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昨日は、月例祭の後、駐車場で「夏祭り」をして、カレーや焼き鳥、ぶっかけうどん、カキ氷などを食べながら、楽しむ催しをしました。中学からの友達で、今では月例祭などにお参りしてくれている人と、久しぶりにゆっくり話せました。彼は、早朝から、机やイスを運ぶ会場設営から手伝ってくれました。人手があまりないので、助かりました。夏祭りの準備には、2日前から、買い物や、焼き鳥の下ごしらえなど、結構準備があります。皆さん、よく頑張って下さいます。これも神様の御用と思ってして下さっているのでしょうね。おかげで、夏を無事送ることができたのでしょう。今朝は、涼しく、爽やかな秋晴れです。天地の中に生かされてあり・・・・といった実感がします。
2009.08.31
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昨日のコメントに、面白い話を書いて、というコメントがありましたが、コメントを書かれた人が批判されそうな感じでしたので、削除しました。ごめんなさいね。お詫びに、面白い話を一つ。この前、クリエイト21の研修会でお話された鳥越先生は、以前、警察官をしておられました。そして、犯人を追いかけていたとき、建築現場であったかどうかで、2階の床に穴があいていて、そこから落ちそうになったそうです。穴の縁にぶら下がって、「助けてくれ~」と言うと、逃げていた犯人が戻ってきて、助けてくれたそうです。そして、引っ張りあげてくれて、鳥越先生も、「ありがとう」とお礼を言って、又、「コラ、待て~」と追いかけたそうです。その時、犯人は、どうなったか・・・?お聞きしたら、捕まらなかったそうです。やはり、助けてもらった恩がありますから、本気が出ませんよね。又、犯人も、人を助けたお徳を頂いたから、捕まらなかったのかもしれません。
2009.08.30
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今朝、ご本部へ月末お礼参拝をしました。本部広前で、お届けご祈念をした後、お広前係の先生と話していますと、今、全国青年教師会があり、8時半から北ウイングで、津田昇平先生のお話がある、と言われていました。会堂地下で朝食を頂き、奥城へ参りました。そこでは、ACT(関東の青年信奉者の団体)が、立教150年にちなんで、教祖奥城で神前拝詞150巻をあげる取り組みをしていました。50巻で3時間ぐらいですから、150巻だと9時間ほどかかります。3時間ごとに休憩して、今日150巻あげるそうです。青年教師も頑張っているなあ、と元気をいただきました。これから向かう世界は、一筋縄ではいきません。辛抱に辛抱を重ね、諦めず、切らずに行かなくてはいけません。そのお徳を頂いてほしい、と願わされました。
2009.08.29
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よく、神様と2人3脚と言われますが、金光教では、神様と取次者と3人4脚なのです。神様と2人3脚は、神様が姿も見えず、声も聞こえないので、難しいのですが、取次者は、目にも見えるし、声も聞こえるので、その背後に神様を感じながら、生活していくことがしやすいのです。もっとも、取次者も人間ですから、有り難く頂けない、という違った難しさはあるのですけどね。しかし、取次者を入れた3人4脚でないと、うまくいかないのです。神様と人間の間に取次者が入ることで、神様のお働きが全く違ってくるのです。氏子の信心が伸びるのです。信念が強まるのです。ですから、どうしても、お取次を頂くということが、大切になってくるのです。
2009.08.28
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クリエイトの研修会の鳥越先生のお話の中での、漆生教会の初代教会長の心が神心だと思いました。そして、その時、ある先生の本を頂いたのですが、その本にも、氏子と縁が切れてしまったなあ、と思うところを3回くらい通らないと、信者にはなれないのではないか、と書いてありました。信心の糸は、切れやすいものです。氏子が、「信心してもおかげがないので、もう参りません」と言われれば、「そうですか」ということで、切れてしまいます。また、そういうことさえも言わず、参らなくなれば、それで切れるのです。しかし、その人が参ってきたということは、神様が引き寄せられたのですから、私には、助ける責任があるのです。ですから、簡単に切るわけにいかないのです。「神からは切らぬ。氏子から切るな」との教えがありますが、氏子から切っても、こちらからは切ってはいけないのだと思います。「先生は、ダメだから、他へ行きます」と言われても、その氏子は、ここでなければ助からないから、引き寄せられているわけですから、「どうぞ、この氏子を助けさせて下さい」とお願いしないといけないのだと思います。「ああ、そうですか。お好きなところへどうぞ」と言いたいところですが、そう言ってはいけないのだろうと思うのです。さっきのみ教え「神からは切らぬ。氏子から切るな」の後には、「氏子から切っても、神は切らぬ」という文章があるように思います。神様は、決して諦められません。切られません。それが神心なのです。
2009.08.27
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川上教会の初代が、よく言っていたことは、「親教会をいただく」ということと、「祈らないで、何でおかげになるものか」ということだったそうです。やはり、祈らないといけない。取次者がさせていただくことは、話を聞くことと、祈ること、そして、お話をすることです。特に、聞くことと、祈ることが大切です。一心に祈ること。物音が聞こえないぐらいの祈り、そうした祈りができるよう、今日も稽古をさせていただこうと思います。
2009.08.26
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クリエイトの研修会の鳥越先生のお話は、ユーモアがふんだんにありました。まず、最初に、先生に「愛とは信じること」ということがインプットされ体験を話されました。それは、「誰がために鐘は鳴る」という映画を観た時の体験です。イングリット・バークマンという綺麗な女優さんの顔が、画面いっぱいに映し出されるのです。そして、観客はたくさんいるのに、イングリット・バークマンは、私だけを見つめているのだそうです。そして、「愛とは信じることよ」と言ったそうです。その時、鳥越先生は、大きくうなずいたのです。このとき、「愛とは信じること」ということがインプットされたということです。又、次のようなユーモアも言われました。教会は季節によって、同じものばかりがお供えされます。ある時、大根ばかりがお供えになるのです。ご神前は、真っ白になります。そして、奥に入って、コタツに入ると、そこには奥さんの足が・・・。もう、大根ばっかりです。と、楽しく話されました。そんなとこばかり聞いているわけではないのですが、印象に残りますね。ユーモアはいいものです。
2009.08.25
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クリエイト21の研修会での鳥越先生のお話で、お父さんが、初代の先生をお父さんとして愛してやまない人になったことを、少し書きました。そして、鳥越先生のお父さんが、初代亡き後、教会のお結界に座ることになるのです。昔の素行の悪いことを知っている信者さんは、あんな人が座るのなら、教会へは参らん、と離れていく人も多かったそうです。お父さんにとっては、針の筵(むしろ)です。しかし、お父さんは、初代が喜んでくれていると思えば、針の筵のお結界もまた楽しい、と言われて、座り続けられました。愛してやまない初代が喜ばれることであれば、自分の辛さは喜んで受けることができるのです。それほど愛する人がいたお父さんは、本当に幸せだと思う、と鳥越先生は話されました。人を愛する思いのすごさを、改めて思わせていただきました。
2009.08.24
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鳥越先生が最後のほうで、次のようなお話をされました。熱心な信者さんであるお母さんが亡くなられました。子供さんが、「母が今、引き取りました」と電話をしてこられました。先生は、「誰が引き取ったね」と言いました。母が引き取った、と言っているのに、誰が引き取ったと言うものですから、怪訝な顔をされました。そこで、先生は続けました。「お母さんの信心を誰が引き取るのか、ということね。お母さんが亡くなって、誰も信心を引き取らなかったら、お母さんは、そこで本当に死ぬことになる。お母さんの信心を引き取れば、お母さんは、ずっと生きることができるんだ」と言われたそうです。「家族のもの、皆が集まっています」と言ったので、「それじゃあ、皆が引き取るのか」「はい」ということになったそうです。亡くなった人の信心を、子孫が引き取って、初めてその人は、安心して引き取ることができるのです。
2009.08.23
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クリエイト21夏の研修会が開催されました。講師は、漆生教会長の鳥越正克先生でした。感動的なお話でした。いつも思うのですが、クリエイト21で話してくださる内容は、いつもいいです。今回も、感動で涙する場面が何度もありました。特に、お父さんが、親戚にたらい回しにされ、大人が信じられなくなり、教会に預けられ、それでも、大人が信じられなく、心を開かなかったのが、初代が辛抱強く受け入れ続け、ある時わら小屋に逃げ込んで、隠れていたとき、色々な人が出てくるように言い、それを無視し続けていたのですが、初代が来て、「お前が考えているようにしていい」と言われ、自分を認めて、受け入れてくれていることが、はっきり分かり、わら小屋の中で、泣いたそうです。それから、「おとうちゃん」と初代のことを何度も呼んで、学校に行くようになったそうです。自分が愛してやまない人ができた、信頼できるお父さんができた、その喜びは、いかほどであったでしょうか。その心を思うとき、涙が出るほど感動しました。初代の心が、神様の心なのです。神様が信頼できるほど、幸せなことはないのです。人と神が信頼し合い、愛し合う、そういう「あいよかけよ」の関係を目指しているのが、金光教なのです。
2009.08.22
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今日は、午前11時から少年少女会のバンド合宿や、全国大会の反省会があり、その後、昼食のカレーを食べて、温水プールに出かけました。まとわりつく子供たちを相手にしながら、我ながら若いな~と思いながら、楽しく過ごしました。ちょっとしんどかったけれど、日頃の運動不足を補えました。そして帰ってくるとすぐ、明日のクリエイトの研修会の講師との会食に出かけました。楽しい話ができて、今帰ってきたところです。ブログを書くのも、遅くなってしまいました。確かに、疲れがたまっているようです。明日の研修会、おかげを頂けますよう、お願いさせていただきたいですが、もう、疲れてしまって、神様にお任せです。しかし、そういうお任せが、かえっていいかもしれません。自分の力で、というりきみがありませんから。
2009.08.21
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今日は、改式について書きましたが、岡山教会の娘さんが阿倍野教会に嫁いで行かれています関係で、そのご主人の先生と岡山教会の娘さんが、参られました。実は、昨日、阿倍野教会のホームページを見させていただいていました。そこには、次のように書かれていました。金光教の教徒の列に加えて頂くということは、ご先祖を霊神として家族が家の霊舎で日々ご祈念させて頂くだけでなく、教会の霊舎でも先生方が日々ご祈念下さり、また御本部でも金光様が日々ご祈念下さるのです。日々ご祈念をこめて頂けること、お礼お詫びお願いをさせて頂けるということは、どれ程御霊様にとってお喜び頂けることでしょうか。またご先祖を丁寧にお祀りさせて頂きますと、生き生きと御霊様が働いて下さり、子孫も助かるのです。さらに私達が御信心させて頂くと、ご先祖も助かり、私達も助かり、また後々の子孫までもが助かり、過去・現在・未来までもおかげが頂けるのです。★教徒の列に加えて頂かれるお家が、一軒でも多く増えて頂けますよう、日々お願いさせて頂いております。以上です。今日、改式をする方がおられることと、ピッタリ一致します。そして、阿倍野教会からもお参りされる。何か、すべてが計ったように起こっているようです。神様はそういうお方であると思います。無駄のない、つじつまのあった働きをされます。
2009.08.20
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今日、改式される方があります。改式とは、仏教で御葬式をしていたのを、金光教式でするようにすることです。御霊様も、生神金光大神様の手続きで祀らせていただくようにするのです。生きているときは、生神金光大神様のお取次を頂きながら生活させていただき、御霊になってからも、生神金光大神様のお取次を頂きながら、生活させていただくのです。このことで、助かりの御霊とならせていただくことができるのです。先祖の御霊様が助かると、子孫が助かることになってきます。そういうことで、改式は有り難いことなのです。こう書くと、仏教では御霊様が助からないのか、というクレームがつきそうですが、そうではなく、生神金光大神取次をもって天地金乃神様にお願いすることで、より天地金乃神様のみ働きを頂くことができる、ということなのです。信心せんでも、おかげはやってある、と言われるように、改式しなければ助からない、ということではありません。誤解のないように。今日、改式される先祖の御霊様方が、おかげを頂いていかれるよう、心を込めて仕えさせて頂きたいと思います。
2009.08.20
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昨日、元気塾でお話させていただきました。どのようなお話ができるだろうか、と少し心配していましたが、やはり神様にお願いしていましたら、させていただけました。クリエイト21は、祈りと修行の集団だ、と言わせていただきました。真剣に祈り、自分を磨くことに力を入れています。そして、自分が磨かれてくると、人を助けたい思いが強くなってきます。そして、お手引きをする人も出てきます。人の助かりのために修行もしだします。クリエイト21は、その段階まで来ているように思います。自分がすると思わず、神様にお祈りする。しかも、イメージを描いてお祈りする。そのお祈りを、必ず神様が聞いて下さる。その具体が、例会で発表されるところが、刺激的で、生き生きした会になっている理由ではないだろうか、と話させていただきました。
2009.08.19
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今日は、朝から、九州の博多の方へ出かけます。最近は、朝の教話を信者さん方にしていただいているので、自分も話す稽古をさせられるのでしょう。話の内容も、クリエイト21の説明ということで、今までにしたことのないものですので、どうなりますやら。しかも、90分ほど話さなければなりません。そんなに話す内容がない・・・。まあ、その中から、引き出されるものがあるのでしょう。神様のなされるままに、随神(かんながら)で行かせて頂きます。では、行ってきます。
2009.08.18
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北九州に「元気塾」という教師の会があります。その幹事の先生方に、クリエイト21について、明日、お話に行かせて頂きます。それだけクリエイト21が注目されていることは、有り難いことだと思います。例会の参加人数も、3年ぐらい前から増えてきています。2005年には、6~8人ぐらいだった参加者が、今は、15人ぐらいの参加者になっています。なぜそのようになったのか、私も分からないところがあるのです。その理由が、今回の話し合いで分からせていただけたら有り難いと思います。少し前、信徒会のほうでもヴァーチャルエンタープライズセミナーについて再構築をする話し合いで、クリエイト21のメンバーが出席して、話し合いをしました。そこで、クリエイト21がうまく行っている理由が、3つほど導き出されましたが、今回もそのようなものが見極められていくといいと思います。
2009.08.17
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私は、大学時代、1年間、川上教会に下宿させていただいて、そこから大学に通いました。その時、川上教会の皆さんにお世話になりました。信心も、よく分かっておらず、もったいないことであったと思いますが、そこにおらせて頂いていたことは、とても有り難いことであったと思います。越智常太郎先生の奥様であるフサ先生も、その時は、お元気で、私のことを気にかけて下さいました。そのフサ先生が亡くなられて、20年たちます。その20年祭に、私に話をしてほしい、という依頼がありました。どんな話が出来るか分かりませんが、恩返しのつもりで、精一杯お話をさせて頂きたいと思っています。
2009.08.16
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8月8日から毎朝、信者さんにお話をしていただいています。皆さん、一生懸命、真心を込めてお話をして下さいます。毎日、感動します。それぞれの人の命が輝いています。人が良く生きようとする姿に打たれます。人間って、素晴らしい、と感じます。さすが神の子です。人に優しく、自分に厳しく、何事も有り難く受けていく。そういう自分に、私はなりたい。
2009.08.15
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金光教は、大阪と福岡が盛んです。教会数も多いし、大きな教会も多いです。なぜなのだろう、と考えます。それは、そこに徳者が出られたからであろうと思うのです。大阪では、湯川安太郎先生、伊藤コウ先生、三宅歳雄先生・・・少し時代がさかのぼれば、白神新一郎先生、近藤藤守先生・・・(ランダムに思いつく先生を上げているだけですので、大徳者の先生を落としていることと思いますが、ご了承ください)。福岡では、桂松平先生、安武松太郎先生、石橋松次郎先生、吉木栄蔵先生、松田東吉先生・・・(名前をあげるのは、気を遣います。ご無礼がある場合はお許しください)。そうした徳者に触れると、その感化を受けるのです。また、実際に教導を頂かれる人も多いです。そうしたことで、徳者の周りから徳者が生まれ、ごひれいが立って行ったのです。ですから、私たちも、自分の信心を磨くことで、自分に触れる人にいい影響が与えられるのです。信心を磨けば磨くほど、自分も助かり、人も助けることになります。ですから、世のお役に立つためにも、信心を磨いていきたいと思います。そして、信心を磨くには、徳者の生き様に学ぶのがいいように思うのです。
2009.08.14
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私は、毎日、お取次を頂くことが、一番のおかげの近道であると思います。それは、信心の徹底ということでもあります。神様と自分との間に隙間をいれぬことでもあります。できれば、朝と晩に2度お取次をいただけたら、素晴らしいと思います。佐藤テル先生が、「朝日を拝む人は多いが、夕日を拝んで、一日のお礼を申す人は少ない。お湯に入る時は拝んで入るが、出るときには、もう忘れる。何でもつじつまが合わねば、おかげにならぬなあ」と言われています。朝と晩に、できれば教会にお参りしてお取次をいただけたらいいですが、それはなかなか難しいですから、教会の方を向いて、その場にお結界を思い描いて、お取次を頂けばいいのです。イスラム教などでは、メッカの方向を向いて、1日に何度も拝礼をしていますが、あれは非常に大切なことなのです。神様に繋がりやすくなります。多少、周りの人が驚きますが。しかし、急に正座して、頭を下げだしても、誰も驚かないようになる、そんな世の中になるといいな、と思います。
2009.08.13
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昨日のブログには、朝4時からのご祈念に604人の人のことを祈らせていただく、とかっこいいことを書いたりしましたから、さっそくお試しがありました。昨日の夜、長い電話があり、夜の12時を過ぎ、その後、お風呂に入ったり、メールの返事を書いたりしていると、寝るのが1時を過ぎました。その上、その電話にも考えさせられていたので、気持ちが朝起きる方へ意識が行っておらず、遅れず起きられますように、というお願いをせずに寝てしまいました。そうしましたら、起きたら5時でした。1時間の遅刻です。朝4時からのご祈念ができません。しかし、こんなことで落ち込んではおられません。どうであれ、神様よろしく、とお願いするしかありません。私が祈ったからおかげがあり、祈らなかったらおかげがない、というものではありません。それぞれの人が神様に心を向けて下されば、おかげになります。私は、それぞれの人が神様に繋がっていただけますように、と祈るだけです。神様に繋がってくださっていれば、大丈夫です。
2009.08.12
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100日信行も4日目を迎えました。私の100日信行も日々おかげを頂いているのですが、その信行に対して、神様があるお話を見せて下さいました。それは、油木教会の竹之上文子先生のお話です。石井格之助先生が、私が教会長になった時に、「あんたにひとつ言うて聞かせておく」と言って、「ええか、信徒名簿を作って毎朝、信者の名前をずうーと唱えて、『今日一日、この氏子の身の上安全お守りくださいませ』って祈ってやれ。亡くなりました、という電話がかかったんじゃ間に合わんし、大病で今病院へ送りました、言うてからご祈念するのも、こりゃ大変じゃ。だから毎朝、『この氏子の命をお守りください』と言うて毎日祈っとけば、何かがあったからといって飛んできても、電話をかけてきても、その時にはすでに助けてもろうておるんじゃ。だから名前を唱えて拝んでやれ」と言うて教えて下さいました。というものです。私の信行として、1日のうちに604人の名前を唱えてのご祈念をさせていただいていますが、「毎朝」というのが、神様からのメッセージとして飛び込んできました。できる限り、朝の4時からのご祈念でさせて頂きたいと思いました。
2009.08.11
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昨日の全国大会を終え、お広前が、平常の有り様を取り戻しました。お広前と言うよりは、私の心が、と言った方がいいかもしれません。しかし、すでに次にしなければならないことが迫っており、あまり、ゆっくりできません。しかし、本当は、すべてのすべきことから解き放たれて、祈りに徹することが出来ればいいのだと思います。しかし、忙しい人ほど、時間をうまく使って、色々なことができ、暇な人は、ボーとして、何も出来ない、と言われたりします。私も、昨日までの疲れか、ボーとして、祈りも仕事もはかどらない感じです。だからこそ、神様にお願いしなければなりませんね。どうぞ、私をお使いくださいと。
2009.08.10
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少年少女全国大会にバンド行進をさせていただいて、今回で32回目になります。その中で、雨の中を行進したのは1度だけです。本当は、もう1度あるのですが、その時は、激しく降っていた雨がやんで、行進するときにはあがっていましたので、私たちの隊はぬれませんでした。1度は、びしょ濡れになりました。この時も、何かの記念の年でした。記念の年には、お試しのように雨が降ります。それでも、有り難く受けるかや、というお試しだと思います。普通、雨の中を行進したり、行進を取りやめにしたら、愚痴不足が出るでしょうが、そういう人がほとんどいなかったことが、金光教の素晴らしさだと思います。みんな淡々と雨なら雨のように過ごしていきます。
2009.08.09
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今日は、少年少女全国大会がありました。朝から、雨が降っていました。これは、どういうご神意であろうか、と考えました。ぎりぎりまで、演奏をする準備をして行って、それでも雨が降っていたら、行進を中止しようと思っていました。というのも、神様に問いかけていました。雨の中を行進しなければ、真ではありませんか?そうすると、合宿で、今回の行進を目指して一生懸命練習した真は、神はすでに受け取っている。ですので、無理に行進しなくてもいい、という気になっていました。でも、ほとんどの隊が雨の中を行進しました。それはそれで、素晴らしいと思いました。ただ、辞退したから情けない、とも思いませんでした。神様にお伺いしてしたことであるのなら、どちらでもいいと思うのです。大切なことは、己を虚しくしてお伺いすることです。
2009.08.09
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いよいよ今日から100日信行です。ミニスカートだのミニ袴だの言ってる場合ではありません。今朝は、6時のご祈念後、信者さんにお話をしていただきました。お礼の信心をさせていただきたい、というお話でした。明日から、どのようなお話が聞けるか、楽しみです。今日の2時のご祈念後の教話は、四神様のご理解を読ませていただきました。さすがに、すごく、身が引き締まります。その中に、「夜は遅く朝は早いので、居眠りなさることがあったが、頭の毛を抜いたり足の股にきりをつき立てて、眠気をお覚ましになっていた。そのため、頭の毛は薄くなっておられた」とあります。私も、頭の毛が薄くなってきていますが、そういう苦労があるので・・・?
2009.08.08
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1日中、袴をはいています。袴は、結構、暑いです。女性のスカートをはく苦労がわかる気がします。それで、ミニスカートをはいてみたくなる気持ちも分かりました。涼しいのも魅力なのでしょうね?そんなことないか。
2009.08.07
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少年少女会のバンド合宿が無事終わりました。体力的には、しんどかったですが、クーラーの効いた部屋で練習したので、楽でした。これからは、クーラーのないところで、座っていなければいけません。終了後、しばらくお結界に座っていましたが、汗が噴出しました。ああ、これがお結界修行だなあ、と思いました。この辛抱こそ、身に徳を受ける修行じゃ。その辛抱をさせていただきたいです。
2009.08.07
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合宿も、何とか最終日にまで、こぎつけました。昨日は、12時に寝ました。そして3時半に起きられました。しかし、4時からのご祈念は、ほとんど寝ていましたが・・・・。明日から、立教150年100日信行が始まります。朝ご祈念の後、信者さんに順番にお話をしていただきます。どんなお話が出てくるか、楽しみです。
2009.08.07
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昨日から、少年少女会のバンド合宿をしています。昨日の夜は、リーダーたちと話していて、12時を過ぎました。それからお風呂に入り、メールの返事などを書いていると、1時半ごろになりました。それでも、2時間睡眠で、3時半に起きることができました。だんだん体が、こういうことに慣れてきたのかもしれません。でも、今日、昼の練習がきついかもしれません。精神が体を凌駕できるように、これもご修行です。
2009.08.06
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今日から3日間、少年少女会のバンド合宿があります。ちょっと忙しくなります。それが終わって、100日信行に突入します。100日信行の2日目は、少年少女全国大会です。なんか、しっちゃかめっちゃかな感じですが、やるしかありません。
2009.08.05
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前に書いたように、桂松平師の命を救われた金光四神様の見抜き見通しのお徳を書きたいと思います。桂松平が入信して間もない明治17年のころである。桂は柳井(山口県)で店に勤め、大分県、福岡県の各地を行商していた。この年のお盆の集金に得意先を回っているとき、あまりにも気の毒な店があったので、勝手に売掛金をタダにして店に帰ったところ、怒った主人は、桂を店からたたき出してしまった。桂は残念でたまらず、色々と思案した上、思いあまって、「この上は、今一度、大谷(ご霊地)にお参りして、金光四神様に最後のお礼を申し上げ、老母の行く末のことをお願い申し上げて後、腹を切って周防灘に身を投げて死のう」と思いつめ、柳行李の中に、日用品と一緒に短刀を隠して、ご霊地に向かった。お広前に参拝すると、金光四神様はいつもの通り、お取次くださった。桂の心は重く、「金光様、このたびは少し遠方に旅立ちをすることになりました。それで、帰りもいつになるか分かりませんので、お別れに参りました」とお届けした。金光四神様は何も仰らずに、立ち上がって奥に入られた。しばらくしてお出ましになると、お結界から封筒を出され、「桂さん、これでしばらくの間、目の上のハエを追いなされ、柳行李の中の物は、帰りに周防灘で捨てなされ」と仰った。後から封筒の中を見ると、売掛金と同じ額のお金が入っていたのである。すごいですねえ。桂先生も、それからは、命を捧げた御用をされたわけです。
2009.08.05
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金光四神様は、激しい修行をされていたこともあり、見抜き見通し的なところがありました。前に、三宅先生への「馬鹿と阿呆で道を開け」は、四神様のお言葉であった、と書いたコメントの中に、その背景も書きましたが、吉木先生が福岡布教に行くようにいわれる前には、北海道布教を願われていたのです。そこのくだりを書いて見ます。明治23年に道の教師となった吉木栄蔵は、心密かに北海道布教を決意していた。桂松平のお供でご本部に参拝した吉木は、金光四神様に北海道行きについてお届けし、ご神命をいただきたいと、お結界に進み出た。その時、まだご挨拶もしないうちに金光四神様が声をかけられ、「吉木栄蔵、遠方行きは、やめたがよかろう。死にに行くのか。それよりは福岡へ行って道を開け」と仰ったのであった。以後、三宅先生のコメントの言葉に続きます。このような、見抜き見通しのところがあられます。このようなお話で、桂先生を助けられたお話は感動的なので、また次に掲載させていただきます。
2009.08.04
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金光四神様とは、教祖様の後、お取次をされた二代金光様です。激しいご神勤で有名です。『二代金光様のご理解』には、次のように書かれています。朝は早く起きられ、四時には神様にご拝礼されていた。夜明けから終日お広前に座っておられ、ご帰幽になられる直前の数日を除いては、いつお参りしても、お取次を頂くことができ、金光様にお会いできない時はなかった。参拝者が幾組か集うのを待って、ご祈念に立たれるとき以外に、お取次の座を離れられたことがなく、便所に行かれたり、昼食に下がられたことを見たことがない。冬の寒い日でも日を近づけなさらず、また、夏の炎天にも格別に涼をとったり、蚊を追うこともなされなかった。まあ、人間業ではありません。私は、袴をはいているので、熱がこもってくるので、必要もないのに歩いたりします。少し空気の入れ替えができるからです。または、寒い駄洒落を言って、少し周りの温度を下げています。
2009.08.03
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昨日の少年少女会でのお話は、教祖様が四国八十八箇所巡りをされた時のお話をしました。その時、途中で「戸たてずの庄屋」を訪れました。その庄屋には、弘法大師のお徳で、戸を閉めなくても泥棒が入らなかったということです。教祖様も、後に、戸を閉めれないように、敷居に板を打ち付けられました。それは、いつでも、参拝者が参れるようにするためでしたが、このときの記憶が頭をかすめたかもしれません。お徳をいただけば、泥棒にも入られない。そういう例もあるのです。ある大泥棒が捕まりました。警察が、「お前ぐらいの大泥棒であれば、怖い経験はないだろう」と尋ねました。それに対し、「いや1度だけ怖いことがあった。ある家に泥棒に入ろうとしたら、玄関のところに白い髭の老人が立っていて入れない。そこで、裏に回って、裏から入ろうとしたら、そこにもその老人が立っていた。そこで、横から入ろうとしたら、そこにも立っているではないか。このときほど恐ろしいと思ったことはない」と話したそうです。その老人は、教祖様だったのでしょう。その家の人の信心の徳でもって、泥棒から守られていたのです。そんな話をさせて頂きました。何にでもお徳は効くのですね。
2009.08.03
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バカとアホについて、くだらないことを書いてしまいましたが、バカとアホのどちらも可愛いものです。教祖様の生まれられた岡山では、バカやアホのことを何と言うでしょうか。それは・・・・。「アンゴウ」です。こう言われると、大阪の人も、東京の人も、がっくりくるでしょうね。岡山の人は平気ですが・・・?
2009.08.02
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載りましたねえ。神様のお許しが出たようです。ちょっと遊んでしまいました。半分壊れてますねえ。
2009.08.02
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1日、3回書くと、200アクセス行くので、戯れにバカとアホ談義をしたいと思います。あなたは、言われるとしたら、バカがいいですか?アホがいいですか?私は、どちらかと言えば、バカがいいです。男性の人で心当たりのある人もいるでしょう。女の子に、胸をたたかれながら、「バカ、バカ、バカ・・・」と言われて、可愛いなあ、などと思ったことが。エッない?まあいいか。その時、もし、「アホ、アホ、アホ・・・・」と言われたら、このヤローと思うでしょう。これは、信者さんも読まれていることですから、こんなくだらないことは書かない方がいいのです。いろいろ思われます。「また、先生、バカなことを書いて・・・」「教会長の自覚を持ってもらわないといけません」「そんなふしだらなことを・・・」しかし、このことは、私がされたということではありませんから。誤解のないように。だいたい私は、立場によってものが言えないところがあります。本部青少年室員の時も、東中国教務センター所長の時も、あまり立場を考えずにものを言っていました。そのことで注意されたこともあります。しかし、立場によって言うことが変わるなんて、おかしいでしょう。相手の気持ちは考えないといけませんが、自分の気持ちを正直に言うことは、大切なことだと思います。などと言いながら、格調を少し上げて、アップします。こういうときは、神様が載せなさらないときには、電波が途切れて、おじゃんになります。さあ、どうなりますか。
2009.08.02
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資料を整理していたら、昔の写真が出てきました。1枚は、田植えをする稲を作るためのもみを蒔いているところの写真です。川口正雄さんと川口忠士さんが、一生懸命してくださっています。お2人とも亡くなられました。あの時は、地球環境を少しでも守るんだ、という気持ちで頑張っていました。そして、お2人も協力して下さいました。なんか、涙が出てきます。有り難かったなあ、と思います。きっと、お2人とも神徳を頂いて、向こうで、神様に可愛がって頂いていると思います。もう1枚の写真は、竹の会で「空き缶拾いゲーム」に出かけた写真です。海岸に落ちている空き缶を拾うゲームをするという、楽しみながらお役に立つ試みです。子どもたちもみんな小さく可愛いです。ピースも連れて行っています。竹の会のメンバーも、皆、家族連れで19人集まっています。みんな頑張っていたなあ、と思います。みんなキラキラしています。今も、昔も、その時その時、全力で頑張っていたのですよね。その積み重ねが今なのです。そして、今は今で、全力で信心に取り組むだけです。できるできないに心をとらわれる必要はありません。取り組むことは、誰でもできます。三宅先生が、師匠から、「バカでもできる一生懸命」と言われたそうです。そうですね。それしかありません。神様におすがりしながら、一生懸命やらせていただくしかありません。それで、道は開かれていくのです。神様が開いて下さるのです。何も心配することはありません。
2009.08.02
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少し前から、少年少女会を始める前に、お話をさせていただいています。教祖様のお話です。この前は、第2回目でした。教祖様が、友達に誘われて、お金を賭けた遊びをされたところを話させていただきました。お金がないからと断ったのに、友達が「貸してやるから、しよう」と言って、結局負けて、親に払ってもらい、ひどく叱られた、という話です。お金を賭けることはよくない、ということ。そして、そういう誘いには、強い意思で断る勇気を持つことが大切ということ。お金を借りることもよくない、ということ。最近は、カードでお金を借りて、どうしようもなくなる若い人が多いのです。子供の時から、そうした知識を身につけてほしいのですが、記憶に残してくれるのでしょうか。いやいや、繰り返しが大切です。大切なことを何度でも言う。そういう環境が大切だと思います。
2009.08.02
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7月30日に、ピース(飼い犬)が気持ちよさそうに寝ていることを書きました。すると、私がアクセス数を意識しているブログ、阿部敏郎の「いまここ塾」というブログで、7月31日に、猫が熟睡している写真がアップされました。http://abetoshiro.ti-da.net/そして、今日(8月1日)は大きい猫(トラ)が寝ている写真がアップされました。動物は、なぜ、あんなに気持ちよさそうに寝るのでしょうね。寝姿自体に癒しがあります。
2009.08.01
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今晩は、岡山の花火大会があります。午前中激しい雨が降りましたので、どうなるだろうか、と思いましたが、今はあがっており、このままでいけば、できそうです。花火大会も、不況のため企業が出資金を出せなくて、去年で中止になりそうでしたが、有志が出資して、行なわれることになったそうです。(詳しくは知らないのですが・・・)そのかわり1時間に短縮されましたけど。この花火大会には、広い河原が人で埋まります。どこから湧いてきたのだろう、というぐらい人がいます。夜のご祈念がすんでから、河原まで見に行こうかどうか迷っています。人ごみに行くのは、あまり好きではないのですが・・・。
2009.08.01
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7月が終り、新たな月8月を迎えました。1日1日が、神様が恵んで下さった日であり、すべての日がいい日です。そういうことで、金光教では、日柄方角を見て、いい日悪い日を言うこと自体がご無礼なことだとされています。すべてがいい日なのですが、特に月が変わったりすると、最初の日を、改めて感謝させて頂く日にしたい思いがあります。8月にも、新たな日に命を頂いた、という感謝です。教祖様は、月の三日参りといって、1日、15日、28日の三日に一日かけて神社仏閣に参られたそうです。そこまで、神仏に感謝を込められました。私たちは、神様のお働きで、日々生かされています。そのお礼に心を込める。特に、お一日(ついたち)には、特にお礼の気持ちを捧げさせていただきたいです。
2009.08.01
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