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『生きてりゃいいさ』と唄った河島英五さんは「生きている証」の唄を多く唄っています。例えば、『何かいいことないかな』『出発』『明日へ』『孤独の叫び』『ほんものの汗』『子供ならもっと高い山に登りたがるはずさ』『竜馬のように』『足並みそろえて』『オオカミ』『狼のひとりごと』・・・・『狼のひとりごと』「あまりひとつの小屋にながく居過ぎると上手にえさを貰うしぐさばかりおぼえあわれに見せる芝居ばかりうまくなり犬の中の犬 男の中の男そんな心いきを忘れてしまう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・時の流れにさからってみようじゃないか♪」そんな心いきを忘れないでいたいまた、これらの唄は河島英五さんの唄『人生』シリーズhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201212200000/河島英五さんの唄『志』シリーズhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201212130000/になっています。
2015年05月31日
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河島英五さんの『旅のわすれもの』歌詞はhttp://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/028.htmlで、紹介されています。河島英五さんの唄にはけんか、争いをする唄が多いのですが、最終的には仲直りします。英五さん自身、『僕は嫌いな人がいない』といい切るぐらい、英五さんは人を愛していました。『旅のわすれもの』がそうですが、その他、『100年たったら』、『タンバリンたたいておくれ』、『男づきあい』、『祖父の島』、『旅立つお前に』など・・・・
2015年05月30日
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『旧友再会』です。人と人の繋がり、心と心の繋がりを大切にされた河島英五さんには友人が多かったことと思います。『旧友再会』の歌詞はhttp://listen.jp/store/artword_1000830_6759.htmhttp://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/011.htmlに紹介されています。「今日の酒はうまかった気持ちよく酔っ払ったひとりでしんみり飲むのはつらいが今日の酒はうまかった♪」「今日は本当に笑った腹の底から笑った夕べはあんなに塞いでいたのに君に会えてよかった♪」とよっぱらたら、良かったのですが、今日は『男づきあい』という感じの飲み会でした。今までの『旧友再会』はhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/31000/『男づきあい』はhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/95000/歌詞はhttp://mojim.com/usy113165x31x13.htm
2015年05月29日
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河島英五さんの唄『応援歌』シリーズhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201212250000/の中で、花が好きな人にはがお薦めです。yama8rockがアップされた作品で、おそらく英五さんが『元気ですか』を唄った映像はないかもしれませんが、綺麗な花の写真と合わせて癒されます。石川南風さんの作品『晩秋』 junhagemayさんの作品『復興の詩』素晴らしい作品ありがとうございます。過去の記事を『Home』の左欄の『フリーページ』にまとめました。モバイルの方はパソコン版で見て下さいまた、ホームページ版『てんびんばかり』がスマホでは文字化けする場合がありましたが、修正しました。おそらく読めると思います。http://music.geocities.jp/tarepanda808/
2015年05月23日
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『いくつかの場面』「出来るならもう一度僕のまわりに集まって来てやさしく肩たたきあい抱きしめて欲しい♪」なんと楽天ブログのランキングに私のページが2つもランキングインしています。みなさんがアクセスをして頂いているおかげです。このパワーがネパールに、日本に、世界に伝われば幸いです。『いくつかの場面』は、http://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/020.htmlに紹介されています。沢田研二さんが唄う『いくつかの場面』過去の記事を『Home』の左欄の『フリーページ』にまとめました。モバイルの方はパソコン版で見て下さいまた、ホームページ版『てんびんばかり』がスマホでは文字化けする場合がありましたが、修正しました。おそらく読めると思います。http://music.geocities.jp/tarepanda808/
2015年05月17日
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河島英五さんの唄に『ノウダラ峠』『ノウダラの女』と2曲ありますので、私はネパールには親しみがあります。ネパール地震の被災者にご支援をhttp://www.jawfp.org/lp/helpnepal/?gclid=Cj0KEQjw1duqBRDPlLKsuJCUiuABEiQAxgHwJyAxvG0Tj2sPZmDgjGleENYYCJTrrX_WVnmD7bKgzjEaAgTn8P8HAQネパールの子どもたちへ緊急支援https://www.google.co.jp/?gws_rd=ssl#q=%E3%83%8D%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%AB+%E5%9C%B0%E9%9C%87【緊急】ネパールで大地震が発生http://www.unicef.or.jp/kinkyu/nepal/?utm_source=googleg&utm_medium=cpc&utm_campaign=nepalネパール大地震 住宅支援の必要性訴えhttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20150516/k10010081541000.html2015年ネパール地震救援金http://www.jrc.or.jp/contribute/help/2015_1/ただ、日本では東日本大地震だけでなく、阪神淡路大地震で困っておられる人がまだいることも忘れてはいけないと思います。
2015年05月16日
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1980年に開催した旧ソ連のモスクワオリンピックにおいて、ソ連のアフガン侵攻に反対し、アメリカ、日本などがオリンピックをボイコットしました。その時の河島英五さんの唄です。「モサクどん」=ソ連「アメサクどん」=アメリカ「4年に一度の運動会 今年はモサクどんの庭で老いも若きも集まって 村中総出のお祭りだところが モサクどんの隣の庭で夫婦喧嘩が起こったらここぞとばかり モサクどん隣の家に乗り込んだ隣の家の子供たち 関係ない者 口だすな土足でこの家 踏み荒らすなと泣いても モサクは 知らん顔そもそも 夫婦喧嘩の始まりはモサクどんが 隣のにようぼにちょっかい出して あげくのはてに隣の主人を追い出そうとしたそれを見ていた川向こうアメサクどんがとんできた悪党モサクをこらしめろ運動会はボイコットアメサクどんも いいきなもんで似たようなことをしてきたことも忘れてひとり はしゃぎだすおいらに続けと いばりだすいやはや村中 大騒ぎだけど みんな 忘れているモサクどんの隣の家で子供たちが泣いているのをアメサクどんも モサクどんも村一番の金持ちで頭の悪い金持ちぐらいしまつにおえぬものはない運動会もやりたきゃ やるさモサクもアメサクも 追い出して貧乏人の村祭り子供たちの運動会いやはや 村中大騒ぎだけど みんな 忘れているモサクどんの隣の家で子供たちが泣いているのを隣の家の子供たち関係ない者 口出すな土足でこの家 踏み荒らすなと泣いても モサクは知らん顔」35年前の英五さんの願いです「与え合うことよりも奪い合うことのほうが血がさわぐ」人の方が多いのか今も変わらない。2015年05月14日 の『てんびんばかり』Vol.19http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201505140000/河島英五さんからのお願いhttp://music.geocities.jp/tarepanda808/negai-1.htmlhttp://music.geocities.jp/tarepanda808/negai-2.html約35年前に英五さんが願っていたことが結局約30年前に途絶え、復興の詩を10年間やると言っていましたが、途中で途絶え、英五さんはやはり『旅的途上』だったように思います。(復興の詩は家族が後を継いで10年間しましたが、英五さんは東日本大地震、ネパール地震と続けたと思います)過去の記事を『Home』の左欄の『フリーページ』にまとめました。モバイルの方はパソコン版で見て下さいまた、ホームページ版『てんびんばかり』がスマホでは文字化けする場合がありましたが、修正しました。おそらく読めると思います。http://music.geocities.jp/tarepanda808/
2015年05月15日
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「てんびんばかり」1982年Ver の「原発歌詞」http://blogs.yahoo.co.jp/sinpaku110/67143803.html「原子力発電所を持たなければ生きてゆけないのだろうかゆがんだ草や木や醜い魚たちに囲まれて生きてゆくのだろうか♪」チェルノブイリ原子力発電所事故は1986年なので、この歌詞は1979年3月28日に発生したスリーマイル島原子力発電所事故に受けて、作ったとおもいます。その後、チェルノブイリ原子力発電所事故があっても日本は原子力に電力を頼ってきました。そして、今後もなお頼ろうとしています。今までの『てんびんばかり』はhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/10000/
2015年05月14日
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CD『未発表録音集』で、河島英五さんの元マネージャーさんの原久尚さんがこの『何人もの人達と』について、解説しています。原さんの解説では、「この曲はかけがえのない人と大体ワンセットで歌われました。そうすることで時のうつろいと共に人の心も変っていく無常感も表わしたかったのでしょう」と書かれています。「何人もの人が 今 僕をうらんでいるだろう何人もの人が 今 僕を疑っているだろう何人もの人が 僕を指さし・・・・・・・・かげ口を 言い合っているだろう何人もの人を 僕は うたがっているだろう何人もの人を 僕は うらむようになるだろう何人もの人と 争いつづけるだろう何人もの人と 心きづつけ合うだろうでも たしかに ボクには信じている 人がいる確かに ボクを 信じてくれている人もいる人の心の空しさに 心うばわれないで信じあえる人と 手をとって生きよう今さら 何をボクは人の事を気にしてしまったんだああ もう 今は この耳をふさいでしまおうああ もう 今は この口をとざしてしまおう人の言葉の空しさに 心をうばわれないように」英五さんの唄には、争い、対立の唄がいくつかあります。それらの唄は、最終的には、仲直り、平和を求める唄が多いように思いますが、この『何人もの人達と』は、合わないものは合わないと割り切るような感じがします。理想を求めすぎるより、割り切らなければならない時もあるのかなあ~って、思います。私も『一徹者』で、何か合わない人が多く、自分を改善しなければならないのですが、なかなか難しく、しんどいです。全面的平和を求めるのは理想なのかもしれません。「信じあえる人と 手をとって生きよう」と同感する部分もあります。「人の心の空しさに 心うばわれない」そう思うこともあります。私が思うことを好き勝手に書いているだけで、こういう唄はよくわからない部分もあります。元マネージャーさんの原久尚さんがコメントされているように、その時その時で、この『何人もの人達と』の想いが違い、「信じあえる人と 手をとって生きよう」とあきらめることが楽だと思う場合と一般的に英五さんは最終的には仲直りを目指す人なので、やはり、和解して平和を求めなければならないのかとも思います。『かけがいの人』はhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/97000/
2015年05月12日
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5月10日、母の日に娘からプレゼントが届きました。メッセージには「父にも感謝して贈ります」と書かれていて、嬉しかった。河島英五さんはお父さんが好きだったようで、 『野風増』『晩秋』『明日へ』『そうだったんだね父さん』があり、『晩秋』は名曲です。河島英五さんの『そうだったんだね父さん』は一般の方が詩を書き、それに英五さんが曲をつけて歌っています。私は好きな唄です。ネットに『そうだったんだね父さん』の歌詞は書かれていなく、下記のサイトで試聴できます。http://wmg.jp/artist/eigo/WPC7000010176.html『そうだったんだね父さん』そうだったんだね父さん小さな頃にあんたのざらついた皺だらけの手を見てきたなく思い少し軽蔑もしてなんだか近づきにくかったでもこの頃朝から晩まで働く自分の手が皺だらけでごつごつして付けたクリームさえその皺に残るそうだったんだね父さん俺たち子供のために一生懸命働く手だったんだねそうだったんだね父さん遠い昔の休みの日には何もしないでごろごろするあんたを見てはまるで父親とも思わず邪魔にしたねでも今の自分 休みをとっても何もする気になれず一日中ごろごろしてはたまに溜め息つき そして眠るそうだったんだね父さん俺たちと母さんの為に働き続けたたった一時の骨休めだったんだね俺はあんたより大きくなれないね今だに一人者だけどきっと女房と子供がいたならあんた以上に邪魔にされるかもしれないねそうだったんだね父さん そうだったんだね父さんあんたは大きな 大きな人だったんだね♪
2015年05月10日
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河島英五さんの唄『人生』シリーズhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201212200000/河島英五さんの唄『志』シリーズhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201212130000/河島英五さんの唄『応援歌』シリーズhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/diary/201212250000/私がこのような唄を集めているように『志』を凄く大切に考えています。だから、姉妹ブログ『人生』http://ameblo.jp/kawasimaeigo/に、インディーズの歌手や芸人さんのことを書いています。『志』を持っているインディーズの歌手や芸人さんは立派です。しかし、なかなか上手くならない人を見ているのもつらく、また、話をする機会がある場合、何と応援してあげればいいか言葉が出ません。そのようなことを考えていたら、河島英五さんの『夢』「夢見る妹」を思い出しました。ネットにも紹介されていなく、未発表曲ですが、英五さんの昔の唄です。「夢みることは 簡単さ 夢を語ることよりも・・・・・・・誰にもばれないうそも 自分をごまかせはしない気づいているはずさ 君はうそをついているまわりの誰かが君の夢を潰そうとしたんじゃなく君自身があきらめかけているのさ夢を語ることは 簡単さ 夢をおそれていることよりも♪」『志』、それは「夢」かもしれない「夢を見ることは簡単なことだ」「夢を語ることは簡単なことだ」しかし、夢をつかむのは難しいでも、あきらめてはいけないやはり、これが一番目のセリフ。これまでの『夢』「夢見る妹」はhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/33000/
2015年05月09日
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河島英五さんの時計を教えて頂いたので、時計について書こうと思い、どの唄がいいか探しましたが、なかなかピッタシの唄がありませんでした。大阪府交野市(かたのし)の府民の森に英五さんの時計があります。そこで、『森へ帰ろう』にしました。英五さんの時計http://www.gf-clock.com/clock_1.htm上から6番目にあります。「えいご時計」10年程前、よく来店されていた、河島英五 氏2001年にお亡くなりになりました英五さんのサインをいただいて、時計にしました。<福永 重朗 作>http://www.gf-clock.com/歌詞はhttp://emacoffee.com/2015/01/09/%E6%A3%AE%E3%81%B8%E5%B8%B0%E3%82%8D%E3%81%86/で紹介されています。http://wmg.jp/artist/eigo/WPC7000010176.htmlで視聴できます。英五さんではなく、英五さんの弟さんが歌っている『森へ帰ろう』は、http://kawashimass.com/cd/cd.htmlで視聴できます。ちなみに、『旅的途上』は英五さんそっくりこれまでの『森へ帰ろう』は、http://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/89000/
2015年05月08日
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河島英五さんのネパールの唄に『ノウダラの女』がありますが、ネットにあまり情報がありません。http://music.oricon.co.jp/php/music/MusicTop.php?music=234886で少しだけ視聴できます。「アメリカ人もイギリス人も日本人も旅人はみなお金持ちだよね・・・」 ネパールよりお金持ちかも知れませんが、それで幸せかとどかはわからないとこの唄を聴くと思いました。この唄にネパールの地震で報道されているカトマンドゥというネパールの首都が出てきますので、この唄をよく思い出します。「ノウダラ」というのは地名で、ネパールのポカラ近郊にあるノウダラの丘のことのようです。http://homepage3.nifty.com/travel-y-ono-4-4/nepal/web6.htm
2015年05月05日
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復興の詩 河島英五世界いろいろな国を旅した河島英五さんはきっと世界中が好きだと想いますが、『ノウダラ峠』『ノウダラの女』と2曲を公開したネパールは特に好きだと想います。そのネパールで大地震があり、きっとネパールに駆けつけていることと思います。それが120時間を越えた生存者の奇跡になったのかもしれません。ノウダラ峠ノウダラ峠の歌詞はhttp://joysound.com/ex/search/karaoke/_selSongNo_132909_songwords.htm;jsessionid=F2FA778B641C72465CF584A0E002ACF5.s2
2015年05月04日
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今年の四月の英五月間は寂しいと書きましたが、四月はやはり、英五ファンの特別な月のようで、このブログでも多くのアクセスがあり、嬉しく思いました。また、今年の4月は4月14日のラストライブも特別だという方、英五さんを「目標」という方のコメントを見て、私が気が付かなかった新たな英五さんの想いも知ることができ、とてもいい英五月間でした。5月からまた新しい一年間が始まります。始まるといえば、『ポプラ』と『風になれ』はライブのオープニングに使われており、この唄を聴くと「いよいよ始まる」って感じがします。胸がときめきます。『風になれ』「悲しみ忘れよう ためらわず呼んでおくれ 僕は風さ♪」風にのって、英五さんがやってくるのなら、私はポプラの木でしょうか。『ポプラ』歌詞はhttp://music.j-total.net/data/006ka/009_kawashima_eigo/037.htmlに書かれています。河島英五さんの『ポプラ』の「ずっと昔から この町を流れる川の畔に たたずむ私はポプラの木です♪」昭和の高度成長期やバブル崩壊、その間、日本人はどう変わりましたか?河島英五さんは、『十二月の風に吹かれて』で、「週刊誌の車内広告も お国のお偉い方々も合言葉は 恥じらいを 捨てて 生きよう♪」と唄っていました。日本人は変わりましたか?『人間の祖先』では、「子供たちよ 翼広げて 7つの海をかけめぐれ愚かさを乗り越えろ ひとつの唄 歌えよ愚かさを乗り越えろ ひとつの唄 歌えよ♪」と唄いましたが、『愚かさ』を乗り越えましたか?『出発』では、「あなた方でさえも できなかった事を俺達はやり始めよう♪」と唄いましたが、出来ましたか? 個人的には出来た人もおられるでしょうが、英五さんが思っていたことが出来ましたか?今年の4月の英五月間は英五さんの想いの『伝達』をテーマに書いてきましたが、これからも英五さんの唄を伝えたいと思います。これまでの『風になれ』はhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/70000/『ポプラ』はhttp://plaza.rakuten.co.jp/eigosan/71000/
2015年05月01日
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