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昨日晩までに、「洗心」の印刷だけは済ませておかないと、今日、信者さんがたが製本をして下さると思い、夜遅くまで頑張りました。そして、深夜の2時ごろできました。結局、2時半に寝ることができました。それから寝るので、1時間ほどの睡眠だな、と思っていましたが、3時半には起きられず、5時まで寝てしまいました。寝過ごしてしまった、と思いましたが、それでも2時間半睡眠なので、無理もない、と自分を慰めました。2時間半寝たら、1時間を想定していましたので、頭がはっきりした感じです。予想をすると、それに対応できるように、体が準備をするのではないかと思います。そして、予想よりも1時間半も長く寝られたので、体がしゃんとした感じがしたのではないでしょうか。この予測が当たっていれば、徹夜を予測しておけば、1時間でも寝られたら、よく寝られた感じがするのではないかと思います。以前「断眠」という本を読んだことがあるのですが、それには、人間は寝なくても生きられる、ということをベースに考えています。ですから、その著者は90分ほどの睡眠で、何年も元気で働いているのですが、それは、予想が眠らなくてもいいところにおいているので、90分の睡眠で、体が十分睡眠をとった感じがするのではないかと思います。でも、これは、私の憶測なので、間違っているかも分かりません。やはり、よく眠らないと、体を痛めるのかもしれません。今日は、よく眠ることにしましょう。
2009.03.31
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アクセス数が8万になろうとしています。たくさんの人が、私のブログを読んでくれます。何を読み取って下さるのでしょうか?それよりも、私が、何を伝えようとしているのでしょうか。この世の中は、天地金乃神様のお徳が満ちており、祈ることによって、そのお徳を頂き、おかげを頂くことが出来る。否、そのお徳を頂かなければ、人は行き詰ってしまう。人が人として生きていくためには、お世話になっている天地金乃神様に、お礼、お詫び、お願いをしながら生きていかなければならない。そのような生き方をすれば、必ず助かることができる、どうぞ助かりの道に入ってほしい、そのためにも、お取次を頂いてほしい、そのことを伝えたいのだと思います。
2009.03.28
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私が26日に九州にお話に行くことになっていましたが、ある事情ができて、その会がもてなくなりました。それで、わざわざ主催者の先生が、私の教会まで、お詫びに参拝されました。そんなにされなくても、電話でいいですよ、と申し上げたのですが、気持ちがすまないからと、わざわざ九州から来られました。こういうのが「実意」と言うのでしょう。恐縮してしまいます。しかし、私は、急遽、昨日、お葬儀が入り、26日がなくなったことで、時間的に助かりました。29日には、信者さんの50日祭、納骨もあります。これで、26日もお話があるとすると、にっちもさっちも行かなくなったのではないかと思います。今でも、月刊誌「洗心」の作成が、危うい感じです。ですから、ブログを書いている余裕はないのですが、実意さに触れて、つい書きたくなりました。
2009.03.25
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今朝、金光教式のお葬儀をしてほしい、という依頼がありました。私たちは、天地金乃神様のお徳とお恵みによって、生かされています。ですので、亡くなった時には、生前のお礼を天地金乃神様に申し上げ、又、ご無礼不行き届きのところはお詫びし、御霊となっても、天地金乃神様のおかげを頂かなければならないので、御霊の立ち行きをお願い申し上げることは、大切なことなのです。先ほど通夜祭を仕えさせて頂き、明日は葬儀式を仕えさせていただきます。このようなお葬儀の依頼があるのも、何かの思し召しがあるように感じています。人の生き方において、神様を頂いていく生き方が、とても大切だと思います。そういうことで、月末ということもあり、しばらく忙しく、ブログの更新ができないかもしれません。
2009.03.23
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明日は、霊祭です。金光教祖は、「葬儀は質素にせよ。御霊は大切にせよ」と説かれました。霊祭では、先祖の御霊様にお礼を申し、神様に御霊のみ位を高めていただくように、お願いします。そのことを御霊様は喜んで下さると思います。明日は、少しでも多くの方がお参りになり、それぞれの御霊様を拝まれ、それぞれの御霊様が助かられるようになることを祈念させていただきます。今日から御霊様方は霊祭を楽しみに待たれているのではないかと思います。御霊様の様子が分かれば、みんな霊祭ももっと一生懸命されるのだと思います。霊祭をすれば、先祖の御霊様が小躍りして喜んでおられる様が映像に映りますと、霊祭をしてよかったな~、と思うのですが、などと考えるのも楽しいですね。
2009.03.19
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今日、クリエイトの例会の報告書の発送作業が行なわれました。急遽5人の方が集まられて作業をして下さいました。ありがたいことです。今回は、研修会の時の講話の要旨と、前回の私のお話も入っています。明日、メール便で発送される予定です。会員の方は、楽しみにしていて下さい。
2009.03.18
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父が腰痛のため、今月末まで入院することになりました。腰痛は、なってみなければ分からない痛みがあるようです。病院で安静にしながら様子を見るようです。安静にすることで、痛みがなくなることを祈っています。神様になおしていただきましょう。祈れ薬れにすれば、おかげも早いです。普通の人は、薬れ祈れにするから、おかげになりにくいのです。手術をしなくてもすむように、お願いさせていただいています。
2009.03.18
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今日は、久しぶりにご本部で会議がありました。岡山駅まで普通はバスで行くのですが、今日は、天気もいいし、暑くも寒くもないので、歩いていくことにしました。後楽園の外苑に沿って行きますので、行楽地を散策している気分です。以前、本部の青少年室に行っていたときは、よくここを通っていましたが、最近は通らなくなっていました。そうすると、いろいろ変化がありました。一つは、川沿いに、石で回廊をつくって、そこを歩けるようにしていました。まだ、ロープを張っていて、そこに下りられなくしていましたが、そこを歩けば、川岸を歩く感じで、いい散歩コースになるでしょう。それにしても、たくさんの石をどこから運んできたのでしょうか。以前、犬島に行って、そこの石が大阪城の石垣に使われていることを知ったりしましたから、石の出所が気になりました。それから、御食事所の大きな建物がなくなっていました。観光客があまり入らず、つぶれたのでしょう。後楽園の外苑を出ると、駅までは、街中を通るのですが、そこも、空きビルがあったりして、不況の厳しさが現れていました。今日は、行きも帰りも歩きました。陽だまりの中を久しぶりに歩いて、気分がすっきりしました。やはり、少しは運動した方がいいのでしょうね。
2009.03.17
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今日、クリエイト21の例会がありました。前に、今回の例会案内がされていないのではないか、と心配しました。それは、1月の報告書に案内していましたので、よかったのですが、それでも2ヵ月前の案内なので、忘れている人もいるのではないか、と心配しました。しかし、蓋を開けてみると、17人の参加で、盛会でした。心配であったので、願ったことが良かったのでしょうか?それとも、ブログにワー、ワー、と書いたので、それがよかったのでしょうか?「心配する心で、信心せよ」というみ教えがあります。心配なことがあれば、神様に真剣にお願いせよ、ということです。それを心配だけして、お願いしなければ、心配したとおりになります。お願いして、そうなると信じればいいのです。そこは、神様を信じるかどうかにかかっています。お願いしても、心配してはいけません。お願いした通りに神様がして下さろうとしておられるのに、心配することは、それをぶち壊す行為なのです。心配せずに、ひたすらそうなる、と祈るのです。祈りは、その成就を早めます。祈りは実現させる力なのです。ですから、今、成就しつつあり、ありがとうございます、という祈りがいいように思います。
2009.03.15
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昨日は、立教150年記念講演会を聞きに行かせて頂きました。今までは、主催者側にいることが多かったが、今回は、純粋な参加者として参加できたので、お話に集中させていただけました。お話は、東京の本中野教会の浅野善雄先生でした。お話の前には、歴代金光様の御神勤の様子をDVDにしたものの上映がありました。神様、歴代金光様の人助けのための、なみなみならない情熱が伝わってきました。自分の至らなさに、申し訳ない思いにならされました。立教90年の映像がありましたが、神様に向かわれるすさまじい気迫が満ちていました。金光様を頂く信奉者の姿勢も、徹底していました。そうした信仰情念が復活することが願わされます。今日は、クリエイト21の例会です。クリエイト21の願いが、情熱ある信奉者の集いの創出です。それは、信心復活でもあります。
2009.03.15
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クリエイト21の3月15日の例会の案内は、1月の報告書でしておりました。さすが、事務の方がしっかりしておられます。私の方が、抜けておりました。申し訳ありません。そういうことで、3月15日の例会には、奮ってご参加ください。まあ、ご案内が徹底したということで、お許しいただきたいと思います。
2009.03.14
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明日は、岡山テルサで、立教150年記念講演会が開催されます。400人の会場ですが、多分450人ぐらいの参加者になるでしょう。これは私の予測ですが・・・。私は、この講演会の教報原稿を頼まれています。明日は、メモ用紙を持って、しっかり聞かなくてはいけません。そのためにも、今日は早めに寝たいと思っているのですが・・・。
2009.03.13
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クリエイト21の例会が、3月15日午後1時半から岡東教会で行われます。研修会が2月28日に行われて、日にちが余りありませんでしたので、研修会の報告書と次回の例会の案内の発送ができずじまいできました。前回例会の参加されなかった人は、次回の例会がいつか分かりませんので、申し訳ないですが、仕方ありません。参加されそうな人には、個人的にお知らせください。そして、呼びかけあって、たくさんのご参加をお願いします。そみさんのつくってくださったクリエイト21のサイトの掲示板にも書いておきましょう。よろしくお願いします。
2009.03.12
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結界恪勤を1年でもいいから、してみたいと思います。どのような心境になるのでしょうか。来る日も来る日も、ひたすら座る、ひたすら人のことを祈る。確かにしんどいでしょう。嫌になるかもしれません。しかし、そこはかと有り難いものが湧き上がってくる気がするのです。今は、他教会の大祭とか、会議とか、いろいろな行事で、出て行かなければならない日が、月のうち何日かはあります。そういう日をなくしたい気がしきりにします。お願いしておきましょう。
2009.03.11
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次女が帰ってきました。1ヵ月ほど南米を女性3人で旅をしてきました。治安が悪いので、無事を祈っていましたが、無事に帰ってきたので、やれやれです。神様にお礼申し上げます。どれほど守られていたことでしょう。危ない目にはあわなかった、とのことですが、守られていればこそです。その次女が、「寒い」を連発しています。確かに、南米は、今、夏ですから、夏から冬にやってきた感じで、普通の人より寒さを感じるのでしょう。でも、普通の生活より、教会の生活は、寒いかもしれないと思います。暖房も十分ではありません。しかし、少し辛抱する生活が、大切なようにも感じています。それが修行になるのです。今日も水行をしましたが、次女が言うように寒いのか、いつもよりきつく感じました。しかし、寒いからこそ、必死で難儀な人のことが祈れる気もします。
2009.03.10
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笠岡教会の斎藤信子先生が3月10日に百歳を迎えられます。信子先生は、祖父・博志の妹です。3月10日には、笠岡教会でお祝いの会がありますので、私も出席させていただきます。この時に、岡山県・笠岡市からお祝いの記念品が贈呈されるそうです。「神徳を積みて、長生きをせよ」という教祖様のみ教えがありますが、私も、あと49年生きて、百歳のおかげを頂きたいと・・・と言いながら、半分諦めている自分がいます。命は、神様の領分ですが、「どうぞ末永く、お役に立たせてください」という願いはいるのだと思います。
2009.03.09
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3月26日に、九州の「元気塾」の先生方にクリエイト21の説明に行くことになっています。九州の信心は、激しいので、私のような生ぬるい信心の者が行くことは、心苦しいところがあるのですが、成り行き上、受けざるを得ませんでした。クリエイト21の会員で、全国の教会を巡拝している人がいますが、その人が九州のある教会で、「クリエイト21」の名前を出されたとき、その教会の先生は、「栗をエイっと21拾う会」かと思った、と言われました。しかし、「元気塾」は「クリエイト21」に刺激されてできた会だとも聞いています。お互いがいい刺激を与え合えれば有り難いと思っています。しかし、それまで、私は眠れない夜が続きそうです。と言いながら、しっかり寝ていますが・・・。
2009.03.07
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一心に願うことを教祖様は教えて下さいました。一心とは迷いのないことぞ。必ずおかげいただける、とひたすら祈る。後ろから槍先で突かれても振り返らないほどの一心。そういう祈りの繰り返し。日に日に新たな気持ちで願う。何としてもおかげ頂く。そういう気持ちに、神様は必ず応えて下さいます。おかげは我が心にあり。おかげは、こちらの心のありようにあるのです。おかげ頂く、という心におかげがあります。おかげがあるでしょうか、どうでしょうか、という心にはおかげがいただけません。一心の祈りをさせて下さい。願いは叶います。
2009.03.06
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12日間、学院生が教会で修行をされるということは、受け入れ教会にとっても、気持ちにはりをもたらしていました。学院生が帰られてから、何となく集中力が出ないような気がします。もっとも、今日は、岡山県のご本部への月参でしたから、本部広前で、集中してご祈念をしましたが、昨日の午後は、何となく穴があいたような気がしました。昔は、修行生を抱えた教会が多くありましたが、修行生がいると、やはり日々の緊張感が違いますから、先生方も力がついていくのだろうと思いました。まあ、12日間ぐらいだからいいのかもしれませんが。学院生を送るときには、信者さん方が、8人来られました。最後は、握手をしてお別れしました。涙、涙のお別れにはなりませんでしたが、ジーンと心に響くお別れになりました。しかし、いつまでも、余韻に浸っていてはいけません。明日は、信者さんの手術などが2件あり、あさっても手術が1件あります。ご祈念三昧にならせて頂かなければなりません。
2009.03.04
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明日で、学院生の教会実習が終わります。12日が、あっという間に過ぎた感じです。学院のカリキュラムの中で、私も、修行生を持たせていただく体験をさせて頂きました。しかし、何ほどのものが伝えられたか、心もとないです。しかし、昨日、激励会をさせていただいたのですが、その時の意見では、伝えたいものをそのまま受けて下さっている感じがして、とても有り難かったです。明日1時に教会をたたれます。お見送りの人が何人かありそうです。明日は、涙涙のお別れになるかも・・・。
2009.03.02
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クリエイト研修会では、大南教会の永井先生にお話していただきました。私の従姉弟が奥さんですので、親戚関係になります。大南教会は川上教会の出社でもあります。お父さんの永井肝四郎先生が、学院に勤めに出られることになり、勤めに出られた翌日から、全くお参りがなくなったそうです。それまでは、まあまあお参りがあったので、引き続きお参りがあれば、自分でもやれるであろうと、高をくくっておられたそうです。それどころか、自分の方が、ごひれいを頂いてみせる、とまで思われていたそうです。ところが、全くお参りがない。そういう日が続くと、不安になってきます。そういう中で、ご祈念をするしかない。1日、大祓いを千巻あげられたそうです。千巻あげるには、ほぼ1日中ご祈念しなければならないのです。それを5年されたそうです。そして3日3晩ご祈念をし通されたこともあったそうです。そうした中で、ある本を読み、そこに「自分が御用をするのでなく、親に成り代わってさせていただくことがいる」というのを読まれ、自分はここができていないと気づかされたそうです。親よりもおかげを頂こうと、自分がやる、という思いがいけなかった、と気づかれたそうです。そう気づいたら、最初のお参りの人があったそうです。本当に、神様は、よく見られています。嬉しかったのでしょう。涙ぐまれて話されました。しかし、それで、前のようにいったわけではありませんでした。白菜の漬物だけを食べて、1週間過ごしたこともあられたそうです。そうした時、親教会の川上教会のご神前には、米俵がたくさん積まれているのです。あのうちの一つをもらいたいと思われたそうです。そして二代の先生にお願いしたら、「お前も、米俵を積むようなおかげを受けよ」と言われただけで、下さらなかったそうです。しかし、そこに二代の愛情が込められていたのです。そこで米俵を渡すと、弟子がおかげを受けられずじまいになるのです。「教会で、お米を買うようではいけない」とも言われたそうです。大南教会では、それからしばらくして、お米を買わなくてもいいおかげを頂かれたそうです。それは、今に至っているそうです。そのようなお話の中に、神様の愛、師匠の愛を感じさせていただけるいいお話でした。教話集は、又、作られますので、楽しみにして下さい。
2009.03.01
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