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熊本の病院で、子育てができない親が乳児を託す「赤ちゃんポスト」 の導入を決めたそうです。病院側は「捨てられて命を落とす赤ちゃんや中絶せざるを得ない母親を救いたい」という主旨だそうですが、「子捨ての助長につながる」という意見や倫理的にどうかという声もあり、どうなるかわかりません。モデルはドイツの「捨て子ポスト」「捨て子ポスト」のことは、このブログで以前、 子捨て親捨てのススメ という記事を書いたことがありました。まあ、いろいろな意見があることでしょう。今月、また秋田県で 母親が我が子を殺すという事件がありましたが、この母親は、残念ながら母親に向かない人であったのかも知れません。この報道で知る限りですが、この母親にはアダルトチルドレンや、人格障害の傾向があり、突然暴力的になったりしていたりしたようです。また、自らも虐待を受けていたり、いじめを受けていた可能性もある。殺してしまった子どもも、望んで作ったいうよりも、「うっかり出来ちゃった」か、「当時付き合っていた男性の気を惹くために作った」というものであったのかも知れません。このような人、人間的に未熟すぎる、対人関係が不安定すぎる人でも、子どもを作ることは可能です。しかし、ちゃんと育てることができるかどうかはわからない。親子ともども成長していければいいのですが、そうではなく虐待を繰り返してしまうこともある。虐待をしてしまう親は、その未熟さ不安定さゆえに子どもに執着してしまいこともあり、「捨て子ポスト」を設置しても、その親は我が子を施設に託すということは、なかなかないのかも知れない。虐待は親子で連鎖する場合が多いという話しがあります。いじめられていた人の子も、またいじめられっ子にになってしまうことがあるという話しを聞いたこともあります。そういった負の連鎖は、その親の代で断ち切って欲しいものです。その方法のひとつとしては「子育てについて不安に思ったり、ストレスを感じたら、とにかく助けを求める」「窮屈な愛情よりも、のびやかな愛情で子どもに接する」といったことではないでしょうか。ストレス過多の時代、意識してのびやかにゆるやかにする必要があるのかも知れません。
2006年11月15日
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11月3日に行った「巨椋修のオールニートニッポン」が聞けるようになりました。ええっと、カツゼツも悪く、またいきなり番組名を言い間違えていたりして(笑)、お聞き苦しいところも多いかと思いますが、お時間のある方は聞いてみてください。他にも「いじめ自殺を食い止めろ」という特別放送や「雨宮処凛のオールニートニッポン」なども聞くことができます。また、本日午後7時~9時には「小穴哲至のオールニートニッポン」 の第一回がはじまります。小穴さんはこの前、20歳になったばかりの現役ニートくんです。彼らとその仲間たちからのメッセージをお楽しみに!と、いうことでひとつよろよろお願いします。
2006年11月10日
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体罰やスパルタ教育論で『不登校・ひきこもり・ニート』を矯正することで有名な戸塚ヨットスクールで、また死者がでました。これで6人目です。正確には、1名病死、3名死亡、2名行方不明ということになります。昨日の報道によれば、2006年10月に、25歳の青年が近くの海に浮いているのが発見されたそうです。自殺か事故であるらしい……亡くなった青年がうつ病であったということで、新聞によりますと 死亡した青年に対して戸塚校長の弁は 「あの子も精神科に行ってさえなければ、助かることができたのに…… 精神病院に行くと、ものすごく薬を飲ませ、症状がどんどん悪くなる」「(訓練生の死は)精神的なものからくる異常行動だと思っている」「(訓練生は)薬は減らして、成果が上がっとったんだけども…… こういうことは、突然、起こりうるから」というものでした。過去あった戸塚ヨットスクールの事件でいえば 1979年、13歳の少年が死亡。(病死であったらしい)1980年、21歳の青年が訓練中に死亡。1982年、合宿の帰りに15歳少年2名がフェリーから飛び降りて行方不明。1983年、13歳の少年をヨットの舵棒で殴り少年が死亡。遺体から無数の打撲・内出血の痕跡・歯2本の損壊などが確認されたことから、暴行致死で捜査が入る。2002年、実刑が確定し戸塚校長は刑務所へ2006年4月、戸塚校長出所。2006年10月、スクールを逃げ出した25歳の男性訓練生が、水死体となって発見される。警察は自殺と事故の両面で捜査中……まず、ヨットという自然を相手にするスポーツにおいて、事故はありえます。『不登校・ひきこもり』といった人を相手にする場合、自殺は常に考慮しておかねばならないことでしょう。人である限り、病気で亡くなる場合もあります。 それにしても多すぎる。フェリーから飛び降りた15歳の少年2名は、体罰を恐れたためにフェリーから海に飛び込んだと言われておりますし、1982年の事件は傷害致死として、戸塚校長はじめ関係者が逮捕されています。戸塚ヨットスクールの生徒は、10名から20名くらいの人数であり、当スクールのHPによると入校金・315万円(税込)入校時預かり金・20万円(税込・健康診断やウエットスーツ等の購入のための預り金であるらしい)生活費・11万円(税込、毎月振込)という金額を取り、生徒に教えているといいます。公立ではなく民間でやっているわけで、それ相当な金額が必要であるのもわかりますし、人件費やその他の経費を考えると、初年度に467万円が、特別に高いとも言えますまい。それだけの金額がかかるということは、それだけのものがあるのでしょうから。当然、それだけの金額がかかるということは、それだけの人材や設備が整っていたと考えるべきで、目が届かなかったということはないでしょう。また、保護者等が、それだけの金額を支払っても構わないというのであれば、授業料が1千万円でも1億円でも問題はありません。戸塚ヨットスクールにせよ、アイメンタルスクールにせよ、長田塾にせよ、それはお金を出す人が納得して出しているわけでしょうしね。(なぜかみんな愛知県なんですね。愛知県ではそのような教育の伝統でもあるのでしょうか?)それに、そこまで追い詰められた保護者の気持ちもわからないではありません。教育選択の時代、保護者が子どもにどのような教育機関を選ぶかは、それぞれの自由であるのかも知れません。それは、信教の自由があって、人がどのような宗教を信仰してもいいというものと似ています。個人個人が、それぞれに思いや考えがあるのならカルト宗教に入信するのも自由です。それは既成宗教の檀家であってもいいし、無宗教でもいいのです。しかし、子どもの教育をどこかの団体に任せるとしたら……よくよく考えた方がいいのでは……と、思います。
2006年11月07日
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ネットラジオなんとか終了しました。う~ん、時間の配分やら内容の伝え方やら、もっと考えないといけませんね。お聞き下さった皆さま、チャット、メール等でご意見・ご質問をいただいた皆さま、ありがとうございます。ディレクターの小穴さん、スタッフの皆さま、アシスタントをしてくれた田仲祐希ちゃん、ありがとね。ゲストの吉田さん、ありがとうございました。本当はもっと深いところまで行きたかったんですが、なかなか難しい。でも、けっこう楽しみながらやらせていただきました。こういう体験をさせていただくというのは滅多にないことで、面白し、ありがたし、感謝、感謝です。番組で吉田さんが紹介してくださった夏目漱石の文章を改めてここにも乗せておきます。吉田さん曰く、漱石の主人公のほとんどはニートを描いたものであるそうです。噛み締めながら読んでいただければと思います。夏目漱石 ―『門』より―「彼は門を通る人ではなかった。また門を通らないで済む人でもなかった。要するに、彼は門の下に立ち竦(すく)んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった」夏目漱石 ―『草枕』より―「山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。 智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情(じょう)に棹(さお)させば流される。意地を通(とお)せば窮屈(きゅうくつ)だ。とかくに人の世は住みにくい。住みにくさが高(こう)じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟(さと)った時、詩が生れて、画(え)が出来る。人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣(りょうどな)りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう」
2006年11月04日
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11月4日午後7時~9時まで、ネットラジオのパーソナリティーをやります。番組名は『オールニートニッポン』 番組のテーマは、『ニートやひきこもりなど、「生きづらさ」を抱える若者に送るインターネットラジオ』であるらしいのです。別にぼくは、若者に限って語ろうなんて思ってないんですよ。ぼくが語ろうと思っているのは、「人間ってなんだろう?」、「生きるってなんだろう?」っていうことです。だからすべての年代の人を対象にしたい。ぼくが『不登校・ひきこもり・ニート』に関わるようになって、いまだにやっているのは、結局そういったテーマを追っているからなんです。それをたまたま『不登校・ひきこもり・ニート』を通して語っているような気がします。さて、内容は『不登校・ニート・ひきこもり・人間』について、30分ほどずつテーマを分けて、語ろうと思ってます。ぼくは、不登校であろうが、ひきこもりであろうが、ニートであろうが、人はそれぞれでいいと思っているんですよ。自分がこれでいいと思えるような人生を歩めれば、それでいい。でも、どんな人でも、“自分がこれでいい”なんて人生は、なかなか歩めるもんじゃない。まず理想通りなんて行かない。自分以外の人だって、自分の思ったように動いてくれない。いろいろな事が思ったように行かないと思うんです。だから人は悩んだりする。他人から見たら下らないと思えるようなことを気に病んだりする。思い、悩み、苦しむ。人ってそんな生き物だと思うんです。さてさて、ネットラジオの話しでした。第一回目のゲストに吉田さんという“元アダルトビデオ監督”に来ていただく予定です。不登校やひきこもり関係の人って、へんに社会派であったり、アダルトビデオとかは、世の中に無い方がいいみたいに思っている人がいるかも知れません。そういいながら、ちょっと観てたり、みたいと思っていたり。(笑)アダルトビデオって、ちょっと裏の世界じゃないですか。そこにいろいろな、オモテには出せないような人間のホンネ・本性とかがあったりするんです。吉田さんとは、昨年のクリスマスの日に、映画関係の先輩から紹介である演劇を観に行って知り合ったんですよ。そのときは吉田さんが、アダルトビデオ業界の人であるなんて知らないわけです。相手もぼくが、物書きであり『不登校・ひきこもり・ニート』の映画を撮っているなんて知らないわけですよ。演劇が終わって、時間も早いからちょっと飲みましょうってことになって、居酒屋で飲んだんです。そのとき、吉田さんの人間観察眼というか、知的洞察力の凄い人だなってのがありましてね。「一体ご商売は何ですか?」なんてことになって。(笑)その後も、ときどき会ってお話しをうかがっていたんです。吉田さんは、いまアダルト関係のモデル事務所をやっているんですが、そこに来る女の子たちは、いわゆる『フツーの女の子』であるそうなんです。特に不良とか、家が貧しいとか、お金が欲しいとかいうのではなく、特に美人というわけでもなく、スターになりたいでもなく、どこにでもいる学生やOLさんだったりするそうなんです。そういった女の子が、スカウトとかじゃなくて、自分から出させて欲しいと言ってくるそうなんです。吉田さんと以前お話しをしたときに印象に残った言葉。「ぼくがいつも撮影に使うラブホテルがあるんですが、そのあたりには外国人で、売春をしている女性がたくさん立っているんです。でも、その女の子たちは、お金を積んでも決してアダルトビデオに出ようとはしない。外国人の女の子は、彼女たちからの仕送りを待っているお父さんお母さん、弟や妹がいます。日本でアダルトビデオに出ても、決して本国にはバレないでしょうが、彼女たちは出ようとしません。アダルトビデオというのは、裸になって、カメラマンさん、照明さん、音声さん、監督、助監督といった人の前でお尻の穴までさらけ出さないとできないことなんです。それが外国から売春にきている女性には耐えられないと思うんです。でも日本の女の子たちは、お金に困っているワケでもなく、親や親戚にアダルトに出ているということがバレるかも知れないのに、出たいと言ってやってくるんです。たぶんその理由は、何か心に“空虚”なものがあるんじゃないでしょうか?」そうなのかも知れません。『不登校・ひきこもり・ニート』の人たちも、心に何か“空虚”さを抱えている場合もあると思うんです。豊かな日本、豊かな現代に生きていて、でもやっぱり生きてる意味がわからない。いまはそんな時代なのかも知れません。
2006年11月02日
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前回のブログ で「教師の自殺が増えるかも知れない」と書いたばかりでした。しかしながら、すでに教師の自殺が起こってしまいました。茨城県のある高校で授業の履修不足が発覚、校長が首を吊って亡くなられました。他にも数日前、鹿児島で女性中学教師が、校長や教頭からのいじめで自殺してしまっています。現在の教師は、大変にストレスの多い職業で、教師の7割が精神的に何らかのトラブルを抱えているという報告があるくらいです。おそらく、これまでも報道されていないだけで、多くの教師が自殺をしてきたかと考えられます。いま、全国的に授業の“履修不足”が問題になっているのですが、その原因のひとつに、週休5日制があります。これは本来、「勉強に追われる児童・生徒にゆとりを」というのが目的でした。これは、加熱する受験戦争を緩和させようとする文部科学省の考えであり、その元になっているのは、「子ども達にもっとゆとりを……」という国民の声を受け取ったものでありました。つまり。 最初に国民・民衆の圧倒的な声があり、行政がそれを汲んだ。ということになります。しかし、結果としては、それはうまく働かなかった。ゆとり授業の結果、教科書は薄くなり、親たちは不安になります。授業時間が減った分、よりいっそう“詰め込み教育”が盛んになり、放課後・休日は塾に通う生徒が増えます。本来、ゆとりが目的であったのに、生徒はよりいっそう焦り、先生はよりいっそうストレスと過重労働と責任が強いられるという、まったく逆の結果になってしまった。いま、公教育はどんどんと信用を失ってきています。この動きは止まりそうにありません。現在、教育基本法の改正や、教育制度全体の改正が行われようとしていますが、多少の改革程度では、この動きが止まるとは思えません。 一度、大きく破壊してゼロから作り直すくらいの覚悟が必要であるかとも思います。しかしそうした大きなことは、わたしたちひとり一人では、なかなかできません。と、すれば、わたしたち自身がどのような教育を子弟に受けてもらうのかを、いま一度考える必要があるように思えます。公教育を受けさせるというのもひとつの方法です。学校や教師を選ぶという方法が取れるようになるかも知れません。公教育ではなく、それ以外の学校、教育機関を利用するという方法があるかも知れません。公共の小中学校を卒業していない者でも、中学校卒業程度認定検定を受けて、中卒同等の資格を得るという方法。あるいは、大学入学資格検定を受けて、進学するという方法を選ぶ人も増えてくるでしょう。※大学入学資格検定に合格した者は、中学校卒業程度認定検定にも合格したものとみなされるようです。現在、マスコミや国民は問題が起こるたびに、安易に学校や教師を責めるという方法をとり、ますます現場の教師を規則や義務で、縛り上げる方向に行くように思えます。しかし、教師を締め上げても教育が良くなると思えません。 本当の意味で、教師にもゆとりを。生徒にもゆとりを。親にもゆとりを。もっと、肩の力を抜いて、全体的にゆとりを持たないと、ますます窮屈になっちゃうよ。そうしていかないと、生徒の自殺も先生の自殺も、人々の自殺も、なかなか防ぐのは難しいと思います。
2006年11月01日
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