ジージの南からの便り

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yokota115@ Re:荒れ放題の我が家の「雑草園」 先ずは植木鉢の整理(04/02) こんばんは ブログ再開されていたのです…
エンスト新 @ Re:荒れ放題の我が家の「雑草園」 先ずは植木鉢の整理(04/02) こんにちは 植木鉢100鉢は圧巻ものです…
木昌1777 @ Re:荒れ放題の我が家の「雑草園」 先ずは植木鉢の整理(04/02) こんばんは。これだけの鉢を出した整理も…
かずまる@ @ Re:荒れ放題の我が家の「雑草園」 先ずは植木鉢の整理(04/02) クマタツさんお疲れ様です! 野菜の苗を植…
かずまる@ @ Re:おはぎ(03/27) クマタツさんお久しぶりです! ワタシの持…

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2011.12.23
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カテゴリ: 鹿児島の歴史
 獅子文六の「南の風」を歴史散歩で知った「江田どんの屋敷」の参考資料的な気持ちで読み始めたのだが、その「江田どんの屋敷」については私の想像以上のことが書いてあり、大きな収穫があった。そのことをご教示いただいたやまももさんに改めて感謝するとともに、以前訪問した「やまももの部屋」の「小説に描かれた鹿児島の街」~「獅子文六の『南の風』と福昌寺」を再訪して読んでみた。

 そこには主人公の六郎太、母・春乃、妹・康子の親子三人が鹿児島の親戚「江田どんの屋敷」に旅装をといて、母親の実家で華族でもある鬼頭院家の墓参をする場面が詳細に描かれている。その墓が薩摩藩主・島津家の菩提寺の福昌寺跡の墓地内にあるのだ。一読をお勧めしたい。

 さて、話は戻るのだが、その親子三人が鹿児島駅頭着いて、母親の春乃が出迎えの“中郷の叔母さん”と挨拶を交わす描写がある。

「これは、まア、わざわざと、お鹿さん・・・・」
と、春乃は、五十恰好の、色の赤黒い、鼻の巨きな婦人の前で、あらゆる丁寧さをもって、述べた。すると、見るから人の善さそうなその婦人は、それに倍する慇懃さで、縷縷として尽きない、長い挨拶を返したが、六郎太と康子は、ただ一語も、その意味がわからぬのに、驚いた。しかも、挨拶と挨拶の間には、地に届くほどのお辞儀が、お互いに、繰り返された。二人の子供が紹介されるまでに、恐らく五分近くを費やしたにちがいない。
「六郎太と康子でございます・・・・。中郷の叔母さんですよ」
それから、また始まった長い挨拶に、康子は、顔を真っ赤にして困惑し、六郎太は、デパートの送迎人のように、ただ、頭ばかり下げたーなんという、礼儀正しい国であろう。そして、なんという、言葉のわからない国であろう。

 ここまで読んだ私は思わず吹き出しそうになり、近くにいたかみさんに、この部分を読んで聞かせた。そして二人で昔を思い出して大笑いした。「やはり、よその人には鹿児島の女性の挨拶は奇異にうつるのかねぇ」と言いながら・・・。
それは今から30年前、私が親会社をやめて、鹿児島に子会社を作るべく北九州育ちのかみさんと子供三人を連れて鹿児島に帰ってきてからのことだ。

頭が畳に着かんばかりの挨拶が繰り返され、一方が頭を上げると、もう一方が頭を下げたままなので、頭を上げた方は慌ててまた頭を下げる。なんのことはない。この繰り返しなのだ。
そういうことに慣れないかみさんは、ただただびっくりしていた。
ただそれも私の母親世代くらいまでだったようで、最近はそういう場面を見ることは少なくなった。
ヤレヤレ! ホッ!






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Last updated  2011.12.23 15:13:52
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