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2114 三畳の畳の部屋、炬燵が無くて、電気コンロ300KW一つで、一時間ほど、暖を取るだけだった。始めて、経験した-10℃以下の温度。独立、自立の原点でした。奨学金とアルバイトで生計を立て始めた。この歌を知っている人は非常に少ないと思います。カラオケにも入っていないのではないでしょうか。検索してもなかなか出てこないと思う。“一人ぼっちが寂しくて、お使い帰りに、故郷の赤いリンゴを買いました。上野の駅でかじったら、雪の匂いに泣けました。赤い手袋ほほ寄せりゃ、小指のつぎにも故郷の母の温もり感じます。夜学の帰り星空に、青い五月を呼ぶのです。遠い故郷、雪解けにハコベの花が咲くように、強く明るく生きること、しっかり今は根を張って、花の盛りは美しく。“暇だというか、時間が余っているというか、何故か、突然、思い出した歌がある。間違っていないと思うが。どうでしょうか。メロディーは単純なので、今でも、自然に歌うことが出来ます。伊東ゆかりさんの歌でNHKのラジオから流れていたと思う。1961~2年、家から始めて出て、下宿生活を始めた時によく、一人で歌った歌でした。当時は東北地方から集団就職といって、中卒の子供たちが、関東地方に、就職列車でやってきた。その人たちの気持ちを歌った歌だったのですが、私の状態に似ていたのでした。人生を細かく、いくつかに分けたとすれば、第二の始まりの時でした。今は、いくつめでしょうか、最終章に近い、8回目か9回目の始まり直前というところでしょうか。現在、高齢者の一人暮らし、それも、インドネシア、自炊、掃除。洗濯、洗濯板は使わないが、全てを一人でやっている情況が苦にならないのは、18歳の時の私と同じだなと思いながらやっているからです。というより、できる私は面白いと思う。おバカさんの相手をしなくていい。ま、自由はいいね。50何年前に歌ったきりの歌を覚えている。まだ、ボケはほとんどなしを確認。静岡県では唯一のエボラ出血熱疑い患者の受け入れに指定されている病院、静岡市立病院です。その筋向いにあるNHK静岡支局。どうでもいいかもしれないが、「半端ない」という言葉、違和感を感じる。「半端じゃない」と言ってもらいたい。記憶 まだまだ インガッ
2014.10.31
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2113 インドネシアへ戻る日を決定したが、突然、また、目眩や呼吸困難の症状が出てしまった。このままでは、インドネシア行きが心配で、今朝、飛び込みで、県立病院に行ってきた。ところが、出発する時から症状が無いままで、病院に着いても、待っている時も症状が現れず、掛かり付けの袴田先生とインドネシアのデング フィーバー(dengue fever)や鳥インフルエンザ(Avian influenza, Avian flu, bird flu)やエボラ出血熱(Ebola hemorrhagic fever; EHF)、などの事情に付いて話をしただけだった。薬は、この前、30日分ということだったので、特に増やすこともしなかった。要するに、行っただけで、何もしないで、帰ってきた。そして、規定通りに薬を飲んで、今日のところは、症状が出ていない。人の世は、済むと濁るで、大違い“刷毛ハケに毛があり禿げハゲにけがなし““人は茶チャを飲み、蛇ジャは人を呑む”“福フクに徳トクあり、ふぐフグに毒ドクあり”などなど、子供の頃、雑学本で読んだことがあった。その頃は、こういうことを知っていれば、何かの時に、話のタネになるなとだけ思っていた。人は、話だけでは、その受け取り方は、その人の深層心理に依って、大いに違う。自分にとって都合が良いように受け取る、都合が悪いように受け取った場合は、否定したり、改善を求めたりする。文章で残っていない場合は、どうにでも、後で、変えることができる。そして、それは、人に依って、その度合いは異なる。感情的になりやすい人は特に、その時、自分が何を言っているのか、前後のことを考えずに発言してしまうことがある。その上に、そのことに付いて知識が無いと思われる人には、大いに、その後のことに関して用心しなければならないと思っている。だから、私は、書かれているものを重視し、私自身が書くときも、後に、その文章を元に、何らかのアクションすることを考えている。貴重な資料や根拠になるだろうことを考えて書いている。例えば、自分の責任範囲や負担範囲に付いても、自分が社長をしている時には、そのすべてを自分に掛かっていることは、当たり前なので、考える必要はなかったが、インドネシアでどなたかの手伝いをする情況になった時から、このことに関しては、特に、慎重にしなければならないこと実感させられていた。特に、手伝いをするその場の日本人に対しては、注意が必要だと思った。言っただけや聞いただけでは、何も意味をなさないことを認識した。“非常に寂しい世界”だと思うが、それが、現実です。皆さん、必ず、文章で残しましょう。都合次第 不信 変心
2014.10.30
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2112 私がいなくても、インドネシア人スタッフだけで、製造も客先対応もできている。分けのわからないことを口走って、変な間接費を負担させて、変に足を引っ張る人物がいないのだから、普通に利益は上がるし、プレッシャーを感じることはない。今までの会社があまりにも無駄なことを強いていたかを、全員が感じていると思う。「インドネシア人のためのインドネシア人に依るインドネシア人の会社」を目指す私にとっては、スタートである。インドネシアでの仕事の最終章の始まりである。原料を借りる手伝いを遠隔操作で行った。エアーチケットが届いた。郵送をお願いしてあったのでした。その直後、タイミングよく、電話が掛かってきて、届きましたか、という内容でした。日本では、そこまでやるのか、という印象だった。そして、4日にインドネシアに戻ることにした。全てが、そろっているが、車だけ、借りて置いてと、頼んである。5日から、活動するが、先ず、しなければならないことは、アドバーザーとしてのワーキングビザの習得である。無い状態で仕事をしていると、危ないことが予想されるからだ。 売買契約が済み、30%の前金を振り込んだ後、装置の移転を始めようと通知をしたことを受け、売主から30%の頭金だけでは、装置の移動は認めないと言い出したことに対して、インドネシア人買主から、契約内容についての説明を求めたメールに対する返事、原文のままでした。日本人でも、理解できない文章があって、インドネシア語にトランスレートができない。私の習慣を入れるしかない。既に、移転が終わっているので、書ける事です。家の近所には、数多くの老人介護というか、老人を預かる施設がある。“何とかの里”とか“何とかの家”という。私の家の隣にもあるので、行く気になれば直ぐにでも行ける。 日本社会を象徴している。私より、かなり年上で、なおかつ、体が不自由な方々が、付添いの人と共に、その施設の周りを散歩?している風景に良く出会う。車いすの場合が多い。自由 フリー ベバス
2014.10.29
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2111 やっと、残り、一週間になった。退屈である。パニック障害の症状も、かなり収まってきた。ギックリ腰も治った。体重も回復している。もう、そろそろ、インドネシアで手伝いができる状態になってきた。スケジュールの変更は必要ないようだ。そろそろ、インドネシアに持って行く土産物は自分のための食糧の仕入れを始める。米麹だけは既に3Kg購入済みだった。出発直前に買うインスタントラーメン、うどんや納豆、これらは、インドネシアで買う値段の三分の一で買えるからだ。インドネシア人に渡すためのものは、主にお菓子になる。インドネシア人の若い人に渡して、大部分の人に喜ばれるお菓子類は何だと思いますか。インドネシアには、森永も明治もロッテもグリコも不二屋もあるし、日本で売っているようなお菓子は何でもあると思っていいので、空港の免税店で高いものを買って行ってもほとんど喜ばれない。日本では有名な白い恋人やうなぎパイやカステラやひよこ饅頭など、比較的高価なものを渡しても喜ばれない。喜ばれるものは、インドネシアに似たようなものはあるが、味が違うというか、甘さ控えめなものです。チョコレートそれもホワイトチョコレート、これは、絶対喜ばれる、インドネシアに売られているのを見たことが無い。91円均一、93円均一、100円ショップで売られている安い?菓子の内の喜ばれるいくつかが喜ばれる。チップスはクリピックといって、シンコンやクンタン(ポテト)がある。センベイ類は、クルプックに当たる。原料はお米やトウモロコシや麦に粉、それに、エビの味などがあり、日本のエビせんに当たる。それと、若干辛い目のアラレも喜ばれる。カリントウは、細くて普通の砂糖のものがいい、黒糖のそれも大きい太い者は評判が良くない。高い高級菓子を買って行って、どうだ、上手いだろうという気持ちで、反応を見ても、拍子抜けになるので、高い菓子は持っていかない方がいい。もう一つ、絶対喜ばれる菓子がある。最近は日本祭りなどで売られたり、大き目のショッピングモールなどで、たまに見かけたりすることもあるが、まだまだ、珍しい、“どら焼き“ドラえもんが大好き、ということで、インドネシアでは知られている。土産 菓子 安価
2014.10.28
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2110 小学校のグランドでPTA主催のバザーが開かれていた。授業参観に続き、それにも、参加というか、顔を出してみた。私の生活とは、全く違う世界で、その場にいることに違和感がある。それと、小学生、中学生、その親達がほとんどで、じいさんばあさんの姿がほとんどなかったのには、ちょっと、驚きだった。どんなものかなと、行ってみただけだった。という具合に、仕事をしない状態で、そんなに長く日本にない状態で、パニック障害の症状が頻繁に出る中で、何もできない、何かするにしても、車でちょっとでかけるか、近く、500m半径いないをぶらぶらする。コンビニ、小学校、スーパーマーケット三軒、散歩の丸子川沿い、家族が掛かり付けの医院、これらの全てが500m以内にある。車を使う必要はないというか、歩いてゆくことにしている。今回はゴルフはやらないことにしているので、運動量が少なく、カロリー消費が非常に少ない。自覚している。食欲は、旺盛。一日、4食以上は接種している。2週間で3kg体重が増えていた。後1週間で65kgになる勘定だ。数ヶ月前から急に痩せ初めて、体重を増やそうとしたが、2カ月で2kg増えただけの61kgで日本の戻ったのでした。インドネシアに戻る時には65kgの元の体重に戻ることになる。ストレスから解放されたことと、運動量が少ないことが要因は明らか。何年ぶりかで“笑点“を見た。面白い、大いに笑った。やはり、小話はうまい。歌丸さんをはじめ、メンバーが全く変わっていない。皆さん、長くやってほしいと思う。しかし、2週間、今回の目的の一つが体重を増やすこと、体調、特にパニックの軽減だからいいのだが、やはり退屈である。これが、1か月、2か月、それ以上続くとなると、それが、ストレスになりそう。インドネシアの仕事を終えて、日本に帰った方たちの心境、定年退職して、家で時間を潰している人達のかくやと思うと、ちょっと、私には無理だと思う。リラックス ストレス リタイア
2014.10.27
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2109 インドネシア人の買主が私にインドネシア語に直してほしいと言ってきた文章です。長い文章ではありませんが、というより、丁寧な説明文を書けない、この文章から、色々なことが読みとれます。書いた人の知識程度、性格、書いた時の心理状態、買い主への態度などなどです。売主が、買主に、このままの日本語で送ったメールです。日本語のこの文章、日本人にとっても、ちょっと、文章として変だと思う個所がある、解釈がし難いところがある。ご本人何を言いたいのか分かっているのでしょうか、疑いたくなる部分がある。英語やインドネシア語を日本語に、誰かが直したものではありません。買主はキャンセルなどと言っていないという。的外れで、つじつまが合わない、文章です。一旦結ばれた契約書をキャンセルする、そして、契約内容に不備があると言って、分割払いした分だけ移転していいことにするとか、二回目の支払いを受け取って、保証書をもらってから、移転を許可するように内容を変える必要があると言い出したのはこの人でしょ。信用できないのは、買主が売主へ思うことです。そして、最後の行が、この人の歪んだ考え方です。押出成形という仕事を全く知らない人のヒガミが書かれています。無知を自ら露出している文章です。売買契約書で、分割払いの最終支払いが12月20日ごろになっている、それまでに、新しい仕事の受注ができるはずが無いのに、既に、受注していると、思い込んでいる。とにかく、自分は儲けそこなったという思い込みで頭が満たされている。そんなに儲かる仕事でもないし、間接固定費だけで、三ラインに年間1500万円も載せてきて、コンサルタントから提示された固定費ですが、どこか間違っていますか、と、私に聞いてくる人ですから。と、言ってやっても。ご本人には、分からない世界です。庭の畑で芋掘りとサツマイモ。呆れ ヒガミ 気の毒
2014.10.26
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2108 疲れた、今日も、米麹の仕入れを午前中にし、午後は上のこの授業参観に出席、ここでも、立ちっぱなしで、移動せず、1時間弱、参った。テーマが“慣用句の意味と使い方”小学四年生では無理だと思うが、大人の父兄も意味が分からないのではないかと思う。などと、考えていた。頭が、ガンガン痛かった。両目と鼻の上がずきずきと数時間に渡って痛かった。痛み止めも飲まず、パキシルなどを呑んで、効果かどうか、今は治っている。 見かけ、こんな女性にどうして?タイの日本人男性の殺人事件、ちょっと、ちょっと、他人ごとではないような気がする。インドネシアでは、こんな話は聞いたことがないが、可能性がなくもないと、思うからだ。10年前の階段から転げ落ちたという事件も、保険金殺人を自供したとか。これと似たような生活状態でいる日本人は年齢に関係なく多い。私自身も数年以上女性と二人で済んでいたことがある。その間の三年間は、結婚した状態の彼女が、私の家に住み込みで私の手伝いをしていたという状態だったし、前半は、彼女が付き合っていたプレマンとジャブジャブとの戦いだった。車をパンクさせられたことも、燃料パイプを切断されたこともあった。問題が多かったし、私も大いに助かったし、彼女を私が助けたと思っている、という見出が良かったし、海外勤務で男性の一人暮らし、何が起きるか分からない、私は、二人暮しをお勧めですが、やはり、慎重に、と思う。女性のバックに何があるか、家族構成、交際関係、しっかりチェックしてから、子供や孫といった関係意識で、生活援助、学資援助、その見返りに、身の回りの世話をしてもらう状態が良いと思う。私は、そうしてきた。http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage00059.html大分前の文章だが、まだ、参考になるかもしれません。女性と二人暮らしの男性は大勢いる。知り合った場所の大部分は、カラオケかマッサージ、ゴルフのキャディー、従業員である。そして、その大部分は、結婚したが今は離婚している、そして、子供がいるが母親が面倒を見ているという。これは、女性が否定した場合は嘘でと思った方がいい。家族構成も嘘の場合が多いから注意である。二人 背後 援助
2014.10.25
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2107 ふらふらでも、あまり、態度に表さないので、家族にはなかなか伝わらない。これ幸いと、私は。いろいろなことを頼まれる。事業譲渡をした会社は、装置や原料の80%以上を私からの借り入れで購入していた。その装置や原料を売るのだから、順序としては、私に借金を返してから、売るのが正常だと思う。それができなければ、少なくとも、売れたら、最優先で私に返すのが、正常な人間だろうと思う。しかし、そんな考えは全くない様子で、売れたら、その30%を返し、残りは利益を上げてから返すというのです。ということは、返さないと言っているのと同じです。利益などは操作ができるし、儲けの何パーセントを返すのかも明確ではない。結局70%は返さないと言っているのでするらしい。 パスポートの増ページを頼んであって、今朝、パスポートを受け取ってきた。一回だけできるのです。印紙代2500円掛かった。昼過ぎ、小学校の授業参観に行ってきた。その後、英語の塾へ下の子を送り、一時間、じかんが空いたのでHISへ行って、インドネシア行きのチケットを購入(78000円)安い、帰りのチケットは、捨てることになる。その足で、駅まで行って、成田までのJRチケットを購入した。英語塾に戻り、迎えに行った。インドネシアへ戻る準備はできたが、戻れるかどうかは、私の体調次第になる。 今日も、ふらふらだった。一番、大変だったには、授業参観中、教室の一番後ろで、立ち続けていたことでした、約50分、その場で従業を見続けていた。時々、ふらっと、気が遠くなりそうになりながら、膝が次第にガクガクしてくること感じながら、それでも、途中で出てしまうことはしなかった。シャープセミコンから、PCカバーの注文が毎月増加して来ているし、TOSOからの注文もコンスタントに来ている。また、ニチリンからも増加傾向だ。それらのことは、私がいなくても、引き継いだインドネシア人スタッフだけで充分対応できている。私が、インドネシアへ戻らなければならないと思っている理由は、今までのことではなく、新しい製品の立ち上げをして、客先の手伝いを頼まれているからです。ショーケースのフレームやワイパーなどの二色成型、大型のPCカバー、パイプタイプのLEDチューブランプのカバーなどです。いずれも、インドネシアではまだ、技術が無いものです。動き フラッ プラプラ
2014.10.24
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2106Panic disorder ; PDパニック障害です。昨日の夕方、風邪を引いている孫の一人を連れて、掛かり付けの内科医院にいってきた。ついでに、3月に高齢者の無料検診というか色々な数値のチェックを受けた結果を聞いた。全ての数値が、正常範囲内、それも、ほとんど真ん中、健康中の健康、全く問題なし。ところが、私は、その時、多分、動機は100を遥かに超えていたと自覚していた。血圧も160.110くらいじゃないかと思っていた。頭の中に何か重いものがあってそれが、ゆっくり、回っているのでした。そして、孫の状態や薬の説明をうけているのに、全く、上の空だった。パニック障害の症状のほんの一つです。このま逆もある。脈拍が40程度、血圧が90.50以下、こういうときは、横になるしかない、気絶しそう、もう駄目だああ、と思う。30日頃を目途に、インドネシアに早く戻って、何らかの手伝いを再開したいと思っていたが、今の状態では、まだまだ、先になりそうだ。踏んだり蹴ったりのことに、ギックリ腰になってしまって、近所の整形外科に行く羽目になったしまった。腰は曲がって、伸びないまま、前かがみになって300mほど歩いて行って来た。日本でギックリ腰になれば、いつも、ここで、注射を腰に打ってもらえば、一日以内に治ってしまうので、我慢せずにすぐ行くことにしている。ギックリ腰は癖になっていて、注意しても、しなくても、気を使っても、使わなくても、なる時にはなる。重いものを無理な姿勢で持った時、ということはない、何でもない時に、突然なる。仕方が無い。私の今は、どこにも属していない、全くのフリーの身です。今までの会社との関係は、会社が債務者、私が債権者というだけになっている。事業譲渡した会社との関係は、間もなく、手伝いしに行くよ。ということになっている。http://otaenplaext.net/newpage29.htmlインドネシアの東南の端、都市ムラウケのなお東、パプア ニューギニヤとの国境。途中の蟻塚。インドネシアの北西の端、ウェー島の都市サバンからなお西、0ポイント。http://nanbuindonesia.web.fc2.com/page231.htmlストレス 解放 Pura-pura
2014.10.23
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2105 慌てた。焦った。実印を無くした。昨日、昼前に銀行へ行って、その時、実印を胸ポケットに入れて持って行き、何度か押印をして、胸ポケットの戻し、昨日書いたように、慌てて銀行を後にした。その時から、勿論、実印の事は、頭になかった。実印に関してのことは全く記憶が無かった。今朝、昨日の申請書のBNIをBANK NEGARA INDONESIAに変えなければならないので、訂正用に実印を持って、銀行へ行かなければならなかった。昨日、着てた服の胸ポケットに実印がない。そこから、焦った。実印をどこかへ置いたという行動は全くしていない、無意識にでも、無いと思う。どこかに落としたと思い、と言っても、家の私が移動した範囲と焼津へ往復の車の中しか、捜す場所はない。焼津で友人と会った喫茶店や孫を連れて行った病院かもしれないが、そこまで行ったり、意味が無いと思ったから、電話で問い合わせたりする気にはならなかった。結局、何とか、サインだけで許してもらおうと、銀行へ行った。印鑑を持ってくるのを忘れたといったら、何やら目の前に茶封筒を出され、昨日、他のお客いさんが入り口ロービーで拾って届けてくれたということだった。そういえば、会う人に、遅れるという電話をそこで掛けた、HPを出す時に、同じポケットに入っていた実印を落としたのでした。喜んで,ほっとして、手続きは終わった。ありがとうと言って、その場を離れ、途中、買い物に依って家に戻った。銀行から出て、一時間過ぎていた。通帳と印鑑をいつも抱えている鞄に戻そうとしたところ、印鑑が無い、ポケットに無い。そういえば、銀行の椅子から立ち上がる前に、ポケットへ入れたという記憶が無い。ホッとしすぎて、喜んで、すっと立ちあがり、その場を離れてしまったのでした。銀行へ戻って、先ほど座った席に辺りに印鑑が置いてなったか、先ほどの掛かりの人に聞いたら、無かった、知らないという。困った。どこに置いてしまったのだろうかと思いながら、ふと、座っていた椅子を見下ろすと、背もたれの立ちあがり部分に、あった。何故、こんなところに?坐っていれば、ズボンの右後ろのいつも財布を入れて行くポケットのあたりだ。そんなところに印鑑をしまうはずが無いのに、おと思いながら、また、ほっとした。銀行のカウンターの向こう側にいる10人ほどの人たち全員が私を見ている。恥ずかしい。人って届けてもらっって受け取ったものを、また、置き忘れるなんて。頭を掻きながら、“認知症が進行していますから“と、妙なこと口走りながら、その場を離れた。まったく、何という日だ、今日は、やっぱり、アルツが進行しているのかなと思ったりする。ショックだった。パニック障害の症状にいつも気を取られていることも確か。 実印が入っている小さな袋、50年以上、このままである。auのワイマックス2である。認知症 アルツハイマー ボケ
2014.10.22
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2105 インドネシアの新会社に、私が手配したい装置を、早いうちに入れてもらうための資金を送金した。マネーロンダリングがどうのこうのと、言いながら、しつこく、目的の内容を聞かれた。掛かりの女性が、最初、確認し、それを上司に報告したのでしょう、しばらくして、上司から、何か、聞かれたのでしょう。そして、私に、もう少し詳しくお願いしますといいながら、私が何故、送金するのか、送金先の人とはどういう関係なのか、などと、聞いてきた。それを、上司に報告したのでしょう。今度は、その上司が直接、私に近づいてきて、その金額を使う場所、会社名などを確認しに来た。申請書を書いてから、30分以上経過していた。私は、次の予定があって、その銀行から30分程度かかる場所で人と会うことになっていて、銀行に行ったのは、90分前で、一時間の余裕を見て行っていた。しかし、送金目的を三回聞かれそれでスムーズにいくと思ったら、今度は、手数料の金額が間違っていたので、申請書を書き直してほしいと言って来た。既に、50分過ぎていた。書きなおした。まだ終わらなかった。次は、私が書いた銀行名は省略でしょう、正式な銀行名ではないですね。省略しない銀行名は何ですかと聞かれた。インドネシアではそのBNIと言っているので、それが、銀行名だと思っていた私の間違いだったかもしれない。バンク ナショナル インドネシアで確かめてもらったら、そんな銀行はないと言われた、今度は、Nをネガラにして確認してもらったら、あった。やっと、送金が可能になった時には、75分経過していた。待ち合わせの場所に急いで向かったが10分待たせてしまった。そんな大きな金額とは、私は思っていなかったので、何故、根掘り葉掘り、それも、一回で聞くのではなく、間をおいて、何度も聞くのだろうか、かなり、懲りたことがあったのでしょうか。銀行の人が、納得できるような、問いかけをするほどの、知識を持っているようにも感じなかった。で、こんなことで、何度も確認するのなら、税務署から色々頼まれたり、言われたりしているのだろうと思う。インドネシアはどうか、“ベアチュカイ“彼等に、怪しいと思われれば、徹底的に調査され、相当な金額を持って行かれる、というのが、常識、多くの会社は、何らかの理由というか、言いがかりというか、相当な金額をペナルティーとして要求され、ネゴをして、少し、少なくしてもらう、そういう、アンダーテーブルの世界が歴然として存在する。多くは、密告に依って、乗り込まれる。イミグレなど関係する警察の介入も同じ次元だ。少しでも、不正をしているとか、経理上、操作をしているということで、心当たりのある、会社や社長は、それを恐れている。何も、不正をしていないと思っていても、一旦、乗り込まれれば、手ぶらで帰ることは、全くない世界です。金の貸し借りの経理処理などで、それを恐れている経営者は多いと思う。ですよね。マネーロンダリングなどということには全く関心が無いし、知識もない私にとっては、無縁の世界だと思っている。昼間、待ち合わせの場所に向かい途中。国道一号線から焼津インター方面。不慣れ 不正 確認
2014.10.21
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2103 また、突然、気分が変わらなければ、動きがある。「言った、言わない、聞いた、聞かなかった」の世界で、突然、気分が変わるので、書かれている者は無意味にされ、実際に動き出すまで、何が起きるか分からない。私が帰国するに当たっても、当日の朝、突然、気持ちが変わったようで、分けのわからないことを言いだしたようだった。直接、私に、書かれたものでその気分変わりが伝えられなかったので、予定通り、文章で承諾された通りの行動をした。朝令暮改どころか、一日の内に三回も四回も言うことが変わる人と、話をするのは大変、こちらの頭がおかしくなる。 いろいろな質問をしても、ろくに返事が返ってこない。例えば、一度、「雇用契約解除の手続きをする、延長はしない」と、言って来た。実際、事務にその解約の手続きを命じていた。だから、その時は、私がいては困る、私を首にすることにしたのです。その時、私をいらないとした理由を何度か訪ねたが、無視された。そのことに関してのまともな返事が無い。呼ばれて言われたことは、”あなたからの希望したでしょう、あなたがそう言ったでしょう”だけでした。また、「言った、言わない」の話だ。呆れる。だから、もし、私から希望したとしても、OKを出した理由を聞いたのですが、どうも、私が訪ねていることが何なのか分からないらしい。それなら、その後、私から雇用契約を解除してほしいと言った時に、解除しない、と言ったのは何故でしょうか、と聞いてみたが、それにもまともな答えが無い。OKもNGにも理由を言わない。要するに、頭に血が上っていて、私がいなくなったらどうなるかなど考えずに、首にすることにしたのでしょうが、そういう理由を、私に言うはずもない。これらのやり取りは全部、メールのやり取りの中に文章として残っている。ここ数カ月の間、今まで、文章で書かれているもの以外のことで、いくつかの点で、“言ったでしょう“という前提の元に、私が、止む負えず、反論をしていない事項がいくつかある。とにかく、耐えて、ここから脱出することが最優先だったから、無理難題も、分けのかからないことを言われても、承知したふりをした。本当は、全く、納得していない。文章に書かれている内容を普通に読めば、そんなことは言っていないことが分かるものだ。これらの事は、折りを見て、言っていないこと、文章を示して、確認してもらおうと思う。多分、何のことを言っているのか分からないとご本人は思うでしょう。そして、その時が、また、一つの始まりになるはずだ。売買契約書、雇用契約書、私が貸している借金返済方法書、数か月に渡るメールの交信内容、会計コンサルタントからの押出部門の決算、それらを根拠に、今後、交渉というか追求をするつもりだ。そして、これを書いている最中にまた、妙なことを言って来た。ある、装置を渡せないという。見積もりの根拠にその装置が入っていないというのだ。”事業譲渡でしょ。その仕事に関する全ての譲渡でしょ、客先、図面、QC資料、文章、技術者、原料、製品、装置、電気関係の装置、道具や計器全てである”今さら、その装置は渡せないなどというのは、全くの言いがかりだ。という、意識が全くないから、土壇場になって、そんなことを言ってくる。だから、その事も、売値に追加するようにした。全く、どうにもならない人たちだ。この文章は、昨日の移動後に書いた、この文章を読んで、気が変わってしまうことを警戒したからだ。何かがちらっと、頭の中に走ると、カット血が上って、気が変わってしまうからだ。先ほど、全ての移動が済み、電気配線も終了したことを確認した。もう、気が変わっても何も起こらない状態になった。月曜日から通常の生産ができるが、火曜日から24時間稼働になる。黒はんぺんとジャガイモのフライ、これらは、私の子供の時から高校までの食の友でした。今も、大好物である。カッ コロッ エッ
2014.10.20
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2102 マクベスのように森が動いた。今朝から移動開始、今日は、電気関係の工事、明日から生産できるように終わらせたという。これで、客先に迷惑を掛ける心配が全くなくなった。分けのわからないことを言ったり、やらせたり、やらせなかったりする、そういう場所から、やっと、抜け出した。多くのものを犠牲にしたが、客先に迷惑を掛けないようにするには、自分の犠牲は止む負えない。とにかく、ほっとした。この移転に当たって、いたか社はの本来の仕事は,電気や機械のメンテナンス、当然、製造工場の引っ越しの時には、見積もりを依頼される、引越しの手伝いを頼まれる。これも、本業の一つだ、得意な仕事だ。しかし、今回の引っ越しは、そんな会社から出るのだが、この会社に頼まなかった。見積もりの依頼をしたところ、想定より1,5倍の見積もりが出たからだ。外部の会社に三社にも、見積もり依頼をし、一番安い会社に頼んだが、お膝元の一番慣れていて、様子を熟知しているこの会社が一番、それも、飛びぬけて高かった。ネゴをすり気にもなれない価格だった。外部の業者に頼むということで、社内の装置や道具をつかったり、手伝いをしてはならないという、指令が出たという。もっとも、この会社の従業員、自主的に手伝おうな℃と思う人はいない。この会社が、当然、持っている、トラックもフォークリフトも使わないで、外部の業者が手配した物を使った。私達がいた会社は、こんな会社でした。とにかく、いろいろな意味で酷い会社だった。私の大失敗でした。 とにかく、押出成型の装置は全部、移転した。めでたし、めでたし、だ。これで、興奮して、つじつまの合わないことを言いだす人の相手をしなくて済む。後はこちらから、後始末を頼むだけである。https://www.google.co.jp/maps/@34.9478962,138.3492912,3a,75y,102.43h,91.85t/data=!3m4!1e1!3m2!1sljH4pFPdpzUFP5sKuLriyA!2e0?hl=ja鞠子川沿いに散歩をして駿府匠宿で模様している丸子カフェという所へ行ってきた。くまさん牧場というアイスクリーム屋で休憩、かなり、人気があって、有名らしい。ホッ 解放 始まり
2014.10.19
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2101 県立病院の総合診療科に行ってきた。そして、パニック障害の薬を十日分処方してもらった。早速、呑んだ。直ぐに効果が出たようで、ふらつきがなくなった。気分的なものか。病は気からの典型か、聞くと信じて呑めば、何でも、聞いてしまうのかもしれない。一日分飲むだけにして、あとは、お守りにする。歩いて近所のマックスバリューへショッピング。周りのサザンカの垣根の外から我が家の様子。売買契約が済んで、頭金を30%払った時点で、その事業は、買い主のものになったと、買主は思った。私もそう思った。立ち会った人々の全員がそう思った。しかし、売り渡した本人は、そう思わなかったらしい、というより、本人もそう思っていた。だから、移転費用の見積もりをどうこうしようかという話になったし、一か月以内は、今までの場所を無料で貸すということも言った。しかし、一週間後に、移転場所の準備ができたから、装置を全て移転したいと買主が言って来た時に、売主は何を思ったのか、持ち出しを拒否した。理由は、持ち出したら最後、分割払いの金額を踏み倒すと断言した。インドネシア人の買主を信じることはできないと断言した。そして、全額払い終わるまで、ここから移転させないと言い出した。もし、持って行くなら、払った金額分の装置を持ち出して言いなどと、実態を知らない、素人のような、駄々をこね出した。信じれないなら、なぜ、契約を分割払いでOKにした時に、その事を言わなかったのでしょうか。その時は信じたのでしょうが、気が変わったのでしょうか。普通、家でも車でも、頭金を払いローンの契約を済ませば、買主が自由に使っていい状態になる。ご本人、一部しか払っていないのに、全部持ち出して言いなどということはあり得ないと言い出した。困ってしまったのは、ローカルの資本家である。困った日本人だと思ったでしょう。仕方が無いので、二回目に払う約束の金額を払った後に、持ち出させてくださいと、頼んできた。全額の66%を払って、なおかつ、第三者の支払い保証所を添えて出し、何とか、売主の日本人は持ち出しOKとした。もし、買主が、契約違反を訴えだし、契約解消などということになったらどうするつもりだったのでしょうか。30%の頭金を返せないはずだ。既に、使ってしまっているからだ。だから、おそらく、契約解消などと買主が言いだせば、その頭金を逆に契約違約金だと言って、返さないでしょう。インドネシア人の買主が、相当な資本家で、警察ら税務署や弁護士関係の友人が大勢いることを知らないで、無謀でしょ。無知 無謀 非常識
2014.10.18
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2100 富士山、昨日の雨で山頂は初冠雪。 妻の誕生日、たったの19日間だけ同じ歳になった。この時に日本にいることは希なので、実際に祝ってやれるのは久しぶりだ。孫たちの主催で、私や妻は招待という形だった。ケーキよりすしの方がいいというので、寿司を大量に仕入れてきた。そして、欠かせないのがモンブラン、私が日本にいるときは、必ずモンブランを買って来て食べていた。結婚して初めての誕生日からずっと続けていた。当時も一個100円くらいしていて、高価だった。今日のモンブランは450円もした。そして、昔の栗が上に乗っていたものとはスタイルが違っていた。インドネシアの数カ月のことを考えると、別世界で気持ちが洗われる。インドネシアに進出している企業のなかで資本金が50万US$以下(5千万円以下)で、日本に本社がるのかないのか分からない会社の場合は50%が赤字だという。それも、昨日書いたように10年以上前に進出してきた会社が多い。それはなぜか、第一にローカル役員や正規従業員の報酬が大きくなっていることです。最低賃金がまだ1万円以下の頃に進出して来ているので、正規従業員を増やしてしまっていたのです。そして、今は、身動きが取れなくなってしまっているのです。また、彼等は、上手いことやっている。従業員を募集したり、何かを購入したり、下請けを使ったりする時に、マージンを求めている。日本人がその仕事をすればいいのだが、彼等はそれをさせない。もっとも、日本人がバックマージンを求めているケースも多々ある。ローカル従業員の内、能力がある人は、自分でその仕事をする会社を作ってしまい、客先も奪ってしまう。客先は、もともと、その人が窓口になっていたのだから、安いその人の会社に仕事をだす。赤字の原因で、一番ひどいには、経営者が常識的な原価計算をできない会社。最初からどんぶり勘定でやっていて、最初の何年間かは、諸経費が少なかったので、利益が上がっていたが、同じ調子で見積もりを出し続けていたら、いつの間にか赤字になっていた。経費の節減などということは全く考えない。そういう会社は、どうにもならない状態になっていて、慌てて、価格を上げようとしても、同業他社は経費節減をして、安い価格で、適当な利益を上げているわけで、仕事は来なくなってしまっている。こういう会社は、従業員もやる気がなくなり、通常勤務時間は、さぼり、残業や休日出勤をしたがる。会社が撤退、閉鎖することを期待するようになる。インドネシアの労働基準法で、会社都合で首きりなら、退職金をかなり貰えるからだ。(インドネシアの場合これがかなりきついので、韓国企業などは夜逃げをしてしまう会社がある)立て直しが難くなっているし、経営を変わろうという話も消えてしまう。こういう会社の未来は、消え行くのみでしょう。赤字 撤退 不透明
2014.10.17
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2099 インドネシアの日系企業の最近の業績をご存じですか。とにかく、今もって、進出ラッシュ、見渡す限り、地平線の先まである広大な工業団地の造成地、本当かどうか知らないが、ほとんど、売薬済(実際は何十年間の賃借)だそうだ。建設中の工場もあちこちにあるし、貸し工場も完成する前に予約が入ってしまうとか。付近のアパートも月家賃20万円もするのに、予約が入るとか。そんな中、日系企業の業績はどうか。私が知る限りでは、程度はどうか知らないが、赤字企業が30~40%だという。2012年は30%以下だったという。勿論、進出して3年以内などは、日本人の出張者が多いなど、仕方が無いと思うが、最近の傾向は、進出して来て10年以上の会社、黒字になっていた会社が、赤字になってきているケースが目立つ。原因は、勿論、日系同業会社が進出してきていて、価格競争が激しくなっている事、また、給料や各種手当が高騰している事である。また、ローカル企業の技術や管理状況が進歩していて、ローカル企業に任せられる仕事が増えてきて、中小の日系企業に注文する必要がある業種が少なくなってきている。似たような結果を得られるなら安い方がいい気決まっている。ローカル企業は最低賃金を守っていない。人を多く使う仕事は、断然、ローカルが有利だ。また、原材料を特殊なルートで安く買える。原料価格で製品が売られることもある。今まで下請けで使っていたローカル会社が、いつの間にか、直接やってしまうこともある。もう一つ、重要な赤字原因というか利益コントーロールの手法がある。アンダーテーブル、バックマージンの世界だ。原料価格や加工賃の値下げを要求しない、或いは、手加減をする。日本の陸地に到着した瞬間。やっと戻ってこれたという気持ちだった。赤字 ローカル 価格
2014.10.16
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2098 台風一過晴天、大型、大型といい、確かに直径500kmくらいの風雨圏で大型だったが。上陸直後の中心気圧は、980ヘクトパスカルくらいで、並み以下になっていて、強いという表現はなかった。東北地方に掛かっていたころは、熱帯低気圧から温帯低気圧と表現を変えてもよかった。そして、静岡の場合いは、台風中心最接近の8時間前に70万人以上を対象に避難勧告が出され、翌日の公立学校の休校を決めた。全くの空振りだった。今後、避難勧告が出ても、無視されるでしょう。だからと言って、早めに出さなければ、何かあった時に文句を言われるから、とにかく早く出しておけという、心理も分かる。地震や津波が起きる確率や規模に関しても、大袈裟に言っておけばいい、というのが、専門家の心理でしょう。火山が爆発すれば、富士山の噴火も、そう遠くない間にある可能性が高いと言っておいた方がいいじゃないでしょうか。専門家の皆さま。今言っておかないと、噴火した時の言いわけが難しくなりますよ。日本の三日目、体調の異変は少し収まって来たような気がする。寒気と共に過呼吸になりかけたが、自分が吐いた息だけを吸うようにしたらすぐ治った。呼吸困難現象は5分くらいで収まった。残っている薬は三日分、今週末に病院の予約をしようと思う。仕事のことは気になるが、気にしても仕方が無い。何もできないし、何をしようと思ってはいけないと思う。余計な事は考えない、しない。当事者に任せておけばいい。どうにかなるものだし、もし、どうにかならなくても、私が関わることではない。割り切らなければならない。そして、移動して、落ち着いた事を確認してからインドネシアに行って次の手を打つ。落ち着いてほしいが、落ち着かなければ、インドネシアには行かない。そして、日本にいながら、打つべき手を打つ。私の行動を必ず、公表、公開する、その時は来る。私の失敗を他の人がしないようにするために。我が家の庭に咲く秋の花。落ち着く。公表 待機 公開
2014.10.15
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2097 今日の交通事情を見て、昨日の日本到着は正解だったと思う。以前比べると、避難勧告が多くなっている。いくつかの県で、合計なら何十万人、厭、百万人以上になると思う。あまり、真剣に受け止める人がいなくなるのではないでしょうか。“オオカミと少年“になると思う。私はインドネシアから自主的避難をしている。静岡駅から家までタクシーを使うのが常で、運転手は例外なく、高齢者。昨日の運転手、大丈夫かなと思った。運転手の方から、どこからの帰りですかと聞く、インドネシアからと、答える。すると、聞きもしないのに、18号の台風の大雨で、大変だった、 道路の通行止めがあって、結局、国道一号線だけが可能だったという、150号線(焼津方面)は何か所かで通行止めになって、行きに3時間、帰りは4時間掛かってしまったという。そういえば、新幹線のアナウンスで東海道本線は、通常運転ができていないから、乗り継ぎなどでは、駅員に確認してくださいと言っていた。そうですか、由比海岸に土砂崩れがあって、東海道線の線路を塞いでしまっている、20日ごろ開通すると言ってくれた。そこまでの話はつじつまがあっていた。ここからが変。いつの話ですかと、私が聞く。かれは、一か月前、10日ごろだという。そんなに前なのにまだ、由比辺りが通行止めで、東海道線のダイヤも乱れているのですか。と聞く。そうですね。二週間前、25日ごろでした。という。私には、実際いつだったのかは知らない。多分、一週間ほど前ではないのかなと思うが、それにしても、話好きな運転手、時間的感覚が普通ではないと思う。こういう人を相手にするのは大変。自覚をしていないから。目眩は日常的だが、その他に、後頭部の痛みがひどかった事と、吐き気がひどかった事。本日のメニューでした。車の運転している時には問題ない事は書いたが、もう一つ、安心の時がある。お風呂に浸かっている時だ。ゆったりできる。明日、台風接近のために休校になった。そこで、明日、読む本を買えという。静岡駅前の本屋に、一緒に行ってきた。パニック 台風 避難
2014.10.14
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2096 台風19号が接近しているので、その前にという理由もあって11日に出発したのでした。日本にいる。フラフラしているが、日曜日そして、明日が体育の日の代替休日だとか、で、掛かりつけの病院に行けない。以前の時なら、救急当番の病院に駆け込んでいたでしょう。行っても意味が無いことが分かっているので行かない。孫がまとわりついてきている。何と平和な雰囲気でしょうか。人生の終わりはこんな風景が良いなと思う。無事、静岡に到着した。機内の窓側最後尾に近い席を取り、例によって、三席のひじ掛けを上げて、横になって寝ることができた。今回は、空港の病院に世話にならず、東京駅の休憩室に駆け込む必要はなかったが、症状は、前回とほとんど同じで、寒くなったり、暑くなったり、息苦しくなったり、目眩は勿論でした。フラフラしていても、他の事は何もできないが、する気にもならないが、只、ひたすら、家に帰ることはできた。どこかのどなたか知らないが、アルツハイマーとかボケではないので、自分がどこで、何をしているのかは自覚できている。成田エクスプレスのチケットカウンターに10組ほどの購入者が列を作っている。日本人のお年寄りと外国人だ。一人の男性が、その列の人達に、カンターで注文する内容の聞き取りをし、小さなカードにその内容を書き込んでいる。それを、カンターに提出すればいいだけにいて置いてくれるのだ。茎先、利用列車、時間、何人、支払い方法まで、要するに、自動販売機に入力する事柄の全てを聞きだしているのでしょう。やはり、日本だなと思う。ところで、私もその列にいて、聞かれた人でした。私には聞いてくれなくてもいいとは言えなかった。しかし、残念ながら、私は自動販売機を使う自信がないので、使わない。自動販売機しか無い駅では、使うしかないが、非常に緊張する。そして、今、体調はどうかというと、今日は特に、呼吸困難、喉に何かが詰まっているというか、閉じて気道が狭くなっているというか、本当は、何でもないことは分かっているが、それでも、息苦しい時間が長かった。ゼーゼーしていた。残り少ないパキシルとコンスタンを呑んだ。今までのUSBモデムを使うネット接続は止めにして、Wi-Fiルーターを変えた。より高速になり使用料も半額になった。実際、早い、インドネシアの事を考えれば、5倍以上の早さだと実感する。ほとんど待ちが無い。スカルノハッタ空港のレストランで食べたソ ブントゥットゥ。1000円近い高価、それほど美味しくないし、骨に貼りついている肉が硬いし、骨から離れにくく、食べにくかった。成田第一ターミナルのガルーダ用サテライト。着陸した滑走路から近い。開放感 ボケ 正常
2014.10.13
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2095 予約をしてあったゴルフどころではなかった。一時、帰国することに決めた。夕方、朦朧としながら空港に向かった。ガルーダカウンターでチケットを購入した。とにかく、日本へ、家に帰ろう、の一心だ。そして、イミグレを通過した。間もなく機内に入る。そして、事業譲渡の契約書にサインされて、第三者でしかなくなった私の管轄では無くなっている状況も私がいても邪魔なだけになっていて、何の手助けもできない。何より社長の契約解消の許可も頂いてあることだし。いてほしいと思う人は、誰もいない。今、体がこんな状態で、インドネシアでできることはなにもない。やらなければならないことは、みなさんに迷惑を掛けないことだ。廃人とは今の自分のようなものか。2006年、パニック障害(その時は、知らなかった)で苦しみながら、強硬帰国した時のことを思い出す。空港の長椅子に持たれながら、朦朧としていた。とにかく、飛行機まで歩いていけたらいいなと、それだけ思っていた。機内の一番後ろの座席でひっくり返っていた。眠っていたというより、ただただ、朦朧としていたと言った方がいい。成田へ着いてからも、まともな状態は一遍たりともなかった。今回は、それほどでもないと思う。以前に比べれば、パニック障害に対する対処の仕方を知っているからだ。飛行機なんてとんでもない、などという、知識が無い医者に相談する必要はないからだ。kota02@y6.dion.ne.jp メールアドレスはこれだけになります。今でも、送る時はこのアドレスしか使っていませんでした。ですから、返信の時には、このアドレスで送っていただいていたはずです。新会社になっても、会社からはアドレスをもらうつもりがありませんから、これだけで行きます。インドネシアの電話番号は、08111007012 従来通り変わりません。09042125986これが日本の電話番号です。希望は今月末前にだが、いつ戻れるでしょうか、インドネシアに、もし、その時に私を必要としてくれる人や会社があったら、今度こそ、アドバイザーという肩書にしてもらおうと思う。今朝も朦朧とした中の日の出と昼間のアングレック。安堵 帰国 避難
2014.10.12
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2094 午前中、試作サンプルを届けにいって、ほっとしたところで、また、貧血目眩に見舞われた。半日で会社から出て、シロアムではなく、近くの病院に相談に行った。精神科(ジワ)の医者がいなくて、やはり、脳外科に案内されてMRIの結果異常なし。客先への挨拶の予定があったが、キャンセルした。なにもできないので会社にいても仕方が無い、家で、横になっていることにした。何人かの人が周りにいる会社の方が安心というわけでもない。起こることは同じで、周囲の人は、言わなければ知らない。言っても、しかたがない。本当に倒れてしまうことはないので、家にいても、同じことだ。もう一つの救いは、車の運転をしている時に、症状が出ないことだ。目眩も寒気も息苦しさも感じない。ずっと車の運転をしていたいくらいだ。前回の時には、一年前に兆候がった。今回主当たることは、四か月前くらいから急に痩せてしまった事、二か月前ほどから、疲れが酷くなってきた事、そして、三週間ほど前の目眩で救急に駆け込んだ事、これらが、今の状態の前兆と言えるかもしれない。その時には、気にしないが、徐々に進行していたのだと思う。そして、前回の時には、ウェブサイトもブログも立ち上げていなかった。ウェブサイトの出発が2007年5月9日になっているということは、2006年6月にとんでもない症状に見舞われて、何とか、その年の10月ごろには、ほとんど治った事を確認し、再スタートのための休養をしながら、思いついて。ホームページビルダーを買って、体験を綴るようになった。要するに、その時、暇だったから、立ち上げたのでした。ですから、パニック障害の最中の実況中継のような、ブログは書けなかった。記録を目繰り返し、記憶を混ぜて書いたのでした。しかし、今回はライブです。これを書いていてつらい、直ぐに横になりたい。ジャラントールのチビトゥン側のゲートを出て直進、カリマラン川に掛かる橋を渡っている所から様子、右の反対車線の渋滞は慢性化しているが、ここは四差路になっているので、右の反対車線の車の間から、バイクや車が突然現れるので要注意の場所だ。そのすぐ向こう四差路を通過したところ、渋滞の車への物売りが群がっている。大変 心配 不安
2014.10.11
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2093 試作を二点、やはり、色の問題で、客先の納得を得られない。サンプルを三点出して、承認範囲を決めてもらうための試作が一つ。軟硬質PVC二色成型の形状改善だ。22日前に量産に入れるよう、両方ともOKを早めに貰わなければならない。望み通りにできない場合は土日も出てやってもらうつもりだ。どうにもならなくなってきた。貧血目眩の頻度が激しくなり、現場へ行っても座り込んでしまうことの方が多くなった。話をしていても、急に目眩が来るので、しばらく、中断するしかない。過呼吸症候群の症状も出るようになった。対処法を知っているので、プラスチックの袋を近くに置いて、症状が出たかなと思ったら、すぐに、口を覆い、自分が吐く、炭酸ガスだけを吸うようにしている。すぐ治る。また、器官が塞がっているかのような、呼吸困難状態にもなる。これも、逆に、一生懸命吸おうとしないで、息を止めるようにしている。以前なら、救急当番医に駆け込んだ症状でした。今は、それほど、パニックにならないで済んでいるが、症状は同じだ。体の、決まった場所ではなく、どこかで、ちくっとすると、その1秒後に、クラッと目眩がして、立っていれば、座ってしまう、座っていれば、寝転んでしまう。気休めに、おまじないのようにしてたまに飲んでいた。パキシルとコンスタンを真剣に呑み始めた。しかし、薬の効果がなくなっているか、二日ほど、効果が出ていない。http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0063.html以前はマリアさんがいた。今回は高齢者の一人暮らしだ。車の運転もしなければならない。ただし、気を失ってしまうことはないし、死んでしまうことはないし、死んでしまいたいとは思わないところが、気持ちの支えになっている。もしかしたら、明日には、薬の効果が表れて、治っているかもしれない。仕事は上の空だったし、これを書いている時も不安である。最近のチカランバラットのインターは空いている、車が詰まることが無い、料金所も5~6台の列があるだけだ。何故でしょうか、チバトゥのインターができたからでしょうか。不安 大丈夫 耐える
2014.10.10
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2092 金型代金の支払いに行ってきた。社内でもできるのだが、色々あって、直ぐにはやってくれない。急ぐので、外注するしかない。支払いは私個人になる。新会社に貸すことになりそうだ。そして、外の方が安いから面白い。見積もり依頼に対する返事として、見積もりを出してはいるが、今の場所で詩作に取りかかれないので、OKかどうかや金型のPOの催促はしていない関係上、私がする仕事は少ない。外出する用事もないので、PCとにらめっこ、目が疲れるので、それも、控えている。目眩が再発してしまった。パニック障害の時の症状にそっくりで、クラットして、気を失うかなと思う、頭からスッと血が引くような感じ、脈が飛んでいるようだ。これは、まずいと思って、近くの総合病院へ行き、日本人担当の案内人というのでしょうか、事情を話したが、知識が無い様子で、呼吸器科に行くように言われ、医師に事情を話したが、その時に何の症状もないので、やはり、目眩を解消する薬を三日分出すというので、つい最近貰った薬がまだ残っているのでいらないと断った。以前、この病院に、緊急入院したことがあって、その時にも、悪いところはないと言われ、一日で追い出された。また、後日、日本で処方された薬と同じ薬を欲しいと、精神科の医師に相談したことがあって、その医師は、知っていた?知っているふりをしたのか。同じ効果がある薬だと言って、7日分二種類を渡された。その時には、既に治っていて、念のために、インドネシアに同じような薬があるのかどうか確認したかったのでした。そして、その薬を飲む事態にはならなかった。そして、今日、本当に久しぶりに、多分、二年ぶりくらいかもしれない。有効期限があると思う、有効期限はとっくに切れていると思うが。三種類に薬を呑んだ。効果がったのかどうか、飲まなくても、症状は現れなかったかもしれないが、とかく、既に8時間ほど血の気が引くような目眩はない。薬は、まだ、三回分残っている。処方してくれた医師は。この薬をお守りのように待っていて、症状が無くても、ちょっと思い出した時に飲む。そういう飲み方をする人も多いと言っていた。MM2100のゲートと反対側のゲート、チビトゥン1と書いてある。YKK,SUZUKIなど、日系企業がこちら側にも沢山ある.何という名前の行列でしょうか、オドンオドンというのでしょうか。割礼を済ませたよ、というお披露目の行進です。パニック障害 気休め薬 貧血目眩
2014.10.09
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2091 あるはずがい胃のあたりが痛む、十二指腸に異常か。原因は?まだ、金型の注文をしている。今の装置で、色々な形の成形ができるように、押出機側に付けるダイボディーという金型だ。チューブパイプ類とプロファイル類では、金型(口金)の取り付け方が違う。まだ、同じ、一部の押出機で、どちらもできるようにはなっていない。色々な製品ができる可能性を増やしておく。まだ、返事が届いていないようだ。製造工場には、製造機械に周辺機器がある。それらを一式整えて始めて、工場として機能する。人の配分も同じこと、小さい工場で、例えば、10台の成形機を5人で操作し、その他にも、一台ずつある粉砕機や乾燥機、後加工用のプレス機械も操作していたとする。それを二か所の工場に分けることはできない。成型機を5台ずつ分けて、人を2人と3人に分けられません。補助設備をどちらかの工場に一台では、仕事になりません。例の私が良く買いに寄るチレンブ産のサツマイモの直販店がある。その隣に香水の専門店がある。パフュームと書いてある。偶々だと思うが、面白い隣合わせだと思う。やはり、こんな店が、そこかしこにある。それほど賑わっているとは思わないが、何百というボトルが並べられていて、ブレンドをして売っているようだ。インドネシア人は体の匂いが気になる人が多いのかもしれない。マンダムギャツギー男性化粧品が大人気だし、男性用香水もかなり儲かっているらしい。テレビコマーシャルも頻繁に流されている。日本の若者より、大量に化粧品は使われていると思うし、日本より、インドネシアの方が有名ではないでしょうか。移動裁縫修理業、トカン ジャヒッtekang jahit私もたまにボタンを付けてもらう。ボタン一個2000Rp(18円)です。無茶 無知 無謀
2014.10.08
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2089 準備ができたが、移動はまだだ。どうするつもりなのでしょうか。今日は、犠牲祭、朝早くから、そこかしこのマスジッドの前の道路は閉鎖され、車は迂回させられていた。道に座ってお祈りだ。その後、牛や羊や山羊を殺して、肉を分けるのです。道端は血で真っ赤になる。私は、その行事というか催しの近くを何度も通ったことがあるが、一度も、その様子を見たことが無い。見ないようにしているのです。その行事中、ずっと、スピーカーで祈りの声を流す。そこかしこから、その声が聞こえてくる、午前中一杯、聞こえていたと思う。ゴルフをしながら、ずっと、その声というか、私にとっては、雑音にしか聞こえない声が、ここえていた。帰り道、その行事が行われた場所は直ぐ分った。ゴミが大量に散乱していたからだ。イスラムはゴミの放置、投げ捨てはOKらしい。ある一般的なサラリーマンの家族が、家の購入契約を済ませ、頭金を払って、その後の支払いに関する条件を決め、その後、建築が進み、いざ、その家に引っ越そう、住み始めようとした時に、ちょっと待って、あなたは、ローンを支払わない、必ず、踏み倒す、貴方を信用できないから、住み着く事を拒否すると言われたらどうしますか、どう思いますか。また、契約書に不備があったので、ローンを支払った金額分の部屋だけ使っていい、そういう契約に変えましょう。と言われたら、どうしますか、どう思いますか。車なら、ローンを払った分だけ、ハンドルだけ、次は、タイヤ、次は、シートという具合に受け取れるという購入契約書にしましょうと言われたらどうでしょうか。そんな契約があるのでしょうか、売る方が、そんな契約を思いつくということを一般の人は想像できるでしょうか。売る側がそういう条件をだすとして、もし、その人自身が何かを購入する時に、売買契約成立後にあなたは信用できないから、契約を破棄、或いは、条件を変えるなどと言われたら、どう思うのでしょうか。納得して、交渉をし直しますでしょうか。Hidung mancung鼻が尖っている、Hitam黒い、Berjanggut あごひげがあるTinggi 背が高いBadan besar 体が大きい、アラブ人の特徴でした。ちょっと、大き目のLEDランプ用シェード、100mm幅ある。まとも 異常 アブノーマル
2014.10.06
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2088 夕方から、今の夜中まで外がうるさい。大音量で、だみ声の大きな声の歌と太鼓の音と共に、何度も何度も町内の道を行ったり来たりしている。子供がそのあとを大きな声で叫びながら続く、それだけではない。車がクラクションを鳴らしたり、救急車でしょうかパトカーでしょうか、サイレンも鳴らしている。イドル アドゥハ(ハリ クルバン、犠牲祭)の前夜祭でしょう。難しい局面にまた陥ってしまった。スムーズにいかないものです。買い手は、今の場所にお世話になることはできるだけ短い期間にするために、準備を進め、間もなく、出て行ける時になって、問題が起きた。お互いに冷静に、信頼し合って対応していただきたいと思う。11日に移動ができるでしょうか。ボックスのトラックは、全部日本製と言っていい。それも、ほとんどが、日本からの中古車だ。そして、全てに日本語で、安全運転宣言や積載量とか、制限速度とか、排気ガス規制クリアー車などの書いてある。会社の名前もそのままに、消してない。 インドネシア国産のトラックは、ヒノとミツビシ、ヒノの黄緑色の車体の方が目立つ。優勢だと思う、ヒノのバスもよく見かける。トラック、バスともベンツ製もたまに見かける。 それにしても、インドネシアのトラックの積載量オーバーと高く積むことと、高い部分はトラックの幅より両側に広げて、逆三角形型に積んでいる車は多いし、その上に人間が乗っている。それが、あたち前の風景です。カリマラン川に掛かる沈下橋。ほとんどがこんな感じの橋です。両側の土手道から下がっている。売買成立 不備 踏み倒し
2014.10.05
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2087 いつもと変わらない日である。生産は続いているし、これからも、しばらくは、このままで行くでしょう。なにも変わることはない。三台の機械が昼間だけだが、稼働している。安心できる状況だ。少なくとも、二週間は動きが無いでしょう。 大型PCカバーの商談にジャバベカ1のローカル企業を訪問した。以前、一般的なPCカバーの話があって訪問したことがあったが、その時には、見積もりを取ってみただけのようだったが、今回は、どうも、新製品の立ち上げ計画に絡んで、かなり、乗り気らしい。というか、前回、私が訪問した後も、他にできる会社があるかどうか捜したらしい、そして、結局、私しかいないと納得して、私に来てもらうことにしたということでした。 今回の原料は、やはりLEDランプのシェードなので、光拡散剤は適当量混じっていなければならないが、特にULのV0を指定された。特注になるし、注文生産になるので、入手が非常にむずかしいし、高価である。金型も大きくなるので、費用がかさむ、デポジットを求めるしかないと思う。頭が痛いことが再発した。このことに絡んで、また、契約書以外の事で、奇妙なことがあった。話が壊れなければいいがと思う。後日、書くことが増えた。チカランバラットのインター前の高架が北に向かって二車線、一方通行だったものが、昨日から、一車線の量方向になった。ジャバベカ方面からリッポチカラン方面に向かう時にはした道を行く必要がなくなった。誤解 急ぎ過ぎ 冷静
2014.10.04
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2086 チトラインから8時に出発し、戻ったのが17時でした。タンクバンプラフとチアトルが目的地だった。何年ぶりでしょうか、日本から友が二人来て、一日コースでどこかへ連れて行ってほしいto言うので、ここを選んだ。ジャカルタ周辺は、ほとんど、見せたいものや場所はない。TMII?コタやバタビヤホテル付近の旧市街地?スンダクラパやパサールイカン?アンチョール?モナスや国立博物館?いずれも、私自身が是非と思う場所ではないし、人に依って、行きたいか行っても仕方が無いか、評価が分かれる場所だし、何より、渋滞が心配だし、私は気が進まない。それに、インドネシアらしいという場所でもない。そこで、渋滞の心配はほとんどない(休日は渋滞)、そして、日本にはない、インドネシアらしい雰囲気を見てもらうことができるし、時間的にも一日でちょうどいい場所、ジャティルフールも考えたが、スバンからバンドゥンに向かい山の中の道の方がインドネシアらしい事は分かっていた。友人は、先ず、棚田、広大なゴムのプランテーション、そして、茶畑。パイナップル畑。カカオの栽培地を通るし、火山の火口と温泉地、その風景の珍しさと手入れの良さに感心せせられたようだ。道の脇の小さな店で売られている果物類、ドリアン、マンギス、アポガド、チンデダック、ナン、ナナス(パイナップル)、マンガなどなど、そしてヤシの実の汁や内側の肉、ほとんど、全てを味見した。とにかく、全てが、日本では簡単には見ることもできないし、味わうこともできにい果物類だ。温泉地では足湯に使っている場所に行ったり、魚の養殖池を見たりした。昼食は、チャーカンクンとイカングラメゴレンとアヤムゴレンを注文した。典型的なスンダ料理です。これらも、残すことなく、平らげてくれた。私も美味しかったと思う。そのレストランの開放感も満足したようだった。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage027.htmlhttp://nanbuindonesia.web.fc2.com/page005.html運転手を使って行くにも適当なコースだと思う。紹介 案内 手ごろ
2014.10.03
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2085 本当は今日から別の会社に押出しは移っているはずだが、実態は今までのままである。私にも、予定がどうなっているのか分かっていない。曖昧なのはインドネシアらしいところか、とにかく、今月いっぱいは、ここを借りていていいらしい。社長になる人と話をしたが、彼は大変だと思う、38歳、若い、精力的に動き回っている、楽しそうだ。遣り甲斐を感じて充実しているようで、私も応援したくなる。私の若いころに似ているような気がする。エポの申請に、再び行って来た。6日に申請してもらうことにした。16日前後に日本へ帰る予定だ。その折、昼食をソト クドゥス ブロックMで取った。本当に久しぶりで、多分、二年ぶりくらいではないか、もっとかもしれない。美味しい、私は二杯注文した。この写真の右にある皿の食べ物は、食べただけ払う。私は食べなかった。左に写っているジュルック、酸っぱい柑橘類、カボスのようなものか、ソトやソッ(スープ類)には、必ずと言っていいほど付き物です。私は、沢山もらって搾っていれます。エステーマニス(アイスティー)とソト二杯とご飯で400円くらいでした。安いと思ってたべている。10年以上使っているHPのバッテリーがチャージできなくなってしまった。いよいよ、老朽化である。チャージの信号は出ているのだが、一晩、充電していても、一向に、進まないのだ。溜まりかねて、ついに、バッテリーを買ってしまった。300円、もっと早く交換していればよかったと思う。昨日通ったチカランの町の象徴のようなSGCです。このあたりがチカランの中心です。国道沿いに開かれた待ちです。1998年の暴動の時には、ジャカルタから国道沿いの東の町がターゲットにされました。ブカシバラット、ブカシティムール、タンブン、ティビトゥン、そして、チカランまで到達し、止まった。カラワンへは行かなかった。私は当時、チカランとカラワンの中間のルマーアバンに住んでいた。このSGCが小規模ながら、投石をされた跡を見たことがあった。この十字路、直行できなくなり、遠回りを強いられるようになった。リッポチカランが開ける前は、こちらがチカランでしたが、今、チカランと言うと、リッポチカランの方かと思う人の方が多いと思う。リッポチカランに多くの日本人が住んでいるが、ジャバベカまで行くことはあってもチカランの町まで行ったことがある人はほとんどいないと思う。先ほども、今までの蛍光灯直管タイプではなく。大型のPCカバーの見積もり依頼が入った。100mm幅だ。バンドゥンの照明器具メーカーからだ。パイプ26φ(外観は蛍光灯と同じ)を1.00US$./1140mmで見積もりを出した。安いのか高いのか、一般の人には分からないでしょう。余裕 準備 見積り
2014.10.02
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2084 9月末を持って、押出部門は事業譲渡が成立した。Jababeka2selatan blok HH-9という住所で、PT,ENDOTA SINAR INDONESIAという会社になる。移動は多分、10月中旬になる。受注や納品は、今の会社からになるが、順次、新会社から切り替える。客先は、HAIER YOSO SHARP TOTALSPLUTION LIMATEKNO POLITOLON そしてNICHIRINである。纏まるかどうかは、未知数だが、ここにきて見積もり依頼が増えているし、今度の会社の社長になる人は、私は、押出成型に関して、インドネシアで一番の営業マンだと思っている人で、かなりの依頼を受けているが、できないと言われて断っていた製品が多くあると聞いている。今年中に、HONDAなど数社増える予定だ。先ほども、LEDチューブランプのPCパイプ(従来の蛍光灯と同じサイズで取り付け方法も同じタイプ)の見積依頼があったばかりだ。生産ラインは当初3ライン、今年中に、二色成型ラインを1ライン増やす。ということです。というのも、私は装置や金型、そして、技術を提供するが、経営はしない。アドバイザーとして、インドネシア人のための、インドネシア人による、インドネシア人の会社を成功させたいと思っている。今の会社からの契約解除は、5日前後にする。2週間以内にインドネシアから一旦出なければならないので、日本に帰るが、11月の10日以前に、また、インドネシアに入る。 金型の注文をしたが、合わせが必要なので、それを届けにコタチカラン辺りに行ってきた。相変わらずの渋滞地帯で、どの道を選ぼうか迷う、正解だったかどうかは、分からない。行くときに帰り道の渋滞状況もチェックするが、他の道を選ぶともっと渋滞だったりするので、考えても無駄だということも分かっている。道端の様子、ゴミの山、カリマラン川はゴミ捨て場になっている。10月5日が犠牲祭、日曜と重なった。ヤギやヒツジや牛が売られ始めている。年々、増えているようだ。それだけ、経済的に余裕ができてきているのでしょう。意向 移行 憩う
2014.10.01
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