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最後の忘年会はよく行くBARで高級牛肉鍋パーティーでした。カラオケルームがあるのでそこで鍋しながら歌う歌う!歌って食べてしゃべって食べて歌って~~~とエンドレス。しかも常連さんとはいえ、ほとんど知らない人ばっかり。その場の盛り上がりでもう初対面でもお友達~~。マスターはいつになくラリってるし、オジサンがひとり変態エロがっぱに変身して襲ってくるし(撃退!)、ギターマニアはやってくるし、ギャル3人娘はキャーキャー騒ぐし、食べ盛りの子供はいるし、ファッショナブルおじさんと語りあい、プロのミュージシャンはカラオケで自分の歌を歌ってくれて食って歌って食って歌って盛り上がりやがてマスター沈没。カウンターはお客が入って仕切って何でも飲み放題になってるし、なんとも筆舌に尽くし難い魑魅魍魎の巣窟のような有様でとても楽しかった。カラオケしながら食べたせいか、家に帰ったら体重が減っていた。松坂牛では太らなかったらしい。まぁ、18時から始めて、家路についたのは朝の8時だからな~。貫徹だわ。仕事じゃ貫徹しないんだけどね。飲みだと元気だ、私。しかし相当な量の副流煙を吸い込んだので、寿命が3年くらい減ったかも。命とひきかえに遊んできました。今年もお疲れ様です。来年も良い年でありますように。
2005年12月31日
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さっき、ようやく今年最後の仕事が終った。あ~よかった。終って…。年末年始はたっぷり時間があるぞ~、と、今月の始めには思っていたが、あれやらこれやら押せ押せで、けっきょくギリギリまでお仕事じゃんか。年始も9日までたっぷり休んで…と思っていたら、ボスに「5日から来てね!」とクギを刺されてしまったし。むむ~。あまり、余裕がないかも。年末年始。実家にも行くし、福袋買いに走るし、テレビもみたいし、結局「時間がある時にやろう」と思っていたことは、出来そうにない。「時間がある時」っていつなんだろうな?時間に対して「ある」とか「ない」とか考える事自体が、間違ってるような気がしてきた。時間は常にあって、常にない。ん~~~、年末に哲学してしまった。とにかく、終ってよかったワイ。ふぇ~。これから、最後の忘年会にGO!だす。
2005年12月30日
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飲み会は断らないタイプのフリフリ13号。こう毎日宴会してたらさすがに日記を書いている余裕もないネ。最近だらだらやってます。日記記入率100%は崩れました。でもま、1年間100%だったから良いでしょう。よくやった自分。というか、そんなによく書く事があったな、自分。ヒマだったのか?自分よ。い~や、そんなこともなかったんだけどね。で、そろそろ飽きてきたのもあり、どうしようかな~?なんて思っていたんだけど、私のことだから、ここをやめても、またどこかに自分の脳みその放出先を求めてなにやら開設するに決まっている。オノレも行動パターンを分析すると、そうなるのは必至。新しくつくるとなると、面倒だな…。というわけで、だらだら来年も続けようと思うのでした。でも、マンネリだから、イメチェンくらいしたいな~。時間ができたらやろうかな。でもそれも面倒かな。すでに会社なども掃除モードになっていて実務は終っている年末の折、フリーの私は忘年会とひきかえに溜め込んだ仕事がまだあって、ギリギリまでプレッシャー。あとひとがんばり。これから集中します。ガンバレ自分。
2005年12月29日
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すでに4件の忘年会をこなしました。太りつつあるのを身体で感じます。寒いのでジムに行かなくなってしまいました。会費がもったいないったらありません。明日も忘年会!あはは~、もうヤケだな。今夜も電話がかかってくる予定。ランチまでがっつり定食を完食するので、もう消費するヒマがありません。助けて~、でも食べるのよね~。ミキミキは痩せ体型で、同じくらい食べても太らない。太った事がない。親からも「もっと太れ」といわれる痩せ体型で、たまにスカートのサイズをクリップでとめて縮めていたりする。そんなミキミキに「ふぅ~、食べ過ぎた~」と言うと先日ニュースになっていた牛を飲み込んだアナコンダを例えに出して、私を冷ややかに、さりげなく非難するのであった。たしかにダイエットをするぞ~!と勇んでいた時期もあった。たいして成果もないまま、こんな大食いな状況になっていては、非難されても仕方あるまい。食べたあと、上半身がぽかぽかと温かく、血流が良くなっているのを、感覚として感じることができる。この感覚をミキミキは経験したことがない。「食べても太らないよね~?」「うん、ちょっと食べ過ぎると、お腹壊しちゃう。そんで翌日は何も食べれない~ってなっちゃうんだよね~」「ってことは、食べ過ぎ信号で食事がストップして、翌日も断食になるんだ」「そうだね~、食べれない~」「う~~~む。私なんぞは、いくらでも腹に入っていって、途中でギブアップってことはよほどの量でないとないからね~。食べた分、腹の皮がのびるって感じ?」「え~~~~。信じられない~~~~」「アナコンダ…」「そんなに食べなきゃいいのに」「でもミキミキみたいな身体になりたいとは思わないな~。不健康な気がする」「フリフリ、長生きしそうだよね」「長生きするよ~」そこでギャル登場「ミキミキさんは、お腹に虫とか飼ってるとかぁ~?太らないっていいますよね~」「そうだ、虫飼い女だ!」「アナコンダ!」「虫飼い女!」こうしてお互いに理解しあうことのない身体を批難しあったのであった。今年の最終仕事日の会話であった。アナコンダになりすぎないよう、年末年始は気をつけよう…。
2005年12月27日
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なぜ、日本人はクリスマスに沸き立つのであろうか?考えてみた。御馳走を食べるというのは、晴の日である祭りの時に行う習慣で、そもそも日本人は祭りが大好きじゃった~。「ケーキ」という響きに心がときめくのは、豊かな世の中になっても変わらずの現象で、今やグルメ追究は飽く事を知らない社会である。クリスマスはケーキを食べられる晴れの行事ということで、みんな大好きなんであろう。祭りだ。しかし、クリスマスでなくとも、祭りや晴の日はあるし、そもそもケーキや御馳走は、ちょっと思い立てば簡単に食べることが可能な社会になっている。さて、長く続いた江戸時代に思いをはせると、妻の着物を質に入れてでも遊ぶような男がいっぱいいたらしい。男尊女卑の文化が根源にあるせいか、男が女に高価なプレゼントをするなんてことは、きっとそうそうなかったに違いない。クリスマスは西洋の文化。西洋はマリア様をあがめ奉るキリスト教の文化である。男は女にプレゼントをするのが当然の文化圏からやってきたクリスマス。現代女性がこのチャンスを握って離さないのは、当たり前といえましょう。こんな時でもなければケチな日本男性は女性にプレゼントなんてくれません。クリスマスという行事を死守することで、女性はけっこう潤おうのですね。そして男性もクリスマスという行事でもなければ、キッカケがつかめないという情けない風情が強い今日この頃。消費社会を奨励する世の中の煽りもあって、クリスマスはかくてクリスマスとなったのですな、きっと。メリー・クリスマス!
2005年12月25日
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今日、仕事先のレストルームでリンゴを切っていたら、ギャルがやってきて、「なんかフリフリさんがナイフ持ってるとコワイですね~」とコメント。「え~、なんで~?リンゴ切ってるだけなのに~?」と返しておいたが、実は学生の頃から、私が刃物を持つと、周囲の人は過剰に反応する。どうやら、刃物を持った姿があまりにも様になるらしい。かもしだす独特の雰囲気から『フリフリに刃物』とまで言われたヲンナさ…。前世は剣士だったに違いない。現世ではグダグダですが…。
2005年12月22日
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また別のギャルから美肌について質問をされた。忘年会でのことだ。どうやら30代後半の私のお肌は20代もうらやむプリプリのツルツルなのである。「どうしてそんなに肌キレイなんですか?」と、よく聞かれる。「何も特別なことはしてませんよ」といつも答えるんだけど、本当の事だ。ドモホルンなんとかを使っているわけではないし、デパートでことさらお高いクリームを買っているわけでもない。「私なんかエステとか色々やってるのに何もしないでそれはズルイ!」なんて言ってくる女友達もいるが、からまないでほしいのぅ。ギャルには「日本酒は美肌にいいよ~」と、言っておいた。ま、本当だし。「酒を呑む事だよ」と答える時もある。私は血圧が低く血行も悪いので酒による活発な血流が良いと、本気で思っている。加えて脈が少ないという特異体質でもあるので、酒でバクバクいってるくらいがようやく人並みだったりするのである。しかし肌というのは、かなり個人差があるシロモノなので、誰かの美肌方法が誰にでも良い方法であるとは限らない。本なんか読んだって無駄だと思う。たしかに全員に共通して良い方法もあるけど、それは大雑把な手法であって、その手法の中に、本当にマジックの仕掛けのようなそのひとだけの方法が隠されているのであり、その奥義に到達するためには、修行僧のように毎日毎日、美肌になることを願ってやまない実践を積むしかないのである。きっとそうなんである。これは私の確信である。たとえば、洗顔。これは全員に共通の美肌への基本であるが、この洗顔ひとつにどれだけの細かい技が隠されているかというと、掌がどれだけの圧力で顔を擦るか、にはじまり、せっけんの泡の細かさはどれくらいか、時間は何分か、ゆっくりか、早くか、どんなタオルでどんなふうに拭くのか、すべての動作所作に秘密があるのである。ま、秘密っていうのは大袈裟だけど、私の事をひきあいにだすならば、すべての所作は「この方が良い」という実感にもとづいて決定されていることは間違いない。つまり長年の経験と勘である。かなり若い頃から「キレイでありたい」と願ってやまない心がなしたことだ。そう思う。子供の頃から「キレイなおねーさん」になりたかったのだ。とりあえず美肌は良かったが、予想以上に「大きいおねーさん」にもなってしまい、微妙な立場を確立してしまった。苦クク。結論としては、美肌になりたい人は美肌になれるってこと。美肌になりたいのになれないという人は、美肌よりも大事なもんがいろいろあって、美肌をあとまわしにするからなれないだけだと思う。ギャルに逆インタビューしてみると、夜、化粧を落とさないで寝てしまったり、ということを平気でやっている。それじゃダメさ。どんなに酔っぱらってグデグデになっても顔だけは綺麗に洗って化粧水つけて寝る。それを本能のように身に付けないとイカンですな。美肌は一日にしてならず。自分の肌を自分で研究するのが一番なのですよ。己を知るってことですね。そうはいっても、オススメのモノはあります。●クリニークの石鹸●草果木花の石鹸と化粧水●資生堂系のメイク落とし(ジェル系)●ロクシタンのイモーテル化粧水とマスククリームなどが、現在の私のお気に入りアイテムです。あまり浮気はしません。美肌を目指す方々の参考になれば幸いです。
2005年12月20日
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水路に犬の首29個「この食材輸入業者は、解体した犬の肉を中国などから輸入し、韓国系などの料理店に卸していた」とニュースにはあるけど、韓国料理って犬肉使ってるの?そんなことは聞いたことないけど、レストランで出された料理に肉が入っていたとして、勝手に牛か豚だと思って食べているので、犬の肉だったとしても気が付かないかも…。そっちの方がコワ~い!
2005年12月16日
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先程、ブラウザの具合が悪く「る」が「り」になって表示されていたのだけど、その時書いたこの一個前の日記も「る」が「り」になってUPされていて、自分でわろた。ブラウザの具合が悪かったとはいえ、「ち」が「だ」になったりもしていて、なんだか微妙に面白い表現になっていたため、あっちこっちのサイトを見て、変なことになっているのを楽しんだりもしていたら、アプリが急に終了したりして不安定になってしまった。アブナイアブナイ。ちなみに、こんな風でした。
2005年12月15日
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いい年をしたアナウンサーがニュースで「次はミキティにマオだゃんです」なんて言うのを聞くと、なんか違うな~、おかしいな~、って思います。ニュースという「堅さ」がない。名前はきだんと呼んでほしい。なんでもニックネームにして親しげに報道すりけど、本当に親しいわけでもないのに、違和感をおぼえり。知らない人にニックネームで呼ばれたら、イヤですね。私は。きだんとしていただきたいわ。アナウンサーが年輩だから、年下の有名人をニックネームで呼ぶことが許されりのだろうか?逆に年少者が年上をニックネームで呼んだら「なんだ生意気な」となりんだろうな~、やっぱり。ウタダヒカリの「タメ口」はけっこう評判悪いしな~。年少者には「きだんと」を求めておきながら年輩者には「ユリユリ」の世の中なのかしら~?なんか変だな~。
2005年12月14日
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「自分へのご褒美」っていう言葉が流行っているみたいですね。金銭的に余裕のある恋人でもいないと「ご褒美」と言えるほどのプレゼントは期待できません。もらっても(いらないわよ、こんなもの)ってことになりかねません。自分が何が欲しいか、一番わかっているのは自分ですからね。昔、クリスマスに家族で集まった時、妹とプレゼントを交換したんですが、二人とも同じブランドの同じようなスカーフで、思わず苦笑い。自分が選んだモノが「最高」だと思っていたわけですから、お互いに、交換したモノを戻して、自分の選んだものを自分のためのプレゼントにしました。これが本当の「自分へのプレゼント」ってやつでしたね。私の母親は、親戚が亡くなって、その遺産を受取ってちょっと裕福になった時、自分のためにカシミヤのコートを買っていました。亡くなった親戚は、母にたくさんお金を貸していて、母の配偶者である我が父がそのお金を無計画に使いまくり、まったく返す姿勢すら見せないというひどい状況でしたが、母のことは大切な親戚と思って不問にしていたというすごい人です。きっと何百万も借りがあったことでしょう。けっきょく、そのお金を返すこともなく、親戚は亡くなり、独り身だった親戚の遺産は母に渡ったわけですが、まぁ、遺産といっても一生食いつなげるほどではありません。なんで、母が、そのタイミングでカシミヤのコートを自分のために買ったのか、とても不思議でした。自分で職業を持っている人ではなかったので、そうやって誰かからもらうお金でしか贅沢はできない身の上でありながら、10万円以上するコートをボンと買う母の心が読めませんでした。今もってわかりません。その後、遺産をもらっていたとはいえ、計算すれば何年後にはゼロになる、ということは容易にわかるわけで、「そうなったら死ぬしかない」なんてことを平気で言う母に(てめ~、いいかげんにせ~)とチョップしたくなります。思うに、あのカシミヤのコートは、母なりの「自分への御褒美」だったのかもしれません。人生60ウン年、一回もカシミヤのコートなんて体験したことはなかったのです。パートで働いて稼いでも父と家にすべて使ってしまっていたことを思うと、そんな心情も理解できるような気がします。本当の「御褒美」だったのかもしれません。さて、私は、というと、毎日マイペースで生きていて、あまり辛いこともなく、こんな状況では「御褒美」なんてもらえないかも…です。3万円越えるアクセサリーは、私にとって特別ですから、そんな素敵なモノを買おうかしら?なんて思ってみたりもするのですが、やはり日々のビール代にあてた方がいいかも、なんて思ってしまいます。ちなみに、わたしもカシミヤは体験したことがありません。ストールもアクリルとかですし。「御褒美」は、やっぱり、それなりに人生を生きてきてから、なんじゃないかと思ったりして。それに自分にどーのこーのより、お世話になった人達に、ちゃんとお礼が出来ているか?とかが気になります。それも完全じゃない状態だから、まずはそっからかな。欲しいモノはたくさんあるけどね~。
2005年12月13日
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生誕何周年(?)~とか言って、ラジオでは、しつこくジョン・レノンをネタにしている。あ~、またか~、と思う。なんだかちょっと辟易もする。ジョン・レノンとかビートルズを出せば、必ず食い付く人がたくさんいるからだろう。とある女性雑誌が売れ行きが悪くなると「猫特集」とか「犬特集」とかやって売上を稼ごうとするのに似ている気がする。ビートルズは、本当に「バカ?」と思うくらい好きな人が多い。それは、わかるけど、世の中の人がみ~~~んな大好きであるということを勝手に前提にしてるような態度は気に入らない。私にとっては退屈きわまりない音楽でしかない。何の刺激もないし「好きだ好きだ」と騒いでいる人を見ても、懐メロで盛り上がっているお年寄りのようにしか感じられない。しかし、これだけ人の心をとらえて離さないのには、きっと理由があるんだろう。私は、ジョン・レノンは、「相田みつお」さんみたいなもんだと思っている。『人間だもの』とか、あの味のある筆字で書かれたものを見ると、「けっ、何でいッ!」と、思いながらも、人間にとって大切なメッセージであると認めざるを得ない。だから、「相田みつお」なんだな~、と思うことにしている。そうでも思わないと、何がいいのかわからないからね。新しい世代が生み出したものにも、素晴らしいものがたくさんあると思うのに、今だに、もう死んでしまった人を美化して神様のようにあがめて崇拝して、絶対的な存在のように脚色していく世の中を見ていると、ジョン・レノンの楽曲とはうらはらに、しょボい世界をみせられているような気がするね。「それしか出来ねーのかよ」と言いたくなる。私は常に未来とリンクしていたいから形骸化した価値には全く感動しない。のだよ。
2005年12月12日
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子供を殺すような非道な事件が相次いでいて、世の中どうなっちゃったんだろう?と思う今日この頃。悪魔の跋扈だと思われる。人間の仕業とはとうてい思えないやり方だ。神様がいなくなっちゃって、魔物がやりたい放題やっているみたいだ。コワイ、コワイ。これからは「犯人逮捕」と同時に「悪魔退治」の対策も考えないといけないな。
2005年12月11日
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楽天ブログをやっていて、人様の日記にコメントをすることがちょくちょくあります。たいていは、あたりさわりなく適当なやりとりで終りますが、たまに「これは~」とひっかかる日記を読むと、ちょっと真剣にコメントしたりしますが、それはしない方がいいのだな~と、この1年で学びました。昨日、私が書込んだことによって、おおいに気分を害した方がいらっしゃいまして、その方は、その日記自体を削除されたようです。私としては、自分の意見を率直にぶつけたわけですが、率直にぶつけられることを好まない方は多いようです。多分、おつきあい頂いている方の中にも、時々私のカキコミに時々、苦戦されている方もいるのかも~?なんて思いますが、人間と人間、考え方も違えば、価値観も違うし、そういう違いがあるからこそ、こういうコミュニケーションの場は面白いし活気があるのではないかなぁ、なんても思います。自分の考えと違うことをぶつけられたら、それは「難しいボールが飛んできたな」と思えばいいのではないかと思います。打ち返すのが難しい時もありますけどね。自分なりの返し方で打ち返せばいいのだと思います。ま、そういうやりとりは、あんまり楽しくはないでしょうけどね。日記を削除されたその方は、新しい日記に、私のことを書いていました。「人の日記に突っかかってくる」ということで、異常者扱い。私の名前は出さずに「ヤツ」などと言われてます。もうボロクソに書かれています。「かかわり合いになりたくないから日記を削除した」と言っておきながら、しっかり当方を訪問され、足跡をのこされていましたので、このボロクソに書いている日記を私に読ませたいと思ったのでしょう。やることが、ちっちゃいね~。私にしてみれば、この人は上手にボールを打ち返す術を知らなかった、というか、そういうコミュニケーションは好まない方で、きまりきった軽い楽しいやりとりが好きなんでしょう。そういう人のページに、気軽に書込んだ私も軽率でした。怒ったアナタ、ゴメンなさいネ!気分を害した事に対して、ね。ところで、このブログに飽きてしまったのは、浅い、あたりさわりのない、論議しない、論争しない、反論しない、という、まるで音楽雑誌のようにどんなCDが発売されても褒めちぎるような、批判のない、ぬる~~い世界が良しとされているからなんだと思います。ぬるいのはつまらない。
2005年12月10日
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以前、ホッチキスで止めることができるボタンがあれば、とれたボタンを針と糸でくちくち付けなくてよくていいな~、誰か開発してくれ~!ってなことを書いていたんですが、今日のWBSのトレタマで「刺してポッキリ」するボタンが開発されたとうやっている!おぉ!やはり、同じ気持ちで(?)研究開発している人がいるのね!うれしい!ガンバレ!
2005年12月09日
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アト3日ほどでこのブログを解説して365日になる。思えば、いろいろぶっちゃけてきたなぁ~(しみじみ)。最近は、あまり昔の話を書こうと思わなくなったな…。これって進歩かな?もう、書いたし、気が済んだのかもしれない。ちょっと今のこの現状に飽きを感じてもいる。なんか、違うことをやりたい気分。そんなわけで、年内中にリセットかけるかもしれません。突然このサイトがnot foundになってしまうかもしれませんが、ご了承ください。
2005年12月08日
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本音トークなんです、いつも。でもね、こんな狭い世界でも、言いたい事を言えるのは、本当に良かった。人間が卑屈で防衛的で、そのうえ評論家になんかなった暁にはつきあえたもんじゃない。バカすぎる。それよりは、生活している人々の声の方がどれだけ癒されるか…。そういうことがわからない男性が増えたように感じます。
2005年12月07日
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LifeCARDのCMでオダギリジョ-の上司の古田さんに、妙に興味がわきます。あのテンションはスゴイ。次のCMでも、是非登場してもらいたいと思う。
2005年12月06日
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月曜日は、昼からビールを飲んで、ビールを飲んで、カクテルを飲んで、ビールを飲んで…という感じでした。ヲンナが3人、珍しく時間がたっぷり。いやいや、いろいろな話が盛り上がりました。下ネタも有りましたよ。けっこう下ネタで盛り上がる事は多いんですね。でも、あまりに衝撃的な内容なので、残念ながら書けません。妄想してください…。仕事は適当に朝やって出てきたのだけれど、変更や修正があったらしく、担当者の「なんとかしてくれ」という声に応えて、適当におひらきにして仕事先に向かう。18:30。昼から飲んでいるので、適度に覚めつつアルコールを入れていたわけだけど、さすがに飲み過ぎていたので、ダメ押しに水など飲む。電車から降りて、仕事先に入る前に水とブレスケアを買う。ブレスケアは歩きながらバリバリとパッケージを開けて早速口に放り込む。仕事先に着いてもすぐに担当のところには行かない。まず洗面所。歯を磨く。そしてブレスケアをもうひと粒。顔は、特に赤くなってもいないし、見た感じ、飲んでいるとはわからなそう。でも、感の良い人もいるかもしれない。たくさん人がいるし、堅苦しいオヤジもうろついている職場だ。念には念をいれよう。化粧を直す。というわけで、酒気帯び状態であったが、まるでバレることもなく、しっかりお仕事して、完了した。担当が、軽く食事して帰ろうというので、近くのお好み焼き屋へ。しこたま飲んだ後だったので、梅酒ロックなどにしてみたら、「遠慮しないで、どんどん飲んでいいんだよ!」などと言われる。オホホホホホ!ウヒヒヒヒ!ちょっと悪いヤツになった気分。
2005年12月05日
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霊感があるという人が、なぜか身の回りに多い。私の意識が良く入ってくるという霊感さんによると、フリフリ13号の意識は「素直すぎてイメージは真っ白」だそうです。その人は、一緒に食事なんかしていると、私の意識が入ってきて、わかってしまうので、妙にツボにはまって笑いが止まらなくなったりします。私がツボにはまると、ほぼ自動的に一緒にハマります。面白いですね~。
2005年12月04日
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年の瀬じゃのう…。お陰さまで仕事はあるのぅ…。ありがたいことじゃのぅ…。エンジェルは「仕事先と年間契約しといた方がいいよ」と言うが、私は飽くまでもその日暮らし的なフリーとして活動したいと言った。エンジェルの言う通り、ある時突然パタッと仕事がなくなるキケンはいつでもあるんだ。そうなんだ。エンジェルの言う事は、社会人としてもっともだ。でもね…。なくなったらなくなったで、何か考えるし、何かするさ。「ねぇ、エンジェルはさ、その契約が履行されなくなったら戦うでしょ?」「あたりまえよ、戦うわよ!」「私はさ、戦わないと思うんだ。それより別の道にさっさと行く。だから、うまくいってるうちは、年間契約をあえてしなくてもいいと思う」「ふーん、そう」たしかに、今仕事をくれている人が異動になってしまえば、仕事が止まるかもしれない。ま、そんときゃソん時!どんな事になっても必ず道は開けると信じている。そう思わせてくれている現状に感謝しているのだ。
2005年12月03日
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自分の事を話すと、「そうそう!あたしもね!」という具合に、すぐさま自分の話を始める人がいる。別に悪いことではないが、話しをはじめてすぐにソレだと、ちょっとめげる。話したい事の核心はもっと先にあるのに、まるで到達できなくなる。自分の話に夢中になっているところに無理矢理割って入って話を戻すこともあるけど、タイミングをみはからったりと、気を使わなくてはならない。自分の話ばかりする人種は多い。が、このタイプで声がでかいとなると問題だ。間違いなく自分の話をしっぱなしになる。声の大きさで他の人に入るスキを与えないからだ。しかし、自分の話ばかりしている人は、結局、人と話をして得るものは少ないのだろうとも思う。少しは人の話を聞け。
2005年12月02日
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男が横を駆け抜けていった。点滅する信号を見て、ギリギリ横断歩道を渡ろうとモーレツダッシュであった。角を曲がる時に、男のポケットから、勢い良く小銭が飛んだ。歩道に落ちた小銭がその運動を止める前に男は向こう側に走り終え、車も一斉に走り出した。目の前に落ちた小銭を私は拾った。50円だった。ふつうなら拾った小銭はポケットへ…。国道をはさんで向こう側にさっきの男が見える。落とした人間を見ながらネコババするのは、さすがに気がひける。この場合、私も横断歩道を渡って、男に小銭を返すべきなんだろうか?いやいや、そこまでする必要はないんじゃないか?そんな葛藤をしながら男の動きを目で追う。もうすぐ正午だった。男はソバ屋のウィンドウを眺めて、店に入ろうかどうか考えているようだった。身なりからして、この辺で土木建築作業をしているのだろう。男はソバ屋にダメ出しをしたようで、さらに先に歩いていく。もう一件の店を見ている。ココもダメだったようだ。結局、弁当屋に入って行きそうで、この時点で私は男に50円を返しに行こうと決めた。再び信号が青に変わったからである。私が信号を渡って男のいる側に行く間、男は視界から消える。私のカンでは男は弁当屋に入る。そこにいなかったらあきらめればいい。居た!男を発見。弁当屋でおにぎりなどを選んでいる男に唐突に声をかける。「これ、落としましたよ」もはや親切なのか、しつこいのか自分でもよくわからんが。この少し前の11:30頃、私は区で実施している子宮ガン検診を受けようと産婦人科を訪ねた。が、本来12:30までやっているはずの産婦人科には、「本日の診療は終了しました」という札がかかっていて、「なんだよ!今日までなのに!12:30までやってるんじゃないのかよ!ワガママな医者だな!」とひとり心で毒づいて帰る途中だったのだ。区の検診は11/30までで、それを過ぎたら受けることができない。午後は予定があるし、もう受けられないと諦めていた。しかし50円をしぶとく持ち主に返したことで、ここで諦めるのはなんか違うかもしれないな、などと思ったフリフリ13号、家に向かっていた足を再び産婦人科に向ける。(たしか、ご用の方はインターホンで…と書いてあったし、ちょっとゴネてみよう。ダメもとだし)さっきは閉ざされて誰もいなかった産婦人科の入口には、退院する方なのだろうか、赤ちゃんを抱いて車に乗り込む人の姿、そして、見送りをしている院長先生がいた。閉まっていた扉が開いていて、中の女性が「なんですか?」と声をかけてくれた。「あの~、子宮がン検診を受けたくて~」と言うと、そばにいた院長先生が「今日まででしょ?なんでもっと早くこないのよ~」と言う。「はぁ、つい…」「ウチは今日は休診日だから出来ないよ」「え?休診日?」「この近くだと、あとは○○クリニックさんとか、○○医院とかかな~、時間があれば行ってみれば?」と、実に親切であった。それにしても休診日とは気付かず、思い込みで毒づいていた自分のなんと愚かなことよ。バカだな、ほんと。その時点ですでに正午をまわっていた。病院というのは、だいたい12:30で午前を閉め切る。紹介された病院が受け入れてくれたとしても、午後にまわされるだろう。午後は予定があるので12:30までに受けられなければ、今年は検診できない。そういうことになりそうだな。なんて思いながら、また家に向かう。近所だからすぐに家に着いた。さっき言われた病院にダメもとで電話をしてみた。一番近い病院は、電話に出なかった。もう一件電話すると「いいですよ」と言う。ありがたい。「午後は2時からですので」と言われたが、それは無理。「午前は何時までですか?」「12:30までです」(やっぱり!)「じゃあ12:30に行ったらできますか?すぐに行きますから!」「………ん~、じゃあなるべく早く来てください」「わかりましたぁ」その時、12:20。あわただしくダッシュで向かう。自転車で疾走しても10分は確実にかかってしまう。かなりのスピードで走っていたと思う。病院には12:35に到着した。受付けで先程電話に出たオバサンが「電話の方?」と笑顔で応対してくれた。やったー!もうダメだと思っていたけど、受けられることになった。子宮ガン検診は、とても短時間で終る。診察台に足を拡げて、ちょっとした屈辱を受ければ済む。所要10分もないくらいであろう。健康はお金で買えない大事なものだからな。そのためならパンツだって脱ぐさ。(だったらもっと早く検診受ければいいじゃん、と、自分でツッコミ)あの時、50円を拾わなければ、私はすっかり諦めていただろう。50円を拾ったおかげで、状況が一変したわけだ。なんだか不思議な気がした。検診を終えて、帰ってきた時には、疾走したせいで汗だくだった。家で一息ついたのが13:00頃。すべての出来事が1時間半の間に起きたのだ。めまぐるしかったな~。来年は、もっと早めに予約をいれるようにしようと心に誓うフリフリ13号であった。
2005年12月01日
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