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昨日は、「洗心」を作るのに夜の1時過ぎまでかかりました。それからお風呂に入り、布団に入ったのが午前1時45分ぐらいでした。これでは、仮眠のような睡眠をとらなければならないと思いながら寝ました。睡眠を深くしないような感じで寝ました。おかげで、今朝も4時に目が覚め、起きることができました。2時間睡眠ですが、頭はすっきりしています。以前は睡眠時間をとらなければ、持たない感じでしたが、短時間睡眠でも平気になりました。そうなるには、訓練もしましたが、そうしようという意志の力が大きいように感じます。睡眠時間を短くするには、少食にしなければいけません。また、瞑想なども、睡眠の代わりにできると聞いたことがあります。心中祈念なども、脳波をα波にするので、睡眠を短くするのにいいかもしれません。しかし、心中祈念をしたら、そのまま寝てしまいますね。とにかく、何かを成し遂げるためには、何があってもやる、という強い意志を持つことです。その決意ができたら、み易くその願いが成就するのです。そんなことを、今度の「洗心」に書きました。
2009.11.30
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昨日、結婚式があり、今朝、ご本部への月のお礼参拝をさせていただきました。やっと落ち着いて、「洗心」の原稿にかかれます。明日、印刷できる状態にしなければなりません。そういうことで、時間がありませんので、半兵衛さんやノロカメさんのコメントに返事が書けないかもしれません。のんびり待ってやって下さい。半兵衛さんは、そういう心遣いで、独り言とされていたのでしょうが。これから、書けるでしょうか。神様のお働きを頂かなければいけません。神様のおかげがなければ、私ができるものは、何もないことが分からされます。
2009.11.29
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子供の時から、少年少女会に来てくれたりしていた女性が、今日結婚されました。その結婚式の祭主を私がさせて頂きました。場所も金光教岡東教会です。このことは、その女性の希望でした。相手の男性は、金光教を知らない人でしたが、女性の願いを聞いてくれました。その女性の思いも有り難いですし、その男性の思いも有り難かったです。結婚式の中で、祭主の教話があります。直前までお話が決まりませんでした。その時に口をついて出ることを語ろうと思いました。結婚式をしているときは、神様が喜んでおられるだろうなあ、と感じました。やはり、人が愛し合い、結婚し、子供を生むことは、神様が喜ばれることだと思いました。そして、話す段になって、教祖様が七墓つかされるという不幸なことになられた中で、本当の人間としての生き方を教えられ、その生き方をしていけば、幸せになれる、といった話をさせていただきました。あとで、新郎の方の親族の方が、お話に優しさがあってよかった、と言って下さいました。神様の、どうぞ信心しておかげを受けてくれよ、という愛の心が表れたのであろうと思いました。私は、神様の思いを表現したいと願っていました。それが伝わったのかな、と思って有り難かったです。この結婚式を、簡素だけれど、深いものがある、と言われた方もありました。そのことも有り難かったです。
2009.11.28
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ある教師研修会で、講師の先生が、「あなた方は、日々御用が楽しくできていますか?」と問いかけられました。朝起きて、今日御用させていただくのが、ウキウキするようであれば、いい御用ができるであろうと思います。ある先生は、難儀な人が問題を持って参って来ると、思わず笑顔になる、と言われていました。さあ、どんなおかげに神様がして下さるであろうか、と楽しみだと言うのです。結界取次さえ頂いていれば、大丈夫、おかげになります、という確信が持てます。絶対おかげになります。おかげにならないはずがありません。さあ、どんなおかげを下さるでしょうか。今日も、ワクワクして神様のお働きを見させていただきましょう。
2009.11.27
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大塚さんから「かながわ」という教会誌を送っていただいたのですが、それに次のような芝教会長のお話が載っていました。宇津木先生のお祖父さんに当たる先生が、16歳の八重さんと結婚し、二人で布教をしていました。そうした中、八重さんが18歳の時、スペイン風邪でいったん脈も止まったそうです。ああ、遂に死なせてしまった、と思ったとき、過去に自分のご祈念、お取次で助かった人が大勢いるではないか、と思いなおし、4時間ほど必死のご祈念をされました。あとで1週間ほど、胸元が痛んだというほどですから、いかに力を込めたご祈念だったか分かります。ご祈念を終えて、八重さんの枕元に行き、じーっと顔を見ていたら、八重さんが、パッと目を開けたので、「八重、生き返ったか」と言ったら、「ああ、私、遠い遠い国へ行っていました。すると、あなたが大きな声で呼びなさったので、神様が、『お前はとうていこの世には帰れない身であるけれど、あんなに夫がお願いするから、もう帰ってよし』とおっしゃったので、帰ってきました」ということでした。ここに、祈りのすごさを感じます。是が非でも助けたい、助けずにはおかない、という信念を持っての祈りの大切さを思わされました。
2009.11.26
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少し前に、病院が午後休診だったために受けられなかった特定検診を昨日受けてきました。11月末までに受けなければなりませんから、ちょっと切羽詰まった感じでした。今、インフルエンザが流行っているので、多いかもしれないと思ったのですが、すいていました。結果は、今のところ異常なしですが、体重と腹部の周囲が去年に比べ急上昇していました。やはり、水行をすると、皮下脂肪がたまって太るのではないか、という仮説を立てているのですが・・・(冗談です)。動かないのですから、ちょっと食事量を減らさなければなりませんね。あと、運動をしなければなりません。腰痛があったとき、腹筋運動をしていたのですが、よくなったらしなくなりました。腹筋運動と腕立て伏せをしようと思います。
2009.11.25
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私たちは神の子ですから、心は既に神なのです。しかし、原石のようなもので、磨かなければ光ってきません。磨くためにはどうしたらいいか、一つには、感謝することです。健康、お金、食べ物、衣類、家、その他すべてのものを神様に与えられているわけですから、神様に感謝することが大切です。そして、感謝すれば、神様は、その上にお徳まで下さるのです。もう一つは、人の助かりを祈ることです。人の助かりを祈れば祈るほど、心が磨かれていきます。心が磨かれていくことは、有り難く感じるようになることで分かります。このお道は、和賀心になることを目指しています。和賀心は、いつもホッコホッコした心です。その心におかげがあるとさえ言われています。その心になることが、神様の神性を磨きだすことと同じなのだと思います。
2009.11.24
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おかげを頂くには、一心を出すことが大切と言われます。また、「おかげは和賀心にあり」と言われますように、穏やかな和賀心におかげが現れるのです。一心と和賀心、この二つは、相反するもののように見えます。一心の時は、和賀心になれませんし、和賀心の時は、一心になりにくいのではないでしょうか。私は、時間によって、その心持ちを変えていけばいいのではないかと思います。一心の時は、一心になる。神様に、どうぞどうぞ、と願っていく。そして、和賀心の時には、神様の懐の中に包まれたように、安心して、至福の時を過ごすのです。その時に、すべてうまく行っている、と喜んでいるのです。そうしたことの繰り返しの中で、いいように物事が展開していくように思います。
2009.11.23
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ある人が、「水行をするなら、シャワーを頭のてっぺんからかけるのがいいそうですよ。穢れが取れるそうです」と言われました。私は、シャワーの水を足元からかけていき、肩までしかかけません。頭へかけるのは、ちょっと抵抗があります。そうでなくても少ない髪が、もっと少なくなりそうだからです。私は、「穢れが取れるのはいいですが、毛も取れたらいけませんから」と言ったのですが、昨日晩、さっそく頭から水をかぶりました。というのも、水行しながら祈っている方が、昨日、退院しました、と電話を下さったので、嬉しくなったからです。お礼のご祈念も込めて、頭から水をかぶりました。思ったより冷たくなかったです。これなら、頭からかぶる水行はできそうですが、髪の毛へのダメージが心配です。
2009.11.22
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昨日の学院での授業は、最初20分ほどは、話をしたのですが、そのあと作業に移るため、教室も和室に変わりました。それまで、ストーブで暖まっていた部屋から、寒い和室に移り、すぐストーブは入れたのですが、学院生の皆さんは、寒がっていました。私は、それほど寒く感じないのですが、学院生は、ストーブに抱きつくように側に行きます。それを見て、寒さに耐える力が、自分にもついてきたのだろう、と思いました。教会では、暖房をなかなか入れません。3日前からストーブをつけました。しかも、ご祈念の時だけで、ご祈念が終わって、皆さんが帰られると、消します。ですから、これぐらいの寒さには慣れています。それに、水行をしていますから、ますます寒さに強くなってきた感じです。このことはいいことです。食を少なめにし、冷暖房も少なくすることは、命を強めることになるようです。
2009.11.21
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学院の各種活動の講義を終えました。ふ~~~、といった感じです。今、私自身が、各種活動よりも、結界取次の方に力を入れているので、なおさら負担に感じていました。しかし、半兵衛さんに、KJ法の本質を教えていただいたり、いろいろためになったこともありました。無駄ごとはありませんから、これもまたよし、です。昨日、インターネットで調べてお参りになられた方がありました。このような人は、めったにありませんが、それでも、インターネット上に教会の存在を示しておくことは必要なことだと思いました。こうしたことも各種活動ですから、大切なことではあります。このようなブログを書くこともそうです。そういう意味でも、各種活動の講義をさせていただく必要があったのでしょう。1000日修行ですが、昨日も1001人の祈りができました。今日は、まだ200人です。これから頑張ります。
2009.11.20
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昨日も、1015人の人の祈りができました。このようにして、4日目クリアー、5日目クリアー、と書いていくと、ブーイングが起こりそうですね。昨日は、夕方まで400人しか祈れていませんでしたが、午後7時のご祈念までに600人の祈りができました。祈りは、集中力ですね。そして、祈る人の人数も、信者さんが人のことのお願いを多くされるようになったので、数がどんどん多くなっています。今、650人ほどです。そして、新しく加えた人のことの、その後のお届けもありました。やはり、毎日、一度はその人のことを祈っていなくてはいけませんね。そして、今日は、新しい人の参拝がありました。今までの人のことが祈れていれば、神様は新しい人をお引き寄せ下さるのでしょう。明日は、学院の授業で、朝8時から午後1時半ごろまで出ます。少ない時間ですが、しっかり祈らせていただきたいと思います。
2009.11.19
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昨日も、1000人の祈りができました。正確には1016人でした。しかし、このことも、1日教会にいるからこそ出来ることだと感じています。ですから、教会を出る日がどうなるか、心配です。いやいや心配してはいけませんね。やるしかありません。さっそく、明後日、学院の講義に出かけるので、どうなりますか。でも、午前中の講義なので、午後が使えますから、大丈夫でしょう。問題は、28日の信者さんの結婚式で、朝から晩まで忙しいので、いつ1000人の祈りをするかです。朝4時からのご祈念と晩8時からしかありません。500人ずつですね。500人だとほぼ1時間です。晩8時から1時間だと、夕食が晩9時からになります。ちょっと厳しいですね・・・。(TT)
2009.11.18
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昨日は、1000日修行の第1日目でした。1013人の人のことを祈らせていただけました。1度にするのは、しんどいので、6回ぐらいに分けてさせて頂きました。そうすれば、あまり無理なくできました。ご神前に行く回数も多くなり、有り難いことです。そして、お参りになられる人1人1人に「この方に、すべての良きことが雪崩のように起こります」と心の中で言うようにしています。ですから、お参りになられると、その祈りを受けられ、そうなるのだと信じています。それは、このブログ広前でも同じです。ここに参られた方に、すべての良きことが雪崩のごとく起こります。祈り(思い)から、すべてが生まれてくると思います。すべての人に、すべての良きことが雪崩のごとく起きますように。
2009.11.17
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さきほどのブログで、今日から1000日後が2012年9月27日か28日と書きましたが、数え間違えで、2012年8月10日ごろでした。しかし、間違えたのも、何かのお計らいでしょうから、変わらず2012年9月29日の教祖生誕日までの1000日余りの修行に取り組みたいと思います。
2009.11.16
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昨日は、立教150年立教記念祭に参拝しました。1日の御祭りなので、大変な人混みになると予想していましたが、予想通り祭場に入りきれないほどの参拝者でした。駐車場は、植木グランドをお借りしていましたが、私たちの車が入ったところで満車になりました。まだ、正午前でしたが・・・。後の方のことが心配でした。お広前のお届けも、長蛇の列でした。斎場も1階はいっぱいだったので、2階に行きましたが、2階もいっぱいでした。ある信者さんが、どんどん前に行き、私もついていきましたが、「最前列があいている」と言われたのですが、私が見た限りではあいていなかったので、又、後ろに行きました。でも、神様は、席を用意してくださっていたかもしれない、と思いましたが、そのお計らいだけを感謝しました。その信者さんは、他の方に席をつめてもらい、座られました。その方だけが、70歳代で他はアラフォー並びにアラフィフティー(こんな言い方はありませんが)なので、立って拝ませてもらってもいいと思いましたが、教務総長のお話が、聞こえませんでしたので、お広前に行き、祭典は、モニターで拝ませていただきました。教主金光様の「立教神伝」を改めて頂き直しました。祭典後、又、祭場に戻らせていただき、金光学園の音楽祭を聞かせていただきました。とてもよかったです。今日から1000日修行に入らせていただきます。1000日後は、2012年9月27日か28日ですが、9月29日が教祖生誕記念日ですので、2012年9月29日までの修行に入ります。1日1000人の祈りの1000日修行です。
2009.11.16
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今日は、立教記念日です。今から150年前の今月今日に神様から立教の神伝が下ったのです。今日はご本部で立教150年立教記念祭が仕えられます。大勢のお参りだと思います。どのようになるか予想がつきません。いい参拝ができますよう、お祈りさせていただきます。又、今日が、100日修行の終わる日です。しかし、私の新たな信行の始まる日でもあります。そもそも、立教神伝は、専心結界取次が開始されたときでありました。人類救済が始まったときです。今日は、新たな出発にしたいと思います。
2009.11.15
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昨日は、落ち着いてお結界に座らせていただきました。しないといけないことは沢山あるのですが、あえてせずに、じっくり座っていました。お参りも午後は余りありませんでした。このように、何もせずに座っていることは、贅沢な時間です。取次者は、神様の守り、と言われますが、神様の守りをしながら、静かな時を過ごせるのです。そのうち、ふと気がつくと、お広前に不思議な静寂が訪れていました。お広前に何とも言えないものが満ちているのです。神徳というのでしょうか、神様の前という雰囲気がありました。我が身は、神徳の中に生かされてあり、ということがよく分かります。こういう中にお参りされると、おかげが頂けるのに、と思いました。こちらは、いつお参りされても、こうした雰囲気が醸(かも)し出されているお広前の状態にしておきたいものです。それには、常に神様と氏子の願いに意識を集中しておくことがいります。今日もそういう時間が持てますよう、お願いさせていただきます。
2009.11.14
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「ITスペシャリスト」さんのしておられることと私がしたことが非常に似ていると思っていましたが、今日のブログを見ると、EM1号を飲まれたことがあることを聞き、笑いました。実は、私もEM1号を飲んだことがあります。もう15年前ぐらいになりますが、本部の青少年室に出ていたとき、EMの可能性に希望を見出し、EM農法による米づくりまでしました。その時、EM1号を使って、生ごみ処理をして田んぼに入れていたのですが、健康にもいいということで、飲みもしました。又、他の人に勧めたりしたのですが、EM1号は、農業用なので、飲むと害がある、と言う人が出たりして、あわてたりしました。いろいろ思い出があるものです。今も、生ごみ処理するのにEM1号を使っていますが、飲んではいません。飲料用としてEMーXが出ていますし、癌などの難病の治癒例などが報告されていますが、高価なものですし、飲んでいません。やはり、健康は、神様にお願いして、少食にして、よくかんで食べるのが一番いいように思います。米作りも13年間して、立教神伝がおりて、やめにしました。EMの効果も確認できましたし・・・。今は、だんだん結界恪勤に近づけようとしています。1000人の祈りの修行開始まで、あと2日です。
2009.11.13
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立教150年記念日の11月15日が近づいてきました。それは、100日信行が終わる日でもあります。信者さん方に朝のご祈念後にお話をしていただいているのは、終わりますが、私自身は、その日から修行をスタートさせたいと思っています。というのも、100日信行でしようとした600人の祈りができなかったので、リベンジをしたいと思っているのです。600人の祈りができなかったのに、今度は1000人の祈りに挑戦しようと思っています。そのためには、それようの時間を確保しなければいけません。朝と昼と夕方と3度ほど、その時間をとりたいと思います。そして、この修行は、できるまで続けたいと思います。この修行が始まるカウントダウンをしていきましょう。あと3日です。
2009.11.12
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人は、なぜ修行をするのでしょうか。その修行によって、自己の中に眠っている才能が花開いてくるからでしょう。できないことができるようになる。この喜びは大きなものがあります。この喜びを感じるために、厳しい修行もできるのでしょう。このお道は、心の修行が大切だといわれています。物事の不自由を行としていくのです。人から悪く言われても、食べるものがなくなっても、行ができて有り難い、と思っていくのです。そうすると、怖いものはなくなりますね。人は、人から悪く言われたり、食べられなくなったりするのが怖いのですから。そのことが怖くなくなれば、楽に生きられますね。湯川安太郎先生が、いよいよお米が底をついて、明日から食べるものがない、という状況になられました。その時、いよいよご修行させていただくときが来た、自分が食べられない状況で、どのようになっていくか楽しみである、と思われました。しかし、せっかく楽しみにしていたのに、すぐお米のお供えがあったそうです。そういう心の人には、神様も修行をさせられる必要がないのです。なければ食べない。死ぬのも又よし、という心になれれば、怖いものはありませんし、それが心におかげを頂く、ということでしょう。
2009.11.11
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昨日、夢でお話をした話を書き、「ITスペシャリストが語る芸術」のブログを開くと、夢のことが書いてありました。こうした共時性は、よくあります。それには、夢も現実も同じである、と聖者たちは言っている、とか、江戸川乱歩は、夢の方が本当で、現実が違うのだ、とよく言っていた、などと書かれていました。夢も現実性を帯びたものなのです。寝るのは、あの世に行くのだ、と言う人もいます。あの世に行って、神様からエネルギーを頂くので、寝たら元気になるのです。そうすると、あの世に行ったときに見た夢の方が、現実なのかもしれないと思われます。私は、夢も現実も、両方現実なんだと考えます。現実世界で、修行をさせていただいているのです。ですから、現実はうたたかの夢だからと、直視しない生き方は、よろしくありません。現実は現実として、その中に込められている神様の差し向けに取り組むことで、魂が向上していくのです。ですから、現実も夢も両方大切なものなのです。
2009.11.10
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今月3日には、岡陽教会生神金光大神大祭で、お話をさせていただいたが、昨日は、夢でもお話をさせて頂きました。(笑)途中までは、淡々とお話をしていたのですが、途中からのってきて、「お取次を頂いて起きてくることは、すべていいんだよ~~」などと、呼びかけるようになり、聴衆も、「うんうん」と受けがよくなってきました。「それでは、お取次いただいて、おかげにならなかったときって、どうなると思いますか」「・・・・・」「その時は、すべてお徳になるのですよ」「へ~~~」といった調子で、のりにのったお話をしていました。こちらでのお話も、そんなふうになれるといいですがね。
2009.11.09
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明日は、家内の里の天竜教会のご大祭で、家内は、月例祭が終わってから、天竜の方へ帰りました。今、教会には、両親と私しかおりません。両親は、早く寝ますので(8時ぐらいから寝ています)、今、起きているのは、私だけです。非常に静かです。私はテレビはほとんど見ませんし、音楽も聴きませんので、この静けさを楽しんでいます。おかげで、ピース(犬)も鳴きません。よく鳴く野良猫も鳴きません。不思議な静けさです。歌でも歌ってみましょうか。「静かな湖畔の・・・・」ますます静けさが強調されました。こんなことをしていてはいけません。メールや電話でのお届けのお願いやお伺いをさせていただきましょう。神様に向かうには、格好の静けさです。
2009.11.08
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信者さんのところでも、新型インフルエンザにかかられる人ができだしました。インフルエンザ防止祈念をご祈念帳に書いてしていますが、流行の勢いに押されているようです。改めて、ご祈念に力を入れさせて頂きたいと思います。今日は、烏城教会の御大祭で、明日は、月例祭ですが、1週間ほどご大祭がありません。ご祈念に力を入れさせていただきたいです。
2009.11.07
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今日は、成羽教会のご大祭に参拝するのに、7時半に教会を出ました。成羽まで、1時間半ほどかかります。信者さん2人と車で行くのですが、そのうちの1人がお弁当を作りますので食べて下さい、と持って来られました。私は、朝食は食べないのですが、その方は、食事を食べないと心配だ、ということで、食べさせるようにされるのです。私は、「ITスペシャリスト」さんのブログで、又、1日1食にしてみようか、と考えているのですが、その人に言わせると、とんでもない、ということになります。信者さんに心配かけるのもよくありませんから、素直に食事を頂きます。今朝は、おにぎりが3個もありました。そして、ご大祭後のお直会では、お弁当を全部頂きました。ちょっと食べすぎですね。一昨日、特定検診に行きましたら、病院が午後休診でした。又、日を改めて行かせて頂きます。「ITスペシャリスト」さんは、1日1食にして、体重も減りましたが、視力がよくなったということです。私は、視力がよくならなかったですが、そのような効果もあるようです。体全体が活性化するのでしょうね。ハングリー精神が旺盛になるのでしょう。
2009.11.06
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人間の力があると思っている間は、神様の力は十分に現れません。自分には、全く力がない、ということを本当に分かって、神様におすがりするところに、神様が最大限に働かれることになります。我無力の自覚がいかに大切であるか・・・。しかし、ついつい自分には力があると思ってしまいます。米粒一粒つくることができないのにね・・・。
2009.11.05
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昨年から始まった特定検診を、今日受けようと思っています。もっと早く受けたかったのですが、ついつい遅くなってしまいました。特定検診には、質問票を書いて持って行きます。私が問題があるのが、朝食を抜いていること、睡眠不足であること、運動をあまりしないこと、就寝前2時間以内に食事をすることがあることなどです。朝食は、今後もとる予定はありません。しかし、運動不足は、何とか改善したいと思っています。教会から出ずにできる運動を考えています。しかし、それを継続してするには、習慣化しないといけません。何時から何時までは、これをすると決めていかなければいけないと思います。祈りの時間も、習慣化したいと思っています。学生の時にしていたように、1日の時間表を作って取り組みましょうか。しかし、その時は、時間表を作るだけで、できた気になって、実行まで行かなかったですが・・・。
2009.11.04
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岡陽教会のご大祭で、お話をさせて頂きました。私は、大体話す内容をすべて紙に書きます。話の中で、水行について言おうかどうか迷ったのですが、言うことにしました。水行による精神エネルギーは、強力なものがあるように感じているからです。しかし、この行は、すべての人ができるものではありません。体の弱い人やお年よりはできません。そういう意味で、みんなが取り組めるものではありませんから、言うのを躊躇したのです。又、しないといけない行でもありません。金光教では、心行で十分おかげがいただけるのです。そうした行を言うことがどうか、と思いましたが、一心を出すための適当なものですので、言うことにしました。本意が伝わってくれればいいが、と感じています。
2009.11.03
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人は、何かに一生懸命になれれば、幸せなのだと思います。そのことに興味があれば、面白いですし、夢中になれます。もし、信心に一生懸命になれれば、そのことから生まれる幸せは、とてつもなく大きなものになります。それも、自分のために祈るのではなく、人のために祈る、人のために修行をする・・・。そこに、神様のほっておかれない働きが起きます。神と人あいよかけよの世界に入っていけます。人が祈りあう・・・そこに幸せが生まれるのですね。
2009.11.02
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阿部敏郎の「いまここ塾」というブログがあります。1日のアクセス数が、1万から1万五千ほどある、人気ブログです。私のブログは、1日百から百五十ですから、私の百倍あります。そのブログを意識しているかどうか知れませんが、同じような内容が載ることがあります。10月30日に私が、「光陰矢のごとし」と書きましたが、翌日の31日に阿部敏郎氏も「光陰矢のごとし」と書いてありました。ただ、それだけのことですけどね。何か繋がっているものがあるのでしょうね。
2009.11.01
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