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ナイスミドルteruさんの日記を読んで、新潟中越地震の現場での、報道されない隠れた事実に接し、非常に驚いている。退去して押し寄せる報道関係者がジャマになって救援物資の運搬がはかどらない、それを横目で見ながら手伝おうともしない、リポーターは被災者に無神経にマイクを向けてばかり、等々............。地震報道とはいえこんな分野でも視聴率競争は存在するわけで、所詮は「人の不幸は格好のネタ」ということなのだろうか?現場の状況を過剰なまでにドラマチックに伝える一方で、現地において今何が最も求められているかという、一番肝心な情報が決定的に不足しているらしい。こんなマスコミでは正しい報道を期待する方が無理なのかな、とも思わせられる。また視察に訪れる議員の態度も目に余るという。仮設トイレに案内したことに腹を立てるなど、何様のつもりだと言いたくなる。こんな政治家たち(みんながみんなそうとは思わないが)にこの国の将来を委ねているかと思うと暗澹たる気持ちになってしまう。ナイスミドルteruさんは文面から拝察させて頂いた限りでは、現地にボランティアとして赴かれているのではと思われるが、今は現地からの生の声が一番重い。ボランティアの方々には本当にアタマが下がる思いだ。私には大したことは何も出来ないけれど、明日早速義援金という形で協力させて頂こうと思っている。
2004年10月31日
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面白い酒が入荷してきた。『グサーノ・ロホ』という、メキシコ産の「メスカル」だ。「メスカル」というとちょっとなじみが無いかもしれないが、「テキーラ」だったら聞いたことがある人は多いと思う。どちらも製法は同じで、竜舌蘭というメキシコ原産の植物から作られる蒸留酒だが、その総称が「メスカル」で、その中でも特定の地域・特定の品種を原料に作られるものが、「テキーラ」を名乗ることが許されているのだ。話が横道にそれたが、この『グサーノ・ロホ』、いったい何が面白いのかというと、何とボトルの中に虫が1匹ずつ入っているのだ!もともと『グサーノ・ロホ』とは、竜舌蘭に生息するこの虫の名前で、現地の人はこの虫をつまみとして食べるらしいのだ。もちろん私は....................ちょっとイヤだな(^_^;)
2004年10月30日
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『クォリーメン』といえば、ビートルズの好きな人ならすぐにピン!と来るだろう。これはかつて少年時代のジョン・レノンとポールマッカートニー、そしてジョージ・ハリスンが在籍していた、ビートルズの前身とも言うべきバンドだ。先日たまたま聴いていたラジオで聞いてビックリしたのだが、この『クォリーメン』が初のアルバムをリリースするというのだ。もちろんジョンとジョージは故人だしポールも入るわけはないし、残りの名も無いメンバー(みんな60歳代だって!)たちで再結成したそうだ。まあ言ってみれば同窓会をした記念にレコーディングしました、っていうようなものだろう。で、ラジオではそのアルバムに収められている『In My Life』という曲を流していたが、言うまでも無くこれはかつてジョンが作曲してビートルズのナンバーとしておなじみになっている曲のカバーだ。私も大好きな曲だが、何年か前にビートルズ公式HPのフェイバリットソング人気投票で、数ある有名曲を押しのけて堂々2位にランクされた、ファンの間でも人気の高い曲だ。『クォリーメン』がカバーしたその曲はお世辞にも上手い演奏とはいえないものだが、ビートルズのオリジナルヴァージョンの明るい雰囲気とは対照的に、朴訥で少々枯れた雰囲気はそれなりに味のあるものにも思えた。でも考えてみればこの歌の歌詞って、もともとずいぶんと落ち着いた内容で、今の『クォリーメン』のような年配のオジサン達にはむしろ合っている。例えばこの歌の1番の歌詞、大意はこんな感じだ。 人生を振り返ると、いくつかの思い出の場所がある すっかり変わってしまった所もあれば、ちっとも変わらない所もある そこにいた友人や恋人たちのことも思い出す 亡くなった方もいれば、いまだご健在の方もいるこのあと2番になると、「これらの想い出も今のキミの前では色褪せてすら見える」というラブソングになっていくのだが、何だか聴き様によってはちょっとジジくさい感じにも聴こえなくもない。作者のジョン・レノンはこの曲が発表された当時は確かまだ25歳ぐらいなのだが、25歳の若僧が作る歌にしては妙に円熟味を感じてしまうのは、私だけだろうか?
2004年10月29日
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先日亡くなったご近所さんの告別式に出掛けた。この辺ではだいたいそうだが、受付で記帳するとその場で会葬御礼の品を手渡される。この頃はたいていハンディな物なのでさほど荷物になるということは無いのだが、ちょっと困るのが焼香の時だ。なんせ御礼の品を手に持ったまま焼香するわけにはいかないから、みんなの様子を見ていると、他の人に持ってもらっていたり、そこら辺の置けるところを探して置いておいたりと、結構みんな処置に苦労している。葬儀会社の人達もこういう光景を幾度となく目の当たりにしているはずだから、もうちょっと考えてくれてもいいと思うのになー。そういえば先日の義父の葬儀のときは、受付で会葬御礼品の「引換券」を渡し、帰りがけに品物と引き換えてもらうというシステムを採っていた。なるほどこれはいいアイディアだ、と思ったものの、あとで聞いてみると引換を忘れていった方が結構いたということで、これでは何にもならない。いっそのこと焼香を済ました時点で手渡すというようにしたらどうだろうか?これなら焼香のときに邪魔にならないし、渡し漏れも無いだろう。ただこの方法だと、他の人から預かってきた香典の分の御礼品が貰えないじゃないか、という声が出そうだが、そもそも会葬御礼は足を運んでもらった人に対するお礼だから、香典の数だけ御礼品を渡すという今の慣習自体がおかしいと思うのだが(ただこの件は地域によってちょっと違いがあるかな?)............。
2004年10月28日
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お得意先の人から「『クレーム・ド・カシス』のヌーヴォーがあるって知ってる?」と訊かれ、ちょっとビックリ!そんなもの聞いたことも無かったからだ。『クレーム・ド・カシス』とはカシス(黒すぐり)から作られるフランス産のリキュールで、主に『カシスソーダ』などのカクテルの材料として使われたり、白ワインに注いで『キール』、あるいはシャンパンに注いで『キール・ロワイヤル』として飲まれることも多い。しかし「ヌーヴォー=新酒」といえば主にワインや清酒など、いわゆる「醸造酒」で造られてこそ、その真価が発揮されると思うのだが、『クレーム・ド・カシス』のような「リキュール」で造ったところでどれほどの違いがあるんだろう?疑問に思って輸入元に問い合わせてみると、懇切丁寧に教えてくださった。まず(1)今年採れたカシスのみを使用している..........ウン、まあこれは当然だな。次に(2)通常品が何種類ものカシスをブレンドして使用しているのに対し、グレードの高い2品種に限定して使用している..........ウンウン、なるほど。そして(3)製法が若干違う。通常品は、カシスを潰した後アルコールに浸漬させたものに、カシスを潰した搾りカスを蒸留したものを混ぜ合わせているのに対し、ヌーヴォーの方は蒸留したものを混ぜず、またカシスを浸漬させたあと最初に取れる部分、言ってみれば「エクストラバージン・カシスリキュール」のみを詰めているのだそうだ。だからこの『クレーム・ド・カシス・ヌーヴォー』というのは、通常品に比べて香りはフレッシュ、味わいはよりジューシーだという反面、品質の劣化も早いということだ。まだまだ知らないことが多いなー。お客との話の中で勉強させてもらってることもまだまだ多い。
2004年10月27日
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新潟中越地震の被害の状況が、時間の経過とともにその詳細が少しずつ明らかになってきている。気になる酒蔵の関係でも、蔵が倒壊してしまって今年の製造が出来なくなったところもあるようだ。他にも中越地区の酒蔵では何らかの被害を受けているところが少なくないようで、今年の造りに多かれ少なかれ影響が出るものと思われる。そうなると気になるのが品不足だ。ちょうど阪神・淡路大震災のときも、酒蔵の集中する灘近辺で被害が大きかったことから、以後しばらくの間慢性的な品不足に陥ったことがあった。しかし今回の中越地震はやや状況が異なる。阪神・淡路のときは、忘新年会もピークを過ぎてこれから需要も落ち着いてくる、という時期だったのに対し、今回のはこれから最需要期を迎えるという最悪のタイミングなのだ。今日もさる卸店担当者と話をしていたところ、酒ディスカウンターあたりが新潟酒を買い漁り始めている、という情報を耳にした。当然品不足を見越してのことだろうが、現実に品不足になったらプレミアをつけて高値で売れる、という目論見が透けて見える。しかし同じ新潟の酒蔵でもみんながみんな被害に遭ってるわけではない。当然ながら被害の多くは中越地区であり、上越や下越の酒蔵は多分何とも無いだろうから、何も慌てることは無いはずなのだ。ただ彼らのアタマの中は、新潟といえば見境なしに、といったことになっているのだろう。しかも新潟県も結構広い県だし、どの酒蔵がどの辺りにあるかなんてことはハッキリ言って酒販店関係者でも全然解らないという人は多いだろう。それだけに被害に遭っていない銘柄までもが、風評的に買い占めの対象にされるのはきわめて危険だ。新潟酒全体の慢性的な品不足を助長することになりかねないし、こうした仮需ばかりが増大しても、実需が伴わないと結局不良在庫になって、終いには叩き売りされてしまう可能性もあるからね。どちらにしても新潟酒にとって良いことはひとつも無い。品物を確保するというのは確かに商売をする上で肝心なことだとは思うが、こういうときだからこそ火事場ドロボー的な商売じゃなく、節度を持った仕入をして欲しいと思うのだ(みんながみんなそうだとは思わないが)。何より一番苦しんでいるのは被害に遭った蔵元の人たちだし、売る方としても品性が問われていると思うのだが............。
2004年10月26日
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ムスコのやっている学童野球は、先週から新チームによる「新人戦」が始まっているのだが、昨日の段階でブロック2位通過が決まり、晴れて決勝トーナメントに進むこととなった\(^o^)/今回の新人戦は1ブロックが4チームの総当たり戦になるが、ウチのチームは1勝2引き分けと“負け無し”で予選を終えることが出来た。これはチームに「粘り」と「しぶとさ」が出てきたという証拠だろう。ところでこの新人戦というのは、今まで主力として活躍していた6年生が抜けて、5年生以下の子供たちで構成されるので、これまでの大会に比べるとチームの強い弱いがガラッと変わっていたりして結構興味深い。新人戦まで強豪だったチームというのは往々にして、レギュラーメンバーのほとんどが6年生で占められていることが多いのだが、そうなるといざ新チームになって6年生がゴソッと抜けると、後に残ったレギュラーメンバーはどうしても経験不足が否めない。だから今まで強かったチームがこの新人戦では思うような成績を上げることが出来ていなかったりするのだ。高校野球のチームなんかにも同じことがいえるだろう。逆に新人戦までのチームに6年生と5年生がバランスよく存在していたチームは、6年生が抜けても経験豊富な5年生が残っている分、実戦では強い。ウチのチームはこれまでレギュラーだった選手が5人新チームに残っているから、ちょうどこのパターンだ。あえていえば学童野球のチームには各学年5~6人ずつ均等に選手がいるのが一番理想的だ。ただなかなかそれが難しい。ただでさえ少子化の昨今、しかもサッカーや他のスポーツに子供を取られている中で、どこのチームも子供の頭数を確保するのに四苦八苦している状況だ。とにかく数年にわたって常勝チームを作るというのは、どこのチームにとっても至極困難なことなのだ。さあ、来月に入ったらいよいよ決勝トーナメント。『まず1勝』が当面の目標だ。
2004年10月25日
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昨日の新潟の地震は相当甚大な被害をもたらしたようだ。被害に遭われた方々には、心からお見舞い申し上げます。亡くなられた方もたくさんみえる時に不謹慎かもしれないが、私としては当地の酒蔵の状況も気になるところだ。言うまでも無く新潟県といえば、日本有数の酒どころ。しかも今回地震の影響の大きかった中越地区には、多くの有名な酒蔵が集中しているのだ。地震となれば地下水脈にも影響が出る可能性がある。仕込みも本格的に始まるこれからの時期、地下水が思うようにならないようだと造りにも影響が出かねない。またそれ以前に酒蔵自体に被害は無いのか、蔵人たちは大丈夫か。本人が大丈夫でも彼らの自宅が被災していたりしたら、造りどころではないかもしれない。いろいろと心配の種は尽きないのだが............。
2004年10月24日
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ウチのスグ近くにあったパチンコ店が先日閉店した。立地としては今主流のだだっ広い郊外型とは違い、立体駐車場でちょっとクルマでは入りづらいところだし、それ以上にパチンコ好きの間では「出さない」とめっぽう評判が悪く、ここ最近は閑古鳥が鳴いてるような状態だった。だから私たちも「いつ閉めてもおかしくないなー」などと思っていたところだった。しかし問題はその後のことで、ここが今後どうなるかも全く決まってないようだ。ここが次どうなるかによっては、われわれの商売にも多少影響があると思われる。どうも居抜きで別のパチンコ店に売却したいようなのだが、一度失敗した店を同業者で買い取るところがあるとは思えない。別の用途で使用しようにも、聞くところによるとパチンコ店というのはそういう意味ではあまりツブシが利かないらしい。何故かといえばパチンコ玉の通り道などが頑丈かつ縦横無尽に張り巡らされていて、結構厄介な構造だからということらしい。そういえばクルマで走っていると、よくロードサイドに廃墟となったパチンコ店を見かけるが、何か別な形で再生されたのにはあまりお目にかかった記憶が無い。だが廃墟のまま放ったらかしになっている姿もみっともないし、周りの風景までも寒々とさせてしまう。町の景観を損ねないためにも、何とかならないものだろうか?
2004年10月23日
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昨日の報道を見ると、広瀬香美が3年間の充電期間を終えてこの秋に復活すると出ていた。そうか、しばらく見ないと思っていたら、活動を休止していたんだ。報道によれば今後アジア進出を見据えて、歌唱力に一層の磨きをかけるための充電期間だったらしい。そんなこともあってか、「“冬の女王”の広瀬香美が“アジアの女王”へ」みたいなことが書かれていた。彼女もブレイクしてからもう10年以上も経つのに、未だに『冬の女王』という枕詞が通用するとは、最初に染み付いたイメージが如何に拭い難いということか。彼女が『冬の女王』になるキッカケとなったのは、皆さんご存知だと思うが、あるCMだ。彼女の出世作『ロマンスの神様』が某スキー用品量販店のCMソングとして使われ、それが好評だったことからその年の冬、全国各地のスキー場がこの曲をかけまくり、一気に『広瀬香美=冬』というイメージが染み付いてしまったのだ。その後も何枚か冬のイメージの曲でヒットを飛ばしたが、もうそうなると冬のイメージ以外の歌はだんだん書けなくなるし歌えなくなる。あるいはプロダクションやレコード会社など、製作側の要望に逆らえなかったのかもしれないけど。こうして広瀬香美は名実ともに『冬の女王』にまつり上げられてしまったわけだ。しかしこの『ロマンスの神様』という曲、機会があればつぶさに歌詞を見ていただきたいのだが、この歌の歌詞には「冬」「雪」「スキー」「寒い」といったような、「冬」を連想させる語句は一切使われていないのだ。つまり歌そのものには全く季節感が無いのに、CMでの取り上げられ方だけで完全に冬の歌になってしまったのだ。ということはもしもこの歌がイメージソングとして使われたCMがスキー用品店ではなく、例えばアイスクリームやアイスコーヒーなどの夏の商材、あるいは航空会社の沖縄キャンペーンなどだったなら、今頃どうなっていただろう。たぶん広瀬香美は『夏の女王』として『チューブ』と並び称されていたかもしれない。ホンのちょっとしたきっかけがひとりのシンガーの命運を変えていたのかもしれないと思うと、イメージの固定化というのは本当にコワイと改めて思う。彼女自身は自分に染み付いた「冬」のイメージについてはどう思っていたんだろうか?案外この3年間の活動休止というのは、そういった固定化されたイメージを払拭したいという願望からだったのかもしれないな。
2004年10月22日
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実は恥ずかしながら私も知らなかったのだが、サッポロビールから『オーガニック100<ピルスナータイプ>』という商品が、完全予約受注により9月29日に発売されていたのだ。それを知ったのは10月7日に配信された同社のメルマガだったから、発売後8日間も全然知らずにいたのだ!何たる不覚!とりあえず問屋の営業に連絡してメーカーに確認を取ってもらったところ、「完全予約受注」というワリにはまだメーカー側に在庫が残っている(?)ので、取り寄せてもらえるとのこと。それはそれでよいのだが、その話の過程でそれとなく問屋の営業に「コレって売れてる?」と訊いてみたところ、何と彼は、「いや~、私も今まで1ケースも売ってないんですわ」と言うではないか!たまたまなのかもしれないが、この彼がゼロなら全体でも売れてる数は推して知るべしだろう。確かにテレビCMは流れていないし、前評判はほとんど無いに等しいものだし、他の酒屋仲間に訊いても「知らない」という。しかしいくらなんでも大手ビールメーカーの新商品を、問屋がここまで放っておくなんて今までなら考えられないことだ。それでなくても最近は、問屋が新商品の案内で酒販店を廻ることがほとんど無くなっているのに(スーパーやコンビニに対してだけはマメに動いているようだけど)。メーカーもメーカーで、問屋が売り込みに動かないのなら、直接酒販店に対して告知なりPRなり出来るようなシステムを考えられないのかなあ?実際に末端の消費者に売ってる現場に情報が届かないって、なんかおかしい。せっかくこんな美味いビールを造ってるのに、もったいない(>_
2004年10月21日
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またまた台風だ。毎年台風は30個近く発生しているはずだから、数としては決して多くはないのだが、どうして今年はこんなにみんな同じルートを通ってくるのか、不思議でたまらない。ひょっとしたら海の上に『順路』と書いた矢印でも記されているんじゃないかとか、いやいや某国の“将軍様”が遠隔操作してるんじゃないか、などと人が集まればそんな冗談話が飛び交う今日この頃だ。ただ犠牲者の方も多く出ているので、笑い話には済まされないんだけどね。このあたりでは昼前ぐらいから風雨が強まり、夕方にはカサをさして歩けないほどの強い風。瞬間最大風速34メートルということだ。店のウィンドウが強風でしなっているようにも見えたので、出入り口を残してシャッターを閉める。ふと周りを見てみると、周囲の商店はみんな店じまいしている。それでも風がシャッターを叩く音がやかましい。こんな日だからお客もさっぱり来ないし、飲食店関係も閉めてるところが多いから配達の方も開店休業状態だ。だから状況によってはウチも一時店を閉めようかな、とも思っている。---------------------------------------------昨日の日記に、「10月16日の日記が開けない」と書いたら、今日は早速開けるようになっていた???三木谷社長、読んでくれたのかな(^。^)
2004年10月20日
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昨日の試飲会で名古屋まで出掛けた折に、時間を見つけて“お約束”のCDショップめぐりをした。「めぐり」といっても実は1軒だけで、少ない時間で何軒も廻るわけにもいかないが、私の住んでるところには私の嗜好にピッタリくる店が少ないので、名古屋に来たときには出来るだけ立ち寄るようにしている。いろいろ廻った上で“お決まり”の「ブルースコーナー」へ足を運ぶと、しばらく見ない間に新入荷の物が結構増えている。そう、世間ではちょっとした“ブルースブーム”が起こっているようなのだ。昨年が「ブルース生誕100周年」ということで、本国アメリカでは大々的にイベントが行われて盛り上がったようだが、それが1年遅れで日本に波及してきたようだ。マーティン・スコセッシ監督の製作による『The Blues Movie Project』の映画が次々と日本に上陸して公開され始めているし、雑誌やテレビ・ラジオの番組でも特集を組んでいるのにお目にかかる機会も増え、それにつれて一般の人達のブルースに対する認知度も、ここへ来てグンと上がったような気がする。だがしかしそういうにわかファンとは違って、昔っからブルースを聞いてきた人間にとっては、今のこの盛り上がりにはどうしても少し違和感を覚えてしまうのだ。というよりも、今まで「少数派」だったのがいきなり「メジャー」になってしまったことに対する戸惑いのようなものだろうか?昔まだブルースが一般的にマイナーだった頃、「ブルース?淡谷のり子か?」とか、「ワケの解らんのを聴いとるのー」とか人から散々言われたが、逆に「少数派のみが知り得る優越感」というか、「アマノジャク的な快感」(上手く言えないけど..........)に浸ることが出来たが、今となってはもうそういうことも無いだろう。また日本で発売されるCDの数も飛躍的に多くなり、そういう意味では便利になったと言えるのだが、昔のように中古レコード店を何軒もハシゴして欲しいレコードを探し当てたときの方が、始めて針を落とした瞬間の喜びは今とは比べ物に無いくらい大きかった。人間って何かにつけてそういうところ、あるよね。そういうのを「ノスタルジア」というのかな?【今日の買い物】『サザン・ハープ・アタック』(フランク・フロスト/ジェリー・マッケイン)『ステッピン・オン・ザ・ブルース』(ロニー・ジョンソン)『ザ・ギター・ウィザード』(タンパ・レッド)----------------------------------------------<追伸>なぜか10月16日の私の日記が、エラーがかかって開けない状態です。この日の日記に頂いたコメントをまだ読むことが出来ないので、頂いた方にはレスが書けなくて申し訳ありません。一体どうなっているの?..........三木谷社長!
2004年10月19日
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今日は名古屋で開催された、卸業者による清酒・焼酎の試飲会に出掛けた。先週のワインに続いて今回は清酒・焼酎と、最需要期を控えてこの時期はこういう催しが続くのだ。今回はあまり時間が取れなかったので満足に利き酒が出来なかったのだが、ひとつ感じたことがあった。清酒の花形商品といえばやはり「吟醸酒」で、「吟醸酒」といえばあの華やかな芳香がウリになっている。しかし今日眺めている限りでは、敢えて香りを抑えた吟醸酒を志向する蔵が少なからず見受けられたのだ。清酒業界にはいわゆる「香り吟醸」「味吟醸」という言葉があり、その定義でいくと「味吟醸」に傾きつつあるのかな、と思われる。確かに吟醸酒のあの芳香は、グラスに注いだ瞬間にその場をパッと華やげる力を持っているし、特に清酒に馴染んでいない方々にとっては、清酒の入り口としてははうってつけの商材だ。ただその一方で、特に清酒のヘビーユーザーの方にとってはあの芳香はちょっとうっとうしいと感じるものでもあるし、あまり香りがきついと合わせる料理にも気を遣ってしまう、という声もある。実際私も最初の飲み始めはいいのだが、飲み進むうちにだんだん香りに飽きがきてしまうということはある。話は変わるが、広島県に『独立行政法人 酒類総合研究所』という機関があり、ここの主催で毎年『全国新酒鑑評会』という審査会が行われている。もう結構歴史のある鑑評会であり、ここで優良な酒であると判断されると『金賞』という栄誉に輝くのであるが、これは清酒の蔵元やその酒を造った杜氏にとっては最高のステイタスと考えられている。ちなみに今年は数ある出品酒の中から278点が『金賞』に選ばれている。ただこの『全国新酒鑑評会』で良い成績を収める酒というのにも、最近ではわりと「香り重視」という傾向が見られるようで、蔵元の方もそれを承知しているから、敢えて香りを際立たせる特性のある酵母を使用したりと、華やかな香りを出すことに躍起になっているフシがある。しかしこれがエスカレートすると酒造りの技術云々よりも、鑑評会入賞を目指す酒が同じようなトレンドになってしまう危険性もある。そこでこういう傾向に真っ向から異を唱える蔵元も最近では増えてきているようで、今日話をした蔵元の中でも「ウチは(鑑評会を)狙ってません」と言い切るところも何軒かあった。そういった流れを裏付けるのが冒頭にも書いた、“香りを抑えた吟醸酒志向”なのかな、と思えた。でもそうやってそれぞれの蔵元が独自の色を出していった方が、飲む側にとっては選択の幅が広がっていいことだと思う。せっかく全国に地酒の蔵元がゴマンとあるのに、みんな同じような酒ばかり造っていたら面白くないよね。
2004年10月18日
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昨日の日本シリーズ第1戦は、非常に後味の悪い試合だった。言うまでも無く、例の誤審&1時間近い抗議中断のことだ。誤審についてはいくら注意しても100%無くなることは不可能だろうから、今さらアレコレ言うまい。一応誤審といえどもアウトセーフの判定は覆らない、という不文律はあるわけだからね。しかし大いに不満が残るのが、伊東監督への説得の手際の悪さと、場内への説明が大幅に遅れたことだ。またその説明の中で『伊東監督からの抗議』などと、実態と違う説明の仕方をして、伊東監督の神経を逆なでさせるというオマケまでつけて。私は良くは知らないが、昨日のような予測も出来ないようなプレイが起こったときのための、審判サイドのマニュアルのようなものはあるんだろうか?あるいは明らかな誤審が認められたときのための、マニュアルのようなものはあるんだろうか?また抗議による中断が長引いたときの場内の説明のための、マニュアルのようなものはあるんだろうか?一応プレイの間は審判の判断が絶対であることに異論は無いが、それだけの根拠で周りを全て納得させられるだけの威厳と技量が、悲しいかな今の日本の審判には備わってないのである。それだけにあらゆる場合を想定したマニュアルが必要不可欠だと思うのであるが。とにかく自営業者にとって、お客を長時間待たせることがタブーであるように、野球の試合進行も極力ファンを待たせないということを最優先にしなければいけないだろう。しかし昨日の試合でまた少し野球ファンは減ったよ、たぶん。
2004年10月17日
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(............昨日の続き)廃業した得意先の冷蔵ストッカーを引き取るに当たり、まず運搬方法を考えた。この店はエレベーターの無いビルの2階にあり、階段を降ろしてこないと運べないのだが、重量が70~80kgはあろうかという大きめのものなので素人ではちょっとコワイ。そして寸法がタテヨコそれぞれ1メートルちょっとずつあり、ウチにあるどの車にも一寸の差で乗せられない。さあ困った!いろいろ考えた挙句、階段を降ろすのすら素人では危険なので、業者に頼むことにした。ただあんまり費用が掛かるようだとウチも困るので、一応上限を1万円として、それ以下で出来るところが無ければ今回は見送ろうと思った。冷蔵機メーカーから取引先の問屋までありとあらゆるところに当たって、最終的にとある運送会社(わりと大手)が最も安価(6300円!)でやってくれることになった。これでホッと一安心、ということで昨日の決行の日となった。どんな装備で来るのかなー、と期待していたわれわれの目の前に現れたのは、ナント!その運送会社の下請けと思しき『軽●便』の小さな軽トラックと、かなりくたびれたオジイサンドライバーがひとり!しかもその人はストッカーの寸法すら聞かされていなかったらしく、現物を見て開口一番「あー、こりゃムリやで!」と、何をするでも無くそそくさと引き上げてしまった。運送会社に電話してみると、どうも私の詳しい説明が社内的に伝わっていなかった様子で、とりあえず近くにいた下請けさんを回せば事足りるだろう、という程度に確認もしないで考えていたようだ。しかし店舗を明け渡すリミットがその当日だったので、本日中に何とかして欲しいと頼むと、それなら引越し部門に回しましょうとのこと。値段はそちらの担当者と相談してくれと言うが、だいたいどのくらいかと問うと、「3万から4万円ぐらいじゃないでしょうかねえ」と、シレッと答える先方の担当者の言いぐさに対して、私の怒りにボワッと火がついた。「ナニを寝ぼけたことを言うとんじゃーーー!!!」あとは電話で大喧嘩だ。とにかくこちらは事前に1)ストッカーの寸法はタテヨコそれぞれ1メートルちょっと2)重量はおよそ70~80kg3)現場はエレベーターの無いビルの2階とこれらの説明はきちんとしていたはずなのだ。その上で「6300円」という金額が提示されれば、それについては何の疑問もなくやってくれるものと思うのは当然だろう。ところが運送会社の担当者が言うには、階段が狭いだの急だの何だのと、細かい状況説明がウチから無かったからと、まるでウチの落ち度のように言うのである。冗談じゃない!それならキチンと現場の確認をしようとするのを怠った運送会社の責任だ、ウチには一切落ち度は無い、とこちらも負けずに応戦。とにかく最初から何万円もかかると分かっていたら、私だってストッカーを引き取らずに店主に処分してもらおうと思っていたし、いったんウチが引き取ると言った以上、いまさら店主に処分して下さいとは言えない。どうしても当初の金額でやってもらわないと困るのだ。初めキッパリと拒否の姿勢をとっていた担当者も、私が畳み掛けるとさすがに分が悪くなってきたと感じたのか、最後の方は「うちの会社も苦しいので........」とか、「上司に報告できないので........」と泣き落とし作戦に出てきたが、私も1歩も譲るつもりはない。そして結局は運送会社側が折れることとなり、数時間後にもう一度伺うから、ということになりようやく電話を置いた。ただ運送会社側はその担当者が部下をひとり連れてくるだけというので、ウチの方からも手伝いをお願いしたいというが、キチンとやってくれるんならそれくらいはお安い御用だ。ただあいにく私は別のお客のところに行かなければいけない予定があったので、止むを得ず私の父にお願いした。私の父のような老体で大丈夫かな、とちょっと心配になったが何のことは無い。父の話によれば、やってきた運送会社の2人は父の手を借りるまでも無く、ちょっとした道具を使ってこともなげにスルスルとストッカーを1階に降ろしたのだそうだ。何だ、こんなに簡単に出来ることだったのなら、今まであんなに熱くなってやっていた電話での大喧嘩は一体何だったんだ!そう思ったらあの時発散したエネルギーが何だかものすごくもったいなく思えてきたのだった(>_
2004年10月16日
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店主が病気のため長らく休業していたウチの得意先のある居酒屋が、結局再開せぬままに店舗を売ることになった。店の中には某ビールメーカーから無償で貸与されていた冷蔵ストッカー(要するにビール用冷蔵庫)が置いてあるのだが、貸与されているものなら普通は返すところが、今はちょっと事情が違う。かつてビールメーカーはよほど規模の小さいところでなければ、自分のところの商品を扱ってくれる飲食店にはそういった冷蔵庫から細かい備品(グラス類など)に至るまで、ありとあらゆる物を提供してくれたものだ。しかし最近はメーカー側が経費削減に本気で取り掛かってきたことと、店の方でも複数の銘柄のビールを扱うところが多くなり、メーカーにとっては「提供した者損」という状況になってきたことから、昨年4月ビールメーカー各社は一斉に、飲食店に対する設備・備品類の提供をストップしたのだ(生ビールサーバーと生ビール用ジョッキは除く)。まあバブル期を経てメーカーの対応も過剰気味になっていたことでもあるし、一部の大手にだけ提供を認めても不公平感が起こってしまうので、これはこれで対応としては妥当なところだろう。飲食店側の負担は増えてしまうが、今までが恵まれ過ぎだったとも言える。ただ問題はこれだけではない。メーカーが冷蔵ストッカーの扱いを放棄したということは、新規の設置だけでなく既存の機械の修理や引き上げ・廃棄までもノータッチとなってしまうということなのである。で、ここで話は冒頭に戻るのだが、今回のような廃業の場合でも冷蔵ストッカーはメーカーが引き上げてはくれないのだ。さあここでどうするか?廃棄料もかかることを考えると飲食店サイドで処分してもらうに越したことは無いのだが、ここは敢えてウチが引き取るということにした。幸いウチの倉庫には置いておくだけのスペースはあるし、機械自体もまだまだ元気に動ける。前段にも書いたように、昨年4月以降は新規開店の飲食店に対してのメーカーからのストッカーの提供は行われなくなったので、飲食店は自前で用意しなければいけない。そこでウチが「中古でよければどうぞ」と提供を申し出れば、得意先にも喜んでもらえるし、その時点で競合店と争っているような状況なら大きなアドバンテージになるのだ。またウチでこういった冷蔵ストッカーのストックを持っていれば、別の得意先のストッカーが突然壊れたときに代替機として活用できるというメリットもあるし、(大きな声では言えないが)今リサイクルショップでもこの手のストッカーは結構需要があるようなので、イザとなればそういう店に持ち込むことも出来る。という訳でこのストッカーをウチで引き取ることになったわけだが、実はココからが大変だった..........(つづく)。
2004年10月15日
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名古屋で開催された、ワイン輸入業者の試飲会に出掛けてきた。前回出掛けた時は確か30点ぐらい試飲をしたので、今回はもうちょっと欲張って40点余りを試飲してきた。しかし40点ともなるとそれぞれのワインに対するコメントも書いていくにつれて似たり寄ったりになってしまい、結果的には1本1本の印象が薄くなってしまう。そりゃ単にオマエの修行が足りないんだろう、と言われればそれまでだが、現段階でそれぞれのワインのキャラクターを的確に印象付けようと思ったら、せいぜい20点ぐらいが限度かな?しかし言い訳がましくなるが、それだけ近年のワインのキャラクターのトレンドが似通ってきてるということもあると思うのだ。例えば赤ワインなら近年、南仏や南イタリア、あるいは南半球などの、今まであまり高品質なワインを生産していなかった地域のワインの質が飛躍的に向上しているのだが、これらのワインについては、1)凝縮感があって、2)香りがジューシーで華やか、3)程良い甘みを伴って、4)むせ返るような果実味、5)口の中でフワ~ッという広がり感、この中のいくつかの要素はまず備わっているだろうな。まあ私自身こういう味わいのものは嫌いじゃないし、赤ワイン初心者にもウケが良いので、それはそれで良いのだが、こういうものばかり立て続けにテイスティングしたすぐ後で、ボルドーやブルゴーニュのトラディショナルなタイプのものを飲んでみると、例えば渋みばかりが強調されたりとか、やたらと鋭角的な感触に思えたりというデメリット(?)もある。ただ上に挙げたトレンドのものが出てくるまでの同産地のワインというのは、今と同じくらいの価格でも比較的凡庸なものが多かったことを思えば、生産者の努力たるや素晴らしいと言って良いだろう。確実にコストパフォーマンスは向上していると思う。しかし今回も例によって一滴も飲まずに、すべて口に含んだ後に吐器に吐き出していたにもかかわらず、会場を出る頃には顔が真っ赤っかになっていた(*^。^*)
2004年10月14日
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ウチの店は南側が道路に面している。これはこれでメリットもあれば、デメリットもある。確かに寒い日などは太陽の光をさんさんと浴びることが出来るし、何より明るいというのは何かにつけて良いのかもしれない。しかし他方、この太陽の光がクセ者となってしまうこともある。ウチで扱っている商品の大半は、太陽光線から発せられる紫外線を大敵にしている。特に清酒・ワインなどのいわゆる「醸造酒」はてきめんだ。これらは蛍光灯の光ですら、品質劣化を加速させる要因となるため、置き場所に非常に気を遣う。「醸造酒」以外の商品でもまず直射日光に当ててはならない。となると店先にはホントに陳列するものがなくなってしまうのだ。今は晴れた日の昼間はブラインドを下ろすようにしているのだが、これだけだとどうしても殺風景。もし私に多少なりとも絵心があれば、ブラインドを大きなキャンバスにして存分に腕を振るうところなのだが..........(--〆)少し前までは店頭にビールメーカーなんかのポスターをウィンドウ一杯に貼っていたこともあるが、これも良し悪しだ。確かに店頭の賑やかしにはなるが、南向きだとやっぱり太陽の光の影響で、色落ちするのが早い。ちょっと油断しているとスグ色落ちするので、かえってみっともない光景となってしまう。もっともメーカーから我々のところにポスターを持ってくること自体、もう無くなってしまったけどね。最近ではちょっとしたディスプレイ代わりに、いろんな種類の酒の空瓶を並べたりもしている。ラベルが色落ちすれば次々と新しいものに替えていけば良いし、何よりその方がお客の目に対して変化を持たせることが出来る。しかしとにかくやっぱり南向きの店というのは遣りづらいことばっかりだ。もし今度店舗を移転するようなことがあれば、絶対北向きの店にするぞ!
2004年10月13日
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電車に乗ると当たり前のように「携帯電話についての注意」がアナウンスされる。心臓にペースメーカーをつけてる人への配慮ということもあるだろうが、そのワリには全員に電源を切ることを義務付けず、「マナーモードにして、通話はご遠慮下さい」と言うだけにとどまっているから、どちらかといえば話し声のやかましさを牽制してのものだろうな。でも携帯電話での話し声がそんなにやかましいというのなら、他にももっとやかましいのはいろいろある。子供の泣き声、オバチャン連中の会話、女子高生の笑い声、など等。車掌は携帯電話の通話を禁じるよりも、「車内ではお静かにお願いします」と言う方が妥当ではないだろうか?そういえば前に新幹線に乗ったときなど、私の近くの乗客が座席で携帯電話で話をしていたら、たまたま通りかかった車掌に注意されていたのだが、そのスグ近くで出張帰りと思しきサラリーマンの一団が酒盛りをして大騒ぎしているのには、全く目もくれず見て見ぬ振り。『車内での携帯電話=悪い』という短絡的な発想は捨てて、何が本当に迷惑なことなのかを鉄道関係者は今一度考え直した方がいいんじゃないだろうか?だって今や本当に無くてはならないツールになってしまったんだから、この際もっと柔軟な対応をして欲しいものだ。しかしそれはそれとして、どうしてみんな携帯電話でしゃべるとあんなに大声になるんだろう?私などは携帯電話で話してる内容が周りの人に解られるのが何だかイヤだから、いつも極めて小声で囁くように話してしまうのだが、ワリとみんなそのあたりは平気みたいだなー。そういえばマスコミや広告業界の人などは特に、これ見よがしにわざと大声で話してカッコつけてるっていう話を聞いたこともあるぞ(^^ゞ
2004年10月12日
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酒を売るには酒販免許というものが必要だ。ただこの酒販免許というのも、時代の流れの中でかなり緩和されてきている。かつては『需給調整用件』というのがあり、市町村ごとに人口何百人に対して1軒という枠を越えて免許を付与してはならないという「人口基準」と、既存酒販店から何百メートル以内に免許を付与してはいけないという「距離基準」の2つの基準が設けられていた。これらは段階的に撤廃されてきており、現在は免許の申請者が適格かどうかという「人的用件」というのが免許付与のための大きな判断材料になっている。しかし最近いろいろ話に聞く限りでは、どうもこの「人的要件」すらもないがしろにされているようだ。特に最近の新規免許の申請のほとんどがスーパー・コンビニ・その他のチェーンストアということもあって、「人的用件」の検討をするまでもない、ということみたいだ。そういう話を聞いたりすると、何だか免許制度がどんどんなし崩しになっていっているような気がする。しかしながら先日ある報道で耳にしたのだが、酒販免許の『需給調整用件』が完全に撤廃された昨年9月には、結構な数の新規免許の申請が寄せられたものの、その翌年、つまり今年の申請数は昨年に比べわずか3分の1にしかならないという。そりゃあ申請したい人がみんな昨年のうちに出しただろうから当然じゃない?と思われるかもしれないが、実は昨年4月に成立した議員立法『酒類小売業者の経営の改善等に関する緊急措置法』という法律の適用によって、昨年9月から1年間の間はかなり多くの地域で酒販免許が新規では付与されていなかったのだ。要するに実質自由化まで1年だけちょっと待っててね、ということだ。だからその効力が切れるこの9月には相当な数の免許申請が出るんじゃないかと思っていたら、先にも書いたように昨年のわずか3分の1しかなかったという意外な結果だったというわけだ。これについてはいろんな考え方があるが、申請しようとしていた業者が酒類販売に対してあまりウマ味を感じられなくなったのではないか、という見方がされている。今ではスーパー・コンビニなどは当たり前のように免許を申請して酒類の販売を始めているが、それ以外の異業種、例えばドラッグストア・ホームセンター・家電量販店などのようなところでも、酒類の販売に興味を示し、実際に免許を取得したところも多い。ただどうも見ている限りでは、こういった異業種参入組というのは見切りをつけるのも早い。もともと真剣に酒類販売というものを考えていなかったんだろう、儲かりそうだと思うとササッと手を出して、あまり儲からないとわかるとすぐに手を引く。まあ商売のやり方としては至極当然なことだろうから、異論を挟む筋合いのものではない。われわれとしてもそういう動きは、競争相手が減るということだから、それはそれで有難いことには違いない。ただどうも釈然としない気持ちは残る。少なくとも私は酒を売ることに関してはプライドを持ってるつもりだが、自分がプライドを賭けてる仕事が他方で持てはやされたり見切りをつけられたりと、免許の自由化の流れの中で弄ばれてるような気がするのだ。やっぱり仕事している以上、その仕事が人に魅力を持ってもらえるような仕事であったほうが、張り合いも出るというもんだけどなー..........。
2004年10月11日
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鈴鹿サーキットのF1日本GPが昨日の台風で順延となり、今日1日で予選と決勝を行うという強行軍だったが、無事終了したようだ。F1の行われる鈴鹿市は私の住んでるところの隣なので、F1の間はいつも交通渋滞に悩まされる。ただ悪いことばかりでもない。さすがにウチの近くの通行量が激増するだけに、それなりにお金を落としていってくれるのだ。もちろんそれに比例して道案内も多いけれど........。またウチの近所の普段ガラガラの旅館なども満員御礼で、泊り客が大挙して酒を求めにやって来たものだ。かつてF1の全盛期(セナが活躍してた頃かな)だと、店売りだけで普段の4~5倍は軽く売れたものだ。ウチの店で売り上げが飛び抜けて多い日といえば、夏祭り・クリスマス・大晦日がベストスリーだが、F1の日はそれに匹敵するくらいの賑わいを見せていたほどだ。それがいつの頃からか、F1の時期の忙しさがあまり感じられなくなってきたのだ。私自身はF1には余り興味が無いのでよく解らないのだが、やっぱりF1自体も少々人気が低下してきてるんだろうか?あるいは今年に限っていえば、やはり台風の影響が残っているということなんだろうか?地元としてはやっぱりF1には盛り上がって欲しいな!
2004年10月10日
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先日テレビを見ていたら、今女性の間で「立ち呑み」に人気が集まっており、女性雑誌などでも特集が組まれたりしているそうだ。「立ち呑み」といえば私あたりのイメージとしては、酒屋の店内や店先で常連のオジサン達が缶詰か何かをつまみながら店の酒を飲む、いわゆる「テッパツ」と呼ばれる形態のものが代表的だ。かつてはどこの酒屋でもそういうことをやっており、最近は数が少なくなったとはいえ、いまだにやっているお店もまだまだある。でもそんな野暮ったいところに女性がフラリと入って来れるわけも無く、ここへ来て全く新しい感覚の「立ち呑み」が出てきているというのだ。その番組で取り上げられていたのもいわゆる「テッパツ」風のものではなく、一個の店として独立したようなスタイルのものだ。店内もある程度入りやすそうな雰囲気になっていたりするし、値段ももちろん手頃。何よりつまみもちょっと手を込んだものを食べさせるし、酒類の種類も豊富だ。今の時代、「安い」というだけではお客は来てくれないからね。でもとにかくお客の回転率がいいので、これからのビジネスモデルのひとつになるかもしれないな。もうそうなると「テッパツ」というよりは、「マクドナルド」とか「スタバ」のような感覚だ(^^ゞ
2004年10月09日
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メジャーリーグでの新記録に対して国民栄誉賞を贈られることになったイチローが、それを辞退したというニュースを聞いて、私は心の中で大きな拍手を送った。なぜなら私はこの「国民栄誉賞」というものの価値を全く認めていないからだ。「自分はまだまだ未熟だから........」などともっともらしいことを言ってはいるけど、イチローとてたぶん同じじゃないかな。あるいは「別に自分は日本人の代表としてプレイしてるわけじゃない」という考えからかもしれない。世に「賞」と名の付くものは数多あるが、私はそれぞれの賞はその歴史の永さと、過去の受賞者の選考のされ方によってその「絶対的価値」が高められていくものだと思っている。そういう意味で言えば例えばノーベル賞などは、誰もが認める「絶対的価値」を持っている典型的な賞だと思うし、反対にプロダクションとレコード会社の力関係によって決まるとも言われている某歌謡賞などは、近年「絶対的価値」が大いに暴落している(ちょっと比較にムリがあるか........)。では「国民栄誉賞」はどうかと言うと、1977年創設と歴史としては決して古いほうではないし、贈るのは内閣総理大臣だから多分に場当たり的な選考になってしまいかねない。実際王貞治監督が受賞しているのに、長嶋茂雄氏が受賞していないのはおかしい、と言う声もよく聞く。また2000年のシドニー・オリンピックで金メダルを取りながら国民栄誉賞を貰い損ねたヤワラちゃんが、今回のアテネでも金メダルを取り今度こそ、と思ったところ、空前のメダルラッシュの煽りを受けて「今回は金メダリストには無し」と言われ、涙を呑む羽目になってしまった(野口みずき選手も然り、だ)。これらは全て選考基準の曖昧さが生んだ悲劇といっていいだろう。一応この賞の目的は、『広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があった方に対して、その栄誉を讃えること』とされている。それはそれでお題目としてはいいのだが、高橋尚子選手を選んだ段階で「新記録樹立や前人未到の偉業、即、受賞」みたいな変な流れになりかけてしまった感がある。一時の記録だけでなく、もっとその人の総合的な評価で決めるべきだろうね。同じ国民栄誉賞受賞者でも文化人の顔ぶれは充分に納得できるものだが、それはその人の生涯かけての業績を評価の対象にしているからだと思う。もっともそうすると生前にこの賞を貰うという事が困難になる、というデメリットはあるけどね。ただでさえその時々の首相の人気取りに利用されてる、という批判も多いいわくつきの賞だけに、一度根本から考え直したほうがいいんじゃないだろうか?しかし小泉総理でさえも意のままに出来ないイチローという男、ホトホト大した男だなー。
2004年10月08日
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義父の葬式に行ってきた。ごく身内のお葬式というのに出るのはずいぶん久し振りだが、こういう時ぐらいしかお会いしないような親戚というのも結構多いものだ。特にそれが妻方の親戚ともなればなおさらで、妻の実家が遠方でさらにその親戚が散らばってたりするので、普段の親戚づきあいというのが皆無に等しいのだ。たいていは結婚式のとき以来で、顔など全く覚えていなかったりするし、結婚式にも参列していただかなかった方はその存在すら初耳ということもある。こういうときに家系図などあるとよく解っていいんだけどねえ..........。実は自分方の親戚すらややおぼつかない私は、以前親のアタマがしっかりしているうちに家系図を作ろうと思って、少々やりかけたことがある。ところがこれがまたやり始めてみると大変な作業で、早々にこんがらがって挫折したのだ。今回も名前も知らぬ親戚の人たちの顔を眺めながら、「データを入力するだけで自動的に家系図が出来ていくようなソフトなんてのが有ればいいのになー」などと考えていた。で、帰ってから何気なく「家系図作成ソフト」でヤフーの検索をかけてみたら、なんとそういうソフトがいろいろとでてきたのだ!全然知らなかったけど、やっぱりこういうニーズもあるんだなー。ただカネを出してまで購入するかどうかは未定..........。フリーソフトでいいのがあればねえ(^^ゞ
2004年10月07日
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容態の悪化していた義父が昨日亡くなった。明日から通夜・告別式となるのだが、なにぶん遠方なので、2日間店を留守にしなければならない。盆・正月以外の通常の時期にこんなに店を空けるのはきわめて異例だ。早速留守中の段取りについていろいろ指示を出すが、それでも非常に不安だ。私もどちらかと言うと自分で仕事を背負い込むタイプだから、こういうときに人に仕事を任せてこなかったツケが出る。このままではイカンなー、どこにも行けなくなってしまう..........(-_-;)そういえば先日大手コンビにチェーンのフランチャイズになった酒屋仲間と話をしていたときのこと。当然24時間営業だから「体、シンドイやろー」と水を向けると、彼曰くは「いや、全部人に任せてるから、ハッキリ言って今までよりはずっとラク。」まあ自分が休んでても店は動いてるわけだから、気にならないかと言えばならないことは無いとは思うが、それもその人の性格次第だろう。要は上手く人に任せるという割り切り方をしたほうが勝ち!そしてそのためには仕事の仕組みの体系化と、ある程度のマニュアル化が必要だろう。あいにくそれが今のところウチでは全然出来ていないなー(^_^;)
2004年10月04日
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以前からウチの倉庫の周りでしょっちゅうハチを見掛けるなー、と思っていたら、なんと積み上げてあったプラスチックのビールケースの中に巣を作っているではないか!ハチの巣が低いところに出来る年は台風が多い、ということらしいが、まさかこんなところにあるとは!
2004年10月03日
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『茶色の朝』(フランク・パヴロフ他著、大月書店)を読んだ。早く言えば「如何にしてファシズムは台頭するか」ということを、例え話風に警戒した物語である。確かに今の日本を見ていると、いろんな所にファシズム化の萌芽らしきものが見られる。ただそれに対して今この時代に生きているわれわれは、戦後誕生した平和憲法もあることだし、今後何が起こっても今の日本が戦前のようなファッショ化に突き進む恐れは無いだろう、と高を括っている人がほとんどだろう。しかしここで、主人公のつぶやくこんな言葉が重くのしかかる。 「まるで、街の流れに逆らわないでいさえすれば 安心が得られて、面倒にまきこまれることもなく、 生活も簡単になるかのようだった。 茶色に守られた安心、それも悪くない。」つまりいざファッショ化の波が押し寄せようとしても、それが危険な波であることに気づかないまま、いつの間にかその波に弄ばれることに慣らされてしまっている、ということだ。そして気がついたときには手遅れになっているのだ。われわれもそうならないとは言い切れない。あるいはもしかしたら、今の日本にもその波は来ているのかもしれない。特に日本人というのは元来「右へならえ」という習性を色濃く持つ国民だから、そういう意味ではファシズムが浸透しやすいという土壌はあるのかもしれない。いやー、コワイ話だ(+_+)
2004年10月02日
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市町村合併などで今日から新しくお目見えした新市町村が、全国で23もあるそうだ。これまでにもここ数年の間に全国各地で市町村合併が行われてきたが、新しく出来た自治体の名前を見ていると正直どうもパッとしない。パターンとしては次のどれかがほとんどだ。(1)合併する市町村の中で最も規模の大きい自治体の名称をそのまま使用(2)合併する市町村が属していた「郡」名をそのまま使用(3)合併する市町村の名称から1字ずつ取る(4)昔からその地域の呼び名として定着している名称を使用いずれも数多くの意見を尊重し、最大公約数的な判断をするという点では、一番丸く収まる選択かもしれないが、どうしても画一的で新鮮味に欠けるという感は否めない。まあ私などは所詮部外者だから、いくらこういったことに興味があるといっても、当事者の方々の判断に口を挟むというのも筋違い極まりないだろう。しかしそれを承知の上であえて言わせてもらえば、自治体の名前というのはそこの住民のアイデンティティーのひとつであると同時に、商店に例えれば屋号に相当するものであり、特に他地域からの来訪者の増加に期待を寄せる所であれば、他地域の人から見ても魅力的な名前にするということも非常に重要なことじゃないだろうか?そういう意味で今回私がちょっとイイな、と思ったのが、鳥取県に誕生した『湯梨浜町(ゆりはまちょう)』。ここは羽合町・東郷町・泊村という3町村が合併したものだが、この新町名の由来はナント「温泉と20世紀梨、砂浜という地域の特産の組合わせ」なのだそうだ。いやー、なんと気の利いた名前だろう、カナにしたときの語呂も良いし、何だか思わず立ち寄ってみたくなる名前ではないか。またこれ以前に合併したところでは、山梨県の『南アルプス市』、熊本県の『あさぎり町』なども、見てるだけで何だかワクワクするような名前だ。反対に東京都の『西東京市』や愛媛県の『四国中央市』など、味も素っ気も無いような名前だと、とても行ってみようかという気にはならない。今後合併予定の自治体の方々にはぜひ御一考をお願いしたいと思う。
2004年10月01日
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