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明日は、クリエイトの研修会です。講師も無事、着かれました。先ほど、講師と10人のクリエイトのメンバーが会食をさせて頂きました。楽しい時を過ごさせていただきました。明日は、いよいよ永井先生のお話を聞かせていただきます。永井先生のお祖父様、お父様、共に、越智常太郎先生の弟子でした。いかに信心が伝えられたのか。そこのところが、お聞かせいただけたら、有り難いと思います。時代は違いますが、古き時代に、何か大切なものがあるような気がして仕方ありません。
2009.02.27
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明日は、クリエイトの研修会の講師が来岡されます。講師と共に、会食をしますので、午後4時以降は、仕事ができません。そして、明後日は、1日研修会です。ですので、月刊誌「洗心」を、今晩中に原稿を仕上げ、明日の朝、印刷して、9時半のご祈念後、信者さん方に製本していただかなければなりません。ですので、今日晩は、ちょっときついです。いつ寝られるでしょうか。明日も、3時40分に起きなければいけませんから、又、超短時間睡眠で突っ走らなければいけないかもしれません。これも、差し向けられたご修行でしょう。
2009.02.26
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太陽光発電を導入したのは、十数年前でした。あの頃は、私も環境問題に必死になっていました。政府補助に応募して、当選して、半額補助を受けて太陽光発電を導入しました。設置費用が400万円のところを200万円で設置できました。しかし、設置費用の元が取れるためには、20年以上かかります。ですから、あまり儲けになる設備投資ではありません。しかし、環境のことを考えて、設置することにしました。今日の新聞に、2010年から太陽光発電の電気を倍額で買い取る制度になることが出ていました。外国は、この制度を使い、太陽光発電の普及率を上げています。日本は、別な制度を採用しており、また、補助金制度も中止したりして、普及率がトップであったのに、どんどん抜かれている状態なのです。日本もこの制度を早く導入すればいいのに、と願っていましたら、今日の新聞のニュースで、大変有り難く思わされています。これにより、太陽光発電が、どんどん普及すれば、地球温暖化のためにもいいと思います。
2009.02.25
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22日は、忙しい日でした。まず、午前10時から月例祭でした。そして、お話は実習をしている学院生の方のお話でした。月例祭がすんで、11時半から、信者さんの5年祭を教会で仕えました。その後、墓前祭も仕えました。お墓から食事をするところに着いたのが午後1時20分でした。それから、程なく雨が降り出しました。天気の御繰り合わせを頂き、有り難かったです。食事から帰ったのが3時半ぐらいでした。教会では、午後3時から楽の練習が始まっていました。他教会からも来て下さり、岡東教会の信者さんで、お琴を2人の方が始められました。13人という多人数での練習会になりました。この日は、1日、たくさんの人が参られました。日参50人の願いを立てていますが、この日は軽く50人を超えました。しかし、湯川安太郎先生は、日参3千人の願いを立て、実現しておられます。ちょっとスケールが違いますね。
2009.02.24
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昨日の月例祭には、学院生の方に教話実習をしていただきました。「親神様」について、話して下さいました。金光教では、神様に親をつけて、「親神様」と言うことがあります。それは、神様は親のような存在だからです。「親が、子供のために、悪いようにするはずがない。神が氏子を守ることを子どもを持って、合点せよ」と言われているように、神様は、氏子のことを常に考えてくださっているのです。その思いは、切なるものがあるのです。そういう思いを、息子さんが骨折したときに感じられたそうです。そういう神様の思いに応えたい、と話されました。学院を卒業後、教会に帰られ、神様の御用を立派にされますことを、お祈りさせていただきました。
2009.02.23
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明日は、月例祭を仕えさせていただきます。そのお話は、今修行中の学院生の方にしていただきます。お話の原稿を読ませていただきましたが、なかなかよく出来ていました。ちょっと注文もつけたのですが、どのようになりますか。明日のお話を楽しみにしています。
2009.02.21
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最近は、不景気で、仕事がない人が多くなってきています。そういう中で、お仕事に就けるおかげを頂かれたお届けがあると、とても嬉しいです。働くとは、「はたを楽にすること」と言われますが、働くことで、お役に立てることは、有り難いことです。多くの人が、お役に立てることに、やりがいを持って、生き生きとお仕事ができることを、神様にお願いしています。人間は、お役に立とうと、一生懸命働くこと、そして、神様が、養って下さる。神様は、働くから養って下さるのでなく、働かなくても養って下さる。働きは、給料をいただけるから働くのでなく、お役に立つことが有り難いから働く、そこのところを分けて考えたらいいように思うのです。「いるだけは、風が持て来る落ち葉かな」神様に、養っていただきながら、お役に立てる働きを精一杯させていただくのが安心の生き方だと思うのです。
2009.02.20
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明日から修行生が来られます。学院で修行をしておられる方が、実際の教会に入り、修行するカリキュラムが組まれているからです。どのような修行をしていただきましょうか。私が、自分の修行で、一杯一杯の状態なので、指導する余裕がありませんので、自ら修行をしていただくことになるでしょう。越智常太郎先生が、「弟子を一人でも育ててみよ。わしの苦労が少しは分かるわい」と言われていますが、人を育てるのは、大変なことだと思います。何とか、おかげを受けたいものです。
2009.02.19
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金光教祖の教えに、「朝早く起きるのと、遅く起きるのとは、参拝の早い遅いにかかわるぞ」というのがあります。その教えを行じてか、歴代金光様は、朝が早いです。何せ3時45分にお宅を出られて、会堂まで歩いて行かれます。先頭の人が提灯を持って、黒衣で下駄を履いていかれますから、一昔前の光景でもあります。そして、キッチリ4時からご神前でご祈念に入られます。このご祈念が、ずっと、毎日毎日続けられているのです。金光様のお手代わりをさせていただく私は、同じようにさせて頂きたいと思いながら、よく遅れていました。一人参られる方も、少し遅れるのを考慮に入れて、4時20分ぐらいに参られていました。しかし、それではいけない、という神様のお差し向けでしょう。新たにもう一人参られるようになりました。昨日今日と、3時50分ぐらいにお出ましを迎えることができたのですが、その方は、3時55分ぐらいに参られました。これで、朝起きに、気合が入ります。遅れてはならない、という気になっています。しかも、今度、20日から、学院生が修行に入られます。ますます気が抜けなくなります。この学院生には、起きても起きなくてもいいよ、と言おうと思います。朝3時50分に起きることは、お徳がなければできることではないのです。1日2日であればできますが、ずっとはできません。私も、このような神様の促しを頂きながら、やっとできるようになってきたのですから。学院生には、ちょっと酷です。しかし、朝6時のご祈念には、起きてもらいましょう。でも、その方は、4時から起きられるかもしれませんが・・・。
2009.02.18
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人間は、神様の分け御霊様を頂いているので、思いで現象を創り出すことができるのです。神様と同じ性質のものが与えられているのです。ですから、思いの力を使うのが、おかげを受けるコツなのです。「神様からおかげが出ると思わず、信心からおかげが出ると思って信心せよ」という金光教祖のみ教えがあります。絶対おかげいただける、という信念が、おかげを引き出すのです。おかげいただけるでしょうか、どうでしょうか、という気持ちではダメなのです。絶対おかげ頂ける、という信念が大切なのです。お広前を教祖広前にしていく、そうなるんだ、という信念を持ちたいと思います。自分のような信心で、教祖広前など無理である、と思ってはいけないのです。それは正しい判断かもしれません。しかし、おかげが受けられる判断ではないのです。正しいかどうかより、おかげが受けられるかどうかが大切なのです。
2009.02.16
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朝4時に参られる方が2人いるので、遅れてはいけないと思いながら、今朝は、キッチリ遅れてしまいました。しかも30分も・・・。1人は帰ってしまわれました。申し訳ないことです。やはり、早く寝なければいけません。バネも、伸ばして縮む範囲であればいいのですが、その範囲を超えると、伸びっぱなしになり、縮まなくなります。人間も、限界の範囲で修行しなければ、精神が緊張感を持ち続けることができなくなります。あまり、無理をしてはいけません。今日こそは、11時には寝ようと思います。欲を言えば、10時半には寝たいのですが・・・。
2009.02.15
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今日は、バレンタインデイでしたが、信者さんで国家試験を受ける人があり、そちらのご祈念に力を入れるために、バレンタインどころではない、といった感じでした。もっとも、そうでなくても、バレンタインで胸をときめかす歳でもなくなったのですが・・・。そういうことで、気合を入れて、お結界に座っていたからか、今日はお参りが続きました。特に午後1時10分から、2時のご祈念と7時のご祈念を挟んで、8時過ぎまで、お参りが続きました。続いたと言うよりは、ぽろぽろと参られた、と言った方が適切ですが・・・。このことは、とても有り難いことですが、足の方は、相当痛いです。しかし、お参りがあることで、取次者がお役に立てるのです。お参りしてくださることが、お参りする人も助かり、取次者も助かり、神様も助かられるわけですから(神様が現れることができられる)、しっかりお参りしてくだされば、有り難いです。最近、日に2度3度と参られる人が、出てこられました。そして、そのようなお参りの仕方をされると、おかげを受けられるように感じます。朝4時のお出ましに合わせて参られる方も2人になりました。よく寝過ごすのですが、ますます寝過ごしにくくなりました。そのためには、早く寝なければいけませんが、ついつい遅くなってしまいます。しかし、10時に寝て、3時に起きるぐらいを習慣化しなければいけない、と考えています。昨日は、2時に寝て4時起きです。もう、めちゃくちゃでござります。本当は、こんなくだらないことを書かずに、早く寝なければいけないのです。でも、これからお風呂に入って寝ると、やはり11時半ぐらいになってしまいます。しかし、このことも修行と思えば、楽な修行です。信者さんでは、もっと厳しいところを通っておられる方が多いのですから・・・。
2009.02.14
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信者さんのお葬儀が、10日になることで、家内も祖父母の20年祭に参れましたが、亡くなられる前日は、教会では月例祭があり、午後から岡山地区婦人部の新春講演会が行なわれました。それにも、信者さんがたが、役員として関わったりしていましたから、お葬儀が、前にずれても大変でした。ちょうど、切って貼ったように、御繰り合わせをいただきました。こういうことは、よくあります。神様は、いいようにしてくださると思います。ですから、何も心配することはないのです。心配は、神様に預けて、お願いしておれば、いいように計らって下さいます。
2009.02.12
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このたびの信者さんが、亡くなられたのが9日の午前6時25分で、教会には7時半ごろ連絡がありました。私は、その日がお通夜で、翌日お葬儀というのは、祭詞を書いたりするのが、きついな、と思いましたが、ご家族のご意向もあり、そうさせて頂きました。家内がその日に祖父母の20年祭で、静岡の方に行く予定になっていました。しかし、教会でお葬儀をするということですので、行くのをいったん諦めたのですが、20年祭は11日ですので、10日のお葬儀がすんでから行けば、間に合うことになりました。もし家内が、行ってから訃報が入れば、呼び戻すのも可愛そうですし、そうすればお葬儀の準備にも支障をきたしていたでしょう。そういうところにも、お繰り合わせを頂いたと思います。その信者さんは、お徳のある方ですので、そういう配慮をして下さったのかもしれません。その方のお骨は、ほとんど残らず、全部骨壷に入るぐらいだったそうです。寿命一杯生ききられたのだと思います。本当は、6年前、命のないところを、5年の命の接ぎ穂をお願いしました。その方の徳をもってお願いしました。それだけのお徳を頂かれていた方でした。これからは御霊となって、私達のために働いて下さるでしょう。
2009.02.11
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今朝、信者さんの訃報が入りました。信徒総代にもなっていただいていた信者さんです。私が若いときには、教会活動の上で、大変助けていただいた方です。教会でお葬儀を仕えさせて頂き、私が祭主を仕えさせていただきます。心を込めて仕えさせていただきます。
2009.02.09
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今日は、芸備初代初参拝記念の本部参拝で、金光清治先生のお話を聞きました。金光の血と佐藤の血を引いておられるお徳のある先生です。三つの泉についてのお話がありました。その一つは、本部広前です。本部広前は、神様のお徳の源泉です。そして、教会広前。教会は、本部広前と見えない水脈で繋がった神様のお徳の湧き出した泉です。それから、各家庭。家庭は、お取次によって、神様のお徳がいただけるのです。本部広前や各教会のお取次を頂くことで、神様のお徳をいただくことが出来るのです。自分も一つの泉にならせて頂きましょう、と呼びかけられました。そして、私の祖父(高橋博志)の言葉を紹介されました。それは、「お取次を頂いて起きてくることは、いい事も悪い事もみんないい。お取次を頂かずして、起きてくることは、いい事も悪い事もみんな悪い」というものです。極端なようですが、まさにその通りなのです。そして、清治先生は、本部広前と各教会が繋がっていることについて、本部広前の掃除をされながら、全教のお広前の掃除をさせていただいている、そういう祈りをさせていただいている、と言われました。全教のお広前に、そのような祈りをして下さっていることは、有り難いことと思わせていただきました。そして、お祖父様にあたられる三代金光様のすさまじい(もんげー)御用についても触れられました。三代金光様のお結界の机は、表面が磨り減っていたそうです。そして、三代金光様のふくらはぎは、左の方が平べったくなっておられたそうです。信者のいうことを聴くために、重心が左にいっておられたからだそうです。三代金光様ほど、多くの人の願いを聴ききられた人はおられないでしょう。空前絶後であられました。そうしたお徳も、金光教の結界取次で頂くことができるのです。皆さん、しっかりお取次を頂きましょう。
2009.02.04
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明日は、芸備教会初代の佐藤範雄先生が、初めて教祖様のもとに参拝された日です。それを記念して、芸備関係の教会が、勢をそろえて、ご本部へ参拝します。私も参拝させていただきます。明日は、岡山県の月参拝でもありますが、芸備教会の方に加わらせていただきます。お話は、金光清治先生です。「親様あればこそ」という講題です。親様とは、教主金光様です。とても楽しみです。
2009.02.03
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通信共励会というのがあるのですが、その中で、金光清治先生が「行」について発題してくださっています。「行」の一番のお手本は、やはり、教主金光様ということです。毎朝3時45分の「お出まし」が、このお道の「行」であると思っておられるそうです。そして、日々の「結界恪勤」も「行」であると言われます。この「行」は、1年365日、お休みはありません。それが又、スゴイところです。教主金光様が、あるとき、「私は、御用にお使いいただこうと、すべてを捧げているから」と言われたそうです。又、「できるからするんじゃあない。できない御用の稽古をさせていただく」とも言われたそうです。それだけの「行」なのです。私も、遅ればせながら、その「行」の真似事をしています。しかし、とてもできるものではない、と感じています。話は変わりますが、方言を書いた買い物袋がありました。「でえれえのー」「ぼっけーのー」「もんげーのー」と書いてありました。岡山の備中地方の方言です。教祖様が生きられた地方です。教祖様も、そのように言われたのでしょう。そして、その言葉の下に、意味が書いてありました。「でえれえのー」の下には、(スゴイ!)と。「ぼっけーのー」の下には、(ス、スゴイ!)と。「もんげーのー」の下には、(ス、ス、スゴイ!)と。笑いました。教主金光様が、しておられる「行」は、「もんげーのー」ということでしょう。
2009.02.02
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1月が終り、2月になりました。1月の終りには、月刊誌「洗心」作成で忙しく、ブログの更新もままならぬ状態でした。そして、パソコンの不具合で、そちらにも時間をとられ、しかも、家内も、娘の引越しの手伝いで大阪に出ています。そうすると、なかなか調子が狂うところもあります。御用も、かつがつさせていただいている感じです。しかし、信者さん数人は、信心に熱が入っています。日に、2度、3度と参られる人、水をかぶって気合を入れている人、神前拝詞を10巻あげる人、子どもたちと神前拝詞を10巻あげる人・・・。鬼気迫る迫力を感じることがあります。やはり、神様に向かうのは、これぐらいの一心がいります。今、気迫では、私のほうが、信者さんに負けています。2月になって、心気巻き返しを図りたいです。
2009.02.01
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