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光親子殺人事件。今公判中だ。 私は被害者の心痛を察するが、加害者の弁護団の異様な姿は、何を弁護するというのだろうか?と、疑問を差し挟む。 お母さんを強姦目的で殺害し、その後犯し、泣き叫ぶ子供を殺す。果たしてこれが未成年という年齢の子供であれ、大人であれ、許しがたい現実であるにも拘らず、これを弁護する。確かに弁護団は、犯人の減刑を目的に組織されているものの、減刑が果たして大切な目的なのか? この犯人の何を弁護しようとするのか。 この犯人は間違いなく自分が行なったことを証明した。それは冤罪でもなんでもなく、抽象論でもない。間違いなく、現実に彼が行なった犯罪である。争点は何なのか?今まで、殺意を認めながら、つい最近の公判では、16人もの弁護人を並べ立て、彼らが言っている言葉をそのままこの犯人は公判中に述べているだけだ。 何の関係も無い人間の命、二つの生命を奪った行為の人間に、何を減刑にするのか?殺人に減刑があることも、間違っているのではないのか? 確かに不可抗力で、殺人を冒すことがあるだろう。 しかし不可抗力を認めさせるのなら、弁護は必要だろう。なぜなら、判断するのは日本では裁判官であり、アメリカでは陪審員がその仕事を担う。 だが今回のこの事件は、不可抗力でもなんでもなく、自分勝手な欲望(女を犯したいという)を満たす為に犯した殺人事件である。ましてや幼い命をただ壁に床にぶち当て、殺害させた。 それだけでも許しがたいのに、そのお母さんの首を絞めた後に死姦したのは、物の怪の仕業とも言える。 しかし物の怪の仕業としたら、この男を裁くことは出来ない。 精神的には正常なのだから、善悪の判断は出来る男だ。 被害者のご主人も本当に辛かったでしょう。 しかし弁護団は、一体何を目的に、それだけの弁護団を形成したのか? そして犯人は、自分の犯した罪に対して、助命嘆願とも言える、殺意を否定したこの行為は、断じて許されないことでしょう。 自分の手で閉めて殺した人も、自分と同じ生命を今ある人だったことを、全く自覚していないとするならば、もうこれは人間のする技ではないと思う。 殺人そのものを肯定するのは、人間の正当性(本来あるべき姿・愛・慈悲)を否定するものだ。 人間の歴史は血塗られた歴史でもあるが、それが当然だとするのは間違っている。 どんな理由があれ、戦争及び、これらの類似た行為を許す考えこそ、人類の敵である。 自分が殺されるとき、命乞いをするのはなぜなのか? コンナ単純なことが分からないのでは、その人は人間、人ではない。 哀れなるかな人間。哀れなるかな弁護団。哀れなるかな公務員。
2007年06月27日
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私は正論を言う積りはもうとう無い。しかし、現実的に、この日本が進もうとしている方向に何が在るのかを考えると、段々と背中が寒くなってきている。袴田事件というのがあって、あるボクシングをしていた青年が、一家惨殺事件の犯人として、強制的白状をさせられ、犯人として立件された。しかし、現実は冤罪であったことがハッキリとした訳だが、警察側、検察側が証拠不十分のまま、袴田さんを犯人に仕立て上げたことによるものだ。後に、この袴田事件は冤罪として、判決無罪になったが、この原因は警察側にあった。その原因はどこにあるのか?と考えてみると、警察側の犯罪検挙率を上げる、そういう問題が背後に見え隠れするのだ。最近は特に検挙率が下がってきている。しかし、昔はそうではなかったのだが、どうも警察の功名心が大きな問題を孕ませていると感じている。それはやはり担当した事件の犯人を、検挙するのが警察の役目ではあるが、どうしても遺留物が無ければ、証拠がない事件は検挙することが出来ないから、近場の所から、犯人を創り上げるという行為を行なうことも可能だからだ。そんな事は無いだろう!という判断は誤りで、昔から冤罪は行なわれ、特に権力者がよく利用してきた手だが、自分以外の部外者を犯人に仕立て上げ、自分は安全地帯に逃げているケースは、殆どやくざの世界の形で現在も行なわれている。何年か刑期を無事済ませたら幹部にしてやるなどと上手く言って、下っ端を利用するのは序の口だ。公務員関係も、このやくざ形式が横行している。年功序列なんてものは、その温床になるからね。自分のお金でなければ、泥棒したって構わない。そんな行動が、公的年金を利用して、グリーンピアなどを作っていたんだから、信じられないのだ。公務員を信じることが出来にくくなってきたね。勿論一生懸命、正しく公務員で居られる方が殆どだと思うけど、一部の人間だけが美味しい物をしっかり食べようとしているが、それ以外の人でも公務員の給料が余りにも高くなってきたから、飽食をしているんだろうね。だから、お金の価値が分からなくなってきてしまったんだね。国民の税金やお金を扱っているのに、自分の物だと錯覚するのは、いけないことだ。一般の方には出来ない事をしているんだから、その責任は絶対に取らなければならないよ。あくまで刑事事件にしないと、この手の犯罪はなくならないね。刑事事件であることを、十分理解させないと、同じことは黄門様の時代以前から行なわれていることだし、当然の事だと思ってしまうかな。警察の犯人でっち上げ事件で、未だに刑務所に居られる方々も多いでしょう。また、それを平気で行なう警察は、本当にキチガイだね。正しさを見失った、法律の番人ではなく、法律を犯す詐欺師になってきているということだね。それも、検察も一緒になってやっているんだから、始末が置けないな。裁判官も、同じ穴の狢になりつつあるから、これから冤罪事件が増えると思うので、しっかりと自分を守らなければならないし、勉強をしないと、警察の思い通りの犯罪者にさせられそうだ。マスコミも、自由に冤罪犯罪撲滅作戦が出来なくなるし、情報を提供する側も罰せられる法律が、二年前にいつの間にか作られていたなんて、本当に無茶苦茶だし、それを撤回させないといけないね。これから、日本も、暗闇の世界に突入するんかな。そうならないように、馬鹿のままでいると、損をするよ。
2007年06月26日
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最近本に凝っている。 それも中古本だ。 新しい本は定価で買わなければならないが、中古本はかなりお安くなっている。 それで自分の好きな作家や、専門書などを中古書の中から探すのが面白くなってきた。 最近も何十冊かを購入したが、その中で、的外れな物もあるにはあったが、おおよそ正解であった。 それに安いから、定価の本代で、何冊も購入できるのは大きな楽しみと実益が叶っている。 専門書になると、中古本も高いが、その中で好みに合った物を探す事が出来た時は、宝くじより楽しみが多い。しかし、私は宝くじを買うことはないので、その楽しみは分からないが。 今日も届いたのだが、専門書の中に、思い通りの物があったので、喜んでいる次第だ。 また本そのものの綺麗な物が多いので、安心して読めるのは嬉しいものだ。 これで読む時間をもっと取れるのなら嬉しいが、その時間を探すのが大変だな。 でも、その気になれば本を読む時間は見つけることが出来るから、いつも携帯することが大切だね。 以前の私は本を読むということを好きになることはなかったが、最近はそうじゃなく、多くの理解が出来る本をしっかりと読む楽しみが分かってきたようだ。 専門書のみならず、自分の知りたい分野を気楽に読めるのは楽しいものだと分かってきた。 本離れが激しいと聞くが、その意味は分かるが、出来るだけ文字文化を廃・すたれさせないように、誰もが文字文化をもっと発展させて行って欲しいものだと思っている。 中古本を売っている所は沢山あるが、数日で揃えて送ってくるのはすごいね。 それに、本屋さんに行かなくなるのも分かるわ。 殆どが1500円分購入すれば、送料がタダになるからね。 これじゃあ、本屋さんも大変だなあ。 運送屋さんは辛どいけど、本当に便利に成って、助かっております。
2007年06月19日
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これがアメリカの考え方であるというのが、今日のサンデープロジェクトのイランとアメリカの関係の話でわかりました。 その話とは、今アメリカが、イランを敵としてみなし始め、戦争を起こそうとしている現実の中の話です。 その中身は、原子力開発における、イランとアメリカの過去の歴史を遡ってみる、事実関係の中に、ありました。 アメリカの問題は、本当にご都合主義の国であるという、古今東西変わらないその姿を、続けているということです。 それを今日のレポートの中にも見受けられました。 イランに対し、一番最初に原子力開発を応援したのは、どこのどいつか? 紛れも無く、今から三十年前に手を結んだアメリカだったのです。 その時は、アメリカがイランに手を出して、CIAが関係した内乱を起こさせ、革命ですが、パーレービー国王を輩出させました。 その彼は、とても親米家でした。 それは、アメリカが狙っていたある政治的方向に関係しますが、アメリカがベトナム戦争で負け、現在のロシアが中東を狙っているのを考えて、中東にアメリカが直接介入しないで、その国にアメリカの変わりになってもらう戦略を打ち立てたということで、イランのパーレービー国王が擁立できるように、革命を起こしたのです。 そしてパーレービーは自分の国が石油がなくなったときに困るので、原子力発電を急いで行なわなければならないと言うことで、MIT(マサチューセッツ 工科大学)に、大量の学生を送る計画と、実行をしたのです。 それが、間違いなく、事実なのです。 そしてパーレービー国王が失墜するまで、彼らは勉強し、卒業し、国に帰りましたが、また革命が起こり、それで彼らはイランの国がどこにでも行けと言うので、またアメリカに来たいきさつを物語っていました。 本当に歴史は馬鹿げています。 しかしもっと馬鹿げているのは、世界の人々が、一国の考えに振り回されているという事実。 そしてそれ以上に、経済力を持った国が、強権を発揮し、発現を強め、世界を自分の物にしようとしている現実を見極めなければ成らないということでしょう。 アメリカの今までの態度は、『従え、さもなくば・・・・』。 この発現の後ろには、敵としてアメリカが認めたならば、殺す。 その意味が込められた発現であると、十分推測されます。 なぜ、小泉元首相や、日本人達がアメリカに尻尾を振って生きてきたのか? これが全てでしょう。 従いなさい・・・・日本人よ。 そうしたら、私は認めます。 それを言われ続けてきたのではなかろうか? イランは従おうとしていません。 それゆえ、その当時、イランに協力してきたアメリカ人達は、一斉に敵として、考えているようです。 本当に権力や財力を持つと、人間の浅はかな欲望は、とてつもなく暴力的に成ってきます。 そして、思い通りに事を勧めようと、躍起になってきます。 この人生は、自分の思い通りには成らないように出来ていることを、全く知らず、自分の思いを果たそうとしている、哀れな人間の姿を、しっかりと浮き彫りにさせているのを、しっかりと見ることが出来ます。 哀れなるかな人間。 本当の強い人間に改革しなければいけないでしょう。
2007年06月17日
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本当に人間は困った生き物です。霊長類という種類に属しているが、だからと言って一番偉い存在だということではないのだけれど、いつもえばった性格で、動物界を牛耳っているって感じかな。先日、生きたままミンチにされる牛の映像を紹介したが、その中には、生きたまま小動物の皮をはいでいる中国系の人達の姿が映し出されていた。 勿論そればかりではなく、動物達の殺し方に疑問がどうしてもある。どうしてスパッと殺して上げれないのか?映像を観てから判断して欲しいけれど、肉を食べるという現実があるから、動物達を殺すには理由があるが、だからと言って、いたぶって殺しているようにしか感じないのは私だけだろうか?皮を剥がれた狐達が、皮を剥がされているのに、死んでいないから、目を瞬いているその姿は、人間の残酷な一面を彷彿とさせる一シーンだ。顔は血まみれになっていて、足の筋肉はそがれ、細い骨が一本繋がっている身体は、多くの体の中の一つとなって、横たわっていた。 そしてまだ息をしていて、目を瞬いていた。昔、アメリカ大陸で、現地のインディアンが、白人を襲って、その頭の皮をはぐという話がまことしやかに言われていたが、本当かどうかは分からないが、その言葉を思い出させる光景だった。ベトナム戦争でも、アメリカ兵が北ベトナム兵士を殺して、その耳を削ぎ落とし、集めていた事実もある。 本当に人間という動物は、心の中に地獄を持っているのも居るから、その様な行為を平気でしてしまうのだが、自分だけはその様に成りたくないと、願っている。奇麗事のように思うかも知れないが、そうあるのが本当だと思っている。実際、耳を削いだり、皮を剥ぐなんて事が出来るわけは無い。正視に堪えないかもしれないが、真実を見るべきだね。
2007年06月05日
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食卓のお肉ができるまでhttp://saisyoku.com/pics_killed.htm肉骨粉のレシピhttp://www.asyura2.com/0311/gm9/msg/133.html恐怖のコンビニ弁当http://www.asyura2.com/0505/health10/msg/529.html豚にコンビニ弁当与え奇形・死産続出「具体名公表するとパニックになる」 西日本新聞社ほかhttp://www.asyura2.com/0505/health10/msg/421.htmlマーガリンは 食べられるかたちをしたプラスチック トランス脂肪酸危険http://www.asyura2.com/0406/health9/msg/722.html食品添加物の現場 端肉と30種類の「魔法の粉」で作るミートボールhttp://www.asyura2.com/0510/health11/msg/242.html人口甘味料アスパルテーム http://www.asyura2.com/0311/health7/msg/519.html『食卓のお肉が出来るまで』の中に、その映像が在る。正視に堪えないかもしれないが、実際に人間のやっていることだ。あなたもその人間の中の一人に違いない。これを観て、私はベジタリアンには成らないが、しかし、人間が行なうことではないという判断は出来る。観た人の考えを尊重するが、果たしてこれでいいのだろうか?と、疑問を持って欲しい。生命を物としてみる姿だ。
2007年06月04日
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韓国ドラマを観ていると、韓国の風習が理解できるし、現在の社会情勢も判断できる。 けれど、三角関係のドラマが多いのは、何でかなあ。 殆どが恋愛関係のドラマ仕立てになっていて、歴史関係でも、恋愛というカテゴリーは欠かせない要素に成っている。 しかし、その構成は、三角関係なんだ。 それほど韓国は、三角関係が多いということなのか? それとも、三角関係なくして、韓国では、恋愛を語れないのか? まあ、この様な極論は、どうでもいい事なんだけど、日本でも三角関係の恋愛は多いけれど、経済が裕福に成り、不倫という関係もかなり多くなってきている。 しかし、韓国では、女性がバツいちになると、かなり社会は手厳しい姿勢を露にするのはとても驚く現象だ。 日本だと、結婚に失敗?した人に対して、それほど強く社会が反応すると言うことは、最近では見られない現象だと思うのだが、韓国では、バツいちの女性が初婚の男性と結婚するのは、かなり抵抗があるようだ。 両方が愛し合っていても、家族という化け物が反対をするのだ。 勿論これはドラマだけの問題でもあるまい。 しかし、バツいちになるには、やはり理由があるし、バツいちになる性格も関係するだろう。 最初は好きで一緒に成ったんだから、それを翻して離婚したわけだから、どちらに問題が在るにせよ、離婚する原因を自分の心の中に持っているということは言える。 だから、離婚した夫婦のどちらか、または二人の心の問題が在るということだ。 離婚が良いとか悪いとかという考えで見る必要は無く、離婚はあくまで考えの相違がもたらす結果だから、その持続が出来なかっただけの問題だ。 それゆえ、離婚しないで置くことも出来るのだが、それをしたくなかったから、離婚したんであって、その考えに問題が在るんだということだ。 だから、離婚した人の心の癖が問題だから、それを反省して正しい方向に修正しないと、また同じ結果を導き出すということになってしまう。 それを踏まえて、離婚することを考えて欲しいと思うね。 子供が居ないなら良いのだが、子供が居るなら、辛抱して、子供が成長しきるまで離婚は待ったほうが良いのだが、そうも行くまいか。 まあ、人生、何事も学びだから、心を成長させていく旅路だから、色々と学んで欲しいですね。
2007年06月02日
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