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偏差値表を見たけれど、娘がどのあたりに受かりそうか、皆目検討つきません。できれば、せめて、マーチとか受かって欲しいけれど、結構危ない。いとこ達の同じくらいのところには、受かって欲しいけど、けっこう彼らもぎりぎりだったしね。 私なりの受験のセオリーとしては、受験したい学校の入試問題をよくみて、受験生本人の得意な科目や分野などが難しくて、本人の苦手な科目や分野が、易しいまたは、でてこない。ということをチェックして、受験校を決める。わけなんだけど、お兄ちゃんの学校に比べて、とにかく模試が少ない。困ります。得意不得意がぜんぜんつかめません。 長男はこの得意不得意のデータをもとに受験を決め、受験勉強を計画しましたが。数学が難しくて、国語が易しく、小説の出ないところ。得意な理科で得点が稼げる。などなど。 得意な部分がむずかしければ、他の受験生と差をつけられるし、苦手なところがやさしければ、不得意な部分で得点を失わなくてすみます。 校内や校外でやる模試は必ずしも、偏差値や得点だけ見ればいいってモノじゃありません。点数が悪くて、勉強しなくちゃだめじゃないと、怒るためのものでもありません。返ってきた模試の答案をよーく見て、受験生本人の得意得意を掴むためのものです。だから、できれば、もっと何回もやってほしいんだけど、今の状態では、わが子の得意不得意つかめません。困ったものだ。来月模試があるらしいですが、できれば何回もやって、得意不得意をつかみたいのですが。 お兄ちゃんの時は、結構校内模試や、校内実力テストなんかがあったので、国語が苦手とか、国語でも、説明文は得意だけど、小説は苦手とか。数学理科は得意とか。英語は人並みとか。漢文が悪いのはなんだかきいたら、時間なくなるからだって。いうんで、漢文はやりさえすればできるのだから、先にやりなさいと、アドバイスしたりもできました。そうやって何回か模試をやりながら、答案のこなし方や、点数を上げるコツもつかめたけど。 娘の学校は模試少なすぎですね。 もっとも、長男もまだ、高2の時は、海せん山せんで、はたして、どのラインまで行くのか、ぜんぜん想像できませんでした。ちなみに、長男は海せん山せんの意味しらなかった…。ばかもの!!! はあっ。 自宅通学が基本なので、しょせん受ける学校は限られちゃいますけどね。都心に近いところにすんでいるのに、僻地の田舎に通うなんて、ばかげてるし。でも、それがありうるのが大学ってものだけど。今どきでも、女の子は大学より女子大や短大のほうがいいのかなとか、学歴つけると、嫁にいきそびれるのかなとか、あいかわらずくだらないこと考えちゃいますね。親だから。 明日から、定期試験です。とりあえず、勉強してます。
2009年06月30日
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人の罪はどこまで問われ、どこまで許されるのだろうか。 かつて、キリストは、罪を犯したものに対して、人々が石を投げるのを止めた。「彼に石を投げていいのは、罪を犯したことのないものだけだ」と。 けれど、罪を犯したことのない人なんて、いったいこの世にいるのだろうか。 殺人や、強盗のような明らかな大罪でなくても、会社のボールペンを持ち帰るとか、交通ルールを少しだけ守らないとか、止めてはいけないところに車をとめるとか、悪いことをしてもあやまらないとか、ちっょとしたウソをつくとか。罪として問われるほどではないとしても、ほんの少しだとしても、罪を犯していない人間なんていない。 キリスト教の世界であれば、それを裁くのは神だけなのだから、それでいいのかもしれないけれど、今現実の人の社会で神様が裁いてくれるはずもないのだから、人の罪は人が裁くしかない。もし、罪を裁くことがなく、罪を裁くのが神だけとなったら、今の現実で、殺人も強盗も、おこりまくるだろうと思う。 人の罪を裁けるのは、人だけなので、たとえ自分が罪を犯していても、他人の罪は裁かなくてはならないのだろう。 この世の中に一切罪を犯したことのない純粋に潔白な人間なんて、いるんだろうか。たとえば、裁判官だとして、一生の間に本当にちょっとした過失も罪も犯すことなく生きていくのは、たいへんそうだなと、思う。 人間なんて、本当に普段いろいろと気をつけていても、いろいろなやってはいけないことを頭ではわかっていても、疲れていたり、ストレスがたまってイライラしていたりした時に、ふっと、気が緩んで、罪を犯したり、失言してしまったり、謝るべきところで、ごまかしてしまったり、そんなことは、ありうるだろうなと、思う。 普段立派なことを言っていたり、素晴らしい講演をしたり、いい本を書いたりしているような人でも、やっぱり、普段の日常の生活の中で、ついうっかり、ってことあるんじゃないのかな。 人が必ず罪を犯してしまうものなら、それはそれとして仕方ないのかもしれない。罪を犯しつつ、それでもなお、人の罪は裁かなければならないのだろうか。そんなことをつらつらと考えていると、「罪を憎んで人を憎まず」といった、福沢諭吉先生の言葉の意味が初めてわかった気がした。 人は罪を犯してしまうもの。けれど、だからといって、罪を犯した人自体までは、否定できない。だからこそ、先日つかまった草薙君にたいして「最低な人間だ」という、罪ではなく、人間、人格を否定したことこそが鳩山大臣の罪なんだと思う。彼が彼の職を追われたのは、それゆえなんだと、思った。 今話題の「1Q84」を書いた村上春樹氏も、罪を犯すつもりのない人間がいつの間にか、自分の意志とは違うところで、罪を犯してしまうことについて、考えたのだそうだ。 だとしたら、罪を犯しても人を裁き、あるいは、裁かれ、あるいは、諭し、あるいは諭され、神に頼らずに、人同士でお互いに、修正しあうしかないのだろうと、思った。 偉い仕事についている人も普段偉いことを言っている人でも、罪を犯すことはあって、その人のその行為自体はそのままに、その過失だけはやはり、裁かれて、そして、それに対して人は、誤る、自戒する、反省するという行為しかないんだと、思う。 もうじき裁判員制度も本格化されていく。裁判員に選ばれる人たちも普段、駐車違反をしていたり、公共のものを無断で拝借していたり、他人のものをついうっかり壊したまま、誤らずにしらんぷりしてしまっていたり、大罪はしていなくても、そんなちょっとした罪は犯していて、それでもなお、人を裁かなければならない立場にたたされるのだろうなと、思う。 人の罪を、人は、どこまで裁けるのだろう。人の罪はどこまで、許されるものなのだろう。
2009年06月29日
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もうそろそろ娘も進学先をある程度絞っていかなければなりません。いまどきの進学は、将来何の仕事に就くかをよーく考えてきめようってことで。ですが、そんなこといったって、資格のある仕事や将来何の仕事に就くかなんてわからないし、医者や弁護士なんて無理だし、看護士や、保育士や栄養士も嫌みたいだし。 とにかく、先日河合塾の偏差値表を上から下まで、ずずずいーっとよーっくみました。お兄ちゃんの時は、そんなにまじめに見なかったので。 そしたら、ええええええってことがいっぱい。 なんか昔と違うかも。それに大学の検査値って、学部ごとに分かれてるし。 早慶が一番上なのは、分かるとしても、その下のマーチがごちゃごちゃに入り交ざっていて、しかも、同じ大学の同じ学部でも、入試のシステムがいろいろあるから、いろんなところに、同じ大学の学部名があたりして、こんがらかってわけわかりません。私の中のイメージでは、マーチって、一応大学ごとの順位があったのに、表の中ではほぼ同じだったりします。 それに、大学ごとに問題のくせやでる部分が違ったり、科目ごとの難易度にもくせがあるから、必ずしも数値だけでは、わかりません。 でもって、有名な関関同立は、難しいといわれている割には、マーチの下。いやおなじくらいかな。関西には、早慶に匹敵する私立がないのですね。そして、その下、偏差値55から下は、ほとんどが関西方面の大学なのです。 その中から、東京の大学を探し出すのは大変だし、あっても、結構偏差値低いってことで巷ではあまり評価の高くない大学だったりする。 関東の中堅より下目の学校と関西の難関校が同じ辺りに存在していて、1体これは、なんなのでしょう。 どうも、大学は、実際の難易度や、中での教育の質のよさよりも、立地の方が、大きい感じです。 だから、だいたい、関東の大学、関西の大学とつづいて、最後の方は、九州方面の大学なんかがあったりする。それと今は、女子大は、流行らないというか、女の子たちがいやがるので、昔の有名女子大といえども、のきなみ、偏差値の数値は下がっています。 大学の偏差値は、立地と、共学化女子代かで、かなりきまっているみたい。 同じ東京の大学だって、実際のキャンパスは、千葉、埼玉、神奈川、多摩方面にあったりして。せっかく東京の大学行くのに、そんなところじゃ嫌という、地方からでてくる受験生は、やっばり、都心の大学に行きたいのでは。 ということで、高校受験よりもさらに、時代の好みや価値観が如実にでているみたいな、大学偏差値。なんだか、実質とかけ離れているような気がします。 どういうことなんでしょう。
2009年06月26日
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最初から最後まだずーっと山登り、山歩きのシーンでした。画面に映る立山のやまやまが美しかったです。 空撮は一切なし。それがやはりよかったのでしょうねえ。よくこの手の映画は山のシーンなどヘリコプターを使った豪快な空撮シーンがあります。それはそれできれいで、すてきなんだけど、この映画ではスタッフも、俳優さんもみんな自分たちの足で登って、物語の流れの通りに撮影していったのだそうです。ぢベタをはいずっていく感じ。でしょうか。 だからこそ高い高い上れそうにもない剣岳の高い山の感じがじんじんと伝わってきます。今でこそいろんな登山の道具があって、かつて不可能といわれた剣岳もなんパターンもの登り道がありますが、この当時の日本の技術だけで登ろうとしていた物語なのでした。それにしてもね。日本陸軍は、最初から最後まで悪者です。どうしてあんなに性格悪くて、頭固いのか不思議なんですが。 日本山岳会とも、協力して、みんなで登ればもっとラクだったと思うのですが。なんで仲悪いんでしょう。 ただ、最後まで見終わっても、感動はありませんでした。結末もなんだか納得のいかないまま、気がつけばお話は終っていて。いい映画なのに、感動的な結末でもなく、それでも、見終わってみてというより、みていながら、ああ、いい映画だと、思ったのでした。 ラストに感動して涙ぐんじゃったけど、映画自体はそれほどのものでもないなという作品もあるので、ちょうどその対局のような映画でしょうか。監督はもともとキャメラマンなので、お話の盛り上げ方や、見る人に感動を与えるようなテクニックはないのかもしれません。 それでも、ぢ道に地道に撮影した映像や、苦労や努力は映画をみていれば、当然分かります。そうして、ありんこのようにぢ面をはいつくばるようにして、登って行った、撮影していったその画面の一つ一つの美しさや緻密さや、景色の一つ一つがドレもコレもすてきで、俳優さんたちの演技もすばらしく、 だから、いい映画だったなあと、思います。見終わって、家に帰って、思いだすと、なんだか一日中山登りしていたような気がしました。宮崎あおいちゃん。あいかわらずかわいかった。 今年の邦画の一番は、これだと、思います。 あ、でも、『鴨川ホルモー』もよかったし、どっちにしよう。劔岳 点の記@映画生活
2009年06月25日
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なんかいろいろ忙しくって、先週の旅行のネタを今頃やっと書いてる。いいのさ。ホテル泊の翌日はいよいよカーグラフィックのイベントにいくということで、一路、サイクルスポーツセンターに行きました。修善寺駅の周りがすごいぐちゃぐちゃで、80号線にいくのがちと大変でした。それでもなんとか着きました。距離的には近いですし、今回の旅行が修善寺だったのもひとえにコレに来るため。サイクルスポーツセンターもやっぱり広大な敷地です。昔はこのあたりは、ど田舎できっととっても、土地代が安かったのだと、思います。で、今はいくらなんでしょうね。とにかくそのおかげなのか、駐車場代がかかりませんでした。そして、こんなイベントですので、駐車場にとまっている車が普通ではありません。すでに、駐車場自体がイベント会場のようなもの。普段なかなかみかけない変わった車がいっぱいとまっている。さすがの私でも、普通じゃないと分かります。そこらじゅうにクルマオタクの空気がどよよよよよよっと、ただよっています。それをみただけで、ダンナの目がきらりーん。めずらしい車と一緒に持ち主に無断で記念写真までとっいましたが、さすがに、ブログには、載せられませんね。会場にい国はまず、サイクルセンターの入場料をはらわなければいけませんでした。遊ぶ機全然ないのに、ふざけてる。でもってねさらにカーグラのイベント会場に入るのにもお金がいる。ふざけチョる。ただ、ここだけは、女性は無料でした。そのくらいじゃないと、家族でこられませんですから。たのむと、プレートに好きな言葉をプレスしてくれる。一枚3800円でした。うちは買いましたともさ。太っ腹だ。ピザをその場でやいてくれるというピザバス。しかし、想像したとおり、注文が立て込んでいて、1時間半まち。あきらめました。でも、バスのデザインはこってましたねえ。ダンナが大好きなおベンツ様。ですが、このマークはなかなかすてきでしたので、おもわずぱちり。ベンツのマークも車によっていろいろです。この車が会場内で一番かっこよかったそうですので、一枚、パチリ。もちろん私にはそのちがいなどわかりません。鉄腕アトムにでてくるようなデザインです。ほんとにいよいよ昔のSF漫画の世界は現実化されています。どんどんと。普段は、サイクリング競技の練習などに使われる5メートル道路を借り切ってのイベントでした。でも、私はあっという間に飽きて、会場のはじっこでDSをして暇をつぶしていました。なんか曇っていて、かなり寒くて、遊戯施設で遊ぶ気もおきなくて。でも、まあ、周りは緑だしね。イエローのオープンカーツーシーターは、村上春樹の世界ですね。あまりにもうるさいので、ヘッドフォンがないと、走行中の会話ができないんだって。でも、オープンカーは、日本には向きませんね。夏は暑いし、冬は寒いし、春と秋は雨なんだもの。それでも、かっこいいんだけどさぁ。さて、会場には一応少しだけ女性向けのお店もありました。ここはヘナの液を使ってお肌に絵や模様をかいてくれるようです。私もいえにあるヘナでできないだろうかと、考えました。メヘンディアートというのだそうです。そのほかにも、手のマッサージとか、ハンカチなどの販売もありましたが、やっぱり退屈だよね。しかたないです。ちなみに、帰りはさらにさらに渋滞でした。やっぱり伊豆は遠いなぁ。でもおいしかったから、いいのさ。次は夏です。
2009年06月22日
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今回泊まったのは、ホテルラフォーレ修善寺。ゴルフクラブの併設のホテルらしく、ダンナの会社の健康保険関係で申し込むと安くなるということで、ネット申し込みしてみました。最近はネットがあるから、ラクチンです。修善寺温泉の南の山々の中にある広大な敷地の中にあります。山の頂上部分に作られていて、伊豆の初夏の風が吹いてきます。右も左も伊豆の山並みが見えて、さわやかです。しかし、建物はそれほど美しいものでもなくて、周りの景色もいまひとつだったので、写真を撮りそびれてしまいました。ホテルの中にある水着で入れるスパの温水プールは、チェックインの前の時間でも、入れるので、水着も用意してきました。よく温泉なんかにいくと広い浴場に思わず泳ぎたくなるものですが、まさにそれを実現した感じです。水深90センチで、温水。ちょうど今の季節にはピッタリです。冬にはやっぱり、寒いし、夏だったら、もっと冷たい水のプールに入りたいから。場内は、まるで、ローマの浴場のようなデザインで、他に誰もいなかったので、貸切状態のようでした。そのあと、しばらくして他のお客さんも来たのですが、それでも、2組か3組くらいしかいないので、すごくすいていて、ほんとにのんびりと楽しめました。全面ガラス張りの大きな窓からは、伊豆の山山が眺められます。隣には温泉浴場もあるので、プールのあとは、そのまま温泉に入って、髪も体も洗えてさっぱり。今のホテルは、シャンプーもリンスも、あるし、お試しの美容液などもいろいろ置いてあって、サービス満点です。三つくらいあった美容液を一度にみんなつけてしまいました。でも、一回くらいじゃ効果はないよね。そのあと、お部屋でやすんでから、イタリアンのフルコースの夕食でした。しかも、ここ、浴衣ではこないでくださいともかいてありました。みんな普通に洋服で来ていました。本格的ですね。ホテル内はほかにも、和食、フランス料理もありましたが、今回はお値段的にも個人的な希望でも、イタリアンがたべたかったので、予約してありました。山の中のホテルなので、他のお店に食べに行くのはたいへんなので、ここに宿泊するばあいは、やはり、宿泊の予約と一緒に夕食もついているものを選んだほうが良いと思います。お食事は、前菜、スパゲティ、伊勢えびのロースト、牛フィレのソテー、デザート。イタリアンブレッド、コーヒーまたは紅茶です。とっても豪華で、お腹いっぱいになりました。東京のど真ん中のレストランとほぼ変わらないおいしさです。しかも、伊勢えびも半身ですし、こんなところで、コレだけのおいしい食事をいただけるとは、予想外でした。あまり期待していなかっただけに、おいしさも倍増。また、いきたいなぁと、思いました。このパスタがすっごくもちもちで、もしかして、レストランの手打ち?かなという感じでした。写真は少なそうに見えるけれど、結構食べ応えありました。ほかにも、ジェノベーゼや、桜海老のにんにく風味など、三種類から選べるようでしたが、私もダンナもコレを選んでしまいました。やっぱり、トマト味が一番好きです。お台場のレッドロブスターよりぜんぜんおいしい。フィレ肉ってヘルシー。国産牛もえらべたそうですが、私は豪州産のもののほうが好きです。国産は脂臭くて。お肉って焼きすぎると硬いし、焼きが足らないと、なまっぽいし、難しいのよね。やっぱりその点、プロはうまいなぁ。このデザートの下の粒粒は、バジルシードの蜜付けでした。たしか。こんなデザート初めて。アイスもケーキもなくて、なんともヘルシー。すきっ腹で飲んだので、スパークリングワインがとってもきいて、そのあとは、お部屋であっというまに寝てしまいました。ホテルの夜を楽しむドコロではありませんでしたが、普段はいろいろあって、食事の後スグに休めないので、ご飯、お酒、バタンキューの睡眠は、とっても気持ちよかったです。ああ。久しぶりの贅沢。すてき。ちなみに、ここの食事は、クリームやバターを使ったケーキや、揚げ物は一切なくて、翌朝のビュッフェも、デザートは、フルーツ、ヨーグルト、シリアルなど、飲み物は野菜ジュース、などで、全体にかなりヘルシーな食事になっていて、健康的でした。
2009年06月19日
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土日で、一泊の旅に行ってきました。行ったところは、伊豆の修善寺です。何でかっていうと、だんなのすきな車のイベントが修善寺の近くのサイクリングセンターで行われるからです。それで、会社の保険関係で安く泊まれるホテルが修善寺にあり、じゃあ久しぶりに旅行に行こうということになりました。本当に遠出するのは、久しぶりです。たまにはやはり、都会を脱出して森林浴がしたいです。修善寺は以前にも二回ほど行ったことがあったはず。でも、かなり久しぶりです。そして、今回も子供たちはお留守番。しかも、この日は高校の保護者会も、あったのに、欠席して、旅行を優先したいけない保護者です。それにしても、伊豆に行こうとすると、いつもひっかかるのが、沼津の渋滞です。ここは、混んでいて混んでいて、いつ行っても混んでいて、わずか10キロほどの距離に最低一時間はかかります。静岡市は沼津をもっと改善するか、東名インターを他にも増設すべきだと思います。伊豆の観光協会は、もっと、沼津の混雑改善に対策をうつべきだと、思います。なんとかならないかなぁ。旅といえば、おそばを食べるのが習慣になりました。ネットでしらべて、修善寺温泉街の中のお蕎麦屋さんにいきました。ここは、「なな番」という、『禅寺そば』が一番お勧めのお店です。伊豆の場合は、そばというより、わさびが売りなので、わさびをつけるのが最近の流行のようです。見た目がパパッと豪華になります。山菜、わさび、ゴマ、わさびの茎の漬物と、ざるそば、とろろそばのセットです。ただ、私はとろろが苦手なので、普通のざるそばを頼みましだ、おそば自体の味は普通だったと思います。特に可もなく、不可もなく、というところでしょうか。修善寺にはよくきたけれど、その名前の語源である『修善寺』に訪れたことはありませんでした。というわけで、修善寺に始めてきました。何のことはない普通のお寺です。でも、ここをはるか1000年以上前に訪れた一人のお坊さんのちょっとした行動がそののち、何千年にもわたって、この土地に住む人たちの生きる糧をとなるきっかけ作りをしたのだと思うと、すごいなぁと、ちょっと感動してしまいます。弘法大師様というのは、未だに有名で誰でも知っている名前。ものすごいパワーをもった人物だったのだと思うと、感慨もひとしおです。ちなみに、弘法大師様がこの地を訪れた時に、持っていた独鈷を一突きしたら、そこから温泉が湧き出したというのが、修善寺温泉の由来なのだそうですが、どこまで本当なのだろう。修善寺はシーズン的に、菖蒲の季節ということで、町の中のいたるところに菖蒲がありました。この竹林きれいだけど、実際は、修善寺の敷地内のごくごく一部です。この後は、一路、ホテルラフォーレ修善寺へ、GO!
2009年06月18日
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ホームベーカリーを買ってから、結構たちました。朝起きて焼きたてのパンを食べられるしあわせステキです。でもほとんどは、食パン型のまんまのものが多いです。生地だけ作って、手を加えて、オーブンで焼いてもおいしいのですが。ちとめんどい。でもでも、これでパンを作り始めてから、町のベーカリーでパンを買いたいと思わなくなりました。だって、ほぼ同じ味なんですもの。山崎パンとか、伊藤パンなどの、スーパーで買えるパンは、もちろん論外ですが、お店で焼いているパンとも、互角の味。こういう味が食べたくて、いままで、ベーカリーで買っていたのですが、基本の味がおなじなので、わざわざ買う必要を感じなくなりました。それにだいいち、あのてのパンやさんのパンは、高いですからね。経済的にも助かります。息子が高等学校の家庭科で食品添加物を習って以来、ヤマザキなどの菓子パンは、イーストフードが入っていて、体に悪いから食べたくないと言い出しました。だからとっいて、ベーカリーりパンは高いしと、困っていたので、ラッキーです。小麦粉はいろいろと試した結果、ニップンの一番高いパン用の強力粉『ニップンふっくらパン特選強力粉ゴールデンヨット』が一番ふっくらとおいしいパンが焼けます。ちょっとだけ高いけれど、またのベーカリーでパンを買うことを考えると、よっぽど、安いです。 小麦粉というと、スーパーでは、一般に日清製粉のカメリアが有名で、だいたいは、これがおいてありますが、ニップンの方がいいなと、私個人的な感想です。名前も似てるので、スーパーでみてると、????なんだけど、違うメーカーさんみたいです。それと、スーパーではほとんど、カメリアなので、ニップンを置いているスーパーを探すの自体たいへんかもしれません。私の場合は、よく行く激安大型スーパーが意外と品揃えがよくて、ニップンの粉もいろいろ売っていて、ラツキーでした。まだ他にもいろいろあったら、試してみたい。です。ただね。ホームベーカリーってこねる時にすごくごとごと動いて結構音がうるさいです。タイマーがあるので、朝起きた時に焼けているようにはできるけれど、アパートなどの狭いおうちだと、夜中にうるさくて、睡眠をさまたげられるおそれがあるので、昼間しか焼けないかもしれません。それと、ごとごととよく振動するので、台の上においておくと、台がこわれそうなのでね我が家では無床の上に直接おいて使っています。などと、欠点というか、困った部分もありますが、ほぼオッケイな電化製品だと、思います。我が家でよく作るのは、ゴマパンです。食パンかフランスパンの生地に黒ゴマを足して、作ります。できあがったパンは、黒いけど、ゴマの味がして香ばしくて、ヘルシーです。いずれは酵母で作りたいです。
2009年06月12日
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やっぱりテレビで、独身の女性の暮らしをやっていました。今、『お一人様の老後』とか話題ですけど、一人で暮らしているとね、いつ具合が悪くなって、そのまま誰にも助けてもらえずに、絶命するかわからないわけで、そういう危険性があるわけで、テレビの番組では、そういうことのないように、友達を作って、毎日きっかりメールを送って、お互いの安否をチェックするっていう、人脈作りが大変そうでした。 私にはこんなめんどくさいこととても、できそうにありません。こんなことするくらいなら、ダンナのご飯つくったり、子供育てる方がよっぽどましです。 これって早い話が、つまり、しがらみづくりですね。 しがらみってこういうことだったんですよね。 本来しがらみや、うっとおしい、親戚づきあい、世間づきあいがいやで、結婚せずに、生涯独身を通すことをめざしていたはずなのに、結局のところ、老後や、病気などで身動き取れなくなった時にどうするかというと、普段の人間付き合いが必要になってくるのですよね。 まあ、好きで独身なわけじゃなくて、結婚したかったけど、結局できなかったという場合もあるでしょうから、なんともいえませんが。 ただ、独り身、独身ということは、一人でのたれ死ぬ覚悟があるのかと思ってましたけど、やっぱり、誰かに助けてもらいたいものなんでしょうね。 もっとも、子供育ててたからって、老後や病気の時助けてくれるとは、限りません。だって、今の時代、海外転勤なんかで、外国に住んでいたら、こっちが、急病で、入院しても、駆けつけてこれるはずもないですから。 で、いきなりの入院のために、パジャマや下着など、三日分くらい用意していましだか、あんなものではぜんぜん足りないですね。 最低でも、一週間分は必要です。パジャマは、2セット。下着は7セットは、必要です。お見舞いに来てくれる人は意外と、きがきかないものですし、他人に洗濯物を頼むってやりづらいです。まして友達となると、そうそう毎日はきてもらえないはずです。三日に一回下手するとそれも大変かも。 身内の入院なら会社側も、多少しかたないなと思ってくれるけれど、友達の入院となると、何でそんなにいく必要があるのってことで、そのたんびに、いろいろ説明しなくちゃならないでしょうし。残業を断って、友達の入院のお世話に行くって、意外とやりづらいはずです。 それと、現金10万円も必要です。今の病院はたいてい、入院のさいに、内金として、10万円入れるように、要求されるものです。それと、印鑑。いろんな書類に、サインしないと、なりません。トラブルが起きた時に、病院に文句つけませんという、誓約書とかも、書かなきゃなりません。ほかにも、タオルや、テイッシュや、小銭。スリッパ。箸。コップ。などなど。入院て、ちょっとした、おおきな旅行みたいなもんですから。 入院してみると、自分では動けないので、いろいろ必要なものは、ひとに頼むしかありません。本当にメンドウで大変です。 でも、友達とのそういう関係を築いても、所詮、友達なので、いつどこに引越ししていなくなるか、喧嘩して、絶縁してしまうか、わかったものではないと、思います。責任の度合いも、しがらみも、あくまで本人の意識次第。 逃れていたはずのしがらみの大切さに、つくづくきづかされるのが、老後や、病気など自分の弱った時なんですね。 でも、自分も、自分の老後は、やっばりシンパイだ。
2009年06月10日
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今、母子家庭への助成金が減らされることが、話題になっています。 でも、母子家庭への助成金って、子供が成人したら、でなくなるのですよね。そしたら、そのあとは、どうするのでしょう。子供が成人したから、今度は子供に養ってもらえる?いえいえ子供だって、自分の生活費だけで精一杯なはず。だとしたら、そのあとは、生活保護? 子供が成人してから、仕事を探すなんて、さらにもっともっと難しいですよね。だからこそ、若いうちから、仕事について、キャリアを磨いておくべきです。子供が成人して、一人になっても、困らないように。 母子家庭じゃない普通の家庭だって、いまや、不況で、生活はいっぱいいっぱい。母子家庭と同じように苦しいのですよね。その収入で家族四人暮らしている家庭だって、多いのです。子供がいても、夫婦で働いている家庭だって多いのです。 だとしたら、子供が小さいうちは無理だとしても、小学校、中学校に行き始めたら、働けないはずは、ないのですよね。だって、普通の家庭の主婦だって、働いているのですから。そして、子供が成人したあとの長い老後を考えたら、やはり、働いて、老後のための年金や、厚生年金に入っていた方がずっといいのです。 母子家庭だから、働きずらい。雇ってもらいずらいのだとしたら、母子家庭でもきちんと就職できるような、社会や、システムになるようにいろいろと改定したり、システムを変えたりすることこそが、政府のする仕事だと、思います。 困っている、じゃあ、お金をあげるというような、今までのやり方をいつまでやっていても、しかたないと、思います。 でも、テレビの番組をみていると、ただ、母子家庭は苦しいのに、お金を減らすなんて、ひどい、かわいそうだというような、捉え方ばかりで報道しています。そういう視点でしか、ものをみられないなんて、テレビの番組製作者は何考えているのでしょうか。マスコミのくせに、社会へ向ける目や、思考法が、浅すぎます。 子供がいてもいなくても、どんな環境でも働けて、普通に暮らせる社会にするのが政府のお仕事。桝添えさんも、そのあたりをもっとうまく、説明してくれたらいいのに。と、思います。 イマジン 全11巻【完結】槇村さとる 集英社
2009年06月09日
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アメリカのオバマ大統領がつぶれそうな車の会社GMに、お金をあげて助けてあげるそうだけど、それってちがくないかいっと、私は思う。アメリカは戦争をしなくなった(正しくはやれなくなった)おかげで、さすがに、不景気、経済状況悪化、早い話が貧乏寸前になってきているけど、だからといってもう、自動車産業によって資本主義をささえるっていう時代じゃないんじゃないかと、思う。車が売れなくなったのは、たんなる不景気とか、自動車メーカーの経営がへただったからとか、それだけじゃないと、思う。 もう、地球上の資源を無駄遣いすることで、資本主義を回転させて、いらないものまで無理やり作って、儲けててでも、お金を稼ぐって言う考え方自体が、まちがってると、思う。たぶん、今は過渡期でわからないけれど、ずーっと時代が進んで、今現在のこの時点を振り返った時に、あ、あそこが変わり目だったのかと、思う時がくるかもしれない。 車をつくって、買え買えってうるさいけど、車の宣伝もがんがんかけてるけど、で、じゃあ車を買って、いざ休日に出かけてみても、渋滞ばかりで、ちっとも便利じゃない。そのうえ、事故をおこせば犯罪者だし、うっかりすれば人を殺しちゃいかねないし。 自動車が売れれば売れるほど、渋滞は増えて、車の使い勝手は、悪くなる一方だ。 オバマさんは、もっと違った方向に目をむけて、経済政策をすべきだと、私は思う。 日常のちょっとしたことで、たまにしかのらないのに、車を一台保有して、場所をとって、資源を無駄遣いする必要があるんだろうか。いまや、一昔前の、レンタカーどころか、カーシェアをする時代。すでに、アメリカでは、普通にカーシェアができるらしいし、日本でも、一部のレンタカー会社が、カーシェアシステムを始めているのだし。 アメリカはだいたい、車を売るために、鉄道会社を買い取って、線路をことごとくつぶしたそうじゃないですか。 自動車会社をなんとかする以前に、もっと公共施設や、道路、鉄道を充実させるべきだと、思いますね。 それに、売ったはいいけれど、日本と違って外国の場合、こわれた製品にたいしての、修理やメンテナンスなんて、すごく対応割るそうだし。とにかく、売っちゃえばいいやって感じですもの。で、ちょっとでも、どこか壊れたら、直すより、買い換えてねって感じ。します。 都市に住んでいて、若いなら、車の運転はできた方がいいけど、何も、自分で、車を所有する必要って感じないですね。よく、パニック映画なんかで、みんなが、車で逃げようとすると、道路が車だらけで、進まなくなっちゃうけど、あんなに道路が役にたたないほど、車は、いらないっていうか、意味がないって言うか。 まして、サラリーマンなんて、週に一回しか乗れなくて、それ以外は、死蔵ですからね。もったいないです。車売るなら、もっと平日休ませて欲しいです。 オバマさん、期待されてるけど、経済の勉強したのでしょうか。というか、今の時代の経済に対して、新しい今までにないようなビジョンや、計画や方向性はあるのでしょうか。つぶれそうな会社に援助するだけなら、いままでと、かわらない。 今は、ネットの普及で、出かけなくても、欲しい娯楽のほとんどが手に入る。買い物もできるし、本も漫画も、映画も、家にいながらにして、届くなら、そもそも出かける必要もない。というか、今の若い世代は、車の免許すら取りたがらない。 彼らは、すでに、テレビよりネットに多くの時間をさいているので、私たちの世代のように、テレビのコマーシャルや、番組による、資本主義的な物欲中心の価値観に洗脳されていないのだろうと、思う。だから、今の若い人たちは、車ものらないし、ブランド物もほしがらないし、高いレストランもいかない。 私自身すら、知らないうちに無意識のうちにテレビやドラマやコマーシャルや映画や、雑誌によって、いかに必要のないものを手に入れることに、エネルギーを無駄に使ってきたのだろう。ブランドバックが流行った一昔前、私はほとんど欲しいとは思わなかったけれど、それでも、周りの勢いには、多少影響を受けていたし、安い服や、安いバックを使うことに引け目を感じてもいた。けれど、こんなに技術が進んで、安いものでも、十分機能的で使いがってのいいものが多いのに、無理して、使い勝手の悪い高級品を買う必要があるのだろうかと、内心懐疑的だった。 考えてみれば、壊れても、すぐに安く次のものを手に入れられるなら、高いものを持ちがいいからという理由で買う必要があるのだろうか。 いろんなものへの、価値観も、今、どんどん、変わっているというより、資本主義のお金が全てという考え方自体から、そろそろ開放されたい。それは本当に知らないうちに、無意識に、自分の中に、溜め込まれているもの。 会社は、毎年売り上げをふやしていかなくたって、必要なものを必要なだけ、毎年コンスタントに作ればいいだけ。 道路を渋滞せずに、走れるだけの車があればいいだけ。 なんじゃないのかなと、思う。
2009年06月07日
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なんと我が家の庭に今年イチゴがなりました。 「庭にイチゴがなってるよ」と、姑に言われて初めて気がつきました。いったい、誰が庭にイチゴの苗を植えたのいやいや誰もいません。イチゴは私の知らないうちにいつの間にかなったのです。庭に穴を掘って埋めていた生ゴミ。その中にはいっていた食べ残しのイチゴが知らないうちに芽を出して、なんと実をつけていたのでした。たべてみたら、確かにイチゴのお味。植物の生命力はすごいですね。しかも、生ゴミを埋めていたところなので、地面も栄養たっぷりです。そういえば、以前にかぼちゃが芽を出して、ツルをのばして、実をつけたこともありました。その時はなんか不気味で、食べずにそのまま腐らせちゃったのだけど。もっともこのイチゴ三個しかとれませんでしたが。
2009年06月06日
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今回はあこがれの東京工業大学を見に行ってきました。もともとは、息子をこの大学にいれたかったのですが、受験の土壇場になって本人が理系はいやだといいだしたので、無念の断念でした。受験期は下手に見学にいくと、落ちるというジンクスのもとに、大学見学は、今うちの息子が通っている大学以外はいっさい見に行きませんでした。この日も当日は雨もよいの天気。大学構内にはいったら、実際に雨がふりだしました。あー。この大学には歓迎されてませんね。他の大学いったのに、なんで今頃みにくるの?と、言われている感じ。大学の入り口の大学名のはいったプレート。憧れの難関大学。どきどき。でも、100周年記念高で作られたこのビルは、テレビのアド町で見た時は、かっこよかったのに、じかに見るとダサい。うう。いまどき、洗練されたかっこいいビルは、いっぱいあるのに、てんかの東工大の記念の建物のデザインがなぜにこんなにださいの。(ごめんなさい)これは本講堂。でも、構内はとてつもなく、広くて、とても全部は見るのは、無理。トイレにはいりたかったのに、どこにもトイレはなく。しかも、構内は簡単にはいれるのに、建物の中には、はいれません。どこも、中に電気はついているのに、入り口のガラスは、しまっていて、IDかーどがないと、はいれないのです。さすがに、東工大。いろんな、最新の技術やら、データやら、ぬすまれたら大変なものがいっぱいあるのでしようねえ。このセキュリティのすごさはやはり、東工大なんでしょうか。すごいです。ガラスごしに、建物の中をのぎそみしつつ、とってもうらめしかったです。トイレは、体育館ですませました。ここだけは、はいれたのです。もらさずにすんでよかった。^^これは留学生会館。だったと思う。たしか。息子は東工大は建物がくらそうだからいやだと、いってましたが、見に来て見れば結構すてきです。あいつはいったい、どこをみていたのだろう。このあたり大岡山というくらいだから、結構な丘陵地で、大学内でも、高低差が激しいです。歩いていると、四階だったところが、他のところから見ると、一階だったりする。高低差がはげしいと、内部の人も移動が大変そうです。でも、そういうところが本講堂前にはずーっと桜の木が植わっていて、その下がボードウォークになっていきました。小さな子供連れのファミリーが遊んでいました。大学って結構講演がわりなのですね。どこでも。春に来るとさぞや美しいことでしょう。そして、花見客もいっぱいきてるかもね。日曜日でしたが、東工大生がいっぱいいました。ぱっと見は普通の学生さん。でも、ここの学生になるのは大変なんだよねえ。息子の同級生もいっぱい落ちました。(もちろん、うかつた人たちもいっぱい?いるけど。)
2009年06月04日
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別に意図的に見てるわけじゃないんだけど、テレビをつけっぱなしにしておくと始まるワイドショーのだめ男シリーズ。毎回視聴者のつきあっただめ男が紹介されるんだけど、昨日のエピソードは、単純にだめ男っと批難するだけでいいのかなと、思いました。 だめ男な理由は、夫が「ボーナスを不景気のせいで、払われなくなった」と、奥さんにウソをついていたこと。でも実は、20パーセント減になっただけでした。 じゃあその100万近いボーナスはどうしたのかっていうと、スポーツカーが趣味なので、その趣味につぎこんでいたそうです。しかも、売ったはずのスポーツカーも売らずに知り合いにあずけていたそうです。 ボーナス全部バックレルってひどいけど、でも、それだけかな。 それまでは、普段のお給料は生活費にあてて、ボーナスはみんな、教育費のための貯金にしていたそうです。でも、いくら教育費がかかるとはいっても、ボーナス全部教育費にまわすってやりすぎでは。家庭や教育や節約に熱心なのはいいけれど、夫の趣味を全部禁止して、結婚前に買ったスポーツカーも、売らせるのは、やりすぎなのでは。 だんなさんにすれば、大好きなことも出来ず、ぜんぶ教育のためにがまんなんて、じゃあ自分はいったいなんのために働いているのだろうと、やる気なくなっちゃうのでは。納得できないのじゃないのかなと、思いました。 たぶん、夫婦の話し合いもなく、奥さんの方が一方的に決めたのだろうと、思います。 たしかに教育費はかかるけれど、中学までが公立学校なら、公立高校にいけば、年間の授業料は20万くらいだし、大学は、奨学金もあるし、あとは、塾代がかかるくらい。 一般に言うほどは、かからないです。私立高校、進学校塾、お金かけようと思えばかけられるけれど、現実に余裕がないのに、無理にやりくりしてまで、かける必要はないと、思います。実際のところ、私立でも、公立でも、結果は本人しだいだし。 生活をぎりぎりにしなければならないほどなら、そこまで教育費にばかり入れ込むのは、ちがうのじゃないかと、思います。奥さんも毎日やってるワイドショーの生活費節約の特集番組に洗脳されすぎているのでは。あの手の番組は視聴者うけしますからね。 私もゲームばかりしていて、家事さぼりぎみですけど、ゲームを禁止されたら、家事自体をやる気がなくなりそうです。 せめてもう少し話し合って、スポーツカーは、売らない。趣味にかける金額も年間いくらまでとか、決めるなどの、対策と譲歩が必要なのかもしれません。教育に熱心なのはいいけれど、行き過ぎて離婚になって、子供たちから父親をなくしてしまうのだとしたら、もともこもないのではと、思いました。それにしても、このての番組ってばかばかしい。気をつけてチャンネル変えようっと。 花冠の竜の姫君(2)
2009年06月03日
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たまにでてくる私の悩みのタネの実の母。入院しました。 病気じゃないです。膝の関節を人工関節にする手術をするためです。そんな手術ができるくらい、元気ってことです。 前回この入院のせいで、毎度のごとく喧嘩になりまして、それが前回の記事のもともとの原因。まあ、人生初めての手術に内心不安でしかたなかったのでしょうが、それでも、毎度の頭ごなしのものいいに、わたしがぷちんときれて、喧嘩になりました。私ももしかすると、わるかったかもしれないし、謝罪の電話でもいれようかなと、思ったのだけど、止めました。だって、あの人、こっちが低姿勢にでると、さらに高飛車になるんだもの。傷ついた心をひきづりつつ、このまま手術で死んじゃっても、死ぬ前の最後の顔あわせが喧嘩って後悔になるかな、と考えたら、ぜんぜんそんなことないなーっと、思いましたが、入院の直前に母の方から謝罪の電話がありましたので、私の方も低姿勢で誤ったといたけど。いやはや、冷たいです、わたしやっぱり。 もっとも、こんな風に母と喧嘩になるのは毎度のことで、お互い何回か、やってるうちにいろいろ地雷を踏まないように気をつけていたんだけど、やはり、ちょっと、集中力が切れていました。 入院したのは、膝が痛くて歩けないので、一大決心して、人口間接を入れるため。なにしろ家にじっとしているのがきらいな人だから。 入院したので、お見舞いに行きました。普段の入院の世話は、運転免許のある同居の兄嫁のお仕事なので、私は、実の娘なんだけど、毎日なんて、まずいきません。だって、その病院ときたら、東京23区内にあるというのに、陸の孤島のような場所にあるんだもの。 うちからだと、自転車で駅までいって、電車二駅乗って、そのあとそこからはバス。バス停がその間10個以上もあるのです。はあ。車で行けば、30分のところに、最低1時間は、かかります。タイミング悪いともっとかかる。 そのバスがさらに一時間に3便しか来ない。もっと近い駅からだと、一時間に一便しか来ない。一つ乗りそびれたら、一時間待ち。ありえない。 お見舞いに行ってみたら、膝が痛いから手術したのに、その手術が死ぬほどいたくて、本人げんなりしてました。 そしたら、昨日から、姑も別の病院に入院しまして、こっちは検査入院なんだけど、義兄から電話で、思ったより悪いから、って、次男であるうちのダンナも、顔出した方がいいだろうってことで。 それで、ダンナが会社から帰ってきてから、車で、姑の病院いきました。一日に二つも病院いきまして、私は内心げんなり。 しかも、お互いに、相手に伝えないでねって言うから、私が一日に二つも病院見舞いいってるなんて、お互い知らないのよね。 ますますげんなり。 でも、そこの病院は某有名私立病院、お年寄り専用病院なんだけど、もう、すごく大きくて豪華できれいで、なんかホテルみたいでした。全面ガラスばり。 高そうです。年寄りっつっても、お金持ち相手なんじゃないのかな。 しかも24時間面接オーケーですと。 なんか年取ると、子育てネタがだんだん老親介護のネタになってきて、ちょっとうんざり。他の人のブログでも、長く読んでるとだんだん介護ネタになってきて、うんざりするのに、自分のブログまでそうなる野かもしれないと思うとかなり怖いです。 すでにも自分たちで稼いで生活してるはずなんだけど、親がいなくなると、なんか困ることが起きるのかなとか、内心不安です。うっとおしいんだけど、いざいなくなると、不安ってわがままだよねえ。こっちも年くってきたわけで、つくづく、ちっちゃな子供を育ててた頃が、なんだか人生の花だったなとか、思ってしまいます。子育てから開放されてほっとしてるのもつかの間。次から次へと、人生の命題がやってくるようになってるのね。 でも、今回つくづく思うのは、入院見舞いってどのくらい行くものなのかって事でしょうね。身内が入院すると毎日行かなきゃ行けない気もするけど、自分の生活もあるのに、そんなに毎日いってたら、自分の生活が破綻しちゃうでしょうし。私は娘だけど、兄嫁が実際的なお世話はしてるので、ちっょと気を使ったものを持っていく以外は、それほど行く必要もない。 今の病院て、完全看護なので、洗濯物と、患者本人が欲しいものをお届けする以外、特に行く必要って感じないんだけど。でも、なんか、行かないといけないんじゃないかという、無意識な強迫観念があるような。朝からばんまで病院にいて退屈してて、さびしいんじゃないかとか、思うからなんですね。 昔は入院ていうと、看護の人がつきっきりで、病院に寝泊りしながら、見ていました。病人のベットは、あっても、看護人のベットはありませんでした。あんなにつきっきりでいったい何をしていたのか、今となっては不思議です。だいいち、いくら健康な人でも、あんなことしてたら、未が持ちませんよ。 でも、病院て、思うほど退屈しないのよね。実際には。検査とか、リハビリとかいろいろあるしね。体調悪くて入院してるので、ずーって寝てるのって結構気持ちいいし。あんまり、お見舞いこられても疲れちゃうのだ。 て、わけで、お見舞いとは、どのくらいいけばいいものか。しばし、考える。 私の時は、毎日来てくれた。来てくれるのはいいんだけど、洗濯物とか、頼んだものとか、家族がなかなか持ってきてくれなくて困りました。お見舞いよりまず、洗濯物欲しいんですけど。替えの下着とか、パジャマとか。彼らは、先ず顔を出すのが一番の重要事項だと、思っていたみたい。タオルとかも、たのんだら、めんどくさそうに、その場で洗って干してった。一番してほしいのは、洗濯もののお届けです。着替えや、タオルがいっぱいあれば、実質は、別に毎日来なくてもいいんだけどな。 それでも、友人や親戚くらいだと、義理で、一回行けばすむけど、家族とか、親になると、どのくらいいくものなんだろうと、悩みました。父の時は、母が看てたし、なにしろしょっ中入院してた人なので、もう、いいやって感じだったけど、母となると、どうなんでしょう。どうせ普段はあわないのにねえ。自分のダンナや子供ならもちろん毎日いくし、母のことも兄嫁とかいなくて、面倒看る人が私しかいなければ、毎日いくと思います。兄夫婦がいて、私も近くに住んでいて、でも、母親だけど、あんまり仲が良くなくて、話題もなくて、普段もあんまりあわないというのは、すんごく微妙で、困る。 それにしても、あっちもこっちも、入院て。げんなり。今の時期、病院は暇だから、こういう急がない、病気とか故障とかね。割と看てくれちゃうのでしょうか。
2009年06月02日
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