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仙台市青葉区中央市民センター主催の「仙台タウンウォッチング はじめの一歩」という講座に申し込んでいた。この年齢になってしまうと性格がどうなるというものではないと思うものの、「人怖じ、物怖じ」で行動範囲を限定されるのはイヤだな、こういう講座の人の集まりなら大丈夫だろう、と考えたのである。私は、16歳の時から仙台に住んでいる準・仙台人で、たぶんよく見知った場所の街歩きだろうと予測はついたが、いつもは街々の故事来歴を意識して、歩くわけではない。期待できるのである。 さいわい、抽選で定員15名のうちに入れてもらっての参加となった。講師は、三原征郎先生。1週間前の同じ時間に、伊達政宗以来の仙台の歴史などの講義の準備の後の街歩きである。 街歩きコース(GPSトラック。地図は「プロアトラスSV7」)。 市民センター(A)を出てすぐ、道路向こうの満開のハマナスの観賞。最初からこれである。近所で30年以上勤務していて、昼飯時にはよく通っていたのに、この場所のハマナスを知らなかったのである。 街中のハマナスを観る。 (2012/5/31 10:13) ハマナスから南に向かい、南町通り(B)にでる。ここで、今は廃止されている市電の話がある。高校生の時、一時市電で通っていたので、これはよく覚えている。市電が廃止されたときには、娘を背負い、息子の手を引いて、飾りたてられた最後の電車を見に行った。 そのまま、南町通りを横切り、柳町の大日如来前(C)に行く。途中、街灯に旧町名が記されいること、所々に旧町名碑があることを教えられる。仙台の旧町名はほとんど残っていないが、河原町近辺の地区には昔ながらの地名が残されていうということだ。 大日如来前の旧町名石標。(2012/5/31 10:40) 大日如来から10mほど北目町方向に入った地点(D)が、藩政時代の街道の基点だったという。今はまったく何もない。ここを基点に江戸に向かうときは、長町が最初の宿場だという。ここから歩けば1時間もかからないと思うのだが。 「一里杭」基点の場所で。(2012/5/31 10:48) 大日如来から西へ,一番町からの道を左折、東北大学の北門前(E)まで。ここにはかつて芝生の前庭をもつ小さな東北大北門食堂があったはずだが、今は庭の敷居いっぱいに大きな食堂施設が建てられている。3年前まで東北大に勤めていたというのにこれも初見である。 そこから引き返し、まっすぐ1番町に入ってすぐ、工藤時計店(F)のご主人に終戦前後の1番町の様子を聞く。このあたりと仙台駅のあいだは空襲ですっかりやられ、遮るもののないまま、汽車の音がよく聞こえたという話が印象的であった。 工藤時計店前で。(2012/5/31 11:21) 続いて斜め向かいにある牛タンの「利久」(G)の店長さんに牛タン発祥の話を聞く。そこからさらに1番町を北上し、青葉通を横切る。道々、仙台商人は商売が下手で有名だったが、今は地元資本の店はほとんどない、藤崎やその向かいの大内屋が少ない例だ、などという話を聞く。 次は、その少ない商人の店「お茶の井ヶ田」(H)である。この店は、仙台初売りで有名な店で、ローカルニュースの定番店なので仙台人はたぶん誰でも知っている。年輩者であれば、この店が初売り景品として配る茶箱を衣料ケースとして大事に使っている人も多いはずだ。そんな仙台初売りの話などを店長さんから聞き、最後に冷たいお茶をご馳走になって解散となった。 「お茶の井ヶ田」前で。(2012/5/31 10:47) こういう企画は楽しい。長いこと住んでいてよく見知っている場所だけに、ちょっとした情報が楽しめるのである。初めての街での企画なら、情報量が多すぎて私などは処理できないかもしれない。 「人怖じ、物怖じ」も問題なかった(と思う)。 来週も楽しみである。
2012.05.31
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今年は山菜採りの適期を逃してしまった。例年なら、5月の連休を挟んだその前後、我が家の庭のシラネアオイが満開になると、山菜採りに出かけるのである。今年は5月初めの山歩きで、奥羽山地の残雪が多いので逡巡していた。中旬頃が適期だろうと、その予定だったが、つまらない用で行きそびれてしまった。 それでも、季節のものだから1度は、と未練がましく出かけた。場所は例年通り、大東岳山麓である。この辺は仕事が忙しいときも山麓の登山道の散策(とキノコ狩り、山菜採り)で馴染んでいるので、つい足が向いてしまう。といっても、私の山菜採りのフィールドは3カ所くらいしかないのだが。 登山道から小さな沢を目指して杉林を横切ってゆくと、テンナンショウの明るい緑が暗い林床に際だっている。私はこの花が好きだが、妻は形が気持ち悪いという。ずいぶんと以前に、こっそり庭に植えたら、えらい目で睨まれた。 杉林の中のコウライテンナンショウ (2012/5/28 6:10) 沢の急斜面を下ろうと、連れ(イオ)のリードをはずして先に下ると、イオは上から見下ろしていて降りてこようとしない。強い調子で呼んでも来ないので、私の方から斜面を戻ると、イオは勢い込んで登山道を駆け上がって行く。今日は登山だと信じ込んでいるらしい。イオは3,4回この道を辿って頂上まで歩いていて、道を覚えているのだ。 水が少ない沢に安心するイオ。 (2012/5/28 6:19) リードを引っ張って沢までおろすと、まんざら不満そうではない。水の苦手なイオは、どうも沢の水に恐れをなしていたということもあったらしい。傍まで来てみればどこもかしこも浅いので安心したようだ。 伸びすぎのシドケ(モミジガサ) (2012/5/28 6:23) 時期はずれとはいえ、狙った山菜はちゃんとある。成長しすぎていて、じつに見つけやすい。シドケ(モミジガサ)は穂先を摘むようにして採った。それでもあっという間に予定量(もともと少ない目標量だが)に達してしまう。アイコ(ミヤマイラクサ)は、指でなぞって折れやすい上部を探す。 アイコ(ミヤマイラクサ)。 (2012/5/28 6:41) 予定していなかったが、広い崩落跡の荒れ地にワラビが生えていて、それは上部5分の1くらいを折りとった。山フキもちゃんと見つけた。 1時間くらいで予定数量に達したので帰ることにする。朝食弁当は自宅に持ち帰りである。もっと歩けばもっと収穫できるのだが、商売でもない身はそんな愚かなことはしない。たくさん採って喜んでいると、たいてい後処理でえらい目に遭うのだ。帰り足で広瀬川に落ち込む沢でこれまた伸びすぎのタゼリを摘んだ。 家に帰って食べてみると、シドケは独特の香りが薄れてはいるもののまぁまぁ食べられる。アイコは堅い茎をだいぶ捨てないといけなかったが、味は十分。フキは全く問題なし。セリは筋が堅いうえに香りも薄くて一番ダメだった。タゼリはまだ横に広がっただけの時が最良で、茎が立ち上がり始めるとダメなようだ。 まぁ、これでも一応、季節の山菜を楽しんだ、ということにしておく。
2012.05.28
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広瀬川、名取川のイワナ、ヤマメのセシウム137の検査結果と、その後の措置をメモしておいたが、宮城県全体の結果を転載しておく。これは、宮城県が実施した検査結果を県のホームページに公表している表から、河川の魚介に関する部分を抜き取ってまとめたものである。 但し、表には少し変更を加えている。検体採取日と公表日のみとし、検査日は省略した。また、原発事故から1年以上経過しているので、短半減期のヨウソ(I)についても削っている。できれば、上記のリンクから詳細を確認していただきたい。 基準値の100 Bq/kg を越えている河川があるが、それぞれの河川がどのような規制を設けているかは把握していないので、県のホームページを見るか、それぞれの河川漁協にその詳細を訊ねてもらうしかない。現時点では、阿武隈川、大川、広瀬川(大倉川)、名取川、三迫川、江合川に規制が加えられている。
2012.05.19
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「大倉ダム・大倉川支川に於いて198ベクレルと言う高い数値が出ました。」というメールが届いたのは、4月19日の深夜である。翌日、検査結果が正式に宮城県から公表された。「100 Bq/kg」という4月1日からの新しい規制値を越えるので、当然ながら法的措置が講じられ、広瀬川の釣りには厳しい制限が加えられることになる。 正式な発表は、広瀬川の支流・大倉川の大倉ダム上流の支流・横川で4月14日採取のイワナから197 Bq/kgのセシウム137 [註1] が検出された、ということである。おなじく、横川で4月22日採取のイワナで210 Bq/kg、広瀬川支流・新川川で4月21日採取のイワナからは62 Bq/kgのセシウム137が検出された。それを受けて、広瀬名取川漁業協同組合は、4月29日付けで次のような文書を遊漁証委託取扱店宛てに送付した。 イワナ、ヤマメの遊漁自粛のお願い。大倉ダム上流部(ダムを含む)で採取したイワナに放射性セシウムにおいて、基準値越えが発生しましたので検査の値が基準値を下回るまでの間、大倉川への入渓を自粛して頂くようお願い致します。 広瀬名取漁業協同組合 新川川については、規制値以下と言うことで何の規制もなされていない。規制値を超えても、「入渓自粛」というきわめて緩やかな要請というのは腑に落ちないが、たぶん対応に混乱が生じていたのであろうと同情する。 すでに2月23日採取の阿武隈川支流・内川(丸森町)のヤマメ110 Bq/kgという結果を受けて、すぐに阿武隈川漁協は解禁日である3月1日に漁業権漁場内を全面禁漁にすることを決定している。阿武隈川漁協は、4月以降の新規制値を先取りしたうえで、素早くかつ厳しい判断を下している。 広瀬名取川漁協の対応はだいぶユルいな、と思っていたところ、その後、次のような措置を取ることが決定されている。 緊急告知 左記の通りイワナを全面禁漁とする。1名取川秋保大滝より上流の全域、及び本砂金川。2名取川支流,釜房ダムに流入する太郎川、北川、前川は5月14日現在,除外する。3大倉ダムを含む大倉川の全域。広瀬川本流及び新川川は今の所、除外する。禁漁区域以外でもヤマメ、イワナは検体採捕特別許可を除き「持ち帰り禁止 全て再放流」の事。 平成二四年五月一四日 宮城県知事 広瀬名取川漁業協同組合 最近の私のヤマメ釣りは、本流に限られているのでとくに困るわけではないが、こんな状況下で釣っていて以前のように楽しめるかどうかは疑わしい。いまのところ、5月3日の大雨の後遺症で、広瀬川の濁りが取れていないので、ヤマメ釣りには出かけていないが、そろそろ我慢の限界が来そうな予感がする。 さて、この禁漁はいつ解除されるのだろうか。少なくとも解除されるにはなかなかに難しい条件をクリアしなければならないようだ(国民の健康と安全という観点からは当然だが)。 広瀬名取漁協が遊漁証取扱店に配布した(組合長の公印のある)文書によれば、上記の措置は「原子力災害対策本部 内閣総理大臣の指示により宮城県知事から要請があった事による」ということである。とすれば、国の指示による出荷制限等がなされたので、「基準値を超えた品目が、生産地域に広く分布」していると認定されたわけで、その解除には国の定めた以下のような解除条件を満たさなくてはならない。(1) 解除しょうとする漁場内で毎週検査すること。(2) 解除しょうとする漁場内での1ヶ月間の検査結果が全て基準値以下であること。(「1ヶ月間の検査結果」とは三週連続して検査することを前提としている)(3) 1ヶ月間に3ケ所以上の検査を実施すること。 「基準値を超えた品目が、生産地域に広く分布」していないで局所的に限られていれば、県独自の指示となるが、その場合、国によって解除条件は定められてはいないが、県は上記の解除条件をふまえると言明している。(以上の知見は、3月23日開催の宮城県内水面漁場管理委員会で配布された報告事項の説明資料によっている。) 安全のためには、この程度の困難は何としても乗り越えなければならないということだろう。 Cs-137の物理的半減期は30年であるが、生物学的半減期(生体からCsが排出されて放射線量が半分に減る時間)は、ずっと短いであろうから、それに期待するしかないのかも知れない。[註1] ここで言う放射セシウムとは、Cs-137という原子核のことである。Cs-137は、中性子とウラニウムの反応で生じるウラニウムの原子核分裂で生じる核分裂生成物で、ベータ(β)崩壊(原子核中の中性子が陽子に変化しながら電子を放出して別の原子核に変化すること)によって安定な原子核Ba-137に変化する。そのベータ崩壊の時に、高エネルギー(0.51MeV(92%)、1.17MeV(8%))β線(電子と同じ)と、同じく高エネルギー(0.662MeV))のガンマ(γ)線を放出する。γ線は、光と同じ電磁波で非常に高エネルギーの光だと思えばよい。ちなみに原子核から出るとγ線、原子から出るとX線という。一般にX線の方がγ線よりエネルギーは低い。このβ線とγ線がいわゆる放射線である。MeVはエネルギーの単位で、例えば人間の体を構成するさまざまな分子は原子の結合によってできているが、その原子どうしの結合エネルギーは10~20 eV程度である。MeVは百万eVなので、MeV単位の放射線が人体に当たれば、当たった場所の原子結合は簡単に敗れてしまう。例えば、DNA分子が放射線で壊されれば、癌細胞に変化したり、遺伝異常が生じる可能性があるということである。ただし、そのような細胞は死滅しやすくて増殖しない確率が高いので、必ずそうなるというわけではない。
2012.05.18
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一週間前に続いての泉ヶ岳登山に格別な理由があるわけではない。今年は残雪が多くて、奥の高い山への選択肢が狭いこともある。もうひとつ、トラックデータの誘惑があった。先日の泉が岳からの帰宅後、GPSトラックデータを地図ソフトにダウンロードしたとき、昨年の泉ヶ岳の軌跡にそのときの新たな軌跡が重ねられた。それを見て、滑降コースと北泉コースの軌跡が加われば、全部の登山コースが私の足の軌跡で描かれることに気づいたのである。トラックデータのための登山というのはあまり立派な理由とは思えないのではあるが、今の体力相当ということも理由に付け加えて、決定したのだ。 登山口(スキー場)の大駐車場の桜は、一週間の間にすでに盛りを過ぎていた。スキー場の施設に植えられている八重桜は今が満開である。その駐車場の出発は5:30、もちろん、駐車場には私の車が1台だけ。できるだけ早く登り始めるのには、いくぶんの理由がある。確実に誰とも出会わない時間であれば、連れ(イオ、牝犬)を少しの間、リードなしで山道を歩かせることができるのである。後続登山者が追いついてくる時間になったり、他のコースから来る人がいる可能性がある場所ではリードなしというわけにはいかない。 歩き始めは少年自然の家のキャンプ場の中で、キャンプ場を過ぎて林に入ると古い鉄製の門扉(いつも開いている)があって、「←滑降コース」の標示板が括りつけられている(5:40)。 カラマツ林の登山路。 (2012/5/14 5:47) 薄紫のイカリソウや白花のミヤマイカリソウを見ながら小さな沢を渡り、沢の斜面を上がるとカラマツ林になる。一週間前と比べれば、カラマツの萌の緑はずっと多くなり、薄緑のガスで煙っているようで美しい。 カラマツの木に「三角山入口」という標示板が括りつけられている(5:58)。左手の小山のことらしい。そこから10分ほどで路が広くなって「見晴台」という標示板が地面に置かれている場所に出る(6:08)。実際には林に遮られ、見晴らしはない。その辺から林は雑木とカラマツの混じったものになり、道はその中を緩やかに上っていて、私には実に快適である。 見返平から仰ぐ泉ヶ岳の山容。 (2012/5/14 6:35) やがて、「お別れ峠」といういくぶん感傷的なネーミングの十字路に出る(6:20)。直進は滑降コース、左は水神コースへ、右はかもしかコースの途中の兎平リフト(スキー場上端)への路である。そこからはやや急な坂となり、赤みがかった葉とピンクの花で彩られたヤマザクラを見ながらちょっとだけ頑張れば、すぐに平坦な道になる。「見返平」である(6:46)。見返平は、泉が岳のなかのお気に入りのスポットの一つである。正面には泉ヶ岳の全容を仰ぎ見ることができ、振り返れば仙台市街が青く霞んで広がっている。 霞む仙台市街(見返平から)。 (2012/5/14 6:44) 見返平の終わりは、急傾斜の登山路の始まりである。ちょうど水神から斜面に取りついた感じと同じである。大石の路を喘ぎながら登ると、少しだけ斜面をトラヴァースする「大壁」と呼ばれる場所に出る。この辺の残雪が多かったため、先週、このコースは通行止めだったのである。それなのに今日はまったく雪は残っていない。 大壁を過ぎると右手に眺望が開けて、遠くに残雪を載せた蔵王連峰が白く輝いている。路はすぐにかもしかコースと合流する(7:23)。そこからおよそ10分、少し頑張って頂上である(7:34)。頂上標には「表コースの下山はできません」と道路崩落のために通行止めとなった旨の表示が掲示されていた。先週、ちょうど私が崩落道路の脇を通った時からの通行止めである。 いつものように頂上台地を北に5分ほど進み、船形連山の眺望が開ける場所で休憩(今日は朝食)とする。今日も連れに狙われつつのワンパターン生姜焼き弁当である。 船形連山の眺め。右は北泉ヶ岳。 (2012/5/14 7:42) 朝食を終え、下山である(8:08)。北泉コースは、泉ヶ岳と北泉ヶ岳の鞍部を通っていく道である。遠回りの分だけ、全行程を平均すれば傾斜は緩やかな道と言える。つまり、膝が心配になりつつある私向きで、下りにはよく利用する。 まだ花の少ない季節だが、頂上付近にはショウジョウバカマがぽつぽつと咲いている。中には白花というか青みを帯びた淡いピンクというか、不思議な色のショウジョウバカマもあって、赤みの強い花と見比べながらの軽快な下りである。眼を上げれば、遠くに栗駒山がくっきりと浮かんでいる。 鞍部はちょっとした尾根道(8:30)で、見通しはないものの、まだ葉が茂っていないので明るくて気持ちがいい。鞍部からは緩やかな上りになり、まもなく北泉ヶ岳登山道との出会い、「三叉路」に着く(8:43)。例年であれば鞍部からこのあたりまでは残雪が多いところなのだが、今年はまったく雪が残っていない。先週までは残雪のための通行止めの登山道があり、谷にはまだたくさん残っているというのに、不思議なことではある。 三叉路(北泉ヶ岳登山路との出会い)。(2012/5/14 8:43) 三叉路を左折して水神に向かう。しばらくは大きなダケカンバの木がたくさん生えている林の中を歩く。やがて、大石だらけの急坂にさしかかると、下から私と同年配の登山者がやってくる(9:02)。挨拶をしてお互いの行く先や残雪の話、犬のことなどを話題にして、つまり二人とも休息をとったのである。それにしても、その人が以前に飼っていた犬と友人の飼い犬のことを話してくれたが、ともに凶暴でよく噛みつく犬だった、というのである。犬種によるかもしれないが、最近は噛みつく犬は少ないのに、巡り合わせでそんな犬が身近に多くなるのであろうか。 その急坂は、たしか「うぐいす坂」といったような記憶があるが、坂道が終わる頃になって思い出して、その標示板を探したが見落としてしまった。そこから10分ほど下ったあたりの右、山側の斜面は「お花畠」のはずだが、その看板も見落として過ぎてしまう。快調な下りなので、ついいい気になって早足になるためである。 そのあたりから、左手の沢沿いの道になり、谷にはたくさんの残雪が、谷の向こうには泉ヶ岳が木々の間から眺められる。すぐに案内標のある三叉路に出る。直進する道は山仕事用と思われ、案内表示はない。左、沢に向かって下ると、水神の沢に出る(9:22)。 水神の沢に出る。 (2012/5/14 9:23) 休息もせずに水神を通過して、水神コースを下る。この頃にトラックデータ取得の登山でもあること思い出し、「お別れ峠」経由の遠回りをすることにした。水神から10分足らずで「水神平」標のある三叉路となり、ここを左折して「兎平リフト」に向かう。途中、「お別れ峠」の十字路にふたたび出て、登りで使った滑降コースを横切り、兎平の草原に出るまで10数分である。 笹原の兎平からは泉ヶ岳の山容がよく見え、草原に点々と生えるダケカンバが美しい樹肌を輝かせていて、気分が上がる。道はすぐにスキー場の上端に付き、スキー場そのものの右端付近を急激に下っていく。 途中、何人かのワラビ取りに出会う。「まだ、早くてね」と苦笑する人や、連れに興味があって近寄ってくる人もいる。人怖じする私にとっては、連れは挨拶のための良い動機なのではある。 スキー場施設の満開の八重桜の付近には30人ほどの小学生が集まっている(10:10)。そこから5分、車に到着である。
2012.05.14
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泉ヶ岳は、船形連山の東南端にあって、仙台市方向に突き出たように位置している。そのため、仙台市民にはなじみ深い身近な山である。山麓には「泉ヶ岳少年自然の家・野外活動センター」や「仙台青年の家」もあって、子供たちが山に親しむ機会を提供しているし、二つのスキー場もある。 冬山をやらない私にとっては、泉ヶ岳に登ることからシーズンが始まるのが常であったが、体力が落ちた最近は、七ツ森や戸神山などの低山から始めるようになった。それでもそのあとに一度くらいは必ず登る。3・11で気分が落ちていた昨年も、なんとか一度だけは登ったのである。そのすぐ後、薬莱山も歩いたのだが、やはり気分は上がらず、私の山歩きシーズンは5月で終わってしまった。 泉ヶ岳には、「表」、「水神」、「滑降」、「かもしか」の4つの登山コースがあるほか、水神コースから北泉が岳へ向かう登山路から分岐する「北泉コース」もある。水神コースを上り、かもしかコースを下るというのが、私の標準的なコースどりである。シーズン初めとしては、緩やかな上りから始まる水神コースが体力的に楽なせいである。今回も水神コースを登ることにする。 広い駐車場に私の車が1台だけ、駐車場の周囲の桜は今が満開である。出発前にトイレを使うと、入口の壁に「残雪が多いため、滑降コ-スは閉鎖」という掲示がある。かもしかコースも頂上から途中までは同じ道を使うので似たような状況だろうと考え、今日の下りは表コースをとることにしたのである。 駐車場の桜を長めながらの出発は6:02であった。左に水神から流れてくる(泉ヶ岳と北泉ヶ岳の間から七北田川へ流れる)沢、右に少年自然の家のキャンプ場、その間を緩やかに登っていく。途中で、入山届けを書く(6:15)。 歩くのに何の支障もないが、登山道はたくさんの大きな石の道になっている。恐らく、5月3日の大雨(仙台地方では20年ぶりくらいの激しい降雨だったという)が登山路の表土をかなり流し去ったためと思われる。雪解け水で沢の水も多い。 ほんのわずかの萌えで見通しの良いカラマツ林を過ぎ、「水神平」標に付いたのが6:50、やはり以前より時間がかかっている。そこら水神までは10分ちょっと、昔はこの路の向こう行手にに水神の森が見え、右手に泉ヶ岳の全容が仰ぎ見ることができたのだが、今はすっかりカラマツが大きくなって、そんな眺望はない。 水神(向こうに大きな自然石の水神碑)。 (2012/5/7 7:12) 沢を渡り、水神を直進する道は北泉ヶ岳へ向かう。泉ヶ岳へは水神から右手、東方に曲がる。。水神ではほんの5,6分の短い休憩をとり、斜面に取りつく。「ならのき林」標を過ぎる頃から、斜面はさらにきつくなる。大石の急斜面を40分ほど喘ぐと「賽の河原」につく。 途中の残雪はそれほど多くはなく、道の脇に数ヶ所だけだったが、連れはそのたびにがりがりと噛んで渇きを癒すのである。たぶん、汗腺のない犬は、喉の渇きを癒すばかりでなく、直接体温を下げる雪が大好物なのである。 賽の河原で、南に広がる眺望を少し楽しんで、頂上着は8:20である。頂上は背丈を越える灌木に囲まれていてとくに眺望がよいわけではない。頂上標から北へ5分ほど尾根を北に辿ると、北西に船形連山がすべて見渡せる眺望の良い場所がある。いつもと同じく、ここで朝食である。 船形連山。(2012/5/7 8:27) 写真、1番右の台形の頂上を見せる奥の山が船形山である。左隣、手前に重なっているのが三峯山、その左肩に見える小さく見える峰が蛇ヶ岳、写真の左半分にゆったりと広がっている山塊が後白髭山である。 朝食休憩も終わり、9:00に下山出発。かもしかコース、滑降コースの下山口(同じ道)には黄色のテープが張り巡らされて通行禁止である。表コースの道に入り、頂上台地を少し進むと、、初めて見る小さな社がある。 泉ヶ岳薬師如来が祀られているお堂。(2012/5/7 9:02) 脇に「誌名録」石碑が建てられていて、安永6年(1775年)に造られたものだが、ここ数十年。土に埋もれていたものを平成2年に発見され、お堂を造って祀ったということが記されていた。まったく知らなかった。じつのところ、表コースはたった二回しか歩いていないのだ。若いとき(つまり、35年くらい前)に上りで使い、傾斜がきつく、それ以来敬遠していたのだが、つい5年ほど前に下りで使ったことがある。後者の時には、すでにお堂はあったわけで、何で気がつかなかったのかわからない。不注意というしかないが、すこし横道に入るもののけっこう目立っているのだったが。 急傾斜の下りでは膝を痛めないか、というのが心配になる。アユ釣りやヤマメ釣りでは水に入って足を冷やすので、それはそれで膝に悪い。下りの歩きは膝に負荷がかかりすぎる。因果な趣味ではある。 まだまったくの裸木の「どうだん林」(9:29)を過ぎ、大石の急坂を慎重に下り、「胎内くぐり」(9:46)の大石はくぐらないでその脇を通る。まもなく、一本の満開の桜が見えてくる。ヤマザクラと思えないほどの満開ぶりで、傍まで行って見ると、ヤマザクラらしく葉も出ているのだが、まだうんと小さいのだった。もう少し葉が大きくなったものばかりを、ヤマザクラとしてみていたらしい。 あまり花はなかったが、「薬師水」の沢近くまで下る(10:12)と、イチリンソウ、アズマイチゲ、数種のスミレの花々が現れてくる。アズマイチゲには、白花と紫花があるが、写真のような濃色の紫のアズマイチゲは珍しいのではないか、と思って写真を撮った。 濃色のアズマイチゲ。(2012/5/7 10:13)。 道は杉林となり、10:20に表コース登山口に着く。ここは上下2車線の舗装道路で、「スプリングバレー」スキー場を経て桑沼(北泉が岳への登山口)へ至る道だ。この舗装道路を歩いて、駐車地点に戻るのである。 この帰路の途中、舗装道路のほぼ半分が崩落している場所があった。近寄って写真を撮っていると、作業着を着た数人がやってきて、崩落場所の見聞を始めた。中に一人だけ作業着を着ていない人がいて、仙台市泉区役所に勤めている知人(アユ釣り仲間)であった。 知人によれば、5月3日の大雨による崩落ということだ。大雨は残雪も大量に解かし、降雨と雪解け水で激しい流量なったのだ、と思われる。本日から工事終了まで、この道は通行禁止、それに伴って「表コース」登山路は閉鎖、その作業にやってきたということだ。他の登山道も調べる必要があるということで、その場で、私が歩いてきたコースの状況を報告した。 「表コース」登山口に至る道の崩落現場。。(2012/5/7 10:39)。 知人に別れの挨拶をして、「青年の家」を横目に見ながら下って来ると、道の分岐にはすでに通行禁止の措置が取られていた。 駐車場には11:05着であった。
2012.05.07
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前回の達居森のコースは起伏の緩やかな遊歩道歩きだったので、今回は極端なトンガリ山であるオボコンベ山に登ってみたいと思ったのである。オボコンベ山は、非常に鋭いが極端に狭い頂上を持ち、三角点もないため、地図上には等高線が描かれているだけで、頂上の位置も山名も記されていない。 オボコンベ山は、名取川畔にある神ヶ根(かんかね)温泉の上流で右岸から合わさる支流「本砂金(もといさご)川」のずっと上流の左岸に登山口を持つ。本砂金川は、本流に雪代の多い時期のヤマメ釣りが良いそうである(私は雪代期にはほとんどヤマメ釣りをしないので、自分で確かめた情報ではない)。 仙台からは、国道256号を西進して、途中で秋保温泉への道に右折し、温泉を過ぎてから長袋地区を川崎町に抜ける道に左折する。もうひとつのルートとして、作並温泉に向かう国道48号を西進して白沢地区から長袋に入り、一旦仙台方向に戻って右折して川崎町への道に入っても良い。 道は名取川の竹ノ内橋を通り、二つほど丘陵を越えると本砂金地区の集落に出る。長袋地区から5.8kmくらいである。集落が終わるころ、本砂子川の手前で「栃原』地区への案内がある道に右折する。そこから3.4kmくらいを本砂金川に沿って入ると左手に登山口の案内が見えてくる。舗装は途中までである。 「おぼこんべ山登山口」標の前、6:05の出発である。道はすぐ本砂金川に降り、やや上手を渡渉し、右岸から流れ込む支沢沿い(ときどき沢中)をたどる。歩き出すとすぐに、倒れかかっている杉が多いことに気づく。まもなく、じつに多くの杉や雑木が倒れている場所に、次々出くわすようになるのであった。谷が狭いところでは、倒木で谷が埋まっている感じである。 崖の部分崩落と沢を埋める倒木。 (2012/4/24 6:18) 上の写真は、左の崖の上から杉の倒木が、右の林から雑木が倒れてきて、谷を埋め尽くしている個所である。それまでは倒木をくぐり抜けたり、跳び越えたりして、張り切って先導していた連れがさすがに進みかねている。ここでは、ずっと上の高巻きを強いられた。 倒木はずっと続いている。冬の積雪のせいだと思われる。今年は本当に雪が多くて、仙台市内を流れる広瀬川も例年よりずっと多い雪代を流しているので、私の今年のヤマメ釣りはまだ始まっていない。 おそらく、3・11大地震で地盤が弛んだうえの大量の雪で、崩落と倒木が重なってしまったのではないか、と思う。谷が広くなっているところでは、相当に伸びた杉の先が対岸まで届いており、倒木があれば、とにかくまともに歩くことができないのである。 杉の倒木で沢が見えない。 (2012/4/24 6:25) ほぼ一年のブランクと老化による体力低下を、なんとか低山歩きで回復しようとしてきたが、それは所詮、足と心肺機能をほんの少しばかり鍛えただけで、倒木のよじ登り、跨ぎ越え、あるいはくぐり抜けと、思わぬ全身運動で本当にバテバテになってしまった。 沢から尾根への取り付きまで50分ほどを要したが、そこからの急斜面を、あえぎあえぎ、休み休み何とか這い上がったものの、オボコンベ山の西に隣接する桐の目山に寄り道する計画はあっさりと放棄である。 まっすぐオボコンベ山への尾根を辿る。オボコンベの頂上とその手前のマンモス岩の鋭く尖った姿がしだいに大きく見えてくる。道はだんだん狭くなり、連れの目線より高い起伏があると、前に進まなくなる。連れにしてみれば、その障碍の向こうは空中で、ちゃんとした地面があると信じられないようなのである。この犬は、林の中を歩いても見通しが良ければ先導し、道が曲がりくねったり、薮だったりして見通しが悪いときには私のあとに付き従うのである。私は連れの仕事のひとつを熊よけだと思っているが、連れは連れで私を熊よけにするのだ。 オボコンベ山頂上、右はマンモス岩。(2012/4/24 7:46) マンモス岩にはアーチがあって、その中から覗く景色はじつに楽しい。アーチの写真を撮ろうと思っても、立ち位置の左右は崖で身動きができない。広角レンズなどないちゃちなデジカメしか持たない私は、なかなか良い写真は撮れないのある。下の写真は、7枚の写真を「Adobe Photoshop]で合成したものである。適当な感じで映したら端っこが欠けてしまった。 マンモス岩のアーチ。 (2012/4/24 7:52) マンモス岩を過ぎれば、短い急斜面をよじ登ってすぐに頂上である。頂上もまた狭い。トンガリ頂上だけあって、眺望は抜群である。蔵王連山、南と北の雁戸山、山形神室と仙台神室、大東岳が真っ白な残雪を載せて輝いている。すぐ目の前には、あっさりと諦めた桐の目山が見える。 オボコンベ山頂で記念写真。 (2012/4/24 8:04) 眺望をしばし楽しんでから、朝食である。最近の山(川の場合もだが)の弁当は、お決まりというか、定番というか、つまりワンパターンなのである。まず豚の生姜焼き、たっぷりの数種の野菜の浅漬け、梅干し1個、柴漬けなどのほんのわずかな漬物2,3種、ゆで卵1個、リンゴまたはオレンジの果物、これで全部である。ワンパターンとはいえ、本人がこれが好きで、自分で準備するので問題はないのだが、唯一、連れが生姜焼きに執心するので味付けを薄めにせざるをえないのが難点といえば難点である。 狭く切り立った頂上というのは、やはり何となく落ち着かない。休憩に飽きてしまった連れが端から端まで探索を始めると、滑り落ちないかと気が気でないこともあって、食事を終えるとすぐに下山である。 西斜面から登り、下山路は東へ下る道をとる。こちらも頂上直下は急斜面である。途中、急斜面どころか、「ロープ付きの崖」としか思えない個所もある。 登山道? 崖である。 (2012/4/24 8:32) 4mしか伸びないリードでこの崖を下ると連れを吊り下げることになりそうで、リードを外し、先に下ろしてやる(逆コースの登山者がいないことを祈りながら)。4駆というものはすごいもので、逆さまに駆け下りていくのである。 大変な道だが、そんなに長いわけではない。あとは雑木と松の混成林のなか、所々杉林の脇、という道は楽は楽だが、とくに快適というわけではない。平凡な道である。途中で旧林道に出て、歩きやすいので少し急ぎ足になったりする。この旧林道から仙台神室岳が杉林の向こうに真っ白な山容が見せる所があって、しばし足を止めた。山というのは、高みからの眺望としての姿と、低い場所から仰ぎ見るように眺める姿とは、受ける感銘が微妙に異なる。前者は美しさが強調され、後者は崇高さが強くなるようだ。 下山路は、本砂金川に突き当たると左に折れて、しばし右岸を上り、そこで川を渡る。水が苦手な連れは、両足を川に突っ込んでから、雪代でやや多めの水量に逡巡して、私の顔を見つめ、何かを期待しているようだったが、無視して渡渉する。横目で見ていると、いやいや歩き始めたが、半ばあたりから急ぎ足、最後は駈けだした。駆け出さなければそんなに濡れないのに、ずぶ濡れである。 本砂金川を渡渉する。 (2012/4/24 9:34) 渡渉点は、登山口駐車場から700mほど下流になっている。キブシ(十五倍子)の花などの写真を撮りながら(キブシくらいしか花はなかったのである)、林道をのんびりと戻り、車のところには9:50着であった。
2012.05.01
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