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明日は、クリエイト21の夏の研修会です。講師は、小野田市教会長の宮本先生です。先ほど、講師と、クリエイトの有志のメンバーで、懇親会をしました。とても話が盛り上がりました。小野田市教会では、毎日50~70人の人が、お取次を頂かれるため、朝6時から、晩10時まで、ほとんど御取次が切れることがないようです。なぜ、そのようになられたのか?少し聞かせていただきましたが、明日、本格的に聞かせていただきます。とても楽しみです。このブログでも、又、載せさせていただこうと思っています。
2007.08.31
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昨年、立教神伝がおり、農業を差し止められましたが、それから、神様の私を鍛えてくださる修行が始まりました。自己の心の底を見つめさせられる修行でした。御用をさせていただきたいと思うのですが、それをさせていただけなるなら、どうなるのだろうか?御用は、神様のためにさせていただいているつもりでしたが、自分がしたくてしていることも、はっきりしました。私が、御用をしたいと願い、神様は、それを許してくださり、させていただけている。もし、それを許していただけなくなったら、私は何をしたらいいのでしょうか?それなりに、仕事を探して、やっていくでしょうが、やりがいのある生き方はできないでしょう。やはり、神様の御用にお使いいただきたい。それが明らかにさせられました。もっと謙虚に、もっと真剣に、御用にお使いいただきたい、と思います。しかし、つくづく出来の悪さ、不徳を感じます。そこを、神様が、稽古をつけてくださり、使えるようにしてくださるのでしょう。そうした、愛の鞭を受けつつあります。お育てくださり、ありがとうございます、とその試練を受けさせていただいています。でも、ちょっとブログを書く余裕がありませんでした。今も、まだ元気不足ですが、何とか書かせていただきました。生神金光大神様、天地金乃神様、ありがとうございます。
2007.08.30
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月例祭のあと、夏祭りを行ないました。お広前はクーラーが入っていますので、涼しくて、中からなかなか夏祭りの会場である駐車場(屋根つきですよ)に信者さんが出てこられません。涼しいところで、話しておられます。無理もありません。今日も暑かったですから。駐車場も、会館の一階部分を駐車場にしていますから、日もあたりませんし、風が吹きぬけると、それなりに涼しいのですが、やはり、クーラーにはかなわない。私は、すでに祭服を着替えているのですが、信者さん方はまだ中に・・・。その間に、すでに焼けた焼き鳥を買って食べました。おいしかった♪そして、ぶっかけうどんを食べてみました。これは、今回初メニュー、どんな味か、食べてみました。だしの量が少し少ない。もう少し、だしを入れてくださるよう、注文しました。そうしていると、やっと出てきてくださった。私は、写真を数枚とって、かき氷を買って、お広前の後ろのソファーのところへ持って行って食べていました。今度は、神様のところ、お広前が誰もおらず、神様が寂しそうだったからです。かき氷を食べていると、今日お参りの中では若い30歳ぐらいの信者さんが、お広前に来られて、話をされました。少し話をしていますと、50歳ぐらいのご夫婦がお参りになられましたので、すぐお結界に行き、お取次をさせていただくことができました。この奥さんの方は、病気で、大変なおかげを頂いておられます。まだ、途中で、予断は許されませんが、神様のおかげとしか考えられないようなおかげを頂いておられます。お広前にいて、よかったと思いました。やはり、神様のところを離れてはいけません。「取次者は神の守り」というみ教えがあります。守りが離れていては、守りの仕事になりません。でも、よく離れてしまうのですよね~。今回は、前日に、信者さんのご主人の危篤の電話がありました。ですので、夏祭りよりもご祈念をしなければならない、と思っていたのですが、その奥さんが月例祭にお参りになり、夏祭りにも残っておられます。お届けしたので、神様がおかげをくださっているのだろう、あれから、病院から何も言って来ない、と言われていました。たいした度胸です。こちらも、ああ、大丈夫だ、と妙に安心します。その方は、帰ってから、娘さんとホームへ行き、今落ち着いている、と電話をくださいました。長年信心をしておられると、何があっても驚いてはならない、という教えが実践できるのだなあ、と感心します。
2007.08.26
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明日は、月例祭のあと、夏祭りをして、焼き鳥やカレー、ぶっかけうどん、かき氷などを出します。去年まで、焼きそばをしていましたが、作る人が暑いので、ぶっかけうどんに変えてみました。以前は、ちびっ子夏祭りとして、金魚すくいや、ヨーヨー釣りなどもしていましたが、子どもたちが少ないので、大人の楽しみとしての夏祭りにしました。これから、その準備にかかります。月例祭のあと、ちょっとした憩いの時間をとってもらえたらいいのですが・・・。
2007.08.25
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おかげを頂くためには、おかげを頂くあり方をする必要があります。それには、一般と違ったあり方をする必要があります。湯川安太郎信話集にある話ですが、ある信者さんが、ある教会の周りの井戸がすべてかれたのに、その教会だけはかれずに、周りの人が、教会の井戸から水を貰って、助かって、「さすがに神様のおかげは違う」と言っています、と湯川先生に言われました。湯川先生は、「それは、その教会の先生が偉いのだ。そこの先生が、日ごろ水を大切に使っておられるから、いざと言うとき、水に恵まれるのだ。もし、その先生が、一般の人と同じような水の使い方をしていれば、周りの井戸がかれたとき、教会の井戸もかれるであろう」と言われたそうです。はたして、私は、一般の人と違った水の使い方が出来ているであろうか?ちょっと不安が頭をかすめます。いくら、神様を信心していると言っても、神様の御恵みのお水を大切に使っていなければ、おかげは頂けないのです。神様は、そういうところは、きっちりしているのです。
2007.08.24
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小川洋子さんのトークの続きを書きます。死者の声を聞くとはどういうことなのか?という質問に対して、洋子さんは語ります。例えば、都市に爆弾が落ちてきたとします。そこには、まず救急車とか、警察とか、ジャーナリストとかが、駆けつけます。そして、最後に来るのが、作家なのです。それは、何年後かもしれません。その町には、もう爆弾が落ちた形跡もなくなっているかもしれません。そんな中に、作家が来て、一人の人間の声を蘇らせるのです。一個人の事情を書くのです。つまり、全部を網羅したことを書くのではなく、ごく一部を書くことで、何が起こったかを書くことになるのです。その一個人の特殊な状況の中に、そこで起こったことを伝えることができるのです。アウシュビッツの収容所には、そこで殺された人の、靴の山とか、髪の毛の山とかがあって、その髪の毛の山にアンネ・フランクの髪の毛があるかもしれないと思ったとき、そのアウシュビッツで起こったことが、自分に身近なものに感じられたそうです。時代も隔たり、場所も遠くはなれたところで起こったことに、アンネ・フランクの髪の毛があるかもしれない、と想像することで、そこで起こったことが、身近なこととして理解できるのです。人間が、連続性を取り戻そうとして書かれたものが文学であると考えています。「千の風になって」という歌が流行ったが、日常生活で死者を身近に感じるのは、特別なことではない、生と死は分かちがたく、合体している。人が死ぬとはどういうことか、を求める中で生まれた芸術が、小説だと考えています。生と死とか、善と悪とか、正常と異常といった境界線を引くことで、世の中を分かりやすくするのではなく、その境界線のあいまいさを許す、というのが大切なことである、と考えています。河合隼雄さんが、取り返しのつかないことが起きたとき、それを人は頭の上に抱えてやってくる。自分は、その問題をなくすことはできないが、頭の上にあるものを、足元に置くことをしてあげるのである、と言っていたが、取り返しのつかないことが、その人の根っこになっていると分かってもらえるような小説を書きたい。と話されました。私もよく理解できないところもあり、間違っているかもしれませんが、何か分かったような感じにもなりました。皆さん、分かりましたでしょうか?
2007.08.23
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今日は、日韓宗教研究FORUMで、小川洋子さんを囲んでのトークイベントを聞きに行きました。いつもは、ネクタイを締めて、教務センターに行っていますが、今日は、ラフな格好で行きました。曇り空で、金光駅から桜並木の散歩道を通って、会場に行きました。気持ちよかったです。会場は、すいていまして、もっと宣伝すればいいのに、と思いましたが、そこが金光教らしいところでもあります。日韓の宗教研究FORUMなので、トークにすべて、韓国語への通訳の人がつき、すべて韓国語でも話されるので、時間が倍かかります。でも、その時間が、さっきの発言を考える時間になって、よかったと思います。トークは、司会を教学研究所長の竹部先生、そして、トークの相手として、東京大学の宗教学者の島薗先生でした。さすがに、ふさわしい人を当ててきますね。トークは、さすがにあちこちに光った言葉が多くありました。洋子さんは、なぜ書くのか?という質問に対して、アンネの日記に出合い、隠れ家に閉じ込められた少女がものを書くことで、解き放たれていった。言葉が人間を自由にすることを知って、自分もまねをして、日記を書き出したそうです。又、「博士の愛した数式」を書くときに、数学者の何人かと話したが、みんなが謙虚であるのに驚いたそうです。数学者は、数は人間がつくったものではない、と考えているそうです。ですから、数の持っている偉大さにひざまづく心を持っているのです。作家は、ゼロから作品を作っていきます。そういう意味では絶対的な権力者なのですが、数学者に接してからは、もしかしたら作家も、あるものを発見して、言葉にして読めるようにしているのかもしれない、と考えるようになったそうです。自分を表現する段階から、無数の死者の声を聞くように変わった、と言われました。こうした話は、感性で聞かなければならないので、少し疲れますので、続きは、また次回、と言うことで。
2007.08.21
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今日の夕方から、涼しい風が吹き出しました。今日、ソフトボールの全国大会が終わったからでしょうか?暑かったのは、ご祈念のせいではなかった・・・ということにしておきましょう。おまけに、雨も少し降りました。とてもありがたかったです。それというのも、今朝、御百姓をしておられる方が、雨のお願いをされました。私は、雨のお願いはしにくいので、地面から御湿りのおかげをいただきましょう、と言っていたのですが、神様は、上からも、少し御湿りをくださいました。あまり効果はないぐらいの量でしたが、神様の思いのこもった雨ですので、ずいぶん効果があるのだろうと思います。神様のさりげないしぐさに、深い愛情を感じます。涼しい風に吹かれて、体が癒されるのを感じます。今日は、涼しい中で、眠りにつきたいと思います。ありがとうございます。
2007.08.19
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今日は、クリエイト21の例会がありました。暑い中13人が集まりました。ご祈念では、東中国教区の教会の御比礼と信奉者の助かりを祈らせていただきました。私は、この教区のセンター所長の御役でもあるので、それぞれの教会の実情がよく分かるので、より祈りに力が入りました。お広前には、クーラーを入れませんでしたので、みんな、汗びっしょりになってのご祈念です。まさしく熱祷です。暑い時に、熱くなるのはいいことです。みんなの祈念が、神様に届いたことと思います。そのあと、私のお話です。大阪から参られた人のことを話させていただきました。又、胸が熱くなりました。そのあと、クーラーの聞いた部屋に場所を移して、話し合いをしました。いろいろな信心の話が出ました。ちょっと批判的な話も出ましたが、金光教のことを考えていればこそ出た意見だと思います。この話し合いでも、みんな活発に意見を出して、ありがたいことです。信心の話は面白いです。最近、面白く感じる信心話が出にくくなっているように感じます。その意味でも、この場は貴重な場だと思います。午後4時半過ぎに例会が終わりましたが、そのあとも、何人か残り、信心話ができました。そして、最後の人がお取次を頂かれて、帰られたのが、午後6時45分でした。その5分後には、午後7時からの参拝の人が参られましたので、クリエイトから、7時のご祈念に流れ込んでいった感じがしました。クリエイトのメンバーの信心は、熱いものがあります。又、7時のご祈念に参られる人の信心も熱いです。熱い時間が流れたので、当然気温も暑い感じです。岡山は、なかなか涼しくならないはずです。すみませんね。暑い思いをさせて。再度謝ります。(^_^)
2007.08.18
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大阪の信者さんのような、一心の向かい方を見させていただきますと、こちらも祈念に力が入ります。熱くなります。その熱で、気温を上げているように思います。すみませんね。暑い思いをさせて。(そこまで自惚れるか?)暑い夏には、熱くならせていただきたいです。
2007.08.17
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この前、大阪からお参りされた方は、ある問題で、悩んでいたら、思わず足が教会に向いていた、ということです。それは、すごいことです。足が勝手に教会に向いていた。岡山と大阪は、ずいぶん離れています。にもかかわらず、岡山行きの電車に乗っていた。これは、神様が引き寄せられた、としか考えられません。お参りされれば、おかげがいただける。そのことを、その方の内なる神様が思っていた。神様を、心のよりどころにされていた。そして、お参りされて、ご神前で、涙を流された。私は、その真心で、これからおかげが展開していくことを、確信しています。必ず、おかげがいただける。私は、「これから先を楽しんで、おかげを待ちましょう」とメールしました。これから、神様が、どんなおかげをくださるのでしょうか。私は、楽しみにしています。私がいた、いなかったということは、関係ない世界だと思いました。それは、どちらでもいいのです。もう、おかげが始まっています。それは、間違いのないことです。
2007.08.16
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今日、教会長が坊主になりました。いつも、散髪は信者さんがしてくださいます。教会長は、髪が少なくなっていますし、涼しいこともあってか、坊主にしてくれるように言って、坊主になりました。昨日は、息子(高3)が、体育祭で、坊主にするかもしれないと言っていました。これで、私が坊主になれば、親子3代が坊主になります。私も髪が薄くなってきたので、坊主にしてもいいのですが、まだ抵抗があります。たぶん似合わないだろうと思います。そうしたことに執着しなくなればいいのでしょうが、まだ執着があります。その意味で、出家しなくてはいけないのでしょう。
2007.08.15
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昨日、大阪の方に御住まいの方が、お参りされました。しかし、私は、教務センターの御用で、県北の教会へ行っていました。それで、お会いすることができませんでした。こうしたときは、本当にがっくりします。教務の御用も、大切な御用ですから、しなければいけませんが、教会におれないのが痛いです。その人は、以前3年ほど、岡山に勤務していたとき、お参りしておられました。一緒に、いろいろな教会参拝研修に行ったこともあります。大阪に転勤になってからは、月刊誌『洗心』を送ったり、手紙やメールでのやり取りをしていました。ここ少し、メールが来ないな、と思っていましたら、急なお参りでした。サプライズだったのかもしれません。でも、お会いできなかったのは残念です。教会にずっとおれるようになれば、こうした時に、お会いできる喜びも増えると思います。もちろん、そんなにたびたびお会いできることはありませんが、めったに会えないからこそ会えたときは、喜びも倍増します。お結界を瞬時もあけられなかった教祖様、綺麗な月をも、私がここを動くと、世の氏子に怪我過ちがあるかもしれないので、動くことはできません、と言われた教祖様。なかなかそのような心境に至れない、もしかしたら、ずっと至れないかも知れませんが、少しでも長くお結界に座っていたいと思います。
2007.08.14
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信心に夢中になることはいいことです。夢中にならないと、身につきません。ほどほどの信心では、ほどほどのおかげしか頂けません。だいたい、御比礼を頂いた先生は、信心馬鹿と言われるほどの信心をしています。そして、信者さんも信心に熱心な方が現れます。合楽教会の初代のときにも、ある信者さんの親御さんから、「信心も、決して悪いとは思わないけれども、もう少し、ほどほどにしてもらいたい。だから、10回参るところは5回にして、少し家のほうの仕事に、身を入れるように言うてくださらんか」とのお届けがあったそうです。そのことを神様にお願いされたら、ご心眼に「大きなカボチャ」を頂かれたそうです。カボチャのお知らせは、「ばかとあほう」という意味だそうです。「ばかとあほうで道を開け」というみ教えがあるように、ばかとあほうのような信心が、いわゆる底の抜けたようなすばらしいおかげを頂く元になるのです。「うちの息子は、金光様にほうけたのではなかろうか。信心気違いになった」と言われるぐらい夢中になって、初めて、本当のおかげがいただける、ばかとあほうになれる元ができるのです。お互い、大きなおかげがいただける受け物ができるためにも、「そんなにあんた、熱中せんでも」と言われるところを通ることが必要なのです。
2007.08.12
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小川洋子さんと対談する機会が与えられそうです。洋子さんとは従兄妹ですので、よく知っているのですが、いよいよのところは知っていないです。洋子さんの本も、あまり読んでいません。洋子さんの信心と私の信心は、だいぶ違うように感じています。私の中で、洋子さんと信心の話をしてみたい、というものがあります。しかし、どのような切り口で話をすればいいかが分かりません。そうしましたら、神様が助け舟を出してくださいました。今度8月21日に、日韓宗教研究FORUMでトークイベント「祈りと表現」ということで、小川洋子さんを囲んでの座談があるようです。金光町の浅口市民会館金光であります。これを聞きに行こうと思います。何かのヒントになるかも分かりません。神様は、どんどん新しい課題を与えてくださいます。神様、私は、じっと何もせず、お結界に座っていたいのですよ。難儀な氏子に思いをはせて、神様への祈りに埋没していたいのですよ。そこのところを分かってくださいませ。よろしくね。
2007.08.11
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もう、立秋?残暑ということですが、まだまだ暑いですね。でも、夜などには、確かに風の涼しさの中に、秋の気配が感じられます。秋といえば、読書の秋、勉強の秋。私も、書かなければいけない原稿がたまっています。この前のブログでは、ご祈念の夏にしたい、と書いたばかり。それなのに、もう秋だから、原稿書きの秋に・・・、というのでは、あまりの信心ですね。かくなる上は、祈念と原稿書きを両立させなければ・・・。そうすると、又、寝れない・・・・。そんなことを考えていると、いたずらに時が過ぎて行き・・・。こんなブログでも、書くのに結構時間がかかったりするのです。教会長も、「書けばいいというものではない。読む価値のないものを書くと、資源の無駄遣いだし、読み手の時間も無駄に使うことになる」と注意を促されます。私も、読んで参考になるもの、刺激になるもの、ためになるもの、と思っているのですが、その思いが強くなりすぎると書けなくなってしまいます。そこで、このような、ちょっと軽めのものを書いたりして、そのうち、重いものを書いていこうと思います。
2007.08.09
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夏は暑いです。する修行とさせられる修行がありますが、夏は、暑さに耐えてご祈念をする修行には、もってこいの季節です。ですから、暑さを嫌わず、ご祈念修行をするには、もってこいの季節であると思いたいです。・・・・・ちょっと無理がありますが。夏の暑さの中で、とろけながらご祈念をしたいと思います。昨年の3月29日から、朝4時からのご祈念を試みていますが、どうしても眠ってしまうことが多くありました。しかし、神前拝詞をあげることと、名前を見ながらご祈念することで、眠らずにご祈念することができるようになりました。今朝は、神前拝詞20巻と、500人ぐらいの祈りができたと思います。昼間は、そうは行きませんが、暑さに耐えながらのご祈念を修行として神様に受け取っていただきたいと思っています。今年は、祈念の夏にさせていただきたいです。
2007.08.08
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少年少女全国大会も終り、ちょっとホッとしましたが、信心面では、少しモチベーションが落ちてきていますので、ちょっと気合を入れたいと思います。今日も起きたのが4時半でした。疲れがたまっている、という言い訳はできますが、あまりよくはありません。それからの心中祈念は、ちょっと気合を入れて、神前拝詞を3巻あげ、信者さんの名前を見ながら、ご祈念をさせていただきました。前に1日1000人の祈りをすることを書きましたが、200人ぐらいは祈れたと思います。このような調子でいけたらいい、と感じました。そうすると、早速、ガンの数値が上がっていたのが下がった、お医者さんも不思議がっている、というお届けがありました。神様は、すぐにおかげを見せてくださいます。今までは、睡眠時間を少なくする稽古をしていましたが、これからは、睡眠時間を少し多くしても、集中した祈りができるようにしていきたいと思っています。何としても、助かっていただきたい人が多くいます。人の助かる御用に使っていただきたいです。
2007.08.07
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今日は少年少女全国大会に参加させていただき、バンド行進をさせていただきました。合宿には、高校生も参加してくれましたが、吹奏楽部に入り、その関係で、全国大会には、参加できなくなってしまいました。人数も少し少なくなり、残念でしたが、いるメンバーで、できる限りの真を込めて、神様へのお礼の演奏をさせていただきました。順番は、終りから5番目でした。ですので、前半は、他のバンド隊の行進を見ていました。福岡高宮教会や合楽教会が、元気に演奏をしていました。福岡から参加するのは、大変なことだと思います。その大変なことをやり遂げて、参加されていることに敬意を表します。だんだん順番が近づいてきたので、集合地点に行きました。集合時間が15分早くなっていました。出発までに、そろうかどうか、ちょっと心配しましたが、出発時間は、予定よりも遅かったです。そして、演奏、行進です。天地に鳴り響けとばかりに、演奏しました。沿道には、多くの人が拍手などで、声援を送ってくれます。何とか、無事に行進させていただきました。多くの方が、お祈り添えくださいました。ありがとうございました。
2007.08.05
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今日で、2泊3日のバンド合宿を終えさせていただきました。皆さんのお祈りを頂き、おかげをいただきまして、無事終えることができました。全国大会に参加できない高校生も、合宿には参加できるところで、参加してくれ、又社会人になっているOGも、夜にアイスクリームなどの差し入れを持って、応援に駆けつけてくれました。それも、3人も。本当に、ありがたいなあ、と思わせてもらいました。そうした人たちも、このバンド合宿などで、育ったのです。子どもたちの中にも、学校の行事で抜ける子もいたり、お母さん方も、出入りして、人数は流動的なのですが、30人から40人ぐらいが、合宿をさせていただけて、とてもにぎやかで、有難かったです。トランペットや太鼓で演奏するので、音が近所の人にとっては、うるさいかもしれませんが、二重サッシにして、なるべく音がもれないようにはしていますが、でも、音は外からも聞こえます。でも、文句の電話もなく、こらえてもらっています。このこともありがたいです。うるさいからやめてくれ、と言われたら、もう練習ができませんから。いろいろな人の御世話になって、この合宿が成り立っているのです。ありがたいことです。改めて、神様にお礼申し上げます。
2007.08.03
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