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2006アカデミー賞主要三部門(作品賞、脚本賞、編集賞)獲得、『ミリオンダラーベイビー』のポール・ハギス監督作『クラッシュ』を観た。 内容は…非常にまとめ難い。 ロスを舞台に今、アメリカが直面するリアルを描いた作品、こう言えるだろうか? 実質、2日間の出来事を描いた物語。 感想。 登場人物一人一人が非常に丁寧に描かれている。その結果、完全な悪役がいない。行為と行為の連鎖。全てが納得のいく痛みを感じる。 この映画を観て自分の生活の中にある「区切りの壁」を想起した。 留学中、何度かその国の人々に騙され痛い目を見た。その都度、「この国の奴らなんか大っ嫌いだ!」と思いたくなる。人と人の距離が近づけば近づくほどそれは増していく。少し前、国際人について色々と議論した。真の国際人とはそういった以前の経験を持ち、その国の情報を知りつつも個々には先入観無く付き合える人ではないだろうか、そう私は考えている。 現代はネットの普及によって情報が容易に得られるようになった。しかしそれが何を生んだかといえば映画の冒頭文句のように「金属などの壁の後ろに隠れるように(うろ覚え)」なった。何の苦労もせず得た情報を、何の配慮も無く振り回す。現代はそんな世界だ。誰かを傷つけても自分は安全な電子の壁の後ろにいる。ぶつかることが少なくなった。しかし現実世界で本当にぶつかった時、それに対する想像力が最近、欠けていっている様な気がする。 話が逸れたので元に戻す。最初から非行を行う人間はいない。しかし先入観、思い込み、感情のこじれから人に対して心無い事を犯してしまう。それは連鎖し、膨れ上がりそして大きな事件を生んでしまう。その「鎖」を実に功名に描けていると思う。 ちょっとしたことがあって映画を観るのが少し恐くなっていたのだが、この映画は観といてよかった。
2006/09/30
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心を落ち着けてゼミへ。ノックをして入るといつものように教授がいた。しかしどこか違和感が。…髪が短くなっている。「短くなってません?また髪切りました?」先週は6ミリの坊主が少し伸びた状態だった。「うん。今度は3ミリにしてみたんだよ。」教授は最近、スキンヘッド計画を立てている。徐々に徐々に短くしていって最終的にはスキンヘッドにしてしまうんだそうな。始めは冗談と思って一笑に付していた。しかし今日来て見て口だけではないことを知った。…さすが教授…。「スキンヘッドの人はシェーバーで頭を剃っているらしいんだよ。それを聞いて楽だな~と思ってね。」そういえば私が自分の髪をいつも自分できっている話を聞いて感心していた。「床屋で髪を切ってもらっている間、暇でしょうがないんだよ。だってそうじゃないか。馬鹿みたいに座ったままぼんやりしているなんて、手持ち無沙汰でしょうがないんだよ。」教授はべらんめえ口調ではないが少々江戸っ子気質がありせっかちだ。「今度はアディダスのマーク(靴に入っているような三本線だろう)を入れてみるつもりだよ。」は?「学生にいわれてねえ。『先生、そのほうがかっこいいですよ。』ってね。考えているんだが大学のマークでもいいかなぁ。……」もう笑うしかなかった。最近、教授も色々と忙しかったからストレス発散の意味もあるのだろう。でも自分がすごいと感じ尊敬している人がこのようにお茶目な一面を見せてくれると嬉しい。だからこそ付いて来たような所があるのだが。 たぶん教授との一番の距離関係は「付かず離れず」なんだろう。数時間前の怒りもどこかに飛んで行った。ありがとうございます。 ゼミの対話も有意義なもので全体的に考えると+(プラス)の一日だった。
2006/09/29
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この日はつまらない事で腹を立てた。午後、自習室にて書きものと読書をしているとノックの音がした。見るとそこには同じゼミの気無視がいた。私は彼と合わない。理由は色々あるが大学院生でありながら勉強嫌いであることだ。彼は一体何をしに来ているのか分からないし、教授もなぜ彼を入れたのかが分からない。日本に来てもう長いのに日本語が下手だ。くだらない言葉ばかりを知っている。こういう人間がいると彼の母国への感情が悪化してしまうのをどうしても避けられない。それは人間の自然だろう。彼の来意はこうだった。「修論、君は二万字以上といってたけれど、事務で四万字以上と言われた。本当なの?」という事だった。以前私が教授にゼミで字数制限を尋ねられたとき、適当に答えた事がうっすらと記憶にある。院生にとって字数「~字以上」などたいした意味も無い。それは要するに最低ラインであってそれを超えるなど当たり前の事だ。問われるのは内容である。大して気にもしてなかったので「2万字以上ぐらいじゃないですか?」と適当に答えておいた。気無視はそれを目安に修論を書いていたらしい。 今、私の机の前に来て勝手に私の机の中から調べようとしている。私はゴキブリが机を這っている様なひどい嫌悪感、拒否反応を覚えた。嫌いな人間に近づかれるのも嫌だし、まして人のものを勝手に扱うなど無礼にも程がある。口を使うのも嫌で「触るな」という仕草をした。「調べて、後で言うわ。」彼は無言で去っていった。故意ではないが間違った情報を伝えた事は私に非がある。その後、要綱を確認し彼の所に行き伝えた。次に発した彼の一言がカチンときた。「なんだよ(怒り)」「は?」一瞬耳を疑った。こいつは人にものを聞きに来て「ありがとう」の一言も言えないのか?私の顔に怒気が浮かんだからだろうか。卑屈な笑みを浮かべて彼がもう一言発した。「うん。どうも。もういいよ。」何様のつもりなのだろう?人にものを尋ねてこの上から発したような物言いは。怒りが頂点にまで達してきた。何も言わずその場を去った。軽く睨みはしたけれども何とかその場を去れた。 再確認。私は礼儀を知らない人間が嫌いだ。留学していた時も大いにそれで悩んだ。私の怒りは果たして正当だろうか?今の彼の場合、完全に礼を失していたといえる。これが自分より年上という。これだから年齢なんてものは信じられない。考えれば考えるほど怒りが込み上げて来た。「アリガトウの一言ぐらい言えねぇのかよ、コラッ!!」戻る途中でものに当たりつつ(はしたない…)、気分を落ち着かせた。 院にくればこのような人間はいないものだと思っていた。学部ならまだ許せる。目的もまちまちだから。彼とは関わりたくないが同じゼミなので週に一度は顔を合わせなければならない。 どこに行ってもくだらない奴はいる。腹を立てても仕方が無い。我慢しよう。
2006/09/29
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前回に引き続き。母とは結局良く行く定食屋に行った。そのほうが落ち着くので。「今日の荷物やったと思う?」「そうやね~。福島とか珍しいよね。関西までは時々あるけど。」「私も20年以上この仕事やってきて初めてよ。あんね、スーツケースなんよ。」「え?!それまたなんで?」事情はこうだった。千葉某所にある鼠の楽園に福島の家族が旅行に行ったんだそうな。その帰りにスーツケースを送る事にしたらしい。しかし業者が何の手違いかその荷物を福岡に送ってしまった。勿論、クレームがきたのはいうまでも無い。今日の仕事は要するにその尻拭いだったとのこと。「福岡と福島、一字違いやろ?」…まあ、たしかにその通り。「わたし、安心したっちゃね~。私みたいなそそっかしい人も世の中にはおるもんやな~って思った。」原因ははっきりしない。機械で行き先は読み取るようになっているだろうから。本当に不思議な事も起こるものだ。========================================================================その後、部屋に戻りシャワーを浴びてゆっくり休む。 写真は風呂から上がると真剣に新聞を読んでいた母さん。とてもちょこんとしてて可愛らしい(母親に失礼?)。「いいねえ~。ここも住んでる時間が長くなると過ごしやすくなるもんやね。」どうやらリラックスしてくれているようだった。良かった。 母に会ってなんだか和んだ。やはり家族はいいものだ。 翌朝、一緒に朝食を食べアパート近くのバス停でお別れ。「元気でね~。」小倉へと戻っていった。 部屋の洗面所を見てみると綺麗になっている。おそらくシャワーを浴びた時、綺麗にしたのだろう。母の粋な計らいに暖かい気持ちになった。
2006/09/28
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前回の続き。母と食事する事になる。前から気になっていた広東料理の店に行こうとする。エレベータに乗るといきなり隣のおじさんが話しかけてきた。「いいのう。あんたは。ふさふさしとって。髪があってさ。」そのおじさん、たしかに禿げていた。さらに見るとなぜか私ではなく母に話しかけている。「…俺なんかいっつもこれでいじられんだよ。やれ眩しい、太陽が来たとかさ…、ふざけんじゃないよね。…」「???はあ…。」母さん、困っていた。なので「そうですね~。」と私が会話に入り息子がいる事をアピール。すると「あんた、孫はいるの?かわいいよね~。…」「いえ。いません。」母さんの笑顔が引きつってる…。「こんなもんあげたら喜ぶんだよ。会った記念にあんたにあげるよ。」といって折り紙の手裏剣(風車とも)を差し出した。いきなりで動揺していたため母、受け取る。「悪いねぇ。ちょっとした悪戯と思ってくれよ。オレ、イタズラ好きだからさ。そんじゃね。」エレベーターが着いて降りた。 …母さん、ナンパされてる…。母さん、小さくてかわいいからなぁ。そのことを部屋に戻った時告げると「いやー!あんな人。やめてっちゃ。」本気で拒絶してた。母さんには父さんがいるからね。 デパートはお値段が張りすぎておごってもらうのに忍びなかったので、良く行く定食屋にした。
2006/09/28
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この日、午前10時頃に親父から電話で起こされる。前の日、何となく夜更かししていたからだ。「おぅ!寝とったんか!何時と思うとんか(笑)、今のう、急な仕事が入って母さん福島に行く事になったんよ。お前、今日なんか用事あるんか?」半分夢の中に居ながら会話した。「別に無いよ~。」「そうか。そんならもしよかったら泊めて行っちゃってくれや。あとの~、…。」そして羽田から東京までの乗換えを聞かれたので答えた。 母が仕事の帰りに寄るらしい。私は少し躊躇した。母が来るのは嬉しい。仕事で関東に来るなど滅多に無い事だ。出来るならば寄って行ってもらいたい。 しかしながら、次の日が教授とのゼミがあり徹夜で用意をする予定だった。そのために睡眠を補給していた所もある。どうしよう、少し考えた。 だが、私は研究の奴隷ではない。私の人生は私のものだ。研究は切羽詰っているわけではない、母さんが来る事なんて後にも先にももう無いだろう。私のやりたいことをしよう、そう決めた。時間を教えてもらうと仕事を終えて母が来るのは夕方以降らしい。それならばそれまで集中して仕上げればいいだけの話ではないか。 決めたが吉日ということで早速飛び起きて学校へ。夕方まで研究に打ち込むことにした。========================================== 夕方、母からメールが来る。「仕事終了。今日の夜の予定は? 東京に六時半頃戻り、もし八王子に行けば、7時~8時ぐらい。忙しくなければ寄ってみようかしら…」ということでメールが来る。 迷った。ノルマまで完全に終わっていたわけではない。「やはり徹夜しようか、母を迎えて駅前で食事をし、戻る。ああ…、でもそうすると母に部屋を掃除させてしまうだろう。そういう人だから。一人には出来ないな。…最低限だけ持って帰って部屋でやろうか。」 迷った末に電話する事にした。「もしもし、今電話いい?」「…うん。大丈夫よ。新幹線の中やけんね。どしたん?」迷ったままの事を母に告げようとした。しかしトンネルが多く話が通じない。とりあえず電話を切る事にした。 その後、もう一通、母からのメール。「顔だけでも見ろうと思います。八王子駅まで出れる?」たぶん、遠慮したんだろう。電話が上手く伝わっていない。駅には来るとのことだからその時説明しよう。ということで駅前へ。======================================================================= 8時少し前に母が来る。改札から出てくる母。すぐに分かった。下はその写真。駅員と話している人だけど遠すぎ。自分にしか分からないと思う。 「遅いけん、今から戻るのも大変やろ。泊まって行き。」「研究のほうは大丈夫なんね?」「大丈夫。俺は研究の奴隷じゃないんだから。やりたいようにやるだけさ。」家で休んでいってもらう事に決まった。仕事で疲れているだろうに遠路はるばるありがとう。
2006/09/28
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映画を見て原作が気になり「ユリイカ」のル=グウィン特集を読んで3巻が内容の中心のようなので3巻を購入。(どんな内容か未知数の本をいきなり全巻買う許容量は無い。) 物語としては歪んでゆく世界の原因を大賢人ハイタカ(ゲド)と王子アレン(レバンネン)が捜す旅をしてそれを解決する物語。 物語の筋よりもむしろそれを通して語られるゲドとアレンの交流、狂いゆく人たちや世界の描写を現在自分が生きている世界と重ねて考えてしまった。その点において非常に楽しめたといえる。 また、「魔法」という言葉をそのまま「学問」に置き換えて読んでしまった。人によってこの置き換えは違うだろうがそうすると非常に真に迫って感じた。 アレンはゲドとの交流を通して変わっていく。そこが良く描けていたと思う。私の現実はラストを迎えていないので最後には賛否どちらの姿勢を示せないが今、指導を受けている教授を連想した。人によって連想する人が違うだろう。しかし子供が読んでこれを理解するのかな?という疑問が残る。しかしあとで読み返したり思い返したりするときにきづきくんだろうな。 あと、生死の問題については途中までは良く描けているなと思った。しかし最後の締めくくりに違和感を感じた。生死の問題は誰にでもあり誰もが悩む。しかし真剣に考え続ける人は少ないし、乗り越えられる人はごく僅かだ。たいていは漠然とした知覚のまま生きるのが普通だろう。そのような事を考えていたら日常生活が覚束なくなるからだ。そういった意味でああいう風にくくるしかなかったのだろう。 世界の歪みは少々悲観的に傾きすぎな気もするがよく捉えていた。 映画と原作を両方見たが両者ともそれぞれにいいところがあって楽しめた。原作を後に読んだせいもあるだろう。先に読んでいた人はどうやら納得していないようだったから。 児童書ではあるけれど今の自分でも読んでいて楽しめた。『モモ』とかそういう本のように子供の時読んで後でその意味が分かる部類のものだと思う。
2006/09/26
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本日、想人に手伝ってもらいアパートの書棚を整理、タイトル、著編者、訳者、出版社と出版年を入力した。 アパートの書棚 入力を終えて感じた事を少々述べておく。 私のこれまで読んだ本は少ない。実家の時もそう感じたが今回も同じ。まあ、所蔵数=読書数ではないが、もっと本を読もう。 また、長編が多い。アパートには主に一緒に常に移動を共にしている本たちと修士になって気分転換等で新たに購入した本が置かれている。前者は古典が多いので自然、長編だ。後者は何の脈絡も無い。 あと出版年を入力する時西暦で入力しているので年号で記載されていると換算しなければならず面倒臭かった。 今回は2人で作業をしたのでとてもはかどり、また疲れを感じずに楽しめた。想人には感謝だ。それを告げると、「別に~、そんなことないですよ。楽しめましたし。」助かりました。バイト代は一食分+アイスという事で(安!)終えました。こうやってたまに整理するのもきっかけはブログを持ってから。今のところいい作用しか果たしていない。 書くこと、表現方法も徐々に変化してきているけど、普段生活しているだけでは触れ合わないものに触れられるので、今の所とても満足している。 そんなことを思った休日でした。
2006/09/24
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この日、後期始まって最初のゼミがあった。「メールの返事をしなくてすまなかったね。」「いえ。返信を期待していませんでしたから。」第一声に言われた事。8月の最後に修論が全く進んでない事をかなりの苦悩をむき出しにした内容の報告メールを送っていた。 いつもの事、覚悟していた事ではあるが返信が来なかった。期待はしていなかったが教授にはいつも全力でぶつかってしまうため、肩透かしを食らうといささかの寂しさを覚える。 この数日前に想人とこのことについて話した。以下はその内での思考。自分の理性では教授がM・ウェーバーのいう「本物の教師」であって「指導者」ではないことを分かっている。しかし19の時に教授に心酔して以来、未だその呪縛は解けない。最近は解けるか解けないかその境目に来ている。「今のまろにぃは教授に対してこう(上下という仕草)でしょ?私はまろにぃと教授がもっとこう(対等という仕草)なれば、いい関係が築けると思うんだけどなぁ。」それは頭では分かっている。しかし感情というのは不思議だ。教授の前に行くと自分のすべてを見てもらって道を示してもらいたいという欲求が頭をもたげる。そして一番厄介になのが相手に好かれたい、嫌われたくないという感情に支配されてしまう事だ。その結果、上手く議論が出来なくなってしまう。 それは一言で言って相手に飲まれているということだろう。自分の倍以上生きているその人は自分のそのまた数倍以上真剣に人生を送っている。 人間だから完全ではない。7年間も付き合えば当然ながら粗は見えてくる。しかし19の時この人こそは、と思った。人の人生は短い。少年時代、歴史小説を好んで読んでいて登場人物の中で生き方が美しいと思えるのは言行一致の人、貫く人だった。そうなりたいと考えた事が今も影響しているのかもしれない。私は意地になっているのかもしれない。 何事もホントに大切なのは中庸であって均衡、バランスなのだ。しかしそれは非常に曖昧で捉え難い。このようなことを考えた。 今回、ゼミに出るにあたってその呪縛から自分を解放し、自分本来のスタイルで興味の赴くままに議論をしてみようと考えた。「忘れないうちに言っておきたいのだが…。」そういってホワイトボードに何かを書き始めた。それは「内では父母を頼り、外では友人に頼る」という内容の諺だった。 当然ながら知っている。そこから教授が説明してくれたのは修論のアイデアだった。私と教授では実力が違う。自分では到底ひらめき得なかった素晴らしいアイデアだった。あとは調べてまとめるだけ、そのようなボールが投げられた。 まず、教授の配慮に感謝した。研究テーマの方面で行き詰まってしまった私に方向を示してくれたのだから。 今、振り返って見て思う。果たしてこれでいいのかと。論文を書く重点はアイデアにある。教授に縋り付いてアイデアもらいそれを自分の修論にする。果たして自分はそれで満足できるのかと。しかしながらそれに勝るアイデアと方法が浮かんでこない。やるしかないだろう。そこから見えてくるものもあるだろうから。「メールで返そうと思ったけれども長くなってしまうから会った時に言おうと考えていたんだよ。考えていると自分でも調べたくなってしまった。」最後にそのように結んだ。思いやりに対して深く感謝します。今日からまた一週間、ハシロウ。
2006/09/22
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ナタリー・ポートマン主演『V FOR VENDETTA』を観た。 煎じ詰めれば復讐と革命を一緒にやってしまおうという物語。 観終わって想人に話して色々あり、今考えてみている。単なる娯楽映画なのだろう。深く考えるべきじゃないのだろう。とにかくこの作品で考えた事は忘れる事にする。
2006/09/19
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訳も無く議論をしたくなるときがある。今日はそんなときだったんだろう。気をつけよう。刃も向ける方向を間違えるととんでもない結果を招く事がある。
2006/09/19
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想人と初めて出かけた日から半年が過ぎた。 ぼやぼやしてると時間なんてすぐ過ぎてしまう。 今の俺はちゃんと生きているか?問いかけを常に忘れないでおこう。
2006/09/16
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この日、とある集まりがあり久しぶりに中国語で話す。会話はやはり衰えている。仕方が無い。 帰りがけ、彼と話をしている時「喫一塹、長一智(一度つまづけばそれだけ利口になる)。覚えておくと便利ですよ。」戻って辞書で調べた。面白い諺だ。覚えておこう。
2006/09/15
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「生きる事が恐い。 逃げる事より 戦う事を考えよう。」走り書きの一節。何を感じていたのかは不明。しかしながら今の自分に必要な言葉。
2006/09/14
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ヘルマン・ヘッセ著『車輪の下』を読んだ。実家に帰った時、途中で挫折し読んでいなかった事を気づき、今回読み終えることが出来た。 地方での成績優秀の少年、ハンスが奨学金制の神学校に入学し挫折をして廃人と化すまでの物語。中学か高校の教科書に彼の作品があり気に入って購入した事を覚えている。教科書の方の短編は少年時代の友情、過ち。友人の大事なチョウの標本を盗んでしまい後悔し、返して謝罪をする内容だった気がする。内容が自分に共感しやすかったからだろう。ヘッセの作品を読みたくなり名作といわれる『車輪の下』を買い読んでみた。しかし当時の私にとってその内容は難読だった。受験の苦しみ、歪んだ社会の生贄になることなどなかったので、理解できなかった。今、約十年弱のブランクを経て読んでみた。以前の記憶は鮮明で読みかけの中盤から読み出した。あの頃と違い理解しやすく、すぐに読み終えた。 ヘッセは最後、わざと強引に終わらせた感じがある。確かに酒に酔って川に転落してしまうことはあるが、希望を見出しかけていたのにという感じがある。それに何度もお酒でぶっ倒れてしまった人間の経験からするとなんとなく首を傾げてしまう所がある。まあ、国も違うし時代も違うからありうることだったんだろう。 あと描写がとても詩的。試験を終えて頭痛を抱えながら校庭を散歩する場面はその緑の眩しさが眼に浮かぶ。 ただし分かり難い表現が所々にある。特に皮肉は少し考えないと分からないので笑えるとまではいかない。 約10年のブランクを経て読み終えることが出来た。
2006/09/13
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想人と観る約束していた『ゲド戦記』を観に行った。15日でネット上の上映情報が切れていた。平日のほうが余裕があるだろうと思い、この日に出かけることにする。 内容はまだレンタルで出てはいないので省略。 ただ、テーマとしては「命を大切にしない奴なんか大嫌いだ!」という宣伝での一コマが表しているとおり、生と死を主題に置いたお話。 宮崎吾郎初監督作品といわれ、原作者から「悲しい」とまでコメントされ、あまり良い評判を聞かないのでどうなんだろうなと思っていた。今回それでも観に行ったのは誘われたのもあるが、手嶌葵の歌う「テルーの唄」が心地良い声だったので観に行く気になった。鑑賞後:どうしてこれで「悲しい」と言われなければならないんだろう。別に暴力で全てを解決しているわけでは無いし、台詞も押し付けがましいとは感じなかった。「原作を読んでみたい。」想人はそのように言っていたが同感だ。しかし原作は児童向けの6巻セットしかない。文庫版でないのかな。 八王子に戻った後、二人で内容のことについて話し合ってみる。長く話し込んだが主にこの映画のテーマである生き死にのことについて。 さすがにデビュー作で扱うテーマとしてはやや重い気がする。2時間で人間の中の最重要課題を解決する事は不可能なのは当たり前。しかし映画で言った事はほぼ自分の中では思考済みの問題だった。未だに解決したわけじゃないが人間、それを抱えながら生きていくものだと今は思っている。(文章にすると薄っぺらくて陳腐な表現になってしまうな。) 以前、これをテーマに想人と話をしたことがあった。その時は私の考えが理解できなかったらしい。それはそれではっきりと言ってくれるので嬉しい。今回は理解可能だったようだ。分かり難い問題だからこそ言葉を尽くさなければいけないんだろう。 観た後に色々と考える事ができる映画だった。
2006/09/12
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この日、八王子に戻る。親父はこの日夜中ずっと仕事で走り回っていた。感謝。更に仕事終わりに空港へ駆けつけてくれた。ありがとう。「母さんには内緒やけの。」駆けつけた親父が封筒を差し出した。表には何かのメモが。仕事に使ったものだろう。急いでくるんでくれたらしい。絶対に忘れないでおこう。 空港では想い人が迎えてくれた。色んな人に関わり支え合いながら生きてる、充実した生。後半戦の始まり。
2006/09/10
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父母は仕事で大忙し。休日なのにさすが。 コンビニの帰り道、幼馴染に会う。少し前までプー(NEET?)をしていたが最近ゴミ回収車の仕事を始めたと。仕事の影響でごつくなっていた。顎鬚も生やしていた。時は否応なく移り変わる。 夜、帰省の最終日だが親父は仕事のためいない。母と二人顔を付き合わせて食事をした。 まずは全体像、「あたしが寿司食べたかったけん、寿司にした。お父さんはいつも刺身の方がいいっちゅうけんね。」との通り、寿司。こちらの魚はしまっていて美味しい。あと鰯のつみれ汁。これも親父はあまり好きでない。親父は好き嫌いが結構ある。シンプルなものしか食えない。新しい料理を作ってもあまり食わない。まさに四角。あとかぼちゃの煮付け。これも上に同じ。つまり今回は私と母は好きだけど親父があまり好まない料理のオンパレード。唯一親父が好きなのが山芋をスライスしたもの、二人でビールをちびちび飲みながらゆっくりと頂きました。この10日間ありがとう、母さん。
2006/09/09
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散歩をしていて思った。「空き地が増えてる。」廃れゆく街なのかなぁ。少し物悲しい気分になった。 ここ数日は夕飯の事ばかり。ワンパターンな気もするが一日の中で一番幸せな時間となっている。 まずは全体像、本日は私の好物、味ご飯(炊き込みご飯)メインは鰯の塩焼き、かぼす付き小品としてきゅうりとわかめの和え物、「これだけではさびしいねぇ。」と母が言い、苦瓜のサラダを出してくれた。後は定番の味噌汁。 親父がいないのでご飯食。「休肝日やね。」味ご飯が美味かった。いつ食べても美味しい。鰯の塩焼きは写真では一匹だが二匹頂いた。親父の分を一匹くれた。 帰ってからも作れるようになろう。
2006/09/08
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実家に帰ると母は張り切って料理をしてくれる。とにかく全てが美味しい。全ては私の好みと親父のコレステロールを考えて作られている。 この日、親父が外に食いに行きたいというのを断ったので母さんはそれのためにいつもよりも増して奮発していた。 まずは枝豆ふっくらしてやわらかかった。 お次は焼きなす、上にかかっているのは黒ゴマ母が日田に仕事で行ったとき道の駅で購入したもの。安いのに新鮮で大きく味がいいというまさに田舎の野菜だった。 それと生協で安かったというたこ刺しこちらも歯ごたえが適度で美味。 そのあとは揚げ物で小いわしを揚げたもの揚げたちはかりっとして美味しい。きびなごと比べて少し大きいから実が詰まっている。 最後にメインは秋刀魚の塩焼き。…美味しかったのとほろ酔いだったせいで写真に収めるのを忘れてしまいました…。 締めはデザート葡萄(巨峰)だった。もう言うまでもないだろう。 親父曰く、「二人やったらこんなん出んのぞ。」母も奮発してくれているらしい。帰った後反動が来なきゃいいけどな。でも美味しい飯を毎日ありがとう。m(_ _)m
2006/09/07
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自習室でお隣の人からのお勧め『芙蓉鎮』を観た。1987年の映画。旧い。2時間半超の長い映画。 1963年から1979年までの中国を一地方農村に生き数奇な運命をたどった胡玉音(劉暁慶)を中心に描いてゆく作品。 若かりし頃の姜文も出ている。主役の女性は綺麗だけど知らない人。90年代以前に活躍した女優さんらしい。 長いけどよくできた作品。改めてこの時代を生き抜いた中国人ってたくましい。それと同時になんでこんな愚かしい事態を抑制できなかったのかが不思議だ。皆、おかしいと思っているのに自分に累が及ばない限り体制側に反抗しない。政変も自然災害の一種と考えているかのようだ。まさに人災。時間が経てば過ぎ去ると考えているからか?「とにかく生き抜くんだ!」という一言に全てがこめられていると思う。プライドも誇りもあったもんじゃないがとにかく生きていればいい事がある。そんなものを感じた。 主人公の胡玉音と秦書田は強い。秦は最悪な状況の中でも現状に不満を持たず楽しもうとしている。強い。時代を生き抜くのはこういう人たちなんだろうな。 この作品、この時代の背景を知らないと分からない作品かも。私の両親の世代はリアルタイムで知ってるから大丈夫だが、私の世代では文革といってもピンと来ない人たちがいる。仕方ないのかな。 中国に関心がある人にとっては面白い作品だと思う。
2006/09/07
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ヴィンセント・ギャロ主演『ニューヨークセレナーデ』を観た。時間は約90分と短い作品。最近重いものが続いていたので軽いものを。 芸名ケビン、本名ボビー(ヴィンセント・ギャロ)は売れっ子司会者。しかし今の生活に満たされていない感じを持つ。 ある日緊張感が切れてしまい、大きなへまをする。欠けていたものを求めて元恋人の下へ。しかし恋人は自分を捨ててTVスターになったボビーを許さない。ちょっと変な母と精神病院に居る弟の世話に疲れていたし、恋人ももう居たから。しかし恋人がゲイだと発覚。 色々なドタバタがありボビーは結局テレビの世界に戻るが、TVで元恋人に告白。めでたしめでたし、という内容。 会話のやり取り、チグハグ、ドタバタさが面白い作品。ギャロって繊細でなんか暗そう何だけど不思議な魅力がある。なんかかわいげというか、影があるというか。『バッファロー’66』の方がその感じがする。 ストーリーの部分では荒い。いろいろ疑問は残るが楽しんで見られる作品だった。
2006/09/06
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この日は地元に帰ったときには必ず会う仲間と飲んだ。 小、中学校と一緒だった仲間。通常は自分を含めて四人で遊ぶ。もともと4人ともゲームが好きで休日によくゲームセンターに行っていただけという、きわめて適当な付き合い。その適当さ加減がいいのだろう。半年に一度は集まっている。 一人は人付き合いがいい。まとめ役といっていい。たまに時々連絡を取っている。彼らとつながっているのは間違いなく彼のおかげだろう。まあここでは友を好む人ということで好友とでも呼んでおこう。好友はとにかく付き合いがいい。彼が冷たくあしらったところを見た事がない。どんな人にも辛抱強い。怯えた所を見た事が無いし、とにかく落ち着いている。そう全てに落ち着いている。 好友はそのせいか何事にも動じない。たとえ今の歳でフリーターをしていてそれが長期化していても焦っていない。彼なら別に大丈夫だと思うのが。ただ義理人情を重んじるのが裏目に出ているような気がする。「今度こそバイトやめるけん。」この台詞を何度聞いたことか。しかしやめない。たぶんそこの場、そこの人間と馴れ合っているからだろう。今回も辞めるといっていた。さてどうなることやら。 もう一人は容姿がとても東南アジア人のようなので、南を越えた人という意味で越南と呼ぼう。越南は自分と同じで関東のある大学に進学し、東京で働いていたが上司との衝突で仕事をやめ、地元に戻ってきた。そこで親から半強制的に専門学校に入れられ今年卒業、来年からまた東京で働くことになっている。 越南は諧謔のセンスに富んでいる。よく先生やヤンキーに影のあだ名がつけられるのだが、そのたいていは越南が考えていた。たぶん彼の目には世の中全てが曲がっていておかしく映っているんじゃないだろうか。中学まではこの地元が嫌いで今でも越南は方言を使わない。自分は最近まで気がつかなかったが、半年に一度など20歳過ぎて会うようになってそのことを知った。 最後に今回は欠席してしまったのが一人。奴は気楽に生きている人間なので気楽と呼んでおこう。気楽は福岡市にある大学を出た後親からそこのマンションの一室を貰い悠々自適に派遣で暮らしている。生きれるだけの最低限のお金を稼いで、あとはネットに埋もれているらしい。あと福岡の人間なのに千葉ロッテマリーンズを応援している。こちらに来たときは欠かさず応援している。まあ、変な奴なのだが憎めない奴だ。今回来なかった理由が、「暇じゃない。」そうだ。まあやつにもいろいろあるんだろう。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 今回は好友と越南が二人共同じバイト先で働いているということで、会話の八割方はそれに関することだった。はっきり言って分からないので適当に聞きつつ料理を堪能した。 その後、みな少なからず麻雀ができるので雀荘に行って遊ぼうということになった。しかし一人足りない&小倉の雀荘はガラが悪いというか危険を感じたので、私の実家で打つことにした。 麻雀というと日本では博打のイメージがあるが中国でのイメージはどちらかというと家族団欒など人々の団欒の遊興。なぜ日本に渡るとこうも変わるんだろうな。「彼女に麻雀打ちよう言うたら怒るけ内緒ね。」とは好友。なんだかんだ言って彼女にしっかり首根っこ捕まえられてる。まさに九州的な付き合いの二人だなぁ。「この土地にいると、全てがまあいいかなと思えてきてしまう。」とは越南。それには同意する。故郷を出なければ自分もこのぬる~い倦怠感に包まれてそこそこの人生でいいやと思っていたろう。外へと送り出してくれた親に感謝している。 かれはその倦怠感にやられない為にバイトをしているらしい。働くのを辞めると戻れなくなってしまう、それには同感。「まろにんみたいに研究に打ち込んだりしてる人間は別だけどね。」ありがとう。私は私の生き方と認めてくれているらしい。感謝。 結局、徹夜で遊ぶことになった。まあ、そんなこともあっていいだろう。気楽なひと時をすごした。
2006/09/05
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スタインベック原作、ジョン・マルコビッチ、ゲイリー・シニーズ主演『二十日鼠と人間』を観た。これも想い人のお勧め。同じくやっと借りれた名作系。 物語の主人公は白痴であるが人は善いレニー(ジョン・マルコビッチ)、頭のいいジョージ(ゲイリー・シニーズ)との二人組を中心に描かれる。 レニーは人一倍、力があるが頭が悪い。しかし人が善い。そんな彼は働いた先の農場でよくトラブルを起こす。ジョージはそんなレニーの人の善さが好きで面倒を見て二人で共に行動している。 農場主一家が問題等いろいろなころがありながら二人は住み込んだ先の農場に慣れ親しんでいく。 しかしある日、レミー故の大きな過ちを犯してしまう。追われるレミーを見つけ出したジョージはある決断をする。 「マジかよ…。」エンドロールを迎えて第一声で出た一言。「これしかなかったのかな…。」そんなことを考え出した。現代でいえばもうひとつの選択肢が存在する。しかしそれでは…。やはり映画で取ったジョージの決断が最善だったのだろう。しかしその決断が最良の決断なんて世界はなんて悲しいんだろう。そんなことを思った。 想い人曰く、「あの作品に出ているゲイリー・シニーズは大学でもスタインベックを研究していたらしいの。だからこの作品は本当に入魂の作品。原作の不必要な部分をそぎ落として必要なエッセンスだけ残してできた作品。ジョン・マルコビッチもすごい演技だったでしょう?」確かに。二人ともとってもいい演技していた。ジョンの白痴の演じっぷりは他の作品をしっている人にしたら意外なのではないだろうか?まあ自分も彼をよく知っているわけではないけど。 ラストシーンはほんとに迫真の演技。ジョージの苦悩がよく伝わってくる。 あれを観ていて野島伸司の『聖者の行進』を思い出した。彼もこれに影響されたのかな?でも『未成年』にも出てくるし、あちらのほうが近いか。たぶんこれに影響されてないとしたら、ドラマ作家なんてたいしたこと無いや。 そんなことを思った。エンドロールでしばらく考え込んでしまった作品は久々だった。(蛇足だがこれもアフィ画像が無かった。いい作品に限って何で置いてないんだろう)
2006/09/04
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実家の本棚の整理をする。母親が棚を動かしたとき、ぶちまけたらしくばらばらになっていた。ついでにフリーページに実家にあるすでに読まなくなった本のタイトルだけでも置いておこうと思う。 始めたのが遅かったせいでこの時間に。思ったより少ない。ハードカバーの単行本をまだ入れてはいないけれど少ない。 漫画本、小、中学生の時に読んだファンタジー本(ライトノベルっていうのかな)は書くときりが無いので書かないが100はいっているだろう。 あと移動を共にしている岩波文庫たちや向こうに行って加わった本たちもいる。 実際、ほんとに数えたら500はいってないのかもしれない。学部時代にそのような目標を立てていたのだが結局到達していない。最近はなんだか本を買う意欲が落ちた。自分の懐具合、近くに大型書店が無いなどが理由のひとつ。 もっと外の世界に興味を持って生きよう。
2006/09/04
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帰省三日目。母方の祖母に会いに行く。 祖母は数年前から人に自宅を貸し、叔父の家に住んでいる。しかしその借り手とトラブル。ペット不可なのに内緒で室内飼いをしていたことが発覚。忠告するが聞かないので家賃を一万上げる手段に出ると立ち退いてしまった。 そんなわけで昨日から掃除をしている。そこに会いに行った。 実家に帰ったときは車を運転させてもらう。ほぼペーパーなので車庫入れが不得意。そこはプロである母にやってもらう。半年ぶりの運転に同乗する母はやはり度胸がある。しかしシートベルトをしっかり締めてドアの取っ手をしっかり握っている…。まあ無理も無いか。安全運転で行こう。「こんにちは~、ばあちゃん。○○だよ~。」「は~い、ちょっとお待ちください。」到着し、声をかける。返事があるがなかなか出てこない。しばらくして出てくる。「ああ、あんだがたやったんね。誰が来たんやろう思おた。よく来たね。まぁ、おあがり。」…私の名前、忘れてたのかな。まあ半年振りなんで無理も無いか。 祖母は母と同じく小柄で細い女性。並んでお茶を飲んでいる後姿を見てると姉妹のように見える。そのぐらい体系が似ている。 朝から叔父の家を発って元の家の掃除をしていたらしい。4時起きで動き出したからさすがにくたびれたといっていた。この歳にしてよく動くなぁ。こんなに小さいのに。「昨日入ったときは犬とタバコの臭いが染み付いとったけど、だいぶましになったやろ?」「うん。まったく臭いせんよ。」本当だった。よく掃除したんだろうな。それか…まあ、祖母も歳を経て徐々に性格が変化している。「お母さん休んどき。あたしが掃除機かけるけん。」「そうね、ならよろしく頼もうかね。」いつもは意地で突っぱねる母の申し出をすんなり受け入れた。だいぶ疲れたんだろう。私は近くのコンビニまでお茶を買いに行くことにする。 帰ると祖母が庭の手入れをしていた。それを手伝う。しかしひどく蚊に噛まれる。祖母、母にはつかない。どこで判断しているんだろう? 一服した後、祖母を苅田の叔父の家まで送り届ける。 叔父の家は静かだ。裏が貯水池になっていて山が広がっている。 中学のときここで水彩画を書いた。夏の課題だ。美術の先生にけなされた以外は、周囲の評価が良かった。中学に入りその先生になって美術があまり楽しいものでなくなった事を今、思い出した。 叔父さんはカヌー教室の講師を終えて帰ってきたところだった。叔父さんは多趣味の人だ。趣味に生きている。 帰りに庭になっている苦瓜を頂く。夜の食卓でたまねぎとあえてサラダになっていた。もちろん美味しかった。 今日の夜のメインはカレイ(ヒラメかな?)の焼き物。背骨以外は全て食った。美味しくて一気に食べてしまったので写真は母の分。端にあるのが残骸。 半年ぶりの運転、疲れた。最初はクラッチの感覚が戻らず、緊張したせいもある。親父と母親は本当に良く頑張る。 夜はゆっくりした。
2006/09/03
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スタインベック原作、ジェームス・ディーン主演『エデンの東』を観た。想い人のお勧め。半年前から観たいと思っていたのだが、アパート近くのレンタル屋は地方の店なので古いものが置いていない。実家の近くのレンタル屋はTUTAYA傘下に入ってしまったけど大きくて昔からあるところなので置いていた。VHSでかなりぼろぼろ。箱も色あせて白黒になってしまっている。でも見つかってよかった。 物語の舞台は1917年のアメリカの田舎町。第一次世界大戦頃の物語。 道徳者である父親アダム、父の寵愛を一身に受け同じく道徳者の兄アーロン、兄とは全てが真逆の弟キャル(ジェームス・ディーン)、そして兄の婚約者であるエイブラ。この四人を掘り下げて時代背景を交えながら描く家族の物語。 お話は弟キャルが死んだと言い聞かされていた母親が生きているのを知ったことから始まる。母親に会い、周囲の人間に事情を聞くにつれ母への愛を忘れる為に冷蔵輸送の技術の研究に挑んでいる父アダムに同情するようになり、逆らうのをやめて手伝うようになる。 しかし父のレタス冷蔵輸送が大失敗し大損してしまう。落ち込む姿をみせまいとしている父。彼の損を取り返すため、キャルは世界大戦参戦によって価格が跳ね上がると予想される大豆に手を出す。さまざまな所に奔走し、母を必死に口説き落として融資してもらう。 またもう一方で兄の婚約者エイブラとお互いに通ったものを感じ、惹かれ合う。それに嫉妬した兄と衝突し亀裂が深まってゆく。 そして父の誕生日の日、予想通りの参戦、戦争の長期化によって大豆の値が跳ね上がり成功を収め、父の損額と同じ金額を得たキャルは、そのお金を誕生日プレゼントとして用意する。しかし衝突中の兄が知恵を廻らし父へのプレゼントとしてエイブラとの結婚を告げる。アダムはアーロンのプレゼントは清くて綺麗だと喜ぶが、キャルのプレゼントは人の不幸の上に作った金として汚いものといい、受け取りを拒否する。 芽生え始めた父への愛情を打ち砕かれ、キレる。母の存在を知らないアーロンにそれを突きつけることで報復を行う。自分の道徳を打ち砕かれたアーロンは自暴自棄になり飲んだくれて軍隊へと志願し、去る。 それを見たアダムは卒中で倒れて半身不随。キャルは悔いて逃げようとしていたが、エイブラに説得され父の前にでて、謝る。父の看病を許されて劇終。(少しまとめ切れなかった) さすが名作、良かった。キャルの心の動きが良く描けていると感じているのは、自分がキャルに一番共感し、またし易かったせいだろう。 やはり注目してしまったのはジェームス・ディーンの演技。大豆の育っていくのを子供のようにはしゃぎながら眺めるシーン、そして父から自分の想いを拒絶されるシーン、この二つが印象的で、心揺さぶられた。 後者のシーン、実はディーン特集で観たことがある。台本のト書きには「お金を置いて去る」とだけ記されていたらしい。しかし彼のやった演技はそんなものじゃなかった。見た今となっては実際、キャルだった場合こういう行動に出るだろうな。言葉にできない、すごく想いの詰まった演技だった。しばらく忘れられんだろうな。 また、彼は台本どおり演じなかったらしいが、それは取り憑かれたように役そのものになっていたせいだろう。そんな気がする。 父と息子、兄と弟、お互いの理解者(キャルとエイゼル)、この点がよく描かれていた。スタインベックって兄弟いたのかな?上手だ。やはり親の愛は二人とも欲しくて見えない駆け引きが行われる。兄に寵愛が向いていると自分に向けようと必死になる。普通はここで母親の存在があって兄は父の一番、弟は母の一番ということでバランスが取れるが、母の存在を知る以前は父の愛は2番目の愛なのでキャルは歪んでひねくれている。 しかし母親の生きていることを知り、会って母親を知り、父を知ったことで余裕が生まれる。兄としては今まで向けられていた父の寵愛に危機感を感じ、焦り出す。そしてとられた手段に絶望を感じる。でもあのような暴挙に出たのは受け皿が存在したせいだろうな。たぶん、キャルは無意識だろう。 そんなことを思った。 私はあまり有名人に似ていると言われたことが無い。しかし最近、隣の席とはす向かいにいる人にジェームス・ディーンに似ているといわれた。今回見たのはその確認の意味もある。 …似てない。俺、金髪じゃないし。(当たり前) 見ていてなんだかひねくれている所は似ているかなと感じた。でもそれは役のキャルのほうに似ていることになる。 話は違うがしぐさがディカプリオを連想させた。ディーンに憧れたりしているのでは…。あくまで推測。 こんなに時の試練を経ても良いものは良いのだなぁ。そんなことを感じた。蛇足:この作品、DVDが見つからない。ついでにアフィ画像も。惜しいな。
2006/09/02
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9月に入ったせいなのか、日中でも過ごしやすい。今日は午前中にノルマを終わらせ、午後から遊び。少々家事の手伝いをしつつ一日を過ごす。 写真を撮り忘れたが今日の昼のざるそばはおいしかった。盛り付け、味ともに申し分に無い。母さん、毎日こんなことしてるんだからすごいよね。 昨日、桃を買ってきていたので母親と一緒に一個ずつ食べる。実にしっかりと熟れていた。 私は真ん中から種に沿って切り込みを入れ二つに割る食べ方。これは中国で教えてもらった。 家のやり方は本来、外側の皮を剥く。母親はそのやり方で食べてた。 しっかり実が詰まってて、水分たっぷりなのに甘い。今年初じゃないかな?母親と冗談を言いながら、桃の美味しさに舌鼓を打った。 御馳走様でした。全てにおいて飯が旨い。真是口福呀!
2006/09/02
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リチャード・ギア主演『綴り字のシーズン』を観た。親父が借りてきた分のDVD。家族で見るのに自分の趣味に走っちゃいけないと思ったので親父の方を優先した。 父が大学教授、母は研究所の研究員、おそらく10代の学生である息子、小学生の娘の4人家族が主人公の物語。 物語は娘が綴り字コンテストに出場したことから話が始まるようだ。(というのは序盤、家事をしながらチラ見していたので)最初父親は無関心だったが、地区の大会を優勝し州の大会に出場することが決まったあたりから娘の訓練に熱心になる。 そこから微妙な歪みが生じだす。 父親の愛情が娘にのみ向くようになり、なおざりにされた息子が愛に飢えだす。しかしそのようなことは兄の立場上言い出すことができず鬱屈としてゆく。また、母親もそんな家庭の姿を見て欠けたものを感じ不可解な行動を取り出す。 一方父親はまったくそのことに鈍感というか娘に関心が集中していて関心を持たない。娘は州の大会でも優勝する。彼女にとって難しい単語でも目を閉じれば浮かんでくるという不思議なインスピレーション、ひらめきを持っている。父親はそれを自身が研究しているユダヤ教のアブラハムが持つ能力に当てはめ訓練をさせるようになる。一般的に言えばマニアの状態だろうか? 全国大会に行く前に事件が起こる。息子が愛への渇望からヒンドゥー教にはまり、母親が不可解な行動がついに明るみに出て精神病院に送られる。しかし父親はそれを深く理解することは無い。娘は自分のせいだといって自身を攻めだす。 そして全国大会。娘の中に不思議な力がまた来たとき、彼女は決断をする。そして劇終。 前半は見ていて家族の間の微妙な感情の動きを描く家族物語的な映画かなと思ってみていた。しかし娘が目を閉じて綴り字を答える理由に触れるようになって徐々に様相が変化してくる。 神、霊感、インスピレーション、ひらめき、どういう言葉で表してよいか分からないが、とにかくそこらへんの人間精神に存在する不可思議な力を、映像を駆使して表現してゆく。 ラストについて。あれで修復に向かうというものなのだろうが少し分かりにくい。そう、この映画は象徴的な表現が多くて、アルコールが入ってごろ寝しながら見ている親父は即眠りの世界に入ってしまった。まあ、いつもだけど。 あと、娘役の少女がいい演技してた。あれでデビューというからすごいな。 個人的には人間の内面を観察するような映画は好み。そんな映画だった。
2006/09/01
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目まぐるしい一日だった。朝、八王子を発ち、想い人としばしの暇を告げて昼には実家にたどり着いていた。今回は飛行機で帰省。遅めの帰省なのは飛行機の格安チケットがこの時期にあった為。 初めて新北九州空港を利用してみた。併せてスターフライヤーという新規参入の航空社も。黒が基調の会社。新しいせいか機内のシートまで新しい。でも新参者だから空港の隅にゲート。端まで歩くのは結構の距離だけどいい運動。 東京は雨だったけど 北九州は晴れていた。いい天気の中、母の車で実家へ。 かえってまずしたこと、レンタル屋に古めの名作を借りに行く。結構収穫だった。徐々にレビューをアップしたいと思う。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 夜、当然のことながら親父と向き合って飲み。母親は最近、体調を崩してお酒が駄目になった。昔はいける口だったが。 今回帰ったのは少し一区切り入れるのもあるが、もうひとつの理由は親父にお付き合いしている人がいることを告げる事。やはりいざ目の前にすると、少々言い出し難い。しかし今日しか3人いる日がないので言うのは今しかない。話題が兄貴と兄貴の彼女にいった時に話を切り出した。「実はね最近、俺にもお付き合いさせてもらっとる人がおるんよ。」「おお、いい事やないか。それで?」親父の顔が真剣になった。「その人は英文学の研究をしていてね、すごくがんばっとる人なんよ。その姿見て正直、かっこいいなぁ、と思った。…(中略)、…んで縁あってお付き合いさせて貰う事になったんよ。」「それはいいけど先の事はどう考えとるんか?」やはり来た。「今は自分も定まらん身やし、どうこう言う権利はないけど、先の事も考えてつき合わせてもらっとる。まずは来年から10年間は働こうとおもっとる。その後、もう一度立ち止まって仕事続けるか、研究するか、考えるよ。まずは来年一年やね。 向こうの両親は知っとるよ。親父には知らせてないけん、今日、ここで言わせてもらったわ。」親父は渋い顔をしていた。「しかし、その娘(こ)はアメリカ文学やっとるんやろ?二人別々の道を進むんやないんか?彼女がアメリカ行ってばらばらになって家庭など言えるんか?…」そこの所は説明して納得してもらった。親父が言うには、男が稼ぎ頭で常に一緒におり、子供を作るのが家庭というもの。そして一言、「結婚して子供を作らんちゅうのは卑怯やないんか?」その後、話が兄貴の同棲問題に移る。兄貴が帰省した時に同棲したい、といい口論になったらしい。親父曰く、「そんなのは卑怯やないんか?いつでも逃げれるように余地を残しておくちゅうことはよ…。」親父に言わせれば彼女に頭が上がらない兄貴が歯がゆいらしい。そして俺の方に話は戻る。「でもさ、今の状態じゃ何もはっきりとした断言はできないよね?だからまず働き始めてから。それからでしか無理だよね。」 それからあらかじめ考えてあったあくまで自分の想像の中でしかない将来の用意を説いた。少し納得しだした。最後に、「それに(子供の無い家庭って)家にはいくつか前例があるんやない?」家には父方に伯母、母方に伯父が一人ずついる。片方は結婚してるが子供が無く、一人は独身を通している。「まだそこははっきりせん。どちらに転んでもいいように心の準備だけはできとるよ。……でもさ。それって兄貴のほうが先だよね?」最後は責任転嫁。希望はあるがどちらに転んでも大丈夫なんだよ。先の事は見えない。でも予想は立ててる。まあ、納得しているようだった。 親父としては孫の顔が見たいのがあるんだろうか。「人生は短いんやけ、自分の代でできんかった大願は子孫に伝えんといかんやろ。」との事だった。とにかく親父は四角な人だから、こういう意見が聞けてある意味よかったし、自分の考えも煮詰めることができた。親父、ありがとう。「年上っちゅうけど、いくつ上なんか?3つか?4つか?」そう来た。親父の予想ではこうなるのか。年齢を告げ彼女が気にしていること、今のところ自分はまったく気になってないことを言った。「そうは言うけどの、もっとしっかり考えんといかんぞ?」「でも男女の平均寿命も10コ違うんだから丁度良くない?」「馬鹿」そういって笑っていた。納得したのか、それ以上聞いてこなかった。 一番の堅物、親父に告げるという目的は達成。まあ、これから先の自分次第だろう。色々忠告してくれるのは嬉しいけど、結局のところ私の人生なのだから。いい参考になった。 私の人生は私で決める。第三者の人間には誰にも文句は言わせない。納得してもらえるまで話すのみだ。まあ結婚は一人でするもんじゃないから自分個人の意見じゃあくまで願望どまりだけど。願望は口にしておかないとね。親父じゃないけどそれは「卑怯」だよ。 相手は相手の流儀やペースがあるだろうから自分のやり方を押し付けるつもりも無い。 まあ、私は私のペースで進もう。まずは来年の一年が勝負だ。 母さんのおいしい飯が食べれたし、中身の濃い一日だった。 一日目、終了。
2006/09/01
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