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死者を悼むということ イタリア、ルネサンス期の政治思想家 マキャッベリは著書「ディスコルシ ローマ史論」でこのようなことを仰ってる。「あの繁栄を極めたローマ帝国が滅びた最大の原因は宗教感覚を失ったことにある。落ち目にならないように注意を怠らぬ君主たちでも、また共和国の場合でも、それぞれの宗教儀式をきっちり守り、常にうやうやしく崇め続けていくことは、何にもまして大切なことである。なぜなら国家にとって、敬神の念がおろそかにされるようなこと以上の破滅の前兆はありえないからである」特定の宗教だけを擁護せよとのことではない。もちろん国を戦争に向かわせるために宗教を利用するのでもありません。死者を悼むという宗教感覚を失った人は神仏のみならず、お互い様という人間の数少ない美徳まで自ら手放すことになるというのです。その結果、「他人の事は考えない」「よく話し合ってお互いを知り認め合おう」 などと言う心も起きにくくなるのではないでしょうか。そんなことで物事を穏やかに解決することが出来るでしょうか?まず我々自身が「他」に敬意を払えるそんな自分になることが大事。また、日本が互いに敬意を払うことのない社会になったら秩序はどうやって保てるのでしょうか?国際世論を意識することは大事なこと。しかし国民の意思が分断したとしたら、そんな国を国際世論が容認してくれるでしょうか?すでに海外のメディアの中には「日本は分断するのか」といった論調の記事が出てきています。国際世論に見捨てられては元も子もないではありませんか。その為にも日本の社会を大事にいたしましょう。それは日本中の各々のご家庭を大事にすることと同意語です。「死者を悼むという宗教感覚」はその根っこになり得るそう思います。応援ありがとうございます(^^♪
2022.09.29
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米国の知人は言う「長い間自国のリーダーだった人の国葬にこんなにも反対するなんて、日本人は案外冷たいんだな。日本に対する不安とマイナスのイメージが強くなってきて残念だ。これは米国だけじゃないと思うよ」国葬反対派の人達に問いたい。貴方たちのご先祖を含む全ての日本人の先祖が汗水たらして残してくれたこの日本国です。その方々全員が何一つ心残りなく人生を全うして亡くなっていったと思うのですか?嫌なこと、残念なこと、楽しいこと色んな思いをして懸命に生き抜かれたのじゃないですか?だからこそ国は国民は尊い思いを抱いて全ての人々の先祖を「ご先祖様」と尊敬してきたんじゃないでしょうか。その大切な日本国が海外から不信を持たれ、マイナスなイメージが影を落とそうとしている。今本当に大切な事は何か?それを今一度冷静になって考えて欲しい。自らの意見を押し通すことだけに執着していませんか?確かに安倍元首相はいくつかの疑惑を残された。私も今一つしっくりいかない気持ちもあります。けれど安倍元首相は何一つ日本にとって有益なことをされてなかったのですか?もう少し冷静になってみてください。今、安倍元首相のご家族はかけがえのない大切な家族を暗殺という卑怯で残忍な手段で奪われた。その悲しみがどれほどのものか考えてみたことがありますか?特に野党に多くおられる死刑反対論者の方々、あなた方は命の大切さに深い思いを抱かれておられるのではありませんか。そんな方々ならば安倍元首相の無念さ、ご家族の悲しみに想いを致すことがお出来になるはずだと思うのですが。安倍元首相の生前の行いを追及したいのであれば、国葬が終わってからでも遅くはない。私はそう考える者です。如何でしょうか?賛同されるかたがいらしたら少し心が安らぎます。私のこの考え方に賛同頂ける方のみ応援のほどよろしくお願いいたします。 マトリックスA
2022.09.27
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こんばんは。 ちょっと一筆台風一過、空はふいに高さを増してきて気温の低さと潤いを手放しかけた風に秋を知るウロコ雲は打ち終えた真綿のように浮かびわれを安眠に誘う布団のごとくに見え 嬉しく笑うツクツクボウシの鳴く声は夏の終わりを告げてなお名残を惜しむわたくしを急き立てているのですこころを決めよ、こころを決めよとわれには さに非ずとも わたくしにはそう言うのです応援頂きありがとうございます。
2022.09.22
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今年になっても、子供を虐待死させた親のこと。園児が去年に続きまた一人、むごい亡くなり方をしました。子を持つ者として言葉を失うほどの衝撃です。我が恩師の命日にあたり、私ごときがと恥ずかしくもありますが、師の教えをお届けいたしたく存じます。「子供がかわいそうなだけではない。深く深く慚愧しなければ親の往生も難しい」慚愧とは懺悔と違い、自らの罪を自らのみならず、他にも告げ決して過ちを繰り返さないそう誓ってその通りの余生を送る事です。師は言いました。「いのちの大切さを分かり易く端的に教えてあげよう」と一枚の紙に言葉を認めて下さいました。それにはこう書かれていました。私にも分かり易いようにとの師のお慈悲に打ちのめされた瞬間でした。「い き の あ る う ち」 ↑ ↑ ↑「い の ち」「君も学ぶ姿勢が少し見えてきたようです。いきのあるうちに 懸命に学びなさい」師は温顔を浮かべてそう仰って下さいました。今、思い出して・・・目頭が熱くなってきました。先生、誠にありがとうございました。 合掌応援いただき有難うございます。
2022.09.17
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