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12月のバザーの収益金を、どのように振り分けるかを話し合い、難民を助ける会への寄付や、ユニセフの寄付、又、バザーの残った衣類や食器などを釜が崎に送る送料、コーヒーメーカーの補助金、延長コード、信徒会などに大まかに振り分け、大体14万円になるようにさせていただいていました。そして、細かい数字が出てきて、合計すると141414円でした。今日は、年賀状を書いていて、いよいよ来年から、結界取次を充実するべく、取り組みを始めます、と書いていましたら、その住所録の中から、バザーの合計した紙が出てきたのです。「いよいよ」にもう一つ「いよ」がついて、「いよいよいよ」と出てきました。神様も待たれたことでしょう。実は、4年前にその修行に入る予定でした。しかし、それが4年延期されたのです。もう待てない感じです。「いよいよいよ」です。(^_^)
2007.12.26
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今日は、クリエイトの総会と忘年会がありました。今日参加できなかった方で、お菓子を届けてくださった方もありました。そのような、思いの集まった会でした。私は、「伝わる信心」という講題で話させていただきました。伝わるには、伝えたいという強い思いが必要であることを話させていただきました。信心の世界は、どれほどあつい思いを持つかが勝負です。何としても伝えたい、という思いが必要なことを話させていただきました。その思いに、神様が後押ししてくださるのです。
2007.12.22
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4日後に、信者さんの1年祭を仕えさせていただきます。昨年の12月26日に亡くなられました。この時は、12月5日ぐらいから、教会長も、貧血で入院しており、御葬式も一切一人でやらなければならず、大変でした。しかし、そんなに苦にならず、おかげでさせていただけました。1年前を振り返ると、その時はその時で大変でした。ずっと時間に追われながら、させていただいている感じです。来年の1月6日の大阪団体へのお話しも考えさせていただかなければならないのですが、1年祭の祭詞作り、年賀状書き、年末感謝祭、元日祭の祭詞作り、準備、掃除、「洗心」作り、会計書類作成などがあり、今年は難しいかな?といったところです。もう、こういうことにも慣れました。神様にお願いしておけば、その時になったら出来ています。そういうことで、すべてお任せです。よろしゅう御頼み申します。
2007.12.20
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今、39999アクセスの状態で書いています。もうすぐ40000アクセスになります。ブログを始めて、1年2ヵ月、多くの人に読んでいただきました。ありがとうございました。結構、思わぬ人から、「読んでいるよ」と声をかけられることがあります。なんとも、ありがたいことです。そのような人たちを思い浮かべつつ、励みにして、これからも書いていこうと思います。よろしくお願いいたします。
2007.12.19
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昨日から、良寛荘に1泊して、青年教師研修会をさせていただきました。今朝は、4時に目覚めました。ご本部まで近いので、お出ましには間に合いませんが、お広前でのご祈念には間に合うので、お参りしようと、背広を着て玄関まで行きましたが、鍵が閉まっていました。中からあけて出ると、警報ブザーが鳴ってもいけませんので、やめにしました。ロビーから、水島の夜景がきれいに見えていますので、そこでご祈念させていただきました。ありがたいご祈念でした。今日は、教会の方にも、若い方がたくさんお参りされたようです。来年8月ぐらいから、門外不出に近い行に入りたいと思っています。そして、どのような御用をするかは、今年の教会長研修会、今回の青年教師研修会で、答えをいただいたような気がしました。命を何にかけるか、はっきりしてきましたので、ワクワクしています。
2007.12.18
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今日から明日まで、教区青年教師研修会があります。講師は早島教会の玉井光雄先生と、育成部長の岡成敏正先生です。二人も講師をお呼びするとは、贅沢な研修会です。それだけ、青年教師には、期待をしております。玉井先生には、教会現場からの立教神伝の頂き方、結界取次についてのお話、岡成先生からは、教団における立教神伝の位置づけを踏まえた立教神伝の頂き方をお話していただきます。いよいよ、結界取次を充実させていただき、人が助かる広前の広がりを願っています。お二人のレジュメも、3~6頁に及ぶ、講話要旨かと思うようなもので、力を入れて準備くださっていることが分かります。そういうことで、楽しみに参加させていただきたいと思っています。
2007.12.17
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お取次を頂くことは、田んぼに水を引くようなものです。お結界は、その溝に当たります。お取次を頂かないことは、その溝に石が置かれているようなものです。広い田んぼに、豊かな稲が生長していても、溝に石が置かれますと、そのうち、稲は全滅してしまいます。先祖が神様のおかげを受けておりながら、信心をやめ、お取次を頂かなくなると、だんだん家が逼塞していくことがあります。神徳の入り口が、閉ざされているからです。お参りしても、お取次を頂かなければ、やはり神徳の流れ込む量は少なくなります。とにかく、お結界に行って、お取次をいただきましょう。祖父は、「結界は天地の乳房」と言いました。お結界で、しっかり天地のお乳(神徳)をいただきましょう。
2007.12.15
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この前、教務センターで古い金光新聞を処分しようと、置いておりましたら、ふと見ると、一番上の一面の写真が、岡東教会で田植えをしている写真でした。その新聞は、2000年9月24日の新聞でした。7年前の新聞です。今から14、5年ぐらい前から、環境に危機感を感じており、環境問題に取り組んできました。その中で、家庭から出る生ごみをEMという微生物で堆肥化して、教会で米作りに取り組んでいました。化学肥料、農薬を使わない農法です。土地にやさしい、環境を守る農法です。それを取材してくれたのです。しかも1面で取り上げていただけました。少し前に、学院生の環境をテーマに活動を考えるグループの人が、来年1月28日に教会に来られ、私が環境についてお話しすることになりました。そうしたことが決まった数日後に、その新聞が目に入ったのです。神様が差し出してくださったように思いました。又、来年「お年玉」という冊子に、私の次女の不登校のことを書いたのですが、今年の次女の成人式のとき、一緒に写真を撮りました。その春に、「お年玉」の原稿依頼を受けました。ちゃんと、その「お年玉」に載せる写真を用意してくださったように感じました。こうした御繰り合わせを、よく感じます。よくよくお礼をさせていただかないといけないと思います。
2007.12.14
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安部利見先生が、「神様は本体をお守りくださっているのです。お互いの本体は極楽にいるのです。肉体が自分だと思うところから、神様が不完全だ、という思いが出るのです。神様が肉体だけを守ってくださっていると思うから、神様が不完全だと思うのです。『信心していても病気するじゃあないか。難儀もするじゃあないか』と。私は神様を完全だと思っています。お互いの生命は永遠に生きどおしであることを本当に分からなければ、心のどん底まで分からなければなりません」と言っておられます。病気を通して、本体を成長させてくださることもあります。神様のされることに、無駄ごとはありません。すべてをありがたく受けていく中で、本体が成長していき、現象面もおかげがいただけてくるのです。
2007.12.13
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シュタイナーの本に、「いかにして超感覚的認識力を身につけるか」というものがあります。超感覚的認識力という言葉は、見るとか聞くなどの五感を超えた認識力のことで、「肉眼をおいて心眼を開けよ」と言われる、心眼なども超感覚的認識力でしょう。神のお知らせというものは、この超感覚的認識力が捉えるものです。しかし、それが本物かどうかが難しいところがあります。より神に近いところからのお知らせは、その人の意識が高くないといただけないものです。ですから、順番としては、心を磨いてから、お知らせをいただけるようになるのが無難だと思います。しかし、そこは、はっきりと分けられませんで、お知らせをいただきつつ、心を磨かされることが多いように思います。ですから、人を助けたい、という神に近い意識が持てたら、そのことのために、辛抱をしていけば、おのずと超感覚的認識力はいただけてくるように思うのです。とにかく、辛抱が大切です。辛抱こそ身に徳を受ける修行となります。そう考えると、難儀はなくなります。辛抱することは、すべて超感覚的認識力を得る稽古になるわけですから、ありがたく受けていくことができます。そうすると、人を助けたい、という心があるかどうか、というところがポイントになります。その心さえあれば、神様にいいように導いていただけると思います。今回は、少し理屈っぽくなりました。こうした日もあっていいでしょう。
2007.12.12
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クリエイト21の団体で、合楽教会に参拝研修をさせていただきました。その時の教会長先生からのお話の要旨が、布教40年祭のとき出された『和賀心学』の巻頭言での教会長挨拶として載っています。ですから、クリエイト21で行かせて頂いたときには、いよいよのところをお聞かせいただいたのでした。その時、参加された信者さんが、家内に『和賀心学』の本と一緒に末永信太郎先生が、初代の夢を見られたことについて、話しておられるプリントも送ってくださいました。その中で、初代親先生が、「今度できたこの本はね、三つの課題というか、ポイントがあるよ。それを、この本の数百ページから見つけ出さないといけないよ。一つ目は、この和賀心という心は、どのような心なのかね。それを、この中から見つけ出さないといけないよ。二つ目は、なぜ私達にとって、この和賀心が必要なのか。これを、この中から見つけなさいよ。そして、三つ目は、どうすれば、この和賀心になっていけるか。この三つのポイントを、この本の中から見つけないといけないよ」と言われました。それは、二代親先生のお言葉だと思い、「はい。そのことは、二代親先生から聞いております」と返事すると、少し笑われ、「ああ、あれじゃろ。あれは、私が言わせよるもんね」と返されました。そう書かれているのを読ませていただき、初代の今も働かれていることを、感じさせていただきました。今、生きている人に、御霊様は働いてくださっている、そのことを実感するのです。信心して、生きた働きができるようになることが、大切なことだと思います。そのためには、生きているうちに、信心を悟っていくことが大切なことです。そういう意味では、一生が修行中です。
2007.12.11
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今年も、あとわずか。3週間たてば、新しい年がやってくる。しなければならないことは、たくさんある。しかし、その一つ一つを数え上げ、神様にお願いすれば、だいじょうぶ。させていただける。どんなことでも、させていただける。それが天地金乃神様のお力。すごいものだと思う。来年には、「お年玉」という冊子に、私が書いた文章が載り、多くの人が読んでくださる。1月6日、ご本部への大阪団体の年賀参拝の方々に、私が1時間ほどお話をさせていただく。これは、すべて、ご先祖のお徳のおかげ。ご先祖の信心の賜物。ご先祖が、お取次を頂いて、天地金乃神様のおかげを頂いた、その神様の息遣いが聞こえる世界に、我が身をおきたいと思う。神様は、何でもさせてくださる。面白いお方でもある。
2007.12.09
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バザー会場は、バザーが終わって縮小しますが、しばらくは見てもらえる状態にしています。ですから、翌日からも、ばらばらと見に来られます。今朝も女性の方々が、洋服を見ておられました。そして、「これは年寄りが着る服じゃなあ」「もう10年先ぐらいに着ればええなあ」と話しておられました。そう話しておられる女性は、90歳代と80歳代の女性でした。宇野千代さんが、「なんだか死なないような気がするんです」というような本を書いておられましたが、その域に達しておられるのでしょう。信心して長生きのおかげを受けよ、という、そのままのおかげを受けておられます。
2007.12.04
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昨日は、月例祭の後、バザーを行ないました。今回は、いつもよりたくさん品物が集まりました。ですから、お客さんも多いだろうと思っていましたら、やはりたくさんの方が来てくださいました。バザーでは、カレーやたこ焼き、巻き寿司、炊き込みご飯、ケーキセットなどの食べるものも出します。ですから、準備が大変です。信者さんがたがよくやってくださいます。私は、写真を少し撮っただけで、後はお結界の御用につかせていただきました。お手伝いの方々が、バザーが終わって遅くまで片づけをしてくださり、話も盛り上がったようで、よかったです。バザーの品物は、もう少し並べています。今日から、半額になります。今日からも、ボツボツ買いに来られます。落ち着いて見ると、掘り出し物があります。衣類は、一律100円でしたから、今日からは50円です。背広などもバザーで買うことがあります。あるとき、信者さんと旅館に泊まったとき、背広についている名前が、みんな違ったことがありました。みんなバザーの品だったのでしょうか?50円だったのでしょうか?
2007.12.03
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