全30件 (30件中 1-30件目)
1

27日と28日の両日ともサービスエリアで仮眠をとりながらだったが、九州までの高速運転だったので、帰宅して昼までの3時間は熟睡。夜も早くからぐっすりと眠ったので、爽やかに朝早く元気に目覚めた。 東大阪エリムの新会堂の契約も完了し、担当伝道師と教会員が興奮状態で取り組んでいる姿を見ると、疲れも吹っ飛ぶほど嬉しい! 大阪府の3大都市にエリムがあることが不思議な思いで、主のなさることはみなその時にかなって美しい!と主に栄光を帰しつつ、今日の奈良市、大阪市、堺市と礼拝のときが続きます。お祈り感謝します。「天の虫けら」(9)・・・「ばあ」の最期 夏休みが終わるころ、六年目の患いに入っていた「ばあ」の様態が急変した。 父はよく世話をしたと、今になって思う。自分のことが何一つできず、寝たきりの「ばあ」を、食事の世話から、掃除、洗濯、下の世話まで、細やかに愛情を注いで看護していた。 私が父の家に来たころ、「ばあ」はまだ元気だった。当時「ばあ」は家事や仕事をしながら、いつも同じ歌を口ずさんでいた。哀愁を帯びたメロディに、何と寂しい歌だろうと思ったことを覚えている。まぼろしの影を追いて うき世にさまよいうつろう花にさそわれゆく 汝が身のはかなさ春は軒の雨 秋は庭の露 母はなみだ乾くまなく 祈ると知らずやおさなくて罪を知らず むねにまくらしてむずかりては手にゆられし むかしわすれしか汝が母のたのむかみの みもとにはこずや小鳥の巣にかえるごとく こころやすらかに汝がためにいのる母の いつまで世にあらんとわに悔ゆる日のこぬまに とく神にかえれ (讃美歌五一〇番) このメロディーを『讃美歌』で見つけた時の驚きを分かってもらえるだろうか。知ったのはクリスチャンになってすぐだから、もう四十年以上も前になる。しかしそれからも私は、このことをだれにも話さなかった。 「ばあ」の臨終の時がきた。兄はすでにクリスチャンであり、母の枕元で祈りを献げている。父も長年連れ添った愛妻の魂を神にゆだねるように祈っている。二人の祈りの中、「ばあ」は静かにその生涯を閉じた。 相談の結果、葬式はハモンド先生にキリスト教式でしてもらうことにした。同時まだ大阪聖書学院の神学生だった池田牧師が、通訳を兼ねて式を進行してくれた。おそらく村では初めてのキリスト教式の葬列だったと思う。 私が初めてキリスト教に正面から接したのは、まさにこの「ばあ」の葬式の時だった。そしてそれから一週間もしないうちに二学期がスタートすると、私はキリスト教会の礼拝 に出席していた。だから、私をまことの神に導いたのは、「ばあ」なのである。 また池田牧師は、この最初の葬式がきっかけで、種子島伝道に導かれ、今日に至るまで四十年以上にわたって、愛と重荷をもって種子島に仕えておられる。最近ではそのビジョンはさらに広がり、リゾート的な老人ホームの建設や中国宣教までも計画しているという。そんな先生を種子島に導いたのも「ばあ」であると言っても過言ではない。こう書くことを池田牧師も許してくれると思う。 父は若いころ、「ばあ」を神戸でキリスト教会に導き、自分も熱心なクリスチャンになった。しかし、船を降りてからは信仰から離れ、好き放題のことをしていた。そんな父を再びキリストに導いたのも、やはり「ばあ」の存在であった。 「ばあ」は三十年も前に、自らの愛の結晶である唯一の男の子を、牧師として聖なる神に献げる決心をしたのを忘れたことはなかった。長女を二十歳で天に送り、次女は生後間もなく召された悲しみの中で、ただひたすらに沈黙の信仰を貫いた「ばあ」こそ、真の信仰者であったことを確信する。また、私を黙って引き取り、自分の子として育ててくれた愛は偉大である。 「汝がためにいのる母の いつまで世にあらん とはに悔ゆる日のこぬまに とく神にかえれ 母はなみだ乾くまなく 祈ると知らずや」と、祈りに祈られた愛する息子、榮一仰牧師は、母が召される前に、大阪救霊会館で見事に救われたのである。そればかりではない。母の臨終の場に立ち、祈った時は、生涯を牧師として献げられた息子として、献身の誓いを新たにし、生駒聖書学院に入学することを決心していた。詩篇9:1 私は心を尽くして【主】に感謝します。 あなたの奇しいわざを余すことなく語り告げます。 9:2 私は、あなたを喜び、誇ります。 いと高き方よ。あなたの御名をほめ歌います。 9:3 私の敵は退くとき、つまずき、 あなたの前で、ついえ去ります。 9:4 あなたが私の正しい訴えを支持し、 義の審判者として王座に着かれるからです。 9:5 あなたは国々をお叱りになり、悪者を滅ぼし、 彼らの名を、とこしえに、消し去られました。 9:6 敵は、絶え果てて永遠の廃墟。 あなたが根こぎにされた町々、 その記憶さえ、消えうせました。 9:7 しかし、【主】はとこしえに御座に着き、 さばきのためにご自身の王座を堅く立てられた。 9:8 主は義によって世界をさばき、 公正をもって国民にさばきを行われる。 9:9 【主】はしいたげられた者のとりで、 苦しみのときのとりで。 9:10 御名を知る者はあなたに拠り頼みます。 【主】よ。あなたはあなたを尋ね求める者を お見捨てになりませんでした。
2007/09/30
コメント(0)

木曜日午前中講義終了後、大阪市内で予定を済ませ、午後3時に福山市へ行き5名でホテルのバイキングで夕食。 午後8時過ぎに山陽自動車道路で佐賀県鳥栖市の新築教会を訪問。大先輩の牧師が自らの拡大され行く働きの原点は、生駒聖書学院で培われた聖書のみことばと聖霊により、特に創立者の経済に対する揺るぎない確信は、シッカリと自分も受け継いでいると、400坪の敷地の300坪の教会を案内しながら、興奮気味に語ってくれました。 その後久留米市の2箇所の教会を訪ね、目的地の八女市に危篤状態の姉妹(88歳)のために病室で祈りました。九州自動車道、山陽・中国自動車道、阪神高速、第二阪奈道路と乗り継いで帰路に。2日連続の夜通しのドライブだったので、眠たくて眠たくてサービスエリアに「着くたびに短い熟睡をとり、今朝(土曜日午前6時)帰宅し、天の虫けらをブログで紹介しています。本を読まれた方にはダブりますがご容赦願います。「天の虫けら」(8)・・・無神論者がキリスト教に出会う ある日の放課後、アメリカ人が英語を教えているので行こうと友人に誘われた。外人に会うのも初めてだし、しかもただで教えてくれると言う。みんなでワイワイ出かけた。種子島に着任したばかりのアルビン・ハモンド宣教師が、オートバイでかっこよく校門に入ってきた。 会場には三十名くらいの生徒が集まっていた。最初に、「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」(マタイ11:28)ということばを英語で暗唱する。 不思議に思った。重たい荷物を持ってあげると言うこの人は、だれだろう?ハモンド先生自身が語っているとばかり思い、「そうか、重い薪を背負っていると、この人が代わりに背負ってくれるのか。この人が背負ってくれたら、一回で終わり、後は遊べるなあ」と、今考えると恥ずかしくなるようなことを考えていた。それほどキリスト教とは縁のない生活をしていたのだ。だから誘われても礼拝には行かなかった。逆に少し事情が分かると、「何だ。キリスト教の勧誘か」と熱が冷めてしまった。 時々、お金をもらったり、米や野菜を運んだりするために家に帰った。貸し自転車を使うこともあったが、経費節約のためにバスには乗らず二十キロの道を五時間近くかけて歩くこともあった。 ある日、家に帰ると、暗いランプの下で父が本を読んでいる。いつも何か読んでいる父なので、その時は気にも留めなかった。父は食事の時も、何かブツブツ言ってから食べている。翌日の昼間に、昨夜父が読んでいた本を手に取って見たら、『新約聖書』とある。「あっ、キリスト教のバイブルだ」と驚き、すぐ手を離した。何か汚れでも付きそうな気がした。それからはできるだけ家に帰らないように、下宿先で過ごす期間を長くした。詩篇8:1 私たちの主、【主】よ。 あなたの御名は全地にわたり、 なんと力強いことでしょう。 あなたのご威光は天でたたえられています。 8:2 あなたは幼子と乳飲み子たちの口によって、 力を打ち建てられました。 それは、あなたに敵対する者のため、 敵と復讐する者とをしずめるためでした。 8:3 あなたの指のわざである天を見、 あなたが整えられた月や星を見ますのに、 8:4 人とは、何者なのでしょう。 あなたがこれを心に留められるとは。 人の子とは、何者なのでしょう。 あなたがこれを顧みられるとは。 8:5 あなたは、人を、神よりいくらか劣るものとし、 これに栄光と誉れの冠をかぶらせました。 8:6 あなたの御手の多くのわざを人に治めさせ、 万物を彼の足の下に置かれました。 8:7 すべて、羊も牛も、また、野の獣も、 8:8 空の鳥、海の魚、海路を通うものも。 8:9 私たちの主、【主】よ。 あなたの御名は全地にわたり、 なんと力強いことでしょう。
2007/09/29
コメント(0)
受験の日を迎え、私はひとりで種子島高校の受験会場に入った。島中の秀才が集まってきたように思い、一番小さな中学からの受験者である私は、ひとりぼっちだと感じていた。それでも休み時間に声をかけてくれた受験生がいた。友達になれそうだった。 合格発表の日、自分の受験番号を見つけた。正直うれしかった。 しかし同時に、家の事情を考えると心配になってきた。家には中風でもう五年も寝たきりの、義理の母がいたからだ。私はこの母に決して近づくことなく、いつも「ばあ」と呼んでいた。悪い意味ではなく、おばあさんの愛称である。年寄りだったし、村でもこの人のことを「ばあ」と呼んでいたので、その呼び名に違和感はなかった。 父に合格を知らせると、「お前は合格すると思って心配しなかった。だから、学費のことは心配せんでも、しっかり勉強しなさい」とだけ言ってくれた。 家から高校までは二十キロもある。当時バスは一日一回だけ、自転車通学もできなかった。西之表には父の知り合いがいたが、私と同級生の孫娘、信子さんがいるから同宿はできない。受験の日だけ泊めてもらい、彼女といっしょに受験し合格した。 ちょうど中学の先輩に徳永三伍さんという秀才がいた。だが彼も妹の筆子さん、道子さんといっしょに下宿している。お願いするのはむりだ。三伍さんが心配して、一人で下宿していた遠藤さんという友人に頼んでくれた。彼は喜んで迎えてくれ、阿世知さんという家で自炊下宿をすることになった。 遠藤さんは、朝の食事と弁当、夕食を交代で作ろうと言ってくれた。ところが最初の朝、遠藤さんはなかなか起きてくれない。阿世知さんは弓道の名手で、朝五時にはもろ肌脱いで弓を射る。朝の澄みきった空気を裂いて矢が的に当たる。遠藤さんは何度呼んでも起きてくれない。しかたなく一人で七輪を出し、火を起こした。ちょうど阿世知さんが釣瓶の所に顔を洗いにきた。その時、米を研ぐ私の手元から一粒の米が流れた。阿世知さんは厳しい声で、「もったいない。拾いなさい」と言うと、それから米の研ぎ方、ご飯の炊き方の手ほどきをしてくれた。 この家に住んだのは、学校の寮が完成するまでの一年弱だったが、その間に掃除の仕方から礼儀作法、武士としてのたしなみに至るまでしつけられ、感謝している。ただ弓だけは教えてくれなかった。私のスポーツ嫌いを見抜いていたのかも知れない。なお阿世知さんの娘の喜和先生は中学の教師で、私といっしょにバプテスマを受けた。 同じ中学出身の同級生は一人もいなかったが、良い先輩に恵まれ、すばらしい同級生も多く、ガールフレンドにも出会い、楽しい高校生活だった。 詩篇7:1私の神、主よ。私はあなたのもとに身を避けました。どうか、追い迫るすべての者から私を救ってください。私を救い出してください。17その義にふさわしく、主を、私はほめたたえよう。いと高き方、主の御名をほめ歌おう。
2007/09/28
コメント(0)

アドナイイルエ=主の山には備えがある!ということばが創世記22章)に記されています。山は困難や試練を象徴しますが、人生で直面するどのような山も乗り越えることができる。神様優先の生活を続けるときに、そこには必ず備えがあることを体験できます。 東大阪市で3年間無償提供の教会堂で礼拝を続けてきました。来月で満期になるため新しい礼拝できる場所を捜し求めていました。アドナイイルエ!と告白しながら・・・・。 25日(火)に大阪中央線荒井駅より2分の所に、約40坪の(築2年で未使用の部屋が破格の条件で契約でき、広々とした美しい会堂で礼拝が守れることを感謝しています。受洗50周年の11月23日(祭日)が奇しくも献堂式になります。お祈りありがとうございました。「天の虫けら」(6)・・・小さな反乱 種子島には県立高校が四つ(現在は2校)ある。西之表市に二つ、中種子町と南種子町にそれぞれ一つである。私が中学を卒業した昭和三十二年ごろは、田舎の中学生のほとんどが就職する時代だった。私は、高校に進学するなら、種子島高校と決めていた。勉強も学校も嫌いではなかったし、小学校、中学校と欠席も遅刻も早退もなく通いつづけた。ただ教師が嫌いなだけの変な少年だったのである。まだ何がまっすぐなのか判断のつかないのに、とにかく曲がったことが嫌いだった。不必要なことは言わず、聞かれたことには返事するが、聞かれなければいつまでも黙っている。そんな生活が長く続いたので、牧師になっても相変わらずで、人づき合いは下手なままである。 星原中学から種子島高校を受験する予定にしていたのは三人だった。受験を控えて、英語の授業がどうも理解できず、先生に「もう少し分かりやすく教えてください」と申し出た。教員になったばかりの新任の教師は、顔を真っ赤にして怒った。いつも「何でも困ったことがあったら、言っておいで。僕は兄貴みたいな者だから、いつでも来ていいよ」と言っているので、勇気を出して話したのにと思った。次の授業から、ますますむだ話が多くなった。しかも言いぐさが気にいらない。「どうせ、君たちのほとんどは、就職するからな」などと平気で言う。高校へ行きたい気持ちは、みんなもっているのに、何ということを教える教師なんだろう? 校長先生に相談する以外にないと思った。校長の川口先生は、私のへたな絵に少し絵筆を加えて県の展示会に出し、見事入選を取らせてくれたことがあった。先生の娘も私と同じクラスだった。私は、あの校長先生なら、きっと何とかしてくれるだろうと思っていた。 校長室は少し緊張したが、いつも緊張しているから同じだと勇気を出して、担当教師を変えてくれるようにお願いした。校長先生はニコニコとうなずきながら聞いてくれたが、何も確約はしてくれず、「私から英語の先生に話してみましょう」とだけ言ってくれた。これでまともな授業になるかと期待したが、ますますおかしくなった。 最後の手段として、英語の嫌いな者も含めて何人かで、倉庫に隠れて英語の本を読んだ。さすがに受験生の大半は加わらなかったが、私たち数人は三日間、英語の授業には出なかった。何しろ筋金入りの共産主義者に育てられ、小学生のころから選挙の時にはメガホンを持って、暗闇の田舎道を「共産党の何々を市会議員によろしく!」と叫ばされていた。また自分が正しいと思ったら徹底してやれと、育てられていた結果でもあった。 三日後、校長先生が頼むからやめてくれと頭を下げたのをきっかけに矛を収めた。もともと人を困らすためにやったことではない。授業をやってほしいと言うのに、変な冗談やだじゃればかり言うから、ちゃんとしてほしかっただけだ。でも今では、その若い英語の先生に「ごめんなさい、先生。私を赦してください」と素直に謝りたい。 詩篇6:1 【主】よ。御怒りで私を責めないでください。 激しい憤りで私を懲らしめないでください。 6:2 【主】よ。私をあわれんでください。 私は衰えております。 【主】よ。私をいやしてください。 私の骨は恐れおののいています。 6:3 私のたましいはただ、恐れおののいています。 【主】よ。いつまでですか。あなたは。 6:4 帰って来てください。【主】よ。 私のたましいを助け出してください。 あなたの恵みのゆえに、私をお救いください。
2007/09/27
コメント(0)

「天の虫けら」(5)・・・組織をはみ出す榮義之牧師 国分市に東先生を訪ねた数ヵ月後、「榮牧師。あなたのことを書きましたよ」と『トッピーの来る島』が送られてきた。音楽の時間のことが実名で書いてあった。うれしかった。出版記念会にも招かれ、ケニアから帰国直後だったが駆けつけ、お祝いのことばを述べた。 その会で、先生の周りには、すばらしい人脈が張り巡らされていることを知った。私などは、ただ遠くにいて、先生を眺めていたような関係であることも分かった。そして先生はそんな生徒さえも覚えている、本物の教師だったのだ。 残念ながら先生は、持ち前の正義感が強すぎたために教育委員会と対立し、定年になる前に自分から教師を辞めてしまった。ある時、先生は寂しそうに、「教師だったころは、どんな学校の門にも大胆に入っていけたが、教師を辞めると敷居が高くなった」と語っていた。そういうものかも知れない。組織化された社会では、はみ出し者は生きるのが難しいように思う。東先生がはみ出し者だと言っているのではない。先生の周りには多くの人たちが今も先生を慕って集まっている。しかしそんな東先生でさえ、組織から押し出されたさみしさを感じることがあるのだ。 キリスト教会だけはそうであってはならない。なぜなら天国の門は、信じるならだれにでも開かれ、ためらわずに入れるのだ。 東亮吉先生はその後、私が十六歳でクリスチャンになるまでの生い立ちを描いた『サバンナに愛の光 永遠に』と題する小説を出版された。 種子島は飛魚がたくさん取れる島です。飛魚のことをトッピーと言います。船で種子島へ行くと船と競うように飛ぶ魚です。 海面から10mの高さ、ひと飛びで200mも飛ぶと言います。 関東以北ではあまり食べられませんが、南西日本では夏の味として親しまれています。脂が少なく淡白な味で、 各地で色々な料理法が考えられて郷土の味になっています。 日本海側ではアゴと呼ばれて料理やダシの元として重宝されます。詩篇 5:1 私の言うことを耳に入れてください。【主】よ。 私のうめきを聞き取ってください。 5:2 私の叫びの声を心に留めてください。 私の王、私の神。 私はあなたに祈っています。 5:3 【主】よ。朝明けに、私の声を聞いてください。 朝明けに、私はあなたのために備えをし、 見張りをいたします。 5:4 あなたは悪を喜ぶ神ではなく、 わざわいは、あなたとともに住まないからです。 5:5 誇り高ぶる者たちは 御目の前に立つことはできません。 あなたは不法を行うすべての者を憎まれます。 5:6 あなたは偽りを言う者どもを滅ぼされます。 【主】は血を流す者と欺く者とを忌みきらわれます。 5:7 しかし、私は、豊かな恵みによって、 あなたの家に行き、 あなたを恐れつつ、 あなたの聖なる宮に向かってひれ伏します。
2007/09/26
コメント(0)
天の虫けら 第四回 淡い思い出<また先生は、スポーツをする喜びも与えてくれた。「義之、お前卓球をやれ。今度の町の競技大会の選手になれ」と選んでくれたのだ。試合では一勝もできなかったが、それでも惜敗だった。 それが終わるや否や「今度の秋の体育大会では、一五〇〇を走れ」と、矢継ぎ早の命令が下った。選手に選ばれると、過酷な特訓が待っていた。片道八キロの道を通ってくるのに、練習だと言って二キロ走って納官村の坂道まで行き、登ったり降りたり。鋭い笛が鳴っても、終わったなどと思うのは大間違いで、今度は長浜の砂の上を走りに走らされる。全部が特訓なのである。炭俵担ぎの時まで、腰に力を入れてしっかり担げと檄(げき)が飛ぶ。八キロも歩いて往復している身にもなってくれと心で叫んだ。ただ、くたくたに疲れても、不思議に帰路の足取りは軽かった。 選手には大会当日、野間の運動場まで、貸切りバスで行くという特権がある。初めて選ばれてバスに乗った。一五〇〇は二周目までは先頭だったが、三周目で追い抜かれ、四等だった。それでも私の生涯で唯一の入賞である。帰りのバスでも先輩が冷やかしながらも、よく走ったとほめてくれた。 その帰途のこと。みんなはバスを降りるとすぐ家のため、体操服だけだった。ところが雨が降りだし、寒くなった。ふと隣の席を見ると、一年生の女子生徒が震えている。私は学生服を脱ぐとそっと着せかけた。彼女はつぶらな瞳を輝かせて、小さな声で「ありがとう」と、私だけに聞える声で礼をした。ところがなぜかその親切が知れ渡り、翌日から恋人同士にされてしまった。多分、違う村から来ている私への冷やかしだったのだろう。少年時代のほのぼのとした思い出の一こまである。 人生は出会いで決まると言う。小学一年生の担任だった男の先生との出会いは、音楽と教師は嫌いだという強烈な体験であり、権威をもって威張り散らすすべての者への嫌悪感となってしまった。中学一年の担任だった横山先生からは、文学の世界に目を開かれ、また歴史への興味を教えられた。一年先輩の女子生徒には、わずかの期間だったが、優しさと温もりの人間関係と愛のすばらしさを学ばせてもらい、彼女が勧めてくれる文学書は全部読んでしまった。一年女子との出会いは、優しさを与え、思いやることのすばらしさや、甘えられることの甘美さを知った出会いだった。このように書いても、純愛のそのまた前の段階だ。手を握るわけでもなく、数回ラブレターをやり取りした、幼い思い出だけである。 しかし、このような出会いが、やがて人生のすべてを変えてしまう出会いへと、導いてくれたように思う。詩篇 4:6 多くの者は言っています。 「だれかわれわれに 良い目を見せてくれないものか。」 【主】よ。どうか、あなたの御顔の光を、 私たちの上に照らしてください。 4:7 あなたは私の心に喜びを下さいました。 それは穀物と新しいぶどう酒が 豊かにあるときにもまさっています。 4:8 平安のうちに私は身を横たえ、 すぐ、眠りにつきます。 【主】よ。あなただけが、 私を安らかに住まわせてくださいます。
2007/09/25
コメント(1)
昨夜は堺の礼拝より急いで富雄まで帰り、半田市・知多半島中央キリスト教会の向井芳太郎牧師を迎えました。ロイヤルホテルまでご一緒しレストランでお交わりしつつ夕食。 今日はエリム天国聖会。先に天に召された方々を偲びつつ、天国の喜びをともにする集会です。お昼は持ち寄りで楽しい食事会です。レストランを3つも経営している教会員が思い切りたくさんお持ちしますとのこと。楽しい一日になりそうです。第三回 思い出のドボルザーク新世界 中学二年生になった時、東亮吉先生が担任と決まった。嫌だと思った。音楽と体育の教師ほど、苦手なものはなかった。 きっかけは小学校一年の最初の音楽の時間だった。クラス全員が歌えなかった。先生は本気で怒り、一メートルの竹のものさしで順に頭を殴った。生まれて初めて殴られたことへの反抗と、ものさしを取りにいかされた子が憧れの小さな恋人だった二重のショックで、私は二度と歌わないと決心していたのである。 体育もどういうわけか苦手で、木登りもチャンバラ遊びも、ボール遊びさえもしなかった。かけっこも皆の後ろから歩いているようなものだった。 東先生の最初の授業は音楽だった。しかも発声練習をすると言う。嫌みにさえ感じたが、ふと、そろそろ歌ってみようかと思った。「榮義之。お前の番だ。前に来てピアノの前に立って、大きく声を出しなさい」と言われ、「ハイ!」と勇ましく前に出た。皆はもう笑う用意をしている。自分では「あ・あ・あ」とピアノに合わせて歌ったつもりだったが、初めて聞いた自分でもおかしい音だった。先生はピアノを弾くのをやめて、教室中に響くように「榮義之、お前は本物の音痴だな」と叫んだ。もしそのことばだけだったら、私はこの文章を書いていないし、東亮吉という教師を思い出すこともなかっただろう。 先生は、「音楽は歌うだけではない。もっと高尚な楽しみ方があるぞ。発生練習は終わりじゃ。少し待っておれ」と言うと、教室を出ていった。「お前は本物の音痴だな」ということばにホッとしていたのを覚えている。きっと教師の心に何の皮肉も、とがめる心もなく、純粋に思ったままのことばが出たからに違いない。みんなの視線も気になったが、自分が決めてやったことに正当な評価を受けたのだし、自分でも自分の声を聞いて狂っていると思ったのだから、どうということはないと、もう開き直っていた。 職員室から蓄音機を抱えて戻ってきた東先生は、その時間をレコード鑑賞に切り替えてくれた。そのレコードの意味は分からなかったが、心にしみ込む美しさは、涙が出るような感動で胸に伝わってきた。歌えない少年の気持ちをしっかりと抱きしめてくれた教師の心が、曲の流れに乗って伝わったのかも知れない。後で知ったことだが、それはドボルザークの交響曲第九番「新世界より」だった。この曲のもつほのぼのとしたもの、人恋しさや肌のぬくもり、独りぼっちのさびしさ、哀愁の気持ち、訴えるような美しい旋律、そして力強さにあふれた開拓者スピリット、奔流のように流れるたくましさ。今もなおこの曲を聞く度に、私のために「新世界」を選んでくれた先生の心に感謝する。この時まで教師に対して一度も開いたことのなかった心が、少し緩んだように感じた。詩篇 3:3 しかし、【主】よ。 あなたは私の回りを囲む盾、私の栄光、 そして私のかしらを高く上げてくださる方です。 3:4 私は声をあげて、【主】に呼ばわる。 すると、聖なる山から私に答えてくださる。 セラ 3:5 私は身を横たえて、眠る。 私はまた目をさます。 【主】がささえてくださるから。 3:6 私を取り囲んでいる幾万の民をも私は恐れない。
2007/09/24
コメント(0)
明日(24日)は生駒聖書学院チャペルで午前10時より天国聖会。知多半島中央キリスト教会より向井芳太郎牧師を迎えて、慰めと希望の天国メッセージ。先生は昨年のイースターに愛する奥様を突然召されました。その痛みと悲しみを乗り越え、神の愛と祝福の中に恵まれた牧師としてご活躍中です。お昼は持ち寄りの天国祝宴もあります。天の虫けら 第2回 星原中学時代私は、先生が赴任した年に、星原中学に入学した。本来なら西之表市古田中学が通学区だったが、偏屈者の父が私の知らない間に中種町の星原中学へ入学手続きをしていたのだ。その理由が奮っていた。古田は炭焼きを教えるから、星原へ行けと言う。そのころの古田中学では、図書費やクラブ活動費を捻出するため、生徒たちが炭を焼いてお金を作っていたからだ。しかし何のことはない。後から分かったことだが、漁港をもつ浜津脇から炭を船積みするので、星原の生徒も炭俵を担いで、古田と同じように費用を捻出していたのである。 私には父の勧めを拒むことは出来なかったので、浜の中学まで片道八キロの山道を一人で通うようになった。人と話すのが苦手だから、孤独がうれしかった。山育ちの私が話をすれば、浜の子どもたちとアクセントが違うので笑われる。笑われても平気さと言うほど、勇気もなく、大胆でもなかった。そこで話す時は、できるだけ標準語を話すようにした。しかし、そうするとまた浮き上がってしまう。だから余計に人と話をしなくなった。ただ人生なにが幸いするかは、神様以外だれにも分からない。後に朝日放送でラジオ牧師をするようになった際、訛りが少なく感謝した。神の最善の御手を信頼したい。 当時の星原中学には給食はなく、昼食は弁当だった。浜の子どものおかずは豪快だ。取れ取れの伊勢海老やアワビがある。トッピーなどは常のことだ。昼食時は、お互いに弁当を見せ合い、自慢会のようになる。私はそんな教室を一人そっと抜け出す。「榮、弁当食わんのか」と時折声もかかるが、無視して外へ出る。弁当は裏門の山の中に隠してある。いただきますと食べるのは、決まってサツマイモだけ。喉が詰まるが、飲み物もない。それでも何食わぬ顔で午後の教室に戻る。だれも何を食べたか聞かなかった。貧しさを知る島の少年たちには、それなりの仁義と思いやりがあった。 今から考えると、ものすごくぜいたくな食生活だった。朝はみそ汁と野菜の煮つけにサツマイモ、昼もサツマイモ、夕食は時にはごはんもあるが、最高のごちそうが豆腐だ。白菜、人参、ごぼうにさや豆、ネギにニラにニンニクに、苦瓜、ヘチマにとうがん、ナスにキュウリ、カボチャにジャガイモに里芋、野菜は植えたらいくらでも実る。卵は産み立て、山羊の乳はしぼり立てだ。種子島だから新鮮な魚がいっぱいと思われるかもしれないが、貧しい家で買うことができない。肉も魚も中学生までは、ほとんど食べたことがなかった。 通学は九キロの山道のほとんどを裸足で歩いた。新しい靴を買うことができないので、精一杯の知恵ですり減らないように工夫していたのだ。家での生活は石油ランプのため、ホヤを磨き芯を切るのが、毎日の仕事だった。学校が遅くなれば、磨く暇がなく薄暗い上に、もっとほの暗くなる。「読書の秋」や「灯火親しむ侯」などのことばとは縁もなかった。暗くなると寝る。必然的に夜明けとともに起きるから、朝が早くなる。自然のままで健康的な生活をしていた。その習慣は今も続いている。今朝も4時に目覚めて散歩へ・・・・。 貧しかったが、不思議に豊かさのある家だった。父は頑固者で、サツマイモばかりでも、人に知らせる必要はない、飢えても人の世話にはならないと自負していた。私はただ恥ずかしかったから、裏門の藪の中で一人ひっそりと食べただけだが。 船乗りとして世界を見て来た父は、生活は貧しくても、豊かに生きていた。家の周りの土手には、四季折々の花が咲き、白百合の季節には純白に染まり、香りが満ちた。八キロの道のりを花束片手に、よく通ったものである。果物もミカン、キンカン、ボンタン(ざぼん)、柿に栗、桃や梨まであった。特にミカンはいつもたわわに実り、木に登れば食べ放題だった。詩篇 2:7 「わたしは【主】の定めについて語ろう。 主はわたしに言われた。 『あなたは、わたしの子。 きょう、わたしがあなたを生んだ。 2:8 わたしに求めよ。 わたしは国々をあなたへのゆずりとして与え、 地をその果て果てまで、あなたの所有として与える。 2:9 あなたは鉄の杖で彼らを打ち砕き、 焼き物の器のように粉々にする。』」 2:10 それゆえ、今、王たちよ、悟れ。 地のさばきづかさたちよ、慎め。 2:11 恐れつつ【主】に仕えよ。 おののきつつ喜べ。 2:12 御子に口づけせよ。 主が怒り、おまえたちが道で滅びないために。 怒りは、いまにも燃えようとしている。 幸いなことよ。 すべて主に身を避ける人は。
2007/09/23
コメント(0)
9月2日で66歳になり、アンチエイジングを楽しんでします。11月24日でクリスチャンになって50年になります。半世紀の恵みを少し気恥ずかしいけれど紹介します。インターネット新聞に掲載されている「天の虫けら」からの転載です。熱血教師私が院長を務める神学校、生駒聖書学院には、伝道キャンペーンというプログラムがある。ある地域で数日間、神学生たち全員が総出で集中的な伝道活動をするのである。一九九四年には、宮崎県都城市の教会で三日間の特別集会が行なわれた。 都城市から一時間ほど走ると、鹿児島県国分市に着く。そこには中学時代の担任だった東亮吉先生が住んでおられる。もう三十七年も会っていなかった。近くまで来たので思い切って訪ねてみると、先生は中学卒業以来の再会を喜んでくれた。ちょうど『トッピーのくる島』という本を執筆中だった。 先生は中学の音楽と体育担当の熱血教師だった。四十年あまり前、ある中学で卒業式を控えたコーラスの発表会が開かれていた時のことである。「流浪の民」の歌声が、講堂いっぱいに響きわたっていた。ところがまだ歌い終えないのに、心ない PTAの父兄が、後に続く宴席の用意を始めた。先生は、部員たちに歌うのをやめさせ、全員で静かに外へ出た。しかしその行為は、来賓の教育委員長を激怒させた。教育委員長は「校長、こういう理屈の分からん男は島流しだ」と腹立たしそうに言うなり、出ていった。 せっかく生徒たちが練習し、会場にいる皆が聞き入っていたのに、教育委員長歓迎の宴席が台なしにしたのだ。それなのに、そのことにさえ気づかず立腹するのは何ごとかと、正義感の強い先生は怒りさえ感じた。 三月の異動時期になり、東先生は校長室に最後に呼ばれた。種子島の中種町浜津脇にある星原中学に行くようにとのこと。島流しは覚悟していたが、種子島と聞いてがっくりきた。教育委員長の逆鱗に触れるまでは、鹿児島市内の名門中学に転勤が内定していたのだ。「どうせ日本中どこにでも子どもがいる。そこに教育がある。子どもを教えに行くのではなく、育てに行くのだ」と自分に言い聞かせたが、権威や権力をかさに着た者のエゴに、新たな憤りを覚えた。 種子島の浜津脇は東シナ海に面し、声は大きいが人情は細やかな漁村である。星原中学は島でももっとも小さく、ピアノもないような小さな学校だった。体育と音楽の指導では県内でも名の知れた東亮吉先生の赴任は、驚きをもって人々に迎えられた。柔道と剣道で鍛えられたがっしりとした身体、鋭い眼光のひとにらみは、悪ガキを震え上がらせるに十分だった。その一方でピアノの前に座れば、あの身体のどこから出てくるかと思うような、美しい調べが流れ出す。そのコントラストは、少年少女の目を見張らせるのに十二分だった。 いつしか島の人情と少年たちの純情に、先生の心はいやされていった。そして再び教育者としての情熱がわき上がり、その理想は眼前にそびえる屋久島の頂よりも高く輝くのだった。詩篇 1:1 幸いなことよ。 悪者のはかりごとに歩まず、 罪人の道に立たず、 あざける者の座に着かなかった、その人。 1:2 まことに、その人は【主】のおしえを喜びとし、 昼も夜もそのおしえを口ずさむ。 1:3 その人は、 水路のそばに植わった木のようだ。 時が来ると実がなり、その葉は枯れない。 その人は、何をしても栄える。 1:4 悪者は、それとは違い、 まさしく、風が吹き飛ばすもみがらのようだ。 1:5 それゆえ、悪者は、さばきの中に立ちおおせず、 罪人は、正しい者のつどいに立てない。 1:6 まことに、【主】は、正しい者の道を知っておられる。 しかし、悪者の道は滅びうせる。
2007/09/22
コメント(0)
インターネット礼拝をスタートしてから、富雄キリスト教会の礼拝に行くのは月最終の日曜日だけになった。 富雄は奈良市の西郊、生駒市との間にある矢田丘陵のふもとにある富雄川沿いの町です。昭和32年に奈良市と合併し、それまでの富雄村から奈良市富雄となった。 富雄は、金鵄(きんし)発祥の地という鵄邑(とびのむら)であり、そこから鳥見郷(とりみのさと)・鳥見庄(とりみのしょう)となり、この地を流れる富小川(とみのおがわ)にちなんで、富雄と呼ばれている。『新千載集』には「いかるがや富小川の流れこそ絶えぬみいつのはしめなりけり」と歌われている。 この地にある教会として、金の鵄(とび)ではなく、聖書の鳩が臨み、リバイバルの光を全世界に放つ教会となることを祈っている。またこの小さな富雄川の流れが、旧約の預言者エゼキエルが見た幻の川のように、聖霊の流れを豊かに流し出す群れとなることを確信している。 現在の富雄キリスト教会は、一九八四年に移転した場所に建っている。この時は土地の購入と建築のため、生まれて初めて借金なるものを経験した。最初は相手にしてくれる銀行もなかったが、土地の売り手が保証人になってくれたので、銀行はすぐお金を出してくれた。 しかし牧師の強い信仰の決断に、不満をもつ信者も数人あった。そして自分たちは責任をもてないと、新しい教会の完成とともに、教会から去っていった。 私はコミュニケーションが下手で、口数も少ない。また本音で説教を語っているので、みんなが礼拝で「アーメン」と応答したら、それでよいと信じていた。しかも結論はあるがプロセスがないため、信仰によって会堂を建設すると言えば、教会が建つと思っていた。実際にそうなのだが、もう少しお金の集め方とか、返済方法のプロセスを話し合うことも必要だったかも知れない。 しかし信仰と希望と愛の中で、牧師を信頼し、理解し、祈ってくれる信者も少なくなかった。労苦をともにしてくれた信者たちには、どのようなことばでもっても感謝を表明することができない。彼らの祈りと支えによって、富雄キリスト教会は常に前進している。ちなみにあれほど問題になった借金は、十年目に全額返済するという恵みを与えられた。感謝!マタイの福音書16:15 イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」 16:16 シモン・ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」 16:17 するとイエスは、彼に答えて言われた。「バルヨナ・シモン。あなたは幸いです。このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、天にいますわたしの父です。 16:18 ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。 16:19 わたしは、あなたに天の御国のかぎを上げます。何でもあなたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたが地上で解くなら、それは天においても解かれています。」
2007/09/21
コメント(0)
生駒聖書学院のモットーは「不可能は挑戦となる」である。神に信頼し祈るなら、不可能の壁は崩れ、必要も満たされることを繰り返し教えられてスタートした伝道牧会だった。 富雄に行く時、フルタイムの伝道牧会を望んだが、現実は厳しく、教会案内のパンフレットを印刷することもできなかった。駅前に立ち、イエス・キリストを信じるように呼びかけても、人々は振り向いてもくれない。家内は学院の愛児園に勤めていたが、ここも奉仕と同じ条件なので、その給料では食べるのにも事欠く状態だった。 教会の前の川に釣り糸を垂れ、小魚を釣って夕食のおかずにしたこともあった。しかし食べるのは好きだが釣るのは苦手だから、漁獲は少なかった。こんな惨めな気持ちになるくらいなら、いっそ断食したほうがよいと思った。そんな時、松田さんが投網でいっぱい小魚を取り、唐揚げと煮つけにしてくれた。最初は喜んで食べていたが、一週間ばかり同じ物を食べると、もう見る気もしなくなった。山菜を取ったり竹の子をもらったりして、餓死はしなかったが、死して餓死を待つより、働こうと決心した。 当時の風潮では、献身者が一般社会で働くことは罪であり、信仰のない証拠であった。信仰があれば旧約の預言者エリヤのように、カラスがパンと肉を運んでくれる。またイエスさまがなさった奇跡のように、五つのパンは五〇〇〇人分に増え、水はぶどう酒に変わる。だから大丈夫だと頭では理解していても、お腹は鳴るし、路傍伝道へ出ても、それでなくても話し下手なのに、大きな声も出ない。 祈って決断し、新聞の求人広告で「保証高収入」とあった募集先へ面接に出かけた。履歴書に牧師と書くのは恥ずかしいが、書かなければ偽りの罪になる。ともかく最初に正直に言おうと心に決め、「ダイレクト・サービス」と書かれた会社のドアをノックした。 温厚な紳士が対応してくれた。それが千田所長だった。「ああ、牧師さんですか。この仕事ならピッタリですよ。ぜひわが社で働いてください。給料も良いし、日曜は絶対仕事はありません。時間は十時から五時までです」と説明してくれたが、私のほうはだんだん不安になってきた。「給料はいくらぐらい出るのですか?」と恐る恐る聞くと、「もう取り放題です。いくらでも出ますよ」と言う。仕事の内容を聞くと、セールスとのこと。もう真っ青だ。人と話す、しかも物を売り込むとは、最も苦手とすることだ。表情の変化に気づいたのか、千田所長は慌てて、「いや、変なものじゃありません。本です。画報ですよ。わが社はこの分野では信用があります」と言い、何冊かの婦人画報や美しい写真集を並べた。私はそれまで本は読むだけのものだと思っていたが、子どもの目に触れてもよい、とてもきれいな本ばかりだった。「大丈夫です。すぐ慣れますから。ちゃんと指導もします。さっそく明日から来てください。採用です」と、簡単に採用された。 給料は売上次第、交通費は自己負担、ただし「直行・直帰」を牧師に限り認めるという寛大な採用条件だ。何よりも「直行・直帰」に心が動いた。学院で教え続けることもできる。伝道会の時は早く帰れる。それだけでここで働くことを決めた。 (天の虫けらより;インターネット新聞コラムより転載)使徒の働き 20:33 私は、人の金銀や衣服をむさぼったことはありません。 20:34 あなたがた自身が知っているとおり、この両手は、私の必要のためにも、私とともにいる人たちのためにも、働いて来ました。 20:35 このように労苦して弱い者を助けなければならないこと、また、主イエスご自身が、『受けるよりも与えるほうが幸いである』と言われたみことばを思い出すべきことを、私は、万事につけ、あなたがたに示して来たのです。
2007/09/20
コメント(0)
主よ。変えられないものを受け入れる心の静けさを変えられるものを変える勇気とその両方を見分ける英知を与え給え。 (ラインホルト・ニーバーの祈り) 人はだれでも変わりたい!思う変身願望を持っています。聖書には、だれでもキリストを信じるなら新しく変えられ、古いものは過ぎ去ってすべてが新しくなると書かれています。 イエス・キリストの十字架を信じるだけで、新しい人生を生きることができる!何と嬉しい宣言でしょう。そのしるしとしてバプテスマ(洗礼)を受けクリスチャンとして歩み始めます。 クリスチャンになると、変えられるものを変える勇気と、変えられないものと変えるものを見分ける英知が与えられます。 そして栄光から栄光へとキリストと同じ姿に天国に行くまで変えられ続けて行く幸いを体験できるのです。 何もかも人のせいや環境のせいにしないで、自らを変えていく勇気を持ちたいものです。コリント人への第二の手紙 3:16 しかし、人が主に向くなら、そのおおいは取り除かれるのです。 3:17 主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由があります。 3:18 私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。ピリピ人への手紙3:18 というのは、私はしばしばあなたがたに言って来たし、今も涙をもって言うのですが、多くの人々がキリストの十字架の敵として歩んでいるからです。 3:19 彼らの最後は滅びです。彼らの神は彼らの欲望であり、彼らの栄光は彼ら自身の恥なのです。彼らの思いは地上のことだけです。 3:20 けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。 3:21 キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。
2007/09/19
コメント(0)
<平和の祈り> ああ主よ、わたしをあなたの平和の道具にしてください。憎しみのあるところに、愛をもたらすことができますように。争いのあるところにゆるしを、分裂のあるところに一致を、疑いのあるところに信仰を、誤りのあるところに真理を、絶望のあるところに希望を、悲しみのあるところに喜びを、闇のあるところに光をもたらすことができますように。ああ主よ、わたしに、慰められるよりも、慰めることを、理解されるよりも、理解することを、愛されるよりも、愛することを求めさせてください。わたしたちは与えるので受け、ゆるすのでゆるされ、自分自身を捨てることによって、永遠の命に生きるからです。イエス様のお名前によって祈ります。 アーメンマタイの福音書 5:1 この群衆を見て、イエスは山に登り、おすわりになると、弟子たちがみもとに来た。 5:2 そこで、イエスは口を開き、彼らに教えて、言われた。 5:3 「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。 5:4 悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるから。 5:5 柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐから。 5:6 義に飢え渇く者は幸いです。その人たちは満ち足りるから。 5:7 あわれみ深い者は幸いです。その人たちはあわれみを受けるから。 5:8 心のきよい者は幸いです。その人たちは神を見るから。 5:9 平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。 5:10 義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。 5:11 わたしのために人々があなたがたをののしり、迫害し、ありもしないことで悪口を浴びせるとき、あなたがたは幸いです。 5:12 喜びなさい。喜びおどりなさい。天ではあなたがたの報いは大きいから。あなたがたより前にいた預言者たちを、人々はそのように迫害したのです。 5:13 あなたがたは、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏みつけられるだけです。 5:14 あなたがたは、世界の光です。山の上にある町は隠れる事ができません。 5:15 また、あかりをつけて、それを枡の下に置く者はありません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいる人々全部を照らします。 5:16 このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。
2007/09/18
コメント(0)
<高齢者人口>過去最高の2744万人、総人口の21.5%9月16日21時26分配信 毎日新聞 総務省は敬老の日の17日を前に、65歳以上の高齢者人口の推計(15日現在)が、前年比87万人増の2744万人で、過去最高になったと発表した。総人口に占める割合も21.5%と前年の20.8%を上回り、過去最高を更新した。80歳以上の高齢者は、同39万人増の713万人で、初めて700万人を突破した。 高齢者人口のうち、男性は1169万人(男性人口の18.8%)、女性は1575万人(女性人口の24.1%)で、女性が男性より405万人多い。また、80歳以上は男性236万人、女性478万人で、女性が男性のほぼ2倍となる。 一方、65歳以上の高齢者の06年の就業者数は前年比15万人増の510万人で初めて500万人を上回った。産業別では、農林業が115万人で、高齢就業者の22.5%を占め、最も多かった。 また、高齢者を対象にした06年の抽出調査で、1年間にインターネットを利用した人は373万人で、高齢者の6人に1人がネットを利用していることが分かった。利用内容は、電子メールが11%と最も多く、次いで「情報検索やニュースなどの情報入手」の7・1%となっている。【尾村洋介】 エリムキリスト教会では、敬老の日を迎えた方々の祝福を礼拝の中で祈り、ささやかなプレゼントを贈りました。今日は昨日の礼拝に来れない高齢の方や入院中の方々を見舞い祝福を祈ります。 上記記事で65歳以上の総人口占める割合が21.5パーセントで過去最高の割合になっています。80歳以上、初の700万人突破とのこと。女性が男性よりほぼ2倍以上にもなるそうです。インターネット利用者した人は373万人で、高齢者の6人がネットを利用していることが分かったともあり、このブログも見てくださる方もいると思い心丈夫になりました。元気を出してブログを書き続けています。 聖書のアブラハムの老年について、創世記は以下のように述べています。創世記 24:1 アブラハムは年を重ねて、老人になっていた。【主】は、あらゆる面でアブラハムを祝福しておられた。 だれでも年を重ねると老人になります。老人ということばは好きではありませんが、年を重ねるとそのようになるのが世の常です。しかし、単に年を重ねるだけでなく、アブラハムはあらゆる面で祝福されていました。 あらゆる面=霊的、精神的、外面的(家族・経済・社会・人間関係・教養面)、健康的に幸いな年の重ね方です。 高齢とともに頑固になったり、も分かりが悪くなったり、不平不満だらけになったり、悪口や泣き言だけを繰り返す老年よ、サヨウナラですね。創世記25:8 アブラハムは平安な老年を迎え、長寿を全うして息絶えて死に、自分の民に加えられた。 年を重ねて老人になり、平安な老年を迎え、そして死を迎えるわけです。死なない人間は一人もいません。どれだけ長寿を重ねても死は必ず訪れます。死で人生が終わるなら何と寂しい長寿でしょうか。 しかし、イエス・キリストを信じるとき罪が赦され、神の子とされ永遠のいのち(神のいのち)が与えられ、永遠の天国に行ける保証を持つことができるのです。 人生の旅路の執着駅はどこか知っていますか?天国へ行ける確信がない人生は寂しいものです。天国行きの切符をぜひお持ちください。どのようにして?イエス・キリストを心にお迎えし、イエス様を信じます。アーメンと祈りことで救われ天国行きの保証が与えられます。ヨハネの福音書3:16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。 3:17 神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。 3:18 御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。 3:19 そのさばきというのは、こうである。光が世に来ているのに、人々は光よりもやみを愛した。その行いが悪かったからである。 3:20 悪いことをする者は光を憎み、その行いが明るみに出されることを恐れて、光のほうに来ない。 3:21 しかし、真理を行う者は、光のほうに来る。その行いが神にあってなされたことが明らかにされるためである。
2007/09/17
コメント(0)
明日は敬老の日、高齢者が多くなった日本です。礼拝では敬老の日を迎える方々を祝福するときを持ちます。昨年訪ねた鹿屋市国立療養所内の教会では、敬老の日のお祝いは90歳からとのこと。教会に来ている方々の平均年齢が76歳ですから、65歳から敬老ですと言ったら笑われてしまいました。 敬老の日にはサムエル・ウルマンの青春と言う詩をいつも贈ります。 青春 サムエル・ウルマン 青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方を言う。薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな手足ではなく、たくましい意思、豊かな想像力、燃える情熱をさす。青春とは人生の深い泉の清新さをいう。 青春とは臆病さを退ける勇気、安きにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。ときには、二十歳の青年より六十歳の人に青春がある。年を重ねるだけでは人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。 歳月は皮膚にしわを増すが、熱情を失えば心はしぼむ。苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い精神は芥になる。六十歳であろうと十六歳であろうと人の胸には、驚異に引かれる心、幼児のような未知への探究心、人生の興味への歓喜がある。君にも吾にも見えざる駅逓が心にある。人から神から美・希望・よろこび・勇気・力の霊感を受ける限り君は若い。 霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ、悲嘆の氷に閉ざされるとき、二十歳であろうと人は老いる。頭を高く上げ希望の波をとらえる限り、八十歳であろうと人は青春にして巳む。 人生行路の贈り物 私はいばらのない道を求めない 悲しみが消えよとも求めない日の当たる毎日も求めない 夏の海も求めない輝く太陽と 永遠の昼のみでは 大地の緑はしぼみ衰える涙の水がなければ 歳月を通じて 心の奥底は 希望のつぼみを閉じる人生のどんなところでも 気をつけて耕せば幸いな収穫をもたらすものが 手の届く範囲にたくさんある ヨシュア記14:6 カレブに与えられた地 ユダ部族から、カレブに率いられた一団が、ギルガルにいるヨシュアのもとへ来ました。 カレブはヨシュアの前で尋ねました。 「昔、カデシュ・バルネアで、わしら二人のことで、神様がモーセに仰せられたことを、よもやお忘れではありますまいな。 14:7 当時、わしは四十歳じゃった。 モーセはカナンの地を偵察させるため、わしらをカデシュ・バルネアからスパイとして送り出した。 わしは、実状をありのままに報告したが、 14:8 いっしょに行った仲間はそうではなかった。 皆を震え上がらせるようなことを言うて、約束の地に踏み入る勇気をくじいてしもうた。 だがわしは、ずっと神様に従い続けてまいりましたぞ。 14:9 モーセはわしに、『おまえが足を踏み入れたカナンの地区は、永久に、子々孫々おまえのものとなる』と約束してくれましたのじゃ。 14:10 ご覧のとおり、あれから今まで、荒野をさまようた四十五年間も、神様はわしを生かしておいてくださり、もう八十五歳となりました。 14:11 あの旅の空で、モーセがスパイを命じてくれた時と比べて、ちいとも弱ってなんぞおりませんわい。 今でもちゃんと旅もできれば、戦うことだってできますぞ。 14:12 ですからどうか、神様が約束してくだされたこの丘陵地を、わしにくだされ。 覚えておいでかな、わしらがスパイだったころ、城壁を巡らした大きな町々にアナク人が住んでいるのを、この目で見ましたわい。 だが、神様が共におってくださるなら、やつらを追い払うことなどたやすいと思うとります。」 14:13 -14ヨシュアはカレブを祝福し、末代までの相続地としてヘブロンを与えました。 カレブがイスラエルの神様である主に従い通したからです。 14:15 それ以前には、そこは、アナク人の英雄にちなんでキルヤテ・アルバと呼ばれていました。 こうして、イスラエル人が再びこの地の政情を安定させたあとは、住民からの抵抗もすっかり影をひそめました。
2007/09/16
コメント(1)
今年の1月突然の来訪者があり、「私を覚えていますか?」と問いかけられ、幸いお名前を覚えていたのですごく喜ばれました。 神学生の頃(46-7年前)生駒市内で日曜学校を集会所を借りて行っていました。その当時10歳、8歳、5歳の可愛い3人姉妹が出席しており、その父親が訪ねて来たのです。 奥様を天に送り娘たちもそれぞれ幸せに生活していることを話してくれ、10代の頃からキリストを信じていたが戦争などもあり、まだ洗礼を受けていないとのこと。そこで祈りと導きの後で洗礼式を行いました。実にキリストを信じてより67年ぶりの洗礼でした。86歳のお顔をほころばせて喜んでくださり、富雄キリスト教会の礼拝に出席され、老齢のため近くの知り合いの牧師がいる教会に出席を続けています。 今日、奥様の納骨式を行うことを依頼され、46-7年ぶりに3姉妹に会えることを朝から楽しみに心待ちしています。3人とも50代の主婦ですから、どのような人生を歩んできたかお話を聞くのも楽しみです。 幼い日に蒔かれた福音の種がどのようになっているか・・・・。青年時代は子どもたちへの伝道に明け暮れでした。話しが苦手だったのでもっぱら紙芝居を読む(のは得意)だけの日曜学校だったが、40数年ぶりの再会が最近与えられて感謝しています。 会いたいと思っているのは、東淀川で日曜学校に通ってくれた子どもたちです。当時小学校5-6年生から中学生だった男の子や女の子がたくさんいます。中学生たちは二クラス全員が来たこともあったし、5年生の女の子たちは毎日のように聖書を勉強したり、楽しく遊んだ思い出がイッパイあります。このブログを誰かが見つけてくれないかなとも思いつつ、今日の40数年ぶりの再会を楽しみにしている朝です。ヘブル人への手紙 13:1 兄弟愛をいつも持っていなさい。 13:2 旅人をもてなすことを忘れてはいけません。こうして、ある人々は御使いたちを、それとは知らずにもてなしました。 13:3 牢につながれている人々を、自分も牢にいる気持ちで思いやり、また、自分も肉体を持っているのですから、苦しめられている人々を思いやりなさい。 13:4 結婚がすべての人に尊ばれるようにしなさい。寝床を汚してはいけません。なぜなら、神は不品行な者と姦淫を行う者とをさばかれるからです。 13:5 金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」 13:6 そこで、私たちは確信に満ちてこう言います。 「主は私の助け手です。私は恐れません。 人間が、私に対して何ができましょう。」 13:7 神のみことばをあなたがたに話した指導者たちのことを、思い出しなさい。彼らの生活の結末をよく見て、その信仰にならいなさい。 13:8 イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。
2007/09/15
コメント(0)
少し前にブログのコメントに、「キリストは何を食べていたのか?」という本があるとありました。やっと書店で見つけて読了しました。 聖書から読む「神に近づく食生活」 キリストは何を食べていたのか?ドン・コルバート医学博士著・越智道雄訳(ビジネス社刊・定価1,500+税) What would Jesus do? (キリストならどうするだろう?)近ごろ、この疑問は人々の間で何百万回と口にされてきました。アメリカでは、車のステッカーからブレスレットにいたるまで、このWhat would Jesus do?と言うことばや、それの頭字語 WWJD が刷られているのをよく見かけます。日本でも若者の腕にWWJDのブレスレッドを見かけることもありました。 そんなところから、キリストがどのように考え、行動したかを知りたい、それは食物についても同じで、キリストと同じ物を食べたい、食習慣も見習いたいと医学博士の著者ドン・ゴルバートは述べています。 キリストが食べた食物は、レビ記の律法が元になっています。その律法に従ってキリストが食べた食べ物こそ、彼に健康な身体と健康な精神を生み出してくれた源でした。キリストは神の健康を宿して暮らして生きたのです。キリストの食事を見習えば、神もまた、あなたの熱意に応え、もっと元気を、健康を、幸福感を与えてくださることでしょう。(本文より) 帯には、キリストは菜食主義者でがない。肉や魚、デザートもよく食べていた!とあります。テモテへの第一の手紙 4:1 しかし、御霊が明らかに言われるように、後の時代になると、ある人たちは惑わす霊と悪霊の教えとに心を奪われ、信仰から離れるようになります。 4:2 それは、うそつきどもの偽善によるものです。彼らは良心が麻痺しており、 4:3 結婚することを禁じたり、食物を断つことを命じたりします。しかし食物は、信仰があり、真理を知っている人が感謝して受けるようにと、神が造られた物です。 4:4 神が造られた物はみな良い物で、感謝して受けるとき、捨てるべき物は何一つありません。 4:5 神のことばと祈りとによって、聖められるからです。 4:6 これらのことを兄弟たちに教えるなら、あなたはキリスト・イエスのりっぱな奉仕者になります。信仰のことばと、あなたが従って来た良い教えのことばとによって養われているからです。
2007/09/14
コメント(0)
「天の父は求めるものに良いものを下さらないはずがありません」とイエス様はおっっしゃいました。またヨハネ16:23 その日には、あなたがたはもはや、わたしに何も尋ねません。まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが父に求めることは何でも、父は、わたしの名によってそれをあなたがたにお与えになります。 イエス様と祈ることについても、ヨハネ14:13 またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう。 聖霊様にお願いすることも、ローマ8:26 御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。 ともかく何でもお願いすることが祈りです。大切なことは、茶化したり、疑ったり祈りをナンセンスだと考えたりしないことです。 幼子のような素直な気持ちでお願いすることです。2歳半になる孫が時々遊びに来ます。最近はことばをたくさん覚えてよく話してくれます。きょうも電話があり、「おじいちゃん。ありがとう!また遊び行くからおいしいみかんちょうだいね。みかんだいすきだから」との願いでした。家に来てもおじいちゃん散歩に行こうとか、いろいろとリクエストがあります。願うことを少しも恐れませんし、疑いなく素直に願ってくれます。孫にとっては願いではなく話しているだけかもしれません。瞬時の疑いも無く語り続けます。そのように素直に天の神様に祈ることができるのが、イエス様を信じて神の子にされた者の特権なのです。 素直に祈り始めると何もかもうまくいくようになります。 今朝からはじめてみませんか?イエス様と呼びかける人格的な祈りを!詩篇2:5 私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。 私の望みは神から来るからだ。 62:6 神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。 私はゆるがされることはない。 62:7 私の救いと、私の栄光は、神にかかっている。 私の力の岩と避け所は、神のうちにある。 62:8 民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。 あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。 神は、われらの避け所である。
2007/09/13
コメント(0)
マタイの福音書 7:7 求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。 7:8 だれであれ、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。 イエス・キリストの有名なことばのひとつです。 どんな願い事も聞いてくださる愛の神様がおられる!すばらしいことですね。天地万物の造り主、全能の神、何でもできる神様です。イエス・キリストを信じる者は神の子となり、天のお父様と祈る特権が与えられます。 最初は大きな祈りもそうだが、小さな祈りを積み重ねることが大切です。毎週日曜日と水曜日は新世界の大阪エリムの礼拝に行きます。日曜日は午後2時からの礼拝。駐車場の問題がいつもあります。特に、スパワールドが1000円の入浴料になる日曜日は特に大変です。!周辺の駐車場はどこもイッパイです。 そこで大阪へ行くとき祈ります。「天のお父様。これから礼拝に行きます。教会のすぐ近くの駐車場が必要です。大阪エリムへ着いたときちょうどスペースが空き、そこに停めることができますよう、イエス様のお名前によってお願いします。アーメン」と祈ります。お願いしたら聞かれたと信じて、「ありがとうございます。駐車場に止めることができました。感謝します」と感謝します。 あなたも祈りの練習をしてみませんか?駐車場を探すことは簡単な祈りの練習になります。気楽にお願いできるからです。思い通りに見つからなくても、信仰がぐらつくこともありません。大体いつも大丈夫ですが、何回か停めることができませんでしたが、感謝しますとちょっと行くと時間も「安く日陰になるとことが見つかり、最近はもっぱらその駐車場です。 駐車場があろうが無かろうがそんなことで祈りが答えられなかったと嘆くこともありませんので、まず最初は小さな願いから祈りをスタートしてみることです。 短い祈りを家を出るとき、車を動かす前に短く祈ってみませんか。1ヶ月くらい続けると不思議なことが起こり始めます。マタイの福音書 7:7 求めなさい。 そうすれば与えられます。 捜しなさい。 そうすれば見つかります。 戸をたたきなさい。 そうすれば開けてもらえます。 7:8 求める人はだれでも与えられ、捜す人はだれでも見つけ出します。 戸をたたきさえすれば開けてもらえるのです。 7:9 パンをねだる子供に、石ころを与える父親がいるでしょうか。 7:10 『魚が食べたい』と言う子供に、毒蛇を与える父親がいるでしょうか。 いるわけがありません。 7:11 罪深いあなたがたでさえ、自分の子供には良い物をやりたいと思うのです。 だったらなおのこと、あなたがたの天の父が、求める者に良い物を下さらないことがあるでしょうか。
2007/09/12
コメント(0)
先週、富雄キリスト教会牧師のブログを紹介しました。今日は富雄キリスト教会員のすばらしいブログ「AX君の独り言」を紹介します。http://ax-1549-ax.cocolog-nifty.com/ 目からうろこ「目からウロコが落ちる」という言葉は日常生活の中でも使われるのではないでしょうか。 今回はこの言葉の由来について話してみたいと思います。 新約聖書の中で、多くの書簡を書いているパウロというキリストの使途がいるのですが、彼は元熱心なユダヤ教徒でした。 熱心なユダヤ教徒あればあるほど、神を愛するあまりでしょうが、熱心なキリスト教徒の迫害者でした。 サウロ(パウロ)という若者は特に、キリスト教徒は具外に熱心で、キリスト教徒初の殉教者となったステファノが殺された時も立ち会っていました。 サウロの人生の劇的な転換はまさに迫害旅行の最中でした。突然、天から光が彼と同行者を照らし、サウロは地面に倒れます。その時、不思議な声を聞くのです。 「サウロ、サウロ、何故私を迫害するのか」 彼が「あなたは誰ですか」と尋ねると、声は「あなたが迫害しているイエスである」と答えました。 その声を聞いて、起き上がったとき、彼の目は見えなくなっていました。人々は彼の手を引いて目的であるダマスコへ連れて行きました。 ダマスコに着くと、アナニアという人が彼を訪ねて来ました。彼は神さまから彼を訪ね、祈ってやるように啓示を受けました。神様が異邦人(外国人)に伝道する器として選んだことを告げた。 アナニアがサウロに手を置いて祈ると、目からウロコのようなものが落ちて、再び見えるようになった。 「目からウロコが落ちる」と言う言葉は聖書のこの箇所から生まれたのでした。「ずっと気がつかなかったが、気がついてみたらなんだそうだったのか」と驚く時に使われる言葉であります。 サウロは目からウロコが落ちて、イエスが神であったことを知ったのです。 彼は翌日から、イエス・キリストを伝道し始めした。みんなは驚きました。彼は昨日まで、熱心なキリスト教徒を迫害していた張本人でしたから。 彼によって、キリスト教は世界に広がって行ったのであります。 当時、ローマ支配化にあったユダヤの人々は、ヘブライ語とギリシャ語の二つの名前を持っていたそうです。サウロはヘブライ語名で、パウロはギリシャ語名です。 「使途行伝」の途中から、彼の名はサウロからパウロに変わっているのは、彼が外国への伝道に力を注いだので、広く受け入れられるギリシャ語名を用いたと言われています。使徒の働き9:1 さてパウロは、クリスチャンを全滅させてやろうと、闘志満々、エルサレムの大祭司のところへやって来ました。 9:2 そして、ダマスコの諸会堂あての手紙を書いてくれと頼み込みました。 それは、ダマスコのクリスチャンを、男だろうが女だろうが、見つけしだい縛り上げ、エルサレムに連行するためのものでした。 9:3 パウロがこの仕事で、ダマスコの近くまで来た時、突然、天からまばゆい光がさっと彼を照らしました。 9:4 そして、地に倒れた彼の耳に、こう語りかける声が響いてきました。 「パウロ、パウロ。 なぜわたしを迫害するのか。」 9:5 パウロが、「いったい、どなたですか」と尋ねると、「あなたが迫害しているイエスだ。 9:6 さあ立って、町に入り、わたしの命令を待て」という答えが返ってきました。 9:7 同行していた人々は驚き、口もきけずに立ちすくんでいました。 彼らには、声は聞こえても、イエスの姿は見えなかったからです。 9:8 -9ようやくパウロは起き上がりましたが、どうしたことでしょう、目が見えません。 手を引いてもらって、やっとダマスコに入り、三日間、盲目のまま、何も飲み食いせずに過ごしました。 9:10 さて、ダマスコにはアナニヤというクリスチャンが住んでいました。 主は幻の中で、彼に語りかけました。 「アナニヤよ。」 「はい。」 9:11 「『まっすぐ』という名の通りに行き、ユダという人の家を捜しなさい。 そこにタルソのパウロという人がいて、いま祈っています。 9:12 わたしは幻の中で、アナニヤという人が来て、彼に手を置くと、もとどおり見えるようになる、と知らせておいたから。」 9:13 アナニヤは驚いて、叫びました。 「主よ、パウロですって!あの男がエルサレムのクリスチャンをどんな目に会わせているか、聞いております。 9:14 それに、祭司長たちから逮捕状をもらい、このダマスコのクリスチャンを一人残らず捕らえる権限を持っているという、もっぱらのうわさです。」 9:15 しかし、主は言われました。 「さあ、言うとおりにしなさい。 このパウロこそ、わたしの教えを、イスラエル人ばかりでなく、世界中の人々や王たちに伝えるために、わたしが選んだ人です。 9:16 彼には、わたしのために、どんなに苦しむことになるかを告げるつもりです。」 9:17 アナニヤは出かけ、パウロを捜し当てました。 そして彼に手を置き、「兄弟パウロ。 ここへ来る途中、主にお会いしましたね。 その主イエス様の言いつけでまいりました。 あなたが聖霊様に満たされ、また見えるようになるためです」と言いました。 9:18 するとたちまち、パウロの目から、うろこのようなものが落ち、もとどおり見えるようになりました。 彼は直ちにバプテスマ(洗礼)を受け、 9:19 食事をすますと、すっかり元気を取り戻しました。 それから数日の間、ダマスコのクリスチャンといっしょに過ごすと、 9:20 すぐにも会堂へ行き、イエスは神の子だ、と語り始めました。 9:21 そのことばを聞いて、人々はみな耳を疑いました。 「この人は、エルサレムで、イエスの弟子たちを迫害した張本人じゃないか。 ここへ来たのも、クリスチャンたちをみな縛り上げ、祭司長のもとへ引いて行くためだと聞いていたが......。」 9:22 しかしパウロは、ますます熱心に、イエスこそほんとうのキリストだと証明したので、ダマスコのユダヤ人たちはまるで訳がわからず、とうとう堪忍袋の緒が切れてしまいました。 9:23 しばらくして、ユダヤ人の指導者たちは、パウロ殺害を決議しました。 9:24 そして、昼も夜も町の門を見張りましたが、いつしか、この陰謀はパウロの耳にも入ってしまいました。 9:25 そこで、パウロの話を聞いて信者になった人たちが、夜の間に、彼をかごに乗せ、町の城壁からつり降ろしました。 9:26 エルサレムに着いたパウロは、クリスチャンの仲間に加わろうとしましたが、だれもパウロを仲間だとは信じられず、恐れるばかりでした。 9:27 しかし、バルナバは違いました。 パウロを使徒たちのところへ連れて行き、事の一部始終を説明してやりました。 パウロがダマスコに向かう途中で主にお会いしたこと、また主がパウロに告げたことばや、それ以来パウロが、イエスの名によって力強い説教をしたことなど......。 9:28 それで使徒たちも、ようやくパウロを受け入れました。 それからは、パウロはいつもクリスチャンと行動を共にし、主の名によって大胆に語りました。 9:29 また、ギリシヤ語を話すユダヤ人と意見を戦わせることもありました。 ところが、彼らの中には、パウロのいのちをねらう連中がいました。 9:30 それと知った信者たちは、パウロを故郷のタルソへ帰そうということになり、カイザリヤまで同行して見送りました。 9:31 こうして教会は、ユダヤ、ガリラヤ、サマリヤの至る所で無事に守られ、どんどん勢力を伸ばしていきました。 信者たちは、心から主を恐れつつ、聖霊に慰められながら生活することを学びました。
2007/09/11
コメント(1)
昨日の朝のインターネット礼拝、自分ではメッセージが中継されていると思い語り続けたが、画像だけで音声は流れなかった。したがって礼拝後のパソコン配信も中止。2日の礼拝メッセージが2週続きで流れている。 インターネットラジオ放送はプロの方が担当しているので、水曜午前中にはラジオ放送と同じく発信されているので、お聞きいただければありがたいと思います。 http://elim.jp/ 3年間無償提供されたマンション1階の会堂(元コーヒーカフェ)で、東大阪エリムをスタートし、10月で新しい場所に移ることになる。アドナイイルエ(主の山には備えがある)を確信し祈りの中で、地下鉄長田駅出口のすぐ前のマンション2階が備えられた。保証金や家賃が必要だが、ロー礼拝も午後から行うのですごく感謝している。 昨日は3名(両親と長男)が礼拝後、洗礼を受けてクリスチャンとなり、ご主人はタクシーの運転手をしていた頃、ラジオ放送希望の声を聴いていたこともあるそうだ。早朝のラジオ放送希望の声(ABCラジオ1008kHz朝4時35-45分)だが、蒔かれた種が実を結んだことを感謝! いつもいろんな問題に直面しても、聖書の約束のことばに信頼したら、乗り切ることができるし、さらに大きな領域に挑戦できるから感謝だ。 何事にも恐れずしっかりイエス・キリストを信頼し続けて前進していきたいと思う朝です。詩篇 118:19 義の門よ。私のために開け。 私はそこから入り、主に感謝しよう。 118:20 これこそ【主】の門。正しい者たちはこれより入る。 118:21 私はあなたに感謝します。あなたが私に答えられ、 私の救いとなられたからです。 118:22 家を建てる者たちの捨てた石。 それが礎の石になった。 118:23 これは【主】のなさったことだ。 私たちの目には不思議なことである。 118:24 これは、【主】が設けられた日である。 この日を楽しみ喜ぼう。 118:25 ああ、【主】よ。どうぞ救ってください。 ああ、【主】よ。どうぞ栄えさせてください。
2007/09/10
コメント(0)
9日(日)のインターネット礼拝ミスしましたので、2日(日)の礼拝メッセージが流れています。16日(日)の礼拝からは確実に配信できるようお祈り下さい。 毎日の散歩は通常できるだけ平坦な道を歩くようにしている。とは言っても生駒聖書学院が丘の上にあり、どこへ行くにも帰るにも坂道を上り下りする。生駒駅まではほとんど下り道で3000歩。大阪からの帰りは、緩やかな上り道だがかなり汗ばむ。どのコースを取っても平坦(とも言えない)な道に出るまで1000歩以上は歩く。 家のすぐ裏側の山道を登ると生駒山ろく公園だ。2000歩の急坂で到着。公園には万葉碑の広場やテニスコート、フィールドアスレッチクス、運動場、さらに風呂やプール、レストランもあり昼間は結構にぎわっている。 山麓公園を抜けると生駒山上へ向う散歩道が二つ。東側の生駒側からと西側の大阪側から山頂まで登れる。両方の道とも森林浴にふさわしい木立の中を歩ける。片側から上り帰りはも一方を選んだり、同じ道を帰ったりいろいろだ。 久しぶりに山頂を目ざして歩き続ける。時おり出会う方々に大きな声で挨拶。皆さんが応答してくれる。 640メートルくらいの山頂だが見晴らしは抜群。東に奈良盆地が広がり、西に大阪の市街地が広がるり、その向こうに六甲の山を望み天気のよい日には淡路島も見える。 人生も同じだと思う。悩んでいるときの決断はろくなことはない。決断するんだったら山頂で決断することが一番だと思う。悩みの谷間では見渡せない。先も見えない。山頂だと見渡せるし先まで見える。 詩篇121:1 私は山に向かって目を上げる。 私の助けは、どこから来るのだろうか。121:2 私の助けは、天地を造られた【主】から来る。121:3 主はあなたの足をよろけさせず、 あなたを守る方は、まどろむこともない。121:4 見よ。イスラエルを守る方は、 まどろむこともなく、眠ることもない。121:5 【主】は、あなたを守る方。 【主】は、あなたの右の手をおおう陰。121:6 昼も、日が、あなたを打つことがなく、 夜も、月が、あなたを打つことはない。121:7 【主】は、すべてのわざわいから、あなたを守り、 あなたのいのちを守られる。121:8 【主】は、あなたを、行くにも帰るにも、 今よりとこしえまでも守られる。
2007/09/09
コメント(0)
富雄キリスト教会のブログを紹介します。http://elim.mo-blog.jp/elim/世の光マタイ5:15 -16あなたがたの光を隠してはいけません。 すべての人のために輝かせなさい。 だれにも見えるように、あなたがたの良い行ないを輝かせなさい。 そうすれば、人々がそれを見て、天におられるあなたがたの父を、ほめたたえるようになるのです。リビングバイブルからの引用です。私たちのうちには光であるイエス様がともにおられます。そして、私たちは神様の栄光を表すために生きています。私たちの良い行いによって、神様を伝えることができるのです。私たちの愛によって、生活によって、私たちが神様にあって祝福されていることによって、それを見た人々は、神様を知ることが出来るのです。私たちに与えられた役割はどれだけ大きいことでしょうか。神様の子としてふさわしく生活し、光を輝かせましょう。 毎日ではありませんが、牧師のコメントが短く書かれています。 榮義嗣牧師のテレフォンメッセージは月曜日ー水曜日 0743-73-3740です。 富雄キリスト教会の礼拝時間;日曜日朝10時 住所;奈良市富雄川西1-19-18 電話・Fax.0742-44-3154(ゼロナイヨニ ヨーシ サーイコーヨ!)マタイの福音書5:13 あなたがたは、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏みつけられるだけです。 5:14 あなたがたは、世界の光です。山の上にある町は隠れる事ができません。 5:15 また、あかりをつけて、それを枡の下に置く者はありません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいる人々全部を照らします。 5:16 このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。
2007/09/08
コメント(0)
先週28日まで岐阜県中津川市で断食聖会だった。その主催者も牧師が昨日生駒聖書学院を訪問され、断食で受けた恵みを話され感謝だった。 断食前からはひどい腰痛と胃痛に悩まされ、断食聖会中も苦しかったが、責任者として逃げ出すわけにも行かず、イエス・キリストの名による祈りを要請された。 イエス・キリストは、「このことも言っておきましょう。 もし、あなたがたのうち二人の者が、何であれ、この地上で心を一つにして願い求めるなら、天におられるわたしの父は、その願い事をかなえてくださいます」(マタイ18:19)と教えられた。 心から先生と心を合わせてイエス・キリストの名前によって、腰痛と胃痛の痛みが去り、完全に癒されるよう祈った。その約束の通り腰痛は癒され胃痛も去り、お元気で名古屋から生駒まで車で往復され、その顔は喜びで輝いておられた。感謝! また息子さんも仕事のことで困ったりしたとき、どう祈ったら言いか分からず悩みながらの断食参加だったが、どんな願いや求めでもイエス・キリストの名前によって祈ります。アーメンと願ったら必ず、「ありがとうございます。仕事が成功しました。感謝します」と、完了形で感謝することを聞き、そのように祈ったら仕事に成果がでてきて、楽しく働いているとのこ。感謝! また奥様は娘さんの出産が近づいているので、最後の日だけの参加だったが、「ありがとうございます。祝福されました。感謝します」と言うメッセージを聞き、目が開かれらそうです。 教会の礼拝に新しい方が導かれるように祈っていましたが、「アーメン。信じます。ありがとうございます。新しい方が出席しました。感謝します」と告白を始めました。するとパソコンで教会を知った方が来週の礼拝に来られると約束してくれました。感謝! 牧師家族の祈りに変革jが起こり、イエス様の約束を確信して幸いに中で過ごしているとのこと。そのことを電話でもと思ったが、直接伝えたくて訪れてくださったということでした。 いっしょに訪ねて下さった牧師は、FMラジオ放送で毎週30分間、日曜日の朝話せるようになったと喜びの体験を話され、お二人ともそれぞれの車で愛知県まで帰って行かれた。 友あり遠方より来る。また楽しからずや!の木曜日の午後のひと時でした。感謝します。マタイの福音書21:21 イエスはお答えになりました。 「よく聞きなさい。 あなたがただって、信仰を持ち、疑いさえしなければ、もっと大きなことができるのですよ。 たとえば......、このオリーブ山に、『動いて、海に入れ』と言っても、そのとおりになります。21:22 ほんとうに信じて祈り求めるなら、何でも与えられるのです。」マルコの福音書11:22 イエスは答えて言われた。「神を信じなさい。11:23 まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、『動いて、海に入れ』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。11:24 だからあなたがたに言うのです。祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります。11:25 また立って祈っているとき、だれかに対して恨み事があったら、赦してやりなさい。そうすれば、天におられるあなたがたの父も、あなたがたの罪を赦してくださいます。」
2007/09/07
コメント(0)
毎日ゆとりの一万歩をと決心してから、できるだけ歩き続けている。今週は琵琶湖畔を朝早く・・・・。昨日は少し予定が狂い帰宅したとき1万歩になっていなかったので、車庫に車を入れるとネクタイだけ解いて夜の散歩。シッカリシャワーして熟睡、今朝の目覚めもスッキリで朝の祈り会へ。 今日から2学期の講義も開始。モーセの五書中の創世記と聖書解釈学の授業でスタート。今朝から5時半よりの祈祷会なので朝の散歩が時間的に少しムリ。4時から歩く日もあるが午前中のスケジュールがイッパイで、今夜も遅い時間の散歩になるかもしれない。継続は力と心得て何事でも良いことは継続することにしている。コリント人への第一の手紙 9:24 競技場で走る人たちは、みな走っても、賞を受けるのはただひとりだ、ということを知っているでしょう。ですから、あなたがたも、賞を受けられるように走りなさい。 9:25 また闘技をする者は、あらゆることについて自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。 9:26 ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。空を打つような拳闘もしてはいません。 9:27 私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです。 9:24 競走をする場合、優勝者は一人だけです。 ですから、あなたがたも、優勝するように走りなさい。 9:25 優勝するには、ベストを尽くせるよう、何事にも節制しなければなりません。 競技の選手は、この世のメダルや優勝杯を得ようと、あらゆる困難と戦い、ひたすらトレーニングに励みます。 しかし私たちは、神様から与えられる、決して朽ちない栄光を受けるために、そうするのです。 9:26 ですから私は、ゴールを目指して、わき目もふらずに、全力で走ります。 勝つために戦うのです。 空を打つようなボクシングをしたり、おもしろ半分に走ったりもしません。 9:27 競技の選手のように、自分の体をむち打って、きびしく鍛練し、自分の気分のままにではなく、なすべきことができるよう、訓練しています。 そうでないと、ほかの人たちを競技に参加させておきながら、自分は失格者として、退場を命じられるかもしれないからです。
2007/09/06
コメント(0)
3日(月)聖書学院始業式を終え、バイキングレストランへ昼食へ行く神学生を送り出し、自動車で米原エクシブまで出かける。昨夜の睡眠時間がほとんどなかったので、サービスエリアの炎天下でしばらく眠ったりしながら、彦根インターで下りて湖岸沿いにエクシブに着く。 夕食後、常置委員会が予定時間(いつもは議論百出だが)内に終わり、大浴場でしばし歓談。家ではシャワーの生活を長年続けているので、長風呂はあまり得意ではない。 部屋はベッド二つと畳室。同室の二人にベッドを譲り、久しぶりに自分で布団を敷いて畳の上で熟睡。朝4時過ぎに目覚めたのでそのまま音を立てないように朝の散歩に出かけることにした。 玄関を出て琵琶湖岸へ。まず米原駅まで4000歩き、白み始めた田んぼ道をホテルに向って歩き始めたつもりだったが、気づいたらとんでもない方へ来ていたので、再び湖岸に出てやっとホテルへ。万歩計はいつの間にか1万歩を越えていた。汗びっしょりだったので風呂へ飛び込み、部屋へ帰ると同室の二人はまだ熟眠中。そのまま布団の上に横たわり眠ってしまい、目覚めるとすぐ3名で朝食バイキングへ・・・・。 家での生活が日々充実しているので、外部の委員会や会合が少々苦手で、すべてのことに感謝できる恵みに感謝しながらの滞在だった。詩篇133:1 見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、 なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。 133:2 それは頭の上にそそがれたとうとい油のようだ。 それはひげに、アロンのひげに流れて その衣のえりにまで流れしたたる。 133:3 それはまたシオンの山々におりる ヘルモンの露にも似ている。 【主】がそこに とこしえのいのちの祝福を命じられたからである。 [ 134 ] 都上りの歌 134:1 さあ、【主】をほめたたえよ。 【主】のすべてのしもべたち、 夜ごとに【主】の家で仕える者たちよ。 134:2 聖所に向かってあなたがたの手を上げ、 【主】をほめたたえよ。 134:3 天地を造られた【主】が シオンからあなたを祝福されるように。
2007/09/05
コメント(0)
先週の断食聖会で聖書を開いたとき、「エゼキエル36:8 だが、おまえたち、イスラエルの山々よ。おまえたちは枝を出し、わたしの民イスラエルのために実を結ぶ。彼らが帰って来るのが近いからだ。36:9 わたしはおまえたちのところに行き、おまえたちのところに向かう。おまえたちは耕され、種が蒔かれる。36:10 わたしは、おまえたちの上に人をふやし、イスラエルの全家に人をふやす。町々には人が住みつき、廃墟は建て直される。36:11 わたしは、おまえたちの上に人と獣をふやす。彼らはふえ、多くの子を生む。わたしはおまえたちのところに、昔のように人を住まわせる。いや、以前よりも栄えさせる。このとき、おまえたちは、わたしが【主】であることを知ろう」とのことばが目に留まりました。 「いや、以前よりも栄えさせる」とのことばが飛び出し、思わずアーメンと叫んでいました。今年は詩篇1篇3節、「その人は何をしても栄える」をモットーに一年をスタートし、誕生日を迎える前だったので、その聖書のことばが強いインパクトを与えてくれました。 特に、エゼキエルの時代(BC597)は環境的に最悪の状態、国は失われ将来への希望も夢も立たれたような時代でした。そのようなときにエレミヤやエゼキエルたち預言者は、神を信じ信頼すれば希望が輝き出すことを語り続けました。 日本も今いろんな意味で暗黒のときです。政治にも教育にも希望を託すことができません。平和憲法を改正するために国民投票は決定され、首相は国民の総意にともいえる退陣要求を拒否し、人心一新を主張に居座りました。国民年金問題が解決しないので、国民は将来に不安と危惧をいだいています。倫理道徳は地に落ち、毎日くらいニュースがマスコミに踊っています。 そのような時代の中で、「いや、以前よりも栄えさせる」ということばを聖書は宣言しているのです。時代は違いますが、その語られたことばを前向きにアーメンと受け止めるなら、人生は変わります。日本も世界も変わります。 誕生日に、「いや、以前よりも栄えさせる」とのことばをシッカリ受け止めて、霊的にも精神的にも健康的にも、またすべての面でも祝福されることを確信し、心から神様への感謝をささげています。「ありがとうございます。後半生は前半生よりさらに祝福されました。感謝します」と大胆に告白を続けています。ヨブ42:7 さて、【主】がこれらのことばをヨブに語られて後、【主】はテマン人エリファズに仰せられた。「わたしの怒りはあなたとあなたのふたりの友に向かって燃える。それは、あなたがたがわたしについて真実を語らず、わたしのしもべヨブのようではなかったからだ。42:8 今、あなたがたは雄牛七頭、雄羊七頭を取って、わたしのしもべヨブのところに行き、あなたがたのために全焼のいけにえをささげよ。わたしのしもべヨブはあなたがたのために祈ろう。わたしは彼を受け入れるので、わたしはあなたがたの恥辱となることはしない。あなたがたはわたしについて真実を語らず、わたしのしもべヨブのようではなかったが。」 42:9 テマン人エリファズと、シュアハ人ビルダデと、ナアマ人ツォファルが行って、【主】の彼らに命じたようにすると、【主】はヨブの祈りを受け入れられた。42:10 ヨブがその友人たちのために祈ったとき、【主】はヨブの繁栄を元どおりにされた。【主】はヨブの所有物もすべて二倍に増された。42:11 こうして彼のすべての兄弟、すべての姉妹、それに以前のすべての知人は、彼のところに来て、彼の家で彼とともに食事をした。そして彼をいたわり、【主】が彼の上にもたらしたすべてのわざわいについて、彼を慰めた。彼らはめいめい一ケシタと金の輪一つずつを彼に与えた。42:12 【主】はヨブの前の半生よりあとの半生をもっと祝福された。それで彼は羊一万四千頭、らくだ六千頭、牛一千くびき、雌ろば一千頭を持つことになった。ヨセフ創世記 39:2 【主】がヨセフとともにおられたので、彼は幸運な人となり、そのエジプト人の主人の家にいた。39:3 彼の主人は、【主】が彼とともにおられ、【主】が彼のすることすべてを成功させてくださるのを見た。39:19 主人は妻が、「あなたの奴隷は私にこのようなことをしたのです」と言って、告げたことばを聞いて、怒りに燃えた。39:20 ヨセフの主人は彼を捕らえ、王の囚人が監禁されている監獄に彼を入れた。こうして彼は監獄にいた。39:21 しかし、【主】はヨセフとともにおられ、彼に恵みを施し、監獄の長の心にかなうようにされた。39:22 それで監獄の長は、その監獄にいるすべての囚人をヨセフの手にゆだねた。ヨセフはそこでなされるすべてのことを管理するようになった。39:23 監獄の長は、ヨセフの手に任せたことについては何も干渉しなかった。それは【主】が彼とともにおられ、彼が何をしても、【主】がそれを成功させてくださったからである。クリスチャン生活は、今も生きているイエス・キリストと聖霊の助けにより、以前よりも栄える歩みです。彼らは力から力に進みます。恵みから恵みに移されます。信仰から信仰へ。義人の道は夜明けの光のようだ。いよいよ輝きを増して夜明けにいたる。箴言4:18
2007/09/04
コメント(0)
今朝の生駒の日の出は午前5時40分。矢田丘陵を染めて朝日が輝く。生駒市は大阪と奈良の府県境生駒山と奈良市と生駒市の間にある矢田丘陵に挟まれた町。人口は11万と少し。住めば都で大好きな町。 生駒聖書学院は、山麓(150m)に抱かれた約5,000坪の敷地に10棟が建ち、空気も爽やかに小鳥のさえずりと共に目覚め、ハレルヤの声がこだまする良い環境。 生駒駅までは歩いて3.000歩。近鉄奈良線、信貴王子線、ケーブル線、地下鉄中央線の駅がある。難波まで快速急行で20分、京都駅は西大寺乗換えで特急を使うと50分。大阪駅へ1時間弱。東京駅へは新幹線で3時間半弱で行ける。大阪空港へは1時間弱。関西空港へは1時間半と世界に飛び立つ便利な地域にある。 伝道自習で全国に夏の間散らばった神学生たちが帰り2学期が始まる。全寮制だが最近は通学生(主に主婦の方々)も加わり楽しい笑いも教室に満ちる。 始業式では2学期への決意表明を全員宣言し、院長メッセージと祈りで新しい祝福のスタート。始業式後はレストランで昼食。普通はいっしょに出かけるが、今日は日本ペンテコステ親交会(JPF)の常置委員会で5日まで米原の琵琶湖エキシブへ出かける。 昨日は66歳の誕生日を迎えたので、少し浮かれすぎたかなと思えるくらいブログに書いたり、3箇所の礼拝でもハッピーバースディを歌ってもらったり、堺エリムの礼拝が終わって帰宅したらミッキーマウスの祝電まで届き、初めてもらった人形にビックリだった。 今週から授業も始まり、朝の祈りとチャペルも5時半からだ。神学生と行動をともにするので、朝の散歩の時間をどこかで一万歩あるかないと・・・・。今朝は4時から5時過ぎまで歩くことができ感謝!明日は琵琶湖畔をゆっくり歩ける時間があるのでありがたい。ヨシュア記 1:1 さて、【主】のしもべモーセが死んで後、【主】はモーセの従者、ヌンの子ヨシュアに告げて仰せられた。 1:2 「わたしのしもべモーセは死んだ。今、あなたとこのすべての民は立って、このヨルダン川を渡り、わたしがイスラエルの人々に与えようとしている地に行け。 1:3 あなたがたが足の裏で踏む所はことごとく、わたしがモーセに約束したとおり、あなたがたに与えている。 1:4 あなたがたの領土は、この荒野とあのレバノンから、大河ユーフラテス、ヘテ人の全土および日の入るほうの大海に至るまでである。 1:5 あなたの一生の間、だれひとりとしてあなたの前に立ちはだかる者はいない。わたしは、モーセとともにいたように、あなたとともにいよう。わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない。 1:6 強くあれ。雄々しくあれ。わたしが彼らに与えるとその先祖たちに誓った地を、あなたは、この民に継がせなければならないからだ。 1:7 ただ強く、雄々しくあって、わたしのしもべモーセがあなたに命じたすべての律法を守り行え。これを離れて右にも左にもそれてはならない。それは、あなたが行く所ではどこででも、あなたが栄えるためである。 1:8 この律法の書を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない。そのうちにしるされているすべてのことを守り行うためである。そうすれば、あなたのすることで繁栄し、また栄えることができるからである。 1:9 わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、【主】が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」
2007/09/03
コメント(1)
毎年9月を新しいスタートにしている。誕生日が今日2日です。第二次世界大戦が始まったのが12月8日なので、戦争の始まる前に生まれたことになります。戦争の思いではほとんどありませんが、防空壕に逃げ込んだことと、乾パンを兵隊さんにもらった(終戦後かもしれませんが)くらいです。8月15日に敗戦を認めないで後一週間伸びたら、種子島も占領されていたことでしょう。 先週の断食聖会で聖書を開いたとき、「エゼキエル36:8 だが、おまえたち、イスラエルの山々よ。おまえたちは枝を出し、わたしの民イスラエルのために実を結ぶ。彼らが帰って来るのが近いからだ。 36:9 わたしはおまえたちのところに行き、おまえたちのところに向かう。おまえたちは耕され、種が蒔かれる。 36:10 わたしは、おまえたちの上に人をふやし、イスラエルの全家に人をふやす。町々には人が住みつき、廃墟は建て直される。 36:11 わたしは、おまえたちの上に人と獣をふやす。彼らはふえ、多くの子を生む。わたしはおまえたちのところに、昔のように人を住まわせる。いや、以前よりも栄えさせる。このとき、おまえたちは、わたしが【主】であることを知ろう」とのことばが目に留まりました。 「いや、以前よりも栄えさせる」とのことばが飛び出し、思わずアーメンと叫んでいました。今年は詩篇1篇3節、「その人は何をしても栄える」をモットーに一年をスタートし、誕生日を迎える前だったので、その聖書のことばが強いインパクトを与えてくれました。 特に、エゼキエルの時代は環境的に最悪の状態、国は失われ将来への希望も夢も立たれたような時代でした。そのようなときにエレミヤやエゼキエルたち預言者は、神を信じ信頼すれば希望が輝き出すことを語り続けました。 日本も今いろんな意味で暗黒のときです。政治にも教育にも希望を託すことができません。平和憲法を改正するために国民投票は決定され、首相は国民の総意にともいえる退陣要求を拒否し、人心一新を主張に居座りました。国民年金問題が解決しないので、国民は将来に不安と危惧をいだいています。倫理道徳は地に落ち、毎日くらいニュースがマスコミに踊っています。 そのような時代に中で、「いや、以前よりも栄えさせる」ということばを聖書は宣言しているのです。時代は違いますが、その語られたことばを前向きにアーメンと受け止めるなら、人生は変わります。日本も世界も変わります。 誕生日に、「いや、以前よりも栄えさせる」とのことばをシッカリ受け止めて、霊的にも精神的にも健康的にも、またすべての面でも祝福されることを確信し、心から神様への感謝をささげています。「ありがとうございます。後半生は前半生よりさらに祝福されました。感謝します」と大胆に告白を続けています。ヨブ 42:7 さて、【主】がこれらのことばをヨブに語られて後、【主】はテマン人エリファズに仰せられた。「わたしの怒りはあなたとあなたのふたりの友に向かって燃える。それは、あなたがたがわたしについて真実を語らず、わたしのしもべヨブのようではなかったからだ。 42:8 今、あなたがたは雄牛七頭、雄羊七頭を取って、わたしのしもべヨブのところに行き、あなたがたのために全焼のいけにえをささげよ。わたしのしもべヨブはあなたがたのために祈ろう。わたしは彼を受け入れるので、わたしはあなたがたの恥辱となることはしない。あなたがたはわたしについて真実を語らず、わたしのしもべヨブのようではなかったが。」 42:9 テマン人エリファズと、シュアハ人ビルダデと、ナアマ人ツォファルが行って、【主】の彼らに命じたようにすると、【主】はヨブの祈りを受け入れられた。 42:10 ヨブがその友人たちのために祈ったとき、【主】はヨブの繁栄を元どおりにされた。【主】はヨブの所有物もすべて二倍に増された。 42:11 こうして彼のすべての兄弟、すべての姉妹、それに以前のすべての知人は、彼のところに来て、彼の家で彼とともに食事をした。そして彼をいたわり、【主】が彼の上にもたらしたすべてのわざわいについて、彼を慰めた。彼らはめいめい一ケシタと金の輪一つずつを彼に与えた。 42:12 【主】はヨブの前の半生よりあとの半生をもっと祝福された。それで彼は羊一万四千頭、らくだ六千頭、牛一千くびき、雌ろば一千頭を持つことになった。
2007/09/02
コメント(2)
インターネット新聞にコラムが掲載され続けています。「天の虫けら」よりの転載ですが、34回目になりました。 夢は温かい愛があふれる家庭を築くことだった。子どもが生まれたら、自分のような思いは絶対させないと、堅く決心していた。愛があり喜びが満ちる、イエス・キリストを中心とした家庭をいつも思っていた。 主が家を建てるのでなければ、建てる者の働きはむなしい。主が町を守るのでなければ、守る者の見張りはむなしい。あなたがたが早く起きるのも、おそく休むのも、辛苦の糧を食べるのも、それはむなしい。主はその愛する者には、眠っている間に、このように備えてくださる。 見よ。子どもたちは主の賜物、胎の実は報酬である。若い時の子らは、まさに勇士の手にある矢のようだ。 幸いなことよ。矢筒をその矢で満たしている人は。彼らは、門で敵と語る時にも、恥を見ることがない。(詩篇127編) 高校生の時、初めて教会に行った夜に読んだ聖書のことばを、今でもしっかりと覚えている。それは、「しっかりした妻をだれが見つけることができよう。彼女の値打ちは真珠よりもはるかに尊い。・・・・・・『しっかりしたことをする女は多いけれど、あなたはそのすべてにまさっている。』麗しさはいつわり、美しさはむなしい。しかし、主を恐れる女はほめたたえられる」(箴言31:10、29-30)ということばだった。そして主はその約束を実現してくださった。良き妻との出会いを与えられたことを感謝している。 家のことは全部任せきりして、自由に主のために働けることは、大きな恵みであり祝福である。決して要求しない愛を、彼女はもっている。いつも背後にあって祈り、支えてくれる。 人生は出会いで決まると言うが、良き妻とのめぐり合いもまた、人生を決めていくように思う。 インターネット新聞・christian todayのアドレスは下記です。http://www.christiantoday.co.jp/ 箴言 31:10 ほんとうに良い妻を見つけたら、宝石よりもすばらしいものを手に入れたのです。 31:11 彼女は夫に信頼され、夫に決して不自由な思いはさせません。 31:12 いつも陰にあって夫を助け、足を引っ張るようなことはしません。 31:13 また羊毛や亜麻を見つけては、手まめにつむぎ、 31:14 外国から船で運ばれて来た輸入食品を買います。 31:15 まだ暗いうちに起きて朝食のしたくをすませ、使用人の仕事の計画を立てるのが、彼女の務めです。 31:16 畑を買う時は自分の目でよく調べて買い、ぶどう畑をつくります。 31:17 こまねずみのように働き、 31:18 へたな買い物はしません。 夜は夜で、遅くまでせっせと働くのです。 31:19 -20貧しい人には服を縫ってやり、困っている人を喜んで助けます。 31:21 家族みんなの冬服をちゃんと用意してあるので、冬がきてもあわてません。 31:22 部屋には最高級の絨毯を敷き、紫色の上等のガウンを着ます。 31:23 夫は人々に信頼される町の指導者の一人です。 31:24 彼女はまた、リンネルでベルトつきの服を作り、商人に売ります。 31:25 上品で何事にもしっかりしている彼女には、老後の心配など少しもありません。 31:26 決してばかなことは言わず、いつも人を思いやります。 31:27 家のことに何から何まで気を配り、かた時も怠けません。 31:28 子供たちは彼女をたたえ、夫も負けずにほめちぎります。 31:29 「君はほんとうにすばらしいね。 世界中さがしても、君ほどの女はいないよ。」 31:30 人は見かけの美しさにすぐだまされますが、そんな美しさは長続きしません。 しかし神様を恐れる女は、ほめたたえられます。 31:31 「りっぱな女だ」と評判になり、ついには、国の指導者にまでほめられるようになります。
2007/09/01
コメント(0)
全30件 (30件中 1-30件目)
1


