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我が養蜂場のある農園の食用菊が、今年も真っ黄色な花を咲かせ、収穫時期を迎えています。秋の花といえば、菊の花。我々日本人にとっては、春の桜とともに、馴染み深い花のひとつ。最近では生花や刺身のつま物の小菊など、一年を通して栽培され出回っていますが、この食べられる菊「もってのほか」は欠かすことのできない旬の食材なのです。独特の風味と味の良さ、美しさから、「食用菊の王様」と呼ばれているのです。正式には「延命楽(えんめいらく)」という名の品種とのことですが、「もってのほか」「もって菊」という愛称で広く知られおり、この一風変わった名前の由来は、「天皇の御紋である菊の花を食べるとはもってのほか」だとか、「もってのほか(思っていたよりもずっと)おいしい」といったことだとかいわれているとは以前にもブログに書き込んだ記憶が...。「もってのほか」はしゃきしゃきとした歯ごたえと、ほのかな香り、そして甘さとほろ苦さは、秋にしか味わえない季節限定の大人の味なのです。この日も早速妻が『酢の物』にしてくれました。顎から花びらをむしり、たっぷりの湯に酢を少し入れてさっと茹で、水にとり暫く晒した後に絞るのです。酢を好みの量かけて出来上がり。しゃきしゃきとした歯ごたえと、ほのかな香り、そして甘さとほろ苦さが、日本独特の繊細な味・伝統の味として至福の時。日本人で良かったと、いや大げさではありません。一本一本の花びらが、酢と触れて更に黄色が鮮やかに変化するのです。食用菊には、殺菌作用があるので、昔のように冷蔵技術が無かった時代は、刺身を食べた時の食中毒対策として、一緒に食べていたといわれているのです。大根のツマや大葉なども同じ役割。従って、現在、刺身に添えられている菊も食用ですので、もちろん食べられるもの。美味しいかどうかは、人それぞれですが、私はこの菊はやや苦手なのです。 そして国産松茸ごはん、いや実はカナダ産なのですが、香りは負けません。
2012.10.31
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翌朝にホテルの部屋のカーテンを開けると東の空は見事な朝焼けが始まっていた。しばらく色の変化を見つめていると、ピークに。そして空はオレンジ色が消えて秋の雨雲が。朝の陽光が雲の隙間から放射状に、これも珍しい光景。だいぶ明るくなってきたが、突然街中から白煙がモクモクと。火事?いやサイレンの音は聞こえてこないので野焼き?朝食に1Fまで降りるとエレベーターホールに『トンテントン祭』のポスターが。日本三大喧嘩祭り 伊万里トンテントン祭は翌日から開催されるのであった。伊万里の街は、トンテントンの太鼓の音を合図に、祭り一色に染まり、市内の数ヶ所で、勇壮な合戦絵巻を繰り広げられるのだ。残念ながら未だ見たことがないのであった。一度は見てみたい祭り。そしてレンタカーで福岡空港へ。途中武雄温泉駅で大牟田に向かう同僚を降ろす。福岡空港から大阪・伊丹空港への移動はANA、ボンバルディア。バスで飛行機まで移動しドアの内側の搭乗タラップを利用し機内へ。ターボプロップエンジンはガスタービンエンジンの1形態で、そのエネルギーの大部分をプロペラを回転させる力として取り出すもの。飛行機の中はかなりの空席が目立つ。おっと!!、ボンバルディア DHC8-Q400は確か2007年に高知空港で前輪が出ず後輪だけで胴体着陸した飛行機?。けが人はいなかったとのことであったが・・・・・・。この飛行機の左後輪。若葉をイメージさせる緑色に塗装した飛行機。機体に「ECO Friendly Airline」と書かれていたがFriendlyよりはSafetyを祈るのみ。伊丹空港着陸時に必ずまた逢いたい後輪タイヤ。以前福岡空港から天草へ向かうときに利用したボンバルディア機はこの半分程度の大きさ。それに比べれば大きくシート数も2倍。この日は天候も良く、揺れもなく順調に飛行。騒音もあまりなく一安心。途中関西国際空港が左手眼下に。ここにも我社の事業所があり、何回か訪ねた現場。連絡橋の白い線が青い海を背景に輝いていた。この後、仁徳天皇陵、八尾空港、大阪城を左下に見ながら伊丹空港へ見事に着陸!! ヤレヤレ、やはり小型プロペラ機の利用は緊張するのであった。同僚と空港内レストランで昼食を済ませ、バスにて新大阪へ向かったのであった。
2012.10.30
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今回の伊万里出向の目的は、私が30余年に渡りお世話になったお客様、そして今では大親友のMさんの定年退職の慰労感謝の宴。工場で納入設備の打ち合わせを終了後、ホテルにチェックインしお客様が予約しておいていただいた地元の寿司屋へ。我が社からは3名そしてMさんそして同じく30余年一緒に仕事をされてきた、これも今となっては大親友のNさんの併せて5名の祝宴。 Nさんが事前に地元で獲れた大きな鯛の姿づくりを予約してくれていました。菊、レモン、ワカメ、紅葉等を見事に盛りつけ彩り・華やかさが最高。もちろん大皿は伊万里焼。そしてお客様&大親友のお二人。ごめんなさい、モザイク入りで。左からMさん、そしてNさん。お二人とも自宅に戻りお色直しの後に会場へ。新工場に入社当時からのMさんそしてNさんとの若かりし頃の想い出が蘇り、ビールそして焼酎がどんどんと進むのでした。今回は自宅から『My 醤油』を持参。魚は最高なのですが、この地の醤油は私にとっては甘すぎるのです。まるで砂糖醤油で刺身を食べている気分になってしまうのです、ごめんなさい。これも30年以上この地に通い詰めた知恵の一つなので許してください。 そして新鮮な鯛特有の青いアイシャドーも健在。目もビックリするくらい澄んだ状態。活イカの姿作りも注文、こちらもピクピクと動いていました。足がよく動いて・・・・・触ると・・・・・。指にぴたーーーっとくっついて来るのです。有名な伊万里牛も注文。日本食肉格付協会の格付けを用いた呼称制限では、仙台牛に次ぐ全国2番目の厳しさを誇る超高級銘柄牛肉とのこと。こちらも柔らかく絶品、もっと食べたかったですが・・・・・・。海老や新鮮野菜の天ぷら盛り合わせ。そして刺身を完全制覇した後、鯛のカブト煮にしてもらいました。Mさんとは今後の生活の話、御長男の店、料理の話、そしてお互いの体調、そして私の子供の話、趣味の養蜂、ブログ、海外旅行の話、・・・・・・とあっと言う間に2時間強が過ぎていったのでした。帰りのMさんは、『何時もの』千鳥足、そしてこれも『何時もの』ように『何時もの』奥様が車でお迎えに。お身体のご自愛と又の再会を約束して今回のお礼の宴を閉めたのでした。 そしてMさんから翌日早々とメールをいただきました。『昨日は私のために忙しい時間を割いて頂き、またご馳走になり有り難う御座いました。カウントダウンも今日を含めて残すところあと5日になりました。30年近くもこの会社にお世話になりましたが、今思えばあっという間に過ぎ去った感がします。暫くはゆっくり過ごしたいと思っています。皆様も体に気をつけてお過ごし下さい。長い間有り難う御座いました。追伸○○さん、来年春になったらミツバチの件、よろしく。』 と。 人間は一人では生きて行けないのです。苦しい時、悲しい時、嬉しい時、人生の様々な場面で同じ思いを持って、一緒になって、支えてくれる『友人』のありがたさを再確認した夜だったのです。『持つべきものは友』と言ったことわざがあるように、困ったときには相談したり、力を貸しあえる仲でいつまでもいたいものです。親友とは信頼関係を築き、常に繋がっていることができる存在でなければいけないのです。そして高校時代に習った論語を思い出したのです。子曰、「学而時習之。不亦説乎。有朋自遠方来。不亦楽乎。人不知而不慍。不亦君子乎。」 子曰はく、「学びて時に之を習ふ。亦説ばしからずや。朋有り遠方より来たる。亦楽しからずや。人知らずして慍みず。亦君子ならずや。」 この夜、MさんとそしてNさんとこれまでと変わらずに、定期的に近況を連絡しようと再び約束したのでした。
2012.10.29
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伊万里へ再び。いつものようにバスにて横浜ベイブリッジ経由で羽田空港へ。横浜ベイサイドに経つ横浜ランドマークタワーと 丹沢の山々そして左に富士山が。羽田からANAを利用し福岡空港へ。今度は機上からの富士山。既に頂上付近は雪に覆われている富士山。そして反対側の山々も冠雪が。浅間山か?そして北アルプスの山々。この後は機上で爆睡「夢の中へ」、そして福岡空港から同僚とレンタカーで唐津経由で伊万里へ。
2012.10.28
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先日、我が農園のサツマイモの収穫を行いました。7月中に九州・天草に出張した折、道路沿いのスーパー兼土産物売り場で2種類のさといもの苗を購入し、これを持ち帰り定植したもの。順調に成長し、蔓が大きく拡がりました。そして彫り上げたさつまいも。こちらは安納芋の1品種の安納こがね。 南国、種子島に古くから伝わる古来よりの唐芋なのです。そしてこちらは薄いピンクの安納芋?。義兄からもらった蔓は紅あずま。濃いピンクが鮮やかです。甘味が強いので子供の頃は枯れ葉を集め野焼きで焼き芋を楽しんだ種類。しかし今では野焼きの禁止で、この枯れ葉で焼いた焼き芋は楽しむことがなかなか出来なくなってしまい寂しい限りです。早速、妻が薄茶の色の安納こがねを天ぷらに。切ってみると中は黄色、そいてややピンクがかった中心部。さらに黄色さを増して出来上がった天ぷら。揚げたては勿論甘くしっとりして美味だったのです。しかし里芋の大量収穫。二人暮らしではこのサツマイモをどうしたら良いのでしょうか。
2012.10.27
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先週末は我が街の『ふるさとまつり』、会場は市民センター。日曜日の午後、妻と自転車に乗り行ってきました。今年のテーマは『かがやけ 六会 ふるさとまつり』。入り口の大きな『祭』の看板 天気も良い最終日の午後の為か多くの人が。 屋外の仮設の演舞台。行ったときは休憩中。 地元の産地直送の新鮮野菜は既に殆ど売り切れ。 骨董品、雑貨売り場。お皿、コップ等台所商品が多い。後で妻は5枚セットの小型のお皿を購入。50%割引の5枚で250円。 子供達はヨーヨー釣りに熱中。 同じくスーパーボールすくい。さつまいもはやや売れ行き悪し? 館内に入ると、各種 趣味の盆栽が。絵手紙サークルの作品の数々。季節あふれる絵に見事な筆で想いを添えて。いつも尊敬する 『絵の描ける そして達筆な人』。いろいろなサークルの方々の年に一度の発表会。 地下の体育館では街の古老が子供達に、『メンコ、あやとり、カルタ取り・・・』等を指導中。大会場では『かっぽれ』の踊りの発表。そして地元大学の吹奏楽サークルが3曲演奏。そして再び屋外へ。妻は『ところてん』を購入。暑さの中、懸命に焼き鳥を焼く委員会の方々。この日はこのような秋のイベントが各地で行われていた一日?こういった、イベントを更に沢山の方に知ってもらい、参加してもらい、楽しんでもらえるようになれば、我が街はもっともっと活気がある街になれるのでは感じながら帰宅したのでした。
2012.10.26
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昨日のハードな書き込みと打って変わって気分転換。我が家の近くの公園の金木犀が満開、そして黄金の花が香りを漂わせています。今や満開状態。 陽光を浴びて黄金色に輝いていました。この時期早朝に雨戸そして窓を開けるとどこからともなく香ってくるのが、好きなオジサンなのです。しかしこの香りがきらいと言う同僚の若き女性も。実は我が事務所の玄関近くにも2本の金木犀が植栽されているのです。トイレの臭いを想像してしまうからなのでしょうか?そう、かつてトイレの芳香剤といえば、キンモクセイの香りが当たり前だったのでは・・?先日もこのキンモクセイの写真を撮った後、ドラッグストアーに立ち寄りましたが芳香剤売り場には、ラベンダー、森林、そしてレモンなど柑橘系にベリー系、それから「せっけんの香り」など・・・・、様々な香りのバリエーションが出ていたのです。しかしながら、キンモクセイは、殆ど置いてなかったのです。やはり『キンモクセイにトイレの香りのイメージが定着しすぎて、反射的にトイレをイメージしてしまう』のでしょうか。またまたハードな話題でしめくくる事となってしまいました。 そして別の場所では、既に花が散り、黄金の絨毯に。秋が確実に深まっているのです。そして紅葉シーズンの到来を迎えるのです。Last updated 2012.10.25 05:13:17 コメント(0) | コメントを書く
2012.10.25
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先日のテレビ放送『みのもんたの朝ズバッ!』で今年の髪川柳の入選作について取り上げていました。大賞は『http://www.hairmedical.com/campaign120801/121010/』より優秀賞で私のお気に入りはそして何よりも傑作なのは下記佳作の一番上!!『紙がない!』叫ぶダンナに『アンタもね!』そして私の・・・・・・・・・・・・・・・・。下記の写真を撮った私の姿を想像してみてください。(苦笑)下の写真も『濃いところ!』をTRY AND ERROR で撮影。『我が髪は 二八分けで バーコード 』・・・・・詠み人知らず『二八と 一九分けは 髪一重』・・・・・・・・・・・詠み人知らず『上司より 進んだ部下が 偉く見え』・・・・・・詠み人知らず失礼いたしました。
2012.10.24
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韓国・ソウルに出張した同僚から韓国珍味・チャンジャを土産にいただきました。鱈(タラ)の胃袋を塩漬けした後、ごま油、唐辛子、ニンニクに漬け込んだ物。すなわち鱈の韓国風塩辛。箱には日本語で『チャンジャの盬辛』と表記。日本人用の土産品として販売?箱の中にはタッパウエアーに入ったチャンジャが。そして更にビニール袋で真空パックされたチャンジャが。早速ビールのつまみそしてご飯に載せて。スーパーに売っているものより鱈の内臓が肉厚なのです。スケソウダラ100%?そして厳選された部位のみを使用?コリコリとした食感がまた格別なのでした。Tさん、『マシッケ モゴッソヨ』。
2012.10.23
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今年も我が家の庭の『ホウキグサ』が濃いピンク色に紅葉しています。自然に生えてきた苗を妻がフェンス側に移植し育てたものです。ホウキグサはコキアとも呼ばれ、この特徴は細い枝と葉がこんもりと球状に育ち初夏の姿は清々しい青葉、そし秋には鮮やかに紅葉するのです。一年草で高さは1mぐらいに育っています。昔は乾燥させて箒にしたのでホウキギとかホウキグサの名があるのです。見事な色彩これぞ自然の美。そしてその横には『ホトトギス』が負けるものかと咲いています。花にある斑点模様が、鳥のホトトギスの胸にある模様と似ていることからこの名に。この花は『杜鵑草』と難しい漢字ですが、鳥のホトトギスの方は『不如帰』と書くのです。我が家の庭も秋色に、そして濃いピンクにつつまれているのです。
2012.10.22
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青森・五所川原に出張のおり、黒石市・こみせ通りに立ち寄りました。 『日本の道百選』にも選ばれた伝統的建造物が残る黒石市中町どおりのこみせは、黒石藩政時代から今に残る木造のアーケード状の通路。現在、まとまった形で残されているのは全国的にも類例がないといわれ、こみせ通りには、国の重要文化財の「高橋家」をはじめ、造り酒屋、住家などの「こみせ」が連なる町並みを形成しているのです。昔は雨の日でも傘がなくても町の中を歩くことができたとのこと。夏は暑い日差しをさえぎり、冬は吹雪や積雪から人を守り、軒を連ねていた商家はもちろん人々にとってはなくてはならないものであったと。黒石市観光案内図。仲町こみせ絵図。市指定文化財の鳴海家住宅・創業文化3年の「菊乃井」鳴海酒造鳴海家住宅は文化3年(1806)に創業した造り酒屋で、現在の主屋は創業時に建てられたも。木造2階建て、切妻、妻入り、金属板葺き。こみせの下にも通行人の姿も無し。日本の道百選にも選定された雪国の通路空間。こみせの道路側には 、豪雪時等には吹き抜け場所に戸板をはめられる構造になっていた。高橋家住宅。「こみせ通り」を代表する建築である、国指定重要文化財。江戸時代中期の商家の風情をそのまま伝える雰囲気の中で、喫茶が楽しめるという粋なスポット。建築年代は1763年(宝暦13年)頃と。木造一部二階、間口10.9m、奥行き20m。津軽地方の典型的商家構造で、吊り上げ式大戸、通り土間、吹き抜け天井、出格子窓などを具備していました。 造酒屋。 こみせの上には巨大な球がぶら下がっていた。酒林(さかばやし)、別に杉玉(すぎたま)ともいうとのこと。杉の葉をたばねて、丸く刈り上げたもの。緑色の時に吊るして、茶色くなってくるまでの色の変化で、酒の熟成具合がわかる、という合理的な理由によるものらしい。それにしても巨大。直径 2.1m、重量は1500kgと日本一。日本の道 100選のプレート。横町かぐじ広場内には黒石市ゆかりの四大作曲家の歌謡顕彰碑が建てられていた。「武田節、父よあなたは強かった」を作曲した明本京静氏「すみだ川」「網走番外地」を作曲した山田栄一氏美空ひばりのヒット曲を生み出した上原げんと氏石原裕次郎のヒット曲を生み出した上原賢六氏『可愛いモニュメント』を発見。黒石よされの由来でもある恋をテーマにした『恋よされ』モニュメント。つかの間のこみせ道り散歩であったが、非常に落ち着く町並みであった。雪景色のこみせ通りも再び見てみたいと感じながら五所川原へと急いだのであった。
2012.10.21
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東京電力さんから我が家の10月の太陽光発電(京セラ、5.76kw)の 『電気ご使用量のお知らせ』が先日届きました。期間:9月18日~10月16日(29日間)電気使用量 昼 : 19KWH 朝晩 : 130KWH 夜 : 252KWH--------- 合計 :401KWH 金額 :8,085円先月9月は337KWH、6,798円でしたので、+64KWH⇒+1287円となりました。そして『余剰購入電力量のお知らせ』です。購入電力量 :413KWH購入予定金額 :19,824円の結果。約12,000円弱のプラス収支となりました。太陽光発電開始以来の余剰電力の売電料金実績です。昨年10月とほぼ同じ売電金額であった事が解るのです。そして電気購入料金の推移です。今月から気温が下がってきますので、電気カーペット等の暖房費で購入料金が増えていくのです。そして使用料金(東電への支払金額)と売電金額(東電からの収入)の月別推移。緑の棒グラフ以上に赤の棒グラフが高い月はプラスの収支。
2012.10.20
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観閲の後はいよいよ訓練展示。最初は航空部隊。P-3Cによる対潜爆弾投下の瞬間。そして水中で爆発し、真っ白な水柱が。同じくP-3CによるIRフレア発射。IRフレアとは、 赤外線誘導ミサイルの命中を回避するために航空機から空中へ放出する欺瞞装置の一種とのこと。フレアには照明弾に使用されるマグネシウムのほか、フロン、バイトンなどが使用され、これを燃焼させ、強烈な光と赤外線を放射させるのだ。そして水陸両用救難飛行艇の海面への離着陸。US-1A機が海面への着陸態勢。そして海面着陸。続いてUS-2 。こちらも海面に着陸。次には観閲部隊の訓練展示。最初に『たかなみ』とそれに続くわが乗船艦『しらね』からの観閲艦への祝砲発射。観閲艦『くらま』 への祝砲発射で白煙が漂う。次には随伴艦『ひゅうが』に対しても祝砲発射。戦術運動。先頭を引っ張る護衛艦『たかなみ』そして『おおなみ』、『はるさめ』後ろに続く各種護衛艦の列は壮観そのもの。補給艦『ましゅう』から手前護衛艦『はるゆき』への洋上給油。補給艦とは、他の艦船に対して燃料や武器弾薬を補給するための海軍の艦艇のこと。『はるゆき』と並走しながらパイプを連結し給油。LCACによる高速航走。エア・クッション型揚陸艇(上陸用舟艇)。Landing Craft Air Cushionの頭文字からLCAC(エルキャック)と通称されている。艇の後部には2個の推進用シュラウド付大型プロペラが見えた。そしてミサイル艇からのIRデコイ発射。全ての訓練展示が終了し、再び相模湾、浦賀水道を航行し横須賀基地へ。途中、訓練支援船『てんりゅう』の艦上にオレンジの小型飛行機のようなものが見えた。護衛艦が訓練を行う際、その標的となる物体を発射・回収等の作業を行う艦とのこと。オレンジ色のものが標的。そして17時前に下船。9時間に渡る観艦式見学を終了。観艦式を終了し、既に寄港した多くの艦船が停泊。 先導艦『ゆうだち DD-103 』と観閲付属部隊先頭艦であった『いなずま DD-105』の姿も。途中13:25頃から 、野田首相から観閲艦訓辞も艦内に流されたのであった。その中で「安全保障環境はかつてなく厳しさを増し、領土や主権をめぐるさまざまな出来事が起きている。新たな時代を迎え、自衛隊の使命は重要性を増している」と強調し「諸君が一層奮励努力することを切に望む」と締めくくった。すなわち「一層奮励努力」は、日本海海戦で掲げられたことで知られる「Z旗」で使われた表現。すなわち『皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ』。訓示では旧海軍兵学校の「五省」も読み上げたのであった。まるで野田さんの懺悔の言葉そのもの?五省とは一、 至誠(しせい)に悖(もと)るなかりしか(真心に反していなかったか)一、 言行(げんこう)に恥(は)ずるなかりしか(言行に不一致な点はなかったか)一、 気力(きりょく)に缺(か)くるなかりしか(精神力は十分であったか)一、 努力(どりょく)に憾(うら)みなかりしか(十分に努力をしたか)一、 不精(ぶしょう)に亘(わた)るなかりしか(最後まで手を抜かなかったか)沖縄県・尖閣諸島や島根県・竹島をめぐり中国、韓国との関係が悪化する中での、旧海軍を意識した首相の訓示は論議を呼びそうだ。観閲式は陸海空の3自衛隊が毎年持ち回りで開催しているもので、今年は海上自衛隊から艦艇45隻、航空機18機の他に、米国など外国海軍の艦艇も3隻参加して行われたのであった。観閲式は我々一般招待者にも公開されており、1万3千人あまりの観覧者があったとその晩のテレビニュースで。 途中雨に降られ、風も強まり天候には恵まれなかったが、ミサイルの下に潜り込んでの貴重な雨宿りと言う人生最初で最後の体験もしたのであった。
2012.10.19
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我々の乗る護衛艦『しらね』は相模湾の中央部に到着したことをスマホで確認。そして艦艇の観閲・祝賀航行開始。既に野田総理、森本防衛大臣との観閲官は護衛艦『くらま』に乗艦。先頭の旗艦『あきづき DD-115』 5,050t。 受閲航空機部隊も上空へ。指揮官期機 UP-3Cが斜め上空を飛行。 海上自衛隊と68の文字。 我が護衛艦『しらね』に続く第2群『たかなみ』→『おおなみ』→『はるさめ』『おおなみ DD-111』 4,650t『はるさめ DD-102』 4,550t。護衛艦上のヘリコプター。 第3群 護衛艦『いせ DDH-182』 13,950t。『はるゆき DD-128』 2,950t。『あさゆき DD-132』 3,050t。第4群 潜水艦『けんりゅう』以下3隻。 『わかしお』の定係港は横須賀。出入り口には隊員の姿も。 第5群の掃海艇5隻第6群 LCAC-1級エア・クッション型揚陸艇 2106号。同じく第6群 ミサイル艇『しらたか』 200t。第7群 『うみぎり DD-158』 3,550tそして海外から祝賀航行部隊も続いた。フリゲートSYDNEY オーストラリア海軍 揚陸艦PERSISTENCE シンガポール海軍 巡洋艦SHILOH アメリカ海軍 。まさに威風堂々全28隻の大トリ。まるで映画の一シーンの如き光景。晴天の青い海より曇った空、海の方が荘厳感と迫力が。映画 『戦艦大和』の一シ-ンか?圧巻の斜め直列は全長何kmに達していたのでしょうか。まさに息を呑む光景の一言。
2012.10.18
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我々が乗る護衛艦しらねは東京湾に向けて進む。左側には住友重機械工業(株)横須賀造船所が遠くに見えた。後方から続く第2群先頭の護衛艦『たかなみ DD-110』。住友重機械工業(株)浦賀工場で2000年に起工し、2001年に進水。『しらね』よりやや小型であるが、進水は新しい。2011年3月11日に東北地方太平洋沖地震発生を受けて東北沖へ急派され、翌12日午後宮城県石巻漁港近くの岸壁に孤立していた幼稚園児11人を含む32人を救助したのであった。第3群に合流する護衛艦『はるゆき DD-128』右側には『猿島(さるしま)』が見えた。猿島は、神奈川県横須賀市猿島、東京湾に浮かぶ無人島。そして東京湾内最大の自然島。艦内放送によるガイダンスによると幕末から第二次世界大戦前にかけては、東京湾の首都防衛拠点となったと。幕末には江戸幕府の台場が築造され、明治時代に入ると陸軍省・海軍省の所管となり、東京湾要塞の猿島砲台が築造されていたとのこと。一度訪れてみたい島である。三浦半島後方には富士山の姿もおぼろげに見ることが出来た。 東京湾に浮かぶ小型釣り船。船上には4人の釣り人の姿が。東京電力横須賀火力発電所。 長期計画停止となっていたが、東北地方太平洋沖地震で福島第一原子力発電所など複数の発電所が被災したことによる電力不足により、同年7月に運転が再開した火力発電所。私の住む神奈川県の今や大事な発電所なのである。 浦賀水道に浮かぶ緑の航路標識。浦賀水道の入り口部にあるブイ。遠く城ヶ島と城ヶ島大橋の姿が。 久しく城ヶ島を訪れていないのである。相模湾に出て右に旋回した旗艦『あきづき』と『はたかぜ』。後ろに続く『たかなみ』と『おおなみ』、艦番号だけが頼りに記載中。 下の着艦デッキにおり船尾へ 。旗めく『旭日旗』。海上自衛隊は十六条旭日旗。しかし 陸上自衛隊は八条旭日旗。雨が降ってきたので隊員から支給された雨合羽を羽織り艦内を散策。格納庫内全景。ヘリ3機分の格納スペース。入り口部で多くの方々が雨宿り中。いろいろな紐の結び方、遊び方を実演、指導するコーナーも。54口径5インチ単装速射砲。発射速度35発/分最大射程約23,000m(水上)俯仰角度+85°~-15°砲塔人員有人操縦方式全自動電機油圧式給弾方式手動弾丸重量約32kgアスロック発射装置。艦載用対潜兵器。アスロックの弾体は短魚雷(あるいは核爆雷)の後方に飛翔用ロケットを取り付けた構造となっており、発射後、約マッハ1の速度で目標方向へ放物線状に飛翔するとのこと。高性能20mm 機関砲。この機関砲は対ミサイル最終防御システムであり、捜索、探知、追尾、評価、発射等を自動的に実行するとのこと。操縦方式全自動システム重量約6t発射速度3,000~4,500発/分最大射程約4,500m初速約1,100m/秒水上発射管 。魚雷発射管で艦艇から魚雷を発射させる装置。管状の構造をしており、管内に魚雷を装填、艦外へ向けた一方の口から発射するのである。艦内通路。 やはりかなり狭い。そして水密を考えて細かい区画に区切られていた。機関室にも入ることが出来、写真撮影も許可されていた。ここで艦をコントロール。そして操舵室。航行先で授与された多くの楯も飾られていた。【つづく】
2012.10.17
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8月下旬に行われた平成24年度 富士総合火力演習に続いて、先日の日曜日に平成24年度自衛隊観艦式に同僚3人で参加してきました。観艦式とは自衛隊の最高指揮官(内閣総理大臣)が艦隊を観閲することにより、部隊(隊員等)の士気を高め、国内外に自衛隊の精強さをアピールすること また、国際親善や防衛交流を促進することや、国民に自衛隊に対する理解を深めてもらうことを目的としているのです。早朝4時過ぎに起床し小田急線の始発に乗る。奇しくも同じ目的の幼なじみに久しぶりに出会う。大船経由でJR横須賀駅で下車。電車からは多くに人々が改札口に向かっていました。目的地は自衛隊横須賀基地内の吉倉桟橋。観艦式入り口。観艦式のテーマは『守るこの海・夢・未来』。道路脇には多くの自衛隊員が立ち、我々を迎えてくれた。手荷物検査場。アルコール類や危険物を持ち込んでいないかのチェックが行われていた。観艦式の入場切符。下部には住所、名前、電話番号を記入して入場。 この吉倉岸壁からは8機の護衛艦が参加者を乗せて出港するのだ。一番手前には13,500トン型ヘリコプター搭載護衛艦『いせ』。この艦は我が社のグループ会社が2008年に建造し、進水した最新鋭護衛艦。そして我々が搭乗する護衛艦『しらね』の停泊場所までたどり着く。『しらね』は、1978年に進水した5200トン型ヘリコプター搭載護衛艦。艦番号はDDH-143。全長:159m 全幅:17.5m 高さ :47m 最大速度:60km/h(32kt)岸壁の反対側に係留された護衛艦『くらま』。内閣総理大臣や自衛隊幹部が観閲のために乗船する艦船。『くらま』 の対空レーダーそして対水上レーダーが速い速度で左右に回転していた。我が乗船する『しらね』も同じ構造の護衛艦DDH-144。しばらく岸壁にならび漸く乗船、乗船ブリッジ下でチケットをケースにいれ首にぶら下げた。艦内ではパンフレットも配布されておりこれをGET。今回の観閲官・主催者VIP。 観艦式の歴史も記載されていた。観艦式の起源は、1341年、英仏戦争で英国王エドワード3世が自ら艦隊を率いて出撃する際に、その威容を観閲したことに始まるといわれているとのこと。日本では、明治元年3月、明治天皇を迎えて大阪・天保山沖で実施された「観兵式」が観艦式の始まりであり、当時の兵力は6隻、2452トンに過ぎなかっったと。「観艦式」という言葉が最初に使われたのは、第4回目に当たる明治33年神戸沖で行われた大演習観艦式。旧海軍最後の第19回観艦式は、昭和15年横浜沖において実施された紀元2600年記念特別観艦式であり、艦艇98隻、596000トン、航空機527機が参加した壮大なものであったと。最近では3年ごとに開催され、前回はH 21.10.25に開催されたと。そして今年の観艦式の観閲部隊の編成がイラスト入りで示されていた。護衛艦『しらせ』後部の右舷に陣取る。鉄板床に敷く毛布が配布されていたのでこれを敷き護衛艦クルーズの場所を確保。背中の後ろには、8連装ミサイル発射機の短SAM発射装置が。ミサイルの諸元/性能 は射程:13km、高度:3000m、速力:約マッハ3 ミサイル全長:3.65m/翼幅:1.02mと。訓練用の模擬ミサイルが格納され一部が公開されていたが、色は水色、しかし思った よりも細い(小さい)。そしてとなりの護衛艦『くらま』にはVIPが乗船の為の準備が着々と。そして8時半過ぎにいよいよ出港。我々の『しらね』は受閲艦艇部隊の第1群の2番目。先頭は旗艦の護衛艦『あかつき』、そして第1群の先頭は護衛艦『はたかぜ』。三浦半島と房総半島に挟まれた海峡、浦賀水道に向けて進んだのであった。【つづく】
2012.10.16
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岩内新港手前には、かってのフェリー埠頭だった場所を見つめるかのように巨大な像がそびえ立っていた。『アテナ像』と呼ばれ、2000年に岩内町町制施行100年を記念して建設されたもの。建立当時は噴水公園として、訪れる方々の休憩の場ともなっていたと。しかしながら、現在では周囲も荒れ果てた状態で、海風に吹きざらしにでもなったかのようにじっと立ったままであった。アテナは知恵の神様とのこと。建設当時は、アテナは海洋都市岩内のシンボルともなりさらにアテナの多くの発明や優れた技術は、これからの街づくりの先達にとの高い理想の下に・・・・・・・。しかし知恵も出ずに今や忘れ去られているのでしょうか?。帰路、道の駅『いわない』に戻る。来遊記念撮影用のキャラクター達。岩内の観光案内板。 6時30分過ぎであるが まだまだ寂しいこの街のメイン道路。港で採れた新鮮な魚を握ってくれり寿司屋のメニュ-。道路沿いには多くの寿司屋があったが、次回のお楽しみ。 歩道にはこの町を表現した多くのレリーフが埋め込まれていた。 面白い道路の名前。 道沿いの花壇には良く手入れされた、多くの色とりどりの花が美しく咲いていた。岩内岳(1086m)の頂上を 雲に隠れていた。この山も1ヶ月過ぎれば白く変わるのであろうか。1.5時間の早朝散歩を終え、7時過ぎにホテルへ戻る。そしてこの日はホテル前のコンビニで朝食を購入。この日の仕事を終えた夕方、事業所長に車で函館本線の小沢駅まで送ってもらい小樽駅に向かう。突然のもの凄い雷雨の中電車に乗り込む。電車はワンマン電車。余市駅までは乗客は数えるほど。進行方向左手には石狩湾が。海岸沿い海抜2m程度の所を電車は進む。しかも線路と海岸との間には道路はなくいきなり海岸。1993年であったであろうか、北海道奥尻島北方沖の日本海海底で発生した北海道南西沖地震ではこの線路は津波に襲われたのであろうかとふと想いを馳せる。豪雨の中、幸い定刻通り小樽駅に電車は滑り込み、ここから再び快速電車で新千歳空港に向かったのであった。
2012.10.15
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先週末は北海道。岩内町へ同僚のIさんと我が事業所へ出張。新千歳空港から、レンタカーで向かう予定でしたが、自宅に免許証を忘れてしまったのです。Iさんは免許証は持参されていましたが、長年のペーパードライバー。レンタカーは借りることはできますが、運転できるのは私一人。しかし免許不携帯の運転となるため道路交通法違反に。やむなく電車とバスで向かうことに急遽変更。小樽までは快速エアーポートライナーでそしてこの後路線バスを利用して4時間弱の夜の移動をしたのでした。 そして翌朝はいつもの早朝散歩。目指すは岩内港。ホテルを出ると空には朝焼けで赤く色づいた秋雲が。岩内町の市街が眼下に。遠く積丹半島が海に突き出ていた。国道229号線に出る。国道229号は、北海道小樽市を起点とし、北海道檜山郡江差町を終点とする一般国道。早朝の為か車の通行はほとんど無し。道端にはピンクの可憐な花が顔を出していた。コルチカム?秋咲き球根の代表格で、水いらず、土いらずで、バスケットなどに入れて置いておくだけで花芽を出し、きれいな花をたくさん咲かせる球根。我が家のコルチカムも先週までは花を開いていたが、八重のコルチカムがあることは知らなかったのであった。道の駅『いわない』。元国鉄岩内駅の跡地につくられた岩内マリンプラザ地区が道の駅として誕生。ヨットをイメージしたガイドセンターの建物。こちらも人っ子一人いない。昨日到着した岩内バスターミナル。 噴水にはコンピュータ制御で音楽を奏でるこのモニュメント。美しい音色を響かせるとのことですが稼働していなかった。岩内町のシンボルであるカリヨンモニュメント、噴水など水・光・音をモチーフにした 美しい公園。そして公園内の遊具も、さすが海に面した公園であるため錨。平成6年に完成した木田金次郎美術館で、岩内港や岩内山など力強いタッチで描いた作品が約100点収録されているとのこと。そして漸く海岸に出る。遠くに緑の巨大な建物が3棟。北海道電力の原子力発電所 泊原発。泊原発は北海道で最初かつ現在に至るまでの唯一の原子力発電所であり、北海道電力の保有する唯一の原子力発電所。勿論現在は定期点検中で休止状態。 【つづく】
2012.10.14
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今朝、B(Bee)農園に行ってみると、ミツバチの巣箱の前でオオスズメバチがホバーリングしている事を発見。今年はオオスズメバチがミツバチを襲いに来ずに、黄色スズメバチのみでしたが遂に来たのです。早速、完全防備して虫取り網で捕獲。そしてこれをピンセットで挟み粘着剤のついたネズミ取りに貼り付けました。粘着剤の上でのたうち回っていました。そのうち更に一匹を捕獲。併せて3匹を捕獲。後一匹は捕らえ損ないましたが木の葉に。恐る恐る近づき、望遠でパチリ。このオオスズメバチの大きさは6~7センチほど。触覚と腹の形状からメスなのでしょうか?日本最大のハチで、毒も強く、攻撃的な肉食メインのハチ。巣は土の中や建物のスキマ、木のほらに作るため、人目につきにくく、山歩きなどで知らずに蜂の巣に近づきすぎて毎年刺される人が出ているのです。先日もテレビのニュースで秋田のサッカー少年達が刺されたと。これ以上来ないことを願っていますし、一日中巣箱の前で見張っていることも出来ない素人養蜂家なのです。
2012.10.13
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朝晩、ぐ~~んと肌寒さが増してきましたが、それと同時に食欲の秋の到来。秋の味覚と言えば、いろいろと旨いものはありますが、この日は妻が栗ご飯を作ってくれました。黄金色の栗が輝いています。そして秋をめいっぱい頬張ったのです。 豚汁も。いや けんちん汁?ネットで調べてみると『豚汁は豚肉が入っている。けんちん汁には豚肉は入れない。豆腐を入れる。豚汁は味噌仕立である。 けんちん汁は 醤油仕立て?』と。よって今回のは 豚汁。ゴボウの香りと味が抜群。 そしてヒジキの炒り煮。昔、小学校の給食に出てきた時は、黒が不気味で食べられなかったのですが今は大好物。 次の秋の味はなんでしょうか?
2012.10.12
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先週の3連休を利用して、我が家の横(next)の農園(N農園)のイチゴの定植を行いました。イチゴは収穫後半の時期から、『ランナー』というツル状で地上をはい、先端の芽が根を出して生長して繁殖する茎が出てくるのです。芽が出た先端部分の下に、土を入れたポットを置いたり、勝手に地面に着地したりして、子株は増えます。 根を張った子株からも、どんどんランナーは伸びます。普通はこの2番目以降の子株を使うのです。理由は、1番目の子株は育ちすぎてる事と、親株の病気を引き継ぎ易い為なのです。 【http://jasaga.or.jp/ichigo/saijiki/growth】よりランナーが地面を這い、ここで根を張っていました。 これを切り落とし、移植し苗を生長させておいたのです。秋が深まるにつれ、成長も順調で緑の新しい葉が大きくなってきました。これを新しい畝を作り、定植したのです。切り残したランナーと反対側に花が咲くので、ランナーの反対側を畝の縁の近くになる様に植えると、実が成った時に畝の外側に垂れ下がってくれるので、実が土で汚れなくて済むのですが、ランナーが既に枯れ落ちている苗もあり、なかなか判別が難しいのです。肥料は堆肥、鶏糞、米糠を少しずつ。肥料は多すぎても良くないのです。特に窒素分が多いと葉や茎はとても大きくるのですが、肝心の実の太り方が悪くなってしまうのです。全部で5柵の植え付けを行いました。イチゴは冬の間、葉や株が小さくなりますが、冬の寒さに耐え、2月下旬頃から徐々に葉が立ってきて大きく成長し始めるのです。来年の春、4月下旬頃には花が咲き出し我がB(BEE)農園のミツバチ達が放花するのです。いちごを栽培するにあたってミツバチが欠かせないのです。ミツバチがいちごの花の受粉を手伝ってくれてはじめて綺麗な形のいちごが出来るのです。昨年撮影の訪花したミツバチの姿です。
2012.10.11
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九州・佐賀・伊万里の親友のMさんが巨大な梨を送ってくださいました。箱には『伊万里梨』と。新高(にいたか)と呼ばれるジャンボ梨が8個。大きさが解らないので農作業後の私の汚い指と一緒に撮影。 そしてこの日に今度は青森から林檎が。林檎は0度に近い低温で保存すると美味しさが長持ちするとのことでクール宅急便で送ってくださいました。 ことらも十分の大きさ。 梨と林檎の鉢合わせ いや 箱合わせ。 そしてジャンボな赤と黄色が行儀良く。食欲の秋といわれる代表的な果物、梨と林檎が同時に届いたのです。勿論二人暮らしでは食べきれるはずがありません。よって、兄姉にそいて娘夫婦にプレゼンとさせていただいたのです。 甘みのある、そしてジューシー、シャキシャキ感を大いに楽しませていただきました。
2012.10.10
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我が家の横の畑の隅で大きくなってしまった雑草を除去していると、収穫適期の多くのミョウガを発見。薄黄色の花を咲かせたミョウガ。既に花を落としたミョウガ。 満開の花。たくさん採れました。 俗に「食べると物忘れがひどくなる」と言われていますが、学術的な根拠はなく、栄養学的にそのような成分は含まれていないとのこと。このミョウガの独特の香りが好き、そして特有の紅色が目を楽しませてくれるのです。早速、お澄ましで楽しみました。
2012.10.09
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先週末には友人から【きりたんぽ】のSETがクール宅急便で送られてきました。発泡スチロールの箱の中にはきりたんぽ10本 比内鶏300g 比内鶏スープ2本 芹 葱 ごぼう まいたけ 糸こんにゃく そしてレシピ が。いたれりつくせりの豪華SET。肉は比内地鶏、山岡精肉店の袋に入って。 そして新米きりたんぽが10本。いや切る前だから『たんぽ』?きりたんぽは漢字で切蒲英。新米の半殺し(半分潰すという意味)のうるち米(粳米)のご飯を竹輪のように杉の棒に巻き付けて焼き、棒から外して食べやすく切った食品。秋田県の郷土料理。鶏がらのだし汁に入れて野菜やいろいろな具を入れ煮込んだのがきりたんぽ鍋。早速、夕飯にいただきました。Wikipediaによると、風味が変わってしまう魚肉(竹輪などの練りもの)、匂いが変わるニンジン、風味が変わるシイタケは入れないと。基本はゴボウ、鶏肉、マイタケ、ネギ、たんぽ、セリの6種と。緑の芹が彩りを添え、味を引き立ててくれたのです。『みんな まんず、うめぇから食べてみて けれ。』『だどもよ 作りすぎて たべきれね~よ。』『それ さしても 近頃 いっぺのものを もらうな。ありがたいことさ。』
2012.10.08
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五所川原からの帰り道、道の駅『なみおか』に向かう。アップルヒル・道の駅『なみおか』は、国道7号線・青森〜弘前間のほぼ中間地点に位置し、青森空港そして浪岡ICも近くりんご生産日本一の町にあるのだ。文字どおり観光りんご園も運営し、秋(9〜11月上旬)は、りんごもぎ取り体験等観光事業への取り組みも積極的に行っているのだ。目的はりんごの購入。許された時間は10分程度。のんびりと道の駅の風景や店にシャッターを向ける時間はなし。大急ぎで宅急便でのリンゴ発送を依頼。その一つは自宅用。早くも昨日夕方に到着。24hrでの到着に宅急便の輸送力に驚嘆。段ボールを開けて見ると保護用の白いスポンジの隙間から赤と黄色のリンゴが姿を見せた。赤と黄色が行儀良く並んでいた。 赤は、もぎたての【早生ふじ(ほのか)】。早生ふじとは「ふじ」の血統を受け継ぐ早生のりんごのこと。「ふじ」より約1か月程度早く収穫できる、「ふじ」の早熟系統と。そして黄色。もぎたての【トキ】。りんごの遺伝子から「王林」と「ふじ」を交配してできたりんご。皮にほんのりピンク色になっていた。大きさはいずれも10cm以上の大玉。そしてさっそく黄色の【トキ】を味わう。ジューシーだが甘さはもう一つ。やや収穫の【トキ】が早かったのであろうか。そして赤の【早生ふじ】は如何に。
2012.10.07
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昨日は青森・五所川原へ日帰り出張。早朝5:20に自宅を出、6:00発の羽田空港行きのバスを利用。定刻通り、羽田空港第一ターミナルに到着。この日は8:15発のJAL青森空港行き朝一便。離陸後暫くすると窓の下にハート型のユニークな形の湖が見えた。渡良瀬遊水地の谷中湖。三分割されているのが解ったがややピンボケ。更に進むと遠く中禅寺湖が見えた。手前の地肌の見える山肌は足尾銅山の跡地?地上は稲刈りのほぼ終わった田園風景に変わる。そして秋の雲ががモクモクと。そして秋田上空は一面の雲。天候が悪くなったことが予想された。陸奥湾上空でUターンし無事青森空港に着陸。やはり外は雨。空港には同僚がレンタカーで迎えに来てくれていた。この車で赤く実るリンゴ畑の横を走りながら五所川原の我が事業所に10:30過ぎに到着。昼食はいつもの?五所川原・「立佞武多の館」の隣にあるマルコーセンターへ。鮮魚店や惣菜店、青果店などが入っている市場。マルコーセンターの中にある「市場中食堂」が目的地。この日も名物の『やってまれ丼』に挑戦。五所川原・立佞武多のかけ声は「ヤッテマレ、ヤッテマレ!」とのこと。そして「ヤッテマレ」は津軽弁で、標準語の「やってしまえ」に近い意味とのこと。この『やってまれ丼』は、青森古川市場の『のっけ丼』や釧路和商市場の『勝手丼』と同じく、市場内で買ったネタをそのまま丼の上にのせて食べられる海鮮のオリジナル丼。更にマルコーセンターのこの『やってまれ丼』には、なんと十三湖名物のしじみ汁がセットで付くのが良いのである。今回買ったネタ。ご飯と併せて総額950円。海鮮丼の出来上がり。勿論完食、そしてしじみ汁はお代わりを。そして昼食後のデザートは同僚が買ってくれたリンゴ。東京に単身赴任されてから早1ヶ月以上。店で借りた包丁のさばきも見事。東京での仕事以上に料理を作る楽しさを知ってしまったのであろうか??慣れた手付きと鮮やかな速さで包丁を動かす姿に周囲は唖然!!そして慌ただしく現場に戻り、これも『漏れの無きよう』鮮やかな早さで問題解決に立ち向かったのであった。そして応急処置とは言え、問題解決の目処も立ち、慌ただしく17:05発予定の30分遅れの便で帰路に向かったのであった。
2012.10.06
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会社から役員にIphone5が支給されました。「携帯電話もメールもまだ通じない。いったいどうなっているんだろう」--。東日本大震災が起こった2011年3月11日の直後、私は京成電鉄で成田から上野に向かう電車の中に閉じ込められたのであった。震災当日、私を含む多くの人が抱いたのは「携帯電話って、大災害発生時にはここまで使えなくなるものなのか」という感想。年末年始や大規模なイベントが開催された時などに携帯電話事業者が発信規制を行うのは珍しくないが、一部がつながりにくくなる程度であり、多くのユーザーが何時間もほとんど使えなくなるようなことはなかったのであったが。私の住む、そして会社のある関東地方は、震災が直撃した東北方面と異なり、地震や津波によって通信インフラが物理的に被害を受けた地域は少ない。にもかかわらず、なぜ携帯電話がこれほどまでに使えない状態に陥ってしまったのか。答えは簡単、通常時では起こりえないほどの通話トラフィックが集中したからなのだ。私も漸く関西支社に携帯電話が繋がり、自分の無事を報告できたのであった。しかし、それまでに津波の報道等をワンセグで見ていたため、あっと言う間に電池切れ、コンビニに駆け込むが既に全ての携帯電話用電池類は売り気れ。その瞬間から情報が一切入って来なくなってしまったのであった。今回はこの情報遮断をいかに回避するかを目的に、Iphoneが支給されたのだ。これにより情報や連絡手段としてワンセグテレビ、ラジオ放送そしてインターネットへのアクセスそしてブログ、Twitter、SNSなどへの安否書き込みも可能。 支給されたiPhone 5はかつてない精密さで設計、加工された美しいアルミニウム製の白のボディ。iPhone 5の薄さはわずか7.6ミリ。重さはたった112グラムとのこと。早速書店でガイドブック付きの月刊誌を購入。まだまだ使い方が解らない。現在保有している会社携帯はDOCOMO。この電話帳をIphone5へ移す方法、Itunesからの音楽等の同期方法・・・・・等々またまたやるべき事、そして悩みが増えたのであるが。
2012.10.05
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同僚のTさんが秋刀魚をクール宅急便で送ってくださいました。宮城県女川港のラベルが箱の横に。 大地震により20mの津波が襲った町、しかし女川原発は無事だったのだ。中には青いビニール袋に入った新鮮秋刀魚が10尾。周囲には氷が。ピカピカと輝いた秋刀魚そして目が濁っていない新鮮さ。Wikipediaによると、「秋刀魚」の由来は、秋に旬を迎えよく獲れることと、細い柳葉形で銀色に輝くその魚体が刀を連想させることにあり、「秋に獲れる刀のような形をした魚」 からと。早速妻が、もちろん刺身にしてくれました。ショウガを添えて。脂がのって身の締まりが最高。そして1尾は妻と仲良く半分の塩焼きで。もちろんこちらも完食。魚の食べ方には自信のあるオジサン。箱の中にはさんまの『お刺身のつくり方』 が親切にも。送っていただいた光った新米と光った秋刀魚を大いに楽しんだのでした。感謝、感謝、ありがとうございました。ごちそうさまでした。二人暮らしでは新鮮な内に食べきれないので近くに住む姉にもプレゼンとさせていただきました。
2012.10.04
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佐賀・伊万里のお客様そして今では親友のMさんが、自ら手塩にかけて栽培され、収穫された新米を送ってくださいました。出荷されているのでしょうか、専用の袋で送ってくださいました。頭を垂れる稲穂の絵。『実るほど 頭を垂れる稲穂かな』と言う言葉がありますが稲穂は実れば実るほど、重みで穂先を垂れ、頭を下げていきます。「学識や徳行が深くなった人ほど、謙虚になっていく」という意で、力がついて、成功している時こそ、謙虚に生きていきなさい、という戒めを表現した口語。人間はある程度生きる為の力がついてくると、周囲への感謝を忘れてしまいがちな生物。「自分は経験もあり、一人前だ。何でもできるんだ」と勘違いしてしまうのです。親しい友人からの戒めの表現かもしれないと感じているのです。早速妻が夕飯にこの新米を。米一粒一粒が光っているのでした。そして粘りけと柔らかさが最高。そしてこの日の夕飯は豚カツ。私は米の栽培経験が全くない『新米』の趣味の農園主ですが、Mさんは米栽培のプロ、でも経験が豊富な人の事をさして、『古米』とはいわないのです。
2012.10.03
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我が家の9月の太陽光発電(京セラ、5.76kw)の 実績報告です。 発電量 : 639KWH消費量 : 502KWH売電量 : 492KWH自給率 127% と言う稼働実績となりました。今年の9月はほぼ順調でしたが僅かに去年の発電実績を下回りました。ピーク発電量も5.3KWを達成していますので、パネルは順調に稼働していることが解ります。9月11日はこの月最高の発電量30KWhを記録しました。9月7日からの1週間は発電量が極めて高いレベルで推移したことも解るのです。 しかしながらその後、天候に恵まれず発電量が下がってしまいました。 発電開始以来の月別発電量実績です。紫色が本年2012年の実績です。そしていつのまにか累積発電量が30000KWHを達成していたのです。そして売電金額は凡そ98.5万円、しかしまだまだ回収には時間がかかるのです。
2012.10.02
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台風17号が我が地域に近づく可能性があるとのことで、昨日は朝から農園、養蜂場の台風対策を行いました。昨年9月下旬に上陸した台風15号と、ほぼ同じコースを辿ってきた。今日の朝の出勤時に、影響がないことを願うだけ。雨雲のかなり発達しているため、雨量もかなり大きそう。まずは我が家の横の農園対策。蚊が多いため蚊取り線香を近くに。こちらも台風の渦と同様に反時計回り。ピーマンには支柱を追加し、梱包用のビニール紐で枝を縛る。そしてナスも同様。先週苗を移植したばかりの白菜には寒冷紗の覆いを掛けました。周囲にしっかりと固定金具を差し込みました。ロマネスクは未だ苗が小さいため白の不織布で覆いました。ブロッコリーは固定金具の余ったものを利用。風で苗が廻されて切れてしまうのを防ぐためです。カリフラワー、キャベツは割り箸を苗の横に差し込みました。そして養蜂場の蜂巣箱には重しを追加。夕方に換気窓を閉め忘れていることに気がつき、慌てて雨が小降りの時間を利用してその作業に行って来ました。既に蜂達は巣箱の中で静かに台風の過ぎ去るのを待っているようでした。いずれにせよ、野菜苗、ミツバチに台風の風による被害が少ないことを祈っているのです。そして今朝日の出とともに養蜂場に行ってみると、なんと重しが外れ巣箱の蓋まで外れて周囲に散乱していました。慌てて復旧しましたが雨に濡れたミツバチは元気を取り戻してくれるでしょうか?そして3段群も転倒寸前状態。雨により基礎のブロックが重さで沈み込んでしまっていました。こちらも全ての段を外し基礎のブロックを水平状態に復旧。途中ミツバチ達は大いに興奮状態。お陰で右腕を衣類の上からきつい一発。そして台風一過の朝、西の空の富士山。そして真ん丸の月が見事に見えました。高圧電線が邪魔!!慌ただしく朝の農作業を終え、シャワー、朝食、着替えそしていざ出陣。
2012.10.01
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