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ほんと、日にちの過ぎて行くのが目に見えるぐらい早く感じますね。一日がたった二十四時間しかなく、その中の六時間から八時間は睡眠にとられてしまう毎日だから、行動しているのは十数時間しかない。 寝る時間を惜しんで、動き続けていても、この肉体はくたびれてしまい、休養なくしては生きていけない状態になってしまう。だから人は寝る。寝なければ体が維持できないからだ。 そしてこの身体はこの地球が与えている環境の中でしか生きられない。 勿論宇宙飛行士はその限りではないが、しかし現実は厳しいものがある。 地球以外で、無重力状態で生きることは、地球で生きる為の肉体は必要なく、骨格が必要なくなるので、骨の現象が起こってくる。無重力状態では、丸に成れば良いのだから、骨核は余計な構造物となり、必要な物ではないと認識され、骨の成分であるカルシウムの減少を引き起こしてしまう。 現実的に宇宙の無重力状態で人間が住んでいるとして、子供が産まれたらどうなるんだろう? 骨格があったとしても、骨密度が極端に少ない子供が産まれるんではないだろうか? しかし疑問が起こっても、その様な実験をして貰いたくない。 実験してはいけない。 地球が与えてくれている環境を破壊し、自分の首を真綿で絞め続けている人間どもは、これから先も幻のお金を求めて、飽くなき利益を追求するのであろうか? 心を入れ替えない限り、理解をもっと進歩させない限り、利益追求の穂先は変化しないだろうし、人間同士の身分格差や、貧富の差を作り続けてゆくだろう。 それがある限り、人間の心は低段階に存在し、苦しみを産み続けてしまう。 毎日多くの事件を見るが、それも人間の心が災いさせている事実を理解する。 どの事件も偶然はなく、全てが必然に起こっている。 その中で、当事者達は、どの様に思い、考え、行動するのか? 必然であることを理解できず、人の責任になすり付ける。 罪から逃れようと必死になる。 如何に心が脆いのかを証明する。 さあ今日も色々なことが起ころうが、頑張って生きてまいりましょう。
2007年07月31日
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自民党の大敗は予想通りですが、それにしてももっと勝てるとは思っていましたが、そうでもなかったですね。でも民主党もこれで安心していれば、次は負けることでしょう。理由は、国民の怒りがこの票であるからです。 怒りがなくなると、のこ日本人の国民性は安穏を好みますから、また寄らば大樹の陰になり、楽な道を選ぶ人が多いのも、この日本人の国民性です。しかし、このままではいけないという危機感がこの結果を産んだとも言えると思いますから、政治は生活であるという観点から、政治に生きたいと思うかたがたは、襟を正して邁進していって欲しいと思います。 公明党も何議席か落としましたが、良識のある方々も創価学会の中には存在しているんだと感じました。政教分離を訴えているにも拘らず、強制的に創価学会の人達は票を入れるという行為は褒められるものではありません。ましてや隣人友人にまで、票を入れるのをお願いするという愚行を行なうのも、創価学会の人達が多いのも事実です。 現実的に、私の所にも押し掛けて来ます。困ったものです。 急に親しい友人に成ったり、急に親戚づきあいのような態度をしたり、自分の都合だけを考える創価学会と公明党の関係には、踵を入れなければならないでしょう。そうしなければ、政教分離とは言えず、創価学会がこの日本を牛耳れば、大変つまらない社会が出来てしまいます。池田大作を神様と仰ぐ姿は、どの宗教も同じ態度です。それでは、一個の人間がこの社会を牛耳るのと同じで、大統領制度に似た物になるのかもしれません。 まあこんな事は絶対に起こりませんが、それ以上に良識人がいるから、それを阻止することが出来るからです。 もっと政治には競争原理が必要です。 それをさせることが出来るのは国民一人一人の良識が必要です。 良識といっても個人の考えに依存しますから、その段階も無限に近い良識が出てくると思います。でもそれで良い筈です。誰もが全く同じ意見になるわけはなく、その枠の中で、集合論と同じで、重なり合う部分で共通化すれば良いと思います。 どこの党であれ、国民をないがしろにするのでは、政治では在りません。 政治は生活です。だからこそ、国民の幸せを第一に考え、実行するのが先決です。 それが出来ない党は、政治を語る資格は在りません。 政治に生命を掛けたいのなら、自分の心の在り方をしっかりと見つめ直すことでしょう。 そうする事で、いかに自分の心が政治の世界に必要であるかないかが判り、政治で就職しようなどとは思わない、良識人になれることだと思っています。 政治と宗教で飯を食うな。 これが私の願う姿ですね。 政治は、生活だからです。自分を守るだけの道具にはしてはいけないでしょう。
2007年07月30日
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今度の日曜日、29日は参議院議員選挙だね。 このままの社会で良いと思うのなら、選挙に行かなくてもいいけれど、そうでないと思うのなら、ちゃんと選挙に行って、自分の思う政党を指名〔投票〕して欲しいですね。 私的にはどこの党とは言えませんが、野党に入れるのは当然です。長年この自民党政権に対しては腹が立っていましたから、それとそれを選ぶ国民にも腹を立てていましたが、今回の政策でもお分かりかと思うけど、政治の大切さが分かってきたんではないかと、個人的には期待しています。 日本の政治の奇妙さは、自民党議員が圧倒的に多くて、野党が細分化されているというところです。 だから、自民党にとっては、野党がバラバラだから本当に嬉しいのですな。 野党がバラバラだから、数の論理から言えば、絶対的に政権転覆は有り得ないからなのです。 しかし、その精神的な傲慢さが自民党の腐敗を生み出し、社会〔民衆〕は厳しい目を向ける結果を産んでいます。 それでも自民党は、自信を持って、進歩し続けていると言うのですから呆れてしまいます。 腐敗を進歩させても仕方がないのに。 やはり長年権力を持ち続けるとどうしてもその力に頼ってしまい、精神的に傲慢に成るのが世の常でしょう。 お金や権力、地位というものは、人間になくてはならないものではなく、それはその人の欲望と常に一体に成るものだからですね。 確かにこの曖昧な精神を持ち続けている国民を擁している日本において、社会的正義を貫くことは、本当に出来ない、有り得ない事なのかも知れません。 それだけ人間関係は難しく、様々な問題を常に抱えているからですね。 その理由は簡単で、在りとあらゆる心の持ち主が、この世界に生きているからです。 そしてその価値観が余りにも無限に近い形で存在しているからですね。 そのために多くの意見があり、多くの形の現状があり、それを一まとめにしようと言うのですから、十分な議論を重ねたとはいっても、ある人には不満に成り、ある人には喜びに成ったりで、全ての人が納得して生きて行くことは土台無理なのかもしれません。 しかし、人間はこの世界に、学びに来ている存在です。 崇高な魂です。 学びとは、自分を識ることであり、自分の心の問題を解決していく人生航路でもあります。 だからこそ、人間は、この道〔人生での心の学び〕を学びに来ているのです。 それをしっかりと理解した上で、この世界の存在を理解しなければ、何事も理解できないままで、この世界、この世を去らねばならなくなります。 人間の持つ可能性は計り知れないものだと思っています。 それだけに、全ての人々の価値観が一つになれるのも確かだと思います。 それだけに、人生を学ぶ姿勢を持たれるのが望ましいでしょう。 自分さえ利益が得れれば良い、そう思うのも自由ですが、その結果その道が間違っていると判断できたときは、素直になって、その事実を、間違いを認め、自分の心の方向転換をしていけばいいだけです。 その謙虚な判断、謙虚な姿勢を持つことが出来れば、きっとその人の心は、光明に満ち、幸せという不動の心を持つ事が可能なのではないでしょうか? 私も人生の旅の途中で、多くの間違いを犯しています。 しかし人生は、神様はその救いを下さいます。 それが反省という行為です。 反省は正しい心を作る行為です。 だから人は反省をするのです。 反省をして、自分の心の欠点を修正して、正しい道を歩こうとするのです。 私は選挙を済ませましたが、皆さんも選挙を拒否しないで、しっかりと権利を行使してください。
2007年07月27日
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何がというと、イラクで拉致されたある日本人の処刑のシーンである。覚えておられる方がいるかと思うが、一人で勝手にイラクに行って、挙句の果てに拉致され、三人の加害者〔イラク人?〕により、惨殺される処刑シーンがインターネットに出回っていた。噂では聞いていたのだが、その様な機会も無く、その様な物を手に入れる手段も知らなかったので、全く忘れていたのだ。ところが、とある人の話から、その様なサイトがあるということを聞くに及び、調べた結果、「戦争」というカテゴリーで検索をした際、最後の方に「グロ」という題目で、ファイルの名前が書かれていたため、興味があってそのファイルを手に入れてから分かったことだ。開いてみた所、それが処刑現場の動画であった。詳しい内容は書けないが、三人のイラク人らしい覆面をした連中が、被害者の幸田さんを正座させ、後ろ手に縛り、逃げれない状態にさせている後ろで、なにやら真ん中の男が紙を手に持って、叫んでいる。70%がその様な映像で、後の映像が、処刑された映像であった。この映像は、世界中にばら撒かれているので、機会があれば見て欲しい。如何に人間の愚かさを絵に書いたような愚行を行なっている姿が目に飛び込んでくるだろう。正視に堪えないが、現実を描いている姿は、この現実から目をそらしてはいけないという表れではあるものの、同じ人間として、憤りと情けなさを伴った感情に支配された。つまらない回教徒の在り方を正直に表している姿だが、これがアラーの神の思し召しなのか?本当に、モスクに住む地獄霊たちは、神とは縁遠い存在である。もちろんモスク以外に、地獄霊はどこにでも居る様になっているが。牛も豚も頚動脈を切られ、首を落とされるが、同じ事をするのが良いとか悪いとかではないが、その現実は凄まじいものだ。音声と共に、正視に堪えないが、現実を見て欲しい。幸田さんの魂が、反省と共に、天上界に帰れることを、心から祈って止みません。冥福を祈ります。
2007年07月11日
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