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「改革なくして成長なし。」⇒「改革の進む先には成長がある。」「改革には必ず痛みが伴う。」⇒「痛みが大きいほど改革は着実に進展している。」というような錯覚があった。 改革推進、いいかえれば「御一新」という錦の御旗は、絶大な威力があった。言った者勝ちかもしれない。 プロテスタントは歴史上の「宗教改革」を肯定的に評価する。いや、「宗教改革」から生まれたのがプロテスタントなのだから、これを否定したら自己矛盾するだろう。 しかし、その「宗教改革」からは「ドイツ農民戦争」が派生し、また、欧州各地の「宗教戦争」の背景になった。イングランド国王、ドイツ諸侯、ハプスブルク家などが宗教界に介入し、その上に君臨しようとしたのである。 151715241529153115361546156215681618 「95か条の論題」ドイツ農民戦争(-25)カッペル戦争(スイス) 同首長令公布(イングランド)シュマルカルデン戦争(-47/ドイツ)ユグノー戦争(-98/フランス)八十年戦争(-1648/オランダ)三十年戦争(-48/ドイツ) 改革には光と影がある。 現代において「第3イスラエル選民」を自称し、「キリスト教統一」の改革運動を標榜してきた団体の活動は、そのような改革に似せていたが、実質は、議会制民主主義と自由な市場経済の体制に対する破壊・叛乱であった観がある。
2009/07/27
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四文字熟語で「じつげつせいしん」と読みますが、宇宙規模の時間・空間を意味しています。真昼の太陽は時とともに傾いて西の果てに沈んでゆき、雲の流れに遮られ、稀には、月の陰に隠れることもあります。満月は日々欠けてゆき、姿を消して新月になります。星座は1年の間に天空を巡り、さらにその巡行も年々ずれています。天体の動きは地上の人々に天意を示すと推論した人々は星占いや暦占いを考案しました。日本では特に親鸞とその弟子たちがその類の「日の吉凶」を排しましたが、キリスト教初期の指導者であるヤコブの手紙でも、神をすべての天体(光の複数形)よりも上位に据えて「光の父」と呼び、神にも時に伴う変遷や循環があるという考えを採らないように呼び掛けました。創造の神の国や業は、星座や年月の繰り返しなどの法則には縛られないとも言えるでしょう。貧しい者はさいわいである、と説き明かす神の御子に従い、裕福な信徒にへつらうことはしないことが時代を超えた不変の方針となりました。
2009/07/24
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統一教会の入団儀式に「イサク献祭」があります。かつての日本統一協会は全員献身という方針でした。献身とは宗教法人または傘下企業に就職することです。この時、私心を捨て、過去の価値観、生き方を捨てるために、例えば、恋人や親友への想いを捨て、預金通帳も協会へ献上しました。協会の外にある執着の対象を放棄したのです。「聖職者」としての覚悟を問い、規律と統制を保つ効果があったのでしょう。市民宗教とは根本的に異なる秘密結社や革命党派の在り方です。その「伝道者」として特定商品を拡販するのであれば、革命党派の勧誘・資金調達活動と同質であり、警視庁公安部の摘発を逃れることはできません。
2009/07/20
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いまでも、受益者負担という理屈から、より多く負担する者を厚遇し、負担できない者を冷遇します。旅客機にはファーストクラスがあり、特急列車にはグリーン車があり、劇場にはS席があります。その逆もあるわけです。 いつの時代でも、たとえば天候不順で不作に見舞われれば、経済格差が広がり、世情も荒んで、人々のさもしい根性と嫉妬心が強まったことでしょう。 新約には、ジェームズからの注意を認めた手紙があります。「ヤコブ書」といいますが、キリスト教信徒たちの集団内の規律と心得が書かれています。内容は主に2点に要約できます。災厄や試練が神から与えられるとする見方への批判と、信徒や新来の人々の間の経済格差にまつわる注意喚起です。 イエスは、福音を直截に説きつつ、目覚しい業(わざ)を為していたので、降りかかる不運の類を今日のこととして取り上げる必要がありませんでした。 しかし、ジェームズは、不運・災厄について言及し、神は不変であり完全であって、人々に良くないものを与えたりはしない、と説かなければなりませんでした。 当時、信徒の中にはセレブ(資産家、高所得者)に媚を売る傾向が見られました。それは俗世間の常識だったようで、そのような不健全な価値観から信徒団を防衛する必要がありました。 この中で、「星々の父なる神」には、変化や光と影の移ろいは無い、という一節が登場します。星座の変遷や時代の変化、進展に伴って神が為すことも変わる、という考え方を否定しています。 涅槃経では、釈迦の悟りは普遍的に実在するもの、「久遠常住」であるといっています。よく知られている釈迦族の尊者が新たに発明したものではなく、時空を超えて不滅不変であるということです。 ジェームズは同じようなことをいっているのですが、しかし、行いを強調し、自らの罪に注意を向けさせています。イエスは自らを「真理であり」それとともに、「道である」と宣言していますが、「道」は踏み行うべきものです。 信徒の間の熱い友愛が冷め、貧富の差が影を落とすようになると、組織を引き締める必要が出てきたのでしょう。・・・よくあることではないでしょうか。「貧しい者は幸いである」という極端な言葉が薄められ、より穏やかな「心の貧しい者は・・・」とされるとともに、貧富の差を重く見る姿勢も弱まったのでしょうか。
2009/07/10
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昨日の朝日新聞報道より、捜査関係者から同紙記者が得た情報の一部をご紹介します。宗教団体傘下の印鑑販売会社「新世」から給与として支払われた中から、1日程度しか勤務していなかった者や全く勤務していなかった者の名義で開設された銀行口座に振込まれたものが多数発見された。このような口座は百数十人分に登り、約70人分は、この会社での事業に全く勤務していなかった者の口座で占められている。また、振込まれた直後に全額引き出されている。・・・私は、これらの口座の実態は、名義人本人の生活資金ではなく、宗教団体の収入源のトンネルになっていたと推測していますが・・・。いずれにせよ、架空経費計上は法人税法に違反しますから、次はいよいよマルサの出番です。
2009/07/03
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