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イエス・キリストは、代々神に仕える一族の尊大な態度、すなわち偉大な祖先の血統を誇って自省しない姿を見て、 「まむしのすえ」と糾弾する一方で、 生来の盲人を「親の罪のゆえ」として合理化してしまう酷(むご)い考えを一蹴した。 ここには一貫した姿勢を見ることができる。 一方、東洋では祖先の責任を強調する思想が勃興した。2世紀・後漢末「黄巾の乱」として知られる叛乱は、張角という人物が率いており、「太平道」を標榜する運動であった。 彼らの考え方は漸次体系化され「太平清領書」いわゆる「太平経」としてまとめられて、後世に影響を与えたという。 ■簡字体の維基百科による「太平清領書」 http://zh.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E6%B8%85%E9%A2%86%E4%B9%A6 ■「天道承負、因果報応」 然,承者為前,負者為後,承者,乃謂先人本承天而行,小小失之,不自知,用日積久,相聚為多,今後生人反无辜蒙其過謫,連傳被其災,故前為承,後為負也。負者,乃先人負于後生者也……。 http://jp.superfate.com/v_community/relog_list.php?type=32 「先人」と書かれているが、日本語に訳すと「先祖」となる。 他方、日本語で使われている「先人」は中国語に訳すと「前任」となる。歴史的に意味が変遷したのだろうか。 中国古典において先人と書かれている部分であるが、血族であるかどうかは疑問を残す。 従来の神仙思想に連なる「三元思想」を基礎としており、これに加えて、個人の罪過が清算できない場合は、家族、子孫にまで転嫁・継承されるとする説である。 これは「承負説」と呼ばれるが、これが日本に伝わったとも考えられ、「親の因果が子に報い」という俚諺として定着することとなった。 後に成立する道教に浸透したが、他の普遍的宗教には見られない考え方であって、もちろん、仏説ではない。 全財産を投げ打って人々のために橋を掛けた偉人を自分の先祖の話として引き合いに出して自己宣伝する一方、人々には「先祖の罪」を被せて献金を取り立てて過ごしている輩は今でもいる。人類は少しも賢くなっていない。 あ、 ベーリング海峡大橋を造るという口実の元ネタが解りました。 しかも、 「法廷論的ナントヤラ」は道教系の三元思想に影響されたんですね。
2009/03/30
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江戸時代に仏教の因果応報説が流用されて、「親の因果が子に報いる」という俗説が生まれました。インド発祥の仏教では親といえども他人(転生の機会に関わる人)であり、日本の俗説は「外道の邪見」に過ぎません。私たちのご先祖は仏説に背いて、社会的弱者の苦しみをその親の個人的責任に帰していました。今もってその種の思想を継承する人々もいますが、親の教育が悪いのかも知れません。霊感商法の被害は、先祖の因果を認めてきた親の世代にも責任の一端はあるでしょう。・・・これは「親の因果」と認めざるを得ない面があります。
2009/03/29
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講談師や落語家は俚諺としてこの言葉を引用する。四代目・柳家小さんはこれを「ちきり伊勢屋」という人情噺で使っている。落語「ちきり伊勢屋」http://www.asahi-net.or.jp/~ee4y-nsn/rakugo/HSJ0102.htm 4代目柳家小さん(落語家:昭和3年に襲名、昭和22年に59歳で没した)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B3%E5%AE%B6%E5%B0%8F%E3%81%95%E3%82%93_(4%E4%BB%A3%E7%9B%AE) 主人公は「伊勢屋伝次郎」といい、金融関係の青年実業家。易学を学んだ「白井左近」という者が街頭で占い師をしていたところ、2人の会話が始まった。伝次郎青年の親は犯罪者ではなかったが、病気になった従業員を解雇するような利己的な事業家だった、と占い師はいう。その結果として、青年は26歳で未婚のまま早逝する、と予言したうえ、善行を勧める。「施し」をすれば親の罪が帳消しになり、青年の後生(来世)も約束されるのが「天理」だと説くのである。青年は早死にを覚悟したうえ、ほんとうに施しを始めた。やがて予言は外れるが、占い師は予言が外れたことを次のように説明した。ある日、困窮して自殺しようとする母娘を施しによって救ったことから、青年自身の運命が変わったのだと。「天理教」の開祖は貧しい人々に家財を施したというが、四代目小さんの噺は、とりあえず、天理教の布教活動かともみえるし、また、合法的だが強欲な事業家に対する警告も含んでいるともいえる。ちなみに、現在の労働法制でも労働者が病気になって欠勤すると、一定期間後には解雇されることになっているから、噺のなかで占い師が言っていることはけっこう厳しい。現代のことだが、生活保護費の給付を「ばらまき」と非難したり、強引に地方財政「健全化」推進を図ってきた雑誌や経済団体などもあったように記憶する。いつ、因果が報いるのかと思ったが、内需が衰退している中で経済は危機に瀕し、大企業も将来展望を失っている。富んでいる者に貧しい人々への施しを勧めるのではなく、占い師に扮して自分たちの親分への上納金として差し出させている輩もいるらしいが、これは人情噺の占い師とは違い、「伊勢屋」の強欲な先代も裸足で逃げ出す。
2009/03/23
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朝鮮半島における小正月の行事食「五穀飯」http://www.lifeinkorea.com/cgi-bin/Foodj.cfm?Subject=rice#Ogokbap 雑穀を混ぜたご飯のことであるが、近年、日本では自然健康食として商品化されている。五穀米http://www.bunrishoin.co.jp/waseda/monthly/sub10_sp.html 五穀http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E7%A9%80 特に大豆は植物性たんぱく質などを多く含み、これを混ぜれば栄養バランスはよくなる。テレビ番組「みのもんたの朝ズバッ!」の火曜日早朝、「ライフスタイルデザイナーが あなたの健康生活を提案します。」と宣伝している会社がある。http://www.ihmg.jp/corporate/tvcm.html ここから家庭に配られている月刊誌「遊和」では、米に混ぜる雑穀「永福御膳」という商品が宣伝されているが、栄養成分も示されているように、適切な栄養バランスが期待されるのではないか。 ところで、終戦後、興南という工業都市における矯正施設あるいは刑務所で与えられた食事は、経験者によれば、玄米・大豆・麦・粟(あわ)・稗(ひえ)などを混ぜただけのみすぼらしいものであったと語られる。働いて空腹を覚えるという経験は、お金を出して買えるものではなく貴重である。ただし、そこから何を学ぶかは人それぞれだろう。この当時、日本では栄養欠乏が現実に懸念される状況にあった。農村では食糧に余裕があったものの、都市部では、終戦の翌年(昭和21年)5月、1人1日熱量の摂取量が1,500カロリーを下回った。昭和26年になると、農村を含めた平均では2,125カロリーとなり、戦前の水準に近づいた。1日2,000カロリーの食事とは具体的にどのようなものだろうか。たとえば、玄米を炊いたご飯900グラムと茹でた大豆300グラムがあれば、熱量2,025カロリー、たんぱく質73グラム、脂肪36グラムを得られる計算である。http://www.eiyoukeisan.com/calorie/gramphoto/kokurui/genmai.html 玄米のカロリー ・・・ 165kcal/100g ⇒ 1,485kcal/900ghttp://www.eiyoukeisan.com/calorie/gramphoto/mame/daizuyude.html 大豆のカロリー ・・・ 180kcal/100g ⇒ 540kcal/300ghttp://www.eiyoukeisan.com/cgi-bin/project/calorie/cgi/food_in.cgi 栄養計算機大豆入りの玄米ご飯1,200グラムを4個の塊に分けると、1個あたり300グラムになる。300グラムは、心臓の平均的な重量でもあって、握りこぶし大と言い表される。http://www.kenkoigaku.or.jp/html/health/health1202.html 統計資料によれば、1946年5月、日本の都市住民の食事は、この水準を大きく割り込んでいたことがわかる。事実、配給制を遵守して餓死した裁判官(東京地裁判事 山口良忠) と教師(旧制東京高校ドイツ語教授 亀尾栄四郎)がいたが、このときの米の配給量は1人1日300グラム(炊いたご飯では636グラムに相当)であったという。その後、状況が好転した1951年(昭和26年)において労働者が密集する特定地区を抽出したデータによると、3つの炭鉱における労働者世帯では平均に近い2,130カロリーであるが、東京鉄道局従業員世帯の場合は1,835.8カロリーにとどまった。体験談によれば、朝鮮戦争よりも前の時代、北の刑務所では、これに劣らないカロリーの食事が支給され、たんぱく質や脂肪では日本の平均を凌ぐ水準だったことがわかるのだが、どうだろうか。--------------------------------------------------厚生省統計調査部「国民栄養調査」国民1人1日当り摂取栄養量の推移 \昭和21年 22年 23年 24年 25年 26年熱量(Cal) 1,903 2,000 2,014 2,097 2,098 2,125たんぱく質(g) 59 61 63 65 68 68 動物性 11 11 13 14 17 19 植物性 48 50 50 51 51 49脂肪(g) 15 13 14 16 18 18栄養審議会 昭和27年決定国民1人当り栄養基準量熱量2,180Cal / たんぱく質73g / カルシウム1.0g / 鉄10mg / ビタミンA 3,700 I.U.同B1 1.2mg / 同B2 1.2mg / ナイアシン 12mg / ビタミンC 60mg / 同D 400I.U. / 食塩 13ghttp://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpaz195601/b0168.html http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/24/rn1952-144.html
2009/03/04
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柿の木の場合は、渋柿の台木の上に甘柿の穂木を接ぎ木します。台木は養分を送ることに特化して、その養分を得て実るのは甘柿の実です。これが果樹栽培における接ぎ木の基本です。 さて、新約聖書にも接ぎ木のたとえがあります。1世紀、エルサレム周辺に住んでいたユダヤ人の大部分はイエスを受け入れず、その後もタルムードの宗教(ユダヤ教)を信奉しています。一方、初代キリスト教信徒となったユダヤ人もいます。これに多くの異邦人が合流しました。 パウロはこの様相を「接ぎ木」にたとえました。(ロマ11)ヤハウェの神に選ばれたイスラエルの民は、「豊かなオリーブの木」であり、1世紀にイエスを認めなかった多数派は、そこから「折り取られた枝」であり、その後、新たにイエスの弟子に連なったローマ人などは、その上に接ぎ木される「野生のオリーブの木」である、といっています。このローマ人らに対して、 あなたがたは野生の木であり、台木であるユダヤ人に接ぎ木され、そして、台木から豊かな養分を得て豊かに実ることができる、というわけです。 ここでいう台木の養分とは何でしょうか。旧約の伝統から学ぶことができる敬虔な信仰を指している、と取れますが、どうでしょうか。そうであれば、異邦人クリスチャンはいわば甘柿の枝であって、旧約の信仰を守ってきた古代のヘブライ民族・ユダヤ人は渋柿です。 野生のオリーブの根は、民族宗教・皇帝崇拝・多神教・原始宗教など、すなわち、異邦人が従っていた異教の類にあたるでしょう。 まじめな信徒を「万物にも劣るもの」として枝を切り「台木」に変えてしまい、教祖一族がみずから「穂木」になって、際限なく養分(献金)を吸い取る団体もあります。これは、さかさまに甘柿の台木に渋柿の枝を接ぎ木したようなものでしょう。
2009/03/03
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鉱山を開発し、鉱石を採掘し、精錬することによって貴金属を生産することは、世のため人のためになる有意義な事業である。他方、同位体などから元素としての貴金属を物理学的に合成することもできる。ただし、これは効率が悪く、事業としては成り立たない。世に名高い聖人として知られているイエスは、不労所得を得る方法として、次のような範を示した。弟子が湖に釣りに行き、1匹だけ魚を釣り、その腹から硬貨1枚を取り出したのである。この硬貨はシェケルだったともいうが、そうであれば農場労働者の2日分の賃金である。落し物を掠め取ったといわれかねないような不真面目な所得を敢えて儲けた意味は、 自分は神の子であり、お宮(神殿)に上納金を払うように強いられるいわれはなく、これを回避するための手段だから、である。これに倣うならば、誰かが手軽で安直な金儲けをしても、それをいちいち咎める必要は無い。2000年前に比べ現代では、ますます、情報に敏い者などが労せずして稼ぐことができるようになっているといえる。むしろ、信仰という「錦の御旗」の下で利益追求に心血を注ぎ、マニュアル・トークに磨きをかけ、宗教心の実質を忘れ、作り話に惑わされるような弱者に心痛を与える商法を展開するならば、愛の神に仕えているのではなく、カネの神(マモン)に仕えていることが明らかになる。本末転倒である。
2009/03/02
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