全3件 (3件中 1-3件目)
1

ゼンマイの旬は短い。五月中に一年間使える分を確保したいと、今回も遠出してきました。「遠征費用を考えたら、買った方が安いよね~」「私達って、物好きだよね~」なんて言いながら。炎天下にさらされた私達に、残雪の清流が涼やかさをくれます。数カ所の倒木にエノキタケが残っていましたが、ほとんどが流れてしまったものばかり。それでも、見つける度に嬉しくなり、疲れた体に力が湧いてきます。私達が収穫するゼンマイって道端のものなので、量としてはしれていますが、時々食べる分としては十分です。これからは淡竹や真竹だと、相方が昨日下見に行ってくれましたが、採られた後なのか数本持ち帰っただけ。私、最近の暑さが堪えて、ポキポキタケノコ採りにも気持ちが向きません。いや、暑さのせいだけではなくて、ゼンマイ採りでの無理がたたったのかも。獲物を見つけても興奮せず、大人の思慮深さで向き合いたいものです。
2019.05.27
コメント(6)

南へ、それとも北へ。旬が短いゼンマイ採りだったら北。林道脇や斜面のくぼみに雪が残っていても、歩いていると汗ばんでくる陽気。雪どけフキノトウからワラビ・ウドまで楽しめるお得なコースを歩いてきました。。新緑を引き立たせるようなヤマツツジの花。故郷の山のツツジはほとんど朱色に近いもので、薄紫のツツジを関東で観た時は色の柔らかさと優しさに感激しました。これこれ、眠りから覚めたグルグルは生命力に満ちていて、それを上手に下処理して有り難くいただこうと、今日は「干して揉んで、また干して・・・」のゼンマイ日和でした。陽射しが届かない涼しい斜面のイワウチワ。つやつやした手のひら大の葉っぱの主張の強さに比べると、薄桃色の花はとても控え目。白花も混じりあって咲いています。ショウジョウバカマの花をみると、少女だった頃のあるシーンが思い出され、それはメザシに繋がります。はて、以前綴ったことがあったような、なかったような。山菜が目当てと言いながら、私の中の何かに帰結するかもしれない、言葉として表現することのできないようなものを感じたくて、思い出したくて、こうして山を歩いているのではないかしら。温められた大地から立ち昇るかのような空気や風は、森を抜ける間に若葉の生命力までもを掬い取り、心地よく全身に振りかけてくれます。毛穴まで開いてその気を取りこみながら、今回はそんな事を考えてしまいました。大人になったはずなのに、積み重ねた物がはらはらと零れ落ちて本質だけがふらふら林道を歩いている、そんな散策。また、大人の鎧をつけなくっちゃ。
2019.05.20
コメント(10)

一度として同じ条件で春はめぐってこないけれど、今年は特に山菜の出かたが読めません。先日の山梨にはワラビもゼンマイもなかったけど、昨日の山は新緑も淡く、どちらもも程よく採れました。今回は山野草が愛らしかったので主に花を撮ってみましたが、いつもながら締まらない写真に。雪どけ後の斜面にはカタクリが群れています。ミヤマキケマンの柔らかい黄色を見てみたいと思っていました。半日歩いて見かけたのはこの一株だけ。花のアップ写真も撮ればよかったなぁ。梅花をイメージしていましたが、イチリンソウの花って思ったより大きくて見応えがあります。ニリンソウも探してみましたが、見つけられませんでした。開花時期が違うのかもしれません。蕾をつけたヤマシャクヤクは、白色でしょうか。これも一か所で見ただけ、開花するのは何日後かな。最近は山中で見かけなくなったシュンラン。林道脇のじつに見つかりやすい場所に咲いていて花も大きめ。心無い人に持ち去られるのではと心配になりました。どうぞ、杞憂におわりますように。なぜに下向きに・・葉が出ると同時に開花の準備をするのでしょうか。薄く柔らかい葉っぱもイカリソウの魅力です。こちらは濃い花色のイカリソウ。見るほどに花姿が複雑、でもその美しさを観察するには下から覗きこむしかありません。採りものがあるのも嬉しいけれど、花の旬が短い山野草を観るのも嬉しく楽しいもの。いくらか山菜を採ってからは花めぐり散策。木立の中にはエンレイソウやヒトリシズカも・・。いくら咲き誇っても、清らな空気感を乱さないのが早春の山野草の特徴でしょうか。帰宅のラッシュは覚悟しての遠出、長時間の車移動は疲れましたが気分爽快の春の山遊びができました。
2019.05.05
コメント(6)
全3件 (3件中 1-3件目)
1

![]()
