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しばらく前に、六本木(というか乃木坂ですね)の国立新美術館に「フェルメール「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展」を見に行きました。けっこう空いていたよという家人の言葉でしたが、11月中旬ともなると、会期(12月17日まで)もあと少しとなり、行列が出来ていました。会場にはいるのに50mくらいの行列。絵を見るのにも行列です。 もっとも、僕は行列は苦手で、あっちの絵を見たと思うと、反対の壁の絵をみて、また戻って見て、さらに空いたところに行って見てという風ですので、非常に自由に、しかもじっくり見ることができました(会場の係の人も、珍しいことに、列にならずに自由に鑑賞してくださいって言ってました)。 さて、僕はMilkmaid「牛乳を注ぐ女」だけ見に来たのですが、すぐ近くでみるためには列にならび、じっくり見るためにはその列と縄で区切られたところで見るといった工夫がされていました。もちろんじっくり見たかったので、その空間でたたずみ、本当にじっくり見ていたらいつの間にか一番前に来ていて、結局のところ列にならんで近くで見ている人とほとんど変わらない距離で、20分以上にわたり鑑賞することができました。満足です。 1,2年に一枚くらいのペースでフェルメールの絵が来日しています。外国に行かなくても、結構な枚数を見ることができそうですね。 ところで、この国立新美術館の設計ですが、あまり気に入りませんでした。幕張メッセとか港未来の国際ホールとあまり変わらないなあっていうのが僕の感想です。これだったら上野の西洋美術館の方がずっと格好いいです。
November 30, 2007
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この映画もシネ・スイッチ銀座で見てきました。ドイツで大ヒットし、数々の映画祭で高い評価を得た作品です。でも、僕はあまり気に入りませんでした。脚本が問題です。 ピアノ教師として女子刑務所で囚人(と看守)にピアノを教える老ピアニスト クリューガーは、自分のピアノに合わせて机を鍵盤に見立てて弾いている若い囚人ジェニーを発見する。彼女は残忍な殺人事件の犯人として刑務所にとらわれているのだが、彼女はジェニーの天賦の才を花開かせようと決意し、彼女に厳しい教育を始める。ところが彼女は同じピアノの弟子仲間である看守のミュッツェに大けがを負わせてしまう。彼は復讐のために、同じ監房にいる囚人をそそのかしジェニーの手を焼こうとするのだが・・・・。 コンクールの決勝が迫っているのに、外に行くのを禁じられたジェニー。クリューガーはある計画で、ジェニーを刑務所から・・・・。 そしてコンクールでショパンがはじまるのだが、ジェニーは突如・・・・。 時折、クリューガーの過去の映像とか、ジェニーの養父が現れたりして、クリューガーやジェニーの過去を物語るのですが、これが無駄というか、物語の緊張感を削いでいます。 撮影もいまひとつです。音楽でさえ、それほど印象的ではなく、僕にとっては物足りない一作でした。
November 25, 2007
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シネスイッチ銀座で見てきました。最終の17:10の回です。20人くらいは入っているかな。少ないです。銀座の映画館でこれですから、単館系映画はつらいですね。こんなにいい映画でも観客はあつまらないとは。 シネスイッチにかかる映画は非常に粒がそろっていて当たりはずれがありません。また、邦画も割りとかかります。アクセスもいいですし(銀座和光のうらです)、レディース・ディも他とは曜日を変えていたりして好感あります。 さて、「ニュー・シネマ・パラダイス」で一世を風靡したトルナトーレ監督の最新作です。 すごく重い映画です。 出だしの場面からしてR-15です。ときどき主人公イレーナが回想する場面もすべてR-15です。DVDが出ても家族で見るのはちょっとできない映画です。しかも、人身売買やそれにからむ女性の商品化、女性を食い物にする男性、暴力などなどが挿入されています。 しかし、イレーナを演じているクセニア・ラパポルト(ロシア出身の女優さん)が素晴らしい演技をすることで、見る人をぐいぐいとひきつけます。物語にそれとなく出てくるシーンがあとでくっつき、あ、なるほど、と思わせます。脚本が素晴らしいです。 監督の言葉が最初に出てきて「周りの人にラストを言わないでください」とあるので、ラストどころか、色々うならせる伏線の数々をここで言うわけにはいかないのでしょうが、それでも、ある家族に近づこうとしてイレーナがその家族のメイドと映画に行き、鍵を盗んで合鍵を作るシーンのハラハラどきどき。その鍵を使ってまずやったことが、その家族の生ごみを盗んで、食事のごみを食べて、その家族の味に対する嗜好を盗むシーン。また、イレーナが昔、ヒモの男に連れてこられて部屋でこれでも読んでおけと何気なく渡されたのが「イタリア料理の本」で、後に彼女がメイドとなってその家の主に「どこで料理を習ったのか」と問われて「本で習いました」というシーンと結合するところなど、本当に見事です(こういった効果が、この映画では、いたるところにちりばめられているので要注意です)。 ところで、シネスイッチ銀座では11月16日でこの映画は終わってしまうのですが、他の映画館にかかるのでしょうか?じゃないと、もったいないです、こんないい映画。
November 16, 2007
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土曜日に渋谷のシネ・アミューズで観てきました。シネ・アミューズって変換しようとしたら「死ね・アミューズ」になったんですけど、この映画館、スクリーンが小さいし、座席がやたら近接していて、前に人の頭で画面が4分の1から3分の1は隠れてしまって字幕なんか読めないんですけど!これで、アングラ映画なら納得するけど、アメリカで流行った映画をやるのはどうかな?犯罪的でしょ? 見ようと思っていたら金曜日の朝日だか読売新聞に映画評が載ってしまって、1時間前なのに整理番号が「75」!!えーって驚きました。満員で始まりました。たった97分の映画ですが、なかなかうまい進行で、よかったです。僕は、恋人が愛を語ったりする映画はだめで、特に「誰か助けてください」みたいなお涙ものは大嫌いなんですが、この映画は、恋がはじまりそうで・・・・。とにかく、音楽で出会い、友情を育んだ二人の男女の姿が、放り出すように描いてあって好感が持てます。意味のないセックスシーンもなくて、その点でも商業主義の映画ではありません。 ダブリンの街角でギターを弾いて金を稼いでいる男(歌手のグレン・ハンサードが熱演)は昼間は人気歌手の歌を歌っているが、夜は自分の書いた曲を歌っている。そんな彼のところへ、歩きながら花を売っている女性(チェコからやってきたと自己紹介。マルケタ・イルグロヴァというチェコの女優)がやってくる。彼女は彼の曲が気に入ったようだ。 男は歌の仕事を終えると父親の掃除機修理屋に同居しているが、今でも数年前に分かれた女性のことを思っては、曲をつくっている。 次の日、昨日の女性が掃除機を引きずってやってくる(!)。彼はあきれながらも彼女につきあい、掃除機を引きずりながら、彼女がピアノを弾かせてもらっている楽器屋により彼女のピアノを聴くうち、いつしか二人で彼の曲を演奏し始める。 で、次の機会に彼が彼女の家を訪れると、小さな娘とチェコから一緒に来た母親の貧しい共同生活。 彼は仲間を集め、金を出してスタジオを借り、彼女のピアノで自分の曲を録音し、CDを出してロンドンに行こうとする(銀行融資の場面が笑えます)。 録音は進み、いよいよCDが出来た。彼は彼女に「いっしょにロンドンに行こう」というのだが、彼女の答えは「お母さんを連れて行っていいの?」・・・・・。 淡々とすすむ場面とバラードのようなメロディ、報われない恋を歌う詩。確かに、サンダンス映画祭向きの映画です(ってすごく暴力的でも、その物語性や映画の文法の秀逸性などがあればいいのですが)。ただし、何か心に残るかというと、うーん、そんなにっていう感じ。 カップルで見るにはいい映画化もね。
November 12, 2007
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さて、新宿ミラノ3で見てきました。この映画館、上野の駅前に会った映画館(今はもうないです)と同じで、小さなスクリーン、貧弱な音響、固くて粗末な椅子、高い自動販売機というぐあいに、一時代前の映画館を彷彿とさせます。実録「3丁目の夕日」とでも言えばいいでしょうか。トイレには行かなかったけど、アンモニア臭がしてたら、昭和30-40年代の映画館そのものです。 で、場末の映画館にふさわしく、数人しか観客はいません。ニコール・キッドマンの映画は、このところ本当に観客動員数では貧弱な結果が続いています。でも、僕は好きなんだなあ。 このインベージョンもアメリカのSF作家ジャック・フィニイの名作「盗まれた街」の映画化です。しかも、映画化はこれで4回目なのです。 主人公はニコール・キッドマン演じる精神分析医キャロル・ベネル。彼女には分かれた元夫との間の男の子オリバーとの2人暮らしを楽しむ生活があります。ボーイフレンドの医師ベンもいて、それなりに幸せな毎日。ところが、4年ぶりに(唐突に)元夫のタッカー(疾病対策センターのお偉いさん)が息子に会いたいと連絡をいれてきます。一方、キャロルの患者じゃ「夫が夫でなくなった」と訴えるのです。さらに、交通事故を目撃して警察官に言っても「目撃者は要らない」といわれたり、どこか変な人がまわりに増えていきます。 夜には急に国税局の男が押し入ろうとしてきたり・・・、元夫のところに息子を迎えに行くと、気味の悪い男女がいて・・・。 どうやら、元夫も・・・。 ここからキャロルの息子の奪回劇がはじまります。そして宇宙からのウイルスに感染したキャロルは、自らが自らでなくならにようにするために「眠らない」で戦わなくてはならないのです。 ニコール・キッドマンがスタントシーンをやっているときに事故を起こして肋骨を2本骨折したその場面も使われています。なかなかのカー・アクションです。 しかも車が僕の好きなジャガーなんで、さらにうれしい映画です。 こういったB級映画にもきちんと出るニコール・キッドマンって、やはり好きですね。
November 6, 2007
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僕は美術展に行くときに必ず後援の新聞社を確認します。読売新聞系は「ちょっとなあ」と思います。で、その読売新聞系のフィラデルフィア美術館展に上野の東京都美術館まで行ってきました。同伴は実際にフィラデルフィアに行って美術館を見たこともある妻です。日曜日に行ったのですが、土曜日にテレビ東京でジョージア・オキーフのTwo Calla Lilis on Pinkの絵の番組をやっていて(美の鉄人でしたっけ?エプソンの提供の番組です)、「よし、オキーフの絵だけでも見に行こう!」って気になり日曜日のお昼に散歩がてら出かけました。バスから降りて不忍池のまわりを散歩して都美術館に向かいました。 途中で佐賀県物産展なんかもやっていて、けっこう上野公園はにぎわっていました。国立西洋美術館はムンク展をやっています。 で、都美術館ですが、まあまあの人の入りです。僕は列を作って見ることができない性分(離れてみたり、もう一回見たり、スキップしたり立ち止まったり)なのですが、混雑しているとそれも難しいのですが、この日は自由に見ることができるくらいの盛況ぶりです。 数枚はいい絵もかかっているのですが、どうもフィラデルフィアに本当にいい絵は置いてきているとしか思えないような選び方です。妻も、もっと良い絵がいっぱいあったといってます。有名な作家の絵が1,2枚ずつかかっているのですが、それが本当に代表作とは思えないような絵も多いのです。その中でも、マチスの「青いドレスの女」やオキーフの「ピンクの地の上の2本のカラ・リリー」、アンリ・ルソーの「陽気な道化師たち」はよかったものの、モネなどの印象派ならすぐ近くの国立西洋美術館の常設展の方がよっぽど枚数も多くいい作品が見られるし、ピカソやゴッホだって、もっといい作品は日本にたくさんあるわけで、そういった点から、このような小さな散漫な展覧会を「フィラデルフィア美術館展」とすると、その本質を誤ってしまうのではないかな?デュシャンの大ガラスとか階段を降りる男の絵を持ってきてほしかったなあ(ま、大ガラスは駒場にあるのだけどね)。オキーフが1枚というのも、がっかりでした。 期待しすぎた僕が悪いのでしょうが、このところ出かけて行った美術展が結構良かっただけに「やっぱり読売新聞系は・・・」という思いをいっそう強くしてしまいました。
November 4, 2007
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池袋シネ・リーブルで見てきました。まあまあの客の入り。混雑はしてません。水曜日のレディース・デイなのにこの入りは、少なくとも女性向きには当たっていないってことなんでしょうかね?サウスバウンドとどっちに入ろうかと思っていたんですが、10年以上前に業田良家作の「自虐の詩」(1,2巻、竹書房)を読んだことがあって、こちらに入りました。貧乏な生活なのに働こうとしないチンピラの男。食事になるとちゃぶ台を食事ほどひっくり返してしまうのに、その男に尽くす薄幸の女性(鼻のほくろが・・)。二人をとりまく近所の人々。寂しくもあたたかい人生模様が描かれていて、時々、薄幸の女性 幸江 の極貧の少女時代が回想されます。幸せになりたいと願いつつ、ささやかに生きている幸江と幸江のためにどうにかしたいと思いつつ、不器用なために生きていけないイサオ。幸江の働くラーメン屋のマスター(幸江に思いを寄せいているのですが・・)や、彼女の不幸せの原因でもある父親(西田敏之がまた臭く演じてます。それはそれで見事)。そんな彼女にも小さな命が宿るのですが、イサオは何にも言ってくれません。そんなある日・・・。 このときの回想シーンで少女時代の親友である、熊本さんとのシーンが出てきます。なんてかなしいんだろう。この熊本さんの少女時代を演じた子役と大人になったときの熊本さんのアジャ・コングの役に、齟齬がまったくなく、本当にアジャ・コングの少女時代みたいで見事でした。 「幸や不幸はもういい。どちらにも等しく価値がある。」「人生には明らかに意味がある。」と気仙沼の方言(なんですか?)でのナレーションには泣けてきます。 ちょっといい映画です。 漫画と比べて?うーん、漫画の方がよかったけど、映画もね!
November 1, 2007
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