2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全30件 (30件中 1-30件目)
1
昨夜は、月刊誌「洗心」作成で午前2時半までかかってしまいました。いつもは3時40分に目覚ましをかけていますから、1時間ほどしか眠れません。しかし、少しでも寝ないことには、ご祈念中寝てしまう心配もあるので、寝た方がいいという思いと、今から寝ると起きれないのではないか、という心配で、どうしたものか、と考えてしまいました。しかし、ベッドに横になると、疲れが取れた気がして、1時間ほど寝ただけで大丈夫のような気がしました。朝6時からのご祈念も眠くなく、気合を入れてさせていただいたのですが、後から聞くと、金光大神賛仰詞を抜かしていたらしく、ご祈念が早く終わったのです。こういうところに、疲れが表れていますね。しかし、直信先覚の先生方は、幾晩も徹夜でご祈念をしておられたのですが、まだまだそこまでには道遠しの感があります。
2009.09.30
コメント(2)
金光教祖のみ教えに、「今日を喜び、明日を楽しめ」というのがあります。これは、素晴らしいみ教えだと思います。今日を喜ばず、明日を楽しむのは、よくありませんが、今日を喜んで、明日を楽しむのはいいことです。明日になればよくなるから、今日を我慢しようという行き方は、我慢しやすくなるかもしれませんが、楽しめる明日が来にくいように思えます。やはり、今日を喜び、御礼を言うようでなければなりません。今日がありがたいから、明日もありがたくなってくるのです。今日がありがたくなければ、明日もありがたくない可能性が大きいです。明日を楽しむのは、楽天主義の人だといわれます。まず、心で、楽しい明日をつくるのです。現実がその後をついてきます。楽天主義の人は、明るい未来をつくりやすいと思います。
2009.09.29
コメント(0)
最近、マーフィー博士の本を久しぶりに読んでいます。改めて、大切なところに気がつかされます。金光教祖様の「おかげは和賀心にあり」を、具体的に説明してくれています。大切なところを押さえ直し、日々実践していくことは、大切なことです。もう一度、具体的に実践を試みてみようと思います。私達は、幸せになるしかないのです。幸せになることは、決まっているのです。日々をその喜びの中で過ごさせていただきましょう。
2009.09.28
コメント(0)
月刊誌「洗心」の作成に、四苦八苦しそうな中、半兵衛さんのブログに助けられたことがあります。「洗心」には、毎号、「環境・食・教育」情報を書いています。その情報を新聞から探すのですが、結構時間がかかります。今回は、時間が厳しいな、と思っていましたら、半兵衛さんのブログに「音力発電」について書かれていました。音によって発電できるという、びっくり情報です。さっそく、それを使わせていただこうと思います。半兵衛さんには、色々助けられます。半兵衛さんが、人助けをテーマとして取り組まれているからでしょう。私も、こうした情報を広めることが、人を助けるお役に立つと思っていますので、半兵衛さんと共鳴するのかもしれません。ありがたいことです。
2009.09.27
コメント(4)
今日は、西大寺教会で、岡山県東部教会連合会の「信奉者の集い」が開催されています。講師は、川西教会の平本行雄先生です。平本先生は、戦災孤児で、子供時代に、悲惨な体験をしておられます。親になってくれた人が、盗みを強要したりして、大変な状況の中で、自ずと心が荒んでいったのです。これは、漆生教会の鳥越先生のお父さんとだぶるところがあるのですが、そういう中で、神心を現す金光教の先生との出会いが、平本少年の心を救っていったのです。私も、前に平本先生のお話を聞かせていただきましたが、涙なしでは聞けませんでした。ある時、平本少年が出入りしている教会で、お金がなくなったことがあったそうです。信者さんで、警察の人がいて、その人が電話で、奥様先生に、「そういう状況だと、それは内部の人の疑いがあります」ということを言われたのです。平本少年は、その電話を物陰で聞いていて、「ああ、又、自分が疑われているな。もうここへも来れないな」と思ったそうです。そうすると、奥様先生が、「あなた、内部の人だなんて、誰のことを言っているのですか?もしかして平本君のことを言っているのではないでしょうね。あの子は、そんなことをする子ではありません」ときっぱり言われたのです。平本少年の目からは、涙があふれました。それまで、盗みから、色々悪い事をしてきた自分を、そこまで信じて下さる。自分は、この奥様先生のためなら、何でもさせていただこう、と思われたそうです。後に、その奥様先生が亡くなられて、ご遺骨になって帰ってこられたとき、平本先生は、そのご遺骨の一部を食べられたそうです。奥様先生のような神心を自分にも頂かせてください、そして、奥様先生と共に、生きさせてください、と祈りながら。平本先生は、奥様先生の神心を頂かれて、今は金光教の教師となられて、人を助けておられます。
2009.09.26
コメント(4)
クリエイト21から、研修会などの講話を冊子にして金光教徒社で販売させていただいています。昨日、その中の6冊を在庫が少なくなってきたので、増刷して欲しい、との連絡がありました。その中に、私の教話集も入っていました。私が例会時にお話させていただいているものを、まとめて冊子にしています。今、7集まで出ています。その7集の増刷を言われました。よく売れていることは、ありがたいことです。最初は、こんなものは売れないのではないかと思っていました。そういうことで、気をよくして、今度の岡東教会の生神金光大神大祭は、立教150年のお年柄でもあるので、いつもと違う大祭にしたいと思い、月刊誌「洗心」に連載している「おかげのもと」を、いくつかまとめて、「おかげのもと2」(「おかげのもと」は既に発行した)を作ろうか、と思っています。しかし、その時間があるか・・・・?何とかおかげ頂きたいですね。
2009.09.25
コメント(0)
私たちは、神様の生かしてやまない働きを受け続けています。その働きは、よくしよう、よくしようという働きなのです。ですから、一切を感謝して受ければ、よくなっていくのです。しかし、事柄によっては、受けたくないこともあります。しかし、そこを、これもよくする働きだ、と考えていくと、おかげの筋道が見えてきます。ああ、こうしておかげにして下さろうとしているのだな、と分からせていただけます。ですから、こうであったらよかったのにとか、もっとこうしたらよかった、と後悔することはありません。一番いいタイミングで、このことが起きているのです。だからこそ、おかげになるのだ、と考えれるのです。起きてくることは必要、必然、ベストのことなのです。そう考えることで、おかげの道がついてきます。
2009.09.24
コメント(2)
長男が、20日から今日の霊祭まで帰省しているので、その間にお墓参りに一緒に行きたいと思っていました。21日には、芸備教会に一緒に参ったので、お墓には参れませんでした。22日に、と思いましたが、クリエイト21の例会があり、例会が終わった頃には、雨も降ってきたので、とうとう22日も参れませんでした。23日の朝とも思いましたが、霊祭の準備で、参るだけの時間がとれそうにありません。23日の午前10時からの霊祭が済んだら、すぐ京都に帰ると長男が言っていましたので、とうとうお墓参りができなかったなあ、と残念に思いました。霊祭が終わって、私は信者さんの宅霊祭に行くときに、長男を岡山駅まで送る予定にしていましたが、長男が言うのに、昼間にやっているクラブの行事には、無理に来なくてもいい、と言われたから、もう少しゆっくりして、鈍行で帰る、ということになりました。それなら、私が2軒の宅霊祭を終えて3時過ぎに帰ってきたら、それからお墓参りに行けることになりました。祖父母の御霊様が、喜んで下さったと思います。祖父母の御霊様が、呼んで下さったのでしょう。こちらも参りたいと願い、御霊様もお引き寄せ下さり、お参りが出来るのでしょう。お参りは、そのようなものなのでしょう。お引き寄せ頂かなければ、なかなか参れないのです。ですから、参らせていただけることは、そのことだけで、ありがたいことなのです。その上にお徳まで頂ける。こんなに有り難いことはありません。
2009.09.23
コメント(0)
頭で考えても、どうしようもないことに出合うことがあります。そうした時は、「絶対よくなる」と念じることです。諦めたり、やけになったりしてはいけません。その時が、神様への絶対信がつくられるときです。絶対におかげになる、と強く念じるのです。これが腹ができるということでしょう。信心が続かないかもしれない、などと弱気になってはいけません。信心は、他のすべてを奪われても、奪われることはありません。この神様を離しはしない、という強い心が必要です。その心がつくられる時でもあります。離しさえしなければ大丈夫なのですから。どこまでもどこまでも大丈夫です。
2009.09.22
コメント(6)
引き続き、前のブログの人の文を引用をします。ちょっと頼りすぎですね。考えが似ているからか、関心が同じようなので、共鳴するところが大きいです。必ず幸運を掴める、非常にシンプルな方法が昔から知られている。◆早起き必ず午前4時起きする失業者というのはイメージしにくい。社長が午前7時半前に出社する会社の倒産例は無いとも聞く。◆少食・粗食江戸時代の偉大な観相家、水野南北は、「食が全て」と断言し、食を慎みさえすれば十分であるとした。◆何かの行何でもいいから、毎日、必ず行う行を定める。これについては、毎日必ず、自分が決めた行をすることの威力が、有名な新渡戸稲造の「武士道」にもある。新渡戸自身は行水としたが、風邪で高熱のある日まで敢行し、医者に怒られたらしい。日産自動車の伝説のセールスマン、奥城良治さんは、毎日1時間の競歩を、台風の日でも、その他、いかなる悪条件でも必ず行った。以上引用です。私も4時起きしていますから、神様が使って下さるのでしょうか。教祖様も、「朝起きるのが早いのと遅いのは、参拝者の早い遅いにかかわるぞ」と言われています。金光教の教師は、早起きでなければいけません。食事は、3年前までは、1日1食でした。又、肉食をやめた期間も7年ぐらいありました。今は、1日2食で、肉食もしていますが、まあ、少食と言っていいでしょう。毎日行なう行としては、1年前から、水行をしていますが、まだ、1年なので、偉そうには言えません。しかし、3つとも、当てはまっていると言えるでしょう。それででしょうか。まあまあ幸福に恵まれています。
2009.09.21
コメント(0)
昨日書いたブログの人が、次のようなことも書いています。人の不幸は、余計なことを考えたり、心を騒がすことから起こる。虎二郎は、人には3種類あり、それを「頭の人」「胸の人」「腹の人」と言った。頭の人とは、理屈で生きている人で、一生、苦労が止まない。胸の人は努力家で克己心が強いが器が小さい。腹の人になってこそ、楽しく安らかな人生を送れる。宗忠もまた、神様にまるごと任せれば、この世は、嬉しい、楽しいしかないと言ったが、これは虎二郎の言う、腹の人になれという意味と同じと思う。以上引用です。岡田虎二郎は、静座法で「腹をつくる」ことを伝授しているそうです。腹をつくるとは、神様に任せることでもあります。これも、日々の稽古です。神様に任せる稽古です。
2009.09.20
コメント(0)
先日紹介した人のブログに、次のように書いてありました。幸せでいるコツなんてのは、欲望を持たないことだろう。例えば、ミュージシャンでいたければ、街角でハーモニカを吹いてさえいれば満足できるようでないと、お金を沢山稼いでも、いや、稼げば稼ぐほど不幸になる。本物の神秘家なんてのは、神様のささやきを聞き逃さないよう、いつも静かでさえいれば、それで満足なものだ。心というのは、本当に満足してしまえば、静まってしまうものだ。以上引用。そうだろうな、と思います。自分が本当にしたいことを見極める。ご馳走が食べたいのか?みんなからよく見られたいのか?大きな家に住みたいのか?そういうこともあるでしょうけど、自分が本当にしたいことは、もっとシンプルなのではないかと思います。それが見極められたら、幸せになれるのじゃあないかな?
2009.09.19
コメント(2)
昨日紹介したホームページに日本の誇る実践思想家として、岡田虎二郎と黒住教主をあげていましたが、岡田虎二郎は、静座を勧めています。静座は正座に近いもので、それなりの形があるようですが、静かに座って息を深くしていくことは、大切なことであります。私は、一日座っているので、岡田氏の説かれるあり方に則した生活になっています。そうした面でも、取次者のあり方は、精神面においても、理想的なあり方であるように思います。じっと座って、自己の内面を見つめていく、現代人にとっては、必要なものであると思います。そして、神様と対峙していく、このことも大切なことです。人は、神様を忘れてはいけません。神様に繋がっていなくてはいけません。そこからエネルギーを頂いているのですから。神様を切ることは、自殺行為です。静座をして、神様と繋がらせていただく時間を多く持つようにすれば、何の心配もない、幸せなことになっていくのです。
2009.09.18
コメント(0)
私は、もうしていませんが、1日1食の菜食をしている人がいます。このホームページを見て下さい。http://kay.air-nifty.com/なかなか興味深いことを書いています。その中で、大祓詞を1日何巻もあげることで、欲を制御できることも書いています。金光教も、昭和58年の儀式服制が変わるまで、大祓詞をあげていました。こうしたことを読むと、又、大祓詞をあげてみたくなりました。ちょっとあげてみましたら、完全に忘れていました。ちょっと情けないですね。(笑)
2009.09.17
コメント(2)
先ほど、川上教会の越智フサ姫の20年祭にお参りしてきました。高速道を走ると2時間半ほどで行けます。便利になりました。前には、フェリーに乗って5時間ほどかかっていました。私が大学時代のことです。大学1年の時には、川上教会に下宿させて頂きました。あとの3年は、松山で下宿しましたが、その間に、じわじわと信心が沁みこんできたのではないかと思います。大学時代は、スカラーと言って、スクールの元になった言葉ですが、時間がある(暇がある)といった意味ですが、暇に任せて生きることについて考えました。そうした中で、信心が沁みこんでいる環境におらせていただくことで、信心が身についていったのではないかと思います。越智常太郎先生の生き様が、川上教会に沁みこんでいたのだと思います。それは目に見えないものです。しかし、確かにあるものです。
2009.09.16
コメント(0)
脳障害児として生まれ、9歳(執筆時)とは思えないことを語る日木流奈君が、ことばについて次のように語っています。語るといっても、脳障害のため話せないし、書くこともできないので、彼が文字盤を指差し、母親の千史(ちふみ)さんが、それを読み取ることで表した言葉です。言葉には確かに限界があって、ひとつのことを伝えるのに、あらゆる角度から見なければならないのも真実だよネ。だから、たかだか言葉、されど言葉って言うの、私。とっても大事にしてるのよ、言葉。言葉に宿る精霊たちが人々の心に何をもたらすか。自立した人々に何をもたらすか。私は、それを実感してる者なの。「精霊」とか使うと誤解されるかナ。でも、詩的でいいでしょ。私って詩人なのヨ(笑)だから真に受けてはダメよ、私の言葉。魔法だから。詩人はネ、魔法使い。言葉の魔法使い。だましているわけではないの。ただ美しい言葉を使って人々の目覚めを待つものなのヨ。以上引用です。言葉をよく現していますね。言葉では表現できないことも多いですが、言葉があるから伝えられるところもあるのです。その言葉を使って、魂に訴えかけていく。魂の琴線に触れるような言葉。生み出したいですよね。今日も一日、いい日でありますように。ありきたりな言葉かな。(笑)
2009.09.15
コメント(0)
昨日は教会では、敬老会をさせて頂きました。出し物では、60代の女性の方々によるズンドコ節の踊り、傘踊り。40代の女性の方々によるコブクロの「蕾」という歌など女性パワーが爆発した感じでした。男性も、詩吟、ハーモニカ、ギターなどで頑張りましたが、やはり、女性パワーはすごかった。踊りも、よく練習されており、素晴らしかったです。最高齢者の方から、最後にお礼の言葉を述べていただきましたが、「手作りの、世界一の真心のこもった敬老会でした」とありがたいお言葉を頂きました。ますますお元気で。
2009.09.14
コメント(2)
参って来る人がいとおしくてたまらない。いやいや参って来る人も、仕方なく参って来る人も、同じようにいとおしい。優しい目で見る。こういう心が神心なのだろう。こういう目が神の目なのだろう。目は心の窓である。心が優しければ、目も優しくなる。神の心・・・和賀心。そういう心に常になりたい。
2009.09.13
コメント(2)
教会では、80歳以上の方を対象に、明日、敬老会をさせていただきます。今日は、昼食の準備や、出し物の踊りの練習などで、賑やかにされています。明日は、初めてギターの生伴奏でコブクロの歌を歌う出し物もあります。楽しい敬老会になりそうです。敬老の方の記念品で、お菓子と私が書いた色紙を渡すことになりました。色紙には、「神愛」と書かせていただきました。ご自宅のご神前の近くにでも置いていただけるとありがたいです。皆様に「神愛」が降り注ぎますように、お祈りさせていただきます。すでに降り注いではいるのですけどね。
2009.09.12
コメント(0)
今朝の朝日新聞に、民主党の岡田克也幹事長が、温室効果ガスの削減目標について、「麻生首相のもとで出てきた恥ずかしい数字は、もう全部白紙に戻す」と述べ、「20年までに90年比25%削減」の実現に向けて、熱弁をふるったようです。この目標には、企業の負担増が懸念されるが、岡田氏は、「日本が負担なくできるのは、この範囲だ、という発想しかない。今日もある経済人に、発想を百八十度変えてもらいたいと言った」と主張したということです。とてもいいことであると思います。願いを実現するには、強い意志が必要です。岡田氏の言葉には、強い意志を感じます。信心でも同じです。実現には、強い意志が必要なのです。
2009.09.11
コメント(2)
昨日、りんどうさんから次のようなメールが来ました。今日は2009・9・9 キユウが並ぶ日です。先生は難儀な氏子を救救救のご用ですね。有り難うございます。私は?休休休にならないように人に愛を給給給になればいい…今日の日にちなんで。ありがたいことです。でも、なかなか救救救になっていません。汲々としています。何とか救済を現したいものです。いい気候になってきました。集中力を増したいと思います。取次者がその気になれば、信者さんにも影響が行きます。神様に向かう心が強くなります。取次者と信者さんは繋がっています。取次者には、それだけ責任があります。
2009.09.10
コメント(2)
新型インフルエンザが、どういう思し召しか。私は、祈りの催促と書きました。三宅美智雄先生は、神の気障りと書かれました。どちらが正しいかというのではなく、どちらもあたっていると思います。そこにあるのは、人間のお礼のない姿であるように思います。たくさんのおかげを頂いておりながら、それに対するお礼の気持ちがない。神様は、お礼を言うてもらいたい、というのではないけれども、感謝の気持ちのない人間を見たときに、何ともいえない寂しさ、情けなさ、そして先の不安を感じられるでしょう。そして、その人間は、自分の魂を分け与えた我が子なのです。その子がそうしたあり方を続けていくならば、どうなってしまうでしょうか。そこに、お礼の催促の気持ちが起き、気障りとも思える現象が起きてくるのです。「ちゃんとお礼をせんか!」「人としての徳を現せよ」「神の子としてのあり方をしてくれよ」涙をもってのお礼の催促とも受け取らせていただきます。
2009.09.09
コメント(0)
知り合いのところで、インフルエンザになった人がいる、ということを聞くようになりました。じわりじわりとインフルエンザが近づいてきた実感があります。私は、ご祈念帳に日にちを書いて、その後、総氏子身の上安全、五穀成就、病気快癒の後に、インフルエンザ防止を書いてご祈念させていただいています。金光様一心様も数日前から、インフルエンザのことをご祈念されているようです。インフルエンザのピークは今月末ぐらいになるという予測ですが、私は、最大限に押さえるおかげを頂きたいと思っています。このことに賛同くださる方は、宗教にかかわらず、祈りを共にして下さい。私は、天地金乃神様にお祈りしますが、それぞれ、自分の信ずる神様にお祈りしていただけばと思います。祈りは、人間に与えられた最大・最強の力だと思います。その力を、最大限に使わせていただきたいと思います。
2009.09.08
コメント(3)
海外へ旅行に行った若い信者さんから、お土産にチョコレートをいただきました。そのチョコレートには、一枚一枚、愛情表現の言葉が書かれています。I LOVE YOU.IWANT YOU. I LOVE YOU SO VERY VERY MUCH.YOU ARE SO VERY VERY SWEET.YOU ARE THE BEST.YOU LOOK SO VERY VERY GOOD.さすがに、外国です。愛情表現がすごいです。しかし、このようなお土産を頂いても、私の心は揺れません。そういう稽古を積んでいるからでしょうか?それもあります。しかし、一番の理由は、お土産を下さった方が男性だからです。又、くだらないことを書いてしまいました。(自己嫌悪)
2009.09.07
コメント(2)
昨日は、岡山県月参拝でのお話が素晴らしかったと書き、その内容をお知らせできない、と書いたので、そんなのであれば、そのことに触れなければいいのに、と思われた方もいるかもしれません。お詫びということではありませんが、その方が救われた言葉を書かせていただきます。これも、はっきりと覚えていないので、大体のニュアンスですが・・・。神様は、人間に罰を与えられるわけではない。苦しめようとされているわけではない。生かそう、助けようとされている。ただ、人間が、本当の生き方が分からず、苦しい状況に陥った様を、難儀というのである。神様は、その難儀を救うために、教祖生神金光大神様を差し向けられ、お取次を始めてくださったのである。だから、難儀なことに目をやるのではなく、神様が生かしてくださっているお働きに目をやり、お礼をしていくことがいる。生かされて生きていることに感謝して、すでにおかげを頂いている、という有り難いことを見るようにしていくことが大切であり、それが本当の生き方なのである。そのような生き方を知り、これでおかげがいただける、と思われたそうです。生かされて生きる。限りなく愛され、限りなく許されている。私たちはそういう存在なのです。その喜び、感謝が、私たち自身を救うことになるのです。
2009.09.06
コメント(0)
昨日、岡山県の月参があり、参拝させていただきました。お結界奉仕もしたかったのですが、今日の発表者の発表を聞きたかったこともあり、参拝させていただきました。お話も、期待通り、すごいお話でした。内容は、発表者が、あまり公表してほしくない、ということでしたので、控えさせていただきます。実は、差しさわりのないところで、書いて載せてみたのですが、数分で、やはりやめようと思い、削除しました。しかし、金光教のお取次のすごさが分かる、いいお話だと思うのですが・・・。ちょっと残念です。
2009.09.05
コメント(0)
前に、ブログで、ホットアルバムのことを半兵衛さんに質問をして、買うことを考えている、と書きましたら、さっそく半兵衛さんから、ホットアルバムを送ります、と言われました。そして、さっそく昨日の昼ごろ、メールが来て、ホットアルバムをダウンロードできるようにして下さいました。それで、数枚の写真を取り込んで、それに、音楽(光り輝く道さんの音楽もありました)をつけて、スライドショーができるようになっています。家族写真を取り込んだのですが、きれいな音楽を聴きながら、それを繰り返し見ていると、何かジーンとしてきます。こうした形で、思い出の写真を保管できるのは、いいことだと思いました。こういうよさを多くの人が知れば、この商品、ヒットしますよ。ホットアルバムが、多くの人に親しまれ、多くの人が幸せな気分になられますよう、祈念させていただきます。半兵衛さん、ありがとうございました。
2009.09.04
コメント(2)
立教150年100日信行期間に、朝のご祈念後に信者さんに10分ほどのお話をしていただいています。明日から二巡目です。二回目は、ちょっと無理です、と断られた方もいましたが、又、ほとんどの方がして下さいます。話をするのは、難しいですよね。自分の考えていることを言葉にするのは、大変な作業です。しかし、その作業をすることで、気づかされることがあります。私がお話を頼まれて、一番ありがたいのは、そういった新しい発見があることです。気づかなかった神様のお計らいに気づくことがあります。信心がクリアーになってきます。ありがたくなってきます。これが信行のおかげだと思います。
2009.09.03
コメント(0)
人は本来一つにつながっています。人だけでなく、全てのものが一つにつながっています。ですから、相手の悲しみは私の悲しみになり、相手の苦しみは私の苦しみになります。しかし、どうしてあげようもありません。ただただ、どうぞどうぞと祈るだけです。悲しみが取れますように、苦しみが取れますように・・・・。そう祈りながら座っています。世間になんぼうも難儀な氏子あり、取り次ぎ助けてやってくれ、と教祖様は、神様に頼まれました。私は、頼まれたわけでもないのに、お手代わりをさせていただいています。そのこと自体がご無礼なのかもしれません。それほどの徳もないのに。しかし、平民なりともひれい、と言われました。徳がない、普通の人でもいいのです。神様にお願いするだけでいいのです。座っているだけでいいのです。その御用にお使い下さい、と祈ります。鳥越先生のお父さんが、初代が喜んで下さっていると思えば、この針の筵のお結界も、又、楽しい、と言われました。私も、こうして座ることを、多くの先祖の御霊様たち、又、関わりのある人達が喜んで下さっています。そうした、神様、御霊様たち、人々が喜んで下さっていると思えば、針の筵でない座布団が敷いてあるお結界は、まさに天国です。しかし、あまり楽しそうに座っていると、信者さんに、先生は本当に真剣に祈ってくれているのですか、と言われます。少しは、神妙な面持ちで座らなければいけません。
2009.09.02
コメント(2)
皆さんは、デジカメで撮った写真の保存を、どのようにしておられるでしょうか。私は、パソコンに入れ、また、CDやフラッシュメモリーに入れて保存していますが、それでは長期に保存が難しい、ということです。詳しくは、ホットアルバムのホームページを見てもらうのがいいのですが、ここにも時々、その社長さんでもある半兵衛さんが来てくださっているので、できればご意見もお聞かせ頂き、その辺の知識も得たいと思います。私は、各種データをパソコンだけに入れている時間が多いのですが、これは危険な状態です。パソコンは、いつハードディスクが壊れるか分かりません。そうすると、今までの情報がパーになってしまいます。そこで、フラッシュメモリーなどに保存しておくのですが、そのフラッシュメモリーが5年10年しか保存できないというのです。それでは、困ります。保存媒体のあたりを、しっかりしてもらわなければ・・・。CDなどは、半永久的に保存できると思っていたのですが、そうでもないようですね。特に、中国製や台湾製は。日本製は大丈夫なようです。(ホットアルバムによれば)ホットアルバムは、100年保存できるというキャッチフレーズですが、どういう仕組みなのでしょうか?CDやDVDに保存するのではないかと思うのですが・・・。日本製のものにするから、大丈夫なのでしょうね。ホットアルバムのホームページで質問すればいいのでしょうが、ここで質問する方が、宣伝にもなると思いまして・・・。とにかく、技術が発展するのはいいのですが、それに伴い、長期保存ができないなどの不具合が生じるのは困ったものですね。だからこそ、それを補うホットアルバムのような新しい技術が出てくるのでしょうけど・・・。
2009.09.01
コメント(7)
全30件 (30件中 1-30件目)
1
![]()

