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太宰治著『斜陽』を読んだ。何を今更という感じだが機会があったので手に取った。 大学では毎年、不要図書の整理が行われる。その時、いつも行くようにしているのだが、今回たまたまこの本が不要図書に出されていた。文庫の小説が出されている事は珍しい。たいていはもう既に内容が古くなって役割を終えた経済学の研究書や法律関係の書籍が大半を占めているからだ。 この本を不要図書に出した人はおそらく日本文学の研究者なのだろうか。その本の周辺にはその関連書が多かった。中身は線引きで一杯だった。特に解説の部分に一番線引きがなされていた。本編部分の線引き箇所は物語の内容で中心といえる部分になされていた。ここからみるに所有者は言語学者ではなく文学者であったと推測される。 前置きが長くなった。あらすじを記したい。 流れとしては没落貴族である母子二人が東京で暮らしている。しかし終戦を迎え一家の主が亡くなっていることから生活が立ち行かなくなり、伊豆の方に引っ越す。そこに弟が帰還してくる。その後、母は結核で亡くなり、子、かず子は妄想の恋に終止符を打ち、弟は自殺し、かず子の恋の相手、上原は絶望からくる破滅への茶番劇を続けているところで終了。 主軸四人の絶望に直面した時の四者四様による対処の仕方を描いた物語。主人公のかず子は貴族生活からの転落、死にゆく母、何の技術や長所を持たない彼女は現代の社会では生きていけない。そのことの絶望が倫理の破壊(本文中では「革命」といっているが少し大げさすぎる。現代の言葉で置き換えるとこれがふさわしいように思える。)、と恋に向かわせる。一度、酒を酌み交わしただけの関係である弟の友人であり放蕩作家である上原が恋の相手。札付きの悪徳者という部分に惹かれ、頭の中で理想化していく。六年後に出会い、ただの遊び好きであることに気づき、恋が冷める。しかし目的、自分の子が欲しいというのは叶い、最後に上原に手紙を送り、生き続ける。かず子の母(お母様)は貴婦人であり続ける事を通して最後は病気で亡くなる。 弟、直治は貴族である事を嫌い、民衆になろうとし(この時点で坊ちゃん)上原に近づくがそちらにも嫌悪を感じる。どちらにもなじめない直治は死を選ぼうとする。しかし母を悲しませたくない為に母の死まで待つ。その後姉の留守を見計らって自殺する。 放蕩作家、上原はとにかく世の中を嫌い、全てを軽蔑し生きる。世の中が嫌いな為に酒を飲んで酔ってないと生きられない。とにかく浴びるほど飲んで放蕩の典型となって死んでゆこうとする。 以上四人の生き様を描いたもの。 太宰治氏は悲しい人だ。今回読んでそう感じた。 今まで『人間失格』や『走れメロス』、『惜別』などの短編を読んだことがある。『人間失格』を読んだのは19の時。いろいろな絶望をしている時にこれを読んだので落ちた。しばらく起き上がれなかったのを覚えている。 それ以来、彼の作品は敬遠した。落ちたくなかったから。 しかし、先生に勧められ『惜別』等の短編を読んでみた。そちらでは主に描写に凝っていて、『人間失格』とは作風が全く違った。どちらかというと芸術系の作品であった気がする。 今までの太宰氏にはこのような印象がある。 今回、悲しい人、憐れな人と感じた。特にその上原の人物描写は己の生活への痛烈な皮肉であろう。ここまで自分を否定しなくても…という感じがした。 この時代の絶望はそこまで深刻なものだったのだろうか。現代に生きる自分はなぜ絶望から希望を見出せなかったのだろうかと思う。どうして皆、自棄(やけ)になってしまうのだろうと感じる。 当時の日本人精神なのだろう。「希望は最後に死ぬものだ」というのを信じている自分にとって奇異に感じる。しかしどうしようもない八方塞の絶望に直面した時こう言い切れるだろうか。まだ見えない。 そんなことを感じた。
2006/06/30
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革命家、チェ・ゲバラの若き日の旅を通して成長してゆく姿を描いたロードムービー。 医学生であるエルネスト・ゲバラ(ガエル・ガルシア・ベルナル)は友人のアルベルト・グラナード(ロドリゴ・デ・ラ・セルナ)と共にバイクに跨って南米縦断の旅に出るというもの。 途中でバイクが故障したり、喘息の発作を起こしたり、様々なアクシデントに遭いながら、いろんな人に助けられて旅を続けその中で二人はさまざまな事を感じ、成長してゆく。 最後の誕生日での演説と、真っ暗闇の中で川を泳ぎきる場面には鳥肌が立った。 エルネストは馬鹿正直。アルベルトはお調子者。性格が全く違うからこそ旅を続けていられるのだろう。 とにかく貧乏旅行。お金が無くなると泊まる先で診察をして食い繋ぐ。すごくたくましい。行く街行く街でラテン系のノリで女性を追っかけるから元気あるなぁと思ってしまう。 自分もここまですごい旅ではないけれども、留学中に丸一ヶ月かけて中国の主に西域を旅行した。そのことを思い出した。5人で旅したから人間関係が色々あって、また旅の過酷さもあって苦労した。しかしその分忘れられない旅となった。 旅は人を成長させる。そのことが分かる気がした。とにかく留学先では不条理を何度も目の当たりにしてしまったために悩みが尽きなかった。 特に旅をして一番感じるのはどこに行っても乞食、物乞いの類がいる事だ。これに対して最初は感傷的になっていたが、物乞いも一つの仕事、身分であることを知り悩んだ。悩んだからといって何ができるわけではないが。 そして生活水準の差。すし詰めの列車に押し合いながら乗り込んで席が無く地べたに座って半日を過ごす人間もいれば、寝台車両で悠々自適と旅する人もいる。 いろんな人と話した。あの事は一生忘れないだろう。 そんなことを思い出した。
2006/06/29
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大切な人は最も近くにいるのに、一番上手く描写できない。映画や本のこと、他の人の描写ならできるのに、肝心な人が上手く描けない。単純でありふれた表現だけれども、この言葉に想いを込めます。いてくれてありがとう。あなたの存在に感謝しています。今日は想い人が生を受けた日。
2006/06/29
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某「最近のお前はなんだ?朝も起きれず、遅くまでウダウダと過ごす。映画やドラマばかり観ている。文章を書かない。本を読んでもすぐ居眠り。集中力なし。腑抜けか、貴様は?」我「夜帰るのが遅いから仕方ないじゃないですか。それから少しくらい寛いでも罪にはならないでしょう? 映画やドラマばかりといいますが、映画は私にとって欠かせないものだし、ドラマといっても中国語の学習です。 文章を書かないといいますが、最近、手書きからタイプへとシフトしているだけですよ。実際は以前より書く分量が増えています。 今読んでいる本は研究のために読む必要があるのだけれども内容が正直言ってつまらない。私のレベルがそこまで到達してないのもありますが、面白さが汲み取れない。 試験まで神経を少し張っていたから緩めてもいいじゃないですか。」其「屁理屈だね。飯のタネが見つかってからというもの、しばらくは黙って目をつぶっていたが今の君の行動は目に余る。自分の本分を忘れかけていないかい?」某「このぐーたらに優しく言ったって駄目だ。お前は駑なんだぞ。常人と同じ事してついて行けると思ってんのか?生きてる限り走り続けねばならないんだよ。人の生なんて所詮は一瞬なんだから。」我「…だから今日から、いや今から心入れ替えてやりますよ。それでいいんでしょ?」某「威張ってないで、やってみろよ。お前は格好をつけ過ぎる。もっとなりふり構わず進めよ。見ているからな。」其「期待してるよ。」
2006/06/27
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予定通り借りてきて観た。見た理由は田中麗奈が出てるから。好きなんです。 いつもながらネタバレ一切考慮に入れず書きます。 内容 今回は室井さん(柳葉敏郎)が主役とあっていつもの『踊る…』にある現場の軽快なストーリー展開ではなく、上層部の権力闘争、パワーゲームを描く作品となっている。 まず室井が新宿の強盗殺人の捜査本部長をやっていた所から始まる。容疑者の警察官が逃走中に死亡。事件は終わるかに見えたが室井はしっくり来ないものがあり、操作を続行。 そこから捩れが生じだす。その事件が警視庁と警察庁の確執、長官の座を争うパワーゲームの道具にされてしまう。 更に金になる匂いを嗅ぎつけた弁護士・灰島(八嶋智人)が遺族をそそのかして不当な取調べをしたとして裁判を起こす。それもパワーゲームに利用され絡んでいく。 事件を純粋に追いたい室井だったが場外や雲の上の動きに弄ばれ、不当な取調べをした容疑で逮捕される。 (仮?)釈放されるも周囲の煩雑な動きに翻弄され最後の最後まで事件をまともに終えない。 最後はやめる覚悟で周囲の雑音を抑える事に成功する。事件の方は案外単純であっけなく幕を閉じ、パワーゲームも土台がなくなったことで終了。 事件後、提出した辞表は受理されず、広島に左遷される事になる。話が一区切り付いたところで劇終。感想 うーん。上層部のドロドロした権力争い、駆け引きを描く映画かと思いきや最後はその重さに事件が耐え切れなくてポシャッた、という感じ。 室井さん八方塞がりになって万事休すになるんだけど、灰島のミスなどで窮地を脱するというもの。なんだか最後まで室井さん翻弄されっぱなし。ホント、一貫して耐える男だった。 あと、たしかに田中麗奈が出ていて観れたのは嬉しかった。しかし、なんだか人物設定が軽すぎる気が。話が複雑だから、観客目線の人物が必要でその役が田中麗奈の演じていた役なのだろう。でもファンとしてはもう少し見せ場みたいなものが欲しかった。個人的意見。 踊るシリーズとして続けなければならないのは分かる。しかし上層部の権力争いが解決せずに尻切れトンボで終わるから、後味が。次回の続きに期待しろということかな。 まあ、好きな女優が見れたので個人的には満足です。(単純)
2006/06/26
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本日、通称「中検」を受けてきました。 受験者は小さな教室の前半分に納まる程度。10~15人ぐらいだろうか。 英語以外の言語でもあり、更に準一級ともなると受験者が少ない。だから対策本が無いんだろうな。 会場の大学は自分の住んでいる東京のはずれと同じくらい外れている。バスで付近まで行くと突如、新築のビルが現れた。校舎だった。まだ一年も経ってない様子。経費節約か知らないが受験者以外ほぼ無人だった。 静かだった。 試験を終えて受験者を観察。何人かはさっさと帰ってしまっていた。 自分とほぼ同世代っぽい人、2名。終了後言葉を交し合っていたから知り合いらしい。 細くて栗山千明のようなこけしヘヤー、綺麗な髪をしたかわいい女性。黒髪のぱっつん髪ってアジアの美という感じがする。色ぶちの眼鏡をかけてて特徴のあるかわいさを持つ人がいた。 中国語学習者にこんな人もいるんだな、という感慨。偏見だな。 一番気になったのは70代前後のおばあちゃん。これも偏見なのだけどこの年齢の人って語学を学んでも趣味でやってるから中級以上にいない。 もしも趣味で始めてここまで上達してきたのならすごいおばあちゃんだな。私もこの歳になった時、ここまで学ぶ意欲を保っていられるだろうか。 歳をとってもこのおばあちゃんのようにありたい。そんなことを思った。
2006/06/25
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梅田望夫著『ウェブ進化論』を読んだ。どこかのブログでこの本の批評が載っていて内容が面白そうだったので気になり購入。読んでみた。 ウェブ、ネットはこれからどういう方向を目指しているのか?何を為そうとしているのか?この疑問を主軸にして様々な現在起こっている現象を論じた一書。 具体的論題としてはネット向かう方向性、グーグル、これまでのウェブ進化の概論、これからの方向のために起こっている現在の芽だ。 感想。 これまでwindows95の誕生から漠然と受身な興味本位でパソコンを扱い、そのサービス機能を享受してきた。使いはしていたがその中にどういう流れがあり、何を目指しているのかは無知だった。この本はコンピュータの誕生から現在のインターネットまでの流れを分かり易く解説している。 「ムーアの法則」を読んでは確かになと感心し、そういえば昔の機能は今考えると貧相で馬鹿に大きかったな、などを思い出した。また2000年頃はNetscapeとInternet Explorerを併用していたなぁ、なども時代的な感慨もあって面白かった。そうかNetscapeはゲイツによってぶっ潰されたのか、とか知らない事が沢山で(ネットの世界では常識なのかな?)。 特にネットの向かっている方向性については不思議な興奮を覚えた。総表現社会、ブログもその機器の一つだろう。「書いても誰にも届かない」から「書けば誰かに届くはず」に変わってきている今。まさに今起こっているのは現在進行形の革命といっても過言ではないのだろう。 「知識とは真理を知るために存在する」と考えればまさしくGoogleの行っている「世界中のあらゆる情報を整理する」とは歓迎すべき現象だろう。しかし「知識とは飯を食うために存在する」という態度の既存のメディアにおける表現者(芸術家、作家、ジャーナリスト等)にとっては否定したい流れだろう。 でも表現する場、議論、自由競争がより手軽に増えるのは歓迎だ。それで食っていけるかの問題はまだ未解決の「?」だけれども。 ここからはあくまで私見です。 しかし、一歩引いて考えてみると、元々「知」というのは真理、真実を知るため、それを得てより発展するためにあるのだから、それが仕事になり飯のタネになるというのは異常な状態なのかもしれない。つまり表現する事自体には何の生産的活動は含まれていないからだ。 例えば古代ギリシャの哲学だって奴隷社会が確立した後の暇潰しとして生まれた。大学(university)の起源だって元々神学、つまり神(キリスト教)の真理を理解するためだ。文学の役割なんて現代文学は考えているのかどうだか知らないけど、ともかく近代文学まではその事を思いっ切り意識していた。音楽が商売になり始めたのはレコードの誕生からだろう。 ただその得た知識のよって生活がより便利になったり、より快適に人生を送れるようになったりする。そこに対価が支払われるのがもともとの形だったろう。 そしてその対価で生活をするものが生まれた。学者、芸術家だ。 それで生活できるようになったからただメシを得たいだけの目的の者が現れるようになった。それが現代でみる売文家のような創造を目的としない人間だ。 インターネットの世界は著者の言うように玉石混淆だけれども、全ての人に表現する機会を与える。それがその人たちにとっては脅威なのだろう。既存のメディアの権威に寄りかかって飯を食い真理や発展を目的としないものにとっては潰すべき事態だ。 著者は既存のメディアをネットが超えるという事はまだ先の話だろうと論じる。それを広告費の割合がつい最近ラジオを追い抜いたにとどまっているデータで裏づけをしている。 …だんだん煮詰まってきた。あくまで想像、推論の部分が多い。ともかくこの議論にまだ自分の中では答えが出ていない。 以上のような事を考えた。
2006/06/23
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朝、先に起きたので母がおきるまで本を読むことにする。読んでるうちに眠ってしまう。 気づくと母が既に起きて動いていた。「おはよう。」とても明るい笑顔。昨日の事が嘘みたいだ。 いつもそうだった。どんなに辛い事があったって、どんなにケンカしたって、一晩寝て朝起きればまた仲直りでき、回復していた。体の調子はどうかと聞くと、「朝ゆっくりできたけん、大丈夫よ。」と笑ってみせた。肩口からサロンパスがちらりとのぞいていた…。本調子じゃないな。でも母さんの身体は自分が良く分かってるんだから私が言うことじゃない。 駅前の定食屋で食事を済ませる。食欲も戻ったようで完食していた。良かった。 一息ついて出発。改札にて見送り。「元気でね。」ミニトランクを転がしつつ、颯爽と改札をくぐり歩いていった。 幾度か振り返って笑顔で手を振った後、角を曲がって見えなくなった。人ごみに入るとその華奢さが余計に目立つ。小さなトランクを引いてスタスタと歩く姿が今では可愛らしくなってしまった。 色々あったけれど、最後は笑顔で別れられた。これからも母親は私に違った面を見せるだろう。今まで見せなかった顔を見せてくるかもしれない。しかし、それも甘んじて受け入れよう。また受け入れられるように成長しよう。 今回の母親の訪問でそんなことを思った。
2006/06/18
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「送っていくよ。」夕方帰る際、電車で帰ることを主張する母と私に対して兄が主張する。電車の方が早い事を理由に断ろうとするが、「変わらんよ。車の方が早いけん乗って行き。」兄の母親への好意を断れず承諾。 これも後から思い返せば想像力が至らなかったと反省している。 その日は土曜の夕方で帰宅者と行楽から帰る車で道は渋滞していた。7時に上映会があり、それに間に合うように帰りたかったのだが、渋滞のせいで予定時刻を1時間半あまり過ぎてしまった。下ろしてもらった後駅前からバスに乗って急いだが既に終了していた。 そこからまた私の悪い所が出てしまった。 私は予定が一つでも狂うと混乱してしまう傾向がある。帰り際雨も降り始めていて洗濯物を干していた事もあって焦ってしまった。そこから家までは歩きで45分。バスは無い。「先に走って帰って洗濯物取り込むよ。母さん、ここから歩いて帰れる?一本道だから大丈夫だよね。」母を置いて小雨の降る中走ってアパートに戻った。母は傘を持っているし、ここには何度か来たことがあるから大丈夫だろうと思ったのだ。これも見通しが甘かった。 走って帰ると幸い本降りになる前だったので洗濯物はさほど濡れていなかった。母の手を煩わせるのも嫌だったので全て取り込んで畳みしまい終わろうとしたとき、母が戻ってきた。「洗濯物、濡れとらんかったと?」「うん。まだ小雨だったから。」「どっか食べに行こうか?」「いや、俺が作るよ。味噌汁残ってるし。」「疲れとらんと?食べいこうや。」「いいよ。なんか作る。主食無いから買ってくるね。」自分は疲れると変に意固地になってしまう。ここにいる間は料理を作ってあげようという当初の目的に固執してしまった。 その結果、有り合せのお粗末なものになってしまった。ままかりの酢漬け(コンビニ惣菜)、冷奴、ビール、チューハイ、フランスパン。しかし、お腹も空いてるだろうから、しかも遅いから消化に良い物をと自分なりに気を遣って急いで拵えたにしてはいいほうだと思う。 しかしながら、母親は料理には一切手をつけず、ずっと携帯でメールを打っていた。 しばらくは仕方ないかなと思っていたが、「おいしいよ。食べり。」と促しても「うん。」と返事をするばかり。しまいには疲れもあってかカチンと来てしまって、「確かにたいしたもんや無いけどさ、俺なりに急いで用意したんよ。何で食べんと?」キレてしまった。 すると母親は突然泣き出してこう言った。「はいらんのよ。」日中は終日観光し、最後に45分近く歩いたのが身体にこたえ、疲れすぎて食事が喉を通らないらしい。「以前はこんぐらい動いても何ちゅーこと無かったのにねぇ。…なんかそれ考えよったら情けなくなってねぇ。…涙が止まらんのよ。」母親は体力が低下しているし、涙脆くもなっている。私達が上京する前はこんなではなかった。「仕方ないよね、母さん、今まで約20年かね?俺らを必死で育ててくれたやん?母さんホント完璧だったよ。俺ら2人そーとー(すごく)感謝しとるんやけ。 今、そのツケが来とるんよ。ね?少しゆっくりしたらまた元気になるよ。俺らを育てるためにそーとー頑張ってくれたんやけん、仕方ないよ。 ごめんね。急かして。配慮が足らんかったよ。ゆっくり食って。ね?」母の涙は止まらなかった。「どうしてやろうね~。他の人たち皆元気なんにあたしだけこんなんちゃね。情けないわ。」母の嘆きを聞くようになったのはほんの最近2、3年の事だ。自分の衰えが情けない。早起きできないのが情けない。祖母にだんだん似てくるのが怖い(祖母は歳をとって性格が変わって気難しくなったので)、こう嘆くようになった。「早く寝よう、母さん。」寝支度を済ませるとすぐに眠りに就いた。 母が嘆くようになったのは、私を一人前の人間と認めてくれたからだろうか?そうだとしたら嬉しくもあるが、また逆に寂しくもある。太陽のように明るくて完璧でいつも私を支えてくれた母親像は子供の目から見た勝手な理想像だったかもしれないからだ。 母さんも影では親父に支えられていた事を今は理解している。しかし、子供の頃見た世界は物事の一面でしかなかったのを知った時少しなんともいえない寂しさを感じてしまうのを否めない。そんな風にして波乱の三日目が終わった。
2006/06/17
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前の晩、「今日は交替。あたしがソファーに寝るわ。」部屋には兄貴が残していったソファーがある。昨日は母親が気を遣って母がソファーで寝た事もあって少々眠たそう。慣れてない人にはやはり寝辛かったようだ。 三日目、この日は少々波乱が起きた。 昼に兄、兄の彼女と桜木町で待ち合わせ。一緒にバス、電車を乗り継ぐ。「バスで待ってる時、隣の人に『いい天気ですね~。』って声かけたら、胡散臭い目で見られたんよね~。変な人やね。」笑いながら、話してくれた。…東京はよそ者の集まりだから仕方ない部分があるんだよ。でも変だな。私が住んでる所は東京でもかなり辺鄙で田舎といってもいい場所なのに…。きっとその人がシャイだったんだろう。 電車の中、母親は寝ていた。やはり熟睡できなかったようだ。あと、疲れもあるのかもな。 待ち合わせ場所には時間前に着いたが兄貴が遅刻。先に兄の彼女(以下、「兄彼」に省略)が到着。しばし、スタバで兄を待つ事に。 兄彼。母親は一度会っているからすぐ認識。私は写真でチラっとしか見てないので分からなかった。「お久しぶりです。今、駐車場を探しているみたいなんですぐ来ます。」まさに兄貴の彼女という感じだった。一言で言っていまどきの人。しっかり化粧をしている(私の周りは化粧気が少ない)。喋り方からして、しゃきっとした印象。たぶん、根は結構きつそう。あくまで声の印象。 今回は相手も固くなってるようでとても大人しかった。 でもそれって困るんです。なぜかというと沈黙ができてしまうから。「初めまして。弟の……です。兄がお世話になってます。」私の今回の役目、場を暖める人、つまり道化だ。気まずい沈黙を作らない。これが今回の役割。だから、「兄貴とは今後どうするつもりなんですか?どういう風にお考えなんですか?兄の印象は?出会いは?」などの質問は口が裂けてもしてはいけない。つまり、タブーの多い中で盛り上げねばならない。まあ、昔は良くやった事だから今もできるさ。「今日は天気良いっすね~。」「ここらへんに住んでるんですか?」「お仕事は如何ですか?」 無難な話題、過去の兄貴との笑い話などを引いて終始おどけて振る舞い、兄が来るまで場を取りつことにする。「すんません~。」兄が30分遅れで到着。正直、ほっとする。いない兄貴を卑下する事でで話題を保っていたから。卑下は好きで無いけど、三人の共通な話題はこれしか思いつかなかったので。 兄が来てレストランに入る。それからは会話がスムーズに運ぶようになった。兄貴はいい応答をしてくれるから。兄は兄で気を遣っていたのかもしれない。 その後、ランドマークタワー、中華街などをまわる。途中、母親が「ここ(ランドマークタワー)にいったら、帰ろうね。」と私に囁いた。やはり連日の移動で疲れていた。 しかし、兄の好意も無にできない。兄も孝行心から行動しているわけだから。母親においしいものを食べさせたい、母親に楽しんでもらいたい、という気持ちで今回、動いているのだから。 母もそれを分かっているから少し身体に無理をして、その好意を喜んで受けていた。―――しかしここで反省したい。もっと母親の身体を考えるべきだった。すでに五十を越え体力的にも衰えてきているのに気づくべきだった。兄貴の気持ちを悪くしても早めに帰るべきだったと反省している。想像力が足りなかったと反省している。――― また私も場が和んだ事で安心してしまったのかもしれない。中国好きの私は横浜に来たからにはどうしても中華街に行きたくなり、そこに目をつぶっていた気がする。「こーんな大きい肉まん買ったんよ。」嬉しそうに話す母親を見て勝手に大丈夫と判断してしまった。
2006/06/17
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二日目、母親は都心の方に用があり、私はゼミがあるのでそれぞれに行動する事に。 朝飯を作り、支度を済ませて目的地までのアクセス方法を伝える。「分からん時はメールしてね。」案内できないのが少し不安だが、何度か来ているので大丈夫だろう。母親をバス停まで見送り、日常の仕事に専念した。 夕方、ゼミの報告もスムーズに進み、修論研究も一区切り付いたので母親に連絡してみる。「こっちは一区切り付いたけど、母さん今なんしょーと(なにしてるの)?」「もう帰って来とるよ。まだやる事あるんやろ?こっちは大丈夫やけ、気にせんで頑張り。」こんなに早く戻ってきてるとは思わなかった。私の住んでいる所は都心からかなり離れた場所に位置しているので、今頃が帰りの電車かなと考えていた。 せっかく来てもらって一人にしておくのも嫌なので戻る事に。「おかえり~。」帰ると台所の排水口を掃除していた。ここまで来てもらって、しかもこの歳にもなって母の手を煩わせてしまった。その事を謝ると、「(笑)一宿一飯の恩義やけんね。」『田舎に泊まろう』じゃ無いんですから。まあ、ここもけっこう田舎ですけど。見てみると水周りがすべて掃除されていた。うれしいけど、複雑。 とりあえず食事はこちらが用意する事に。 豚レバと玉葱の炒め物、水餃子、具汁。飲み屋のメニューっぽいのは二人とも酒が飲めるから。という事でビールを用意。 「久々一杯食べたわ。朝といい夜といい人が作ってくれると(食事が)入るね。」ありがとう。その一言が欲しくて作ってます。デザートの林檎を食べながら密かに喜びに浸った。 しばし、ゆっくり雑談した後、明日に備えて早めに休む事に。たぶん疲れが溜まってると思ったので。 そんな風にして二日目を終えました。
2006/06/16
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母親がこちらにやってきた。 私の故郷に新北九州空港なるものができた。閑散期となるこの時期、航空券が安い事から(片道一万円)やってきた。三泊四日で私のアパートに泊まる事になる。 母親はとてもやさしくて可愛らしい人だ。そして自分に対して厳しく、完璧主義の人だ。 私と兄貴二人の息子の子育てをほぼ完全に成し遂げた。朝は誰よりも早く起き、そして誰よりも遅く床に就いた。 親父は古い人間で「男子厨房に入らず」の人だった。そのため炊事、洗濯、掃除など家事全てをこなした。その上家の自営業の仕事をしていたから、私と兄貴は母親が愚痴一つこぼさないのが不思議で堪らなかった。それどころか仕事が忙しくて、食事の用意ができないとひどく私達に謝った事さえあるのを覚えている。 しかし母親は超人ではない。そんな完璧主義は長くは続けられない。今、そのツケが出ている。 夕方、近くの本屋で待ち合わせをして母親を迎えた。 向こうは気づいていなかったので横から荷物を取り上げると、「気づかんかったよ~。元気しとる?」懐かしい方言。とても良い笑顔。しかし、また一段と小さくなった感じがする。 部屋に着くと、「綺麗にしとるね。掃除しようと張り切ってきたのにその必要ないわ。」「そう?」最近、想い人と週末過ごす事が多いからかな?でも今彼女はダウンしている。 食事の用意をしようとすると、「せっかく用意してくれて悪いんやけど、外で食べんね?お父さんにその分のお金を貰って来とるんよ。いいやろ?」どうやら以前、春頃の私の写真姿がやけに痩せて見えたらしく、親父が私を肥やせとの指示を与えたとの事。そうなのかな?「単に親父が太りすぎとうだけよ。」後日の兄貴の言葉に納得。親父は営業等で外食の機会が多いため、コレステロールが高めだ。母親が努力してるが外食をやめない限り無理だろう。 とにかく近くの回転寿司屋で食事をする事に。久々の寿司はおいしかった。海の近くに生まれたことも魚好きなものですから。 母親のここでの予定を確認した後、「兄貴と会う時、俺はやっぱり行かないよ。邪魔でしょ?」「なんで~?そんなことないよ。来ぃや。」3日目に兄と兄の彼女、母、私を含めた4人で会う事になっていた。あまり気を遣いたくないため辞退したかった。しかし無理だった。「兄貴の方は上手くいっとるみたいやね。」「そうやね。まだまだこれからやけどね。」兄貴の方は付き合って三年目。お互い社会人だしとても順調なようだ。「実はね・・・。」母親が水を向けてくれる気配が無いので自分から切り出す。「最近とても良い人に出会って、お付き合いさせて貰っとぅ人がおるんよ。…」少々緊張しながら切り出した。彼女の真っ直ぐで想像力に富んでいて配慮のできる性格、そしてこれまでの波乱の遍歴、目的を持って生きている事を簡単に説明した。母親は相槌を打ちながら、いつもと変わらず聞いてくれた。「…んでこれからもずっと一緒に生きて生きたいと考えてるんよ。どう思う?」「いいんやない。」「ただ向こうがとても気にしとるんやけど年上なんよね。どのぐらいと思う?」そう。私は気にしてないのだが、(好きになった人がたまたま年上だっただけの事なので)想い人は私の親に対してかなりの罪悪感を感じているらしい。「…10コ?」おぉ…。「すごい。ぴったりだよ。」「いいんやない?別にあんたは気にしとらんのやろ?」図星。「あたしはね、あんたを大学にやった時からもう覚悟はしとるんよ。それに誰か居るんやろうな~と思っとったし。今更って感じよ。」ホントにまったく気にしていなかった。興味もそんなに無いようで私が情報を出さない限り話題にしなかった。 そういえばそうだった。家では昔から恋愛の話を全くした事が無かった。 両親とも特にそれを話題にしない。だから二人の馴れ初めも知らない。どこで出会いどのような恋をして結婚する事になったのか、ほとんど語ってくれた事が無い。 感情が無いのかと一時期疑ったがそうではない。お互いがお互いの足りない部分を上手に支え合っている。両親の「好き」とか「愛してる」という言葉を聞いた事は無いが、確かに二人は共に生きていた。お互いを欠くことのできない存在として生活していた。 もっとも、それが分かるようになったのは離れてからだが。「あともう一つ気になっとることがあるんよ。」「なんね?」「彼女の方が背が高いんよね。」「それはあんたが気にしとるだけやろ?」…その通りです。想い人は全く気にしていないが、自分がやはり男性として…。さすが母親。そんなところはお見通しらしい。「ただね、…」母親が切り出した。「あんたはこっちでやっと自分の人生賭けてでもやりたい事見つけたんやろ。それってすごいことやん?それを見失わんようにしぃよ。あたしが言いたいんはそれだけ。」ありがとう、母さん。それは大丈夫だよ。色々と回り道しないといけないかもしれないけど、その点は見失わないようにするよ。 食事を終えて、母親をアパートに送った後学校に戻って一作業。 これから3日間できるだけ尽くそう。
2006/06/15
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資格試験のことで勉強法などを相談したくなったため、先生の研究室を訪ねた。授業のちょうど終わった後で後輩ののっぽ君がいた。先生はもう一人の学生となにやら翻訳文の相談を受けていた。少々、のっぽ君と雑談して待つ。しばらくして2人が退室。先生と二人きりになる。 ここからが大変。私は先生を尊敬し、だからこそ修士まで喰らいついてきた。先生と知り合ってもう7年目になる。研究室には用事があれば訪れる事ができる。それなりに話もできる。しかしながら、いつも一対一緊張する。恐れているのだ。自分でも不思議。先生に対する感情は尊敬というより、畏敬に近いのかもしれない。「この本読みましたよ。面白かったです…。」「そうかい。」「図書館にありまして……。」「…。」沈黙が嫌だから話を切り出す。しかし先生の興味はそこにはない。無言によって話に興味の無い事を示している。無言。この使い方が上手い。それもプレッシャーの原因だろう。ようやく、関心の向いている部分に気づく。先生は主に私の修論のテーマについて議論をして煮詰めたいらしい。しばらくそれをテーマに会話。色々と助言、アドバイスを貰う。一段落して、「この前貸した本は如何でしたか?」「あー、あれね。作者はお父さんの事をモデルにしたんだろう?分かっちゃいないね。これなら以前見たDOの方がよかったよ。」心が重くなった。そうだ。自分の嗜好で薦めたものはいつも批評されるのだ。しかも痛烈に。先生が私の薦めたもので満足した事は一度だって無い。しかしながら逆に先生の薦めてくるものははずれが無い。いつも内容があり、面白い。そう、要するに全く歯が立たないのだ。今まで他の教授たちであれば、必ず底がが見える。相手の考え、思考方法、そして欠点を見出し、思うように振舞えるようになる。しかし、先生は全く底が見えない。長い付き合いであるが、ぼろを出さない。それが先生の存在に威圧感さえ覚える原因だろう。要するに把握できていないのだ。他の人はというとそうではない。皆、普通に接し、ざっくばらんに話している。私も表面上はできるようになった。しかし、心の重さは消えない。「今、試験の相談をする事は適当でない。見下されてしまうぞ。」自分の虚栄が語りかけてくる。「…では先ほど言われた点をゼミまでに考察しておきますね。…失礼しました。」今日も例にもれずぎこちなく退出した。潮時だと感じたからだ。話すつもりなら煙草をもう一本取り、厭きていると吸わなくなる。そこでいつもおおよその潮時を判断している。これを世に言う「男惚れ」という奴なのだろうか。例えば秀吉が信長に、プラトンがソクラテスに、子路が孔子に惚れ込んだようなものなのだろうか。そんな偉人と違い、ちっぽけな存在だけど。よく分からない。先生が自分の目標になってもう6年以上経つ。未だにどこに果てがあるのか検討もつかない。今日も徹夜かな。
2006/06/14
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金曜、突然、知らない人からのメール。 >題:明日午後 >Tセンターを目指します。 >時間あったら、どこかで会いませんか? ?誰だろう?アドレスを見て色々思いをめぐらしてみた。すると、一人心当たりが。以前ネットで知り合った謎のおじさん。アドレス登録してなかった。…すごく突然。早速予定を調べてみると土曜だけがぽっかり空いている。ダンス公演を観に行くとの事。ダンス全く分からないけど、折角のお誘いだから付いて行こうかな。 ということで駅前で待ち合わせて会うことに。 ・10日(土) 正午に待ち合わせ。時間きっちりに行くと待ってた。 駅前なので「万豚記」で食べる事に。ここのボリュームと味が大好き。 「ビールあるよね。」 「やっぱ飲むんですか?」 「もちろん。」 で、うすうす予想はしていたが飲む事に。 昼間っから飲むって慣れてないからか少々罪悪感を感じる。でも飲めるのは嬉しい。 話したのは自分の就活の事、中国の事、ネット、海外一人旅の事に関して等等。 話しても次から次へと驚きが出てくるからすごい。 あと、よく言えば度胸、悪く言えば無謀に感心させられた。いつかそんな風に旅できるようになれたらいいなぁ。 お茶を勧めると「アルコールからしか水分取らんから。」 休肝日といってたけど名ばかりですね。 ダンス公演はジャズ・ダンスというらしい。ジャンルの区別もつかないド素人。 でも、好きな曲が何曲か使われていたのでそれだけで満足。 踊りは2時間もあんな激しい動きよくできるなという感じ。 衣装、えーと、ゴスロリって言うんですかね。そんな感じの衣装だった。 謎のおじさんいわく、一つの流れになっているらしくてバラバラだった人たちがまとまっていって…らしかった。鑑賞力足らんな。 でも「Wake Me Up When September Ends」が聞けただけで満足。 この曲、好きなんだけど歌詞の真意が読めない。いつか調べてみよう。 最後、Tセンター駅前にて一杯。馬刺し、鯨ベーコン、マグロ刺身など普段食わないものをご馳走になった。 そしてお別れ。 予測がつかない感じがとても楽しかった。年をとってもあのぐらい生気に満ちた感じでいたいな。
2006/06/10
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書き込みを読んで気になったので観てみた。南北戦争前後のアメリカを南部富裕層の一女性視点で描いた作品。 物語の舞台は南部の町タラ。主人公のスカーレット(ビビアン・リー)は富裕層の令嬢。天性の美しさと勝気な性格を持つ女性。様々な男性から求婚をされるほどのもて様。 だがはアシュレー(レスリー・ハワード)という知的な男性に思いを寄せ、告白するが、「好きだけど結婚は無理なんだよ。」といわれ結果的に振られてしまう。 そんなアシュレーはやさしい善のかたまりのような女性、メラニー(オリビア・デ・ハビランド)と結婚してしまう。スカーレットは腹いせまぎれに自分の追っかけをしていた男性と結婚。そこで南北戦争勃発。男性たちは皆戦争に向かう。 その後、内戦が進み南部の旗色が悪くなる。スカーレットの夫は戦う前に伝染病にかかって死亡。未亡人となる。未亡人となった事で喪服ばかり着なければならず、その生活に嫌気が差してアトランタへ気晴らしに出かける。 そこで以前出会ったギラギラした感じのするミステリアスな紳士レット・バトラー(クラーク・ゲーブル)と再会。お互いのプライドの高さ、破天荒な点など共通した部分を見出し、さらにレットが積極的なことからお互い親近感を覚える。 ゲティスバーグの戦いが終わり、クリスマス休暇になってアシュレーが一時戻ってくる。そこでもスカーレットはアタックをかけるが取り合ってくれない。逆にメラニーの事を頼まれ承知してしまう。 南部の旗色が悪くなりアトランタに北軍が侵攻してくる。メラニーのお産があるため逃げる事ができず、お産が済んだ後はすでに街は無法地帯。間一髪でバトラーが助けに来る。彼女を助けた後、バトラーは敗れゆく南軍に参戦するため去っていく。 故郷のタラに戻ったスカーレットは北軍に略奪された後の我が家、狂ってしまった父という現実に出くわす。ゼロからのスタートとなり、生きるためなら何でもやる決意をする。 南北戦争終結。アシュレーがメラニーのもとに戻ってくる。しかし北部の勝利により莫大な税金が課せられる。金の工面のために捕虜となっているバトラーのもとに行くが失敗。だが妹のフィアンセだった人間と出会い商売に成功している所に目をつけ結婚し、彼の財産資本を用いて商売を拡大しまた再び富を築く。 ある日貧民街を一人馬車で通り抜けようとしたときに襲われ、あわやと言うところで以前の使用人に助けられる。その報復のために貧民街に火を放った時に旦那が死亡。またもや未亡人に。 喪中にレットが訪れ求婚。拒むがレットの積極性にやられ結婚する事になる。娘を出産し、レットも子煩悩なお父さんに変化。しばらくは幸せな生活を送る。 しかしスカーレットのアシュレーに対する恋慕の情が捨てられない事からひずみを生じ、すれ違いを繰り返す。ある日、その一人娘が落馬事故から死亡、家庭の崩壊は一気に加速する。またメラニーの体が悪くなり倒れ、死亡。アシュレーへの恋慕が幻であり、バトラーへの感情に気づいたスカーレットはそれを伝える。しかしすでに遅くバトラーは去っていく。 途方にくれたスカーレットだがひとまず故郷のタラに戻って考え直そうとする。強く生きる女性の後姿を映して劇終。 長い! 4時間超はある。一気に観たからけっこう疲れた。 スカーレットはたくまし過ぎ。ホントじゃじゃ馬。こんな人いたら圧倒されてただろうなぁ。 レット・バトラーはオッサンのくせに元気過ぎ。 アシュレーは戦争さえなければいいインテリとして生きれたんだろうな。 メラニーは純真無垢過ぎ。母性溢れる感じ。スカーレットとは対称的。この4人を中心に物語が展開。 同じ南北戦争でも描く視点が変われば全く別のものになってしまう。 この映画は南部白人視点だから、最近観た『アミスタッド』となんだか別感覚。南軍の奴隷が自分たちの解放問題によって戦争が起こったにも関わらず、南軍に加担しているのは奇妙だった。一部の家庭では奴隷の大事に扱っていたからそのご主人のために戦ったんだそうな。でも『ビラヴド』にあったようにあくまで家畜財産の一部のとして大事にしていたという事だろう。大事にしたとはいえあくまで家畜と見做されていたんじゃ堪らないよな。そんなこと思った。でも人間大事にされると尽くしたくなるのが自然なんだよな。この問題は私が語れる事じゃないけど。 人物の中で一番面白かったのはレット・バトラー。 戦争で儲けるなどずるそうでいて敗れゆく南軍に参加するなど不器用な部分もある。スカーレットの事をからかって気の無い感じでプレイボーイ気取っていながら実は一途にスカーレットを想っていたりする。それまで遊び人に近かったのに子供が生まれた途端、子煩悩のパパと化してしまうし、とても面白い人物。 メラニーの底なしの人の良さは笑いが出るくらいすごい。お人よしもここまで貫ければ一級品だろう。 まさに「名作」といわれる作品だった。
2006/06/09
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『容疑者室井慎次』を観たかったけど、こちらを観てなかったので先に観た。 あらすじは地下鉄に爆弾を仕掛けたという犯罪予告があり、それを真下正義(ユースケ・サンタマリア)が率いる交渉課準備室や地下鉄マンの人達が解決していくというもの。 最後まで犯人は謎だったのがなんだか消化不良。それに爆弾と地下鉄のクモはあまり関係ないよね?なんだかほんとに謎解きゲームを楽しんでる感じだった。 舞台が東京の地下鉄だから身近な地名も出てきて想像が膨らんだ。地下鉄の薀蓄満載という感じだ。 面白くないわけではなかったのだけど観ないなら観ないで損はしないような内容だった。
2006/06/08
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一コマ終わりに電話がかかって来た。社会に出てもいいとの事、まだ生きてもいいとの事だった。 長かった。自分は社会で生きられないのではないのかと何度も思い、それを否定しつつやってきた。応援し、支えてくれた想い人は一緒に喜んでくれた。人がこんなによろこひを共有できると、それは倍増するものだという感覚を実感した。ありがとう。 とりあえず、まだ探そうと思う。でもこれで一つ落ち着いた。これからは焦らずに薦められそうな気がする。
2006/06/07
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朝、想い人には昨日の出来事を穏便に伝えるつもりだった。「一人で悩まずに伝えてくれてありがとう。その点で安心した。」しかし自分の罪の重さを彼女に背負わせてしまった。彼女の心を乱してしまった。些細なことで。つくづく過去の自分を恨みたくなる。恨んでも仕方ない。今を後悔の無いように生きる。それしか自分にできることは無い。 夜、戻ってきて夜風の中ゆっくりと話した。 色々と驚愕の事実を知り、驚いた。しかし、絶対にもう動じない。その事では必ず振り切ってみせる。どれだけかかっても振り切ってみせる。 やっとまた活き始めたのだから。苦労をかけます。
2006/06/05
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深夜に知らない人からの電話。出ると笑い声。「ハハハハッハ、出てくれるとは思わなかったよ~。」一瞬、何が起こったのか分からなかった。誰かは声で判断できたが、掛けてくるとは思わなかった。なんせ、人を立ち合わせて目の前でアドレスを消去させたのだから。もう連絡は取らない約束だったはずだ。それを問い質すと、「それは一方的に決めたことじゃない。」駄目か。人を立ち合わせても効果無しか。どこまで日本語が通じないんだろう。私は性格を始め、その他全てが合わないから別れる事を告げ続けてもう半年以上が経つ。今度こそ切れたと思ったのに。何か用かと聞くと、「そんな状態じゃ話してもムダだから話さない。」「そっか、だったら切るよ。」「そんなに簡単に忘れられるものなの?」忘れるも何も最初から愛してなかったのを何度言ったら分かるのだろう。私が外道だ、過ちを犯したということを何度確認したら気が済むのだろう。なぜ自分だけ一途に思い続けた可哀そうな人を演じ続けるのだろう。全ては私が悪かった。そうしなければ気が済まないのだろう。「わかんないよ。(すすり泣き)」自分の罪を棚上げして敢えて言わせてもらう。馬鹿だ。真性の馬鹿だ。どうして最初から気づかなかったんだろう。容姿もまったくタイプじゃないのに。たぶん、帰国したばかりだったから感覚が鈍っていたのだろうか。人を罵ることが嫌いだが言わせてもらう。学習機能がついていない。「もう絶対連絡して来るな。もう切るから。おやすみなさい。」強引に切った。 早く次の対象が見つかってくれることを切に祈る。
2006/06/04
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大学同期と会ってきた。ここでは鹿児島の人なので「薩摩隼人(略して隼人)」で呼ぼうと思う。 買い物を終えて夕方頃、一日も終わったとほっとしているとメール題:酒の誘いは突然に 「maroninskyさん、今晩は忙しいのけ?予定ないなら、どうじゃろか?」 というメールが来た。もちろん断る理由も無いので駅前にて飲んだ。久々。地元に来た時以来だから3年ぶりになる。「久しぶり~。」とてもハイなテンションで駆け寄ってきた。「もうビール飲んできました!」だからハイテンションだったのか。いいんじゃない。仕事大変なんだろうな。 頭を固めていたせいか若干薄くなった気が…。でも本人の前では言えない。自分もいつかそうなるかもしれないので。そうだったら受け入れるけど。 久々の薩摩隼人は相変わらずよく飲める奴だった。 話題を最近結婚した同期の事に振った。隼人はその娘(あだ名は猫娘としよう)と以前付き合っていたから。留学から帰ってきたあと彼らは別れた。そして猫娘の方は今の旦那と付き合いだした。隼人はしばらく忘れられず引きずった。その様子を知っているから敢えて尋ねた。彼が一途なのは知っていたから。「知ってるよ。いいんじゃないの。」「男の方が連絡取りやすい。女性は分からんし、気を許せん。」しかし最近、地元に上手くいきそうになっている人がいる事を告白。「やっぱ、薩摩の女子(おなご)じゃなきゃいかんね。だけん、俺は奴にそう言うちょるんよ。こっち来んかっちね。」立ち直ってるみたいだ。よかった。「振り切れるまで4年もかかった。長かった~。一本気な九州男児は辛(つら)かね。」私も九州出身だから最後はその点に帰結する。九州人全員がそうとはいえないが彼は純情で一途だ。新しい恋を始めたのならよかった。「でも猫娘が幸せにならんかったら、俺は許さんよ。」猫娘の幸せを願うということだろう。行き着く所までいけたみたいだ。早く幸せになってくれるといいなぁ。 酔ったときの隼人は無邪気だ。ただ金銭感覚は相変わらずで嫌だった。帰りがけ、カラオケで少しカチンと来て、相手に合わせるのも面倒臭くなってわざと彼の嫌いなロックを熱唱した。歌の趣味だけは曲げられない。 最後まで徹底できなかった自分が不甲斐なくて、少し安心が欲しくて想い人のもとに奔った。甘えているのは解っているが、少しでいいから顔がみたかった。 彼女はひどく心配してくれた。何かあったのかと。ありがとう。なんでもない。ただ素の自分を、良心を確認したかっただけなんだ。ありがとう。 そうして一日が終わった。
2006/06/03
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ブラット・ピット、アンジョリーナ・ジョリー主演『Mr.&Mrs.Smith』を観ました。レンタル屋でなかなか借りられなくてようやく借りた。 内容は殺し屋の二人が素性を知らずに結婚。バレずに五年間暮らしていたが、ある日同じターゲットを狙い、失敗したことからお互いの素性に気づく。 殺そうとし合い、家中の家具をぶち壊しながら最後は和解。しかし所属していた両組織から狙われる。追っ手を全て打ち倒し、夫婦和解しあってめでたし、めでたし。 ブラピ、アンジョの美男美女カップルは見てて目の保養。 しかしそれ以外別に…。特に人がどんどん殺されてるのにスタイリッシュっていうのに違和感。昔はこういうの普通に受け入れていたのに、今はなんだか奇異に映る。これを現実と考えちゃいけないんだよな、あくまでアクションを楽しむためのお話なんだから。でも心底楽しめなかった。 最近、自分の嗜好が変わってきてることに気づいた。
2006/06/02
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