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想い人と初めて旅行に出かけた。 発端は自分の旅行の事を話していた時。前から景色や植物、動物、人間に対して好奇心と豊かな感受性と独特の表現力を持ち合わせているのに、なぜ海外などには出不精なのかが不思議だった。 想い人にその事を尋ねた。要約すると、「慣れてないから。」今まで修学旅行などで九州に行ったり、発表の関係で韓国に行ったりした事はあるが自分からは出て行かなかったらしい。 勿体無い。そう感じ海外旅行でも企画しようとしたが、如何せん、お互い院生なので貧乏だ。国内なら18切符やネットを駆使すれば安上がりで旅行ができる。最近、日本の良い所、日本の景色を見たいと思っていた所であったので日本三景の天橋立に行ってみないかと提案してみた。「ほんと!行く!行きたい!あ~、楽しむための旅行で遠くに行くなんて初めてだわ!」という事でとても乗り気。いつも反応が素晴らしくいい。年上に向かってこんな事言うのも悪いのだが可愛らしい。 そんなわけで今回、天橋立へ二人で旅行に出かけることとなった。
2006/07/31
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ゼミ同窓会があり久々に昔の仲間と会う。 今回は幹事をやらなかった。普段のゼミの企画はほぼ自分がやっていたのでなんだか不思議な感じだった。周りを気にしなくていい。事前の準備、気配りをしなくてもいいのは楽だったが不思議な感じだった。 それもこれも一期下の後輩の気配りだったらしい。「まろにんさんに前回幹事をして頂いたから今回は私がしようと思って…。」ありがたい。感謝。見てくれた人がいたのに驚き。そして少し自分もまだまだだなと感じる。「上善は水の如し」とは孔子の言葉だがよく言ったものだ。このように動けるようになりたい。感謝されたいためにやってるんじゃない。自分が楽しいからやっているだけなんだから。 しかしここでとんでもない粗相をしてしまった。 行った店は都心郊外の客家料理屋。先生がたまに寄っていた店らしい。それにしてはちょっと変に上品で料理が高い。更にコースで頼んでいるわけではなくオーダー制にしていたのでメニューを選ぶ事に。……高い。一品の量は多いのだがメニューが少ない。選ぶと被ってしまうので飲みに専門にする事に。これが間違いのもとだった。 更にいつもはビールを飲んで焼酎といくのだがそこには焼酎が無かった。仕方なく生のジョッキで続ける事にする。しかし腹が炭酸で変に膨れてくる。自分は炭酸が嫌いだ。ジュースでも同じ。ビールなどアルコールが入っていれば飲めるがコーラなどは自分から好んで飲まない。 だんだんビールに飽きてきた。なので日本酒とアルコール度数の近い紹興酒に切り替える。この紹興酒というやつ、はっきり行って不味い。先生は好きみたいでロックで飲んでいる。自分はこれを飲むのなら白酒を頂きたい。度数はウォッカ並だが紹興酒よりはましだ。しかし皆に合わせて紹興酒にする。 その後何杯紹興酒を飲んだのか分からない。もういい加減話し疲れてきたし、これ以上飲みの時間を過ごすと先生に不満をぶちまけそうだったので、もう少しで終わる紹興酒のボトルを開けた。すると目の前に座っていた同期の一人、無神経男がまたもう一本新たなのを頼んだ。おい…。マジかよ…。 そこから記憶が曖昧になっている。写真の断片のようにコマが頭に残っているのみだ。とにかく動作に意識が付いていかなくなっていた。腕を動かすと1~2秒して視界の世界が動く。マズイ…。本当にマズイ。そう思い何度か手洗いに立つ。しかしほぼ水分しかとっていないので吐き気が来ない。目の前がどんどん遠くなる。何かの口論で先生に指差している自分がいる。「まずいよ。まろにんを先生と話させるなよ~。」そんな声だけが残る。先生と何を話したのかは覚えていない。ただ自分から突っかかっていった事だけは覚えている。 それから視界が完全に真っ暗になる。後で聞いた話では座ったままいきなりテーブルに頭を撃ちつけたらしい。「ゴンッ!」と言うすごい音がしたと言う。繰り返すようだが記憶が無い。「どのくらい飲んでたんですか?」「ビール3杯に紹興酒をロックで飲んでいたね。そんなに飲んでないようだったんだが。」最後にこんな声だけが耳に残っている。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~気づくと病院のストレッチャーの上に転がっていた。…気持ち悪い。思わずもどす。「あー!ここで吐かないで!」耳慣れない女性の声がする。看護婦らしい。手をとられトイレに連れて行かれる。トイレを出てすぐ真正面の廊下にストレッチャーが置かれていた。…この扱いって何? そんなことは声にも出せず、胃の中を全て洗浄。喉が乾く。「水ありますか…?」力ない声でそう告げると一緒に飲んでいた一個上の先輩が水を差し出してくれた。どうやら先輩が看病してくれたらしい。…すいません。借りを一つ作りました。 水を胃袋に入れると拒絶反応。再びすっからかん。しかし意識は戻る。腕には点滴が打たれている。「起きましたね~。点滴抜きましょうか。」どう答えたのか忘れたがとにかく点滴を外され、退院の手続きが取られる。ストレッチャーに乗っている所を見ると救急車で運ばれたらしい。ハジメテ キュウキュウシャデ ハコバレタ痛い。歯がガチガチいって合わない。しかし先輩の合図で出る事に。 そんな早朝、朝の五時。 タクシーに乗り最寄の駅へ。電車に乗り先輩の家は手前なので途中で降りる。一人は不安だったがそんなガキみたいな事は言ってられない。ここは東京だ。誰もが余所者、誰もが他人。 ふらふらになりながら電車を降り、自転車に乗って自宅へ。何とか辿り着きバタリ。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 昼頃目覚める。点滴のせいか二日酔いが軽い。しかし意識失って病院に担ぎ込まれるなんて失態は初めてだ。未成年の時でさえそんなことはしなかった。また意識失っといてこんな事をいうのもあれなのだが、担ぐ程だろうか。どこかで休ませるとか、そんなことはできなかったのだろうか。 後日、無神経男に電話して尋ねてみた。こいつなら包み隠さず見たままを言ってくれるから。いきなり倒れたあと、トイレに担ごうとすると「外で吐かせて。ここじゃ駄目。」店の人に言われたらしい。まあごもっともです。それから通りで吐かせたらしい。…最悪。その後広い通りに出て救急車に運ばれていったと。最後にその男は「幹事ぐらいだな。」「何が?世話してくれた人?」「いや、みられるコ。」でたぁ~~、THE無神経!てめえ、自分のツラを鏡で見てから言えよ。自分でこんな事いうのもあれだが人の気持ちも分からない奴は最低だ。特に自分の事を棚に上げて人の容姿をけなす奴。自分が言われたらどう思う?コイツ、本読むしマスコミにいるくせに想像力ゼロだ。そのくせ要領だけいい。更におかしいのは私が彼を見下している事に全く気づいていない事。 違う意味で吐き気がしてきたのでお礼を言って電話を切った。だいぶ持ち直してきたので学校へ。なぜか道行く人が自分の顔を凝視する。それは想い人に会って分かった。黄緑色の顔をしていたらしい。昨夜の一部始終を冗談めかして話した。「そんな状態になっているのに気づかないなんて…」突然、泣き出してしまった。…やってしまった。しばらくお酒はやめよう。そう心に決めた。
2006/07/29
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メル・ギブソン監督『パッション』を観た。ローマへの興味の一環。学内の視聴覚室にあったので。前日『カラマーゾフの兄弟』の中にあるイワンとアリョーシャの「神は有りや無しや」の議論を読み返していたため、気になって観た。 キリストが捕らえられて磔にされるまでの物語。 内容は常識になってるかもしれないけど、一応記述。弟子ユダの裏切りによって捕らえられ、司教に尋問され異端者であるとされローマの法で死刑にしてもらおうと引き出すが、罰すべき理由が見つからないため拒絶。パリサイの王に求めるが狂人と判断し、再びローマの地方官の下へ。手を尽くすが群衆は鎮まらない。群集の暴動を恐れを抱き勝手にしろとキリストを引き渡す。 自ら十字架を引き摺って刑場に行き磔にされ処刑される。その後復活。そこで劇終。 3つの福音書を基にこの映画を作り上げたらしい。だから聖書の内容を概略的に学ぶにはいいのかもしれない。 ただ一つ注意が。はっきり言ってかなりグロい。リアリティーを追求しているので鞭打ちに処される所からキリストが血ダルマになってなぶり殺されるまで正直、かなりきつかった。これはグロいシーン嫌いな想い人にはみせられないなと感じた。 人間って何でこんな気持ち悪くて、スプラッタで、サディスティックな事をするんだろう?別に西洋は…、とかは言わない。自分のご先祖も充分こんな負の歴史を持っているのは知っているし、お隣の国だって然り。現代を見れば中東のテロリストが残虐行為の映像を流したり、そうと思えばどこかの国の駐留軍からおぞましい写真が流出したり…。きりが無い。 この映画で敵を愛せと言い、映像の中で実践しているが、自分は納得できない。むしろ前述の書にあるドストの「罪の無い子供の屍の上にしか楽園が築かれないとしたら楽園行きのチケットをそっくりそのまま叩き返してやる」という意見に賛成する。なぶり殺されるのが運命で、それでしか救いを示せないなんてどう考えてもおかしすぎる。 でも現実にはこの宗教は世界宗教となっており、映画が作られるほどの勢力であり、私のような無関係な人間まで知る機会がある。いったいこの考え方のどこがいいのだろう?話が逸れた。考え出すときりが無いのでこの辺で止めておこう。 人にはあまりお勧めできない映画。興味のある人を無理に止めはしないが。
2006/07/28
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ジェリー・ブラッカイマー製作『キング・アーサー』を観た。最近古代ローマに興味があるのと、キーラ・ナイトレイが出てるのに魅かれたのが観た理由。 アーサー王の伝説の基となった史実の物語。 物語の舞台は紀元300年頃のブリテン島。アーサーはローマの騎士として円卓の騎士たちを率い、蛮族ウォード(ケルト族かな?)と戦い、ローマの城壁を守ってきた。 ローマ帝国はサクソンの進行に伴いブリテン島からの引き上げを決める。アーサーは自由になる前の最後の任務として危険な前線の城にいる次期司教の少年救出の命を受ける。命令なので引き受けざるを得ない。 ウォードの森を抜ける際に襲われるが、アーサーがウォードを助けたことがあることから、襲撃が中止される。無事森を抜ける。 城に着くがその付近の圧制に対してアーサーが激怒。生贄とされていた蛮族の女戦士グウィネヴィア(キーラ・ナイトレイ)等を救い、民を連れて南の城壁まで逃避行を開始する。 サクソンの追っ手が迫り、氷の上で対峙。8対300の劣勢を氷を壊す策によって切り抜ける。しかし騎士の一人が犠牲になる。またその道の途中でウォードの長と会い協力を頼まれる。そして南の城壁に辿り着く。 アーサー達は自由になるが、アーサー自身は残って戦う決意をする。アーサーと円卓の騎士&ウォード軍対サクソン軍の激戦。多大な犠牲を払いながら勝利する。最後はアーサーとグウィネヴィアが結婚しハッピーエンド。 歴史ものと言う事で超現実な事は一切なし。 例えばよくゲームにも登場するお馴染みの聖剣エクスカリバー。ここではアーサーの使っている剣ということがはっきり言及されるけど、不思議な力を持っているとかは出てこない。 特に強調されているテーマは「自由」のために戦ったという事。それが繰り返し言及される。私はアーサー王伝説をほとんど知らない。幼少の頃から東洋史の中で育ってきたので古代、中世ヨーロッパ史をほとんど知らない。よく知られている西洋の伝説も関心がなかったせいかほとんど知らない。まずは自分の身辺から、そんな意識があったからだと思う。 閑話休題。そんな予備知識なしの私にも楽しめた。 ここんとこ立て続けに戦争アクションを観ていて思うのだが、とにかく叩き斬るという感じの振り方が多い。日本の殺陣となんか違う。当たり前か。 特にキーラ・ナイトレイが出てきた中盤から特に楽しめた。やっぱり綺麗。すごく自信に溢れた喋り方をする。歴史ものが似合う女優さんなのかな。その系統の作品が多い。凛としているわりに、はにかんだようないたずらっぽい笑い方をする所が好き。 サクソンとか現代にもある言葉も登場するのでこういうルーツなのかと言う所も面白かった。ランスロット、ガラハドなどゲームの世界によく登場する人物もいる。 だらだら書いたが、そんな感じ。
2006/07/27
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アントニオ・バンデラス、キャサリン・ゼタ=ジョーンズ主演『レジェンド・オブ・ゾロ』を観た。『マスク・オブ・ゾロ』の続編。 今回の舞台はカリフォルニア。前作から10年の歳月が流れている。カリフォルニアのアメリカ併合を阻止しようとする勢力と戦っている所から幕開け。 皆の英雄ゾロとして生きるアレハンドロ(アントニオ・バンデラス)。家庭で待つのにウンザリ気味のエレナ(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)。ゾロをやめろと迫るエレナとケンカしてしまう。次の朝離婚届がアレハンドロのもとに届く。 色々ドタバタしながらも大きな陰謀の存在に気づきそれらを打ち倒して一件落着。家庭内の秘密もなくなりもう一度結婚してハッピーエンド。の間に助けを求める鐘の音。ゾロの戦いは続いていく、という感じで劇終。 何も考えずに笑って楽しめるアクション映画。 バンデラスはもういいオッサンになってるはずなのに頑張ってる。ほとんどのアクションを自分でやろうとしたらしい。すごいな。 ジョーンズは綺麗だった。昔の衣装。横で見ていた想い人が「民族衣装ってその国の女性の美が十二分に表れるようにできてるよね。この人が日本の着物着たら美しい部分が全て隠れちゃうじゃない?着物はシュルエットの美だから。…」と言っていた。同感。その当時の衣装がホントによく似合っていた。 視覚効果のメイキングを見ていて使われていた事に全く気づかなかった。最近の技術はすごいな。 今回は息子ホアキンも登場するのだがすごい活躍。パチンコを使って元気に頑張り、馬まで乗りこなす。あの子役はすごかった。 純粋に楽しめた。
2006/07/26
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昼、想い人ともに学内を散歩。空は曇っているので涼しい。池には睡蓮が咲いていた。想い人は植物が好き。近くに花の香がするとすぐに嗅ぎ分け探し出す、そんな素晴らしい鼻を持っている。私もつられて睡蓮を撮る。 本当に綺麗。アングルと構図の悪いのは私カメラマンのせい。更にその池の住人にもご挨拶。だいぶ、人馴れしていた。帰りがけ、「あ~!」と歓声が。振り向くと大きくて綺麗な花に釘付けになってる想い人。先日、訳あって撮れなかった。今回近いので自分も写真に収める。…ぶれてしまいました。でも綺麗だった。有意義な散歩だった。
2006/07/25
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リリー・フランキー著『東京タワー ~オカンとボクと、時々オトン~』を読んだ。2006年本屋大賞受賞作。気になっていて文庫版になるまで待とうと考えていた。しかし2つの事が買うのを後押し。一つはNHKの「トップランナー」という番組に出演していて印象的だった事、二つ目は彼が自分と同じ小倉の人で小説にもその内容が出てくるという事、この2点が購入の動機。感動してしまい、ゆっくり読むはずが一週間以内で一気に読んでしまった。 内容は副題のとおり、オカンとボクと、時々オトンの物語。 ボクが地方都市・小倉で生まれ、小さい時に炭鉱の町・筑豊に移り、高校の時温泉の町・別府の美術高校に進学、大学の時に上京して武蔵野美大へ、それから東京を転々としながら生きてゆく物語を「オカン」との絆を中心に時々「オトン」が登場したりして、強く、そして優しく生きた「オカン」の臨終まで描いている話。 泣いた。 本で号泣したのは何年ぶりだろう。うるっと来るけど我慢できるものなら読んだり、観たりしたことはこの何年かであった。しかしここまで号泣したのは何年ぶりだろう。 個人的に書きます。 まずは「オカン」の言葉が全て北九弁(筑豊弁でもあるのかな)で書かれているため、会話文を読んで聞こえてくるのは全て自分の母親の声だった。泣くポイントでもないのに母の口調、かわいらしさが思い出されて目頭が熱くなった。電車の中で読んでるときは本当に危険だった。 福山雅治が書いている帯のコメントに「福岡のカアチャンには本当に強くて優しい人が多いがリリーさんのカアチャンは特にすごい」のような事を書いていたがそれに同感。福岡のカアチャンは強くて優しい人が多い。昔から博多にはそのような女性を表す言葉として「ごりょんさん」というものがある。そのぐらい九州の女性は強い。 最後の末尾で著者が「子供の頃、母のことを言うのはなんだか恥ずかしくて言えなかった。しかし自分の母親の事を話す事がどうして恥ずかしい事になるのだろうか?」という事を言っていたがまさにその通り。母親に感謝したり、良い所を良いというのは別に恥ずかしい事じゃない。なのに不思議と照れてしまう。自分はなるべく思ったことは言うようにしている。後で後悔したくないから。 しかし「オカン」の身体が弱っていく所で自分に対して疑問が湧いた。「このような苦しみが実際起こったら私は果たして耐えることができるのだろうか?」本で読み進めている間でさえ涙が、押し寄せてくる感情をとどめる事ができなかった。何度か中断しさえした。自分の頭では分かっている。順調に行けば母親が先に逝くのが普通だ。しかし果たして自分はその苦しみ、仏教で言う愛別離苦というものだろうか、それに耐えられるのだろうか、その疑問が頭の中で何度も反芻していた。 想い人とそのことについて語ってみた。「今は親孝行しきれてないから、まだ心残りがあるから仕方ないんじゃない?まだ養ってもらっていて恩返しもできてないんだからさ。当然だと思うよ……。」そのとおり。来年から働きだせる予定だけど、未だに親に借金して生きている。今、先立たれたら心残り。母にやってあげたい事が山ほどある。母さんが長生きしてくれる事を祈ろう。 とにかく「オカン」の一つ一つの所作、言動が母親を思い起こさせて仕方がなかった。 +(プラス)、「オトン」。こちらも福岡の親父。特に小倉の人。親父を思い起こさせる。でも親父はここまでヤクザじゃなかったから人の親父さんにも想像が飛んだ。九州の男性はコワいという印象をもたれる事が多いのだろうか。地元では一度も言われた事ないのにこちらではこわいといわれる事が時々あった。 親父は普段は自分の教育に口出ししない。しかし彼の中のここぞという時に発言をしてくる。親父は九州人の中でも優しい部類に入るトウチャンだろう。小倉の男性はここに出てくる「オトン」のような人が多い。詮ずる所、ヤクザ、チンピラ、ヤンキーが多いという事になるのだろうか。小倉の街は競馬、競輪(発祥の地らしい)、競艇とギャンブルが全て揃っている。彼らのいいところは彼らなりの流儀があって一般市民に危害は加えないということだろうか。でも母親が最近近所に泥棒、空き巣が出るようになったとか言っていたから小倉の気質も変わったようだ。 とにかく友達の家の父親は大体八割方コワかった。それを思い出した。 「オカン」、リリーさんの解放性はどちらかというと筑豊気質、もしくは大分の感じがする。小倉の人はここまで他人に対してオープンではなく、優しくもない。小倉は没落すれども都市であるという変な威張りがある。もう博多とは張り合えもしないのに。 とにかく一言一言で母親を思い出した。似たような境遇にいる地元の友達にも勧めてみたい。
2006/07/23
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王朔著《海鴎的故事》を読んだ。頁数にして15頁、9章、短編小説。分かりやすかったし久しぶりに中文の小説で作品世界に入り込めた。 内容。 主人公は海軍の一水兵。友人の楊軍においしい肉をご馳走してもらい何の肉なのか分からなかった。それなら捕りに行こうといって海岸へかもめを捕りに行く。 主人公は銃で撃ち落そうとするが、それでは全てが逃げてしまうとの事。楊軍はパチンコを取り出しそれで一羽仕留める。自分もという事で主人公が打つがはずれ、もう一弾打とうとすると老人がいきなり杖で打つ。またも打とうとするので棒を奪って倒す。気味悪い爺さんだという事でその場は帰る。 その後自分の所属している艦にその老人がやってきて訴える。二人は民に奉仕する軍人として謝罪に行く。そこで落とした一羽が老人の手当てを受けていた。そのかもめに私は愛着を感じる。 その後そのかもめの具合が悪化、瀕死の状態に陥る。主人公は艦の中のほうが薬があるとの事で介抱し助ける。老人に返すがそのかもめとますます仲良くなり「ヤンヤン」と名づけてかわいがる。また老人と仲良くなりなぜかもめをかわいがるようになったのかの由来も聞く。 その後かもめも全快し、飛び立つ。主人公も指揮官の試験を受けるために南に行く事になり、そこで結び。 描いている事が平易な事象なので読みやすかった。また海の描写がきれい。 主人公のかもめに対する愛着によって目覚めた他者を思いやる気持ちがテーマだろうか。主人公対老人の交流、老人のかもめを思いやるきっかけ。やはり他者を思いやる気持ちが主題であろう。 印象深かった言葉は主人公と楊軍の言葉。冷笑と若さの対話。人間にはこの二面が絶えず付きまとうのだろう。…「実際…、」楊軍はきまり悪そうに舷窓に近づき、外のだんだんと集まってくるかもめを眺めながら言った。「…かもめなんて海のすずめみたいなもんさ。一匹二匹死んだところでもともと惜しむに足りないし、いても大して変わらんさ。」「あんたに銃でも渡せば、港中のかもめを撃ち落とす所が見れるってわけだね。」「そうだな――、どうでもいいことだよ。どう言えばいいのかな、誰を欠いたって地球は回るだろ。」「もういいよ、楊軍。あんたがかもめを好かないとしても結構だよ。誰もあんたに無理強いはしないからさ。余計なお世話だよ。」「誰がかもめを好かないと言った?もちろん好きさ。きれいだから。俺はお前のみみっちい感じにうんざりしてるんだ。」…訳としてはこんな感じだろうか。面白いので訳してみたがやはり言い換えは難しい。
2006/07/22
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王朔著《等待》を読んだ。8頁、短編。 内容。 時代は「四人組」が横行していた文化大革命の頃。父と母、兄、そして主人公・小麗(麗ちゃんという意味)の4人家族のお話。 文革の頃の不自由な様を小麗の目線から描いた物語。小麗は遊び盛り、知的好奇心の旺盛な年頃だが母親は時代の荒波から娘を守るために逐一彼女に干渉する。何も知らない小麗はそれに耐えられなくなりキレてしまう。しかし父親から涙ながらの説得に心を大きく動かされ成長していく芽生えを見せる。そこで結び。 少女からみた文革という所だろうか。短い割には人物描写も分かり易く、小気味のいい台詞を吐く。 最後の父親の台詞が印象的だった。 …父が口火を切った。「それなら、お前は自分は不幸せだと思ってるわけだね?」「不幸せよ。逃げ出してしまいたいわ。」きっぱりと言った。「これが母さんの過ちだと思っているのかい?」「もちろんよ。」「ならばお前はどんな本が読みたいんだい?いまの社会で見せられるのは何冊かの本だけだ。お前は生活が退屈で味気ないと感じて、その全てを母さんが外に出させない事に帰しているが、お前はこのたいしたことの無い家庭の外から出て、いったい何を得られると言うんだい?母さんにも責任がある。お前への教育には問題もあるだろう。そうだよ、いまの生活が単調だと感じているが、それは事実だ。でも母さんを責めちゃいけない。」「じゃ、誰を恨めばいいのよ?」「誰を……」父の目が突然刺すような光を放った後、口篭もりながら「彼らだよ。」 父の激昂振りを見て、私は怯えてしまった。さっきまでの勇気は跡形も無く消えてしまった。母を盗み見ると母が涙を溜めているのが見えた。母に対してあまりにきつく当たり過ぎた、彼女はつまるところ母親なのだ、私達を愛してくれてるのだ。泣きながら更に悲しくなったが、間違いを認めることはできなかった。…訳すとこんな感じだろうか。母親から誰と話していたのと言われ、干渉されるのにうんざりし、小麗がキレる。母親が言い返してこないのに苛立って、テレビの音にも腹が立って、八つ当たりにスイッチを切ったあと、父親がおもむろに新聞から顔を出して始まる口論。 中国版家族の愛情が描かれている。
2006/07/21
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先日、映画『プライドと偏見』を観たのをきっかけとしてジェーン・オースティン著、岩波文庫版『高慢と偏見』を読んだ。上下巻に分かれている。上巻の途中から慣れてきてそれから一気読み。 あらすじは映画の段で述べたので省略。 付け加えるとすれば姉のジェーンの恋愛と主人公エリザベスの恋愛、この二つが中心になって物語が展開する。 映画と原作について 映画には映画、原作には原作のよさがある。 映画で飛ばしてしまった細かい部分がある。それによってより深く小説の世界を理解する事ができる。 人物の心理描写がきっちりしているので何を考えていたのかがより理解し易い。しかし、大まかな部分はしっかり描けているので映画はよくできていると思う。特にコリンズ氏の求婚の場面は面白さを性格に抽出している。 この小説について。 楽しむ小説としてはいいものであると思う。 この作品には当時の風俗習慣、考え方はあるが、社会情勢、時代などにほとんど触れていない。ほぼ紳士の娘、エリザベスの視点で描かれているから、描かれる範囲も限定されたのだろう。 だから常に人間関係の描写のみ。社会背景の描写はほとんど見られない。 ただその会話は諧謔に満ちていて絶妙。すれ違い、礼儀知らずをうまく描いていて笑える。 展開としては徐々にスピードが上がっていってそれにともなって物語も盛り上がりをみせ、最高潮に達した所で幸せな結末を迎える。 この小説で自分の人生観が変わったり価値観を揺さぶられて落ち込んだりする事は無いけれど、その分安心して読み進められる。 良い時間を過ごせた。
2006/07/18
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書庫にて3冊本を借りる。以前借りたが読めずに返してしまった本。また借りるのはなんだかとても恥ずかしい。なぜだろう? 自分には変な気取りやプライドがある。誰も自分の事なんてなんとも思っちゃいないんだ。そうだろう?ならばなりふり構わずやるべきだ。気取りからは何も生まれない。・劉鶚著《老残遊記》 清末の1903年に書かれた小説。初めて「nin」という言葉が登場する小説で、言語資料としては重要な小説。 作品の内容は知らない。・老舎著《老舎文集》第四巻 五四文学の頃(1919年~)から文革までの時期に活躍した作家の全集。でこの巻には《四世同堂》の第一部《惶惑》が収められている。この老舎という作家は北京語で書かれた文学を代表する作家でその作風は巻き舌。分かりやすく言うならば江戸っ子口調。その方面の研究をするものにとっては欠かせない資料。 作品の内容はまだ知らない。・王朔《王朔文集》第一巻 文革後(1980年前後より)の作家としては老舎に変わる北京語の小説家とされている人。この中の一つ《空中小姐》(スチュワーデスという意味。今では客室乗務員とかキャビンアテンダントとか呼ばれてるみたいだけど)という作品を読んだんだけど諧謔的。どちらかというと同時代なら自分の好みは武漢の作家、池莉なんだけど資料としてはこちらの方がなるようなので、今こちらを読んでいる。 範囲をここまで伸ばせたらいい。この人の作品は現代だから比較的読みやすい。以上の三冊を夏季休暇期間中に読んでしまおう。
2006/07/18
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塩野七生著『ローマ人の物語2 ローマは一日にして成らず[下]』(新潮文庫)を読了。 この巻はケルト族来襲、ローマの制度確立、イタリア半島の統一まで。 ギリシア視察団が戻ってくるがうまく制度が確立せず貴族VS平民という形で内輪揉めをしてしまう。そこにケルト族の来襲。金の積んで帰ってもらうという屈辱から両者は結束するようになり、大ギリシアと呼ばれるギリシアの殖民都市国家を破りイタリア半島を統一する。 制度についての記述が長い。必要なんだけど途中眠くなった。 今回印象に残ったのはケルト族の来襲後の処し方とピュロスとの戦闘。 ローマ人の強さの秘訣として様々な人の言を引きながら著者はその開放性を挙げている。望みさえすれば誰でもローマ市民となる事ができる制度である。 しかし素朴な疑問なんだが、国家とは戦争を前提としているのだろうか? ローマの税は兵役。全て戦争するのは当たり前とされている。国家の起こりは戦争からという事になる。なぜそこまで戦う必要があったのだろうか?相手が攻めてくるから?ではその相手はなぜ攻めてくる?食料が欲しいから?それとも相手を支配して奴隷にすれば楽な生活ができるから?後者かもしれないな。西洋って奴隷社会が発達してるから。あくまで憶測。 では日本史の国家の起源は?昔、学んだ事を思い出すと農耕を知って村ができ貧富の差が生まれそこから武力で相手を征服する事が生まれただったと思う。 中国史は?三皇五帝の神話時代があってまず国家ありきだったな。 ここから考えるになぜ国家が生まれたかは論じる点でないのかもしれない。憶測でしかなくなってしまうから。 現代や東洋史と比較しながら考えると面白い。ケルト族は東洋で言えば北方騎馬民族(匈奴等)に該当するだろうか等等。 続きが楽しみ。
2006/07/14
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最近、古代ローマに興味を持ってるのでその一貫として。塩野七生氏によればローマの祖、ロムルスはトロイの王族の末裔であるとされているので、その関連で。 この映画の主人公はアキレス(ブラット・ピット)。彼の目線で物語は展開する。 スパルタ王の妻をトロイの第二王子パリスがさらい自国に連れ帰った事によってスパルタが激怒。ギリシア連合軍を率いてトロイに乗り込む。(トロイ戦争) アキレスは軍の首領であるアガメムノンを良く思っていないが、歴史に名を遺したい信念の下、ギリシア連合に従軍。 50人の部下とともに命令を無視して先陣をきる。その速度により上陸成功。 その後、トロイの王子が民を巻き込みたくないため、スパルタの王に決闘を申し込むが、勝てず、決闘に背いて兄ヘクトルが加勢してスパルタの王を殺してしまう。ギリシア側激怒。乱戦となる。 その後アキレスはアガメムノンのやり方が気に入らず、戦いに参加しない。しかし彼の弟子である甥が血気盛んであることからアキレスになりすまして参戦。トロイの王子に返り討ちに遭い死亡。 甥の死に激怒したアキレスはヘクトルに決闘を申し込み、ヘクトルをなぶり殺しにする。 攻めあぐねいていたギリシア側は策を考案。有名な「トロイの木馬」の基となったのものでトロイを攻め落とす。 王族たちは逃げ、アキレスは恋仲になった王族の一人を助けるためにアガメムノンを殺害、その後でアキレス腱を射抜かれて倒れる。 途中で電話がかかってくるなどで途切れ途切れで観てしまった。 今、読んでいるローマ人の物語を解釈する上ではいい視覚資料だった。 興味深かったのはアキレスの解釈。たしか彼は子供のとき母親が不死身になる泉に漬けたんだけど、持っていた足首は漬けられなかった。だから足首をやられ死んでしまう。それがアキレス腱の語源になったわけだけどこの映画では不死身に描かれていない。歴史上の人物アキレスとして描かれている。単に異常なまで強かった人物としてである。そういえば『パッション』も歴史上の人物としてのキリストを描いた作品らしい。観て見ようかな。 細かい部分に満足。たとえば確かこの時代の兵士は甲冑の下は全裸だったとか(たしかそうだった)。「突き」という技術は剣術においてまだ無かった。劇中ではアキレスのみ使用、おそらくそれが強さの秘訣としたかったのでは?ローマ人が始めて「突き」という戦い方をやったとされている。 たしかに「突き」はけっこう強力。ちなみに剣道では「突き」は高校まで許されていない。危険だから。喉しか狙ってはいけないため、よほど虚を突かれるか実力さが無い限り決まらない。 フェインシングは「突き」に特化した戦い方だろう。打撃場所を決めないと突きは最も強い攻撃方法なのかもしれない。リーチの最大で攻撃できるわけだし。でも避け易いという欠点も。 話が大幅にずれた。そんな細かい部分で楽しめる映画だった。
2006/07/13
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国木田独歩著の短編『画の悲しみ』を読んだ。想い人と短編小説について語らっている時、勧めってもらった。この作品の情景と「…自分は思わず泣いた。」という最後の一言が強烈な印象だったらしい。 内容は或る田舎に住む少年の物語。 学力優秀で顔立ちも良いが乱暴で傲慢な性格から全校の人間に疎まれている「自分」と成績は平均以下だが性格が穏やかで人好かれのする志村が主な登場人物。 両者の接点は画が上手い事。しかし「自分」は志村に対して非常に対抗意識を燃やしているが、どうしても勝れない。 ある日、ふとしたきっかけから志村をスケッチし、その雰囲気に触れる事で彼への対抗意識が友情へと変わり、親密になる。 数年後二十歳になった時、進学と共に上京していた「自分」が帰郷。故郷の風景を楽しむが、志村が若くして夭逝したことを知り故郷の景色の中で激情に襲われる。 短いけど心地の良い作品。 主人公の敵対心から友情への移り変わりがいい。故郷の景色と主人公の気持ちが上手く配分され描かれている。 何よりも文章が引き締まっている。音読していて思ったのだがリズムがいい。徐々に世界に引き込まれてしまって最後の場面では目頭が熱くなってしまった。 なぜだろう。話としては別に新たなものがあるわけではない。高慢ちきな自分が優しい友と出会い、その後若くして逝った友を悲しむという内容は今まで聞いたことが無い話ではない。 おそらく自分という一人称の私小説であるものを音読した事で気持ちがシンクロしてしまったのだろう。私が普段はよく「自分」という一人称を用いる事、地方で少年時代を送り上京という筋がその原因だろう。 最近は長編ばかり読んでいるが短編もいいものだな。そんなことを思った。
2006/07/11
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コリン・ファレル主演『アレキサンダー』を観た。最近、個人的興味で古代ローマ史を頭に入れようとしているためその一環として。まあこちらはギリシャの方になるのかな。 物語はアレキサンダーの家臣だったプトレマイオス(アンソニー・ホプキンス)がアレキサンダーの伝記(?)を作成するため口述筆記させている。それが語りとなって物語へ。 まず幼少時代。叩き上げの将軍肌であるフィリッポス王と自分が貴族である事を誇りとしているオリンピアス(アンジョリーナ・ジョリー)の間に生まれる。母オリンピアスはフィリッポスを憎み常にアレキサンダーに対してあなたはゼウスの子であるとして育てる。 20歳の時父フィリッポスが暗殺され、その首謀者をペルシア王ダレイオスであるとしてペルシア帝国と戦争。圧倒的な兵力差を跳ね返し勝利する。 その後東へ東へと進みインドまで到達する。だが風土の違い、疫病や象兵に苦しめられ、部下の不満がつのった事もあり東方遠征をやめ帰還。 その後は酒浸りとなり、死亡。という内容。 アレキサンダーは自分の安住できる故郷を探していた。人生は何かを為すには短い。だから走り続けねばならない。 この二点が中心テーマだったように思える。父からは母の言いなりになる臆病者といわれ、母からは高貴な天才だと教え込まれる。自分の安住できる世界を探しての東方遠征だったという解釈。 インドを越えればナイル川の上流に出て一周して再び戻ってこれると思っていたらしい。それではインドで止まってよかった。古代の世界観ってこんなものだったんだな。 アレキサンダーは同性愛者だったという解釈。でも古代ギリシャでは珍しくないんだよね。 昔から東洋をこう見ていたんだ、ということ。 いい視覚情報でした。
2006/07/10
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中村師童、成宮寛貴(声の)主演『あらしのよるに』を観た。劇場に観に行きたかったが行きそびれたのでDVDで借りた。 内容は皆知ってると思うけど一応記述。 ある嵐の夜に羊のメイと狼のガブは小屋で雨宿りし、その間お互いの共通性を見出しまた会いましょうということになる。会ってみてお互いの姿に驚くがそれを越えて仲良くなっていく。 しかしお互いの仲間にばれ、群れの中にいられれなくなり山を越えて新たな場所を目指す。吹雪に見舞われメイが弱り、カブが雪崩に巻き込まれるなどの災難で記憶喪失などの困難に見舞われるが乗り越えハッピーエンド。 画がかわいい。 歩いている時は四足なのに大事なときは二足になるという素朴な疑問は最後まで消えないが画はかわいくてよくできている。 恋愛のことをどうしても思い出してしまう。 ガブをみていて、うん、男性ってこんなんだよね、共感してた。相手が無防備すぎると逆にそれが防御になってたりする。そういえば昔異性の部屋で悶々と葛藤した事が…。「奴は俺を信頼してんだから!」盛りのついた頃だったから抑えるの大変だった。何年後かに別の人間に未来喰われてしまうけど。 今はもうそういう恋愛の葛藤から抜け出した感があるので、そういうテーマで見てもそうだよね、という感じで終わった。 声の出演について。ガブの声は中村師童、メイは成宮寛貴なんだけど全然想起できない。逆に脇の声にKABAちゃんが出ていたり、竹内力、市川悦子が出ていたりするのは後でテロップを見て(市川さんの場合はすぐに)分かった。 想い人と一緒に見ていたのでここからは話したときの感想。 曰く、「どう見てもおホモダチでしょう」と。あのメイのお尻を左右に振るモンローウォークが特にうけたらしい。 国家、民族、宗教などの象徴とも取れるという。どうなのかなと考えていた所へ『ノーマンズランド』とも共通点があるのではないかと。(『ノーマンズランド』…ボスニア紛争で敵対する兵士同士が中間地帯の小屋で出会うというもの)たしかに。小屋でお互い出会うし、敵対する同士だし。でも『ノーマン…』の方はやはり映画だけあって色々な事情を描いている。しかもラストが悲しい。 『あらしの…』はラストがハッピーエンド。原作は違うらしいが。 ある友達は「メイは偽善者です!ガブは食っちゃうべきですよ!」といったらしいがどこをさして言ったんだろうな。 相対する国家の違い、民族の違い、宗教の違いを乗り越える友情物語と解釈すれば、世界的普遍性を持つ作品になるのかな。まあ、そこまで深読みする人も少ないとおもうけど。そう考えるといろいろな事象がまたあらたな象徴性を生んでくる。 分かり易い楽しめる映画だった。
2006/07/08
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塩野七生著『ローマ人の物語(1)ローマは一日にして成らず[上]』を読んだ。或る教授の授業でこの本が言及されたため。そういえば西洋史は高1の時世界史で少し触れたぐらいで記憶にほとんど無い。革命期以後の世界なら『戦争と平和』や『レ・ミゼラブル』等の近代文学があるので理解している部分もけっこうあるが、古代になると全くだ。特にローマ史関しては様々な人が例を引いたり格言があったりするのに理解できない。それが少し癪に障るのでいい機会だからこれを読んでローマ史を理解しようと思い立った。 内容はローマの黎明期と王政期、共和制の初期、そしてその当時のギリシアについて。 まずは伝説期、トロイ戦争で敗れた王族の末裔であるロムルスによって建国。その後7代に渡って王政が続き領土を拡大し、国力を蓄える。最後の王タルクィニウスがブルータスを筆頭としたローマ市民に追放され王政が終わる。 その後共和制が布かれますます発展していく。そこで市民から憲法の成文化が求められ、それを承諾し当時の先進国ギリシアに視察団を派遣する。 そこで一度区切り今度はそのギリシアの事情について。 当時のギリシアは絶頂期。幾つもの独立都市国家ポリスに分かれ、その中でもアテネとスパルタが群を抜いていた。その国体の説明。そしてギリシア人が唯一団結した歴史だと作者の言うペルシア戦役について。以上が上巻の内容。 トロイの末裔としているのに驚き。だから「トロイの木馬」って有名なのかな?映画があったみたいだから今度見てみよう。 ローマって最初は全く見向きもされない場所だった。そこをゼロから立ち上げた国。特に敗者を吸収して膨張していったという歴史は面白い。また住み着くものは誰であれ市民権を与えられチャンスがあるというのは魅力的だったろうな。 アテネ、スパルタの国体は非常に対照的で面白い。前者は経済主体、後者は軍事主体といった所だろう。前者のような環境の中でソクラテスを初めとする哲学が育ったのかという感慨を持った。 先が楽しみ。次も明日借りよう。
2006/07/06
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短編。太宰作品の中では中期に属する作品。Kobomさんのお勧め。教科書にも載っているらしい。 内容はある年老いた婦人が若くして亡くなった妹の病床での出来事を邂逅するというもの。 短編だけあって読者の想像に任せる部分が大きい。 妹の手紙は寂しさを紛らわすための狂言ではなく本物だろうが、最後の口笛は神の悪戯か、父が吹いたのか、はたまたただの通行人の偶然か、ここの所は定かでない。その点に余韻を残す。 初め、一読した時、どう感想を書こうか迷った。 短いながら一瞬で物語の世界に引き込む力はさすがだと感じたが、引き込まれた瞬間、終わってしまうのでなんだか空中に放り投げられた感じがしてぎこちなさを感じた。 読後、しばらく考えてみた。 文章的には太宰の中期系芸術作品に属する。しかし少しの暗さも引き摺っている。 短いながら展開の変化が激しい。妹に来た手紙を読む場面ではそれが狂言であることに気づかず読むから完全に虚を突かれる。よくできている。 個人的には姉妹、親子の愛情を静かに描いている作品だなと感じた。 また、何年かして読み返すと味が違ったものになるのかな、そんなことを感じた作品だった。
2006/07/04
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ジェーン・オースティン原作『プライドと偏見』を観た。岩波文庫版では『高慢と偏見』と訳されている古典小説の名作。恋愛小説の始まりとされる作品。 舞台は18世紀イギリス。 主人公、エリザベス・ベネット(キーラ・ナイトレイ)は田舎に住む中流貴族の五人娘のうちの次女。器量もよく、物怖じしない勝気な性格を持つ女性。 そこにダーシー(マシュー・マクファディン)という人付き合いは下手だが実は豊富な教養と心根の良さを持ち、尚且つ莫大な資産を持つ男性が友人、ビングリー(サイモン・ウッズ)に誘われて共にやってくる。エリザベスはなんとなく気になりダンスを申し込むが断られ、初めの印象は最悪になる。 その後ダーシーはふとしたことから何者にも捉われず快活なエリザベスに興味を持ち始める。 しかしエリザベスの方はダーシーに関する様々な噂を聞き、徐々に困惑し、印象が悪くなってゆく。そんな印象が最悪の時に告白を受けたため思いっ切り断る。 その後、誤解を解くための弁解の手紙や彼女の家に訪れた危機を救ってくれた事、姉ジェーンとビングリーの一度否定した交際を修復するなどで彼を見直すようになる。 最後に厳格な叔母の邪推に対する対応がかえってダーシーの好感を強め、二人は様々な障害を無視して婚約する事となり劇終。 主線だけをあらすじにしてみた。主線だけを追えば一人の女性が素晴らしい男性に会って様々な障害を乗り越え、結ばれるまでの典型的恋愛物語。 原作を読んでいないから余計な事は考えず楽しめた。 古典を原作とするだけあってこの物語は人物描写がしっかりしている事がよかった。こういう人いる、という感覚があるのが面白みだと思う。 ベネット家の人間はよくできてると思う。特に娘の交際に口出すお母さんが自分の知り合いの母親を思い起こさせて笑えた。今思い出せばコミカルだったな、あのおばさん。当時はキレそうだったけど。あれも母の愛の形なんだろう。 あと、エリザベス役の人は爽やかな感じがする美人。この人がどうも想い人に似ている感じがして仕方なかった。誰かへの想いが強くなるとちょっとしたことでも思い出すようになるのだけれども、その病かな?などと考えた。見ている最中、ずっと観察していたのだけれどもどうやら普通にしている時は似てると感じない。笑った時と悪戯っぽく何か企んでいる時の表情の作り方が似ている事に気づいた。その時に連想するから。あと顎のラインとか、眉がしっかりしている所とかが似ているからなのかな。まあ、キーラ・ナイトレイ好きな人には顰蹙買うだろうな。まあいいじゃないすか。自分の想い人は世界で一番綺麗に見えるのだから。恋の盲目?最近、自分も変化し始めているな。 たしかに18世紀のお話だから時代錯誤は免れない。しかしそれは理解すべき部分であるし、それを知る事もまた楽しい。このぐらいテンポのお話の方が好き。 あと音楽も静かなピアノだけが多くて観ていて心地良かった。景色や建物もいい感じだった。 満足できる映画でした。
2006/07/02
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事実を基にしたドラマ。以前はコメディに分類されていたらしい。笑えるけどそれだけじゃない。ドキュメンタリー的部分もある。想い人のお勧めで一緒に観た。 舞台は1943年のアメリカ。第二次世界大戦の影響でメジャーリーガー達が駆り出されプロ野球ができなくなってしまう。その代わりとして女性のプロ野球リーグを立ち上げる。 始めはあまり盛り上がらなかったが様々な方策の末、成功してゆくという物語。 1943年から54年にかけて実在したリーグらしい。映画の中では初めの一年のみを取り扱っていただけなので11年も続いていたとは知らなかった。 一番印象に残ったのは皆、いわゆる女投げしていない事。皆、上手い。最後のおばあちゃん達が野球をやっているシーンがとても印象的。構えが完全に大リーガーだもん。審判に抗議するシーンなんかはまさにそのまんま。 でもよくあのユニフォームで野球したなという感じ。絶対ひざ下を擦り剥くぞというもの。映画でもそれでスライディングしてた。…根性あるな。 マドンナも出てた。とても元気。想い人曰く、素人だったのにこの映画のため猛烈に練習したらしい。すごい根性あるな。綺麗なだけじゃないんだ。 物語の一つの軸として姉と妹の関係がある。実際すべてにおいて姉が優れていて比べられてはかなわないだろうな。まあ家はそれが無いからよかった。 笑えていろいろ知る事ができる映画だった。
2006/07/01
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