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村上春樹著『アフターダーク』を読んだ。大学一年の頃、『ノルウェイの森』を読んでこの人とは気が合いそうに無いと判断したので読むのをやめていた。今回読んだ作品は文芸誌の批評で中国との関連を論じたものがあったこと、ウィキで彼の作品も前期と後期に分けられることなどを知り、また偶然、図書館で見かけて買う気は起こらないけど読んでみる気になって読んだ。 深夜午前零時を過ぎたあたりから夜明けまでに存在する世界の闇の部分を描いた作品。 よく出来た暗喩を含んでいるな、と感じた。 都市文化だかなんだか知らないけれどこの人の気取ったような文体、言い回しはどうも自分の肌に合わない。でも物事の本質を凝縮させ譬えを用いて上手く表現するというやり方は、現代の作家の中では巧みだなぁ、そう感じた。(自分も偉そうに…) 小説は現代の病理、現象を映す鏡のようなものであるとするなら、よくできた作品だと思う。短い中によくこれだけ詰め込んだなという感を持った。 すこし見直した。一作品だけで徒に判断を下してはいけないことを学んだ。たとえ気に入らない部分が2、3点あったにしてもだ。
2006/11/22
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中島哲也監督、中谷美紀主演『嫌われ松子の一生』を観た。 平成13年、川尻松子が河原で死体として発見される所からお話は始まる。そこから彼の甥が彼女のかつての知人の回想から生涯を探っていく形で松子の一生が明らかになっていくというもの。 痛い。 結構いろんな人が考えさせられる映画だったとか、松子は幸せだとか、こんな生き方してみたいとかいうコメントを聞いていたけれど自分はそうは思わない。深刻なシーンで極めてのどかな音楽をかけてみたり、それが逆に痛々しさを増していてなんだか見ていてやるせなかった。フィクションだからの一言を言えばそれは片付けられるのかもしれないけど、見てすっきりという映画ではなかった。これはあまり原作を読みたいとは思わない。人が転落してゆく様を見て気持ちがすっきりするというのはどういう人達なのだろう?キャストは豪華で有名な人が沢山出ているんだけれども楽しめたのはそれぐらいかなぁ、松子の最期も痛かった。とにかく痛々しさが残った映画だった。
2006/11/21
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母から荷物が届く。「ばあちゃんがセーター編んでくれたけん、送るね。」しっかりとした毛糸のセーターでとても暖かい。着るとこんな感じ。まあ外には着ていけないかな、これから寒い時期に入るから重宝する事だろう。なぜかこれを見ていて『ブリジット・ジョーンズの日記』でダサいトナカイのセーターを着ていた男性を思い出した。ジージャンの下にならそれぞれの長所を発揮してくれるかも。外で着たいときはこうしよう。 そのほかに色んなものが入っていた。紅茶のティーバックセットは贈り物らしく、一人では飲みきれない(親父は玄米茶以外、飲もうとしない)ので自習室の部屋で飲んでくれとの事。ありがとう。いつも沢山の物を送ってもらっておかげで助かってます。葉が色づいていきました。
2006/11/19
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井筒和幸監督『パッチギ』を観た。「パッチギ」は朝鮮語(韓国語)で「突き破る、乗り越える」ならびに「頭突き」の意(Wiki)。 物語の舞台は1968年の京都。朝鮮学校の青年たちをその中の一人の女性徒・キョンジャに一目惚れした一青年・康介を中心にして彼らの現実を描いた作品。 主人公の康介は普通の高校生。ある日キョンジャを見て一目惚れ。彼女が演奏していた「イムジン河」を好きになり、フォークギターを練習。その過程で色んな人と出会う。キョンジャの兄アンソンとその仲間たち、その家族など様々な人間と出会い、いろいろな事を知り、考え始める、という内容。 「いい映画」という評判は聞いていたが借りるのを後回しにして今に至ってしまった。というのは自分はヤンキー、極道映画嫌いなんです…。紹介を見ていると何となくそんなイメージを持ってしまって敬遠していた。 しかし、触れ込みでは青春映画ということなので見る決心がついた。 内容をみて、ただのヤンキー映画じゃない。内容に織り交ぜているものはとても扱い難い、そして答えの出てない問題なのだけれどもどちらにも変な偏り、意見の押し付けもない。68年という時代設定で今だからこそ作れたのだろう。今から見ると時代錯誤な部分が沢山登場している。文革、ベトナム戦争、全共闘等等、時代を示す象徴が至るところにある。 実際、自分も答えの出ない問題だ。自分はこの映画に登場する今も解決していない問題についてどうともいえない。自分に中国古典小説や歴史小説を教えてくれた友達がいる。最近になって彼がこの映画の青年たちと同じ国籍を持つ事を知った。しかしそれが何だというのだろう?彼は彼だ、私に色んな小説を紹介してくれ、一緒に遊んだ事はまぎれも無い事実だ。彼とは中学まで一緒だった。今は彼は働いているらしい。噂で聞く程度だ。でもあの頃は私の少年時と一ページを成している。 閑話休題。確かに自分は知らない事が多い。世の中一生かかっても分からない事ずくめだろう。学ぶ姿勢だけは忘れないで生きる、これしか自分にできることは無いのかもしれない。
2006/11/18
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機械はどんどん新しくなってゆく。特にパソコンは周期が早い。次から次へと進化していっていく。自分が今使っているパソは3代目。このパソが実は一番使っている。ブログや様々なものを扱うようになったからだろう。 1代目、2代目がどうしているかというとまだ生きている。初代は母の会計ソフト専用と化している。OSはWin95でIBMのデスクトップ。パソコンが何たるかも知らず、私がただ興味本位で卒業祝いに買ってもらい、ゲーム機と化す。その後、母が会計ソフトをいれそれで使うようになる。その後、しばらくネットにも繋ぎ、私が戻ってくるまで活躍していた。今はネットに繋がず、母が会計ソフトのみで使っているが至って正常に動いているようだ。 2代目は私が大学時代03年に購入。レポートの入力を家で行いたかったため、またTVチュナーをつけてテレビ代わりにもしていた。それは現在、「PCは置いて行け。新しいのを買え。」の一言により実家にいて家のネットPCと化しており、きちんと動いている。しかしネットに繋いでいるのでたまに実家に帰ると動作が鈍くなっているなど色々不具合の生じている模様であるが現役。 Win95を未だに使っている人ってどのくらいいるんだろう?でもその上を行く人がいる。 親父は90年代初めに買ったワープロで未だに文書を作成している…。未だに現役で動いている。時々親父に、「ワードの方が便利よ。こっちを使えばいいやん。」といって誕生日にワードの解説書をプレゼントしてみたりしているが、一向に使おうとする気配が無い。「これ(ワープロ)が壊れるときが俺の引退する時よ。」そうなって欲しくないためにワード勧めてるんだけどなぁ。親父は仕事が好きだからさ。そんなこといわんでよね。いつもこういって笑い、話がうやむやになる。今も家では十数年前のワープロが元気に動いている。 親父や母の姿勢から学びたい。親父のワープロの印字用紙が最近、見つかり難くなっていると話していた。売った側もここまで大切に使ってくれるとは予想しただろうか?そういう精神、考え方は古いものなのかなぁ、確かにそうかもしれないけれど私は無くなって欲しくない。そう思いながらも使っているのは3代目のパソコン。やっぱり新しいもの、便利なものが出るとそちらに向いてしまう。企業も買うように色んな手を仕掛ける。このような循環の速度で社会が進んでしまう事がはたして正常なことなのだろうか?進歩って、進んでいる事ってそんなに大切なことなんだろうか?しかし、止まると強きものに飲み込まれてゆく。無視されてゆく。 速度を落とす事は不可能なのだろうか?個人の決断ではなく、社会的なレベルの意味でだ。これも夢物語なのだろうか?分からない。
2006/11/17
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アーシュラ・K.ル=グウィン作『ゲド戦記別巻 ゲド戦記外伝』を読んだ。これにて現在出ている『ゲド戦記』シリーズを全て読んだ事になる。今年読んだ中でかなりのヒット作。映画を入り口にしてこのような収穫を得ることが出来た。映画にはこういう良さももあるんだなぁ。 外伝は5つの物語の短編集。一つづつ丁寧に作られている。「カワウソ」ロークの発祥を描いた物語。カワウソ(メドラ)と呼ばれたロークの魔法学院創始者の一人にして技師(魔術師)が主人公。「ダークローズとダイヤモンド」裕福な商人の息子が主人公の物語。テーマは物事は「一意専心」しなければならないのか。というもの。「地の骨」のちに大賢人ハイタカの師匠オジオンが大地震を止めた伝説にまつわるお話。オジオンの師匠ダルスが主人公。「湿原で」ある湿原の村に迷い込んできたある男のお話。村では牛の伝染病が起こっておりそれを治療しに来たと男は語り治療するが、男はどこか影を引き摺っている。「トンボ」表題の通り主人公トンボ(アイリアン)のお話。5巻へと繋がる内容。 4巻と5巻の間にこれを書いたらしい。出版年を見るとそのようになっている。実際、この巻は4と5の間で読むべきだろう。しかし先に5巻を読んでしまったので最後の物語の筋が読めてしまった。まあ、この作品の面白さは筋だけではないから面白くなくなるわけではないけれど、少し残念だ。 あとがきのように付されている「アースシー解説」もいい。この人はきっちり物語の世界を構築するからとても読み応えがあるんだろう。自分としては「ダークローズと…」のテーマ「一意専心」、「湿原で」のテーマといえる修羅の性が印象に残った。 ―何かを得るためには他の何もかもを捨てて専心しなければならない―これがダイヤモンドの考え、母親はそれに疑問を呈する―どうして?―と。これは生きてゆく上で少なくとも一度は考えるテーマじゃないだろうか。それに対して答えなどは出せないがダイヤの母親の言葉は好きだ。 人と競おうという精神は向上のために用いればそれは素晴らしい。しかし憎悪、高慢、強欲のために傾けば歯車が狂ってしまう。そんなことを感じた。 『ゲド戦記』シリーズを読み終えてかなりのしっかりとした世界観、心情世界を描いた作品だな、そう感じた。やはり特に印象深かったのはハイタカとアレンの旅(3巻)と力を失ったゲド(4巻)の部分。前者は自分の今置かれている現実を重ねて、後者は一度地元に戻った時のことを思い出していた。 いい作品だった。
2006/11/15
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水曜の授業は準備がある場合、たいていは泊まりで作業になる。きちんと毎日こつこつやればいいのだが、修論が近いのと、一気にでないと出来ないのとで前日はそのようなことになる。要するに自業自得。 その授業、国際関係論で自分の専門とは無関係。しかしその熊髭の教授は(以下、熊髭)話せる人だ。自分の担当教授のように圧倒的な知識量の差は感じないがとても話せる人だ。会話が成り立つ。いい会話の運び方をする人だ。と言う事で毎回取っている。この先生は自分とは違う専攻の先生。と言う事は自分は中文専攻の看板をしょっている事になる。下手な発表は出来ない。自分の評価が落ちるのは構わないが、自分の専攻、そしてゼミの評価が下がるのは許せない。 そんなわけで毎回そこまでする必要も無いのに用意をする必要も無いのにしてしまう。 その授業、結構、自分がこの熊髭先生と議論と言うか雑談をする事が多い。元そこのゼミ生だったミャオ風は話に参加するのだが、現在そこのゼミ生となっている後輩一人は完全に沈黙。話に入ってこない。大丈夫なんだろうか?時々心配になる。大学院の授業は主体が発表、議論だ。基礎が出来ているものとして話を進める。彼はベースとなる古典の情報が圧倒的に少ない。時々、心配になる。来年、留学するらしい。そこで大いに成長してきて欲しい。 そんなことを考えている今日この頃。
2006/11/08
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ジャッキー・チェン主演『神話―MYTH―』を観た。「ジャッキーが時代劇かー。」とすこし敬遠していたが評判ではなかなかとのことなので観てる事に。 考古学学者のジャック(ジャッキー・チェン)は毎晩同じ夢を見る。そこでは秦の将軍・蒙毅となり王妃を救うというもの。 現実では友人の物理学者(レオン・カーウェイ)から無重力の研究に協力して欲しいとの依頼を受ける。 大冒険の末に王妃のいる無重力の洞窟に辿り着く。しかしそこに不死を求める古教授が現れ格闘の末、洞窟が崩壊。ジャックは命辛々脱出。そしてエンディング。 久々にジャッキーのアクションを見たが面白かった。 たぶん四十は越えてるよな~。よくあんな動きが出来るもんだ。時代劇のシーンはちょっと残酷。まあ、戦を描くと仕方ない面もあるのだが。 ワンシーンづつ丁寧に撮っている。観ていて本当にうっとりとする景色や綺麗な美が登場する。 王妃を演じた人は韓国人なのに中国語(普通話)が上手。NGシーンに登場していたけど、劇中の発音は本当に綺麗だった。ジャッキーも普通話には苦労したようだ。NGシーンに登場していた。でもジャッキーって中国語(普通話)、広東語、英語をマスターしてんだ。アクションだけじゃないよな~。香港の人は大体普通話が外国人レベル。習えばすぐ上達するんだけど、勉強してないと自分と同じぐらいだから。 週末の一休みになった。
2006/11/05
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先週末、朝寝坊していると宅配便が。中身はずっしりと重いもの。 焼酎3本(麦、蕎麦、粕)で銘柄は、「無法松」 『無法松の一生』を知っている人なら分かると思うけど、小倉で作った焼酎。 親父にお礼の電話すると、「お世話になっとる人にあげぇや。お前が飲みたかったら飲んでもエエ。好きに使ったらいいけん。」 と以上のような事を言っていました。 ありがとう、親父。 3本あるんだから一本ぐらい拝借してもいいよな…。 というわけで週末に味見。 美味しい…。 なんだか人にあげるのが惜しくなってきた。 まあそんながめつい事はやめよう。 という事で親父の援助物資の話でした。
2006/11/04
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この日、兄貴がこちらに来た。出張で中国に行く事になり泊まる所と食べる所を教えて欲しいとのこと。半月前から言われ調べていた。同時に想人にも少し会わせてみたかったので待ち合わせ場所を大学に指定。「久々来るわ~。二年ぶりかな?」と懐かしそうだった。兄貴も学部はここで過ごした。その後、大学院は専門的な研究を求めて別の大学に移った。「だいぶ学生が大人しくなったって言うけど、どう?」まあ、年度によって性格もちがうからね。学内を散歩していると、「この道も走ったわ~。」学部時代、兄貴は色々学内の活動に精力的に動いていた。そのことが思い出されたのだろう。 学内で想人と会って紹介。最初は同級生と言う事で。後からお付き合いさせていただいている事を言うと、「俺はお前の事に干渉せんかったけんね~。そうなんや。」あまりそれ以上は突っ込んでこなかったので話は深くしなかった。家のスタイル。とにかくあまり相手に深く干渉しない。話すのは大体具体的なことが主。感情的なことは眠る前とかふとした時にしかしない。つかず離れず、これが家のスタイル。想人のほうに後日、兄貴の印象を聞かせてもらった。曰く、――謙虚な方――私(まろにん)より若く見える――アドバイス的な声色が連想させる――真剣に生きようとしている人の声らしい。とても若々しく社会人ズレしてない。変にすれていないところを感じたらしい。確かにそういう一面はあるかもしれない。 あと後ろ頭が似ていたらしい(笑)。また実際には兄貴の方が背が高いのだが私の方が高く見えたとの事。兄貴は少し猫背だからね。 車のステレオを変えたばかりらしく、とても上機嫌にそのことを話してくれた。こういうときの兄貴の表情はとてもいい。 図書館にて今日の主目的を果たしたあと、久しぶりだから食事をする事に。「何がいい?」と聞かれ決めかねたので久々に故郷の味、とんこつラーメンを食べに行く事にする。久しぶりに本場の味を食べたのでスープまで平らげてしまった。 その後兄貴とビリヤートをする事に。自分の我が儘。大して上手ではないのだがレベルが近いと楽しいのでやる。 一時間の予定が兄貴も楽しかったようで二時間になった。1時間で切り上げようとすると兄貴が延長を希望。はまったようだ。 やり方は対称的。私は大雑把に打つ場所を決めてまぐれを期待して遊ぶ。たからいつも力いっぱい打つ。ズガッ!!!ゴトン!!という感じ。それに対して兄貴は精密。力も加減して綺麗に落としていく。たぶん力を緻密に計算しているのだろう。計算式でも立て兼ねない。まさに理系。余分な力は使わない。コロコロ……、コン、ストン、という感じ。性格が出てるよなぁ…。そんなことを思った。その後送ってもらい帰宅。最後に「(想人に)なんか持って帰らんといかんやろう。」いいよ。よろしくとだけ言付けてくれればそれでいいよ。 でもそんなことは軽く無視して私に封筒を渡す。中身は図書カード。「頑張れよ。たまには休まんといかんよ。」ありがとう。週末はきちんと休んでいるよ。ただラストだからガンバんないとね。 久しぶりに兄貴と遊んだ。本当に何年ぶりだろう。大学に入ってからは電話で話す以外、ほとんど会うことがなくなった。たまに帰省の時に一緒になるくらいだ。 兄貴はだいぶん落ち着いた。生活もまあ安定しているせいだろう。穏かになった。以前会ったの院生時代は切迫しているせいできつい感じがしたが。 でもいつも思うのは兄貴はすごい。自分はどうも我が儘で自分のしたい事を譲れないし、そんなに社公的ではない。それに対して兄貴は現実とも折り合いをつけることを知っているし、とても社交範囲が広い。人とのコミュニケーションに対して積極的だ。まあ、お互いそれぞれだとは思っている。別にうらやんでる意味は無い。兄貴は兄貴、私は私。私は兄貴を尊敬している。今はそういう状態だ。「安い家、探しとっちゃるよ。」来年、就職するにあたって都心に越す事を告げると付近の友達に聞いてくれるとの事。ここらへんが兄貴らしい。ありがとうございました。m(__)m
2006/11/03
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