2014年には「ミンスク1」、15年いは「ミンスク2」が締結されるたのだ。 しかし、後に当時のドイツ首相、アンゲラ・メルケルはキエフのクーデター体制の軍事力を強化するための時間稼ぎに使われたと証言、フランソワ・オランド元仏大統領もその発言を肯定している。和平の実現ではなく、戦争の「リセット」が目的だった。 これを経験しているロシア政府だが、2022年2月24日に戦闘が始まった直後、ロシア政府とウクライナ政府は停戦交渉を始めている。この段階でロシアが求めていたのは、ウクライナが憲法を適切に改正し、ロシア語を話すウクライナ人の権利と地位の保護を保障することの保証。 停戦交渉はふたつのルートを使って始まった。仲介役はイスラエルの首相だったナフタリ・ベネットやトルコ政府。2023年2月4日に公開されたインタビューの中で、ベネットはロシアとウクライナはともに妥協し、停戦は実現しそうだったと語っている。 2022年3月5日にベネットはモスクワでプーチンと数時間にわたって話し合い、ゼレンスキーを殺害しないという約束をとりつけた。その足でベネットはドイツへ向かい、オラフ・シュルツ首相と会っている。ウクライナの治安機関SBUがキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームに加わっていたデニス・キリーエフを射殺したのはその3月5日だ。 トルコを仲介役とする停戦交渉は仮調印まで漕ぎ着けているのだが、そうした停戦交渉を壊すため、イギリスの首相だったボリス・ジョンソンは4月9日にキエフへ乗り込み(ココやココ)、4月30日にはアメリカのナンシー・ペロシ下院議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問、ゼレンスキー大統領に対してウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めた。そうした中、西側の有力メディアはロシア軍がブチャで住民を虐殺したと宣伝し始める。その主張を否定する事実が次々と現れたが、停戦交渉は壊された。 NATO側はロシアを簡単に破壊できると考えていたようだが、そうした展開にならず、ロシアとの戦争に疑問を持つ人が増えていく。そこで対ロシア戦争の中心にいる人びとは民主主義の衣を脱ぎ捨て、弾圧を強めている。それだけ追い詰められているのだ。 ドナルド・トランプ米大統領はその状況を変えようとしているのだろうが、状況認識を間違っていると考えられている。ロシアは甚大な被害を出していて、それに耐えられない、ロシアによるウクライナ攻撃はプーチン大統領の個人的な敵意に基づいている、ウクライナでの戦争はロシア経済に大きな負担をかけていて、プーチン大統領は打開策を探していると米大統領は考えているのだろうということだ。この間違った認識によってトランプ大統領は迷走している。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.29
次回の「櫻井ジャーナルトーク」は6月20日午後7時から駒込の「東京琉球館」で開催します。予定しているテーマは「エリートを操る仕組み」です。予約受付は6月1日午前9時からですので、興味のある方は東京琉球館までEメールで連絡してください。東京琉球館https://dotouch.cocolog-nifty.com住所:東京都豊島区駒込2-17-8Eメール:makato@luna.zaq.jp 東洋でも西洋でも支配層は政略結婚を繰り返してきました。現在でも生き残っているヨーロッパの貴族は大多数が親戚であり、そのつながりがEUをコントロールしていると言われていますが、それだけでは政治家、官僚、企業経営者、将軍、情報機関幹部などを操ることができません。そのために使われる手段が買収、恫喝、暗殺、クーデター、軍事侵攻などです。このうち、買収、恫喝、暗殺、クーデタで中心的な役割を演じるのが情報機関にほかなりません。 買収と恫喝は深く関係していますが、その手段を利用して権力を維持していたひとりが、1935年6月から72年5月までFBI長官を務めたJ・エドガー・フーバーです。 フーバーが長官になる直前、1933年から34年にかけてウォール街の大物たちはニューディールを掲げるフランクリン・ルーズベルト政権を倒すため、在郷軍人会の約50万人を動員してホワイトハウスを恫喝しようとしたのですが、アメリカ海兵隊の伝説的な軍人、スメドリー・バトラー退役少将によって阻止されました。この計画を取材したフィラデルフィア・レコードの記者、ポール・コムリー・フレンチによりますと、クーデターを目論んでいたウォール街の住人たちは、コミュニストから国を守るためにファシスト政権をアメリカに樹立させる必要があると話しています。バトラー退役少将は1935年にフーバーと会ってウォール街の計画を説明するのですが、断られています。(Peter Dale Scott, “The American Deep State,” Rowman & Littlefield, 2015) 大戦後、アメリカでは反ファシスト派が粛清されました。「赤狩り」です。その粛清で重要な役割を果たしたジョセフ・マッカーシー上院議員ですが、その情報源はフーバー長官だったと言われています。 1953年から54年にかけてマッカーシー上院議員の法律顧問を務めたロイ・コーンは大学を出て間もない頃、性的スキャンダルによる恐喝を生業としている暗黒街の一味の下で働いていたと言われています。彼はニューヨークの犯罪組織、ガンビーノ・ファミリーのメンバー何人かの法律顧問を務めていましたが、顧客のひとりがジョン・ゴッチです。 コーンと「親子のように」親しかったというルイス・ローゼンスティールは禁酒法時代に密造酒で大儲けした人物で、スキャンダルを使った恐喝をしていたとも言われています。そのローゼンスティールは禁酒法が廃止になった後、フーバー長官に接近しました。死ぬ直前、彼はドナルド・トランプの顧問を務めています。(Jonathan Marshall, “Dark Quadrant,” Rowman & Littlefield, 2021) ローゼンスティールの同業者で、親しい間柄だったサミュエル・ブロンフマンの息子であるエドガー・ブロンフマンはジェフリー・エプスタインと親しいことで知られていますが、このふたりはイスラエルの情報機関の仕事をしていたことでも知られています。 ローゼンスティールの妻だったスーザン・カウフマンによりますと、元夫はユダヤ系ギャングの大物、メイヤー・ランスキーとも親しくしていました。ランスキーはイスラエルだけでなくCIAと緊密な関係にあった人物で、彼が親しくしていたCIAの幹部、ジェームズ・アングルトンはモサドとの連絡役を務めていました。 また、フーバーが37年にわたってFBI長官の座にとどまり、大きな影響力を維持できたのはエリートたちの弱みを握っていたからだと言われているます。ジョン・F・ケネディ大統領はアレン・ダレスCIA長官と同じようにフーバーFBI長官も解任しようとしていましたが、その前に大統領は暗殺されました。大統領の弟で、司法長官を経験したロバート・ケネディも殺されています。 弱みを握ることは人間を操る有効な手段で、エプスタインのような方法だけでなく、通信傍受(盗聴)も利用されてきました。最も強大な恫喝の仕組みを築き上げたのがイギリス、アメリカ、そしてイスラエルの支配者たちです。その仕組みについて考えてみたいと思います。櫻井 春彦
2025.05.28

厚生労働省は5月27日、3月分の「人口動態統計速報」を発表した。死亡者数は14万5215人。COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動が始まる前年の2019年の同じ月に比べて2万5886名増えている。 「COVID-19ワクチン」と呼ばれている遺伝子操作薬の接種数は当初に比べて大幅に減少しているものの、薬品が作り出すスパイク・タンパク質は長期にわたって体内に残って病気の原因になっているが、mRNA方式の「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)ワクチン」には規制上の安全基準の6倍から470倍を超える残留DNAが含まれているとする論文も存在している。 この「ワクチン」にはそれ以外にも問題がある。例えば、スパイク・タンパク質を人間の細胞に製造させるため自己免疫疾患を引き起こし、それを抑えるために投入されている薬剤や免疫反応から免疫力の低下を招き、VAIDS(ワクチン後天性免疫不全症候群)を引き起こしている。 DNAが混入していることが確認されているが、それよって癌が誘発される可能性が高く、mRNAを細胞の内部へ運ぶために使われているLNP(脂質ナノ粒子)の毒性、グラフェン誘導体の混入といった問題も指摘されている。LNPは卵巣を含むあらゆる臓器に蓄積、生殖システムを破壊する可能性がある。 スパイク・タンパク質は人体のタンパク質と結合し、プリオンになる可能性あるとも言われている。プリオンが原因になり、CJD(クロイツフェルト・ヤコブ病)やアルツハイマー病が引き起こされる可能性があるということだ。 スロバキアでは与党スロバキア国民党のペーター・コトラーの率いる委員会が昨年10月、mRNAワクチンに関する報告書を発表、この薬物は人間のDNAを改変する可能性があり、安全性が証明されるまで投与すべきではないと主張。この報告を受け、ロベルト・フィツォ首相は政府による「COVID-19ワクチン」の購入を即時停止するよう求めているのだが、日本では政治家も監督官庁もマスコミもこうした危険性に鈍感だ。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.27
ドナルド・トランプ米大統領は自分が仲介役になり、ウクライナでの戦争、ガザでの虐殺、イランとイスラエルの対立をすぐに解決させられると吹聴していたが、実現していない。ウラジミル・プーチン露大統領に対する不満を口にし、プーチンは「完全に狂っている」と発言した。アメリカの情報機関はトランプ大統領に間違った情報を伝えている可能性がある。 しかし、少なからぬ人はトランプの宣伝通りにならないと予想していただろう。例えばウクライナではロシア軍が圧倒的に優勢であるうえ、EUはウクライナに対する軍事支援を継続すると主張、キエフ政権はモスクワに対する攻撃を続けているわけで、ロシア側が戦闘を止めるはずがない。 ウクライナ軍は5月20日から23日にかけて数百機のドローンを発射、20日にはクルスク地方を訪問するプーチン大統領を乗せたヘリコプターも狙ったというが、こうしたことをすればロシアが報復するだけのことだ。ウクライナの報道によると、25日にロシア軍は69機のミサイルと298機のドローンでキエフを攻撃している。 ウォロディミル・ゼレンスキーはロシアによる空爆に対するアメリカの沈黙はプーチンを勇気づけるだけだと述べたが、トランプはゼレンスキーの口から出る言葉は全て問題を引き起こすと非難、「私はそれが気に入らない」とも語った。ゼレンスキーはイギリスの対外情報機関MI6のエージェントである可能性が高く、トランプはイギリスを批判したとも言えるだろう。 ウクライナの問題でトランプはプーチンとゼレンスキー、両者を批判しているが、それはトランプが状況を理解していないことにあるのだろう。トランプはウクライナでの戦争でロシア軍の死傷者が多く、ロシア経済が疲弊しているという前提で動いているのだが、この認識が間違っている。ロシア軍は民間人に被害が出ないようにしているだけでなく、自軍兵士の死傷者ができるだけ少なくなるよう慎重に戦っている。つまりロシア軍には余力があるのだ。余力のあるロシア軍が6月から大攻勢に出るという見方もある。 イスラエルによるガザでの虐殺に対する批判は世界的に高まり、イスラエルを支援する欧米諸国の政府も非難されている。西側有力メディアはイスラエルを擁護するためのプロパガンダを継続しているが、その有力メディアを見る人びとの目も厳しくなってきた。それを懸念した欧米のエリートはイスラエルを非難する言論を弾圧。「民主主義国家」という幻影は消え去り、帝国主義国家という本性が現れている。 そのイスラエルはイランを攻撃しようとしているが、イランの防空システムを突破する能力がイスラエル軍にはなく、単独でイランを攻撃することは不可能。つまりアメリカを巻き込む必要があるのだが、そのアメリカでもイランに勝つことはできないと見られている。しかもイランの背後には中国とロシアがいる。 インド洋に浮かぶディエゴガルシア島の基地に配備されていたアメリカ軍のB-2爆撃機6機はイエメン爆撃に使われたが、この攻撃は失敗に終わった。その後、一部のB-2はB-52戦略爆撃機4機に置き換えられたようだが、こうした爆撃機がイラン攻撃に使われるかどうか、注目されている。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.27
モルドバの耕作地が西側の巨大資本に奪われつつある。国土面積3万3846平方キロメートルの3分の2が農地で、そのうち約80%が肥沃な黒土(チェルノーゼム)。西側諸国と連携するマイア・サンドゥ政権は、EUのガイドラインに従った農産物輸入政策を推進し、多くの農民を破産に追い込んでいる。 モルドバをヨーロッパはウクライナ産穀物を輸入するための物流拠点として使っているが、モルドバを通過した後、ルーマニアとの国境で輸送が滞ることがあり、モルドバ産穀物をEUへ輸出できなくなる。その結果、農家は破産し、所有地を売却せざるをえなくなるわけだ。 結局、生き残れたのは大手農業生産者と農業関連産業の持株会社。モルドバの農民が疲弊する様子を見た「闇の銀行」と呼ばれるブラックロックは2024年10月からモルドバ北部で土地購入の準備を始めた。外国人や外国企業への土地売却は禁止されているのだが、「モルドバ国籍」を持つフロント企業や組織を通じ、外国人や外国企業は土地を取得している。 モルドバに先行して外国人や外国企業へ耕作地を売却してきたのがウクライナ。2020年までにウクライナの黒土は約4分の1が外国企業の所有になっていたが、ウォロディミル・ゼレンスキーが政権に就くと、そうした傾向は加速し、22年には約3分の1をカーギル、デュポン、モンサントの3社が所有。この3社は効率性を高めるため、コンソーシアムとして契約を締結し、事業を開始した。このコンソーシアムは事実上、ウクライナの土地の半分以上を支配している。 また、カーギル、デュポン、モンサントの主要株主には巨大金融機関のブラックロック、バンガード、ブラックストーンが名を連ね、ゼレンスキーはブラックロックのほか、JPモルガン・チェースやゴールドマン・サックスと協力関係にある。また2022年後半からブラックロックはウクライナ政府のコンサルタントを務め、ブラックロック傘下の企業はウクライナの戦略的資産の大部分を支配するようになったと報道されている。 西側がウクライナを制圧したと言えるのは、2014年2月以降のことだろう。NATOで訓練を受けたネオ・ナチを使い、アメリカのバラク・オバマ政権は2013年11月から14年2月にかけてキエフでクーデターを実行、ビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒した。ヤヌコビッチの支持基盤だった東部や南部の住民はクーデターを拒否、南部のクリミアはロシアに合流する道を選び、東部のドンバス(ドネツクやルガンスク)は武装抵抗が始まった。オデッサでは反クーデターの住民が虐殺され、ネオ・ナチに制圧されている。 アメリカ政府がキエフでクーデターを仕掛け、ウクライナを制圧しようとした理由はいくつかある。ひとつはNATOの支配地域をロシアとの国境近くまで拡大させてロシアに軍事的な圧力を加えることだが、ロシアとヨーロッパを分断することも重要な目的だった。 ロシアとヨーロッパ結びつける上で重要な役割を果たしていたロシア産天然ガスを輸送する主要パイプラインがウクライナを通過していたことから、オバマ政権はウクライナを制圧することで天然ガスの輸送を断ち切ろうとしたのだ。 こうした事態を想定していたのか、ドイツとロシアはウクライナを回避するため、バルト海を経由するパイプライン、「ノードストリーム(NS1)」と「ノードストリーム2(NS2)」を建設したのだが、これらは2022年9月に爆破されてしまう。 ジャーナリストのシーモア・ハーシュは2023年2月8日、この爆破について記事を書いているが、それによると、アメリカ海軍のダイバーがノルウェーの手を借りてノードストリームを破壊したという。アメリカのジョー・バイデン大統領は2021年後半にジェイク・サリバン国家安全保障補佐官を中心とする対ロシア工作のためのチームを編成、その中には統合参謀本部、CIA、国務省、そして財務省の代表が参加してい他としている。12月にはどのような工作を実行するか話し合ったという。そして2022年初頭にはCIAがサリバンのチームに対し、パイプライン爆破を具申。ロシアがウクライナに対する攻撃を始める前の話だ。 NS1とNS2が爆破された当時のドイツ首相はオラフ・ショルツ。アメリカが爆破したことは公然の秘密だったが、調査らしい調査すらしていない。現首相のフリードリヒ・メルツも米英金融資本の言いなりで、ロシアに戦争を仕掛けるかのような言動を繰り返してきた。そのメルツは2004年にメイヤー・ブラウン法律事務所の上級顧問に就任した起業弁護士で、2016年から20年にかけてブラックロックの監査役を務めている。 このふたつ以外にアメリカ政府がウクライナを制圧したかった理由が食糧生産にほかならない。現在、アメリカの食糧生産が危機的な状況になっている。アメリカでは食糧生産を支えているオガララ帯水層の水位が低下しているのだ。この帯水層を再び満たすには自然の力で6000年かかると予測されている。 シェール・ガスやシェール・オイルの開発に伴う水汚染が帯水層の状況をさらに悪化させ、2050年から70年の間に枯渇する可能性があるとも言われている。アメリカのハイプレーンズではトウモロコシ、大豆、小麦、綿花などが生産されている。生産量は年間5000万トン以上だとされているが、その灌漑用水の90%を危機的な状況のオガララ帯水層を含む地下水資源に頼っているのだ。この地域の生産量はアメリカの年間農業収穫量の少なくとも5分の1に達し、もし帯水層が枯渇すれば世界の食糧事情に深刻な影響を及ぼす。当然、日本も無関係ではない。 こうした情勢を考えれば、日本も水対策を真剣に考え、食糧生産量を増やして自給自足に近づける必要があるという結論に達するはずだが、日本では政治家も官僚も危機感を持っていないようだ。カーギルが農協を狙っているという話があるが、その背後には欧米の巨大金融資本が存在している。彼らは目先の利益だけを考えているわけではなく、食糧の生産システムをコントロールし、人間を支配しようとしている。欧米のウクライナ侵略の背後にはそうした戦略もあると考えるべきだ。「中国云々」で逃げてはならない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.26

ドナルド・トランプはMAGA(アメリカを再び偉大に)という標語を掲げ、ネオコンと戦っている。COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動やウクライナにおけるロシアとの戦争において両者の違いは明確に表れているが、共通項もある。シオニストだということだ。 シオニストはシオニズムを信奉する人びとだが、均一な集団とは言えない。現在、ガザでパレスチナ人虐殺を指揮しているベンヤミン・ネタニヤフ首相は1920年代にウラジミル・ジャボチンスキーが東ヨーロッパで作り上げた「修正主義シオニズム」に属している。 ベンヤミン・ネタニヤフの父親であるベンシオン・ネタニヤフは1910年3月にワルシャワで生まれた。1940年にアメリカへ渡り、数カ月間、ジャボチンスキーの秘書と務めている。ベンシオンは第2次世界大戦後にコーネル大学などで教鞭を執ることになった。 ジャボチンスキーが親しくしていたレオ・シュトラウスはネオコンの思想的な支柱と言われる人物。1899年にドイツの熱心なユダヤ教徒の家庭に生まれ、17歳の頃にジャボチンスキーのシオニスト運動に加わった。カルガリ大学のジャディア・ドゥルーリー教授に言わせると、彼の思想は一種のエリート独裁主義で、「ユダヤ系ナチ」にほかならない。(Shadia B. Drury, “Leo Strauss and the American Right”, St. Martin’s Press, 1997) ストラウスは1932年にロックフェラー財団の奨学金でフランスへ留学し、中世のユダヤ教徒やイスラム哲学について学ぶ。その後、プラトンやアリストテレスの研究をはじめ(The Boston Globe, May 11, 2003)、1934年にイギリスへ、37年にはアメリカへ渡ってコロンビア大学の特別研究員になる。1944年にはアメリカの市民権を獲得、49年にはシカゴ大学の教授になった。 ストラウスと並ぶネオコンの支柱とされている人物が、やはりシカゴ大学の教授だったアルバート・ウォルステッター。冷戦時代、同教授はアメリカの専門家はソ連の軍事力を過小評価していると主張、アメリカは軍事力を増強するべきだとしていたが、その判断が間違っていたことはその後、明確になっている。 1970年代には修正主義シオニズムの政党、リクードが台頭してくるのだが、それを後押ししたのはキリスト教シオニストと言われているアメリカの福音派。1974年8月にアメリカではデタント(緊張緩和)を打ち出していたリチャード・ニクソン大統領がウォーターゲート事件で失脚、副大統領を務めていたジェラルド・フォードが大統領に昇格した。 フォード大統領はデタント派を粛清する一方、後にネオコンと呼ばれるグループを台頭させた。たとえば国防長官をジェームズ・シュレシンジャーからドナルド・ラムズフェルドへ、またCIA長官をウィリアム・コルビーからジョージ・H・W・ブッシュへ交代させている。 1970年代にイスラエルとアメリカでジャボチンスキーの後継者が影響力を拡大させるのだが、そのグループに含まれるシンクタンクの「IASPS(高等戦略政治研究所)」は1996年にイスラエル新戦略研究グループを編成、リチャード・パールを中心とするネオコンたちが「クリーンブレイク:国家安全保障のための新たな戦略」なる文書をネタニヤフ首相への提言として作成した。 その中で修正主義シオニスト、いわゆるネオコンはその中で「シオニスト運動を支配してきた労働シオニズムは、失速し、鎖でつながれた経済を生み出した」と主張、イスラエルの国家としての正当性を損なうことになったとしている。つまり労働シオニズムを否定しているのだ。 その修正主義シオニストがここにきて影響力を弱め、トランプ米大統領との関係も微妙になってきた。イスラエル国内でも対立が深まっている。パレスチナ人を大量虐殺しているイスラエル政府に対する批判は、西側の有力メディアが援護しているものの、世界中で高まっている。この状況を懸念するシオニストはネタニヤフたちに責任をなすりつけて処分するかもしれない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.25
イギリスでウクライナ国籍のロマン・ラブリノビッチが5月20日に放火の容疑で逮捕された。21歳だという。また彼にはルーマニア国籍のスタニスラフ・カルピウクという共犯者がいたとも伝えられている。ラヴリノビッチの携帯電話からカルピウクの関与を示す証拠を警察が発見、逮捕したと報道されている。さらにペトロ・ポチノクなる男も逮捕された。 ラブリノビッチは5月8日にロンドンのケンティッシュ・タウンでトヨタのRAV4に放火、11日にはイズリントン区でアパートの玄関に放火、12日にはタフネル・パークにあるキア・スターマー首相の家に放火したという。RAV4の前の所有者はスターマー、イズリントンのアパートは1990年代にスターマーが所有、タフネル・パークのアパートはスターマーの義理の妹に賃貸されているとも伝えられている。 容疑者とスターマー首相との間に「何か」があると誰でも思うだろうが、有力メディアはその点に触れたがっていないようだ。インターネット上では容疑者と首相の個人的な関係に関する話した飛び交っている。容疑者はいずれもは同性愛だとも言われ、その3名はスターマーと顔見知りだった疑いが出ているのだ。 ウクライナの現体制は2014年2月にクーデターで誕生した。本ブログでも繰返し書いてきたように、このクーデターはバラク・オバマ米大統領がビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒すためにネオ・ナチを利用して実行したものだ。 ヤヌコビッチの支持基盤だった東部や南部では大半の住民がクーデター体制に反対した。クリミアの住民は速やかにロシアと一体化することに成功、オデッサでは住民が虐殺されてネオ・ナチに制圧された。そして東部のドンバス(ドネツクやルガンスク)では武装抵抗が始まる。軍や治安機関の約7割はネオ・ナチ体制を嫌って離脱、その一部は反クーデター軍に合流したと言われている。 クーデターで倒されたヤヌコビッチ大統領の側近だったアンドリー・ポルトノフ元大統領府副長官は今月21日、スペインのマドリード郊外で射殺された。ポスエロ・デ・アラルコンにあるアメリカンスクールに子どもたちを送り届けた後、学校の駐車場に停めた自分の車へ歩いて戻る際に銃撃されたという。この事件と同じタイミングでウクライナ国籍の男がイギリスの首相に関連した場所や自動車に放火したのであり、テロを疑う人が出てきても不思議ではない。 ウクライナでは政府のCCD(偽情報対策センター)がミロトボレツと共同で暗殺リストを作成、実際に殺されたり変死した人は少なくない。一時期、トゥルシー・ギャバード国家情報長官もリストに載っていた。CCDはイギリス政府から資金を提供されているが、最近まではアメリカの国務省も資金を出していたとされている。 ミロトボレツの暗殺リスト構想は2014年3月に始動、ネオ・ナチで、ウクライナ内務省顧問を務めていたアントン・ヘラシチェンコを含むグループが背後にいるとされている。 ラブリノビッチが逮捕される前日、ドナルド・トランプ大統領とウラジーミル・プーチン大統領は電話で会談しているが、その際、イギリス政府はフランス政府やドイツ政府と同じように抗議していた。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.24

バラク・オバマ政権が侵略戦争を始めたリビアとシリアはアル・カイダ系武装集団に制圧された。このアル・カイダとはCIAの訓練を受けた「ムジャヒディン」の登録リストだということをイギリスの外務大臣を1997年5月から2001年6月まで務めたロビン・クックは05年7月8日付けガーディアン紙で説明している。そのクックは2005年8月6日、休暇先のスコットランドで散歩中に心臓発作で急死した。 アル・カイダの仕組みを作り上げた人物は、ジミー・カーター政権で国家安全保障補佐官を務めたズビグネフ・ブレジンスキー。戦闘員はサウジアラビアの協力で集められたが、その中心はサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団だった。 カーターは1971年から75年までジョージア州知事を務めたが、その時、カーターに目をつけたのがブラジンスキーとデイビッド・ロックフェラー。ラジンスキーとロックフェラーは日米欧三局委員会をアラン・グリーンスパンやポール・ボルカーらと創設している。ブレジンスキーはオバマの師匠でもある。 2009年から大統領を務めたオバマは10年8月にPSD-11を承認、ムスリム同胞団を利用して地中海の南部や東部の沿岸で体制転覆工作を仕掛けた。いわゆる「アラブの春」だ。 リビアやシリアではムスリム同胞団のほかサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)を主力とするアル・カイダけい武装集団が2011年春に侵略戦争を始める。 リビアのムアンマル・アル・カダフィ政権はアル・カイダ系武装集団のLIFG(リビア・イスラム戦闘団)とNATOの連合軍によって2011年10月に倒された。その際、ベンガジでは裁判所の建物にアル・カイダの旗が掲げられ、その様子を撮影した映像は流れている。 シリアは昨年12月8日にHTS(ハヤト・タハリール・アル・シャム)やRCA(革命コマンド軍)がダマスカスを制圧、バシャール・アル・アサド体制が崩壊した。HTSを率いるアーメド・フセイン・アル-シャラー(アブ・モハメド・アル-ジュラニ)が暫定大統領を務める新政権が誕生。 HTSはアル・カイダ系戦闘グループのアル・ヌスラ戦線を改名した組織で、アル・ヌスラはシリアで活動を始める前、AQI(イラクのアル・カイダ)」と呼ばれていた。アメリカは「アル・カイダ」をテロリズムの象徴として使い、「テロリズムと戦う」として侵略戦争を本格化させた。アメリカが侵略戦争を本格化させる切っ掛けは2001年9月11日に引き起こされたニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)に対する攻撃だ。シリアではアル・カイダ系の武装勢力が力を持ち、スポンサーのトルコだけでなく、欧米諸国やイスラエルと友好的な関係を維持している。 リビアでは現在、ふたつの勢力に支配されている。東部の油田地帯を支配しているハリファ・ハフタルのリビア国民軍(LNA)とトリポリを拠点とする国民統一政府(GNU)だ。ハフタルの主要な支援国にはアラブ首長国連邦、エジプトのほか、ロシアの傭兵会社ワグナー・グループ(現在は「アフリカ軍団」と称されている)、そして防衛協定を結んだロシアなど。GNUはトルコが支援している。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.23

ドナルド・トランプ米大統領は5月19日にウラジミル・プーチン露大統領と電話で会談した。トランプはウクライナでの停戦を短期間で実現すると宣伝していたが、状況をウォッチしていた人なら、そうした展開にならないことを予測していたはずだ。戦況はロシアが圧倒的に優勢であり、基本的に自給自足のロシア経済は西側資本の撤退でビジネスチャンスが膨らんで好調、兵器の生産力も強化されてきた。こうした実態をトランプは知らされていないのではないか、と言う人もいる。 戦死者の遺体交換を見ると、今年5月はウクライナ兵909名に対し、ロシア兵は34名、約27対1だ。これは戦死者数の比率が反映されていると考えられている。ウクライナでは街頭で男性が徴兵担当者に拉致される様子が撮影され、世界に発信されているが、そうした強引なことをしても兵士は足りなくなっている。拉致され、前線に送られた人たちは数週間で殺されているともいう。 2023年8月31日までイギリスの国防大臣を務めていたベン・ウォレスは同年10月1日、テレグラフ紙に寄稿した論稿の中でウクライナ兵の平均年齢はすでに40歳を超えていると指摘していた。現在の状況は当時よりはるかに悪化している。ウクライナを舞台として戦争でNATOやウクライナはロシアに負けたのだ。しかもロシアは欧米から煮湯を飲まされてきたのであり、安易に停戦するはずはない。 トランプとの電話会談でプーチンは危機の根本原因を排除することが最も重要だと語ったと伝えられている。根本原因とはNATOの東への拡大、つまり「ネオ-バルバロッサ」の阻止にほかならない。 バルバロッサとは、1941年6月22日に300万人以上のドイツ軍がソ連を侵略した軍事作戦。ウクライナとベラルーシを経由してロシアへ攻め込んだ。奇妙なことに、この時、西部戦線に残ったドイツ軍は約90万人にすぎない。ドイツ軍の首脳は西部方面を防衛するために東へ向かう部隊に匹敵する数の将兵を配備するべきだと主張したが、アドルフ・ヒトラーに退けられたという。NATOの東方拡大はバルバロッサの再現にほかならない。(David M. Glantz, The Soviet-German War 1941-1945,” Strom Thurmond Institute of Government and Public Affairs, Clemson University, October 11, 2001) 1991年12月にソ連が消滅したとき、西側の支配層は自分たちが冷戦に勝利したと考えた。その後、ロシアではボリス・エリツィンが大統領に就任、その娘であるタチアナ・ドゥヤチェンコがクレムリンの利権を握ったと言われている。その周辺を徘徊、西側の巨大資本の代理人として活動、自分たちも富豪になったのがオリガルヒだ。エリツィン時代に西側資本はロシアで富を略奪、軍や情報機関を弱体化させ、ライバルとして復活できないようにしたはずだった。 しかし、エリツィン時代にロシア人は西側が宣伝していた「自由」や「民主」が幻想に過ぎないことを悟り、欧米信仰に毒された人は急速に減少、反欧米感情が高まり、プーチンの登場につながる。プーチン体制になると西側の手先として暗躍していたオリガルヒに対し、クレムリンに従うことを要求、その要求に従わない人びとは摘発されていく。そして軍や情報機関を立て直し、軍事産業も復活する。 ソ連時代、ロシアはソ連圏の国々を養っていたことから、ロシア人は労働に見合った見返りを得ていなかった。ソ連消滅でロシア人は自分たちの稼ぎが自分たちの利益につながるようになり、国の急速な復活につながったと考える人もいる。 ロシア制圧を目指していた米英支配層にとっても、米英による侵略から自国を守ろうとしてきたロシアにとっても、ウクライナは重要な意味を持っている。そのウクライナを支配するため、アメリカのバラク・オバマ政権は2013年11月にキエフでクーデターを始めた。2014年に入るとクーデターの前線にネオ・ナチが登場、2月22日にビクトル・ヤヌコビッチ大統領の排除に成功した。 NATOがウクライナを支配するのは時間の問題だと考えた人もいたのだが、ソ連時代にロシアからウクライナへ割譲された東部や南部はヤヌコビッチの支持地盤で、住民はクーデターを拒否した。 ロシアの弱体化を目論む西側の勢力はウクライナを均一の国であるかのように主張するが、実際は違う。故ヘンリー・キッシンジャー元国務長官は2014年3月5日付けワシントンポスト紙で書いたように、ウクライナは複雑な歴史と多言語多文化他宗教の国である。キッシンジャーはこうした国で一方が他方を支配しようとすれば内戦または分裂につながると警告していたが、その通りになった。 ナチスはユダヤ人、ロマ、スラブ人、その他の有色人種などを「劣等人種」として蔑視したが、ドイツ人と同じゲルマン系のアングロ・サクソン人の中にはナチスと同じようにそうした人びとを蔑視しする人が少なくない。こうした蔑視は今も存在、ロシアを殲滅することは容易だという思い込みにつながった。 1993年にマーストリヒト条約が発効したことに伴って誕生したEUの前身はEC(欧州共同体)。このECについて堀田善衛は、その「幹部たちのほとんどは旧貴族です。つまり、旧貴族の子弟たちが、今ではECをすべて取り仕切っているということになります。」(堀田善衛著『めぐりあいし人びと』集英社、1993年)と書いている。 またEU首脳のほとんどは、ビルダーバーグ・グループとアメリカのエリートが選出しているとも言われている。EUの首脳はネオコンの命令通りに動く「首のない鶏」にすぎない。こうしたエリートは差別意識を持ち、傲慢な政策を打ち出してくる。そうした意識をなくすことは難しい。意識がなくならなくても、ロシアはNATOを拡大させない仕組みを作ろうとするだろう。ネオコンをはじめ、欧米の支配層はそのロシアを殲滅しようとしてきたが、失敗した。失敗の原因は彼らの差別意識だ。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.22
アメリカのネオコンがウクライナで始めたロシアとの戦争は失敗、西側のエリートが支援するイスラエルによるパレスチナ人虐殺を批判する声は世界で高まり、COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動を利用してアメリカ国防総省が世界の人びとに接種させた「COVID-19ワクチン」というタグのつけられた遺伝子操作薬の危険性が明らかにされている。芸能人のプライベートに関わる話にうつつを抜かしている場合ではない。ウクライナでの戦争、ガザでの虐殺、遺伝子操作薬の大規模な接種、いずれもアメリカ支配層の戦略に基づいている。 アメリカの歴代政権は国内を収容所化し、国外で侵略戦争を本格化させるという政策を進めてきた。この流れは現在に至るまで変更されていない。 アメリカ国内を収容所化は、ロナルド・レーガン大統領が1982年に出したNSDD55が大きな節目。これによってCOGプロジェクトが承認され、NPO(国家計画局)が創設された。(Andrew Cockburn, “Rumsfeld”, Scribner, 2007) アメリカでは核戦争の際に地下政府を始動させる計画ができていて、そのひとつの結果だが、1988年に出された大統領令12656は地下政府を始動させる条件を核戦争から「国家安全保障上の緊急事態」に変更される。そして2001年9月11日に国家安全保障上の緊急事態が引き起こされたのだ。 侵略戦争を本格化させる計画は1992年2月に国防総省のDPG(国防計画指針)草案として作成された。当時の大統領はジョージ・H・W・ブッシュ、国防長官はリチャード・チェイニー。その下でポール・ウォルフォウィッツ国防次官を中心とするネオコンのグループによってこの計画は作成された。そこで「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれているのだが、このベースを考えた人物は国防総省内部のシンクタンクONA(ネット評価室)で室長を務めていたアンドリュー・マーシャルだと言われている。 このプロジェクトの目的は新たなライバルの出現を防ぐことにあり、その対象には旧ソ連圏だけでなく、西ヨーロッパ、東アジア、西南アジアも含まれている。ドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に組み入れ、「民主的な平和地域」を創設するともされていた。つまりアメリカは日本を自国の戦争マシーンに組み込むと宣言したのだ。日本経済が衰退する一方で好戦的な政策が進められた理由はここにある。 ロシアや中国を侵略して略奪する計画をイギリスは19世紀から進めてきた。中東を戦乱で破壊する原因を作ってきたイスラエルを作り上げたのもイギリスにほかならない。ここにきて、ウクライナや中東での戦争でイギリスが暗躍していることも明らかになっている。 イギリスは16世紀から17世紀にかけての時期、スペインやポルトガルの船を海賊に襲わせ、富を築いた。スペインやポルトガルの船はアメリカ大陸などで略奪した財宝を母国へ運ぶ途中だった。例えば1521年にエルナン・コルテスは武力でアステカ王国(現在のメキシコ周辺)を滅ぼして莫大な金銀を奪い、インカ帝国(現在のペルー周辺)ではフランシスコ・ピサロが金、銀、エメラルドなどを略奪しながら侵略を続けて1533年には帝国を滅ぼしている。 両国は莫大な量の貴金属を盗んだだけでなく、先住民を酷使して鉱山開発も行ったが、その象徴的な存在がボリビアのポトシ銀山。1545年に発見されたこの銀山だけで18世紀までに15万トンが運び出されたとされ、スペインが3世紀の間に南アメリカ全体で産出した銀の量は世界全体の80%に達したと言われているが、この数字は「少なくとも」にすぎず、実態は不明である。16世紀の後半にスペインはフィリピンを植民地化、銀を使い、中国から絹など儲けの大きい商品を手に入れる拠点として使い始めた。(Alfred W. McCoy, “To Govern The Globe,” Haymarket Books, 2021) そのようにスペインやポルトガルが略奪した財宝を海賊に襲わせ、横取りしていたのがイギリスにほかならない。エリザベス1世の時代、つまり1558年から1603年にかけての時期、イギリス王室に雇われた海賊はスペインやポルトガルが南アメリカなどで奪った財宝を略奪していただけでなく、人もさらっていた。中でも有名な海賊はジョン・ホーキンス、フランシス・ドレイク、ウォルター・ローリー。海賊行為だけでなくアイルランドで住民を虐殺しているが、こうしたことをエリザベス1世は高く評価、3人の海賊にナイトの爵位を与えている。 ヨーロッパ文明は他国を侵略、略奪することによって生まれたわけだが、現在でも「貧困国」から「富裕国」へ膨大な資源が流出、その富に富裕国は支えられてきた。ちなみに、1881年から1920年の間にイギリスはインドで富を奪い、飢饉を引き起こし、1億人以上の死者をもたらしたと推定されている。 エリザベス女王の顧問を務めていたジョン・ディーは『ユークリッド原論』を英訳本の序文を書いた数学者だが、その一方、黒魔術、錬金術、占星術、ヘルメス主義などに傾倒していた。「ブリティッシュ・イスラエル主義」はディーから始まるとも言われている。 ブリティッシュ・イスラエル主義によると、アングロ-サクソン-ケルトは「イスラエルの失われた十支族」であり、自分たちこそがダビデ王の末裔だとされ、人類が死滅する最後の数日間にすべてを包括する大英帝国が世界を支配するという。ディーのカルト的な考え方は19世紀のイギリスで復活したようだ。 大英帝国はすでに滅んだと考えられているようだが、イギリスは現在でも42カ国に145の軍事基地を保有しているとされている。中でも重要な基地はサウジアラビア、オマーン、バーレーンといったペルシャ湾岸諸国にあり、イスラエルとサウジアラビアはイギリスが作り上げた国にほかならない。キプロスにも重要なイギリスの軍事基地があり、イスラエル軍によるガザでの虐殺を支援する活動の拠点になっている。また電子情報機関GCHQの基地もあり、重要な役割を果たしている。インド洋に浮かぶいわゆるチャゴス諸島にも重要な軍事基地がある。この諸島で特に有名な島がディエゴガルシアだ。 イギリスには見えない帝国も存在している。1970年代に整備されたシティ(ロンドンの金融街)を中心とするオフショア市場のネットワークだ。ジャージー島、ガーンジー島、マン島、ケイマン諸島、バミューダ、英領バージン諸島、タークス・アンド・カイコス諸島、ジブラルタル、バハマ、香港、シンガポール、ドバイ、アイルランドなどが含まれ、それまでの古典的なタックス・ヘイブンに比べて機密度が格段に高い。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.21

ルーマニアでは5月18日に大統領選挙の第2ラウンドが実施され、ブカレスト市長で親EU派のニクショル・ダンがAUR(ルーマニア人連合同盟)のジェルジェ・シミオンに勝った。5月4日に実施された第1ラウンドの投票ではシミオンが40.96%を獲得してトップになり、ダンは20.99%で第2位。与党連合自由党のクリン・アントネスクは20.07%で第3位だった。一応EUのエリートが望んだ結果になったのだろうが、非民主主義的で寡頭制的なシステムであるEUへの嫌悪感がルーマニアでも広がり、シミオンの善戦につながったのだろう。(国外からの投票システムを使い、西側が選挙結果を操作しているとも疑われている。) 昨年11月24日にも同国では大統領選挙の第1ラウンドでもEUに批判的なカリン・ジョルジェスクが22.94%を獲得して第1位になり、欧米支配層が望んでいたエレナ・ラスコーニは19.18%で敗れているが、ルーマニア憲法裁判所は第1ラウンドの投票結果を無効と決定、5月の大統領選挙にジョルジェスクが立候補することを禁止。そこでジョルジェスク支持者は今回、シミオンを支持したと見られている。ルーマニアのエリート層はEUに従属することで個人的な利益を得ようとしているが、そのエリートの中には裁判官も含まれていると言えるだろう。 EU/NATOにとってルーマニアは対ロシア戦争の拠点。1年以上前からNATOはルーマニア南東部にヨーロッパ最大の軍事基地を建設開始している。また黒海沿岸におけるNATOの拠点である第57空軍基地が拡張される。拡張工事は2030年までに完了する予定だとされ、拡張後の敷地には最大1万人のNATO軍兵士とその家族を収容でき、学校、幼稚園、病院などの支援施設も備えられるという。 ロシア軍がウクライナに対する攻撃を始めた直後の2022年2月28日、フランスは即応部隊の先鋒大隊をルーマニアに展開、5月1日にはフランスを筆頭国とするBGFP(前方展開戦闘集団)が発足した。BGFPの主力部隊はチンクの合同国家訓練センターに駐留し、ルーマニア軍の他の組織と共同で訓練任務や活動を行うとされている。この段階からNATOはロシアとの軍事衝突を想定した動きを見せている。ロシア軍はオデッサを制圧しようとしている可能性が高いが、それを阻止するための軍事拠点をルーマニアに建設しようとしているのだろう。 NATOはウクライナでロシアに敗北しつつあり、ルーマニアをロシアと戦う新たな手先にするつもりなのかもしれないが、そうした展開だということをルーマニアの人びとは理解しているだろう。そのうちEU/NATOに従属しているエリートは戦争へ向かい、庶民は戦争を嫌っているように見える。 そうした庶民の声を代弁する政治家がルーマニアの大統領になることをEU/NATOだけでなく同国のエリートも恐れ、あらゆる手段を使って阻止しようとしている。昨年11月の選挙結果を憲法裁判所が無効にした理由もそこにあり、EU/NATOの反ロシア勢力は今回の投票で負けるわけにはいかなかっただろう。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.20
このブログは読者の皆様のお力で支えられています。ブログを存続させるため、カンパ/寄付をお願い申し上げます。【振込先】巣鴨信用金庫店番号:002(大塚支店)預金種目:普通口座番号:0002105口座名:櫻井春彦 ソ連が消滅して以降、アメリカの外交や軍事の分野で主導権を握ってきたのはシオニストの一派であるネオコンですが、そのグループの力がここにきて落ちています。対ロシア戦争で敗北、パレスチナでの虐殺も失敗してイスラエルに対する批判が強まり、COVID-19プロジェクトの犯罪的な背景が明確になりました。ネオコンを中心とする支配システムが揺らいでいるとは言えるでしょう。が、西側世界の支配構造が壊れたわけではありません。 ネオコンの戦略にしたがってジョージ・W・ブッシュ政権は2003年3月にアメリカ主導軍を使ってイラクを先制攻撃、サダム・フセイン体制を倒しましたが、親イスラエル体制を樹立させることには失敗。次のバラク・オバマ政権はサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を中心とする傭兵集団を利用して2011年春にリビアやシリアを攻撃しました。オバマが大統領になった際、「白馬の騎士」が登場したかのように浮かれる人もいたが、侵略の手法が違っただけです。オバマ政権は2014年2月にキエフでネオ・ナチを使ったクーデターを成功させ、ビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒しました。 オバマ政権を引き継ぐ予定だったのは、同政権で国務長官を務めたヒラリー・クリントン。この人物は軍事企業のロッキード・マーティンをスポンサーにする政治家で、金融資本の手先であるジョージ・ソロスの強い影響下にあった反ロシア派としても知られています。ヒラリーが当選した場合、ロシアとの戦争に向かった可能性は高いと考えられています。オバマやヒラリーのような反ロシア派は軍事的にロシアを粉砕することは容易だと信じていました。 大統領選挙でヒラリーはドナルド・トランプに敗れますが、トランプは再選されませんでした。オバマ政権で副大統領を務めたジョー・バイデンが大統領に就任し、対ロシア戦争へ向かい始めます。核戦争の可能性が高まったのですが、ロシアを蔑視する彼らは一方的に勝てると信じていたようです。その狂気に気づく人が増え、バイデンは再選されず、トランプが当選しました。そのトランプを「白馬の騎士」であるかのように考える人もいますが、正しくないでしょう。 ハリウッド映画は基本的にCIAがチェックしています。CIAが悪者として描かれているように見える映画もありますが、いずれも悪いのは個人や小さなグループであり、CIA全体や政府機能は健全だとされているはずです。それがCIAの検閲基準です。 現実の世界でも、ブッシュ・ジュニアにしろ、オバマにしろ、トランプにしろ、バイデンにしろ、悪いのは大統領個人、あるいは政権であり、悪者を排除すれば健全になると人びとに思わせる必要があるのですが、それ以上に重要な幻影があります。アメリカが民主主義の超大国であり、科学技術の分野でも文化的な分野でも他国を圧倒していると信じ込ませなければならないのです。自分たちは「勝ち馬に乗っている」と信じさせねばならないのです。 ソ連が消滅した段階でアメリカが「唯一の超大国」になったと考えた人は少なくないでしょう。シオニストに一派であるネオコンもそのように認識、国外で侵略戦争を本格化させても立ちはだかる国はなくなったと考えました。それと同時に新たなライバルが出現しないとも宣言、国内でも自分たちが望む政策を進めるための準備を進めています。 そして2001年9月11日。ニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃され、それを口実にして憲法を麻痺させ、侵略戦争を本格化させました。今でもアメリカが「唯一の超大国」だと信じる人は少なくないようですが、その物語と現実の乖離が大きくなり、物語を大音響で流す一方、現実を隠さなければならなくなっています。 人びとにそう思わせる仕組みの中心にあるのが有力メディアにほかなりません。有力メディアの呪術に打ち勝つには事実を知る必要がありますが、呪術に対抗する事実を既存の新聞、雑誌、放送、出版などで発信することは困難であり、情報の発信はブログで行うしかないのが現状です。繰り返しになりますが、ブログを存続させるため、カンパ/寄付をお願い申し上げます。櫻井 春彦【振込先】巣鴨信用金庫店番号:002(大塚支店)預金種目:普通口座番号:0002105口座名:櫻井春彦
2025.05.19
5月15日にイスタンブールでウクライナ情勢に関して話し合う会議が開かれた。ロシア政府はウラジミル・メジンスキー大統領補佐官を団長とする代表団、ウクライナ政府はルステム・ウメロフ国防相を団長とする代表団を送り込んだが、話し合いは2時間足らずで終わった。会談ではロシアの代表団がウクライナ側に対し、ドネツク、ルガンスク、サポリージャ、ヘルソンからの完全撤兵を要求、ウクライナ側が拒否したところで終了したという。 キエフ体制やその後ろ盾になっているイギリス、フランス、ドイツなどヨーロッパ諸国は停戦を求めているが、停戦は戦力を増強して態勢を立て直す時間稼ぎにすぎないことを理解しているロシアが応じないことは明白だった。2014年のミンスク1と15年のミンスク2で煮湯を飲まされた過去をロシアが忘れているはずはない。戦場で西側を圧倒しているロシアは事実上の降伏を要求している。仲介役を演じようとしているアメリカ政府はこうした状況を理解していないのかもしれない。 ロシアはすでにドネツク、ルガンスク、サポリージャ、ヘルソンの4州をロシア領と宣言している。そこからウクライナ軍が撤退するように求め、それを受け入れない場合、次の交渉では別の4地区も撤退要求の対象に含めるとしているが、その4地区とはオデッサ、ニコラエフ、ドネプロペトロフスク、ハリコフだと推測されている。 ウラジミル・プーチン露大統領は2022年2月21日にドンバス(ドネツクとルガンスク)の独立を承認、2月24日にロシア軍はウクライナの軍事基地や生物化学兵器の研究開発施設などを巡航ミサイルなどで攻撃しはじめたが、その目的はミンスク協定の合意事項を実現することにあった。その合意ではウクライナが憲法を適切に改正し、ロシア語を話すウクライナ人の権利と地位の保護を保障することを約束していた。 その合意が守られていなかったのだが、その理由を後に当時のドイツ首相、アンゲラ・メルケルはキエフのクーデター体制の軍事力を強化するための時間稼ぎに使われたと後に証言、フランソワ・オランド元仏大統領もその発言を肯定している。和平の実現ではなく、戦争の「リセット」が目的だった。アメリカやNATO諸国はドネツク、ルガンスク、クリミアの領土を武力で奪還しようとしたのだ。 その計画が破綻したのだが、敗北を確定させることはできない戦争の首謀者は戦争を長引かせようとしている。首謀者の手先として動いているのがイギリスのキール・スターマー首相、フランスのエマニュエル・マクロン大統領、ドイツのフリードリヒ・メルツ首相たちだ。NATOのマーク・ルッテ事務総長もロシアとの核戦争に前向きである。 それに対し、ロシアでは5月15日に陸軍総司令官をオレグ・サリュコフ上級大将からアンドレイ・モルドビチェフ上級大将へ交代させた。モルドビチェフは2022年から2023年にかけて中央軍管区の副司令官を務めているが、その際、マリウポリ包囲戦を指揮していた。5月9日の「戦勝記念日」以降、ロシア軍は大規模な軍事攻勢を計画しているのではないかと噂されているが、それと陸軍総司令官交代が関係しているとする見方もある。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.18
ロシア産の安価な天然ガスを入手することが困難になったドイツでは経済が失速状態で、4月の倒産は個人と法人を合わせて1626件に達したという。ハレ経済研究所(IWH)によると、この数値は2008年から09年にかけて世界を揺るがした金融危機の当時を上回り、2005年7月以来だ。今年8月には失業者が300万人に達するとされているが、社会不安が高まることは必至だろう。 すでにドイツでも国民の怒りは高まりつつあり、国民の生活を犠牲にしてロシアとの戦争に邁進する政策に反対するAfD(ドイツのための選択肢)や左翼党などの支持率が高まっている。 現在、最も支持されている政党はAfDだが、ドイツの治安機関であるBfV(連邦憲法擁護庁)はそのAfDに「過激派政党」というタグをつけて弾圧しようとしている。すでに政府の公式見解を否定するジャーナリストは犯罪者扱いされている。すでにドイツはナチス体制へ戻りつつある、いやナチス体制だったことが明らかになってきたと言うべきかもしれない。 経済の失速は大手企業に工場閉鎖を強いている。例えば昨年10月、フォルクスワーゲンの経営者は従業員代表に対し、ドイツ国内の少なくとも3工場を閉鎖する意向を伝えたが、ここにきて大手化学/製薬会社のバイエルがフランクフルト・ヘキスト工業団地の工場を閉鎖、労働者500名を解雇すると伝えれている。ドルマーゲン工場でも200名の人員削減が計画されているという。 アメリカのバラク・オバマ政権は2013年11月から14年2月にかけてウクライナでネオ・ナチを利用してクーデターを実行、ビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒した。ウクライナをNATOの占領地にすることでロシアに軍事的な圧力を加えることだけでなく、ロシアとヨーロッパを結びつけていた天然ガスを運ぶパイプラインを抑えたが、これによってドイツでは経済だけでなく社会生活も破綻へ向かった。 ドイツとロシアはウクライナを回避するため、バルト海を経由するパイプライン、「ノードストリーム(NS1)」と「ノードストリーム2(NS2)」を建設したのだが、これらは爆破された。 ジャーナリストのシーモア・ハーシュは2023年2月8日、この爆破について記事を書いているが、それによると、アメリカ海軍のダイバーがノルウェーの手を借りてノードストリームを破壊したという。アメリカのジョー・バイデン大統領は2021年後半にジェイク・サリバン国家安全保障補佐官を中心とする対ロシア工作のためのチームを編成、その中には統合参謀本部、CIA、国務省、そして財務省の代表が参加してい他としている。12月にはどのような工作を実行するか話し合ったという。そして2022年初頭にはCIAがサリバンのチームに対し、パイプライン爆破を具申している。ロシアがウクライナに対する攻撃を始める前の話である。 NS1とNS2が爆破された当時のドイツ首相はオラフ・ショルツ。アメリカが爆破したことは公然の秘密だったが、調査らしい調査すらしていない。現首相のフリードリヒ・メルツも米英金融資本の言いなりで、ロシアに戦争を仕掛けるかのような言動を繰り返してきた。そのメルツは2004年にメイヤー・ブラウン法律事務所の上級顧問に就任した起業弁護士で、2016年から20年にかけてブラックロックの監査役を務めている。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.17
ロシアでは5月9日を「戦勝記念日」として祝っている。第2次世界大戦でドイツに勝利したことを記念して式典が開かれ、今年は中国の習近平国家主席も出席した。王毅外交部長(外相)は今回のロシア訪問について、中国とロシアの関係が強固であることを示すメッセージだとしている。 この記念日を挟み、8日から10日までウクライナで停戦するとロシア政府は発表、停戦終了の直後にウラジミル・プーチン大統領は5月15日にイスタンブールでウクライナ当局者と無条件で会談しようと提案、その会談に出席するため、ロシアの代表団はトルコ入りした。 しかし、ウクライナにはロシアとの協議を禁じる2022年9月の大統領令が存在するので、その大統領令を撤回しなければウクライナの当局者が出席することはできないはず。すでに任期が切れ、しかも国民から支持されていないウォロディミル・ゼレンスキーをロシア政府は交渉相手とみなしていない。 そのゼレンスキーや彼を支援している欧米諸国はロシアに対し、30日間停戦を求めているのだが、これをロシア政府が受け入れるとは思えない。バラク・オバマ大統領がネオ・ナチを利用してキエフでクーデターを仕掛け、2014年2月22日にビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒し、ウクライナを支配下に置いたのだが、ウクライナ全体、特に東部や南部では大半の人がクーデターに反対、オデッサでは住民が虐殺され、ネオ・ナチに制圧されたが、クリミアの住民は速やかにロシアと一体化することに成功、東部のドンバス(ドネツクやルガンスク)は武装抵抗が始まった。軍や治安機関の約7割はネオ・ナチ体制を嫌って離脱、その一部は反クーデター軍に合流したと言われている。 そこで欧米諸国は新体制の戦力を増強しなければならず、そのための時間を稼ぐ必要があった。そこで使われたのが停戦協定、つまり2014年のミンスク1と15年のミンスク2だ。アンゲラ・メルケル元独首相やフランソワ・オランド元仏大統領は後に、この合意がキエフのクーデター体制の軍事力を強化するための時間稼ぎだったと証言している。 この停戦協定を利用して西側は8年かけて戦力を増強。兵器を供与したり兵士を訓練、さらに「ヒトラーユーゲント」的なプロジェクトで年少者をネオ・ナチの戦闘員へ育て、マリウポリ、ソレダル、マリインカ、アウディーウカには地下要塞を建設、それらを結ぶ要塞線を構築した。2022年に入るとクーデター政権はドンバスに対する攻撃を激化させるが、こうした状況を見てキエフ政権がドンバスに対して大規模な軍事作戦を始めると予測する人は少なくなかった。 そうした状況下の2022年2月24日、ロシア軍はミサイルなどでドンバス周辺に集結していたウクライナ軍の部隊を壊滅させ、航空基地、レーダー施設、あるいは生物兵器の研究開発施設を破壊しはじめた。この攻撃でウクライナの敗北は決定的だったのだが、アメリカやヨーロッパの反ロシア好戦派は兵器を供与すれば勝てると信じていた。 しかし、ウクライナでの戦闘が始まった直後からイスラエルやトルコを仲介役とする停戦交渉が始まった。仲介役のひとりはイスラエルの首相だったナフタリ・ベネット。ロシアとウクライナは共に妥協して停戦の見通しが立つ。ベネットは3月5日にモスクワへ飛んでプーチンからゼレンスキーを殺害しないという約束をとりつけることに成功、その足でベネットはドイツへ向かい、オラフ・ショルツ首相と会う。ウクライナの治安機関であるSBUのメンバーがキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームに加わっていたデニス・キリーエフを射殺したのは、その3月5日だ。 停戦交渉はトルコ政府の仲介でも行われた。アフリカ各国のリーダーで構成される代表団がロシアのサンクトペテルブルクを訪問、ウラジミル・プーチン大統領と6月17日に会談しているが、その際、プーチン大統領は「ウクライナの永世中立性と安全保障に関する条約」と題する草案を示している。その文書にはウクライナ代表団の署名があった。つまりウクライナ政府も停戦に合意していたのだ。 ロシアとウクライナだけなら、ここで戦闘は終わっているのだが、いうまでもなく、終わらなかった。その停戦交渉を壊すため、イギリスの首相だったボリス・ジョンソンは4月9日にキエフへ乗り込み(ココやココ)、ロシアとの停戦交渉を止めるように命令している。 4月25日にはアメリカの国防長官だったロイド・オースティンがキエフを訪問したが、その際、ウクライナでの戦争を利用してロシアを軍事的、そして経済的に弱体化させたいと述べている。 4月30日にはナンシー・ペロシ米下院議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問、ゼレンスキー大統領に対してウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めた。そうした中、西側の有力メディアはロシア軍がブチャで住民を虐殺したと宣伝し始める。その主張を否定する事実が次々と現れたが、停戦交渉は壊された。 今年5月15日の会合もトルコのイスタンブールで行われる。ウラジミル・メジンスキー大統領補佐官が率いるロシアの代表団にはミハイル・ガルージン外務副大臣、イーゴリ・コスチュコフGRU(軍参謀本部情報総局)局長、アレクサンドル・フォミン国防副大臣が含まれている。戦局はロシアが圧倒的に有利であることに加え、ロシア政府は過去の経験からキエフ政権や欧米諸国を信用していないことから決着は戦場でつけるつもりだと見られている。キエフ政権は交渉の当事者とみなされていない。トランプ大統領は「プーチン大統領と私が合意するまで何も起こらない」と述べているが、これは本音だろう。ロシアとアメリカの交渉にはウクライナにおける生物兵器の研究開発問題も含まれそうだ。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.16
インドとパキスタンの対立が軍事衝突へ発展した。その中でインドはロシア製とインド製の防空システム、つまりS-400とアカーシュ・ミサイル・システムを称賛、その一方、パキスタン軍はインド軍のフランス製戦闘機ラファール複数を中国製のJ-10C戦闘機や中国とパキスタンが共同開発したJF-17が撃墜したという。S-400の優秀さは実戦ですでに証明されているが、J-10CやJF-17がヨーロッパ製戦闘機より性能が上である可能性が高まったインパクトは小さくない。J-10CやJF-17を製造する中国のAVIC成都航空機の株価は大幅に上昇、ラファールを製造するダッソー・アビエーションの株価は下落している。 ロシア製の兵器が優秀だということは、2015年9月30日にロシア軍がバシャール・アル・アサド政権の要請を受けて軍事介入、ダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国などとも表記)を含むアル・カイダ系武装勢力を一掃してから知られるようになった。 その際、ロシア軍はカスピ海の艦船から26基の巡航ミサイルを発射、約1500キロメートル離れた場所にあるターゲットに2.5メートル以内の誤差で全て命中させている。こうしたミサイルをロシアが保有していると考えていなかった西側は驚いた。 2017年4月にはドナルド・トランプ大統領がアメリカ海軍の駆逐艦2隻から巡航ミサイル(トマホーク)59機をシリアのシャイラット空軍基地に向けて発射させたが、その6割が無力化され、ロシアの防空システムが優秀だということを証明した。 その1年後、2018年4月にトランプ政権はイギリスやフランスを巻き込み、100機以上の巡航ミサイルをシリアに対して発射。雪辱を期したのだろうが、今度は7割が無力化されてしまう。前年には配備されていなかった短距離用の防空システムのパーンツィリS1が効果的だったと言われている。 ウクライナではアメリカをはじめとする西側諸国が兵器を供与してきたが、ロシア軍に対して効果がない。ジョー・バイデン政権はATACMS(陸軍戦術ミサイル・システム)ミサイルの使用をキエフ政権に許可、ロシアの深奥部に対する攻撃で使われ、その直後、イギリス製ストームシャドウとHIMARSミサイルも使用されたのだが、ロシア側の防空システムを突破できなかった。 ATACMSの使用許可はロシアに核攻撃させることが目的だった可能性があるのだが、ATACMSなどの攻撃の直後、ロシア軍はマッハ10という極超音速で飛行する中距離弾道ミサイル「オレーシニク」でドニプロにあるユジュマシュの工場を攻撃。射程距離は約6000キロメートルだとされている。これは新型極超音速中距離ミサイルのテストを兼ねた警告だ。 現在の戦争で戦車の果たす役割は低下しているが、それでも西側の有力メディアは自分たちの戦車を絶対視する宣伝を展開。そうした戦車にはアメリカの「M1エイブラムズ」、イギリスの「チャレンジャー2」、ドイツの「レオパルト2」がある。いずれもロシア軍に対して役に立たず、ロシア軍からの攻撃で壊滅的な打撃を受けた。ロシア軍はレオパルト2について、射撃管制システムや電源システムの遅れを指摘、公表されているデータが実際の性能と一致していないという。 ロシア軍は3月1日、イスカンデル・ミサイルでドネプロペトロフスク州にあるウクライナ軍の試験場を攻撃したが、その攻撃で外国人教官最大30人を含む武装勢力最大150人が殺害されたと伝えられている。この訓練場にはウクライナ軍の第157独立機械化旅団の兵士が駐留していたという。 こうした現実は製造業の分野で西側諸国がロシアや中国より劣っていることを示している。1970年代以降、西側では金融資本が企業を解体して商品として売却、製造業が潰されてきた。日本では製造業に加えて農業が破壊され、社会の構造が脆弱になっている。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.15

PKK(クルディスタン労働者党)は5月12日、組織の解散とトルコに対する武装闘争の終結を発表した。2015年9月30日にロシア軍がシリアのバシャール・アル・アサド政権の要請で軍事介入し、アメリカをはじめとする反アサド勢力が傭兵として使っていたアル・カイダ系武装勢力やダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国などとも表記)を敗走させた後、クルドの武装勢力が新たな傭兵になった。 クルドはトルコ、シリア、イラク、イランにまたがる地域で生活しているが、言語や文化が違う。イラクを拠点にするKDPはムラー・ムスタファ・バルザニとマスード・バルザニの親子が率いてきたが、ふたりともイスラエルの情報機関モサドのオフィサーだったと言われ、イスラエルの手先としてイラク政府と戦ってきた。シリアへの侵略戦争が始まってから、そうした関係がほかのクルドへも波及していったようだ。 ロシア軍に粉砕されたダーイッシュの一部をトルコ政府はハヤト・タハリール・アル・シャム(HTS)として再編成、この武装勢力はRCA(革命コマンド軍)と連携して昨年12月8日にダマスカスを制圧、バシャール・アル・アサド政権を倒した。こうした武装勢力は占領地でアラウィー派やキリスト教徒を虐殺し始め、ドゥルーズ派が民族浄化の対象になりつつある。その一方、HTSやRCAはイスラエルを攻撃しないと表明している。 バラク・オバマ政権は2010年8月にPSD-11を承認、ムスリム同胞団を利用し、地中海の南部や東部の沿岸で体制転覆工作を仕掛けたる工作を始めた。そして引き起こされたのが「アラブの春」だ。 ロラン・デュマ元仏外相によると、2009年にイギリスを訪問した際に彼はイギリス政府の高官からシリアで工作の準備をしていると告げられたというが、ネオコンは1980年代からイラク、シリア、イランを制圧する計画を立てていた。 2011年2月になるとリビアで、また3月にはシリアでムスリム同胞団やサラフィ主義者を主力とする傭兵部隊による侵略作戦が始まり、その年の10月にアメリカなど侵略の黒幕国はムアンマル・アル・カダフィ体制が倒され、カダフィ本人は惨殺された。その際にNATO軍とアル・カイダ系武装集団、LIFG(リビア・イスラム戦闘団)の連携が明白になる。 しかしながら、シリアではNATOを軍事介入させることができない。そこでリビアから兵器や戦闘員をシリアへ移動させたものの、バシャール・アル・アサド政権を倒せなかった。そこでオバマ政権は反シリア政府軍に対する支援を強化する。 そうしたオバマ政権の方針を危険だとアメリカ軍の情報機関DIA(国防情報局)は2012年に報告書を提出した。外部勢力が編成した反シリア政府軍の主力はAQIであり、その集団の中心はサラフィ主義者やムスリム同胞団だと指摘、さらにオバマ政権の政策はシリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配地域を作ることになると警告している。その時にDIAを率いていた軍人がマイケル・フリン中将にほかならない。 この警告通り2014年には新たな武装集団ダーイッシュが登場した。この武装集団はこの年の1月にイラクのファルージャで「イスラム首長国」の建国を宣言、6月にはモスルを制圧。その際にトヨタ製の真新しい小型トラック、ハイラックスを連ねてパレードし、その後、残虐さをアピールする。 オバマ大統領は政府の陣容を好戦派へ変えていく。例えば2015年2月に国防長官をチャック・ヘーゲルからアシュトン・カーターへ、同年9月には統合参謀本部議長をマーチン・デンプシーからジョセフ・ダンフォードへ交代させている。 ところが、デンプシーが統合参謀本部議長の座を降りてから5日後の9月30日、ロシア軍がシリア政府の要請で介入し、ジハード傭兵を攻撃して占領地域を急速に縮小させていった。そこでアメリカはクルドを新たな傭兵として使い始めるが、それによってトルコはアメリカを中心とする侵略同盟から離脱した。PKKの解散によってトルコはアメリカへ再接近するかもしれない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.14

ウラジミル・プーチン露大統領は5月11日、ウクライナ政府に対し、2022年に中断した直接交渉の再開を提案した。ロシアは前提条件なしに交渉に応じる用意があるとしているが、ウクライナ軍の戦力を立て直すための時間稼ぎにしてはならないと釘を刺している。 また、ロシア政府は5月13日の朝7:00まで、22時間にわたってカプースチン・ヤール上空の空域を閉鎖すると発表、キエフのアメリカ大使館はこの間にキエフに対する大規模な空爆が行われる可能性があると警告している。11月にロシア軍が極超音速(マッハ10以上)で飛行する中距離弾道ミサイルのオレシュニクをカプースチン・ヤールから発射している。 この発表の後、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキーはトルコでプーチンに会うと表明、モスクワが停戦に同意すればプーチン大統領と会談するとしている。このゼレンスキーや欧米諸国が要求している無条件の30日間停戦はウクライナ軍の戦力を立て直すための時間稼ぎにほかならない。ロシアのユーリ・ウシャコフ大統領補佐官は、キエフが本当に望むならイスタンブールに代表団を派遣し、交渉を開始するのは容易だと語っている。 ロシア軍は2022年2月24日、ミサイルなどでドンバス周辺に集結していたウクライナ軍の部隊を壊滅させ、航空基地、レーダー施設、あるいは生物兵器の研究開発施設を破壊しはじめたが、その直後から停戦交渉が始まっている。 イスラエルの首相だったナフタリ・ベネットを仲介役として停戦交渉が始まり、双方とも妥協して停戦の見通しが立つ。ベネットは3月5日にモスクワへ飛んでウラジミル・プーチンと数時間にわたって話し合い、ゼレンスキーを殺害しないという約束をとりつけることに成功、その足でベネットはドイツへ向かい、オラフ・ショルツ首相と会う。ウクライナの治安機関であるSBUのメンバーがキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームに加わっていたデニス・キリーエフを射殺したのは、その3月5日だ。 停戦交渉はトルコ政府の仲介でも行われた。アフリカ各国のリーダーで構成される代表団がロシアのサンクトペテルブルクを訪問、ウラジミル・プーチン大統領と6月17日に会談しているが、その際、プーチン大統領は「ウクライナの永世中立性と安全保障に関する条約」と題する草案を示している。その文書にはウクライナ代表団の署名があった。つまりウクライナ政府も停戦に合意していたのだ。 ロシアとウクライナだけなら、ここで戦闘は終わっているのだが、言うまでもなく、終わらなかった。その停戦交渉を壊すため、イギリスの首相だったボリス・ジョンソンは4月9日にキエフへ乗り込み(ココやココ)、ロシアとの停戦交渉を止めるように命令している。 4月30日にはナンシー・ペロシ米下院議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問、ゼレンスキー大統領に対してウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めた。そうした中、西側の有力メディアはロシア軍がブチャで住民を虐殺したと宣伝し始める。その主張を否定する事実が次々と現れたが、停戦交渉は壊された。 米英がベレンスキー政権に対してロシアとの停戦交渉をしないように命じたのは、彼らがロシアに勝てると信じていたからなのか、勝てなくてもロシアを疲弊させられると考えていたからだろうが、実際はロシア軍が欧米の傀儡であるウクライナ軍を圧倒、ロシア経済は好調だ。欧米の「エリート」が描いていたシナリオと現実との乖離は大きくなっているのだが、その事実を彼らは受け入れられないでいる。 5月10日にキエフでゼレンスキーと会談したフランスのエマニュエル・マクロン大統領、ドイツのフリードリヒ・メルツ首相、イギリスのキール・スターマー首相らはゼレンスキーと同じ意見のようで、ドナルド・トランプ米大統領も、1か月間の停戦に早期に合意できることを期待すると述べているのだが、2014年のミンスク1と15年のミンスク2で煮湯を飲まされたロシア政府がこの要求を受け入れるとは思えない。 マクロン、メルツ、スターマーらはキエフから列車で帰国した。マクロンとメルツがいたと言われる車両に英仏独の首脳が記者と一緒に入った際、マクロンとメルツは何かを素早く隠した。紙で作られた小さな入れ物と耳かきのようなもので、人によってはコカインを入れるための入れ物とコカインをすくうためのスプーンに見えたようだ。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.13

ドナルド・トランプ米大統領はウクライナでの戦争を終わらせることが困難であることを認めたと伝えられている。バラク・オバマ政権がネオ・ナチを利用したクーデターでビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒した当時、欧米諸国はロシアとの戦争で簡単に勝ていると考えていたようだが、その間違った見通しを今でも引きずっているようだ。 オバマ政権は2014年2014年2月22日にビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒し、ウクライナを支配下に置いたが、ソ連時代にロシアからウクライナへ割譲された東部や南部の住民はクーデター政権を拒否、クリミアはロシアと一体化し、ドンバス(ドネツクやルガンスク)は武装抵抗を始めた。しかも軍や治安機関の約7割はネオ・ナチ体制を嫌って離脱、その一部は反クーデター軍に合流したと言われている。 つまり、クーデター体制は弱体。そこで新体制の戦力を増強する必要があり、そのための時間を稼ぐ必要があった。そこで使われたのが停戦協定。つまり、2014年のミンスク1と15年のミンスク2だ。アンゲラ・メルケル元独首相やフランソワ・オランド元仏大統領は後に、この合意がキエフのクーデター体制の軍事力を強化するための時間稼ぎだったと証言している。 これを含め、ロシアは西側と話し合いで問題を解決しようとしてきたが、いずれも失敗した。アメリカの元政府高官も西側が約束を守るはずがないと警告していたが、それでもロシア政府は話し合いにこだわったのである。 オバマ政権の中でウクライナに対するクーデター工作を主導したのはネオコンだが、この勢力はソ連が消滅する直前の1991年8月24日にウクライナの議会で独立が宣言されるが、その前、91年1月にクリミアではウクライナからの独立を問う住民投票が実施され、94%以上が賛成している。その民意を無視してクリミア議会はウクライナへの統合を決めてしまった。 さらに、ウクライナをNATOの支配下へ置くため、1994年2月に同国をNATOの「平和のためのパートナーシップ」へ、また97年にはNATOウクライナ委員会にそれぞれ加盟させる。これに伴い、NATOとウクライナ軍はポーランド国境付近にあるウクライナ軍のヤボリウ基地を軍事演習の司令部および作戦本部として使用し始めた。ロシア側から見ると、これは新たな「バルバロッサ作戦」が始まったことを意味する。 ロシア軍はウクライナに対する攻撃を始めてまもない2022年3月13日にヤボリウ基地を巡航ミサイルで攻撃している。ここでウクライナ軍は携帯式対戦車ミサイル「ジャベリン」などを使い、軍事訓練していると伝えられていた。 西側が工作を進めたにも関わらず、2004年の大統領選挙では東部や南部を支持基盤にし、中立政策を進めようとしていたヤヌコビッチが勝利してしまう。その結果を翻すため、アメリカは2004年から05年にかけて「オレンジ革命」と呼ばれたクーデターを実行、西側の傀儡だったビクトル・ユシチェンコを大統領に据えたのだが、ユシチェンコ政権は新自由主義政策を推進、不公正な政策で貧富の差を拡大させたことからウクライナ人の怒りを買う。そして2010年の大統領選挙では再びヤヌコビッチが勝利することなった。そこでクーデターを実行、西側はクーデター政権を正当だと主張するのだが、ウクライナの少なくとも半数の国民はその主張を認めていなかった。 トランプが掲げた「和平構想」が実現しない理由のひとつはここにあるが、それだけでなく、ロシアがウクライナにおいて西側と戦争する過程で製造能力が高まり、高性能兵器の開発が進み、戦闘体制も整った。こうした点で、すでにロシアは欧米諸国を上回っている。ウクライナに対する兵器の供与や戦闘員の派遣でロシアを脅すことはできない。これまで西側から煮湯を飲まされてきたロシア政府は戦場で決着をつけるつもりだろう。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.12
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ政権はガザで住民を虐殺し続けている。そのネタニヤフ首相に小さからぬ影響力を及ぼしていたシェルドン・アデルソンはドナルド・トランプ米大統領に多額の資金を提供してきた人物で、2013年10月に彼はイランを核攻撃で脅すべきだと語っている。2021年1月にシェルドンは死亡したが、妻のミリアムが後を引き継ぎ、24年の大統領選挙では彼女がトランプのスポンサーになった。イスラエル至上主義のアデルソン夫妻を介し、ネタニヤフとトランプは結びついているのだが、ここにきて両者の間に亀裂が入ったのではないかという見方が出てきた。ネタニヤフ政権が進めてきた政策が破綻していることが大きいだろう。ネタニヤフは処分されるかもしれない。 ネタニヤフ政権は2023年4月1日にイスラエルの警察官がイスラム世界で第3番目の聖地だとされているアル・アクサ・モスクの入口でパレスチナ人男性を射殺した。同年4月5日にはイスラエルの警官隊がそのモスクへ突入、ユダヤ教の祭りであるヨム・キプール(贖罪の日/昨年は9月24日から25日)の前夜にはイスラエル軍に守られた約400人のユダヤ人が同じモスクを襲撃、さらにユダヤ教の「仮庵の祭り」(昨年は9月29日から10月6日)に合わせて10月3日にはイスラエル軍に保護されながら832人のイスラエル人が同じモスクへ侵入している。 ハマスを中心とする武装グループがイスラエルを攻撃したのはその直後、10月7日のことだった。その攻撃は「アル・アクサの洪水」と名付けられている。この攻撃の前にイスラエル軍はイスラム教徒を挑発していたのだ。 イスラエルがパレスチナ人を虐殺する理由は、パレスチナ人が先住民であり、その先住民を「浄化」する必要があると感じているからだろうが、パレスチナに「ユダヤ人の国」を作ろうとしたのはシオニスト。その背後にはイギリスの帝国主義者が存在する。 イスラエルは1948年5月14日に建国が宣言されたシオニストの国なのだが、シオニズムはエリザベス1世の時代(1558年から1603年)に始まった「ブリティッシュ・イスラエル主義」だと考えられている。アングロ-サクソン-ケルトは「イスラエルの失われた十支族」であり、自分たちこそがダビデ王の末裔だと彼らは信じ、人類が死滅する最後の数日間にすべてを包括する大英帝国が世界を支配すると予言されているというのだ。カルトだ。 イギリスや西側世界にシオニズムを広めた人物としてブリティッシュ外国聖書協会の第3代会長を務めた反カトリック派のアントニー・アシュリー-クーパー(シャフツバリー伯爵)が知られている。17世紀初頭にイギリス王として君臨したジェームズ1世も自分を「イスラエルの王」だと信じていたという。 その息子であるチャールズ1世はピューリタン革命で処刑されたが、その革命で中心的な役割を果たしたオリヴァー・クロムウェルをはじめとするピューリタンも「イスラエルの失われた十支族」話を信じていたとされている。 クロムウェルは革命で仲間だったはずの水平派を弾圧、さらにアイルランドへ軍事侵攻して住民を虐殺。侵攻前の1641年には147万人だった人口は侵攻後の52年に62万人へ減少した。50万人以上が殺され、残りは「年季奉公」や「召使い」、事実上の奴隷としてアメリカなどに売られたと言われている。パレスチナで先住民を虐殺しているシオニストと同じようなことを行なっている。 イギリスでは王政復古で王位についていたジェームズ2世が1688年から89年にかけての「名誉革命」で追放され、オランダ出身のオラニエ公ウィレム(ウィリアム3世)がお王位につくが、それ以降、寡頭制の時代に入ったと言われている。そしてシオニズムが広がっていく。 19世紀のイギリス政界では反ロシアで有名なヘンリー・ジョン・テンプル(別名パーマストン子爵)が大きな影響力を持っていた。彼は戦時大臣、外務大臣、内務大臣を歴任した後、1855年2月から58年2月まで、そして59年6月から65年10月まで首相を務めている。ビクトリア女王にアヘン戦争を指示したのもパーマストン卿だ。 1896年に『ユダヤ人国家』という本を出版したセオドール・ヘルツルが「近代シオニズムの創設者」とされているのだが、「近代」という冠が曲者だ。シオニズムの流れをそこで断ち切りたいのだろうが、そうした見方は正しくない。遅くとも16世紀には始まっている。 イギリスで始まったシオニズムは19世紀に帝国主義と一体化し、パレスチナ侵略が具体化してくる。イギリス政府は1838年、エルサレムに領事館を建設し、その翌年にはスコットランド教会がパレスチナにおけるユダヤ教徒の状況を調査、イギリスの首相を務めていたベンジャミン・ディズレーリは1875年にスエズ運河運河を買収。そして1917年11月、アーサー・バルフォアがウォルター・ロスチャイルドへ書簡を出してイスラエル建国への道を切り開く。いわゆる「バルフォア宣言」だ。 先住のアラブ系住民を消し去るため、シオニストは1948年4月4日に「ダーレット作戦」を発動、8日にデイル・ヤーシーン村で住民を虐殺している。アラブ人を脅し、追い出そうとしたのだ。 この作戦が始まるまでにエルサレム旧市街の周辺へユダヤ人が集中的に移民、人口の3分の2を占めるまでになっていた。この作戦は1936年から39年にかけて行われたパレスチナ人殲滅作戦の詰めだったという見方もある。 ダーレット作戦はハガナ(ユダヤ人の武装グループで、後にイスラエルの国防軍になった)が中心になって実行されたが、その副官を務めていたイェシュルン・シフがエルサレムでイルグンのモルデチャイ・ラーナンとスターン・ギャングのヨシュア・ゼイトラーに会い、ハガナのカステル攻撃に協力できるかと打診している。イルグンとスターン・ギャングは協力することになる。 まず、イルグンとスターン・ギャングはデイル・ヤシンという村を襲うが、この村が選ばれた理由はエルサレムに近く、攻撃しやすかったからだという。村の住民は石切で生活し、男が仕事で村にいない時を狙って攻撃するプランだった。 8日にハガナはエルサレム近郊のカスタルを占領、9日午前4時半にイルグンとスターン・ギャングはデイル・ヤシンを襲撃する。マシンガンの銃撃を合図に攻撃は開始、家から出てきた住民は壁の前に立たされて銃殺され、家の中に隠れていると惨殺、女性は殺される前にレイプされている。 襲撃直後に村へ入った国際赤十字のジャック・ド・レイニエールによると、254名が殺され、そのうち145名が女性、35名は妊婦だった。イギリスの高等弁務官だったアラン・カニンガムはパレスチナに駐留していたイギリス軍のゴードン・マクミラン司令官に殺戮を止めさせるように命じたが、拒否されている。ハガナもイルグンとスターン・ギャングを武装解除しようとはしなかった。(Alan Hart, “Zionism Volume One”, World Focus Publishing, 2005) この虐殺を知ったアラブ系住民は逃げ出す。約140万人いたパレスチナ人のうち5月だけで42万3000人がガザ地区やトランスヨルダン(現在のヨルダン)に移住、その後1年間で難民は71万から73万人に達したと見られている。イスラエルとされた地域にとどまったパレスチナ人は11万2000人。そして5月14日にイスラエルの建国が宣言された。国際連合は同年12月11日に難民の帰還を認めた194号決議を採択したが、現在に至るまで実現されていない。そして同年5月14日にイスラエルの建国が宣言された。アラブ諸国の軍隊が参戦するのはその翌日からだ。 ところで、シェルドン・アデルソンはラスベガス(ネバダ州)、ベスレヘム(ペンシルベニア州)、さらにマカオ(中国)、マリナ湾(シンガポール)でカジノを経営、日本にもカジノを作らせるように要求していた。 2013年11月にアデルソンは来日、自民党幹事長代行だった細田博之と会った際、東京の台場エリアで複合リゾート施設、つまりカジノを作るという構想を模型やスライドを使って説明している。日本では2010年4月に「国際観光産業振興議員連盟(IR議連)」が発足していたが、このグループが動き、カジノ解禁を含めたIRを整備するための法案が国会に提出された。アデルソンはカジノ計画を2020年の東京オリンピックに間に合わせて実現するつもりで、14年2月に日本へ100億ドルを投資したいと語ったという。その計画は実現せず、現在、大阪でIRの建設が始まっている。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.11

中国の習近平国家主席はロシアの戦勝記念日式典に出席するためモスクワを訪問、ウラジーミル・プーチン露大統領と会談した。会談後の記者会見で習国家主席は「世代を超えて友情を維持し、鋼鉄のように鍛えられた真の友人でいることが必要だ」と述べている。プーチン大統領は「軍国主義国家である日本」に対する勝利記念日を祝うため、中国を訪問すると語った。 中国はアメリカ産原油の購入量を半減させると伝えられている。2月6日にアメリカからLNG(液化天然ガス)が運ばれてきたが、それ以降、LNGの供給は停止。その一方、ロシアからの天然ガス購入量を増加させる。プーチン大統領はインフラを整備し、貿易を盛んにすることで各国との関係を強化しようとしているが、特に天然ガスは重要だ。 ロシアは「シベリアの力」パイプラインを2019年12月に完成させ、天然ガスの供給を始めたが、アレクサンドル・ノバク副首相によると、プーチン大統領と習近平国家主席は「シベリアの力2」計画の加速化で合意したという。このパイプラインはロシア北部のヤマル地方からモンゴルを経由して中国へ年間最大50bcmの天然ガスを輸送できる。ロシアは12月、カザフスタン経由で中国へ向かう新たなガスパイプラインの開発に着手したと発表している。 中国は天然ガスや石油を中東から運ぶ場合、軍事的な緊張が高まっている中東を出港してからアラビア海、アメリカ軍が支配するインド洋を経由して難所のマラッカ海峡を通過、アメリカや日本が締め付けを厳しくしている南シナ海へ入らなければならない。ロシアから運ぶ場合に比べて輸送距離が短いだけでなく、危険性が低い。 中東やアメリカで生産されるエネルギー資源のコストが高いことは日本に対しても言える。そこでサハリンにLNG(液化天然ガス)や石油を生産するプラントの「サハリン1」と「サハリン2」を建設した。 サハリン1を運営する会社の出資比率はアメリカのエクソンモービルが30%、日本のSODECO(サハリン石油ガス開発/伊藤忠商事、丸紅、石油資源開発などが共同出資)は30%、ロシアのロスネフチ関連会社が20%、インドのONGCが20%。このうちエクソンモービルは3月に撤退を表明している。 サハリン2の場合、2022年2月28日にシェルはこのプロジェクトを含むロシアでの全事業から撤退することを表明。アメリカ政府は日本に対しても撤退を求めたと思われるが、三井物産と三菱商事は2022年8月19日、新たな運営会社であるサハリンスカヤ・エネルギヤに出資参画する方針を決めたことを明らかにしている。その間、7月8日に安倍晋三は射殺された。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.10

第2次世界大戦は連合国の勝利で終わった。ヨーロッパ戦線で連合国と戦っていたのはドイツであり、戦勝記念日はドイツが降伏した日ということになるのだが、ヨーロッパは5月8日、ロシアは5月9日に祝っている。 ヨーロッパでの戦争は1939年9月1日にドイツ軍がポーランドへ軍事侵攻した時に始まったとされている。チェコスロバキアをドイツ軍が侵攻した際には黙認していたイギリスやフランスなどは9月3日に宣戦布告するのだが、それから半年間、本格的な戦闘はなかった。いわゆる「奇妙な戦争」の期間だ。 イギリスやフランスだけでなくドイツも戦争の準備ができていなかったのだが、それだけでなく、ドイツはイギリスやフランスに対して和平を呼びかけ、拒否されている。ドイツは1940年7月に停戦を呼びかけた際、イギリスの権益を傷つける意思がないことを伝えるが、米英両国は応じなかった。(Patrick J. Buchanan, “Churchill, Hitler and ‘The Unnecessary War’,” Crown, 2008) ソ連軍は1939年9月17日にポーランドへ軍事侵攻するが、その直後にイギリスとフランスはイラン、シリア、トルコから飛び立った爆撃機でソ連のカフカスにある油田地帯を攻撃する計画を立てている。パイク作戦だ。1940年3月にはマークを消したイギリスの偵察機がイラクの飛行場を離陸し、バクーやバトゥーミの世紀湯施設を撮影。この攻撃が実行されてもドイツがダメージを受けることはなく、イギリス側の目的はソ連を崩壊させることにあったと見られている。(Michael Peck, “Operation Pike,” The National Interest, November 20 2015) 真珠湾攻撃の半年前、1941年6月22日に300万人以上のドイツ軍はソ連に向かって進撃を開始。バルバロッサ作戦である。西部戦線に残ったドイツ軍は約90万人にすぎない。ドイツ軍の首脳は西部方面を防衛するために東へ向かう部隊に匹敵する数の将兵を配備するべきだと主張したが、アドルフ・ヒトラーに退けられたという。(David M. Glantz, The Soviet-German War 1941-1945,” Strom Thurmond Institute of Government and Public Affairs, Clemson University, October 11, 2001) 何らかの理由でヒトラーは西側から攻められないと考えていたのだろうが、実際、西部戦線でドイツと戦ったのは事実上、レジスタンスだけだった。その前、1940年5月下旬から6月上旬にかけてイギリス軍とフランス軍34万人がフランスの港町ダンケルクから撤退しているが、その際にアドルフ・ヒトラーは追撃していたドイツ機甲部隊に進撃を停止するように命令、撤退を助けている。 ドイツ軍は1940年9月7日から41年5月11日にかけてロンドンを空襲し、4万人から4万3000名の市民を殺害したというが、その間、ドイツ側がソ連へ軍事侵攻する準備をしていたはずだ。ロンドンへの攻撃は東への侵攻作戦を隠し、ソ連側の警戒を緩和させる陽動作戦だったとする見方もある。 バルバロッサ作戦が始まる5カ月前、ソ連の外交官や情報機関はドイツ軍が6月にソ連侵攻作戦を始めるとクレムリンに報告していたが、ヨシフ・スターリンはその警告を無視したとされている。(Susan Butler, “Roosevelt And Stalin,” Alfred A. Knopf, 2015) ソ連に攻め込んだドイツ軍は1941年7月にレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)を包囲、8月後半になると前線部隊がモスクワまで約300キロメートルの地点に到達した。9月にはモスクワまで80キロメートルの地点まで迫る。 ヒトラーは1941年10月3日にソ連軍が再び立ち上がることはないとベルリンで語っている。同じ頃、ウィンストン・チャーチル英首相の軍事首席補佐官を務めていたヘイスティングス・イスメイは3週間以内にモスクワは陥落すると推測しているのだが、それでもイギリスは動かない。(Susan Butler, “Roosevelt And Stalin,” Alfred A. Knopf, 2015) 開戦当初、ドイツ軍がモスクワ近くまで攻め込めた一因はスターリンが軍上層部を粛清したことにあるとも言われている。西側で宣伝されたほど多くはなかったようだが、それでも約2万人の将校と人民委員が逮捕され、その多くが処刑されたという。粛清のピークは1937年から38年にかけての時期だとされているが、その原因はスターリンが軍のクーデターを恐れたからだとも言われている。 1917年の十月革命でボルシェビキは実権を握るが、その前からドイツとボルシェビキの関係は悪くなかった。ドイツ軍とソ連軍との関係も友好的で、スターリンはその関係を警戒していたのだ。 革命の前、1914年7月に第1次世界大戦が勃発、ロシアもドイツと戦うことになるのだが、これにはグリゴリー・ラスプーチンの暗殺未遂が関係している。大地主や農民の代弁者で、ニコライ2世夫妻から信頼されていたラスプーチンはドイツとの戦争に反対、ロシアとドイツを戦わせようとしていたイギリスにとって邪魔な存在だった。 そして1914年6月にオキーニャ・グセバという女性に腹を刺されてラスプーチンは入院、その間、ロシアでは総動員が命令される。ドイツは動員を解除するよう要求するのだが、その要求をロシアが断り、ドイツは8月1日に宣戦布告。こうしてロシアはドイツとの戦争に突入するのだが、ラスプーチンは8月17日に退院、ドイツとの戦争からロシアが離脱する可能性が出てきた。ラスプーチンを刺したグセバは精神病棟へ隔離されたが、二月革命の直後に法務大臣だったアレクサンドル・ケレンスキーが釈放している。 1916年になるとイギリス外務省はサミュエル・ホーアー中佐を責任者とする情報機関SIS(通称MI6)のチームをペトログラードへ派遣するのだが、そのチームには興味深いメンバが含まれていた。スティーブン・アリー、ジョン・スケール、オズワルド・レイナーだ。 レイナーはオックスフォード大学の学生だった当時からロシアの有力貴族であるフェリックス・ユスポフ公と親密な関係にあった。アリーはモスクワの近くで1876年に生まれ、15歳の時にイギリスへ帰国、家族の経営するアリー・アンド・マクレランで働くようになるが、その裏では情報機関員として活動していた。スティーブンが生まれた場所はモスクワ近くの家はユスポフの宮殿で、父親はユスポフ家の家庭教師だったとも言われている。(Joseph T. Fuhrmann, “Rasputin,” John Wiley & Son, 2013) ラスプーチンは1916年12月30日に暗殺された。その際に3種類の銃が使われているが、トドメを刺したのは455ウェブリー弾。イギリスの軍用拳銃で使われていたもので、殺害現場にいた人の中でその銃弾を発射できる銃をもっていたのはレイナーだけだった。ユスポフは上流社会の堕落に憤り、犯行に至ったとされているが、世界の上流社会は堕落している。しかもユスポフ自身、問題のある生活を送っていた。 ペトログラードにおけるイギリスのお抱え運転手だったウィリアム・コンプトンの日記によると、彼はレイナーをユスポフの宮殿へ1916年の10月の終わりから11月半ばにかけて6回にわたり運んだという。またユスポフは1916年12月19日にレイナーと会ったと書き残している。(前掲書) 1917年3月にロシアでは二月革命でカデット(立憲民主党)を中心とする臨時革命政府が成立したが、主導権を握ったのは資本家階級。メンシェビキ(ロシア社会民主労働党の一分派)やエス・エル(社会革命党)も参加していたが、ボルシェビキの指導者は国外に亡命しているか刑務所に入れられていた。ウラジミル・レーニンはスイスにいた。そのレーニンを含むボルシェビキの幹部32名をドイツは「封印列車」でロシアへ運んでいる。レーニンは1917年4月に帰国した。言うまでもなく、十月革命はその後のこと。こうした背景があるため、革命後、ソ連とドイツの関係は良かったのである。両国の関係が悪化するのは米英金融資本をスポンサーとするナチスが台頭してからだ。 ソ連へ攻め込んだドイツ軍は1942年8月にスターリングラード市内へ突入して市街戦が始まる。当初はドイツ軍が優勢に見えたが、11月にソ連軍が猛反撃に転じ、ドイツ軍25万人はソ連軍に完全包囲された。43年1月31日にフリードリヒ・パウルス第6軍司令官とアルトゥール・シュミット参謀長らがソ連軍に降伏、2月2日にはカール・シュトレッカー歩兵大将の第11軍団が投降し、事実上、ドイツの敗北が決まった。 そうした展開に慌てた米英仏の首脳は1943年1月にカサブランカで会談、「ソ連勝利」の印象が広がらないように戦争を長引かせようと考えた。 そして同年7月にイギリス軍とアメリカ軍はシチリア島へ上陸するのだが、その目的はコミュニストが主力のレジスタンス対策だったと言われている。ハリウッド映画で有名になったノルマンディー上陸作戦(オーバーロード作戦)は1944年6月になってからだ。日本の降伏も時間の問題になった。 そうした中、1945年4月12日にルーズベルト大統領は急死、5月8日にベルリンでウィルヘルム・カイテル元帥が降伏文書に調印。その段階でイギリスのウィンストン・チャーチル首相はソ連に対する奇襲攻撃を目論み、アンシンカブル作戦が作成された。同年7月1日にアメリカ軍64師団、イギリス連邦軍35師団、ポーランド軍4師団、そしてドイツ軍10師団で「第3次世界大戦」を始めるというものだが、イギリスの参謀本部がこの計画を拒否したので実行されなかった。 チャーチルは1945年7月26日に辞任するが、46年3月にアメリカのフルトンで「鉄のカーテン演説」を行って「冷戦」の開幕を宣言する。その翌年にはアメリカのスタイルズ・ブリッジス上院議員に対し、ソ連を核攻撃するようハリー・トルーマン大統領を説得してほしいと求めた。 1951年4月にもチャーチルはソ連を核攻撃するという考えを口にしている。自宅でニューヨーク・タイムズ紙のジェネラル・マネージャーだったジュリアス・アドラーに対し、ソ連に最後通牒を突きつけ、それを拒否したなら20から30発の原爆をソ連の都市に落とすと脅そうと考えていると話していたことを示す文書が発見されたというのだ。 第2次世界大戦後、ナチスの元幹部や協力者の逃走をアメリカの国務省や情報機関は助け、保護し、雇い入れる「ブラッドストーン作戦」を秘密裏に開始、その年に作成されたNSC20では、「結果として戦争を起こし、ソ連政府を打倒する」という方針が示された。(クリストファー・シンプソン著、松尾弌訳『冷戦に憑かれた亡者たち』時事通信社、1994年) 第1次世界大戦から現在に至るまで「大英帝国」の対ロシア/ソ連戦争は続いている。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.09
ベンヤミン・ネタニヤフ政権の安全保障閣僚会議はガザにおける軍事作戦、つまり住民虐殺を拡大することを承認、エヤル・ザミール司令官によると、数万人の予備役への召集命令を出し始めたという。イスラエルの主要空港であるベン・グリオン空港付近に着弾してから数時間後のことだ。 空港を攻撃したイエメンのアンサール・アッラー(フーシ派)は事実上のイエメン政府だが、その報道官であるヤヒヤ・サリーは5月4日、イスラエルに対する包括的な航空封鎖の開始を宣言、すべての航空会社に対し、この発表が発表された時点からイスラエルの空港へ向かうすべてのフライトを欠航させるように求めている。この声明を受け、ルフトハンザ航空、エールフランス航空、デルタ航空、ウィズエアーなどは5月4日、テルアビブ便の運航を停止した。 アンサール・アッラーは航続距離2000キロメートル以上のミサイルを発射し、ベン・グリオン空港の第3ターミナル付近に着弾。イスラエルとアメリカの防空システムは機能しなかった。この醜態を誤魔化すためなのか、イスラエルとアメリカの当局者はイランが攻撃を指揮したと非難しているのだが、イランは否定している。イランが指揮する必要はないだろう。 アメリカはイギリスを伴ってイエメンに対する激しい空爆を繰り広げてきたが、アンサール・アッラーは弱まらず、アメリカの軍艦が攻撃されている。ドナルド・トランプ米大統領がイエメンに対する攻撃を停止すると表明したが、紅海にアメリカの民間船舶は存在していない。 アメリカ軍は目的を達成できないままミサイルや弾薬がなくなり、補給のためクレタ島、バーレーンへ向かわざるをえない状況だ。アンサール・アッラーとの戦闘でF-18戦闘機3機とリーパー無人機20機以上を失ったとも言われている。アンサール・アッラーの幹部は、アメリカがイエメンへの空爆作戦を停止すればアメリカ艦船への攻撃を停止することを約束すると述べているが、イスラエルとの戦闘を継続する。 アメリカをはじめとする西側諸国はロシアや中国と戦争を始めたことで自分たちが強くないことを世界の人びとに知らしめた。1991年12月にソ連が消滅した際、アメリカが唯一の超大国になったと考えた人は少なくないだろうが、それは幻影にすぎなかったということだ。その幻影に取り憑かれているトランプが西側世界を救う「白馬の騎士」だと考えることも間違いである。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.08
ドナルド・トランプ政権はウクライナでの戦闘を終結させ、利権を確保しようと考えているのかもしれないが、パレスチナではイスラエルによる虐殺を止めようとはしていない。19世紀に始まった帝国主義の枠組みから彼も外へ出てはいないと言える。その枠組みの中でライバル勢力と戦っているわけだ。ライバルの中にはジョー・バイデンやバラク・オバマが含まれているが、このふたりも帝国主義という枠組みの中で活動している。ジョージ・W・ブッシュも同じだ。 1991年12月にソ連が消滅した際、アメリカは冷戦に勝利し、「唯一の超大国」になったと考えた人は少なくないだろう。その直後、アメリカで外交や安全保障の分野をコントロールしていたネオコンは1992年2月に国防総省のDPG(国防計画指針)草案として世界制覇プロジェクトを作成した。いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」だ。当時の国防長官はリチャード・チェイニー、執筆の中心人物はポール・ウォルフォウィッツ国防次官だった。このドクトリンの基盤を考えたのは国防総省内部のシンクタンクONA(ネット評価室)で室長を務めていたアンドリュー・マーシャルだとされている。 世界制覇戦争の手始めとしてネオコンはNATOを東へ拡大させ、ロシアへ迫る。ミハイル・ゴルバチョフ政権との約束を無視したのだ。 1990年に東西ドイツが統一された際、ジョージ・H・W・ブッシュ政権の国務長官だったジェームズ・ベイカーはソ連側に対し、統一後もドイツはNATOにとどまるものの、NATO軍の支配地域は1インチたりとも東へ拡大させないと語ったとする記録が公開されている。 また、ロシア駐在アメリカ大使だったジャック・マトロックはゴルバチョフ大統領に対してNATOを東へ拡大させないと約束、ドイツの外相を務めていたハンス-ディートリヒ・ゲンシャーは1990年にエドゥアルド・シェワルナゼと会った際、「NATOは東へ拡大しない」と確約し、シェワルナゼはゲンシャーの話を全て信じると応じたという。(“NATO’s Eastward Expansion,” Spiegel, November 26, 2009) しかし、ソ連が消滅して以来、アメリカはNATOを東へ拡大させ、ロシアへ迫る。1999年3月にはユーゴスラビアを先制攻撃で破壊した。そして2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センター、バージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃された後、ネオコンの計画通りアメリカ主導軍がイラクを先制攻撃、サダム・フセイン体制を倒したが、泥沼化する。そして「チェンジ」を掲げるオバマが登場、そのオバマを崇める人が現れ、そうした人びとはその後の世界情勢が理解できなくなった。 そこでオバマ政権は2010年8月に「PSD(大統領研究指針)11」を承認し、ムスリム同胞団やサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)を中核とする武装勢力を使い、目障りな体制を転覆させるための戦争を始めた。2011年2月にリビア、同年3月にはシリアでも戦争を開始、11月にはNATO軍とアル・カイダ系武装集団が連携してムアンマル・アル・カダフィ体制を倒すことに成功、カダフィ自身を惨殺。その後、オバマ大統領はリビアから戦闘員や兵器を輸送するだけでなく、政権転覆を目指す傀儡軍への支援を強化した。 しかし、アメリカ軍の情報機関DIA(国防情報局)はそうした行為を危険だと考え、ホワイトハウスに警告する報告書を2012年に提出している。反シリア政府軍の主力はAQIであり、その集団の中心はサラフィ主義者やムスリム同胞団だと指摘、さらにオバマ政権の政策はシリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配地域を作ることになると警告したのだ。その時にDIAを率いていた軍人がマイケル・フリン中将にほかならない。 この警告通り、2014年には新たな武装集団ダーイッシュが登場、この集団はこの年の1月にイラクのファルージャで「イスラム首長国」の建国を宣言、6月にはモスルを制圧した。フリン中将の警告が現実なったのだが、その年の8月に彼は解任されてしまう。オバマ大統領は政権を好戦的な布陣に変更するが、2015年9月末にロシア軍がバシャール・アル・アサド政権の要請で介入、ダーイッシュを含むアル・カイダ系武装集団を敗走させたが、イドリブへ押し込めたところで止まった。 しかし、ダーイッシュから派生したHTS(ハヤト・タハリール・アル・シャム)やRCA(革命コマンド軍)が昨年12月8日にダマスカスを制圧し、その後、アラウィー派やキリスト教徒を虐殺し始め、ドゥルーズ派が民族浄化の対象になりつつある。HTSの黒幕がトルコであることから次にクルドを狙うと可能性が大きい。そのHTSやRCAはイスラエルを攻撃しないと公言している。シリアは「ガザ」になりつつある。 ブッシュ・ジュニア政権と同様、オバマ政権は侵略、破壊、殺戮を繰り広げた。大統領が交代してもアメリカが帝国主義国であることに変化はない。オバマも帝国主義という枠組みの中で行動したのだが、その枠組みから抜け出したくない人びとは、オバマが大統領に就任した際、彼を英雄視した。オバマ政権のジョー・バイデンが大統領の時代、アメリカはロシアとの戦争へ向かい、破綻。そこでトランプが登場してくるのだが、この人物も帝国主義の住人である。「良い警官と悪い警官」の幻影から抜け出さない限り、帝国主義の枠組みからも抜け出せない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.07
ルーマニアでは5月4日に大統領選挙の第1回投票があった。トップは40.96%を獲得したAUR(ルーマニア人連合同盟)のジョージ・シミオン党首、第2位は20.99%のブカレスト市長のニクソル・ダン。このふたりが5月18日に予定されている第2回投票に進む。与党連合自由党のクリン・アントネスクは20.07%で第3位だった。 今回の投票は2度目の第1回投票だ。最初の第1回投票は2024年11月24日に実施され、カリン・ジョルジェスクが22.94%を獲得して第1位になり、欧米支配層が望んでいたエレナ・ラスコーニは19.18%で第2位だった。第2回投票でラスコーニは勝てないと判断したのか、ルーマニア憲法裁判所はロシア政府が介入したとしてこの投票を無効にし、再投票にジョルジェスクが出馬することを禁じた。なお、ラスコーニは今回の投票で2.68%しか獲得していない。 旧ソ連圏でもかつてファシズムの温床だったポーランド、ウクライナの西部地域、バルト3国などでは今でも反ロシア感情が強いが、ルーマニアのほかジョージア、ハンガリー、スロバキア、セルビアなどでは欧米への反発が強まり、ロシアとの関係修復を目指す動きが現れている。 ルーマニアの隣国であるモルドバでは2022年からイギリスの情報機関が活発に動き始め、2013年から14年にかけてのウクライナと似た状況になっているが、周辺国でも西側の情報機関が秘密工作を実行しているようだ。ウクライナの大統領だと主張しているウォロディミル・ゼレンスキーがイギリスの情報機関MI6のエージェントである可能性が高いことは本ブログでも繰り返し書いてきた。 こうした国々の政治に介入している西側諸国は民主主義的な衣を脱ぎ捨て始め、支配層にとって都合の悪い政党が弾圧され、言論統制が急速に強まっている。そうしたことは自国でも行われている。 イギリスではガザでパレスチナ人を虐殺しているイスラエルを批判、戦争に反対していた労働党のジェレミー・コービンが情報機関や有力メディアによって党首の座から引き摺り下ろされ、フランスでは国民から支持されているマリーヌ・ル・ペンの選挙資格が剥奪され、ドイツでは支持率を伸ばし、最も国民から支持されるようになったAfD(ドイツのための選択肢)を治安機関のBfV(連邦憲法擁護庁)は「過激派政党」に指定した。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.06
国家安全保障担当補佐官を「辞任」したマイケル・ウォルツをドナルド・トランプ大統領は国連大使に指名すると発表された。この人事はイエメンに対するアメリカ軍の爆撃計画に関するチャット漏洩が原因だと言われている。この漏洩は3月24日に発覚した。 今回の人事を議会が承認すれば、ウォルツはマルコ・ルビオ国務長官の下で働くことになる。要するに降格だ。ルビオもトランプと同じようにシオニストだが、ウォルツほど狂信的ではない。大統領の考え方を体現しているのはスティーブ・ウィトコフと言えるかもしれない。 この機密事項に触れるチャットは安全性が高いとは言えないメッセージング・ソフトウェアのSignalを利用して行われた。参加したのはJD・バンス副大統領、ウォルツ国家安全保障問題担当大統領補佐官、ピート・ヘグセス国防長官といった政府高官、そしてアトランティック誌のジェリー・ゴールドバーグ編集長だ。ゴールドバーグは本来、参加できない人物だったが、国防総省の幹部が彼を参加者リストに載せたのだという。ゴールドバーグが受け取ったメッセージの中には攻撃の予定表と配備される航空機が含まれていた。この漏洩問題に関し、バンス副大統領らはウォルツ大統領補佐官の更迭をトランプ大統領に提案していたと伝えられている。 ワシントン・ポスト紙によると、トランプ大統領がウォルツ大統領補佐官を解任したのは漏洩事件だけの問題でなく、積み重なった不満の結果だという。元グリーン・ベレー隊員に対する不満が徐々に蓄積された結果だった。 ウォルツは大統領執務室の上司よりもはるかに軍事力行使に積極的だと見られ、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と親しいことでも知られている。トランプ大統領と大統領執務室で会談する前に、イランに対する軍事オプションについて綿密な調整を行うような間柄だったという。 ネタニヤフの父親はアメリカでウラジミール・ジャボチンスキーの秘書だったベンシオン・ネタニヤフであり、この親子はジャボチンスキーを結成した「修正主義シオニスト世界連合」に属している。ベンヤミンを背後から操っているのは、これまでさまざまな秘密工作に参加してきたネオコンのエリオット・エイブラムス。この人物はトランプ大統領をイランと戦わせようと画策、ウォルツはその仲間とも言えるだろう。 ジャボチンスキーはオデッサで生まれ、ウクライナで独立運動を率いていたシモン・ペトリューラと連携したが、ペトリューラは1918年から21年にかけての時期、ロシアで3万5000人から10万人のユダヤ人を虐殺したと言われている。(Israel Shahak, “Jewish History, Jewish Religion,” Pluto Press, 1994) トランプ政権のイランに対する「制裁」のターゲットはイランの石油を輸入しているインドや中国ではないかという見方もある。インドはパキスタンとの間で軍事的な緊張が高まり、アメリカ軍は中国と戦争する準備を進めてきた。 2017年11月にアメリカはオーストラリア、インド、日本とクワドの復活を協議、18年5月にはアメリカ太平洋軍をインド太平洋軍へ名称変更し、さらにJAPHUS(日本、フィリピン、アメリカ)なるものが作られている。アメリカの軍事顧問団は金門諸島と澎湖諸島に駐留して台湾の特殊部隊を訓練。2020年6月になるとNATO(北大西洋条約機構)事務総長だったイェンス・ストルテンベルグはオーストラリア、ニュージーランド、韓国、日本をメンバーにするプロジェクト「NATO2030」を開始すると宣言し、2021年9月にはアメリカ、イギリス、オーストラリアのアングロ・サクソン3カ国が太平洋でAUKUSなる軍事同盟を創設したとする発表があった。 また、アメリカの軍事戦略に基づいて2016年には与那国島でミサイル発射施設が建設されたのに続き、19年には奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも施設が完成。これは中国や朝鮮を攻撃する準備にほかならない。今後、南西諸島の周辺へアメリカ軍とその装備を移動させる可能性がある。 共同通信は3月16日、日本政府が九州に陸上配備型長距離ミサイルの配備を検討していると報じた。緊急事態の際に敵の標的を攻撃する「反撃能力」を獲得する取り組みの一環だという。そのミサイルとは、射程距離が約1000kmの12式地対艦誘導弾能力向上型で、配備は2026年3月に始まるとされている。 アメリカの軍事戦略を国防総省系シンクタンク「RANDコーポレーション」は2022年の4月に説明している。GBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲するという計画を公表したのだ。 彼らは日本を侵略の拠点と認識、軍隊を駐留させ、日本人を傭兵化してきた。日本が大陸を攻撃するための「大型航母」だとするならば、台湾は「小型空母」であり、朝鮮半島は橋頭堡だ。この構図は明治維新以降、変化していない。戦争が勃発した場合、朝鮮半島では地上戦が想定され、朝鮮軍と韓国軍が衝突することになるだろう。 ロシアのドミトリ・ペスコフ大統領報道官は4月26日、ロシア軍のバレリー・ゲラシモフ参謀総長がウラジミル・プーチン大統領に対し、ウクライナ軍からクルスクを解放する作戦が完了したと報告したと発表した。ロシア政府や朝鮮政府は朝鮮軍の将兵1万数千人がクルスクでの戦闘に参加したと推測されている。この地域の戦闘で7万6000人以上のウクライナ軍兵士が死傷、その程度の戦闘が展開されたということで、朝鮮軍部隊が戦況に大きな影響を及ぼしたとは考えられない。またロシア軍はこの先の戦闘を睨み、余裕を持って戦っている。 朝鮮軍部隊は包括的戦略的パートナーシップ条約に基づいて戦闘に参加したのだろうが、明確なロシア領であるクルスクは「最適な場所」だと言えるだろう。その場所で朝鮮軍の将兵は実戦で現代の戦い方を学んだ。これまで資源などの不足から大規模な演習ができず、武勇伝の中で生きていたであろう朝鮮軍が現代戦の世界を経験できた意味は小さくない。こうした経験は帰国後に軍全体に伝えられるだろう。万一、朝鮮半島で戦争が始まった場合、ロシア軍が支援することも予想できる。 ウクライナへはアメリカ、イギリス、フランス、カナダ、リトアニア、ポーランド、コロンビアなどから特殊部隊や傭兵が入り、戦闘に参加している。しかも2022年3月1日の時点で約70人の日本人が志願、そのうち約50人は「元自衛官」だとされている。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.05

ドイツの治安機関であるBfV(連邦憲法擁護庁)はAfD(ドイツのための選択肢)を「過激派政党」に指定した。AfDは現在、ドイツの有権者に最も支持されている政党であり、政策の違いを論争ではなく治安維持という形で弾圧する姿勢を示したとも言える。 5月6日からドイツではCDU/CSU(ドイツ・キリスト教民主同盟)を率いるフリードリヒ・メルツが首相を務める予定だが、前政権の中核政党だったSPD(ドイツ社会民主党)と連立する。首相は交代するが、中身は変化しないということだ。 2005年11月から21年12月まで首相を務めたCDUのアンゲラ・メルケルも米英支配層から自立していたわけではないが、次のオラフ・ショルツ政権は「首なし鶏」状態で、パレスチナ人を虐殺しているイスラエルやネオ・ナチの影響下にあるウクライナを支持、ロシアとの戦争を推進し、ドイツ社会を崩壊へ向かわせている。メルツも同じ政策を進めるようだ。 こうしたCDU/CSU、SPD、同盟90/緑の党、自由民主党が推進してきた政策に反発した有権者がAfDや左翼党を支持している。左翼党から離脱したBSW(ザーラ・ワーゲンクネヒト同盟)も支持率を維持している。有力メディアはAfDに「極右」、左翼党に「極左」というタグをつけて攻撃しているが、そうした手法で支配体制派の政党を支えきれなくなってきた。そこでBfVはAfDに「過激派」というタグをつけ、弾圧を開始したのだろう。 ドイツ経済を崩壊へと導いた原因はロシアとの戦争にあるが、この政策は移民問題とも結びつく。経済の崩壊は失業者を増やすが、それは人びとの目を移民に向けさせるが、職のない移民を犯罪に向かわせることも避けられない。 さらに、ウクライナでの戦争で西側はロシアに敗北したが、今後、ウクライナ側で戦った戦闘員がヨーロッパ諸国へ流れ込むことが予想される。一部は帰国なのだろうが、ジハード傭兵も含まれているはずであり、同時に武器弾薬も入ってくるだろう。つまり、移民問題は今後、深刻化する可能性が高い。そうなると、ロシアとの戦争にも反対しているAfD、左翼党、あるいはBSWを支持する人がさらに増えることになりそうで、今のうちにAfDを潰したいと支配層が考えても不思議ではない。 5月9日は第2次世界大戦でソ連がドイツを破った「戦勝記念日」で、ロシアなど旧ソ連圏では行事を計画している国が少なくない。そこでベルリン警察はロシア、ソ連、ベラルーシの国旗を用いた戦勝記念日の祝賀を禁止したと報じられている。「V」や「Z」という文字、あるいはジョージアのリボンも禁止された。 ドイツとソ連との関係が悪化したのはナチスが台頭してからだが、そのナチスをアメリカやイギリスの金融界、いわゆるウォール街やシティが支援していたことがわかっている。アメリカのディロン・リード、ブラウン・ブラザース・ハリマン、ユニオン・バンキングが資金のパイプ役として有名だが、イングランド銀行やBIS(国際決済銀行)もナチスを支援していたとされている。 アメリカではフランクリン・ルーズベルトが大統領に就任した直後、1933年から34年にかけての時期にJPモルガンを中心とするウォール街がクーデターを計画している。この計画を阻止したのは名誉勲章を2度授与されたアメリカ海兵隊の伝説的な軍人、スメドリー・バトラー退役少将だ。バトラーは後に議会で計画について証言している。 バトラー少将によると、1933年7月に在郷軍人会の幹部ふたり、ウィリアム・ドイルとジェラルド・マクガイアーが少将の自宅を訪問したところから話は始まる。巻くガイアーによると、計画のスポンサーのひとりがグレイソン・マレット-プレボスト・マーフィ。ウォール街で証券会社を経営するほか、モルガン系のギャランティー・トラストの重役でもあった。(Jules Archer, “The Plot to Seize the White House,” Skyhorse Publishing, 2007) 彼らはドイツのナチスやイタリアのファシスト党、あるいはフランスの「クロワ・ド・フ(火の十字軍)」の戦術を参考にし、50万名規模の組織を編成して政府を威圧、「スーパー長官」のようなものを新たに設置して大統領の重責を引き継ぐとしていた。 バトラーは信頼していたフィラデルフィア・レコードの編集者トム・オニールに相談、オニールはポール・コムリー・フレンチを確認のためにウォール街へ、同記者は1934年9月にウォール街のメンバーを取材してコミュニストから国を守るためにファシスト政権をアメリカに樹立させる必要があるという話を引き出した。この話をフレンチは議会で証言している。 結局、ウォール街はバトラーの説得に失敗。バトラーは50万人の兵士を利用してファシズム体制の樹立を目指すつもりなら、自分は50万人以上を動かして対抗すると応じ、内戦を覚悟するようにバトラーは警告した。 計画が発覚すると名指しされた人びとは誤解だと弁解したが、非米活動特別委員会はクーデター計画の存在を否定することはできなかった。それにもかかわらず、何ら法的な処分は勿論、これ以上の調査は行われず、メディアもこの事件を追及していない。バトラー少将は1935年にJ・エドガー・フーバーに接触してウォール街の計画を説明するのだが、断っている。(Peter Dale Scott, “The American Deep State,” Rowman & Littlefield, 2015) ファシストを敵視していたルーズベルトは1945年4月12日に急死するが、その前からアレン・ダレスたちはナチスの幹部らと接触、善後策を協議している。当時、ダレスは戦時情報機関OSSの幹部だったが、元々はウォール街の弁護士だ。 ダレスのグループが接触した相手には、ドイツ軍の情報将校、ラインハルト・ゲーレン准将(ドイツ陸軍参謀本部第12課の課長)も含まれている。ソ連に関する情報を持っていたゲーレンをダレスたちは同志と見なすようになった。ヒトラーの後継者に指名されたヘルマン・ゲーリングにもダレスたちは接触している。 ウォール街人脈はゲーリングを戦犯リストから外そうとしたが、ニュルンベルク裁判で検察官を務めたロバート・ジャクソンに拒否されている。ゲーリングはニュルンベルクの国際軍事裁判で絞首刑が言い渡されたが、処刑の前夜、何者かに渡された青酸カリウムを飲んで自殺した。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015) ゲーリングは国際軍事裁判の中で、人びとを指導者の命令に従わせることは簡単だと言っている。どういう国においてであろうと、自分たちは今攻撃されていると人びとに語り、平和主義者については愛国主義が欠落していて国を危険にさらしていると批判するだけで良いというのだが、確かにドイツを含む西側諸国ではそうした宣伝が繰り返されてきた。 アメリカの国務省や情報機関は1948年からナチスの元幹部や元協力者の逃走を助け、保護し、雇い入れる「ブラッドストーン作戦」を秘密裏に開始、その年に作成されたNSC20では、「結果として戦争を起こし、ソ連政府を打倒する」という方針が示されていた。ナチスの元幹部や元協力者を逃走させるルートがいわゆる「ラット・ライン」だ。(クリストファー・シンプソン著、松尾弌訳『冷戦に憑かれた亡者たち』時事通信社、1994年) アメリカの情報機関人脈は戦後、ドイツの科学者や技術者1600名以上アメリカへ運び、軍事研究に従事させている。「ペーパー・クリップ作戦」だ。 ところで、ゲーレンはドイツが降伏した直後にCIC(米陸軍対敵諜報部隊)へ投降、尋問したCICのジョン・ボコー大尉はゲーレンたちを保護する。アメリカ第12軍のG2(情報担当)部長だったエドウィン・サイバート准将とヨーロッパの連合国軍総司令部で参謀長を務めていたウォルター・ベデル・スミス中将がその後ろ盾になった。ちなみに、スミス中将は1950年から53年にかけてCIA長官を務めることになる。 サイバート准将とゲーレン准将は1946年7月に新しい情報機関の創設を決めた。いわゆる「ゲーレン機関」で、ナチスの残党が雇い入れられている。ゲーレンはダレスのグループに守られ、組織は肥大化した。大戦後におけるドイツの情報機関はゲーレン機関から始まっている。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.04

黒海に面したウクライナの港湾都市オデッサで2014年5月2日に住民がネオ・ナチの集団に虐殺された。今から11年前のことである。 その日の午前8時にサッカー・ファン、いわゆるフーリガンを乗せた列車が到着、そのフーリガンを赤いテープを腕に巻いた集団が挑発しながら広場へ誘導する。その集団は「NATOの秘密部隊」ではないかと疑われているUNA-UNSOだ。広場ではネオ・ナチのクーデターに反対する住民が集まっていた。その反クーデター派住民は労働組合会館の中へ誘導されている。虐殺に「サッカー・ファン」を利用するという案を出したのはアルセン・アバコフ内相代行だとされている。 その会館の中へ外から火炎瓶が投げ込まれて火事になり、焼死した人が少なくないのだが、焼かれる前に棍棒で殴られたり銃で撃たれて殺された人もいた。地上階よりも地下室で殺された人が多いともいう。その際、屋上へ出るためのドアはロックされていたとする情報もある。 会館の地上階では48名が殺され、約200名が負傷したと伝えられているが、現地の人の話では多くの人びとが地下室で惨殺され、犠牲者の数は120名から130名に達するという。虐殺の詳しい調査をキエフのクーデター政権が拒否しているので、事件の詳細は今でも明確でない。 オデッサの虐殺から1週間後の5月9日は第2次世界大戦でソ連がドイツを破った「戦勝記念日」。この日、ウクライナの東部でも催し物が計画されていたのだが、その日にキエフのクーデター政権は東部にあるドネツク州マリウポリ市を攻撃した。戦車を入れて市内を破壊、非武装の住民を殺害、警察署を攻撃している。 この時に地元の警察は住民を撃てというキエフの暫定政権の命令を拒否、多くの警官は拘束され、残った警官は警察署にバリケードを築いて立てこもったという。クーデター政府によると、20名の「活動家」を殺害し、4名を拘束したとしているが、住民側は3名が殺され、25名が負傷したとしている。その際、住民が素手で戦車に立ち向かう様子が撮影されている。 バラク・オバマがアメリカ大統領を務めていた2013年11月から14年2月にかけての時期、オバマ政権はネオ・ナチを使ったクーデターをキエフで仕掛け、2014年2月22日にビクトル・ヤヌコビッチ大統領を排除したわけだが、その前にもヤヌコビッチはアメリカ政府に排除されている。ジョージ・W・ブッシュがアメリカ大統領だった2004年11月から05年1月にかけての時期に実行された「オレンジ革命」だ。 ヤヌコビッチを排除した後、オバマ大統領は4月12日にジョン・ブレナンCIA長官を秘密裏にキエフへ送り込んでいる。4月22日には副大統領を務めていたジョー・バイデンもキエフを訪れた。バイデンの訪問に会わせるようにしてオデッサでの工作を話し合っている。そして5月2日の虐殺だ。 事件後の調査によると、バイデンのキエフ訪問に合わせ、キエフでアレクサンドル・トゥルチノフ大統領代行、アバコフ内相代行、バレンティン・ナリバイチェンコSBU長官代行、そしてアンドレイ・パルビー国家安全保障国防会議議長代行らが会議を開いている。ドニエプロペトロフスクのイゴール・コロモイスキー知事もオブザーバーとして加わっていた。 事件の数日前になるとパルビーは数十着の防弾チョッキをオデッサのネオ・ナチへ運んだ。その装具を受け取ったミコラ・ボルコフは虐殺の当日、労働組合会館へ向かって銃を発射、状況をキエフの何者かに報告する様子が映像に残っている。 クーデターの後、軍や治安機関から約7割の兵士や隊員が離脱し、その一部はドンバスの反クーデター軍に合流したと言われている。そのため、当初は反クーデター軍が戦力的に上回っていた。そこでクーデター体制は内務省にネオ・ナチを中心とする親衛隊を組織、傭兵を集め、年少者に対する軍事訓練を始めた。並行して要塞線も作り始めている。西側諸国はクーデター体制の戦力を増強するために時間が必要だったが、それがミンスク合意だ。 この合意について当時のドイツ首相、アンゲラ・メルケルはキエフのクーデター体制の軍事力を強化するための時間稼ぎに使われたと後に証言、フランソワ・オランド元仏大統領もその発言を肯定している。 ロシア軍は春に攻勢をかけると言われているが、今後、特に重要になると思われる場所はオデッサを含む南部だろう。ロシア軍はオデッサへ進撃する準備を進めていると見られている。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.03
アメリカとウクライナは4月30日、鉱物資源協定に署名した。この協定により、ウクライナとアメリカは鉱物を探すための共同投資基金を設立し、収益の分配方法を定めることになる。この協定はドナルド・トランプ米大統領が強く求めていたもので、これを口実としてアメリカ政府はウクライナに軍事支援するつもりだろう。トランプ大統領はアメリカがウクライナに対する軍事支援を再開すればロシア政府は屈服するとでも思っているのかもしれないが、そうなる可能性は小さい。 この協定についてロシアのドミトリー・メドベージェフ国家安全保障会議副議長は、アメリカの支援に対し鉱物資源で支払わざるを得ないところまでウクライナをトランプ大統領は崩壊させたと語っている。 セルゲイ・ラブロフ外相は4月27日、ブラジルのオ・グロボ紙に対し、ウクライナ紛争を終わらせるために満たさなければならない条件を改めて述べている。 条件のひとつはウクライナによるロシアとの交渉の法的な禁止を解除すること。さらにウクライナは中立かつ非同盟の地位を維持し、NATOに加盟しないこと、西側諸国は制裁を解除し、凍結されたロシアの資産を返還することを求めている。クリミア、セバストポリ、ドネツク、ルガンスク、ヘルソン、そしてザポリージャにおけるロシアの主権的な支配を国際的に承認すること、ロシアの言語、メディア、文化、伝統、そして正教会などに対する弾圧を止めることも要求している。ネオ・ナチの問題もある。こうした条件が満たされ、和平合意への明確な道筋が示されない限りロシアは戦闘を継続するということだろうが、さらに大きな問題が残されている。ウォロディミル・ゼレンスキーと西側諸国軍のウクライナ駐留だ。 イギリスの情報機関MI6にコントロールされている可能性が高いゼレンスキーは30日間の無条件停戦を主張していたが、これはロシア軍の動きを止め、ウクライナ軍の戦力をテコ入れすることが目的だとロシア政府でなくても考える。また、CIAとの関係が深いラジオ・リバティの見通しによると、その停戦期間中にヨーロッパ諸国がウクライナの西部に「安心感を与える部隊」を編成する。その部隊は地上軍ではなく、ハブとして機能しているリビウ空港とその周辺地域を「空中パトロール」すると、このメディアは推測しているが、ロシア側はウクライナに西側の軍隊が駐留すれば、軍事攻撃の標的にするとしている。これは単なる脅しではないだろう。国家の存亡がかかっているからだ。 本ブログでは繰り返し書いてきたように、ネオコンたちが1990年代から続けているNATOの東への拡大は現代版の「バルバロッサ作戦」、いわば「ネオ-バルバロッサ」にほかならない。バラク・オバマ政権がウクライナをクーデターで乗っ取った段階でNATOはルビコンを渡ったと言える。そのクーデターの際に動かなかったプーチンは大きな間違いを犯したと言われた。 ウクライナでの停戦に同意し、どのような形であれ、西側の軍隊を同国へ入れることはロシアにとって受け入れ難いはずだ。「新デタント」でアメリカから経済的な利益を得られると浮かれるような話ではない。プーチン大統領もそうした譲歩はしないだろう。ヨーロッパの現指導部はアメリカがロシアに楽勝すると言う前提で好戦的な政策を推進してきたのだろうが、その見通しは間違っていた。 ウクライナでクーデターを実行する際にネオ・ナチを使っているが、それだけでなくウクライナ軍に武器弾薬を提供、さらにアル・カイダ系戦闘員も戦場へ投入してきた。戦闘が終了した場合、ネオ・ナチやアル・カイダ系戦闘員が武器を携えてヨーロッパ諸国へ入り込む可能性が高い。失業問題が深刻化するだろうが、それだけでなく、兵器は犯罪組織へも流れ、戦闘員が市街戦を始めるかもしれない。ヨーロッパ諸国の政府としては、そうした兵器や兵士はウクライナに留まっていてほしいだろう。つまり、戦争は終わらないでほしいはずだ。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.02

ジャンムー・カシミール地方のパハルガムで4月22日に観光客が襲撃され、インド人25人とネパール人1人が殺害された。武装組織の「カシミール抵抗勢力」が犯行声明を出している。インドとパキスタンはかつてイギリスが植民地としていた地域で、1947年にヒンズー教徒が多数派のインドとイスラム教徒が多数派のパキスタンに分かれて独立、それ以降、対立が続いている。 今回のテロ攻撃についてインド政府はパキスタンの特殊部隊が関与したと疑っていると言われているが、その背景には両国の「水争い」がある。中国からインドのカシミールからパキスタンを抜けてアラビア海へ注ぐインダス川の水は両国にとって重要。パキスタンでは人口の9割以上がこの水に依存している。インドはパキスタンへのインダス川の流入を遮断し、4つの水門すべてを閉鎖した。 1960年には世界銀行の仲介でインダス川水利条約が締結され、全水量の20%にあたる東側の支流3本をインドに、また西側の支流2本をパキスタンに割り当てることなどが定められた。事件後、インド政府はこの条約を停止すると決めたが、ヒンズー至上主義のナレンドラ・モディ首相は今回の事件を口実に、1960年代のインダス川水条約を破棄しようと試みている。条約の破棄はモディ首相の長年の願望で、今回の襲撃はモディ首相にとって好都合だとも言える。インド政府が条約の停止を決めたことに対し、パキスタン政府は「戦争行為とみなされる」と反発、戦争が始まると懸念されている。 インドは中国とドクラム高地で領土問題を抱え、2017年6月にはインド軍の部隊が中国の進めていた道路の建設工事を妨害するために侵攻、一触即発の状況になった。同年8月に両国はそれぞれの部隊を速やかに撤退させることで合意、軍事的な緊張は緩和されたものの、根本的な解決にはなっていない。この後6月27日にモディ首相はワシントンでドナルド・トランプ大統領と会談、7月7日にはイスラエルでベンヤミン・ネタニヤフ首相と会っている。今回の襲撃事件が原因でインドとパキスタンとの戦争が引き起こされた場合、中国を巻き込む戦乱に発展、新疆ウイグルへ飛び火する可能性もあるだろう。 昨年12月8日にHTS(ハヤト・タハリール・アル・シャム)やRCA(革命コマンド軍)がアル・カイダやダーイッシュの旗を掲げながらダマスカスを制圧、シリアのバシャール・アル・アサド体制を倒した。HTSはトルコの傭兵、RCAはアメリカやイギリスの傭兵だと考えられている。アサド政権転覆の背後にはトルコ、アメリカ、イギリスが存在していると言えるだろう。そして誕生した新政権はアラウィー派やキリスト教徒教徒をはじめとする少数派を弾圧、殺害された少数派は1万人を越すと言われている。 HTSはアル・カイダ系戦闘グループのアル・ヌスラ戦線を改名した組織で、アル・ヌスラはシリアで活動を始める前、AQI(イラクのアル・カイダ)」と呼ばれていた。この集団には、殺害の際に首を切り落とすことで知られている新疆ウイグルの人間も含まれていると伝えられている。RCAの背景も基本的に同じだ。反中国派がウイグル人戦闘員を中国へ戻す可能性もある。 シリアではウクライナ人が反アサドのアル・カイダ系武装集団を支援していた。ドローン、アメリカの衛星ナビゲーション、電子戦システムを提供、シリア内の工作員やTIP(トルキスタン・イスラム党)の協力者にそれらの使い方を教えたというのだ。停戦の直前にイスラエルはシリアとレバノンとを繋ぐ通信網をほぼ破壊、HTSはウクライナから提供された電子戦システムによってシリア軍の通信を妨害する一方、GPSとAIが攻撃に利用された。 なお、中国政府によると、TIPは新疆ウイグル自治区で破壊活動を続けてきた東トルキスタン・イスラム運動と実態は同じ。そうした軍事的な支援の代償としてHTSは兵士不足のウクライナへ戦闘員を派遣したとも言われている。 ところで、アル・カイダとはCIAの訓練を受けた「ムジャヒディン」の登録リストだとイギリスの外務大臣を1997年5月から2001年6月まで務めたロビン・クックは05年7月8日付けガーディアン紙で説明している。その仕組みを作り上げたのがズビグネフ・ブレジンスキー。戦闘員はサウジアラビアの協力で集められたが、その中心はサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団だった。 ちなみに、クックは2005年8月6日、休暇先のスコットランドで散歩中に心臓発作で急死している。 戦乱の拡大を反ロシア、反中国の勢力は願っている。その中にはネオコンやイギリスの支配層も含まれている。 1947年にイギリスの植民地がインドとパキスタンなどに分かれて独立した時からカシミールをめぐる対立は生じていたが、その根はさらに深い。 カシミールは18世紀から19世紀にかけてドゥッラーニー・アフガン帝国の一部だったが、その後マハラジャ・ランジート・シンのシク教徒帝国に占領される。 シンは第1次アフガン戦争中にイギリスと同盟を結び、1839年のイギリス軍侵攻を支援するためにカシミール人を含む軍隊を派遣。シンの死と王位継承をめぐる内戦の後、イギリスはシク教徒帝国を攻撃、ビーアス川とラヴィ川の間の土地を併合し、ジャンムー・カシミール州をヒンズー教徒のグラブ・シンに売却、そしてイスラム教徒が住む場所にヒンズー教徒の支配者がいるという構図が出来上がった。ここでも戦乱の原因を作ったのはイギリスだということだ。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.05.01
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