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今日は、5月の最終日。月刊誌『洗心』を毎月1日に出しているので、今日製本をしてくださるのに、沢山の信者さんが来てくださいました。又、6月3日にあるバザーの準備も製本の後してくださいました。又、午後からは、クリエイト21の発送作業に、クリエイト21のメンバーが5人ほど来られ、多くの方々が、いろいろ御用をしてくださいました。私は、ほぼ1日お結界に座っておりました。ここ1年ほどは、昼食を食べるようになりましたので、20分ほど中に入りましたが、そのほかは、トイレなどを除き、ほぼお結界です。しんどいところもありますが、そのしんどさで、信者さんが助かるのだ、と思うと、有難くもあります。肩が痛く、治療をしても効果がなかった方が、神様におかげを頂こうと、お取次を頂いておられましたら、だいぶよくなられた、とのお届けがありました。その方の御神米に、「信心の工夫」と書かせていただいていました。神様におすがりして、神様に治していただくように、と言っておりまして、その方も信心の工夫をされたのでしょう。普通、そのような肩痛は、治るまで、長くかかるのですが、本当に早く治していただきました。又、お年寄りの方で、肺炎になり、ちょっと危ない状態になられた方がいました。その方は、熱心に信心をされた方で、お徳がたくさんあります。私も、まだ、亡くなられるのは早い、と思い、もう3年の命の接ぎ穂をお願いしておりました。その方の子どもさんから、又食事ができるようになるおかげをいただいた、とのお届けがありました。さすがにお徳がものをいうなあ、と思わせていただいたことです。まだまだ、沢山のおかげのお届けがありました。このように、神様のおかげを見させていただけるお結界は、しんどいですが、しんどいだけ、有難いです。明日も、1日お結界に座れます。明日は、お一日(おついたち)で、お参りも多いと思います。いい御用をさせていただきたいです。少しでも神様を渡すことが出来ますように。生神金光大神様、天地金乃神様、よろしくお願い申し上げます。
2007.05.31
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足立育朗という方がいます。この方の書いているものは、突拍子もないものですが、真実がこもっている感じがします。そして、宇宙規模で考えておられますので、発想が楽しいです。地球人類の意識は、まだまだ低いレベルだそうです。次のように語っています。「ですから、ファミリーとして赤ちゃんが生まれるときにも、最初から親も学ばせていただくという自覚が必要なんですけど、そういうことを、この文化では、親側がそういう自覚を持っていないんですよ。可愛いとか、要するに自分、親が主体になってしまっているんですけど、本当はそうじゃないんですね。・・・・」子供の分け御霊様と親の分け御霊様は、交流して、お互いが高めあえるよう、サポートしあっているのです。四代金光様のお歌「ちちははも子どもと共に生まれたり 育たねばならぬ子もちちははも」のような心でいることが大切なのです。
2007.05.30
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御霊様に関心を持って、いろいろ考えて、自分の肉体に関心が行っていませんでした。久々に体重を量ってみました。え~~~~~!!!!と驚きました。67.4キロもありました。服を着たままではありましたが、そんなに増えたのか、と驚きました。少し前には、62キロでした。1日1食にして、1番減ったときには、58キロでした。1年前から、朝4時起きをしだしたので、時々、2食食べるようにしました。あまりストイックになりすぎてはいけないか、と思って、食事の修行を緩めました。それでも、そんなに変わっていないように思っていました。しかし、変わっていました。変わっていないようでも変わっているものです。しっかり修行をさせていただきましょう。変わっていないようでも、御霊の世界では、多くの御霊様が救われているのですから。
2007.05.29
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昨日、神様を拝ましてもらっており、その人と、その人の本線の御霊様の助かりを祈らせていただいていましたら、本線の御霊とは、その人の背景の全てだ、と思わせていただきました。私たちを形作っているものは、過去の経験であったり、親先祖の働きであったり、血の流れ出あったりします。それぞれの人には、そのような背景があります。そして、もちろん、本来の意味である、その人の過去世も、その人に影響しています。そのようなその人の背景全てをひっくるめて、本線の御霊の助かりとしてお願いしているのだ、と思わされました。そのように教えていただきました。ですから、その人を助けるためには、その人の背景全ての助かりを祈ることが要るように思うのです。全体が助かって、個の助かりがあります。本線の御霊様の助かりを祈らせていただくことは、その人に関わる全体を祈らせていただくことでもあるのです。そのように思わせていただきました。
2007.05.28
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今日は、朝6時からのご祈念をした後、御本部へ、毎月の月末お礼参拝をしました。その後、教務センターで、青年フォーラム会議が1日あり、教会に帰り、夜7時からのご祈念をして、神前拝詞10巻あげ、8時から夕食を頂いて、コメントを書いたりしていたら、遅くなってしまいました。月刊誌『洗心』の原稿も書かなくてはならず、そちらを優先しなければなりませんので、今日の日記は、少し手を抜かせていただき、これで失礼したいと思います。神は助けてやりたいが、天理が許さねば、神も仕方ない、ということについて、又、御霊のことについて、書きたいこともあるのですが、又、おいおいに書いていきたいと思います。
2007.05.27
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本線の御霊と言っても、金光教の人でも、何のことか分からない、と言われる方が多いと思います。これは、十津川教会にお参りさせていただいたときに、聞いたお話です。私たちには、肉体の先祖がいます。これは、親やお祖父さんお祖母さん等で、すぐ分かります。そして、私たちには、魂の先祖ともいえる先祖がいるそうです。顔かたちから、性格が酷似しており、人生も同じような人生を歩んでいた先祖です。これは、血の繋がりがない場合もあるようです。しかし、この本線の御霊の方が、肉体の先祖よりも、私たちへの影響が大きいと言うことです。昨日は、クリエイト21の例会がありました。クリエイト21で、十津川教会にお話を聞きに行きましたから、その中のある方が、本線の御霊の助かりを祈られたことで、おかげを頂いたお話をされました。その方のご主人がお酒を飲むと、乱れて困っておられました。本人もそれを悩んでおられたようです。その方は、十津川教会で、そのお話を聞いてから、ご主人の本線の御霊を助けてください、と神様にお願いされていたそうです。そうしましたら、ご主人が、お酒を飲んでも、乱れることがなくなったそうです。それまで、ご主人を拝むといい、と言われて、拝んだこともあるそうですが、効果がなかったそうです。本線の御霊を神様に助けていただくと、その人に変化が起こるようです。そういうおかげ話を聞かせて頂いて、改めて、本線の御霊の助かりを、神様にお願いさせていただこう、と思わされたことでした。
2007.05.26
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『「原因」と「結果」の法則』という本を、ジェームズ・アレンという人が書いています。書いてある内容は、「心がその人の環境を創る」ということです。合楽の初代が言われた、「心一つで全てを創る」と言われることと、重なることだと思います。京セラの稲盛和夫さんが、「多くの企業経営者が、欲望にまみれ、おごりから没落するのを目の当たりにして、心が穏やかで、少しでも美しい心に近づくことが、人生でもっとも大切なことだと、しみじみ思いますね」と語っていますが、アレンの言うには、欲望にまみれた心で、成功し続けることは出来ない、ということです。アレンが言うには、穏やかな心は、自己コントロールの長く粘り強い努力の結果です。やはり、心は、自分でコントロールしていかなければならないのでしょう。しかし、心を和賀心に出来たとき、おかげがいただけることになるのでしょう。では、どのようにして、心を鍛えていけばいいのか。一つには、神様と向き合う時間を作ることだと思います。静かに、自分の心を見つめる稽古をしていく中で、心が鍛えられるように思います。静かな時間を持つことが、とても大切なことだと思います。
2007.05.25
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そういうことで、昨年の3月29日から、3時50分に起きて、金光様をお迎えし、金光様の4時からのご祈念を一緒にさせていただくようにしました。そうしましたら、家内も一緒にするようになりました。そして、家内の友達で、その子供が少年少女会に来てくれている人が、私が本当に起きているかどうか確かめに参られだしました。その方は、信者さんではなかったのですが、朝4時からのご祈念を一緒にされ、その後、家内と神前拝詞を2巻あげておられます。その後、6時のご祈念、9時半のご祈念、午後2時のご祈念、午後7時のご祈念にも、可能な限り参っておられます。もう、立派な信者さんですね。そういうことで、4時起きがやめられなくなりました。ただ、まだ、4時からのご祈念は、正式なご祈念にしていません。まだ、寝過ごすことも多く、確実でないからです。でも、4時過ぎても、金光様をお迎えするのは、その起きた時にさせていただいています。お出ましの時間に起きれなかったから、もう駄目だ、というのでなく、起きれた時間がお出ましの時間と思って、お迎えさせていただいています。そうでないと続かないです。その方も、参って、まだ戸が閉まっているときは、教会の周りを散歩されます。最高、5周回られたことがありました。そういうことで、なるべく4時に間に合うように起きなければいけないように、神様はお育てくださいます。私の願いは、お広前が、教祖広前のような働きが現れるようになっていくことです。信者さんが、いろいろな問題を持って参られます。その問題から助かられるような働きを表させていただきたいと願っています。その方向で、神様はお育てくださっていることを感じるのです。ご静聴、ありがとうございました。これで、福岡高宮教会でのお話は終えさせていただきます。長々と連載させていただきました。お読み頂き、ありがとうございました。
2007.05.24
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そのように、神前拝詞10巻をあげることで、神様に一心を出させていただき、おかげを頂いてきましたが、ある信者さんのときには、治ると確信も出来、神前拝詞10巻で、一心も出させていただけたと思うのですが、ついに亡くなられました。絶対におかげになると確信していましたから、エッ何で?としばし呆然としました。これは辛いことです。このことについて、福岡高宮教会では話しませんでしたが、佐藤照先生が、次のように話してくださっています。よく世間では、願うてあるのに死ぬると、おかげがなかったと言うが、お道では違う。寿命がなければ死のうぞ。神様に願うて、その一心が神に通じても、寿命がなければ致し方ない。が、大病の人のために、何とかして助けてあげたいと思うて願うて来る心、それが真心じゃ。とても助からぬ病人じゃから、放っておけと言うのではいけぬ。大病でも助けていただきたい、何とかして、という孝心は、神様もお受け下されて、かわいい氏子と思し召し下されるであろう。願うて死ねば、損をした思うであろうが、神を知らねば願う所もなし、生き死にをただお医者に任すだけで、見殺しであろうが。損得を思わず、何とかして助けようと尽くした真心は、神様もお受けなさるじゃろう。死人も神になって、その心を知ってうれしく思うであろう。これは、後で知った教えです。でも、亡くなった方も、ご家族やこちらが一心に祈ったことを、うれしく思ってくださっているのであれば、救われます。でも、その時は、残念で、もう少しお徳があれば、何とかなったのではないか、と思いました。お徳が欲しい!!!!切実な思いです。お徳はどこにあるのだろうか、と見渡したとき、お徳は、教主金光様のところにある、と思わせていただきました。そのお徳をいただくしかない。そこで、教主金光様のお徳をいただくには、教主金光様に、教会のお結界に座っていただくに限る、と思いまして、朝、3時50分の教主金光様のお出ましを、教会の玄関でお迎えし、教会のお結界に座っていただき、教会の御用をさせていただくようにさせていただきました。昨年の3月29日から、そうさせていただくようにしました。
2007.05.23
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そういったおかげを頂かれたので、私は嬉しくなって、そのことを山口県東部の運動信奉者集会でお話させていただきました。そこに、その春、学院を卒業した青年教師が参加していたのですが、その方のお父さんは、その2年前に病気で亡くなっており、お母さんも癌になって、20日後ぐらいに手術をすることになっていました。お話をさせていただいたのが8月26日で、手術が9月13日だったと思います。その青年教師は、私の話を聞いてから、毎晩、神前拝詞を10巻あげたそうです。そして、手術の直前、もう一度検査をしたら、「手術の必要はないでしょう。3ヵ月先に、又、様子を診せてください」ということだったそうです。そのことを、そこの連合会長先生が、後から手紙で知らせてくださいました。私は、神前拝詞を10巻あげたからおかげになったのではないと思います。10巻あげることで、その青年教師に一心が出て、その一心におかげがあったのだろうと思います。神様は、その青年教師を助けるために、私をお話に行かせてくださったのだと思います。最初、言われた日は、間違って伝えられました。それで、OKしたのですが、後から伝えられた日は、ちょっと都合が悪かったのです。受けていなければ、お断りしていたのですが、受けてから、日が違ったので、ちょっと無理をして、行かせていただくことにしました。しかし、そのことがきっかけになって、その青年教師がおかげを受けられたわけですから、神様は、そういう日を間違えて伝えることまでして、その青年教師を助けようとされたのだなあ、と思いました。
2007.05.22
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今まで話した方は、このように、健康のおかげ、財のおかげ、人間関係のおかげを頂いてこられました。祈りには、稽古が要りますが、私に神様は、神前拝詞10巻をあげる稽古をさせてくださいました。神前拝詞を10巻あげることは、札幌南教会の西川太先生のお話からです。西川先生が、メーリングリストか通信共励会かで、札幌南教会に、後継に行かれたときのことを書いておられました。後継に行かれたとき、前の教会長は、病気で休まれており、教会として十分な働きが出来かねていたようです。後継に行かれて半年ぐらいして、前の教会長が亡くなられました。それから、お葬儀とかその後のことで、ばたばたして、やっと後継に行き1年ぐらいして落ち着かれました。そうしてみると、教会にお参りが少ない、お参りが少ない御用しか出来ていないことが問題になりだしました。そして、夜のご祈念後に、神前拝詞を10巻あげることを始められました。神前拝詞を10巻あげれば、神様が少しはにぎやかになって、喜ばれるように思われたからだそうです。そうして、毎日、神前拝詞を10巻あげておられますと、だんだんお参りが多くなり、中には、日参する人も出来てきたそうです。これはいい、ということで、日にお参りが3人以下のときは、もう10巻あげるようにしましたら、その願いもおかげいただけたそうです。そういうお話を読んで、私はすぐに、神前拝詞を10巻あげようとは思いませんでした。信者を増やすために、神前拝詞を10巻あげるのは、何か現金な感じがしたからです。そうこうしておりましたら、信者さんで、胃がんで胃を全摘された人が、今度は、下血した、というお届けがありました。そして、何月何日に手術をする、というのです。私は、大腸がんを心配しました。何とかおかげを頂いて欲しいと思いました。そこで、神前拝詞を毎晩10巻あげだしました。そうして、いよいよ手術をするときになって、病院側が手術をする日としていた日と、信者さんが手術日と思っていた日が違っていて、その手違いで手術が出来ないことになりました。普通であれば、又、日にちを設定しなおして、手術をしてくれるのでしょうが、その病院では、手術できないので、他の病院を紹介します、と言われました。何か、手を切られた感じです。でも、「変わったことがあるのは、おかげの前兆であると思え」と言われていますから、これはおかげの前兆だと思って、相変わらず、神前拝詞を10巻あげ続けていました。そして、紹介された病院で再検査をしたところ、手術の必要なし、ということでした。そういうおかげになりました。
2007.05.21
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小川洋子さんが書かれた「博士の愛した数式」が映画になり、昨日は、その映画がテレビで放映されました。映画は見ることが出来なかったので、テレビは見ようと思ったのですが、午後7時40分から9時ごろまで信友会があり、明日は月例祭もあり、その準備があるので、面白くなければ、途中で見るのをやめようと思っていましたが、最後まで見てしまいました。それほど面白かったです。数字の不思議さ、美しさが、ほのぼのとした人間模様の中で示され、感動します。洋子さんも、よく勉強されたものだと思います。でも、映画が終わったのが午後11時10分、それから、ブログのコメントの返事を書いて(こういうときは、失礼しようかと思ったのですが、見たらつい書いてしまいました)、月例祭のお供え物、祭詞を書いたりして、準備が終わったのが午前1時半、でも、3時50分には目が覚めました。でも、もうちょっとと思ったら、4時20分、又、ちょっと遅刻です。でも、頭はすっきりして、十分寝た感じがしています。昨日の映画のさわやかな感情が、元気をくれているようです。
2007.05.20
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この方は、以上のように、仕事においては、大変なおかげを頂き、これが続けばいいと思っていましたが、なかなかそうはいきません。昨年末から、娘さんに対する不満、苛立ちが、よくメールに書かれるようになって来ました。携帯電話代を、ものすごく使う、片づけをしない、手伝いをしないなどで、注意をしても改まらない、こんな子は大嫌いである、と相当手を焼いているようでした。娘さんが、お母さんのピンチのときに、お届けして、救ってくれたりして、いい親子関係なのかと思っていましたが、あまり、いい関係ではありませんでした。そして、今年に入ってから、仕事もうまくいかなくなり、会社を休むことも多くなりました。又、鬱の症状が出てきました。神様のおかげには、健康のおかげ、財のおかげ、人間関係のおかげがあると思うのですが、この方は、健康のおかげ、財のおかげをボツボツとですが、おかげ頂かれるようになられました。今度は、神様が人間関係のおかげを受けよ、と言われているように思いました。何故なら、仕事のお願いをしても、なかなかおかげになっていかないからです。ですから、この方に、「このたびは、娘さんとの人間関係の上におかげを頂かないと、仕事の方でもおかげいただけませんよ」とメールを出しました。その方も、娘さんのことが、なかなか祈れない、と言っておられましたが、娘さんと仲良くできるよう、一心に祈られたことと思います。少し前に、「娘と仲直りできました」というメールが来ました。会社にも、又、行けるようになり、契約も成立しそうなものがいただけだしています。神様は、このように、人間関係の上にもおかげを受けて欲しい、そのためには、人間関係の上を集中して祈ることを催促されるのです。そして、祈れば、そのおかげもいただけるのです。
2007.05.19
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そして、その会社には、契約の面でも制約があり、9月末までに7500万円以上の契約をとれないと、やめさせられるのです。契約はぜんぜん取れてないのですが、娘さんからメールがあった危機的状況だったときから3ヵ月目ぐらいの6月に、「ありがとうございます。ありがとうございます。本当にありがとうございます」というメールが来ました。毎日、メールでのお取次をいただくことにより、神徳を頂かれ、有難い気持ちになられたのでしょう。おかげは和賀心にあるのですから、おかげがいただける予感がします。そのメールと前後して、娘さんから「お母さんがピンチです。契約をとれないと、会社を辞めさせられるんです。契約が取れるよう、お願いしていただけないでしょうか」というメールがきました。和賀心と娘さんの親孝行の願いが神様に通じたのでしょう。それからすぐ2500万円の契約が取れました。それからしばらく契約が取れませんでしたが、8月9月で、どんどん契約が取れだしまして、9月10日に電話があったのですが、7500万円の契約を達成できました、と言ってきました。彼女が所属しているのは、営業1課で、24、5人の人がいるのですが、その中で、契約数はダントツでトップだそうです。ずっと神様に契約を取っていただきましょう、あなたが契約を取るのではありませんよ、と言い続けていました。神様が契約をとられるわけですから、ダントツのトップは当たり前なのですが、ここで油断しないよう、そして、新人がそんなに成績がいいと、他の人からねたまれ、にらまれたりするようです。人のねたみの念もきついですから、神様に守っていただくよう、お願いしておきなさい、と言っておきました。
2007.05.18
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私は、娘さんに「神様は親孝行を喜ばれるから、お母さんのことをお願いしてあげたら、おかげいただけますよ」とメールをしました。そして、その方にも、娘さんから、お願いのお届けがあったことをメールしました。この親子は、携帯を使って、メールでお届けされます。そして、神様は、親孝行を喜ばれて、少々の無理でも聞いてくださるのです。その方も、元気が出て、会社にいけだしました。それから、その子も、ときどき、メールでお取次をいただきだしました。最初は、「めぐりってあるんですか?お母さんは悪いものだといいますが?」といった質問から、友達と喧嘩したので、向こうが謝ってくれますように、といったお願いや、猫の具合が悪くなったので、お願いしてください、といったお届けです。めぐりについては、お母さんが、めぐりのせいで体調が悪くて、御神縁がいただけたとすると、それでおかげが頂けるようになった訳だから、めぐりもいいところがあると言えますね、と答えたり、友達との喧嘩については、相手も自分も助かるように神様にお願いしましょうね、と答えました。このように小さいときから、お取次をいただきながら、問題にあたっていけることは、すばらしいことと思います。それによって、小さいときからお徳を積んでいくことができるのですから。ですから、その方の具合が悪くなったことも、娘さんへの信心継承ということから考えると、おかげだったなあ、と思えます。神様の計らいは、人間考えでは、推し量れないところがあります。そのように、娘さんの親孝行の思いを、神様が受けてくださり、ボツボツと会社にいけるようになりましたが、しんどいです、と毎日のようにメールが来ていました。私は、あなたには徳がないので(ちょっと失礼なことを言いました)毎日、神様に神徳をお借りして行かせていただきましょう、とお取次しました。それから、毎日「今日も一日、神様に神徳をお借りできますように、お願いします」というメールが来ていました。しかし、3ヵ月ぐらいは、体調もいま一つよくなく、休むことも多く、その会社はいろいろな制約があり、15日以上、活動報告書を出さないと、給料から12万円引かれるとか、3日以上休んでも8万円引かれるとかで、ある月は、手取りは1万円になってしまいました。これでは生活できません。鬱になりそうです、ということもありました。そうしたメールを受ける、こちらが鬱になりそうです。
2007.05.17
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このように、おかげを受けてこられましたが、、やはり精神的に弱いところがあり、しばらくして、ここ数日やる気が出なく、2日ほど会社を休みました。どうしたらいいでしょうか?というメールが来ました。やる気が出ないのを出るようにするのは難しいことです。私は、あなたはめぐりが深くて、そのようになってしまうわけですからお徳をいただくしかありません。そのためには、メールでのお取次を毎日いただいてください。メールを通じて神様とパイプがつながり、神徳が流れ込んでいきますから、そのお徳を少しでも頂くことが大切です、と返事しました。それから、毎日メールをくれだしました。ありがたいことに、又、元気が出だし、会社に行けだしました。しかし、メールを毎日出すのは大変なので、電話で、「メールを出す時間がないので、メールを出す回数が少し減るかもしれません」と言ってきました。私は、仕方ないな、と思いましたが、危ないな、と思いました。しばらくして、メールで、「同期で嫌な人がいて、仕事もやる気が出ない。これではいけない、と思っていても、マイナス思考になり、自己否定をしてしまう。もう会社を辞めて、一からやり直したい気分です。しんどいと思ってはいけないのでしょうが、しんどいです」と言ってきました。同期の嫌な人というのは、こちらが挨拶しても、挨拶してくれないような人でした。私は、「人生は信心の稽古ですから、稽古はしんどいものです。嫌な人がいるというのも、あなたに与えられた修行と思って、その人から、挨拶の返事がなくても、悪く思わないようにして、神様が見てくださっていますから、これを身に徳を受ける修行にしてください、とお願いしながら、つきあわせていただきましょう。そして、又、毎日、メールでお取次をいただきましょう」とメールしました。この方は、素直な方で、修行と思って、何とか前向きに取り組みます、といって、毎日会社に行っていましたが、10日ほどして、急にメールが来なくなりました。それから2週間ほどして、娘さんから「お母さんの調子が悪く、会社にずっと行けてないので、お願いしてください」というメールが届きました。つづく
2007.05.16
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この方のえらいところは、保証人のときもそうですが、私を人間として頼らないところです。私にお金を貸して欲しいと言われないところです。あくまで、神様に、どうか助けて欲しいと願っておられるのです。私も、家賃ヒトツキ分でも、貸してあげれば、賃貸契約解除は免れるかもしれないと思って、ちょっと考えたのですが、それをしたら、私が助けることになると思い、ヒトツキ分の家賃がいくらかを聞かないようにしました。私が払うということは、神様を信じないことにもなるからです。神様、あなたには払う力がないので、私が払います、ということになりますから。そして、メールには、自戒も込めて、「人に頼ってはいけません。神様に払っていただくように、お願いしましょう。又、サラ金に手を出しては、絶対にいけません」とメールに書いて出しました。こういうときこそ、神様に働いていただかなければなりません。そうしましたら、先日厳しいことを言った友人から、手紙と来年の手帳と、子どもへのプレゼントが届き、手紙には、ヒトツキ分の家賃を振り込みます、と書いてくれていたそうです。これで、家賃の方は一息ついたように思えましたが、カード会社からは連日の催促の電話がきており、怖くて電話に出られない状況でした。しかも12月7日からの研修に行く交通費もない状況でした。本当にお金がないというのは、こういうことですね。しかし、ここで家の賃貸解除のお話がきたり、カード会社から催促の電話があったりしても、就職が決まるおかげをいただいているということは、神様が助けてくださる、ということだと思えました。家の賃貸解除の話が来たとき、就職が決まっていなければ、絶望的ですが、就職が決まっている点、先に希望が見出せますし、神様が就職を決めてくださっているということは、今の時点の問題も解決してくださる、助けてくださることだと思えるからです。このように、神様は同じように神様を信じやすくしてくださっているのです。ですから、12月7日の研修に行く交通費がないと言っても、何とか神様がしてくださるであろうことの予想がつきます。そこで、神様が、どうされるであろうかなあ、と見ていました。12月9日にお母さんの年金の入金があるので、7日8日の2日分の研修に行く交通費のおかげを頂かなければなりません。そうしましたら、その方は、持っている物をインターネットのオークションに出しており、それが売れて、2日分の交通費の確保ができました、と6日にメールがありました。本当にぎりぎりでおかげを頂き、研修にも行け、9日の入金で、クレジット会社の支払いも、おかげいただきました。又、家賃の方は、裁判所から出頭要請があったのですが、3か月分支払うことで家主側と和解が出来ました。このときは、友達が貸してくれたヒトツキ分があったので、払えたようです。あと、ほとんど残らなかったようですが、家を出て行かなくてもいいおかげもいただけました。つづく
2007.05.15
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その方は、ついに一社、受かることが出来ました。しかし、その会社は、12月7日からの研修を受け、年末の資格試験を受け、合格したら、翌年、つまり昨年の一月から正式採用になるとのことでした。つまり、まずは研修生になれるだけです。しかし、それでも、身元保証人が要る、とのことでした。誰か、保証人になってくれますように、とメールでお願いされました。この方のすばらしいところは、私は、神様へ取り次いでくださる人で、人として頼ったり、頼んだりしてはいけない、と分かっているところです。ですから、私に保証人になって欲しいとはいわれませんでした。私に頼んでも、おかげはないのです。神様に頼むと、神様が働かれますから、おかげになります。でも、神様は、見えないので、ついつい人に頼る傾向があるのですが、その方は、神様に頼っておられます。その方は、少し前から、以前職場がいっしょだった人と連絡を取り合うようになっており、その人が保証人になってくれるというおかげを頂かれました。保証人のことは、これで解決したのですが、次々と問題が起こってまいりました。保証人が決まったというお礼のメールが来た翌日のメールでは、十月末で家賃がミツキ滞納になったので、賃貸契約を解除する、という速達が来た、どうしましょう、と言ってきました。ヒトツキ分でも払えば、首の皮一枚つながるかもしれませんが、そのお金もありません。給与は一月になってからしか貰えません、このままでは家を追い出され、研修どころではなくなりそうです。神様、どうか助けてください、というメールです。又、カード会社の支払いで、督促の電話が来ました。まずい状況です。このままでは、就職もできなくなってしまうのではないか、と懸念しています、と書いてありました。友達にお金を貸して欲しいと頼んだのですが、なぜ、今まで働かなかったのか、と言われ、うつ病のことを話しても、理解してもらえなかったそうです。サラ金に行ったら、と言われ、それしかないのかなあ、と思っています。神様どうしたらいいのでしょうか?ということでした。つづく
2007.05.14
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二女の不登校では、辛抱強く祈ること、より多くの人を祈ることを教えていただきましたが、次に、神様を信じる力を育ててくださる出来事がありました。遠くに住んでおられる方で、まだ、お会いしたことがない方ですが、ここ2年半ほど前から、メールでお取次をさせていただいている方がいます。その方は、離婚しておられ、中1の子どもさんが1人おられます。お母さんもおられますが、今、老人ホームに入っておられます。2年ぐらい前のことから話そうと思います。その時は、お母さんといっしょに生活しておられ、生活はお母さんの年金でしている状況です。お母さんに少し痴呆も出てきて、看病も大変です。本人もうつ病で、お母さんと2人で横になっていることも多かったのです。お母さんの看護で、本人も大変でしたが、お母さんを老人ホームに入れることができるおかげをいただきました。都会で、なかなか老人ホームも空きがないのです。老人ホームに入れることで、体が少しは楽になったのですが、よく頭痛があり、うつ病でやる気が出ない状況でした。そこをメールでお取次ぎをいただかれることで、少しずつお徳をいただかれ、健康のおかげを頂かれ、少しずつやる気を出させていただき、就職活動が出来るようになりました。しかし、いろいろな会社の試験を受けるのですが、なかなか採用されません。あまりに落ちるもので、鬱になり、やる気をなくし、どうしたらいいでしょう、とメールでのお届けがあるのです。こういうときは、お礼と信念です。よく寝ていた状態から、就職活動ができるだけの健康のおかげを頂いているのですから、まず、その御礼を言いましょう。それから、神様におすがりして、神様は必ず採用のおかげをくださると信じて行きましょう。おかげをくださるでしょうか、どうでしょうか、といったお願いでは、おかげいただけません、と言いましたが、私の中でも、今までずっと鬱で寝ていることが多かった人が、採用のおかげをいただけるだろうか、との不安が頭をよぎります。しかし、そこは、必ずおかげをいただける、と信念を持たせていただかなければなりません。私の信念も、神様は試されているのです。メールでも、実際のお取次と一緒です。祈りを込め、メールに神徳がのって行きますように、と祈って、絶対おかげがいただけると信念を込めて、送信します。そして、ついに一社、受かることが出来ました。それが一昨年前の十一月末でした。
2007.05.13
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今日は、私の50歳の誕生日です。多くの方に、お祝いの言葉をかけていただき、とても嬉しいです。私は、金光教教師にならせていただくときから、私が生きていることで、誰かが助かることになるのであれば、これ以上の喜びはない、と思っていました。おかげは、神様がくださるのですが、私の存在が、そのきっかけにでもなれば、とてもありがたいです。決して決して私の力ではないのに、私がこの世の中に出てきたことを、喜んでくださる方がいるということは、私がこの神様のご縁をいただいたことからできてきたことです。ですから、天地金乃神様、生神金光大神様に、しっかり御礼を言わせていただかなければいけません。今日は、神様に御礼を言わせていただく一日にさせていただきましょう。ようもようも、命をくださり、お育てくださり、すばらしい方々をお引き寄せくださり、全てにおかげをくださり、ありがとうございますと。その割にお礼が足りない、神様を信じる思いが足りない私であります。お詫びもさせていただかなければなりません。昨日、歯のかぶせが取れたので、歯医者にも行かなければなりません。明日、少年少女会でサツマイモの苗を植える、その苗も買いに行かなければなりません。今日も、忙しくなりそうです。でも、このように、ありがたくお誕生日を過ごすことができ、とても幸せです。生神金光大神様、天地金乃神様、ありがとうございます。このブログを読まれた方が、皆さん幸せになられますように、お祈りさせていただきます。金光様一心様の真似をさせていただきます。ありがとうございます。
2007.05.12
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神様から「自分の子どもさえ行けるようになればいいのか」と言われてから、私は、「世界の不登校の子供達が、学校に楽しんで行けますように」と祈らせていただくようにしました。しかし、お知らせのあった小学5年生半ばから、二女はパタッと学校に行けなくなりました。6年生のときは、1日も行けませんでした。卒業式にも出られませんでした。しかし、祈りを重ねておりました。ここで、辛抱強く祈る稽古をさせていただけたと思います。そうしましたら、二女が小学6年生の中ごろに、我が家から1.5キロぐらいの比較的近いところに農政局があるのですが、その建物を使って、岡山市立の中高一貫校ができるという話が急に持ち上がりました。名前も、急遽募集して、「後楽館」と決まりました。自由な校風を前面に出した新しい学校でした。その学校のユニークなところは、不登校児の受け入れ枠を全募集人数80人の1割の8人を設けているところでした。まさしく、我が子のために、神様が作ってくださった学校でした。しかも、自分の子どもだけでなく、他にも7人もの不登校の子どもたちを受け入れてくれるようにしてくれました。不登校児全体の助かりの願いをも聞いてくださったのです。しかし、その願いは、神様が持てよ、と指摘された願いなのです。神様は、おかげを授けるには、氏子が願うことで初めておかげを授けることが出来る。だからこそ、どうぞ信心しておかげを受けてくれよ、しかも、自分のことだけでなく、より多くの人のことを祈ってくれよ、というのが神様の思いなのです。二女は1年半ほど学校に行っていませんので、その新しい学校の面接と試験を受けにいけるか心配しましたが、おかげで受けに行け、合格しました。最初のうちは、よく休んでいましたが、その学校の自由な校風があっていたのでしょう。だんだん毎日いけるようになり、2年生のときには、いけない不安感はなくなっていました。そして、英語は、皆といっしょのスタートということもあり、英語が得意になり、今は外大の3年生になっています。二女の不登校を通して、辛抱強く祈ること、より多くの人を祈ることを教えていただきました。
2007.05.11
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堂野さんは、「学校行けなくて苦しい 学校行きたくなくて苦しい 学校行って苦しい 学校に来た私を見て、よかった よかった 先生なにがよかったの 父さんなにがよかったの 母さんなにがよかったの」と書いています。学校に行ったからといって、心が苦しんでいたなら、その子は助かっていないのです。学校に行っても苦しいし、本人も行かなければいけないと思っているので、学校に行かなくても苦しいのです。学校に行っていないのを苦にやんでいる詩があります。「先生あのね 学校休むとね すごい悪いことしてる気がしてね 追いかけられてる犯人みたいな気がしてね 電話がなってもね 郵便屋さんが来てもね 布団の中でじっと息を殺して隠れてるの だからね あんまり追いかけないでね だめかな・・・」堂野君が不登校になったのは、今から二十五年ほど前ですから、不登校に対する理解も私の子が不登校した時ほどありませんでした。親は布団をはぎ取り、精神病院へ連れて行ったり、また、先生は家まで上がり込んで、パジャマの上から制服を着せて、車で学校まで連れて行ったりしました。私の二女が不登校になった時も、精神病院に連れて行ったらどうか、と言われましたが、子どもの精神を見て、おかしいとは思いませんでしたので、連れて行きませんでしたが、学校に行かない、ということだけで、精神がおかしいのではないかと考えてしまうのですね。また、母親に対する詩で、次のようなのがあります。「母さんが言った いっしょに死のう 私は言った 一人で死ね くそばばあ」学校に行かない、ということが、いっしょに死のう、というとこまで行くのです。その子の人生がすべてだめになるように思えてしまうのです。そういう感じは私も持ちました。この子がこのまま学校に行かなければ、就職もできないだろうし、結婚も出来ないだろう。ずっと家にいるようになるのだろうか、と不安になりました。しかし、私は、堂野さんのように、不登校になっても、また、学校に行けだし、結婚も出来、子どもも出来た例を知らされたことは、恵まれたことでした。堂野さんの子どもの名は、茜(あかね)と言うのですが、次のような詩を作っています。「茜 この雲があるから茜色に染まるんだね この苦しみがあるから美しく見えるんだね 茜色の空は希望の空」不登校という苦しみを克服したからこそ、今の幸せがあり、また、日常の当たり前の生活が、ありがたいものだと思えるのでしょう。このように、堂野さんの本を見せてくださり、神様が、この難儀も、やがておかげになるであろうことを示してくださり、そして、不登校の子に対する対し方は、決して、無理やり行かせようとしてはいけない、ということを示してくださったことは、ありがたいことで、すでにおかげを頂いていたのだと思います。堂野さんは、義務教育の期間は、行くことができませんでしたが、義務教育が終わって、学校に行かなくてよくなったと同時に、安らかな時間が家族に戻ってきた、といいます。ですから、二女が不登校になったとき、堂野さんの親のように、無理やり行かせようとはしませんでした。もちろん、行くように仕向けましたが、今日は行けないとなると、家にいることを責めたりせず、なるべく普通に過ごすようにしていました。学校に行けなくても、生きていてくれるだけ、ありがたい、と思おうとしました。しかし、今の社会では、子どもにとって、生きる世界は学校しかないのです。友達は学校にしかいないのです。家にずっといるのは、堂野君の詩のように何か悪いことをしているようで、苦しいのです。ですから、やはり、子どもが助かるためには、学校に行けるように祈るしかない、と思いました。私は、その時、本部青少年室に週のうち3、4日、通っていました。岡山駅まで歩いていくのですが、歩いて35分かかります。その時、歩きながら、「不登校問題解決、不登校問題解決、・・・・」と唱えながら、一歩一歩に祈りを込めていました。そうすると、子どもも、5年生になって、週のうち3,4日ほど頑張って学校に行くようになっていました。そうしたある日、「自分の子どもさえ行けるようになればいいのか」と神様に言われた気がしました。その当時、不登校児が13万人を超えた、と言われていました。本当に多くの子や親たちが、不登校で苦しんでいるのです。その人たちのことも祈りなさい、というのが神様のご意志なのです。つづき
2007.05.10
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前に、御伝記『金光大神』をリライトした本を出したことを書きましたら、関心を持ってくださった方が、数名その本を求めてくださり、ありがたく思わせていただきました。ただ、手元に2冊しかなく、今度11日に印刷をお願いした金光出版さんに在庫を保管してもらっているので、それをもらってきて、発送しますので、求めてくださった方、少しお待ちください。読んでもらって、感動してもらえれば、ありがたいのですが・・・。ちなみに、私が御伝記『金光大神』を読んだ後、もっと言えば、卒論を書き上げた後、指導教官に「私が大きく変化した」と言っていただきました。それだけの力が、御伝記『金光大神』にあったのでしょう。私の本にもあると、自分は信じているのですが・・・。そのようにして、神様は、私の中に、信心の元である、教祖様の生きられ方、考え方を深く刻み込んでくださいました。それが、私の信心の基になりました。その基本の上に、まず、座ることを実践させてくださいました。そこまで、最初のときに書きました。次には、辛抱強く祈ること、より多くの人のことを祈るように、神様は私を育ててくださいました。二女が小学4年生のとき、学校に行くのを嫌がりだしました。親である私たち夫婦は、ショックを受けました。何とか行ってほしい、と思い、子どももそう思っているのですが、なかなか行けません。その時、堂野さんという小学4年生の3学期から5年間不登校をした経験を詩と絵で書いた、本を読ませていただきました。不登校の子どもの心をよく分からせていただけますので、ここで紹介したいと思います。堂野君が学校に行かなくなると、親が無理やりにいかそうとします。親は布団をはいで起こそうとします。子どもはうずくまって、なかなか起きません。その様子を堂野さんは、詩と絵で表現しています。「布団をはぎ取り、毛布をはぎ取り、今度は何をはぎ取るつもり」敷布団の上にうずくまっている子どもと、布団や毛布がはぎ取られている絵が書かれています。親は、何とか行かせようとします。子どもは反発します。破れた障子の後ろから顔を出している絵に、「ばりっ障子に穴あけた。ばりっふすまに穴あけた。ばりっ心に穴あいた」と書かれています。そこのところを、堂野さんは、次のようにも書いています。「考えてみれば、私が破るものは、すぐに直せるものばかりでした。悪いことだと分かっているから、すぐに直せるものを壊すことで、自分の気持ちを表現できれば、それでよかったのです。最小限度に物を壊すことで、自分の気持ちを一生懸命伝えようとしたのでした。それ以上に私の気持ちを理解しようとせず、追い詰めるときには、私は障子やふすまではなく、母を攻撃していました。それは、私にとって暴力ではなく、正当防衛だからです。理由もなく母を殴ったりはしません。しかし、父も母も私の気持ちを分かってはくれませんでした。なぜ私が暴力を振るうのか、その意味を知ろうとせず、ただ、ひどいことをする子だと責めるだけでした。破れた障子やふすまは、すぐに直せます。でも、私の破れた心は、そんなに簡単には直らないのです。誰も直してくれないのです。自分で直すことも出来ないのです。いつまでも敗れたままなのです。今日もまた、直したばかりの障子を破りました。いつもより、たくさん破りました。おまけに母につばを吐きました。そして、私の心も大きな音をたてて破れました。お父さん、お母さん、先生、もう破れるところがないくらいに、ぼろぼろになってしまいました・・・私の心」と書いています。子どもは学校に行けなくて苦しんでいる。その心を親が分かってやらなければいけない。その苦しみを一緒に苦しんでやらなければいけないのですが、親は、学校に行くという行為さえしてくれれば、安心するところがあるのです。続きは、また・・・。ふ~~~~~。
2007.05.09
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福岡高宮教会でのお話の要旨だけ書くのも、面白みがないので、少し、そこから思わせられることもあわせて、書いていこうと思います。前に、御伝記『金光大神』を読んで、感動したことを書きました。こうした書物は、少しでも多くの人に読んでもらいたいものです。しかし、御伝記『金光大神』は、昭和28年に出たもので、旧かな使いであったり、文字も小さく読みにくいので、カットも入れて、読みやすいように書きなおそうと思いました。その時は、新御伝記が待ち望まれながら、まだ作られる体制も出来ておらず、いつ出来るものか分かりませんでした。私は、教会の月刊誌『洗心』に連載を始めました。信者さんで、絵のプロもおられましたから、カットも書いていただきながら、毎月書き進めました。そうすると、締め切りがあるので、書き進めることが出来ます。そのように、自分を追い込みました。平成元年から書き始め、平成6年ぐらいで書き上げました。さて、それを本にして出そうかどうか考えたとき、内容的に、前のものとそんなに変わっているわけではないし、前のものも、読みにくいけど、読めないこともないので、無理をして出さなくてもいいかな、と思うようになりました。そうしましたら、ビブリオ菌による急性大腸炎になり、救急車で病院に運ばれ、10日間入院することになりました。すぐに、菌を殺してくださいましたので、後は、痛くもかゆくもなく、ゆっくりした入院生活をさせていただきました。考える時間は十分あります。その時、環境問題を何とかしなければならない、と考えており、その現状を知らせるためにも、本を出したい。御伝記と環境問題を合体させた本なら、出す意味があるだろうと思い、ベッドの上で、環境についての章を書き始めました。そして、退院してから、五代金光様のお言葉を聞かせていただいたりして、歴代金光様のことも、合わせて書いていきました。そのようにして、前の御伝記とは、少し違った趣も加わった本が出来ました。この本も、神様が書かせてくださり、出すように促されたと思っています。この本を書くことにより、教祖様の信心をしっかり学べよ、と促されたのだと思います。福岡高宮教会の親先生は、若い頃、御伝記『金光大神』を200回読んだ、とお聞きしたことがあります。それだけ読むと、どのような問題が起こっても、応用が利くようになる、といわれた事が記憶に残っています。本当に身につくためには、それぐらい読み込むことがいるのです。私も、本を書くにあたり、何度も御伝記を読みましたが、そんなには読んでいません。でも、書くことで、相当おかげはいただきました。そこから、思わされるのですが、私が出した本も、200回ぐらい読めば、お徳がいただける、ということです。本を出す前に、校正をするので、相当読み込んだので、もう読むのが嫌になっていましたが、この話をしてから、また、読む修行をしてみよう、と思っています。読めば読むほど、お徳がいただけます。そう、実感させていただいています。
2007.05.08
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これは、私が福岡高宮教会でお話したときの講題です。前にどこかのご大祭でお話した内容を書かせていただきましたので、重複するところもありますので、この度は載せまいと思っておりましたが、今日、ある信者さんから、載せて欲しい、ということをお聞きしましたので、あらましを書こうと思います。神様は、私を育ててくださったことが、今までの出来事を見てみると、明らかに分かります。まず、私に神様と人との関わりあえる世界を教えてくださろうとされました。私が大学4年のとき、卒論を書く段になって、指導教官が、「君は金光教の教会の教師子弟だが、金光教は、幕末維新期に起こったユニークな宗教だと思うが、その金光教を、当時の時代背景にあった思想(儒教を中心にしたもの)と比較しながら書いてみたらどうだろうか」と言ってくださいました。私は、金光教のことも学べるし、卒論も書けるという、一石二鳥なので、喜んでそうさせていただきました。そして、金光教のいろいろな本を読ませていただいて、最も感動したのが、御伝記『金光大神』でした。そこには、神様と教祖様の生き生きとしたかかわりの世界が展開していました。人が神様と関わりあいながら生きることが出来る、何と魅力的な世界でしょう。しかも、教祖様は、私はおかげの受けはじめで、誰でも同じようにおかげが受けられる、と言われているのです。私は、単純ですから、そうか、自分も神様と関わりあいながら生きていくことが出来るのか、と喜びました。そして、大学卒業後の進路を決めるとき、神様と関われる世界のほうが面白いと思い、金光教学院へ行くコースを選択しました。そちらへ行くと、金光教の教師になるわけですが、金光教の教師になって、お役に立てるかどうか分かりませんが、若い時間を神様にお供えしよう、と思って、金光教の教師になりました。つまり、自分の人生を神様に差し出したのです。でも、よく考えれば、自分の命は自分のものではなく、神様のものなのですから、それを差し出す、と言うのはおかしいことなのですけど、その時は、自分のものだと思っていました。そして教師になって教会で、すぐにお結界に座るようになりました。社会人は8時間労働と言われていましたから、金光教教師は、8時間はお結界に座らなければ、と思ったのです。そうしますと、座らせようとする働きが起きました。ある信者さんが、娘さんの病気のおかげを頂こうと、毎日、参拝されだしました。しかも、午前に参られるときもあり、午後参られることもあります。いつ参られるか分かりません。ですから、ずっとお結界に座っておかなければなりません。拍手の音がしてから出て行くのは、「池の鯉先生」と言われて、よくないと教えられていますから、ずっと座っていなければいけません。でも、必ず参られる人がいる、ということは、座りやすいのです。神様が座る稽古をさせてくださいました。今日はここまでにしておきます。
2007.05.07
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福岡高宮教会の親先生が、講師のお願いに、わざわざ教会までお越しいただきました。こういうところに、実意丁寧な姿勢が窺われます。そして、新幹線で博多駅に着いたとき、ホームまで迎えに来てくださっていました。親先生自らです。そして、帰るときも、ホームまで来てくださり、列車が動き出すまで、じっと待っておられ、お見送りをしてくださいました。講師に対しての真を尽くされる姿勢に、感心しました。こうした真が神様に向かわれて、あのような御比礼が表れているのではないか、と思わされました。信者さん方も、生き生きと御用しておられました。10年前ぐらいに体育館も会堂の横に建てられました。会堂から、廊下を通って、体育館の方に行けます。そこが直会会場でもあります。また、講師控え室として、綺麗な和室がありました。そこで親教会の先生と親先生、教会長と昼食をとりました。料亭のようです。大都会の中で、こうした閑静な空間を確保できていることは、すごいことです。奥城も見せていただきました。お供え物も綺麗にされており、立派な奥城です。このように、御霊様を大切にされているところも、おかげを受けておられる理由の一つと思いました。
2007.05.06
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今日は、朝から福岡高宮教会のご大祭へ参拝させていただきました。お話の御用です。大きな教会です。このような教会で、私がお話をして、何か参考にしていただけるところがあるだろうか、というのが、ずっとプレッシャーになっていました。忙しかったこともありますが、お話内容を書いていても、これでいいのだろうか、という思いが湧いてきて、なかなか進みませんでした。昨日は、御本部月参でした。昨日までで、お話は半分ぐらいしか出来ていませんでした。こうなったら、お取次を頂いて、おかげを頂くしかありません。教主金光様に、「明日、福岡高宮教会のご大祭でお話をさせていただきます。人が助かるお話をさせてください」とお届けしました。金光様は、受けてくださいました。お届けしておけば、大丈夫です。人が助かるお話をさせていただけます。それから、後半分の原稿を書き上げました。それを、今日、新幹線の中で、一通り読み上げました。新幹線は、岡山から博多まで1時間40分で行きます。ざっと読み上げた感じで、1時間20分ぐらいのお話になるかなあ、と思っていました。実際は、1時間10分でした。途中飛ばしたところもありますので、だいたい読みどおりです。お話の前は、まったく緊張しなかったです。皆さんのお祈りのおかげです。もっと詳しいことは、また明日させていただきます。今日は疲れましたので、早めに休ませていただきます。明日は、朝から、成羽教会のご大祭にお参りします。運転しますので、よく寝ておかなければいけません。
2007.05.05
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明日は九州の教会でのお話で、このブログも、今日はお休みしようと思っていましたが、この私のブログが20000アクセスを突破した、というお知らせがきたり、ある方から、冊子を頂き、天地のリズム、成り行きを尊ぶ、という大切な心構えを教えいただいたり、葉書通信で、天地金乃神大祭の写真を見せていただいたりして、神様が励ましてくださっている働きを感じましたので、元気を出して、書かせていただきました。明日は凱旋報告になるか、玉砕報告になるか分かりませんが、いずれにしましても、虚脱状態になっていることと思います。ですので、書けるかどうかも定かでありません。ご了承いただきたいと思います。
2007.05.04
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今日、はじめて新しい烏城教会のお広前に参らせていただきました。ご神前も新しく、畳も新しい、綺麗なお広前でした。前の先生(今の教会長のお父様)も喜んでおられることでしょう。前のお広前の最後のご祈念のとき、お父様先生が出てこられて、一緒にご祈念してくださったそうです。思いの深い先生でしたから。若い息子を残して、亡くなられた時の思いは、どのようなものだったでしょうか。でも、こうして御霊として働かれることは、信心のおかげですね。信心は、神様も、御霊様も、人間も助かる、本当に大切なものです。
2007.05.03
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明日は、烏城教会の大祭です。烏城教会は、今まであったところから、移転しました。新しい土地での布教のような、緊迫感があります。金光大神広前が、新しく生まれるような感じがして、ありがたいです。今まであったところが、なくなったのですから、増えたわけではないのですが、新しくなったことには間違いないので、ありがたいことです。私も、新しくなって、はじめて参らせて頂きます。岡東教会の信者さんも5人ぐらい参らせていただきます。それだけでも、御比礼が感じられます。明日を楽しみにしています。
2007.05.02
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私は、小さいときから神経質でした。雨に放射能が入っている、というニュースを聞いた後、雨にあたったので、放射能に汚染された、と言って泣いたり、親が心配するぐらい神経質でした。あまり、神経質であると、身がもてません。自分も辛いです。そこで、あまり気にしない性格になりたい、と願ってきました。「鈍感力」を身につけたい、と願ってきました。おかげで、少し鈍感になりました。鈍感になりすぎたかもしれません。しかし、素地は神経質なので、やはり気に病むことがあります。気にしすぎると、いい取り組みが出来ません。いい精神状態になれません。早速、5日のお話が、プレッシャーになっています。いいお話をしたい、という欲が出てくると、不安感が出てきます。自分の力以上のものは出ないのですから、開き直ればいいのですが・・・。また、神様へのお礼の思いを込めて話せばいいのですから・・・。それだけでいいのですけど・・・。時間がとれないのが、一つのプレッシャーになっています。時間をかけたいのに、かけれない、というのがイライラになります。しかし、これも、精神力の鍛錬になる、と思うことにしましょう。そうすることで、ますます「鈍感力」を身につけたいと思います。
2007.05.01
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