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「日本における女性の人権の尊重を新憲法に反映させた」ベアテ・ゴードンさんに言及された皇后陛下。http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h25sk.html お誕生日までの一年を振り返られ、亡くなられたゴードンさんを偲ばれました。5月3日憲法記念日の頃の動きにも、多くの御言葉で、国内の自主的な民権思想と憲法草案があったことを紹介され、世界的な文化遺産、と讃えられました。自由民権運動期の民間の憲法草案は、憲法研究会の活動を通じて歴史的に、戦後の憲法改正に結実しましたから、「米国製」「翻訳」「押し付け」といった憲法への誹謗に対する反証です。何故それを知っているのか、厳罰に処す、何が秘密か、それは秘密だ、知ろうとしただろう、厳罰に処す、などという不条理が復活しそうな今日この頃、国母陛下から喝を入れられた心持ちが致します。5月の憲法記念日をはさみ,今年は憲法をめぐり,例年に増して盛んな論議が取り交わされていたように感じます。主に新聞紙上でこうした論議に触れながら,かつて,あきる野市の五日市を訪れた時,郷土館で見せて頂いた「五日市憲法草案」のことをしきりに思い出しておりました。明治憲法の公布(明治22年)に先立ち,地域の小学校の教員,地主や農民が,寄り合い,討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案で,基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務,法の下の平等,更に言論の自由,信教の自由など,204条が書かれており,地方自治権等についても記されています。当時これに類する民間の憲法草案が,日本各地の少なくとも40数か所で作られていたと聞きましたが,近代日本の黎明期に生きた人々の,政治参加への強い意欲や,自国の未来にかけた熱い願いに触れ,深い感銘を覚えたことでした。長い鎖国を経た19世紀末の日本で,市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして,世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います。
2013/10/25
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日本の捕鯨はオーストラリア人などから激しく責められています。英国のタブロイド紙が犬を棍棒で叩く(おそらく香港あたりの)男を記事にして、日本人の蛮行だと非難したこともあります。現在、先進国のなかで、羊頭狗肉の「狗肉」を食べる習慣がある国はほとんどありません。『韓国人は犬肉も食べますよね? 世界で犬を食べるといったら、今「えー?!」というのです。自分の息子、娘をつかまえて食べると考えるのです。犬をそれだけ愛するのです。それでは何を食べればいいのですか。』(「文鮮明先生み言葉選集」337巻より) 古来「赤犬は旨い」と言い伝えられているのをご存じではありませんか?日本最古の料理本(料理物語)には犬肉料理が登場します。日本では大道寺友山の青年時代、すなわち、武士道(という支配層の倫理学)が形成されつつあった江戸時代の初めごろには、血気盛んな若者が野犬を捕まえて食べていました(落穂集)。犬公方様登場(生類憐みの令)の少し前のことです。戊辰戦争後、下北半島に移された会津藩士の一家(芝五郎の生家)は、拾われた野犬の遺骸を食べて飢えを凌ぎました。また、戦後も北海道の僻地にある貧しい漁村では正月料理になりました。 武士の間では「鷹も同輩、犬も同輩」といいます。働く仲間の仲間意識は江戸時代に成立していました。ただし、犬はお殿様の「鷹狩り」に必要な飼料でした。犬を裁いて鷹の餌にする人たちも公務を担う職員/指定業者でした。 『好きなものは食べてもいいです。統一教会の韓国人は犬肉を食べたらだめだと? それは誰が決めたのですか? 猫も捕まえて食べてはいけないと? 誰がそれを願ったのですか? 猫の肉がどれだけおいしいか、ネズミを捕って食べたらネズミの肉がどれだけおいしいか知っていますか?』(「文鮮明先生み言葉選集」462巻より) 日本ではかなり昔に廃れた食習慣ですが、韓国では健在です。ソウル五輪のときに問題化していました。敗戦国・日本はガイコク人(西洋人)に受け容れられるように心を砕きました。「オモテナシ」。ベトナムには猫肉料理店がありますが、日本では好事家の間で「おかふぐ」と呼ばれていたようで、古典落語の枕に登場します。『韓国人が犬肉が好きですよね? ここでは何の肉といいますか? (「ポシンタン(補身湯)です」)何の肉? (「北朝鮮はダンゴギ(タン肉)といいます」)ダンゴギ(タン肉)? (「金日成がそう名づけました」)うん、よく名付けた! 夏は犬は汗を流しません。それで犬は最も冷たいところが好きです。そのため(暑くて)息をハアハアしながらも汗をかかないのです。なぜ?犬の毛が綿毛が出るようになったらびっしり生えます。主人の世話を忘れないために柔らかい毛が三層になるというのです。羊毛よりも、鹿の毛よりも、どの獣の毛よりも昔は犬の毛の値段が一番高かったのです。それを知っていますか? 倭政のとき(併合時代)、満州国境地帯の軍隊が守る所は韓国の良い黄色い犬の毛がオオカミよりも、虎の皮はしりませんが、高かったのです。ですから私たちの家でも、私はそのような犬が好きだったので、そのような犬を育てていましたが、あちこちに肉の商売人たちが、犬の飼い主のところにやってきて「いくらで売りますか。米一俵で買おう」というです。売らないというと「米二表で買おう」といって、それでも売らなければ「米三表で買おう」というのです。我が家の犬はたくさんよく食べさせたので、肉もおいしく肉付きもよかったのです。「何俵だったら売るのか」というのです。何俵で売るというので母と父が(犬を)売りたかったので「おいおい、あの犬を買う人が米何俵で売ると言っているんだから、私が銃を・・・」。』(「文鮮明先生み言葉選集」436巻より)銃で野犬を撃つというのでしょうか。それとも、飼い犬を撃つのでしょうか、聞き取れません。 『私の父は、犬を食べることを最も嫌います。ところが、村の人々が母を立てて、私が愛する犬を......。私が学校に行って来ると、その犬をつるしているではありませんか。自分の首が引っ掛かっていることも知らず、ただ私を見て喜ぶのでした。私は、首をつるされた犬にしがみついて痛哭しました。このようなことを考えるとき、「人間は信じることができないが、犬は信じることができるのだなあ」と思いました。』(「文鮮明先生の教育哲学」より 1974年4月29日のみ言葉) 「平和を愛する」世界人だそうですが、そこまで信頼されている飼い犬を助けるつもりはなかったのでしょうか。家長である父親の権威が低すぎませんか? 『そのため犬肉が美味しいのです。韓国人は犬肉をポシンタン(補身湯)というでしょう? 最近はほかの名前で何といったっけ? (「栄養湯(ヨンヤンタン)」) 栄養湯? 嶺南湯じゃなくて? 嶺南湯だとすると。"嶺南"だと済州島も入り、湖南・嶺南、栄養滋養になる湯!』(「文鮮明先生み言葉選集」472巻より)『オオカミの肉が犬肉のように美味しいのです。日本人たちは犬肉食べますか? (「食べれません」) 肉の中で一番おいしい肉が犬肉なのです。それと、この肝、肝(レバー)は本当に美味しいのです。そこに味をしめると牛肉やどんな肉もそれほどではないのです。それを食べるとまた元気がほんとうに旺盛になりますよ。目もよく見えるようになって足も力が出て、体も力が出るのです。(犬肉は)健康剤ですよ。わかりましたか? (「はい」)』(「文鮮明先生み言葉選集」482巻より) 江戸時代を通じて日本の大衆は牛も含めてすべて肉を食べることすら憚り、「宍喰った報い」というように薬食い(強精剤)が半ば地下化していました。「百姓の子孫」には肉食そのものがうしろめたいところでしょう。他方、将軍家には冬場に近江から味噌漬けの牛肉が献上されていました。『世の中もそうじゃないですか? 近所の狂った犬のようなものを捕まえたら犬肉が好きな人は、お互い集まって来て・・・。犬肉の中で一番おいしい部位がどこか知っていますか? 足がおいしそうですか、心臓がおいしそうですか? どこがおいしいか知っていますか? 肝(レバー)がおいしいです、肝が。肝臓は栄養素の倉庫ですよ。そうですよね?そこに病気があると長く生きられません。肝が美味しいですよ。こんな話は何・・・。犬肉食べてみましたか?(笑)先生は犬肉も食べてみました。しかし食べてみると一番美味しいのが何か? 心臓はコロコロしています。肝(レバー)はボロボロして粒のように入り、かめばどれだけおいしいかわかりません。香ばしくもあり、甘くもあり。それ一度行って食べてみなさい。ここでは買って食べることができますよね、犬肉? (「ポシンタン(補身湯)です」)』(「文鮮明先生み言葉選集」473巻より) 『犬肉はなぜ美味しいのかというと人間のウンチを食べるためにそうなのです。』(「文鮮明先生み言葉選集」358巻より) 豚も芥や糞を食べます。しかし、「人間の」であるところが重要でしょう。間接的に人間由来の匂いを食べている「ために」美味しいという意味ではありませんか。 信じてくれる者を裏切って食べてしまうことや、騙して「人を喰う」ことに躊躇いがありません。 『日本の新聞で「独島は日本の領土だ。日本の水域は200マイルである。」というのですが、それは悪い国と国民であり主権ですよ。そのように悪い人たちはどうすればいいですか? (「死ななきゃ治らない!」)死ななきゃ・・・何ですって?(「治らない!」)煮たり焼いたりして食べなければいけません。(笑)何でも殺して食べますか? わかりましたか?(「はい」)』(「文鮮明先生み言葉選集」334巻より)
2013/10/23
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「古来、なきがらを納棺する際には、合掌させるのが民族的習慣であるが、死後硬直のために手首を綺麗にそろえて合掌させることは困難で、無理に力を加えて指を組ませ紐で手首を縛っているのが実情である。しかし、なきがらといえども手首を紐で縛ることは、遺族にとって耐え難い苦痛である。さらに、人間の死亡後数時間で始まる筋肉の収縮による硬直によって、関節や筋肉を動かすことが非常に困難となり無理に指を組ませて合掌させると、指や手首の筋肉が切れ、見た目に痛々しく死者の荘厳さも損なわれる。死後は衣服を改め死装束となし、髪を整え、化粧をして死者を彼岸に旅立たせるが、綺麗に合掌させて永遠の旅立ちを見送りたい遺族の願望は、現在まで満たされていない。」弁理士 藤野清也氏以上の通り、「紐で手首を縛る」のは、日本の納棺では当たり前の作法です。
2013/10/21
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