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青崎有吾『早朝始発の殺風景』~集英社文庫、2022年~ 青崎有吾さんによるノンシリーズの短編集。 同じまちが舞台で、エピローグでは各物語のその後の様子も描かれますが、基本的には独立した5編の短編が収録されています。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。―――「早朝始発の殺風景」早朝始発の電車に乗ると、普段離さないクラスメイトの殺風景が座っていた。僕―加藤木と殺風景は、お互いが早朝始発に乗る理由を推理し始めることになる。「メロンソーダ・ファクトリー」仲よし三人組でいつものファミレスでしゃべっていた私たち。学園祭のクラスTシャツのデザインを選ぶ中、私の提案に対して、いつもなら受け入れてくれるはずの詩子は別のクラスメイトのデザインを選び…。微妙な空気になる中、詩子の選択の理由をノギちゃんが推理する。「夢の国には観覧車がない」フォークソング部3年生の引退記念でテーマパークにやってきた俺は、あまり話したことのない後輩とペアになり、観覧車に一緒に乗ることに…。果たして後輩が俺を観覧車に誘った意図とは…。「捨て猫と兄妹喧嘩」公園で捨て猫を拾ったあたしは、両親の離婚により別々に暮らしている兄に連絡を取る。アパートに連れて帰れないため、兄に引き取りをお願いするが、兄の言葉にはどこか違和感があり…。「三月四日、午後二時半の密室」クラスに最後までなじめた様子のなかったクラスメイトが、体調不良で卒業式を欠席。そんな彼女のもとに卒業アルバムを届けたわたしは、なんとなく帰りそびれて、少しずつ彼女と話をするが、急に違和感に気づき…。――― これは面白かったです。 車両、ファミレス、観覧車、レストハウス、級友の家の部屋という5つの場所で、2~3人が話す中で生まれる違和感や疑問を解き明かしていくというスタイルの物語。決して派手な動きはないのに、物語にぐいぐい引き込まれます。 特に好みだったのは「メロンソーダ・ファクトリー」。主人公の最後の「修正」に心を打たれます。 また、「夢の国には観覧車がない」も良かったです。読後、このタイトルをあらためて、あらためてその深さを感じました。「三月四日、午後二時半の密室」も、タイトルが素敵なのはもちろん、何も謎がなさそうでいて途中からミステリの雰囲気が高まっていくというつくりも素敵でした。とりわけ、クラスメイトの煤木戸さんが語る、勉強する理由が印象的でした。 池上冬樹氏による解説も分かりやすく秀逸です。 あらためて、これは面白かったです。良い読書体験でした。(2024.01.27読了)・あ行の作家一覧へ
2024.05.04
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乾くるみ『ハートフル・ラブ』~文春文庫、2022年~ ノンシリーズの短編集です。7編の短編(うち1編はほぼショートショート)が収録されています。 それでは、簡単にそれぞれの内容紹介と感想を。―――「夫の余命」余命宣告を受けた後に結婚した夫婦。夫を失った妻は、これまでのことを回想していく。「同級生」作家として大成した友人のもとへ、夫婦で訪れた私。友人が住むマンションは、私たちが高校生の頃、同級生が飛び降り自殺した場所だったが、不可解な点もあり…。「カフカ的」不倫の関係にあった男のことで悩んでいた私は、偶然高校時代の友人と出会う。悩む私には、友人は自分も双子の妹を憎んでいると、交換殺人を持ち掛けてくる。「なんて素敵な握手会」ショートショート。「消費税狂騒曲」不倫相手から急によびだされた三浦は、相手が夫を殺してしまったことを知る。ミステリ好きなことで出会った二人は、三浦が被害者になりすまし、急いでアリバイトリックを試みるが。「九百十七円は高すぎる」友人との道中、二人とも憧れている先輩を見つけた。先輩とその友人の話に出てきた、「917円?」という驚いたような金額の意味とは。「数学科の女」演習科目で同じグループになった5人のメンバー。その中の紅一点は、数学科の学生で、5人は演習後に食事をしたり、長期休みにはメンバーの別荘に行ったりと、他のグループよりも交流が盛んだった。その中でも無口キャラで通ることに成功した僕に、ある日、彼女から電話がかかってきて…。――― まず、冒頭「夫の余命」でやられました。これは面白いです。 「同級生」はミステリ要素+アルファ。「カフカ的」は一人称で交換殺人を描き、たしかに乗り気にはならないだろうなと思わせてからの意外な展開。 「なんて素敵な握手会」は文庫で4頁というショートショートなので内容紹介は省略しましたが好みの作品です。 「消費税狂騒曲」は、平成元年の消費税導入からの、ある二人の視点で描かれ、こちらも好みでした。 同じく好みの作品は「九百十七円は高すぎる」。『9マイルは遠すぎる』(未読です!)のパターンですが、一見謎の言葉の意味を解き明かすスタイルは大好きです。ウィキペディアも参考にしましたが、このブログでも紹介している同じタイプの作品に、米澤穂信『遠まわりする雛』角川文庫、2010年所収の「心あたりのある者は」、有栖川有栖『江神二郎の洞察』東京創元社、2012年所収「四分間では短すぎる」があります。 本書唯一の書下ろし作品「数学科の女」は、意外な流れからミステリ要素が強くなっていきます。私はややホラーとして読みました。 面白い作品集です。(2023.08.02読了)・あ行の作家一覧へ
2023.12.30
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青崎有吾『ノッキンオン・ロックドドア』~徳間文庫、2019年~ 青崎さんには、デビュー作『体育館の殺人』にはじまる裏染天馬シリーズがありますが、本作は2人の探偵が活躍する新シリーズの第1弾。7編の短編が収録されています。 不可能専門の御殿場倒理さん、不可解専門の片無氷雨さんの2人が探偵をつとめ、女子高生の薬子さんがバイトをしている探偵事務所「ノッキンオン・ロックドドア」に持ち込まれる様々な事件に、2人が挑みます。 それでは、簡単にそれぞれの内容紹介と感想を。―――「ノッキンオン・ロックドドア」青を基調とした風景画で有名な画家が、密室状態のなか、殺されているのが発見された。さらに、現場には、真っ赤に塗りつぶされた画家の絵も残されていて…。「髪の短くなった死体」劇団員のリーダーの女性が、稽古場代わりに借りていたマンションの一室で殺されていた。彼女の長い髪が切断され、現場から持ち去られていた理由とは。「ダイヤルWを回せ!」亡くなった祖父が、貴重な雑誌の入った金庫の開錠番号を残していたが、あかないので開けてほしいとの依頼がもたらされた直後、父の死因に不審な点があるので調べてほしいとの依頼が持ち込まれる。珍しく、二人の探偵は別行動で調査を進めるが…。「チープ・トリック」個人情報流出事件で注目されていた業者の重役が銃殺された。神経質で、カーテンをしていたにもかかわらず、彼はどのように殺されたのか。「いわゆる一つの雪密室」零細工場社長が、雪密室の状況の中で死んでいた。前夜、近所に住む兄弟ともめており、彼が怪しいと思われたが、足跡のない状況をいかに説明するか。「十円玉が少なすぎる」薬子さんが通学中に聞いた言葉、「十円玉が少なすぎる。あと五枚は必要だ」という言葉の意味の解読に、探偵2人が挑む。「限りなく確実な毒殺」元衆議院議員が、パーティーでのあいさつ中、毒により死亡した。しかし、グラスやシャンペンに毒を仕掛けるそぶりのあった人物は誰もいない状況だった。――― これは面白かったです。典型的な密室や雪密室(私は密室もののなかでも、雪密室は特にわくわくします)、日常の謎や謎の毒殺など、バラエティに富んだ謎が1冊で楽しめます。 上の紹介には書きませんでしたが、探偵2人の大学ゼミ同期で警部補の穿地さんのキャラクタも面白いですし、また同じくゼミ同期で犯罪指南をしているライバル的な存在も登場し、今後の展開が気になります。 読みやすく、楽しい1冊でした。(2023.05.14読了)・あ行の作家一覧へ
2023.10.07
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乾くるみ『物件探偵』~新潮文庫、2021年~ アパート・マンションにまつわる謎や不可解な事件を、建物の気持ちが分かるという、宅地建物取引主任者(2015年法改正で現在は宅地建物取引士というそうですが、物語の舞台は法改正前)の不動尊子(ふどう・たかこ)さんが解決する短編集です。―――「田町9分1DKの謎」中山は、堅実に生きてきたが、父の遺産が入ったこと、また会社の業績悪化の懸念や将来への不安から、マンションのオーナーになった。しかし、オーナーになってすぐ、入居者が退去してしまう。次の入居を希望しつつ、実際の物件を観に行ったとき、その部屋が実際にはみすぼらしいことに気付き、購入代が適正だったかどうかにも不安になってきて…。「小岩20分一棟売りアパートの謎」寺川は、不動産検索サイトで、たまたま自分が住むアパートが売りに出されていることを知る。その中で、アパートに空室ありとされていることに疑問を抱く。その後、部屋にダンゴムシが入れられたり、とつぜんエアコンが壊れたりするという、おかしなことが続き始める。「浅草橋5分ワンルームの謎」上の住人の足音が気になり、また別の事情からも引っ越しを考えていた谷は、まさに上の部屋が売りに出されることを知る。その部屋の購入を進める中、ベランダに鳥の死骸が落ちるなど、奇妙なことが起き始め…。「北千住3分1Kアパートの謎」アパートオーナーの山田は、退去が出た部屋の家賃のことで、少しリフォームして(しなくても)もっと金額を上げたほうがよいと不動産業者の担当から説得される。値上げを考え始めたそのころ、別の部屋の住民も退去して…。「表参道5分1Kの謎」定年退職後、家にずっと居ることが自分にも家族にも多少のストレスと気づいた吉田は、趣味の野球観戦のため、球場に近いマンションをセカンドハウスとして購入することにする。希望する部屋には、前の住民が置いていたものは購入者が処分するという条件が付いていた。そしてその部屋には、あまりにも多くの荷物が置いてあったのだが…。「池袋5分1DKの謎」事故物件でも全く意に介さない興水は、希望通り事故物件を購入した。その直後、その部屋で死亡した女性の妹という女性がやってきて、それから、部屋に異臭がするなどの異変が起き始める。――― 冒頭では、不動さんが事件を解決すると書きましたが、厳密には不動さんは物件の評価をするだけで、真相には当事者がたどりつく物語もあります。 アパートやマンションが舞台ということで、ご近所トラブルや、賃貸・売買に関するトラブルなど、身近なテーマで、どこか怖くもありました。 巻末には、文庫版オリジナルの「不動尊子より。」という、割とメタな視点から、不動さんの人物造形などの背景が不動さん自身によって語られるおまけがついていて、嬉しいです。 立て続けに乾さんの作品を読んできましたが、あらためてその作風の幅の広さに驚きます。 こちらも楽しい短編集でした。(2023.01.16読了)・あ行の作家一覧へ
2023.05.14
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乾くるみ『ジグソーパズル48』~双葉文庫、2021年~ 私立曙女子高等学院の生徒たちが様々な謎や事件に挑む作品集。それぞれ独立して読める7編の短編が収録されています。―――「ラッキーセブン」生徒会室に集まったメンバーで、トランプのゲームで遊ぶことになった。ところが、真のデスゲームになってしまい…。メンバーの持ち札を読み、危機を脱出できるのか。「GIVE ME FIVE」カラオケ店の2つの部屋に分かれていた生徒たちが知り合いだったため片方の部屋に集まって盛り上がっていた。ところが、空いたかっこうになった部屋で、置いていた高級いちごが食べられていたことが発覚する。探偵役をつとめることになるバイト店員がたどりつく真相は。「三つの涙」アパートで起こった殺人事件。同じアパートの別室に住んでいるため事情聴取を受けた住人、事件の担当となった刑事、被害者となじみのあったスーパーの店員という、事件に関係する3人のそれぞれの娘が学院の生徒だった。被害者が買い物の際に持ち帰ったはずのアイスだけが現場からなくなっていたという謎。彼女たちは事件の真相解明を目指すが…。「女の子の第六感」サッカーの試合で、同級生から頼まれていた限定グッズが当たるかもしれない福引に挑戦した生徒が、翌日から様子がおかしくなってしまった。依頼していた生徒の様子もどこかおかしく…。「マルキュー」経済上の事情でバイトを始めたところを見つかってしまったため、特別進路指導クラスの9組、通称マルキューに新たに異動してきた生徒をなんとかするため、彼女に特待生をとらせて学費を免除させようと結束したメンバーたち。スポーツ大会にも試験勉強にも全力を尽くすなか、スポーツ大会ではアクシデントに見舞われ…。「偶然の十字路」卒業式の後、防音棟に訪れた生徒たちのなかで、一つの事件が起こる。不祥事を起こして留年確定となった生徒が復帰したその日、その生徒が何者かに殴られ倒れているのが発見された。防音棟にいたメンバーに犯人がいるはずだが、方法にもアリバイにも謎が残り…。「ハチの巣ダンス」飲み屋にスマホを忘れ、取得した犯人から金銭を要求された同級生を救うため、犯人のもとに侵入したマルハチのメンバーたち。しかし、スマホは、開けるのが困難な、奇妙なかたちの引き出しにしまわれていて…。――― それぞれの短編集の登場人物は基本重複していないので(たまに言及されることはありますが)、冒頭にも書きましたが、それぞれ独立した短編となっています。殺人事件を扱うものもありますが、基本は日常の謎や困難な状況をなんとか乗り越えようとするタイプの物語です。 「ラッキーセブン」は『セブン』にも収録されています。これのみ独特な世界観です。 「GIVE ME FIVE」「女の子の第六感」は日常の謎ものとして、好みの作品でした。 唯一の殺人事件を扱う「三つの涙」はどちらかといえばホラーテイストの作品。 全てにはふれられませんが、全体を通じて「マルキュー」が一番好みの作品でした。 各短編タイトルの数字を合計すると48になるなど、凝った作品集です。 全体を通じて楽しく読みました。(2023.01.13読了)・あ行の作家一覧へ
2023.05.13
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乾くるみ『カラット探偵事務所の事件簿3』~PHP文芸文庫、2020年~ 謎解きだけを専門に扱う探偵事務所を開くという古谷謙三さんに誘われ、助手をつとめることになった井上さんが記録者をつとめる短編集の第3弾。7編の短編が収録されています。 作中の時系列としては、本作最後のFile.19のあとのFile.20が『カラット探偵事務所の事件簿1』に収録されていますので、ここまでで第1巻からの流れに一区切りつくことになります。―――File13「秘密は墓場まで」月命日に父の墓参りに行くと、誰かがすでに花を供えていた。家族には、父を恩人と感じていた人物の心当たりがない。そこで、依頼を受けたカラット探偵事務所の2人は張り込みを行うが…。File14「遊園地に謎解きを」古谷たちが「兎の暗号」事件を解決したことを知った遊園地経営者は、企画していた謎解きイベントの担当者が体調を崩して不在となったため、イベントの謎解き作成を探偵事務所に依頼する。遊園地に足を運ばないと解けない、絶妙な難易度の問題を作ってほしいというのだが。File15「告白のオスカー像」研究室恒例のクリスマスパーティーで、差出人も受取人も不明なままにするという厳格なルールで行われるプレゼント交換。そこで、告白の手紙とともにオスカー像を受け取った女性は、相手のことを特定するため探偵事務所を訪れる。File16「前妻が盗んだもの」離婚したが、険悪とまでいかない前妻が、自分が不在のときに家を訪れたようだが、何をしたのかが分からない。必要な荷物なら連絡もとりあえるのに、なぜ無断で家に入ったのか。File17「次女の名前」次女が生まれた翌日、夫が交通事故で亡くなったという女性からの依頼は、夫が次女につけようとしていた名前を特定してほしいというものだった。出生届の裏面に夫がメモした2つの名前。しかし、書いては消した名前があるように思える。メモから名付けたが、本当に正しかったのか。File18「深紅のブラインド」ボクシングジムの女性更衣室のブラインドが、中が見えるように羽の角度が変えられていた。しかし、ブラインドの前には大きなロッカーがある。だれが、いかにブラインドをさわったのか。File19「警告を受けたリーダー」イベント直前、市のまちおこしで結成されたアイドルグループのセンターにしてリーダーのバッグから、センターをかわるよう要求するメモが見つかった。残り5人の中の誰かが書いたと思われるが、はたしてイベント開催までのわずかな時間で、犯人を特定できるのか。――― 好みの短編が多かったです。「遊園地に謎解きを」は、謎づくりという趣向で楽しく読みましたし、「次女の名前」はしんみりと、そして最終話は真相に感動し、その後日譚には感慨深くなりました。 今回も良い読書体験でした。(2023.01.08)・あ行の作家一覧へ
2023.05.06
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乾くるみ『北乃杜高校探偵部』~講談社ノベルス、2013年~ 京都府宇治市の名門校・北乃杜高校の、謎解き仲間5人が挑むいくつかの謎を描く、4編の短編が収録された連作短編集です。―――「《せうえうか》の秘密」校歌、応援歌とは別にさらに用意されている逍遥歌の、歌詞が昔は違っていた。なぜ歌詞が変えられたのか、と疑問を抱いた横井から相談を受けた清水は、自分なりに歌詞への疑問を書き出していく。学校OBの山科の祖父の助言も得るため、1年生の頃に謎解きを一緒にした5人が山科家に集い、逍遥歌の歌詞に隠された秘密に挑む。「記録された殺人の予告」サッカー部の試合に出場した後、修学旅行に合流することになっていた清水は、合流先に向かう新幹線の中で、修学旅行用学校ブログに不穏なメッセージが寄せられていることに気付き、生徒会長の赤倉に連絡する。それは、修学旅行の最終日に人を殺すと読めるメッセージだった。合流後、探偵部の一人、稲川の友人のケータイ紛失事件が起こっていて、そのケータイから書き込みがなされたことも判明。赤倉たちと連携を取りながら、限られた時間の中で書き込んだ人物の特定を目指す。「牛に願いを」文化祭では、男子寮代表と女子寮代表の二人が織女牽牛に扮する牛引きのイベントが行われる。大役を担う清水と稲川だが、清水は引継ぎがうまくいっておらず、ぎりぎりまで段取りを把握していなかった。そんな中、OBで有名な漫才師が文化祭で漫才を披露したのち、清水はそのOBからある依頼を受けることになり……。「贈る言葉」美人教師と評判の先生(高校OG)の、卒アルの写真がチェーンメールで回されてきた。その歯には、巧妙なコラージュなのか、矯正器具が付けられていた。1年生の状況からも事態を重くみた稲川は、清水に相談を持ち掛ける。一方、文芸部の横井は、自殺をほのめかす詩が部室に投稿されていたことを明かす。二つの事件は関係があるのか。また、犯人の手掛かりも全くないなか、赤倉がとった解決策とは……。――― これは面白かったです。大好きな物語です。 清水さん視点の三人称で物語は進みますが、謎解きの妙はもちろん、5人の友情(信頼関係)や恋愛の行方の描き方も素敵です。 もともと涙もろいですが年々拍車がかかるなか、「贈る言葉」にはやられました。 繰り返しですが、大好きな作品のひとつになりました。 作中で言及される過去の事件や後日譚も、もし発表されるならぜひ読みたいです。 素敵な読書体験でした。(2023.01.06読了)・あ行の作家一覧へ
2023.05.04
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泡坂妻夫『湖底のまつり』~創元推理文庫、1994年~ 泡坂妻夫さんによるノンシリーズの長編です。 仕事に疲れ、鄙びた村を訪れた紀子さんは、散策中、急激に増量した川に流されたところ、一人の人物に助けられます。埴田晃二と名乗りますが、翌日、その時点ですでに晃二は死んでいた―おそらく毒殺されていた、ということを知ります。 事件のことを調べ、あらためて村を訪れた紀子さんですが、一度目に訪れていた時点で着々と進んでいたダム工事の影響で、すでに村は湖底に沈んでしまっていました。そんな中、何人かの関係者を見つけて…という大筋です。 紀子さん、晃二さんなど、主要人物のタイトルをつけられた4つの章からなり、それぞれの主観で一つの事件が描かれる、という構成です。 以前に紹介した『11枚のとらんぷ』『乱れからくり』に比べると、言い方は悪いかもしれませんが事件自体は地味な印象ですが、そもそも物語が幻想的に語られるなど、過去2作とは全く異質の作品(ミステリ)です。解説の綾辻行人さんも指摘されているように、本書は「見事な「騙し絵」」となっています。(2022.06.18読了)・あ行の作家一覧へ
2022.10.01
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泡坂妻夫『乱れからくり』~創元推理文庫、1993年~ 日本推理作家協会賞受賞作の長編ミステリです。伝法肌の宇内舞子さんと、宇内さんの会社の社員になりたての勝敏夫さんの2人が活躍します。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。――― ボクサーの夢をあきらめた勝敏夫が就職した先は、宇内舞子1人が社長をつとめる経済系の探偵社だった。 最初のミッションは、舞子とともに、玩具商「ひまわり工芸」の馬割朋浩の妻を尾行することだった。依頼主の朋浩が帰宅後も、依頼どおり尾行していると、2人は空港に向かい始める。その道中、隕石が落下し、2人の車は炎上、朋浩は死亡してしまう。 その妻―真棹を助ける中で、敏夫は彼女に特別な思いを抱き始める。 そんな中、真棹の息子は大量の睡眠薬を飲んで死亡、その他馬割家の人々が次々に謎の死を遂げていく。――― これは面白かったです。 隕石という不慮の事故のインパクトからの、奇怪な連続死(殺人)という、いわゆる魅力的な謎が満載です。 馬割家の人々が暮らす「ねじ屋敷」の迷路、様々なからくりについての蘊蓄など、興味深いテーマも多く、わくわくしながら読み進めました。 宇内舞子さんの人柄も魅力的です。 良い読書体験でした。(2022.05.29読了)・あ行の作家一覧へ
2022.09.17
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泡坂妻夫『11枚のとらんぷ』~創元推理文庫、1993年~ 泡坂妻夫さんによる第一長編。奇術サークルを舞台にした短編小説集『11枚のとらんぷ』になぞらえられてメンバーが殺されたという事件の真相を、小説集の作者にして奇術サークルの会長、鹿川さんが挑むという物語です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。――― 公民館創立20周年記念ショウに、奇術愛好家の素人サークル「マジキ クラブ」のメンバーが登場。それぞれ得意の奇術を披露する中、種になる薬品がこぼれたり、ハトが思うように動かなかったり、子どもたちが騒いだりと、なかなかスムーズにはいかなかった。 最後の奇術では、登場するはずのメンバーの女性がいつまでも現れず、しばらくして、その女性が自宅で殺されているという知らせがもたらされる。「マジキ クラブ」の会長にして、実際には演技できない特殊環境での奇術をモチーフにした作品集『11枚のとらんぷ』の作者の鹿川は、現場の様子を聞き、事件は作品になぞらえて起こされたことに気づく。 事件後、世界国際奇術家会議東京大会に出席した中で、鹿川は事件の真相に近づいていく。――― 長編の中で起こる事件は、奇妙な状況での殺人事件がメインで、綿密な伏線から解明されていく鮮やかさがすがすがしい作品。 また、作中作の短編集(奇術の種明かしに挑む11話)も、それ自体面白いですし、また事件全体の鍵にもなっているという凝った作りになっています。 有名な作品でありながら、なかなか読めずにいましたが、この度読めて良かったです。 良い読書体験でした。(2022.05.22読了)・あ行の作家一覧へ
2022.09.10
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有栖川有栖『幽霊刑事』 ~講談社、2000年~ 有栖川さんによるノンシリーズの長編です。刊行はもう20年以上前になるんですね…。 上司に呼び出され、「すまん」の言葉とともに射殺された神崎達也刑事は、気づくと幽霊となってこの世に戻っていました。フィアンセの森須磨子刑事は自分に気づくことがなく、絶望的な気持ちになる神崎刑事ですが、イタコ家系の後輩・早川刑事には自分が見え、会話できることに気づきます。 早川刑事の協力を得ながら、上司の犯罪を立証しようと奮闘する神崎刑事ですが、その上司も密室状況で死亡するのが発覚します。所属署の度重なる不祥事もあり、上層部は事件の解決(もみ消し)に躍起になりますが…。 物語は幽霊となった神崎刑事の一人称で進みます。物を通過できるけれど触れることはできなかったり、早川刑事以外には自分の姿や声が見聞きできなかったり、眠ってしまったりと、いろいろな設定が面白いです。早川刑事のキャラクターも素敵です。 いかに上司の犯罪を立証するか。手に汗握る展開の中、その上司も殺されてしまい、さらに謎が深まるという、ミステリとしても抜群に面白いですが、幽霊の存在を全く信じないフィアンセとの行方にも注目です。 おそらく20年近く前に読み、その後一度は再読している(はず)と思いますが、それでも今回が10年以上ぶりの再読と思います。感動できる物語、という印象は残っていましたが、あらためて楽しめました。有栖川さんの作品はどれも安心して楽しめますが、その中でも私には好みの物語でした。(2021.05.28読了)・あ行の作家一覧へ
2021.09.04
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有栖川有栖『作家小説』 ~幻冬舎、2001年~ 作家をテーマにした短編集です。謎解き主眼のミステリではなく、ホラーに近いような作品が多いです。 それでは、簡単にそれぞれの内容紹介と感想を。 「書く機会(ライティング・マシン)」は、敏腕編集者が本領を発揮できていないと考える新人作家を秘密の部屋に招待し、名作を書かせる、という物語。ホラーテイストの作品です。 「殺しにくるもの」こちらもホラーテイスト。あまり有名ではないけれどコアなファンがいる作家にファンレターを出した高校生ですが、彼女にすすめられてファンレターを出した友人が殺されてしまいます。一方そのころ、謎の連続殺人が起こっていて…。あえていえばミッシングリンクなのかもしれませんが、謎解きに主眼はありません。ラストは(不気味ですが)作品としては好みです。 「締切二日前」締切二日前なのに頼まれていた作品が全く書けていない作家が主人公です。母親に話しながらなんとか進めようとしますが…。ユーモアのある作品。 「奇骨先生」こちらはホラーでも幻想でもなく、純粋に物語として楽しい一編。地域の作家のもとにインタヴューに訪れる高校生2人ですが、奇骨先生はなかなかの難物で…。久々の再読ですっかり忘れていましたが、今回印象に残った作品です。 「サイン会の憂鬱」編集者のごりおしで行きたくもない地元でのサイン会に招待された作家が主人公です。こちらもホラーテイストです。 「作家漫才」傑作。小説であまり売れていない二人の作家による漫才です。作品の書き出しのネタなど、何回読んでも楽しめます。 「書かないでくれます?」こちらもホラーテイスト。タクシーで聞いたエピソードから傑作をものした作家を待つ運命とは。 「夢物語」幻想的な作品。ある作家が装置によって夢の世界で生きていくことになります。物語が存在しない世界で、物語により人々から喝さいを受ける彼ですが…。 と、バラエティ豊かな作品集です。 20年近く前に読んでその後何度か読み返しているはずですが(上にも書きましたが「作家漫才」はさらに何度か読んでいます)、ほとんど覚えていなかったので、今回もあらためて楽しめました。有栖川さんの作品は火村シリーズなどの謎解きが好きなのももちろんですが、『ジュリエットの悲鳴』など、ミステリの枠にとらわれない物語も好みなので、本書も好みのタイプの一冊です。(2021.05.23読了)・あ行の作家一覧へ
2021.08.28
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芥川龍之介『奉教人の死』 ~新潮文庫、1968年~ 「切支丹物」11編が収録された短編集です。 「煙草と悪魔」日本に煙草を持ってきた悪魔が、その植物の名前を答えたら植物をあげるが、言えなければ魂をいただくと無理難題をふっかけて牛商人を陥れようとします。はたして牛商人の運命は…という寓話。 「さまよえる猶太人」さまよえるユダヤ人という伝説の真相を知るための古文書が見つかった、という体の短編。冒頭の問題提起が面白いです。 「奉教人の死」信仰厚い「ろおれんぞ」という少年が、町の女性との間に子供をつくったということで教会を追い出されます。その後、彼女と子供の家にある事件が起こり、「ろおれんぞ」がとった行動とは、というお話。巧みな語りと印象的な結末が素敵です。これは面白かったです。 「るしへる」悪魔は本当に悪いのか、という話。文語体で書かれていますが、面白い筋で、ぐいぐい読めました。 「きりしとほろ上人伝」表題作同様、聖人伝をもとにした短編。強い存在に仕えようとする巨人がたどる運命を描きます。こちらも面白かったです。 「黒衣聖母」気味の悪い因縁のあるという黒衣の聖母像をめぐる話。 「神神の微笑」日本で布教していた男が、日本の神々のやり取りを白昼夢のように見た後、日本の精霊に日本人の信仰のあり方を聞かされます。こちらも、物語の展開も内容も面白く読みました。 「報恩記」吉田精一氏による解説にあるように、『地獄変・偸盗』所収の「藪の中」と同様、ある事件が3人の視点から語られます。恩返しの裏にあるそれぞれの思惑が、興味深く描かれます。 「おぎん」両親を亡くしたおぎんという童女が、養父母とともにキリスト教を信仰していましたが、棄教しなければ処刑されるという状況に追い込まれます。そのときに彼女がとった行動とは。 「おしの」子供の大病を治してほしいと教会の神父を訪ねたおしのですが、神父の話を聞いてとった行動とその理由が興味深いです。解説にもありますが、「おぎん」にも通じるものがあります。「おぎん」「おしの」ともに好みの話でした。 「糸女覚え書」ガラシャ夫人を題材にした作品。この短編集には文語体というかいわゆる「現代文」ではない作品が多いですが、本作は恥ずかしながら私の力では十分に読めませんでした。 と、好みの作品が多く収録された作品集でした。 表題作と「きりしとほろ上人伝」では、ヴォラギネのヤコブスによる有名な聖人伝集成である『黄金伝説』に言及されています(実際元ネタが『黄金伝説』にあるようです)。自分の研究にも関連する重要な史料でありながら未入手ですので、あらためて必要性を感じた次第です。(2021.05.15読了)・あ行の作家一覧へ
2021.08.19
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芥川龍之介『戯作三昧・一塊の土』 ~新潮文庫、1993年~ 大正6年~15年に発表された13編の短編が収録された、バラエティに富んだ短編集です。 「或日の大石内蔵助」タイトルどおり、ある日の大石内蔵助の心情をつづる短編。 「戯作三昧」『南総里見八犬伝』の執筆を中断していた滝沢馬琴のある日をつづります。朝風呂で出会った、自分の作品をほめる人やけなす人、執筆の催告に来た版元の言葉、そしてお孫さんの言葉と、それぞれへの彼の思いや態度が生き生きと語られます。こちらは好みの作品でした。 「開化の殺人」本多子爵夫婦に届いた、過去の殺人を告白する遺書を紹介する形式の作品。遺書は文語体ですが、内容は面白く、こちらも興味深く読みました。 「枯野抄」松尾芭蕉の臨終に立ち会った弟子たちを描く作品。 「開化の良人」さきほどの「開化の殺人」と同じく、「開化もの」の一作。本多子爵が、美術館で出会った男に、過去に会ったある人物の話を聞かせます。愛のない結婚はしたくない―そういっていた男が、とつぜんの結婚をします。しばらくは幸せそうな男ですが、次第に陰鬱な様子を見せ始めます。 「舞踏会」同じく「開化もの」の一作。ある婦人が舞踏会で出会ったフランス人男性の正体とは。 「秋」従兄弟をともに愛していた姉妹でしたが、姉は妹の思いをくみ、別の男性と結婚します。作家を目指していた姉ですが、結婚してから、夫の様子がかわっていき…。そんな姉が、従兄弟と結婚した妹の家を訪ねます。 背表紙によれば「本格的な写実小説」とありますが、個人的には過去の時代(作品)をモチーフにした作品よりも読みやすく、本書の中でも印象深く読んだ作品の一つです。 「庭」落ちぶれた旧家の庭をめぐる物語です。こちらも「秋」同様に写実小説に入るのでしょうが、ややとっつきにくかったです。 「お富の貞操」拳銃を持つ乞食が雨宿りしていた小屋に、猫を探して戻ってきたお富さんですが、乞食と言い争いになってしまいます。…そして、その後日譚、という物語ですが、こちらも面白かったです。 「雛」落ちぶれてしまった家族が、貴重な雛人形を外国人に売ることになってしまいます。主人公の女性は、雛人形が家を離れる前にどうしてももう一度見たいと思いますが、前金をもらった父は決して見せてくれません。そして、ついに売り払う日の前夜、彼女は不思議な光景を見ることになります。 こちらも面白かったです。主人公とよく言い争う兄がいますが、彼は彼なりに妹を思っている様子であるとか、父の思いとか、興味深く読みました。 「あばばばば」マッチやココアなどいろいろ売っている店で、ある日から、はにかみ屋の若い女性が店番をするようになっていた。彼女を困らせようとしてしまう主人公ですが、またある日から女性は姿を見せなくなります。そして後日、再開した彼女は…というお話。 タイトルが斬新で読む前から気になっていた作品でしたが、なるほど、こういう意味だったか、と納得でした。個人的にはあまり良い読後感ではなかったです。 「一塊の土」夫を亡くした後、再婚せず、姑と息子のために畑仕事に精を出し、村の人々から尊敬を集めた女性の話。…というのが一面ですが、本作は姑の目から語られます。それによれば、村で尊敬を集める嫁の仕事ぶりは、最初はありがたく思えましたが、やがて自分が決して楽にはならないことに気づき始める、という物語です。 「年末の一日」タイトルどおり、ある年末の一日をつづる作品です。 と、バラエティ豊かな作品集となっています。紹介は短めにしましたが、「お富の貞操」が特に印象的でした。その他繰り返しになりますが、「戯作三昧」「開化の殺人」「秋」などなど、楽しめた作品が多かったです。(2021.04.18読了)・あ行の作家一覧へ
2021.08.08
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歌野晶午『明日なき暴走』 ~幻冬舎文庫、2020年~ 2017年に刊行された単行本『ディレクターズ・カット』を改題した文庫版です。歌野さんのノンシリーズの長編です。 ――― コインランドリーでの入浴&撮影会、防犯カメラの破壊、ファミリーレストランでの傍若無人なふるまいと、ひどい行動を繰り返していた若者たち。一方、職場でのうっぷんを抱えていた男は、偶然から人を殺してしまった後、若者たちと接触してしまい…。 若者たちと裏でつながっていたテレビ制作会社のディレクターは、殺人者を自分たちでつかまえようとする。しかし、取材の中でつきとめた事実の公表の仕方をめぐり、大きな批判を浴びてしまう。その後は、テレビの先手を打とうと奮闘することになるが…。 ――― 久々に歌野さんの作品を読みましたが、安定の面白さです。若者たちのふるまいは不快ですが、物語の思わぬ展開にわくわくしながら読み進めました。(2021.04.02)・あ行の作家一覧へ
2021.08.01
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芥川龍之介『地獄変・偸盗』 ~新潮文庫、2011年~ 『羅生門・鼻』に続く、「王朝もの」第2集です。6編の作品が収録されています。 「偸盗」沙金という女性頭領が率いる盗賊団に属する太郎と次郎の兄弟は、沙金をめぐって内心争っていました。奔放な沙金に翻弄される二人ですが、ある夜の盗みを機に、変化が起こります。 アクションシーンあり、微妙な駆け引きありと、私は楽しく読みましたが、解説によれば、芥川さん本人は「自分の一番の悪作」と思い、生前の単行本には収録されなかったとか…。 「地獄変」気難しく変人で通っていた絵師・良秀をめぐる物語。彼は、自分の娘のことは溺愛しており、主人にも意外な申し出をしたりします。そんな彼が地獄変の絵を描く際の、壮絶なエピソードが語られます。こちらも面白かったです。 「竜」ある大納言が、人々にいろんな話をするよう命じると、ある翁が話を始めます。彼が語るのは、「3月3日この池より竜昇らんずるなり」というウソの立て札を書いた法師の話。ウソだったはずですが、立て札の噂は町中に広まり、はたしてどうなる…という、こちらも楽しく読みました。 「往生絵巻」町にやってきた妙な法師を馬鹿にする人々ですが…という話。 「藪の中」藪の中から見つかった男の死体をめぐり、事件に関係する人々が証言をしていきます。果たして真相は…というところですが、こちらも好みの物語でした。 「六の宮の姫君」不遇な人生を送った姫君の物語。最近、芥川さんの新潮文庫はコンプリートしたいと集めながら読み進めていますが、また北村薫『六の宮の姫君』を再読すると新たな味わいがあるだろうな、と楽しみです。 と、まとまりのない記事になりましたが、好みの作品が多く、今まで読んできた芥川さんの短編集ではお気に入りの一冊になりました。(2021.03.20読了)・あ行の作家一覧へ
2021.07.24
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天祢涼『キョウカンカク 美しき夜に』 ~講談社文庫、2013年~ 第43回メフィスト賞受賞作にして、天祢涼さんのデビュー作。聴覚と視覚が連動する共感覚をもつ探偵、音宮美夜さんが活躍するシリーズ第1作です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 星守市で、ホームレス女性が死後焼かれ、遺棄されるという事件が2度発生した。その犯行から、犯人はフレイムとあだ名される。二人の被害者はしばらく身元が分からなかったが、その後に起こった第三の事件では、すぐに身元が判明した。天弥花恋という、高校生の少女だった。 * 花恋の兄、山紫郎が市のシンボルタワーで思いにふけっていたとき、声をかけてきたのが音宮だった。自殺したい人の声は蒼に、人を殺したい人の声は赤く見えるという彼女によれば、自分の声は蒼かったという。妹のために何かしたい―そう思った山紫郎は、彼女の助手となることを申し出る。 捜査の中で、音宮の共感覚によれば犯人と目された人物は、しかし山紫郎にとっては犯人たりえない人物だった。彼は自らの推理で犯人を突き止めようとするが…。 ――― 久々に、メフィスト賞受賞作を読んでみました。(初期はだいぶ追いかけれていましたが、途中からカバーしきれなくなってしまっています。)安心して楽しめました。 背表紙の紹介にもありますが、フーダニット(誰が犯人か)の要素もさることながら、本作はホワイダニット(動機のミステリ)に重きが置かれています。これはやられました。 シリーズは、講談社ノベルスから、講談社タイガに初出をかえながら、本書も含め4作刊行されているようです。第二作以降も気になるシリーズです。(2021.03.04読了)・あ行の作家一覧へ
2021.07.17
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芥川龍之介『河童・或阿呆の一生』 ~新潮社文庫、1989年~ 芥川龍之介の最晩年の作品6編が収録されています。 「大道寺信輔の半生」は、自伝的小説。幼少期から学校、本や友人についての叙述です。解説によれば、「誇張とウソがないわけではない」とのことで、たとえば内申点が低かったという奇術について、実際の芥川さんはそうではなかったとのこと。本作で面白かったのはまさに内申点が低かったというあたりで、「予の蒙れる悪名は多けれども、分つて三と為すことを得すべし」とあり、たとえば「その三は傲慢なり。傲慢とは妄[みだり]に他の前に自己の所信を屈せざるを言ふ」(19頁)と、3つの悪名を逆にプラスの意味のように描いているところでした。 「玄鶴山房」は、玄鶴という老人のもとに、彼が公然と囲っている元女中が、子供とともに訪れた後に起こる、その邸宅でのドラマを描きます。解説でも指摘されますが、看護師の役回りが印象的です。 「蜃気楼」も、自伝的小説。友人たちと蜃気楼を見に行ったエピソードが語られます。気楽に読める一編でした。 「河童」本書の中で一番面白く読みました。ある精神病院の患者が語る物語で、彼はある日、河童の国に迷い込んでしまったといいます。河童の言葉を覚え、河童たちと親交を結びながら、人間との価値観の違いなどを痛感しながら暮らしていた、というのですね。解説ではジャンルとして『ガリバー旅行記』などの分野に属すると指摘しますが、なるほどと思いました。 「或阿呆の一生」こちらと次の「歯車」は死後に発表された作品。こちらは、わずか数行の短文も含む51の節からなります。 「歯車」は今の私にはよくわかりませんでした。 あらためて、本書では「河童」を読めたのが収穫でした。(2021.02.23読了)・あ行の作家一覧へ
2021.07.10
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芥川龍之介『羅生門・鼻』 ~新潮文庫、1985年~ 「「王朝物」といわれる、平安時代に材料を得た歴史小説」(吉田精一氏による解説、221頁)8編を収録する短編集です。 それでは、簡単にそれぞれの内容紹介と感想を。 ――― 「羅生門」行く当てもなく羅生門にたどり着いた下人は、楼閣に噂どおり多くの死体が転がっているのを見る。そこで、一人の老婆が何かをしていて…。 「鼻」長い鼻を気にしていたお坊さんの話。ある日彼は、弟子のすすめで、鼻を短くする方法を試みるが…。 「芋粥」誰からも馬鹿にされながら何事もないようにふるまっていた無名の五位は、しかし芋粥を腹いっぱい食べてみたいと思っていた。ある日、それを叶えようという男が現れて…。 「運」清水の観音のご利益がどれほどが気になった若者は、近くの老人に逸話を話してもらう。お願いをした女性にその後起こった出来事は幸福だったのか。そしてその話を聞いて、若者が抱いた思いとは。 「袈裟と盛遠」不倫の関係となった袈裟を殺そうと思い詰めることとなった盛遠と、袈裟の独白。二人の思いとは。 「邪宗門」芸術に長けた若殿は、ある女性に恋していた。女性に仕える男は、若殿をよく思っていない。そのころ、洛中には異形の沙門、摩利信乃法師が現れ、天上皇帝の教えを説いて回り、様々な奇跡を起こしていた。 「好色」ドン・ファンになぞらえられる平安時代の平中(平貞文)が、ある侍従に恋をする。たいていの女は文数通で返事をよこすが、侍従からはいつまでも返事がなく、これはと送った手紙にも、思わぬ返事が寄せられて…。 「俊寛」島流しにあった俊寛に、都で仕えていた有王が会いに行く。そこで有王が聞いた、俊寛の生活や思いとは。 ――― 何分古典に疎いので、わからない話もままありました。 「羅生門」は高校生くらいの頃に授業でした覚えがあります。「鼻」「好色」は比較的読みやすく、また楽しめる内容でした。(いずれもただ楽しめるだけでなく、複雑な心模様も感じられる深みもあるように思います。) その他「邪宗門」も、どんな展開になるのかわくわくしながら読み進めましたが…。 巻末の解説では、三好行雄氏による「芥川龍之介 人と文学」でその略歴が示され、吉田精一氏による「『羅生門・鼻』について』で本書所収作品の解説がなされており、いずれも興味深く読みました。(2021.01.17読了)・あ行の作家一覧へ
2021.06.19
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遠藤周作『海と毒薬』 ~角川文庫、1960年~ 戦時中、九州大学で起こった米兵捕虜生体実験事件(相川事件とも)を題材とした長編小説。 肺を病んだ男が、引っ越し先の町で、勝呂という奇妙な医者にかかることになります。彼のことに関心を持ち始めた男は、親族の結婚式のため九州に行ったとき、彼の過去を知ることになります。 * 勝呂研究生は、同じく研究生の戸田とともに、橋本教授のもとで働いていました。学部長が倒れ、権力争いが激化してから、橋本教授の様子がおかしくなっていきます。戦争も激化していく中、大学でアメリカ兵の捕虜を見かけるようになり、そして、ついにその実験にかかることになります。 * 3部構成のさいごでは、実験に立ち会った看護師と戸田さんの過去が描かれます。彼らの罪の意識とは、そして勝呂医師の思いとは。 重たいですが、考えさせられる物語です。(2021.01.09読了)・あ行の作家一覧へ
2021.06.05
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安部公房『砂の女』 ~新潮文庫、1981年~ 1962年に刊行され、20数か国語に訳された阿部公房さんの非常に有名な長編作品です。 教師の男が、同僚にはあえて秘密めかして休暇をとり、虫をとるために砂丘を訪れます。男は、新種の虫を発見することを夢見ていました。訪れた砂の町で、集落の人に宿を紹介されますが、男は砂の穴の中に建ち、今にも砂に押しつぶされそうな家を案内されたのでした。家には、30代の未亡人が一人で暮らしていました。翌朝、穴から出ようとした男は、上がるための梯子がなくなっていることに気づきます。こうして砂の集落の人々により、女の家に閉じ込められた男は、穴から出ようともがきながらも、女との奇妙な共同生活を送っていくことになります。 男には名前もありますが、名前が紹介された後も、ずっと「男」と呼ばれます。 彼は様々な手段で穴から出ようとしますが…。手に汗握る展開と、また人間の生き方などについても考えさせられる物語です。 ドナルド・キーン氏による解説も秀逸です。(2020.12.30読了)・あ行の作家一覧へ
2021.05.22
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江國香織『泣かない子供』 ~角川文庫、2000年~ 江國香織さんのエッセイ集です。 恋愛、家族、読書(本の紹介)などなど、様々なテーマのエッセイが収録されています。 印象に残ったエッセイをいくつかメモしておきます。 唐突に学校を休み永平寺に座禅を組みに行った思い出を記す「俊英さん」。雲水さん(修行僧)たちがまるで体育教師のようだったことから始まり、タイトルの「俊英さん」とのほろ苦い思い出が語られます。人を思うとはこういうことか、としんみりします。 残酷な描写を含む、たとえば『グリム童話』などを子供に読ませて良いか、という議論への江國さんなりの回答を示す「人喰いよりもこわいこと」も印象的です。ここで紹介されている、野村滋『グリム童話―子どもに聞かせて良いか?』という本も気になりました。 どこまでがオリジナルでどこまでがフィクションか、という問いは「頭悪い」という率直な意見が書かれた「虚と実のこと」は、リアリティやファンタジーへの思いも記す「なぜ書くか」と併せて印象に残りました。 その他、5部構成となっている本書のうち、第3部はまるまる本の紹介(2つの読書日記も含む)になっていて、どれも興味深く読みました。(2020.12.22読了)・あ行の作家一覧へ
2021.05.08
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江國香織『号泣する準備はできていた』 ~新潮文庫、2006年~ 江國香織さんによる短編集。直木賞受賞短編集です。12編の短編が収録されています。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 「前進、もしくは前進のように思われるもの」夫が、母親から引き取っていた猫を捨ててしまった。夫のことがわからなくなってきた弥生は、それでも、かつてホームステイでお世話になった女性の娘を迎えに行く。 「じゃこじゃこのビスケット」17歳の夏の、決して楽しくはなかったデートの思い出。 「熱帯夜」「行き止まり」にいる、2人の女性。私は、世界が2人だけだったらと考えるが、彼女は少し社交的で…。 「煙草配りガール」知り合い夫婦とともに、私と夫はバーで話していた。二人のケンカが堂々巡りする中、私たちは思い出話を出してみたりする。 「溝」離婚を決めた妻と実家に戻った男。実家ではまだ離婚については話しておらず、独特の空気の中で時間が過ぎていく。 「こまつま」こまごまと家族のために動くので「こまつま」あるいは子どもたちからは「こまはは」と呼ばれる美代子は、お気に入りのデパートで、傲然と歩く。学生時代に恋した男にみられているかのように。 「洋一も来られればよかったのにね」私は、夫の母との旅行をはじめて、毎年同じ時期に同じ宿に泊まる。かつて愛した男を思い出しながら、予想される「あした」のことを考えながら。 「住宅地」学生たちを眺めるのが好きな運転手。夫が浮気しているのに気付いている妻。そして、犬の散歩をしていたその女性に世間話をする男。 「どこでもない場所」私は、友人と、名前を思い出せない男と、雇われマスターとで、バーで話をする。それぞれの恋の思い出などを。 「手」妹に電話でいろいろ愚痴を話した後、妹が私の男友達に勝手に連絡をし、その友達がとつぜん訪問してきて、料理をしてくれた。そんな、予期せぬことにわずらわされた1日のこと。 「号泣する準備はできていた」イギリスで出会った男と別れてからも、男からは連絡がある。その日は、男が見た象徴的な夢の話を聞かされた。その後、文乃は、姪をヴァイオリン教室に連れていく。様々な思いを抱きながら。 「そこなう」私は、男の離婚をずっと待っていたはずだったのに、男からの告白で、何かをそこなったことに気づく。 ――― 久々の再読。 さて、本書の中で印象的だったのは、「住宅地」。知り合いではない3人の生活の一部が描かれます。なんというか、「そうよな」と思う描写が心に残ります。 久々に、印象に残った言葉をメモしておきます。(色反転) 「自由とは、それ以上失うもののない孤独な状態のことだ。」(「手」178頁より)(2020.12.15読了)・あ行の作家一覧へ
2021.05.05
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浦賀和宏『カインの子どもたち』 ~実業之日本社文庫、2019年~ フリー記者の桑原銀次郎さんも登場する長編です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 祖父が殺人のため死刑宣告を受け、40年以上拘置されている立石アキは、祖父は冤罪だと両親や支援者たちから言い聞かされて育っていた。そもそも、両親の出会いは冤罪を信じる人々の集まりからだった。一方、アキ自身は、祖父に会おうとは決してしていなかった。 そんな中、同じく祖父が死刑囚だったジャーナリスト、泉堂莉菜がアキのもとを訪れ、泉堂の祖父が犯人とされた新村事件と、アキの祖父が犯人とされた府中放火殺人事件の間につながりがあるのでは、という説を話す。 二人は協力して、二つの事件のつながりをたどるため、関係者たちの話を聞いていくが…。 ――― これは面白かったです。泉堂さんの手法に疑問を覚え、ライバル誌の『週刊標榜』に彼女の手法について告発する文章をアキさんが送るあたりから、物語は急展開していきます。ここで桑原銀次郎さんも登場するのですが、珍しい役回りになります。 二つの事件のつながりについても、淡々と事実が明らかになっていくだけではなく、意外な(といっていいでしょう)結末になり、何とも言えない気持ちになります。 『Mの女』と『15年目の復讐』のサイドストーリーのような位置づけでもあります。 個人的には、これで、現時点で読んでいない(購入していない)浦賀さんの作品は『殺人都市川崎』だけになりました。読むのが楽しみです。(2020.12.11読了)・あ行の作家一覧へ
2021.05.04
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乾くるみ『カラット探偵事務所の事件簿2』 ~PHP文芸文庫、2012年~ 謎解きだけを専門に扱う探偵事務所を開くという古谷謙三さんに誘われ、助手をつとめることになった井上さんが記録者をつとめる短編集の第2弾。7編の短編が収録されています。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― File6「小麦色の誘惑」水着パーティーで日焼けした古谷の甥の腕に、ハート形の日焼けしていない跡が残されていた。パーティー参加者の誰がこんなことをしたのか、突き止めてほしいという。 File7「昇降機の密室」古谷事務所のある雑居ビルのエレベーター修理中に、だれも入れなかったはずの4階のデザイン事務所から、あるものがなくなっていた。オーナーは、ものの正体は明かさないまま、犯人捜しを依頼する。 File8「車は急に……」井上が車をコインパーキングに入れようとすると、老人と若者がけんかをしていた。老人は若者が突っ込んだといい、若者は老人がバックしてきたという。興味をもった古谷は、真相解明に乗り出す。 File9「幻の深海生物」インターネットにわずかに残された手掛かりから、健康に良いという深海生物を探してほしいとの依頼が舞い込む。早速、手掛かりを求めて静岡まで出かける二人だが…。 File10「山師の風景画」36年音信不通だった弟の訃報とともに、弟が遺した絵画を渡された兄は、弟が鉱石研究をしていたため、絵は鉱石の在り方を示すものではないかと考え、古谷に場所の特定を依頼してくるが…。 File11「一子相伝の味」父の急死により、受け継がれてきたソースのレシピが分からなくなってしまった。もし可能なら、レシピを復元できないか、という雲をつかむような依頼が舞い込んできて…。 File12「つきまとう男」古谷事務所が入る雑居ビル2階のホステスから、何者かが自分のアパートのドアポストに、パブで出しているお土産を入れられる、犯人がだれか特定してほしいという依頼が入る。心当たりのある2名を、古谷、井上がそれぞれ尾行し、二人とも犯行をしていないはずの夜、彼女のアパートにはやはりお土産が届けられていた…。 ――― 今回記事を書いていて気付いたのですが、事件名がすべて6文字で統一されています。凝ってますね…。 本作で好みだったのは「車は急に……」。思わず「なるほど!」と納得の解決でした。(後味が良いわけではありませんが…。) 「一子相伝の味」も好みです。料理がおいしそうです。 というんで、どれも楽しく読める短編集でした。(2020.12.06読了)・あ行の作家一覧へ
2021.05.02
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有栖川有栖『カナダ金貨の謎』 ~講談社ノベルス、2019年~ 火村英生&作家アリスシリーズにして、国名シリーズ第10弾にあたる短編集です。短編、中編あわせ5編の作品が収録されています。 それでは、簡単にそれぞれの内容紹介と感想を。 ――― 「船長が死んだ夜」元船長で地域の何でも屋のような男が殺された。評判は良かったが、女性関係で一部問題があったというが…。また、現場からポスターがはがされていたのはなぜか。「エア・キャット」愛猫が亡くなった後も、その猫が生きているかのように過ごしていた男が殺された。被害者がなくなる前の足取りを探るのに難航していたが、火村が偶然(?)手掛かりを見つける。「カナダ金貨の謎」俺が、メイプルリーフ金貨のペンダントを肌身離さず付けていた楓を殺した後、思わぬ事態が発生。旅行に出ていたはずの、彼と同居している女性が、旅行をキャンセルし帰ってきた。パニックになった彼女から電話を受けた俺は、成り行き任せに対応することにするが…。大きなミスは犯していないと考えていた男の犯行を、火村はどう暴くのか。「あるトリックの蹉跌」火村と有栖川が出会った日、有栖川が書いていたミステリを読んだ火村は見事犯人を言い当てる。「トロッコの行方」ネイルサロン経営を夢見ていた女性が、歩道橋から突き落とされて殺された。愛人(恋人)に大金の援助を求めていた矢先のことだった。愛人のほか、動機をもつ数名の人々に、火村は聞き取りを進めていく。誰もがそれなりのアリバイを持っていそうだったが…。 ――― はがされたポスターの謎、現場から金貨が持ち去れていた理由、動機をもつ人々と、3編の中編には中核となる謎があり、それが暴かれていくのは毎度ながら鮮やかです。2編目、4編目はボーナストラックといったところでしょうか。猫好きの火村先生についてのあるエピソードと、二人の出会いが描かれています。 安心して楽しめるミステリ短編集です。(2020.11.13読了)・あ行の作家一覧へ
2021.03.21
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有栖川有栖『鍵の掛かった男』 ~幻冬舎文庫、2017年~ 火村英生先生&作家アリスシリーズの長編です。文庫版で約730頁(あとがき、解説含む。)と、このシリーズでは最長の作品となっています。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 有栖川有栖は、著名な作家、影浦浪子から依頼を持ち掛けられる。彼女が愛用するホテルに5年間住んでいた男―梨田稔が、首を吊って死んでいるのが発見された。警察は自殺と断定したが、何度も梨田と話をしている影浦には、とても自殺とは思えない。この事件について、火村英生とともに再調査してほしい、という。 大学入試の時期で多忙な火村が動けるまで、有栖川は一人で調査を進めることとなる。ホテルのオーナーと支配人も、梨田が自殺したということには疑問を感じており、快く調査に協力してくれることとなる。警察からの情報、梨田が亡くなった夜に宿泊していた客たちから聞き取りを行いながら、有栖川は、過去のことをほとんど語らなかった梨田の人物像に迫っていく。 ――― と、火村英生シリーズの中では異色の作品となっています。そもそも、亡くなった人物は自殺だったのか他殺だったのか、という点が出発点ですが、ほとんど自分の過去を語らなかった「鍵の掛かった男」である梨田さんは何者だったのか、という点も、大きな謎として現れます。 大掛かりな密室トリックやアリバイトリックがあるわけではありませんが、丹念に調査を進めて少しずつ梨田さんの過去が浮かび上がっていくあたりは実に見事で、もちろん驚きも味わえます。 有栖川さんの作品は謎解きものとして気軽に楽しめることが多いですが、本作は、非常に重厚であり、味わいながら読み進めました。現時点で、火村先生シリーズの長編では一番好みの作品かもしれません。 良い読書体験でした。(2020.11.09読了)・あ行の作家一覧へ
2021.03.07
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有栖川有栖『狩人の悪夢』 ~角川文庫、2019年~ 火村英生&作家アリスシリーズの長編です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― ホラー小説『ナイトメア・ライジング』で大成功をおさめた作家・白布施正都と対談することになった有栖川有栖は、白布施の誘いで、その担当編集者江沢とともに、「必ず悪夢が見られる」という部屋がある彼の自宅に招待された。近所のオーベルジュの食事もおすすめという。 訪問し、楽しい時間を過ごしていた有栖川だが、翌日、2年前に亡くなった白布施のアシスタントが暮らしていた家で、女性が殺されているのが発見される。アシスタントの知り合いで、遺品を整理するために訪れていた女性だった。現場には、大きな掌の跡が残されていた。 被害者をストーカーしていた男による犯行と、単純なものと思われた事件は、捜査が進むにつれて複雑な様相を呈していく。 火村英生も合流し、有栖川たちは真相解明に奔走する。 ――― 久々の火村先生シリーズの長編で、楽しく読めました。 途中、「こういうことではないか」と気づいたこともあったのですが、そこから真相まではたどり着けませんでした。とまれ、気づきがあった分、真相解明にもっていく流れがあらためて鮮やかだと感じました。 密室やアリバイなど、大掛かりなトリックはありませんが、「なぜこうしたのか」といった点も含めながら、「誰が犯人なのか」の解明を楽しめる作品です。(2020.11.03読了)・あ行の作家一覧へ
2021.02.24
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乾くるみ『カラット探偵事務所の事件簿1』 ~PHP学芸文庫、2011年~ 謎解きだけを専門に扱う探偵事務所を開くという古谷謙三さんに誘われ、助手をつとめることになった井上さんが記録者をつとめる短編集の第1弾。6編の短編が収録されています。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ーーー File1「卵消失事件」カラット探偵事務所最初の事件は、妻が夫の不倫を疑うという、古谷は気が乗らない事件だった。しかしその夫が小説家で、ある日、彼が買ってきた卵が、未開封のパックから卵だけすべてなくなっていたという話を聞き、事件を手掛けることとなる。 File2「三本の矢」武家屋敷とあだ名される豪邸の女性からの相談は、家の壁に矢が突き立てられていたというものだった。一度目は家の壁、二度目は東屋の壁に矢が突き立てられていたという。 File3「兎の暗号」豪邸に住む青年から、父親とその二人のきょうだいが祖父から受け継いだ和歌が、宝のありかを示す暗号なのではないかと相談を受ける。三つの和歌には、共通して兎が登場するが…。 File4「別荘写真事件」幼いころに離別した父が生きていることが分かったという女性が、父の知人から送られた写真をもとに、思い出のある別荘を訪れたいという。しかし思い出の場所にたどり着くと、最近火事があったという。 File5「怪文書事件」団地の自治会を担当している人物から、団地に横行している怪文書の謎解きの依頼が入る。内容はといえば、何号室の誰それが不倫をしているという内容で…。しかし団地を訪れた古谷たちは、意外な真相に到達する。 File20「三つの時計」時間に厳格な男が、娘が婚約相手を連れてきた日に起こった不思議な事件を古谷たちに語る。午後3時から売り出されるケーキを、午後4時に娘たちは持ってきた。しかしケーキ屋から約1時間で家に帰るために通るバイパスは、事故により通行止めになっており、約束の時間までに帰宅できるはずがなかったのだという。 ――― いわゆる「日常の謎」ものの短編集です。井上さんは「助手」ではありますが、ハードボイルド系の探偵小説を好んでおり、自らもいろいろな推理を働かせます。ある事件では、井上さんの指摘が、古谷さんも気づかなかった深い問題提起となるなど、ただのワトソン役よりも重要な役回りを担っているように感じました。 6話目がFile20なのは誤植ではなく、カラット探偵事務所が手掛けた20番目の事件です。あえてここに収録されている理由も、そして意外な事実も、ここで明かされます。個々の事件の謎解きも面白いですが、個人的にはこのFile20が一番好みでした。 事件簿は「2」まで文庫版が出ているようですので、また手に取るのが楽しみです。(2020.10.26読了)・あ行の作家一覧へ
2021.02.13
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乾くるみ『スリープ』 ~ハルキ文庫、2012年~ 乾くるみさんによるノンシリーズの長編です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 2005年、《科学のちから》という番組に出演し人気を博した、当時中学2年生の羽鳥亜里沙が、突然番組に出なくなり、翌年も継続が予定されていた番組も打ち切りになった。 彼女の行方についてはいろんな憶測が飛び交ったが…。 * 番組収録のため、《未来科学研究所》に訪れた亜里沙たち。厳重なセキュリティに守られたその施設では、冷凍睡眠装置を可能にする研究が進められていた。最高度のIDを付与された亜里沙は、好奇心にあらがえず、地下の実験室に足を踏み入れる。そこで彼女が目にしたものとは…。 * 30年後。ノーベル物理学賞を受賞していた戸松鋭二は、アリサを救出するために重ねていた研究を、ついに完成させ…。 ――― やや内容紹介が書きにくいですが、SF要素の強い作品です。が、そこは乾くるみさんの作品、単なるSFではなく、ミステリ的な驚きも味わえます。 特に戸松さんが研究を完成させたのちに繰り広げられる逃走劇(追跡劇)は手に汗握ります。《科学のちから》出演者たちが、思わぬかたちでつながりをもっていきます。 楽しく読めました。(2020.10.23読了)・あ行の作家一覧へ
2021.02.10
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浦賀和宏『デルタの悲劇』 ~角川文庫、2019年~ 2020年、若くして亡くなった浦賀和宏さんによるノンシリーズの長編です。 ――― 10歳の頃、斉木たち3人は悪行のかぎりをつくし、いじめ、けんかなどは日常茶飯事だった。しかし、どんくさい同級生が池でおぼれて死んでから、とつぜん彼らは大人しくなった。 そして、少年の命日にあたる成人の日、斉木たちの前に、少年の友人だったという八木剛と名乗る男が現れる。彼は、斉木たちが少年を殺したのを見ていた、罪を告白するよう彼らに迫ってくる。 逆に三人の側も、八木が10年も経ってからつきまとってきた理由を探ろうと試みるが…。 ――― 浦賀さんらしい、非常に仕掛けのある作品。だまされないぞと思いながら読みましたが、見事にやられてしまいました。 また、『デルタの悲劇』は本書のタイトルであり、また作中の浦賀さんによる作中作のタイトルでもあるのですが、作中の浦賀さんの遺作とされます。 浦賀さんが亡くなったのち、ハルキ文庫から『殺人都市川崎』という作品が刊行されているようですが、作品自体の衝撃度もさることながら、現実との奇妙な符号もあいまって、非常に印象的な作品になっていると感じました。 (もっとも、初期から『浦賀和宏殺人事件』という作品もあり、最近では『究極の純愛小説を、君に』など、浦賀さん自身を登場させる作品は珍しいわけではないのですが…。) あらためて、作品自体もすぐれてフェアなミステリとなっていて、ぐいぐい引き付けられながら読み進めました。これは面白かったです。(2020.10.17読了)・あ行の作家一覧へ
2021.02.07
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泡坂妻夫『奇術探偵 曾我佳城全集(下)』 ~創元推理文庫、2020年~ 若くして引退した奇術師・曾我佳城さんが活躍する短編集下巻です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 「虚像実像」映像をたくみに操る奇術を行っていた最中、客席からあがってきた何者かに殺された。しかし、舞台にあがった犯人がどのように舞台から逃げたのか誰も見ていなかった。 「花火と銃声」花火が行われた夜、マンションの一室で男が殺された。動機をもつ人物は屋形船に乗って花火を見ており、完全なアリバイがあった。 「ジグザグ」奇術の手伝いをした女性が、奇術後に男に声を掛けられ驚くような表情を浮かべた。その後、彼女はジグザグの奇術道具に入り、体を切断された状態で発見される。 「だるまさんがころした」様々な奇術道具をつくるイタリア人作家の作品を持ち帰った男は、日本で凶悪な犯罪事件が起きるたび、「だるまさんがころした」という怪文書が届けられていることを知る。「だるまさん」は彼の知る有名な奇術師と思われたが…。 「ミダス王の奇跡」秘境の温泉宿に多忙な男が泊まった翌朝、いっしょに宿泊していた撮影クルーのメンバーが温泉で死んでいた。雪には、宿から露天風呂に向かう1人分の足跡しかなかったが…。 「浮気な鍵」家族に内緒のマンションの一室を借りていた男。ある日、その部屋で女性が殺されているのが発見された。男は、鍵をかけていたはずであり、また決して自分は犯人ではないと主張するが…。 「真珠夫人」有名な真珠を手にしたことで有名な女性が奇術のアシスタントにたった。彼女の指輪が奇術でパンから出てきたとき、ハトがさらっていってしまい…。 「とらんぷの歌」相手が思い浮かべたトランプを瞬時にトランプの束から抜き出すという奇術師が殺された。雑誌に紹介されていた種を知っているメンバーは違和感を抱かなかったが、死亡した彼の手元にあったトランプの並びには不自然な点があると佳城は指摘する。 「百魔術」奇術師たちが集まって順番に奇術を披露する「百魔術」を開催していた中、1名が毒殺された。誰にも彼に毒を盛る機会はなさそうだったが…。「おしゃべりな鏡」大道芸を得意とする3人の少年が串目匡一たちの奇術を見に行った日、3人を招待した男が、奇術師たちへ渡す写真を取り違えた理由とは。 「魔術城落成」曽我佳城が長年かけて準備を進めていた、奇術道具などを集めた建物「佳城苑」がついに完成。アメリカで活躍している多忙な奇術師も訪れていたが、彼らの息子と恋人のことをめぐり、親子間では軋轢があり、場には険悪な空気が流れる場面も。そして奇術師は部隊の大ゼリに落ちて命を落としてしまう。 ――― 「真珠夫人」「魔術城落成」が印象的でした。 とりわけ「魔術城落成」は衝撃的でした。20年間にわたり雑誌で掲載されたこのシリーズですが、これはやられました。 また、米澤穂信さんによる解説も秀逸です。「いわば、江戸川乱歩の『類別トリック集成』を実際の作例で編み直すような、畢生の大事業である」(504頁)とのコメントはまさに的を射ているように思います。(『類別トリック集成』は未読ですが、様々なトリック・趣向が詰め込まれたこの作品集を読めば、なるほど!と感じるコメントでした。) 亜愛一郎シリーズも良い読書体験でしたが、今回『曽我佳城全集』を読めたのも良い体験になりました。これは面白かったです。(2020.10.11読了)・あ行の作家一覧へ
2021.02.04
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泡坂妻夫『奇術探偵 曾我佳城全集(上)』 ~創元推理文庫、2020年~ 若くして引退した奇術師・曾我佳城さんが活躍する短編集です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 「天井のトランプ」教師の法界は、教室の天井にトランプが張り付けられていることに気づく。家の天井にも付いていて驚くが、自分の子どもが知っているという。誰がやり始めたのかを辿っていくうちに、法界は殺人事件を追う竹梨刑事と知り合うことになる。 「シンブルの味」アメリカ・カナダへ旅行に訪れていたメンバーの一人が失踪した。彼は前日、手品を披露する際に、手品用の指ぬきであるシンブルを飲み込むという芸当を披露していたが…。 「空中朝顔」曾我佳城を驚かせた、空中に咲いたような朝顔の由来とは。 「白いハンカチーフ」非常に衛生的な学生寮で起こった集団食中毒事件の真相は。 「バースデイロープ」ロープ奇術の得意な奇術師が招かれたホテルの一室で、ロープで絞殺された女性が発見された。バースデイケーキの蝋燭が意味するものとは。 「ビルチューブ」吹雪の夜、カナウマ荘に宿泊したメンバーたち。その一人が、燃やしたはずの紙幣を復元させる奇術を披露した翌日、彼は失踪し、メンバーたちのカメラのフィルムなどが消えていた。 「消える銃弾」銃を使った奇術中、本当に銃弾が発射され、アシスタントが死亡するという事件が起こった。奇術師はなぜ失敗したのか。 「カップと玉」奇術材料専門店、機巧堂に届けられた奇妙な原稿。それは、執筆者からのSOSだった。カップと玉の奇術を利用した暗号が示すものとは。 「石になった人形」有名腹話術師が、演技後、楽屋で死亡しているのが発見された。腹話術人形が入っていたはずの箱には、かわりに巨大な石が入っていた。 「七羽の銀鳩」鳩を使った奇術を演じていた男に起こった悲劇。佳城が見に来ていたその日、何者かに鳩が全羽すり替えられてしまっていた。 「剣の舞」三本の剣で女性の体を支える奇術を演じていた男が殺され、アシスタント女性も殺されていた。奇術を見ていた佳城が指摘した、奇術師の犯したミスとは。 ――― 自身も奇術家として有名な泡坂さんが描く、奇術探偵が活躍する短編集ということで、すべてにわたって奇術がモチーフになっています。 作品の発表順に収録されているそうですが、第一話の天井にトランプがはりつけられているというつかみから、もう物語に引き付けられました。 その他印象に残っているのは、「白いハンカチーフ」、「「石になった人形」、「剣の舞」です。「白い…」は、生放送の番組のなかで佳城さんがすぐに真相を見破るというスリリングな展開。「石になった人形」「剣の舞」は、ユーモアの効いた作品も多い中、シリアスさが強く、特に「剣の舞」のクライマックスで視点がかわるところは秀逸でした。(2020.09.16読了)・あ行の作家一覧へ
2021.01.28
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乾くるみ『セブン』 ~ハルキ文庫、2015年~ 乾さんによるノンシリーズの短編集です。7をテーマにした7編の短編が収録されています。 「ラッキーセブン」生徒会メンバーの一人が7人でやるカードゲームを思いつく。みんなで試してみようとしたところ、悪魔が現れ、本当のバトルロワイヤルになってしまい……。という、非日常の要素もある、ゲームをモチーフにした短編。心理戦の駆け引きも面白いです。 「小諸―新鶴343キロの殺意」新興宗教の幹部たちが殺される。奇妙な装飾の意味とは。……本書の中ではミステリ要素が強い作品の1つ。343は7の3乗ですね。凝っています。 「TLP49」身に危険が迫ったとき、その後の49分間がきっちり7分ずつ、順番がランダムに経験されるという奇妙な体質を持った男。彼が今回タイムリープに入ったのは、彼の体質を知る同級生のせいだった…。こちらもSF感のある作品。どの順番でタイムリープするのか、危険な目に遭っている理由はなんなのか、はらはらしながら読み進められました。これは好みでした。 「一男去って……」7人兄弟の長男、春雄の母は、3月になると調子を崩し、子どもたちに暴力をふるってしまう。春雄が中学を卒業したその日、ついに母は七男を殺してしまい…。と、内容紹介だけ書くと重そうですが、本作は文庫でわずか4ページのショートショート、思わず苦笑してしまうお話でした。 「殺人テレパス七対子(チートイツ)」タレント活動もしている女流雀士の月見里亜弓がスタジオビルで撮影していた日、7組の双子の女性たちによる実験の番組も収録されていた。その収録中、とつぜん一つのスタジオに何者かが押し入り、スタッフを殺害して逃走してしまった……。と、こちらもミステリ色の強い作品の一つです。 「木曜の女」元司は、曜日ごとに、異なるタイプの女のもとで過ごしていた。しかしある夜、木曜の女が少しいつもと違うことを言い出して……。こちらはかなり直接的な描写がありなんとも紹介しづらいですが、意外な結末も用意されています。 「ユニーク・ゲーム」敵地に捕虜としてつかまった7人の兵士たち。捕虜の扱いになれていない敵は、ゲームで彼らの生き死にを決めるというが…。こちらは冒頭の「ラッキーセブン」同様、ゲームに主眼をおいた作品。2つのチームに分かれた彼らは、無事に全員生き残ることができるのか、はらはらしながら読みました。 最近乾さんの作品を次々と読んできていて、その作風の豊かさに驚かされていますが、本書は一冊で、とてもバラエティ豊かな短編が味わえる作品集となっています。(2020.08.18読了)・あ行の作家一覧へ
2021.01.16
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乾くるみ『六つの手掛り』 ~双葉文庫、2012年~ 林兄弟の三男、林茶父(さぶ)さんが活躍する短編集です。6編の短編が収録されています。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 「六つの玉」突然の事故で、現場近くの民家に泊まることになった林たち。翌朝、一緒に泊まった一人の男が死んでいた。事故ではないと感じた林だが…。 「五つのプレゼント」過去に、林の同級生が、当時付き合っていた恋人と同じ日に爆死した。恋人には、彼女を慕う研究室仲間たちからプレゼントが届けられていた。同級生が爆発物を送ったと警察は考えていたが…。 「四枚のカード」小山田教授の講義の補講に訪れた学生たち。その日、手品を得意とするカナダの学者が訪れ、学生たちにも、心を読むという手品を披露する。その後、小山田教授の研究室で作業していたカナダ人学者が殺されているのが発見される。 「三通の手紙」林が知人の市職員とスナックで過ごした夜、終電を逃す時間になり、常連の男の家に泊めてもらうことになった。男が旅行先で撮ってもらったという写真を見せてもらったりしながら過ごした翌朝、男と一緒に旅行に行っていた人物が殺されたという連絡が入る。男の家の電話に入っていた留守番電話の意味とは。 「二枚舌の掛軸」人を驚かせるのが好きな「御前様」こと松平は、隔月で晩餐会を開いていた。手品を通じて知り合った林が参加した夜、松平は対幅で飾ったら人が死ぬという掛軸を手に入れたという。その珍しい保存方法をクイズにしていた松平だが、その夜に殺されてしまう。 「一巻の終わり」ミステリ作家のもとに対談のため訪れた編集者たち。しかし手違い(?)で作家は日付を間違って覚えており、司会役の女性と決裂した毒舌批評家が作家の家を訪れていた。そしてその日、批評家が殺される。 ――― 山前譲さんによる秀逸な解説にもありますが、林兄弟のエピソードは、四男の真紅郎さんが活躍する『林真紅郎と五つの謎』、次男の林雅賀さんが活躍する『蒼林堂古書店へようこそ』がすでに発表されています。そして三男の茶父さんが活躍する本書は、論理が徹底されたミステリとなっています。 茶父さんが手品に精通しているということもあり、特に「四枚のカード」「三通の手紙」は、手品が謎解きにもつながっていて、好みの作品でした。(2020.08.16読了)・あ行の作家一覧へ
2021.01.13
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乾くるみ『セカンド・ラブ』 ~文春文庫、2012年~ タロウ・シリーズの長編です。有名な『イニシエーション・ラブ』を想起させるタイトルですが、直接の関係はありません。もっと、大きな事件が起きないけれど、すごい仕掛けが、というあたりは共通しています。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 正明は、先輩に誘われ、元日夜にスキーに行くことになった。そこで、先輩の彼女の友人―春香と出会う。あまり話さない正明だが、少し彼女に惹かれていた。後日、彼女から正明に電話があり、やがて二人はつきあい始める。しかし、彼女は正明に番号を教えず、電話は彼女から正明への一方通行しかなかった。 ある日、二人がデートをしていると、春香そっくりの女性がスナックにいたと言い張る男と遭遇する。そして、男が口にした名前の店を、好奇心から訪れたところから、正明は少しずつ変わり始めていく。 ――― 『イニシエーション・ラブ』とはひと味違う、これまた驚きが味わえる作品でした。気になる描写はありましたが、まさかこんなことになるとは…。やられました。 楽しく読みましたが、なんとも感想の書きにくい作品ですので、このあたりで。※『イニシエーション・ラブ』は本作を読む前に読み返しましたが、2008年の記事から更新することは省略しています。とはいえ、2008年の記事ではいろいろ書いていますが、やはり2回読んで凄さがわかるというのを痛感した次第です。(2020.08.06読了)・あ行の作家一覧へ
2021.01.09
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乾くるみ『新装版 塔の断章』~講談社文庫、2012年~ 乾さんの単著でいえば3作目の長編にあたる、初期の作品にして、タロウ・シリーズ第1弾です。それでは、簡単に内容紹介と感想を。―――『機械の森』という小説がゲーム化されることになり、企画に参加することになった小説家の辰巳まるみは、室長の別荘に招かれた。複数のメンバーで過ごした翌朝、室長の妹が別荘の塔から墜落死しているのが発見される。 辰巳は、企画担当の天童とともに、事件の真相を解明してほしいと頼まれ、調査を進めていくこととなるが…。――― タイトルどおり、本編は「断章」として、色んな場面が時系列に沿わずばらばらに提示されるという、独特の構成です。その構成への先入観から、とっつきにくいというイメージがあり、初期の『Jの神話』や『匣の中』を読んでいた頃には手に取らずにいたのですが、あにはからんや、これは面白かったです。 辰巳さんが『機械の森』を書くきっかけとなったと思われるエピソードや、事件が起こるまでの様々な過程やメンバーの思惑など、断片的に描かれながらもそれらがつながっていき、結末に向かっていくのを、わくわくしながら読み進めることができました。 この度読めて良かったです。(2020.07.29読了)・あ行の作家一覧へ
2021.01.07
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大崎梢『だいじな本のみつけ方』 ~光文社文庫、2017年~ 中学2年生の中井野々香さんが、まだ発売されていないはずの小説を学校で発見するところから始まる、長編小説です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 放課後の校舎で、お気に入りの作家、新木真琴の新作を見つけ、急いで本屋に行くものの、馴染みの店員さんから、その小説はまだ刊行がされていないと教えられる野々香。彼女は、目立ちたがりで、苦手意識も抱いているけれど本には詳しい同級生の高峯秀臣に、新作の話を打ち明ける。すると彼は、あらゆるネットワークを駆使して、その本の持ち主候補の同級生を捜し出してきた。ここから、二人で聞き取りをしていくが…。 ――― わくわくするような冒頭で、この謎が解けたあとも、野々香さんの前には色々な謎が現れます(たとえば、秀臣さんが、野々香さんにとっては大切な思い出である読み聞かせを悪く言うのはなぜ?などなど)。関連して、イベントを企画・実行しながら、色々な人とのつながりを持っていくことになります。 本書は大きく2部構成ですが、第一部は、もともと「朝日中学生ウイークリー」に連載されていた作品とのこと。第2部が書き下ろしで追加されたかっこうになっています。そういう経緯もあってか、とても読みやすく、またあたたかみのある物語でした。(2020.07.24読了)・あ行の作家一覧へ
2020.12.27
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乾くるみ『嫉妬事件』 ~文春文庫、2011年~ タロウ・シリーズの1冊。表題作の中編と、ボーナストラックの短編の2編が収録されています。 城林大学ミステリ研究会の部室で、本棚の本の上にあるものが置かれていた…。背表紙に「尾籠系ミステリ」とあり、あるものの正体がなんとなく察しが付き、読み進めると、竹本健治『ウロボロスの基礎論』(20年以上前に読んだきりで、ブログ記事は書いていません)で紹介される現実の事件がモチーフにされている作品と気づきました。(その事件への一つの回答の提示でしょうか。) というんで、表題作についてはいつものような内容紹介が書きにくいので省略しますが、乾さんの作風の広さにあらためて驚かされます。 ボーナストラック「三つの質疑」は、表題作中で登場人物が書いた犯人あてミステリという体裁のようです。こちらは安心して読めました。(2020.07.17読了)・あ行の作家一覧へ
2020.12.22
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乾くるみ『リピート』 ~文春文庫、2007年~ タロウ・シリーズの1冊。 10ヶ月前の自分に戻れる不思議な世界観の中で、しかし鮮やかな謎の解明がなされるミステリーです。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 僕―毛利圭介のもとに、地震を予告する電話がかかってくる。そして、その予言は的中。後日、僕は風間と名乗る電話の相手に、「リピート」のゲストとして招かれる。 ゲストは9名。風間を含め10名で、10ヶ月前の自分に戻るという。 リピートした世界では、元の世界では起こらなかったはずの事件が起こり、ゲストたちが次々と謎の死をとげていく。 僕は天童たちとともに、事件の解明を目指すが…。 ――― SF風の世界観と、その設定を見事に活かした作品です。 文庫で約500ページと、やや長めの作品ですが、リピート前の緊迫感や、リピート後の複数の事件の謎と、飽きずにわくわくしながら読み進められました。 タイムトラベルを扱った数々のSFやミステリーを紹介する大森望さんの解説も、興味深く読みました。 (2020.07.17読了) ・あ行の作家一覧へ
2020.12.11
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乾くるみ『クラリネット症候群』~徳間文庫、2008年~ 2001年徳間デュアル文庫から刊行された「マリオネット症候群」と表題作の2編の中編が収録されています。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ―――「マリオネット症候群」ある夜、突然自分の意志とは関係なしに目覚め、動き始めた私―御子柴里美。どうも、男の人が乗り移っているとしか思えない状況になった。私がどんなに思っても、自分を動かす人物には届かず。はたして、誰が、なぜ乗り移ったのか。そして、御子柴家の抱える過去とは…。 「クラリネット症候群」憧れの先輩に聞かせるため、養父が大切にしているクラリネットを持ち出し、河原で演奏していると、先輩が聞きに来てくれて、僕―犬育翔太は心が躍る。しかし、過去に自分をいじめていた不良たちにからまれ、クラリネットが壊れてしまう。その直後から、僕はドからシまでの言葉が聞こえなくなってしまい…。そして、失踪した養父と、残された謎の暗号の真相とは。――― 大森望さんによる解説が秀逸です。大森さんも書かれているように、乾さんの作品には作風の違いが大きく、なかなかなじみにくい作品もありますが、本書と、同じく徳間文庫から刊行されている『蒼林堂古書店へようこそ』はとっつきやすい作品です。 さて、ミステリ風に内容紹介を書きましたが、どちらもSF的要素と、はちゃめちゃな要素とがあり、これまた大森さんの言葉をお借りすれば「ドタバタギャグっぽいトーンとあり得ない展開」です。けれども、特に表題作の暗号解読はよく作られていて、ミステリとしてのクオリティもしっかり高いです。 読みやすく、楽しい1冊です。(2020.06.22読了) ・あ行の作家一覧へ
2020.09.27
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石黒耀『震災列島』 ~講談社文庫、2010年~ 医師で作家の石黒耀さんによる、災害をテーマにした長編第2作目です。 順番は前後しますが、本ブログでは、第26回メフィスト賞を受賞したデビュー作『死都日本』と、第3作目の長編『富士覚醒』を紹介したことがあります。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 名古屋で地質調査会社を営む明石真人が住む町に、暴力団風の会社が設立され、チンピラが町内会の人々を怖がらせ始めた。 真人の父―善蔵は町内会長をつとめ、町内の信頼も厚かった。善蔵は、過去の経験や人柄から暴力団もおそれず、直接抗議に行く。しばらくチンピラの嫌がらせはやんでいたが、ある日、とつぜん真人たちにふりかかってくる…。 真人と善蔵は、一味への復讐を決意する。そこで目を付けたのが、起こる予兆があった東海・東南海地震であった。津波を伴う大地震を利用した彼らの計画とは。 ――― 過去に読んだ2作同様、本書も面白かったです。 復讐にいたる経緯の辛さや、復讐が強調される分、少し本書はしんどい部分もありましたが、クライマックスでは一気読みでした。 いわゆる南海トラフ大地震をテーマにしていますが、大地震、津波、原発問題と、初出の単行本が2004年に刊行された本書に描かれた事象や問題提起は、完全に一致はしませんが、2011年の東日本大震災にも通じる部分があるように思います。 震災を題材にした三作すべてに挑戦できて良かったです。どの作品も面白かったです。 (2020.05.03読了) ・あ行の作家一覧へ
2020.08.05
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歌野晶午『舞田ひとみ14歳、放課後ときどき探偵』 ~光文社文庫、2013年~ 舞田ひとみシリーズ第2弾の連作短編集です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 「白+赤=シロ」スマトラ沖地震の義援金を募集している、という女に敵討ちをしたい、と友人の凪沙は言った。女は、募金してくれた人に、さらに多くのお金を求めており、詐欺のようだった。ところが、ある日、その女が殺された。募金が詐欺だと糾弾していたインドネシア人に疑いの目が向けられるが…。 「警備員は見た!」わたし―高梨愛美璃が通う中高大一貫の学園で、部室から大量の水着やユニフォーム、私服が盗まれるという事件が起こる。学園には3人の警備員が、外部からの侵入には目を光らせていたのだが…。内部犯も疑われ始めた頃、終業式の日に、さらに事件が起こる。 「幽霊は先生」英語担当のトム先生が、ある日とつぜん、激やせしていた。原因を聞いてもはぐらかしていたトム先生だが、凪沙とひとみの行動力で、理由を聞きに行く。すると先生は、怪談のうわさのあるトンネルで、恐ろしい体験をしたという。真相を確かめようとするひとみたちだが… 「電卓男」愛美璃の弟が、友人とメールで暗号のようなやりとりをしていた。ある日、弟と偶然見つけた愛美璃たちが様子をうかがっていると、なにやら危険なことをしていそうなそぶりがみられた。暗号の意味とは、そして弟がしていたこととは。 「誘拐ポリリズム」後日、外出していた弟から何度も家に電話がかかってきた。同じく外出していた母あてだったが、明らかに弟の様子がおかしい。何度目かの電話で、弟は誘拐されているといい、犯人の声も聞かされた。動揺する愛美璃だが、ひとみは着実に真相に至る材料を集めていき…。 「母」平日の朝、中央分離帯で踊っている女性を見かけた夏鈴。愛美璃は疑っていたが、実際にその目で見ることになる。なぜ、そんなところで踊っているのか? 直接聞きに行こうとしたひとみだが…。後日、病院で一人の患者が失踪した。患者は、病院から20km離れた山の中で遺体で発見される。 ――― ひとみさんと小学校が同じだった愛美璃さんが語り手で進みます。ひとみさんは公立に進みますが、私立に進学して凪沙、夏鈴という友人とまったり過ごすのがお気に入りの愛美璃さんが、ひょんなことからひとみさんと再開し、みんなで謎解きに挑みます。 個々の物語の魅力的な謎、そして鮮やかな解決の面白さはもちろんですが、本書では家族との距離感も大きなテーマの一つとなっていて、味わいが深いです。 このシリーズは続編もあるようなので、また読むのが楽しみです。 (2020.03.29読了) ・あ行の作家一覧へ
2020.07.04
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歌野晶午『舞田ひとみ11歳、ダンスときどき探偵』 ~光文社文庫、2010年~ 舞田ひとみシリーズ第1弾の連作短編集です。 大学助教授(当時)を父にもつ舞田ひとみさんのさりげない言葉から、おじで刑事の歳三さんが真相にたどりついていきます。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 「黒こげばあさん、殺したのはだあれ?」個人で金貸しを営んでいた老婆の家で放火殺人が起こる。金を無心していた親族や金を借りていた人々など、容疑者はなかなかしぼりこめない。 「金、銀、ダイヤモンド、ザックザク」第一話の火事場で、ひとみの友人の兄がお宝を見つけたという。その矢先、中学生の少年が電柱に宙づりになって死亡した。友人の家にしのびこもうとしていたようだが、果たしてその動機は。 「いいおじさん、わるいおじさん」スケボーが禁止されている公園でスケボーをしている少年たちを注意し、少年たちの育成を理念としていた市議会議員が殺害された。少年たちとのトラブルの線から調査を進めるが…。 「いいおじさん? わるいおじさん?」監禁事件の被害者となった大学生が、空き地の奥にある施錠された巨大な冷蔵庫から見つかった。学生が詳細を語りたがらないなど、監禁事件には違和感もあり…。 「トカゲは見ていた知っていた」市議会議員の補欠選挙に立候補しようとしていた女が毒殺された。彼女の妹が、被害者が死の直前までいたパーティー会場に乗り込み、参加者たちを足止めしようとするが、その中にはひとみもいた。 「そのひとみに映るもの」ひとみが通う学校で、1つのクラスの全員の靴が盗まれるという怪事件が発生。その頃、事故した車から、殺害された男の遺体が発見される。 ――― 浜倉市という町で次々と起こる事件に、歳三さんが挑んでいきます。冒頭にも書きましたが、ひとみさんは前面に出て探偵活動をするわけではありませんが、彼女との会話から、歳三さんは解決の糸口を見いだしていきます。 基本的には一話ごとに解決が示されますが、全てがつながっていて、前の事件のことが強く関連している話もあります。 どれも面白く読みました。 (2020.03.16読了) ・あ行の作家一覧へ
2020.06.27
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有栖川有栖『インド倶楽部の謎』 ~講談社ノベルス、2018年~ 火村英生&作家アリスシリーズにして、国名シリーズ第9弾にあたる長編です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 有名ナイトクラブを経営する間原―あだ名はマハラジャ―は、自宅であるインド亭で、会合を開いていた。集まるのは、前世で関係のあった人々。 ある日の会合で、前世から来世までが記されたアガスティアの葉によるリーディングが行われた。マハラジャのビジネスパートナー、私立探偵と2人がまずリーディングを受けるが、彼らの現世は見事に的中された。また、私立探偵が質問した前世についても、インド倶楽部の人々の記憶どおりに語られた。そしてマハラジャがリーディングを受けたとき、過去の事実を指摘され、彼は動揺を示す。 後日、リーディングを行ったインド人をコーディネートしていた男が死体で発見される。また、リーディングを受けた私立探偵も殺されていた。 インド倶楽部のメンバーに犯人がいるのではないか、と思われたものの、明確な動機が浮かび上がらず、捜査は難航していく。 ――― 久々の国名シリーズ、楽しく読みました。 前世からの知り合いという、シリーズでは珍しいテーマですが、ちゃんと地に着いた推理で真相にたどりつけるので安心です。 あとがきで語られる色んな思いも興味深く読みました。 (2020.02.08読了) ・あ行の作家一覧へ
2020.05.16
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有栖川有栖『怪しい店』 ~角川文庫、2016年~ 火村先生&作家アリスシリーズの短編集です。 あとがきにもありますが、「宿」をテーマにした『暗い宿』の姉妹編ともいえる一冊で、本書には「店」をテーマにした5つの短編が収録されています。 それでは、簡単にそれぞれの内容紹介と感想を。 ――― 「古物の魔」評判が悪くなってきていた古物商が殺され、遺体は店舗奥の押入に押し込まれていた。生前、彼は「変なものを掴んだ」と言っていたが、はたしてその意味は? 「燈火堂の奇禍」頑固親父が経営する古本屋で起こった奇妙な泥棒事件。果たして犯人が盗んだものは? 「ショーウィンドウを砕く」経営する会社の資金繰りも難しくなってきた俺は、贅沢を許していた恋人の殺害を決意する。完全犯罪をもくろんだはずだったが…。 「潮騒理髪店」火村が出張先で目撃した奇妙な光景。閑散とした町の海辺で、電車の方に向かいハンカチのようなものをふっていた女の行動の意味とは。 「怪しい店」人の話を聞くことを生業としていた女が殺された。被害者が脅迫めいたことをしていたことが明らかになる中、ゆすられていた人物が何人か浮上するが…。 ――― いわゆる日常の謎系の物語が2編収録されていたり、倒叙ものの作品があったりと、バラエティ豊かな作品集です。 「古物の魔」は、特に結末の意外性が面白かったです。また、日常の謎の「潮騒理髪店」も、情緒あり、好きな雰囲気の物語でした。 表題作では、謎解きももちろんですが、「このお店はどんな店なんだろう」と作中アリスさんが色々と考えるシーンが面白かったです。たしかに、そう思ってしまう店もありますよね。 楽しく読めた作品集でした。 (2020.01.13読了) ・あ行の作家一覧へ
2020.04.29
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歌野晶午『ずっとあなたが好きでした』 ~文春文庫、2017年~ 歌野晶午さんによる、ノンシリーズの短編集です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 「ずっとあなたが好きでした」大型スーパーでアルバイトをはじめた大和は、年上の高校生に恋をする。しかし、休憩時間などに二人がいっしょにならないよう、主任が邪魔をし始めて…。 「黄泉路より」五十嵐は、ネットで知り合ったメンバーとともに、自殺するため樹海に向かった。しかし、道中に意外な展開が起こる。 「遠い初恋」小学校に、東京からすごい転校生がやってきた。弓木が彼女を意識しはじめた頃、彼女のネックレス紛失事件が起こる。クラスも険悪なムードになりはじめ…。 「別れの刃」大学生の継世は、勧誘の先輩に憧れ、関心が余りないのに演劇部に入部する。飲み会の際、何年も在籍している大先輩に誘われ、二人は特別な関係になるが…。 「ドレスと柘榴」佐和子が、何者かにつけられているという。永嶌は、犯人を突き止めようとするが…。 「マドンナと王子のキューピッド」転校先になじめなかったDJマイケルだが、ラジオに取り上げられることが多く、クラスメイトから、自分のかわりに企画への応募を依頼される。名前も知らぬ思い人に、思いを伝えるという番組だが、マイケルは級友が恋する女性に恋してしまい…。 「まどろみ」大輔と友里のある日の光景。 「幻の女」チラシ配りでをしていた馬渡は、多くのチラシをもらってくれる日傘をした、貴婦人のような人を意識をしていた。ある日、その人とゆっくり話す機会があるが、とつぜん逃げられてしまう。その後、チラシ配りでトラブルがあったアパート近くで、馬渡は殺人事件の容疑者とされてしまう。 「匿名で恋をして」掲示板で知り合ったπとロレッタ。トラブルで掲示板を去ったπに、ロレッタは連絡をとる。ついに、実際に会える日がやってきた。ロレッタはそれまでのやりとりから推理して、慈善にπの容姿を確認してから会おうと考えるが…。 「舞姫」就職の条件としてフランスを訪れた十條。フランソワーズと同居しながら、飲食店でバイトをしていたが、高級ワインの紛失事件が起こる。従業員の誰かが犯人なのか。そんな中、マネージャーが密室状況で死亡する事件も起きてしまう。 「女!」世之介に起こったある日の出来事。 「錦の袋はタイムカプセル」生まれ故郷に戻り、デイサービスセンターの厨房担当になった男は、参観日に利用者家族として訪れていた女性をみて驚く。懐かしい人物との再会だった。 「散る花、咲く花」父の病室に花を持っていっても、すぐに花がなくなってしまう。また、ある日には父の手首に傷が見つかった。虐待を疑う義理の娘だが…。 ――― これは面白かったです。 「まどろみ」「女!」は全体の中では意味を持つのですが、それ自体ではミステリ要素はほぼなし。一方、その他の短編は、それぞれ恋愛をテーマにしつつ、ミステリ要素もあります。特に「黄泉路より」「幻の女」「舞姫」はその要素が強いです。 物語自体も抜群に面白い(やられた!となる)のですが、本書は大矢博子さんによる解説がとても秀逸です。本編を読んでからという注意書きがありつつ、それでも最初に解説を読んでしまう人のために最初は概要だけ書き、あらためて本編のネタにふれるという構成ももちろん、後半での解説がすごく分かりやすく、いくつかの短編についてはその意義も的確に指摘されています。 面白い作品に秀逸な解説と、これは素敵な一冊です。 (2020.01.05読了) ・あ行の作家一覧へ
2020.03.29
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浦賀和宏『究極の純愛小説を、君に』 ~徳間文庫、2015年~ ノンシリーズの長編です。(少し「八木剛士シリーズ」とリンク?) それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 八木剛は、文芸部の合宿で富士樹海を訪れる。合宿には、恋心を抱いている草野も参加していた。しかし、合宿初日の夜に顧問の教師が失踪。翌日、部員も次々と失踪を遂げた。そして「彼女」は、八木たちにも襲いかかる…。 * 失踪した八木剛を調査していた保険調査員の琴美は、彼が浦賀和宏のペンネームで作家デビューしていたことを知る。浦賀のことを知る人物をたどるうちに、彼女はふしぎなプロジェクトの存在を知ることになる。 ――― なんとも紹介も感想も書きにくい作品でした。 作品内の構造も重層的です。そして、怒濤の勢いで刊行された「八木剛士シリーズ」が結局なんだったのか分かっていない私には、ひょっとして何か得られるのではないか、とも思ったのですが、やはり分からず…。 文庫で600頁と厚めの作品ですが、展開は面白く、読みやすいです。 (2019.12.13読了) ・あ行の作家一覧へ
2020.03.21
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浦賀和宏『ハーフウェイ・ハウスの殺人』 ~祥伝社文庫、2018年~ 浦賀和宏さんによる、ノンシリーズの長編です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― ハーフウェイ・ハウスで、3人の先生と13人の生徒で暮らすアヤコは、親友たちとともに、「オベリスク」をくぐろうと試みていた。しかし、くぐったヨシオは、すぐに敷地内に戻ってきて、倒れ込んでしまった。 そして後日。アヤコの兄を名乗る、健一という男がハウスを訪ねてきた。アヤコは健一に惹かれ、再び会うために一計を案じるが…。 * 非嫡出子の健一は、風俗関係のライターなどで生活していた。ある日、会社社長をつとめる父が会いに来た。嫡出子で健一の妹にあたる彩子が、マンションから転落し脳に損傷をおったため、会社を継ぐことができなくなり、血を分けた子である健一に、入社を検討するよう伝えにきたのだった。 そして健一は、妹に会うため、彼女の居場所から探し当てることを決める。そんな中、箱根の山奥に、地図に載っていない学校があるという噂を聞き、訪問を試みるが…。 ――― アヤコさんのパートと健一さんのパートが描かれ、果たして二つのパートがどうリンクしていくのか、わくわくしながら読み進めました。そして、終盤では、思いもしない展開にいろいろ衝撃を受けました。たしかに、伏線は張られていたのです。しかしまさかこんな…。 祥伝社文庫のノンシリーズ作品を続けて読んでみましたが、方向性がかなり違います。いろんな作風にふれられる良い機会でした。 (2019.12.06読了) ・あ行の作家一覧へ
2020.03.18
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浦賀和宏『緋い猫』 ~祥伝社文庫、2016年~ 浦賀和宏さんの、ノンシリーズの長編です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 昭和24年。ヤクザあがりでカタギの社長となった父への反発心もあり、プロレタリア文学を愛好する洋子は、同じくプロレタリア文学を好む青年たちの集まりに顔を出すようになる。そのリーダー格、佐久間に好意を抱き始め、半ば公認の仲となってきたころ、事件は起こる。サークルのメンバー2人が殺され、佐久間が失踪したのだった。 その後、洋子は、同じく佐久間に好意を寄せていた友人から、佐久間からの伝言を聞く。彼のふるさと、青森に行き、家族にかくまってもらってほしいというのだった。 しかし、佐久間のふるさとの村は非常に閉鎖的で、みな何かを洋子に隠しているようだった。佐久間が飼っていたとおぼしき猫がいるのに、誰も佐久間は村にいないという。果たしてそれは本当なのか…。 ――― そこから、洋子さんは悲惨な事件に巻き込まれていきます。謎解きのカタルシスというよりも、サスペンス重視の作品です。 なんとも救いのない物語ですが、先が気になってどんどん読み進められる作品でした。 (2019.11.05読了) ※本日(2020.3.7)、浦賀和宏さんの訃報に接しました。最近の桑原銀次郎さんも好みですが、デビュー作からの安藤直樹シリーズも好きでした(特に『透明人間』は大好きな作品の一つです)。ご冥福をお祈りします。 ・あ行の作家一覧へ
2020.03.07
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