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月末に降りて来る大魔王を撃退するため、ちょおっとお休みします。
2007.06.28
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合楽教会が見えると、わ~大きいなあ、などの声が上がりました。そして、黒衣を着た先生や信者さん数名が、道路端まで出迎えをしてくださいました。いろいろ準備をしてくださった、渕上先生も出てくださっていました。渕上先生は、合楽を訪ねてくださり、うれしい、と今までに、何度も言ってくださいました。それは、最初に御電話でお願いしたときからです。来てくださるのが嬉しい、と。その御言葉に、どれほど有難く思わされたことか。和賀心をつくらせてくださる言葉、「うれしい」「会えるのが嬉しい」「来てくださると嬉しい」。駐車場に車をとめ、降りて、教会に向かいます。ここで、教会で落ち合うことになっていた山口の会員の方ともお会いできました。この方は、1時には、合楽教会に着いておられたとのことでした。私たちをお迎えしたいと思われてのことでした。1時間半ほどお待たせして、申し訳なかったです。しかし、気分を害された様子もなく、ニコニコと迎えてくださいました。外まで御出迎えくださった方々も10人ほどおられましたが、教会の玄関に入ると、そこにも沢山の方々が、御出迎えくださいました。何十人おられたか分からないぐらいです。頭をぺこぺこ下げながら、中に入っていきます。そして、下駄箱にまで、クリエイト21様と書いた紙が貼ってあり、私たち専用に下駄箱も用意してくださっていました。そして、お広前に案内されました。お結界が左右2つあります。普通は、右側だけですが、左にもあり、合楽では、左のお結界が、大坪家の先生方が座られるお結界となっていました。これは、初代が、まだ教会になっていないとき、御取次をするのに、どうしたらいいかを、三代金光様にお届けしたら、左にしたらよろしいでしょう、と言われ、それ以来、左のお結界にされたことが、今まで継承されているのです。右のお結界は、修行生の先生方が座られます。左のお結界には、教会長先生が座られていました。お届けをして、ご祈念をさせていただきました。それから、ラウンジに案内され、日程説明や、班分け、部屋分け名簿を頂きました。ここでも、御茶を出してくださいました。それから、部屋へ荷物を運びました。私たち夫婦は、他の方々と違う棟で、客殿に案内されました。広いので、道順を覚えられません。歳をとってきましたので、なおさらです。途中で、一人で、きょろきょろしながら歩いていると、信者さん方に会うたびに、「分かりますか」と尋ねてくださいます。本当に、教会全体が、御もてなしの見本を示してくださっているようです。勉強になりました。そして、教会長の御話がある場所へも、案内していただきました。とにかく、広い。敷地面積6000坪と言うことですから、広いはずです。それで、「大坪」と言うのか?寒い駄洒落でした。それでは、今日は失礼いたします。
2007.06.27
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いよいよ、合楽教会へ出発です。予定の23人のうち、19人が岡東教会へ集合しました。ご祈念、お届けをして、午前7時過ぎにスタート。ワゴン車3台で、連なっていきます。岡山インターチェンジまで、渋滞して、少し時間がかかりました。やっと高速にのれました。これからは、速い。御天気も曇り空で、運転がしやすい。神様に感謝しながら、突っ走ります。金光近くの道口サービスエリアで、2人乗車しました。予定時間を20分過ぎていました。そして、福山本郷のバス停で、1人乗せました。この方は、40分も待たれました。ごめんなさいね。しかし、そんなに遅れているという意識がありません。休憩を多く取りながら、下関の壇ノ浦サービスエリアに着いたのが12時10分前。ここで、昼食を食べることにしました。すぐにレストランに入らず、関門海峡と橋を眺めているメンバーの面々。タイムキーパーの自覚がある人がいない・・・。そして、ゆっくり昼食を頂きました。12時40分ぐらいに、あるメンバーが、お店の人に、久留米まで、あとどれぐらいかかるか質問しました。お店の人は、時速100キロで走って1時間半ぐらいかかる、と答えられたとのこと、私に知らせてくれました。久留米インターから、合楽教会まで、20分ぐらいかかるとのこと。しかも、久留米インターから、合楽への道が、分かりにくい。道に迷うと、ますます時間がかかる。到着予定は、午後1時半と伝えています。そのようなプログラムを組んでくださっています。ここに来て、大幅に遅れることが自覚できました。ぼんやりしていますね。急いで、合楽教会の御世話くださっている渕上先生に電話しました。渕上先生も、まだ、壇ノ浦ですか?と驚いておられた。又、久留米インターをおりた所で、電話をくださいとのこと。食後、ゆっくりしている人をせかして、すぐスタート。時速120キロで、突っ走りました。そして、久留米インターが近づいた頃、ガソリンが少ないことに気付いた。次のサービスエリアには、ガソリンスタンドがあるので、そこで給油しようか、と思ったが、追い越し車線を走っており、左には車が連なっており、入りにくい。後2台も後をついてきているので、強引に左斜線に入ると、事故にあう可能性がある。ここは、久留米インターを出てから給油しようと判断した。左車線が込んでいるのも、成り行き。そうしていると、私に教務センターから電話がありました。運転中なので、久留米インターをおりた所で電話する、と伝えました。そして、久留米インターをおりた所で、他の車から、電話があり、「ガソリンを入れてから行くので、先に行ってくれ」とのこと、「こちらも入れるから、3台とも一緒に入れよう」と伝えた。インターチェンジを出たが、やはり、どちらへ行けばいいか分からん。神様にお願いして、思わせてもらった方へ行く。そうして少し走るとガソリンスタンドがあった。そこで、給油することに決め、そこで、道を尋ねた。そうしたら、その道を真っ直ぐ行けば、合楽教会へ行く道であった。最短距離である。有難い。そして、給油中に合楽教会と教務センターへ電話して、用事を済ませた。ガソリンを満タンにして、いざ、合楽へ。どんな教会だろうか、とワクワク。見えました。しかも、道端まで、御出迎えに出てくださっている。感動でした。こんなに書いていると、なかなか進みませんなあ。まあ、お許しください。明日から、教区の教会長研修会で、1泊2日で鳥取に行きますので、又、ブログが1日書けません。又、帰ってから、書こうと思います。それまで、お待ちくださいね。
2007.06.25
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甘木教会の初代の晩年は、天地とつながっているご様子が、信者の方にも感じられたようです。初代の体調が悪いと、天気も曇ってくる。晴れてくると、初代の体調もよくなっていく、といった感じであったそうです。合楽教会の初代も、初代が外に出ると、今まで降っていた雨がやむ、ということが多くあったようです。だから、初代が外に出るときは、必ず雨は降らない、と周りの者は信じていたようです。今日は、午後3時から、ある信者さんの1年祭を仕えさせていただきました。昨日の天気予報では、午後から雨が降るようになっていました。しかし、今日は、朝から、結構激しく雨が降っていました。しかし、お昼が近づくに従い、雨も小降りになり、やみました。そして、曇り空の中で、1年祭を仕え、その後、お墓にお参りしました。お墓から帰ってきて、少しして、雨が降り出しました。結構激しく降りました。神様が、御計らいくださったなあ、としみじみ思いました。この方は、生前、熱心に信心をされた方でした。その信心のお徳を神様が見せてくださったように思いました。神様のご親切に触れた、1年祭で、とても有難かったです。
2007.06.24
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クリエイト21と言う信奉者の集まりで、年に1度、他教団、他教会へ参拝研修をしています。今までで、印象深いのは、「大本」「尼崎教会」「桃山教会」です。神様が生き生きしている感じがするところへ、行かせて頂いています。今年は、「合楽教会」に参拝させていただくことに決まりました。私は、初代のときから、注目していました。毎月出される「おかげの泉」は、楽しみに読ませていただいていました。初代亡き後、どのようにそのあとを受け継いでおられるのか?そこらあたりも、関心がありました。又、何といっても、「成り行きを尊ぶ」行き方、つまり、お任せするあり方と、お願いするあり方が、どのような兼ね合いになっているのかを、聞いてみたいと思いました。1泊2日の研修旅行は、人数が少なくなるかと思いましたが、どんどん人数が多くなり、24人になりました。そのうち1人が行けなくなりました。私は、道中の安全と共に、参加者が支障なく参加できることを願わせていただかないといけない、と感じました。それから、1週間、研修旅行に、参加予定の方が、支障なく参加できることを祈らせていただきました。おかげで、23人は、全員参加できました。有難いことでした。
2007.06.23
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6月22日PM8:00~10:00は、キャンドルナイト、電気を消して、ろうそくを灯して、環境のことを考える時間です。はらはんさんが教えてくださいました。にわかに、私も、キャンドルナイトを実施しました。薄暗い中で、なぜか気持ちは落ち着きます。合楽教会のお広前も、薄暗いです。その方が、祈りに適しているからでしょう。朝4時から5時までの心中祈念の時間は、お広前は薄暗くしています。そして、午前5時に、明かりがつき、勢祈念が始まります。そのメリハリが、気持ちいいです。心中祈念をする前に、午前3時半から、ご神前に出る気持ちを整えるため、控えの間で、精神統一をされます。そして、ご神前に出られるのですが、初代は、恋人に会うような、ウキウキした気持ちで出られたとのことです。私は、このウキウキ感が足りない、と思わせていただきました。ご神前に出るとき、恋人に会うような気持ちで、出たいと思いました。そうすれば、遅れることも少なくなるでしょう。
2007.06.22
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合楽教会への研修から、無事帰りました。教会をあげての歓迎を受け、有難かったです。時間読みを間違えてしまい、1時間遅れてしまいましたが、そのことから、迎える側が、勢ぞろいで迎えることが出来、クリエイト21の方たちは、神様に可愛がられている方たちだと思った、と言っていただき、恐縮するやら、有難いやらでした。又、合楽教会の御風呂が壊れており、すぐ近くの温泉に連れて行っていただきました。このことも、神様に大切にされている方たち、と取っていただき、成り行きを尊ぶあり方が、如何に相手を喜ばせることになるのか、と実感した次第です。又、詳しい、合楽訪問記は、明日から書かせていただきます。まずは、無事をお祈りくださった方々に、無事で帰りましたことを報告させていただき、お礼申し上げます。
2007.06.21
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クリエイト21と言う金光教信奉者の集まりで、1泊2日で合楽教会へ行きます。23人行きますが、宿泊も、教会でさせていただきます。教会長の御話、質疑応答、合楽の信者さんも交えての班別の懇談会、ご祈念、初代のビデオ鑑賞、全体会などと、盛りだくさんです。私は、朝4時からのご祈念を楽しみにしています。ただ、長時間運転するので、疲れて眠らないかが心配です。特に、心中祈念などは、夢の中へ・・・です。夢のような1泊2日になるよう、お願いしております。
2007.06.19
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ある信者さんが、何時間も、昏睡状態になり、やがて目覚めるのですが、又昏睡状態になることが繰り返されました。そして、昏睡状態になる期間がだんだん短くなり、いったん昏睡状態になったら、その状態が長時間になってきました。そのようになって、最後には、昏睡状態になったままで亡くなるのだろう、とご主人が言われました。そう言われると、こちらも心配します。そして、どうぞおかげを頂かれるよう、祈らせていただきました。そうしましたら、昏睡状態になる期間が長くなってきて、ついには、昏睡状態にならなくなられました。有難いことでした。又、ある信者さんが、肺炎で危ない状態である、とのお届けがありました。死にそうであるというお届けを受けると、こちらも切ないような、辛い思いがしてきます。そして、神様に、どうぞ、どうぞ、とお願いするだけです。不安な思い、心配な思いは、どうしても出てきます。でも、お願いしていますと、劇的によくなっていかれることが多いです。ここ数ヵ月の間にも、3人の方が、急激によくなっていかれました。「心配する心で信心をせよ」と言われます。心配すれば、本気で祈ります。その本気さを、神様は催促されているように思います。その本気さを使われて、神様は、奇跡的なおかげをくださるように感じるのです。ことがあると、ドキッとします。そして、切ないほどの思いで、一心に祈ります。こちらの心臓にはよくないのですが、そうしたときに出る真剣さが、おかげに繋がるような気がします。でも、本当は、ドキッとするのではなく、「よっしゃ、任せとき」とどっしりと受け止められるようになる方がいいのでしょうけどね。
2007.06.18
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今日は、月例祭でした。神様にお供えをするのですが、少し前から、大根2本、キャベツ2個、アスパラガス20本ほど、ジャガイモ1箱、玉ねぎ30個ほど、メロン1箱などのお供えがありました。足りないものは、買うのですが、今回は、結構沢山の物のお供えがあり、有難かったです。信者さんが、お供えにと思って、真心からお供えされるものばかりで、御供え物が整うのが理想です。そのようなおかげを頂きたいです。御供え物を買うとき、自分の好きなものを買いがちになります。でも、それは、神様にお供えする前に、自分が食べることを考えていることになり、よくないことと教えられています。信者さんがお供えされるものは、そのような思いが入らないで、いいのです。神様に対して、純粋なお礼の思いでされる御供え物ばかりになればいいのに、と思います。そうした、お礼の思いがいっぱいの月例祭になればいいのに、と思います。
2007.06.17
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人の死に関するお届けを考えていました。人の死についても、神様は、最大限のおかげをくださっていることのお礼と、その死が、次の生まれ変わりのおかげになることをお願いさせていただくことの大切さを思わせていただきます。死という、大きな難儀に思えしことでも、すでにおかげを頂かせてくださっている、と考えることの大切さ。そして、その後のおかげにしていただきたい(生まれ変わりと言うことも含めて)と願うことの大切さを思わせていただきます。どこまでも、神様に、御礼とお願いとお詫びを言わせていただくことが大切なのです。自分で、おかげでなかったと判断したり、悲嘆にくれたりしないことが大切です。そのことが、すべて、次につながっていきます。次に、いいものをつないでいくには、お礼とお願いです。おかげにしていくには、そこが大切だと思わせていただきます。
2007.06.16
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今度、クリエイト21で合楽教会に信心の勉強をしに行きます。去年は、十津川教会に行きました。そこで、本線の御霊様のことなどを学びました。これは、初めて聞くお話でした。そして、今、教えていただいたことを祈りの中に生かしています。合楽教会の「一切神愛論」は、本を読んで、知っていますし、十津川教会のときのように、初めて聞くお話のようなことはないと思います。しかし、信心を進めるのに、参考になるものが頂けるように思います。すでに、研修に行く道中の無事をお願いしないといけないこと、参加される方々が支障ないようにおかげを頂かれるよう、お願いしないといけないことの促しを頂いています。祈りに祈っての研修をさせていただきたいと思います。そこには、船にも車にも積めないほどの、おかげがいただけるような気がします。
2007.06.15
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昨日の「運動信奉者集会」での講師は、新見教会長の山田實雄先生でした。学校での同級生で、今、塾の経営をしている人がいるそうですが、その人の奥さんが妊娠したとき、風疹にかかり、相談の電話があったそうです。その時は、産婦人科の信者さんの結城広一先生に、相談するように言ったそうです。その時は、それから何の連絡もなかったのですが、7年ぐらいたって、参ってきて、あの時、結城先生に、信心するなら、本気でして、おかげいただきなさい!!と言われて、笠岡に住んでいますから、御本部に近いので、御本部に日参したそうです。おかげで、元気な子供を授かったそうです。そして、その人は、金光教のいろいろな書物を読んで、信心するようになったそうです。御本部には、毎日のように参り、新見教会にも、月に1、2度お参りするようになりました。そして1年ぐらいしたとき、大腸に親指二つ分ほどの大きなポリープが見つかったそうです。その時、山田先生は、友達ということもあり、「不細工な信心をするなよ」と言ったそうです。あわてたり、うろたえたりしたら、お前が信心していることは、周りの者がみんな知っているので、金光教の信心は、たいしたことない、と思われる。そんなことにならんように、周りが安心するような信心をせよ、と言ったそうです。その人は、それを「病気のときこそ、人を助けよ」と聞こえたそうです。それから、その人は、塾は、紙が沢山出て、無駄にしているので、紙の整理をしました。又、塾で、使っていないものの整理をしました。ご無礼になっていて、申し訳ございません、とお詫びしながら、整理をしたそうです。そうして、再度検査したとき、あんなに大きかったポリープが消えていたそうです。お医者さんが、不思議がったそうです。そのようなおかげを頂かれました。そして、その人は、人を助けることに力を入れて、塾を通して人を助けようとされているそうです。塾に来ている子供や親御さんの問題があると、御神米を渡したりして、問題が解決するように、お祈りしたり、アドバイスしたりするそうです。その塾は、先生が一方的に教えるのでなく、生徒が自ら考え出した勉強の仕方をするそうです。自分で学ぶ塾のようです。それでも、どんどん生徒さんが多くなって、100人を超えているそうです。いろいろな人が見学に来るそうですが、なぜ、そんなに人気があるのか分からないそうです。祈りがあり、御神米があるからですが、それで成績がよくなるとは、考えませんからね。しかし、祈って学ぶと、成績もよくなるのです。その人は、いろいろな人を御本部や、近くの教会にお手引きするそうです。人を助けることに、力を入れておられます。教区のテーマが、「ーお取次をいただいてー人の助かりを祈らせてください」というものですが、このことが、神様の御神願に叶ったことなのです。このことを願っていると、必ず、神様のおかげがいただけます。そうした例を話してくださいました。
2007.06.14
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鳥取での「運動信奉者集会」が終わって、教会についたのが、午後7時10分前でした。午後7時からのご祈念に間に合いました。そして、お結界に座ると、ある方が、参られて、どのように受けたらいいかの問題のお伺いがありました。ご祈念に間に合わせてくださったのか、この問題に間に合わせてくださったのか、たぶん、両方だと思いますが、御用にお使いいただけ、有難かったです。又、その夜、電話での、悩みのお取次もありました。それぞれが、立ち行かれますよう、祈らせていただきました。それぞれの問題に、どのように答えたらいいのか、お願いしながら、答えさせていただきましたが、人の感情は、難しいところがあります。心におかげを頂かなければなりません。
2007.06.13
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明日は、早朝から、鳥取へ「運動信奉者集会」へ行ってきます。金光教以外の人は、「運動信奉者集会」とは何ぞや?と思うでしょうね。今、金光教では、「あいよかけよの生活運動」という運動をしています。この「あいよかけよの生活運動」というのも、分かりにくいですね。この運動の前は、「よい話をしていく運動」でした。信奉者みんなで、よい話をしていこうという運動でした。前教主様が「よきことの話題にのぼる聞きおれば 世に明るさの加わるがごとし」(ちょっと不正確です。すみません)と詠まれたこともあり、世の中をよくする為に、よい話をしていきましょう、と取り組みました。そして、今は、あいよかけよの生活をしていきましょう、という取り組みを進めています。あいよかけよ、とは、駕籠をかくとき、前の人と後ろの人が息を合わせていくように、一つのことに、力を合わせて、お互いが全力を出し合って取り組む、という意味です。神様と人とが、全力を出し合いながら、ことに当たっていく様子を、あいよかけよと表現しています。私たち人間は、神様に、どうぞ働いてください、神様、させてください、とお願いすることで、させていただけるのです。自分の力だけでは、何も出来ないのです。その自覚を持って、お願いしてさせていただく生き方をしていきましょう、というのが、このたびの運動です。ちょっと難しいですかね。講師は、新見教会の山田先生です。私は、教務所長として、趣旨説明をさせていただきます。私は、山陰が何となく好きです。素朴さがあるようで好きです。又、いい思い出もあります。それだけで、何となくウキウキします。不思議なものですね。
2007.06.12
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今日は、お礼のお届けが4件ありました。そのうち、メールでのお礼のお届けが2件でした。1人は、病気がよくなり、退院できるお届けです。この方は、ベッドから落ちられ、骨折の手術をされたのですが、それがために、肺炎に早く気付くことができ、その治療を受けられて、よくなられ、思ったよりも早く退院されることになりました。神様のおかげのレールの上を、走っているように、間違いのない助かり方をされました。そして、もう1人は、若い方で、資格試験に合格されました。神様にお礼のお届けが出来られることがありがたいです。神様に御礼できたら、次のおかげにつながります。神様への御礼がなければ、次のおかげがいただきにくいです。昨日は、娘から、少林寺拳法の二段の昇任試験に合格したとの、お礼のメールのお届けがありました。その前日には、お願いのメールもありました。これまた、有難いことでした。何でも、神様にお願いして、お礼していけば、いいことになります。
2007.06.11
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今日は、教団独立記念祭でした。全国から、多くの人が、御本部にお参りしました。教団が独立して、金光教として布教できることは、全教の願いでした。1900年、その願いがかない、独立でき、公に金光教の布教ができるようになりました。全教の喜びは、すごいものだったようです。その感激が、ついつい薄れがちです。教団があるということ、その有難さをもっと知らなくてはいけないでしょう。教団が、もっと生き生きしたものになり、多くの人が助かるようになれるよう、切に祈ります。そのために何をしたらいいのでしょう。もっともっと、自分を高めなければならないでしょう。もっともっと、人のことを祈らせていただかなければならないでしょう。もっともっと、神様に向かわせていただかなければならないでしょう。
2007.06.10
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ある先生が、まだ社会人で、20歳過ぎた頃、父親を喜ばそうと思い、「何年か先には、学院に入ってもいいよ、教会の後を継いでもいいよ」と言うと、烈火のごとく怒り出し、「何か商売でも継ぐように軽々しく言うな、本当に一人でも多くの人を助けたいと思うまで、帰ってくるな」と言われたそうです。金光教の教師を、如何に考えておられたか、その思いの真剣さが伝わってきます。「人が助かりさえすれば、それでいい」と言われた教祖様の思いを、改めて頂き直したいと思いました。
2007.06.09
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教祖様の教えに「おごりがましいことをするな」というものがあります。おごりがましいことまでにならなくても、その前には、贅沢をしたい心があります。その贅沢をしたい心の前には、楽をしたい心があります。この楽をしたい心をなくすると、贅沢をしたり、ついには、おごりがましいことにはならないと思います。「楽はしようとするな。させてもらえ」という教えもあります。楽はすまい、と思っていると、楽をさせてくれる働きが起こることがあります。それは、有難く受けていけばいいのです。そういった、神様の思いやりが、とても有難く感じるものです。今日は、芸備教会へ月参拝をさせていただきました。車で、1時間40分ほどかかります。午前10時半ごろ出て、昼食を頂いて、教会へ参拝します。以前は、1日1食だったので、昼食を食べずに参拝していました。そのうち、家内が一緒に参拝するようになりました。その意図の中に、自分が一緒に参れば、私が付き合いで昼食を食べるから、というものがありました。それと、私が眠たくなったら、運転を代わることができるからです。私は3年ぐらい前、居眠り運転で、死ぬところでした。そのようなことがないよう、眠くなると、運転を代わってもらいます。今日も、帰りの途中から、運転してもらいました。このようなことも、楽をさせてくださる働きの一つだと思います。いつも、昼食は、「天丼セット」をいただきます。これは、楽をさせてくださる働きで、まだ贅沢や、おごりがましいことまでになっていないと思います。でも、アフリカの飢えている子供たちのことを考えると、おごりがましいことになっているようにも思います。そんなことを考えさせていただきました。
2007.06.08
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信者さんの親族の方が、危ない状態である、とのお届けがありました。おかげを頂かれ、お医者さんも驚くばかりに回復されました。その方が、生きるか死ぬかの境で、それこそ、三途の川で、苦しい体験をされ、こちらに戻ってこられました。そうすると、病室には、半透明の人が沢山うろうろしているのが見えるようになられました。この世に未練のある御霊たちのようです。病院には、このような御霊たちが沢山いるのが分かられる、と話しておられたそうです。もう少し元気になられたら、もう少し詳しく聞いてくる、とその信者さんが言われました。あの世とこの世は重なっているのです。どちらにいても、天地の神様のお世話にならなければいけません。その感謝があるかどうかで、さまよえる御霊になるか、助かりの御霊になるかの違いになり、さまよえる人になるか、助かった人になるかの違いになるのです。
2007.06.07
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今日は、教学研究会の実地調査で、邑久光明園に行ってきました。ここは、ハンセン病の収容施設です。その中に、金光教の求信会があります。私は、その金光教の信者さん2人から、いろいろな話を聞くグループに入りました。そのうちのお一人は、97歳の方で、耳が遠くなっておられますが、お元気そうな方です。子どもさんが4人おられて、一番下の子が1歳のとき、ハンセン病と分かり、施設に隔離されたのでした。その方は、施設に入ってから、金光教の信心をされ、朝4時にお広前に参られ、自分のこと、離れている奥さんや家族の無事をお祈りされ、夜には、又参られて、皆が無事に過ごされたことの御礼をされ続けられました。この方の子どもさんがたは、皆無事に大きくなられ、結婚され、孫、ひ孫が出来られています。この方の88歳のお祝いには、子、孫、ひ孫など30人以上の方が集まられたそうです。この方のような例は、この園の中では、稀だそうです。金光教のおかげを現されている、と思わせていただきました。
2007.06.06
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今日は、教学研究会に出席して、懇親会に出て帰りましたので、遅くなりました。ある信者さんの事を思わせてもらっていましたら、「参ってくれば助けてやる」と思わされました。そして、帰ってみると、その方が昼間に参っておられました。神様が、助けにかかられる、私もそれなりのご祈念をさせていただかなければなりません。今日の教学研究会は、実地調査について、話し合われました。研究所の所長が「教祖広前を、実地調査するのが一番いいが、今はそれが出来ない」と言われましたが、私は、その教祖広前を現したい、と願っています。又、おかげを受ければ、誰でも同じようなおかげを受けることができる、と言われていますので、それを信じて、そのようになれるよう取り組みたいと思います。
2007.06.05
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今回、大山へ行くにあたって、どのような教えをいただけるだろうか、と思っていました。そして、大山杉などを見させていただき、じっと動かず、天地から栄養やエネルギーを吸収しながら、その場に繁栄の地を築いている様子を見て、学ばせていただかなければいけない、と思いました。じっと動かず、祈りをすることで、神様とのパイプをつなげ、しっかり神徳を頂くこと。それは、毎日毎日させていただかなければいけない。家で祈ってもいいが、出来れば教会へ参り、お取次をいただいていく。それが繁栄への道であることを教えていただいた気がしました。
2007.06.04
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無事に大山から帰ってきました。お祈りいただいた方々、ありがとうございました。まず、第一に、お天気のおかげをいただきました。お天気のことは、お願いしないようにしておりますが、森林インストラクターの方に森林を見ながら説明していただくので、雨が降ると大変なことになります。予報では、雨になる予報でしたが、2日とも雨が降らず、2日目は、とてもいい天気でした。しかし、セミナーが終わって帰るときに、雨が降りました。神様が待ってくださったなあ、と思いました。教会では、今日は月例祭の後、バザーがありました。その準備が大変ですのに、私が抜けたため、もっと大変だったと思います。でも、おかげで、無事できたようです。教会について、バザー会場に上がってみると、片づけをしてくださった方々が帰られるところでした。その中のある人は、前回の検診で、十二指腸に何か出来ていたのが、今回の検診では消えていて、お医者さんが驚いていた、と言われました。私も、たぶんそのようなおかげを頂かれるだろうと思っていましたが、本当にそのようなおかげを頂かれて、ありがたいことだと思いました。神様のお働きは、すさまじいものがあります。そのお働きを頂かせていただいていることを、感じさせていただきました。
2007.06.03
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明日から教区の青年セミナーで、大山へ行ってきます。自然の中で、神様を感じる感性を磨いてこようと思っています。このセミナーでは、森林インストラクターの方に木の見方を教えていただきます。天地のよく出来た仕組みが垣間見れると思います。本当に森林のありようは神技ですよね。1泊2日のセミナーで、何を気づかせていただけるか、神様の思し召しを探ろうと思います。
2007.06.01
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