全27件 (27件中 1-27件目)
1

1868 預かっていたプルトニウムをアメリカに帰す、というニュースを見た。これらの事を全く知らなかった。どういう経緯で預かることになったのでしょうか。冷戦時代に研究用ということらしいが、預かって何かに使ったのでしょうか、使ったのなら、当初、預かった量から、少なくなっているのでしょうか。最初、預かった量は何Kgだったのでしょうか。そういうことに触れていないのが面白いというか、変でしょう。331Kg返すらしい。このことで、この頃、話題が起きていた。中韓が今頃になって、返せと言いだしたのですか。何故、もっと、ずっと前に言わなかったのでしょうか。最近まで、彼らが知ったのでしょうか。面白いですね。慰安婦問題にしても竹島の事も、尖閣諸島の事も、以前は今のように大騒ぎをしていなかった。それで、まるく納まっていたのに、何故、今になって大騒ぎをするのでしょうか。30年ぐらい前の心理状態に帰れないのでしょうか。多分、中韓とも経済力に自信が付いたので、言いたくても言えなかった事を、言えるようになったと思ったからでしょうか。それとも、欲が出てきたのでしょう。核武装についても、今頃になって、日本は核兵器を作ろうと思えば、一年以内に何百発も作れる能力があると、いかにも、直ぐ作るかも知れないということを恐れ、日本に核兵器を作らせるな、などという集団もある。私は、既に何十年も前に、日本はいざとなれば一か月以内に核兵器を作ってしまう能力があると思っていた。核兵器保有国の内のいくつかより技術は上だと思っていた。ただし、出来るとやるは、別問題。ボクサーが人を殴ったらいけないと、同じ理屈だ。そう思っていた。それなのに、今頃になって、核施設、核技術、核材料のいずれから見ても、日本の核武装には何の障害もない、だから、核兵器を作らせてはならないと核保有国の中国が言いだしているは、滑稽だ。そんなことは、何十年も前から、いうなら,言っていなければならないことでしょう。中国も韓国も厄介な国ですね。とにかく、昔、やわれた!という意識がなくならないのでしょね、だから、以前に言わなかったこともいうようになったし、また、やられるのではないかという、被害者意識が、日本を過剰意識するのでしょう。彼らは、日本を煽てあげて、資金や技術をもっと譲ってもらう様な方策を取れば、もっともっと、優しい国になれると思うが、“やられた”意識がそうはさせないのでしょうね。彼等にとって同じアジアの国にやられたという意識が日本を許せないという意識に繋がっているのでしょう、ヨーロッパの国々に蹂躙されたことは、全然、言わない。ヨーロッパの国々はしっかり謝ったが、日本は謝っていないと思うのでしょう。今までの資金援助や技術援助は、当然のことで、まだまだ、足りないと怒っているのでしょう。ビットコイン?Mt.Gox(マウント・ゴックス)?浦島太郎状態です。仮想通貨?何、それ。全然わかりません。どんな使い方なのでしょうか、どうも、お金を預かるらしい、これなら銀行と同じで、利息が付くから、銀行より利息が良いからなのでしょうか、お金を託すのでしょうか。運用はどうするのでしょうか、使い方は?とにかく全然わかりません。でも、多くの人がお金を預けているのだから、何か、メリットがあるのでしょうね。こういう、組織は合法なのでしょうね。許可などは、要らないのでしょね。何とか商法や俺おれ詐欺とは違うのでしょうね。世界中に出資者がいたということは、相当魅力的な行為だったのでしょうね。うまい話には裏がある。儲かりますよ、儲かるなら他人に紹介するなよ、秘密にして自分だけ儲ければいいじゃないの。LineやTwitterで金儲けの話、ロトがどうのこうのという話、迷惑メールに追いやっているが、しつこく入ってくる。誘いに乗る人がいるのでしょうね。これらと、ビットコインは同類だと思うが、欲は抑えられないのでしょうね。1996年8月にこの場所で仕事を始めた、来た時には、この大きな木の場所に飯場だけがあって、右の建物は全然なかった。11月末にオープニングセレモ二―が行われた。今はPT.NANBUの第二工場になっている。仲間がいるので、エアーティケット購入のついでに、濁酒を渡しに来た。ジャラントールが大渋滞なので、MM2100の裏口の一つから出て、カリマラン川沿いのJL.カリマランで帰ることにした。ところが、ここも大渋滞、ジャバベカ1からジャバベカ2に入り、いつものようにまたJL.カリマランに出て、タマンセントサに戻った。行きは30分だったが、帰りは2時間掛かった。何故 今 欲
2014.02.27
コメント(0)

1867 寒い日々が続いている、相変わらず、この頃、冷房はいらない。というわけだが、それにしても、よく降りますね。先ほど行って来た工業団地はチカランバラットから三つ東のインターチェンジを出て南方向にいってすぐのスルヤチプタでした。行き方は、会社からデルタシリコン3,4,5の方向、デルタマス(チカランティムール)からジャラントールに入り、カラワンバラットを過ぎ、カラワンティムールインターで出る。そこがスルヤチプタとミトラカラワン二つの工業団地です。帰りは会社に戻らないで家に直接、行くので、チカランバラットで出て、リッポチカラン方向へ行く、朝、家を出て、ヒュンダイ工業団地を通り、デルタマスに向かい、カラワンティムールまで行き帰りはデルタマスで下りないで、チカランバラットで下りる、一周したことになる。ところで、この一周の車の流れの事です。行きのデルタマスからゲートまで手前の信号付近から繋がっていた。それも、一車線のはずが二車線になっていた。自動でペロッと出てくる発券機では遅いので、いつもの通り、係員がカードを手渡ししていた。それでも、行列の後ろへ着いてから8分掛かった。そして、高架を通って、高速道路の向こう側に出て、回って東に向かう、その対向車線はジャカルタ、チカランバラット方面からデルタマスで出る車で一杯だ。引き込み車線では足りず、本線上の500mくらい手前から繋がっていた。ゲートから出るまでに、おそらく、行列の後ろへ着いてから20分以上掛かるでしょう。さて、スルヤチプタの行列はどうか、左へ出て、左々に回って高速道路の上を通って、高速道路の右側に出る。その高架の上から行列だ。ゲートを出るまで10分掛かった。スルヤチプタとミトラカラワン(KIM)で一社ずる訪問した後、帰り、その高速道路に入る車の列は信号機(カリマラン川)から続いていた。ここも二列になっている。カードはここも手渡しだ。そこを、抜ける時間がやはり10分でした。途中、カラワンバラット(KIICなどがある)出口、手前1Kmから出る車が路肩と左、一車線を占領していて、それが原因で、3km手前からのろのろ運転、通り過ぎてからは順調、カラワンバラット出てたが、料金を払って、直ぐ渋滞、フライオーバーのT字路を右に曲がるまで13分掛かった。私は東からだったからこのくらいで済んだが、西から来た車はチカランバラットで30分くらい、デルタマスでも30分くらい、カラワンバラットでは20分くらいかかることでしょう。それぞれの行列ははっきりした行列ではなく、競り合いの中で渋滞が買くなるまで、緊張が続く、はっきりは感じないが、精神的体力的負担は大きいはずだ。疲れるのです。行った先での仕事の話しは前向きで、おそらく、来月、初旬には、POを頂けることになる。この仕事もおそらく、インドネシアでは私だけだと思う。かなり出来あがったKIMに入るカリマランの橋、これが通れるようになるのは、早くて8月ごろ、レバランの頃だと予想する。と、その橋の近く、向こう岸の家と生活の様子。こんな感じがインドネシアの生活風景です。のどかといえば長閑ですが、私には過ごす事はできない生活環境だと思う。終戦直後の鼻たれ小僧の頃でもこんな環境ではなかった。ストレス 無駄 損失
2014.02.26
コメント(0)

1866 ガソリンスタンド(Pompa bensin)は、Pertaminaという国営の会社が仕切っている。ベンシンはガソリン、ソーラルは軽油、ジーゼルです。ベンシンはプレミアムが1L,6500Rp、ソーラルは5500Rp、補助金で価格が抑えられていますが、昨年6月の値上げ前は、ずっと、4500Rpだった。ハイオクのプルタマックスはこの頃、11000Rp以上でしょうか、補助金がないので、変動相場です。数は非常に少ないが、外資系のガソリンスタンドはガソリンが11000Rp以上、ハイオクは12000Rp以上だと思う。私は、プレミアムしか入れたことがないので、他の燃料の価格は、気にしていないので、間違っているかもしれない。面白いというか、困ったものというか、4500Rpの時も現在の6500Rpでも円に換算すると55円くらいです。偶々、そうなっているのです。でも、日本のガソリンと比べると安すぎますね。日本でガソリンを入れる時、本当に大損しているような気がする。平均で35%以上上がったのですから、インドネシアでは何でもかんでも、上がった。それに伴って給料も上がっている。ガソリンスタンドは、どこへ行っても、心配はいらないほど、数が増えている。ド田舎、山の中、でも、ガソリンスタンドは突然現れる。10年ほど前から、急激に増えた。トイレとムスジッドが必ず付属しているし、この数年の間にバイク専用のポンプが設置されるようになっている。新しいガソリンスタンドは、カマールマンディ ムスジッド、バイク専用ポンプ、それにコンビニエントストアーも揃っている。インドネシア人にとっては、至れり尽くせりである。昔、トイレに寄りたいときには、どこにでもあるムスジッドを利用したが、今はガソリンスタンドがあるので安心だ。町中や工業団地内のガソリンスタンドは、長―い列ができている場合が多いし、何と言ってもバイク専用がないバソリンスタンドは、大混雑になる可能性が高い、時と時間に依っては30分以上待つことがある。それに引き換え、田舎のガソリンスタンドは、多くあるポンプのひとつしか使っていないがそれでも、列などにはならない。受量と供給のバランスがうまく取れていない。新興住宅地や工業団地周辺はどんどん需要が増えているが、ポンプの数が以降に増えない。そういう場所のインターチェンジのゲートと同じ現象だ。予測と実態の把握ができないインドネシアらしい、行政スタイルだと思う。私は日曜日ガラガラのガソリンスタンドに寄る。日本人が使っている運転手は、昼間、暇なときに長蛇の列についているでしょう。私は日本でもインドネシアでも金額を言って入れてもらう。満タンとか何リッターではなく、20万Rpとか4000円などという。金額を聞いて払い、お釣りを待つのは面倒だ。残りの目盛を見て、満タン近くまでの金額は分かる。ガソリンスタンドの人もその方が何かと簡単だと思う。もう一つ、インドネシアのガソリンスタンドでは、給油する前に、必ず、ポンプの数字が“ゼロでしょ”と、入れる人がいう。スタンダード クルジャ(作業標準)になっているのでしょう。返事をしてもしなくても良いが、つい、その方を見てしまう。確認しないと、後で、“ゼロからではなかっただろう”と言われる恐れがあるのでしょうね。きっと。また、この三年前ほどから、LPGの配送サンターが新設され始めている。例の小型LPGボンベ(3Kg)を普及させるためである。看板が同じプルタミナなので、看板を遠くから見た時に勘違いしてガソリンスタンドに着いたと思ったことが何度かある。一年以上前から工事をしていて、この半年ほどは、全く動きがなかったが、この頃、片付けが再開され、間もなく、営業開始かなと思われるが、どうでしょうか。もう出来上がっていると思うのだが、なかなか、使用開始にならないのがインドネシアンスタイル、このガソリンスタンドはどうでしょうか。日曜日の昼過ぎのスナップ、車の修理をしている。のどかな風景です。給油 トイレ お祈り
2014.02.25
コメント(0)

1865 開始して24時間後に感じた事、しっかり確認したわけではないが、同じ番組を、一日に三回以上?繰り返してやっている?NHKのように世界中の日本人のための放送ではなく、インドネシアとその辺りの国にだけ送っている放送でしょ、その土地の人に見てもらいたいのでしょ、同じ番組を繰り返していては、見てみようとチャンネルを合わせても、また、同じのをやっているよ、では、見なくなるよ。古いドラマでもいいから、安く買える番組で良いから、日本のテレビ番組と同じように一週間に一回でもいいから、違う番組を、放送した方が皆さん見ると思う。違う番組なら一日中見る人もいると思う。先週三日四日雨が降らなかったことがあったが、やはり、本格的な雨季は続いているようです。ジャカルタの各地もかなり、酷いことになっているらしい。今日のゴルフ場は、キャンセルが多かったらしくて、かなり空いていた。雨天決行でやったが、びしょ濡れでした。途中の道、凸凹が酷くなり、一度、修復したが、また、凸凹になっている。乾季にしっかり補導し直しても、雨季には凸凹になる、それを、一日二日で、石や土を入れて、補修しても、一週間ももたない、これの繰り返しでえある。呆れるくらい、どうしようもない。この季節は、何かにつけ、sabar サバール、忍耐が必要です。バンガワンとは大河の事です。ブンガワン ソロやブンガワン テガル(中部ジャワ、北街道チレボンの東の町)ムルアップ(溢れだす氾濫)で流域の町が水没している。これも、年中行事である。ブンガワン ソロの歌詞の通りである。Di musim hujan air meluap sampai jauhです。mengungsiとは、避難所です。Banjir rendam ratusan rumah,百の家が沈んだ。私がアクアガロンボトルなどを買うコンビニは、一番右端、店の名前を知らない、狭くて暗いが、この店で買い続けている。一年ほど前までは、この辺りにこの店しかなかったが、以後、アルファーマートとインドマレットがその左に相次いで開店した。母親と息子二人でやっている。客は当然少なくなっていて、気の毒に思う、だから、浮気はしない。先ほども1.5Lアクアボトルを10本買った。出来たアラックを詰めるためである。10本で350円くらいだ。そして、この大雨の季節、火事が多く発生している。原因はHubungan pendek Arus pendek漏電、ショート、です。天井裏の雨漏りで、電線が水に浸かる或いは、スイッチの埃が水を吸うのです。繰り返し 大雨 忍耐
2014.02.24
コメント(0)

1864 先ほど夕方5時からワクワクジャパンが始まった。先ず、何日か前の開局記念コンサートの模様が二時間流された。JKT48、アフガン、ブンガレスタリと日本からの男四人組、Flumpoolが出ていた。話題になっていたアマちゃんということは知っていたが、全く、NHKは見なかった、だから、見たことが無かった。興味があってこれはラッキーと思い、見ることにした。7時から、その”アマチャン“が始まった。「あまり静かすぎて、モヤシを落とした音が聞こえるくらいだね」うまいこというね。四話、一時間見ていた、これで終わりかと思ったら、もう一が続いた。次はいつやるのでしょうか。そのあと、先ほどセレモニーにでていたFlumpoolのサイタママリーナ?でのコンサートをやっていた。インドネシア人がそのままチャンネルを変えずに見ていたなら、良いタイミングだったと思う。なるほどと思った事、番組表の時間通りに番組が切り替わっている。インドネシアの番組では、考えられない時間通りである。http://www.wakuwakujapan.tv/ja/time/page/201402.html番組表です。NHKを見るために、個人で視聴料を払っている日本人は少ないから、契約が減ってしまうことはないと思うが、視聴率は相当下がると思う。 Oleh karena itu, kami ingin dapat sering datang ke Indonesia dan berpentas untuk membuat jembatan musik(オレー カルナ イトゥ、カミ インギン ダパッ スリン ダタン ク インドネシア ダン ブルプンタス ウントゥッ ムンブアッ ジュンバナン ムシック)それだから、インドネシアへ度々来たいと思う。そして、音楽の架け橋を作るために、舞台に立ちたいと思う。てなことを言っているわけだが、字幕の文字が繋がってしまっていたよ。Alasan Haruko kembali setelah 24 tahun adalah email(アラサン ハルコ クンバリ セトゥラー ドゥアプルー ウンパッ タフン アダラー イーメール)ハルコが24年過ぎて戻ってきた理由はイーメールでした。12時過ぎに豪雨になったゴルフ場、一斉に、止めて、ロッカーに戻るので、ロッカー シャワー トイレ レストランは何時になく混雑していた。私たちは最後まで出来た。ワクワク スカパー アマチャン
2014.02.23
コメント(0)

1863 韓国はソトニコワとキムヨナの間での採点に不満として採点の見直しなどの要求をしているようだが、署名活動?キムヨナだけが間違われていると思っているのでしょうか。フリー三位の浅田選手を含めて全員の採点を見直せと言わないのでしょうか。全く身勝手な連中だと思う。そして、日本人から、真央ちゃんの点数について、ほとんどクレームの声が聞こえないのは何故でしょうか。採点、得点などどうでもいいと思っているのです。真央ちゃんが、明らかにトップだし、採点方法は間違っていると思っているのです。真の金メダリストは真央ちゃんだと思っているのです。大きな感動を与えてくれた、それで良いじゃないの、ロシア、韓国以外の国の人々は、そう思っているはずだと、思っているのです。森元首相を東京オリンピックの実行委員長?にしておくのはまずいんじゃないの、アルツハイマーが来ている可能性が高い。診断してもらった方が良いでしょう。日本の政治家には、この人だけでなく、何も考えないで(考えているが、自分が何を言いだすか分かっていない)何やら口走る人が多くなってきている、政治家にも70歳定年制度にするか、高齢者講習とボケ診断を義務付けた方が良い。車の運転免許ですら、義務付けているのだから、日本を任せる政治家には、もっと、必要じゃないの。国際問題になってしまう言動も多くなっているような気がする。3月中旬までに、仕事の上で相当の動きがありそうだが、どうだろうか、期待半分か。ウマス ミトゥラカラワン そして、イジップ、提出してあるサンプルが既にOK。スカパーのインドネシア版が22日から始まりますね、168チャンネル、MNCインドビジョンですね。NHKのように有料でしょうか。韓国系のチャンネルは4つ無料です。有料は日本だけだと思う。日本は何故、無料にしないのでしょうか、無料にすれば、その国の人、全てが見ようと思えば見る事ができるに、有料だから、ほとんど日本人しか見ない。日本を知ってもらうということでは、全く、役割をしていない。もったいない話だ。何故有料にしているのでしょうか、NHKの放送委員会の連中もアルツハイマー認知症のチェックをした方が良いのでしょうね。 大渋滞の犯人、トラックが動かなくなって、二車線の内の一車線を塞いでいた。この先まで行ってUターンをしてまたそのトラックの反対側を通り過ぎた。評価 採点 認知症
2014.02.22
コメント(0)

1862 それと、潮の流れの早い事、普通でも、多分1分間で10m以上の速度だと思う。私は、禁止ですが、ライフガードにことわって、監視を頼んで、100mくらいですが、沖に出て、仰向けに寝て青空を仰いでプカリプカリとしていることが好きです。その地点につくのに50mほど流されています。時間を図っているわけではないが、5分以下でしょう、100mくらいは移動していることがざらです。海岸に戻る時には、そこから真っすぐ岸に向かっても、また、50mほど流れますから、出発場所から200m離れた海岸に戻ることになります。人が歩く速度より早い場合が多い。バリとレンボンガン島の間は多分、バリ島とロンボク島の海峡の流れより早いと思う。勿論、南北に行ったり来たりです。そんなことは承知の上で、年に何千人もこの辺りで潜っているのですから、事故に会う確率は非常に少ないと思うが、ゼロではない。海の底に近い部分も、流れは早いでしょうから、同じ場所に留まっている事も難しい、流れに任せて、海の中を見るというのが一般的なダイビングですから、船は、常に、潜っている集団の上になるように移動しなければなりません。日本のみなさんにインド洋側で泳ぐことをお勧めしません。今回のバリでの事故もそうですが、日本人ばかりではなく多くの外国人も遭難しています。バリ島の人気は、衰えません、どんどん、施設も増えて、遊びの種類も多様になっています。しかし、海の状態の危険度は増していると思う。今年の、雨季の風雨の状態は、近年になく、凄まじいものがあった。今、晴れていても、10分後には、大荒れになるかもしれない、今、流れが穏やかでも10分後には渦巻きのような流れになるかもしれない。そして、一時間に数キロkm以上は簡単に流されてしまう。潜っていれば海面の様子がわからなくなる。スコールの様な雨と風の時に、上がってくる泡など見えるわけがないし、笛の音や叫び声もかき消される。ダイビングには格好が悪いかもしれないが、邪魔になるかもしれないが、猿回しのように船と紐で繋げてやってほしいものです。上がってこいというサインを送ることができるし、そして、一定以上、船から離れないようにし、引き上げやすいようにしておくなどの方法を義務付けた方が良い。何より臆病になる事、用心深くなる事、心配性になること、早く引く事、山登りも同じですね。 私は潮の流れのきつさを何度も経験しています。コモド島のダイビングスポットでも、多くの外国人にダイバーに混じって、海の中を夢中になって眺めた時でした。いつの間にやら、船から100m以上離れてしまっていた。泳いでは帰れない。船に来てもらうわけにもいかない。どうしたかというと、流れに逆らわずに陸に向かって斜め(真っすぐ陸に向かっても斜めになってしまう)に泳いだ。船からは200m以上離れた陸に着いた、それから、陸を400m以上歩いて、200m以上、上流から、沖に向かって、泳ぎ出して、船に戻った事がある。一辺200mの四角形の対角線を二回泳いだことになる。駿河湾の潮流の速さも経験しているが、インド洋の流れは、鳴門海峡の流れ以上ではないかと思うくらいに早い。 難度、スピード、美しさ、全ての点で、どう見てもフリーで最高得点は真央ちゃんのはず。フリーだけなら金メダルだ。一二位の選手より確実に上のはず。150点以上のはずだ。採点の根拠がはっきりしないことと、審査員の感覚、感情が点数に現れる採点システムだから、釈然としない結果になる。漁師が小舟で出航するときは、舳先があまり立たないように並みの具合を見計らいます。万全 命綱 臆病
2014.02.21
コメント(0)

1861 もう一人、インストラクターの高橋さんですか、どこかの陸にたどり着いて、何とか、生き延びていると良いですね。私は、山を歩くのも好きですが、海で泳ぐのも大好きです。プールで泳ぐには好きではない。この数年の間でしたら、日本では用宗と三保で孫たちと、インドネシアでは、パンガンダランの西海岸、バトゥカラス、カラピヤック、ヌサカンバンガンそれとプラブハン ラトゥなどの海岸、バリは、クタ、サヌール、北の海岸などでしょうか。もっと前にさかのぼれば、プラウスリブの五つの島の周辺、ジャワ島西海岸、チャリタ、タンジュンルスン、ウジュンクロンまで、ジャワ島の北側の道沿いの海岸多数、他の島でもサバンからムラオケまで、行った場所で海岸が在れば、必ず海に入ります。一番素晴らしい雰囲気の海はやはりブリトゥン島の周辺でした。ダイビングはしません、シュノーケリングはします。というより、泳いでいて、その気になる場所なら潜るだけです。ゴーグルも着けません。そんなに深いところへは潜れません、だから、海面から体全体が見えなくなるくらいまでですから、深くても2mくらいまでです。魚やサンゴを上から眺めます、それでも、浅いところなら、周辺に見る事が出来ます。ブナケン マナード、パンガンダラン、クンダリ、グラウ、バンカ、ブリトゥン、ウェー、ニアス、コモド、ロンボクの島々の周辺、バリの北海岸、そして、カリムンジャワ周辺ここが最高、ダイビングの方へ一番のお勧めです。愛好家の方なら、バリ島周辺、ブナケンやワカトビ(スラウェジの南)設備施設がと整ったリゾートに行くでしょうが、私はカリムンジャワ周辺の島々をお勧めです。プラウスリブは15年前まででしょう、今は、海の中は散々だそうです。カメラを下に向けるどころか若干上に向けて取っています。パンガンダランの半島(チャガール アラム、cagar aram)が見えなくなります。岩場は、うねり頂上が来れば見えなくなりますが、波が引いた後は、二三M高さの岩礁を見えるようになる。で、何にを書きたかったかというと、インド洋の波は半端じゃない、と言いたいのです。ジャワ島でもどこの島でも島の北側は、日本の太平洋側の波とあまり変わらないが、南側(インド洋)の海岸に打ち寄せる波の高さは、平均で2m以上あります。低い時でも1.5mくらいでしょう。海岸でピチャピチャ膝下までの水で遊んでいてもいきなり、背丈ほどの波がきます。遊泳禁止という意味はその海岸で水に浸かって遊ぶことを禁止するのです。遊泳禁止ではない時でも沖まで泳いで出ることは禁止です。インド洋側の海水浴場全ての規則です。だから、沖まで泳いでゆく人は一人もいません。サーフィンは一般海水浴場とは離れた決まった場所でやります。サーファーにとっては、恵まれた波が多い。波が高いのは、当然、沖のウネリが大きいからです。パンガンダランとヌサカンバンガンの間でも紹介していますが、小舟で行き来しますが、うねりの底と頂上では優に10mはありそう、それが、向こうの方から、次々とやってきて、小舟は底と頂上を繰り返します。底の時には見上げ、頂上の時には見下ろします。風が強くなると、頂上から波が返ってきます。海上でもパイプラインのようになることも在ります。始めての人は恐怖を感じるでしょう。ウネリだけなら何ともありません、泳いでいても、海面を上下するだけなので、気持ちが良いが、三角波が立ってくると、危なくなります。白波が立ち始めたら、私は泳ぎません。風が強くなってきた兆候です。パンガンダランでも津波の時は別にして、何でもない時にでも、漁船やトゥアーの船が遭難して、何人亡くなったという話は良く聞きます。難破船が海岸に打ち上げられている姿を見たことも在ります。置かれた状態が気の毒だったね、真央さん。雑音に潰されてしまったような気がする。可哀そう。この状態でふりーの演技をしなければならなのが、なお気の毒な気がする。波で 並みで 危険
2014.02.20
コメント(0)

1860 STAP細胞、困りましたね。どうなることでしょうか。世界中があっと驚く、研究成果を発表したにしては、何だか、お粗末な話ですね。論文の発表の場を与えた、ネイチャー誌が一応認めていたのにね。ハーバード大学や山梨大学のどでも実験結果は、再現に成功しているという話だし、それでも、よくわからないが、発表されている写真に不自然な点があるから、変じゃないの、というわけらしい。本当なの?という疑問が生まれているらしい。共同研究者は単純なミスでしょうとか、必要が無い写真で削除をするのを忘れたのでしょう、などと言っているいようだ。各機関で、確認をし直しているようだが、それらの期間は論文を発表前や発表後にも論文を確認していなかったのでしょうか、他の方向から指摘させるような不自然な部分が在ったことを、それらの人に依って見つけられなかったのでしょうか、“灯台下暗し”、と簡単に、片付けられない問題だと思う。本人が誰にも相談なく、だれにも事前に読んでも楽ことなく発表したなどといことはないでしょうから、本人の責任も在るが、協力者の責任も在ると思う。それにしても、ご本人のコメントが聞かれないのが、憶測を呼びやすくなっているようだ。本人の考えでなく、周囲の人たちの思惑があって、公に登場しないのだと思うが、とにかく、早く、理研は、途中経過でもいいから、正式なコメントを出すことが肝心でしょうね。とにかく、世界中を、あっと言わせた、研究なのですから、みっともない、恥ずかしい状態にならない事を祈りたいくらいだ。残る二人の救難信号を確認したという情報も在ったのですが、バリ ダイビングのメンバー1人が亡くなっていたようですね。残念ですね。もう一人も心配ですね。ガソリンスタンドから出ようとしたところで動かなくなってしまったコンテナトラック、二車線の左側を塞いでいるので、ここまでの数百メートルが渋滞になっている。原因はこれだったのかと、此処まで来て分かった。変な事、インドネシアは決まった時間にイスラムのお祈りをテレビで流す、私には残念ながら雑音になるので消音にモードに変えます。しかし、どんな画面かは知っている。そのひとつで、車で母親のところに行く画面がある。母親に連絡するための、運転しながら、HPを掛けようとして、ボタンを押している、しかし、なかなか。母親が電話に出ない、なお、心配になって、先を急ぐといものだ。これは不味いでしょう、これは、違反でしょう。町のあちこちに運転中のHPは禁止という看板が出ているでしょ、お祈りが流している時の画面としては、不適切でしょ、早く、この画面は、変更した方が良いと思う。警察は指摘しないのでしょうか。確認 迅速 ネイチャー
2014.02.19
コメント(0)

1859 日本から三つ四つの行きの情報がメールで入っている。凄い積もり方ですね。100年以上前、記録がある時以来最大の積雪量の地方がいくつもあるとか、甲府の雪は1m以上だったとか。甲府に住んでいた学生時代、寒かった、マイナス15℃というのがあって、静岡出身の私は、三畳一間の下宿で電気コンロを抱いていた覚えはあるが、雪はほとんど降らなかった。だから、池や貯水池の氷の表面は透き通って、滑るとコリコリ音がした。雪が積もればそういうわけにはいかない。富士五湖の山中湖や河口湖も全面結氷して透き通った氷の上をワカサギ釣りの人の合間を縫いながら一周したものでした。14日は、本当に思いがけない豪雪でしたね。もう、観念して、成り行きに任せるしかないですね、じたばたしったって、仕方が無い。ということのようですね。この前もちょっと触れましたが、静岡平野はやはり雨だったようです。そして、冷え込みが弱かったようで、当たり前の状況だったようです。静岡と言っても静岡平野だけです。静岡県東部や伊豆地方、そして、静岡県西部は狭い平野ですが雪は毎年、数回振るようです。静岡市でも北の山岳地は十分雪が降ります。富士山周辺、裾野、御殿場、小山、そして、富士宮なども何回か雪が降るし、交通にも影響がでます。インドネシアでも、県外の人達はあまり、まともに聞いてくれませんが、こんなときでも静岡は雨で、雪は年に一回降るかどうかで、それも、積もるほどではない。子供の頃、一度だけ、アスファルトや歩道のコンクリートにうっすら、溶けないで残っている雪をかき集めて、お盆の上に雪うさぎを使った、ナンテンの実を目にし、笹を耳にした。全長は15cmくらいだった。そんな話をしても、まともに聞いてくれない。また、これも、以前書いたが、“カザハナ”風の華(花)と書きます。年に一二度、晴れた日、ちょっと風がある日、白い雪の様なものが舞ってくる。北の山岳地帯に降っている雪が舞ってくる、或いは、山に一旦積もった雪が風で巻き上げられテ飛ばされてくるなどと教えられていた。大体そんなものでしょう。学校のグランドにいる時に舞えば、全員が大騒ぎになる。手のひらを上にして、校庭を走りまわって、はしゃぐのでした。それほど、うれしいのです。学校にいて雪がパラついたりすれば、受業は中止です。勉強どころでは無くなる。全員が雪降り状況の観察の校庭に出てしまう。先生が先頭になって興奮する。「これが、雪だよ」という。そんな話も、聞きながされますが、これから、余談です。そのインドネシアではどうでしょうか、ヒョウが降る、あるいは降ったという話は聞きます。日本ではセ雪が降ってもスバトゥが降ったことが無いでしょう、と、聞いてくるインドネシア人もいるくらいだ。富士山より高い山がいくつかあるが、雪が頂きにでも降ったという話は聞かない。ただし、パプアの最高峰、オセアニアの最高峰プンチャック ジャヤという山、富士山より1000以上高いが、雪がある写真を見たことが無い。南緯二三度で、ほとんど赤道直下です。“南の島に雪が降る“という、加東大介さんの映画が昔、ありました。舞台はパウアの中央山岳部、マヌクアリという僻地、ジャングルに残された日本兵の話です。劇の中で、紙を切って、雪として降らせたので、そのタイトルがつけられたのです。本物の雪は降りません、マヌクアリに降ったという記録もないそうです。因みにマヌクアリへは政府の許可を貰わないと航空券を手に入れることができません。注文した装置の一部、チビトゥン。MM2100の反対側チビトゥンにゲート、ジャカルタ方面は幾らか払って入るが、一番左のチカンペック方面は、払ったり、チケットを取ったりしないで、入る。そして、チカランバラットで払うことになる。雪 閉鎖 大変
2014.02.18
コメント(0)

1858東ジャワの地図、中央にBatuその西にKeludがある。南にBlitar,北西にKediriという町があり、最大被害はKediriだ。http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/page0404.htmlスマトラの地図 シナブン山は、メダンの西南西、カバンジャヘの西北西、ダナウ トバ(トバ湖)に近い。http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/page0405.htmlどちらの山もジャカルタからは遠くて,直接の被害はないが、間接的には影響が出てきている。食料品の物価が30~50%上昇していて入荷量も少なくなっている。飛行機が飛べないので、移動が非常に難しくなっている。私もスマランへ行きたいと思っていたが、しばらく、行けない状況になってしまっている。http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0305.htmlブリタールhttp://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage00074.html ブトゥ カウィン 約一か月半、濁り酒を作ってみた。酒を手に入れるのに苦労している方に結構好評を得ている。作り方を作っている人に聞いたり、ネットで調べたりした。それによると、基本形の材料は米3合で水2合、米麹200g、イースト菌とヨーグルトを大匙一杯、それと、水500~800ml。道具は蓋のある広口の金属ではない容器、容量は2l以上。漏斗、目が小さい濾し網、絞るための布、それと、最終的に出来た濁り酒をいれて置くボトル。となっています。方法は、米を三合、水二合で炊く、蒸かしたような状態にする。冷ましてから、容器に入れる、そこへ200gの米麹とイースト菌、ヨーグルト大匙一杯ずつ入れて良く混ぜる。そこの水を800ml入れて、また、よくかき混ぜる。20~30℃の雰囲気の中に蓋を載せた状態で置いておく、三日四日で適量なアルコール%になる。布で絞って酒粕と液体に分ける。液体を漏斗と濾し網を通してボトルに入れる。ということでした。最初、この通りにやってみた。そして、上手く出来あがった。 二回三回と繰り返していると、なんとなく、もっと効率的に尽くせないかとやってみることにした。結論は次の通りだ。米は三合、インドネシアの最も安い米、(ぱさぱさした長粒米でOK,なのも高い日本米、短粒米を使う人用なし)を三合の水に大匙三杯の砂糖を足して、硬めに炊く。炊きあがったご飯を容器に移し、水を1.5L加えて、掻き混ぜる。そこに米麹100gかそれ以下とイースト菌11g(1パック)とヨーグルト大匙二杯ほどを加えて、よく混ぜる。それでOK,1時間も過ぎないうちに、ブクブクと泡が浮き上がってくる。私は三日ほど後に絞ってボトルに移した。2.5Lくらいになる。なお、三日ほど放置しておいた後に友人に渡す。その間にもアルコール濃度は上がっていることは確か。 最初にレシピと比べると米麹は半分、水が二倍なので、四倍の濁り酒ができるようになった。品質はどうか、私はちょっと舐めるだけ、そして、匂いを嗅ぐだけだが、その都度、ちょっと味も匂いも違う。気温や密閉具合、途中の混ぜ方などで違ってくるのだと思う。また、その、一定していないところが良いのではないかと勝手に思う。違っているものは、ある程度の量を混ぜて均一にすることもできるが、面倒なので私はそんなことをしないで、他人に渡してしまう。“美味しい“”アルコールは15%~20%“という意見が多い。 米麹がまだ700gほど残っている。イースト菌はインドネシアで手に入るので、まだ、20L以上、出来るはずだ。しかし、一回ごとに全部を絞ってしまわないで、材料を追加する方法で米麹を節約する方法をトライしているので、もっと、効率的に沢山、作ることができるかもしれない。 トカンギギ(tekang gigi)歯医者ではない、日本でいる歯科技工士だと思う。 近所の雑貨屋さん、ここで、箒はバケツを買った。工夫 節約 効率
2014.02.17
コメント(0)

1857 7 Penyelam Wanita Asal Jepang Hilang di Bali7 元日本女性ダイバー バリで行方不明。Sedikitnya 7 wanita asal Jepang dilaporkan menghilang saat menyelam di Nusa Lembongan, Bali. Pada hari ini, petugas penyelamat berhasil menemukan salah satu wanita Jepang yang hilang tersebut, namun sudah dalam keadaan tewas. バリ ヌサレンボンガンでダイビングをしていた日本女性、少なくとも7人は行方不明になったと報告されていた。一人の女性が見つかったが亡くなっていた。14日の朝の事だそうだ。別の情報では6人の女性と一人の男性。また、2人はダイビングのインスラクター、5人が日本から来たという。この画面はSolo(Surakarto)の空港が降灰のために閉鎖されて入れうというニュースですが、下にテロップが出ている。この三日ほど、チカランではほとんど雨が降っていない。昨日は、丁度、満月でした。今年初めてその満月を邪魔な雲が無く眺めることができた。通常、雨季は10月から3月の半年である。そして、ピークは2月、過去、ほとんど、例外なく、2月に洪水騒ぎもピークになっていた。ところが、今季は、私が、インドネシアに来てから一番と思えるくらいの大雨が12月から続いていた。通常の雨季は、一日中、雨が降り続かなくて、午後になると、雨が降り始め、夕方には止む確率が多かった。それも、土砂降りになって、止めば、からっと晴れる事が多かったが、今年は、一日中、一晩中、24時間中、降り続く日が多かった。ゴルフをしていて、大雨になった場合でも30分も雨宿りをしていれば、再会することができたが、今季は、なかなか、止まなくて。諦めて、途中でやめてしまう回数も多くなっていた。全国各地の洪水も例年より多く、また、深く、広範囲になっていた。ジャカルタ各地の洪水も、1月にピークになっていて、2月にはいって、洪水のニュースがなくなっている。今朝は、明るくなったころまで、晴れていたが、7時ころから黒雲が現れ、ゴルフスタートの時にはちょっと強めの雨模様になってしまった。それでも、スタートした。10分後には雨が上がり、その後、終了まで、曇り空で適当に風も吹いて、コンディションは、この時期にしては上々だった。ある会社の日本本社の社長さんが、ご一緒だったが、せっかく、久しぶりにインドネシアでゴルフをするのに土砂降りで、グシャグシャになりながら、続けようか止めようか、迷いながら、やらなければならないようでは、気の毒な状態になるが、こんな恵まれたコンディションで良かったと思う。そんなことはないともうが、もしかしたら、雨季は終わりに向かうのでしょうか。一か月早いことになるのか、早く終わってほしい、とにかく、道の状態がどこもかしこも酷い状態になっている。応急的に所々で直しているが、深く広く、数が多くなる速度の方は早い。この画面は、DEWIというダンドゥットゥの歌手が、他のダンドゥットゥの歌手と喧嘩をし、裁判沙汰の結果相手の歌手が3年懲役となって、その結果からの対談です。下にテロップが出ています。50 penerbangan di bandara Soetta (Bandar Udara Internasional Soekarno–Hatta) dibatarkan Pasca erupsi Keludクルドゥの噴火の後、スカルノハッタ空港で50便が欠航になった。今年は洪水、崖崩れの個所も多く広範囲になっているが、きついのは火山活動の活発化だ。スマトラ北部のシナブン山の噴火は続いているし、今度は東ジャワのクルドゥ山だ。Bencana(ブンチャナ)災害という意味です。インドネシアは散々な目に会っている。かと思うと、スマトラ中南部の山火事、焼き畑?の煙が、インドネシアのリアウ州バタム島やビンタン島、そしてシンガポール方面に煙害をもたらしている。衛星から地上の温度を見ると30か所以上で大規模な森林火災?が起きているいことが分かる。赤道の北側は雨季ではなく乾季だからだ。東ジャワのある町から、被害状況、避難状況や援助の様子が伝えられてきている。インタビューで、バハサジャワ(標準語ではない)を使い、そして、通訳しているのが、面白い。地方へ行くと50歳あたりから上の人はバハサ インドネシアを話せない。災害 異常 噴火
2014.02.16
コメント(0)

1856 全国的にセントバレンタインデーです。テレビはスペシャル番組になっている。毎年書いていると思うが、イスラムの若者にとってもセントバレンタインデーは異性にプレゼントをする良い機会なおのです。モスレムはキリスト教から枝分かれをした宗教です。お祈りでアーミンと言います。ですが、クルドゥの様子が、相当に厳しいらしくて、犠牲者の調査まで手が回っていない様子。200km(東京。浜松の距離)西のソロやジョクジャに5cmの降灰だそうです。東ジャワ、中部ジャワ全部の空港は閉鎖でジャカルタから、そちら方面への便は欠航です。色々な番組中に、安全のお祈りが行われています。火山とジャクジャの間には、沢山の都市、町があるの。被害が甚大なはずの地元の情報やジョクジャまでの途中からの情報が入ってきていないのが不思議だ。映像は無くても仕方が無いが、電話インタビューもしていない。変ですね。インドビジョンがやってきた。こちらの日本人にとっては、何でもない事、住処には当たり前のように既に設備されているから、特別なことではない。費用も会社負担というか、借り賃に含まれているからです。当たり前のようにNHKやHBOやスポーツチャンネルなどの番組を見ています。私は例外でした。別にNHKを見たいと思わないし、他の国の番組を見たいとも思わない。大体、チャンネルの数が多くても、見るチャンネルは限られている。では、なぜ、必要だと思ったのか、インドネシアの番組だけでOKなのですが、映りが悪いチャンネルと悪くて見えないチャンネルがある。アンテナの方向を変えれば、悪かったものを良くすることができるは、今まで、よかったチャンネルが悪くなってしまう。それに、我慢が出来なくなって、衛星受信に切り替えたのです。で、どうだったかというと、インドネシアのチャンネルも全部、綺麗に映るようになった。ちょっと、イライラが解消される、TV,ONE(ニュース)とTRANS7(バラエティー)、TRNSTV(YUK)をかわるがわる見ることができれば大満足だ。NHKは、どうかというと、まだ、見ていない。てなわけで、これからは、チラチラしているテレビを見なくて済むようになる。18:00過ぎに、アンテナなど取り付けに来たのは5人の男ども、終わって出ていったのが19:00過ぎ、これからチビトゥンへ行って、もう一軒取り付けて、タンジュンプリオク(北ジャカルタのコンテナ港)の事務所へ帰るそうだ。渋滞は必至の道だ。大変だなと思う。でも、しかし、やつら、裸足の脚は汚いし、カマールマンディを汚すし、水をくれと言って、呑んだは言いが、飲みかけのまま、あちこちに置いたままにするし、デコーダーなどの装置の梱包に使っていたボックスはそのまま、あちこちに放りぱなしだし、咥え煙草のまま仕事をし、吸い殻は庭に放るし、日本なら、こんな会社、直ぐに、潰れるでしょう。この数日、雨が降っていないような気がする。2月だというのに、雨季の終わりに近いのかなと思う。テレビ 噴火 バレンタイン羽生選手 良かったですね
2014.02.15
コメント(0)

1855 先ほどさ、ジャバベカ1の訪問先へは迷うことなくついた。30分見ていたが15分くらいで着いてしまった。ところが、やはり、帰りは一時間近くかかった。ジャラン カリマランにでて橋の手前で合流する手段だった。合流する手前と合流してから、今、私が通って来た道を横に見た。見積もり依頼を受けた。また、巻き取り機の手配をした。再び書く。マーくんって凄いですね。甲子園のハンカチ王子と対戦の頃の印象は、只、投げるだけのとぼけた少年でした。顔がピリッとしていない。なんとなく間が抜けているように見えた。斎藤投手との比較では、明らかに、全ての点で負けていた。ところがどうでしょう、あれから7年?人生って、わからないものですね。誰が、今のマー君の状態を予測できたでしょうか。それも、その途中に加えあった奥さんを含めての話です。態度、立ち居振る舞いが良い、自然に振る舞っていて、他人に好印象を与える。話している内容も人を引き付け好印象に導く。アメリカ人に対しても好印象を与えているはずだ。驚きですね。これまで、あまりにも、よいことばかりが続いてきた。普通ではあり得ないシンデレラ物語だ。努力すればなせるという話ではない。勿論、天性の何かを持っていて、それに頑張りがプラスされて、今の状態になっているのは確かだが、運が良かった事も確か。巡り合わせの全てがプラスになっているのだろうと思う。これは、自分がそうしようと思ってしたことではない。香川選手を例にすることが適当かどうかわからないが、マー君ほどではないかもしれないが、彼も、ドルトムントまでは、巡り合わせがプラスになっていた。現在は、自分が希望した場所かもしれないが、監督が変わることは予定外だったと思う。早く、場所を変えなければ、運に恵まれないでしょう。本田の今の状況も、恵まれているとは言えない。振りかえって、マー君ですが、一人でやることではないので、対戦相手の調子にもよるし、やはり、チームの状況が問題になる可能性がある。順風満帆とは、行かないでしょう。フォローばかりではない、アゲインストも必ずある。こればかりは、受け答えがしっかりしている、いないとは関係ないことだ。難しい事にならなければいいなと思う。憑き過ぎ 順風 逆風 速報です。22;50東ジャワ ブリタールやマラン、バトゥ近くのkediri jatimの旧火山だったクルド(kelud)が噴火、周辺は勿論だが、中部ジャワのソロやジョクジャにも降灰があった。周囲はパニック状態だとか。このあたりはインドネシアでは一番のリンゴの産地、ブリタールは初代大統領スカルノの出身地、お墓や記念博物館がある。また、マランの東は世界遺産のブロモがある。注意 まだ、発酵が進行しているので、ボトル内の圧力が上がる。蓋を開ける時には、押さえながら、ゆっくり慎重にしてください。蓋が吹っ飛んだり、中身が噴き出す危険があります。ボトルが膨らんで底が丸くなって、倒れてしまうこともあるので、そうなればもっと注意が必要です。油断すると、実際にびっくりするほど、吹き出します。保管しておく時には、蓋を緩めておいて、常時ガスが抜けるようにしておいてください。そっとしておくと、白い部分が沈殿します。蓋を開けたまま保管しておいても、飲む前などに蓋を一旦閉めて、振って、混ぜますが、その時も圧力が上がるので、開ける時には慎重に。アルコール%は、分かっていません。飲みやすいからといって、ストレートで、飲み過ぎないように。
2014.02.14
コメント(0)

1854 ソチオリンピック、あまり、話題になっていなかった種目、選手がメダルに届いているようですね。オリンピックというものは多分そういうものだろうと思う。だから、期待が大きい、羽生選手や浅田選手がメダルに届いたら、立派のものだと思う。インドネシアでは全く話題になっていない。残念だったねとか、よかったねとか、多分、サッカーのワールドカップなら、いってくれるでしょうが。平日のジャバベカ1行きは、精神的に疲れる。渋滞がなければ、雪が15分、帰りが20分掛からない距離だが、この頃、行きに30分、帰りは50分掛かる、平均だから、一時間以上かかる時もある。行きは、まあまあ。帰りは怖い、MM2100など西へ行くときも同じだ。酷いものだ。帰り道は、三つの道から選択をするが、いずれも、渋滞は覚悟しなければならない、程度の問題だ。道のり遠くても、渋滞が少ない方を選ぶことが多い、時間的には変わらないかもしれないが、周りの車の接近が少ない方が、少しは楽だ。同じ時間に走って、他の道と比較ができないので、良かったのじゃどうかは分からない。ということで、今日は、一番遠い道を選んだ、ジャバベカ2からカリマラン川沿いの道を東に向かい、デルタマスまで行き、デルタシリコン3や4の中を通って戻った。途中、チカランバラットとチカランティムール(デルタマス)インターの中間の新しいインターチェンジ(チカランプサッ)に通じるカリマランにかかる橋が出来あがっていた。どうなるでしょうね、このインター、いつ頃から、使えるようになるのでしょうか。便利だと思うのに、思わせぶりが長く、あまり、期待をしなくなってしまっている。明日も昼過ぎからジャバベカ1へ行かなければならない。挑戦距離はそう遠くないのにね。今日訪問した会社がまた、分かりにくい場所だった。まず、聞いていた住所が移転する前の住所でした。グーグルマップで、その場所を確認した。聞いた住所にあった。それを信じてプリントアウトした地図を持って、捜した。工業団地の北の端、行ってみたら、それらしき工場、会社が無い。近所の人たちに訪ねた。確かにその辺りだがない。私が聞いた人も、その近くのセキュリティーに聞いてくれたが、どうも、この辺りではないらしい。目的の会社に電話して、住所を確認したら、それは、二年前までの住所で、今は、ここだと、教えてくれた。しかし、私には、そこへ行くのに、どこを通っていたらいいか分からない。向こうの人は、一生懸命説明してくれるは、分からない。そこで、直ぐそばにあったカキリマのおやじさんと替ってもらって、聞いてもらった・そのおやじさん、見かけに寄らず、丁寧に道を話してくれた。そっちへ行って、直ぐの三叉路を左、次の四差路を右に曲がると両側に屋台の店が並んでいる、200mほど行くとみ時に緑の建物がある。そこだ。と。行ってみると、その通りの通りだった。しかし、こんなところにあったの?というくらいに。工業団地を出てしまったような所にあった。セキュリティーが外に出て待っていてくれた。30分くらい捜してしまった。30分くらいのミーティング後、帰りは怖いに就いた。でも、他人にたずねて、目的地にたどり着く、インドネシアに来ているなと実感する良い機会だと思う。あまり、不満では無い。自分の行動が面白い。チャペッ デー!この先に訪ねる工場があった。カリマラン川沿いのインドネシアらしい風景、沈下橋とトイレとお墓売り。捜す 訪ねる 行きつく
2014.02.13
コメント(0)

1853 ハーバード大学や理研でSTAP細胞の研究や発見され、認められる可能性があるかもしれない、そして、それは、iPS細胞と何がどう違うのか、知っていたのでしょうか、山中教授をはじめ、世界中のiPS細胞の研究者は、全く、知らなかったのでしょうか。もし、知らなかったとしたら、あまりにも、kodok didalam tempurung ヤシ殻の中の蛙、井の中の蛙大海を知らず、ですね。論文を何度も、提出しても、受け付けて貰えなかったのですから、完全秘密裏に研究されていたとは思えない。スパイをしなければならないとは言わないが、どんなことでも、研究をしている方々は、もっと、他の研究者が、どんな研究をしているのか、世間を知る必要があると思う、そして、マスコミ関係者も、もっと、科学者が、今、どんな研究に取り組んでいるのか、紹介したらいいと思う。科学欄を充実させたらいいと思う。STAP細胞に関して、世間は全く知らなかった。発表されてびっくりし、何者だ?と、慌てて、情報を集め、深く知らない状態で、記事を書いてしまっている。比較の文章も、本当なのか、どの程度なのか、書いた本人が知っていて書いたものとは思えない。報道がちょっと落ち着いた今になって、比較して、意見を言っているようだが、癌化のリスクのこと、作成効率のこと、安全性のこと、などなど、断定できるほど、確証はあるのでしょうか。ただし、私がお思うに、ゴルフで遠くに飛ばせる人ほどスコアーがよくなる可能性があるように、STAP細胞の方が、遠くにボールが飛んでいるから、いろいろの可能性は大きい。よくわからないが、全く異質の研究でしょうか、両研究を融合させる可能性はあるのでしょうか、両方をそれぞれ、独自に研究を続けるのでしょうか、それとも、iPS細胞の方は、隅に追いやられるのでしょうか。当事者、関係者は、情報収集の重要さを感じる事態ですね。これからどうなるでしょうか、私はどちらの恩恵も受ける可能性はゼロですから、どうでもいいことだが。AFGANの“Bukan cinta biasa”の歌詞です。”普通の愛じゃない”数年前の歌ですが、カラオケで歌います。Kali ini kusadari Aku telah jatuh cinta Dari hatiku terdalam Sungguh aku cinta padamuCintaku bukanlah cinta biasa ここがサビですJika kamu yang memiliki Dan kamu yang temaniku seumur hidupku Terimalah pengakuanku Percayalah kepadaku Semua ini kulakukan Karena kamu memang untukku Cinta ku bukanlah cinta biasa Jika kamu yang memiliki Dan kamu yang temaniku seumur hidupku Cinta ku bukanlah cinta biasa Jika kamu yang memiliki Dan kamu yang temaniku seumur hidupku Terimalah pengakuanku ジャラントールを使えば、必ず見る風景です。なぜ、インドネシアのトラックは路肩の外に出てしまいたがるのでしょうか。 タマンセントサの中にあるコランブルナン(スイミングプール)がある場所です。 選択 共生 期待
2014.02.12
コメント(0)

1852 キタガワ時代の教え子とメンテナンス部門にいた人、二人で会社にやってきた。珍客到来である。彼らと話をするには8年ぶりだと思う。もう、彼らも40歳近くなっていて、それぞれ別の会社で、中堅としてやっているようだ。私よりはるかに、羽振りが良いようで、会社での自分の立場について、色々打ち明けてくれた。生活も安定している様子で、一時に、撤退や移転など、また、押出し部門の冷遇などの事は、既に遠い話になっている様子で、良かったと思う。それで、何が目的だったかというと、技術的なことです。押出成型の事は勿論だが、彼らが今関わっている管理に関することが多い。品質管理の製品ごとの管理のポイントについてが多い。それはそれとして、世間話も合いま合い間にする。一般的に日本人は知らぬが仏の話だ。従業員のほとんどが黙認しているとか、協力している話だ。会社のものを持ち出してしまう話である。インドネシア人の本質、日本人の本質を着いている典型的な話だ。会社本位というよりインドネシア人社会本位という話です。会社から物が消えるといことは、どの会社でも、日本人は気が付きます。それで、対策を講じます。典型的な音はCCTV(監視カメラ)です。これでもかと言わんばかりに、隅々まで、睨みを利かせようとする。しかし、ほとんど無駄です。効果は限定的です。従業員全員が加担するというか、協力しているのですから、映像をチェックして報告する担当者が見ないふりを磨るのです。そして、どうでもいい動きだけを報告するのです。これは、会社に対するささやかな嫌がらせだが、気が付いていなければ、厭がさせにならない、だから、自分たちの自己満足なためでしかないが、それが、インドネシア人にとっては必要な行為なのです。「どこの会社でもやっているよ」ということです。点検の頻度を上げることも対策の一つです。しかし、報告は無くなっていないということにされて、無くなっているものは、経費で補充されます。原材料が抜かれるなんていうことは、日常茶飯事で、中には原材料会社に戻るということも在るから、やるなと思う。そして、競争相手の会社に、日本人は負けまいとするが、インドネシア人はそうは、思っていない。それぞれの会社の秘密と言われる情報は、当たり前のように、筒抜けになっていて、インドネシア人の管理職同士は、定期的に食事会をするというか、情報交換会をするケースも多い。そして、お互いの会社の日本人の評価をし合うのです。どこの誰は、どんな事をやっている、などという話も、それぞれの会社の運転手同士だけの話ではなく、もっと、金額にまで、立ち入った話になるという。うまく立ち回れる人は、日本人からある程度のものを受け取りながら、情報を漏らさないふりをし、実際は、どんどん漏らしているというしたたかさもある。日本人や日本企業にささやかな抵抗をしているのです。勿論程度の色々だし、例外の人もいるが、これは、インドネシア人の共通意識です。車上荒らしを側にいるセキュリティーが見て見ないふりをするのと同じ気持ちだと思う。取り締まりでバイクを止められた男が振り切って逃げようとしたが、警察官に殴られ倒された現場です。私が好きなことを知っていて来る途中で買って持ってきてくれたチェンペダック(Cempedak)を輪切りにしてみました。これでは実を取りだせないし食べにくい。何日か前の写真と比較してみてください。余計ですが、私は、最初、名前を聞いたときに、チンポダッコ、と聞こえた。実際、今、そういっても、最初何の事?という顔をされるが、すぐに、チュンペダックでしょ、と、分かってもらえる。紛失 消える 共通意識、
2014.02.11
コメント(0)

1851 クイズと言えば、インドネシアでは時間制限があって、その中で、いくつ答えられるかという形式が多い。変だと思う。20秒以内に五つの問いかけに答える場合、進行役が問いを読んでいる時間の合計が、同じになっていないので、公平でないように思う。それに、20秒の内10秒以上呼んでいる。それも非常に早口だ。答えは一問0,5秒以内にしないと全問に答えられないように思う。昨日、立ち寄ったジャイアン(Giant)ジャイアントではありません。インドネシアでは有名なハイパーマーケットの一種です。食料品を始め、生活用品、電気製品、などなど、ミニデパートメントと言ったところでしょうか、ちょっとした町にはほとんどあると思う。同種の規模のチェーン店は他にもあって。ハイパーマート カルフール ロッテマレットなどがそれです。ちょっと前までドイツ系のマクロがあったが、最近は、見なくなった。大体、日本や韓国の食品のコーナーも在るようです。ラマヤナ、マタハリ、ヘローなどは、地方へ行けばその名も残っているが、ジャボタベック辺りでは、ほとんどこの名前は無くなっているようです。雨季もピークになっている今、カユプティー(Kayuputih)白い木材、という意味の木の花が満開になっている。気付け薬として知られているミニヤック カユプティー(minyak kayuputih)の主原料になるのは、この木の葉です。前に書いたかもしれないが、子のほど長い葉をむしって、両手で揉むと、その匂いがする。日本のメンタムにそっくりな匂いだ。気を失った人の鼻に近づける使い方をよく見たことがある。鼻がス~~とするので、鼻詰まりの人が嗅いでいる。この花は、ウラッ(ulat)に、似ているという。毛虫です。木の色が白っぽいから、その名がつけられたことは明らか、木の皮は、剥がしやすい、切りが無く、剥がすことができる。日本は大雪だったようですね。鉄道や空の便に大きな影響がったようですね。静岡平野はどうでしょうか。雪どころか雨も降っていない、曇りだそうだが、曇りの日は暖かい。くもりなら、おそらく真冬でも最低気温は5℃くらいだと思う。最高は10℃ちょっとではないかと思う。それでも、私にとっては、寒過ぎて、インドネシアが良いと思う。そのインドネシアのチカラン付近の天気、昼間、数時間、雨季とは思えない、日本の真夏の様な空になった。雨季に晴れえると日差しは乾季より強い。白い雲がすぐ頭の上に見える。洗濯をしたが、夕方には大雨になっていた。ジャイアン カユプティー チュアチャ(cuaca)
2014.02.10
コメント(0)

1850 クイズ100人に聞きました(ニュー ファミリー スラトゥスnew family seratus)8チャンネルで夕方5時から毎日やっている。土曜日には、家にいれば見ることにしている。インドネシア語の勉強になることと、インドネシア人の知識や考え方とか、受け止め方が分かるからです。 今日の問題から二つ取り上げてみた。先ず、どんな恰好で寝るか?です。一位からTelentang(トゥレンタン) Tengkurap(トゥンクラッ) Miring(ミリン) Duduk(ドゥドゥッ)ですが、意味が分かりますか、想像してください、日本人とあまり変わらないと思いますが、仰向け、伏せる、横向き(斜め)坐った状態、ですが、一番目と二番目の単語を知っている人は凄い。私が持っている辞書には載っていない。知らなかったが、番組を見ていると意味がわかる。 次は、ハイヒールの片方の足が折れてしまったらどうしますか?です。 Patahin sebelah(パターイン スブラー) Lepas sepatu(ルパス スパトゥ) Beli baru(ブリ バル) Dibuang(ディブアン) Diperbaiki (ディプルバイキ) Ganti sandal(ガンティ サンダル)。片方も折ってしまう、靴を脱ぐ、新しい靴を買う、捨てる、直す、サンダルに替える。この答、全部意味が分かりました。ただし、インドネシア人の対策の取り方が分かるような気がします。直ぐにはどうするのか、聞いていないので、時間の流れは関係なく、どうするかを答えていて、それで、終わりになっていないが、それらの後どうするのかは、謎のままになっている。それと、ここに出ている単語のeは、全て、“エ“としか聞こえない、また、受身のdiが頭に着けている単語が二つある。ということは、する人からでなく、された靴の方から見ている言葉だと分かる。ちょっと、日本人の思い方と違う。こういうことが分かる。写真を出していないが、もうひとつ、犬に追いかけられたらどうする?Lari/Kabur(ラリ・カブール) Jongkok (ジョンコッ)Lempar batu (レンパル バトゥ)Diam (ディアム)Manjat pohon(マンジャッ ポホン)の順です、圧倒的に逃げるが多かった。座り込む、石を投げる、じっとしている、木に登る、でした。石を投げる人は石が側にあること、木に登る人は近くに手ごろな木があることが条件ですね。ディムは黙るという意味で主に使いますが、じっとしている、という意味のも使われます。外国人にとっても、いろいろ知ることが多い番組だと思う。日本から持ってきたドライイーストが無くなってしまった、もっと買っておけば良かったと思う。で、ゴルフの帰りに近くのジャイン(GIANT)に寄って、捜した。インドネシア語ではRAGI(ラギ)でlagiではない。酵母菌ですね。パンを作る時に使う、乾燥した粉です。勿論、インドネシアでも売っていますが、買う人は少ないようだし、知っている人も非常に少ないと感じた。店の人に聞いても知らない、通りがかりのご夫婦に聞いても知らなかった。小麦粉やケーキの材料や添えるものを売っているコーナーにあるはずだ。RAGIと書いてる箱や袋を捜したが見つからない、通りかかった綺麗な女性に聞いてみた。彼女は知っていた。ロティを作る時に使うものでしょ、と言いながら、一緒に捜してくれた。日本人ですか、パンを作るのですか、私は日本へ行ったことがあります、などと、しゃべるのが好きそうな人だった、日本人に聞かれたのがうれしかったようだった。結局、その辺りでは見つからなかった、今度は、レジまで行って、場所を教えてくれと頼み込んだら、そこの責任者のような人が出てきて、直ぐに案内してくれた。捜していた棚の背中合わせの棚にあった。インスタント イーストと一番上に書いてある、RAGIという文字も見える。買う人はほとんどいないから、と、いいながら、5箱しか置いてない中から、一つ取って、箱を開けて、中に4袋入っている事を見せてくれた。箱の外に11gと書いてある。それで、4袋? 一袋2,75gかと思いながら2箱買った。こんな日本人はいないでしょ、と、思いながら。クイズ 参考 興味
2014.02.09
コメント(0)

1849 文章が間違っていて、理解しにくいかもしれませんが、日本語、英語、インドネシア語でウェブ サイトを作ってみました。とにかく、インドネシアでは、まだ、作られていないものだけ(例外はある)を作って行きたいと思っています。輸入している押出し成型品は輸入する必要がなくなりますよ。http://otaenplaext.net/newpage52.html PCカバー(LED直管ランプ用)http://otaenplaext.net/newpage53.html TP.ASKA 押出成形部門の紹介です。(ウェブ サイト)私がインドネシアで始めて作った製品のほんの一部です。昨日に続いて、今日、見つけた意見をかなりはしょって、見出しだけを抜粋してみました。『仕事でうまくいかない人の5つの特徴は次の通りだそうです。1.会社を批判し続ける2.上司を否定し続ける3.「自分は仕事をしている」と思い込んでいる4.「できない」理由を見つけるのが得意5.「ブーメラン」の意味がいつまでもわからない』という文章があった。合っているかどうかは別問題だが、これらの事を見ると、仕事でうまくいかない人ではなくて、会社の中の他の人とうまくいっていない人の特徴を指摘している。そして、その前提が仕事の能力が低い人になっている。仕事でうまくいっていない人の定義は?能力が実力通りかそれ以上には発揮されていない。仕事で成果が上がっていない。会社に対する貢献が足りない。そういう人の事でしょう。その原因の一つとして、会社の仲間や上下関係とうまくやっていけない、というのがあるとは思う。場所を借りるような、個人でする仕事、例えば、商品のセイルスをする人、勧誘をする人などは、同僚と仲良くなどということはほとんど無視していい。生産に携わる人はチームワークが重要な職場が多いので、それなりの気使いができる人でなければならない。仕事で合せるというより、仕事以外の事で他人と合わせる能力が必要とされる。リーダーとなれば、上に会わせるとともに下のレベルアップも考えなければならない。難しいですね。というわけで、私の場合ですが、今は違うが、私の部門だけなら、上手くやってきた。就職して1年も過ぎないうちに、色々ある部門の中で、私が配属された押出し部門を自立させていた。その時は、三交替勤務の班長で部下は6人でした。中卒高卒で東北や山陰出身者ばかりでした。それでも、私の班から製品を立ち上げ、製品化し、次の日に出勤してきたときにその製品に不具合があってストップしていたラインをまた立ち上げる役目をした。そして、押出し部門は十分な利益を上げていた。しかし、三交替勤務を卒業し係長補佐というポジションで押出し部門全体の責任者になった時から、組合の委員長をしていたこともあって、部下からは、信頼されていたし、部下に不満は全然なかったが、仕事をしないで手柄だけを持って行き、自分ができないのに、あれやれこれやれ、遅いなどと、文句タラタラ、挙句に自分が引き受けてしまった仕事を渡しにやらせ、自分は手を出せないので出さない。期限までにできないときは、私に、誤りに行かせ、製品ができた時には自分が持って行く、その製品に公差に入っていない部分があって、客先から指定されると、私に文句をいう、そしては、私に製品を持って行かせる。そしてOKになれば、ご本人が製品の梱包方法や検査方法について打ち合わせに行く。給料は親会社からの出向ということもあり、歳も10歳以上上ということも在り、私の二倍以上だった。バカバカしくて会社を止めることにしたのは入社して5年目でした。実際に止めたのは7年目が終わった三月末でした。自分で始めれば、順調そのもの、儲かる仕事がどんどん舞い込んだ。ほとんどが、日本では私が始めて作った製品でした。社長を止めた50歳まで、社員は良くやってくれたし、待遇も零細企業にしては人もうや止むように情況にしていた。取引銀行からの信頼も地域でNO1だった。そして、その後、インドネシアでは、やはり、その会社のトップがそれなりに仕事してくれている人なら、十分な利益をもたらし、客先やインドネシア人から信頼されている私の存在も認めてくれていたが、仕事をしない人がトップになった時には、その人からはあからさまに排除された。その人たちが気の毒に思った。その人たちは『』内の事が当てはまる人達でした。私を排除しても、ご本人、そう長くいるわけでもいない、他の人に変わった時に、惨めな思いをする可能性が高いと思う。通勤途中の大雨。やる やらない やれない
2014.02.08
コメント(0)

1848おれおれ詐欺に関して、つじつまがあっていないと思う、こんな文章があった。『携帯の悪用防止カギ=振り込め詐欺。 警察を中心にした取り組みは一定の成果を上げているが、親心につけ込む「おれおれ詐欺」が10年前の水準に戻るなど深刻さを増している。低リスクを可能にするのは、身元を偽って契約されたり転売されたりした携帯電話だ。同庁が昨年5月の事件に使われた電話を調べたところ、判明したほぼ全てが携帯だった。口座に振り込ませる手口が激減したのと対照的に、携帯は中心的役割を担い続けている。』テーマとしては社会性がり、何とかならないものかという気持ちは伝わる。私も同感で、人の弱みに付け込む卑劣な犯罪だと思う、是非、撲滅させてほしいものだと思う。他人の事は言えないかもしれないが、どうしたらいいという、提案というか、方法について何も書いてないことと、何故、こういう状態になっているかという原因についてもポイントがずれていると思う。おれおれ詐欺師に携帯電話を使うのを止めさせようというのでしょか。ホームテレホンではなくてモバイルホーンを使うようになったから増えていると言いたいのでしょうか。ハンドホーンの悪用防止を、どうすればできるのでしょうか。何を言いたいのか見えてこない。“銀行の口座に振りませる被害が激減している”のなら、いったい、どういう方法で、お金を渡させているの?それを減らさなければだめでしょ。携帯に振りもませているの?そうじゃないでしょ。現金を手渡しする方法が急増しているのでしょうか。現金とは限らないが、金品の渡し方のランキングを公表しなければ駄目でしょう。心掛けなければならないことの第一に、現金は手渡し以外しないようにと、いっている人もいる。変ですよね。それとも、振り込め詐欺が増えているのなら、“銀行の口座に振りませる被害が激減した”というのは違いなのでしょうか、やはり増えているなら、そこのところをなお重点的に監視する必要があるのでしょうが。私が思うのに、一人で行動をしないこと大切でしょう。どんなに緊急な事態だと思っても、お金を準備する前に、身内なり、近所の人なりに相談することです。郵便局や銀行の人でもいいし、通りがかりの人でもいい、電話を掛けることができる人ならだれでもいい、とにかく自分一人で動いてはいけない。話が本当であっても、一人で判断してはいけない。緊急な事態だと思えば思うほど、誰かに手助けを頼まなければいけません。緊急事態に一人で何とかしようといこと自体、大きな間違いでしょう。思い上がりでしょう。このことができなければ、一種の催眠術師『振り込め詐欺師』『おれおれ詐欺師』『勧誘詐欺師』の思う壺です。家の冬の庭と夏の庭で。冬でも雪は降りません、降っても、年平均一日も降りません。霙が何時間か降るだけです。風花(カザハナ)が年に二回ほど舞うでしょうか。雨が降る日は暖かい。夏の真夏日(35度を超える日)は一日か二日だけです。去年は一日だけでした。寒暖の差は小さい静岡平野ですが、私はそれでも冬の寒さと夏の厚さには耐えがたいと思う。インドネシアが過ごしやすい。催眠術 詐欺師 迷惑メール
2014.02.07
コメント(0)

1847 私は別にいらないのに、町内会長さん、熱心に私にKTPを取らせようとする。選挙の話をしていた。選挙人登録までしてやるとも言っていた。誰かに投票を頼むその準備だと勘繰る。今朝も、早くから電話が掛かってきて、分かっているのにゴミを出す日だから、早く通りに出しておいた方が良いよと言って来た。余計なお世話輪だと思うが、テリマカシというしかない。昨日町内会長さんの家を夕方7時頃訪ねた、例の期限付きKTPを作るための写真や書類を届けるためだった。今から行くと電話をしようとしたがなっているのに取らない、何回か試みたがでない。今度は直接お宅に行ってみた。鉄格子の扉に鍵が掛かっている、10mほど先の家の中から明かりは漏れているのでどなたかはいると思うが、声を掛けながら鉄格子を叩いても応答なし、しばらく、繰り返し、あきらめて自宅に戻った、5軒先なので、30分後にまた同じことを繰り返した。そして、今日はもうやめにした。夜10時ころになって、その、町内会長さんが、訪ねてきた。外出中で電話に出られなかったとう。持って出ていないのかよ、何のためのHP? そして、用は済んだ。インドネシアの中流階級の住宅の多くは、鍵を掛けた鉄格子の扉で閉ざされていて、そのすぐ中は駐車場になっていて、玄関までは最低5m離れている。訪れた人は、鉄格子を叩いて、来たことを知らせる。何度も叩く、応答があるまで叩き続ける。そういう方法しかない。叩く道具を持っていなくても、そこについている錠を持って叩くのです。私の家に偶にみえるお客さんもそうする。インターホーンを鉄格子扉に付けてある家を見たことが無い。門が無くて直接ドアーをノックするような家でも、勿論、インターホーンを付けていない。何故、普及していないのでしょうか。HPが普及した今、SMSか直接話で、外にいることを知らせればいいと思うが、直ぐに通じない場合の方が多い。やっぱりインターホーンがあった方が良いと思う。一番考えられることは、直ぐ壊れてしまうか、直ぐ壊されてしまうからだと思う。大体、インドネシアでは不特定多数の人が触れるもの全ては、直ぐに壊されるというのが常識だ。公衆電話、今は、新設をしないようだが、ハルテ(バス停)、空港やターミナルに設置されているものも含めて、以前、見たことがある全てが壊されていた。そして、一度壊れてしまえば、修理が簡単にできないし、自分で買って来て付け直すなどという家はあるはずが無い。自動販売機も似たような運命になるので、道端には設置できない。ホテルやオフィスビル、空港などしか見ることはない、それも、壊れたのか、壊したのか、使えなくなっている場合の方が長いような気がする。壊れたら、すぐに修理をすることもない。モナスの地下の歴史展示場にコカコーラの自販機があった。当時はどこにも自販機はなく、ここで初めて見つけた時には驚いた。1998年でした。そして、そのすぐ横に女性がイスに座っていた。壊れる 壊される インターホーン
2014.02.06
コメント(0)

1846 いろいろのことがあるもので、今日は会社のトイレに閉じ込められた。勿論、会社内に人がいたから、電話で呼んで出してもらった。経緯はこうだ。そのトイレのドアーは、ちょっと強く押さないと、しっかり閉まらないので、いつも、半開きになっていた。私が入る時にはちょっと強めに押してドアーをしっかり締めるようにしている。今日も、同じように入って、用を足して、出ようとしたら、ドアーが開かない。外からロックされてしまったらしい。人を呼んで出してもらった。このドアーロックように押しボタン(ノブの中心にある)が外側になっているのだ。家やホテルの部屋のドアーは、外から、ボタンでロックできるようにするが、トイレのドアーは普通、内側からロックできるようにするでしょう。インドネシアらしい話でした。一万五千円を超えていた日経平均が一万四千円近くまで急落しましたね。円が買われていますね。私は昨日、円を十五万円ルピアに替えました。ルピアは、半年余り、徐々に下げていて、今は、対ドルで12000Rp以上になっていて、円が下がっている時も対円でも値下げをしていた。しばらく、112~115Rp,1円で落ち着いていたが、ここへきて円が上がったので、118Rp,1円くらいになっている。何故、こういう傾向になるのかは専門家がそれらしい事を言っているようだが、結局のところは、予測は出来ない、理由は後付けである。評論家は後だしジャンケンをしているのです。今の状態はこうなっているが、明日や明後日はこうなるというなら、がらっと流れが変わるとは言わないで、この傾向を引きずるでしょうというに決まっている。私は、財テクなるものを為替相場だけで、やっていると言えばいえる。そして、予測してやってはいない。結果から、それほど多い金額ではない売買をする。今すぐ必要の通貨でもない。昨日も一時に比べれば、ルピアが下がっているので、円を売ってルピアを買ったのです。今後もっとルピアが下がるかもしれません。そうなれば、ある時期にまた、円を売ってルピアに替えるでしょう。得のしそこないとは思わない、その都度、少し、得をした気になって売り買いをしている。逆に円が下がれば、手持ちのルピアを円に交換する。全く損をしていないと思っている。商品相場や株には絶対手を出さない。先物取引の勧誘は頻繁にあったが、どう考えても、手数料が腑に落ちない。取引をすればするほど、仲介者を儲けさせるだけで、一般投資者が儲かる確率はかなり小さいはずだ。競馬や競輪などの賭け事と同じで、しょば代を払う分だけ、配当が少なくなっていると同じだ。その点、為替の現物なら、結果を見て交換するのだからリスクはほとんどない。一攫千金とは、いかないが、すこしずつの満足観はある。 賭け事の関係は全く経験が無いというより、馬鹿にしていて、手を出す人の気持ちがわからない。パチンコは三交代していたサラリーマン時代に夜勤明けで、パチンコ屋の前で開店を待って、軍艦マーチと共に他のおっさんたちと争ってなだれ込んだこともあったが、付き合いと暇つぶしと、雰囲気に浸るためで儲けようとは思わなかった。チューリップの時代です。マージャンも学生時代とその時期だけ、付き合いでした。これらも40数年以上見向きもしていない。全てが、バカバカしいと思うから、他にやることがあるでしょ、と思うからだ。正月1日からパチンコ店の駐車場が一杯になっているのを見て、寂しく思う。昨日の位置から全く移動していない、仕事をした形跡が無いロードローラー、大雨が続いているので、舗装の仕事ができない。穴は大きく深く広く、数も増すばかり、トラックは左右に揺れながら穴を乗り切っている、倒れてしまいそうな傾きだ。投資 財テク リスク
2014.02.05
コメント(0)

1845 高校時代については以前書いたが、大学生活についてです。定量分析や定性分析などをする機会が多かったので、穴だらけになった汚い白衣?をはおって学内を闊歩していた学生時代、先日、その場所に何十年振りかに行ってみたことは書いたが、本当は、本分なる勉強をほとんどしていなかった。ほとんど、遊んでいた。クラブは卓球部、一年の最初からレギュラーだったので、真面目に練習もしなかった。高校時代、やっていたどころか、運動もしていなかった人達が、大学へ入ったら、それほど、きつそうではない卓球部へでも入ってみるかとか、教育学部(当時は学芸学部といっていた)の人は、教員になった時に、何か運動部にはいっていた方が採用試験で有利などの感覚で大勢新入部員がいたが、そういう人を相手にする気が無かったので、練習はいい加減だった。上級生も似たりよったりで、私より上か同等の人は二人しかいなった。で、同じ体育館でバドミントン部も練習していた。中に甲府二高(当時は女学校)バドミントン部にいた女子が二人新入部員として入って来ていた。二人とも上手で、いきなりレギュラーになっていた。可愛くて恰好もよかったので、直ぐに、話しかけて、練習はそっちのけで話をして、ちょっと、時になっていたり、卓球部の先輩、四年四年生に、私としてはかなり美人と思う人がいた。女性に中では一番上手で、他の女性部員では相手として不足だったのでしょう。私がいると必ず彼女から相手として指名された。髪を伸ばし始めたが、まだ坊主頭の私を可愛いと思ったのでしょうか、また、彼女が望む強さら、方向に打ち返すことができた私は練習相手として適当だったのでしょう。私はちょっと面倒だなという顔をしながら、結構、満足していた、彼女が部から離れるまで半年ほど続いた。後で知ったが、彼女には卒業した卓球部の先輩と既に婚約していたのでした。その先輩、結構、ハンサムで、休日や合宿などに現れて、何かと、指導をしていたが、地元にいる先輩は多いと思うが、その人以外は、だれも来ない。面倒見のいい人だなと思っていたが、彼女目当てだったのでした。卓球ばかりでは付き合いが狭いと思って、書道部にもはいった。子供のころから書道は得意だったので、書道部にはいっても、あまり練習もせず、逆に教育学部の女性部員を指導していることが多かった。五十人ほど部員がいたが、工学部からは私ともう一人いただけだった。それでも、卓球部のキャプテンをしていたので、書道部では、部長の補佐をする機会が多かった。“学書展“といって、山梨県では相当権威のある、小中学生一般の人も対象に、書道展を山梨大学書道部が主催してやっていた。相当歴史もある展覧会です。各学校から出された書き初めを県の書道家の権威の方々にしんしてもらって、席書大会に来てもらう人を決めてもらい、席書大会会場は大学の付属小学校の教室を使った。300人くらいの児童生徒が山梨県中から集まった。学校対抗という賞もあったので、引率の先生も大変、燃えていたし、山梨大学の出身者が多かったこともあって、先生同士の争いにもなっていたようだった。賞に入った人たちの作品やや審査員の意見を載せるための小雑誌の広告費を集めて回ることもした。各、後援団体、例えば、県教育事務所や商工会議所やらへ出かけて行って、私が手書きした賞状に県知事とか教育長の大きな印鑑だけ押してもらった。夏は合宿やら遠征で忙しく、冬は武田神社の右隣のある灌漑用水、竜が池でアイススケートを毎朝講義が始まる前に楽しんでいたし、長野ヘスキーをしに行っていた。愛宕山の展望台まで一週間に3回ほどは登っていた。ブドウの季節にはブドウ棚になっているブドウを手が届けば、とっと頂いて、食べながら行った。道端の垣根の外に、はみ出している柿やイチジクや枇杷やザクロなども大いに腹の足しにさせてもらった。合宿の時の牛カエル(食用ガエル)私は始めてその泣き声を聞いた。捕まえ食べてしまった、美味しかった。その後、泣き声を聞くたびに出動して食べていた。家庭教師もいくつかやっていたし、奨学金も貰っていたし、頼めば親からも資金援助をしてもらえると思っていたし、自立の始まりでもあった。この時の生活環境が、今のインドネシアの環境とよく似ていると思っているので、この時も今も何の不自由も感じていなかったし、感じていない。勿論、友人にも恵まれた。この中で妻とも知り合った。思い出は、まだまだ、山ほどある、全てが、何のストレスも感じない自由で貴重は時間でした。人間関係などと言ったことは全く頭になかった。どうしてもやらなければならないなどということもなかった。自分がやれる事、やりたい事だけをやって過ごした四年間でした。そのままサラリーマンになってしまったので、務まるわけが無かった。もう、50年も前の事です。当時の事は毎日日記を書いていたので大学ノートで5冊、今も残っている。毎年の凸凹が今年も酷いことになっていて、たったの数百Mのこの場所通過するのに30分以上かかっている。やっとロードローラーが到着した、だからと言って、この強い雨の連続、舗装を修復するのか容易ではない。いつ直し始めるのでしょうか。この通り、どこでしょうか、分かる人は相当、リッポチカランの裏道を知っている人です。無菌 自由 自立
2014.02.04
コメント(0)

1844 そんなものインドネシアにはないと思う、聞いたことが無い、私でも予報ができる天気予報はあるが、注意報、警報の類は無いはずだ。現在、インドネシア全体が異常低温になっていることは明らか。それも、私の記憶では、数年前と十数年前に経験しているだけの異常さである。それ以上、長期の異常かもしれない。低温ばかりでなく、火山の影響や洪水で農産物の収穫が極端に落ちている。勿論、価格も急上昇している。その情報は伝えられているが、今後どうなるかの情報は出ない。地方毎に、大雨洪水警報や注意報が出されても良いと思うし、異常低温警報も出されてしかるべきだと思う。バンダ アチェの大地震、津波を契機に、国家防災庁(BNPB-Badan Nasional Penanggulangan Bencana)を設置され、災害に対する予防や対策、援助に関して、効率的に対処するために作られた組織ですが、そのことで有効かどうかも疑問だが、予報を出す機構でもないようだ。インドネシアで日本の気象庁に相当するのは、BMKG(Badan Meteorologi Klimatologi dan Geofisika. Indonesia)で、正式名称は、インドネシア気象・気候・地球物理庁です。一応天気予報や洪水予報も出します。しかし、その地域別予想図を見ても、理解に苦しむくらい、奇妙に思う。これが注意報と言えないこともないが、確率というか、酷さを色で分けられている地図があるが、色が無い地域はどうなっているの?大洪水予報の地域で、どう見ても、ほとんど同じ環境のすぐ隣の地域が全く心配いらない地域というのか、何の色もない地域になっている。基本的にインドネシア人は、予報や警報を期待していない、望んでいない。だから、予報や警報を出そうと思わない、出来たとしても、出すことは、国民にとって大きなお世話ということになる。で、それ以前に、予報や警報を出す能力がどこの組織にもない。もし、予報や警報をだしても、当たる、当たらないは別にして、出された市民や行政は、どう対策や準備をするのでしょうか。何もしないでしょう、何もできないでしょう。そういう知恵も整っていない。と、インドネシアは、被害が出たら、泥縄的に、それに対処するだけです。そういう世界、そういう社会なのです。日本は、どうでしょうか、その、逆でしょう。国民が期待しているし、頼りにしている。出す方も、確度を上げようとしているが、なかなか上がらない、それでも、出さざるを得ない雰囲気になっていて、出す。すると、それに、踊らされる人も組織も多い、何年先に大地震がどのくらいの確率で起きるとか、起きても不思議ではないとか、面白いですね、インドネシアも日本もいつどこで地震や津波や異常気象が起きてもおかしくないというのに、考え方や取り組み方が全く違う。インドネシアに一つだけ予測がある。レバランの交通渋滞予測です。ムディックとUターンの混雑状態である。 今朝、一羽が背中合わせの家に屋根の上に移っていた。昨日は特殊だった、今日も雨の中、ぐしゃぐしゃになりながらのゴルフでした。何とか、三連チャンを乗り切った。雨の中、水辺のフラワーベッドに入り込んだボールを捜している。警報 注意報 不必要
2014.02.03
コメント(0)

1843 結婚記念日 1970年だった。だから、43年だと思うがそのうちの15年は一緒に住んでいない。何故、二月一日だったかというと、妻の学校の都合だった。横浜の小学校に勤務していたが、学期末で丁度良いということだった。一か月半ほど静岡から横浜に通っていた。一年、空白があって、静岡の東部の採用試験に合格し、再び、小学校の先生になった。それから、完全な共働きが始まった。夫婦共稼ぎの初期時代だった。スーパーで一週間分の買い物を夫婦で行くという風景はわたし達以外にはなかった。それから、私がインドネシアへ来てしまうまで続いた。食費は妻の負担だった。自動振り替え払いができる家の全費用は私の通帳から出てゆくことになっている。これのシステムは、私がインドネシアにいても変わらない。インドネシアらしい雰囲気と言おうか、風景に当たった。インドネシアを凝縮した感じ。雨季の真っただ中、全国各地で、洪水(Banjir)や崖崩れ(longsor)や道の陥没などで大きな被害が出ている中、本日は希に見る晴天だった、数時間続いた。その中でのゴルフ、インドネシアらしい風景である。黒さん、戸さん、野間ちゃん、小さん、佐さん、北さんダン ライン ラインニヤ如何でしょうか。バイクの免許証はヘルメット着用の検問があった。やっているな、やっているなと思いながら車の運転をしていたら、突然、警察官が私の車を止めた。何も心当たりが無い、何か違反があったのだろうか、変だなと思っていたら、私の車の右側を通過しようとしていたバイクを止めて、私の前を通って、路肩へ連れて行かれた。そのバイクは、道の中央を走って、止められるのを避けようとしたのでしょう、警察官は、それを見逃さなかったようだ。今朝、ゴルフに出かけようと五時半に家から出て車に乗ろうとしたら、右前のタイヤがペシャンコになっていた。それほど珍しくないパンクです。六時半にスタートなのでその一時間前に家から出て、二〇分くらいでゴルフ場に着く、準備して集合場所のレストランに入るのが三十分以上前、というのを、決まりにしている。ところが、タイヤの交換に二20分掛かってしまった。私から、遅れることを伝えようと、二人に二回ずつ電話をしたが、取らない。連絡を諦めていたら、私の到着が遅いので、そのうちの一人から電話が入った。ゴルフ場に到着したところだった。皆さんと一緒になったのはスタート時間の10分前だった。何とか間に合った。家に帰る前に、道端のタンバルバンに寄って、修理してもらった、1万7千Rp(150円くらい)でした。昨日はキジャン(鹿)今日はコモド(有名なトカゲの一種)KBS(クブン ビナタン スラバヤ、スラバヤ動物園)で死んだ。ずっと以前から、この動物園の動物が死んでしまうニュースが続いている。誰かが毒を持っているのではないかと疑う関係者もいるくらいだ。1月に4動物が死んだと出ている。こちらのテレビは人でも動物でも死体をぼかしで映し出す。久しぶりの晴れ、洗濯をしない手はない、一週間ぶりに裏の庭で洗濯をしようと出たら、なんと、“庭に二羽の鶏”がいた。いつどこから入ったのか、3M以上の塀で三方が囲まれている、そして上にはガラスを差し込んである。嘘のような本当の話、ミステリアス。どうしたらいいのか、どちらかの隣の家から、問い合わせも相談もない。誰も何も言ってこなければ、潰して食べちゃおうかな、そういう分けのもいかない。聞いて見ようと、訪ねたが両隣とも留守だった。日が暮れる前にもう一度確認したら、塀の上にいた。その後、塀の上のその位置で眠っているようだった。充実 柔軟 対応
2014.02.02
コメント(0)

1842 春節、中国正月、イムレックで休日でした。早朝から夕方まで家にいなかったので、中華系の住民が多い町内の雰囲気や催しがどうだったかは知らない。例年、バロンサイという獅子舞が、色々な芸をしながら、町内を巡る。多分、今年も、あったと思う。夜に入って、爆竹や花火の音がけたたましく続いていた。テレビでは、イムレック一色、アナウンサーも真っ赤な中国服を着ていた。万能細胞って何?物の本に依ると、神経や筋肉、血液など体のさまざまの組織や細胞になる能力を持つ細胞。受精卵の一部を取り出して作る胚性幹細胞(ES細胞)や、人工多機能細胞(iPS細胞)がある。iPS細胞は皮膚などの体細胞に遺伝子を導入して作る。失った組織や機能を修復する再生医療や薬を作り出すこと、病気のメカニズム解明への応用にむけて研究が進む。ES細胞は受精卵を壊すため倫理面の課題や移植による拒絶反応など問題がある。iPS細胞は、癌化の可能性があることが問題になる。STAP細胞はこれらの問題点が無いとされている。という話です。様々、人のためになるらしいが、とにかく、どうなるのか、私には分からない。称賛に値する事だとは思うが、私のためになるとは思わない。なので、もっとよく知りたいと思わない。全然違う話だが、春節、日本では旧正月というのでしょうか。日本では各地の中華街だけの事と思っていた。別に祭日のもなっていない。ところが日本以外のアジアの国々では、西暦の正月より重要視する傾向がある。子供のころから思っていたこと、それは、西暦での春節の日が決まった日では無い事、そればなりではなく、一月だったり二月だったりする事、それも、行ったり来たりすることです。イスラム暦のように、10日くらいずつ前に来るなら分かるが、一年が350日くらいになったり390日くらいになったりするように感じる。どんな暦なのでしょうか、全く、不便な暦だともう。去年は2月10日、今年は1月31日、来年は2月19日だと思う。なに暦というのでしょうか、太陰暦でも太陽歴のもない。これも、変だと思うが、解明しようとは思わない、どうしても知っておかなければならないことではないと思う。何だと思いますか。知らない どうでもいい 分からない
2014.02.01
コメント(0)
全27件 (27件中 1-27件目)
1