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やはり年度末、何かと忙しく仕事は終わらない。結局、「生物と環境〜語り合おう、私たちの環境」の授業記録も最後まで報告できなかった。続きも含めて、4月からはこちらのblogで。なお、残りの授業の概要は次の通り。3月5日。「植物の利益」について学級全体では話し合う。3月11日。情報館(図書館)の図鑑にあった図についてグループで話し合う。3月12日。「バランスドアクアリウムは、環境問題を解決するヒントになる?」かどうか話し合う。夏までには、何らかの形でまとめたいと思っているのだが・・・。
2014.03.29
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以前、このblogに「ずっとアウェイだった」と書いたが、やはりこれからもアウェイのようである。(もしかしたら、自分からアウェイにしているのかもしれないが・・・。)もちろん、単にやりづらいということではなく、このことを意識することで、自分の「ビジョンと哲学」を確認し、戦略をもつことができるということである。戦略をもつことにより、研究のアプローチも複線化する。また、異質な他者に説明し、説明をつくり直す中で、その「ビジョンと哲学」も見直すことができるだろう。無藤隆先生(白梅学園大学)はフェイスブックに「研究者たるもの、常に少数派である」と書かれていた。逆にアウェイ感の中で仕事をするとスムーズには進むだろうが、そこに飛躍はあるのだろうか。もちろん、真面目な人はできるのだろうが、私には甘えが出てしまう。また、アウェイ感を自分から求めるのもエネルギーの無駄遣いである。したたかにしなやかに。これも、無藤先生が書かれていたことだが、新たなアウェイも、実践と研究のさらなるジャンプのきっかけにしたい。
2014.03.27
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いろいろな本や書類を整理していると、その中に私が書いたレポートや報告書を目にするのだが、多くの場合、引用を中心にして論を展開していたようだ。そのほとんどは、ある程度問題を提起し、同じような問題について述べられている文章を探して引用、最後に自分なりの解釈や感想を書き加えるといったもの。論文ではないので盗用にはならないと思うのだが、「論の進め方」から「言葉」まで真似し、次に何か書くときにはあたかも自分の文章、言葉のように振る舞っているのだ。そのようにして、私の文章は出来上がってきたのだろう。もちろん、「出来上がった」というほどの文章は書いていないのだが。しかし、だとすると私が今使っている言葉は誰の言葉なのか。このblogも、文章を書く力をつけるためにはじめたものだが、私は私の言葉を獲得することができたのか。ほんのわずかでいいのだが、文章を書く力は身についたのだろうか。私の言葉は、一部でもいいから誰かに届いているのか。ただ、それでも書き続けることが大切だということだろう。
2014.03.26
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学年末ということもあり、本棚を整理する。以前は、もう一つ本棚が使えたので、倍の本が入っていたのだが。私の場合、ほとんどの本をAmazonで購入するため、買った本は自宅に届く。急ぎで取り寄せたものはすぐに目を通すのだが、そうでないものはリビングに平積みにして、時間があるときにパラパラとめくり「乱読」したものから学校の本棚へ。数日間置きっぱなしだと妻から叱られ、慌てて目を通す。同僚の先生から「いつ読んでいるのか」と尋ねられることがあるのだが、寝室や移動中の電車や飛行機の中で小説を読むのとは違って「ほとんど読んでいない」と答え、驚かれる。おそらくレポートや研究会での発言の中でよく本から引用するので「ものすごい読書量」だと思われるのだろう。しかし、ほとんどの本は先ほど紹介した程度の「乱読」。必要なとき本棚から出し、引用する。その回数が増えると「熟読」に近い状況になるのだろう。ただ、その「乱読」の仕方は、以前(8年前)blogで「本の読み方」と書いたが、あらためて紹介する。・・・・・しかしながら、授業の準備や雑用も多く、ゆっくりと本を読んでいる暇はない。こんなときはいつも、鏑木先生(当時、草加市立八幡小学校校長)に教えていただいた次のような方法で本を読む。(1)前書きを読む (2)後書きを読む (3)目次を読む (4)気になるページを読むこの方法は、「乱読」するときに効果的であるが、「何かをはっきりさせる」ときにも結構使える。・・・・・研究のためには、「熟読」と「乱読」が必要だと教えてもらったのは、本校に赴任したとき当時の教頭先生から。そして、「熟読」よりも「乱読」と考えるようになって、どんどん本は増えていった。毎年、この時期に本棚を整理するのだが、数年開かなかった本はそのときまとめて家の倉庫に。(その倉庫も私が使えるスペースはわずかなので、どうにかしなければならないのだが。)本棚のあるリビングにあこがれていたのだが、実現するまでには時間がかかりそうである。もちろん、できてもオシャレなものにはほど遠いのだろう・・・。
2014.03.25
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前回のblogに「仕事術」について書いたが、以前、無藤隆先生(白梅学園大学)がフェイスブックで日垣隆「ラクをしないと成果はでないー仕事の鉄則100」を紹介されていた。その目次に100項目の「鉄則」「教訓」の一覧が書かれているのだが、これを見るだけでも、この11年間の私の仕事術と重ね共感できるものが多い。・・・・・ 3 自分にできないことをしている人を、素朴に尊敬する16 書棚一本の本がたまったら、新しい分野を開拓できる21 いざという集まりには万難を排して参加する25 お願いした場合は「いつでも」と言う32 依頼には即日で答える39 「苦手なこと」は人の手を借りて解決する45 商売道具への投資はけちらない59 継続させる小さな工夫を63 自分の「忘れグセ」を前提に、「忘れても、できる」仕組みをつくる64 共有する言葉の定義を明確にしないと、誤解が量産される68 「約束の優先順位」を見直すクセを持つ76 よほどゆとりがない限り、正義に多大なエネルギーを注がない・・・・・目次だけでも、ものすごい説得力である。耳が痛い残りの項目「27 人から薦められたものは、無理をしてでも即日取り入れる」「88 毎晩アルコールが欠かせない人は伸びない」も、「無理をしてすぐに取り入れる」ことができればいいのだが・・・。
2014.03.22
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以前、個人のblogを「カテゴリー」を使って整理したときに、そのカテゴリーに「仕事術」を追加したのだが、改めて見てみると案外おもしろい。最近では、「4色ボールペンの使い方」を書いたのだが、保護者の方から「私も使ってます」との声も。その「仕事術」はこちら。もちろん、以前から「学級事務の効率化」は必要だと考えていたものの、ビジネス書などを読むようになったのは本校に赴任してから。当時の「私」以上に激務の先輩方が、スマートに仕事をされている(ように見えただけかもしれないが)のにあこがれ、強く意識するようになった。しかし、このように並べてみると、単なる時間短縮ではなく、多くの仕事の中、そして、複雑な仕事の中で「何が本当に大切なのか」が見えてくることが、私に仕事術をこだわらせたのだろう。ビジネス書にはよく「捨てることで見えるようになる」と書かれているが、その通りである。また、これは大事だと思ったことを続けるための工夫ともいえよう。もちろん、体力の衰えに伴い、全てに全力とはいかなくなったこともあるのだが。とはいっても、年度末の整理・後片付けはいっこうに進まないのだが・・・。
2014.03.21
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先日のblogに、授業の中で子ども同士の学び合いを求めるとき「声が小さいことを聞く側の問題としてとらえていくことが必要である」と書いた。直接関係はないのだが、先週末に参加した東京で開催されたシンポジウムの中で、松木正子先生(十文字学園女子大学教授)のワークショップがあったので、ここで紹介したい。「どうして、話す人の目を見て話を聞くことが大切なのでしょう。」と、松木先生からの質問。答えは、耳はパラボラアンテナの役割をしていて、目を向けるとそのアンテナが話をしている人の方を向くから。その後、手のひらを耳の後ろに当てたときと当てないときを聞き比べると、聞こえ方が全く違い、驚きの声が上がる。聞き方を変えると、聞こえ方が大きく変わるのである。また、母音をしっかりと話すと、小さな声でもよく聞こえるようになるという話も。これまでの「大きな声で」「はきはきと」という指導そのものが間違っていたのである。これまで当たり前だと思っていたことの中にも、見直すべきことも多いのだろう。
2014.03.20
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年度末であるというのに、やりたいことがたくさんある。授業を担当していた6年生は卒業したというのに、まだ観ていない授業ビデオがいくつかある。blogも書きたいことが山ほどある。どうして「ある程度でよし」としないのか。おそらく、私が中途半端であることを私自身が自覚しているからであろう。途中で投げ出すことはしないまでも、何かの目標を達成したとか、何かを極めたという経験はない。趣味の音楽もピアノが弾けないため今ひとつ。大学で物理を専攻するが、微分積分ができなかったため卒論をごまかすので精一杯。だからだろうか、教師になっても「中途半端さ」をずっと抱えているのだろう。中途半端だという自覚があるから、最後までもがく。もっと優秀な教師ならさっさと反省し、スマートに振る舞うのだろうが。7年前にはじめた授業リフレクションも、子どもの声を聴けない自分を自覚するところからスタートした。少しでも聴けるようになりたいと、授業リフレクションを続けてきた。しかし、今振り返ると、大切なのは「聴けない」ということを教師自身が自覚し、どうにかして聴くためにあの手この手を使って工夫すること、もがくことなのであろう。教師が聴けると思った瞬間に、聴けなくなる。自分の中途半端さを自覚し、あの手この手を使って最後までもがく。このことが教師としての成長なのだろう。まだまだもがき続けなければならない・・・。
2014.03.19
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先日、小さな研究会の中で、授業で発言する子どもの声が小さく、授業者が周りの子どもたちに「聞こえた?」と尋ねたことが話題になった。おそらく授業者は「もっと大きな声で」と直接注意するのではなく、「周りの友達に聞こえていない」ことを知らせることで、発言する子どもの声を大きくしようと考えたのだろう。もちろん、発表会などで原稿のある一方通行の発表ならこのような指導でもよいのだろうが、子ども同士での「話し合い」、さらには、「学び合い」ではどうだろうか。問題なのは、声が小さいことを「話す側の問題」にしていることである。まだよく整理されず思考途中の発言ならたどたどしいのは当然であるし、自信がないのなら声も小さくなるだろう。そんな子どもたちに、教師は「もっと声を大きく」と声をかけるのか。それとも、たどたどしく小さな声での発言を大切にするのか。子ども同士の「学び合い」を大切にするのならば、もちろん後者であり、声の小ささを「聞く側の問題」にする必要がある。これまでの経験から多くの教師が感じていることだが、子どもたちがよく聴き合っているときには、声が小さくてもよく聞こえることがある。これは、その場にいる者全員がしっかりと耳を傾けているからであり、その安心感から、話す方も多少声が大きくなるのであろう。それでは、発言する子どもの声が小さいときどうするのか。そのことを「聞く側の問題」にするとき、どのように指導するのか。いろいろな方法があるのだろうが、重要なのは、教師自身がその発言に関心をもつということ。「おもしろいことを話しているようだ」「何か意味があるのではないか」と教師の聴き方が、子どもたちの聴き方のモデルになるのである。評価しやすい声の大きさではなく、意図や背景、そして、可能性までを含む発言全体を受け止め、おもしろがることが大切なのだろう。
2014.03.18
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先日のblogに「都合の悪い発言を思いがけないものととらえることは教師の成長の芽生えである」と書いたのだが、そのためには、子どものつまずきや失敗をおもしろいと、そして、意味あるものと思えることが大切である。つまり、つまずきや失敗をマイナスととらえるのではなく、その子どものなりの思考も結果とし、わずかにでもプラスに進んだものととらえるのである。7年前に3年生を担任したとき、太陽の動きの学習(影の移動から太陽の動きを調べる)で、「影は、太陽の反対側ではなく、太陽側にできる」とノートに書いている子どもがいた。もちろん間違いであり、影は太陽の光を遮ることでできるため、太陽の反対側にできる。それまでの私であったら、「もっとよく観察しなさい」と、次の日にでもその子どもをグランドに引っ張っていっていただろう。しかし、ちょうどビデオを使って授業リフレクションに取り組みはじめていた私は、同僚の先生といっしょにその日の授業をみることにした。すると、そこには「太陽側にできる理由」をグループの友達に説明するその子どもの姿が映っていた。「影は太陽の光がなければできない。だから、太陽の光がものにぶつかって、はね返って影ができる。」この子どもは、光線を意識し、そこから筋道立てて考えていたことからつまずいたのである。「太陽の光がものにぶつかる」までは妥当な考えであり、この光線のイメージは次の学習「日なたと日陰のちがい」や「光の性質」に発展する。このように子どものつまずきや失敗は、その子どもの理解や成長の過程を垣間見せるものである。そして、それらの多くは、教師がもともと予定した授業の進め方とは異なっており、子どもたちの学びにふくらみをもたせてくれる。もちろん、授業がスムーズに進むことは悪いことではない。しかし、それは「思いがけない発言」もなくつまずきや失敗が表面化していないだけではないか。子どもといっしょに立ち止まり、「そんなふうに考えていたのか」と驚きと発見を楽しみながら授業したいものである。
2014.03.16
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授業中に思いがけない発言が生まれることにより、それまでの発言の流れの節を折り、話し合いを深めることは、子どもの同士の学び合いを大切にする教師であれば、これまでの経験から同感できるところだろう。それでは、この「思いがけない発言」は、どうすれば生まれるのか。以前、このblogで「しみじみとする授業に」と書いたが、まず、その中で紹介した溜池善裕先生(宇都宮大学)の「考える子ども」(社会科の初志をつらぬく会 2013.11月)の原稿をあらためてみる。・・・・・ それではあらためて「よい授業」の条件に戻ってみよう。 1)は自由な雰囲気のある学級でしばしば起こる事態である。(※ なお、1)は「教師その他の予想しないような疑問や意見が出される」である。)高圧的で権威的な教師の下では起こりにくいが、子どもたちが起こす反乱もあり、全く1)が起こらないかと言えばそうではない。だが、「しみじみとする授業」であるには、意外な疑問や意見が教師や仲間たちに受け止められなければならない。意外な疑問や意見であっても、そうであるからこそなお、その子が何を言っているのか、それがどれほどその子にとって意味のあることなのか、それがどれほど仲間全体の前進において意義のあることなのか、それらをその時に子ども達や教師が分からなければならないのである。・・・・・ここで指摘されていることは、自由な雰囲気のクラスであること。さらには、思いがけない発言の意図や背景、意味、話し合いにおける意義まで教師も子どもも本気で聴こうとしていることが前提として必要だということだろう。次に、課題の質も挙げられるだろう。これまで何度か「理由づけの質を高める」と書いたが、そこで指摘したのは「根拠と主張の距離を遠くする」ような課題が必要であることである。このことにより、子どもたちは「これまでの知識や経験を総動員して想像する」ことになり、それらの想起の仕方やつなぎ方の違いにより、思いがけない発言が生まれやすくなると考える。しかし、ここで考えなければならないのは、この「思いがけない発言」は、教師にとっても思いがけないもの(予想外のもの)であるということである。以前、無藤隆先生(白梅学園大学)がフェイスブックに次のように書かれていたので紹介する。・・・・・ 授業について、予想されないような質問や発言が子どもから出ることが大事だということ。 その通りだと思います。そうでない授業が悪いという意味ではなく、その水準を超えるという意味においてです。 ただ、その予想されないとは、例えば、50個の予想をしていたら、51個目が出てきたというのとは違う気がします。それだったら、経験を積み上げれば、50個の予想は100個となり、大抵は予想の範囲に収まるようになります。 むしろ、ありきたりの発言に予想外を見いだせることが大事なのではないか。予想・予想外とはその発言の字面にあるのではなく、発言を兆候とする思考の模索状態に理解が及び始めることで、予想通りが予想外へと異なって見えてくるのではないだろうか。 それは教師の力量としてのいわば次元的飛躍が起こるときなのかも知れません。・・・・・つまり、授業中に生まれる思いがけない発言は、それに気づく「教師の成長」とセットであるということである。この教師の成長とは若手教師のことだけでなく、全ての教師であることが必要である。なぜなら、どれだけベテランであっても、子どものことを100%理解することは不可能だからである。さらには、気になる子どもの発言を中心にすることも大切であろう。教師がどうすればいいか分からないからこそ、そして、そのことを意識しているからこそ、その子どものことが気になるのであり、その子どもの発言を「都合の悪いもの」ではなく「教師の力量を超えるもの」として聴こうとするとき、「教師の成長」に向けて一歩踏み出すことができる。そして、「思いがけない発言」としてとらえることができることが、「教師の成長」の芽生えなのだろう。本当は、全ての子どもたちのことが気にならなければならないのだが。まだ十分ではないものの、ここで「思いがけない発言が生まれる条件」を整理する。1)自由な雰囲気と強い助け合いを前提とした「聴く」−「語る」関係がつくられていること2)「想像」を伴う質の高い課題が設定されていること3)授業に「教師の成長」があり、その教師の聴き方が子どもたちの聴き方のモデルになっていること8年前から「思いがけない発言を中心にした授業づくり」を提案し、何度も指摘、批判されていたのだが、少しすっきりしたような気がする。
2014.03.15
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前回のblogのつづき。授業のスタートは、「水草に利益はあるか」というuhさんの疑問であったが、ksさんのグループでは「アカヒレがいなかったら」という話題が移り、次のように発言がつづいた。・・・・・ksさん「でもさ、一応アカヒレのために酸素はあげてるわけだからさ、提供してるわけじゃん。その代わりじゃない?もらうよって。」kmさん「そのアカヒレが生きてるおかげで微生物が生きてるんでしょ?」ksさん「そう、そう。アカヒレがいないと水草弱るんじゃない?糞ださないから。有機物って書いてあって、食べ残しもないでしょ?糞だけで生きてるんだよ。・・・水草にメリットはあるよ。汚くならない。」kmさん「自分の環境をよくする。」ksさん「で、最終的に、結果的になってるじゃん。もし水草がなくてさ、バクテリアとかが糞とかを分解するじゃん。そのままだったら汚くなるよね。」kmさん「なるんじゃない。」ksさん「だよね。分解されたものだけだったら。それが分かれば・・・。例えば微生物とかが少なくなっても、こいつが、水草ががんばってれば・・・。」kmさん「っていうか、水草がないと全部だめじゃない?」ksさん「微生物もいてほしい。この人弱るから。太陽しかエネルギーがない。日陰とかになると最悪。」kmさん「だったらさ、アカヒレが死んだ人とかさ、もう水草全部弱ってくの?」ksさん「最近、アカヒレが弱ってて、水草も弱ってるもん。色がね。色が茶色っぽくなった。水草が糞がなくて。水草が役割でかくない?アカヒレの糞もだけど。アカヒレの糞も重要。」kmさん「アカヒレが重要。」・・・・・生物同士のつながりを意識しているものの「糞が微生物によって分解されたものを水草が吸収すること」と「瓶の中の水がきれいであること」との関係が上手く説明できていない。やはり、「微生物によって分解されできたもの」がどんなものか、そして、それが瓶の中に増えるとどうなるのかというイメージが十分ではないのだろう・・・。(つづく)※ 今回の記録は、平成26年3月5日のものである。
2014.03.13
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今回は、ノートに書かれていたuhさんの疑問から学習をスタートする。・・・・・uhさん「水草が、アカヒレのを吸収しても、水をきれいにしているわけでもないから、利益がないと思う。」・・・・・このuhさんの疑問についてどう考えるか、一人一人自分の考えをノートに書いた後、ksさんのグループでは、次のように話し合っていた。・・・・・ksさん「どう思う?なんていえばいいのかな?最終的に、結果的に水草がきれいにしていることになる。だって、水草がなかったら分解されたものはそのまま浮遊する。」kmさん「分解されてでてきたアンモニアを・・・。」ksさん「それを、出てきた気体みたいなものを、自分で養分にする。」OSくん「だから成長してるんだよ。」ksさん「だからメリットありありだよ。」kmさん「だからuhさんみたいに水草が・・・。」ksさん「水草自体が分解してるわけじゃないんだよ。」kmさん「だから、水草がそのまま糞に、糞を吸収してるんじゃなくて、糞を・・・。」ksさん「分解されたやつを・・・。」kmさん「吸収する。」ksさん「本に書いてあった。私たち、そればっかりいってるような気がする。」kmさん「うん、そんなところだと思う。」・・・・・一応、「バクテリアが糞を分解し、その分解されたものを成長のために水草が吸収するのでメリットはある」と結論づけているようである。uhさんの疑問である「分解されたものを吸収すること」と「水をきれいにすること」の関係に気づいていればいいのだが・・・。(つづく)※ 今回の記録は、平成26年3月5日のものである。
2014.03.13
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いよいよ明日は卒業式である。昨日、担当する6年生の最後の授業だった。授業後にノートをコピーしようとしたら、39人分のノートが「山」になっていた。5年生のときのノートも集めていたので、合わせるとものすごい量になる。一人分(1年分)は4冊だが、研究授業した単元をコピーするだけで、4時間かかってしまった。コピーをしながら一人一人のノートを見ると、見逃していた記述もある。コピー機の前で反省と後悔。授業が終わった満足感を味わうことができなかった。
2014.03.13
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このblogも1年前は週5回の更新を目標にしていたのだが、つい欲がでて10月頃から週7回の更新になってしまった。読んでいただいている方にとっては、どちらでもいいことなのだろうが、たまにこの更新数について「すごいですね」と声をかけられるときがある。しかし、私はこのことをすごいとは思ったことはない。なぜなら、blogはだれにでも書けるからである。書式も字数も自由。論文や雑誌原稿、学級通信などとちがって、思いついたことを書ける分だけ書き留めるだけでいい。写真にちょっとしたコメントをつけるだけで記事になる。実際、多くの芸能人が毎日何度も更新している。振り返ってみると、私のこれまで実践は「だれにでもできること」なのだろう。以前、このblogで書いたこの10年間の年2回の学会発表も、申し込みさえすればだれでも発表できるものである。7年前からはじめた授業リフレクションも、ビデオカメラやボイスレコーダーさえあればだれにでもできる。blogで紹介している授業記録も、プロトコルをおこし、分節に分け、その分節ごとに感想や反省を書いているだけである。毎年、同じ研究会に参加するのも同じである。早めにスケジュールの調整すれば、たいてい参加できる。ただ、大切なことは「できる」と思ったら、続けると「決心する」こと。そして、質にこだわりながらも、その量を優先すること。だれにでもできることを、だれにもできないくらいに。もちろん、本校に赴任してからの11年という長い時間が、このことを目標にすることを可能にしたのだろう。来年も、少し形は変わるかもしれないが、「だれにでもできること」を「続けること」を大切にしていきたい。
2014.03.11
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卒業式を今週末に控えているのだが、まだ、明日、明後日の授業をどうするか悩んでいる。先週行った授業の記録を起こすことすら終わっていない。子どもたちのノートのコピーもぎりぎりになりそうである。blogも週7回更新するという目標に追われてしまってる。そこまでやる必要があるのかという指摘もあるだろう。もちろん、研究発表会も終わり、学年末の事務整理など、できない理由はいくらでも挙げることができる。また、そこまでやっても、研究発表会後の授業記録など真剣に読んでくれる人がどれだけいるのかと指摘される方もいるだろう。このような「できない理由」を上手に挙げることができる人は、ある意味で賢い人のかもしれない。そんな賢い人が出した妥協案に納得することも多い。しかし、実践者として、この「賢さ」はメリットなのだろうか。物事を正しくみることは大切であるが、人のやることを評論ばかりし、それを「できない理由」にして自分は行動しないのもどうか。私は、どうも「賢く」ないらしい。あきらめが悪い。なにごとも、やってみなければ、そして、続けてみなければ分からない。反省よりも「最後までもがくこと」。やりながら少しずつ改善していく。本当にダメだったときも、その失敗から新しい展開をスタートする。多少の無理を承知で体当たりできるタフさをもつことが、実践者としての本当の「賢さ」なのではないか。もっとも、今の私は時間との勝負なのだが・・・。
2014.03.10
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先日のblogに「根拠となる事実の『層』を厚くし、理由づけの質を高める」と書いた。その中で、複数の事実をつなげることが重要であり、そのつなげ方を「比較、関係づけ→確かな理由づけ」「比較、類推→豊かな理由づけ」と整理したのだが、以前、このblogで紹介した内田伸子先生(筑波大学監事、お茶の水女子大学名誉教授)のプレゼンの中に、次にようなものがあったので紹介する。(そのときのblogはこちら。)注目すべきは、「想像」が知識の創造につながるということとともに、その「想像」と「反省的思考」をつなぐものに「因果推論」と「類推」が挙げられていることである。今後、「理由づけの質を高める」ため、あらためて「理由づけ」と「比較」「類推」「関係づけ」、さらには、「結論先行型の説明」との関係を明らかにしていく必要があるのだろう。
2014.03.10
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前回のblogの続き。前回、ksさんの「ちょっと話がそれるんですけど」という発言をきっかけに「微生物の存在を調べる方法」について発言が続いていたのだが、今度はesさんの「あんまりたいしたことではないけど」という発言で次のように節を折られていった。・・・・・esさん「えっと、あんまりたいしたことではないんですけど、ksさんのさっきなんか、今育てているバランスドアクアリウムの瓶の中にアカヒレのエサをまいて、それできれいになっていたら微生物が水をきれいにしているみたいなことをいってたと思うんですけど、そのこの前私が、バランスドアクアリウムの、たまたま底?一番底を見たときに、エサとか食べ残しと糞みたいなのがいっぱい積もってて、それだったら絶対、プランクトンとかがきれいにしていたとしても、絶対に底に積もるわけだから、そこはきれいになったかなってないかは分からないんじゃないのかなと思ったから、そこが疑問かなって。」smさん「えっと、esさんが、バランスドアクアリウムの石のところにエサが積もってたといってたんですけど、前、先生が、1回のエサは爪楊枝についたぐらいでいいといってたから、それは、アカヒレが食べれる分量を入れてなくて、たぶんアカヒレがエサを食べれなかったから多くて、だから、それが積もってるんじゃないかと思いました。」esさん「まあ確かにちょっと多いこともあったんですけど、でも、もしかしたらアカヒレもエサを全部一粒残らず食べれるってことじゃないから、何日も、何ヶ月も育てているわけだから、その、いっぱい飼育していったから、少ない分量?食べ残しとか糞が合わさって、ちりも積もれば山となるみたいな感じで、何日も経ったからそういう汚くなってるんじゃないのかなって思います。」T 「でも、水はきれいなの?汚いの?」esさん「えっと、水は、最近ちょっと濁ってるんですけど、まあ、だいたいきれいで底だけ汚い。」wmさん「えっと、smさんのエサが多すぎたっていうのはちょっとおかしいと思って、なぜなら、本当は水槽に朝、昼、晩の3回入れるはずなのに、そのバランスドアクアリウムの場合、えっと、3週間か2週間に1回ぐらいで、桜花さんの石の上にエサの残りなどが積もってたいうのも、エサかどうか分からないから、おかしいかなと思いました。」smさん「えっと、確かにエサが多すぎたっていうだけではないと思うんですよ。私も。エサが多すぎただけだったら、なんか、その、なんか、wmさんがいったように普通の水槽と比べたときに、なんか少しおかしいから、だから、エサが多すぎただけっていうわけではないと思って、で、たぶん他にも、その、ずっと水の手入れとかバランスドアクアリウムはしなくていいわけだから、やっぱり少しはバランスドアクアリウムでも汚れてくるんじゃないのかなって思うので、エサが多すぎただけではないんじゃないのかなって思いました。」T 「じゃあ、これはもうバランスドアクアリウムが汚れてきてるんだいうこと?」smさん「・・・うん。」T 「でも、水はきれいで、アカヒレは生き続けてるんですよね。」NGくん「普通の川とかも、そこまですごいきれいなわけじゃないし、普通の水槽っていうのも、アクアリウムみたいに密閉してあるわけじゃないし、いつも水替えが必要だし、なんか場合が違うんじゃないのかなって思いました。」・・・・・バランスドアクアリウムの中の水は本当にきれいなのか。本質的な問いであろう。子どもたちは、どういう意味で「きれい」という「ことば」を使っているのか。それは、アカヒレにとって住みやすい環境なのか。そして、水草にとってはどうなのか。さらには、それらのことが「微生物が分解する」ということと、どう関係しているのか。私にとっての「問い」ばかり増える授業であった・・・。※ 今回の記録は、平成26年2月26日のものである。
2014.03.07
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前回のblogの続き。学級全体の話し合いの中で話題になった「目に見えないバクテリア」、そして、「バクテリアに分解されたもの」であったが、ksさんの「ちょっと話がそれるんですけど」という発言をきっかけに節が折れ、次のように発言が続いていった。・・・・・ksさん「えっと私は、ちょっと話がそれるですけど、ktさんがどうやって微生物がいるかっていうのを証明するかについて、さっきの時間グループで話してたんですけど、顕微鏡で見れないんだったら、今家にあるバランスドアクアリウムの水をとって水草を入れて、エサ?もらったメダカのエサをちょっとぱらぱらってまいて、で、それで1ヶ月ぐらいおいて、1週間?まあ、それぐらいおいて、きれいだったら微生物がいて、きれいじゃなかったら微生物がいないんじゃないかなって思って、で、水草も入れて、水草もきれいにしたんじゃないかってこともあるんですけど、前情報館で調べたときに、水草は糞とかを分解したものを、分解して、分解したものから出てきた気体とかを自分の養分にするって書いてあったんで、水草自体は糞とかを分解しているわけではないってことだから、あとバランスドアクアリウムの中で糞が分解できるとすれば、微生物か、アカヒレ?か、あと砂?まあ、アカヒレか微生物だから、で、そのとき瓶にはアカヒレは入れないから、残り微生物しかないから微生物かいるかいなかい分かると思います。」uhさん「えっと、私もえっと、プランクトンとかは、顕微鏡とかで観察することができるから、なんだっけ、もしもプランクトンが水をきれいにしてるとかいうは分かるかもしれないけど、その、水をきれいにしているかどうかというのは分かるかもしれないけど、微生物はバクテリとかできないから、どうすれば調べられるのかは分かりません。でも、水は汚れてないから、まあ、微生物はいるんじゃないかなと思います。」MRくん「えっと、ksさんがいったバランスドアクアリウムの中の水を1回捨ててから、もう1回新しい水にするってことですか」ksさん「いや、その、今飼ってるバランスドアクアリウムの水をそのまま使ってするってことです。」MRくん「あー、だったらいいんですけど、1回研究発表会のときに持ってきた本では、えっとその、1回水槽の中に、えー、微生物が発生する条件みたいのが書いてあったんですけど、それには、えー、14日にも言ったような気がするんですけど、様々な場所からって書いてあったんですけど、ちゃんとその中に魚を入れてないと微生物が発生しないってことだったんで、あのまあ、それは、ちょっと・・・、それか、アカヒレを入れずにいきなり水草と水だけにしてたら、微生物が発生しないと思うので、それだったらちゃんとした、水をきれいにできるっていうことが実証されないので、それは難しいんじゃないのかなっと、そういう条件だったら難しいと思います。」T 「バクテリア、微生物、どっち?」MRくん「バクテリア?えっと、微生物の中にも僕はバクテリとプランクトンに分かれてると思って、で、プランクトンはメダカと同じようにアカヒレが食べる可能性があって、バクテリアはたぶん食べられないと・・・かもしれないですけど、たぶん食べられないと思って、別なものじゃないのかと思います。」MKくん「えっと、僕もMRくんに付け加えで、僕も微生物とバクテリアは違うものだと思って、微生物は、アカヒレとかメダカ、まあアカヒレとかの魚が主に食べる、食すために、まあ、食べる物で微生物は。だけど、バクテリアはアカヒレとか、アカヒレの糞とか食べ残しとかを分解してくれる、そのいわゆる分解者、バクテリアは分解者のようなもので、微生物は、まあ微生物は、なんだけ、バランスドアクアリウムの中をきれいにしてるっていってるでど、僕は、まあそこは、バクテリアがきれいにしてるのか、微生物がきれいにしてるのかってことはちょっと分かりません。」anさん「えっと、MKくんのいったことに対して、私も分かんなかったんで辞書で調べてみたんですけど、微生物は顕微鏡で見える範囲のもので、バクテリアが細菌で、プランクトン・・・、微生物の仲間に入るのが細菌とか、なんか微生物とかだったから、たぶん、バクテリアもプランクトンも微生物の中に入ってて、バクテリアは細菌で、プランクトンとかは、生きてる生き物っていうか、小さい生物というので、なんか、そういうものだっていうのが調べて分かりました。」・・・・・「どうすれば微生物の存在を調べることができるのか」という思考の中で、微生物のはたらきが少しずつ明らかになっていればいいのだが・・・。(つづく)※ 今回の記録は、平成26年2月26日のものである。
2014.03.07
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前回のblogのつづき。ayさんの発言を聞き、考えたことを学級全体で話し合う。・・・・・ktさん「えっと、あのayさんが、あの、顕微鏡で見るっていったんですけど、疑問で、水の中に微生物がいるとして、どうやって調べればいいのかなって思いました。」kmさん「えっと、微生物、私は微生物がいると思って、アカヒレが糞を出したとしても、アカヒレが自分の糞を食べるとは思えないし、水草は分解するっていっても水草はどうやって分解するのか分からないから、やっぱり微生物がいなければ水はきれいにならないと思うから、微生物はいると思います。」tmさん「私は、kmさんに付け加えなんですけど、確かにアカヒレは自分の糞を食べるわけにはいかないと思うんですけど、で、その後も、水草は分解しないってkmさんはいったんですけど、私は、それは逆に、その、吸収しているっていうふうに考えたんですけど、その、理由は、この前情報館で調べたときに、その、オオカナダモは、窒素など、そういうのを吸収しているってふうに書いてあったからことから、そこからあくまでも予想なんですけど、ゴミなども、そういうふうに吸収してるんじゃないかなってふうに思って、だから、私は、アカヒレはないと思うんですけど、微生物かオオカナダモが、で、水をきれいにしてるんじゃないのかなと思いました。」MRくん「えっと、tmさんが今、水草が窒素を吸収して、えっと、成長するっていうか、その、吸収するっていってたんですけど、それはあくまで、窒素が出るときは、ゴミ自体が吸収するってことは、窒素っていうのは・・・、なんか、見えないものじゃないですか、どんなに顕微鏡で拡大しても、でもゴミとかは、まあ、本当にちっちゃいものもあるんですけど、まあ、すごい倍率が高いもので見れば見えるように、だからその、物体としてないものだから、ちょっと違うんじゃないかなっていうのが、あっ、違う、少し難しい考えなんじゃないかっていうのを思いました。」esさん「えっと、私もayさんと同じで、水をきれいにしているのは、なんか、アカヒレとオオカナダモ、えー、微生物、が関係してると思って、だから、アカヒレを抜いて行う実験については、微生物が増え続けるんで、水が汚くなるんじゃないかなと思いました。で、また、顕微鏡については、バクテリアのような見えない生物以外の、その、もう少し大きいプランクトン?みたいなものは見えるんじゃないかなって思って、それか、ろ過みたいな細かいことをして、それが濾し出されたもの?を取り出して調べたら少しは水中の生物、生態系みたいなものが分かるんじゃないかなと思いました。で、えっと、前も書いたと思うんですけど、アカヒレの出した不要物をバクテリアが有害なものから無害にして、それをプランクトンが食べて増殖みたいなのをして、アカヒレがプランクトンを食べるっていうように、なんか、サイクルっていうか、ayさんもいったと思うんですけど、なんか、食物連鎖みたいになってつながってるんじゃないかなと思いました。」T 「何が有害なものを無害なものにする?」esさん「えっと、バクテリア?なんか書いてあったんですけど、バクテリアが、糞などのアンモニア?みたいな有害なものを無害にするって・・・。」MKくん「えっと、まあ、esさんに付け加えで、アカヒレを抜いたらってのに付け加えで、あの、ayさんが、なんか、アカヒレを、バランスドアクアリウムからアカヒレをなくしたらっていったんですけど、それについて、その、仮にアカヒレがバランスドアクアリウムの中をきれいにしていたと、きれいにしているとするならば、そのまあ、実験で、まずバランスドアクアリウムを2つ用意して、1個はアカヒレが入ってるので、もう1個がアカヒレが入ってないので、まあ、2,3週間、まあ1ヶ月ぐらいかな?まあ、1ヶ月ぐらい観察してみて、それであのアカヒレが入ってる方はみんなが今持っているように普通だけど、あっ、きれいだけど、もしアカヒレが入ってない方が汚かったらアカヒレがバランスドアクアリウムをきれいにしてるって証拠になって、もし汚くならなかったら、やっぱアカヒレは、バランスドアクアリウムをきれいにするっていう選択肢から消えると思って、消えると思いました。」・・・・・多くの子どもたちが「顕微鏡でも見ることができないけど水中に微生物はいる」と考えているようである。また、MRくんの「水草は、顕微鏡で見ることができないくらい小さなものしか吸収できない」という発言は、鋭い指摘である。これらのことが「バクテリアが有害なものを無害なものに変える」ことの具体的なイメージにつながればよいのだが・・・。(つづく)※ 今回の記録は、平成26年2月26日のものである。
2014.03.07
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前回のblogのつづき。ksさんのグループの話し合い。「アカヒレの糞が分解され水草の養分になってる」「水草は光合成で養分をつくり出すことができる」などの発言が続いていたのだが、話題は「微生物の数」に移っていった。・・・・・ksさん「だって、アカヒレがいなければ藻とかが生えても減らない。しかも、微生物が食べられないから死なないじゃん、減らないじゃん。で、だから、数も減らないし増えるのか分かんないけど・・・。」AKくん「微生物って繁殖するの?」kmさん「するんじゃないの?」AKくん「だって、食べられて死ぬんだったら・・・。」kmさん「全滅するじゃん。」ksさん「全滅する。」AKくん「だから、どうやって繁殖するかって。」ksさん「なんかときどき口パクパクしてるよ。うちのアカヒレ。」OSくん「こないだアカヒレ水草に噛みついてたよ。これ、本当。」kmさん「石になんか、つついていたよ。」ksさん「酸素足りないのかなって思ったら・・・、分かんない。」AKくん「酸素足りないなら、普通上の方だよ。」ksさん「だよね。すごい真ん中らへんでパクパクしてて、食べてるのかなって。」kmさん「微生物を・・・。」ksさん「泰崇くん、どう思う?」OSくん「微生物がいるんでしょ?」ksさん「たぶん。顕微鏡で観察してないから分かんないけど、・・・。」kmさん「でも、いるんじゃないかな。」AKくん「うん、そうそう。」ksさん「だって、普通いるでしょ。」kmさん「だって、水草にくっついてくるって書いてあったじゃん。インターネットで調べたとき。」ksさん「うん。それに水草3本ぐらい入れてるからね。」kmさん「いるんじゃないかな。」ksさん「いないとね。だれがきれいにしてるか分かんない。で、上からフタ開けて覗くんだよね。そのときに、またアカヒレがパクパクして、上の方じゃないんだよ、すごい下の方でパクパクしてんの。で、死ぬのかなって思ったら、次の日もまたパクパクしてて。」kmさん「水草噛みついてるの見たことない。」ksさん「うん、ない。」AKくん「水草にエサがついてたんじゃないの?」ksさん「微生物が少なすぎたんじゃない?」OSくん「噛みついて、あばてれた。」AKくん「ストレスじゃないの?」ksさん「微生物はどこから繁殖するの?」kmさん「水草じゃない?」ksさん「でも水草に・・・、1回ついてくるのは本に書いてあったけど、入れてほっとくじゃん、で、微生物がバーってとれるでしょ。」kmさん「繁殖するんじゃない?」ksさん「繁殖するのかな?それが分かんないんだよ。水草しか外から入ってくるものないじゃん。砂とかについてるとか思わないじゃん。」AKくん「砂はあんまり関係してないと思う。」 ・・・・・おそらくksさんは、アカヒレが口をパクパクしているのは目に見えない微生物を食べていると考えているのだろう。はじめは、アカヒレがいることで微生物が増えすぎないと発言しているものの、話し合いの後半では、微生物が瓶の中で増えることができなければ、アカヒレに食べられてしまいいなくなってしまうと心配していることが分かる。これは、アクアリウム内の生物のバランスを考えるときに重要な気づきである。しかし、前回のblogで紹介したようにグループでの話し合いのはじめ、OSくんが「微生物とプランクトンはいるの?」と質問しているように、まだ微生物とプランクトン、バクテリアが混同し、話し合いが混乱していることも分かる。やはり、目に見えないものをイメージすることは難しいのだろう・・・。(つづく)※ 今回の記録は、平成26年2月26日のものである。
2014.03.04
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前回のblogのつづき。ayさんの発言を聞き、しばらく自分の考えをノートに書いた後、ksさんのグループでは次のように話し合っていた。・・・・・ OSくん「ねえ、微生物っているでしょ?」kmさん「微生物いると思うよ。」AKくん「いるよ。」OSくん「じゃあ、バクテリアっているの?」kmさん「微生物とバクテリアって同じじゃないの。」ksさん「分かんない。同じ微生物じゃないの?」OSくん「じゃあ、プランクトンっているの?」kmさん「プランクトンと微生物の違いが分かんないの?」ksさん「プランクトンは微生物だからだよ。」OSくん「プランクトンも微生物なの?」kmさん「バクテリアも微生物じゃないの?」AKくん「赤潮の原因になる微生物、プランクトンに決まってるらしいよ。」ksさん「へー、種類が?」AKくん「そう。」kmさん「ビンの中に微生物がいなければさあ、・・・。」ksさん「逆にアカヒレ入れなければさあ、元気に・・・なんていうんだろ、きれいになると思うよ。」AKくん「アカヒレが、自分の糞食べるわけないでしょ。」kmさん「だからさ、ずっと・・・。」ksさん「微生物が回収しているわけじゃん。だからさ・・・。」kmさん「自分で自分の糞を食べると思わないでしょ。でも、水草はどうやって糞を吸収するの?」ksさん「うん?水草が?」kmさん「水草が、どうやって糞をきれいにするわけ?」ksさん「バクテリアみたいのが、微生物が分をきれいにして、分解して、分解したものを・・・。」kmさん「分解したものじゃなきゃ、微生物が分解したものじゃなければできないから、微生物がいなきゃ無理じゃない?」ksさん「微生物がいないと成り立たないんだよ。でももし、アカヒレがいないと糞がないじゃん。アカヒレがいないとね、だから、分解されたものがないから水草はだんだん元気がなくなっていってしまう。」kmさん「かな?」ksさん「だって養分が少ししかない。」kmさん「でも、日光に当たるでしょ?」AKくん「水草は成長するんでしょ?何かを養分にしているってことじゃないの。」ksさん「うん・・・。」AKくん「そしたら、その意見、筋道通るよね。」・・・・・「アカヒレを入れれば、きれいになる」というksさんの発言。他の子どもたちにとって予想外のものであっただろう。その後のやりとりの中で「アカヒレが糞をする→糞を微生物が分解→分解したものを水草が吸収→吸収したものを水草が養分にする」と整理され、最終的にksさんは「アカヒレがいないと、水草はだんだん元気がなくなっていく」と発言している。さらには、アカヒレの糞が供給されないと、水草に必要な何かが不足するのではないかと考えていることも分かる。できれば、kmさんの「日光が当たれば水草は光合成をして養分をつくりだすことができる」という発言とかかわり合えばよかったのだが・・・。(つづく)※ 今回の記録は、平成26年2月26日のものである。
2014.03.04
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2月14日の公開授業の「次の授業」である。今回は、まず、先日このblogで紹介したayさんが授業後に書いたノートを紹介した。・・・・・ayさん「はい。バランスドアクアリウムの中に本当に微生物がいるかどうかは分からないが、微生物は水の中のよごれ(魚のフンなど)を分解するということは分かっているので、ビンの中で水をきれいにしているのは微生物だと思った。アカヒレのフンなどをオオカナダモや敷石がきれいにしているとは思えない。もし微生物が死んでしまったら死がいをアカヒレが食べると思う。けれど微生物を食べるのであれば普段からアカヒレは微生物を食べていたのかそこが疑問。そういうふうにバランスドアクアリウムには、生態系←食物連鎖ができていると思う。だからバランスドアクアリウムは色々な生物で支えられている。ビンの中にはむだがない。でも本当にアカヒレや微生物が水をきれいにしているのであれば、アカヒレをビンの中からぬいてオオカナダモとかだけを育てていき水がきたなくなってきたら、水の中をきれいにするのにアカヒレは必要ということになるし、水がきたなくならなくてきれいなままであるのならアカヒレのほかにも水をきれいにするものがいる。という実験をすればどの生物が水をきれいにしているかが分かると思う。微生物がいるかどうかはビンの中の水を少し出して顕微鏡で見ればビンの中には微生物がいることが分かる。というように水の中に住んでいる生物をまず調べてからの方がよいと思う。調べたら予想外の生物も出てきてその生物が水をきれいにしているのかもしれないから、まず人間の目に見えないものまで調べると本当に水の中をきれいにしているというのが分かると思う。私は、アカヒレ、オオカナダモ、微生物が住んでいると予想している。また私は、アカヒレ、オオカナダモ、微生物のどれかが水の中をきれいにしていると予想している。」T 「今、ayさんがいってくれたことをこのように黒板にまとめましたが、みなさんはどう思いましたか?今日は、このayさんノートからはじめたいと思います。今、ayさんの話を聞いて、どう思ったか、ノートに整理し話し合いましょう。ただ、最後に顕微鏡で調べたらってあったんだけど、みんなが話題にしているバクテリアは、学校にある顕微鏡では見ることができないそうです。残念ながら、顕微鏡で見ることができないので、だったらどうするか。そのことも含めて考えましょう。」・・・・・今回は、特に課題も設定せず次のような板書を提示し学習をスタートさせた。(つづく)※ 今回の記録は、平成26年2月26日のものである。
2014.03.04
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先週末、大学で開催された研究会で今年1年の取り組みを紹介する機会があった。昨年の2学期に取り組んだ6年「土地のつくりと変化」の実践を例に、理科学習において論理的な思考・表現を促すために、「理由づけの質を高めること」や「根拠となる事実の『層』を厚くすること」が必要であると提案した。その協議の中で、参加いただいた熊本市の指導主事の先生(初任の頃、サークルでお世話になった先生)に、「根拠となる事実が増えることで、子どもたちが混乱するのではのか」という質問をいただいた。その場では「事実同士をつなげること」「それぞれの事実の真偽性を問うこと」「中心になる観察・実験の結果にもどすこと」が大切であると答えたものの、私自身しっくりこない。特に、「根拠となる事実の『層』を厚くすること」と「理由づけの質を高めること」との関係は上手く説明することができないのである。「根拠となる事実の『層』を厚くすること」により、授業中の子どもの発言は多様化する。もちろんその整理は大変になり、メリットがなければ「混乱するぐらいなら中心になる観察・実験を」という当然の指摘であろう。それでは、なぜ「根拠となる事実の『層』を厚くする」ことが必要なのか。これまでの取り組みを整理すると、「事実同士をつなげること」により理由づけの質が高まり、深い概念的な理解を促すことができるということが挙げられる。例えば、今回の実践では「モデル実験の結果と実際の地層の様子をつなげる」ことと「モデル実験の結果と5年『流れる水のはたらき』の学習や洪水などの生活経験をつなげる」ことの2つのが考えられるだろう。まず、「モデル実験の結果と実際の地層の様子をつなげる」こと。ペットボトル実験でも雨樋実験でも、水の中にれき・砂・泥の混ざった土砂を1度だけ流し込んでできる層を見て、子どもたちは「地層ができた」と声を上げる。しかし、実際に見学したとき地層と比較すると、層の重なり方に違いがあることに気づき疑問をもつであろう。この疑問が、モデル実験と実際の地層を関係づけるきっかけになると考える。観察・実験そのものや結果の整理の仕方を見直し、違いの原因を探ることが、2つの事実を関係づけることにつながるのである。今回の実践では、モデル実験と実際の海や川との条件の違いや、その中で共通する「粒の大きいものが先に沈む」という原理、さらには、その原理と実際に地層の層の重なり方の関係について説明することにつながる。つまり、複数の事実のズレを埋めるために、どのように比較、関係づけしたのかを説明することが「確かな理由づけ」になるのである。次に、「モデル実験の結果と5年『流れる水のはたらき』の学習や洪水などの生活経験をつなげる」こと。今回行った雨樋実験でも、はじめに雨樋に置いた土砂の量や流す水の量や勢いの違いによって、水槽までの土砂の流され方に違いが出る。このばらつきに着目し実際の地層のでき方に関係があることに気づくことが、5年「流れる水のはたらき」で学習したことや洪水などの生活経験を挙げて具体的に説明することにつながっていく。つまり、1つの事実を検討するために、どのように他の事実と比較、類推したのかを説明することが「豊かな理由づけ」になるのである。さらに、この「確かな理由づけ」や「豊かな理由づけ」が一人一人の子どもに生じやすくするためには、つなげる事実そのものの「層」を厚くする必要があるということである。しかし、これでは「混乱するのではないか」という質問の答えにはなっていない。どの事実同士をつなげばよいのか。そして、どのように事実同士をつなげるか。その子どもの姿とともに具体的な説明が求められているのだろう。今後、今回「比較、関係づけ→確かな理由づけ」「比較、類推→豊かな理由づけ」と整理したことをもとに明らかにしていくことが必要である。
2014.03.03
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パソコンの中を整理していたら、「初等理科」というフォルダー内のファイルがけっこういっぱいになっていることに気づく。そのほとんどが月刊誌「初等理科教育」に書いた原稿である。せっかくなので、一覧にしてみた。・・・・・1)自然を見つめる目を育てるー映像による事象提示を工夫するー「自由研究」2004.12)見通しのある追究を促すー「見る」ことを的確にする事象提示の工夫ー「主題研究;先行学習の有効性」2005.13)追究の「道具」として知識や概念を獲得するー4年「とじこめた空気」ー「主題研究;子どもが『わかった』と実感できる授業」2006.14)新しい視点を獲得しながら、くり返し「かげ」にはたらきかける「特集;学力低下を克服する小学校理科の新展開」2006.4(増刊号)5)「見る」ことを的確にし、確かな概念を形成するー4年「もののあたたまり方」ー「主題研究;教えて考えさせる授業と問題解決」2006.116)「ものづくり」で生きた知識を獲得するー3学年「電気の通り道」の実践からー「主題研究;活用できるものづくり」2009.97)「体験」と「思考」をつなぐー5学年「もののとけ方」の実践からー「主題研究;言語活動の『評価』」2011.18)「磁石レントゲン」のひみつを追究する「主題研究;理科授業に生きるおもしろ観察・実験」2012.69)「わかったつもり」を超える理科授業へ「主題研究;学力調査から見えてきた理科の学力」2012.1110)器具を使う必要性と自分の操作を見直す必然性のある観察・実験に「主題研究;観察・実験の技能向上策」2013.511)根拠となる事実を見つめる力をー6学年「土地のつくりと変化」の実践からー「主題研究;理科で求められる学力とは何か」2014.4(電子版記念創刊号)・・・・・本校に赴任して2年目、購読していた雑誌に思い切って投稿したのがスタート。その後、夏休みに開催される初等理科教育研究会の中央夏季講座に足を運んでつながりをつくったり、メーリングリストなどで募集があったら進んで手を上げたりしながら、年1回のペースで実践を紹介してもらうことができた。さらに、「どんなに急な依頼でも」「どんなテーマでも」断らないこと。編集担当の先生には「どんどん大丈夫」というアピールも。ただ、ほとんど締め切りを守ることはできなかった。我慢強く待っていただいた担当の先生に、本当に感謝。なお、その原稿はこちら。
2014.02.24
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研究発表会での公開授業の後に、ayさんがが書いたノート。・・・・・ バランスドアクアリウムの中に本当に微生物がいるかどうかは分からないが、微生物は水の中のよごれ(魚のフンなど)を分解するということは分かっているので、ビンの中で水をきれいにしているのは微生物だと思った。アカヒレのフンなどをオオカナダモや敷石がきれいにしているとは思えない。 もし微生物が死んでしまったら死がいをアカヒレが食べると思う。けれど微生物を食べるのであれば普段からアカヒレは微生物を食べていたのかそこが疑問。 そういうふうにバランスドアクアリウムには、生態系←食物連鎖ができていると思う。だからバランスドアクアリウムは色々な生物で支えられている。ビンの中にはむだがない。 でも本当にアカヒレや微生物が水をきれいにしているのであれば、アカヒレをビンの中からぬいてオオカナダモとかだけを育てていき水がきたなくなってきたら、水の中をきれいにするのにアカヒレは必要ということになるし、水がきたなくならなくてきれいなままであるのならアカヒレのほかにも水をきれいにするものがいる。という実験をすればどの生物が水をきれいにしているかが分かると思う。 微生物がいるかどうかはビンの中の水を少し出して顕微鏡で見ればビンの中には微生物がいることが分かる。というように水の中に住んでいる生物をまず調べてからの方がよいと思う。調べたら予想外の生物も出てきてその生物が水をきれいにしているのかもしれないから、まず人間の目に見えないものまで調べると本当に水の中をきれいにしているというのが分かると思う。 私は、アカヒレ、オオカナダモ、微生物が住んでいると予想している。また私は、アカヒレ、オオカナダモ、微生物のどれかが水の中をきれいにしていると予想している。・・・・・目に見えるものから目に見えないものを想像しようとしているのだろう。だからこそ、「まず、目に見えないもの調べる必要がある」と書いているのである。このことが「今、瓶の中にいる生物と取り出したらどうなるか」という条件を変えて比べるという思考につながったと考える。また、生態系を「食物連鎖の複雑なもの」だとイメージしていることも分かる。このような考えをもつ子どもは他にも多いのだろう。「バランスドアクアリウムは色々な生物に支えられている」「瓶の中には無駄がない」というayさんの「ことば」。卒業を間近に控え残り時間は少ないのだが、今後、このことをより具体的に考えさせるとともに、自分たちの環境、さらには、地球まで広げていきたい。
2014.02.24
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今回も、研究発表会での公開授業の後に子どもたちが書いたノートを紹介する。まず、JTくんのノート。・・・・・ ぼくはプランクトンには、水をきれいにする役割はないと思う。なぜなら、プランクトンは、赤潮をおこすかもしれないからだ。ぼくのイメージで、プランクトンからできる赤潮は、逆に水をきたなくすると思う。でも、ぼくのバランスドアクアリウムには、赤潮などが見られなかったことが、疑問に思う。 ぼくは、水をきれいにするのは、微生物だと思う。水草から出来た?微生物は水をきれいにし、水草から微生物が出来る?ときの変化で、生態系は出来たと思う。ktさんが前にいった「すべては関係している」ということは、プランクトンをアカヒレが食べて、そのアカヒレがだしたフンからでるアンモニアを水草が吸収し、微生物が生態系をつくり出していく、ということだと思った。 前回の授業で、バクテリアが水をきれいにする、ということは、どういうことなのか分からない。前に調べたときアカヒレの出したフンを分解する役割がある、と図鑑には書いてあったが、水をきれいに役割とバクテリアの役割のことまでは何も書かれていなかったので、バクテリアは水をきれいにする役割をもっていないと思った。 次の授業では、プランクトンはいったいなにから生まれるのか。それと、自分のバランスドアクアリウムにはどうして赤潮が起こらなかったのかも分からなかった。海や湖では赤潮はおこるのに、なぜ、バランスドアクアリウムにはそのような変化が見られなかったのか。・・・・・JTくんも、授業中のNGくんの発言がきっかけになったのだろう、プランクトンと微生物を分けて考えていることがわかる。さらに、自分のバランスドアクアリウムの水がよごれていないことを根拠に赤潮が起こるときの海や湖と異なる環境であることを主張しようとしているのだろう。ただ、「微生物がつくる生態系」が何を示しているのかわからないのだが、バクテリアが分解すること」と「水がきれいになること」の関係をこらえることができていないことが原因なのだろう。次に、anさんのノート。anさんは、研究発表会の当日は風邪で休んでいたのだが、黒板のコピーをもらったり、友だちから話し合ったことについて話を聞いたりしてノートに自分の考えを書いていた。・・・・・ 私は、バランスドアクアリウムは、全てに関係があり、バランスがとれているもののことだと思っています。光合成をして、酸素へつくりかえたり、養分をつくりだす水草。魚。そこから生まれてくるプランクトン。全部、つながっていることがわかります。 でも、どうして、水がきれいな状態をたもてているのかがよくわかりません。バクテリアというものがきれいにしているとか、「分解している」とか聞きました。 バクテリアというものが何なのか。何で分解しているとわかるのか。水をきれいにしているかもわからなくて、水関係がわかりません。 水をきれいにするという意見に対して、私は、水がそのままきれいということだと思っています。えさもあまりあげなくていいのだから、きたなくなるということがないので、そのまま、きれいなままたもたれているのだと思います。よくわからないので、バクテリアの話も聞きたいと思いました。・・・・・水草が酸素だけでなく養分をつくりだすことにも言及していることは興味深い。有機物の循環を通した関わりを意識しているのだろう。ただ、「水が汚れる」という内実がよく分からないため、食べ残しが少なければ水はきれいなままだと考えていることが分かる。やはり、残る問題は「バクテリア」「アンモニア」、そして、「硝酸塩」なのだろうか。
2014.02.24
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研究発表会を終え、気持ちがゆったりしてしまっているのだろう、いろいろなものの整理に時間を費やしてしまう。先日、個人のblogで指導案などのpdfファイルをupできるようになったと書いたが、今回は「カテゴリー」を使って授業記録を整理した。整理したblogはこちら。授業の記録は450を超える記事だったのだが、だいぶスッキリとした。さらに、単元ごとに古い順に並べることができたので、読みやすくなかった。中には2回実践している単元もあり、比べてみるのもおもしろい。記録の取り方、記述の仕方の違いに、その当時の「私」の問題意識も分かる。教師としての成長を伴っているかどうかは別問題なのだが・・・。
2014.02.23
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公開授業の写真が届く。研究発表会ということでプロのカメラマンに撮影してもらえた。その中の1枚。ktさんのノートの記述から課題を設定した直後の瞬間である。2ヶ月の間、それぞれの家庭で飼育観察を続けてきたのだが、改めて自分のバランスドアクアリウムを見つめているのだろう。これまでの飼育の経験とともに、目に見えるものことから目に見えない現象を探ろうとしているのだろう。
2014.02.23
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研究発表会での公開授業中、授業後に子どもたちが書いたノート。改めて見てみると、wmさんのノートに、次のような「思考の跡」を見つける。話し合いの中で出された「生態系」「微生物」「人工的」「プランクトンとバクテリア」「赤潮」、そして、「バランス」や「分解」というキーワードをなんとかつなげて考えようとしたのだろう。続けて次のように書いている。・・・・・ 私は、みんなの意見に賛成できません。なぜなら、微生物がどこから入るのかが疑問だからです。普通、バクテリアは水草についているはずですが、水草は、先生が店で買ってきたはずの水草で、何かついていたらおかしいと思うし、水だって、水道水のくみ置きです。 しかも、アカヒレは微生物を食べてしまう可能性があるので、もし、食べてしまったら、どんどん数が減っていき、有害な物質を分解し無害にするのも限りがあると考えます。研究発表会の授業の最後らへんに璃空くんが、様々な場所から入るといっていたのですが、びんのかべを通りぬけるわけでもないし、3週間に1度のえさやりの30秒たらずでびんの中に入るのはおかしいと思うのでちがうと思います。 そこで私が考えたのは、話しにもでてきた水草です。まだ、よく分からないのけど、びんに入っているのは、水草、石、水(えさも?)だとすると、やはり水草?だと思います。石です。水草も考えました。しかし、水草は、空気の入れかえだけだと思うからです。まだ、よく分かりませんが、石は、水草の植えつけだけでなく、浄化もしていると思います。なぜなら、もしかしたら、落ちてきたアカヒレのふんとかを下に落とし、水中に浮いてしまわないようにしてるからじゃないかなと思ったからです。・・・・・水をきれいにしているものが、水草なのか石なのか、それぞれの可能性を検討していることが分かる。おそらく、目に見えない微生物ではなく、目の前の瓶の中の世界をじっくりとみて、まずは目に見えるものから推論しようとしているのであろう。瓶の中に存在する「目に見えるもの」と「目に見えないもの」。子どもたちは、これらを行ったり来たりしながらイメージや概念を確かなものにしていくのだろう。
2014.02.23
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研究発表会の公開授業では、授業後にノートを持ち帰らさえたため、少し遅れてその子どもたちのノートを見る。公開授業で時間が足りなかったこともあるが、家でもノートに自分の考えを書いた子どもも多くいた。授業の中で「バランスドアクアリウムではバクテリアのバランスがとれていない」と発言したSMくんは、次のように書いていた。・・・・・ アカヒレのフンは、水をよごす、きたなくするという意見が出ていた。それを解決するのがバクテリアプランクトンなんだと思う。フンをプランクトンが大勢で食べればなくなるのだと思った。だから、しかし、バランスドアクアリウムにはもう一つ水をよごす原因があると思う。さらに、赤潮の原因でもあるプランクトンが水をきれいにするとは、あまり思わない。もう一つの原因は、エサにあると思う。食べきれる量あげなさいといわれるが、どうしても食べ残しはでてくると思う。それを解決するのがバクテリアなんだと思う。バクテリアは、タンパク質をアンモニアと亜硝酸に分け、亜硝酸を硝酸塩と炭酸塩というあまりアカヒレに害が少ない物にかえてくれるのだと思った。バランスドアクアリウムがきれいなのは、水草、プランクトン、バクテリアなのだと思う。たぶんバランスドアクアリウムは、とてもバランスがとれているのだと思う。・・・・・書いている途中で「バクテリア」と「だから」を線で取り消し「プランクトン」と「しかし」に書き直していることが分かる。これは、NGくんの「プランクトンとバクテリアの役割は違う」という発言をきっかけに、自分の考えを見直し整理することができたのだろう。最後には、「とてもバランスがとれている」と修正している。まだ十分ではないものの、微生物を「プランクトンとバクテリア」と分けたことで、生物同士のつながりが見えはじめたのだろう。
2014.02.23
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研究発表会が終わったからだろうか、「やるべきこと」は多くあるのに、本や資料、パソコン内のファイルを整理することに時間を費やしてしまう。そんな中、念願だった個人のblogにpdfファイルをupし、ダウンロードできるようにする方法を思いつき、試してみたらこれが上手くいった。その方法は次の通り。1)Googleドライブにpdfファイルを保存し、「共有」→「ウェブ上で公開する」にする。2)「共有するリンク」としてアドレスが表示されるので、それをblogにリンクする。3)blogに「ダウンロード」などの「カテゴリー」つくり、リンクしたページをそのカテゴリーにする。実際のページはこちら。これからも「やるべきこと」をやらずに、これまでつくった指導案や実践記録を整理することに、多くの時間を費やしてしまいそうである・・・。
2014.02.20
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前回のblogのつづき。esさんの発言がきっかけになったのだろうか、近くの友だちと話し合ったあと、板書された友だちの発言に対する疑問や自分の考えが次々と出てきた。・・・・・KGくん「えっと、SMくんに質問で、なぜ水草が増えたらバク、微生物も増えるのかって。」NSくん「NGくんが、バクテリアとプランクトンに分けられるっていって、あんまり、その続きの意味がよく分かんなかったんで、ちょっと分かりやすく説明してほしいと思いました。」T 「NGくんに説明してほしい?」NSくん「NGくんがいったことがよく分からなくて。プランクトンとバクテリアの、なんか意味とかいっても分かんないんで、もっと詳しく。」NGくん「えっと、あの、プランクトンとバクテリアで、それぞれ分けられて、で、それぞれ、あの、役割っていうのがあると思って、プランクトンは、その、水をきれいにするとか、そういう役割はあまりないと思って、で、それは、プランクトンが魚に、まあ、食べられる役割なんだと思って、で、その、逆にバクテリアっていうのが、食べられることはないけど、その、水を浄化するっていうか、きれいにする役割があるんじゃないのかなと思います。で、その分解されたものは、さっきもいったように、栄養になって、えっと、水草に吸収されるんじゃないのかなって思いました。」T 「さっき土が何とかっていってたでしょう。そこも説明して。」NGくん「あー、えっとその、これは水中の話で、陸地ではバクテリアに分解されたものは土に帰るので、あの、土っていうのは栄養が含まれているので、その、水中でも分解されたものは、栄養になってくんじゃないのかなって思います。」tmさん「えっと私は、あの、esさんにちょっと質問で、あの、バランスドアクアリウムは最初からバランスがとれているっていうふうにさっきいったんですけど、なん、なんで最初からバランスがとれているっていうふうにいえるのかが、ちょっと分かんないで、そこを説明してください。」esさん「えっと、最初からバランスがとれているっていうか、その、ちょっと言い間違えで、あの、あのなんていうんだろ、育てていくうちに、もう水槽とは違って、毎日毎日バランスを保つために、いろいろ、その、エアポンプをつけたりするその必要はないっていう意味で、その、育ててる途中に、その、なんていうんだろ、微生物?バクテリアとが増えていって、それで、それからもうずっとエサはいらなくて、水替えもきれいにしてくれるってことなんで、バランスが整えられてくるっていうこということです。」MRくん「えっと、僕もバクテリアがどうやったら増えるのかっていうことに注目したんですけど、えっと、まあ、さっきSMくんが紹介したこの本には、えっと、バクテリアは、というか、これはメダカの飼い方なんですけど、それの本だと、メダカ、水槽の中にメダカを入れることで、まあ、水草とか、石とかも水槽の中に入ってるんですけど、空気中とか、あと様々な場所からバクテリアが入ると書いてあって、様々な場所の例に、水草っていうのもあるんですけど、空気中と書いているのは、まあ、空気は入ってると思うんですけど、瓶はフタを開けてないので、どうやったらバクテリアが入ってくるのかなと思いました。」MKくん「えっと、そのesさんがバランスがどうのこうのっていったのは、まあ、僕の言葉で言い換えると、その、普通の水槽っていうのは、その、人工的にバランス、人工的にバランスを、まあ、とってるけど、バランスドアクアリウムっていうのは、普通にエサをあげたり、まあ、そのまあ、あの、直射日光の当たらないとことか、ただ少し工夫をしただけで、もうあとは時間が経つにつれ、その、バランスが徐々に自然にとれていくっていうことを、まあ、esさんはいいたかったんじゃないのかなと思って、まあ、で、今までの話でいくと、やっぱりその、水草が、その、あのなんか、あれなんじゃないかなって思って、で、弦希くんがいったように、まあ、プランクトンはアカヒレのエサ?微生物は、まあ、アカヒレのエサになるから、その、やっぱり、分解っていう、まあ、選択肢は消えて、あとはバクテリアと水草では、どっちがあれなのかなて、まだ疑問が生まれました。」T 「それじゃあね、ちょっと前の黒板を見てもらいたいんだけど、書いてたらちょっとぐちゃぐちゃになってしまいました。バランスドアクアリウムの瓶の中には何があるの?まず、・・・・。どうも、バクテリアとかプランクトンの微生物もいそうだとみんなも考えたと思います。ちょっとね、ごちゃごちゃになってしまったので、残りもう3分ほどしかないんだけども、グループにもどって、その関係をノートにまとめてもらえますか。今の自分なりの考えを整理しましょう。いいですか?」 ・・・・・私自身、授業の中で子どもの「ことば」を十分に聴くことができていなかったのだろう。授業後に振り返ると、(前々回のblogで紹介した)話し合いの前半に出されたSMくんの「バランスドアクアリウムはバランスがとれていない」という発言について、子どもたちは関わろうとしていたことが分かる。特に、MKくんの発言はSMくんの考えに対して「バランスドアクアリウムは最初からバランスがとれている」と発言したesさんを支えるものであるようにもみえる。もしかしたら、やっと「助け合い」が生まれた瞬間だったかもしれない。時間がなかったために図を使った考えの整理を促したが、残り3分、話し合いを続けていたらどうだったのだろう。最後にesさんが発言し、授業を終える。・・・・・esさん「えっと、私はアカヒレが出した糞や食べ残しを、水草と石?あっ、水草が吸収して、石に残った吸収されなかった残ったものが、それを、石の上に積もって、そのところらへんに待機というかしているバクテリアが、そのきれいにしていて、まず水がきれいになって、で、その水草に吸収されてた糞や食べ残しは、そのプランクトンかなんかを生んで、それを、またアカヒレが食べて糞を出して、みたいな、そういう感じで連鎖して続いているんじゃないのかなと思いました。」・・・・・「プランクトンをアカヒレが食べる」ということに言及しているものの、話し合い後半の迫力は感じられない。私が子ども同士の関わりを邪魔したのだろう・・・。※ 今回の記録は、平成26年2月14日のものである。
2014.02.20
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前回のblogのつづき。「どうしてバランスドアクアリウムには水替えが必要ないのだろうか。」学級全体の話し合いで疑問とともにそれぞれの考えが語られる中、次のesさんの発言をきっかけに、子どもたちの発言がかかわりはじめる。・・・・・esさん「えっと、私は、SMくんとksさんに質問と、自分の意見なんですけど、まず、ksさん、あっ、SMくんのやつは、さっき見せてくれた図では、たぶん、バクテリアとかのバランスを保つための方法であって、私はバランスドアクアリウムは逆にすごい、あの、バランスがとてもとれているんじゃないのかなって思って、で、水槽のやつは、もとがもう、けっこう人工的なような気がするから、その、いわゆる、一番最初からやらないといけないけど、その、バランスドアクアリウムは、その、バクテリアとかが逆にいっぱいいるからエサとか水替えとかが不必要なんじゃないのかなと思うから、だから、バランスが最初からよくとれるような飼育法だから、あの、なんか、バクテリアはバランスはとれていると思います。それと、えっと、ksさんのアンモニアが水草の養分になるみたいなことをいってたと思うんですけど、あの、私はプランクトン、なんかインターネットで調べたプリントには、アンモニアは有害な物質みたいなことが書いてあって、で、それを水草を養分に変えるってことで、(黒板の)矢印の間のところの仕組みがまだ詳しくなってるって思うんで、それ、どういう、アンモニアを何か有害じゃないものに変えていると思うんで、そこはどうなってるのかって思ったのと、その、MKくんの赤潮の原因っていうのは、私も確かに、赤潮になるんじゃないかなって思ったんですけど、でも、このバランスドアクアリウムは、えっと、海と違って広さも狭いし、水草っていうのがあるから、たぶん、プランクトンの大量発生しても食い止めてくれそうだし、そもそも、なんか海とか湖、あっ、海だけの問題だと思ってたんですけど、でも、湖とか沼でも赤潮の、が発生するって書いてあったんで、電子辞書に、だから、それは、なんか私のバランスドアクアリウムは湖みたいな感じだなって思ったんで、そこはどうなのかなって、疑問に思いました。」NGくん「えっとまあ、これまでも出てるんですけど、微生物っていうのは、プランクトンとバクテリアに、それぞれ分けられるって思って、プランクトンは、あの、まあさっきの電子辞書によると、大型水中生物の基礎的なエサって書いてあって、で、つまり、そのアカヒレとかに食べられる役であって、バクテリアっていうのは、あの、今まで出た通り、その、アカヒレの排泄物を分解するって書いてあって、あっ、分解すると思って、で、その、地上では、例えばバクテリアが死がいとかを分解すると土に帰って、その土というのが栄養が含んでるから、その、バクテリアが分解したものはksさんと同じで、栄養になって、水草が吸収するんじゃないのかなと思いました。」SMくん「えっと、esさんがさっき、プランクトンを水草が食い止めてくれるっていってたんですけど、それは僕は反対で、えっと、あっ、水草を入れることによって、えっと、微生物が増えていくっていうふうなことを、前の授業かなんかでいってたような気がして、で、それを増えていくのにどうやって食い止めるのかなって思いました。」tkさん「えっと、私は、自分の意見なんですけど、グループでさっき話し合ったときに、バクテリアが、みんながいってるように、アカヒレの糞とかを分解して、それを、たぶんプランクトンが食べるんじゃないかなって思って、なんか、それをまた、アカヒレが食べて回ってるんじゃないかなって思いました。」ttさん「私は、なんか、微生物とプランクトンは、また違うと思って、なんか、生態系の、水中の生態系とか見たときに、プランクトンは、なんか、アカヒレとかに食べられるとか、そんな感じで矢印で書いてあったんですけど、微生物はバクテリアで、分解するとしか書いてなかったから、水草が増えると微生物が増えるっていうのはちょっと分かりません。」T 「いくつか意見が出ました。ちょっと近くの人と相談してみて。」・・・・・esさんの発言は、それまでの発言を整理し、一気に次のような問題点を指摘しているように見える。1)バランスドアクアリウムは最初からバランスがとれているのじゃないか。2)どのようにバクテリアは有害なアンモニアを無害なものに変えているのか。3)バランスドアクアリウムでも微生物が増えすぎることもあるのじゃないか。さらに、続けてNGくんが次のことを指摘する。4)微生物はプランクトンとバクテリアに分けて考える必要がある。これらのことが一気に出されたからだろうか、子どもたちは少しとまどっているのだろう。実際、私自身も上手く整理することができず、苦し紛れに「近くの人と相談して」ともどしてしまった・・・。(つづく)※ この記録は、平成26年2月14日のものである。
2014.02.20
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前回のblogのつづき。「どうしてバランスドアクアリウムには水替えが必要ないのだろうか」という課題について、学級全体で話し合う。・・・・・smさん「えっと、私は、少し分かんないんですけど、えっと、生態、水草が増えて生態系ができるっていうのは、その、自然の中で生きられる環境になったっていうことだと思うので、そこまでは分かるんですけど、そこで微生物が、その、水替え、水をきれいにするっていう理由が分かんなくて、私は、その、みんなの意見とかを聞いて、私は、その、やっぱり水をきれいにするっていうのは少し無理があるんじゃないかなって思いました。」IYくん「えっと、僕は、まずアカヒレが、まあその、水草を食べて、そのウンコを出すと思って、それを、その、微生物が、まあ辞書で調べたらウンコとか分解するってあって、まあそれで、分解するか食べるかして、で、それを、まあ、プランクトンかアカヒレが食べるのかなって思いました。」T 「何が何を食べるっていったのかな。」IYくん「えっと、微生物をプランクトンかアカヒレが食べると、たぶん、食物連鎖みたいに回るのかなって思いました。」ksさん「えっと、私は、水草が有機物、まあ糞とかを分解して出たアンモニアを養分にするって書いてあったんで、えっと、微生物は糞とかを分解して、その分解したやつを水草が養分にして、で、水草が光合成で酸素をつくって、まあ、アカヒレがプランクトンとか微生物を食べて、また糞が出て、そのなんか・・・、サイクルみたいのができてるから、その、微生物が分解して、水草が養分にしてるから、水は、糞とかを分解してるから、きれいなんじゃないのかなって思いました。」MKくん「僕も、その、全然見当がつかなくて、その、まずその、まあ僕たちは、水草があの、微生物、どっちかが、あの、どっちかなんじゃないかなって思って、まずその、水草って、あのなんだっけ、プランクトン?プランクトンは、こないだ典泰くんが書いてたように、赤潮、海では赤潮を起こす原因となっているから、もし、その海でいう赤潮が、まあ、あれだったら、やっぱりその、水槽の中をきれいにするのは、無理があると思うし、思うけど、でもその、アカヒレの糞を食べるには、アカヒレの糞を分解するには、あのなんだっけ、水草よりも理屈がつくから、やっぱりプランクトンも一理あると思うけど、でもその、赤潮の原因っていうので、やっぱりちょっと・・・ 。」SMくん「えっと、この本に、バクテリア、プランクトンじゃなくてバクテリアがきれいにするって、なんかMRくんが持ってきた本に書いてあって、で、それに、なんか、バクテリアのバランスを保つ方法ってとこに、えっと、食べ残しが出ないようにエサは毎回食べきれる量、あっ、そうそう、えっと、汚れた水、メダカの糞やエサの残りを、なんか、バクテリアがタンパク質を、アンモニアと、なんだけ、そうそう、・・・に分解して・・・。前に出ていいですか。(本をディスプレイに映しながら)こんな感じに書いてあったんですけど、ここにあの、バクテリア、まあいいや、バクテリアのバランスをとる方法ってところに、食べ残しが出ないように、エサは毎回食べきれる量を与える。定期的に水替えをして、残しエサや糞尿が残らないようにしましょうって書いてあるけど、ええ、まあその、バランスドアクアリウムっていうのは、水替えも全然しないし、エサも1ヶ月に1回程度なので、バクテリアはあまり、なんか、バランスが保たれてないと思って、だから、分からなくなりました。」T 「バランスドアクアリウムの中では、バランスが保たれてないってこと?」SMくん「バクテリアのバランスが・・・。」T 「バクテリアのバランスが保たれてない。どこからそう思ったの?」SMくん「いや、食べ残しが出ないように、えさは毎回食べきれる量を与えるって書いてあったので、エサは1ヶ月に1回程度しか、全然エサはやってないし、えっと、定期的に水替えをしましょうって書いてあるところがあるんですけど、そこは全然水替えをしてないので、バランス保たれてないんじゃないのかなって思いました。」・・・・・・十分ではないものの「アカヒレの糞を微生物が分解する」「食物連鎖のように回っている」「植物が糞を分解したアンモニアを養分にする」「微生物が増えすぎると水が汚れる」というキーワードが、話し合いの前半で提示されたということだろうか。そんな中での「バランスドアクアリウムはバランスが保たれていない」というSMくん発言。おそらく「普通の水槽ではバランスをとるために、いろいろなことをしなくてはならない」という事実を「根拠」にし、「バランスドアクアリウムは何もしていないのだから、バランスは保たれていない」と導き出された主張なのだろう。この発言が、この後の話し合いで「そもそもバランスドアクアリウムとは」「生態系とは」といた問いにつながっていく。(つづく)※ この記録は、平成26年2月14日のものである。
2014.02.19
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前回のblogのつづき。「水をきれいにすること」と微生物の関係。そして、水草と微生物の関係に少しずつ気づきはじめた子どもたち。ksさんのグループでは「バランスドアクアリウムには水替えの必要がない理由」について、次のように話し合いが続いた。・・・・・ ksさん「なんかさ、プランクトンが、微生物が糞を食べるっていってるけど、食べるっていうより分解するんじゃない?」kmさん「うん?分解するんだよね。」ksさん「だよね。分解はするんだけど、なんかkrさんが・・・書いてたんだよ・・・。」kmさん「食べるの?あれを、本当に。」ksさん「微生物がアカヒレの糞を食べて微生物の糞を水草が肥料として使っている。って書いてるから。」AKくん「微生物って糞するの?」ksさん「しても少量。」kmさん「えっ、糞を食べないでしょ。」ksさん「食べないでしょ。糞の方が大きいよ。」kmさん「分解して、それを肥料して。」ksさん「そう。」kmさん「肥料。」ksさん「微生物を食べるのは、アカヒレ。」kmさん「・・・アカヒレか・・・。」 ・・・・・これまで「微生物が食べる」「微生物を食べる」ということは話題に上がるものの、具体的に「何が何を食べる」ということははっきりしていなかったのだろう。また、微生物とプランクトン、つまり、バクテリアとプランクトンを混同していることも分かる。そんな中、ksさんの「微生物は糞を食べない。なぜなら糞の方が大きいから」という発言が、子どもたちの「ことば」をほぐしていく。・・・・・ ksさん「水草が直接的にきれいにしているけど、それをきれいにしたのは水草が養分として使っているから、一石二鳥?水もきれいになるし、水草も育つし。」kmさん「でも、微生物がなければ肥料もできないんじゃない?」ksさん「そうか。そうか、そうか。」・・・・・ノートを書きながら、約10分間グループで「ボソボソ」っと話し合っていたことだが、一つ一つの情報が整理され、それらがダイナミックにつながっていったことが分かる。ksさんにとって「そうか、そうか、そうか」と腑に落ちた瞬間だったのだろう。(つづく)※ この記録は、平成26年2月14日のものである。
2014.02.18
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前回のblogのつづき。「どうしてバランスドアクアリウムには水替えが必要ないのだろうか」という課題について、ksさんのグループでは、次のように話し合っていた。・・・・・ksさん「微生物がきれいにするっていうのが分からない。確実なのは水草でしょ。」kmさん「・・・水をきれいにするのは水草だけじゃないよね。」ksさん「関わりがあるか、それを調べなきゃ。」kmさん「微生物って関係あるの?それ。」ksさん「まあ、調べることにしましょう。」kmさん「微生物って、アカヒレのエサになるとか書いてなかった?」ksさん「(しばらく、ノートや教科書を探す)・・・あった。食べ残しと糞はアンモニアが発生して、それを養分にする。水にきれいにする、と・・・・。」kmさん「養分にするってことは、水草がきれいにしているんじゃないの?」ksさん「でも、糞を有機物を分解して・・・。」AKくん「(教科書を開いて)あった。赤潮を起こすやつは決まってる・・・らしい。」kmさん「私らも調べたけど、それなかったよ。」AKくん「でも、すごい。この赤潮。」ksさん「異常に大量にって。」kmさん「少量だったら、べつにそこまで汚くならない・・・。」ksさん「少量のときにきれいにする役割があると思う。」kmさん「きれいにする役割?」ksさん「きれいにできる。」 ・・・・・おそらく「きれいにする」ことと「微生物が何かを分解する」ことを関係づけることができないのだろう。ただ、赤潮の例からkmさんとksさんが微生物の「量」に言及していることは興味深い。その後、しばらくそれぞれでノートを書いた後、次のように話し合いは続いた。・・・・・ ksさん「水草と微生物が関係してるってこと?」kmさん「微生物って関係あるの?」ksさん「微生物って本当かだよね。」AKくん「電子辞書に書いてあったじゃん。」kmさん「微生物は、えっ?」AKくん「分解する・・・。」ksさん「ああ、糞を分解する。」kmさん「それを養分にしてるんじゃない?水草が。」AKくん「そうそうそう。」ksさん「そうそう。」kmさん「分解する?」ksさん「水草が分解してきれいにするんじゃないの?あっ、水草が養分にするために分解するから、分解したのがきれいになるってことでしょ?分解するから、養分を得るために糞を分解するけど、糞を分解したときについでに水もきれいになるってことじゃないの?」kmさん「でも、プランクトンが水をきれいにする・・・。で、分解する?えっ?」ksさん「分解というのは、プランクトン。水草と微生物が、2つないといけないっていうこと?」kmさん「そういうこと・・・。」 ・・・・・少しずつではあるが、微生物の必要性に気づきはじめているのだろうか。ksさんの「微生物が分解する」とkmさんの「それを水草が養分にする」。これがつながっていればよいのだが・・・。(つづく)※ 今回の記録は、平成26年2月14日のものである。
2014.02.18
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いよいよ今日は研究発表会当日。授業前に前々回、前回の授業で紹介したkmさん、ttさんのノートを前に、次のように板書した。授業では、まず、改めてttさんのノートを紹介する。(残念ながらttさんは風邪で欠席だったのだが・・・。)そして、座席表をもとに、次の疑問を取り上げる。・・・・・hsさん「”微生物がいると水がきれいになる”というのは無理があるのではないか。逆にたくさんいると水が濁ると思った。だから、水がきれいな理由を探りたい。」hmさん「私はKGくんのポストイットと同じ意見。微生物が水をきれいにしているだけでなく、他のものも関係しているのかなと思った。」ynさん「アカヒレのフンはどうなるのか。そのままでは水が汚れてしまう。」・・・・・これらの発言から、「どうしてバランスドアクアリウムには水替えが必要ないのだろうか」という課題を設定する。(つづく)※ 今回の記録は、平成26年2月14日のものである。
2014.02.14
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本校に赴任して2年目の研究発表会の公開授業で教材として取り上げたのは「ビー玉エンジン」。これもも4年前に明治図書「楽しい理科授業」の連載「授業が変わるものづくりのヒント」(第6回)で次のように紹介していた。・・・・・授業が変わるものづくりのヒント 第6回 ビー玉エンジン(4年「金属、水、空気と温度」) □「ビー玉エンジン」はできたけれど・・・ 今回紹介する「ビー玉エンジン」も、前回と同様、仕組みを説明することが容易ではありません。(写真1) この「ビー玉エンジン」は試験管内の空気が温められると膨張し、注射器を押し上げます。すると、ビー玉が加熱部に転がることにより、空気が移動して冷やされ元の状態にもどります。この現象がくり返され、注射器がエンジンのようにピストン運動をします。(写真2) 必要な材料は、試験管1本、ビー玉5個、注射器1本(ガラス製のもの)、ガラス管付きゴム栓1個、ゴム管1本、輪ゴム1本、台、アルコールランプです。輪ゴムの位置を調整しながら試験管の高さをうまく合わせるとよく動きます。 それでは、実際の授業の中で子どもたちは難易度の高い「ビー玉エンジン」のひみつをどのように解明していったのでしょうか。□「空気」と「ビー玉」に着目すると 「ビー玉エンジン」を実際につくってみても、ほとんどの子どもが手がかりさえもつことができません。そこで、動く様子をスローモーションにした映像を見せました。すると、「注射器が伸びるときは空気を熱している」(写真3)「ビー玉を熱しているときに注射器が縮んでいるよ」(写真4)と注射器が伸びるときと縮むときでは、熱している物質が違うことに子どもたちは気づきます。□「どこかで空気が冷やされているはず」 その後の追究は次の通りです。1)ビー玉だけを加熱する。2)ビー玉なしのビー玉エンジンを試す。 ビー玉なしの「ビー玉エンジン」を加熱したときのことです。一人の子どもが「熱するのをやめるとすぐに注射器が縮む」と発言しました。(写真5) この発言をきっかけに、話し合いは次のように進んでいきます。「空気は温めるとかさが増えて、冷やすとかさが減るからじゃないかな。」「それじゃあ、注射器が縮むっていうことは、どこかで冷やされているっていうこと?」 その後子どもたちは、あらためて動く様子を観察したり図に書いて考えたりしながら(写真6)、「ビー玉エンジン」の仕組みと温度による空気のかさの変化をつなげて考え説明していきました。 このように、「ビー玉エンジン」の仕組みを追究し説明させることによって、空気のかさの変化を実感させることができます。
2014.02.12
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2月14日(金)は研究発表会であったが、ちょうど10年前、本校に赴任しはじめて研究発表会で授業を公開した。そのときの教材は「磁石レントゲン」。4年前に明治図書「楽しい理科授業」の連載「授業が変わるものづくりのヒント」(第7回)で次のように紹介していた。・・・・・授業が変わるものづくりのヒント 第7回磁石レントゲン(3年「磁石の性質」)□ものづくりとはちょっと違うのですが 今回紹介する「磁石レントゲン」は、子どもたちが学習する「鉄は磁石につく」「ものを隔てても磁石につく」「磁石についた鉄は磁石になる」という磁石の性質によって、ものの形が浮かび上がる現象です。 これまで紹介してきた「ものづくり」とはちょっと異なるものなのですが、授業の中で「ものづくり」を取り入れるときのヒントにしていただけたらと思います。□形を浮かび上がらせよう 「磁石レントゲン」とは、下の図のように磁石をつけたものに紙をかぶせ、その紙の上に鉄粉(スチールウールを茶こしで削ったもの)を振りまき、ものの形を浮かび上がらせるものです。(写真1・2) 今回は、掲示用の強力な磁石を使いましたが、ナットやバネなど、おもしろい形が浮かび上がります。(写真3)また、柄がプラスチックでできたハサミなどは、鉄の部分しか形が浮かび上がりません。(写真4) 実際の授業では、それまで磁石の性質について学習したことを生かして「磁石レントゲン」の仕組みを説明することになります。□ハサミも磁石になる しかし、「磁石レントゲン」の仕組みを説明するのは容易ではありません。「磁石の力が伝わった」「スチールウールの粉が磁石になった」など混乱している様子です。そこで、図を書いたり(写真5)、いろいろなもので「磁石レントゲン」したりしながら考えることにしました。 そんな中、一人の子どもが「前の時間に実験したように、クリップが磁石のかわりになるんだよ」と磁石にしばらくつけていたクリップに他のクリップがついている様子を見せながら発言しました。(写真6)「磁石レントゲンしたあとのハサミにスチールウールの粉がいっぱいついていたよ。」「ということは、バネやハサミも磁石になったということ?」 子どもたちにとって、不思議な「磁石レントゲン」。少しずつ目の前の現象とそれまで学習したことをつなげて考えていくことができたようです。
2014.02.12
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いよいよ明後日が研究発表会であるが、少し時間があったため、先日このblogで紹介したktさんのノートを発表させる。その後、子どもたちは次のように自分の考えをノートに書いていた。・・・・・MSくん「水草が増えることによって微生物が増えるかどうかは分からないが、生態系は、もう水草が増える前からすでにできていると思う。」 osさん「水草が光合成をして酸素が増えるから生態系ができると思うが、微生物が増えて生態系が増えるというのは、少し分からなかった。水草が増えることと微生物が増えることの関係が分からない。」 NGくん「確かに生態系の一部をビンで再現したものだけど、水草が増えると微生物が増えるという根拠が分からない。いろいろな生き物も関係する。微生物もバクテリアとプランクトンに分けられる。」 ynさん「水草を増やすと微生物が増えて生態系ができるというのが分かりやすい。バランスドアクアリウムは、水草が光合成をしたり、その酸素をアカヒレが使ったりするので自然に近い環境になっている。」 OSくん「生態系のいろいろな生物は微生物。アカヒレの食べ残しやフンを微生物が食べて、微生物の死がいを水草が養分にする。しばらくするとエサがいらなくなるのは微生物が増えるからだと思う。」 ksさん「水草がバランスドアクアリウムの大切な役割をしている。アカヒレのフンなどを水草は養分にしたり分解して水をきれいにできる。水草がないとアカヒレとの関係ができないから生態系ができない。」 smさん「水草が増えるんじゃなくて大きくなるんだと思う。水草が大きくなる分微生物ができて生態系ができる。生態系ができる=自然の中で生きられる環境になったということだと思う。」 MKくん「普通の水槽はすごくくさいイメージなのに、何日間も放置していたのに、全然くさくなかった。ktさんのいったきれいにすることと関係があるのか。オオカナダモだからくさくないのか。」 ayさん「バランスドアアクアリウムはほとんど水草でできていると考えた。でも、水草が増えてどれだけ微生物が増えてか分からないし、微生物が増え続けたら逆に悪い影響になるなのではないか。」 TRくん「水をきれいにするために水草を増やす。微生物も増えて、これこそが生態系だと思った。だけど、生態系はいつかなくなると思う。今は、水草をあまり川で見かけない。」 kmさん「水草が増えることでいろいろなことができる。水草が増えることで、水草についていた微生物がアカヒレの食べ残しやフンを食べてくれるということが分かるようになった。」 AKくん「微生物が水をきれいにしているというのが分からない。水がきれいになるのは、フンや食べ残しから発生するアンモニアを水草が養分として吸収するので水の浄化につながるのではないか。」 ttさん「水草が増えると生態系が安定する。しかし、これはバランスドアクアリウムの秘密を解く鍵にはあまりならない。エアポンプが必要ないことを裏づけられるがえさがいらないことには答えられない。」 OHくん「魚のフンなどから魚や水草にとって有害なアンモニアが発生する。それを水中の微生物が害がない物質に変え、水草が肥料として吸収する。でも、プランクトンや微生物はどこから発生するのか。」 kyさん「水草が増えると微生物が増えて生態系ができる。でも、生態系は自然の中で生きているので水草が増えるとどんどんいろいろな生態系が増えて、水がにごってしまうのではないか。」 hsさん「自然に近い環境をつくるためには、日光を水草に当てることが必要。でもどのくらい当てればいいか分からない。ある程度のエサやエアポンプを必要としないのは日光が関係していると思う。」SJくん「それぞれに役割があるから、ビンの中で生きていられるのだと思う。水草があるから酸素と微生物ができて、微生物がいるから水がきれいで、魚がいるから微生物が発生しすぎない。」 esさん「いろいろな生き物とは微生物ではないか。ただ、アカヒレの食べ残しやフンから微生物が生まれ、それをアカヒレが食べるのだと思うが、このことに水草は直接かかわっていない。」 JTくん「微生物はアカヒレの食べ物や水の汚れをきれいにする役割をもっているが、生態系はどのような働きをもっていて、どうバランスドアクアリウムの秘密と関係しているのかが分からなかった。」 GTくん「生態系の全てが関係しているというのが分からなかった。微生物は水をきれいにして、アカヒレから食べられて、フンを分解するという感じ。そこに水草の光合成がどう関係しているのか。」 YKくん「自分のバランスドアクアリウムはきれいではなく若干にごっていた。たぶん、微生物の働きがたりないんだと思う。魚のフンを微生物が食べるのならば、水はきれいで川のように澄んでいるはず。」 tkさん「生態は、生き物が自然の中で生活する様子。微生物が増えると生態系ができるというところを、みんなで話し合いたい。なぜなら、微生物が増えると生態系ができるというのはおかしいと思う。」 HHくん「アカヒレの数が増えることによって微生物が増えると思ったが、微生物は水草のエサでもないのに、どうして水草が増えることによって微生物が増えるのか疑問に思った。」 hmさん「水草がエアポンプ代わりになると思うが特別日なたに置くのか。微生物が増えると水がきれいになるのは、微生物がアカヒレのフンを食べて、微生物のフンを水草が肥料として使っているから。」 IYくん「小さな生態系が生まれることと、アカヒレや水草はどのように関係しているのか。微生物が増えることと小さな生態系ができることは、どう違うのか。」 TMくん「バランスドアクアリウムは小さな生態系だからいろいろな生き物が生きているといったが、いろいろな生き物に区別はあるのか。小さな生き物全てが生きていけるということではないと思うから。」 wmさん「水がきれいになるのは、生態系が関係しているといったが、生態系の中にはフンとかで水を汚してしまうこともあるだろう。水が汚れるのは、エサを入れすぎが関係している。」 SMくん「あとからエサがいらなくなるのは、微生物がどんどん増えていくから。でも、微生物が水をきれいにするのは分からない。海ではプランクトンが赤潮を起こす。水をきれいにするのは水草だと思う。」 ktさん「水がにごらないのは微生物がきれいにしているから。でも、微生物がどうやって水をきれいにしているのかは分からない。このことと、水草を増やすと生態系ができるというのは関係があるのか。」 KGくん「全てが関係していることは分かるが、微生物がアカヒレに食べられること以外にも水をきれいにするすることや水替えが不要なことにも関係していると思う。食物連鎖が成り立つから。」 anさん「微生物が水をきれいにするというのは少し違うと思う。生態系が再現されているということは、微生物などが生まれて命が循環しているようなこと。アカヒレのフンが何によって分解されているのか。」 NSくん「アカヒレが生きていくためには3つの条件が必要だと分かった。水草、日光、適当な温度。微生物が増えると水がきれいになるというのは、何かのサイクル的なこととつながっていると思う。」 tmさん「水草が増えることによって微生物などが増えて生態系ができることによって住みやすい環境がつくれる。水草に日光が当たると光合成をして酸素をつくる。そのくり返しでアカヒレは生きていける。」 MRくん「アカヒレがプランクトンを食べることは予想できるが、微生物が水をきれいにするというのは無理があるのではないか。プランクトンが赤潮を起こすなど、水を汚くするイメージがある。」・・・・・おそらく、当日の授業は「ktさんのノートについて」「水草と光合成」「微生物が水をきれいにすること」「生態系とは」が話題になるであろう。そしてできれば、これらが「生態系とわたしたち」まで発展していくことを願う。ポイントは、子どもも私も粘り強く考えることができるかということとともに、この2ヶ月間の飼育で芽生えた「分かった」と超える感情を、どれだけ表出させることができるかということであろう。
2014.02.12
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前回の授業のはじめに紹介したkmさんのノートの記述。授業後に子どもたちのノートを見てみると、ktさんのノートにkmさんのノートに関連して、次のように書かれていた。・・・・・ 水草が増えることで微生物が増えるから小さな生態系ができあがるんだと思う。エアポンプなしでもいけていけるのはオオカナダモがあるからだと思うけど、日なたしか酸素はつくれないから、日なたに置かなければならない。 生態とは、動物や植物が自然の中で生きているようすのことだと書いてあった。バランスドアクアリウムは小さな生態系だから、いろいろな生き物が生きているのではないか。そのいろいろな生き物のことが微生物なんだと思う。 kmさんのノートの内容は、次の図のようなことだった。 生態系をつくるためには水草を増やせばよくて、その生態系から水草を育てる二酸化炭素がでてくるんだと思う。また、生態系をつくるために増やした水草によって、酸素ができるんだと思う。だから、kmさんのいっていたことはすべて関係しているんだと思う。 小さな生態系に微生物がいるけれど、微生物にはアカヒレに食べられること以外にも水をきれいにしているから、水がきれいになることもさっきのことと関係しているのかもしれない。・・・・・「微生物が増えるから生態系ができる」「いろいろな生き物のことが微生物」「kmさんのいったことはすべて関係している」「水がきれいになることもkmさんのいったことと関係しているのかもしれない」。おそらく、ktさんの中では、これまでばらばらだったことがつながりはじめているのだろう。残る問題は生態系と「微生物が水をきれいにしている」こととの関係だということだろうか。
2014.02.10
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2月14日(金)の研究発表会の分科会で提案するプレゼンをつくる。・・・・・本校では、論理的な思考や表現として、次のようなトゥールミンの論理モデルを参考にしています。理科においても、「根拠」を観察・結果の結果、「主張」を考察によって導かれる結論と置き換えることができます。より論理的な思考や表現を促すために、結果と結論をつなぐ部分、特に「理由づけ」の質を高めることが必要です。そのためには、ノートへの記述や友達との話し合いなどの言語活動の中で、つながりを意識させ推論を進めるための「論理的なことば」だけでなく、生活経験や観察・実験での気づきから生まれる「直感的・断片的なことば」を大切にする必要があります。この「直感的・断片的なことば」は、根拠となる観察・実験の結果などの事実に「もどり」、その妥当性を検討するきっかけになります。つまり、「理由づけ」の質を高め、より論理的な思考や表現を促すためには、言語活動だけでなく、実験・観察も充実させていかなければならないということです。そこでその手立てとして、本校理科部では、主張の部分に「モデルによる説明」を位置付けました。単元の追究の中に、よりよい「モデルによる説明」をつくる活動を位置付けることにより、「目に見えない」現象や「実際に見ることができない」現象を既有の知識や経験を総動員して想像することが必要になります。このことが、事実に「もどり」観察・実験の結果を比較したり関係づけたりするといった科学的な思考にもとづく「確かな理由づけ」や、友達に分かりやすい説明をするために比喩などを用いた「豊かな理由づけ」を表出させることにつながると考えています。さらに本年度は、根拠となる事実の「層」を厚くすることにも取り組みました。例えば、6年「土地のつくりと変化」で「地層のでき方」を追究させたときには、次のような工夫をしました。ペットボトルや雨樋を水槽を使った実験だけでなく、夏休みには「土地のつくり」をテーマにして自由研究に取り組ませました。また、実際の地層を観察したときの写真や、一昨年7月の熊本の豪雨災害の写真も、タブレットPCを班に1大準備して、いつでも見ることができるようにしました。このような活動の中で、HNくんが次のように発言しました。これは「地層のでき方」を水を入れたペットボトルにれき・砂・泥の混ざった土砂を1回流し込むのに近いイメージをもっているのでしょう。そのことから、実際の地層の重なりに疑問をもっていることが分かります。また、MKくんは、実際の地層の一つ一つの層がきれいに分かれていることから次のように発言します。これは、れき・砂・泥がばらばらに流れ込み、それぞれの層をつくるようなイメージをもっていることが分かります。このHNくんとMKくんの考えをモデルとして取り上げるとともに、改めて観察・実験の結果を見直し話し合うことを促すと、次のような発言がつづきました。このように、根拠の「層」を厚くすることにより、より論理的な思考や表現を促すことができたと考えます。本日、公開しました授業「語り合おう、私たちの環境」でも、根拠となる事実の「層」を厚くすることができるように工夫しました。この写真は、今回教材として取り上げた「バランスドアクアリウム」ですが、ある子どもの家のリビングで撮影されたものです。今回、冬休み前にお気に入りの瓶を持ち寄って一人一人でバランスドアクアリウムをつくり、長期間の家庭での飼育・観察に取り組みました。実際、「水草に泡がついていたこと」や「2ヶ月間水が濁らなかった」、「アカヒレが水草についているものを食べた」など、飼育・観察の中での気づきがこれまでの話し合いの中で根拠として挙げられています。また、図書館やインターネットでの調べ学習、水草を使った光合成の実験結果と合わせて、5年生から2年間使用したノートを準備し、これまで学習したことも根拠として挙げることができるようにしました。なお、本時では、「バランスドアクアリウムでは、どうして水替えが必要ないのだろうか」という課題を設定するとともに、次のような「教師のはたらきかけ」に心がけたたつもりです。このことにより、1学期に学習した一方向の食物連鎖のイメージが、水中の目に見えない生物まで含めて循環するようなイメージに変容することを期待していたのですが、実際の子どもの学びは、いかがだったでしょうか。たくさんのご意見とともに、授業中に私に見えなかった子どもの姿を教えていただけると幸いです。
2014.02.10
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いよいよ今週の金曜日は、研究発表会当日である。当日の授業では、「どうしてバランスドアクアリウムでは水替えが必要ないのだろうか」という課題を設定する予定である。本単元で教材として取り上げた「バランスドアクアリウム」はインターネットでも多くの情報を調べることができ、実際に多くの子どもたちが家庭でそれらの情報を調べている。今回の課題についても、何らかの「答え」をノートにメモしていることであろう。今回の授業では、その調べたことを超えて、「分かったつもり」を超えて、そして、安易な納得を超えて、考え抜く子どもの姿を求めたい。そのためには、気になる子どものこだわりやつまずきに寄り添い、その長期間の飼育・観察から生まれた「疑問」や「不安」に答えるのではなく「応える」ような子ども同士の強い助け合う関係が表出できるようにすることが一番重要なことであろう。そして、この子ども同士のかかわり合いから、立ち止まり、もどり、つなぎ直すことを授業中の教師の役割にする必要がある。学習指導案では、「水替えが必要でない理由」に焦点化した話し合いを予定していたが、「えさがいらないことと、水替えしなくていいことは関係がある」や「小さな生態系って意味が分からない」といった発言があるなど、大きく授業デザインが動き出している。複雑で緻密、そして、ダイナミックな生物同士のつながり。子どもたちの概念を、少しでも確かなものにしたい。さらには、その関係の中で自分たち自身も生きているということに気づき、自分たちの環境を振り返るきっかけにしたい。卒業を目前にした子どもたち。今の自分をどう振り返るのか。そして、友達をどう支え、どう高まり合うか。公開授業ということもあり、私も子どもも「先に、先に」と進みたがるだろう。しかしながら、しっかりと子どもたちの「ことば」に耳を傾け、「聴く」「つなぐ」「もどす」ことに専念したい。そのためにも、「よい授業」ではなく、しっかりとテンションを落として「子どもたちの一人一人の学び」を求めたい。「研究発表会だから」という意識を、今からどれだけ捨てることができるかが勝負である。
2014.02.10
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前回のblogのつづき。「アカヒレは酸欠に強い」「どこかに酸素が貯められている」という子どもたちの発言。このことが、授業のはじめに紹介したksさんのノートに書かれた「疑問」や「不安」に対する「応え」になっていなかったのだろう、ksさん自身が次にように発言し話し合いが続いた。・・・・・ksさん「えっと、私はさっき言ったみたいに、小さな光で少量の酸素ができて、えっと、3匹分の酸素が足りているか分かんないって言ったんですけど、えっと、まだ、もし足りてないんだったら何匹か死んじゃってると思うし、あっ、思うからで、で、家にあるバランスドアクアリウムを観察してみて、オオカナダモとかに酸素みたいに、酸素?の泡みたいなやつが、1回もまだ見たことがなくて、オオカナダモに酸素の泡みたいのはついてないんですけど、まだ3匹とも生きているので、なんでかなと思いました。」smさん「さっきメダカって言ったんですけど、その、メダカ、その、飼う魚によって難易度っていうのがあって、で、なんかその、メダカは先生が言ったように、エアポンプが必要で、なんか、難易度がけっこう、なんか難しくて、飼うのに難しいって書いてあったので、一応向いてる魚だけど、その難易度が高いから、難しいんじゃないのかなって思いました。T 「アカヒレは?」smさん「アカヒレは、その星が、最高5個あって、メダカは4個で、アカヒレが1個だったので。」MRくん「えっと、僕も水槽っていうか、飼っている器っていうか、その、容器の大きさに対して、水草の量とかも関係してくるのかなって思って、えっと、そのアカヒレとかが住んでいる土地は、もともと、えっと、エアポンプとかはないから、えっと、水中っていうのは、もともと昼でも日が照っても、絶対少しは光が弱くなるんで、まあ、水草はそれで光合成が実際、弱い光でもできるっていうのは分かるんですけど、あの、えっとその、夜とか雨の日はできないから、えっと、どうやってできるのかなって思ったら、えっと、その瓶が密封されているから、逆の出ていかない、その、光合成された、だからちょっと、そこも関係あるのかなっと思いました。」MKくん「えっと、そのなんか、オオカナダモが、なんか、光合成して酸素がでることについてなんですけど、あの、なんか、海は違う・・・、海とか川とかで、その、まあ、その、地面、下が砂浜みたいな感じのところだったときに、なんか、下から空気?酸素、空気っぽいのが、泡がところどころから、なんかその、出てくることがあって、まあそれと、オオカナダモ、まあ関係はないかもしれないけど、その、海とか川とかから出てくる空気みたいなもので、、川にいる生物とかは、エアポンプの代わりになっているんじゃないのかなって思いました。」SMくん「えっと、僕は、あのその、さっきのことなんですけど、昨日の実験した日陰のやつでも、僕が見たら、MRくんみたいに、泡がちょっと下に下がっていたような気がするんですけど、まあ、それでも、僕の家に置いてるアカヒレはもう死んじゃったんですけど、でも、その前までは、なんか、普通に、なんか、普通にあの、日が当たらなくても、あの、普通になんか生きてて、で、あのたまに見たら泡がついてたりも、まあしたんで、まあ、アカヒレはその、酸素が人間ほどはいらなくて、全然なんか、なんか、どっかに酸欠に強いって書いてたんですけど、まあ、足りてるんじゃないかなと思いました。」wmさん「私はMRくんといっしょに、いっしょで、瓶の大きさが関係していると思って、なんか、水槽とかはすごい大きいので、あの、魚もどこにいるか分かんないから、けっこう水槽いっぱいの酸素が必要だと思うんですけど、バランスドアクアリウムぐらい、普通のジャムとか入っている瓶を使っているので、それだけ、あの、満杯になったときの酸素の量っていうか、それが水槽とか比べて少ないと思うから、えっと、えっと、瓶の大きさも関係しているのかなって思いました。」esさん「えっと、MRくんが言った密封されているっていうのも、まあ確かに関係はするかもしれないけど、なんか、アカヒレも一応呼吸するわけだから、その酸素、いくら密封されていても、なんていうんだろ、はき出す空気っていうか、なんていうんだろ、まあ空気には、絶対二酸化炭素とかは多く含まれていて、しかも、まあ、2匹分だから絶対すぐに、けっこういくら光合成しているとしても、わりと密封されているわけだから、二酸化炭素が次々に溜まっていくんじゃないかなって、あっそうか、そうかそうか、いや、えっ・・・。」T 「いいよ、ゆっくり。」esさん「それで、確かに昼だったら、うん?あのまあ、光合成できるから二酸化炭素を吸って酸素を出すこともできるけど、夜は、日光も出てない、日光じゃない、太陽もでてないわけだし光合成ができないから二酸化炭素が溜まっていく一方で、そのいくら酸素が、私もさっきいったんですけど、酸素を貯めていても、絶対に10時間以上夜は続くわけだから、なんか、酸素も足りなくなっていくんじゃないのかなって思ったから、もし密封してないで、ふたを開けてみたらどうなるのかなって、そういう実験ていうか、それをなんか次調べてみたいなと思いました。」HNくん「えっと、アカヒレはちっちゃいから、そんな使う酸素の量も多くないと思うから、えっと、少ないと思うから・・・多くないと思います。」anさん「IYくんの説明、あの、水草の中に貯金してる、貯めてるってやつで、あの想像なんですけど、今まであんまり魚飼ったことないんで分かんないんですけど、なんか空気、水草とかから出た空気が、上の方に溜まって、空気溜まって、なんか魚が上の方に行って空気食べてるようなことがあったような気がするんですけど、なんか、全部出して、そっから魚が取りに行くって方法じゃないのかなって思いました。」T 「HNくん、グループであまった空気って話してたよね。」C 「あまった空気?」HNくん「昼使い切れなかった、昼光合成でつくられて、それでアカヒレが使ってなかった分を夜の間に使ってるんだと思います。」T 「それがあまった。貯めてるのとどう違うの?」HNくん「貯めてるっていうのはその、その、貯めてるっていうのは、その、貯めてるっていうのはえっと、だから、貯めてるっていうのは、あまったっていうのは、使い切れなかった、貯めてるっていうのは、なんか、別に保管しておくっていうことで、その、同じ場所のもので残ったのがあまってるっていうのかなって思いました。」・・・・・やはり「どこかに酸素を貯めている」ということが気になった子どもが多かったのだろう。このことが、ksさんの「自分の水草に泡がついているのを見たことがないけれど、アカヒレ3匹分の酸素は足りているのか。酸素が足りてなければアカヒレは死んでいるはずだ」という「疑問」や「不安」に関わっていくものであったかどうか、不安の残る授業になってしまった。私自身のksさんのノートの取り上げ方が一番の問題なのだが・・・。※ 平成26年2月5日のものである。
2014.02.09
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前回のblogのつづき。kmさん、ksさんのノートの記述から設定した「どうしてバランスドアクアリムではエアポンプが必要ないのか」という課題について話し合う。・・・・・smさん「えっと、私は、その、オオカナダモが、酸素を、光合成をして、その、酸素をつくりだしているから、エアポンプがいらないんじゃないのかなって思って、で前、調べ学習のときに、エア、バランスドアクアリウムに向いている魚っていうのを調べたときに、えっと、アカヒレと、ベタという魚と、メダカと、アペニーアファ?と、ヤマトヌマエビとレッドチェリーシュディンプっていうのがあって、で、班で話したときに、アカヒレは酸欠に強いから少ない酸素の中でも生きていられるっていうのが分かって、で、そのときに、他の魚のときでも、バランスドアクアリウムに向いているんだったら、エアポンプがいらなくても、酸欠に強いのかなっていうのが、ちょっと疑問です。」osさん「smさんと同じで、オオカナダモが酸素をつくると思って、それと、アカヒレは酸欠に強いってあったので、生態系の生態っていうのを辞書で調べたら、生き物が自然の中で生活する様子って書いてあったから、自然の中にはエアポンプとかがなくて、えっと、水草が多いから、エアポンプとかがなくても生きていけると思いました。」IYくん「えっと、昼に、えっと、草、水草が、まあその、光合成をして酸素を出すんだけど、その、半分ぐらいは、まあ、貯金みたいな感じで、その、草に、の中かどっかに泡として入れてて、まあその、夜になったら、夜になったら貯めてた酸素を出して、だから、まあ、仮説だけど、まあ、そのおかげでエアポンプは夜は、夜もちゃんと生きていけるのかなっと思いました。」T 「どこに貯金してるって?」IYくん「葉の中かどっかに貯金してる。」esさん「私もIYくんと同じで、ほとんど同じなんですけど、まあ、どこにつく、貯めているかは分かんないんですけど、昨日行った実験2の、まあ、私はMRくんと違って日陰のところでの試験管に酸素が溜まってるのは見てないんですけど、なんかその、Aの日なたに置いていた試験管に、なんか、すごい酸素みたいな泡がたくさんついていたんで、なんか、それを酸素だと思ったんですけど、今日それを見に行ったら、なんか、ほとんどなくなっていたんで、もしかしたら、その、昼とか、なんていうんだろ、まだ日が照ってる時間につくった、その、光合成でつくった酸素は、なんていうんだろ、夜になるまで一応貯めておいて、半分ぐらいたぶん使って、半分ぐらい貯めておいて、貯めておいた酸素を夜は使っているから、光合成できない夜でも、酸素が使えて、生きていけると思ったから、エアポンプがいらないと思いました。」KGくん「えっと、僕も同じで、なんか、光合成ができる、なんか、晴れの日とか、に、なんか、できるだけやって、光合成を、それでなんか、雨の日とかで、できないときに、なんか、その酸素を使ってると思いました。」・・・・・おそらく、smさんがいうようにアカヒレはメダカよりも酸欠に強いのだろう。それに対し、osさんは「自然の海や川には水草が多い」ことも関係しているということを付け加えている。このことによって、IYくんの「どこかに酸素を貯めている」という発言につながったのだろう。ただ、水草に「特殊な能力がある」と考えていないとよいのだが・・・。(つづく)※ 今回の記録は、平成26年2月5日のものである。
2014.02.08
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授業が始まる前に少し時間があったので、先日の調べ学習の後に書いたkmさんのノートを紹介した。・・・・・kmさん「バランスドアクアリウムの中のビンに小さな生態系ができて生きるというが、生態系とは何か。そして、どうやって生態系をつくっているのか。水草をたくさん植えると生態系になると書いてあったが、どういうことか分からない。どうしてエアポンプがいらないのか。水草を見てもあわはついていなかったし、私が置いているところは直射日光が当たらないところでもアカヒレは生きているからどういうことなのかがわからない。それにえさは生態系ができているということであまりいらなくなるのか。」・・・・・このことについて、しばらくの間、どう考えるかをノートの書かせる。その後チャイムが鳴り、授業をはじめる。まず、ksさんにノートに書いたことを紹介させた。・・・・・T 「さっきのkmさんの話を聞いて、みんなはどう考えましたか。ksさん、ノートに書いたことを紹介して。」ksさん「水草をたくさん入れたら生態系ができると書いてあった。たぶん、水草は、糞や食べ残しからでるアンモニアを養分にすることができる。それに糞などの有機物を分解して水質を浄化、安定させることができる。だから、水草が多い方が、小さな生態系ができる。私はエアポンプがいらない理由を、こう考える。光があたらない所でも生きていけるという人がいて、前、本で調べたときに、日かげでも、少しでも光があたれば少量の酸素ができると書いてあって、それに照明でもできると書いてあった。それでも、少ない量の酸素しかできないから、2、3匹いるのに少ない酸素しかないから、なんで生きていられるのか分からない。水替えがいらない理由は分かったけど、水草が糞などを分解してきれいにするからだけど、エアポンプがいらない理由がよく分からない。えさやりは、なんでいらないのか、たぶん微生物を食べているから。アカヒレが小さいからといって、酸素はちょっと少ないと思う。私のバランスドアクアリウムの中の水草には、酸素のような小さな泡もついていない。」T 「どうですか。」MRくん「えっと、ksさんがいったようにエアポンプがいらないというのは、分からないのは分からないんですけど、えっと、昨日の実験で、あの、ビンにっていうか、日かげのやつ、オオカナダモに、少し僕が見たときに泡が少しついていたような感じがしたので、少しは酸素が発生するっていうのがあるので、まあ、それで足りるかっていうのはksさんが言った通り分からないんですけど、少しは酸素があるので、それで生きられるのかなとは思いました。」T 「じゃあ、今日は、どうしてバランスドアクアリウムにはエアポンプが必要ないのか、このことに絞って話し合ってみましょう。」・・・・・やはり、子どもたちにとっての問題は、日陰で行われる光合成でも酸素は不足しないのかということなのだろう。MRくんの発言から「エアポンプが必要でない理由」を話題として取り上げたのだが、ksさんがノートに書いていたことを、他の子どもたちはどうとらえていたのだろうか。反省に近い不安を残してしまった・・・。(つづく)※ 今回の記録は、平成26年2月5日のものである。
2014.02.07
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子どもたちの「バランスドアクアリウム」の「疑問」と「不安」の一つに、光合成がある。これまでの話し合いの中でも、「水草も陸上の植物と同じように光合成するのか」や「水草は日陰でも光合成するのか」などの発言があった。そこで、今回、水草が光合成をするかどうか2つの実験で確かめる。まず一つ目の実験では、水(十分に息を吹き込んだ)と水草を入れた試験管と水だけを入れた試験管の2本を用意し、窓際において日光に当てる。約5時間後、たくさんの泡のついた水草を見て、子どもたちは驚きの声を上げる。これまでの飼育でも、多くの子どもたちが水草から泡が出ていることに気づいているものの、今回は直射日光に当てたため泡の数が多かったのだろう。それぞれの試験管の水を少量取って石灰水を入れると、水だけを入れた試験管だけが白く濁った。また、2つめの実験では、ペットボトルをカットしたものにゴム栓とチューブを使って試験管をつなぎ、発生する気体の量を調べた。大きめのオオカナダモを7本入れ、日なたと日陰、そして、光の入らない場所に約5時間置く。結果は、日なたに置いたものだけに試験管に1cmほど気体が集まった。先日の調べ学習で「水草は日かげでも酸素を出すことができるから、バランスドアクアリウムは夜でも大丈夫」と「わかったつもり」になっていた子どもは、この結果をどう受け止めたのだろうか。※ 今回の記録は、平成26年2月4日のものである。
2014.02.04
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前回の話し合いの前に「おそらく『アカヒレのえさ』と『水をかえる必要がない(水がよごれない)こと』はつながっている」とノートに書いていたtkさん。授業後、話し合い後に書いた座席表を見てみると、次のようにコメントしていた。tkさん「私たちが飼っているバランスドアクアリウムの中では、命が回っていると思った。」おそらく、話し合いの中でksさんが「ぐるぐる回っている関係」と発言したことがこのコメントにつながったのだろう。ただ、ksさんが酸素と二酸化炭素の循環について発言していることのに対し、tkさんは「命が回っている」と書いていることから、何か有機物(無機物)の循環に気づいたとも考えられるだろう。少なくとも、生物同士のつながりに対する見方や考え方が変容していることが分かる。今後、この気づきに「アンモニア」「硝酸塩」「光合成」などに関する子どもたち疑問が絡んでくるといいのだが・・・。
2014.02.03
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前回のblogのつづき。バランスドアクアリウムに関する「調べ学習を終えて」の話し合い。分からないこと調べてみたいことともに「生態系」や「生物同士のつながりそのもの」に関する発言も少しずつ出てきた。・・・・・ksさん「ちょっと話が変わるんですけど、生態系のことについて、調べて、そしたら、なんか、ある一定の地域における生物と環境の、なんか、全ての関わり?みたいなことが書いてあって、たぶんそれは、なんか、自然とか川とか海を、川とか海の関係?なんか、魚が呼吸をして出した二酸化炭素を使って、草が光合成して、で、その酸素で魚が呼吸をして、そのくり返しだと思って、それをバランスドアクアリウムが再現していると思います。」T 「川や海で、何を再現してる?」ksさん「えっと、なんか魚が出した二酸化炭素を使って水草や草が使って、それをまた魚が吸って、その、ぐるぐる回っている関係?」esさん「えっと、私はバランスドアクアリウムで、なぜ水替えがほとんど必要ないのかっていうことについて調べたんですけど、なんか、アカヒレが出した糞や食べ残しから、なんかさっきIYくんがいったように、アンモニアが高濃度で放出されるので、なんかここが分かんないんですけど、なんか、酸素が取り去られて、そこから酸素を補給するためにバクテリアとまあ植物?ここいうとオオカナダモが浄化して、調和のとれた水槽ができあがるので、なんか、水替えがいらないって書いてあったんですけど、なんかやっぱり、アンモニアが放出されるので酸素が取り去られるっていうのがよく分からなくて、疑問です。」T 「それ、取り去るのは水草? 水草が浄化するの?」esさん「えっと、えっと、いや、酸素が取り去られる・・・。」T 「(黒板の図を指しながら)この辺りのことがよくわからないっていうこと。どうですか、いろいろ出てきたけど。MRくん。」MRくん「えっと、wmさんがいった日陰で光合成、酸素がつくれるっていうのは、僕が調べた本にものってたんですけど、いや、水草も植物なんで、あの、日光がやっぱりいるんじゃないのかなって思ったので、なぜ、酸素が発生するのかなって思いました。」esさん「私もMRくんと同じで、なんか私がさっき見た本の中では、その、みんな強い光じゃないと光合成できないんじゃないかって前回かなんかの授業でもいってたんですけど、それは、弱い光だったら一応光合成できるみたいなことは書いてあったんですけど、えっと、wmさんがいった、その、日陰でも光合成ができるみたいなやつは、その、6年生の最初でも学習したように、普通に教科書で書かれているのが日光と・・・、とにかく日光は必要だってことが分かってたんで、そこは何でかなって思いました。」anさん「えっと、OSくんと同じことを調べてて、で、水草をたくさん植えて小さな生態系を再現してるって書いてあって、生態系ってなんだろなって思って、なんかプランクトンとかのことなんじゃないのかなって、小さいってことだったから、見えないくらいに、そんなんじゃないかなと思いました。TRくん「えっと、まず、あっ、僕の考えなんですけど、調べたいことで、えっと、このバランスドアクアリウムが、その、向いてる、その、生き物と向いてない生き物?がいるのかっていうのと、その動物の違いっていうのはどうゆうものなのか、っていうのを調べたい。」T 「熱帯魚やさんに行くといろんな水草がありますよね。なんでオオカナダモなのか。アカヒレだっていう理由はちょっと話しましたね。」C 「寒さに耐える。」・・・・・ksさんの「川や海を再現している」や「ぐるぐる回っている関係」という発言。他の子どもたちは、どのように受けとめたのだろうか。※ 今回の記録は、平成26年1月29日のものである。
2014.02.03
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