全149件 (149件中 1-50件目)
米澤穂信『本と鍵の季節』~集英社文庫、2021年~ 高校2年生の図書委員、僕―堀川次郎さんと松倉詩門さんの2人が活躍する連作短編集です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。―――「913」受験準備のため委員会を退いた3年生の浦上先輩が図書室にやってきた。おじいさんが残した開かずの金庫を開けるのに協力してほしいというのだが…。「ロックオンロッカー」松倉と2人で美容院を訪れた僕。慌てたようにやってきた店長の言葉の意味とは…。「金曜に彼は何をしたのか」職員室前の窓が割られ、生徒指導部の先生から目を付けられていた学生が呼び出された。僕たちに相談にきたその弟いわく、兄にはアリバイがあるが、それを兄は決して言わないため、一緒に証拠を探してほしいという。「ない本」自殺した3年生の友人から、亡くなった生徒が読んでいた本を探してほしいと依頼を受けた僕たちは、詳しい状況を聞き取っていくが…。「昔話を聞かせておくれよ」僕と松倉は、それぞれの昔話を語り合う。そして、松倉の父の秘密に近づいて行くことに…。「友よ知るなかれ」その後日譚。――― これは面白かったです。 魅力的な謎、謎解きの妙、そして全体的にビターな後味の物語です。 冒頭の「913」から、思わぬ展開に引き込まれます。 その他、印象的だったのは「金曜に彼は何をしたのか」と「ない本」。それぞれの人の思いが印象に残ります。 朝宮運河さんの解説によれば、続編も予定されているとのこと。次作も楽しみです。(2024.02.04読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2024.05.25
コメント(0)
柚木麻子『本屋さんのダイアナ』~新潮文庫、2016年~ 自分の名前を変えたい、そして将来は本屋になりたい少女と、穏やかな家庭で育ちながら、中学受験、そして大学進学を経て何かが変わってしまう少女の物語。 物語は、矢島ダイアナ(漢字では大きな穴と書く)さんと、神崎彩子さんの2人の視点で進みます。 ダイアナさんは、キャバクラでママをしている母―ティアラと二人暮らし。髪を金髪に染められ、食事もコンビニやファストフードが多いですが、図書館に通って本を読むのが好きな少女です。 小学三年生の始業式の日、名前のことでクラスメイトからからかわれたとき、守ってくれたのが彩子さんでした。 ダイアナさんは、彩子さんの恵まれた環境に憧れ、彩子さんは、ダイアナさんのワイルドな環境に憧れます。二人は本を通じて―とくに、はっとりけいいち作『秘密の森のダイアナ』は二人のお気に入りでした―ますます仲良くなるのですが、小学6年生の頃、ささいなきっかけで二人には溝ができてしまいます。 その後、別々の道を歩む二人。ダイアナさんは、自分の夢をかなえるため、本屋での就職を目指しますが…。 同僚から勧めていただいて手にしましたが、好みの物語でした。 かわいらしい装丁ですが、物語は重たい、つらい要素も多いです。それでも、「呪い」を解くために立ち向かっていく二人の姿が素敵でした。 良い読書体験でした、(2023.11.07読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2024.03.02
コメント(0)
吉本ばなな『白河夜船』~角川文庫、1998年~ 夜をテーマにした3編の作品が収録された短編集です。「白河夜船」は、友達を亡くしたことを不倫関係にある恋人に伝えられない「私」の一人称で語れます。眠りに憑かれそうなほどに、眠りこけてしまうようになった「私」は、恋人からの電話だけは気づけます。恋人との出会い、亡くなった友達との思い出、そして今、疲れ切っている恋人やその妻のことなどが語られます。「夜と夜の旅人」は、亡くなってしまった大人びた兄と、兄の恋人たちの物語です。かつて兄と付き合っていたサラに書こうとした手紙のシーンから物語は始まります。 そして兄に恋していたいとこの不安定な行動や思いやサラの言葉、「私」自身の回想から、現在進行形では登場しない「兄」の存在感が強く浮かび上がってくる物語でした。「ある体験」は、「私」が一人の男をめぐって争っていた女性との回想の物語です。酒量が増えてしまい、眠りにつくときに不思議なメロディーが聞こえるようになった「私」は、知人の紹介で、奇妙な体験をすることになります。 なんとも紹介が書けなくなってしまっていますが、3編の中では「夜と夜の旅人」が好みでした(ので、感想も上に書けました)。「ある体験」も、その「体験」により、主人公は自分自身の思いに向かい合うことができます。こちらも印象的でした。 順番は前後しますが、表題作は様々な回想と現在の状況を織り交ぜながら物語が進みます。主人公自身の特殊な状況と、恋人の妻の状況が奇妙にリンクし、また恋人の苦しみも浮かび上がってきます。(2023.04.03読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2023.09.02
コメント(0)
吉本ばなな『うたかた/サンクチュアリ』~角川文庫、1997年~ 2編の中編が収録された作品集です。「うたかた」は、未婚の母と住む人魚さんの一人称で物語が進みます。結婚はしないけれど、母は父を愛している。母の友達で、父の友達でもある女性は、そんな父の家の庭に、子供を捨てて外国へ行ってしまいました。その子―嵐と、私との恋、そして私の父への思いが描かれた一編です。「サンクチュアリ」は、悲しいことがあり、しばらくホテルに滞在していた智明さんが主人公。夜の散歩を日課にし始めてから、4日連続、海辺で号泣する女性を見かけます。見かねた4日目、彼女に声をかけ、泣くのを中断させます。同じ地域に住んでいることが分かったものの、再会するつもりはなかった智明さんですが、ある日二人は再会します。そして、二人が抱えていた悲しいことを知ることになり…という物語です。 吉本ばななさんの作品を読むのは本当に久しぶりで、本書も再読ですがほとんど忘れていたのですが、面白かったです。特に「サンクチュアリ」が好みでした。海で出会った女性―馨さんの、写真のこととか、梅ジュースのエピソードとか、印象的な描写が胸に残ります。(2023.03.31読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2023.08.26
コメント(0)
~光文社文庫、2007年~ 捜査一課調査官で、「終身検視官」の異名を持つ倉石義男さんが、初動捜査で的確な判断をし事件を解決に導く短編集です。8編の作品が収録されています。 以前、ドラマもしていましたね(少しだけ観たことがあります)。―――「赤い名刺」一ノ瀬警部の不倫相手が首吊り死体として見つかった。倉石のもとで働いていた一ノ瀬は現場指揮を任されるが、被害者と自分の接点が発見されるのを恐れ、的確に動けなくなってしまう。自殺か、他殺か。倉石が出す答えとは。「眼前の密室」老婆殺し事件担当の班長が官舎に戻るのを、官舎前で待ち続けていた相崎記者たち。少し現場を離れるときも、ドアに細工し、人の出入りが分かるようにしていた。しかし、班長が帰宅後、中では班長の妻が殺されていた。完全に見張っていた密室状況の中で、いかに事件は起こったのか。「鉢植えの女」自分史教室を開催していた男が地下の書斎で死んでいた。自殺のような状況だったが、現場にはダイイングメッセージのような「短詩」が残されていた。そのメッセージが意味するものとは。「餞(はなむけ)」定年前の刑事に、13年前から届いていた、地名のみ書かれた年賀状などが、ぱったりと届かなくなった。差出人は亡くなったのか。そもそも、誰が、何の目的ではがきを送ってきていたのか。「声」脅迫文が書かれた大量のFAX用紙が散乱する部屋で、女性が死んでいた。女性が務めていた事務室の検事たちは、現場を訪れるものの、彼女の死に責任を感じていた。果たして、彼女は自殺だったのか。「真夜中の調書」高校教師が自宅で殺された。犯人と思しき男は、団地内の袋小路で逃げ場を失っており、事件発覚から間もなく逮捕された。黙秘を続けた男は、犯行を自白する。しかし、倉石は捜査の見直しを求め…。「黒星」元同僚の女性と電話で話した翌日、女性が車中で死んでいるのが発見された。留美は状況を倉石に告げつつ、ともに捜査に参加する。自殺と思われた状況だったが、倉石は他殺とみて、被害者の過去を浮かび上がらせていき…。「十七年蝉」「改心組」の巡査部長を部下につけ、公園で起こった事件にあたった倉石。部下に、現場付近で「見覚えのあるやつ」を見つけたら教えろと指示した真意とは。――― なんとなくドラマを先に観てしまった原作は手に取らないことが多いのですが、家族が持っていた本書を読んでみて…大正解でした。これは面白かったです。 言葉は粗暴、上司にもずけずけと発言しながらも、わずかな状況から自殺・他殺を見分け、捜査の方向性を誤らせない。そして部下も含め、人をきちんと見て、大切にしている。そんな倉石さんの姿がかっこよく、どんどん読み進めました。 収録作の中で特に好みだったのは「餞」。定年退職する刑事がたどり着いた真相と、倉石さんの姿が素敵すぎます。また、先に「人をきちんと見て、大切にしている」と書きましたが、これは「黒星」に描かれる、ある老人の死の真相を見破ったエピソードで特に感じました。 あらためて、これは面白かったです。良い読書体験でした。(2023.03.24読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2023.08.19
コメント(0)
横溝正史『双生児は囁く』~角川書店、1999年~ 角川文庫などに未収録だった作品を集めた短編集です。 20頁程度の短編から、90頁程度の中編(表題作)まで、収録作の長さも雰囲気もバラエティに富んだ、7編の作品が収録されています。―――「汁粉屋の娘」汁粉屋の有名な姉妹が言い争っているのを目撃した主人公。後日、姉妹の一人が殺され、一緒に店に行った友人が警察につかまってしまう。「三年の命」暗室で食事のみ与えられ、歩けないまま大きくなった青年が、篠山博士の邸宅近くにうずくまっていた。やがて青年は、その奇妙な経歴から有名になるが、青年と暮らす篠山家の関係者には、何者かから脅迫状めいたものが渡される。青年の命はあと三年だというのだが…。「空家の怪死体」紳士が借りたものの誰も住んでいなかった空き家から、死体が発見される。現場付近では、女性が目撃されていた。また、関係者と思しき人物も失踪しており…。「怪犯人」大地震で火災に襲われた宿から、男の死体が発見される。男は何者かに殺されていた。宿で働くお君は、火事の中、大切なものを取りに行こうとして、拳銃を持った男を目撃していた。宿から失踪した客が、果たして犯人なのか…。「蟹」演奏旅行に出た友人のアパートを借りることになった五郎が部屋に戻ると、女性が部屋を物色していた。酒の勢いで強気に出たが、女は「悪党!」と叫び五郎にケガを負わせ逃げていった。しかし彼女のことを、警察にはあいまいに説明した。彼女には、幼少期に出会った、倉に住む少女と同じ入れ墨があった…。友人のおかした悪事と、倉の少女との関係とは。「心」人を殺したと言って警察に入ってきた男。しかし男がいう事件を起こした日付は、そのときから22年も前の話で…。「双生児は囁く」真珠王・加納が開催した真珠の展覧会では、真珠は檻の中に陳列されていた。中でも「人魚の涙」と名付けられた真珠はあまりにも高価で、新興財閥・白井がどんな手段を使っても入手したいというほどだった。しかし、加納の使いでやってきたという女の策略で、「人魚の涙」は盗まれてしまう。さらに、その直後、檻の中で作品の紹介を担当していた「檻の中の男」が殺されているのが発見され…。双子の夏彦と冬彦が真相解明に挑む。――― 特に印象的だったのは「怪犯人」「蟹」「双生児は囁く」の3編でした。 「怪犯人」は、冒頭の大災害の衝撃から始まり、お君の数奇な運命が印象的。「蟹」では、幼少期の思い出が悲しい現実につながっていきます。表題作は、上の内容紹介では省略しましたが、冒頭は入れ墨師の彫亀さんが経験した奇妙な体験から始まり、最近紹介した『金田一耕助の新冒険』所収「ハートのクイン」、『スペードの女王』へと通じるエピソードですし、双子による謎解きも面白いです。 バラエティに富んだ作品集です。(2023.03.23読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2023.08.11
コメント(0)
横溝正史『金田一耕助の新冒険』~光文社文庫、2002年~ 金田一耕助シリーズの長中編の原型作品を集めた作品集の第二弾。 前回紹介した『金田一耕助の帰還』同様、すでに角川文庫版の内容は紹介していますので(大幅な改稿はありますが)、本書収録作品の内容については、角川文庫版の紹介記事へのリンクをはっておきます。―――「悪魔の降誕祭」→『悪魔の降誕祭』所収「悪魔の降誕祭」「死神の矢」→『死神の矢』所収「死神の矢」「霧の別荘」→『悪魔の降誕祭』所収「霧の山荘」「百唇譜」→『悪魔の百唇譜』「青蜥蜴」→『夜の黒豹』「魔女の暦」→『魔女の暦』所収「魔女の暦」「ハートのクイン」→『スペードの女王』作品解説(浜田知明)金田一耕助登場作品リスト解説(日下三蔵)――― 浜田氏の明解な作品解説により、たとえば「百唇譜」は原型版と長編版では犯人も異なっていて全く別のストーリーになっていることが指摘されていたり、「ハートのクイン」はハートからスペードに代わっていたりと、改稿の様子がうかがえます。 本書では、少年ものを除く金田一さん登場作品が、執筆順に(本書と『金田一耕助の帰還』所収の原型版も含めて)整理されていて、とても便利です。 日下氏による解説では、原型版短編集出版の背景も語られていて、こちらも興味深く読みました。 あらためて、金田一耕助シリーズの面白さを再確認できる作品集です。(2023.03.12読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2023.07.29
コメント(0)
横溝正史『金田一耕助の帰還』~光文社文庫、2002年~ 横溝さんは同じ作品の改稿をよくしていましたが、本書は、角川文庫などで読める最終版の原型となった作品を集めた短編集です。 すでに角川文庫版で紹介しているので、収録作品を掲げ、角川文庫版の記事にリンクしておきます。―――「毒の矢」→『毒の矢』所収「毒の矢」「トランプ台上の首」→『幽霊座』所収「トランプ台上の首」「貸しボート十三号」→『貸しボート十三号』所収「貸しボート十三号」「支那扇の女」→『支那扇の女』所収「支那扇の女」「壺の中の女」→『壺中美人』所収「壺中美人」「渦の中の女」→『白と黒』「扉の中の女」→『扉の影の女』所収「扉の影の女」「迷路荘の怪人」→『迷路荘の惨劇』金田一耕助誕生記作品解説(浜田知明)―――「壺の中の女」と「壺中美人」では、金田一さんが真相を見抜く理由が違ったり、『白と黒』『迷路荘の惨劇』のような長編の元となった短編が収録されていたりと、どの短編も興味深く読みました。 横溝さんによる「金田一耕助誕生記」は、金田一京介先生にまつわる思い出や、金田一さんの人物像のモデルについての記述があり、こちらも面白かったです。 浜田氏による作品解説も、それぞれの作品の初出と後の改稿作品の基本的情報を示してくれるだけでなく、それらの違いや肉付けについても触れられていて、たいへん参考になります。 親切なつくりの作品集です。(2023.03.04)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2023.07.22
コメント(0)
横溝正史『花園の悪魔』~角川文庫、1976年~ 金田一耕助シリーズの短編4作が収録された短編集。 1996年改版に伴い『首』と改題されていて、『首』についてはすでに記事を書いていますので、内容紹介はその記事から再録。―――「花園の悪魔」昭和2X年4月。Sという温泉場の花園の中で、全裸の女性の死体が発見された。被害者であるヌードモデルのアケミは、旅館の人々に顔を隠した人物と、旅館の離れで会っていた。しかし、最重要参考人であるその人物―アケミと親しい欣之助と思われた―の行方は、つかめなかった。「蝋美人」最愛の娘を亡くしてから、悪い評判もたちはじめた医学博士の畔柳氏が、腐乱した自殺死体の骨に肉付けをして、生前の姿を再現しようと計画した。再現された「蝋美人」は、防犯展覧会に出品されたが、これが物議を醸した。それが、夫を殺して失踪したと考えられていた、妖花マリとそっくりだったからである。その頃、金田一耕助のもとに仕事の依頼があった。マリによる夫殺し(と思われていた)の事件を見直してほしいというのだった。「生ける死仮面」昭和2X年8月。奇人として知られる古川小六のアトリエからの異臭に気付いた警官がアトリエをのぞくと、古川が、死後そうとうの時間のたった美少年の隣におり、デスマスクに化粧しようとしていた…。男色家で知られる古川のこととて、昭和の「青頭巾」事件ともいわれた事件であるが、少年は、殺害されたわけではなかった。単純な事件と思われたが、金田一耕助は、複雑な背景があるのではないかと考える。「首」300年前、名主が殺害され、その首がちょこなんと置かれた岩は獄門岩、その身体が流れ着いた場所は首なしの淵と呼び習わすようになった。岡山県の小村に休養にきていた金田一耕助は、なじみの磯川警部からそんな話を聞いた。ところが、昨年も、猟に出ていた旅館の主人が殺害され、その首が獄門岩に置かれ、体は首なしの淵から発見されたという。磯川警部は、その事件を解決しておらず、忸怩たる思いを抱いていたが、さらに、警部と金田一耕助が旅館に滞在している間に事件が起こった。映画撮影にきていた一行がいたが、映画監督が殺されたのだった。一年前と全く同じ状況で…。―――『首』の記事をアップしたのが2007年9月8日ですから、15年ぶりくらいの再読。 何度読んでも「首」は面白いです。なんのために首を切ったのか、という大きな謎に加えて、ラストにみせる金田一さんと磯川警部の優しさも味わい深いです。 今回読んだなかでは、「生ける死仮面」も印象的でした。猟奇的な事件の裏に隠された真相を探り当てていく金田一さんの推理が素敵です。 中島河太郎さんによる解説も、作品の初出媒体・年代と、簡明な概要が示されて、いつもとても参考になります。(2023.02.22読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2023.07.01
コメント(0)
横溝正史『蝶々殺人事件』~角川文庫、1973年~ 表題作である由利先生シリーズの長編と、2編の短編が収録された作品集です。―――「蝶々殺人事件」世界的ソプラノ、原さくらが殺された。その遺体は、コントラバスのケースに入れられ、歌劇団の集う会場に届けられた。東京公演を終え、それぞれのスケジュールによって大阪に向かったメンバーたちだが、さくらは予定とは異なる行動をとっていた。派手な交友関係が騒がられるさくらの死の真相は。「蜘蛛と百合」三津木の知り合いの美青年が殺された。死の間際に彼が口にしていた、君島百合枝という、金持ちの美女が事件に関係しているようだった。三津木は、由利先生の忠告にもかかわらず、接近した百合枝に夢中になりはじめ…。「薔薇と鬱金香」無名の戯曲家の劇を観ながら、鬱金香夫人、あるいはマダム・チューリップと呼ばれる著名な婦人、弓子は具合が悪そうなしぐさを繰り返していた。その後、彼女の関係者が、彼女の前夫を殺した罪でとらえられ、監獄で死亡したはずの薔薇郎を目撃したと話しているのを、三津木たちは耳にする。――― 表題作は、三津木さんが過去を振り返り小説を執筆したという体裁の、由利先生&三津木シリーズでは珍しいタイプの作品です。さらに、読者への挑戦も付されていて、本格探偵小説のだいご味が味わえます。この作品を「本陣殺人事件」と同時期に連載していたのですから、戦後の横溝さんの圧倒的な熱意と力量がうかがえますね。「本陣殺人事件」は個人的に思い入れが強く大好きな作品ですが、「蝶々殺人事件」も名作だと思います。 その他2編は本格度では劣りますが、怪奇性が味わえます。「蜘蛛と百合」では、三津木さんが女性にまいってしまうという、こちらも珍しい姿を見せてくれます。 大坪直行氏による解説は、「蝶々殺人事件」執筆の背景など詳細に書かれていて参考になりますが、関連するトリックがみられる横溝作品への言及や、わりとはっきりと根本的なネタバレをしてしまっている記述もあるので注意が必要です。 とまれ、バラエティに富んだ作品集です。(2023.02.18読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ※表紙画像は横溝正史エンサイクロペディアさまからいただきました。
2023.06.24
コメント(0)
横溝正史『呪いの塔』~角川文庫、1977年~ ノンシリーズの長編作品。――― 血みどろ、陰惨で刺激的な作風の有名な作家、大江黒潮に招かれて、軽井沢にあるその別荘を訪れた編集者にして探偵作家の由比耕作は、まちの人から、恋愛合戦が繰り広げられていると聞く。果たして、そこに集う俳優や女優たちには、複雑な関係ができあがっていた。 そんな中、大江が探偵能力にも優れていると評する白井三郎が別荘を訪れることになり、すでに集まっていたメンバー8人は、探偵劇を演じ、白井が真相を暴けるか試してみることとなった。被害者役は大江。他の7人は、それぞれに彼を殺すもっともらしい動機があった。 別荘近くにある、立体迷路の塔で、その劇が演じられた。7つの迷路階段に分かれ、それぞれ頂上を目指す7人のメンバー。しかし、犯人役の由比が大江と会話を交わし階段をおりた少し後、悲鳴が聞こえ、頂上に戻ると、大江は何者かに殺されていて…。 塔にひそむ謎の男や、失踪するメンバーと、謎は混迷を深める中、さらに事件は続き…。――― 20年ぶりくらいに再読しました。 中島河太郎さんの解説によれば、もともと昭和7年に刊行された作品とのこと。同じく中島さんも指摘しているとおり、主人公の由比さんの名は、後の由利先生や、山名耕作(さらには金田一耕助)もほうふつとさせます(耕作、耕助、という名前はお気に入りですよね)。 物語は大きく2部構成で、第1部は山名さん視点で人間関係や発端となる事件を描きます。第2部では、舞台は東京に移り、主に白井さん視点で事件のさらなる進展や再検討が描かれます。 誰もが怪しい中、真相に迫っていく過程をわくわくしながら読み進めました。(2023.02.08読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ※表紙画像は横溝正史エンサイクロペディア様からいただきました。
2023.06.10
コメント(0)
横溝正史『犬神家の一族』~角川文庫、1996年改版初版~ あまりにも有名な『犬神家の一族』です。 有名どころすぎて、一時期横溝作品を再読して記事を書いていた頃(2007~2009年頃)にも読んでいなかったので、このたび読み返してみました。 面白いに尽きるのですが、簡単に内容紹介と感想を。――― 生糸工場で成功し、信州一の財閥を築いた犬神佐兵衛が亡くなった。それぞれ母親の違う3人の娘たちと、その夫・息子たちは、それぞれいがみあっていた。長女の息子、佐清(すけきよ)が復員したとき、その遺言書の内容が明かされることとなっていた。 犬神家の弁護士をつとめる事務所の所員から、事件を予期するような手紙を受け取った金田一耕助は、犬神家近くの宿をとる。しかし、依頼人と会う約束の時間直前に、犬神家で起こった事件(ボートに穴があけられ、佐兵衛の恩人の孫娘が湖に落ちかける)に関わった耕助が宿に戻ると、依頼人は毒により死んでいた…。 さらに、復員した佐清は、戦争でやられたということで、仮面を付けていた。そして、本物か疑われる中明かされた遺言書の中身は、まるで殺し合いを誘発しかねないような内容だった。 ついに、次々と3人の娘たちの息子たちが殺されていく。まるで、よき(斧)・こと(琴)・きく(菊)という、犬神家の家宝を連想させるような状況で…。――― これは面白かったです。事件前後に、犬神家付近で目撃される復員服姿の男の役割など、見立て殺人以外にも謎は多く、わくわくしながら読み進めました。 犬神佐兵衛の過去を描く「発端」以降、すぐに金田一さんが登場するのも読みやすいです。 冒頭にも書きましたが、なんとなく有名すぎて、イメージもあって再読できていませんでしたが、やはり原作は安心して読めます。繰り返しですが、面白かったです。(2023.01.29読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ※表紙画像は横溝正史エンサイクロペディアさまからいただきました。
2023.05.27
コメント(2)
山田詠美『晩年の子供』~講談社文庫、1994年~ 表題作を含む8編の作品が収録された短編集です。―――「晩年の子供」親戚の家で、犬に手をかまれた直後、狂犬病のことを知った「私」は、それから、死を意識しながら暮らし始めます。「晩年」を意識した10歳の頃の思い出。「堤防」小学生の頃、旅行先で堤防から落ちたとき、「私」は運命に逆らわなかっただけだった。それからも、運命に逆らわず、「自分で何かする」ことはせずに生きていたはずだったが、高校の頃、友人との出来事で、なにかが変わり始め……。「花火」奔放に生きる姉を心配する母から、姉の様子を見てくるよう言われた「私」は、彼女のもとを訪れる。そして、妻のいる男と付き合っている姉に不信感を抱きながらも、性と愛について考えさせられることとなる。「桔梗」古い家に住んでいた「私」は、隣家に住む女性に惹かれていた。女性から連想し、庭の桔梗のつぼみが開くのを見届けたいと思っていた「私」だが。「海の方の子」親の都合で転校の多い「私」は、どこでも人気者になるすべを身に着けていた。しかし、ある田舎で出会った海の方に住む男の子は、決して心を開こうとしません。クラスメートからも距離を置かれる彼に近づき、一緒に帰ったある日の出来事とその後を描きます。「迷子」喧嘩の多い両親が当たり前だった「私」は、隣家の友達と過ごし、両親にもいろいろあることに気付く。ある日、隣家にとつぜん赤ちゃんが増えた。数年後、その後が迷子になってしまった日を描く物語。「蝉」蝉のおなかを割って、中に何も入っていないことを知った「私」。私には弟ができ、そのことを学校の友達にからかわれ、弟にもひどく当たってしまい…。「ひよこの眼」転校生の男子の眼に惹かれ、ずっと彼を見ていた「私」。恋心ではなかったはずなのに、クラスメートからも公認のカップルのようになってしまう。懐かしく感じたあの眼は、どこで見たのか。――― すべての物語が、小学生から大学生の女性の一人称で語られます(少女時代を回想する物語も多いですが、現在の年齢は描かれていません)。 この中で特に好みだったのは「堤防」、「海の方の子」、「ひよこの眼」の3編。「堤防」では、主人公が2回、人生について父と語る(語ろうとする)シーンが描かれるのですが、2回目が秀逸。「海の方の子」と「ひよこの眼」は、転校(前者では主人公、後者では男子)、主人公と男子の交流、そして悲しみが描かれ、共通するものも感じますが、その中でも二人のやり取りに考えさせられるものがありました。 こちらも20年くらい(以上?)前に一度読んでいて、久々の再読だったので、一部のシーンは覚えていて(やはり印象的だったのでしょうね)、それも含めて味わいながら読みました。(2022.12.25読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2023.04.15
コメント(0)
山田詠美『私は変温動物』~講談社文庫、1991年~ 山田詠美さんによるエッセイ集です。 勢いのあるお人柄が伝わってくる文章で、いやはやパワフルです。 からんでくる批評家に本気で怒る話(しかも批評家はかなり失礼な状況で話をしてきたとか)や、約束を守らなかった雑誌社と戦う「「平凡パンチ」に殴り込むの記」あたりが特に印象的でした。どちらもかなりひどいです。 また、山田さんにショックを与えた、ある教師のある言葉(とシチュエーション)は、とある小説でも描かれていたり、山田さん自身が子供の頃に引っ越しの多い生活をなさっていたということも、とある小説を連想したりと、創作とのかかわりも感じながら読みました。 色々と面白いエピソードや思いが描かれていますが、いろいろな本を読んだことを書いている流れで、本のよみかたが他人と違うので感想は書かないと宣言されているあたりも面白かったです。(2022.12.19読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2023.04.09
コメント(0)
山田詠美『蝶々の纏足・風葬の教室』~新潮文庫、1997年~ 表題作2編のほか、「こぎつねこん」を収録した短編集です。―――「蝶々の纏足」幼い頃、引っ越し先の隣家のえり子の「親友」になった瞳美は、ずっとえり子の引き立て役として生きていくことに気付き、えり子を憎み始めていた。しかし、恋愛だけは、えり子の先を行き…。「風葬の教室」転校先の学校で、うまく過ごしていたはずの本宮あん。しかし、学級委員の恵美子が好意を寄せる先生からかわいがられてしまい、いじめの対象になってしまう。死を覚悟するあんだが、家族のいつもどおりの会話を聞いて、そしてある教師の雑談から着想を得て、彼らを少しずつ「殺していく」。「こぎつねこん」母が歌ってくれた子守歌に恐怖を抱いた私。それから、とつぜん恐怖に襲われるようになってしまい…。――― 吉本由美さんの解説にあるように、表題作2編はどこか共通する要素をもっています(主人公と対立する女子生徒、そして主人公を支える男子生徒の存在など)。そのうえで、私には「風葬の教室」が好みでした。 そして、好みの理由のひとつの、「自分は他人の日常の一部だ」という自覚は、内容紹介はうまく書けませんでしたが「こぎつねこん」にも通じています。 表題作に「纏足」や「風葬」という言葉があるように、3編ともやや重たい物語ですが(「こぎつねこん」はタイトルから優しいかと思ったらそうではありませんでした)、印象的でした。(「蝶々の纏足」のラストのエピソードがまた、うまく理解できませんでしたが印象的です。)(2022.12.11読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2023.04.01
コメント(0)
山田詠美『ぼくは勉強ができない』~新潮文庫、1996年~ 勉強はできないけれど、人気者の高校生・時田秀美くんの一人称で語られる連作短編集(ただし、番外編は三人称スタイル)です。 転校した先の小学校で経験した理不尽(勉強できない同級生を先生も含めて見下す風潮)の思い出と、高校のクラス委員長選出でぼくより数票差で選出された、成績優勝な脇山の考え方を変えてやろうと試みた結果を描く表題作、「ぼくは勉強ができない」。 ぼくと同じくサッカー部に属し、虚無だのなんだのと高尚な悩みを語る植草がケガをしたときの本音を描く「あなたの高尚な悩み」。 雑音をきっかけに政治家になると宣言した後藤のその後と、恋人の桃子さんとのすれ違い(「雑音の順位」)。 化粧をして登校するため教師に目を付けられていたぼくの友人・真理のこと、そして桃子さんとの関係を引き続き悩む「健全な精神」。 父親がいないことをぼくの行動に結び付けて叱ってくる教師への対抗を描く「〇をつけよ」。 風邪で学校を休んだ日、人間は本来25時間周期の動物だと話をしていた友人が自殺したことを知る「時差ぼけ回復」。 友人が、クラスでも人気の山野に夢中で、かわりに告白してほしいと依頼してくる。行動したぼくを待ち受ける意外な展開を描く「賢者の皮むき」。 進路をどうするべきか、決断をするときを描く「ぼくは勉強ができる」。 そして、小学校の頃の教師・奥村が秀美の母、仁子の言葉や秀美の言動で少しずつ変わり始める「番外編・眠れる分度器」。 以上の9編からなります。 なんといっても「ぼくは勉強ができない」と、その後日譚を描く「眠れる分度器」が好みです。特に後者で描かれる、転校前の教頭先生とのやりとりは印象的です。「生きてる人間の血には、味がある。おまけに、あったかい」(197頁) 久々の再読なのですが、この言葉に、「ああ、これだ(った)」と感慨深くなりました(語彙のなさが恥ずかしいかぎりです)。 教師からは好かれるタイプではないですが、しっかりと自分をもって生きる時田さんが素敵です。 良い読書体験でした。(2022.12.06読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2023.03.26
コメント(0)
横溝正史『金田一耕助のモノローグ』 ~角川文庫、1993年~ 横溝正史さんによる、昭和20年4月~昭和23年7月の、岡山県での疎開生活を回想するエッセイ集です。もともと、徳間書店『別冊問題小説』1976年夏季号~1977年冬季号に連載されたエッセイの文庫化です。 構成は次のとおり。(連番は便宜的にのぽねこが付しました。) ――― [第1部]疎開3年6カ月―楽しかりし桜の日々 [01]義姉光枝の奨めで疎開を決意すること 途中姉富重の栄耀栄華の跡を偲ぶこと [02]桜部落で松根運びを手伝うこと ササゲを雉に食われて泣き笑いのこと [03]敗戦で青酸加里と手が切れること 探偵小説のトリックの鬼になること [第2部]田舎太平記―続楽しかりし桜の日々 [04]兎の雑煮で終戦後の正月を寿ぐこと 頼まれもせぬ原稿76枚を書くこと [05]城昌幸君の手紙で俄然ハリキルこと いろんな思惑が絡み思い悩むこと [06]探偵小説を二本平行に書くこと 鬼と化して田圃の畦道を彷徨すること [第3部] 農村交友録―続々楽しかりし桜の日々 [07]アガサ・クリスティに刺激されること 公職追放令に恐れおののくこと [08]澎湃として興る農村芝居のこと 昌あちゃんのお婿さんのこと [09]「本陣」と「蝶々」映画化のこと 桜部落のヒューマニズムのこと [10]倅亮一早稲田大学に入学のこと 8月1日に東京入りを覘うこと ――― 面白かった記述、印象に残ったエピソードなどをメモしておきます。 [01]では、「エラリー・クイーンのごときは、私が「探偵小説」という雑誌を編集しているころ、はじめて日本に紹介した作家である」(10頁)とのこと。別の個所でも書いていますが、早川書房さんが海外ミステリの翻訳を次々と刊行するまでは、横溝さんは自ら原著で海外ミステリを読み研究されていたそうです。 [02]は、「本陣殺人事件」『八つ墓村』『獄門島』の誕生に不可欠であった、加藤一さんという人物との出会いが語られます。また、後のエッセイについてもふれますが、横溝さんの戦争観も印象的です。「これはもうだれでも知っていることだろうが、敵が機関銃をもって向かってきたら、竹槍をもって闘えというのはまだしもとして、女は快く敵に強 姦させろ。そしてその最中に、相手の睾 丸を握りつぶせというには沙汰の限りであった。これはもう軍のエゴイズムとしか思えなかった。」(31-32頁) [03]の青酸加里については、[07]にこのように書かれています。「私はどんな意味でも戦争協力を強いられるようなことがあった場合、一家五人無理心中をやってのけようと、家人にも絶対秘密である薬物を用意していた」(95頁)。[03]では、終戦のことをラジオで聞いて、「青酸加里と手が切れたことをハッキリ自覚した」(37頁)と書かれています。ここも、横溝さんの戦争観を端的に示していて、印象的でした。同時に[03]では、これで探偵小説が書けるようになる、という思いに燃え、外国雑誌を引っ張り出して読んだり、原稿用紙の準備をしたり、「トリックの鬼」となったことも書かれています。 [04]以降は、昭和21年3月から書いている日記ももとに当時を振り返っています。[04]では、昭和21年1月から2月末までの仕事集計というメモが紹介されますが、それによれば9作の原稿を2カ月で書かれています。うち、標題の頼まれていない原稿というのが「探偵小説」(『刺青された男』所収)です。 [05]では、「本陣殺人事件」執筆の経緯を振り返っています。 [06]は、「本陣殺人事件」と『蝶々殺人事件』を並行して書くこととなったいきさつ。 [07]では、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』(の原著)を読み、『獄門島』の構想を練り上げるきっかけとなったと語られます。 [08]では、農村芝居のために台本を書いたことや、芝居に感心したことなどの思い出が語られます。また、桜で芝居の主役をつとめた昌あちゃんのお婿さんが、将棋の大山七段(当時)とわかったこと、別の雑誌に寄稿した短文でそのことを書いたのがきっかけで、大山さんとも交流が生まれたことも書かれていて、こちらも興味深かったです。 そして終章、[09]では、岡山を離れ東京に戻る経緯が語られます。ラスト、加藤さんとの別れのシーンは涙です。 と、自分の覚えの意味もこめてやや詳しいメモとなってしまいましたが、とにかく横溝さんの語り口がやさしく、ユーモアもあり、あらためて横溝さんの作品を読むとほっとするのを認識しました。とにかく大好きです。(2021.01.02読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2021.06.01
コメント(0)
アンソロジー『誘拐』 ~角川文庫、1997年~ 誘拐をテーマにしたアンソロジー。8編の作品が収録されています。 収録作品と概要は次のとおりです。 ――― 有栖川有栖「二十世紀的誘拐」織田・望月のゼミの教師の家から、その親族の絵が盗まれた。その絵の身代金は、千円。メンバーたちが犯人の指示のままに行動すると、絵は無事だった。盗んだ時の犯人は手ぶらだったはずなのに、折り目すらない状態で…。 五十嵐均「セコい誘拐」1歳の娘が誘拐された男は、「セコい」方法で乗り切ろうとするが…。 折原一「二重誘拐」覆面作家の西木香が一人の女性に捕らわれの身になってしまった。女は、自分の登場する作品をかけという。一方、女の外出中に確認すると、電話には誘拐のやり取りが録音されていて…。 加納諒一「知らすべからず」ひき逃げ事件の被害者のかばんには、大量の札束が。そして、誘拐犯からの指示書も持っていた。誘拐事件の可能性があるため、慎重に捜査を進める刑事たちだが…。 霞流一「スイカの脅迫状」葬儀にかける直前、お通夜の間に、遺体が「誘拐」された。棺の底には、脅迫状とともにスイカが置かれていた。また同時期、「被害者」の知人が首を吊って死んでいるのが発見される。 法月綸太郎「トランスミッション」ある朝かかってきた間違い電話―それは、誘拐を知らせるものだった。完全に人違いのまま用件を喋り終えた犯人にかわり、僕は本当に子供を誘拐された人物のもとへ連絡をとる。それが、奇妙な事件の始まりだった。 山口雅也「さらわれた幽霊」20年前に息子が失踪し、脅迫状が届いた女優のもとに、霊と話せるという男が現れる。直後、息子を名乗る人物から電話があり、20年前と全く同様の脅迫状が届けられる。果たして、幽霊が誘拐されたのか。 吉村達也「誰の眉?」公園で遊んでいて男の子が誘拐された。誘拐した人物は特徴的な眉毛をしており、「ダリノマユ?」と男の子に聞いていたという。父親は、状況から、疎遠となっている祖父が犯人とわかっているが、祖父はかたくなに否定する。精神分析医の氷室想介がたどり着く祖父の思いとは。 ――― 有栖川有栖「二十世紀的誘拐」は、有栖川有栖『江神二郎の洞察』(東京創元社、2012年)に再録(内容紹介は同記事から再録)。 法月綸太郎「トランスミッション」は、法月綸太郎『パズル崩壊』(講談社ノベルス、1998年)に再録(内容紹介は同記事から再録)。ノベルスタイトルには「WHODUNIT SURVIVAL 1992-95」との副題がありますが、本作は結局真相が割り切れないところがあります。 その他、折原作品はかつて目を通したことがありますが、あらためて楽しめました。(西木さんの性格は苦手です。) 五十嵐均「セコい誘拐」は、結局??こういうことかな、と思うところはありますが、すっきり割り切れない部分も残りました。 「スイカの脅迫状」「さらわれた幽霊」は、誘拐される対象が斬新で、解決も楽しく読みました。 「誰の眉?」は有栖川有栖『ダリの繭』をもじった作品で、作中にも有栖川公園が出てきたりと、面白かったです。吉村さんの作品はブログ開設前に数冊ほど読んだことがありますが(それもブログ開設前に手放してしまっています)、氷室さんシリーズの作品は今回初だったので、アプローチの在り方など、興味深く読みました。 真相がすっきりしない作品もありますが、「誘拐」一つとってもこんなにバリエーション豊かな物語ができるのかと、全体的に楽しめました。(2020.12.04読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2021.05.01
コメント(0)
アンソロジー『金田一耕助の新たな挑戦』 ~角川文庫、1997年~ 金田一耕助へのオマージュ作品のアンソロジー。 収録作品と概要は次のとおりです。 ――― 亜木冬彦「笑う生首」軽井沢の別荘で、夫婦が殺されていた。二人とも、首を切断されていた。残されたマネキン人形の意味するものとは。 姉小路祐「生きていた死者」大阪駅で、女性が男性を突き飛ばし、男性が電車に轢かれるという事件が発生した。男は死の間際に住所などを口にするが、名前は偽名だった。しかし、男の顔を知っているという僧侶が口にした名は、担当刑事が知っている名前だったが、彼は戦時中に死亡しているはずだった。 五十嵐均「金田一耕助帰還す」アメリカから東京行きの飛行機の中で、殺人事件が発生。たまたま居合わせた金田一耕助が事件の捜査に当たるが、被害者は、特定の席を示すダイイングメッセージを残していた。 霞流一「本人殺人事件」金田一耕助の功績を称えるため準備されていた「金魂館」の製作発表パーティーの後、関係者の一人が離れで殺されていた。それは、まるで「本陣殺人事件」のような状況の現場だった。 斎藤澪「萩狂乱」若き記者が金田一耕助に取材に訪れた日、事件が発生。数日前から行方不明だった女性が死体となって発見された。現場に落ちていた萩が意味するものとは。 柴田よしき「金田一耕助最後の事件」金田一耕助は、アメリカに渡る直前に、獄門島の了沢の訪問を受ける。早苗の息子の婚約者が、殺人事件の容疑者となっており、真犯人を明らかにしてほしいというのだった。 服部まゆみ「髑髏指南」金田一耕助に何かを手渡した外国人女性。中身は、髑髏だった。また同時期に、ダイヤの盗難事件も発生。果たして髑髏の正体は。 羽場博行「私が暴いた殺人」金田一耕助がアメリカで手掛けた事件。 藤村耕造「陪審法廷異聞―消失した死体」昭和13年。前年の「本陣殺人事件」で有名になっていた金田一耕助は、陪審法廷に証人として出廷し、屋敷から死体が消えてしまったという事件の真相を明かす。 ――― 特に印象に残ったのは「笑う生首」「生きていた死者」。いずれも、タイトルも事件の性質も本家にありそうで、楽しめました。また、「陪審法廷異聞」は、タイトルこそ本家とはやや異質な感じですが、内容は本当にありそうで、こちらも時代背景も含めて興味深く読みました。 このブログでは何度も書いていますが、私がこれだけミステリを読むようになったきっかけは横溝正史さんの作品(とりわけ『本陣殺人事件』)との出会いなので、他の作家さんによる金田一耕助ものを読むのにはなんとなく抵抗があったのですが、結果、杞憂でした。うまくあの世界観が描かれた作品が多く収録されていて、安心して楽しめた一冊です。(2020.12.03読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2021.04.29
コメント(0)
アンソロジー『密室』 ~角川文庫、1997年~ 密室をテーマにしたアンソロジー。8編の作品が収録されています。 収録作品と概要は次のとおりです。 ――― 姉小路祐「消えた背番号11番」人気選手がインタビュー後に練習している間に、ユニフォームが消えてしまった。密室状況の中、ユニフォームはいかに持ち去られたのか。 有栖川有栖「開かずの間の怪」怪談話がささやかれる病院跡地で、怪談の謎に迫る推理小説研究会のメンバーたち。アリスたちが見た人形は、いかに開かずの間に消えたのか。 岩崎正吾「うば捨て伝説」うば捨て伝説のある土地で、谷を挟んだ集落にはやまんば伝説が残っていた。「密室状況」のうば捨ての場と、やまんば伝説の関係とは。 折原一「傾いた密室」傾いた家で、依頼者の父と叔父が口論をしていた後、父が死体で発見される。事故として処理されそうになるが、依頼者は叔父による犯行と考え、覆面作家に解明を依頼する。 二階堂黎人「密室のユリ」推理作家がマンションの一室で殺された。ドア、窓ともに施錠された、完全な密室状況にように思われた。 法月綸太郎「ロス・マクドナルドは黄色い部屋の夢を見るか?」内容紹介省略。 山口雅也「靴の中の死体」母と子供たちの折り合いの悪い一家で、クリスマスパーティーのため家族が集まった翌朝、事件が発覚する。靴の形をした離れで、母親が殺されていた。雪には一つの足跡しかなく、雪の密室状況にあった。 若竹七海「声たち」貿易会社の会長が殺された。しかし、彼に恨みをもつ容疑者たちは、離れた場所で語り合っており(録音テープも残されており)、いわば容疑者たちが密室にいる状況での、それは事件だった。果たして犯人は。 ――― すでに本ブログで紹介したことがあるのは次の3作品。 有栖川有栖「開かずの間の怪」は、有栖川有栖『江神二郎の洞察』(東京創元社、2012年)に再録された短編です。(内容紹介はその記事からそのまま引用。)再読ですが、あらためて楽しめました。 二階堂黎人「密室のユリ」は、二階堂黎人『ユリ迷宮』(講談社ノベルス、1995年)に再録。(内容紹介は同記事から引用。) 法月綸太郎「ロス・マクドナルドは黄色い部屋の夢を見るか?」は、法月綸太郎『パズル崩壊』(講談社ノベルス、1998年)に再録。同記事でも、内容紹介は割愛しましたが、とにかくインパクトが強烈です。 その他、折原一さんの短編も、おそらくブログを公開する前に『ファンレター』に収録されたものを読んでいるはずですが、同書は手元に置いていないので、記事としては初のはずです。 今回はじめて読んだ作品で特に面白かったのは「消えた背番号11番」と「うば捨て伝説」。前者は多くの関係者の中から犯人が導かれる過程が鮮やか。後者は民俗学的な趣もあり大変興味深く読みました。(2020.11.29読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2021.04.24
コメント(0)
アンソロジー『現場不在証明』 ~角川文庫、1995年~ タイトルどおり、アリバイものを集めたアンソロジー。ミステリのアンソロジーを読むのは今回がほぼ初のような気がします。 収録作品と簡単な内容紹介は次のとおり。 ――― 赤川次郎「二つの顔」有名芸能人・有沢とそっくりなことから、たまに身代わりをお願いされるようになった西崎だが、ある日、有沢が自分の恋人と過ごしているのではと疑うようになる。そんな中、身代わり中に、恋人が殺されてしまい…。 姉小路祐「ダブルライン」キャバクラで知り合った女性と付き合いながら、出世のために別の女性と近づき始めた多田は、同期入社の男から交換殺人を持ち掛けられる。綿密な計画を聞き、多田は話に乗るが、途中から思わぬ事態になり…。 有栖川有栖「ローカル線とシンデレラ」山伏地蔵坊が語る物語。単線のローカル線で、人が殺された。動機がありえる人々は、被害者が乗っていたのとは別方向の電車に乗っており、アリバイがあった。 今邑彩「黒白の反転」過去の有名女優のもとに、5人の映画研究会というサークルの学生たちが訪れた。オセロゲームなどをして過ごした後、メンバーの二人の婚約宣言から、一気に険悪な事態に。翌朝、婚約発言をした女性が殺されているのが見つかった。 黒川博行「飛び降りた男」青年が深夜に暴漢に襲われたという事件に、妻の知り合いが関係者であったため、つてをたどり情報を得始めた私だが、同期が追っている窃盗事件と事件がリンクし、容疑者も浮上。しかし、男はアリバイを主張し、暴行事件への関与を否定する。 高橋克彦「百物語の殺人」有能プロデューサー・宇部が北斎の百物語をモチーフにした舞台を企画し、共通の友人でミステリ作家の長山を通じて、絵師研究者の塔馬に監修の依頼に訪れた。結果的に興味をもった塔馬は、宇部の企画した舞台稽古兼パーティーに出席するが、そこで宇部が殺害される。動機のある人物たちにはアリバイがあった。また、有能なはずの宇部がやらかした様々な矛盾の意味するものとは。 深谷忠記「凶悪な炎」別荘で男女の焼死体が発見された。女への動機を持つ男にアプローチしたところ、男は女が火をつけたという。しかし、それらしい女には、アリバイがあった。 ――― 今回のアンソロジーで初めて作品を読む作家さんも何人かいらっしゃいました。不勉強さを痛感するとともに、いろんな作家さんの作品が読めるアンソロジーも面白いと思った次第でした。 有栖川さんの「ローカル線とシンデレラ」は、同『山伏地蔵坊の放浪』(東京創元社、1996年)に収録されているものをすでに読んでいますが、例によって内容を覚えていなかったので、あらためて楽しめました。 その他、姉小路さんの作品は綿密なアリバイトリックが先に提示されながら、意外な結末に至るという面白い構成ですが、ややホラーというか、後味は悪いです。 特に面白かったのは「飛び降りた男」と「百物語の殺人」。前者は、主人公たちの会話も軽妙で、また真相も意外で楽しめました。後者は学者が感じた様々な違和感から真相にたどり着く過程が秀逸と思いました。 もう25年も前に刊行されたアンソロジーですが、「アリバイ」ものの奥深さが味わえる作品集です。(2020.11.27読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2021.04.19
コメント(0)
米澤穂信『いまさら翼といわれても』 ~角川文庫、2019年~ 折木奉太郎さんの所属する古典部のメンバーが活躍する、古典部シリーズ第6弾。今回は、折木さんの過去のエピソードなどが語られる短編集です。6編の短編が収録されています。 それでは、簡単にそれぞれの内容紹介と、感想を。 ――― 「箱の中の欠落」福部里志が手伝った生徒会長の選挙後、各クラスから集まった票は、在校生の人数分よりも多かった。どうしてそんなことが起こったのか、里志は折木を散歩に誘い、相談をもちかける。 「鏡には映らない」旧友に出会った伊原摩耶花は、中学生の頃の嫌な記憶を思い出す。卒業制作で作った鏡のフレームで、折木の班は完全にデザインを無視した、手抜きのようなパーツを提出した。彼(の班)は、なぜ手抜きをしたのか。 「連峰は晴れているか」中学生の頃の先生がヘリコプターが好きだと言っていたエピソードを語る折木に、伊原と福部はそれを否定するエピソードを語る。先生がヘリコプター好きと言っていた理由とは。 「わたしたちの伝説の一冊」伊原が掛け持ちで入っている漫画研究部は、読むだけ派と描く派で対立していた。描く派の友人が、伊原に同人誌への参加をもちかける。しかし、同人誌のための漫画を準備している中で、伊原は何者かにノートを盗まれてしまい…。 「長い休日」千反田えるに、「やらなくていいことならやらない」のモットーはいつから言っているのか聞かれた折木は、小学生の頃のエピソードを披露する。 「いまさら翼といわれても」合唱祭に出るはずの千反田えるが、会場の待合室からいなくなってしまった。手伝いに行っていた伊原から連絡を受けた折木は、彼女がどこに行ってしまったのか、推理を進めるが…。 ――― これは面白かったです。特に印象に残ったのは「鏡には映らない」。伊原さんの一人称で語られるのも新鮮で、また真相も辛さとともに折木さんのかっこよさが感じられる作品です。 同じく「長い休日」も、折木さんの過去のエピソードを描きます。珍しく折木さんが自分のことを多く語ります。 文庫背表紙の紹介のとおり、古典部の「メンバーの新たな一面に出会」える短編集です。(2020.07.23読了)・や・ら・わ行の作家一覧へ
2020.12.24
コメント(0)
米澤穂信『巴里マカロンの謎』 ~創元推理文庫、2020年~ <小市民>を目指す小鳩常悟郎さんと小佐内ゆきさんが活躍するシリーズ第4弾。今回は短編集です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 「巴里[パリ]マカロンの謎」1年生の2学期。ぼくは、小佐内さんに誘われ、有名パティシエ古城正臣が故郷名古屋に新たにオープンした店を訪れる。そこの名物マカロンを頼んだ2人だが、小佐内さんのお皿には、セットの定数の3つではなく、4つのマカロンが載っていた。そして、1つのマカロンの中には、指輪が入っていて…。 「紐育[ニューヨーク]チーズケーキの謎」10月。ぼくは小佐内さんに誘われ、マカロン事件で知り合った古城秋桜が通う中学校の学園祭に訪れた。秋桜さんのいる出店でニューヨークチーズケーキを食べたあと、小佐内さんたちと別行動をとることになったぼくは、小佐内さんと秋桜さんが一緒に、校庭のボンファイヤー(キャンプファイヤーみたいな)に近づいていくのを見ていた。そこで事件が発生。一人の男子が猛ダッシュで二人に近づき、小佐内さんと激突、マカロンが飛び散った。あとから追ってきた数人の男子は、男子生徒が持っていたというCDを探していたが、現場付近にはCDが見あたらず、小佐内さんと連れて行ってしまう。 「伯林[ベルリン]あげぱんの謎」年末頃。新聞部を訪れたぼくは、堂島健吾に相談を持ちかけられる。新聞部の1年生で、ベルリンのあげぱんを食べた。ロシアンルーレットのように、1つだけマスタードが入っているあげぱんをまぜ、誰にあたるかを遊ぶゲームがあるということで、そのゲームに挑戦したという。しかし、参加していた全員が、誰もマスタード入りは当たらなかったと言い、企画者と反対者のあいだで険悪なムードが起きているという。 「花府[フィレンツェ]シュークリームの謎」年明け。ぼくは、小佐内さんに誘われ、甘味を食べていた。そこに、古城秋桜さんから小佐内さんに電話があり、すぐに助けてほしいとのこと。彼女のもとを訪れると、同級生が飲酒を伴うパーティーに参加して停学させられたが、自分は参加していないのに参加したことにされ、秋桜さんも停学させられたという。誰が、なぜ秋桜さんが会場にいたと言い、さらには偽の証拠まで作り上げたのか。 ――― どれも面白かったですが、特に印象に残っているのは「紐育チーズケーキの謎」と「伯林あげぱんの謎」です。前者はキャンプファイヤーや小佐内さんがぶつかられたり連れ去られたりと、印象的なシーンが多く、また真相やその後のやりとりも興味深かったです。後者は、ほぼ小佐内さんが登場せず、小鳩さんが活躍しますが、真相解明にあたって色々実験したりと、こちらも面白かったです。 (2020.06.12読了) ・や・ら・わ行の作家一覧へ
2020.09.20
コメント(0)
米澤穂信『秋期限定栗きんとん事件(上・下)』 ~創元推理文庫、2009年~ <小市民>を目指す小鳩常悟郎さんと小佐内ゆきさんが活躍するシリーズ第3弾。今回は上下巻にわたる、シリーズ最長の作品です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 小佐内さんとの互恵関係を解消した僕は、何者かに手紙で呼び出された。相手は、クラスメートだが、名前は把握していなかった。そんな彼女は、僕と小佐内さんの関係解消を知っていて、僕と付き合って欲しいという。そこでつきあいが始まり、小市民的な充実を目指すことになるが、どうしても謎解きをしてしまう。たとえば、彼女のお兄さんが留守のときに、何者かが部屋に侵入したが、盗まれたものは何もなかった、という話を聞かされ、うっかり真相にたどりついてしまう。 * 新聞部の一年生、瓜野は、学内新聞に学外のネタも載せ、もっと多くの生徒に読んで欲しいと思っていた。夏休みにあった生徒拉致事件をネタにしようとするが、小佐内さんが部長と関わり、そのネタはだめだという。しかし、最近起こり始めた連続放火事件の発端が、学校に関わる場所だったことを知り、連続放火事件を追いかけることを決意する。友人の助言も受けながら、事件の法則性を見いだした瓜野は、新聞で次の事件の予告を試みる。予告が的中すると、学内新聞の人気がどんどん高くなっていった。そして瓜野はついに、犯人をつかまえることを目標とし始める。 またその頃、瓜野は、ふとした小佐内さんの表情から彼女のことを気にし始め、ある出来事をきっかけに付き合うことになる。 ――― というんで、二つの恋(?)と連続放火事件などの謎解きを軸に、物語は進みます。 前作で、小佐内さんが怖かったという印象は覚えていましたが、やっぱり本作でも小佐内さんは怖いです。 小鳩さんも、小市民として振る舞おうとしますが、どうもうまくいきません。 とまれ、小鳩さんと小佐内さん、それぞれの思惑が交錯しながら、犯人を明らかにするあたりは圧巻です。 辻真先さんの解説にもありますが、(放火事件はあるとはいえ)どちらかといえば「日常の謎」をテーマにした作品でありながら、上下巻の長編というのはたしかに珍しく、それでいてとても楽しめる作品でした。 (2020.06.04読了) ・や行の作家一覧へ
2020.09.12
コメント(0)
横溝正史『風船魔人・黄金魔人』 ~角川文庫、1985年~ 横溝さんのジュヴナイル作品集。表題にある二編の中編が収録されています。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 「風船魔人」サーカスの催しの際、人気の馬が空中に浮いていった。馬は、風船がつけられていた。後日、風船魔人と名乗る人物が新聞広告を出し、空に注意していろという。広告に書かれた日に、すごいスピードで飛行する人間のようなものが見られた。三津木たちは、風船魔人の正体をとらえようと奮闘する。果たして、風船魔人の意図とは…。 「黄金魔人」16歳の少女たちが、全身金色の怪人―黄金魔人に狙われていた。はたして、少女たちに共通する条件とは。そして黄金魔人の目的とは。 ――― どちらも、怪人の正体は比較的分かりやすいですが、斬新な設定の怪人で面白いです。挿絵があるのも良いですね。 さて本書には、『姿なき怪人』収録の座談会の続きと、山村正夫さん監修による横溝さんのジュヴナイル作品目録が付されていて、資料的にも貴重な一冊となっています。 特に興味深かったのは座談会です。今回は、岡山の疎開先での横溝さんの様子などが語られます。また、家族にとってはとにかくひどい印象が強かったようですが、一方で作家はそういうところがあっても仕方ないという思いも持たれていたことがうかがえます。江戸川乱歩さんを尊敬しつつライバル視していたことも語られて、横溝さんのいろんな面を知ることのできる内容です。 ※表紙画像は、横溝正史エンサイクロペディアさまからいただきました。 ・や・ら・わ行の作家一覧へ
2019.11.14
コメント(0)
横溝正史『姿なき怪人』 ~角川文庫、1984年~ 横溝さんによるジュヴナイル作品集。連作短編集のおもむきのある表題作のほか、短編1編が収録されています。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 「姿なき怪人」 「第1話 救いを求める電話」法医学の権威、板垣博士を訪れた三津木俊助と御子柴進だったが、博士の部屋で言い争う声が聞こえた。博士の娘、早苗との結婚を反対された木塚は、博士に復讐を誓う捨て台詞を残してその場をあとにする。その直後、早苗から助けを求めるような電話が研究室にかかってくる。急いで現場に向かう三津木たちだが、すでに早苗は殺されていた。木塚には鉄壁のアリバイがあったが…。 「第2話 怪屋の怪」進は、板垣博士からのお願いで太田垣家を訪ねた。呼びかけても返事がなく、家に入ってみると、男が殺されていた。あわてて警察を呼びに行くが、現場に戻ると、死体もなくなり、流れ出ていた血の跡もきれいになくなっていた。見間違いと指摘されるが…。 「第3話 ふたごの運命」板垣博士が後見人をつとめる双子が外国から日本にやってきた。しかし、双子は空港で何者かに連れ去られてしまう。後日、片方と思われる少女の遺体が発見されるが、解剖を前にした日、その遺体も持ち去られてしまう。 「第4話 黒衣の女」黒衣の女と名乗る女性から、新日報社に電話がかかってきた。対応した進に対して、あるホテルを訪れ、荷物をもって公園にきてほしいという。進がホテルに訪れると、そこでは男が殺されていた。 「あかずの間」家が貧しく、おじの家に引き取られた由紀子だが、おじとおばの様子に不自然なところがあった。毎日、おばは納戸まで食料を運んでいた。蛇神に供えるというが、けがをしたおばのかわりに納戸を訪れると、中から人のすすり泣きが聞こえてきて…。 ――― ジュヴナイル長編を続けて読んできて、今回は連作短編集のおもむきでしたが、少なくともジュヴナイル作品については短編の方が自分の好みということに気づきました。博士に復讐を誓う男からはじまり、アリバイトリック、遺体消失トリックなどなど、面白いトリックも盛りだくさんです。双子の事件で、遺体が奪われたのはなぜかというのも魅力的な謎でした。 さて、本作は角川文庫(緑版)の、横溝作品の最後から二番目の作品。ということもあってか、横溝さんの夫人(孝子さん)と息子さんの亮一さん、そして本書の編集・構成を手がけた山村正夫さんの座談会(その1)が収録されています。横溝さんは家族には偏屈で気むずかしいところがあったようで、奥さんがたえられず神頼みに行ったときに、怒り狂って二階の窓から布団やテーブルを投げ出したということもあったそうです。そうかと思えば、血を見るのが大の苦手だったり。 また、野球観戦が大好きで、お子さんといっしょに観戦に行かれていたこと、お子さんのために童話集のたぐいを一気にどんと買われていたことなど、興味深いエピソードが満載です。 優しい作風でありながら気むずかしかったこと、血みどろの作品を書きながら血がきらいといったことなど、ギャップも興味深いです。 ・や・ら・わ行の作家一覧へ
2019.11.10
コメント(0)
横溝正史『幽霊鉄仮面』 ~角川文庫、1981年~ 横溝正史さんによるジュヴナイルの長編。三津木俊助、由利先生が活躍します。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 鉄仮面のイラストとともに、「狸のお舟は泥の船…」からはじめる、カチカチ山をもじった殺人予告が新聞広告に掲載された。死を予告されたのは大宝石商会会長をつとめる唐沢人物。一方、この広告の調査をしていた記者の折井が新日報社に報告に戻ったとき、彼は短剣を遠方から突き刺されて殺されてしまう。 三津木は、唐沢を守るため有名な博士と共に護衛に向かうが、鉄仮面は彼らの上をいっていた。唐沢を守ることはできなかったが、唐沢の遠縁にあたる御子柴進が、三津木の助けとなっていく。 その後も、鉄仮面による殺人予告の新聞広告が繰り返される。 ――― 非常に盛りだくさんの内容でした。本作でも軽気球や舞台での事件が登場しますが、ジュヴナイルの大事な要素とされていたのがうかがえます。 終盤では、モンゴルでのアクションシーンも描かれます。三津木さんの怪力すごい! というんで、あまりに簡単なメモになってしまいましたが、このあたりで。 ※表紙画像は横溝正史エンサイクロペディアさまからいただきました。 ・や・ら・わ行の作家一覧へ
2019.11.07
コメント(0)
横溝正史『白蠟仮面』 ~角川文庫、1981年~ 横溝正史さんによるジュヴナイル作品。探偵小僧の御子柴進さんと三津木俊助さんが活躍する表題作のほか、2編の短編が収録されています。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 「白蠟仮面」事故によりトラックが棺桶を落とした現場に居合わせた御子柴進は、その際にダイヤモンドのようなものが落ちているのに気づく。密輸事件かと考えトラックを追った進は、悪漢にとらわれ、意識を失う。気づいた進は、マイクで奇妙な言葉を言わされた。後に、悪漢一味のボスが、話題の怪盗白蠟仮面だと気づいた進は、また別の大事件が起こっていたことを知る。宝石王、一柳家の孫娘が、当主を殴る事件が起こっていたのだ。それは、自分がマイクで語ったのをなぞったような事件で…。こうして、御子柴進・三津木俊助と、白蠟仮面の対決が始まる。 「バラの怪盗」有名なバラの怪盗をモチーフにした劇を行っていた朱美だが、怪盗に欺かれ本当に誘拐されてしまう。朱美の家族に届いた朱美からの手紙には、怪盗が身代金を要求していることが書かれているが、奇妙な誤字も散見された。 「『螢の光』事件」男に連れられて、ガラス玉を落としながら歩く女は、何かを訴えているのではないか…気づいた宇佐美慎介は、二人を追い、無事に女を助けた。その後、女の家に電話をかけると、『螢の光』が聞こえ、またにわかにその音楽がとまると何かがたおれる音がした。女の家に着くと、彼女の父親が殺されていて…。 ――― 表題作は怪盗対探偵少年という構図で、特に前半は面白く読みました。終盤はやや疑問に思う展開もあり少し残念。ジュヴナイル作品を続けて読んでくると、「サーカス」「猛獣の脱出」「バルーンでの脱出」といったモチーフが多々出て来るのに気づきます。本作の初出は昭和29年度ということですので、当時でいえば、わくわくするモチーフだったのでしょうね。 「バラの怪盗」は暗号もの。主人公の機転が素敵です。 「『螢の光』事件」は、本書の中で特に好みの作品でした。『螢の光』というモチーフがまず面白いですし、解決も好みでした。 ・や行の作家一覧へ
2019.10.26
コメント(0)
横溝正史『黄金の指紋』 ~角川文庫、1978年~ 横溝正史さんによるジュヴナイルものの長編。『怪獣男爵』『大迷宮』に続く、怪獣男爵シリーズでもあります。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 瀬戸内海に面する沖合の町に、おじを訪ねて滞在していた中学2年生の野々村邦夫は、嵐の夜に事件に巻き込まれることとなった。 燈台守を慕っていた邦夫だが、その夜、燈台の灯りは消え、船が難破した。難破船に乗っていて大けがをした青年を助けた邦夫は、青年から、黄金の燭台を渡され、金田一耕助に渡してほしいと依頼される。燭台には、黄金の指紋が焼き付けられていた。まもなく、青年は何者かに連れ去られてしまい、邦夫は使命を果たすために奔走することになる。 一方、一人の少女が悪漢にとらわれていた。彼女は、黄金の燭台の鍵を握る人物で…。 ――― これは面白かったです。黄金の燭台をめぐり、様々な思惑が交差し、事件は複雑なものとなります。とりわけ、冒頭に紹介したように、本書には怪獣男爵も関係するとあって、めまぐるしい展開です。 金田一耕助さんも素敵でした。本書では、最初はさえない易者に扮して登場する金田一さんですが、トイレを探すふりをしながら敵の様子をうかがっているときの「ト、トイレはどこだ。ト、トイレは……ええい、じゃまくさい、いっそここで……」のセリフには思わず笑ってしまいました。こういうところ大好きです。その上で少女を救おうとかっこよく動くと思えば、まんまと敵の罠にはまってしまうこともあったりと、金田一さんも翻弄されています。 むしろ、ジュヴナイル作品ということもあり、主人公の邦夫さんは一貫して活躍している印象です。こちらは敵の罠にかかったかと思えば逆に敵をあざむいたりしており、金田一さんと対照的な描かれ方といえるかもしれません。※表紙画像は横溝正史エンサイクロペディアさまからいただきました。 ・や・ら・わ行の作家一覧へ
2019.10.23
コメント(0)
横溝正史『金色の魔術師』 ~角川文庫、1979年~ 横溝正史さんによるジュヴナイルものの長編です。 同じくジュヴナイルものの『大迷宮』にも登場する立花滋くんが、本作でも活躍します。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 立花滋が通う中学校の前で、奇妙な奇術師が芸を披露していた。周りの人にばかにされると、奇術師は「金色の魔術師」と名乗り、「七人の少年少女をもろうていくつもりじゃ」と言い捨ててどこかに行ってしまった。 滋の冒険に魅了された村上少年と小杉少年は、滋とともに3人で探偵団を結成しようとしていた。そんな中、友人の山本少年が3人のもとを訪れ、自身が経験した事件について語る。有名な学者でありながら、精神に不調をきたした赤星博士がサタンを崇拝するための礼拝堂が近所にある。ある日、そこから「首が浮いている!」と叫ぶ浮浪者が出てきた。山本少年が建物に入ると、赤い星と「No.1」と書かれたカードが落ちていたという。 その礼拝堂を4人で冒険しようとしていた矢先、山本少年は行方不明になる。その後、3人は探検し少年を捜し出すも、いままさに、金色の魔術師が少年を湯船のようなものにつけ、少年を溶かそうとしている情景をみることとなる。 金色の魔術師は、さらに大胆な方法で少年少女をさらっていく。 滋たちは、関西で療養している金田一耕助に助けを求める。すると、耕助は、自分は動けないが黒猫先生に助けてもらうよう返事を出してきた。しかし黒猫先生もどこか奇妙で……。 ――― 久々に横溝さんの作品を読みましたが、大好きな作家ということもあり、安心して読めます。語り口が素敵ですね。 さて、本作はジュヴナイルでありながら、少年が溶かされていくという不気味な情景も描かれます。 面白かったのは、主人公の少年たちのあだ名です。村上少年は「クラスでいちばんからだが大きく、いちばん力があるので」ターザン、小杉少年は公平という名前ですが、「クラスでいちばん人気のあるひょうきんもので」キンピラ(公平をおどけて読んで)というあだ名です。こういうの大好きです。 金田一先生も、ジュヴナイルでは失敗しがちな印象ですが、今回はかなりしっかりしていて、そこも嬉しかったです。*表紙画像は、横溝正史エンサイクロペディアさまからいただきました。 ・や・ら・わ行の作家一覧へ
2019.10.02
コメント(0)
米澤穂信『王とサーカス』 ~創元推理文庫、2018年~ 大刀洗万智さんがネパールで遭遇した事件を描く長編。本作は、実際に起こったネパールでの王宮事件を題材にしており、深みがあります。作中時系列としては、前回紹介した『真実の10メートル手前』の表題作と、同短編集所収の「正義漢」の間に位置づけられる事件です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 2001年。フリーの記者になった大刀洗万智は、『月刊深層』に海外特集の記事を書くため、ネパールを訪れていた。初日はサガルという少年や、自称破戒僧の八津田らに現地を案内してもらいながら、現地の様子を頭に入れて過ごしていた矢先、BBCニュースで衝撃的な事件が報じられた。王宮で、現国王の息子が、王や王妃らをはじめ複数の王族を殺害したというのである。大刀洗は王宮にも通じる軍人への取材を試みるが、記事を公表する意味を答えられず、詳しい内容は何も聞けないこととなった。 国内は混乱し、王の葬列の後には、事件の真相を隠蔽しようとする政府らへの失望などから暴動も発生。軍や警察も動き、厳戒態勢が取られることになる。そんな中で、外出していた大刀洗は、取材に応じてくれた軍人の死体を発見する。背中には刃物で文字が記されていた。はたしてその文字が意味することとは。彼の死は、王宮事件との関連はあるのか。また、大刀洗と会ったことに、彼の死の原因はあるのか。 大刀洗は、事件の解明に乗り出すこととなる。 ――― これは面白かったです。 Wikipediaによれば、ネパール王族殺害事件は、いろいろ謎も深く、未解決のようですね。本書では、大刀洗さんがまさにその事件があった頃に現地にいたという設定で、臨場感をもってその状況が描かれています。また、本書の主眼である軍人殺人事件の謎解きも魅力的です。 大刀洗さんが、記者という自分の仕事に深く向き合うシーンも印象的です。 良い読書体験でした。 ・や・ら・わ行の作家一覧へ
2019.06.30
コメント(0)
米澤穂信『真実の10メートル手前』 ~創元推理文庫、2018年~ 『さよなら妖精』で登場した大刀洗万智さんが、記者になってから扱った事件を描く短編集です。6編の短編が収録されています。それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 「真実の10メートル手前」事業に失敗し、詐欺会社と批判され、経営破綻した企業の社長と、広報担当をしていたその妹が失踪した。世間では詐欺会社とイメージばかりがふくらむ中、地元で女を知る知人は、彼女の良さを語っていた。大刀洗は親族からの情報をもとに、彼女の捜索を試みるが…。 「正義漢」駅で電車への飛び込み事件が発生。混乱している中、あえて飛び込み現場近くに近づいていく女がいた。その後女は、こちらに近づいていて…。 「恋累心中」高校生の男女が死亡した。遺書のようなノートもあり、状況は心中のようであったが、大刀洗はノートに「タスケテ」という言葉が書かれていたことを把握し、真相に留保を加える。二人を知る教員から話を聞くことで、真相解明にたどりつけるか。 「名を刻む死」町内でも気むずかしいことで有名な老人が死亡していた。老人の死を発見し通報した中学生は、なぜ老人の様子をうかがっていたのか。また、老人が遺した「名を刻む死」の意味とは。 「ナイフを失われた思い出の中に」ロシアから大刀洗を訪ねてきた老人と二人で、大刀洗は関わっている事件の現場を見て回る。16歳の少年が、姪に当たる3歳の少女を刺し殺すという事件だった。しかし、状況には奇妙な点もあった。 「綱渡りの成功例」土砂災害に見舞われた中、奇跡的に助かった老夫婦について、大刀洗は取材を試みた。感動の救出劇となった中で、二人が常に申し訳なさそうに振る舞う真意とは。 ――― これは面白かったです。『さよなら妖精』を読んだのはもうずいぶん前のことで、「面白かった」という印象は残っているものの、大刀洗さんをはじめほとんど忘れてしまっていたが、かっこいい方だったというのを再認識しました。 さて、本書では、そんな大刀洗さんが社会人として活躍します。特に面白かった(印象的だった)のは、「正義漢」、「名を刻む死」、「綱渡りの成功例」です。「名を刻む死」での中学生の思い、「綱渡りの成功例」での関係者たちの色んな思いは印象的でした。 ・や・ら・わ行の作家一覧へ
2019.06.23
コメント(0)
米澤穂信『犬はどこだ』 ~創元推理文庫、2008年~ 米澤穂信さんによるノンシリーズの長編です。(ただし、解説によれば続編予定はあるとのこと。) それでは、内容紹介と感想を。 ――― 病のため銀行員を退職した後、私―紺屋長一郎は、犬探し専門の自営業をはじめた。しかし、紺屋の友人の紹介で訪れた最初の依頼人は、失踪した孫を捜してほしいとの依頼をもちかける。とつぜん、自分の家に孫あての手紙が届くようになった。両親が連絡してもつながらず、仕事も退職したようだ、との内容に、条件面で都合をつけ、依頼を受けることとなる。 一方、高校の部活の後輩、半田平吉、通称ハンペーが事務所を訪れ、探偵に憧れているので雇って欲しいとのこと。その日に別の依頼―古文書の由来を調べてほしい―が舞い込んだため、紺屋はそちらをハンペーに任せることになる。 依頼人の孫はなぜ失踪したのか。調べるうちに、ハンペーの調査も次第にリンクしてきて…。 ――― 数年ぶりの再読です。初めて読んだときの衝撃は忘れられません。 このタイトルから、なんとなくとっつきにくかったのですが、物語は大変読みやすく、また謎が深まっていく面白さも抜群です。 基本的に、紺屋さんの一人称と、ハンペーさんの一人称で物語が進んでいきます。それぞれの調査がつながっていく過程や、村(町)の歴史のひもときなど、面白い要素がふんだんでした。 再読でしたが、伏線が丁寧で、良い読書体験ができました。 ・や行の作家一覧へ
2019.03.27
コメント(0)
横溝正史『雪割草』 ~戎光祥出版、2018年~ 横溝正史さんの幻の長編作品です。『新潟毎日新聞』『新潟日日新聞』に1941年6月12日から12月29日まで連載されていました。(この作品が見つかった経緯は、山口直孝さんの解題に詳しいです。) 執筆時期の時代背景から、本書は、殺人事件が起こったりトリックがあったりといった探偵小説ではなく、横溝さんが「初めて挑んだ通俗小説」(430頁)です。 しかし、ストーリーテリングの面白さはやはり抜群です。 主人公は、上諏訪の町に住む緒方有為子さん。婚礼を目前にして、婚約者側から破談がもちかけられ、父親の順造さんは激怒し、その後亡くなります。既に母を失っていた有為子さんは一人になってしまいますが、破談の理由は、有為子さんの出生の秘密にあるようで…。 町で敬愛されている山崎先生からある手紙を受け取り、また先生のすすめもあり、有為子さんは東京に出ます。しかし、東京で有為子さんが下宿することになっていたのは、順造さんに恩がありながら有為子さんの財産を奪おうとする夫婦でした。 苦しみながら、仕事を探す有為子さんですが、彼女は事故にあってしまいます。 その後、彼女を助けてくれたのは、高名な画家・五味楓香先生の娘、美奈子さん、その友人(?)の蓮見邦彦さん、そして楓香先生の一番弟子の賀川仁吾さんでした。 美奈子さんたちの人間関係にも悩む有為子さんですが、やがて、大きな転機が訪れます。 …と、こういった流れなのですが、その後も有為子さんには辛いことがいくつも待ち受けています。 戦時中の作品ということで、いろいろ時局を反映した(時局に配慮した?)展開もありますが、解題にもあるとおりさほどそこに重きはなく、有為子さんを取り巻く展開にどきどきしながら読み進めました。 また、上でも少しふれましたが、解題にある本作発見の経緯なども興味深く読みました。 良い読書体験でした。 ・や行の作家一覧へ
2018.12.01
コメント(0)
米澤穂信『リカーシブル』 ~新潮文庫、2015年~ 米澤穂信さんによる、ノンシリーズの長編です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 父親が会社で横領し、失踪した。新年度から中学1年生になるわたし―越野ハルカは、父の再婚相手である義母の故郷の坂牧市に引っ越してきた。 ハルカは、クラスにとけ込み、浮かないようにすることに尽力する。リンカという、町を案内してくれる友人もできた。一方、気がかりなのは義弟のサトルの言動だった。いつも自分に起こった嫌なことばかり話するサトルが、学校に行きたくないと言い出した。原因は、通学路の橋だという。そこから、人が落ちたというのだ。 ハルカのまわりに起こる奇妙な事件についても、サトルは「見たことがある」と、真相を口にする。サトルに、本当に予知能力があるのか。少しかわった社会の先生にそれとなく尋ねると、先生は町に伝わる、未来がみえるというタマナヒメの伝承について教えてくれた。 後日、社会の先生が事故にあってしまう。ついには、ハルカ自身もクラスメイトから疎んじられ始め…。 ――― 物語はハルカさんの一人称で進みます。父が不祥事で失踪し、優しい義母は自分を置いてくれている。しかし、弟のサトルとは馬が合うわけではなく、家でももやもやした気持ちを抱え、学校でもなんとか自分の居場所を作ろうともがいています。 そんなハルカさんが、排他的な町でいろいろな疑問を抱いていきます。弟の予知能力は本物なのか。タマナヒメ伝説の意味とは。そして、先生の事故の真相は。 密室とか、アリバイとか、大がかりな不可能状況とか、そういった事件はありません。語り口も、淡々としていると言って良いと思います。それでも、不安感だったり、焦燥感だったり、また町が抱えるもやもやしたものだったり、そうしたものが相まって、とにかく物語に引きつけられました。 先生が事故にあったあたりからは、緊迫感も次第に増してきて、一気に読んでしまいました。 これは面白かったです。良い読書体験でした。・や・ら・わ行の作家一覧へ
2018.08.25
コメント(0)
若竹七海『閉ざされた夏』 ~講談社文庫、1998年~ 学芸員の佐島才蔵さんと、妹で推理作家の楓さんが活躍する長編ミステリです。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 才蔵のつとめる高岩青十記念館で、特別展の準備に忙しくしている頃、放火未遂事件や、ねずみが焼かれている事件などが繰り返されていた。 妹に状況を話しながら、尊敬している館長に連絡をとるも、それから館長は才蔵にどこか冷たい態度をとりはじめる。 同僚と意見を対立させながらも、なんとか特別展は開催された。しかし、開催の日から旅行に出ると言っていた同僚―岡安鶴子の遺体が、青十旧邸から発見され、事態は急展開する。 青十コレクションの絵はがきを整理していたときに意見の一致したはずの絵はがきを、鶴子が勝手に差し替えたのはなぜか。三田館長の不審な動きの理由とは。 ――― これは面白かったです。タイトルと独特の表紙で、重たい話かと思いなかなか挑戦できていませんでしたが、同僚の鶴子さんや知佳さん、楓さんたちの軽快な会話や、才蔵さんによるツッコミなど、楽しく読み進めることができました。 また、記念館のある町の代表的な偉人である青十さんやその周辺について、その人となりや状況が少しずつ鮮やかに浮かんでくるのも良かったです。 ミステリとしては、鶴子さんがなぜ殺されたのか。その遺体が奇妙に移動させられていたのはなぜか、といったところが大きいですが、穏やかな鶴子さんが絵はがきを勝手に差し替えた理由など、物語を盛り上げる魅力的な謎も多いです。 久々に若竹七海さんの作品を読みましたが、面白かったです。良い読書体験でした。・や・ら・わ行の作家一覧へ
2018.06.30
コメント(0)
米澤穂信『追想五断章』 ~集英社文庫、2012年~ 米澤穂信さんのノンシリーズの長編です。 それでは、内容紹介と感想を。 ――― 菅生芳光は、家庭の事情で大学を中退し、伯父の営む古本屋の手伝いをしながら、伯父の家に居候していた。 故人の蔵書から大量の仕入れを行った後、その蔵書の中に必要な雑誌がまぎれていたので探してほしいという依頼人が現れる。彼女―北里可南子は、叶黒白という作家の残した五つの小説を全て集めてほしいという。 それらの小説は、全てリドル・ストーリー(結末のない物語)となっているが、結末の1行のみ、彼女に遺されていた。 芳光は、伯父に内緒で依頼を受け、叶の小説を探し始める。 その中で、叶黒白が、20年以上前の未解決事件「アントワープの銃声」という事件の容疑者だったことが判明してくる。 ――― これは面白かったです。 古本屋の居候が、依頼を受けて同人誌にしか投稿していないマイナーな作家の小説を探し求める、という設定自体も面白いですし、そこに過去の未解決事件や、作家の人生などもからんでくるのも読み応えがありました。 物語の謎が魅力的なのはもちろんですが、芳光さん自身の人生や、その母親、伯父、それぞれの人生や思いにも、思いをはせながら読み進めました。 良い読書体験でした。・や・ら・わ行の作家一覧へ
2018.06.23
コメント(0)
米澤穂信『満願』 ~新潮文庫、2017年~ 米澤穂信さんによるノンシリーズの短編集です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。 ――― 「夜警」頼りないと感じていた同僚が殉職した。夫が妻を殺そうとしている―その現場に駆けつけたとき、同僚は発砲し、相手に刺し殺された。しかし、その日は何かおかしなことが続いていた。同僚は名誉ある殉職を遂げたのか。上司がたどり着く結論は…。 「死人宿」突然失踪した昔の恋人―佐和子の所在を知り、山奥の宿にたどり着いた私は、無事に佐和子に出会えた。彼女が働く宿は、自殺名所としても有名な場所だった。そして、投宿客の誰かが書いた、まるで遺書のようなメモが発見され、私は佐和子のため、誰が遺書を書いたのかを探ることになる。 「柘榴」大学時代、多くのライバルに勝って、ついに結婚した男は、夫としては失格だった。ほぼ不在にしつつ、ふらりと帰ってきては、娘たちとも遊んでいる。夫との離婚を決意する私だが、問題は親権をどちらがとるか。実質、自分一人で娘たちを育ててきた私は、親権が自分にあると考えていたが、裁判所からは意外な結論を聞かさせる。果たしてその経緯は。 「万灯」バングラデシュで天然ガス開発に関わっていた私は、苦労を乗り越え、なんとか開発を進められそうな状況にまでたどり着く。しかし、そこでは、要所となる村の指導者を殺すことが条件とされた。私がとる行動は、そしてその後に待ち受ける運命は…。 「関守」ライターとして怪談記事を書くことになった俺は、何度も同じ場所で死亡事故が起こるという場所の調査に行く。場所を紹介してくれた先輩は、そこは「本物」だという。怪談を信じない俺は、取材を通じて、死亡事故を結びつける何かが得られないかと考えを進めるが…。 「満願」苦学生の頃にお世話になった下宿のおかみさんを、弁護士として助けることになった私。彼女は、貸金業者殺害の容疑で逮捕された。論点は、正当防衛だったかどうか。必死で弁護を続け、控訴すれば勝算も見えるという矢先、彼女は控訴を取り下げ、実刑を受けることになった。彼女の判断の理由は、そして事件の真相は…。 ――― 杉江松恋さんの解説がとても要領よくまとまっていて、参考になります。この方の解説は良いですね。 さて、本書には、完全にノンシリーズの6編の短編が収録されています。共通するシリーズキャラクターもいません。が、どれも抜群に面白かったです。 どの物語も、闇があるというか、読後感が爽快なものではありません。「夜警」で明かされる意外な真相、「柘榴」で子どもがとる行動の真意など、重たい気持ちになってきます。杉江さんの解説にもありますが、冒頭で大がかりな事件や不可能状況のような事件が提示されるわけではありません。きっかけは、あえていえば地味な「ズレ」のようなものですが、その「ズレ」がなぜ生じたのか、という思いから、どんどん物語に引き込まれました。 これは面白かったです。・や・ら・わ行の作家一覧へ
2018.04.07
コメント(0)
横溝正史『聖女の首(横溝正史探偵小説コレクション3)』~出版芸術社、2004年~「横溝正史探偵小説コレクション」第3弾です。本書には、金田一耕助シリーズの原型となる作品が数作収録されていて興味深いです。 本書の収録作品は次のとおりです。―――「金襴護符」「海の一族」「ナミ子さん一家」「剣の系図」「竹槍」「聖女の首」「車井戸は何故軋る」「悪霊」「人面瘡」「肖像画」「黄金の花びら」――― 最初の5編は戦時中の時局的な作品。特に面白かったのは「ナミ子さん一家」です。軽快な口調の主人公が、家族の行動で気をやむのですが、はたしてその行動の意味とは…という作品です。 「聖女の首」は、「七つの仮面」(横溝正史『七つの仮面』所収)の原型。もちろん、原型自体も面白いのですが、「七つの仮面」は原型にはない多くのトリックを追加して、さらに物語を充実させていることが分かります。 「車井戸は何故軋る」は、「車井戸はなぜ軋る」(横溝正史『本陣殺人事件』所収)の原型。これは何度読んでも面白いです。どろどろした家族や村人たちとの関係、義眼の男…。後に金田一シリーズに改変されていますが、原型と物語の筋はほとんど変わっていないはずです。ある意味では金田一さんが登場しない分、原型の方が味わい深いかもしれません。 「悪霊」は、「首」(横溝正史『首』所収)の原型、「人面瘡」は後に同題で金田一シリーズとなります(横溝正史『人面瘡』所収)。 「肖像画」は、「ペルシャ猫を抱く女」(横溝正史『ペルシャ猫を抱く女』所収)と改変され、さらに後に金田一シリーズの「支那扇の女」(横溝正史『支那扇の女』所収)となる作品です。 最後に収録されている「黄金の花びら」はジュヴナイル作品です。 金田一シリーズの原型にいろいろふれられるのが嬉しい作品集です。
2016.09.21
コメント(0)
横溝正史『深夜の魔術師(横溝正史探偵小説コレクション2)』~出版芸術社、2004年~ 『赤い水泳着』に続く、「横溝正史探偵小説コレクション」第2弾です。本書には、由利先生&三津木俊助シリーズの中編のほか、戦時中のプロパガンダ的な作品が収録されています。いつものように個々の作品の内容紹介を書くのは省略し、印象に残った物語についてメモしておきます。 まず、収録作品は次のとおりです。―――「深夜の魔術師」「広東の鸚鵡」「三代の桜」「御朱印地図」「砂漠の呼声」「焔の漂流船」「慰問文」「神兵東より来る」「玄米食夫人」「大鵬丸消息なし」「亜細亜の日月」―――「深夜の魔術師」は、柚木子爵の発明を狙う金蝙蝠と、由利先生・三津木俊助さんコンビの対決です。金蝙蝠のマントをまとった怪盗は、殺人さえもいといません。本作では、由利先生たちの敵に拉致されてしまうという危機さえ訪れます。少年の活躍もあり、また本作品集の中では唯一の探偵ものでもあり、楽しく読みました。(横溝正史『真珠塔・獣人魔島』所収「真珠塔」の原型となる作品) 以下の作品はすべて、戦時中のプロパガンダ的な作品とのこと。 その中でも最も印象的だったのは、「三代の桜」です。敏腕女社長の小堀いと子さんは、もともと薬屋を営む小堀家に嫁いできたのですが、ご主人が早くに亡くなり、それから(当初は多少の抵抗もあったものの)事業を刷新し、そして成功します。工場には育児室も設け、また、「どんなに収支がそぐわなくとも、彼女は学者を招くことをやめなかった。研究費には一度だって渋い顔を見せたことはな」いという人物です。もちろん物語ですが、なんでしょう、現代の政治家よりもはるかに先を見通し明確な理念がある人物で、わが国のいくつかの現状と対比したときに憂鬱にすらなってしまいました。と、この社長自身の人物も素敵ですし、彼女が気にとめる赤ちゃんとその母親の奇妙なつながりといった、物語自身の余韻もあります。 「御朱印地図」は、対立する旧家の娘と息子が恋に落ち、娘の家が相手の家を襲撃する、という物々しい場面から始まります。もちろん戦時中のこと、独特の内容はあるものの、旧家の因縁にまつわる事件の真相など、物語にぐいぐい引き込まれていきました。 さいごに、こうしたプロパガンダ作品は、時局柄、ミステリなどは書けず、逆に時局小説でなければ雑誌の刊行も許されなかったという時代背景があったから、いわば書かざるを得なかった作品です。そうした時代背景については浜田知明さんによる解説に詳しいですが、同じ解説の中で、次のような言葉に救いを感じました。「プロパガンダではありながら、国家の“大義”ではなく、戦時下に生きる“個人”の心情をあくまでも基軸に据えたのは、この時代としては、精一杯の抵抗だったのではないか」(252頁)。
2016.09.10
コメント(2)
横溝正史『赤い水泳着(横溝正史探偵小説コレクション1)』~出版芸術社、2004年~ 横溝正史さんの、戦前のレア作品も収録した作品集です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。―――「一個のナイフより」河原で見つけた一つのナイフ。新聞で読んだ列車内での殺人事件との関係は…?「悲しき郵便屋」心を寄せる令嬢の元に届く手紙に記された暗号を解読した郵便屋。ある日、暗号で指定された場所に行ってみると…。「紫の道化師」スリをしようとして相手に捕らえられた男は、高額な報酬をもらい奇妙な行動をさせられる。その後起こっていた殺人事件との関係に気づいた男の行動は…。「乗合自動車の客」自身が被害にあった自動車事故を知る男と乗合自動車で一緒になった。異様に話しかけてくる男の目的は。「赤い水泳着」干されていた赤い水泳着からしたたる赤い液体を目撃していた女は、翌日、水泳着の持ち主が全く別の場所で亡くなっていたことを知る。はたして事件の真相は。「死屍を喰う虫」井戸に落ちて亡くなった親の家に住み始めた男が、再び井戸を掘り返し始めた。はたしてその真意は…。「髑髏鬼」髑髏のような顔の男が目撃されるようになった頃、男爵邸で令嬢の誕生会が祝われていた。しかし、髑髏男がそこにも現れて…。そして、令嬢が不本意な結婚を迫られていた真相は。「迷路の三人」迷路のある幽霊屋敷を探検していた三人の男女。しかし、一人の女性が殺された。迷路を徘徊していた脱獄囚は、しかし事件との関与を否定する。「ある戦死」知人の戦死を知った私。友人に呼ばれてその友人のもとへ行くと、一つの指輪について調べてほしいという。戦死した知人と病床に伏す友人、そして指輪をつなぐ事件の真相は。「盲人の手」船の中で、ある盲人に見初められた女。女は男と旅をともにするが…。「薔薇王」日疋家と唐木子爵家の結婚式の際、花婿の唐木子爵が失踪した。しかも、唐木子爵というのは騙りであった。偽子爵の意図は…?「木馬に乗る令嬢」鎌倉の回転木馬に、令嬢と、外国人女性が一日に何度も乗っていたのはなぜなのか…?「八百八十番目の護謨の木」三穂子の恋人、大谷の同僚が殺された。被害者は、「O谷」というダイイングメッセージを残していた。そして、大谷は失踪。しかし、三穂子はある映画を見て、そのダイイングメッセージの意味を知り、恋人の無実を確信する。「二千六百万年」私は眠ると、未来の国に行く夢を見た。空を飛ぶ人々の国、そして卵を産む人々の国は、それぞれ争いを続けていて…。――― 大がかりなトリックなどはありませんが、とにかく語り口が素敵で、物語に引き込まれます。 シャーロック・ホームズを意識した主人公が活躍(?)する「一個のナイフより」や、どろどろした人間関係が浮かび上がる「死屍を喰う虫」などのミステリも面白いですし、「ある戦死」(角川文庫『誘蛾灯』にも所収)は悲しいながらも私は好みの作品です。文庫未収録作品も収録されていて、嬉しい作品集です。
2016.09.03
コメント(0)
米澤穂信『ふたりの距離の概算』~角川文庫、2012年~ 折木奉太郎さんの所属する古典部のメンバーが活躍する、古典部シリーズ第5弾です。今回は長編です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。――― 古典部に入部を希望していた新入生が、ある日、とつぜん退部すると言い出した。その日、部室にいたのは千反田える、奉太郎、そして新入生の大日向の3人。奉太郎は読書にふけっていたので、原因は千反田にあるようで……。 退部の理由に全く思い当たらない奉太郎だが、なんとか原因を突き止め、大日向にアプローチをしようと試みる。正式な入部届の期限まで、日はわずか。 奉太郎は、神山高校の伝統的なイベント、20kmマラソンの中で、大日向と出会った日からの経緯を振り返り、関係者全員と接触することで、大日向が退部を決意するにいたった理由を見つけ出そうとする。――― こちらも面白かったです。20kmマラソンという限られた制約の中で、結論を出さなければならないというスリリングな要素が、まず面白いです。 物語のメインとなる謎だけでなく、他にもいわゆる日常の謎がちりばめられていて、それらの解明も楽しいです。 省エネを心がける奉太郎さんですが、少しずつ心境が変わってきているのも興味深いです。 シリーズ次作が楽しみです。
2015.11.28
コメント(0)
米澤穂信『遠まわりする雛』~角川文庫、2010年~ 「やらなくてもいいことはやらない。やらなければいけないことなら手短に」がモットーの高校生、折木奉太郎さんの所属する古典部のメンバーが活躍する、古典部シリーズ第4弾です。7話の作品が収録された短編集です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。―――「やるべきことなら手短に」入学してしばらくして、学校に慣れてきた頃に広まった音楽室の怪談。そして、存在が謎のサークルの張り紙という謎。千反田えるの好奇心に答えようとする奉太郎だが…。「大罪を犯す」他人にも自分にも厳しく、黒板を差し棒でばんばん叩く数学教師は、なぜ教えていない単元の授業を進めたのか?「正体見たり」夏休み、井原の親戚の宿に泊まりに行った古典部の4人。よくある怪談を聞いたその夜、井原と千反田は、怪談の伝わる部屋に、奇妙な影を見る…。果たして幽霊の正体は?「心あたりのある者は」放課後に流された、教頭先生による校内放送での呼び出しの意味は? 「あきましておめでとう」初詣に出かけた千反田と奉太郎は、神社の手伝いをするつもりが、納屋に閉じこめられてしまい…。無事に脱出できるのか。「手作りチョコレート事件」里志へのリベンジとして井原が作ったチョコレートが、少し部屋が無人になったすきになくなっていた。果たして犯人は誰なのか?「遠まわりする雛」春休み、奉太郎は千反田の参加する生き雛祭りで手伝いをすることとなる。しかし、予定の順路が当日アクシデントで使えなくなってしまい…。――― あとがきで米澤さんも書かれていますが、本書は、奉太郎さんが高校に入学してから、1年生を終えた春休みまでのいくつかの物語となっています。 少し後味の悪い話もありますが、たとえば「心あたりのある者は」は奉太郎さんと千反田さんの知的ゲームのようでわくわくしますし、「あきましておめでとう」は、いかに脱出するかに手に汗握ります。
2015.11.21
コメント(0)
横溝正史『塙侯爵一家』~角川文庫、1978年~ ノンシリーズの中編2編が収録されています。 簡単に、それぞれの内容紹介と感想を。―――「塙侯爵一家」 ロンドン橋近くのバーで、畔沢大佐は、絶望にひたっている一人の青年を連れ去った。青年―鷲見信之助は、資産家の塙侯爵の7男、塙安道とうり二つだった。大佐は、アヘンにおぼれた安道を、思い通りに操れる信之助とすり替え、塙侯爵の跡継争いに勝利し、大きな目標を果たそうとしていた。 帰国後。安道を憎む姉を、何者かが襲う。さらに、塙侯爵その人が誕生祝の日に何者かに殺害され、安道と兄との相続争いは激しさを増していき……。「孔雀夫人」 有為子は、夫の俊吉との新婚旅行の初日、電車の中で急に夫の態度が変わったことに不安を覚える。宿で、俊吉に届けられた何者かからの手紙、そしてそれを受けての夫の外出に、彼女の不安はピークに達する。同じく宿を出た有為子は、夫と紫色の服の女が一緒に歩いているのを目撃し……。 そして、海から、紫色の服の女の死体が発見された。夫の俊吉は、殺人容疑で捕まってしまう。被害者と目されたのは、有名な医学者にして俊吉の恩師の妻である、通称孔雀夫人。悪名高いその女を殺したのは決して夫ではないと信じる有為子のため、彼女の友人の圭子、そしてその夫で新聞記者の慎介が、真相解明に尽力する。――― 表題作は……。ん?という感じでした。真相がちょっと…? ですが、サスペンスフルな雰囲気に、安道自身、そして彼を取り巻く人々の愛憎といった部分はたいへん面白かったのです。 「孔雀夫人」では、のちの三津木俊介を髣髴とさせる新聞記者が活躍します。有為子さんと俊吉さんの二人には、なぜこうも辛い事態が起こってしまったのでしょうか。事件は一応の解決をみますが、なんだか救いのない結末でした。 いずれも戦前の作品(前者は昭和7年(1932年)、後者は昭和12年(1937年)ですが、やはり語り口の面白さは抜群です。ぐいぐい物語に引き込まれます。※表紙画像は横溝正史エンサイクロペディアさまからいただきました。
2015.08.08
コメント(0)
米澤穂信『儚い羊たちの祝宴』~新潮文庫、2011年~ 米澤穂信さんによる、ノンシリーズの短編集です。 大学の読書サークル「バベルの会」の関係者に起こる出来事を描きます。 簡単に内容紹介と感想を。―――「身内に不幸がありまして」孤児院を出て、ある邸宅に奉公することになった夕日は、お嬢様の吹子と一つの秘密を共有していた。それは、吹子が書斎に作らせた秘密の書棚にある本を共有すること……。本好きの吹子は、大学生になり、「バベルの会」という読書サークルに所属することになる。その合宿が近づいてきた頃、大きな事件が起こる。「北の館の罪人」母親を亡くし、言われた邸宅を訪ねたあまりは、「北の館」と呼ばれる館に半ば幽閉される。その館に住む早太郎を、決して外に出さないという任務とともに。ある日から、早太郎から買い物を依頼されるようになる。依頼されるものは、なんとも意味不明なものばかりだが…。「山荘秘聞」家政婦としての能力に自信をもつ屋島は、富裕者の別荘の管理を一任することになった。毎日毎日、きれいに手入れをしていたが、彼女は奇妙なことに気づく。丸一年、一切誰も別荘を利用しなかったのだ。そんな中、一人の遭難者を発見し……。「玉野五十鈴の誉れ」厳しい祖母に育てられている純香が15歳になったとき、一人の使用人を与えられた。それが、玉野五十鈴だった。祖母の呪縛から逃れ、彼女と過ごしているときに幸せを感じていた純香だが、家を出た大学時代に、事態は暗転し…。「儚い羊たちの晩餐」贅を尽くす料理人を雇った成金の父だが、しかし料理人の様子はあまりにもおかしかった。わずかな料理しか作っていないはずなのに、請求書に記された材料は膨大だった。そしてわたし自身は、父のせいもあり、所属している「バベルの会」を脱会せざるをえない事態になり…。――― ブラックな味わいの短編集です。背表紙の紹介をみてみると、「米澤流暗黒ミステリの真骨頂」とありますが、納得です。 特に「玉野五十鈴の誉れ」は、主人公の祖母のあり方に気持ち悪くなりました。 とはいえ、面白いです。どれも、ラストに衝撃が待つ、というコンセプトですが、特に面白かったのは「北の館の罪人」です。「北の罪人」が何をしようとしていたのか、そして最後に待つ真相は、後味はよくありませんが、大好きな趣向です。
2015.07.11
コメント(0)
米澤穂信『ボトルネック』~新潮文庫、2009年~ 米澤穂信さんの、ノンシリーズの長編です。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。――― 主人公のリョウが、亡くなった恋人の弔いに東尋坊を訪れているとき、兄の死を告げる連絡が入った。 戻らなければ、と思うリョウだが、恋人の亡くなった付近で崖に転落してしまい…。 気づいたら、思い出深い公園にいた。家に帰ると、どこか雰囲気が違っている。そして中には、存在しないはずの姉・サキがいた…。 異世界に迷い込んでしまったとしか思えないリョウのため、サキはいろいろと手を尽くしてくれる。そして、二つの世界の「間違い探し」を続ける先に待つものは…?――― 読後感が良いとはいえません。が、ものすごく面白いです。 高校生の頃に読んでいたら、だめになっていたかもしれないですね…(苦笑)。 恋人の死をめぐる謎という謎解きはありますが、謎解きを主眼とする狭義のミステリには収まらない作品です。 サキさんが登場するあたりから、ぐいぐい物語に引き込まれました。 あらためて、これは面白かったです。
2015.06.27
コメント(0)
米澤穂信『インシテミル』~文春文庫、2010年~ 米澤さんの、ノンシリーズの長編ミステリです。 それでは、簡単に内容紹介と感想を。――― 誤植か、と思われる時給のバイトに応募することとなった結城。実験と銘打たれたそのバイトに集まったのは、12名の男女だった。 彼らは、<暗鬼館>なる地下の建物に閉じこめられ、その中で一週間を過ごすこととなる。結城の部屋には、奇妙な手紙と、殺人にうってつけの火かき棒がおいてあった。明らかに、12人で殺し合いをすることを想定された雰囲気作りがなされていたが、ふつうに考えれば、何も起こらなければ、全員が大金を得ることができる…。 にもかかわらず、メンバーの一人が殺されてしまい、残った男女たちは疑心暗鬼に追い込まれていく…。――― 閉鎖的な場所に人々が集められ、いわば殺人ゲームを繰り広げるという設定で、はたしてどれだけ楽しめるかな、と思っていたのですが、これは面白かったです。 誰がどんな凶器を持っているのか。なぜこんな状況下で殺人を犯してしまうのか。メンバー同士にどのようなつながりがあるのか……。少しずつ謎が明かされていく過程に、わくわくしながら読み進めました。 米澤さんの作品を久々に読みましたが、やはり面白かったです。
2015.05.23
コメント(0)
横溝正史『真珠郎』~角川文庫、1974年~ 由利先生シリーズの長編「真珠郎」に、幻想的な短編「孔雀屏風」が併録された1冊です。 まずは、簡単に内容紹介を。ーーー「真珠郎」大学の英語講師をつとめている私―椎名耕助は、同僚の乙骨とともに、長野に旅行へ行くこととなった。旅行先で、二人は、元々娼家であった奇妙な家に宿泊することとなった。旅行前に私が見た奇妙な雲、脅迫する老婆、大学を追放された医学教授、そして私が目撃した美青年の真珠郎と、不吉な予感がわき起こる中、事件は起きる。私と乙骨が湖水でボートに乗っているとき、家の屋根では、真珠郎が家主を殺していた…。 東京に私たちが戻ったのちも、真珠郎による凶行は繰り返される。そんな中、私のもとに、由利と名乗る人物が接近してくる。「孔雀屏風」私のいとこの家には、真ん中で分けられて、半分だけが残されていた、150年前に描かれた屏風があった。戦地に赴いているいとこから届いた手紙には、1枚の雑誌の切り抜きと、不思議な手紙が入っていた。いわく、ずっと目の裏に焼き付いているような女性、それはその雑誌の切り抜きの女性ではないか。そして女性の写真は、屏風の絵柄とそっくりであった…。屏風のもつ物語とは。ーーー いずれの作品もとても楽しく読めました。 まず「真珠郎」は、由利シリーズには珍しく、事件の渦中にある人物の一人称で一貫して描かれています(一部の手紙を除く)。いくつか読んできた由利シリーズ作品では、けっこう場面転換が多く、場面ごとの主役が入れ替わることもしばしばですが、本作では、奇妙な事件に巻き込まれた人物の視点で一貫しているため、臨場感や不気味な印象が特に強く感じられました。一見単純な事件の裏にある複雑な背景が、解き明かされていく過程も面白いです。 「孔雀屏風」は、記事冒頭にも書きましたが幻想的な一編です。二つの家に、半分ずつ保存されていた屏風は、どんな思いで描かれ、どんな歴史をたどったのか。探偵小説的な要素も多少はありますが、それよりも、物語の裏にある思いが印象深い一編です。表紙画像は横溝正史エンサイクロペディアさまからいただきました。
2015.01.31
コメント(2)
横溝正史『死仮面』~角川文庫、1984年~ 金田一耕助シリーズの中編「死仮面」と、ノンシリーズ作品「上海氏の蒐集品」の2作が収録された1冊です。 表題作「死仮面」は、一部横溝さん自身の原稿が未発見の頃に収録されていて、その部分(2節分)は、かわりに中島河太郎さんによって書かれています。後に刊行され、発見された幻の原稿も踏まえた春陽文庫版『死仮面』で感想を書きましたので、今回は併録された「上海氏の蒐集品」についてのみ、簡単に感想を書いておきます。 記憶を失った上海氏は、台地の上の草原を散歩するのが日課でした。しかし、そこには団地が建ちはじめ、居心地の良い場所は少なくなっていきます。そんななか、上海氏は、台地の下の家に住む、一人の少女に出会います。台地の下の家々は、土地を売るかわりに、大金を手に入れ、それは少女の家も同じはずが、少女の家だけは昔のままに残されています。未亡人のその母親が、お金をためこんでいるというのですが…。そして、母娘の状況はさらに怪しくなっていき、上海氏は嫌な予感に襲われることとなります。 戦後の復興の中で起きた、後味の悪い事件を描く一編です。表題作「死仮面」も重たい物語ですから、なかなか暗めの作品集といえます(杉本一文さんによる表紙は、表題作もさることながら、本書全体の雰囲気にぴったりです)。 「上海氏の蒐集品」は、不可解な謎に論理的な解答が明快に与えられる、という作品ではありません。なんとなく、真相(?)も予想できます。ですが、ぐいぐい物語に引き込まれ、暗めにもかかわらずその独特の雰囲気に飲み込まれてしまうのは、やはり横溝作品の魅力だと思います。※表紙画像は、横溝正史エンサイクロペディアさまからいただきました。
2015.01.17
コメント(0)
横溝正史『夜光虫』~角川文庫、1975年~ 由利先生&三津木俊助シリーズの長編です。 簡単に、内容紹介と感想を。ーーー 花火見物でにぎわう夜、ある重大事件の犯人が、護送中に逃亡した。男は、川に浮かぶ船から船へと飛び移り、やがてレコード歌手の諏訪鮎子の船にたどり着く…。 また別の船には、唖の少女と、その乳母たちが乗っていた。男はその船にも飛び移ってきたが、それを見た少女は、動揺を隠せなかった。花火が一瞬照らした男の肩には、不気味な人面瘡がついていたのだった。 少女の乳母からの依頼で男を捜すこととなった由利先生と三津木俊助は、彼には大きな秘密が隠されていることに気づく。ひょっとこ長屋の住人たちや、鮎子のパトロンたちは、なぜ人面瘡の男を追っているのか。 その秘密を追う中で、さらに殺人事件も発生する。ーーー 数年ぶりの再読です。最初に読んだときはあまり印象に残っていないのですが、今回はとても楽しめました。 人面瘡のある美青年、唖の少女、ひょっとこ長屋の住人たちという、インパクトのある登場人物たちもさることながら、美青年に隠された過去の因縁などなどの、どろどろとした背景もとても楽しく読めました。※表紙画像は、横溝正史エンサイクロペディアさまからいただきました。
2015.01.03
コメント(0)
全149件 (149件中 1-50件目)