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社会を混乱させている野放図な移民政策に対する怒りの声が高まっているが、イギリスでは移民問題の解決策として人びとの管理を容易にするデジタルIDの義務化が打ち出された。キア・スターマー英首相は9月26日、イギリス市民と永住権保有者は就労する際、デジタルIDカードの提示を義務付けると発表したのである。新しいIDシステムは2029年までに予定されている次回選挙までに導入されるという。 イギリスに限らず、西側の移民受け入れ策は度を越し、社会問題を生みいだしてきた。それを口実にして、支配層が以前から目論んできたデジタルIDの義務化を実現しようとしているように見える。社会を混乱させることが明確な移民政策を強行してきた理由はここにあったのかもしれない。 デジタルIDの推進が表面化したのは2015年9月のことである。国連で「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択され、その中で示された「SDGs(持続可能な開発目標)」を実現するため、デジタルIDの導入が推進されることになったのである。個人を特定するためのシステムに記録されていない人びとを管理する必要があるというのだ。こうしたアジェンダを作り出した「エリート」たちは人口を問題にしている。 デジタルIDにはチップ化して体内へインプラントする計画がある。例えばWEF(世界経済フォーラム)のクラウス・シュワブは2016年1月にスイスのテレビ番組に出演し、マイクロチップ化されたデジタル・パスポートについて話している。チップを服に取り付けるところから始め、次に皮膚や脳へ埋め込み、最終的にはコンピュータ・システムと人間を融合、人間を端末化しようと考えているようだ。 RFID、つまり識別情報を無線でやりとりする小型チップを商品でなく皮膚下に埋め込む技術も実用化されつつある。そのチップにはID番号が記録され、個人情報が集積されているデータベースにアクセス、犯罪歴、病歴、学歴を含む個人データを引き出すことができる。IC乗車券を持たずに電車やバスに乗車でき、支払いも電子的に決済することが可能で、身分証明書としても機能する。便利だと感じる人もいるだろうが、囚人化とも言える。人間が何を考えているかを外部から探る技術も研究され、すでに脳波を測定することで心理状態をある程度把握することは可能になっている。(South China Morning Post, 29 April 2018) 拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』(三一書房、2005年)でも書いたことだが、アメリカの場合、監視技術の開発は国防総省のDARPA(国防高等研究計画局)が中心になっている。DARPAで開発されていたTIA(総合情報認識)では個人の学歴、銀行口座の内容、ATMの利用記録、投薬記録、運転免許証のデータ、航空券の購入記録、住宅ローンの支払い内容、電子メールに関する記録、インターネットでアクセスしたサイトに関する記録、クレジット・カードのデータなどあらゆる個人データを収集、分析できた。(William D. Hartung, “Prophets Of War”, Nation Books, 2011)このプロジェクトが発覚した後、2001年9月にはMATRIXと名づけられた監視システムの存在が報じられている。(Jim Krane, 'Concerns about citizen privacy grow as states create 'Matrix' database,' Associated Press, September 24, 2003) ACLU(アメリカ市民自由連合)によると、このシステムを開発した会社はスーパー・コンピュータを使い、膨大な量のデータを分析して「潜在的テロリスト」を見つけ出そうとしていた。どのような傾向の本を買い、借りるのか、どのようなタイプの音楽を聞くのか、どのような絵画を好むのか、どのようなドラマを見るのか、あるいは交友関係はどのようなっているのかなどを調べ、個人の性格や思想を洗い出そうとしたのだ。図書館や書籍購入の電子化、スマートテレビの普及などと無縁ではない。勿論、インターネット上でのアクセス状況も監視される。そうしたシステムの能力は飛躍的に「向上」しているだろう。 アメリカ国防総省にはCIFA(対諜報分野活動)というデータ収集活動があり、TALON(脅威地域監視通告)というデータベースに情報を記録、このデータを分析することで情報活動をモニターし、将来の脅威を見通すのだという。(William D. Hartung, “Prophets Of War”, Nation Books, 2011) アメリカやイギリスの電子情報機関の活動を1970年代から暴いてきたジャーナリストのダンカン・キャンベルによると、1993年から西側諸国の捜査機関高官は毎年、会議を開いて通信傍受について討議を重ねてきた。(Duncan Campbell, "Development of Surveillance Technology and Risk of Abuse of Economic Information Part 4/4: Interception Capabilities 2000," April 1999)そうした国際的な流れの中で、日本でも1999年に通信傍受法(盗聴法)が制定された。日本も社会の刑務所化が図られてきたわけだ。 どのようにデジタルIDの導入を進めるかについて2016年5月に国連本部で話し合われ、ID2020というNGOが設立されている。こうした計画の実施に最も積極的なのはEUの執行機関である欧州委員会だ。 2019年に同委員会が公表した指針の中には、EU市民向けの「ワクチン・カード/パスポート」を2022年に導入する計画が示されていた。欧州委員会のステラ・キリアキデスは2022年12月、WHO(世界保健機関)のテドロス・アダノム事務局長と「世界的な健康問題に関する戦略的協力を強化する」協定に署名している。 WHOと欧州委員会は2023年6月5日、GDHCN(グローバルデジタルヘルス認証ネットワーク)を実現するために「画期的なデジタル・ヘルス・イニシアティブ」を開始、世界的な相互運用可能なデジタル・ワクチン・パスポートを推進すると発表した。これは2022年12月に署名された協定の一部だ。 日本で導入された「マイナンバーカード」も一種のデジタルID。岸田文雄内閣は2022年10月13日、「マイナンバーカード」と健康保険証を一体化させる計画の概要を発表、それにともない、それまで使われてきた健康保険証を2024年の秋に廃止。「カード取得の実質義務化」を打ち出したのだ。 発表時、河野太郎デジタル大臣は「デジタル社会を新しく作っていくための、マイナンバーカードはいわばパスポートのような役割を果たすことになる」と述べ、「日本は国民皆保険制度であり、保険証と一体化するということは、ほぼすべての国民にマイナンバーカードが行き渡るということで、格段に普及が進む。」と寺田稔総務大臣は主張した。「語るに落ちる」とはこのことだが、「机上の空論」でもあった。この政策は現実を無視したもので、現場は混乱、計画を実現させることは難しい状況だ。 現在、日本もデジタル通貨に向かっているようだが、金融システムのデジタル化が進むと人びとの交友関係、活動、趣味などを把握することが容易になり、支配層に「好ましからぬ人物」と判断された場合、銀行口座が封鎖されるということになる。実際、ヨーロッパではウクライナ情勢で西側支配層の意向に反する事実を報じたジャーナリストの中には銀行口座が封鎖された人もいる。ウィキリークスのジュリアン・アサンジを支援するキャンペーンも複数の銀行口座が解約されたという。現物の通貨が廃止されたなら、対処することが困難だ。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2025.09.30

ロシアからドイツへ天然ガスをバルト海経由で輸送するために建設されたパイプライン、「ノードストリーム(NS1)」と「ノードストリーム2(NS2)」が2022年9月26日から27日にかけての間に爆破された。今から3年前の出来事だ。このテロ工作でドイツの製造業は壊滅的な打撃を受け、社会は崩壊しつつある。 爆破の目的はドイツとロシアを結びつけていたパイプラインを破壊することで、ドイツから安価な天然ガスの供給を断ち、ロシアから巨大な天然ガスのマーケットを奪うことで両者を弱体化させることにあったと見られている。 ヨーロッパでは爆破犯はウクライナの治安機関SBU(ウクライナ安全保障庁)のメンバーだと宣伝、首謀者としてセルゲイ・クズネツォフ元大佐を逮捕した。2022年9月にドイツ企業から借りたヨットを利用し、パイプラインに少なくとも4つの遅延起爆装置付き爆発物を仕掛けた7名のグループをクズネツォフが率いたというのだが、このシナリオでは減圧装置など必要な装備を運ぶことすらできず、パイプラインを爆破できない。 調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュは2023年2月8日、アメリカ海軍のダイバーがノルウェーの手を借りてノードストリームを破壊したとする記事を発表している。ジョー・バイデン大統領は2021年後半にジェイク・サリバン国家安全保障補佐官を中心とする対ロシア工作のためのチームを編成、そして2022年初頭にはCIAがサリバンのチームに対し、パイプライン爆破を進言して実行されたという。 ロシア連邦保安庁(FSB)の元長官で、現在は大統領補佐官を務めているニコライ・パトルシェフは9月7日、NS1とNS2の爆破テロは高度に訓練されたNATO特殊部隊の関与のもとで計画、監督、実行された可能性が高く、実行犯は深海での作戦経験が豊富で、バルト海での活動にも精通していたとしている。こうした条件に合致する情報機関として彼はイギリスの特殊舟艇部隊(SBS)を挙げている。 ノードストリーム以外にもロシアからヨーロッパへ天然ガスを輸送するパイプラインは存在していた。その主要ルートはウクライナを通過している。そのウクライナでアメリカのバラク・オバマ政権は2013年11月から14年2月にかけてクーデターを仕掛け、ビクトル・ヤヌコビッチ大統領を排除した。この計画を作成、実行したネオコンはアメリカの軍事や外交をコントロールしてきた集団だ。その際、アメリカ側はネオ・ナチの戦闘員を利用、クーデター後の体制はネオ・ナチの影響を強く受けることになる。 このクーデターによって、ヨーロッパはロシア産天然ガスを入手することが難しくなった。NS1とNS2はそのウクライナを迂回するルートであり、その破壊によってロシア産天然ガスを入手することがさらに難しくなる。 NS1とNS2の爆破をアメリカ政府は予告していた。例えばドナルド・トランプ政権下の2020年7月に国務長官のマイク・ポンペオがNS2を止めるためにあらゆることを実行すると発言した。2021年1月に大統領がジョー・バイデンに交代した後の22年1月27日にビクトリア・ヌランド国務次官はロシアがウクライナを侵略したらNS2を止めると発言、同年2月7日にはバイデン大統領がNS2を終わらせると記者に約束している。 1991年12月のソ連消滅によってソ連は解体され、ロシアとウクライナは別の国になったが、東部や南部はロシアから割譲された国であるウクライナではさらに分離する動きもあった。西側諸国はこうした動きを抑え込んだものの、カトリック文化圏でウクライナ語を話す西部とロシア正教文化圏でロシア語を話す東部や南部をまとめるのは簡単でない。 戦争やクーデターで少なからぬ体制を破壊してきたヘンリー・キッシンジャーもウクライナの微妙な状況を理解、2014年3月6日にワシントン・ポスト紙でこの問題の見解を明らかにしている。 ウクライナが生き残り、繁栄するためにはどちらかの陣営にとっての拠点であってはならないと主張しているが、これはキッシンジャーの論評が掲載される前に破綻している。クーデターの目的はウクライナを対ロシア戦争の拠点にし、ロシアとヨーロッパを分だすることにあったことは明白だ。 また、キッシンジャーはロシアとウクライナの歴史を理解するように求めている。ロシアの歴史はキエフ・ルーシと呼ばれた場所で始まり、ロシアの宗教はそこから広まったとした上で、ウクライナは何世紀の間ロシアの一部であり、それ以前から両国の歴史は複雑に絡み合ってきたと指摘している。 問題をさらに複雑化しているのは、ロシア領がソ連政府の独断でウクライナへ割譲されたことにある。西部は1939年にソ連に編入され、54年にはニキータ・フルシチョフがロシア領だったクリミアをウクライナへ割譲、東部のドンバスやオデッサを含む南部地域もソ連時代にロシアからウクライナへ割譲されている。このため、ウクライナ議会がソ連からの独立を宣言した当時、東部や南部ではウクライナからの独立を求める声が小さくなかった。 それに対し、ソ連が消滅した直後の1992年2月、アメリカの国防総省は新たな軍事戦略DPG(国防計画指針)の草案を作成した。作成の中心になったのは国防次官を務めていたポール・ウォルフォウィッツだったことから、この文書は「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。 ソ連の消滅でアメリカは唯一の超大国になったとネオコンは確信、世界制覇戦争を始めようというわけだが、そのドクトリンにはドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設すると書かれている。要するに、ドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げるということだ。 また、旧ソ連の領土内であろうとなかろうと、かつてソ連がもたらした脅威と同程度の脅威をもたらす新たなライバルが再び出現するのを防ぐことが彼らの目的だともしている。西ヨーロッパ、東アジア、そしてエネルギー資源のある西南アジアが成長することを許さないということだが、東アジアには中国だけでなく日本も含まれている。 2022年当時、日本もロシア産天然ガスをめぐり、アメリカ政府と対立していた。サハリンでの天然ガス開発だ。このプロジェクトから手を引くように日本や欧米の企業にアメリカ政府は圧力をかけ、エクソンモービルは2022年3月にロシア事業からの撤退を決めている。 撤退を決める前、エクソンモービルはサハリン1の運営権益30%を保有していたが、日本のサハリン石油ガス開発も同じく30%を保有していた。サハリン石油ガス開発には経済産業省、伊藤忠商事、丸紅、石油資源開発などが共同出資している。 サハリン2では2022年8月に三井物産と三菱商事が新たな運営会社であるサハリンスカヤ・エネルギヤに出資参画することを明らかにした。出資比率はそれぞれ12.5%と10%。27.5%を保有していたイギリスのシェルは同年2月に撤退、ロシアのガスプロムが50%プラスから77.5%へ増加している。 日本はロシア産天然ガスの開発を重要だと認識、アメリカの圧力を跳ね除けて出資を継続したのだろうが、その決定が発表される直前、2022年7月8日に安倍晋三は射殺された。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2025.09.29

厚生労働省は9月26日、7月分の「人口動態統計速報」を発表した。死亡者数は11万9340人。COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動が始まる前年の2019年の同じ月に比べて1万2746名増えた。死亡者数は増加したまま高止まりしている。 死亡者数を増加させた原因はmRNAを利用した遺伝子操作薬、いわゆる「COVID-19ワクチン」である可能性が高い。その副作用だということだが、これを「薬害」と言うことはできないかもしれない。 医薬品会社や監督官庁は「COVID-19ワクチン」に関するファイザー社の関連文書をFDA(食品医薬品局)は75年間封印しようとしたのだが、裁判所は迅速な公開を命令、その内容がわかってきた。この新薬を推進していた医薬品会社や監督官庁はその危険性を認識していたことも判明したが、サーシャ・ラティポワが2022年初頭に発表したように、COVID-19騒動は軍事作戦だった。 ラティポワによると、2020年2月4日にアメリカの保健福祉長官はCBRN(化学、生物、核、放射線)緊急事態に関するふたつの宣言をしている。そのひとつがEUA(緊急使用許可)で、大量破壊兵器が関与する重大な緊急事態を想定、もうひとつはCBRN物質に対する対抗手段を安全性と有効性を確保するため、規制監督なしに使用する許可だ。 つまり医薬品会社は国防総省の契約企業であり、情報開示の義務はない。しかも「COVID-19ワクチン」の接種は軍事作戦であり、何が引き起こされても免責ということになる。 この新薬を接種させる口実に使われたSARS-CoV-2(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2)は人工的に作られた可能性が高く、このウイルスに感染した動物は北アメリカで見つかっている。北アメリカの自然界ではシカ、ノネズミ、コウモリを含む5種類の動物が感染していることが判明、それらの種はモンタナ州にあるロッキー・マウンテン研究所で実験動物として使用されていたことが突き止められた。(Jim Haslam, “COVID-19 Mystery Solved,” Truth Seeking Press, 2024) 世界がCOVID-19騒動に巻き込まれ始めた頃、アフリカツメガエルの胚から採取された幹細胞を用い、スーパーコンピューターの設計に基づいて作られた幅数ミリメートルの人工生物、いわゆるゼノボットが表舞台に登場してきた。人体内の標的に薬剤を送り込むことにも使えるとされている。軍事兵器として利用できることは明らかだ。************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2025.09.28
チャーリー・カークがユタ・バレイ大学のキャンパスで射殺された事件の謎が深まり、妻のエリカが注目され始めた。 謎のひとつはチャーリー殺害に使われた銃。モーゼル98が使われたとされているのだが、このライフルから発射された弾丸が首に命中したなら、首が吹き飛ばされるはず。ところが傷は小さい。しかも弾丸が首を突き抜けていない。そこで第2の狙撃者がいる、あるいは射殺事件そのものがフェイクだという説も囁かれている。 虐殺の現場で戦闘員が捕虜を射殺する少なからぬ映像がインターネット上に存在しているが、撃たれた瞬間に筋肉の緊張がなくなり、瞬間的に崩れ落ちるのだが、即死だとされているにもかかわらず、カークの場合は違う。 血が噴き出る直前にシャツが動いている点について、衝撃波によるものだとも考えられているが、内側から何かが爆発したように見えると主張する人もいる。映像を細かく調べると、首の傷が移動しているように見えることから、この傷は合成で後から追加されたとする推測もある。 また、ここにきてチャーリーの妻であるエリカも注目され始めた。エリカ・フランツベとして1988年11月にオハイオ州で誕生、イエズス会系のレジス大学で学んだ後、アリゾナ州立大学に編入している。 アリゾナ州で育った彼女の父親のケント・ランドール・フランツベは兵器メイカーのレイセオンのイスラエル支社を統括、母親のロレッタ・アン・アッバス・フランツベは国土安全保障省と国防総省に関わる仕事をしていたとされている。両親はエリカが幼い頃に離婚したとされているものの、生活が苦しかったとは思えない。 エリカの父方の祖父は株式や債券の製版印刷を行うアメリカン・バンク・ノートの副社長を務め、独立バイキング騎士団のグランドチーフを務めた人物で、スウェーデン国王カール16世グスタフからナイトの称号を授与されている。この団体はスウェーデンの文化と言語を普及する活動を行うとして、1890年代にシカゴで設立されたという。 エリカは23歳で「あなたのような日常のヒーローたち」というキリスト教福音派の団体を設立、「ルーマニアの天使たち」というプログラムを始めるのだが、このプログラムは児童の人身売買が疑われている。その後、2012年の誕生日に彼女はドナルド・トランプが主催するミス・アリゾナUSAに選ばれ、ミスUSAコンテストにも出場。この段階でエリカはトランプと接触している。エリカが出会うのは2018年8月の就職面接。ふたりが結婚したのは2021年5月だ。*************************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2025.09.27
アメリカ軍の准将(海軍で同等)以上の階級で指揮官職や上級顧問に就いている数百人に対し、9月30日にバージニア州のクワンティコの海兵隊基地に集合するようピート・ヘグゼス国防長官は9月23日に命じた。緊急会合を開くというが、理由は明らかにされていない。戦争になるのではないかと懸念する声も上がっている。 ヘグゼスは2月、リサ・フランケッティ海軍作戦部長とジェームズ・スライフ空軍副参謀長を解任したほか5月には大将の削減を命令、8月にはDIA(国防情報局)のジェフリー・クルーズ局長を解任するなど軍の粛清を進めてきた。 クルーズ中将が解任された理由は、アメリカ軍によるイランの核施設に対する空爆がドナルド・トランプ大統領やイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の宣伝とは違う事実を明らかにしたからだと言われている。空爆でイランの核開発計画は遅れることになったが、DIA局長はその遅れを数カ月に過ぎないと評価している。 軍ではないが、5月にトゥルシ・ギャバード国家情報長官はNIC(国家情報会議)のマイケル・コリンズ議長代行とマリア・ランガン-リークホフ副議長を解任した。このふたりは情報分析で数十年の経験を持つキャリア官僚。コリンズは元CIA副長官(2011年7月1日から9月6日、12年11月9日から13年3月8日の期間は長官代理)のマイケル・モレルに近いと疑われていた。 モレルはヒラリー・クリントンに近い人物で、2016年8月にはチャーリー・ローズのインタビューでロシア人やイラン人に代償を払わせるべきだと語り、司会者からロシア人とイラン人を殺すという意味かと問われると、その通りだと答えている。 トランプ大統領はベネズエラのニコラス・マドゥロ政権と犯罪組織のトレン・デ・アラグアを結びつける主張を続けているが、「この犯罪組織はマドゥロ政権からの命令を受けておらず、また同政権と緊密に連携して活動していない」とコリンズらは評価、大統領の逆鱗に触れたとも言われている。 コリンズの立場はともかく、ベネズエラに関するNICの評価は、イランの核施設に対する空爆に関するDIAの分析と同じように、正しいと考えられている。ジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマ、ジョー・バイデンと同じように、トランプも情報機関を「ハリウッド風御伽話」の作成機関と考えているようだ。****************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2025.09.26

9月28日に議会選挙が行われるモルドバはウクライナ情勢とも密接に関係している。ウクライナを舞台にした両陣営の戦争はロシアの勝利が確定的で、南部の港湾都市、オデッサもロシアに制圧される可能性が強まっている。そのロシアと対抗するため、NATO側はモルドバを完全な支配下に置こうとしているのだ。欧米諸国はモルドバの警察や司法も動員して選挙に介入している。 選挙で争っているのはマイア・サンドゥ大統領が率いる新欧米派の行動連帯党(PAS)と、親ロシア派の民族主義的な「勝利ブロック」と社会主義の流れをくむ「モルドバのための同盟」だが、現政権は国民の信頼を失いつつあり、ウクライナで行ったように、あらゆる手段を講じて選挙に介入してくると見られている。国外での投票動向も重要。例えば西側に住むモルドバ国民とは違い、ロシアに住む約50万人のモルドバ国民は投票できない。 モルドバとウクライナの間にあるトランスニストリアはウクライナにおけるドンバスと似た立場にあり、ロシアのパスポート保有者と膨大なソ連軍兵器備蓄を抱えている。政治的にも軍事的にも重要だが、今回の選挙のために印刷された277万2000枚の投票用紙のうちトランスニストリア在住のモルドバ国民に割り当てられた数は2万3500枚にすぎず、大多数の有権者は投票できない。 トランスニストリアの問題はウクライナ南部の要衝、オデッサの状況と密接に結びついている。モルドバ支配を確かなものにし、トランスニストリアを抑えればウクライナの南部を攻撃しやすくなる。状況によってはウクライナ軍がトランスニストリアへ軍事侵攻する可能性もある。そうした意味でも今回の選挙は重要だ。 ウクライナ南部の要衝、オデッサはイギリスの対外情報機関MI6が対ロシア攻撃の拠点にしてきた都市。その近くにあるオチャコフの司令部を8月2日にロシアのスペツナズ(特殊部隊)が攻撃、イギリス陸軍のエドワード・ブレイク大佐とリチャード・キャロル中佐、そしてMI6の工作員ひとりが拘束されたと報道されている。イギリスにとって大きな打撃だった。 サンドゥ政権はフランス、イギリス、ルーマニア、ポーランドを含む複数のNATO加盟国と二国間協定を締結、フランス軍がモルドバへ移動しているとも言われている。ウクライナではイギリス、フランス、ドイツが兵器だけでなく兵員をウクライナに派遣、少なからぬ犠牲者が出ていると伝えられているが、NATOはモルドバを制圧、ウクライナ後の対ロシア戦争に備えようとしているのかもしれない。*************************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2025.09.25
親イスラエルと言われていたチャーリー・カークは9月10日にユタ・バレイ大学のキャンパスで射殺される前、イスラエルに対する批判を強めていたという。そこで暗殺の背後にイスラエルがいるという憶測が流れているのだが、それに対し、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相はそうした憶測を否定している。カーク殺害にイスラエルが関与しているという話は「大嘘」であり、言語道断だと主張、「カークはイスラエルを愛していた」と述べている。 しかし、カークとイスラエルの関係は悪化、彼は今年初めにイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相から彼の創設した「ターニング・ポイントUSA(TPUSA)」に対して多額の資金を新たに提供するという申出を受けた際、これを拒否。殺害される2週間前にネタニヤフ首相はエルサレムでの会談をカークに申し出たが、拒否されたという。 今年の6月にカークはドナルド・トランプ大統領と会った際、イスラエルのためにイランを爆撃しないよう強く警告したのだが、大統領はカークを怒鳴りつけ、会話を打ち切ってしまったとカークの友人は語っている。 カークと親交のあったウィリアム・アックマンは投資運用会社パーシング・スクエア・キャピタル・マネジメントの創業者であり、CEOシオニストの富豪だが、この人物とカークは暗殺される1カ月ほど前、激しく口論していたという。 2023年10月からアメリカの大学でパレスチナを支援する運動が始まると、アックマンはシオニスト仲間の富豪を率いて運動を弾圧、母校であるハーバード大学の学長だったクローディン・ゲイを弾圧が手ぬるいということで24年1月に追い出している。 カークの最も熱心な寄付者のひとりだったロバート・シルマンもシオニストの富豪だが、カークがイスラエルを批判するようになると、シルマンはTPUSAへの資金提供を打ち切ったと情報筋は述べている。 シオニストの富豪から多額の資金を得ていたカークだが、1年ほど前からシオニストの意向に反してイスラエルを批判するようになり、関係が悪化してきたのだ。シルマンはアメリカ自由同盟(AFA)のプライベートディナーで、TPUSAへの寄付停止を発表したとグレイゾーンは伝えている。カークの友人であるマイク・セルノビッチによると、カークはタッカー・カールソンのイベント参加を禁じることを拒否し、怒りを買ったようだ。 そしてカークは暗殺され、容疑者としてタイラー・ロビンソンが逮捕された。この人物のオジであるマイク・ロビンソンがウクライナ内務省に所属するアゾフ特殊作戦分遣隊(アゾフ大隊)と協力関係にあったとされている。マイク・ロビンソンによると、彼は「ラジオ・フリー・ウクライナ」の元ディレクターで、アゾフ大隊の基地で働いていた経験がある。アゾフ大隊はネオ・ナチを中心に編成され、マリウポリを占領していたことでも知られている。またカークはウクライナの死刑囚リストに載っていた。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2025.09.24
次回の「櫻井ジャーナルトーク」は10月17日(火)午後7時から駒込の「東京琉球館」で開催します。テーマは「ウクライナ後のアングロ・サクソン帝国」を予定しています。予約受付は10月1日午前9時からですので、興味のある方は東京琉球館までEメールで連絡してください。なお、「櫻井ジャーナルトーク」は12月で定期的な開催は終了、来年は不定期開催になります。東京琉球館https://dotouch.cocolog-nifty.com住所:東京都豊島区駒込2-17-8Eメール:makato@luna.zaq.jp ヨーロッパ人やヨーロッパ人の移民先であるアメリカやオーストラリアは自由で民主的な文明国だというイメージを抱いている人が今でも少なくないようです。ヨーロッパ人は11世紀から13世紀にかけて中東地域を侵略、富や知識を手に入れました。いわゆる「十字軍」です。15世紀から彼らは船で世界へ乗り出し、各地で略奪と殺戮を繰り広げ始めました。いわゆる「大航海時代」です。その時期からアメリカやオーストラリアでは先住民を大虐殺、似たようなことが現在、パレスチナで展開されています。 16世紀に宗教改革でプロテスタントが出現、その世紀の後半にエリザベス1世が統治した頃、ヨーロッパはオカルトがブームになり、イギリスではシオニズムが生まれました。1590年に出版された『失われた十部族』には、アングロ・サクソン人、ケルト人、スカンジナビア人、ゲルマン人などが旧約聖書に登場するイスラエル人の直系の子孫であると書かれています。 17世紀初頭にイギリス王として君臨したジェームズ1世(イングランド王)/ジェームズ6世(スコットランド王)は自分をダビデ王の末裔だと信じ、その頃に出現した「ブリティッシュ・イスラエル主義」がシオニズムの始まりだとも考えられています。 その息子であるチャールズ1世はピューリタン革命で処刑されたましたが、その革命で中心的な役割を果たしたオリヴァー・クロムウェルをはじめとするピューリタンもジェームズ1世と同じように「イスラエルの失われた十支族」話を信じていたようです。 そのクルムウェルはユダヤ人をイングランドへ入れることを許可しましたが、その理由は金融や商取引に長けたユダヤ人の力を必要としていたからだとも言われています。そしてアングロ・サクソンとユダヤ教徒のエリートは同盟するようになり、19世紀の帝国主義を支えることになりました。 19世紀のイギリス政界では反ロシアで有名なヘンリー・ジョン・テンプル(別名パーマストン子爵)が大きな影響力を持っていましたが、彼は戦時大臣、外務大臣、内務大臣を歴任した後、1855年2月から58年2月まで、そして59年6月から65年10月まで首相を務め、ビクトリア女王にアヘン戦争を進言しています。 当時のイギリス帝国主義を動かしていた人物として、ネイサン・ロスチャイルド、ウィリアム・ステッド、レジナルド・ブレット、セシル・ローズたちも知られています。 ローズは1877年6月にフリーメーソンへ入会した後、『信仰告白』を書きましたが、その中で彼はアングロ・サクソンが最も優秀な人種だと主張、その優秀の人種が住む地域が増えれば増えるほど人類にとってより良く、大英帝国の繁栄につながり、秘密結社はそのために必要だとしています。 イギリス政府は1838年、エルサレムに領事館を建設し、その翌年にはスコットランド教会がパレスチナにおけるユダヤ教徒の状況を調査、イギリスの首相を務めていたベンジャミン・ディズレーリは1875年にスエズ運河運河を買収します。アーサー・バルフォアがウォルター・ロスチャイルドへ書簡を出してイスラエル建国への道を切り開いたのは、1917年11月のことでした。いわゆる「バルフォア宣言」です。 ディズレーリが書いた小説『コニングスビー』の中に、次のようなことが書いてあります。「(ジョン・)ハムデン(オリバー・クロムウェルの従兄弟)による最初の運動から1688年の最後の最も成功した運動(名誉革命)に至るまで、イングランドにおけるホイッグ党指導者たちの最大の目的はベネツィア共和国をモデルとした高貴な貴族制の共和国をイングランドに樹立することであり、当時のあらゆる思索的な政治家がそれを研究し称賛することだった。」 一般的に「シオニズム」はセオドール・ヘルツルという無神論のユダヤ人が『ユダヤ人国家』という本を出版したのは1896年に始まるとされていますが、その遥か前からイギリスではシオニズムが存在していました。その後、資本主義世界を支配することになるアングロ・サクソン帝国の背景はここにありますが、そのシステムが現在、崩壊し始めています。その点について考えてみたいと思います。櫻井 春彦
2025.09.22
イギリスの対外情報機関MI6の長官が10月1日にリチャード・ムーアからブレーズ・メトレベリに交代するのだが、そのムーアが9月19日にトルコのイスタンブールにあるイギリス領事館で退任の演説をした。その中で彼はハヤト・タハリール・アル・シャム(HTS)との関係を築いていたことを認めている。バシャール・アル・アサド政権が倒される「1、2年前」のことだという。 HTSはアル・カイダ系武装集団のアル-ヌスラ戦線を改名した組織。アル・カイダの仕組みを作ったCIAと密接な関係にあるMI6、その長官は早い段階から結びついていただろう。 現在、シリアの暫定大統領を務めるアーメド・フセイン・アル-シャラー(アブ・モハメド・アル-ジュラニ)はダーイッシュ(ISIS、ISIL、IS、イスラム国などとも表記)を創設したアブ・バクル・アル-バグダディの副官を務めていた人物で、アル-バグダディの命令でシリアへ入り、アル-ヌスラ戦線を結成している。 バラク・オバマが2009年1月にアメリカ大統領となった当時、ジョージ・W・ブッシュ政権が正規軍を投入して始めた中東制圧戦争は泥沼化していた。そこでオバマは師にあたるズビグネフ・ブレジンスキーの戦法を採用する。CIAの訓練を受けた戦闘員で武装集団を編成、その集団に戦わせようというのだ。 その戦闘員の登録リストが「アル・カイダ」にほかならないと、イギリスの外相を1997年5月から2001年6月まで務めたロビン・クックが05年7月に書いている。CIAの訓練を受けた「ムジャヒディン」の登録リスト、あるいはデータベースが「アル・カイダ」にほかならないとしている。 オバマ大統領は2010年8月にPSD-11を承認、ムスリム同胞団を使った体制転覆作戦を始動させる。そして引き起こされたのが「アラブの春」にほかならない。その流れの中でアメリカ、イギリス、フランスを含む国々がリビアやシリアに対する軍事侵略を始めた。 2011年2月に侵略戦争が始まったリビアのムアンマル・アル・カダフィ体制は同年10月に倒され、カダフィ本人はその際に惨殺された。その際にアル・カイダ系武装集団のLIFG(リビア・イスラム戦闘団)とNATO軍の連携が明らかになる。反カダフィ勢力の拠点だったベンガジでは裁判所の建物にアル・カイダの旗が掲げられていた。 シリアへの侵略戦争は2011年3月に開始、リビアが倒された後、12年からオバマ政権はシリア侵略に集中する。リビアから戦闘員や武器をNATO軍がシリアへ運び、軍事支援を強化するのだが、そうした行為を正当化するためにシリア政府を悪魔化するための偽情報を流した。 例えばシリア北部ホムスで2012年5月に住民が虐殺されると、西側の政府やメディアは政府軍が実行したと宣伝した。イギリスのBBCはシリアで殺された子どもの遺体だとする写真を掲載しているが、この写真は2003年3月にイラクで撮影されたもの。オーストリアのメディアは写真を改竄し、背景を普通の街中でなく廃墟に変えて掲載していた。 こうした西側有力メディアの偽報道をローマ教皇庁の通信社が伝えている。メルキト東方典礼カトリック教会の修道院長を務めていたフィリップ・トルニョル・クロはホムスでの住民虐殺事件を調べるために現地へ入り、西側の宣伝が嘘だという結論に達する。「もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている」と2012年6月に報告している。 アル・カイダの戦闘員を募集する活動をしていたオサマ・ビン・ラディンを西側では「アル・カイダのリーダー」だと宣伝、イコンとして扱われる。このビン・ラディンは2011年5月、つまりリビアやシリアでアメリカなど外国勢力がアル・カイダ系武装集団を利用して侵略戦争を推し進めている間に、アメリカ海軍の特殊部隊によって殺害されたとされたとされている。リビアでカダフィ体制が倒された時にはイコンが消されていたとも言えるだろう。 当初、シリア軍はアル・カイダ系武装集団に倒されず、しかもNATO軍を投入できない。そこでオバマ政権はアル・カイダ系武装集団に対する支援を強化するのだが、それを危険だと警告するアメリカの機関が存在した。アメリカ軍の情報機関DIA(国防情報局)である。 DIAが2012年8月にホワイトハウスへ提出した報告書によると、外部勢力が編成した反シリア政府軍の主力はAQI(イラクのアル・カイダ)であり、その集団の中心はサラフィ主義者やムスリム同胞団だと指摘している。さらにオバマ政権の政策はシリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配地域を作ることになると警告していた。その時にDIAを率いていた軍人がマイケル・フリン中将にほかならない。 この警告通り2014年には新たな武装集団ダーイッシュが登場した。この武装集団はこの年の1月にイラクのファルージャで「イスラム首長国」の建国を宣言、6月にはモスルを制圧。その際にトヨタ製の真新しい小型トラック、ハイラックスを連ねてパレードし、その後、首を切り落とすなど残虐さをアピールし、NATO軍の介入を誘う。 オバマ大統領はシリアでの戦争を念頭において政権の布陣を変える。例えば、2015年2月に国防長官をチャック・ヘーゲルからアシュトン・カーターへ、同年9月には統合参謀本部議長をマーチン・デンプシーからジョセフ・ダンフォードへ交代させ、アメリカ軍をシリアで侵攻させた。そして作り上げた20以上の基地のひとつがアル・タンフである。 ところが、デンプシーが退任した直後の9月末、シリア政府の要請でロシア軍が介入、ダーイッシュを一掃してしまう。その時に世界はロシア軍が強いことを知り、アメリカを恐れなくなっていく。 こうした展開を見てシリア人の間でロシアへの評価が高まるが、これはシリア軍の幹部にとって面白くなかった。その結果、シリア軍の内部には、ロシアが「12月8日よりずっと前に我々を裏切った」という感情を生み出す。そしてシリア政府軍とロシア軍との間に亀裂を産むことになる。 しかも、その政府軍は欧米諸国の経済戦争で疲弊していく。兵士の給料はアル・カイダ系武装集団の数分の1という状態になり、結局、2024年12月、アル・アサド政権はHTSを中心とする武装勢力に倒された。 ムーアMI6長官はウクライナでも重要な役割を演じた。アメリカ海兵隊の元情報将校でUNSCOM(国連大量破壊兵器廃棄特別委員会)の主任査察官を務めたスコット・リッターのドキュメンタリーによると、ウクライナ大統領を名乗っているウォロディミル・ゼレンスキーはイギリスの対外情報機関であるMI6のエージェントであり、そのハンドラー(エージェントを管理する担当オフィサー)はリチャード・ムーアMI6長官だと推測されている。 バシャール・アル・アサドは医者で、イギリスの病院において研修している人物。妻のアスマはロンドン大学を卒業したのち、JPモルガンを含む金融界で働いていた。そこでバシャールがシリアの大統領になった際、イギリスの支配層は喜んだと言われている。その関係が崩れたのは2003年にブッシュ政権がイラクへ軍事侵攻してからだ。 アメリカやイギリスの情報機関と関係が深く、イスラエルには逆らわなかったHTSのアル-シャラーがシリアの暫定大統領に就任したことをイギリスの支配層は喜んでいるのだが、イスラエルはシリアへ軍事侵攻し、そうした行為を許しているイギリスを含む欧米諸国に彼が疑念を抱いても不思議ではない。 アル-シャラは9月12日、自身とシリアの元アルカイダ系組織「ハヤト・タハリール・アル・シャム(HTS)」の支持者たちが、ロシアとの合意の一環としてダマスカスで権力を掌握したと語っている。昨年11月27日にHTSがアレッポを制圧する作戦を開始した際、部隊がほとんど抵抗を受けなかったのはそのためだという。そしてアサド政権が倒された後の12月8日、イスラエルはシリアに対し前例のない数の空爆を実施した。 イスラエルが9月9日にカタールのドーハを空爆したことを受け、そのドーハでアラブ・イスラム緊急首脳会議が開かれた。カタールは「親米国」であり、イスラエルとも友好的な関係にあると考えられていた。しかも、カタールは防空のため、アメリカ製の防空システム、「パトリオット(MIM-104 Patriot)」や「ナサムス(NASAMS)」を配備、数千人以上のアメリカ兵が駐留しているのだが、今回の攻撃でパトリオットやナサムスは反応しなかった。イスラエルが攻撃する前、アメリカ軍は「シャットダウン機能」を使って防空システムを「オフ」にしていたと噂されている。サウジアラビアはロシアの防空システムS-400に興味を示していたが、今回の攻撃でその気持ちは強まっただろう。 イスラエルの攻撃はハリル・アルハヤ議長率いるハマスの代表団を皆殺しにすることが目的だったが、アルハヤ議長を含むハマスの政治局員は生存している。代表団がドー入りしたのは、アメリカ政府が提案した新たな停戦案について協議するためだった。アメリカに誘い出されたと推測する人もいる。 この攻撃について協議するために開催された緊急首脳会議にはアル-シャラーも参加、マスード・ペゼシュキアン大統領をを含むイラン高官と会談している。MI6の計画は再び破綻するかもしれない。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2025.09.22
ミサイルやドローンによる攻撃で囮として利用されるロシア製ドローン「ゲルベラ」が9月9日の深夜、あるいは9月10日未明にポーランド領空に侵入したと報道された。同国の国防省によると、19機の飛行物体がポーランド領空に侵入、ドナルド・トゥスク首相によると、そのうち4機を撃墜したと述べたという。ポーランドのF-16戦闘機、オランダのF-35戦闘機、イタリアのAWACS哨戒機、そしてNATOが共同運用する空中給油機が撃墜作戦に参加したとする情報も流れている。 ヨーロッパのエリート層はロシアからの攻撃だと騒いでいたが、これらのドローンがドンバスから飛行したとは考えにくい。遠すぎるのだ。ポーランド国内やウクライナ領内からでなければ、ベラルーシから飛び立ったと言わざるをえない。ポーランドの中ではウクライナが飛行させたと考える人が少なくない。 中国の浙江省義烏市とスペインのマドリッドを結ぶ全長1万3000キロメートルの鉄道が開通したのは2014年11月のことだった。中国、ロシア、そしてポーランドとベラルーシを通過するのだが、ポーランドは9月10日のドローン侵入、そして軍事演習「ザパド2025」を口実にしてベラルーシとの国境を閉鎖することを決定、この鉄道を遮断した。「ザパド2025」終了後も閉鎖は継続されている。ロシアがウクライナ西部で行っている「ハイブリッド作戦」をやめさせろとポーランドは中国に対して要求している。ロシア産天然ガスを輸送するパイプラインの遮断に続く「自爆攻撃」だ。 ロシアは和平協定は求めても停戦協定は拒否している。停戦協定はロシアの攻撃を中止させ、その間にロシアと戦うための戦力を増強するための時間稼ぎに過ぎないからだ。 この策略は2014年の「ミンスク1」と15年の「ミンスク2」で成功、8年かけてウクライナの戦力を増強させ、2022年2月からの戦闘につながった。この時に煮湯を飲まされたロシアは停戦交渉を拒否しているわけだ。 ウクライナ軍は事実上、崩壊。イギリス、フランス、ドイツは兵器だけでなく人員をウクライナへ派遣しているが、ロシアは相手がNATO加盟国でも容赦していない。ウクライナと距離を置き始めているアメリカを引き戻そうとヨーロッパは必死のようだ。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2025.09.21
サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子はカタールのドーハでパキスタンのムハンマド・シェバズ・シャリフ首相と戦略的相互防衛協定を9月17日に締結、サウジアラビアは核兵器保有国のパキスタンと軍事的な結びつきを強めることになった。パキスタンの核兵器開発はサウジアラビアの資金で行われてきたと言われているので、その関係が顕在化したと言えるかもしれない。この合意によれば、サウジアラビアまたはパキスタンに対するいかなる攻撃も両国に対する侵略とみなされる。 両者はイスラエルが9月9日にドーハを攻撃したことを受けて15日に開催されたアラブ・イスラム緊急首脳会議に出席していた。カタールは「親米国」であり、イスラエルとも友好的な関係にあると考えられていただけに、今回の攻撃がイスラム世界に与えた影響は小さくないはず。 カタールは防空のため、「パトリオット(MIM-104 Patriot)」や「ナサムス(NASAMS)」を配備、数千人以上のアメリカ兵が駐留しているのだが、今回の攻撃でパトリオットやナサムスは反応しなかった。イスラエルが攻撃する前、アメリカ軍は「シャットダウン機能」を使って防空システムを「オフ」にしていたと噂されている。サウジアラビアはロシアの防空システムS-400に興味を示していたが、今回の攻撃でその気持ちは強まっただろう。 サウジアラビアはイラン、ロシア、中国との関係を深めてきた。サウジアラビアと中国企業は共同で91メガワットの太陽光発電所を開発中であり、またサウジアラビアの産業鉱物資源相はロシアを訪問した際、ダイヤモンド採掘会社「アルロサ」、金採掘会社「ノルドゴールド」、そしてチタン生産会社「VSMPO-アビスマ」などの幹部と会談を行したたと伝えられている。 サウジアラビアとパキスタンが協定に調印する前、イランは最高国家安全保障会議のアリ・ラリジャニ議長をサウジアラビアに派遣しているのだが、その際、今回の協定について説明を受けたかもしれない。そのイランのほか、パキスタンと同盟関係にある中国はこの協定を歓迎すると見られている。 輸入する石油の多くがサウジアラビアから来ているインドはサウジアラビアとの関係がかつてないほど強固になっている言われていたが、今回の協定は懸念材料だろう。ロシアとの関係を強化しようとするかもしれない。 8月31日から9月1日にかけて天津で開催されたSCO(上海協力機構)の首脳会議でインドはロシアや中国との緊密な関係を見せていた。ロシアのウラジミル・プーチン大統領とインドのナレンドラ・モディ首相は同じリムジンに乗って移動するなど親密さをアピール、両国の会談でロシアの通訳は英語でなくヒンディー語を使っていた。この3カ国の結びつきはパキスタンを刺激したと推測されている。 欧米諸国やイスラエルの好戦的な政策は「グローバル・サウス」を屈服させることに失敗、多極的な新世界秩序を作り出している。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2025.09.20

9月10日にユタ・バレイ大学のキャンパスでチャーリー・カークを射殺したと言われているタイラー・ロビンソンのオジ、マイク・ロビンソンはウクライナ内務省のアゾフ特殊作戦分遣隊(アゾフ大隊)と協力関係にあったと考えられている。この分遣隊はネオ・ナチを中心に編成され、マリウポリを占領していたことでも知られている。 マイク・ロビンソンによると、彼は「ラジオ・フリー・ウクライナ」の元ディレクターで、アゾフ大隊の基地で働いていた経験があり、そのためにタイラーが射撃のスキルを身につけられたのかもしれない。 タイラーが暗殺に使ったとみいられているライフルは家族から贈られたものだとされているが、銃撃する前にライフルの銃身と標的への視線(LOS)との間の角度を設定する必要がある。「ゼロイング」だ。素人がこの作業をひとりですることは困難で、銃に熟達した人物が必要。誰かから訓練を受けていたはずだ。 マイクの投稿によると、彼は「今から2025年末までの間にウクライナ第3突撃軍団(アゾフ)の退役軍人や負傷兵を招き、戦争体験、戦術、技術、手順、負傷兵のケア、戦闘の有効性、訓練、ドローン、戦場における技術、負傷兵のリハビリテーションなどについて話を聞きたいと思っている。」という。 ウクライナでネオ・ナチを率いるドミトロ・ヤロシュやアンドリー・ビレツキーはネオ・ナチの「右派セクター」を2013年11月に組織、13年から14年にかけてのクーデターで中心的な役割を果たした。2014年2月のクーデターから3カ月後、右派セクターが中心になってアゾフ特殊作戦分遣隊は発足したが、この組織がネオ・ナチだということは西側の有力メディアもアメリカのFBIも日本の公安当局も認めていた。少なくとも2014年のクーデター当時からウクライナ情勢をウォッチしていたなら、こうした事実を知っているはずだ。 ウクライナの武装グループと関係しているという点で、タイラー・ロビンソンはドナルド・トランプ大統領暗殺未遂事件を起こしたライアン・ラウスと似ているとも言われている。ラウスによると、彼はウクライナのクーデター体制を積極的に支援し入隊を希望していたものの、50代半ばで軍事経験がないために拒否され、その後にウクライナ軍への入隊を募る活動をしていたという。ただ、この話を「妄想」だと言う人もいる。 本ブログでも書いたことだが、チャーリー・カークは熱心なイスラエル支持者だったものの、殺される直前、イスラエルに対して批判的な発言をしはじめていた。またウクライナ問題ではクリミアを「常にロシアの一部だった」と発言、ウクライナへ割譲したことを今年初めに批判しているのだ。 また、カークの友人によると、カークは昨年6月、イスラエルのためにイランを爆撃しないようドナルド・トランプ大統領に強く警告したのだが、大統領はカークを怒鳴りつけ、会話を打ち切ったという。この出来事によってカークはアメリカ大統領が悪意ある外国勢力の支配下に入り、自国を一連の悲惨な紛争へと導いているという認識を固めたとカークの友人は考えている。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2025.09.19
カタールのドーハで9月15日にアラブ・イスラム緊急首脳会議が開催された。アメリカ政府が提案した新たな停戦案について協議するためにドーハ入りしていたハリル・アルハヤ議長率いるハマスの代表団をイスラエルが9月9日に爆撃したことを受けてのことだ。この攻撃でアルハヤ議長を含むハマスの政治局員は無事だったようだ。 ドーハの近くには中東最大のアメリカ軍基地というアル・ウデイド空軍基地があり、そこには戦闘機のほか空中給油機、爆撃機などが配置され、防空システムとして「パトリオット(MIM-104 Patriot)」や「ナサムス(NASAMS)」も配備されている。駐留しているアメリカ兵は数千人に上る。 9月9日に攻撃された際、パトリオットやナサムスは反応しなかった。イスラエルが攻撃する前、アメリカ軍は「シャットダウン機能」を使って防空システムを「オフ」にしていたと噂されている。カタールは事前に攻撃を知らされていたとも言われたが、カタール側はこの話を否定、そして緊急首脳会議を開いたのだ。 カタールが主催した会議にはサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子、イランのマスード・ペゼシュキアン大統領、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領も出席したが、注目されたのはシリアのアーメド・フセイン・アル-シャラー(アブ・モハメド・アル-ジュラニ)暫定大統領も参加したこと。 アル-シャラーはハヤト・タハリール・アル・シャム(HTS)と呼ばれる武装集団のリーダーを務めていた人物だが、この集団はアル・カイダ系のアル・ヌスラ戦線を改名した組織。その前身はAQI(イラクのアル・カイダ)だ。 2016年にアル・カイダ系武装集団と決別したことになっているが、名称は単なるタグ、あるいはプロジェクト名にすぎない。イギリスの外相を1997年5月から2001年6月まで務めたロビン・クックが05年7月に書いているように、「アル・カイダ」はCIAの訓練を受けた「ムジャヒディン」の登録リストを意味していた。プロジェクトが企画されると、登録リストからメンバーを集めるわけだ。 そうした仕組みの中で動いてきたのがアル-シャラーであり、アメリカやイスラエルの下で活動してきた。これまで基本的にイスラエルを攻撃していないが、イランとは戦ってきた。今回のドーハ攻撃で自分の置かれた立場に気づいたのかもしれない。 自分の置かれた立場に気づいたという点では、ペルシャ湾岸の産油国も同じだ。すでにサウジアラビアはイランやロシアに接近しつつあったが、今後、そうした動きが加速するかもしれない。 それに対し、アメリカのマルコ・ルビオ国務長官が同じ日にイスラエルを訪問、ガザで大虐殺を続けるベンヤミン・ネタニヤフ首相と会談している。イスラエルによるカタール攻撃の前も後もアメリカはペルシャ湾岸諸国と連絡を取り合っているとルビオは語っているが、アメリカが湾岸諸国からの信頼度が低下しつつあるのは確かだろう。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2025.09.18
投資運用会社パーシング・スクエア・キャピタル・マネジメントの創業者であり、CEOを勤めているウィリアム・アックマンは親イスラエル派として知られ、チャーリー・カークとも親交があった。2023年10月からアメリカの大学でパレスチナを支援する運動が始まると、アックマンはシオニスト仲間の富豪を率いて運動を弾圧、母校であるハーバード大学の学長だったクローディン・ゲイを弾圧が手ぬるいということで24年1月に追い出している。そのアックマンはカークが暗殺される1カ月ほど前、激しく口論していたという。その原因は、「親イスラエル派」だったカークが考え方を大きく変え始めていたからだ。 昨年6月、カークはドナルド・トランプ大統領に対し、イスラエルのためにイランを爆撃しないよう強く警告したのだが、大統領はカークを怒鳴りつけ、会話を打ち切ってしまったとカークの友人は語っている。これは本ブログでもすでに伝えた話だ。こうした遣り取りの背景にはカークがアメリカとイスラエルの関係について疑念を強めていた事実がある。 カークは今年初め、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相から彼の創設した「ターニング・ポイントUSA(TPUSA)」に対して多額の資金を新たに提供するという申出を受けたが、これを拒否したと彼の友人はグレイゾーンに対して語っている。また、殺害される2週間前にネタニヤフ首相はエルサレムでの会談をカークに申し出たが、拒否されたともいう。 8月上旬にカークはニューヨーク州のブリッジハンプトンでアックマンと会談しているが、その際、アックマンから激しく非難されて動揺していたという。カークがアメリカとイスラエルの関係について疑念を強めていたことのほか、TPUSAのイベントにイスラエルを批判する著名な保守派を彼が登壇させたからだという。その議論へ身元不明のイギリス人女性が加わり、カークに向かって怒鳴り始めたとも伝えられている。こうした報道をアックマンは全面否定しているが、彼は主張の根拠や彼の見解を発表していない。 タッカー・カールソンはアックマンについて、ジェフリー・エプスタインの「仲間」だと語り、アックマンから怒りを買っているが、彼の妻でイスラエルの有名デザイナーでもあるネリ・オックスマンはエプスタインがMIT(マサチューセッツ工科大学)にある彼女のメディアラボに12万5000ドルを寄付した後、エプスタインに芸術的なオーブを贈っている。彼女はエプスタインと何度か昼食に招待されたともいう。 カークが殺害された後、アックマンは銃撃犯逮捕につながる情報を提供した者に100万ドルの報酬を支払うと宣言、このカネはタイラー・ロビンソンをカーク殺害の容疑者として通報したとされる彼の父親に渡る可能性がある。ロビンソンの父親は彼が所属するモルモン教会の司教に知らせ、司教は連邦保安官局に連絡したというのだが、ユタ州知事らによると、タイラーは罪を認めていない。 本ブログでは繰り返し書いてきたが、シオニズムが生まれたのイギリス。エリザベス1世の時代だとも言われている。その直前、1590年に出版された『失われた十部族』には、アングロ・サクソン人、ケルト人、スカンジナビア人、ゲルマン人などが旧約聖書に登場するイスラエル人の直系の子孫であると書かれている。 イギリスや西側世界にシオニズムを広めた人物としてブリティッシュ外国聖書協会の第3代会長を務めた反カトリック派のアントニー・アシュリー-クーパー(シャフツバリー伯爵)が知られているが、17世紀初頭にイギリス王として君臨したジェームズ1世(イングランド王)/ジェームズ6世(スコットランド王)は自分をダビデ王の末裔だと信じていたようだ。その頃始まった「ブリティッシュ・イスラエル主義」がシオニズムの始まりだとも考えられている。 その息子であるチャールズ1世はピューリタン革命で処刑されたが、その革命で中心的な役割を果たしたオリヴァー・クロムウェルをはじめとするピューリタンも「イスラエルの失われた十支族」話を信じていたという。クルムウェルはユダヤ人をイングランドへ入れることを許可したが、稼ぎ方を海賊行為から商取引へ切り替えるためだったとされている。 ピューリタン革命を率いたクロムウェルは革命で仲間だったはずの水平派を弾圧、その後にアイルランドへ軍事侵攻して住民を虐殺。侵攻前の1641年には147万人だったアイルランドの人口は侵攻後の52年に62万人へ減少。50万人以上が殺され、残りは「年季奉公」や「召使い」、事実上の奴隷としてアメリカなどに売られたと言われている。 ダブリン出身でプリマス・ブレザレンを創設したジョン・ネルソン・ダービー牧師は1830年代から宗教活動を始めたが、彼はキリストの千年王国がすべての文明を一掃し、救われるのは選ばれた少数のグループだけだと考えていた。一般的にシオニズムの生みの親とされるセオドール・ヘルツルという無神論のユダヤ人が『ユダヤ人国家』という本を出版したのは1896年のことだ。 こうした流れの背後に帝国主義があり、欧米の支配者たちは中東を含む「グローバル・サウス」を植民地化し、富を蓄積してきた。この支配者たちはイスラエルを利用して石油資源の豊富な中東を略奪してきたのである。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2025.09.17

イギリスのルーク・ポラード国防準備産業担当大臣によると、ウクライナ多国籍軍(MNF-U)のキエフにおける司令部を指揮するふたりの少将を選任した。多国籍軍全体の指揮は当初パリから行い、その後ロンドンへ移すとしている。その司令官は中将レベルで、フランスとイギリスが共同で派遣するという。MNF-Uの設置はウクライナ戦争の指揮権がワシントンからロンドンへ移動することを意味すると言われている。ウクライナ軍は事実上、壊滅状態で、黒幕として活動してきたイギリスが表へ出るしかなくなったのだろう。 こうした中、イギリスのボリス・ジョンソン元首相がオデッサを突如訪問した。イギリスとベリーズの二重国籍を持ち、タークス・カイコス諸島に住む富豪で、経済スキャンダルを抱えているマイケル・アシュクロフトも同行している。 ジョンソンは2022年4月9日にキエフへ乗り込み、内定していたロシアとウクライナの停戦を壊したことで知られている。(ココやココ)当時、停戦交渉の仲介をしていたのはイスラエルとトルコで、仲介役のひとりだったイスラエルの首相だったナフタリ・ベネットは交渉内容を詳しく説明している。トルコ政府を仲介役とする停戦交渉は仮調印にこぎつけていた。 ベネットは2022年3月5日にモスクワへ飛んでウラジミル・プーチン露大統領と数時間にわたって話し合い、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領を殺害しないという約束をとりつけることに成功、その足でベネットはドイツへ向かってオラフ・ショルツ首相と会っているのだが、その3月5日、SBU(ウクライナ保安庁)のメンバーがキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームで中心的な役割を果たしていたデニス・キリーエフを射殺した。そしてジョンソンがキエフへ乗り込んだのである。 ジョンソンはウクライナ人に対し、最後のひとりになるまでロシアと戦えと命令、ヨーロッパ諸国に対しては資金と長距離ミサイルをウクライナへ集中させるように求め、反発を受けている。勿論、アラスカで行われたドナルド・トランプ米大統領とウラジミル・プーチン露大統領の会談も批判している。 アシュクロフトは保守党員仲間のロバート・シーリーを伴って2022年12月にもオデッサを訪れている。その際、クリストファー・グリーンも同行しているのだが、この人物はイギリスの対外情報機関MI6のエージェントだと言われている。アシュクロフト自身もMI6に関係している可能性がある。 本ブログでは繰り返し書いてきたことだが、ウォロディミル・ゼレンスキーもMI6のエージェントである可能性が高い。アメリカ海兵隊の元情報将校でUNSCOM(国連大量破壊兵器廃棄特別委員会)の主任査察官を務めたスコット・リッターのドキュメンタリーによると、ゼレンスキーはMI6のエージェントであり、そのハンドラー(エージェントを管理する担当オフィサー)はリチャード・ムーアMI6長官だと推測されている。そのムーアが今年10月1日に退任し、ブレーズ・メトレベリへ引き継がれる。 MI6はオデッサを拠点にしてロシアをテロ攻撃してきた。8月2日にはロシアのスペツナズ(特殊部隊)がオデッサに近いオチャコフでイギリス陸軍のエドワード・ブレイク大佐とリチャード・キャロル中佐、そしてMI-6の工作員ひとりが拘束されたと報道された。ロシアはオデッサに対する攻撃を強めている。イギリスはオデッサの拠点をロンドンへ移動させるかもしれない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.09.16

9月10日にユタ・バレイ大学のキャンパスで演説していた際に射殺されたチャーリー・カークは「保守」や「シオニスト」といったタグを付けられていた活動家。実際、熱心なイスラエル支持者だったようだが、殺される直前、イスラエルに対して批判的な発言をしはじめている。またウクライナ問題ではクリミアを「常にロシアの一部だった」と発言、ウクライナへ割譲したことを今年初めに批判している。 ヘンリー・キッシンジャーは2014年3月5日付けワシントン・ポスト紙でこの問題について論じている。ロシアの歴史はキエフ・ルーシで始まり、宗教もそこから広がり、ウクライナは何世紀にもわたってロシアの一部であり、その前から両国の歴史は複雑に絡み合っていたと指摘、ロシアにとってウクライナが単なる外国ではないとしている。特に東部と南部はロシアとの繋がりが強いのだが、その地域も含め、ウクライナと呼ばれる地域全てをNATO諸国は自分たちの支配下に置こうとしたのだ。 キッシンジャーも指摘しているように、人口の60%がロシア人であるクリミアは1954年、ウクライナ生まれのニキータ・フルシチョフがロシアとコサックの協定300周年記念の一環としてウクライナへ与えた場所だ。勿論、住民の意思は無視された。 クリミアだけでなく、ウクライナの東部と南部はソ連時代にロシアから割譲された。宗教はロシア正教でロシア語を話し、文化はロシア的。必然的に住民の大半はロシアに親近感を抱いていた。カトリック教徒が多く、ウクライナ語を話す西部とは異質だ。そうした国で一方が他方を支配しようとすれば内戦や分裂につながるとキッシンジャーは主張していたが、それが現実になった。 その内戦を仕掛けたのはアメリカのバラク・オバマ政権で、EUは当初、そうした暴力的な行為には反対していたのだが、ヨーロッパでそうした勢力は力を失い、今は好戦的な反ロシア勢力が実権を握っている。その背景には19世紀にイギリスで始まった「グレート・ゲーム」が存在している。その長期戦略をネオコンは推し進めようとしてロシアの反撃にあい、敗北しつつある。 チャーリー・カークはウォロディミル・ゼレンスキー大統領がクリミアをロシアの一部として認めようとしないことで和平プロセスを妨げていると主張し、「和平案の可能性を阻んでいるのはゼレンスキー大統領だ」と述べていた。 親イスラエルと言われていたカークが最近、イスラエルと対立していたとする情報も出てきた。カークの友人によると、その活動家は今年初め、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相から彼が創設したターニング・ポイントUSA(TPUSA)へのシオニストによる巨額の資金を提供すると言われたが、それを断ったという。 ネタニヤフが大統領の人事を個人的に指示しようと試み、億万長者のシオニストであるミリアム・アデルソンのような人物がホワイトハウスを掌握しようとしている内情を目の当たりにし、カークは嫌悪感を抱いていたようだ。 カークの友人によると、カークは昨年6月、イスラエルのためにイランを爆撃しないようドナルド・トランプ大統領に強く警告したのだが、大統領はカークを怒鳴りつけ、会話を打ち切ったという。この出来事によってカークはアメリカ大統領が悪意ある外国勢力の支配下に入り、自国を一連の悲惨な紛争へと導いているという認識を固めたとカークの友人は考えている。イスラエルや親イスラエル派から見ると、飼い犬が飼い主に刃向かい始めたということになる。カークは8月6日、親イスラエル派の有力者から受け取っている脅迫的なメッセージを受け取っていることも明らかにしている。 勿論、カークのイスラエルに対する見方の変化が彼の死と関係していると言っているわけではない。念の為。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.09.15

ウクライナの現体制は崩壊寸前にある。事実上、崩壊している体制をイギリスやフランスなどのヨーロッパ諸国が動かしている、つまりゾンビ状態だとも言える。 その体制は2014年2月22日にビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒して成立した。クーデターを仕掛けたのはアメリカのバラク・オバマ政権で、ネオ・ナチ(ナチズムの継承者)が手先として利用されている。例えば、ポーランドでの報道によると、2013年9月にポーランド外務省がウクライナのネオ・ナチ86人を大学の交換留学生として招待、ワルシャワ郊外にある警察の訓練センターで4週間にわたって暴動の訓練をしたという。 ウクライナを含む中部から東部にかけてのヨーロッパには第2次世界大戦中、ナチ党に支配されたドイツと手を組んだ集団が存在した。ウクライナにおけるそうしたのはOUN(ウクライナ民族主義者機構)。指導者のイェブヘーン・コノバーレツィが1938年5月暗殺された後、アンドレイ・メルニクが引き継ぐのだが、新指導者は穏健すぎると反発するメンバーが向かった先にはステパン・バンデラがいた。そして誕生したのがOUN-Bだ。 バンデラはイギリスの対外情報機関MI6のフィンランド支局長だったハリー・カーがソ連情報を得るために雇う。現在のウクライナに大きな影響力を持っているネオ・ナチはこのバンデラを信奉している。 ドイツの敗北が決定的になっていた1943年春、OUN-BはUPA(ウクライナ反乱軍)として活動を開始、その年の11月には「反ボルシェビキ戦線」を設立した。摘発の対象になっていたはずのOUNやUPAの幹部だが、その半数近くがウクライナの地方警察やナチスの親衛隊、あるいはドイツを後ろ盾とする機関に雇われていたと考えられている。(Grzegorz Rossolinski-Liebe, “Stepan Bandera,” ibidem-Verlag, 2014) 第2次世界大戦が勃発する直前、ウクライナにはヨーロッパで最大級のユダヤ人共同体が存在、その人数は約270万人に達していたと言われているのだが、1941年にドイツ軍がキエフを占領すると、ユダヤ人やロマを含む「望まざる者たち」約3万4000人がバビ・ヤール渓谷へ連行され、銃殺されている。大戦中、そこで殺された人数は最大10万人。この虐殺に現地のウクライナ人が協力したとも言われている。 その間、UPAは「民族浄化」に乗り出し、ユダヤ人やポーランド人の殺戮を始める。その方法は残虐で、妊婦の腹を引き裂いて胎児や内蔵を取り出し、脅しのために灌木に引っかけるといったことさえしていたという。1943年から45年の間にOUN-BとUPAが殺したポーランド人は7万人から10万人と言われている(Grzegorz Rossolinski-Liebe, “Stepan Bandera,” ibidem-Verlag, 2014) 大戦後の1946年4月に反ボルシェビキ戦線はABN(反ボルシェビキ国家連合)になり、APACL(アジア人民反共連盟、後にアジア太平洋反共連盟に改名)と一体化してWACL(世界反共連盟。1991年にWLFD/世界自由民主主義連盟へ名称変更)の母体になった。 この頃、MI6は反ソ連組織の勢力拡大を図る。1947年7月にインテルマリウム(中央ヨーロッパにカトリック帝国を建国しようとしていた)とABNを連合させ、9月にはポーランドのプロメテウス同盟も合流させた。翌年の後半、新装ABNはステツコを中心として活動を開始する。 APACLは1954年に韓国で創設されたが、その際に中心的な役割を果たしたのは台湾の蒋介石や韓国の李承晩。日本からは児玉誉士夫や笹川良一が参加、日本支部を設置する際には岸信介が推進役になった。同じ頃、「世界基督教統一神霊協会(統一教会)」なる団体も韓国で設立された。後に「世界平和統一家庭連合」と名乗ることになる。 当初、WACLの主導権はAPACL系の人脈が握っていたが、1970年代になるとCAL(ラテン・アメリカ反共同盟)が実権を握る。ラテン・アメリカは第2次世界大戦後にアメリカやローマ教皇庁の支援でナチスの幹部や協力者が逃げ込んだ場所。そこでヨーロッパのナチス人脈との結びつきが強く、中でもイタリアの反コミュニスト人脈との関係は深い。必然的に、そうした人脈を利用してアメリカやイギリスの情報機関が編成した「NATOの秘密部隊」ともつながる。 こうした歴史を持つウクライナ西部でナチズムの信奉者が活動している事実を西側の有力メディアでさえ、2014年2月にクーデターが実行される前、懸念していた。 その懸念は2013年11月にオバマ政権のヤヌコビッチ政権転覆を目指す工作がキエフにあるユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)で顕在化する。当初はカーニバル的な雰囲気の反政府集会を開催、人を集め始めたのだ。12月に入ると約50万人が集まったとも言われている。 年明け後、広場ではネオ・ナチのメンバーが登場して暴力行為をエスカレートさせ、状況が一変する。2月18日頃から棍棒、ナイフ、チェーンなどを手にしながら石や火炎瓶を投げ、ピストルやライフルで銃撃を始めた。その頃、2500丁以上の銃をネオ・ナチは広場へ持ち込んでいたとも言われている。 当時のEU幹部は混乱を話し合いで解決しようとするが、そうした方針に怒ったのがアメリカ政府を支配するネオコン。そうしたネオコンの心情を明らかにする音声が2014年2月4日、インターネット上にアップロードされた。 ヌランド国務次官補とパイアット大使の電話での話し合っているのだが、話のテーマは「次期政権」の閣僚人事。ヌランドはアルセニー・ヤツェニュクを強く推していた。クーデター後、実際、首相に就任する人物だ。ヌランドは話し合いでの解決を目指すEUの遣り方が手ぬるいと不満で、「EUなんかくそくらえ」という発言につながる。話し合いではヤヌコビッチ政権に止めを刺すことができないため、暴力的な体制転覆を彼女たちネオコンは目指していたのだ。 それでもヤヌコビッチ大統領と反政府派の代表は一旦、平和協定の調印にこぎ着けるのだが、その直後に広場で狙撃が始まって状況は一気に悪化した。西側の政府やメディアはヤヌコビッチ側が黒幕だと宣伝したが、クーデター派が実行したと証言する人は少なくない。 第1発目は音楽協会ビルから撃たれたのだが、そこを管理していたのはアンドレイ・パルビーにほかならない。この人物はソ連が消滅した1991年にオレフ・チャフニボクとネオ・ナチ政党のウクライナ社会ナショナル党(後のスボボダ)を創設、クーデター後には国家安全保障国防会議(国防省や軍を統括する)の議長に就任、2014年8月までその職にあった。その年の9月にはヤツェニュクたちと新たな政党、人民戦線を組織して議員になる。 EUが調査のために派遣したエストニアのウルマス・パエト外相も狙撃の実行者はネオコンを後ろ盾とするネオ・ナチだとキャサリン・アシュトンEU外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者)へ電話で報告している。反ヤヌコビッチ派は平和的でも民主的でもなく「信用できない」とパエト外相は言い切っているのだが、ヤヌコビッチの排除を優先するアシュトンは「議会を機能させなければならない」と応じ、黙らせた。結局、EUがこの事実を問題にすることはなく、クーデターは容認された。 2017年11月にはパエトの報告を裏付けるドキュメントがイタリアで放送されている。その中で自分たちが狙撃したする3人のジョージア人が登場、警官隊と抗議活動参加者、双方を手当たり次第に撃つよう命じられたとしている。この3人は狙撃者グループの一部で、治安部隊のメンバーとしてジョージアから送り込まれたいう。ここでも狙撃の指揮者はアンドレイ・パルビーだと語られている。(ココとココ) パルビーは1995年10月、オレーフ・チャフニボークとウクライナ社会国家党を創設した。西側でも「極右」と表現せざるを得ない実態の政党だが、名称は変えざるをえなくなる。国家社会主義者ドイツ労働者党(ナチ党)を連想させるからだ。新しい名称はアメリカ好みの「スボボダ(自由)」。勿論、タグを変えてもネオ・ナチであることに変わりはない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.09.14

政治活動家のチャーリー・カークが9月10日、ユタ州オレムにあるユタバレー大学(UVU)のキャンパスで野外イベント中に射殺された。監視カメラに映っていた容疑者タイラー・ロビンソンは父親の通報で間もなくして拘束されたと伝えられているが、動機は不明だ。近くの建物の屋根から狙撃したと見られている。 昨年7月13日、ドナルド・トランプはペンシルベニア州バトラー近郊で野外選挙集会で演説中に狙撃されたが、その際にも狙撃手は近くのビルの屋上から撃っている。トランプ自身は耳を負傷しただけだったが、演説を聞きにきていた聴衆のひとりが死亡、ふたりが重傷を負った。狙撃したと見られるトーマス・クルックスは射殺されている。 ふたりともライフルを使ったようだが、素人が簡単に扱えるような武器ではない。弾丸は引力に逆らうことはできず、放物線軌道を描いて飛んでいく。銃の性能が高ければ放物線の軌道は変わるが、真っ直ぐに飛び続けるということはできない。 そこでライフルの銃身と標的への視線(LOS)との間の角度を設定する必要がある。「ゼロイング」だ。素人がこの作業をひとりですることは困難で、銃に熟達した人物が必要。言うまでもなく広い敷地も必要である。つまり、カークや・トランプを狙撃した人物は狙撃にベテランでないかぎり、厳しい訓練を受けていたはずだと考えられている。 訓練したのは誰なのか、そしてどこで訓練したのか。どこで狙撃するかを決めることも簡単ではない。そうした訓練をするコーチと訓練のための場所を保有している富豪や組織が存在していると考えるべきなのかもしれない。もし、こうしたシステムが存在するなら、狙撃した人物は処分されてしまうだろう。 第2次世界大戦の終盤、イギリスとアメリカの情報機関は西部戦線でドイツ軍と戦っていたレジスタンス対策としてゲリラ戦部隊を編成、隊員を訓練している。ジェドバラだ。大戦後、西ヨーロッパでレジスタンの主力であるコミュニストの影響力が強まることを恐れてのことだ。訓練を担当したのはイギリスの特殊部隊であるSOEとアメリカの戦時情報機関OSSの一部門であるSOだった。このジェドバラ人脈は戦後、アメリカの秘密工作を担うことになり、ヨーロッパではNATOの秘密部隊の基盤になる。イタリアのジェドバラはそのひとつに過ぎない。 アメリカやイギリスはそうした秘密部隊を指揮している国だが、国内にいる目障りな個人や組織を処分する仕組みも作られていそうだ。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.09.13
9月11日には世界の流れを変えるような大きな出来事が引き起こされている。1973年にチリでは、サルバドール・アジェンデ政権をアメリカのヘンリー・キッシンジャー国家安全保障補佐官に操られたオーグスト・ピノチェトの部隊がクーデターで倒し、2001年にはニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されたのだ。 クーデター後のチリでは初めて新自由主義経済が導入され、富はアメリカの巨大企業へ流れ、その手先が富を築いた。その「実験」を経てイギリスのマーガレット・サッチャー首相が自国へ導入、それまでの社会システムを崩壊させた。2001年の9/11はアメリカ国内を刑務所化する「PATRIOT法(テロリズムの阻止と回避のために必要な適切な手段を提供することによりアメリカを統合し強化する2001年法)」の導入や侵略戦争の本格化の切っ掛けとして使われている。 PATRIOT法は340ページを超す代物なのだが、それを議会は提出されて1週間で承認、憲法の機能を停止させてしまった。その結果、令状のない盗聴や拘束、拷問が横行することになり、国内の治安機能を強化するため、2002年10月にはUSNORTHCOM(アメリカ北方軍)が設置された。 社会の収容所化は第2次世界大戦が終わって間もない頃、核戦争を想定して計画されているが、大きな節目は1982年のNSDD55。この指令によって戒厳令プロジェクトであるCOGが承認され、NPO(国家計画局)が創設された。 COGの内部は上部組織と下部組織に分かれ、「プロジェクト908」と呼ばれる上部組織にはジョージ・H・W・ブッシュ、ドナルド・ラムズフェルド、リチャード・チェイニー、ジェームズ・ウールジーたちが含まれていた。下部組織は「フラッシュボード」と呼ばれ、ホワイトハウスの役人、将軍たち、CIAの幹部、引退した軍人や情報機関員など数百人で編成された。(New York Times, April 18, 1994) このプロジェクトの基盤になったのはソ連を先制核攻撃する計画。例えば、1957年にはドロップショット作戦が作成され、それに合わせて沖縄の軍事基地かが推進され、アレゲーニー山脈の中、ウエストバージニア州のグリーンブライア・ホテルの地下には「地下司令部」が建設されている。いわゆるグリーンブライア・バンカーだ。この地下司令部は1990年代の前半に放棄され、ペンシルベニア州のレイブン・ロック山コンプレックスに新たな地下司令部が建設されている。いわゆるサイトRだ。 当初、COGは核戦争を前提にしていたが、1988年に大統領令12656が出され、始動する条件が「国家安全保障上の緊急事態」に変更されている。核戦争が勃発しなくても支配階級が国家安全保障上の緊急事態だと判断すれば憲法の機能を停止できるようになった。そして2001年9月11日にその緊急事態が起こる。 その日、世界貿易センターやペンタゴンに旅客機が突入、センターのツイン・タワーや7号館は爆破解体のように崩壊した。その不自然な崩壊から爆発物が仕掛けられていたと考える人もいる。 そこで注目されたのが1993年2月26日の事件。その日、世界貿易センターのノース・タワーにある地下駐車場に仕掛けられていた爆弾が遠隔操作で爆破される。これはラムジ・ユセフたちによる仕業だった。 ノース・タワーを倒し、サウス・タワーも破壊する計画だったが、建造物で最も弱いはずの地下を破壊してもノース・タワーはびくともしなかった。勿論、サウス・タワーも倒れていない。 その翌年の9月11日にはフランク・ユージン・コーダーなるトラックの運転手が盗んだセスナ150でホワイトハウスのサウス・ローンに突っ込み、本人は翌日に死亡。1995年2月には12機の旅客機を爆破する「ボジンカ計画」が阻止され、4月19日にはアメリカのオクラホマ州にある連邦政府ビルが爆破されて169名が死亡(ひとりは身元不明)した。 ノース・タワーでは地下駐車場が爆破された後、1994年から2000年にかけてACEエレベーターが貿易センターのエレベーター・システムの改良工事を実施(George W. Grundy, “Death of a Nation,” Skyhorse, 2017)、ストラテセク社は1996年から2000年にかけてビルの治安システムを導入するための工事を実施した。こうした工事を利用すれば、どのような仕掛けでも作れるだろう。 2001年の9/11ではサウジアラビアとイスラエルに疑惑の目が向けられていた。オサマ・ビン・ラディンの兄弟のひとりであるシャフィグは9月11日にジョージ・H・W・ブッシュやジェイムズ・ベイカーと会っていたほか、後にサウジアラニアの情報機関である総合情報庁を率いることになるバンダル・ビン・スルタンはアメリカ駐在大使として赴任中で、2005年9月までその職についていた。バンダルの後任大使、トゥルキ・ビン・ファイサル・アル・サウドは2001年8月31日、つまり9/11の11日前まで総合情報庁の長官を務めていた。 9月11日には140名のサウジアラビア人を乗せたチャーター機がアメリカを飛び立っているが、その中には24名のビン・ラディン家の人間も乗っていた。その航空機の搭乗者のひとり、アーメド・ビン・サルマンは9/11を事前に知っていたと後に語っているが、2002年7月に43歳の若さで心臓発作のために急死した。 9/11の前後に「イスラエル人美術学生」が逮捕されていることも話題になった。イギリスのテレグラフ紙によると、攻撃の前に140名のイスラエル人が逮捕され(Telegraph, March 7, 2002)、ワシントン・ポスト紙によると、事件後に60名以上が逮捕されている。(Washington Post, November 23, 2001)合計すると逮捕者は200名に達し、その中にはモサドのメンバーも含まれていた。後に全員が国外追放になる。 アメリカ国内に犯人はいると考える人も少なくないが、そのグループが国外の人間と連携した可能性もある。大々的に宣伝されたハイジャック話は信憑性が低い。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.09.12

楽天ブログの「櫻井ジャーナル」は下記のような抗議を受けた結果、一時、閲覧も編集もできない状態になりました。この内容が正しくないことはブログの中で再三説明してきたことで、おそらく抗議してきた人はそうしたブログを読んでいないのでしょう。楽天ブログに対し、抗議の内容に同意できないことを伝えました。〈記事タイトルと共に冒頭「この人物はウクライナにおけるネオ・ナチの幹部のひとりだ。」と書かれているが、「ネオ・ナチ」はプーチン政権の宣伝工作の造語であり、ウクライナ国内にそのような組織は1つも認知されていない。(仮にウクライナ戦争以前に類推される組織があったとしても、現在ウクライナはロシアと全面戦争をしており、ネオ・ナチの倒すべき標的がプーチン政権である以上、ウクライナ政府軍と一体となってロシアを叩くのが最も合理的であり、そもそも存在自体が無意味である)この主張は、プーチン政権によるウクライナ要人の暗殺を正当化する目的でしかない。同じ民主主義のウクライナを支援すべき日本人として、ロシア工作員の片棒を担ぐ恥ずべき言論であり、日本人の皮を被ってデマを拡散する事は許されない。なお、現在の国際情勢で「ナチ」に最も近いのはイスラエルのネタニヤフ政権であり、パレスチナ民族に対するホロコーストを実施中のそれはナチそのものと言える。ロシアのプーチンがそれに続く。プーチンは既に戦争犯罪で国際指名手配されているが、目的が自己正当化できる限り、ありとあらゆる違法な手段を行使する史上最悪レベルの犯罪者である。「簡単に勝てるという前提で」侵攻したのはロシア軍である。全てはプーチンの保身のためであり、理由は何でも良い。>ロシア軍の勝利は決定的でウクライナを黙って見捨てる程、西側諸国は甘くはない。〉 「ネオ・ナチ」は一般的に使われている用語であり、「プーチン政権の宣伝工作の造語」ではありません。2018年10月にFBIのビア・ワース特別捜査官はクーデター政権の象徴的な存在であるアゾフ特殊作戦分遣隊(アゾフ大隊)について、裁判所に提出した文書の中で「ネオ・ナチのイデオロギーを信じ、ナチのシンボルを使っている」としていますが、これは事実です。 また、2014年2月のクーデター直後、キエフをネオ・ナチが闊歩していることはBBCのドキュメンタリーでも紹介されていました。そもそも合法政権を暴力的に倒し、反対意見を封殺してきたクーデター政権が「民主主義」的であるはずがありません。 このクーデターに反対する東部や南部の人びとが反クーデター闘争を始めたのが内戦の切っ掛けであり、そのクーデター体制をNATO諸国が支援、戦況がクーデター体制にとって悪くなったことからイギリスをはじめとするNATO諸国が関与の度合いを強めています。 2014年2月にバラク・オバマ政権がクーデターを仕掛けた際、簡単にウクライナを制圧できると考えたのでしょうが、東部や南部で想定外の抵抗を受け、戦力増強のために時間を稼がねばなりませんでした。それが「停戦合意」だとされている2014年の「ミンスク1」と15年の「ミンスク2」の実態でした。このことはアンゲラ・メルケル元独首相やフランソワ・オランド元仏大統領も認めています。 そして2022年2月にロシア軍がウクライナに対する攻撃を始めましたが、その前に軍事的な緊張が高まり、反クーデター派が支配している地域への砲撃が報告されています。そうした時にロシア軍が動き、ウクライナ軍部隊や軍事基地、生物兵器の研究開発施設を攻撃し始め、すぐに停戦交渉が始まります。 交渉役はイスラエルとトルコでしたが、そのひとりだったイスラエルのナフタリ・ベネット首相(当時)は交渉の内容を詳しく話しています。彼は2022年3月5日にモスクワへ飛んでウラジミル・プーチン露大統領と数時間にわたって話し合い、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領を殺害しないという約束をとりつけることに成功、その足でベネットはドイツへ向かってオラフ・ショルツ首相と会っているそうです。 SBU(ウクライナ保安庁)のメンバーがキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームで中心的な役割を果たしていたデニス・キリーエフを射殺したのはその3月5日でした。 停戦交渉はトルコ政府の仲介でも行われ、やはり停戦でほぼ合意に達しています。その際に仮調印されていますが、「ウクライナの永世中立性と安全保障に関する条約」と題する草案をプーチン大統領はアフリカ各国のリーダーで構成される代表団が2023年6月17日にロシアのサンクトペテルブルクを訪問した際に示しています。 そうした流れを断ち切るためにイギリスの首相だったボリス・ジョンソンは2022年4月9日にキエフを急遽訪問、ロシアとの交渉をやめるように指示すると同時に兵器の供与を約束しました。その後、現在に至るまでロシアとの戦争継続をイギリスは強く求め、破壊活動も行っていると伝えられています。 勿論、ブログの中で「ウクライナ要人の暗殺を正当化」などしていません。 今後、NoteやSubstackにも投稿していこうと考えています。櫻井春彦
2025.09.11
アメリカ政府が提案した新たな停戦案について協議するためにドーハ入りしていたハリル・アルハヤ議長率いるハマスの代表団をイスラエルが爆撃した。アルハヤ議長を含むハマスの政治局員は生存しているようだが、複数の交渉団メンバーや議長の息子が死亡したという。 ドナルド・トランプ政権がこの攻撃を承認していた可能性は高く、停戦案自体がハマスの幹部を誘き寄せる罠だったと見られているのだが、そのアメリカはドーハの近くに中東最大の軍事基地を持っている。アル・ウデイド空軍基地だ。 その基地にアメリカ軍は戦闘機のほか、空中給油機、爆撃機などを配置、防空システムとして「パトリオット」やNASAMSも配備。駐留しているアメリカ兵は数千人に上る。6月にこの基地はイランにミサイルで攻撃されたが、その際、基地の防空システムはイランのミサイルを全て撃ち落とした宣伝されていた。今回、この防空システムは反応していない。 イスラエルによる攻撃の最中、カタール軍の戦闘機はアメリカとイギリスの給油機と共にドーハの上空を旋回していたが、ミサイルを迎撃しようとしたとする情報はない。アメリカだけでなく、カタールの政府もイスラエルによるハマス幹部の暗殺計画に加担していたと疑う人が少なくない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.09.10

アメリカのロサンゼルスにあるホロコースト博物館は「『2度と繰り返さない』はユダヤ人にとっての『2度と繰り返さない』だけを意味するものではない」とするソーシャルメディアの投稿を削除した。 イスラエルがガザで大量虐殺を続けていることからこの投稿がイスラエルへ向けられていると「誤解」されることを恐れ、投稿について謝罪したようだ。博物館側によると、そうした意図はなかった、つまりガザで大量虐殺に反対する意図はなかったと解釈されている。 ガザでの大量虐殺に抗議する声は世界に広がっている。ロンドンでも抗議活動があり、参加者の中にはナチス時代のドイツにおけるホロコーストを生き抜いたユダヤ人の娘がいた。その女性はインタビューを受けて時に逮捕されている。 ガザでの大量虐殺を推進しているベンヤミン・ネタニヤフ政権はウラジミール・ジャボチンスキーが1925年に結成した「修正主義シオニスト世界連合」の流れを汲んでいる。ジャボチンスキーは1940年にアメリカで心臓発作のために死亡しているが、アメリカ時代に彼の秘書を務めていたンシオン・ネタニヤフはベンヤミン・ネタニヤフの父親だ。 その後、ジャボチンスキーの信奉者がユダヤ人社会で主流派になったわけではないが、1970年代には福音派キリスト教徒、キリスト教原理主義者、あるいは聖書根本主義者と呼ばれているグループに支援されて台頭した。アメリカでネオコンが台頭するのと同じタイミングだ。 このキリスト教の一派が掲げる教義によると、キリストに従う「善の軍勢」と反キリストの「悪の軍勢」が「ハルマゲドン」で最終戦争を行い、人類の歴史は幕を閉じる。その際、再臨するキリストによって自分たちは救われるのだという。ジェリー・フォルウエルなど有名なテレビ説教師の大半がこの説を信じていて、「四千万を超えるといわれる聖書根本主義者たちは、聖書に書かれた神の都シオンと現代のシオニズム国家イスラエルを中心に信仰体系を打ち立てている」。この信仰体系は天啓的史観と呼ばれている。(グレース・ハルセル著、越智道雄訳、「核戦争を待望する人びと」、朝日選書、1989年) また、マザー・ジョーンズ誌の2002年9月/10月号に掲載されたレポートによると、聖書根本主義派はエド・マクティールを中心に活動、ジェリー・フォルウエルをロナルド・レーガン、ジェシー・ヘルムズ上院議員、そして現司法長官のジョン・アシュクロフトと引き合わせたのもこの人物だ。ポール・ウォルフォウィッツやダグラス・フェイスのようなネオコンと福音派キリスト教徒は緊密な関係にある。(MOTHER JONES, September / October 2002) 福音派キリスト教徒を含むシオニストはパレスチナ人虐殺をジェノサイドに含めるべきではないと強く主張、西側諸国における大半の政府はその主張に従い、パレスチナ人が爆撃で殺され、兵糧攻めで飢餓状態になっても動こうとしない。パレスチナで引き起こされていることは大量虐殺にほかならず、「悲劇」ではない。 パレスチナで大量虐殺が始まった原因は「イスラエル」なる「ユダヤ人の国」を作り上げたからである。そのために先住民であるアラブ系住民たちを消滅させる必要が生じ、虐殺が始まった。かつてアメリカ大陸やオーストラリアで行ったことをパレスチナでも繰り返している。その虐殺がパレスチナで終わる保証もない。 北アメリカ、オーストラリア、そしてパレスチナで先住民を消滅させて新たな国を作ったのはイギリスにほかならない。 イギリス政府は1838年、エルサレムに領事館を建設。その翌年にはスコットランド教会がパレスチナにおけるユダヤ教徒の状況を調査し、イギリスの首相を務めていたベンジャミン・ディズレーリは1875年にスエズ運河運河を買収した。その際に資金を提供したのは友人のライオネル・ド・ロスチャイルドだ。(Laurent Guyenot, “From Yahweh To Zion,” Sifting and Winnowing, 2018) パレスチナに「ユダヤ人の国」を建設する第一歩と言われる書簡、いわゆる「バルフォア宣言」をアーサー・バルフォアがウォルター・ロスチャイルドへ出したのは1917年11月のこと。 イギリスは1920年から48年の間パレスチナを委任統治、ユダヤ人の入植を進めたが、1920年代に入るとパレスチナのアラブ系住民は入植の動きに対する反発を強めた。 そうした動きを抑え込むため、デイビッド・ロイド・ジョージ政権で植民地大臣に就任したウィンストン・チャーチルはパレスチナへ送り込む警官隊の創設するという案に賛成、アイルランドの独立戦争で投入された「ブラック・アンド・タンズ」のメンバーを採用した。 この組織はIRA(アイルランド共和国軍)を制圧するために設立されたのだが、殺人、放火、略奪など残虐さで有名だった。イングランドでは、ピューリタン革命を指揮したオリバー・クロムウェルの軍隊がアイルランドを軍事侵略、多くの人を虐殺した。17世紀の半ばのことだ。 クロムウェルが出現する前、イングランドのジェームズ6世(イングランド王ジェームズ1世)はアングロ・サクソンをユダヤ人の「失われた十支族」の後継者だと信じ、自分はイスラエルの王だと信じていたという。この「失われた十支族」は旧約聖書の記述からきているとされているのだが、それは読み手の解釈に過ぎない。 旧約聖書によると、イスラエル民族の始祖はヤコブだとされている。彼には12人の息子があり、それぞれ支族を形成、そのうちユダ族とベニヤミン族の後裔とされる人びとが「ユダヤ人」と呼ばれているのだ。残りは「行方不明」で、旧約聖書を信じる人びとから「失われた十支族」と呼ばれているのだが、この支族が存在したとしても、「ユダヤ人」ではない。そもそも旧約聖書の記述を裏付ける証拠はない。 ジェームズ6世の息子であるチャールズ1世はピューリタン革命で処刑されたが、クロムウェルの私設秘書だったジョン・サドラーも同じように考え、彼は1649年に作成されたパンフレット『王国の権利』の中でイギリス人はイスラエルの失われた部族のひとつであり、ユダヤ人と同族であると主張している。 「神はイギリス人だ」と主張していたというクロムウェルの聖書解釈によると、世界に散ったユダヤ人はパレスチナに再集結し、ソロモン神殿を再建することになっていた。この解釈に基づいて彼は政権を樹立し、1656年のユダヤ人のイングランド定住禁止令を解除、パレスチナにイスラエル国家を建国することを宣言した。海賊の国だったイングランドで金融や経済を彼らに任せるためだったともいう。 これがシオニズムの始まりだが、ピューリタン体制が倒されるとシオニズムは放棄され、クロムウェルを支持する人びとの一部はアメリカへ亡命、ジョージ・ワシントン、トーマス・ジェファーソン、ベンジャミン・フランクリンらはその後継者だと主張したという。その北アメリカで先住民は「民族浄化」された。 IRA(アイルランド共和国軍)を制圧するために設立されたブラック・アンド・タンズのメンバーは殺人、放火、略奪など残虐さで有名だった。そして1936年から39年にかけてパレスチナ人は蜂起する。アラブ大反乱だ。 1938年以降、イギリス政府は10万人以上の軍隊をパレスチナに派遣する一方、植民地のインドで警察組織を率いていたチャールズ・テガートをパレスチナへ派遣、収容所を建設する一方、残忍な取り調べ方法を訓練した。イギリス軍はパトロールの際、民間のパレスチナ人を強制的に同行させていたともいう。 反乱が終わるまでにアラブ系住民のうち成人男性の10パーセントがイギリス軍によって殺害、負傷、投獄、または追放された。植民地長官だったマルコム・マクドナルドは1939年5月、パレスチナには13の収容所があり、4816人が収容されていると議会で語っている。その結果、パレスチナ社会は荒廃していく。 シオニストはパレスチナから先住民を追い出し、イスラエルなる国を建てるため、1948年4月4日に「ダーレット作戦」を発動、ハガナに協力する形でテロ組織のイルグンとスターン・ギャングは9日にデイル・ヤシン村を襲撃、その直後に村へ入った国際赤十字のジャック・ド・レイニエールによると、村民254名が殺され、そのうち145名が女性で、そのうち35名は妊婦だった。 イギリスの高等弁務官を務めていたアラン・カニンガムはパレスチナに駐留していたイギリス軍のゴードン・マクミラン司令官に殺戮を止めさせるように命じたが、拒否されてしまう。ハガナもイルグンとスターン・ギャングを武装解除しようとはしない。(Alan Hart, “Zionism Volume One”, World Focus Publishing, 2005) この虐殺を見て多くのアラブ系住民は恐怖のために逃げ出し、約140万人いたパレスチナ人のうち5月だけで42万3000人がガザ地区やトランスヨルダン(現在のヨルダン)に移住、その後、1年間で難民は71万から73万人に達したと見られている。イスラエルとされた地域にとどまったパレスチナ人は11万2000人にすぎなかった。1948年5月14日にイスラエルの建国が宣言されている。国際連合は1948年12月11日に難民の帰還を認めた194号決議を採択したが、現在に至るまで実現されていない。 勿論、先住民を消滅させるだけでは新たな国を作ることができない。「ユダヤ人」を連れてくる必要があった。そこでシオニストは1933年8月25日、ドイツのナチス政権とユダヤ人をドイツからパレスチナへ移住させる目的でハーバラ協定を締結したのだ。 1938年11月にドイツではナチスがユダヤ系住民を襲撃、多くの人が殺され、収容所へ入られ始めるが、この「水晶の夜」以降もユダヤ人はパレスチナへ向かわず、アメリカやオーストラリアを目指した。 その間、1936年4月にパレスチナ人は独立を求めてイギリスに対する抵抗運動を開始するのだが、39年8月に鎮圧されて共同体は、政治的にも軍事的にも破壊された。その際、パレスチナ人と戦った勢力には2万5000名から5万名のイギリス兵、2万人のユダヤ人警察官など、そして1万5000名のハガナが含まれている。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.09.10
イスラエルはカタールのドーハを爆撃した。ハリル・アルハヤ議長率いるハマスの代表団を狙ったもので、アメリカが情報を提供していたとも言われている。代表団はアメリカ政府が提案した新たな停戦案について協議していたというが、この提案自体がハマスの幹部を集めるための罠だったとする話も伝えられている。アメリカはイスラエルに攻撃を許可した一方、カタールへは通知していないという。 カタールの空域はアメリカが管理しているが、今回のようなケースでは無意味。ペルシャ湾岸の産油国は米英の軍事力に防衛を依存してきたが、信頼できないことが今回の出来事で明確になった。アメリカとの関係が変化することは避けられないだろう。すでにロシアやイランに接近し始めているサウジアラビアはアメリカ離れが加速するかもしれない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.09.10
ドナルド・トランプ米大統領はロシアがウクライナでの戦闘で軍事的にも経済的にも疲弊しているという現実に反する前提で政策を打ち出してきた。これはネオコンに騙されフリをしているからなのか、本当に騙されているのかわからない。 中国とインドに対するロシア産の石油や天然ガスの供給を停止すればロシア経済を崩壊させられるだろうとスコット・ベッセント財務長官は主張したが、元CIA分析官のラリー・ジョンソンが説明しているように、これは間違っている。このベッセン長官からトランプ大統領は影響を受けているのかもしれない。 イギリスやフランスはウクライナを使い、ロシアの精油施設などを攻撃、その影響でロシアにおけるガソリン価格は上昇しているのだが、ロシア統計局の公式モニタリングによると、2025年5月から6月にかけてのモスクワとサンクトペテルブルクにおけるガソリン価格の上昇率は約0.5%から0.7%、7月から8月にかけては0.3%。それに対し、生産者価格はロシア全体で約7.5%の上昇だ。西側諸国より不安定だとは言えない。 こうした間違った主張をしていベッセントはエール大学のキャリアセンターのイベントで「投資家」のジム・ロジャーズと出会ってインターンシップを獲得したところから金融の世界で生きてきた。1984年に大学を卒業してからブラウン・ブラザーズ・ハリマンで働いている。 この会社はハリマン家の銀行で、ジョージ・H・W・ブッシュの父親であるプレスコットも重役を務め、ナチスへの資金援助にも関係していたことで知られている。 その後、ベッセントは別の「投資家」ジェームズ・チェイノスの下で働き、1991年にはソロス・ファンド・マネジメント(SFM)に入社、最終的にロンドン支店長に就任した。そうしたこともあり、彼はジョージ・ソロスの「弟子」とも呼ばれている。2015年にこのファンドを辞めた後、ヘッジファンドのキー・スクエア・グループを設立した。その会社にジョージ・ソロスは20億ドルのアンカー投資をしている。 危険を察知したなら周囲の風景に溶け込み、姿を消せと教えられたソロスは10代のころにユダヤ人からの略奪に加担、彼自身も財産を築いたと言われている。 ソロスは第2次世界大戦後、1947年にイギリスへ移住、54年から金融の世界へ入った。そして彼のビジネスにとって目障りな体制を転覆させる活動を本格化、1984年にはハンガリーで「オープン・ソサエティ協会」を設立する。1991年12月にソ連が消滅すると旧ソ連圏での活動を活発化させ、体制の転覆と新自由主義化を推進した。バラク・オバマ政権で国務長官を務めたヒラリー・クリントンはロッキード・マーティンをスポンサーにする政治家で、ソロスの強い影響下にあった反ロシア派だということでも知られている。ソロスはロスチャイルド金融システムと関係が深い。 こうした背景からも推測できるように、ベッセントは金融の世界で生きてきた人物。ネオコン一般にも言えることだが、彼は通貨を呪物として崇めるカルトの信者とも言え、現実の経済活動には疎いようだ。ロシアだけでなく中国やインドの経済も理解できていない。その経済について無知な人物の話を信じているらしいトランプはデベロッパーであり、地上げの発想から抜け出せない。 ベッセントの対ロシア戦術はアメリカ国防総省系のシンクタンクであるRANDコーポレーションに基づいているとも言われている。 この研究所が2019年4月に作成した報告書「ロシアの拡大:優位な立場からの競争」には、拡大するロシアを抑え込むため、ウクライナの武装を強化、シリアのジハード傭兵への支援を強化、ベラルーシの体制を転覆、そしてアルメニアとアゼルバイジャンの緊張を煽り、トランスニストリアを孤立化させるとしている。勿論、RANDが主張するロシアの拡大とはNATOの拡大を意味する。 しかし、結局、ベラルーシでのクーデターに失敗。ウクライナを支配するクーデター体制の戦力を増強したものの、ロシアとの戦闘でNATOは敗北しつつある。ソ連を弱体化することに成功した「経済制裁」はソ連がドイツとの戦争で疲弊していたからで、今のロシアには当てはまらない。ウクライナにかつてのナチスと同じ役割を演じさせようとしたらしいが、失敗した。 ウラジミル・プーチン体制になってからロシアが急回復したことをRANDやベッセントを含む嫌ロシア派は理解できていない。彼らが思い描いている幻影は購買力平価(PPP)を通じて見える実態とは違う。中国やインドもアメリカをはじめとする西側世界の「エリート」の思い通りには動いていない。自分たちが望む幻影に合わせようと中国やインドに強制すれば、逆に両国をロシアへ接近させることになる。2014年2月にキエフでクーデターを実行し際と同じ失敗だ。 ところで、ホドルコフスキーはソ連が1991年12月に消滅した後、ボリス・エリツィンが西側支配層の代理人としてロシアを支配するようになると、エリツィン政権を支える顧問のひとりに就任。彼は1995年にユーコスなる石油会社を買収、中小の石油会社を呑み込み、その一方でモスクワ・タイムズやサンクトペテルブルグ・タイムズを出している会社の大株主になっている。 ホドルコフスキーはユーコスの発行済み株式のうち25から40%をアメリカの巨大石油会社、エクソン・モービルとシェブロンへ売り渡そうとしたが、プーチンに阻止された。プーチンの動きが遅れれば、ロシアは米英支配層の植民地になっていたことだろう。(Natylie Baldwin & Kermit Heartsong, “Ukraine,“ Next Revelation Press, 2015) 2003年10月、ホドルコフスキーはノボシビルスクの空港で横領と税金詐欺の容疑で逮捕されている。ホドルコフスキーのユーコス株の支配権は先に結ばれた「取り引き」によってジェイコブ・ロスチャイルドへ渡ったとサンデー・タイムズ紙は報じていた。 そのホドルコフスキーが昨年5月22日、ユーコスの「保護者」はジェイコブ・ロスチャイルドだと語っている。「保護者」とは、誰かが旧所有者に圧力をかけていると思われる場合、支配権を新たな所有者に譲渡する決定を下さなければならない人物だという。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.09.10

ドイツではノルトライン・ベストファーレン州で実施された地方選挙の前、数週間にAfD(ドイツのための選択肢)の候補者立て続けに死亡した。警察はいずれも自然死だとしているが、疑惑の目が向けられている。当初、死亡した候補者は6名だとされたが、その後ひとり増えて7名だという。 ドイツの治安機関であるBfV(連邦憲法擁護庁)は5月、AfDを「過激派政党」に指定した。その指定は一時停止されているが、有権者に支持されているAfDが政府機関に敵視されていることは確かだ。「過激派」というタグをつければ、どのような団体でも誰でも摘発できると彼らは主張している。摘発の対象を選ぶのは自分たちの特権だと考えているのだろう。論争や宣伝ではAfDの勢いを止められないため、強権を発動するしかないのだろう。 しかし、ドイツの少なからぬ国民はBfVを含む支配層とは考え方が違う。政府が進めてきた政策、例えばネオ・ナチを利用したクーデターで成立したウクライナの現体制への支援、それに伴うロシアとの戦争、ロシア産天然ガスを輸送していたノードストリーム(NS1)とノードストリーム2(NS2)の爆破に対する政府の姿勢、大量移民に対する姿勢、あるいはCOVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動での取り組み方に国民は納得していない。 一連の政策はドイツの経済を破綻させ、社会を破壊し、遺伝子操作薬による副作用で人びとの健康を害してきた。そうした政策に反対する政党がBfVやBSW(ザーラ・ワーゲンクネヒト同盟)。 また、SIPRI(ストックホルム国際平和研究所)によると、イスラエルへ供与された軍事物資の69%はアメリカから、30%はドイツから。そうした物資の空輸やパレスチナの武装勢力を偵察する飛行で中心的な役割を果たしてきたのはイギリス。ドイツも大量虐殺の共犯者だ。 ドイツの経済や社会は安価なロシア産天然ガスを購入できなくなったことで大きなダメージを受けた。天然ガスをロシアからヨーロッパへ運ぶパイプラインが通っているウクライナでは2014年2月にバラク・オバマ政権が主導するクーデターでネオ・ナチ体制が樹立され、主要なパイプラインによる輸送が止められた。 ロシアとヨーロッパを結ぶパイプラインの多くはウクライナを通過している。特に重要なパイプラインはソユーズ。このパイプラインとベラルーシやポーランドを経由してドイツへつながるヤマル-ヨーロッパは遮断されたが、ドイツとロシアはウクライナを迂回するパイプラインも建設していた。バルト海を経由する2本のパイプライン、NS1とNS2だ。そのパイプラインがン「ノードストリーム(NS1)」と「ノードストリーム2(NS2)」は2022年9月に破壊されている。 アメリカやポーランドは、NS1やNS2の建設や稼働に強く反対していた。ドナルド・トランプ政権下の2020年7月には国務長官のマイク・ポンペオがNS2を止めるためにあらゆることを実行すると発言。2021年1月に大統領がジョー・バイデンに交代しても状況に変化はなく、22年1月27日にビクトリア・ヌランド国務次官はロシアがウクライナを侵略したらNS2を止めると発言していた。同年2月7日にはジョー・バイデン大統領がNS2を終わらせると主張し、アメリカはそうしたことができると記者に約束している。そして9月の爆破だ。 今年8月22日、イタリア当局はNS1とNS2を爆破した容疑でSBU(ウクライナ安全保障庁)の元大佐、セルゲイ・クズネツォフを逮捕した。ドイツが指名手配していたというが、逮捕は別荘で行われたようで、クズネツォフは警戒していなかった。 ドイツ当局の主張は、2022年9月にドイツ企業から借りたヨットを利用し、パイプラインに少なくとも4つの遅延起爆装置付き爆発物を仕掛けた7名のグループをクズネツォフが率いたとしているのだが、クズネツォフは爆発当日のアリバイ工作を主張しているようだ。そもそもドイツ当局のシナリオではパイプラインを爆破できない。 調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュは2023年2月8日、アメリカ海軍のダイバーがノルウェーの手を借りてノードストリームを破壊したとする記事を発表している。 ハーシュによると、アメリカのジョー・バイデン大統領は2021年後半にジェイク・サリバン国家安全保障補佐官を中心とする対ロシア工作のためのチームを編成、その中には統合参謀本部、CIA、国務省、そして財務省の代表が参加している。12月にはどのような工作を実行するか話し合ったという。そして2022年初頭にはCIAがサリバンのチームに対し、パイプライン爆破を具申した。 2022年1月27日にビクトリア・ヌランド国務次官は、ロシアがウクライナを侵略したらノード・ストリーム2を止めると発言、2月7日にはバイデン大統領がノード・ストリーム2を終わらせると主張、記者に実行を約束した。こうした発言の背後には爆破計画があったわけだ。 爆破計画の拠点として選ばれたのはノルウェー。イェンス・ストルテンベルグNATO事務総長の母国だ。ハーシュによると、3月にはサリバンのチームに属すメンバーがノルウェーの情報機関に接触、爆弾を仕掛けるために最適な場所を聞き、ボルンホルム島の近くに決まった。 プラスチック爆弾のC4が使われたが、仕掛けるためにはロシアを欺くためにカムフラージュが必要。そこで利用されたのがNATO軍の軍事演習「BALTOPS22」だ。その際にボーンホルム島の近くで無人の機雷処理用の潜航艇を使った訓練が行われた。 それに対し、ロシア連邦保安庁(FSB)の元長官で、現在は大統領補佐官を務めているニコライ・パトルシェフは9月7日、NS1とNS2の爆破テロは高度に訓練されたNATO特殊部隊の関与のもとで計画、監督、実行された可能性が高く、実行犯は深海での作戦経験が豊富で、バルト海での活動にも精通していたとしている。こうした条件に合致する情報機関として彼はイギリスの特殊舟艇部隊(SBS)を挙げている。 アメリカかイギリスの機関が実行した可能性が高いということだが、真犯人が特定されては困る人たちが崩壊寸前のウクライナに責任を押し付けようとしている。真相が明確になれば、ドイツの現体制は崩壊、EUも崩れ去る可能性がある。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.09.09
アメリカ政府は確認石油埋蔵量が世界最大であるベネズエラに対する軍事的な圧力を強めている。 アメリカの軍事や外交を支配してきたネオコンは1991年12月にソ連が消滅した直後、世界制覇プロジェクトを始動させた。唯一の超大国になったアメリカは誰にも気兼ねせず、世界を軍事的に屈服させられると考えたのである。プロジェクトの内容は1992年2月にアメリカの国防総省のDPG(国防計画指針)草案として描かれている。 最初のターゲットはユーゴスラビア。第1期目のビル・クリントン大統領はユーゴスラビアへの軍事侵攻に消極的だったが、第2期目に方針が変わる。象徴的な出来事が国務長官の交代だった。戦争に消極的なクリストファー・ウォーレンが退任、ズビグネフ・ブレジンスキーの教え子であるマデリーン・オルブライトが就任したのだ。 オルブライトは1998年秋にユーゴスラビア空爆を支持すると表明、そして99年3月から6月にかけてNATO軍はユーゴスラビアへの空爆を実施した。4月にはスロボダン・ミロシェビッチの自宅が、また5月には中国大使館も爆撃されている。この空爆を司令部はアメリカ大使館にあり、指揮していたのはブルガリア駐在大使だったリチャード・マイルズだと言われている。 そうした中、1998年にベネズエラでネオコンの計画を揺るがす出来事があった。アメリカへの従属を拒否するウゴ・チャベスが選挙で勝利したのだ。その瞬間からアメリカ政府はベネズエラの体制転覆を目論み始めた。 まずジョージ・W・ブッシュが大統領だった2002年。工作の中心にはイラン・コントラ事件に登場したエリオット・エイブラムズ、キューバ系アメリカ人で1986年から89年にかけてベネズエラ駐在大使を務めたオットー・ライヒ、そして1981年から85年までのホンジュラス駐在大使を務め、2001年から04年までは国連大使、04年から05年にかけてイラク大使を務めたジョン・ネグロポンテがいた。 ホンジュラス駐在大使時代、ネグロポンテはニカラグアの革命政権に対するCIAの秘密工作に協力、死の部隊(アメリカの巨大企業にとって都合の悪い人たちを暗殺する組織)にも関係している。クーデターが試みられた際、アメリカ海軍の艦船がベネズエラ沖に待機していた。ウィキリークスが公表したアメリカの外交文書によると、2006年にもベネズエラではクーデターが計画された。 2007年にアメリカの支配層はベネズエラの体制を転覆させるため、「2007年世代」を創設、09年には挑発的な反政府運動を行った。こうしたベネズエラの反政府組織に対し、NEDやUSAIDといったCIAの資金を流す組織は毎年40004万ドルから5000万ドルを提供していた。 その2年前、つまり2005年にアメリカの支配層は配下のベネズエラ人学生5名をセルビアへ送り込んだ。そこにはCIAから資金の提供を受けているCANVASと呼ばれる組織が存在、そこで学生は体制転覆の訓練を受けている。このCANVASを生み出したのは1998年に組織されたオトポール!なる運動だ。 この運動の背後にはCIAの別働隊であるIRIが存在した。このIRIは20名ほどのリーダーをブダペストのヒルトン・ホテルへ集め、レクチャーする。講師の中心的な存在だったのは元DIA(国防情報局)分析官のロバート・ヘルビー大佐だった。 抗議活動はヒット・エンド・ラン方式が採用された。アメリカの政府機関がGPS衛星を使って対象国の治安部隊がどのように動いているかを監視、その情報を配下の活動家へ伝えている。このとき、アメリカは情報の収集や伝達などでIT技術を使う戦術をテスト、その後の「カラー革命」におけるSNSの利用にもつながった。(F. William Engdahl, “Manifest Destiny,” mine.Books, 2018) ユーゴスラビアで2000年9月に実施された大統領選挙はこうしたCIA配下のグループに攪乱されて混乱、軍隊がミロシェビッチを力尽くで退陣させてアメリカを後ろ盾とするボイスラフ・コストニッツァを大統領に据えた。ブルドーザー革命とも呼ばれている。ベネズエラでも似たことを試みたわけだ。 体制転覆の企てが成功しなかった理由のひとつはチャベスのカリスマ性にあったが、そのチャベスが2013年3月、58歳の若さで死亡した。その後継者が現大統領のニコラス・マドゥロにほかならない。 2014年2月から5月にかけて反政府行動があったが、その指導者のひとりだったフアン・グアイドは2019年に大統領を自称する。この人物はカラカスの大学を卒業した2007年にアメリカのジョージ・ワシントン大学へ留学している。 ネオコンはウクライナのビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒すため、2013年11月から14年2月にかけてネオ・ナチを使い、キエフでクーデターを実行した。 ヤヌコビッチの排除には成功したものの、ヤヌコビッチの支持基盤でロシア文化圏の東部や南部の人びとはクーデターを拒否、軍や治安機関の約7割が離脱、その一部は反クーデター軍に合流したことからネオ・ナチ体制は劣勢になる。そこで反クーデター軍に停戦を持ちかけ、受け入れられる。これが2014年の「ミンスク1」と15年の「ミンスク2」だ。 本ブログでは繰り返し書いてきたが、この「停戦合意」はクーデター体制の戦力を増強するための時間稼ぎにすぎなかった。後にアンゲラ・メルケル元独首相やフランソワ・オランド元仏大統領がそれを認めている。 戦況はロシアが有利なまま現在に至り、ウクライナ/NATO軍の敗北は決定的である。少しでもロシアにダメージを与えたいイギリスをはじめとするEU諸国は戦争の継続を目論んでいるが、アメリカは見切りをつけて離れ始めている。ロシアとの戦争をヨーロッパ諸国に押し付けて逃げようとしているようだ。 ウクライナから離れて東アジアでの戦争をアメリカは準備していたのだが、中国やロシアの対応が厳しく、ここにきて朝鮮も中露との関係を強めている。そうした中、アメリカはベネズエラに対する軍事的な圧力を強めている。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.09.08
ドナルド・トランプ米大統領は9月5日、国防総省の副称号として「戦争省」を復活させる大統領令に署名した。この命令は国防総省を戦争省へ恒久的に改称するために必要な措置をとるように勧告している。 第2次大戦後、アメリカは情報機関によるクーデターで他国の政権や体制を転覆させるだけでなく、侵略戦争を繰り返してきた。つまり「国防総省」という現在の省名は実体にそぐわないわけで、今回の命令は間違っていない。 侵略の下地を作るために情報を操作してきたが、それだけでなく、各国の要人を操るための秘密工作にも力を入れている。買収のほか、弱みを握って脅すという犯罪組織が使う手法を駆使してきた。 こうした侵略戦争は相手が弱小国なら有効なのだが、21世紀に入って機能しなくなった。1991年12月にソ連が消滅した直後の92年2月、アメリカの国防総省は新たな軍事戦略DPG(国防計画指針)の草案という形で世界制覇プロジェクトを作成した。その中心は国防次官を務めていたポール・ウォルフォウィッツだったことから、この文書は「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。 このドクトリンの前提は、ソ連の消滅によってアメリカが唯一の超大国になったということ。その中にはドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設するとも書かれている。要するに、ドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域拡大に利用するということだ。このドクトリンに基づき、最初に攻撃されたのはユーゴスラビアにほかならない。 アメリカ政府がユーゴスラビアを解体する準備を始めたのは1984年のこと。ロナルド・レーガン大統領がNSDD133に署名、ユーゴスラビアを含む東ヨーロッパ諸国のコミュニスト体制を「静かな革命」、いわゆるカラー革命で倒そうという計画だ。これにはローマ教皇ヨハネ・パウロ2世も関係していた。 ユーゴスラビアで人権が侵害されているとアメリカの有力メディアは宣伝、「制裁」という名目で経済戦争を仕掛けている。その「制裁」にIMFも協力していた。 IMFは国有企業の私有化を要求、その結果、ユーゴスラビアのGDPは1990年に7.5%、91年には15%というように低下、工業生産高は21%落ち込んで企業は倒産し、失業者が街にあふれた。社会は混乱、それを利用してアメリカは反乱を演出した。チトー(ヨーシプ・ブローズ)政権下に姿を消したファシストがユーゴスラビアを揺さぶりにかかったのだ。 本ブログで繰り返し書いてきたように、第2次世界大戦の終盤にナチスの幹部はアレン・ダレスたちと接触しはじめる。1942年冬に東部戦線でソ連軍にドイツ軍が敗北すると、SS(ナチ親衛隊)はアメリカとの単独講和への道を探りはじめ、実業家のマックス・エゴン・フォン・ホヘンローヘをスイスにいたアメリカの戦時情報機関OSS(戦略事務局)のアレン・ダレスの下へ派遣している。 大戦後、アメリカでは軍の内部で大戦の直後からソ連に対する先制核攻撃が計画され、国務省はコミュニズムに反対する亡命者、つまりナチスの元幹部や元協力者の逃走を助け、保護し、雇い入れる「ブラッドストーン作戦」を1948年から秘密裏に始めている。この年に作成されたNSC20では、「結果として戦争を起こし、ソ連政府を打倒する」という方針が示されていた。(クリストファー・シンプソン著、松尾弌訳『冷戦に憑かれた亡者たち』時事通信社、1994年) また1945年から59年にかけてドイツから科学者や技術者をアメリカへ運び、雇い入れているが、その中にはSSやSA(突撃隊)を含むナチのメンバーもいた。この工作は「ペーパークリップ作戦」とも呼ばれている。そうした科学者や技術者の中には生物化学兵器の研究や開発に携わっていた人もいたが、この分野では日本人も保護、雇用されている。 大戦中、アメリカ軍も生物化学兵器の研究や開発を行っていた。そこで化学兵器部門の医学部長を務めていたコーネリアス・ローズはロックフェラー医学研究所の出身。化学兵器関連の新しい医学研究所が1943年末までにマサチューセッツ州のキャンプ・デトリック、ユタ州のダグウェイ実験場、アラバマ州のキャンプ・シベルトに設立された。 キャンプ・デトリックは1955年からフォート・デトリックに格上げされるが、ここは今でもアメリカ軍の生物化学兵器開発の中心的な存在である。日本軍による生物化学兵器の研究開発結果は大戦後、フォート・デトリックへ運ばれた。 日本の生物化学兵器の開発は軍医学校、東京帝国大学医学部、京都帝国大学医学部が中心になって進められた。その一環として生体実験をおこなうため、中国で加茂部隊」が編成されている。その責任者が京都帝国大学医学部出身の石井四郎中将であり、その後ろ盾は小泉親彦軍医総監だったとされている。 その後、加茂部隊は「東郷部隊」へと名前を替え、1941年には「第七三一部隊」と呼ばれるようになり、捕虜として拘束していた中国人、モンゴル人、ロシア人、朝鮮人を使って生体実験する。こうした人びとを日本軍は「マルタ」と呼んでいた。この部隊の隊長を1936年から42年、そして45年3月から敗戦まで務めた人物が石井四郎。途中、1942年から45年2月までを東京帝国大学医学部出身の北野政次少将が務めている。 ソ連の参戦が迫っていた1945年8月、関東軍司令官の山田乙三大将の命令で第七三一部隊に関連した建物は破壊され、貴重な資料や菌株は運び出された。監獄に残っていた捕虜を皆殺しになる。捕虜の多くは食事に混ぜた青酸カリで毒殺されたが、食事をとろうとしない者は射殺された。死体は本館の中庭で焼かれ、穴の中に埋められた。日本軍は監獄などを爆破した上で逃走している。(常石敬一著『消えた細菌戦部隊』海鳴社、1981年) アメリカやイギリスの情報機関はナチスのメンバーや協力者をソ連と戦争する際の手先とも考えていた。例えば、大戦中、ウクライナでナチスやイギリスの対外情報機関MI-6と連携していたOUN-B(ステパン・バンデラの信奉者たち)は1943年春にUPA(ウクライナ反乱軍)として活動し始め、その年の11月には「反ボルシェビキ戦線」を設立。(Grzegorz Rossolinski-Liebe, “Stepan Bandera,” ibidem-Verlag, 2014) 第2次世界大戦後の1946年4月に反ボルシェビキ戦線はABN(反ボルシェビキ国家連合)へと発展し、66年にはAPACL(アジア人民反共連盟、後にアジア太平洋反共連盟に改名)と合流してWACL(世界反共連盟。91年にWLFD/世界自由民主主義連盟へ名称変更)の母体になる。(Scott Anderson & Jon Lee Anderson, “Inside the League”, Dodd, Mead & Company, 1986) 西側諸国はネオ・ナチを「民主勢力」だと主張、ユーロスラビアを侵略する際にはセルビア人を「新たなナチ」だと宣伝、解体作業に取り掛かった。そのための資金はジョージ・ソロス系の団体やCIAの資金を流す道具だったNEDなどから提供された。 1991年6月にスロベニアとクロアチアが独立を宣言、同じ年の9月にはマケドニアが、そして翌年の3月にはボスニア・ヘルツェゴビナが続く。4月になるとセルビア・モンテネグロがユーゴスラビア連邦共和国を結成、社会主義連邦人民共和国は解体された。そしてコソボのアルバニア系住民も連邦共和国から分離してアルバニアと合体しようと計画、それをNATOが支援している。 アメリカがロシアとの戦争に乗り出したのは2008年8月、北京で開幕した夏季オリンピックに合わせてジョージア軍が仕掛けた南オセチアに対する奇襲攻撃だろう。奇襲攻撃の約8時間前、ジョージアのミヘイル・サーカシビリ大統領はロシアとの関係強化を求める南オセチアの分離独立派に対話を訴え、油断させようとしていた。(The Times, August 8, 2008) この攻撃の約1カ月前、7月10日にアメリカの国務長官だったコンドリーサ・ライスはジョージアを訪問、奇襲攻撃の直後、8月15日にもライスはジョージアを訪問、サーカシビリと会談している。 それだけでなく、アメリカの傭兵会社MPRIとアメリカン・システムズは元特殊部隊員を2008年1月から4月にかけてジョージアへ派遣して軍事訓練している。 またイスラエルの会社は2001年からロシアとの戦争に備えてジョージアへ武器を提供、それと同時に軍事訓練を行ってきた。ジョージアのエリート部隊を訓練していた会社とはイスラエル軍のガル・ヒルシュ准将(予備役)が経営する「防衛の盾」で、予備役の将校2名の指揮下、数百名の元兵士が教官としてジョージアへ入っていた。アメリカのタイム誌によると、訓練だけでなくイスラエルから無人飛行機、暗視装置、対航空機装置、砲弾、ロケット、電子システムなどの提供を受けている。 ロシア軍の副参謀長を務めていたアナトリー・ノゴビチン将軍もイスラエルがグルジアを武装させていると非難している。2007年からイスラエルの専門家がグルジアの特殊部隊を訓練し、重火器、電子兵器、戦車などを供給する計画を立てていたというのだ。(Jerusalem Post, August 19, 2008)ロシア軍の情報機関GRUのアレキサンダー・シュリャクトゥロフ長官は2009年11月、NATO、ウクライナ、そしてイスラエルがジョージアへ兵器を提供していると主張している。(Ynet, November 5, 2009) 当時、ジョージア政府には、イスラエルに住んでいたことのある閣僚がふたりいた。ひとりは奇襲攻撃の責任者とも言えるダビト・ケゼラシビリ国防相であり、もうひとりは南オセチア問題で交渉を担当していたテムル・ヤコバシビリだ。ふたりは流暢なヘブライ語を話すことができた。 南オセチアを奇襲攻撃したジョージア軍はロシア軍の反撃で撃退されたが、この攻撃はアメリカとイスラエルが入念に準備した作戦だった。衝突した部隊の規模はほぼ同じだったにも関わらず、その戦闘でロシア軍は圧勝した。勝利までに要した時間は96時間にすぎない。この先頭でロシア軍の強さを西側は認識しなければならなかった。(Andrei Martyanov, “Losing Military Supremacy,” Clarity Press, 2018) しかし、アメリカ/NATOはスラブ人蔑視から南オセチアでの敗北を受け入れられなかったようで、2014年2月にはウクライナでネオ・ナチを使ったクーデターを実行、東部や南部のロシアから割譲された地域を征服しようしたが失敗、結局、ロシア軍に敗北した。シリアでもロシア軍は強さを示している。 パレスチナではイスラエルを利用して先住民であるパレスチナ人を欧米諸国は大量虐殺、トランプ政権は艦隊をベネズエラへ向かわせて恫喝し、東アジアで戦争を始める準備を進めている。 確かに「国防総省」より「戦争省」の方が適切な名称だ。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.09.07

9月3日に中国の北京では戦勝80周年の記念式典と軍事パレードが行われた。中国政府が勝手に「日本との戦争に勝利した80年の記念日だとして」いるわけではない。1945年9月2日、日本政府全権の重光葵と大本営(日本軍)全権の梅津美治郎は降伏文書に調印した。その際、連合国最高司令官ダグラス・マッカーサーのほか、アメリカ、中国、イギリス、ソ連、オーストラリア、カナダ、フランス、オランダ、ニュージーランドの代表が勝者として署名している。式典にはロシアのウラジミル・プーチン大統領や朝鮮の金正恩総書記を含む26カ国の首脳が出席。中国とロシアはその存在感を明確に示した。 軍事パレードの直前に天津で開催されたSCO(上海協力機構)の首脳会議で中国とロシアがインドとの関係を強めていることを世界に示し、経済や金融の分野でSCO加盟国が欧米のシステムから離脱しつつあることがアピールされたが、軍事パレードではロシアと朝鮮の関係が緊密化していることが示された。 パレード後に会談にはプーチン大統領と金総書記が会談したが、特に注目されたのは両国の軍事協力。会談の冒頭、ロシア大統領はロシアのクルスクへ軍事侵攻したウクライナ軍を撃退する作戦でロシア軍と共に戦った朝鮮軍の兵士を讃えた。この派兵は昨年12月に発効したモスクワと平壌との間で締結された包括的戦略パートナーシップ協定に基づくもので、1万から1万3000人程度が派遣されたと見られている。 戦況を左右するほどの人数ではないが、両国の軍事的な連携を具体化するものであり、また朝鮮軍にとっては貴重な実戦体験になったはずであり、さらに衛星誘導システムを含むロシアの高度な軍事技術を供与されるとも推測されている。 今後、朝鮮軍はドンバス(ドネツク、ルガンスク)、ザポリージャ、ヘルソンへ派遣され、ロシア軍が西部方向へ進軍する手助けをするとも言われている。そのロシア軍が向かう先のひとつはイギリスの軍や情報機関が拠点を置いているオデッサである可能性が高い。 ロシアのスペツナズ(特殊部隊)は8月、オデッサに近いオチャコフでイギリス陸軍のエドワード・ブレイク大佐とリチャード・キャロル中佐、そしてMI-6の工作員ひとりを拘束したが、つまりロシアの特殊部隊がオデッサ周辺へ入ったということだ。イギリス軍のアントニー・ラダキン国防参謀総長とリチャード・ナイトン空軍参謀長(次期国防参謀総長)はウクライナ側に部隊を派遣すると約束したようだが、ロシア軍の攻撃に対抗できる規模の部隊を派兵することはできないだろう。 金正恩総書記はロシアを全面的に支援する用意があると表明したというが、これは東アジアにおける戦争を念頭においてのことだとも言われている。本ブログでも繰り返し書いてきたように、アメリカは日本列島にミサイルを配備、中国やロシアとの戦争に備えている。日本を前線基地にしつつあるということで、社会の仕組みも戦争態勢へ変化させつつある。日本にとってこの役回りは明治維新以来のことだ。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.09.06
マカロー財団の疫学者で事務局長を務めるニコラス・ハルシャーは9月2日に公開されたキム・イバーセン・ショーでmRNAを利用した新薬の副作用について語った。ハルシャーは「COVID-19ワクチン」を接種されたがん患者の腫瘍からファイザー社製BNT162b2ベクターの断片がヒト19番染色体に組み込まれていることが確認されともしている。 問題の医薬品は「COVID-19ワクチン」と名付けられているが、古典的な定義ではワクチンと呼ぶことができない。人体の細胞にコロナウイルスのスパイク・タンパクを作らせる一種の遺伝子操作薬である。 当初、体内へ注射されたmRNAは「腕に留まる」とされていたが、全身に移動し、脳細胞や神経細胞を含むさまざまな臓器に蓄積され、副作用を引き起こすことが判明している。 本来のmRNAは短時間のうちに消滅するのだが、「ワクチン」で使用された合成mRNAプラットフォーは人体に長期間存在、この技術は持続的な遺伝的不安定性、宿主ベクターへの統合、そして長期的な分子調節異常を引き起こす可能性があるという。 イバーセンは2021年、キャスターと務めていた政治トークショウの中で「COVID-19ワクチン」の副作用について触れている。イスラエルの病院は体調を崩した「ワクチン」の接種者であふれ、死者も増えているとしていた。特に注目されていたのが心筋炎や心膜炎。 イスラエルでは2020年12月に「COVID-19ワクチン」の接種を本格的に開始するのだが、翌年の4月に十代の若者を含む人びとの間で心筋炎や心膜炎が増えていることが発覚、問題になった。この情報を彼女は取り上げたわけだが、結局メディアの世界から追い出されることになった。 接種開始後、それ以外の副作用も報告されている。例えば帯状疱疹や⾎栓性⾎⼩板減少性紫斑病(TTP)、あるいはギラン・バレー症候群による末梢神経のなどの副作用が報告されていた。 イスラエルでの報告もあり、2021年6月23日にはアメリカCDC(疾病予防管理センター)のACIP(予防接種実施に関する諮問委員会)が「mRNAワクチン」と「穏やかな」心筋炎との間に関連がありそうだと認めざるをえなくなる。その2日後にはFDA(食品医薬品局)がmRNA技術を使ったファイザー製とモデルナ製の「COVID-19ワクチン」が若者や子どもに心筋炎や心膜炎を引き起こすリスクを高める可能性があると発表した。 こうした報告は「ワクチン」の接種にブレーキをかけることになるのだが、日本はブレーキが故障していたようで、日本では接種が推進されてきた。2022年春からは日本だけが接種している状況だった。 医薬品会社や監督官庁は「COVID-19ワクチン」が有害だということを知っていたようで、この新薬に関するファイザー社の関連文書をFDA(食品医薬品局)は75年間、封印しようとした。 しかし、アメリカでは一部の専門家が情報の開示を求める訴訟を起こし、迅速な公開を裁判所が命じ、文書は明らかにされた。そうした文書を分析したサーシャ・ラティポワは「COVID-19ワクチン」についてアメリカ国防総省のプロジェクトだと発表する。つまり騒動は軍事作戦の結果であり、医薬品メーカーは国防総省の契約企業ということになる。そうした企業は情報を公開する必要がなく、免責だ。 病原体だとされたSARS-CoV-2(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2)は人工的に作られた可能性が高いのだが、このウイルスに感染した動物は中国でなく、北アメリカで見つかっている。北アメリカの自然界ではシカ、ノネズミ、コウモリを含む5種類の動物が感染していることが判明、それらの種はモンタナ州にあるロッキー・マウンテン研究所で実験動物として使用されていたことが突き止められた。(Jim Haslam, “COVID-19 Mystery Solved,” Truth Seeking Press, 2024) ラティポワによると、2020年2月4日に保健福祉長官はCBRN(化学、生物、核、放射線)緊急事態に関するふたつの宣言をしている。そのひとつがEUA(緊急使用許可)で、大量破壊兵器が関与する重大な緊急事態を想定、CBRN物質に対する対抗手段を安全性と有効性を確保するため、規制監督なしに使用する許可だ。 こうした国防総省のプロジェクトで人間のDNAが書き換えられた可能性がある。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.09.05
日本政府全権の重光葵と大本営(日本軍)全権の梅津美治郎が東京湾内に停泊していたアメリカの戦艦ミズーリの艦上で降伏文書に調印したのは1945年9月2日のことだった。この儀式は昭和天皇(裕仁)がラジオを通じて「ポツダム宣言」の受諾をアメリカ、イギリス、中国、ソ連の4カ国に伝えたと「臣民」に発表してから18日後のことである。 連合国が正式に結成されたのは連合国共同宣言が調印された1942年1月1日。日本軍が1941年12月7日にマレーのコタバルに陸軍の部隊を上陸させ、その約70分後にハワイの真珠湾を攻撃したことを受けてのことである。アメリカ側が日本軍の攻撃を察知していたかどうかには関係なく、いずれも奇襲攻撃だ。 勝者である連合国側で文書に署名したの連合国最高司令官ダグラス・マッカーサーのほか、アメリカ、中国、イギリス、ソ連、オーストラリア、カナダ、フランス、オランダ、ニュージーランドの代表。この国々が日本の降伏した相手だということになるが、日本はマレーや真珠湾を攻撃する前から中国で戦争していた。 中国での戦争をぶつ切りにして語りたがる人が少なくないが、明治政府が琉球国を1872年に併合した時に日本のアジア侵略戦争は始まったと言える。廃藩置県を実施した翌年に琉球藩をでっち上げるという不自然ことを行ったわけで、そうしなければならない緊急事態が生じたのだろう。 本ブログでは繰り返し書いてきたことだが、明治維新にはジャーディン・マセソンなるイギリスの会社が深く関係している。この会社は中国へのアヘン密輸で大儲けし、創設者であるウィリアム・ジャーディンとジェームズ・マセソンが創設した会社は香港の香港上海銀行(現在のHSBC)と深く結びついていた。 2度のアヘン戦争で大儲けしたジャーディン・マセソンは1859年にトーマス・グラバーを長崎へ、ウィリアム・ケズウィックを横浜へそれぞれエージェントとして送り込んだ。ケズウィックの母方の祖母は同社を創設したひとりであるウィリアム・ジャーディンの姉だ。 グラバーとケズウィックが来日した1859年にイギリスのラザフォード・オールコック駐日総領事は長州の若者5名をイギリスへ留学させることにする。選ばれたのは井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(博文)、野村弥吉(井上勝)。この5名は1863年にロンドンへ向かうが、この時に船の手配をしたのがジャーディン・マセソンにほかならない。1861年に武器商人として独立したグラバーも渡航の手助けをしているが、ケズウィックは1862年にジャーディン・マセソンの共同経営者となるために香港へ戻った。 明治政府は1874年に台湾へ派兵、75年に李氏朝鮮の首都を守る江華島へ軍艦を派遣して挑発、94年に甲午農民戦争(東学党の乱)が起こって朝鮮王朝が揺らぐと日本政府は「邦人保護」を名目にして軍隊を派遣、その一方で朝鮮政府の依頼で清も出兵したことから日清戦争が始まる。この戦争で日本は勝利し、大陸侵略が本格化した。 日本をアジア侵略へと導く上で特に重要な役割を果たしたのはイギリスの外交官として日本にいたアーネスト・サトウ、アメリカの駐日公使だったチャールズ・デロング、厦門のアメリカ領事だったチャールズ・ルジャンドルなど。こうした人びとは明治政府に対して大陸を侵略するようにけしかけていた。 イギリスが19世紀からロシア征服を目論んでいたことは本ブログでも繰り返し書いてきた。いわゆる「グレート・ゲーム」だ。その戦略で中心的な役割を果たした政治家はホイッグ党(後の自由党)を率いていたヘンリー・ジョン・テンプル(別名パーマストン子爵)。ビクトリア女王にアヘン戦争を進言したのもこの人物である。 イギリスは1840年から42年にかけて「アヘン戦争」、56年から60年にかけて「第2次アヘン戦争(アロー戦争)」を行い、勝利したが、内陸を制圧して蓄積されていた富を略奪することはできなかった。兵力が決定的に足りなかったのだ。イギリスに代わって中国(清)を侵略したのが日本にほかならない。イギリスが日本に対して技術を提供、資金を融資したのは必然だが、同じアングロ・サクソン国であるアメリカも日本を使おうとしていた。 アメリカの外交官だったルジャンドルは台湾から帰国する途中に日本へ立ち寄り、そこでアメリカ公使を務めていたチャールズ・デロングと会う。その際、デロングはルジャンドルに対し、日本政府に対して台湾を侵略するようにけしかけていると説明している。(James Bradley, “The Imperial Cruise,” Little, Brown and Company, 2009) デロングは日本の外務省に対してルジャンドルを顧問として雇うように推薦、ルジャンドルは1872年12月にアメリカ領事を辞任して外務卿を務めていた副島種臣の顧問になり、台湾への派兵を勧めた。その口実を作るため、日本政府は琉球を急遽、併合したわけである。ルジャンドルは1875年まで外務省の顧問を務めた。 このアメリカ人外交官は母国に妻がいたにもかかわらず、離婚しないまま1872年後半から73年前半のどこかの時点で池田絲なる女性と「結婚」している。この女性は松平慶永と腰元との間に生まれた人物だ。絲は池田家に預けられ、東京で暮らすことになるものの、松平家からの支援はない。そうしたこともあり、後に彼女は深川の芸者になるが、そこでルジャンドルにみそめられたという。 その当時、朝鮮では高宗の父にあたる興宣大院君と高宗の妻だった閔妃と対立、主導権は閔妃の一族が握っていた。閔妃がロシアとつながることを恐れた日本政府は1895年に日本の官憲と「大陸浪人」を使って宮廷を襲撃し、閔妃を含む女性3名を殺害。その際、性的な陵辱を加えたとされている。その中心にいた三浦梧楼公使はその後、枢密院顧問や宮中顧問官という要職についた。 閔妃惨殺の4年後、中国では義和団を中心とする反帝国主義運動が広がり、この運動を口実にして帝政ロシアは1900年に中国東北部へ15万の兵を派遣。その翌年には事件を処理するために北京議定書が結ばれ、列強は北京郊外に軍隊を駐留させることができるようになった。 イギリスはロシアに対抗するため、1902年に日本と同盟協約を締結し、その日本は04年2月に仁川沖と旅順港を奇襲攻撃、日露戦争が始まる。日本に戦費を用立てたのはロスチャイルド系のクーン・ローブを経営していたジェイコブ・シッフだ。詳細は割愛するが、1905年5月にロシアのバルチック艦隊は「日本海海戦」で日本の海軍に敗北する。 そこで登場してくるのが「棍棒外交」のセオドア・ルーズベルト米大統領。講和勧告を出したのだ。9月に講和条約が調印され、日本の大陸における基盤ができた。講和条約が結ばれた2カ月後、桂太郎首相はアメリカで「鉄道王」と呼ばれていたエドワード・ハリマンと満鉄の共同経営に合意したのだが、ポーツマス会議で日本全権を務めた小村寿太郎はこの合意に反対し、覚書は破棄されている。小村は日本がアングロ・サクソンの手先という立場になることを拒否したと言えるだろう。 小村とは逆にアメリカのために動いたのが金子堅太郎。この人物はハーバード大学で法律を学んでいるが、彼の2年後輩がセオドア・ルーズベルトだ。1890年に金子とルーズベルトはルーズベルトの自宅で合って親しくなる。 日本政府の使節としてアメリカにいた金子は1904年にハーバード大学でアングロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦っていると演説、同じことをシカゴやニューヨークでも語っていた。また日露戦争の後、ルーズベルトは日本が自分たちのために戦ったと書いている。こうした関係が韓国併合に結びつく。セオドア・ルーズベルト政権は韓国併合を事前に認めていた。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015) 1923年9月1日に東京周辺が関東大震災に襲われた後、日本はウォール街の影響を強く受けるようになる。復興資金を調達するために日本政府が頼ったJPモルガンは日本の政治経済を動かすようになった。この巨大金融機関を創設したジョン・ピアポント・モルガンはロスチャイルド系金融資本のアメリカにおける責任者としてスタートした人物だ。 この金融機関はアメリカの政治経済も動かしていたが、その仕組みを揺るがす事態が1932年に起こる。金融界が担いでいた現職のハーバート・フーバーがニューディール派のフランクリン・ルーズベルトに敗れたのだ。 そこでウォール街の大物たちは1933年から34年にかけてクーデターを計画するのだが、これは海兵隊のスメドリー・バトラー退役少将によって阻止された。その経緯は本ブログでも繰り返し書いてきたので、今回は割愛する。 フーバーが大統領の任期を終える直前、1932年に大物を駐日大使として日本へ送り込む。その人物とはジョセフ・グルーだ。グルーのいとこ、ジェーンはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガンの総帥の妻なのである。しかもグルーの妻、アリスの曾祖父にあたるオリバー・ペリーは海軍の伝説的な軍人で、その弟は「黒船」で有名なマシュー・ペリーだ。アリスの父親が1898年から慶応義塾大学で英文学を教えた関係で彼女は10代の頃、日本の女学校に通い、人脈を築くことになった。 ジョセフ・グルーの人脈には松平恒雄宮内大臣、徳川家達公爵、秩父宮雍仁親王、近衛文麿公爵、樺山愛輔伯爵、吉田茂、牧野伸顕伯爵、幣原喜重郎男爵らが含まれていたが、特に親しかった人物は松岡洋右だと言われている。そこにアリスの人脈も加わる。真珠湾攻撃の翌年、グルーは離日するが、その直前、商工大臣を務めていた岸信介からゴルフを誘われてプレーしたという。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007) バトラー少将によると、ウォール街でクーデターを計画していた勢力はドイツのナチスやイタリアのファシスト党、中でもフランスのクロワ・ド・フ(火の十字軍)の戦術を参考にしてルーズベルト政権を倒そうとしていた。彼らのシナリオによると、新聞を利用して大統領をプロパガンダで攻撃、50万名規模の組織を編成して恫喝、大統領をすげ替えることにしていたという。 バトラーの知り合いだった編集者が派遣したジャーナリスト、ポール・フレンチはクーデター派を取材、「コミュニズムから国家を守るため、ファシスト政府が必要だ」という発言を引き出した。1932年に駐日アメリカ大使として日本へ赴任した人物はファシストの一派だったということになる。 少将は計画の内容を聞き出しが上でクーデターへの参加を拒否、50万人の兵士を利用してファシズム体制の樹立を目指すつもりなら、自分はそれ以上を動員して対抗すると告げる。ルーズベルト政権を倒そうとすれば内戦を覚悟しろ、というわけである。これで計画は止まった。 バトラーとフレンチは1934年にアメリカ下院の「非米活動特別委員会」で証言し、モルガン財閥につながる人物がファシズム体制の樹立を目指すクーデターを計画していることを明らかにしているが、議会も捜査機関も動かなかった。 第2次世界大戦後、連合軍は少なからぬ日本の軍人を処刑する一方、戦争犯罪に問われて当然の軍人、特高の幹部、思想検察、裁判官などが守られ、要職についた人もいる。東京裁判は「民主化」を演出するセレモニーに過ぎなかった。そもそも戦前日本の最高責任者が責任を問われていない。 そして戦後日本が築かれていくのだが、その中心にはウォール街を後ろ盾にするジャパン・ロビーが存在、その中核にはジョセフ・グルーがいた。戦前も戦後も日本を動かしていたのはイギリスやアメリカの金融資本だと言える。本質的な点で何も変化していない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.09.04

欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長を乗せた航空機のGPSが8月31日にブルガリアの空港へ着陸する際に使えなくなり、存在しないはずの紙の地図を利用して着陸したとフィナンシャル・タイムズが仰々しく伝えた。 ロシアはミサイルやドローンによる攻撃に対処するためにGPSを妨害しているが、そうした場合、その周辺を走行している自動車に搭載されたGPSも機能しなくなる。ところがブルガリアでのケースでは、そうしたことが起こっていないようだ。他の航空機に影響が出たとする話も聞かない。 この怪しげな話をイギリスの有力紙が伝えた時、中国の天津ではSCO(上海協力機構)の首脳会議が開催され、24カ国と9国際組織の首脳が参加しているが、特に注目されたのはロシア、中国、インドの結束。ロシアのウラジミル・プーチン大統領とインドのナレンドラ・モディ首相は同じリムジンに乗って移動するなど親密さをアピール、二国間会談でロシアの通訳は英語でなくヒンディー語を使ったことも話題になった。脱ドルに続き、「英語帝国主義」への挑戦だ。 中国やロシアと同じようにアメリカもインドを重要視しているが、今回のSCOサミットはアメリカのドナルド・トランプ大統領を刺激したようで、同大統領は年内にインドを訪問する計画をキャンセルした。 インドはアメリカ、オーストラリア、日本とクワドなるグループを編成、軍事的な連携を強めているように見えたが、アメリカに服従することを拒否したようだ。トランプ政権のインドに対する圧力は逆効果だった。今回、インドと中国との関係が改善されたことがアピールされていたが、パキスタンとインドの関係も修復に向かうかもしれない。 イラン、パキスタン、モンゴルも存在感を示したものの、欧米の戦略に加わっているアルメニア、アゼルバイジャン、トルコはそそくさと立ち去っている。 アルメニアのニコル・パシニャン首相とアゼルバイジャンのイルハム・アリエフ大統領は8月8日、アメリカのトランプ大統領と南コーカサスに関する覚書に署名、アルメニアはアメリカに対し、TRIPP(国際平和と繁栄のためのトランプ・ルート)なる回廊の独占的な特別開発権を長期間付与する計画だという。つまり、アメリカを南コーカサスへ引き込むということであり、地域を不安定化させることになるだろう。 SCOの会議後にプーチン大統領は北京でスロバキアのロベルト・フィツォ首相と会談、両国の結びつきの強さを示した。プーチンとフィツォは共に、ウクライナのNATO加盟は認められないとしている。 プーチンは天然ガスを重要な外交手段として利用しているが、西シベリアのガス田からモンゴルを経て中国の新疆ウイグル自治区へ至るパイプライン「シベリアの力2」が計画されている。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.09.03

ロシアは目的を達成するまでウクライナでの戦闘を止めないと推測されていたが、常識通りの展開になっている。西側諸国はロシアを舌先三寸で騙し、停戦に持ち込んで時間を稼いで戦力を回復させ、あわよくばNATO諸国の軍隊をウクライナへ入れようとしていたが、その目論見は外れた。おそらくインドや中国への配慮で話し合いには応じる姿勢を見せているものの、ロシアは妥協しないはずだ。 これまでNATO諸国の好戦派は「核戦争を恐れるな」とか、「核兵器をひとつ落とせばロシアは屈服する」といったハッタリを口にしてきたが、アメリカ欧州アフリカ陸軍のクリストファー・ドナヒュー司令官はカリーニングラードを制圧のための計画を策定すると公言している。すでに兵器が枯渇しているNATO諸国がカリーニングラードをどのように制圧するのか不明だが、勿論、ロシアが傍観するはずはない。 1991年12月にソ連が消滅して以降、ネオコンをはじめとする新世代の好戦派はソ連との約束を無視してNATOを東へ拡大させてきた。これはバルバロッサ作戦の再現にほかならない。ウクライナを支配下に置くため、ネオコンたちは2004から05年にかけて「オレンジ革命」、そして2013年11月から14年2月にかけてネオ・ナチのクーデターを実行したわけである。彼らの誤算は、オレンジ革命もクーデターもウクライナを完全に征服することができなかったことだ。現在の戦闘はそうした計算違いから始まったと考える人もいるだろうが、そもそも、その計算自体が間違っていた。 誤算を認めたくないのか、ロシア征服を仕掛けた勢力はウクライナの敗北が決定的になる中、自分たちが前面に出ざるをえなくなってきた。その結果、NATO諸国は傭兵を送り込むだけでなく、自国の将兵や技術者を派遣、死傷者を増やしている。 ウクライナでの戦闘でロシアが勝利したことを認識しているアメリカはウクライナから離れようとしているが、イギリス、フランス、ドイツをはじめとするヨーロッパ諸国はロシアとの戦争にのめり込んでいる。そこでロシアはNATOと戦うと腹を括ったようで、ヨーロッパ諸国の部隊を攻撃するようになった。 例えば、ロシアのFSB(連邦保安庁)はドイツが資金を出した戦術弾道ミサイル「サプサン」とミサイルの発射装置を製造する工場を破壊、その際にドイツの技術者が死亡している。 その1週間後には、ドニプロペトロウシクのパウロフラード(パブログラード)にあり、射程距離3000キロメートルという巡航ミサイルの「フラミンゴ」を組み立てていた工場をロシア軍は破壊、その時にはイギリスの技術者が死亡している。フラミンゴを保管していた兵器庫も破壊された。 8月2日には、オチャコフでロシアのスペツナズ(特殊部隊)がオチャコフでイギリス陸軍のエドワード・ブレイク大佐とリチャード・キャロル中佐、そしてイギリスの対外情報機関MI-6の工作員ひとりを拘束したと報道されている。 ところで、ウィンストン・チャーチルの側近でNATOの初代事務総長になったヘイスティング・イスメイはNATO創設の目的について、ソ連をヨーロッパから締め出し、アメリカを引き入れ、ドイツを押さえつけることにあるとしていた。ソ連からの攻撃に備えるためではないということを認めているのだが、実態はヨーロッパを支配する仕組みだった。 第2次世界大戦でドイツと戦った国は事実上、ソ連のみ。西部戦線で戦っていたのはレジスタンスだった。その一方、ナチスが支配するドイツはアメリカやイギリスの金融機関が資金面から支えていた。 大戦の終盤からアレン・ダレスをはじめとするウォール街人脈はフランクリン・ルーズベルト大統領には無断でナチスの高官や協力者を逃亡させ、さらに保護、訓練、雇用している。サンライズ作戦、ラットライン、ブラッドストーン作戦、ペーパークリップ作戦などだ。こうした工作ができた理由のひとつは、ルーズベルトが1945年4月12日に急死したことにある。 イギリスとアメリカの支配層はヨーロッパを統合するため、1948年にACUE(ヨーロッパ連合に関するアメリカ委員会)を設置、翌年の4月にはNATO(北大西洋条約機構)を創設した。 その時期、米英の支配層が警戒していたのはドイツと戦ったレジスタンスのメンバー。この抵抗運動の参加者はコミュニストが多かったが、そうでない人もいた。そのひとりがシャルル・ド・ゴール。大戦後、彼が命を狙われたのはそのためだ。ド・ゴールはNATOの軍事組織からフランスを離脱させ、本部を追い出した。 大戦中、レジスタンス対策で米英はゲリラ組織ジェドバラを創設したが、戦後、その人脈はアメリカの軍や情報機関へ入り込む一方、NATOへも潜り込み、その人脈は1951年からCPC(秘密計画委員会)の下で活動するようになる。1957年にはCPCの下部組織としてACC(連合軍秘密委員会)が創設された。 この委員会を通じてアメリカのCIAやイギリスのMI-6はNATO内に設置された秘密部隊のネットワークを操る。そのネットワークの中で特に有名な組織がイタリアのグラディオだ。 秘密部隊は全てのNATO加盟国に設置され、それぞれ固有の名称がつけられている。イタリアのグラディオは有名だが、そのほかデンマークはアブサロン、ノルウェーはROC、ベルギーはSDRA8といった具合。このネットワークは現在も存在していると見られている。 このネットワークを作った勢力は遅くとも1992年にロシアを征服するプロジェクトを始めた。第2期目のビル・クリントン政権にしろ、ジョージ・W・ブッシュ政権にしろ、バラク・オバマ政権にしろ、このプロジェクトに基づいて動いている。選挙期間中、ロシアとの関係修復を訴えていたドナルド・トランプだが、やはりこの流れから逃れることはできなかった。そしてジョー・バイデンはルビコンを渡った。彼らはロシアとの戦争を止めることができない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.09.02

ドナルド・トランプ大統領は確認石油埋蔵量が世界最大であるベネズエラの沖へアメリカ海軍の駆逐艦3隻を派遣、ベネズエラ軍は警戒態勢に入っている。アメリカ政府はさらに数機のP-8偵察機、少なくとも1隻の攻撃型潜水艦、そして海軍と海兵隊で合計約4500人の兵士を乗せた軍艦を投入するように命じたという。この軍事行動の建前は麻薬対策だが、その命令は主権国家の指導者を排除することが目的だとしか言いようがない。 そもそも、麻薬取引の黒幕はアメリカの情報機関にほかならない。ベトナム戦争の際には東南アジアの山岳地帯で栽培されるケシを原料とするヘロイン、中央アメリカでアメリカの巨大資本にとって都合の悪い政権が誕生した際にはコカイン、アフガニスタンで戦争を始めた時にはパキスタンとアフガニスタンをまたぐ山岳地帯で栽培されているケシで生産されるヘロインなど、いずれもCIAが工作資金の捻出に使っている。本気でアメリカ政府が麻薬取引を撲滅したいなら、自らの国の情報機関や犯罪組織を摘発しなければならない。 アメリカはイギリスの戦略を引き継いでいるが、そのイギリスは中国を侵略して富を盗み出すため、19世紀にアヘン戦争を仕掛けている。1839年9月から42年8月にかけての第1次アヘン戦争と56年10月から60年10月までの第2次アヘン戦争だが、この戦争をビクトリア女王にさせたのは反ロシアで有名な政治家、ヘンリー・ジョン・テンプル(別名パーマストン子爵)にほかならない。イギリスは「自由貿易の原則を守る」ためにアヘン戦争を始めるとしていた。アヘン戦争と並行する形でプロテスタントの影響を受けた道教信仰の教団が率いる太平天国の乱が起こった。 中国(清)は1729年にアヘンを禁止したが、イギリスは無視してアヘンを中国へ密輸する。そこで中国政府は1799年に禁止政策を強化したのだが、それでも東インド会社は南岸への密輸ルートを拡大した。こうした犯罪行為を主導したのがウィリアム・ジャーディンとジェームズ・マセソンにほかならない。このふたりが創設した会社は香港の香港上海銀行(現在のHSBC)と深く結びついていた。 2度のアヘン戦争で大儲けしたジャーディン・マセソンは1859年にトーマス・グラバーを長崎へ、ウィリアム・ケズウィックを横浜へそれぞれエージェントとして送り込んだ。ケズウィックの母方の祖母は同社を創設したひとりであるウィリアム・ジャーディンの姉だ。 グラバーとケズウィックが来日した1859年にイギリスのラザフォード・オールコック駐日総領事は長州の若者5名をイギリスへ留学させることにする。選ばれたのは井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(博文)、野村弥吉(井上勝)。この5名は1863年にロンドンへ向かうが、この時に船の手配をしたのがジャーディン・マセソンにほかならない。1861年に武器商人として独立したグラバーも渡航の手助けをしているが、ケズウィックは1862年にジャーディン・マセソンの共同経営者となるために香港へ戻った。 第2次世界大戦が終わって間もないころまではアヘンの原料であるケシの主要産地がトルコやイランの周辺。アヘンを精製して得られるモルヒネはマルセイユを経由してアメリカなどの消費地へ運ばれていった。このモルヒネをジアセチル化することでヘロインは得られる。この当時、麻薬取引の中心はコルシカ島系の犯罪組織やフランスの情報機関。いわゆる「フレンチ・コネクション」だ。 1946年からフランスはインドシナの再植民地化を目論み、独立を目指す人びととの間で戦争になるが、50年代に入るとケシの主要産地はその東南アジアへ移動していく。東南アジアのケシ産地は「黄金の三角地帯」と呼ばれた。1960年代に入るとフレンチ・コネクションにCIAが関係してくる。 この麻薬密輸ルートにはイタリアを拠点とするミケーレ・シンドナなる人物が関係、麻薬の取り引きを通じて蒋介石と親密な関係を築く。シンドナはCIAの工作員であると同時にバチカン銀行の財政顧問。秘密結社P2(プロパガンダ・ドゥー)のメンバーでもある。イタリアの富豪たちの資産を隠す仕事もしていた。(Paul L. Williams, “Operation Gladio,” Prometheus Books, 2015) フレンチ・コネクションの後、麻薬取引の中核はCIAになる。CIAの麻薬を売り捌いたのは第2次世界大戦当時からアメリカの情報機関と関係が深まった犯罪組織の大物たち、例えばユダヤ系のメイヤー・ランスキーやイタリア系のサント・トラフィカンテ・ジュニアだ。 麻薬取引は儲けを処理する金融機関が必要だ。東南アジアにおけるヘロイン取引ではナガン・ハンド銀行、アフガニスタンの反ソ連ゲリラを支援する工作ではBCCIが使われた。 UNODC(国連薬物犯罪事務所)のアントニオ・マリア・コスタはイギリスのオブザーバー紙に対し、麻薬資金と銀行との関係について語っている。2008年に世界の金融システムが揺らいだ際、麻薬取引で稼いだ利益3520億ドルの大半が経済システムの中に吸い込まれ、いくつかの銀行を倒産から救った疑いがあるという。麻薬資金は流動性が高く、銀行間ローンで利用された可能性があるというのだ。(The Observer, December 13, 2009/The Observer, April 3, 2011) 2008年にワコビアという銀行が破綻してウェルズ・ファーゴに吸収されている。このワコビアが2004年から07年にかけて3784億ドルという麻薬資金のロンダリングをしていたことが判明しているのだが、この事実に気づき、内部告発した社員は解雇されてしまった。このマネーロンダリングを銀行の幹部は知っていたということだ。 CIAは麻薬資金のロンダリングにも関係、「CIAの銀行」と呼ばれる金融機関が存在する。例えば対キューバ工作と関係しているバハマ諸島ナッソーのキャッスル銀行、CIAに強力していたユダヤ系ギャングのメイヤー・ランスキーが違法資金のロンダリングに使っていたマイアミ・ナショナル銀行、ペリーン銀行、BWC(世界商業銀行)等々。BWCとつながっていたスイスの国際信用銀行はイスラエルの情報機関、モサドへ資金を流していた。1953年にイランのムハマド・モサデク政権を倒したクーデターでCIAが資金の調達に使ったディーク社はロッキード事件でも登場する。 こうした資金はロンドンを中心とするオフショア市場のネットワークへ流れ込む。そのネットワークにはジャージー島、ガーンジー島、マン島、ケイマン諸島、バミューダ、英領バージン諸島、タークス・アンド・カイコス諸島、ジブラルタル、バハマ、香港、シンガポール、ドバイ、アイルランドなどが含まれている。(Nicholas Shaxson, “Treasure Islands”, Palgrave Macmillan, 2011) CIAが麻薬取引に関係していることはCIAの内部調査でも判明しているが、麻薬取引の捜査でCIAに迫ったロサンゼルス市警の捜査チームは解散、捜査官は退職させられ、コカインとCIAの関係を暴いたジャーナリストもメディアの世界から追い出されて「自殺」に追い込まれている。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.09.01
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