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ここ数日、春のポカポカ陽気が続いていたモスクワ。根雪が解けたぬかるみの乾き方も異様に早いし、地面からは日に日に草花の新芽が芽吹いている。この時期の植物の生育速度は、不気味なほど速い。土が見えた→草が生えた→つぼみがついて→花が満開。日本だと3~4ヶ月分の成育経過を早回しで見るような感じだ。さすが半年近く、雪の中でじっと耐えてきただけ生命体だけある。そして、今日。天気予報で、確かに雪マークはでていた。実際に外に出ると相変わらず暖かく陽射しも強いのに。しかし予報どおり雪が降った。それも、ひょうのような硬い粒。しかもものすごく大量。バラエティ番組の罰ゲームで、発泡スチロールの粒が振ってくるような感じだ。アスファルトの上を雪がパチパチはねるのを初めて見た。友達の家でお昼をゴチになった私たち母子は、タクシーのガラスが割れるんじゃないかとヒヤヒヤしながら帰宅した。車の窓越しの陽射しは相変わらず強く、日焼け止めを塗らなかったことを後悔するほど。この抜けるような青空のどこから、どうすればこれだけ大量の雪が降るんだろう、と思いながら。家に帰って、コドモの買い物で近くに出掛けた。マルシェルートと呼ばれる、相乗り制のワゴンタクシーに乗る。「渋谷ハチ公前~代官山」といった規定のルート上ならどこからでも乗降できる。料金は1回10ルーブル(約40円)。頻繁に走っているので、たまたま家のすぐ近くの大通りにルートがある私には、急いでいるなどとても便利だ。買い物を終え、マルシェを待っていると、一度やんだはずの雪が降り始めた。夕方だったせいか、気温は昼と比べ物にならないほど低い。つないだ手がかじかんできた。「次来たマルシェに絶対乗り込もうね」じりじりと増える待ち人を背に、コドモは言った。そして、一台のマルシェルートタクシーが到着。途中乗車が可能なのは、基本的に空席がある時だけ。背後からロシア人恒例の割り込み乗車の気配。「私たちや他の人が先でしょ?」ババアじゃなかった、妙齢のオバサマにご遠慮いただく。割り込みに正々堂々と文句を言うのも、もう慣れた。このタクシー、ホントに乗れるの?と躊躇する私に、「コドモ連れのアナタ、早く乗りなさい」先に入ったコドモを見てか、中の乗客から声がかかる。言われるがままに乗り込むが席はない。タクシーに立ち乗り状態ではないか。こわっ。「あんなとこで待ってたら寒いでしょ。乗らなきゃ」自分のかばんをずらして、私たち母子を立ちやすくしてくれたおばさん。つかまるところを探す私に「私の腕につかまりなさい」隣りで立ち乗りしていた別のオバサンが自分の腕を差し出した。「ほら、ここ座れるわよ」若い女の子たちが3人掛けの席を詰めて、コドモをちょこんと座らせてくれた。凍えそうな寒さも、時には悪くないな。たった10ルーブル、所要時間数分の車内。そんなことを思いながら、家路についた。15人定員のところを5人オーバー。重そうに走るのに、相変わらず運転は荒いところがロシアである。
2004年03月31日
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って、今は亡き淡谷大先生のことじゃないっす。念のためね(誰も間違えないっつーの)。ボリショイの新館に「くるみ割り」を観に行ったときのこと。春休みということもあり、ロビーにいても英語をはじめロシア語以外の言葉が大いに飛び交っていた。客入りもほぼ満席。舞台が始まった。場面が移り背景が変わるたびに、感嘆のため息がもれる。始まって十数分たったころだろうか。絶賛する拍手が入るのはよくあることだが、まったく関係のないところで拍手が入るのに気がついた。初めは、バレエ初心者の観光客の単なる間違い?と好意的に受け止めてたのだけど、その数があまりに頻繁で、舞台に集中できなくなってきたのだ。ゆっくりと大きな音で、パン、パン、パン、パン。まるで嘲笑しているかのような合いの手の入れ方。酔っ払い? でも、酔っ払いなら声が出てもおかしくないのに。耳障りな拍手に怒りを超えて、一種の恐怖を感じ始めた。テロの二文字が脳裏をかすめたのだ。自爆テロを引き起こすテロリストたちが、業務遂行の高揚感とその裏側の恐怖とで、ヤク中のように挙動不審になることがあることは、みんな知っている。舞台どころではない、という目に見えない緊張感が、客席をびっしりと被い始めた。しかも、観客だけでなく、オケや舞台上の団員たちにも伝わったようだった。彼らはプロだからミスをすることはなくても集中力に欠けていくのは雰囲気で分かる。しばらくして、座席案内のおばちゃんがその観客のもとへ向かった。なにやら注意をしたようだが、おばちゃんが退席して数分後、また拍手が入った。舞台上のくるみ割りのシーンと音楽が、世界で指折りの美しいホールで完全に空回りしている。観客は目は舞台に向いていても、気持ちはどっかに飛んでいる状態が続いた。その時、体格のいい警備員がはいってきた。ロビーに引っ張り出すのか、と思いきや、警備員は迷惑客の隣に座った。(よかった、たまたま空席があって)その後、何があったのかはわからない。ただ、それを最後に、あの不気味な拍手が聞こえることはなかった。あの迷惑客は、大の男が説教すればおとなしくなる相手だったのだろうか。警備員が隣で拳銃や警察手帳で脅した?それとも、いつぞやの議会みたいに、プシューっと麻酔だか睡眠薬入りの注射を打ってしまったとか?ひょえーっ……。静かになったのに、えらく恐ろしい妄想が膨らんでしまって、ますます舞台に集中できないじゃん(笑)。幕間でシャンパンをあおり、気分を入れ直して2幕を鑑賞。もちろんよかったよ。岩田さんの中国の踊りも絶賛されてたし。でも、舞台上のダンサー達に何の罪もないんだけど……。「ヒンシュク客めチケット代返せー!」という気分の夜でした。
2004年03月30日
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暖かくなってきたせいか、街角では露天商の姿が増えてきた。昔日本にいたような、平たい板の上に商品を広げるパターン。駅前や歩道、地下道など、平面があれば所狭しと並びます。売ってるものも多種多様。野菜や果物、文房具、海賊版ビデオ(安くてお勧め←笑)、セクシーパンティ…、ピンからキリまで、ありとあらゆる品揃え。どうせつまらないものしかないんだろうなーと思いつつ、ついつい見たくなるのが人の常。私がよく利用するのは、花売りさん。どこから仕入れてきた(摘んできた?)のか、小さなバケツに数種類の切花を並べて座っている。立派な花やブーケはないけど、お隣の庭から分けてもらったような小ぶりで素朴な花が買える。あまり裕福そうには見えないおばあちゃんが丁寧に売っていることが多い。もちろん、高くない。寄付みたいな買い物かもしれない。この間ルイノックに行ったときは、入り口でビニール袋(ブティックでもらうような、しっかりしたタイプ)を売っているおばあちゃんがいた。ロシアでは基本的にマイバッグ方式。入れてもらったとしても日本のスーパー袋には程遠いヤワな袋で、しかも有料だったりする。ルイノックであれこれ買った人は丈夫な袋が欲しくなる。そういう客を見込んでの商売だろう。売っていたのは、清潔な身なりだけど顔が凍傷だらけだったおばあさん。どんな苦労をして、こんな顔になったのだろう。大した手荷物を持っていないのに袋を買うのもいやらしい気がして、そのまま通り過ぎてしまった。もっと気候のいい季節になったら、去年のように「マイ漬物を売るバーブシュカ(おばちゃん)」「自宅周辺の盆栽の小株を売るバーブシュカ」「手作りケーキを売るバーブシュカ」そして「産めよ育てよで増えたネコやウサギを売るバーブシュカ」らが、冬眠から覚めた雌クマのごとく(失礼)いっぱい出てきて、モスクワの街中はにぎやかになるだろう。ちょっと、いや、かなり、楽しみ!
2004年03月29日
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先週の水曜日にのりちゃん宅でいただいた「チーズフォンデュ」。いやー、ホントにおいしかった。で、昨日、フォンデュ鍋一式を衝動買いしてしまった。今日は、来月はじめにあるピアノの公開試験(発表会形式で弾いて、成績つくのだそうです)のために、モスクワでのもう一人の名教師・マサヨ女史が手綱を締めに来てくれる(ウソ)というので、レッスンを夕方にし、そのまま「フォンデュ鍋夕食」に流れる設定にした。彼女のピアノの教え方は、本当に上手だ。当たり前なんだけど、生徒をよく見、聴いている。苦手な箇所を克服する手立てを、あらゆるパターンで展開できる。さらに彼女のすごいところは「今まで以上にピアノを好きにさせてくれること」だ。しかも、いつも平常心でおだやか。教わるほうが言うのも生意気だが、生徒にとって、これはとても重要なことなのだ。中学生の時に替わった新しいピアノの先生は、音大志望の子のレッスンに慣れてはいたが、人柄も紡ぎ出す音もどこか冷たくて、音楽を愛しているようには思えなかった。だから、マサヨちゃんが教えた音大受験生で第一志望校に合格しなかったのがたった一人(第一志望、だよ)というのも納得できる。受験のためのレッスンで、ピアノをもっと好きになったんだろうな、と。で、チーズフォンデュ。3種のチーズを買うのが面倒で、フォンデュ用の出来合いのチーズを利用。でもスーパーで十分買い揃えることも分かった。忘れていたが、もともとロシアは乳製品の充実した国だったのだ。国産・輸入品合わせて、モスクワで買えるチーズの種類はとても多いことに改めて気付いた。ブロッコリー、カリフラワー、パプリカ、じゃがいも、マッシュルーム、ウインナー、海老などを下茹で。フランスパンを一口サイズに切る。あとは、前もって作っておけるメニューをいくつか用意して、おしまい。下ごしらえはひたすら切って茹でるだけ。お招きする側も、けっこうラクではないか。しかも、家庭用フォンデュ鍋だとある程度の定員もある(笑)。これはいい。私も十分食べて飲んで話せるではないの。野菜中心だし、と油断してダラダラ食べていたら、けっこうおなかいっぱい。締めは彼女が持ってきてくれた「はちみつケーキ」と冷たい麦茶。「はちみつケーキ」はロシア人にはとてもメジャーなケーキらしい。名前と裏腹に、意外と甘みは控えめ。日本人好みの味だ。コドモの友達のロシア人ママもとても上手だった。今度レシピを教えてもらおうっと。次回の改善点。少々面倒だが、次回は自力でフォンデュ用チーズを用意しよう。今日買ったキットでは白ワインがきつく、チーズや食材の味がカンペキに負けていた。(途中からエダムチーズだけ足してみたにもかかわらず)酒蒸しした鶏ささみも用意してみよう。さらに、いいアンチョビが手に入ったら、今度はオイルフォンデュに挑戦。神楽坂のイタ飯屋で食べたオイルフォンデュの美味しさが忘れられないの。その他、フォンデュ鍋の美味しい使い方をご存知のかたがいたら、ぜひぜひ教えてくださいー♪
2004年03月28日
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春休みにパワーを持て余しているコドモが生まれて始めて取り組んだジグシーパズル。幼児期の「知育おもちゃ」系以来かも。うっかり無謀にも500ピースの大作を買ってしまったのだが。あっけなく、コドモは一人で作り終えてしまった。以来、ロード・オブ・ザ・リングの登場人物たちが、コドモ部屋の床いっぱいに広がっている。タテ100センチ、横60センチぐらいだったか。日本の家だと、飾れる壁が限られてくるような大きさである。完成して数日は、掃除の際に玄関ロビーの床に移動したのをいいことに、お客さんの目に付く位置に置き、なにげにご披露している。私のロシア語の先生は「すばらしいわ…」とえらく感心し、コドモの英語の先生は「想像力が豊かな子は頭の中で絵が出来上がってるのよね」と教育専攻らしい分析。お手伝いさんは「マラディエーツ(なんていい子!)」とコドモが折れんばかりに抱きしめていた。得意気だったコドモも、皆がひとしきり感心してくれたあとは必ず「どれぐらいかかったの?」「全部一人でやったの?」「どうやると早く組みあがるの?」「これは何の絵?誰?」(「ロード…」を知らないお年寄り世代)等々、質問攻めにあうことに閉口し、そろそろしまいたくなったようだ。「額縁に入れて、自分の部屋に飾りたいんだけど」ほら、よく新宿の東急ハンズで売ってるようなフツーの額でいいんだ。って、そういう買い物がここでは一番難しいんだってば。先週IKEA(イケア)に行ってジャストサイズがなく、ジグソーパズルを扱う大きなおもちゃ屋に行ってもない。今日は家庭用品店で絵画用の額を見たが、使いたいようなものはなし。写真屋で扱う額は、あくまで写真仕様の厚さでパズルには不向き。「そういうのって、どこで売ってるでしょう?」お店の人にそう聞いて教えてもらったのは、なんと自宅から近い場所。画家や画家のタマゴたちが自作品を展示販売する「美術品ヤルマルカ(展示場、でも市場に限りなく近い)」だった。小さなスペースの壁位一面に貼り付けられた(額の一部にマジックテープをつけている)額縁見本。額1メーターあたりの値段+制作費でオーダーに応じるという。たいていはお客さんが手持ちの絵や写真を持ち込んで、それに合わせて選んでくれるようだ。しかも、台紙も色や紙質を選んでくれたり、カッティングを変えたりと、凝った加工もオッケーらしい。しかも、彼のセンスがいい。クロス刺繍やビーズ刺繍をした布を持ち込んだら、すごーくステキな額ができる…。思わず本来の目的を忘れそうになる私。数え切れないほどの額から気に入ったものを選び、サイズを申告。明日明後日には出来上がるという。すごい。しかも安い。出来上がりが楽しみー。
2004年03月27日
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今日は前から約束していた「チーズフォンデュ」の日。夫の会社も、業種も、コドモたちの年齢も違う3人。でも、一緒にいて疲れない。いわゆる自然体でオッケー、ってやつですね。狭い狭い邦人社会、こういう友達はとても貴重だと思う。行きがてら、お役目の「フランスパン調達」に、メトロの駅近くにある大きなショッピングセンターに。チェーン店のスーパーマーケット内にあるパン屋(店舗内で焼いている)が、とてもおいしいのだ。しかも激安。いわゆる「ロシア価格」なのだ。一番好きな、炒めタマネギを生地に織り込んで焼いたフランスパンは朝11時台で売り切れ。30センチはある細身のラグビーボールのような大きさで何と9рубちょっと(約40円)。デパ地下でたいして美味しくもないブランドパンを高いお金出して買うのが、ホントにバカらしくなる。それにしても、チーズフォンデュなんて何年ぶりだろう。OL時代に、大手町ビル地下街で職場の先輩たちと食べたのが最後?となると、まさに十数年ぶりかも。隣りに、今や少年の域に達する我が子がいるんだもん。私も年を取ったわけだ。子育て真っ只中の女子3人がそれぞれしみじみしながらフォンデュ鍋をつつく。コドモたちも、それにならう。一人の膝の上には、1歳前のチビちゃんもいる。おやつ時間を過ぎた頃からは、幼稚園から戻ってきた子も合流。上は9歳から下はゼロちゃんまで年も性別もバラバラな4人が、違和感なくフツーに遊んでいる。お世話好きの自覚が全くないのに小さい子と一緒に遊べるのは、うちのコドモの数少ない特技である。持って生まれた性格もあるが、私は6年間の保育園生活の賜物だと思っている。みんなで集まれば、一人一人が違っててアタリマエ。大きい子には大きい子にしかできないことがあって、小さい子にも小さい子なりにしたいこととできることがある。自分だって大きい人たちに助けてもらうときがいっぱいあるんだから、小さい子のお世話をするのは決してソンでも大変なことでもない。それぞれのできることをして助け合うから、みんなが楽しくなるわけで。いい塩梅での持ちつ持たれつの関係。大人になっても、そこんとこ分かってない人がたま~にいます。へんに頑張ったり、気を使いすぎたりしなくていい付き合いのできる空間。人間的に信頼できて、一緒にいて気持ちがラク~になれる人たち。こういう時間がたまーにあって、張り詰めた空気をすっと抜くだけで、子育て、海外生活等々のストレスはかなり軽くなる気がする。え、私のどこがストレス感じてるいるのかって?ふふふ、いろいろあるんですよん、それなりに。げらげらげら(←まついなつきさん風に流してみた)夕方から夫たちも合流することに。もともと、夫たちが留学時代に一緒→たまたま同時期にモスクワ在住で家族ぐるみの付き合いになった私たち。なので、夫たちのノリも仕事絡みではない、フツーの飲み会。そして、必ずといっていいほど、たまたまの出張者である当時の留学仲間が加わるのが宴会のお約束。今回も、日本から来ていた出張者が一緒。彼と飲むのは2度目。モスクワに住んでるのかと思う……。いつもながら、彼の話は大変おもしろかったです。延々半日近くご一緒して、解散。帰りのタクシーの中までおもしろかった。まさに「げらげらげら」な夜でした。
2004年03月26日
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遅い昼食をコドモと二人で外で食べた。行ったのは、自宅近くのこじゃれたカフェ。店内は広く、エリアによっては夜はDJバーになるらしい。お昼は常に3種類のロシアン・ランチと2種類の和食弁当ランチが選べる。ロシアン・ランチならサラダ・パン・スープ・メインディッシュ・デザート・ドリンク、のコース。いわゆるロシアの家庭料理風メニュー。日本でポピュラーなボルシチやビースストロガノフは出てこない。メインはいまいちだが、サラダとスープはおいしい。ドリンクの選択肢には、当然ウォッカも入ってる。実際、ウォッカを頼んでいるロシア人多いです。まっ昼間だっつーのに、すごいなー。デザートはモスクワにしては珍しく、当たりはずれが少ない。見ての通りボリュームはあるし、かなりお値打ちだと思う。一方、和食弁当は幕の内風のたいそう立派な器で登場。刺身、鶏(またはサーモン)照り焼き、サラダにかっぱ巻き寿司。弁当の前に出る味噌汁が、陶器に入れられレンゲで飲むのがご愛嬌。しかも、スープと同格なのか、味噌汁を飲み終えない限り弁当箱は出てこない。「弁当ランチ」、メニューに堂々とロシア語で書かれてるこのメニュー。今やモスクワの街中で立派に通用するんだなあ、「弁当」という言葉は。コドモは、照り焼き好きのコドモ心をつかむ弁当ランチを迷わず注文。私はいつものようにロシアンランチ3種類からセレクト。3種類とも、サラダからデザートまですべて違う組み合わせなので、メニューを見るだけでも楽しめる。二人でメニューに目を通していたその時だった。それなりにロシア語を読めるようになっているコドモが遠慮がちに尋ねた。「お母さん、『乳首のスープ』って、どんなの?」乳首のスープって、ねえ、ナンなのってば、おかあさーん。コドモはしつこく繰り返す。日本だったら、周囲からものすごくキツい視線を浴びていたかも。乳首・チクビ、発音的にはチィクビのほうが近いのだけど、何のことない、これはカボチャのこと。(単数形:ティクバ、複数形:ティクビ)カボチャといっても、日本のほっくりした栗カボチャとは全然違って、ふかしたり煮たりすると異常にまずくなる、ただのカボチャもどき。しかも、クセのないウリのような野菜もティクビと呼ばれている。なので、同じティクビのスープでも、店によってはウリ(キュウリ)スープっぽかったり、浮き身のようにカボチャもどきが刻まれてたりするのだ。お母さん、ティクビのスープは遠慮したいわ、と、他のランチセットを選択。ウハー(魚のスープ)と、鶏ささ身とパイナップル+じゃがいものサラダ(これは美味だった。真似しよっと)に、テリャーリナ(仔牛)のステーキがメインのセット。昨今の物価高騰に対処したのか、デザートがセットからはずされてた。美味しかったのになー。しくしく。その分、ボリュームアップを図っていたのか。今日はいつも以上にヤマトナデシコには余りある量だった。ロシアンランチは、私のボギャブラリーでは相変わらず読んでもワケ分からないメニューもあるが、イチカバチカの勝負と思えば、それはそれで面白い。はずれてもアタリマエ。まさにロシアンルーレット、だ。
2004年03月25日
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3月に入ってからの怒涛のような日々に、ようやく一段落つきそうです。その間に雪はすっかり溶け、見た目ちょっと前の東京の季節感と変わらない感じです。花壇の球根から次々芽が出てたり、すっかり春。気持ち的にも、春。というわけで、今日はバレエを観に行ったさ。お子ちゃま・学生向けにマチネの本数が増える春休み期間。「死んでもボリショイ!」でなければ、いいバレエを破格値で観る機会がぐっと増えます。クレムリン大宮殿ホールでの「ロミオとジュリエット」。「アホートヌィ・リャト」という数年前に無差別テロで爆破されたショッピングモールを通り、雪のないマネージ広場を数ヶ月ぶりに歩き、大統領選挙翌朝の不審火で燃え朽ちた建物を横目に見ながら会場に向かった。(アブナい場所ハシゴしてどうする、という感じですね)ここのホールはとにかくキャパが大きい。何千人単位で入っていると思う。そのホールが今日はほぼ満席。グループ交際みたいな10代の子も多くて、不思議な雰囲気だった。「ロメジュリ」はバレエ以上に音楽が好き。ただでさえ難度が高いプロコフィエフの曲はオケピの楽団にとっては難曲のひとつだと思うけど、私にとってはまさに「一粒で二度おいしい」演目。不協和音、変則拍……、フツーのクラシック音楽に耳が慣れた人には「んんん?」だろうが、それにハマると危なげな感じがいい。美しいのだ。今日のジュリエッタはキレイだったな。しなやかで柔らかいのに、細い体の線。芸術品のようだった。ホールに行ってのコドモの楽しみといえば、幕間のビュッフェ。ここは一番上(多分5階!)にあるのだが、その広さは尋常ではない。「ここは幕張メッセ?」と思いたくなるほど、たくさんの椅子とテーブル、売店が設置されている。休憩に入った途端、数千人の観客がビュッフェ目掛けて走り出す。けっこうコワい光景です。コドモのお目当ては「ジュリアン」と呼ばれる、マカロニのないミニグラタンのようなメニュー。店や値段によって、具が鶏肉だったり、カニだったりする。私は、シャンパン(昼間から酒飲むなよ!)と、薄く切ったフランスパンに数枚のサラミを乗せたロシア風サンドイッチ。(カタカナで書くと「ブッテルブロッド ス カルバッソイ」になるのかな)でも、オーチャードホールとかのビュッフェでシャンパンとサンドイッチ(箱入りのみ)を注文したら、夏目漱石さんが確実に二人は吹っ飛びそうですね。ちなみに、ここだと400円ちょいです。シャンパンは比較的高いアルコールだけど、1杯3~400円のゼイタクならカワイイものじゃないかと。今日のチケット代が一人400円。シャンパン+ブロッドと合わせても7~800円いきません。帰りに、ボリショイのチケットを購入。今までは街中のチケットボックスで扱っているもので気に入ったのがあれば購入、という感じだったのだが、今回は初めて劇場の窓口で買った。演目、値段、席番確認などなど、正規窓口が欲しい席を買える確率が高い。ロシア語が話せるようになってヨカッターと思う私だった。購入したのは月末の「くるみ割り人形」。「くるみ…」は年を取っても、何回観ても飽きない。岩田さんの「中国の踊り」、楽しみだなー。
2004年03月22日
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モスクワ市街地に雪を見なくなって数日。冬はほとんどの店が屋内に入っていたルイノックも、今日は(ショバ代の安い)屋外で所狭しと開店していた。野菜も果物も、毎週来るたびに種類が豊富になっていく。春なんだなあ、すっかり。今日は摘みたてのイチゴがあった。1キロ150руб(600円弱)。1キロったって、イチゴだとスーパーのビニール袋に満杯になる。半分の500gでも家族三人では多過ぎるぐらい。適当な量を自分で選ばせてもらい、購入。日本で買うイチゴのパック2個分ぐらいの量で、280円なり。「おおっ、安い!」と思った私。でも、ロシア人のおばあちゃん達は違った。おいしそうなイチゴに引きつけられても値段を聞いて購入せずに帰っていた人がたくさんいた。日本の、改良を重ねた青くささがなく糖度の高い粒よりは野性的な味。ショートケーキに使うにはイマイチかもしれないけど、摘みたてのイチゴの雰囲気を十分味わえた。ハーブや香菜、葉物野菜を多く扱う、いつも立ち寄るお店がある。店主のおばさんとはすっかり顔見知り。「今日はご主人とコドモはどうしたの?病気?」買い物というとイヤーな顔をする男性陣を置いて、さっさと車を予約して来た私。ったく、私だって好きで買い出しに来るワケじゃないのにさ。そのへんの事情をうまく話せそうにないので、とりあえず病気ということにした。そしたら、おばさんは「元気になるように」と丸々としたニンニクをおまけしてくれた。おばさん、ウソついてごめん。ニンニクは、近頃お疲れ気味の私がありがたくいただきます。新鮮そうなスビョークラ(日本名:ビーツ)を買ったので、久々にボルシチでも作ろうかな。でも、サラダに使ってもおいしいんだわ、これが。彩りもいいし、赤キャベツやブドウ同様、おもてなし料理のサラダに使うと華になる。家に帰って冷凍用の下ごしらえをし終えたら疲れてしまい、ソファで惰眠。本当は夜からチャイコフスキーホールでのオルガンリサイタルに行くつもりだったが、やめる。疲れているときの夜の外出は、ちょっとこわい。家で笑点見ながら、夕食を食べた。木久蔵大丈夫だろうか、とか思いながら。
2004年03月21日
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日本より一足早い春休みだろうか。今日が3学期の終業式。同時に今年度で帰任する先生方の離任式。たまたま保護者会関係の所用があり、私は学校に行った。いつもと変わらない雰囲気。ただひとつ違っていたのは、新しく着任された教頭先生がいらしていたこと。職員室の隅に腰かけ、先生と生徒のやりとりをニコニコしながら見つめていた。講堂からは、校歌合唱が聞こえてくる。生徒数があんなに少ないのに、大きくのびやかな声。どんなに著名な歌手の歌声よりも、心に響く。離任式を終えて数日後には、任期を終える先生方は家族全員で帰国するという。お子さん達も、同じ学校に同じ期間生徒として通っていた。小さな学校ゆえ、お母さん達と学校とのかかわりも深い。私たち以上に、ご家族それぞれにとって思い出深い学校になるんだろうな。所用を終え、下校バスに私も一緒に乗車して帰る。下校バスの見送りは、毎日職員全員で行うのが決まりである。バスへの乗り込み時はもちろん、窓から見える生徒達の顔を何度も確認する先生方。明日も元気に登校できますように。事故や事件に巻き込まれることなく、無事全員が自宅へ着きますように……。そんな先生方の声が、いつも聞こえてきそうだ。でも今日は違う。先生方に見送られながら、私たちも数人の先生を見送る。「ばいばーい」「先生さようならー」背伸びしながら、窓の外を覗き込む低学年の子ども達。「先生も元気でねー」「日本でまた会おうねー」大きな声で叫びながら手を振る中学生。もちろん、子ども達の中にも、今日が最後の下校バスになる子がたくさんいる。ただただ無言でうなづく先生。涙をポロポロこぼしながら、それでも目をこらして見送ってくれる先生、歯を食いしばって、男泣きをこらえる先生。本当にありがとうございました。春は、別れの季節。私たち家族は、モスクワのどんな季節を最後に見て、日本へ戻るのだろう。
2004年03月18日
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今日は放課後、コドモの同学年の男の子5人が遊びに来た。お母さん3人+妹弟もひとりづつ。小学生のいる家でよくある「お遊び会」だ。年度末で帰国する友達が二人。もともとの人数が少ないので、二人の転出は大きい。大きすぎ。転出入の多いのは、在外校の運命。頭では分かっていても、何度繰り返しても寂しいものだ。「お遊び会」とは、何も特別な行事ではない。学校から帰ってくるとランドセルを放り投げてどっかに遊びに行くという、日本ならごくフツーの放課後生活がモスクワでは体験できない。放課後自由に外遊びができるスペース(もちろん敷地内)があるのは、日本人が多く住むドーム群に住む人たちぐらいだ。児童館とかもないから、屋内で遊ぶなら誰かの家。いい意味で遊び慣れているので、同じ屋根の下に親(大人)がいても、実にのびのび遊んでいる。通学バスの中ですっかりハイテンションになっているであろう6人の小学生男子。元気いっぱい、ワラワラと降りてくるはず。カルガモの親子のように一人で連れ帰るのは大変だろうと、早めに来てくれたお母さんと一緒に、三人でバス停へと急ぐ。この「急いだ」のがいけなかったのかもしれない。また、警察の尋問にひっかかってしまったのだ。東洋人3人、たいした荷物も持たず、集団で小走り。(こう書くと、確かに十分怪しげではある)体格のいい警察官3人が行く手を阻んだ。「そこの三人、パスポートと住民カードを見せなさい」バスの到着時間が気になりながら、言われるがままにパスポートと身分証明カードを探す私たち。通りすがりの人たちの「あの人たち、ナンなのかしら」という視線。運の悪いことに、私は今ヴィザ書き換えの手続き中。関係機関にパスポートを提出していて手元にはないのだ。そんな混み入った事情をロシア語で説明する自信はない。「おまえら外国人か?どこから来た?中国人か?」外国人か、って、そんなの見ればわかるべさ。しかも、お得意の「中国人か?」ときた。どういう理由かは分からないが、どうもロシア人は中国人を好きではないらしい。案の定、日本人だと答えて一人がパスポートを差し出すと、「なーんだ、日本人ならいいや」と言わんばかりに、私たちは即解放された。でも、週末にルイノックに行った時に分かった。「おまえら外国人か?」と警察官が尋ねたワケが。一連のテロで指名手配されている犯人たちのうち、女性テロリストのモンタージュ写真が公開されたのだ。予測どおり、カフカス系民族と言われる顔かたちの数人の女性達。イメージとしては、イスラム系と中央アジア系の入り混じった、黒髪の人たち。肌の色、顔かたちなど、実に日本人によく似ているのだ……!しかも、日本人女性の多くは、黒やグレー、茶色など、暗い色のコート類を着る傾向がある。それがまた、疑わしさに輪をかけているらしい。ロシア人みたいに、自己主張の異常に強い色やデザインの服、着ないしね。ま、こうやって尋問してくれるのを、逆に感謝すべきなのかも。大型店舗や劇場、公共施設では、本当にセキュリティチェックが厳しくなっている。イラクの無法地帯を思えば、多少の窮屈さに文句を言ってる場合じゃない。日本はどうだろう。自衛隊派遣した時は大騒ぎしたけど、それだけで終わってはいないだろうか。
2004年03月17日
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久々に日記更新です。更新できなくとも訪問してくださる皆さんに、心から感謝。m( )m ←アタマ下げすぎて目がありません。ここ1~2週間は、時間が飛ぶように過ぎていきそう。一保護者としての私。うちのコドモの保護者としての私。仕事人としての私。ここに住む一日本人としての私。ピアノの生徒としての私。ロシア語の生徒としての私。夫のツマ(刺身じゃなく、妻のほうね)としての私。ロコツな表現でナンですが、まさにケツにチャッカしています。忙しくて無駄なエネルギー使いたくない時に限って、小さなトラブルも起こる。近頃私の周囲でも多発している、タクシー絡みのトラブル。今日もブッキングミスに加えて会社本位に勝手に予定を変更させられ、友人宅のドーム前で運転手と言い争う始末。また今日も? いい加減うんざりである。ダブルブッキングやブッキングミス、ドタキャンが続きすぎ。聞けば、他の人たちはその他にも不当な値上げ(運転手が勝手に料金を釣り上げる)などの経験があるらしい。さまざまな治安上の問題もあって、タクシー需要が増えているのはわかる。会社が儲けモードになりたくなるのも分かなくはない。でも、とりあえず運転手の質は悪くても車の台数を揃えようでは困る。さらに、モスクワ市内の渋滞事情を熟知しながら、ビッチビチの分刻みで運転手にアポを入れてくのもいかがなものか。今日の運転手さんも、私の後車予定時間と後車予定場所を聞いていなかったらしく(もちろん私は予約の段階で先方に伝えている)、「ここから15分で次の目的地へ行けるだろうか……」と困っていた。正直言って、タクシーの運転手とケンカするのはこわいのです。一対一だし、密室だし、ほとんどが男だし。日本と違って、タクシー会社に所属してて本業は別にある人も多いみたいだし。(そのせいかプロ意識に欠けている人もいる)相手が日本人(外国人)だと思うと、ロシア語でまくしたてれば引っ込む(金を払う)と思っているような人もいる。なので、私は納得がいくまで説明してもらう。こりゃあラチがあかないと思ったら「会社に電話して尋ねる」とその場でケータイでかけるようにしている。運転手ではなく会社が悪いのならそれはそれで解決させたいし。「会社に電話」の一言は、運転手も怖いのだ。姑息なことをしてるのがバレて会社に首切られたらオシマイだもんね。でも、本当にすごかったのは、モメたその後。友人宅について、ひとしきり事の顛末を話していると、そこへ「○○さん(私)が来ていないか」と電話が。もちろん、例のタクシー会社。しかも、本来私が予約した時間に、一台車を回すという。さっきはその時間帯に車が一台もないといったのにー。しかも、誠実で大変評判のいい運転手が来てくれるという。戸数の多い巨大ドーム、しかも私は誰の家を訪れるかまでは伝えていない。思わず、友人宅に盗聴器でもついてるのかと思いました。笑えないけどね、ロシアで盗聴器に関しては。ははは……。
2004年03月15日
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日本が「ホワイトデー」としてアイを確認し合うであろうこの日、ロシアでは今後の情勢(っつーか治安というか)を左右する出来事が起きてました。それは「ロシア大統領選挙」。99.9%「プーチン続投」を誰もが疑わないという、戦う前から勝負が見えたものではあるが。でも、プーチンの政策を良しと思わない国民、とくに旧ソ連の国々の人々もいるわけで、何らかのアクシデントやテロを警戒する声も高かった。「選挙当日は大型スーパーでの買い物や市内中心部へは行かないほうが無難」これは友人たちと共通した意見だった。我が家も一日中家にこもってましょう、と決めていたのだが、どうしてもシャバの空気が吸いたい(笑)というコドモの強い要望もあり、とりあえず軽く散歩程度ならと、近くの店に遅い朝食を食べに出掛けた。街中のあらゆるところに警官の姿。政府関連機関の近くには、軍隊までいる。幸か不幸か、建物自体だけはやたらでかい我が家のあるドームは、建物に入っている国立施設が投票所に指定されていた。ロシアのこと、どんなにか味気ない投票所に違いない。しかし、そう思っていた私が甘かった。「この文化祭のようなお祭り騒ぎはナニ?」投票所の周辺には、ロシア国旗の三色をあしらった露天が何軒も臨時開店。同じくロシア国旗三色の風船で作ったバルーンアートたち。しかめっ面の警備員に似つかわしくない、流行のポップス。おいおい、これが大統領選の投票所なの?なんだか、気が抜ける感じなのだ。選挙権はない私達も、思わず足を向けてしまう。露天で売られていたもの。1)チョコを中心としたお菓子。 それも贈り物系。ここで買って、一体誰に贈るんだ?2)ロシアの土産物屋。 投票しにきたロシア人にマトリョーシカ柄のエプロンは即買アイテムなんだろうか。3)子どもの絵本。 投票所に連れられてきたお子ちゃま狙い?かわいいので、思わず私も手にとる(乗せられる消費者)。4)スリッパ、タオルなどの家庭用品。 しかも割高で意味不明。5)お花屋さん。 ロシアでは花束は本当に身近なアイテム。でもなぜ投票所に…。6)大人向け衣類。 ロシアは道端で洋服屋が店を広げるパターンが多い。ものすごーく挑発的な下着もフツーに並んでる。驚いたのは、それらで買い物している人たちが実際にいるということ。家族で、夫婦で、のーんびり品定め。投票所といえば近所の中学校、しか経験していない私達には、なんだか不思議な光景だった。でも、そんなのどかな空気を遠くから見守っているのは、厳しい目つきの軍隊と警察なのだが。車の量も極端に少なく、空気がとてもきれい。まさに散歩日和じゃないか(笑)、とてくてく。コドモは歩道に張り巡らされた氷をバリバリ割りながら歩く。春を思わせるここ数日の暖かさで根雪が溶け、水溜りができては朝方に凍結して、の繰り返しなのだ。都会育ちだったコドモが、天然雪遊びの達人になっていく姿は感慨無量である。「ロシアなんて行きたくない」「ロシア語なんて分かる訳けない」とあれだけ泣いてたのにね。そんなわけでほのぼのとした日曜日になって、ホッ。夜は選挙開票状況を伝えるローカルニュースを観る。CGを駆使するなど、日本のそれよりずっとエンターティメント色が強いのも意外だった。広い国ゆえ、開票結果の出る時間に数時間も時差がある。日本へ向かう飛行機の眼下に広がる、針葉樹海と河川と道しか見えないシベリア地域。やはり投票所に行くのも遠かろう寒かろうなんだろうかなどと思いを馳せながら、4年に1度のキンチョーの一日は幕を閉じるのであった。
2004年03月14日
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今日はコドモの通う日本人学校の卒業式。小中学校合同なので、小学6年生・中学3年生を送り出す。卒業生の父兄は、両親はもちろん、日本人学校に通わない兄弟姉妹も足を運ぶ。小さな学校に、いろんな気持ちの入り混じった空気が流れている。父親達の駐在期間が平均3年間。この学校に通っていても卒業証書を受け取る子どもはごくわずか。たまたまこの時期に在学した子ども達が卒業生になるのだが、心の中では今年1年間で転校していった何人もの同級生たちと一緒に卒業しているのだろう。小学部の子ども達が「世界にひとつだけの花」を合唱している。堂々と、のびのびと。SMAPよりずっといいぞ。でも「中学生の歌のほうが超カッコいい」とか何とか言って、コドモは中学部の歌う「さくら」(ナオタロ-のね)を真似してよく歌ってたっけ。コドモは日本にいた頃、どういうきっかけかは教えてくれないが「自分は歌がヘタ」と思い込み、人前で歌うことを頑なに拒否していた。多分、声域(少し声が低い)上、小学1~2年生の男女一緒の合唱音域がキツかったのだろう。「ママも絶対にオンチ、って言うもん。絶対に歌わないからね」そうか、誰かにオンチだって言われたんだ。歌の練習が宿題に出ると、私の前でも歌うのを嫌がった。友達とカラオケに行っても、絶対にマイクの近くには行かない。でも、モスクワに来て、堂々と歌えるようになった。ロシア語で習った「チェブラーシカ」の歌も、「ハモりがカッコイイ」と自画自賛な二部合唱も、何度も何度も、本当によく聴かされた。特別上手いわけでもないが、オンチでもない。その程度のことだったのに、コドモは一生「オンチ」の烙印を自分で押し続けるところだった。そんなことを思い出しながら、子ども達の歌声を聴いていた。中学生は3学年あわせても十数人しかいない。でも、こんなに美しくて力強い2部合唱ができるんだ。ナオタローのファルセットの「さくら」は聴きすぎて食傷気味だったが、ストレートに歌うと、こんなにいい曲なんだな、と。私たちの時代は「贈る言葉」とか思い切りベタな歌だったな。でも当時は卒業式で歌謡曲を歌うこと自体、画期的だったんだけど。「こんなきれいな合唱聴かせないでよー」涙腺がゆるんじゃうー、と言いながら、同じく所用で来ていた在校生のお母さんと裏方作業にいそしんだ。多分、うちのコドモが卒業証書を受け取るまでモスクワに駐在することはないだろう。うちのコドモだけではない。今いるクラスメートたちも、おそらく全員が卒業を待たずに帰国または次の赴任地に行くはずだ。卒業生と同じく、今年度で帰任される美術担当の先生が描いてくださった、卒業生ひとりひとりの顔のデッサン画が式場に飾られていた。すましていたり、くしゃくしゃになって笑っていたり、その子どもらしい表情を的確にとらえた絵が並んでいた。生徒ひとりひとりとしっかり向き合っていないと見逃しそうないい顔。こんな学校を卒業できる生徒は、シアワセだなーと思った。
2004年03月13日
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コドモたちは通学バスで帰って来る。ロケバスのような小型バスが方面別に運行され、我が家が利用している便に乗るのは10人前後。中学2年生から小学1年生まで男女混合。メンツのキャラなのか、終始のんびりほんわかした雰囲気。世界中の日本人学校ではどの国や地域でも親(大人)の送迎が不可欠だそうだ。場所によっては満席の大型観光バスが十数台の大規模校だったり、送迎車で周囲が渋滞したりするらしい。車の通らない遊歩道をてくてく歩くだけ、の日本での通学路に慣れていたので最初は窮屈そうに思ったりもしたが、今では通学バス車内も大切な交流空間になっているようだ。上級生が本当によく面倒を見てくれるし、小さい子たちはそんな上級生が大好き。狭い狭い日本人社会だが、子ども達の世界は狭いからこそ縦横に広がった健全な人間関係を築いている。今日は同じバス停を利用する子ども達が我が家になだれ込む。全部で4人。男女混合、学年もバラバラ。「おじゃましまーす」と玄関でスノーシューズを脱ぎ、スキーウエア上下を脱ぎ。タマネギの皮をむくように身軽になった子ども達は、最終的にはTシャツ1枚になる。冷たい麦茶とおやつを口にしながら、ボードゲームをしたりマンガの話で盛り上がったり。日本語の活字に飢えているのは子ども達も同じ。たまたま新しいマンガ本が日本から届いていたりすると、子犬のように皆で顔を寄せ合って読んでいる。皆目をキラキラさせていて、すっごくかわいい。自分が読んだことのない本やマンガ本の貸し借りも、わざわざ日本から送ってもらった(持ってきた)ものだと分かっているので、とても大事に扱う。自分で読んで面白かったものや相手の好きなものは、すすんで友達に貸し合っている。大人のように「シェアする」なんて大仰な言い方をしなくても、子ども達は本来、楽しさを分け合う気持ちを自然に持ち合わせているのだ。1学年1クラスの小さな学校。分からないことは上級生に教えてもらう。自分より小さい子を優先し、自分にできる範囲で手助けする。わざわざ大人が言い聞かせなくても、子ども達は協力しあわないと何もできないことを日々の学校生活で痛感している。同じ学年・性別の子だけでもなく、ましては好きな子とだけでもなく。これってまさに、今の大人に欠けている、大切な社会勉強なんじゃないかなー。この子たちが大人になった時、誰かの部屋で皆で盛り上がった放課後は、モスクワの雪景色とともに子ども時代の大切な思い出になるのだろう。年度末になって、友達が一人また一人と帰任する時期となり、ちょっとセンチメンタル入ってる私でした。
2004年03月09日
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3月8日は「国際婦人デー」。ロシアでは祝日。街中全体で雰囲気盛り上がってます。お店はクリスマス時期のように甘い雰囲気でデコレーションしてるし、あちらこちらで花束を売る人(花屋さんだけでなく)たちがいる。ドームの守衛おやぢーズの皆さん、エレベーターで乗り合わせた男性等々、会う人会う人口々に「おめでとう」と言ってくれる。でも、結局肝心の身内からは何にもないんだよね。言葉も、モノも。ま、いいんですけど。× × ×昼間はとても天気がよかったので、コドモを連れてゴーリキー公園へスケートへ出掛ける。この公園は、東京で言えば代々木公園+明治神宮の敷地内に「浅草花やしき」がある、という感じか。モスクワ川沿いで、広々としていてとてもきれい。市民の憩いの場である。冬は公園全体がスケートリンクになる。ロシア人の多くはマイスケート靴を持っているのだが、なくても貸し靴(1時間50ルーブル)がある。2年前に神宮スケートリンクで滑って以来。このところ運動不足だったし、けっこういい運動になるかも…!…と思っていた私が甘かった。すっかり滑れなくなっていたのだ。ちょっと滑っただけで、足が痛くなってしまう。足に気をとられると、足元がふらつき不安定になる。周りは、軽やかにスイスイ滑るロシア人ばっかり。しかも、神宮みたいに端っこに逃げても手すりないし。ちょっと滑っては屋外カフェのベンチで休み、また滑っては休み。そんな私とは裏腹に学校の授業や休み時間にスケートやホッケーを経験しているコドモは、ものすごく上達している。動きが自由自在。バック滑りや回転までしている(驚)先週コドモに付き合った夫が感嘆していたのもうなづける。競争をしたい、と無謀な事を言うコドモに「つまんなーい」を連発されるが、ここで無理して骨折でもしたら困るので、手つなぎ滑りでカンベンしてもらう。それにしても、ロシア人は本当にスケートがうまい。老若男女問わず、みんなマイシューズ持参でスイスイである。年配の夫婦が二人並んで滑っていたり、3歳ぐらいの小さい子が前方の親に向かってツツーっと滑ったり。幼稚園児ぐらいの男の子にホッケーを教えているお父さんも何人もいた。もちろん、ホッケーの上手なマリチク(少年)たちも(←目の保養)。いやー、とてもいい光景だ。と同時に、休んでばかりいたおかげで、いろいろと驚く光景を目にすることができた。その1★おなかの大きい妊婦さんがスケートをしている。 (3人目らしく、チビちゃんを二人連れていた家族スケート。それも薄着で)その2★ベビーカーを押しながら滑る。 (しかもこのパパ、坂道も滑り降りてた。ちなみにA型ベビーカーね)その3★バラの花を両手いっぱいに持ちながら滑る。 (彼氏からの婦人デーのプレゼントで幸せイッパイなのは分かるけどさ)こんな感じで「何でもありーの」なスケートリンク@ゴーリキー公園。めちゃくちゃ疲れたので甘いものが食べたくなり、公園入り口脇にあるカフェに入る。紅茶のほかに、コドモはリンゴが丸まま入ったケーキを、私は4種類のジャム+はちみつののったブリヌイ(クレープ)を頼む。思いのほかに美味しくて、思わずとろけそうになってしまった。
2004年03月08日
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今日はモスクワで一番味もいい(と私は思う)がお値段のほうも相当いい中国料理店で送別会。やったー、ラッキー♪立食形式なので、普段自分が頼んだことのないメニューも出る。どれもオイシイ…。子ども抜きの席でヨカッタ(合掌)。送別会の後、先週から出張滞在している夫の後輩fromワシントンDCの彼女と会う。明日の便で帰国するので、おみやげ等の買い物を案内することに。私のつたないロシア語でご案内も何もないのだが(笑)女二人でスタールィアルバート周辺で買い物に興じる。あそこならマクドナルドもあるので、トイレの心配もいらない。そう、冬の長時間の外出では、きれいなトイレの有無は大事な問題。世にも恐ろしい街中の簡易トイレに入ることになったら大変…。しかも着太りしている冬。パ○ツを下ろしにくい冬、と言うべきか。コートがトイレの床や壁につこうものなら、ガクガクブルブルものである。マクドナルドのトイレはさすがに清掃が徹底している。へたなショッピングモールのトイレよりハズレる確率が少ない。昨年末に一時帰国する際にあちこち回ったおみやげ探し。人へのおみやげを探すはずが、自分の気に入ったくだらないおもちゃばかり購入した私。(もちろん、おみやげとして渡すには勇気のいるようなモノばかり…)ロシアみやげの代表格・マトリョーシカ。ちなみに、これは値段が現地でもピンキリ。一つ一つがハンドペイントだったり、凝った図柄のものだとかなりいい値段で売っている。ただ、日本でよく見かけるタイプは、現地ではとても安価で買えるものだけど。私も、いろんな種類のマトリョーシカを見てきて、どういうのが高くて然るべきか少し解ってきた気がする。そんな中、ものすごくヘタウマな絵のチェブラーシカ柄のマトリョーシカを発見。こんなヘタなチェブのイラストでモノ売っちゃいけないよ、と言いたくなるほどのドヘタ加減。思わず、一目で欲しくなってしまった。しかし値段は550ルーブル。ちと高いかも。「高いからやめとく」と言う私に、「いくらなら買うの?」とお姉さん。私「150ル-ブルぐらいかと思った(←ものすごい値切り方)」姉「それはダメ。安すぎ。200ル-ブルならいいけど」私「じゃあ200で買う」やっほー。半額以下。お姉さんもイヤそうな顔してないし、きっと200ルーブルが妥協価格に違いない。白地に藍色の美しいグジェリの陶器や見るからにロシアっぽいホフロマ塗りの食器など、彼女がまっとうなおみやげ品選びに興じている脇で、私は怪しげなおもちゃ類に目を凝らしている。他にはヘタウマな動物の紙粘土細工を購入。なぜこれがロシアみやげなんだ、と言いたくなるシロモノだが、なんせキッチュでバカ安い(100円台)。でも、一応手の込んだ粘土人形で、ハンドペインティングなのよ。クマとヤギを、それぞれ夫婦ペアで速攻購入。でも、彼女も昔の顔(眉毛がまっすぐで全然化粧っ気がない。今風のはケバい顔してる)のマトリョーシカの木のおもちゃを購入していた。しかも、以前インド暮らしの経験がある彼女は店員さんに英語で「これは何ルピーですか?」と聞くなど、とてもおちゃめだった。「ちょっとだけ」「割れ物はやめときます」と言ってたはずの彼女も、しっかりグジェリ陶器を数点お買い上げ。「もっと買いたいけど、アブないですよね…」何度も何度もそう言いながら、葛藤の末、気に入った食器を念入りに絞り込んでいた。無事ワシントンDCに到着することを心から祈ってます♪私がグジェリの中で欲しい一つが、ネコの形のティーポット。えらく底意地の悪そうな顔のネコが見つかるまでもう少し探してみようっと。
2004年03月06日
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以前日記にも書いたモスクワの100円ショップの話。ここだと諸経費込み(笑)で50руб(約200円)ショップになるのだが、今日久々に行って衝撃の事実が。55рубショップになっていたのだ。(全然衝撃の事実じゃないってか)しかも、POPは明日にも剥がれそうな紙製。「こんなチャチな看板じゃ、60рубショップになるのは時間の問題だね」と友人。あー、なんでこんなものが55рубなのーとボヤきつつ、痒いところに手が届く日本製品の誘惑に負ける私たち。さらにインスタントラーメン類がまったくなかった。前回来た時は種類も豊富でよりどりみどりだったのに。単身者の人たちが買い占めたのだろうか(←濡れ衣)。日本の価格より高いとはいえ、日本全国から集めた商品ゆえ「ご当地ラーメン」に遭遇することもある。「寿が○屋」のご当地うどんとか、けっこう楽しみにしてたのにぃ。しかも欲しかった「お酢」も「薄切り豚肉」も「冷凍しめさば」もない(涙)ある人は「みりん」がなく「みりん風調味料」で妥協し、またある人は各メーカのカレールーが辛口しか残ってないことに落胆していた。もうじき帰任する友人は、例のバカ高い納豆を見て「あと2~3週間のことだし、ガマンしようっと♪」と通り過ぎた。いいなあ、日本に帰任するってことは、おかめ納豆を3パック100円で買えることを意味するのだ。確かに、モスクワではじりじりとドルが下がっている。昨年春来た当時で、1ドル34руб台だったのが、今は28руб前半。ドル払いの給与をルーブル建てに替えたところも多いと聞くし、価格が数少ないドル建て表示だった高級スーパー・ストックマンですら(ドル建て表示:価格は「10ドル」だが、支払はルーブル換算してルーブルで支払うシステム)店舗中の商品をすべてルーブル価格表示に変わったらしい。そのへんの主な両替所でルーブル換金ができるのはUSDとユーロ。ユーロはここでも手堅いのだが、ユーロのレートを表示しながら両替はニェット(ダメ)なところが多い。理由はよく分からない。ニセ札なら、元々がおもちゃのお札のようなUSDのほうが簡単に出回りそうなものだが。なので、出張や旅行で手にしたユーロは持ち腐れる確率が高い。イギリスのポンドなど、ほぼ記念品状態である。当然、トルコのやたらゼロの並んだお札(単位忘れました)は、「バーチャル大金持ち気分」を味わうだけのものになってしまった。トルコの買い物、今思えばおもしろかったな。ちょろっと食料品を買って、「87万○×です」と言われ、100万○×札を出す。レシートもすごい。大富豪の買い物かと思うケタ数の多さ。端数のはしょり方も大胆で、あんなんじゃ日本の1円単位の家計管理はどれだけ神経質に見えることか。
2004年03月05日
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今年に入って、木曜日は「一日お勉強日」になっている。昼間、ロシア語。授業はもちろん、その直前まで予習しないとならない。コツコツ準備できない私は、授業の前は大抵夜中の2時3時まで宿題やってる。三十路後半、こういう生活は体力的にしんどすぎる。とりわけモスクワに来てから、夜更かしが基本的にできなくなってしまった。同じような症状を訴える友人知人は実に多い。「日本にいるときはバリバリ仕事までしてたのに、この体力のなさはナンなの?」とグチをこぼしあったときの結論は『活動時間帯に日本とは違う緊張感とストレスを抱えているからだろう』というもの。秋から冬は日照時間の短いことも大いに影響している気がする。ロシア語の授業が終わり、そのまま宿題や復習をする気になれないほど脳ミソを酷使した状況でところで、コドモのお迎え。木曜日はだいたいここで初めてシャバの空気を吸う。外気にふれるって気持ちイイぞ~。で、空腹でグッタリなコドモにおやつ代わりにご飯を1膳与える。クッキーやおせんべい類では、さすがに男の子のおやつはまかなえないくなってきた。私もここで遅すぎる昼食を食べることが多い。今日は「ゆず茶漬け」(あまりの美味しさに我が家では「18禁」扱い)。このままベッドで眠れたらイイのに…と思う頃に、コドモの英語のカテキョ-・イリーナ嬢がやってくる。「今日は疲れたー」とこぼすコドモを叱咤激励している私自身が、この時間は一番萎えてる、ってか。イリーナ嬢のレッスンは、英語とロシア語のみ。彼女の英語が分からないとコドモはすぐにロシア語で聞き返すので、「ロシア語は禁止!」とよく言われている。モスクワに来て初めて本格的に習い始めた英語。親の私がひいき目に見ても、本当にノロノロ歩みだった。相変わらずローマ字とロシア語がミックスしたような創作英単語を平気で書いている。とはいえ、聞き取りの力だけはビックリすることがある。今日は「何もない部屋の絵に英語でヒアリングした通りの位置にいろいろな家具や物を置いて行く」というアクティビティだったが、ホゲーッとしながらも(それは生まれつき)、長い長い説明文をすんなり聞き取っていた。相変わらず「○○ってロシア語の××のこと?」とコッソリ聞いていて、怒られていたけど。英語の歌も、きれいな発音で留学やホームスティにせよ、家庭の事情にせよ、海外暮らしがあると間違いなく外国語(それも「英語」)をラクに習得して帰って来ると思う人は、実に多い。自分自身、似たような思い込みがあった。帰国子女ならネイティヴスピーカーで「当然」みたいな誤解。滞在地がどこであれ、帰国子女の人達は「英語」をマスターしていると思い込んでたのは、実はとても失礼だったのだ。場所によって公用語や日常使用言語が違うなんてフツーに考えればごく当たり前のことを、どうして間違っていたのだろう。でも、初めて海外で暮らして分かった、とても簡単なこと。帰国子女と呼ばれる子ども達が難なく現地語をマスターしているわけではない、ということ。大人も子どもも、みんな苦労し努力しているのだ。年齢が上がれば上がる分、必要になるボギャブラリーもレベルが高くなる。日本語だけに慣れた時間の長さが仇になることもあるだろう。小さい子どもは訳が分からないかもしれない。とはいえ、若い頃のほうが吸収力もいいに違いない。でも、めげずに懲りずに、それぞれの生活の中で勉強をする。なぜなら、言葉がしゃべれないと豊かな気持ちで生活できないことを痛感させられるから。相手の言いたいことを理解したいのにできない悲しさ。自分の言いたいことを言えない不満。理解できない言葉だけが目の前を飛び交う不安。他人とのコミュニケーションが何だか分からないうちにすべて終わっていく虚しさ。この言いようのない閉塞感を打ち破りたいがために、机の上で、または生活の中で勉強しようと思うのだろう。また、異文化の中での生活に関しても「子どもだから新しい環境にすぐ慣れるよ」と簡単に片付けるのも間違い。新しい環境に慣れるために、子どもには子どもなりの葛藤がある。苦労など知らないように見える幼稚園児(ロシア現地の幼稚園に入ることが多い)たちも、社交的で明るく人付き合いが上手に見える子どもたちでも、それぞれの世界で頑張っているのだ。ロシア語で優しく話しかける通りすがりのおばあさんをじっと見つめて、「おばあさんのお話ししてることが全然分からない」と、涙をいっぱいためて言う幼い日本人の子。こんな小さい子でも、一生懸命話しかける人の言いたいことを理解できない自分へのもどかしさを痛感するのだ。帰国子女でも「英語」を話さない(話せない)人がいる。必要に迫られなかったがゆえに現地語を知らずに過ごす人も。ちなみに、受験に関しても、今や首都圏(東京)ではメリットがほとんどないらしいです(涙)がんばれ、帰国子女!
2004年03月04日
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前夜の夜更かしが響いて、ダルダルな午前中。22時40分から始まる「白い巨塔」「プロジェクトX」、個人的に観ないわけにはいかない(笑)。「白い…」は昨今のドラマ俳優女優大集合みたいな濃さ。それにしても黒木瞳の艶っぽいこと…。江口洋介と矢田亜希子は不倫しちゃうんでしょうか。いよいよ年度末になり、モスクワも転出入が続々と始まろうとしている。日本に帰る家庭、次の赴任地に行く家庭、単身赴任になる家庭…ホント、いろいろです。日本人学校が中学部までしかないモスクワでは、高校へ進学するには・インターナショナルスクールへ入学する・日本へ帰国・欧州の私立日本校(全寮制)へ行く、というのが主な選択肢になる。ロシアの現地私立校へ入学するには、さすがにロシア語がきついという話(学力もかなり高いらしい)。そんなこんなで、今月は送別会&内輪のランチ・お茶会の頻度が増す。今週送別会があるので、往復でタクシーを予約した時のこと。予約するのは、いつも利用している会社。ところが、行きはいいが帰りに回せる車がないという。近くの日本食材店でちょろっと買い物してから帰りたかったしどうしよう…と思いあぐねていたところ、再びタクシー会社から電話が。「あなたと同じ時間の同じ場所に○○さんがタクシーを予約しているので、一緒に乗せてもらって帰ってきたらどうか」おいおい、一緒に乗せてもらえないか、って、そんなコト私に言われても…。○○さんとは、まさに同じ送別会へ行くコドモのクラスメートのお母さん。たまたま友人だったからいいものの、たまたま同じ場所に予約していた見知らぬ人だったらどうするんだろ?しかも、私たちの住まいが近所というわけでもない。(私の家が彼女の帰路の通り道にあると言えなくもないが)しかも彼女の都合も考えずにそんな勝手にコーディネイトしちゃってるし。日本だったら速攻「個人情報の漏洩」とクレームが来るぞ、きっと。機転が利くというか何と言うか、ヘンなところで利便性を図られても、こっちはどうしていいんだか。「とりあえず私から彼女に聞いてみます」それも何だかな、と思いつつ電話を切り、彼女に相談。幸い彼女も私と同じく買い物時間を見込んでタクシーを予約していたので、円満解決。でも、これで苦手な人とカップリングされたりしたあかつきには、どうするんでしょ?
2004年03月03日
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今日はピアノのレッスン日。今月末に発表会があることを先週知る。もちろん、後期試験は別にある。新曲は4曲練習していたので、その中から2曲に絞る。メンデルスゾーンとプロコフィエフの、メロディーのとても美しい曲。先生が弾く分には、ね(涙)先生に時間があったのか、レッスンが1時間半近く続く。さすがにぐったりである。バリバリに暖房がきいているので、喉も渇く。マサヨちゃんと二人、迷わず構内の学食へ向かう。学食といってもメニューも少なく、学食というより食べる場所のある購買部といった感じ。同じ敷地内に音楽高校があるので、高校生たちも侵略してくる。将来のムジカント(音楽家)だからか、アブない感じの子はほとんどいなくて、男の子なんて見とれるほどかわいい&カッコいい子が多い。女の子達も…日本のおやぢが見たら鼻血が出るんじゃないかな。ぴちぴちと透き通るように美しすぎて。ブリックパックの100%オレンジジュース一つに、キャベツ入りのピロシキ、デニッシュパン2種×2個、計5個。これだけ買って50руб(約200円)でお釣りが来る。しかもそのへんで売ってるパンより、ずっとおいしい。どのパンを売るかも作り手の気まぐれらしく(ニチェボーなのだ)、いつのぞいても並んでるパンの種類が違う。密かにコドモもファンなので、パンはおやつ用のお持ち帰りなのだ。さすがに私も、菓子パン5個は食べない。ペリメニ(ロシア風水餃子)、チャーハン(米は立派な主食)、パスタ(きしめんみたいでコワい)、ハンバーグ(冷凍食品?でも「手ごね」はもっとイヤかも)…、日本の学食に近いメニューも多少はある。同じモスクワの音大でもコンセルヴァトーリーのほうがメニューが豊富だという話も。ちなみにグネーシンではどれも使い捨て皿に盛られて、高校の文化祭のようだ。しかも、なぜか値段は書いていない(買いたければ聞けってか)。間違いなくパン類よりは割高だろうけど、それでも激安には違いない。ほとんどの学生達は迷わずパン+飲み物のセット。腰を落ち着けて食べる時間もないらしく、ビニールに入れたパンを持って立ち去る人も多い。お願いだからレッスン室で食べないでほしい…。ミートパイやピロシキの匂いがこもるんだもん(涙)。腐っても鯛、じゃないけど、今でもロシアは世界有数の芸術家輩出国。近い将来世界にはばたく音楽家達も、こうやって質素な学食でパンをくわえて楽譜とにらめっこしてるのね。その楽譜も買うのではなく、学校にある楽譜を実費コピーして使う。だから、コピー室はいつ行っても満員御礼。楽譜も高いものじゃないし買ってもいいや、と最初は思っていたんだけど、在庫確認もできない「お宝探し」のような店ばかりなので、必要な楽譜をすべて買い揃える手間暇が惜しいのだ。(反面、お宝が出てくることもあるけどね)もちろん、私もコピーをとってもらい、文房具屋で10枚12рубで買った厚紙に貼って使ってる。思わず、高校のブラスバンド部時代に戻った気分でございます。
2004年03月02日
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タイトルだけだと、江國香織の小説みたいだ。(それをイメージして来てくれた人、すみません)今日は午前中から友人が来ることもあり、朝食を作りながらお茶菓子作りを並行する。モスクワに来るまでは「手作りお菓子? ゲゲ…」と思っていたのだが(実際日本では作ったことなし)今は負担になることもなく、自分の楽しみのために作るようなもの。第一、手の込んだものは作らない(作れない)ので無理はしないし、何より「日本人の口に合うお菓子が食べたいっ!」というストレスの解消になる。プリンなんかも「何とかシェフのプリン」もいいけど、ハウスの「プリンの素」で作ったのも意外といける。プリンの素なんて、まさに100円ショップにありそう。小学生たちは、手間暇かかった焼きプリンより、こっちのほうがお好みらしい。食べる本人達に作らせたら、それこそ手間もかからない(笑)今日は1)しっとり系の「ベイクドチーズケーキ」(オーブン入れるまでが10分!)2)ライムの絞り汁を入れたシロップの「ライム白玉」 の2種を用意。どちらも、慣れてしまえば計量もラクで本当にカンタン。微妙な火加減とか不要なので、失敗知らず。ボールひとつでできるので、洗い物も少ない。事件は白玉のシロップ作りの最中に起きた。グラニュー糖と水を火にかけ、沸騰したらすぐに火から下ろす。これだけで透明なシロップができるはず、だった。ところが、そこで電話がかかってきたり何やらが続いてしまった。「すぐ戻ればいいや」と思いながら「電気調理台だから」という油断が出てしまったのだろう。すっかりシロップ作りをしていたことを忘れてしまった。時間にして、数十分。こういう時に限って電話が立て続けにかかってきてしまう。やれやれ、と思いながら、FAXのある寝室を出た瞬間「なんか、やたらこうばしい匂いがする…」透明なシロップは、黒く焼け焦げたべっこうあめの塊と化していた。しかも、火は出ないまでも、焦げた物体からかすかな煙が…。ちょうど廊下の掃除をする時間だったデジュールナヤ(管理人さんのような人で各階段に常駐している)が、怪しげな煙を察知して、ベルを鳴らした。玄関からキッチンが近い我が家、玄関の隙間から、かすかに煙が廊下に漏れていたらしい。(全然「かすかな煙」じゃないっつーの)ドアを開けた瞬間、デジュールナヤ二人は険しい顔を見合わせ「この家だわ」。「煙が出ているけど、どうかしましたか?」シロップが焦げてしまって…なんて事細かにロシア語で説明できないじゃん!困った私は、コネコネしていた「白玉粉」のボールと粉だらけの右手を見せ、「今料理中だったんですよぉ。だから大丈夫ですぅ」とひきつりながら笑顔を作る。それを聞いた途端、二人は「…ハラショー!」。なんだ、料理してただけなの、じゃいいわ、と態度が急変。しまいには「何作ってるんだ」「それは日本料理か」などと質問攻め。(ロシア人の間で日本料理はブームだし)今も白玉を茹でるお湯が沸騰しまくりなんですけど…と心の中で思いつつ、質問にお答えする。騒ぎを起こしておきながら、ちょい丁寧に料理を説明しただけで、ニコニコ御礼を言われている私。おかげで、我が家に来る人来る人「べっこう飴?」「カラメル?」「パウンドケーキ?」「りんご飴?」…と謎の「こうばしい匂い」の原因を追究。思いの他なかなか匂いは消えず、それだけでおなかいっぱい状態に。お菓子の香りで嗅覚を覚醒させるダイエット対策、意外と効果あるかも…。(でも反省してます。もうこんな失敗はしません…)
2004年03月01日
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