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ずっと放置したままのこのブログ。FBには書けない思いを、ここに綴っておこうと思う。誰も見てくれなくていい。見てもらえなくていい。ただ、今の思いを綴りたい。いろんな要素が絡み合って絡み合って、抜け出ることがなかなかできないもやもやの日々。なにひとつとして、解消・解決はしないけれど、でも決めたことがある。原点に立ち返って、シゴトにもヒトにも素直に向き合ってゆきたいと思う。そうすれば、今の自分の姿も、これからのビジョンも見えてくる気がするから。台風とともに、もやもやも過ぎ去った。明日から10月。気持ちの良い秋を新たな気持ちで迎えよう。
2012/09/30
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昨日学生時代のおともだちにお誕生日プレゼントをわたした。彼女とは長い長いつきあいで、お誕生日プレゼントをわたすのももう何度目のことだろう。今年、わたしが彼女に選んだのはブローチ。カワイイ系のブローチとエレガント系のブローチ。どちらかひとつを選べなくて、ふたつともプレゼントした。エレガント系のブローチは、品の良いパープルのチューリップ。ちょっぴり可憐で控えめな感じが彼女っぽかった。リボンをほどき、プレゼントをあけた彼女は、うれしそうな笑顔でこう言った。「ありがとう、ブローチ!! そういえばチューリップって先輩が好きな花やったなぁ」と。先輩??チューリップ??そう言われても瞬時になんのことわからなくて、「えっ??何が??」っと聞き返した。すると彼女は、「え~!!先輩!チューリップ好きやったやん。 先輩が卒業するとき、 あれだけチューリップにこだわってお花あげてたやん。」「先輩」とは・・・当時わたしがとっても大好きだったO先輩。そうだっけ?!O先輩、チューリップ好きだったっけ?そう言われてもなおピンとこない。知らなかった・・・・というか完全に記憶から抜け落ちている。あれだけ大好きだったO先輩・・・思い出はなにひとつ忘れるはずはないと思っていたのに。そうか・・・忘れてしまうものなんだなぁ。われながらビックリして、そしてなんだかちょっと笑った。O先輩はチューリップが好きだったこと・・・いまさらながら新しい思い出ができたような気持ちになって、ちょっとうれしかった。きっと、あのころのわたしは、O先輩が卒業するとき、先輩が好きなチューリップの花を一輪、手渡したのだろう。今度、昔のアルバムを宝探してみよう。きっとそこには、チューリップを手にした先輩と隣で泣き笑いしているわたしがいるだろう。
2011/11/07
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どうしても気持ちが持ち上がらない日。朝が来ても、朝ごはんをしっかり食べても、自転車に乗って出発しても、職場のドアを開けても、「おはようございます」と挨拶を交わしても、どうしても心が下を向いたままの日。何を見ても何を聞いても、だれに何を言われても、どんよりした心が晴れない日。今日はそんな一日だった。でも帰るころ、ふと気がつけば少し笑っている自分がいた。憤りが心を埋め尽くし、悲しくて哀しくて苦しくて。それでも、下を向いて過ごすのも一日で、上を向いて過ごすのも一日なら、マイナス気分に打ち勝って、明るく元気に過ごしたい。そんなこと、とても月並みで、多くの人が言うことだけど、ほかの誰でもない、自分が「そう」思えなければ、自分が「そう」気がつかなければ、どうにもならないのだと思った。これぞ、自分次第ということか。一日の最後に、そんな風に思えたから、マイナスに覆われた一日も丸印をつけよう。
2011/10/11
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本日は某地域の夏祭りの仕事に行ってきた。かれこれもう5年はご用命いただいている現場。暑いし、段取りはあってないようなものだし、入れ替わり立ち替わり音頭とりの師匠方をやぐらにむかえ、本当に慌しい。この地域に住む高校時代の友人が、毎年この夏祭りに家族で遊びにきてくれる。彼女の子供たちは、当たり前だけど、会うたびにどんどん大きくなる。月日は確実に過ぎ去っているのだと実感する。高校時代は、毎日毎日一緒に登校したのに、今はそれぞれの事情でなかなか会えないし、ゆっくり話す機会すらない。それでもかなうなら、また一緒に泣いたり笑ったりしたい。気がつけば、誰かに心を開くことも少なくなって、あのころの私からは想像もつかないほど、今の私は変わってしまったのかもしれない。これって、ちゃんと?それなりに?大人になった・・・ということなのかな・・・?!はたまた、大人になりきれないから、苦しいのかな?!はっきりしているのは、私は未だ階段の踊り場にいる・・・ということ。『Yちゃん、 今日は来てくれてありがとう。 Yちゃんの顔みたら、 なんだかとってもほっとしたよ。』そして、お祭りは無事お開きに。疲れ果てて乗り込んだ帰りの電車の中。Yちゃんへのお礼メールをしながら、泣けてきた。あのころへ戻りたくなったから・・・。
2011/08/08
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むかし大好きだった人が今朝夢にあらわれた。しかも目覚ましを止めてからの、「二度寝」のときに。時間としては短いはずなのに、なぜか長い長い夢・・・夢には、彼とそしてなぜか彼の前の彼女も登場。 その夢の中で、わたしの性格や行動を知り尽くしている彼は、いかにも彼らしいやり方・言い方で、しあわせになれと・・・人生をあきらめるなと・・・わたしに訴えていた。そう、いつの間にかいつの間にかわたしは、自分をあきらめ・・・人生をあきらめ・・・しあわせをあきらめていた。未来を信じられず、なにに期待をすることもなく、愛も夢も希望もない無機質な世界。それが当たり前であり、日常となっていた。彼が好きでいてくれた「わたし」は、もうどこにも居ないのかもしれない・・・。けれど、またゆっくりと旅に出よう。わたしなりのしあわせを探す旅に。ありがとう。
2011/07/26
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このページを立ち上げてから、どれくらいの月日がたっただろう・・・。浮いたり沈んだりしながら不器用に生きる私を綴ってきた。思い出もずいぶんと綴った。そして、たくさんの人に励まされてここまできた。色々と思うことがあって、このページをクローズしようと思う。小さくて弱くて、何も出来ない不甲斐ない私。結局は理想像を追いかけて、100点めざして、がんばることしか生きるすべを知らない私。どうしようもない人間だということが、もう十分にわかったから・・・「頭」ではなく、「心」でぼんやりと生きてみたい・・・。今は、そんな風に思っている。ここを訪れてくださったたくさんの皆さん・・・心からありがとう。
2006/08/17
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夏休みがスタートしたものの、やっぱり毎日が慌しくて、夏休みを「満喫☆」というのには程遠い有様。すべてがスケジュール化しているよ。私ってどうしてこうなんだろう・・・。本当にオチコム。世の中にはたくさんの人がいて、その中で、出会える人ってほんの一握り。出会い方はそれぞれで、関わり方もそれぞれ、でもひとつひとつに意味があって、「役割」がある。そう教えてもらった。私の「役割」は何なのか、私はちゃんと「役割」を果たせているのか、自分ではわからないし、自信もまったくないけれど、たくさんある「役割」の中には、時として、辛かったり切なかったりする役回りもあるのだろう。だからかな、そんなこんなであれやこれやで、私は、今、ちょっと切ない・・・。フと辺りを見渡すと、私以外の人たちが、とても強くたくましく輝いて見える。それを目の当たりにすると、怖くて一歩も前に進めなくなる。これは、よくある私のパターンで、もう慣れっこ・・・のはず。だけどだけど、実はぜんぜん慣れてなくて、いつでもやっぱりそれは切ないものである。「素」の私は、とっても弱くて小さくて、吹いたら飛んでしまうくらい軽い。けれど、気がつけばいつも私は「虚勢」を張って、「笑顔」を作って、「元気」を発電して、現実世界へと出動している。本当の私って、どこにいるんだろう・・・。どこを探しても見つからないから、本当の私ってどこにもいないのかもしれない。弱くて小さくて、吹いたら飛んでしまうくらい軽いから、32年間生きてくる間に、どっかへ行ってしまったのかもしれない。いつも頑張って来たのは、いつも一生懸命だったのは、いつも何かを追いかけてきたのは、自分に会いたかったから。けれど、見つけられそうで見つけられなくて、会えそうで会えない。自分に会えたら、もう少し上手に生きられるような気がするんだけど。このままずーーっと不器用で・・・このままずーーっと切なくて・・・これが私の「役割」だったりするのかな。明日も私はマイクを持つ。本当は吹いたら飛びそうな「心」のくせに、笑顔でマイクをもって、たくさんの人の前で言葉を放つ。そんな資格ないのに。ごめんなさい。そして、吹いたら飛びそうなくせに、私には今、守らなければならないものがある。私には今、戦わなければならないものがある。ちょっとたいへんかも。
2006/08/09
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7月は本当に本当に忙しく、振り返れば一日もお休みがなかった。目が回る忙しさとはまさにこれ。平日の勤務先である学校では、7月より異動があり、私は高校事務から中学事務へ。わからないことだらけで、アタフタする中、業務量もぐんと増え、毎日があっという間だった。けれど、高校事務にいたときよりも、仕事を任せてもらえるようになったし、やりがいもある。集中して仕事をすることができて、充実したひと月だった。土曜日日曜日は、MCとしての現場が私を待っていた。一番のピークは22、23日の二日間。この日は終業式のため朝から学校へ出勤、終わって夕方から夏祭りのMC。翌日は朝から「DJ体験講座」の講師を依頼されており会場へ。約2時間の講座の後、夕方からまたまた夏祭りのMC。そして翌日は月曜日・・・学校勤務のはじまりはじまり。そんなこんなで、本当に忙しいひと月だったけれど、おもしろいこともたくさんあった。たとえば、ひょんなことから、某コミュニティーFMで、番組アシスタントのピンチヒッターを依頼され、生放送でクレジットを読んだり、番組に送られてきたFAXを紹介したり、とても刺激的で素敵な体験ができた。ビックリしたことと言えば、夏祭りの仕事で、やぐらの上でマイクを持ってしゃべっていたら、下で私の名前を呼ぶ声が・・・。見ればそこには高校時代のクラスメイトが!!10年・・・いいや、十数年ぶりの再会。彼女は子連れで立派なママさんだった。こんなこともあった・・・ある金曜の夜のこと。そろそろお風呂に入ろうかと思っていたら、携帯が鳴った。父からだった。近くにいるから居るなら立ち寄るとのこと。やってきた父はたいへん疲れていて、「早朝より東京へ日帰りで行ってきた」らしい。私がひとり暮らしをしているマンションは、新幹線の駅近く。家(実家)まではここからまだ結構距離がある。連休前だったこともあり、新幹線はかなり混んでいたそうで、買ったお弁当を食べることなく帰ってきたそうだ。ひとまずシャワーを浴びるというので、近所のスーパーにパンツをシャツを買いに行ってあげ、一息ついてお弁当を食べるというので、 お味噌汁を作ってあげた。「明日は、私、朝ゆっくりだから、よかったら泊まってゆけば?」と提案したら、意外にも「そうする」との返事。本当に疲れていたんだね。お布団をひいてあげたら即効で眠っておりました。 翌朝お昼前に、私を現場まで車で送って父は帰って行きました。そして父からメール・・・「ありがとう。おかげで精神的にもリラックスできました」と。それから数週間後のとある平日の夕方。学校の仕事帰りにまたまた父から電話。何かしらの仕事でこちらに来ていたそうだが、それがキャンセルになったので・・・と。結局またまた二人で飲み屋街を散策。ネギ焼きを食べにいった。父と二人きりの時間など、今まで持ったことがなかったし、今も特に何を話すわけでもない。けれど、何気なく気兼ねなく過ごす父との時間が、とても新鮮で居心地がよかったりする今日この頃。私は小さいころから、いつも自分に自信がなくて、どうしても自分が好きになれないでいた。そのくせ、わけもなく「大物」に「有名」になりたかった。大物に有名になることで、大勢の人に私を認識してもらうことで、自分を確認できると思っていたから。寂しさから逃れられると思っていたから。ずっとずっと心に秘めていたそんな想いが、消滅していることにここ最近気がついた。それと同時に「私」は「私」であり、それ以上でもそれ以下でもなく、他の誰でもない「私」であることにとてもシアワセを感じるようになった。この歳になって、やっと自分を見つけられつつあるのかもしれない。やっとスタートラインに立てたのかもしれない。うまく表現できないけれど強いて言うならば、自分の中にいる自分と、現実の世界に生きる自分とのギャップが埋まり、自分がひとつになれた感覚・・・。私をこれまで根気良く導いてくれた皆さんに、関わり支えてくださった皆さんに、私を成長させてくれた多くの出来事に、山盛りのアリガトウを。悩んだり迷ったりしたことは数知れず・・・けれど振り返れば、そのすべてに対していつも道が用意されていて、私は常に導かれ守られてきた気がする。ここ1~2年を振り返っても、天職として出会ったMC業を大切にしながらも、生活のためには安定した仕事を持つことを考えなければならず、生活のためとはいえ、平日の昼間という長い時間を費やすのだから、どんな仕事でも良いわけではない。私はそこにもやりがいを求めた。「贅沢!」と言われ自分でもそう思いつつ、次のことを混沌と悩み考えていたら、派遣で勤めていた学校から、「MC業は続けていただいてもよいので・・・」という前置きの上で、「職員になってもらえないか?!」とオファーをいただき、今の中学校でのポストに就いた。やりがいある平日の安定した仕事と大好きなMC業の両立を果たせるようになり、今月はお休みはなかったけれど、感謝の中で充実した毎日を送ることができた。とはいえ、ハードすぎるスケジュールの一ヶ月。7月31日学校の門を出たときは、「完走!!」と手を上げて叫びそうになった。そして待ちに待った夏休み!!カーテンを全部洗って、窓を拭いて、床を磨いて、クーラーのフィルターを掃除して、ブラウスにアイロンをかけて・・・スッキリ。こんなに心穏やかな夏はいつぶり?生まれて初めて?******************♪Moonlight magic♪ By:藤井フミヤ目を閉じて風を見つめているの合わせた背中が会話を消したまま今 僕に必要なものはなにyesもnoもなく君は手を握った時計をなくした僕らは長い夜に迷い思い出を月に話そう ひとつひとつ帰り道を照らすMoonlight magic 涙も君を知るために必要だから零れ落ちた言葉をつないでAlways love you 笑顔も抱きしめる胸が必要だから瞳に映った月のあかりを重ねよう雲の中 月が隠れるように見えない時間が君をひとりにしたねあの時出逢ってここまで写してきたフィルム物語はまだつづくよ 壊れかけた映写機を回そうMoonlight magic 心が素直に寄り添う場所を探して蒼い影のシートに座ろうAlways love you 体がやさしく触れ合う場所を探して瞳に映った月のあかりを重ねよう時計をなくした僕らは長い夜に迷い思い出を月に話そう ひとつひとつ帰り道を照らすMoonlight magic 涙も君を知るために必要だから零れ落ちた言葉をつないでAlways love you 笑顔も抱きしめる胸が必要だから瞳に映った月のあかりを重ねようLa La La La La...Moonlight magicLa La La La La...******************涙も、何かを知るために何かを得るために必要で、笑顔も、受け止めてもらえる人たちがあるからこそ尊くて、生きるすべは手探りだけれど、涙も笑顔も私にあるすべてのアイテムをたよりに、歩んでゆきたい。今、新しいスタートライン!!2006・夏・・・どんな夏が私を待っているのカナ。
2006/08/02
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異動となった私は、7月から新しい部署で新しいスタートを切った。一年間勤めてきた高校事務室から中学事務室への異動。中学から高校と簡単にいっても、校舎も違うし勝手も違う。何といっても生徒の幼さが違う。高校の事務室は、職員室とは別のところに位置していて、生徒との関わりよりも、どちらかというと先生たちとの関わりの方が多かった。けれど中学の事務室は、職員室の中を仕切る形で存在していて、生徒たちとも先生たちとも密接!!本当にあわただしい。さらに、中学事務室は小規模で、職員も私ともうひとり(おばさま)だけ。必然的に仕事の内容もかなり濃くなった。今、机を並べているおばさまIさんに関して、当初ものすごく意地悪な人だと聞かされていた。そんなことも含めて、異動が決まってからは、どうしてこんなにドキドキするのかわからないくらいドキドキで、怖くて不安で心配でいっぱいだった。ここ1~2年、何に対してもこんなに動じることはなかったのに。今回の異動にあたり、自分で受け止められないほど不安になったのは、この1年余りの間、それだけ「心ごと」今の学校での仕事に環境に向き合ってきたということか。そう思うと、高校事務室でもがきながらのストレスだらけの日々が、とても愛おしい。迎えた中学校での初日。なんとか無事に一日過ごしたものの、どこに何があるのか・・・など、すべてに対して勝手がわからなくてアタフタ。・・・が、傍目からは、「ほんとにアタフタしてた?! 落ち着き払って堂々と見えてたけど」と。中学の先生方とは今まで接点がなかったため、先生方のお顔もウル覚え状態。逆に先生方の方が私のことを知ってくださっているようで、とても自然に迎えてくださっている感じがした。私は知らないのに、皆は私を知っている・・・という不思議な環境でのスタート。Iさんはというと、私を快く迎えてくださり、「今日出勤するときはドキドキでした」と打ち明けると、「私もドキドキだった」と驚きの答えが返ってきた。飛び込んで行く側も、そして迎える側も、種類は違えどもドキドキするものなのだ。「今日はどうなることかと、私もドキドキだったけど、 Tさん(私)、頼もしいからこれから頼りにしています」と言ってくださった。素直にとてもうれしかった。新しい場所に身を置くことで、新しい自分を発見できる。そしてまた「素」の自分に戻ることもできる。時に、ドキドキしたり、勇気を出したり、歯を食いしばったりすることは、自分を磨く上で必要な要素なんだとあらためて思った。他の誰でもない私自身の心の目で、素直に人と接することができているから私は今、とてもとても自然体でいられる。見えているようで見えていないこと、わかっているようでわかっていないことって、本当にたくさんある。高校事務室での一年ちょっと・・・何十年勤めているおばさんたちが幅をきかせてる中、ある日現れたちっぽけな私の存在など、取るに足りないものだし、誰も気にも止めていないと思っていた。見かけるたびに笑顔で挨拶し続けても、私に知らん顔を続けた先生も中にはいる。けれど、異動して離れてみて初めて、高校の先生方が私のことをちゃんと見ていてくれたこと、そしてその存在を認めてくださっていたことを知った。たまに高校校舎に行くと、先生方がニコニコの笑顔で迎えて声をかけてくださったり、中学事務室に座っている私を見つけて、サミシイワァと話かけてくださったり・・・そんなひとつひとつが私の心を強くしてくれる。まるで鏡のように、自分の心の姿勢は、周囲の人々に映し出されるものなのかもしれない。たとえ時間がかかったとしても、色んなところから、色んな方法で、「鏡」として私に「私」を見せてくれる。「笑顔」は、相手の心の目を刺激する素朴でとても素敵なアイテムなのかもしれない。これからも色々と身に降りかかってくることだろう・・・けれど、この新鮮な気持ち、真っ白な気持ちを、ずっとずっと忘れずにいよう。
2006/07/10
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夢などめったに見ない私が、昨夜、とても悲しくて切ない夢を見た。何度も何度も目を覚ましては泣きそうになり、また眠っては夢の続きを見て・・・。朝が来た頃には心が憔悴しきっていて、身支度できるようになるまで、ソファーに腰かけ、ただボーっとしていた。長く悲しく切ない夜だった。とてもリアルな夢だった。自分でも、「どうしてこんな夢をいまさら・・・」と思うような過去の悲しい思い出がアレンジされたものだった。6年前の七夕・・・私の心はどしゃぶりの大雨だった。そう、大好きで大好きで大好きで仕方がなかった人と離れた日。当時の苦しみ悲しみ痛みは相当なもので、これからどうやって生きていったらいいかもわからず、ただただ消えてなくなってしまいたかった。もちろん今ではちゃんと消化できているし、心も頭も整理できているし、彼との関わりも一切ない。そのすべてが今ではすっかり「過去」のもの。なのになのに、どうしてどうして、あんな夢を見たんだろう。心の痛みだけがフラッシュパックしたように・・・。そうね、私にとって「七夕」は、今でもやっぱりちょっと切ない日。そして、全身全霊かけて大好きだった“あなた”の幸せを心から願う日。元気でいてね・・・幸せでいてね・・・♪Drawing♪ MR.CHILDREN遠い遠い子供の頃夢で見た景色が一瞬フラッシュバックしたんだ笑いながら僕の頬にキスをする少女が君とオーバーラップして淡い光の曇り空にフワフワな時を刻んでいくこの素晴らしい 煩わしい気持ちを真空パックしておけないもんかなぁ絵に描いたとしても 時と共に何かが色褪せてしまうでしょう永遠はいつでも 形のない儚い幻影(かげ)君と共に 僕の元にもっともっと上手にいろんな絵を描けたならやっぱり君を描きたいな僕にとって君とは つまりそう小さな点そしてあらゆる総てデタラメと嘘の奥に本当の答えが眠っているこの素晴らしい 慌ただしい人生を二人三脚で越えて行けるかなぁどんな場面でも 僕の絵には必ず君が描かれていて目を閉じたまま深呼吸してみれば分かる君はいつも 僕のノートに絵に描いたとしても 時と共に何かが色褪せてしまうでしょう永遠はいつでも 形のない儚い幻影(かげ)君と共に 僕の元にそしていつも 僕のノートに
2006/07/07
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私は時々、自分がジェットコースターに乗っているんじゃないか錯覚する。気持ちが不安定で、浮いたり沈んだり・・・寄せてはひく波のように、色んな感情が押し寄せて収拾がつかなくなるからだ。自分ではコントロールできないところで、突然どうしようもなく心が堕ちてしまう。月曜から今朝にかけてもそうだった。月曜の朝、なんとか出勤はしたものの、心も体もどんより。学校の仕事が終わってから、MCの仕事の顔合わせお食事会があり、事務所の社長と共に参加してきた。お得意様やら同業者やら、とにかく山盛りの人だかりで、人酔いした感もあったけれど、飛び交う営業スマイルにうんざりし、一刻も早く帰りたかった。帰宅するころには、へとへとに疲れていて、とぼとぼと歩きながら、涙すら出てくる有様だった。何もかもがつらくて、すべてが嫌で悲しかった。そして、どうしようもない程に孤独で淋しかった。翌朝は案の定、起き上がることができなくて、学校をお休みした。ずる休み。一日家を一歩も出ることなく、ひたすら寝て、ぼーっ過ごした。さすがにこれ以上休むと、不登校になりそうだったので、なんとか起き上がったものの、気持ちがついて行かず、結局抗うつ剤を服用しての出勤となった。何がそんなに嫌なのか、自分でもわからないけれど、時々どうしても行きたくなくなる今の職場。行けば別にどうってことなく、一日過ごせるんだけど、時に黒い雲に覆われるみたいに心が堕ちて、どうしてもどうしても行きたくなくなるのだ。一人暮らしをはじめてから、私は生まれて初めて、「生活」のために仕事をしている。恥ずかしいけれど、私はこの歳になるまで、「生活」のために働いたことなどなかった。仕事はいつも一生懸命してきたけれど、それはすべて「自分」のため。自己実現のためであり、自分の人生の経験・肥やしのためだけだった。お金はあくまでもそこに付随するものであり、後からついてくるという位置づけだった。お金よりも、経験から得る付加価値が第一だったのだ。生活を支える・・・生活ががかかっている・・・とは、なんとプレッシャーであることか。世の中のお父さんたちを始め、大黒柱として働く人たちは、こんなにも大変だったんだといまさらながら知った愚かな私。同時に、私はどれほど恵まれて生きてきたのかを知った。私は本当に子供で世間知らずだった。そして家族に皆に、守られて守られて来たんだと知った。「生活」という現実の中で、仕事をして行くということは、大人のしての覚悟を持つことであり、その意味で、私もやっと大人の仲間入りができたのかもしれない。現実を受け止めた上で、いかに「仕事」をしてゆくか・・・ここにこそまた、さらに深い付加価値があるのかもしれない。そんな気がしている。
2006/06/28
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4年に一度、ワールドカップになったら盛り上がる何を隠そう私はミーハーサッカーファン。今回のワールドカップも例外ではなく、サムライ日本を応援するべく、オーストラリア戦は、サムライブルーに身を包みスポーツバーで大絶叫!!クロアチア戦は、準備を整えてお家でひとり観戦。決定力不足ではあったけれど、一丸となって点を取りに行こうとする選手たちの姿に、そしてヒデのミドルシュートに心を射抜かれた私。今回のワールドカップで私が最も注目していたのは、他でもないヒデ!ヒデ!ヒデ!一言一動すべてに注目され、色んな方面から色んなことを言われているヒデ。私はサッカーマニアでもヒデマニアでもなく、何にも知らないけれど、でもとにかく、ヒデがとってもとっても大好きだ。感覚で。プレーに対する意識の高さ、プライドの高さ、決して弱さを見せないところ、とんがっていてクールなところ、そして何よりピッチで全力を尽くして走る姿が。ヒデが何を考えているかなんて想像もつかない・・・けれど彼から発せられる人間的なものが、私を惹きつけてはなさない。今朝のブラジル戦。目覚ましをセットしテレビで観戦。結果は・・・。試合の後、ピッチに寝転がって起き上がらないヒデの姿に、心が締めつけられて思わず泣いてしまった。切なくてカナシクテ・・・。何とか身支度をして出勤したけれど、気持ちが切り替わらなくて、「今日は仕事にならないなぁ」という感じ。今朝の試合は、サッカーマニアの野郎くんとメールのやり取りをしながらも、現実にはひとりでテレビ観戦。先制ゴールの喜びや同点ゴールの衝撃・・・場面場面で、リアルタイムに気持ちをわかちあえる人の存在を心の底から願った。こんな切ない想いを、一人で抱えるなんて二度と耐えられないので、4年後2010年南アフリカ大会は、必ず(まだ見ぬ)だんな様と一緒に観戦することにします。そう決めました。サムライ日本!!感動を勇気を心からありがとう。そして、ありがとう!!ヒデ!!私はいよいよ、来月から新しい部署へと移る。何があるかわからないけれど、ヒデの勇姿を胸に、恐れず果敢に飛び込んで、自分らしいプレイを!!以上、ミーハー日記でした。
2006/06/23
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今日は久しぶりに完全OFF!!何も予定を入れずに、のんびりとだらだらと過ごした。目覚ましを意識することなく目覚めて、ボーっとテレビを見てブランチをし、お布団を干して、洗濯をして、お風呂場の掃除をして、食料品の買出しに行って・・・。アァ~すっきりした。普段の生活をリセットできた気がする。明日からまた頑張れそうだ♪そういう気分になれたことが、今、とってもうれしい私である。気をつけないと、すぐ自分を追い込んだり苦しめたりしてしまう私は、自分を喜ばせてあげたり、リラックスさせてあげたりすることがとても苦手だ。どうしたらよいかわからない。今日も特にコレといって、何もしていないにもかかわらず、なぜかとても爽快な気分になって我ながらビックリ。自分のことをわかっていない証拠だ。自分のことをわかってくると、色んなところで、幸せをたくさん見つけられる・・・そんな気がする。自分の弱さや小ささモロさを目の当たりにすると、愕然として時に立ち上がれなくなるけれど、そんな自分の存在を自覚し受け入れられた瞬間に、心がすっと軽やかになった。それは、周りの人たちはこんなに至らない私を許し、受け入れてくれていると気がついたから。すなわち、人々は、「私」の存在を許してくれているということ。許してもらっていると思えば、私も自然に色んな人を受け入れられるようになった。私の職場に、とても性格が悪いおばさんがいる。意識した上での「意地悪」よりもさらに質が悪く、その人は「素」でどうしようもなく性格が悪いのだ。カワイソウナくらいに。そのおばさんには随分と悩まされ、ストレスを感じ続けてきた。どんな人かと言えば、ひとこと・・・外見も中身もグレー。その人ひとりいないだけで、事務室の空気が澄んで軽くなるのがわかるくらいに。一時は、その人の顔を見ることにすら嫌悪感を抱いていた。けれど、ちっぽけな自分が、ここでこうして「許されている」と実感してからは、きっとそのおばさんにも、何かしらを許してもらっているのだとわかってからは、その人の言動も含めて、その他色んなことが気にならなくなって、とても楽にのびのびと働けるようになった。そのおばさんとも仲良くできるようになり、おばさん本人もなんだかご機嫌そうだ。不思議だね。人の言動が許せなかったり、批判的になっている時は、自分が傲慢になっている証拠かもしれない。自分が「正しい」と思っているからこそ、自分が高いところにいるからこそ、人の言動が気になり判定をし批判をしてしまうのだ。人はお互いに、知らないところで、許しあって生きている。自分が許されていることを忘れてはならない。許されているからこそ、ここに存在しているのだ。こうして、ここに生かされている限り、小さくそして大きく・・・咲いて行こう。自分の小ささ、弱さ、モロさ・・・それらは決して憂う要素なのではなく、愛すべき要素なのだ。完璧だったら、誰の助けも要らず、ひとりきりで生きてゆける。小さく弱くモロい存在だからこそ、皆が私を励まし助けサポートしてくれるんだね。私には友達がたくさんいる。そのたくさんの友達に、私はいつも心配をかけお世話をかけてばかりいる。たまには役に立ちたいものだと思いながら、なかなか私には出番がない。先日お友達Sのホームページに、こっそり?私のことがこんな風に紹介されてあった。↓↓↓『いつも元気いっぱい。 なんだけどへこんだらすごい(笑) 思いやりのある優しい人です(本人には言ったことないけど)』 本当におっしゃる通り。元気いっぱい・・・の反面、凹んだら本当にものすごいことになるのがこの私。だけど、そんな私を、そのまんまの「私」として、受け入れてくれているんだと知った。ありがとう。自分では全然そんなつもりはないけれど、「思いやりのある優しい人」・・・そんな風に感じてくれているなんてうれしかった。ありがとう。自分を知ることで、幸せが増えてゆく。幸せが増えてゆくことで、自分が求めている幸せが見えてくる。すべては、自分から・・・「私」から始まり、自分に・・・「私」に帰る。
2006/06/18
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私の人生32年・・・たかが32年、されど32年。色々あった。ツライことだって、苦しいことだって、逃げ出さずに乗り越えてきた・・・つもり。そして、色んなことを乗り越えてきた分だけ、強くなっていると思っていた。いや、強くなっているはずだった。だけど、実際の私は、やっぱり弱くてモロイままだ。その現実の姿を目の当たりにした時、私は愕然とした。色んな世間を色んな世界を、おぼれそうになりながらも、懸命に泳いでくる中で、いつの間にか、私は、どんな環境にも恐れを抱くことはなくなっていた。とてつもなく厳しかったMCの仕事によって、鍛えられたところは大きいが、いつの間にか、どんなところでもやっていける強さ、どんなところにも堂々と飛び込んでゆける強さを、身に付けた・・・と思っていた。だけど、それが違うとわかったとき、ぜんぜん強くなんてなってなかったとわかったとき、私は自分にガッカリした。さらに、自分に欠けているものをも思い知り、その事実に衝撃を受けた。意気消沈。強くなんかない・・・お利口なんかじゃない・・・・良い子なんかじゃない・・・そう自覚した瞬間、私はとても楽になれた。何を苦しんでいたのか、何をもがいていたのか、何を憂いていたのか、肩の力が、いや、心の力が抜けた、等身大のちっぽけな私がそこにいた。何かひとつを成し遂げ自信を持ち、逞しくなってゆく中で、知らず知らずうちに、謙虚さを失くしていた気がする。自分を過信してしまうことは、結果として、自分を追い込むことになる。ちょうど一年前・・・スパルタのMC事務所を大きな決断で持って辞め、未来に向かって歩き出した頃。本当に何も何も怖くはなかった。それは自分を過信していたのではなく、等身大の自分をありのまま認めていたからだと思う。ニュートラルでいることは、実のところとても難しい。毎日色んな人と関わり、毎日色んな出来事があって、一喜一憂と喜怒哀楽の繰り返しなのだから。心の力が抜けたところで、弱い私をモロイ私を自覚しながら、明日から過ごしてゆこうと思う。これもまた、大きな「気づき」なのであります。
2006/06/12
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止まっていた時間が動き出した途端、塞き止められていた水が一気に流れ出すように、不思議な出来事が次々に起こるようになった。欲しかった情報がひょんなことから手に入ったり、連絡が滞っていて最近どうしているのか気になっていた人と、偶然バッタリ会ったり、たまたま知り合いになった人が友人の友人だったり、想像もつかないような場面で昔の知人と再会したり、欲しいなぁと思っていたものが、うまい具合に友人を介して手に入ったり。極めつけは、この土曜日のこと・・・甲子園で行われる野球のチケットがたまたまた取れたので、一緒に行かないかと友人からお誘いがあった。私は偶然にも久しぶりの完全OFFで、特に予定もなかったので誘いを受けて甲子園に行くことにした。阪神VSソフトバンク・・・満員御礼!!よくもまぁ、チケットが取れたものだと感心しながら、甲子園球場ライトスタンドへ。ディゲームだから日焼けを覚悟していたけれど、行けば席は中継用テレビカメラの真下で、ちょうど上半身は日陰、さらに荷物まで置ける状態。なんてラッキー!!ゲームはというと、終始白熱したシーソーゲームが展開。逆転満塁ホームランにサヨナラヒットまで飛び出し、大興奮×大満喫。そしてそして、偶然にも、大学時代の知人Aくんが同じゲームを見に来ていることが判明。Aくんとは特別親しいわけではないけれど、大の阪神ファンのAくんが、ゲームの展開に興奮して、私にゲームの様子をメールしてきたのだ。そして、「えっ?!私もいるわよ!!今、甲子園!!」ということに。彼はレフトスタンド、私はライトスタンド。ビックリ仰天。Aくんとの偶然は今回が二度目。大学を卒業してから連絡先すら知らなかったのに、数年前・・・本当に偶然に街でバッタリ再会したんだなぁ。おまけに、その日Aくんは、以前から私に会ってもらいたいという友人と一緒に来ていて、ゲームが終わってからその友人さんと挨拶も交わすことができた。そんなこんな「偶然」のオンパレードの他に、考えもしなかった転機が私に訪れた。春先から悩みに悩んでいた平日の仕事。学校勤務を始めて一年、「派遣」という立場と、「もっと思い切り仕事がしたい」という気持ちとの板ばさみに、「平日の仕事」と「MC業」との板ばさみに、「生活」と「やりたいこと」との板ばさみに、「現実」と「夢や理想」との板ばさみに、がんじがらめになっていた私。学校の仕事は好きだけれど、色んな意味で物足りなさを感じ始め、仕事のやり方にも疑問を感じることが増えてきた。そうは言っても、MC業との両立を考えるとそれらは贅沢な悩みであり、「やりがい」よりも「生活のため」と割り切るべきだと人は言い、私もその通りだと自分に言い聞かせた。けれどやはり私の「仕事魂」は、エネルギーを持て余し、ついに心がストレスで破裂。そして私は決めた・・・次回の更新はするまいと。そんな矢先、事務長から、「来期からこちらの職員として働いてもらえませんか?」というオファーが・・・。私が勤務している学校は伝統ある名門校で、女性の職員は、皆、卒業生である。私は卒業生でもないし、おまけに派遣から職員へなどという前例はないのに・・・。夏を前に大きな人事異動がある関係で、とあるポストを私に任せたい・・・というのだ。この一年の私の働きぶり?というか姿を見て、教職員全体会議を満場一致で通過したオファーなのだと。私がMC業を大切にしていることをご存知の事務長は、「MC業はもちろん今までどおり続けていただいて結構ですから、 検討してもらえませんか?」とおっしゃる。即答はできないので2~3日、時間をいただいた。色々考えたけれど、職員として新しい部署でがんばってみようと思っている。具体的には、高校事務室から中学事務室へ移動となる。今、勤務している高校事務室は職員室とは別の場所にあるけれど、中学事務室は職員室の中にあるため、先生や生徒との関わりが断然深くなる。生徒の様子にも気を配り、時には悩みを聞いてあげたりする必要もある。事務室の規模自体が小さいので仕事の内容も濃くなる。ちょっとどきどきではあるけれど、MC業もこれまでどおり続けられるし、私の身分が安定することで両親は安心するようだし、仕事内容も楽しくなりそうだし、前向きに臨んでみようと。まさか「就職」することになるとはねぇ。こうして、決して「自力」ではなく「周囲からの働きかけ」で、私の身辺は急にモヤが晴れ新しい空の色が見えてきている。ひとつひとつの出来事に驚いてばかりだけど、なぜ?どうして?という理由なんかよりも、「何かと繋がっている・・・」「何かに守られている・・・」そんな想いを感じながら、ありがとうの気持ちと共に、大切に大切に受け取って生きてみよう。そう、「雲の切れ間からこぼれる 輝く予感を集めて」。♪白いカイト♪ My Little Lover悲しみの言葉は 全部捨てたい愛はひとつの言葉では 語れないけど悲しくなる程 誰かを愛したいそれに気づかぬフリをして 時は流れたそして今 Chance Chance Chance 逃している自分ばかりが目につく 世界は私だけおいて回り続ける空は夏の色に染まる 白いカイトも揺れている心の中つないだ恋のタイトロープ渡りたい誰かの言葉に惑わされぬようそして誰かの痛みから 逃げ出さぬように暗闇を Knock Knock Knock してる気持ち手探りしてあせってるだけど心は探してる かさねあう瞬間を雲の切れ間からこぼれる 輝く予感を集めてここで今 鼓動打ち 呼吸してる Oh My Soul夕暮れの空に向かって 少年はカイトを上げてるまるで地球と話をしているみたいさ なめらかにここで今 鼓動うち 呼吸してる Oh My Soul銀色の波に向かって 白いカイトは揺れているまるで宇宙とダンスしてるみたいさ 永遠に
2006/06/04
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私の中で時間がパッタリと止まり、一秒も動かなくなってから幾日が過ぎただろう。もう二度と動き出すことがないのではとさえ思った。だけど、地球は時をやさしく刻みながら、私を待っていた。そんな気がする。浮いては沈みを繰り返し、寄せては引く波のように混沌とした日々は、私に多くの出会いと気づきをもたらしてくれた。言葉ではうまく表現できないけれど、この不思議なあたたかな感覚のを、今、ありのままをつづろう。2000年の夏・・・私は大きな転換期を迎えた。幼かった私は、訪れた大きな大きな別れを受け入れることができず、ただただ深い悲しみに打ちひしがれるばかりだった。それから6年という年月が流れ、荒波を泳ぎ続けた私がここにいる。泳いで泳いで、走って走って、決して立ち止まることなく、ひたすらに前へ前へと進んできた。私を導いてくれたのは、「偶然」と「必然」と「運命」が掛けあわされた「出逢い」の連鎖。新しい世界へと進む時にはいつも、誰かから誰かへバトンの受け渡しが行われ、必ず私を理解し支えてくれる人がいた。たくさんの人たちに、そして地球に神様に・・・私は愛されてきたんだと知った。2月の終わりごろからか、心にひずみが生まれどんどん心がぬかるみ始めた。そして5月・・・ついにすべてが止まり一歩も進めなくなった。止まることが怖くて、進み続けてきた私にとって、それは絶望以外のなにものでもなかった。けれど、この2ヶ月ちょっとの間に、ビックリ偶然の出会いや再会・出来事が連発して私の身に起きた。欲しかった情報がひょんなことから手に入ったり・・・何を選択したらよいかわからない時に道が提示されたり・・・卒業できなかったことからすっきりと卒業できたり・・・そして、こんがらがった糸を解いて、私を「私」に帰るよう導いてくれる人と出会った。彼女は私の「内なる声」を私に届けてくれた。雨の日も風の日も、どんなに条件が悪くったって、来る日も来る日も懸命に撒き続けてきた「種」を、いよいよ収穫するときが来たようだ。「もう、刈り取っていいよ。 もう、受け取っていいよ」と聞こえてくる。静かに・・・けれど、はっきりと「気配」が「確信」へ、そして「実感」へ。さぁ、行こう。
2006/05/27
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依然、混沌とした中で日々を過ごしている私。情緒は極めて不安定で、すっかり自分を見失っていて、右往左往・・・。とりあえずの日常を何とか営むことで精一杯だ。何にも幸せを感じることができず、ちょっとしたことにイライラし、何もかもがうんざりで、そしてそんな自分がとても悲しい。生きるとは、なんて難しいんだろう。自信がない。誰かに「あなたはどこにいますか?」そう聞かれても、「ここにいます」と答えることができない。私はどこにいるのだろう。「隣の芝は青く見える」とはよく言うが、友人・知人・・・みんなの芝は、青々と茂っているように映るから、まぶしくてまぶしくて、私はみんなを正面から見つめることができないよ。「そんなアホな・・・」と思われるかもしれないけど、それが今の私の姿なのであります。情けないねぇ・・・。30年ちょっとの人生、一生懸命に必死になって生きてきた。それが良かったか悪かったかを問うならば、現時点ではあまり良くなかったという答えがでる。だけど私は、カナシイカナ、そういう生き方しかできなかったし、一生懸命がんばることでしか「自分」という存在を、アピールすることが確かめることができなかった。ここにきて、糸の切れたタコになってしまって、エネルギー生産もストップしているのに、それでも、自分にムチを打ち、自分の不甲斐なさを責める、哀しい悲しいカワイソウナ私がここにいる。3ヵ月後・・・3年後・・・私はどうしているかなぁ。ちゃんと復活して、元気に笑って生きているかなぁ。こんなどうしようもない「今」も、時間が経てば、懐かしくそして労わりながら、振り返ることができるんだろうか。そうだと良いね・・・私ちゃん。
2006/05/21
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ここ数ヶ月、とてもとても行き詰まりを感じているので、思うこと感じること、うまく言葉にすることができない。生きてゆく上での方向性が決まったら、またここに気持ちをつづってゆきたい。
2006/05/01
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今日は休日。休日らしい休日など、どれくらいぶりだろう。昨日の夜は遅くまで仕事で、雨と風の中ぐったりして帰宅したけれど、時間におわれることなく、ぐっすり眠った今朝の目覚めは最高!!おまけにお天気良好Wハッピー!!ラジオを聞きながらカフェオレを飲んだあと、お掃除にお洗濯に勤しんだ。キッチンマット、バスマット、玄関マットもじゃぶじゃぶとお洗濯。それからそれから、お友達とランチに出かけた。光がたくさんさしこむレストランで、心を許す友との会話を楽しみながら、焼きたてのおいしいパンと、海の香りがいっぱいのパスタをおなかいっぱい食べた。ランチの後はショッピングへ。輸入食材のお店で、ハート型のパスタとホールトマト缶を購入。心も頭もリラックスできたせいか、また明日からがんばろう!!と自然に活力が沸いてきた。私はリラックスすることや、休息をとることが本当に下手で、どうしたら自分を休ませてあげることができるのか、いまだによくわからずにいる。だからこそ、今日のような休日をプロデュースしてくれる友の存在は、本当に本当にありがたい。Hちゃん、いつものことながら心からありがとうね。「おいしい」ランチ・・・「気持ちいい」お天気・・・「幸せ」な時間・・・「素敵」な休日・・・私たちは五感を働かせて、色んな感覚の中を一瞬一瞬生きている。もちろん、「苦しい」「痛い」「悲しい」「切ない」・・・なんかも織り交ぜながら。遠い昔に忘れてきてしまったような感覚でも、時に勢いよく、時に穏やかに、時に激しく、時に優しく、蘇ってくることがある。そんなとき、「今」が過去からの贈り物であると実感するのだ。変わらないもの、変わってゆくもの、得るもの、失うもの、色々色々あるけれど、「私」という容器の中には、さまざまな「感覚」がちりばめられた宝物が、ギッシリと詰まっている。そして、素敵な休日だった今日という日は、私の中のとある感覚を呼び起こしてくれた。*******************♪The sings of LOVE♪ BYドリカムいきなりふたりきりになって照れたよねそれまでのようには話しもできないくらいつないだ手から“好き”が出てる気がしてすごく恥ずかしくて強く握れなかった片思いが突然 恋に変わったあの日あなたが教えてくれたものふたりの手似てるねってあなたが言ったそんな小さなことでにやけた顔もどらない片思いが突然 恋に変わったあの日あなたが教えてくれたものね、うれしすぎて夜をあなたも眠れなかったの?片思いが突然 恋に変わったあの日はじめて見つけたThe sings of LOVE 愛なんて言うと少し声が小さくなるけどいちばん大切な何かが片思いが突然 恋に変わったあの日から心にやどった気がするふたりのそばにあるThe sings of LOVE******************片想いが恋に変わったあの夏の日・・・・つないだ手から「好き」が出てる気がしたこと・・・そして、あなたが私にくれた素敵な思い出・・・私の中に今もちゃんと生きている。素敵な素敵な「感覚」として。ありがとう。
2006/04/16
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桜がとてもキレイ。ところどころ葉桜になっていたりもするけれど、街のあちらこちらで目にするピンクを見上げ、今日歩きながら「キレイだなぁ」とつぶやいた。春は気持ちも不安定になりやすい。それは、心はまだ「冬」なのに、環境はどんどんと「春」に向かってゆくからだと友人Kが教えてくれた。心は冬なのに街は春色。気温は上昇し花たちは咲きはじめ、まだコートにくるまっていたいのに、着る物だってどんどん薄くなる。そのギャップについてゆけず、とまどい焦る・・・。それが春の情緒不安定の原因らしい。そう言われると、なんだか妙に納得してしまった私。色んなことがとても重く、沈み込んでしまうことが多かったけれど、最近は少しずつ回復傾向にある。ここしばらくは、うまく笑えずにいたけれど、色んな人が温かく私を見守ってくださったおかげで、私にもようやく、今年の春が訪れつつある。本業としたい「MC」の仕事、生活のための「日常」の仕事、そしてプライベート・・・身構えてこれからを線引きしなくても、必死に日々スイッチを切り替えなくても、色んな立場があって、色んな顔があって、ごちゃまぜでいいじゃない!!無理やり分けて考えなくても、どれもぜ~んぶ「あなた」なんだから。現実と夢と理想のトライアングルに迷い込み、自分の中で折り合いがつかなくなり、バランスを失った私に、方向性が見失い立ち止まってしまった私に、恩師がそう教えてくれた。私はいつもどおりを装っていたのに、私のテンションが異様に高いと、私の様子を心配し食事に連れて行ってくださった。「今」を楽しんだり、「今」を大切にすることが私は本当に苦手。気がつけばすぐ自分を追い込んでいる。常に「今」を今後のステップにしなければと考えて焦ってばかりいるけれど、「今」とは、糧に「する」ものではなく、糧に「なる」ものだろうに。お料理を作ったり、好きなものをたくさん食べたり、大好きな仕事を思い切りしたり、友達と会ったり、たくさん眠ったり、お買い物をしたり、そんなことを色々としているうち、少しずつ心も春色に。私って、やっぱり幸せもの。そんな風に自然に感じられるから・・・。よかったね、私。桜がキレイだと自然に思えた今日。私自身の今春の「開花宣言」としよう。春がやってきた☆
2006/04/14
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今日は私が勤める高校で入学式があった。まっさらの制服に袖を通した学生たち。ちょっと幼くて、ちょっと緊張していて、とってもまぶしかった。3月に卒業生を送り出した後、4月に先生たちはお引越し。新しい学年・新しい年度を迎えるための準備が始まる。職員室でも学年やクラスごとの大移動あり、先生たちも心機一転というところ。だけど、私にはぜんぜんエンジンがかからない。相変わらず元気がでないまま。3月の末には、2~3日の春休みを利用して沖縄旅行にまででかけたというのに、リフレッシュできず、毎日冴えなくて気持ちはドンヨリ曇り空。どうしたものだろう・・・。心の中で、色んな想いが渦を巻いている。当てもなくグルグル・・・。「意気消沈」という言葉が、今の私を一番あらわしている。旅行も、眠りも、食べ物も、人も・・・何ひとつ私の凝り固まった心を解かすことはない。こんな私はきっと贅沢だ。そう思えば思うほど、沈む自分を罪人だと責めてしまう。はぁ・・・・ぁ。まずは体を元気にしようと、今日は仕事の帰りに「岩盤浴」に行ってきた。初体験!!これが最高に気持ちが良くて、体がとっても軽くなった。心も少し軽くなった・・・かも。体が芯から冷えていたのか、はじめは汗がぜんぜん出なくて、どうなんだろうかと思ったが、2回目から汗がぼちぼち出はじめ、3回目にはそれなりに。とても気持ちが良かった。帰りは、お気に入りのパン屋さんに立ち寄り、大好きなパンとカフェオレでディナー。自分へのちょっとしたご褒美ディ。学生のころは、春・夏・秋・冬・・・季節ごとに行事があって、入学や卒業が何かしらの節目となり、気持ちも切り替えることができた。社会人になってからは、入社・退社を含め、どんなことにおいても「卒業」は自分で決めなければならない。今の私に必要なのは、色んな意味での「節目」。流されている感が否めない日々に、ちょっと失望している。付加価値がぼやける中で、軌道修正が必要だ。私には、2006年の春は訪れぬまま。また、岩盤浴いっちゃおう!!
2006/04/07
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「荒れ荒れ」から一転、穏やかさを取り戻しつつある私。いつも一直線で生真面目な私は、時々自分を見失うほど自分を追い込み、失速し急降下してしまう。これこそ、私の「弱さ」の象徴といえるだろう。色んな波が・・・色んな谷が・・・色んな山がある中で、悩むことをやめてしまえば、考えることをやめてしまえば、楽なのかもしれないけれど、自分の心の成長もとまってしまう。たとえ深い闇に落ちても、そこには何かしらの新しい希望の欠片がある。私は自分を貫きたいと思う。我を通すというわけではなく、自分を貫きたい。心を強くもって、地にしっかり根を張って、凛と咲く一輪の花でありたい。多くの人の愛情を受け、時に孤独の雨や不安の風にさらされ、それでも、朝が来れば太陽に向かって、笑顔の花を咲かせたい。先日とても久しぶりに食事をした友人。目がとっても大きくて、マイペースで活動的なHちゃん。大学時代の友人である。べったりと仲良しだったわけでもなく、頻繁に連絡をとるような関係でもないけれど、メールのやり取りをしているうち、久しぶりに会おうと盛り上がった。久しぶりに会った彼女は、エネルギッシュさに若干の陰りはあるものの、昔と変わらず、今の生活にあった楽しみ方を上手に実践していた。Hちゃんが結婚したのは、6,7年前?!卒業してすぐ勤め始めたデパートで今も働きながら、だんな様と二人で暮らしているようだ。彼女はお土産にと手作りサモサを私にくれた。そうだ、Hちゃんは、昔からエスニック料理がお得意だった!私たちの話は料理の話題へ。Hちゃん「一人暮らしで、料理はどう?」 私「楽しんでお料理してるよ。 おいしくできたら最高に幸せだよね。 食べてくれる人がいたら、 この幸せを分かち合えて、 もっと幸せだろうなぁって思うねん」Hちゃん「結婚して最初は私もそう思っててん。 でも今は自分のために作ってる。 自分が食べたいものを自分のために。 だんな様のために一生懸命作っても、 帰りが遅くて食べてもらえなかったりしたら、 すごく悲しくて・・・ そんなことを繰り返してるうち、 自分のために作ろうってある日我に帰ってん。 自分のために作ったけど、 もしよかったらあなたも食べる?みたいな感じ。 一人でも二人でも、独身でも結婚してても、 基本は『自分のため』だよ。 自分で自分を幸せにできれば、 一緒にいる人も幸せそうな私を見て、 幸せな気持ちになるみたい。 だけど、今のA(私)の、 おいしさを分かち合いたいっていう気持ちも、 それはそれですごく素敵だから大切にしてね」淡々と飄々と語るHちゃんの言葉は、私の心に浸透し響いていった。そう、忘れていた。基本は「自分のため」なんだよね。自分で自分を幸せにしてゆければ、周りの人とも自然に幸せを分かち合える。わけのわからない不安を恐れず、自分を自分でがんじがらめに縛らず、もっともっと、大らかに生きてゆきたい。生真面目な私には簡単ではないけれど、まず私が私を幸せにすることが、家族をはじめみんなの幸せに、間接的にそして時に直接的につながってゆく。よし、明日も、私らしくそして自信をもって、笑顔の花を咲かせてこよう。
2006/03/25
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今、この瞬間、私はとても荒れている。何に対して?!というより、すべてに対してとにかく荒れている。こういう「怒り」の感情は、自分にとっても誰にとっても、何一つ良いものをもたらさないとわかってはいるけれど、それでも無視できない感情なのである。こんな時は、とにかくもう眠ってしまおうと思ったけれど、寝る準備が整ったところで、今のこの瞬間の私をぶちまけたくて、パソコンの電源を入れた。弱気だったり、前向きだったり、うれしかったり、かなしかったり、その手の感情をつづることはあっても、「怒り」や「イライラ」をここにつづることは避けてきた。そう、私はいつもどこかで、「良い子」でいたかったから。でも、今日は我慢ができないので、毒を吐きます。つづります。先が見えないことへの不安と苛立ち、いつもどこかで良い子を装って、全力でがんばってしまう自分へのイライラ、身勝手な人たちへの怒り、人の気持ちがわからない無神経な人たちへの怒り、そんな中で、毎日毎日気持ちを奮い立たせてなければならない疲労感。不安と怒りそして疲労の3拍子。人の気も知らないで、何なの?!もう!勝手にして!!いい加減にして!!バカァ--------------------------!!日々の細々したいろんなことが、積もり積もっているようで、心身ともに調子がよろしくない。眠っても治らない。何に対しても、イライラ・ムカムカする。良くないとわかってはいるけれど、この気持ち・・・止められないよ。どうしようもない。神様、こんな私を救ってください。以上。荒れ荒れの私でした。おやすみなさい。
2006/03/21
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昨日は、私がMCになってから3年半あまり、ずっとレギュラーでお世話になっている現場に数ヶ月ぶりに行ってきた。数ヶ月ぶりとあって、さすがに勘が鈍っていて、結局、感覚を取り戻すことができぬまま、一日が終わってしまった。情けない限り。現場には、初対面の若い若い新人ちゃんがいて、とにかくものすごくフレッシュ!!ピチピチ!!私には残念ながら(というか当たり前?!)、もうあのフレッシュさはないなぁ・・・と。同じ土俵では到底勝負できないなぁ・・・と。ひとまわり近くもちがうお嬢さんの若さが、まぶしくて仕方なかった・・・。今の私の付加価値って何だろう・・・。若くもなく、かといって、年相応な大人らしさもなく、なんだかとても中途半端な気がする。「若い子はいいなぁ・・・」と、おばさんくさいことは言いたくないし、今の私には、今の私の良さがあると信じたい。だけど、年齢についてゆけてない自分自身の姿に不安になったことも事実なのだ。ひととおり不安になったところで、ひととおり凹んでみたところで、結局たどりついたのは、誰かと比べてみたところで、私は私・・・何も変わりはしないということ。今までの生き様を、今までの苦楽を、誇りにし「今」を生きているのだから。笑顔を涙を喜びを苦しみを抱きしめて、私は、今、ここにいる。謙虚さを忘れず、卑屈にならず、のびのびと仕事をすることの難しさ・・・。最近そんな「壁」にぶつかった。自分に仕事に自信を持つと、謙虚さって忘れがちになりませんか?自分に自信を持たないと、ついつい卑屈になって、相手の顔色ばかり見てしまいませんか?どうやったら、自分らしくのびのびと仕事ができるのだろうか?どうやったら、自分らしくのびのびと生きてゆけるのだろうか?至らないところはたくさんたくさん。だけど、それもまた私なのだから、時に自分を振り返りながら、自分を精一杯大切にして、恐れずに生きてゆきたい。ひとりでも多くの人に、笑顔を向けられるように。忙しい日が続いている。日常生活も乱れがち。こんな時は、心にも波風が立ちやすい。だけど、自分を見失わず、しっかりと生活をしてゆきたい。自分を信じて、自分が「良し」と思う生き方を愛し方を、貫いてゆきたい。神様・・・どうか私に、優しさの中に秘めた心の強さをください・・・。
2006/03/20
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今日もまた雪が降った。まるで、過ぎて行く冬を名残惜しむような繊細で可憐な雪。こういうのを「なごり雪」って言うのかな。*************私には最近とても好きな人がいる。といっても、いわゆる恋愛感情的な「好き」ではなく、なんだろう・・・言葉ではうまく表現できないけれど、とても「素敵だな」と思える人。私より年齢もぐんと上で結婚もされている。Kさんは、もの静かでとても穏やか。そしてとても頭が良く思慮深い。忙しくてもイライラしてそうな時も、トラブルを抱えていても、いつも微笑みを絶やさないでいる。私は毎日その穏やかさに静かさに、救われて癒されている。私の中に生まれる時々のイライラも、よろしくない感情も、Kさんの穏やかさに触れた途端、シャボン玉がはじけるように消え去ってしまう。こんな人とずっと一緒にいたいなぁと、心にオモウ・・・そんな人。Kさんは、私のことをとても重宝してくださり、私の持つ笑顔や明るさ、私の仕事ぶりを最大限に評価してくださる。あらたまってお話することなどそうないけれど、太陽みたいに、私のことをいつも見守ってくださっていて、その中で私は毎日のびのびと自分を咲かせ働いている。先月のバレンタインデー。私はKさんに日ごろの感謝を込めて、チョコレートをプレゼントした。「義理」チョコでもない、「本命」チョコでもない、私にとっては「感謝」チョコ。メッセージをつけてプレゼントしたら、うれしそうにもらってくれた。そして今日、出勤したら私の机に紙袋が・・・中にはチョコレートとカード。そうか!!今日はホワイトデー!!すっかり忘れていた。ホワイトデーに、個人的に「お返し」をいただいたことなど、初めてだったからとてもドキドキした。もちろん送り主はKさん。カードには、心があったかくなるメッセージが書いてあった。そしていただいたチョコレートは、私好みのとってもカワイイものだった。お店に数あるチョコレートの中で、私にと選んでくださったんだろうとうかがえる一品。それがすごくすごくうれしくて、胸がいっぱいになった。Kさんのような人に、私は今まで出会ったことなかったのだろうか?!いや、そんなことはない。出会っていたはずだ。出会っていても、私はその魅力に気がつかなかったのだ。だから、今、Kさんの持つ「大人の魅力?!」のようなものに魅かれた自分が、少し大人になった感じがしてとてもうれしい。自分で自分が好きになる人に、自信が持てなかった今までの私。だけど、今はちがう。私の眼が、心の目が、「澄んでいる」ことを私は知っているから。どんなにがんばっても、自分に自信が持てなくて、自分が好きになれなかった私。自分に安心できるようになってから、自分のことを大切にできるようになってから、私の周りで少しずつ少しずつ、いろんなことが変わり始めている・・・。今までは、見えなかったことが見えるようになり、感じられなかったことが感じられるようになり、以前よりもずっと自然に生きられるようになり、アタフタすることも、感情の浮き沈みもずいぶんと少なくなった。そして何より人にも自分にも優しくなれた。そんなちょっと素敵な私の「これから」が、なんだかとても楽しみであったりする今日この頃。ちょっと誉めすぎ・・・な気もするけれど、たまにはいいよね?!許してください。みんなが大好きです。いつもありがとう。真っ白い3月のなごり雪に想いをのせて・・・あなたまで届きますように。*************♪なごり雪/イルカ 作詞:伊勢 正三 作曲:伊勢 正三 汽車を待つ君の横で僕は時計を気にしてる季節はずれの雪が降ってる東京で見る雪はこれが最後ねとさみしそうに君がつぶやくなごり雪も降るときを知りふざけすぎた季節のあとで今春が来て君はきれいになった去年よりずっときれいになった動き始めた汽車の窓に顔をつけて君は何か言おうとしている君のくちびるがさようならと動くことが こわくて下をむいてた時がゆけば幼ない君も大人になると気づかないまま今春が来て君はきれいになった去年よりずっときれいになった君が去ったホームにのこり落ちてはとける雪を見ていた今春が来て君はきれいになった去年よりずっときれいになった去年よりずっときれいになった
2006/03/14
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春の足音が聞こえる。新芽が顔を出し、春の香りがする。そして春の息吹を感じる早春の今日この頃。時はとどまることを知らず、流れてゆく。冬は確実に過ぎ去り、春は確かにやってくる。私の部屋の窓際には、ポトスの鉢植えがある。引越しをして落ち着いたころ、どうしても部屋に「緑」が欲しくて、実家の食卓テーブルで水栽培されていた小さな葉を持ち帰り鉢に植えた。植物を育てることに初心者の私でも、ポトスなら枯らすことはないだろうとのこと。窓際に置いて、土が乾いたらコップに半分程、お水をあげる。秋が来て冬が来て、葉が増えるという様子もなく、青々と元気いっぱい!!というわけでもなく、かといって、枯れるわけでもなく、何を考えているかわからないポトス。毎朝カーテンを開けてポトスに陽を注ぎ、私は学校へと向かう。ある日の夕方、学校から戻ってカーテンを閉め、ふとポトスの様子を見たら、葉がぐんぐんと伸び、葉の色が濃くなり、葉がどんどん増えてきている!!突然の出来事だった。「春」を近くに感じた瞬間である。春が来る。肩の力を抜いて、心の力を抜いて、自然に生きていきたいと願う。思うことはたくさんあるし、悩むこと迷うこと不安になることもたくさんある。そう、毎日毎日色んな感情に襲われるけれど、信じるべき自分をしっかり信じて、とことん信じて自分を育てて生きてゆきたい。人は皆、何かしらの「使命」持って、生まれてきている。それが何なのか、明確にはわからないけれど、どんなことにも「意味がある」のだから、人生そのものに何らかの使命があると、私は思っている。そう、私の部屋のポトスが、水栽培からしっかり土に根をはり、ある日私に春の到来を知らせてくれたように。私にはまだまだ叶えたい夢がある。あせることなく、ひとつひとつ咲かせてゆこう。その過程の中でこそ、課せられた使命が果たされてゆくようなそんな気がする。誰かのとなりを歩くとき、私は常に相手の左側を歩く習慣がある。先日何気にそれを指摘された。「○○○ちゃんて、 並んで歩くときいつもこちら(左側)にまわるよね」と。ずいぶん昔、6年間おつきあいをした彼がいた。彼は一緒にいる時いつも私の右側にいて、常に私の右手をつないでくれていた。歩いている時も、電車に乗っている時も、映画を見ている時も・・・。車を運転している時ですら、右手はハンドルを左手は助手席の私の手をつないでくれていた。唯一タバコを吸うときだけ、彼はつないでいる私の右手を自分の左腕に絡ませてから、左手でタバコを吸っていたっけ。彼が私の右手を離したあの日から、私の右手を握ってくれた人はいたけれど、あんな風に馴染むことはなかった。季節は何度も巡りまた春がやってくる。そしてそこには、いまでも相手の左側にまわって歩く私がいる。この切なさもまた、過去の産物なのだろうか。いろんな想いが心に巡る早春の日。
2006/03/12
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私が苦手とする分野・・・それは何かを純粋に「楽しむ」こと。私の持つ優等生気質が邪魔をして、何かを純粋に楽しむということが苦手な私。何かしらに対して常に「頑張って」いなければ不安になるのだ。これって、かなりかなり厄介で、自分で言うのもなんだけれど、可哀想な性格だと思う。でもでも、そういう自分の一面に、このたびあらためて気がつくことができて、よかったと思える。そんな素直な私もまた、「私」だったりする。私って、本当に生真面目だとつくづく。とくに仕事となると、絶対に手抜きができないし、能力以上のことをしようとしてしまうことも多々。そんな自分に、今まで随分と苦しめられてきた。リラックスの仕方もわからないし、おかげで「肩」凝りにも「心」凝りにも、常に悩まされている。最近もまた、自分の中に、モヤモヤしたものが広がって、心が晴れない日々が続いていた。「今」を感謝しながらも、「今」を心から楽しむことができずに、心も体も冴えないまま一ヶ月あまり・・・。学校の仕事の更新時期と重なり、あれこれ考えすぎて本当にどんより。学校側は、私をなんとしてでも引きとめようとしてくださるものの、私はそのあまりの評価の高さに怖くなってしまった。派遣会社の担当さんは、これほど学校側が契約の継続を切望しているのに、(派遣にしては)とても手厚い条件なのに、私が更新を躊躇していることに、不可解そうで、最後には何となく怒り気味?だった。必要とされていることはうれしいけれど、半面、これからのことを考えると、派遣という立場ではなく、もっとちゃんと根をはって仕事をしたいと思ったり、MCとしてのこれからのことを考えたり、考えれば考えるほど、どうすればよいかわからなくなり、答えが出ない。ないものねだり・・・は不幸の元。隣の芝が青く見える・・・も不幸の元。それよりも、愛すべき「今」を楽しみ愛すること。見えない未来は不安だけれど、未来が見えたらつまんないもんね。霧が晴れたら、やっぱり私の「今」はすごくキラキラしてた。今日は学校のお仕事をお休みして、大きなステージ司会の仕事をしてきた。23組の素人さんが次々に登場する芸術祭。マジックあり、新舞踊あり、日舞あり、ダンスあり、コーラスあり、落語あり、カラオケあり・・・平日ということもあり、出演者の年齢は高かったけれど、皆さん今日のためにお稽古に励んでこられたようで、その成果を生き生きと魅せてくださった。舞台監督さん、音響さん、ADさん、実行委員さん、ボランティアスタッフさん・・・たくさんの人たちが連携して、それぞれの務めを果たす。もちろんMCである私もその環の一員。多くの方のエネルギーを感じることができて、とても幸せな一日だった。分単位でタイムキープしながら、舞台転換満載で段取りもたいへんだったけれど、「疲れた一日」ではなく、「エネルギーを充電できた」一日だった。そう、この仕事が辞められない理由。人と人とをつなぐことで、他の誰でもない私自身が元気になれるから。そして、心の「しもやけ」が治りだした途端に、周囲からの働きかけがあったり、滞っていた色んなことが動き始めるから不思議。今日は、純粋に「今」を楽しむことができた一日だった。うれしいことや楽しいことだけではなく、色んな感情を、色んな現実を、日々素直に受け止めて消化することができればいいな。今を楽しむ!!ありがとう。おやすみなさい。
2006/03/03
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最近思うこと。それは自分の中にある「軸」のようなものが、ぶれてきている・・・ということ。ここのところ、何かにつけてとても気持ちが不安定で、気持ちが不安定だと体まで不安定になる。その極みで、先週末は何もする気が起きず、どんよりモードで、丸二日間ほとんど外出もせず、お家にこもっていた。ひたすら眠り続け、少し食べてはまた眠る・・・という生活。心と体が望むままダラダラと過ごしたけれど、疲れは一向に取れず、それどころか、どんよりモードに拍車がかかった。おかげで、週明け月曜日の重たいことといったら。そこで考えました、私。この「重さ」のワケを。3年ほどどっぷりと所属をしていたMC事務所を、悩みに悩んだ末に辞めてから丸一年。あわただしかったけれど、自分の中に明確なビジョンを持ち、それに向かって進んできた。そしてそれはほぼ、完璧に近い形で達成されている。けれど、その中で、「これでいいのか?!」という想いが芽を出し、寄せては引く波のように心に打ちよせてきている。学校での仕事、MCとしての仕事、実家のこと、プライベート・・・とにかく色んなことが中途半端で、どこにも根を下ろせていない自分に気がついたとき、「軸」のブレの原因がここにあると思った。あれこれ抱え込みすぎて考えすぎて、さらに焦りも加わって、この先のビジョンが定まらなくなってきている。願い事は願わないと叶わない。目的地がないと、船も飛行機も車も人も進めない。このままだと、迷子になってしまう。立ち止まって、自分を建て直し、ビジョンを描きなおして、次のステップへ進まねば。どんなことも、何に関しても、「原因」と「結果」がある。「今」とはまさに、過去の産物であり、今までの生き方がもたらしたもの。そして、これからのビジョン・・・それが、結果として未来となってゆくのだから。さて、私は半年後、1年後、5年後、10年後・・・どうなっている?
2006/02/28
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私が平日勤務している女子校の前には、とても急な坂道がある。それはそれは本当に急な坂で、高めのヒールをはいている私は、常にそこを避けて、もっと手前にある階段を利用しているくらいだ。私の友達の中に、ここの学校の卒業生がいる。現在の私の勤務先であり、彼女の母校である、この学校の話題で先日盛り上がったところ、彼女からこんなエピソードを聞いた。「中学生のころ、 あの坂がいったい何度あるか、 数学のH先生が測ったことがある」と。H先生は、現在、入試担当として、私がいる事務室のすぐ隣のお部屋にいらっしゃる。来客や電話も多いため、毎日何かと関わりがある先生だ。H先生は、同じ事務室の先輩曰く、頭が切れてやり手のツワモノ。だけど私が見る限り、そんな働き者という印象でもなく、何を考えているかわからないし、結構いい加減で、私はとにかくよく振り回され、好印象を受けたことなどなかった。だから、彼女から坂のエピソードを聞いた時、ちょっと意外だった。あの坂の角度を測るだなんて、なんとユニークな発想なんだろう!!と。今朝、偶然にもH先生と印刷室で二人きりになった。業務的なこと以外、あまりお話をしたことなどなかったけれど、思い切って先生に声をかけた。「H先生。 私のお友達にここの卒業生の子がいるんですが、 先日、そのお友達から、先生が数学の授業で、 学校の前の坂の角度を測ったという話を聞きました。 その友達は、今でもそれをハッキリ覚えているらしいです。」と。先生はとてもうれしそうに、「そんなことを覚えてくれているなんてうれしいなぁ」と言った後、「で、あの坂、何度くらいあると思います?」と私に質問をした。そしてH先生はその坂の角度について、私にその場でプチ抗議をしてくださった。その話をしている時のH先生の瞳は、キラキラ・キラキラしてて本当に吸い込まれそうだった。「少年のような目」とはよく言うけれど、坂の角度について語る先生の目は、紛れもなく少年のようだった。いつも私が見るH先生とは別人。先生の話に、そして何より先生の瞳にエネルギーを感じ、体が心が温かくなった。たったそれだけのことではあるが、上手く言葉にできないほどに、魂が揺さぶられた出来事だった。今から15年以上前のエピソードが、時を越えて人と人の間で蘇り、そして、それを語る先生のエネルギーが掛け合わされた瞬間、そこには例えようのない不思議な世界が存在した。何がどうなって、そんな風になったのかはわからないし、先生にとっては、なんでもない話なのかもしれないけれど、私にはショッキングとさえ言える、不思議体験だったのだ。今日のあの数分間の、坂の角度を語るH先生の瞳を私は忘れない。そして、私もまた、そんなキラキラした瞳を持つ人でありたい。言葉と声と表情と・・・・私のすべてで、そこにいる人たちを、別世界へいざなうMCでありたい。学校の前の坂道・・・毎日避けて通ってはいるけれど、私にとってもなんだか、とても愛しい坂道となりつつある。
2006/02/21
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昨日、完全無農薬・有機栽培のカリフラワーで、きんぴらとカレー風味の2種類を作った。なかなかおいしく出来たので、学校の事務室で仲良しのMさんにおすそ分け。今日のお昼に食べてもらった。そしたら、「おいしかった☆」って言って下さった。Mさんは、本当にお料理が上手で、私はいつも色んなものをおすそ分けしてもらっている。どれもこれも、本当においしくて、おいしくいただくたびに幸せな気持ちになる。Mさん曰く、「料理は心と感性を磨き生活を豊かにしてくれる」と。その通りだなぁとつくづく思う。一人暮らしを始めて、色々お料理をするようになって、メニューを決めて、材料選んで、素材を洗って、切って、煮て焼いて・・・そのひとつひとつの過程がとても愛しいと思う。心をこめて、一生懸命作ったお料理は、お腹も心も満たしてくれるから。今日は仕事から帰ってから、大根を豚バラブロックと一緒に煮た。昨日の夜から、煮干でダシをとっておいたので、それを使い、後は、しょうゆ・お酒・さとうで味を調えて、落し蓋をしてグツグツグツグツ。これまためっちゃくちゃおいしくできました。大成功!!イエーイ!!明日、Mさんにまたまたおすそ分けで持ってゆこう。作ったものを「おいしい!」といって食べてもらえると、素直にとってもとってもうれしくて、おいしくできたお料理を分かちあうことで、幸せをも分かちあえた気持ちがする。季節の食材は、私たちにその時々に必要なものをもたらしてくれる。冬の根菜は暖かな土の中でエネルギーを蓄え、冬をのりきるための力を私たちに与えてくれる。季節を感じ、季節の素材を食し、暮らしを楽しんでゆこう。つるんと白い大根をお水で洗いながら、なんてカワイイんだろうと思った。暖かな太陽の光をいっぱいあびて、手間ひまかけて育てられたであろう大根。包丁で切ったときの、あの切口の美しさ。自然の恵みを感じずにはいられない。お料理は人を幸せにする。素材を大切にしながら、恵みに感謝しながら、料理の腕を磨きつつ、心も感性もどんどん磨いて、いつかひとつ屋根の下、私が作ったお料理を、「おいしい☆」と分かちあってくれる人と、暮らしの幸せを分かちあおう。
2006/02/06
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今週末は、久々にのんびりとゆっくりと過ごした。これぞ「自分の時間」っていう感じ。予定もなにも入れず、外出もせず、洗濯に掃除・・・それから仕事のレポート作成に励んだ。合間に本を読んだり、メールをしたりお茶を飲んだり。先日行った竣工披露パーティで、完全無農薬・有機栽培の野菜5種をお土産でいただいたので、昨日はほうれん草とブロッコリーを調理。ブロッコリーは茹でて冷凍庫へ→お弁当用。ついでに冷蔵庫にあったかぼちゃも煮てみた。そして、今日はカリフラワーと仲良く過ごした。カリフラワーって見れば見るほど、触れば触るほど不思議な食べ物だなぁと思う。なんかカワイイ。ひとふさの半分は、ゴマ油・しょうゆ・みりん・さとう・唐辛子・煎りゴマで金平に、もう半分は、オリーブオイル・酢・しょうゆ・酒・カレー粉でカレー風味に。両方ともなかなかおいしく出来ました。明日は、大根と豚バラブロックで角煮風にぐつぐつ煮てみよう。あっ、完全無農薬・有機栽培の大根だから、皮まで食べられそうだし、皮はまたまたにんじんと一緒に金平にしよう。楽しみ。楽しみ。最近私が新しく出会う人たちは、皆、自分をしっかり持っていて、夢をしっかり持っていて、それに向かってたくましく生きている。夢という夢はなくても、「今」をしっかり生きて、生活を人生を楽しんでいる人たちだったりする。まぶしいぐらいキラキラしていて、私はそんなひとりひとりが大好き。一緒にいると圧倒されることも多いけれど、よい意味で人生に「貪欲」でハングリーだ。私自身はというと、貪欲でもハングリーでもない気がするけれど、自分の中の方位磁石でもって、行きたい生きたい方向はぶれてはいない。自分を大切にできるようになってから、自分を好きになってから、不思議なくらいに、私を取り囲む環境が、出会う人たちが、大きく変わってきたような気がする。自分が変われば周りも変わるというのは、こういうことを言うのかな。私はやっぱり完ぺき主義で、それゆえ、ときに自分をストイックに追い込む。そういうところは、やっぱり変わらないし、仕事をしてても、ついつい自分に完璧を求めてしまう。だけど、実際の私は、不器用で何かにつけて遠回り。完璧主義と実際の自分とのハザマで、苦しくなるのがパターン化している。それでも、最近はそんな自分も良いのではと思う。不器用なところは、何事にも「全力」「一生懸命」でカバーしているし、可愛くない分、愛嬌でカバーしているし、それはそれで私の良いところかな。本日、我が家(部屋)へお客様が遊びにきてくれた。19時くらいから2時間半ほど、あれこれとおしゃべりをした。何のおもてなしもできず、出したのは私のお気に入りのハーブティだけど、お客様は、時間がとってもゆったり流れる家(部屋)だね・・・とご満悦でお帰りになった。私は自分のこの部屋がとても気に入っている。とてもリラックスできるから。だから、お客様も同じようにそう言っていただけると、私はとてもうれしいのだ。最近私はとてもとても心が安定していて、私からは幸せオーラが放たれているはず。それでも時々、昔、力の限り心の限り大好きだった人のことを想い出したりして切なくなったりもする。でも不思議なくらいそれが遠い遠い昔のことで、その当時のことと今がまったく結びつかないのだ。まるで前世のことのように思えて仕方がない。どうしてかなぁ。過去があって今があるのに。夕方、友人Kから電話があった。電話に出るなり、開口一番「ラジオおめでとう」と言ってくれた。彼女は本当に私のことを良く知っている。私が何に心を痛め、私が何を心に病み、私が何に苦しみ、私が何を思い悩んでいるか、いつも本当によく理解してくれている。だから今日も「ラジオおめでとう」って最初に言ってくれたんだと思う。多感な学生時代を共に過ごし、私が切なく振り返る想い出の各場面には、彼女もたいてい登場する。今日の電話でKは私にこう言った。「A(私)の二番目に叶った夢はラジオやん。 そしたら一番最初に叶った夢って、 ○○○・・・やんな?!」と。Kの言うとおり、私の一番最初の夢は、全身全霊かけて大好きだった彼が叶えてくれた。彼女はそれを本当によく知っている。そう、私がどれくらい彼が大好きだったかを、彼女は本当によく知っている。いや、知ってくれている。そして、覚えてくれている。こうしてどんなに月日が流れても、切なく蘇る感情を一緒に分かち合ってくれる友がいることを、私は本当にうれしいと思うしありがたいと思う。彼女はいつでも、あの頃の私の証人になってくれる。ありがとうね、K。いつもバタバタ慌しく暮らしているせいか、今週末たった2日間、ひとりでのんびり過ごしただけで、日常から離れて、どこか別の国に行っていたようだ。明日からまた学校勤務。毎日毎日の積み重ねが、明日を連れてきてくれる。そうね、今日の気分は・・・↓♪風に吹かれて 作詞 : YUKI / 作曲 : 恩田快人 あなたに前もらった 詩集が失くなったの 後ろのページに挟んであった 私の似顔絵 よく似てて笑った しゅんとして歩いてる 背中たたいてくれる 踏み潰されてるしぼんだ風船に 息を吹きかけてる 泣くことを諦めて 前も見えなくなって 電話も出ないで 風の音だけ聞いてたこともあったわ 夢中になりたいから 人を好きになるから 忘れてゆくもの 捨ててゆくもの 私が信じたもの 足跡を残して旅する 素敵な匂いのリズムは ちぎれやすい心 つなぎとめる デコボコで暖かいの 変わってゆく私も 変わってく景色も イタズラに時をすべって もし生まれ変わって 違う私でも 永遠に 銀河の風に吹かれて・・・ 強い瞳に憧れて 追いかけた カラッポの胸が つらくって 夢のカケラ達 元気に出ておいで -どこまで 行こうかな?- 失くした詩集を見つけたの 懐かしくてページめくる まだあの絵が挟んでる気がして 本気で探しちゃった 変わってゆく私も 変わってゆく景色も イタズラに時をすべって もし生まれ変わって 違う私でも 永遠に 銀河の風に吹かれて・・・
2006/02/05
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願いごとは願わないと叶わない。理屈から言えば、当たり前かもしれないけれど、私は今、本当にそう思う。ありのままの自分が、ありのままの姿で、ありのままの想いで願うとき、その願いは、どこからか叶えられる。目先の願いや、都合のいい願いや、何かの手段としての願いではなく、心の奥で、本当に心から自らが願う願い事は、しかるべき時が来たときに、しかるべきところから、叶えられて行く。小さい頃から、色んな願いごとをしてきた。好きな男の子と同じクラスになりますように・・・試験に合格しますように・・・などなど。叶ったこと叶わなかったこと色々あるけれど、自分でも気がつかないほど、心の奥で望んでいた願いは、時間をかけて、ゆっくりゆっくり、確実に叶っていることに気づく。表面的に願っていることは、心の奥にある願いを満たすための、手段でしかなかった。私の中で静かに燃えていた野心。それは、とにかく大物になることだった。何でもいいから、とにかく有名になりたかった。どうしてそんなに有名に大物になりたかったのか、自分でもその理由はわからなかった。でもあるとき、それは自分の自信のなさから来ていることに気がついた。何をしても自分に自信がなくて、自分を好きになれなくて、頑張っても頑張っても納得できなくて、自分に対する人の評価がすべて。そんな中で、いつもいつも彷徨い歩いていた私にとって、自分を安心・納得させるためには、誰がみても最高の評価をしてもらえるくらいの大物に有名になることしかなかったのだから。ありのままの自分を好きになれたとき、ありのままの自分にマルをつけられるようになったとき、自分を大切にすることができるようになったとき、心が安定し自分に安心すると同時に、有名になりたいとも大物になりたいとも思わなくなった。失敗を恐れることも、必要以上に強がることもない。常に等身大の自分で何事にものぞんでいる。それで良いのだ。私の行く場所場所で、私が奏でる言葉と声で、一人でも多くの人が、何かしらのエネルギーを感じてくださるとき、私も同時に心が満たされてゆく。たとえ自分自身に元気がない時であっても、言葉を声を奏でるとき、他でもない私自身が癒されていく。そして私を生かす力となる。ラジオパーソナリティになり、仕事の幅もどんどん広く大きくなっているけれど、それらはすべて、私がずっとずっと願ってきたこと。今までの苦い経験は、すべて血となり肉となり、私の土台となっている。そして、私は今どこにいても、愛する人たちに囲まれている。私もまた愛する人たちに、愛していただいている。そんな栄養たっぷりの土壌で、今までにない大きな私だけの「花」が咲く。どこで何をしていても、心に響く仕事がしたい。緊張して頭が真っ白になって、進行を進めることに必死になっていても、体調が悪くても、元気がでなくても、どんなときでも、心に響く仕事をしたい。それは「頑張る」ことではなく、私という「人間」から、ほんのりと香るようなものであってほしい。今日も学校の仕事を休み、あるホテルで仕事をしてきた。某会社の新社屋竣工披露パーティの司会。取締役社長、銀行の頭取、総支配人・・・などなど、おじさま方がたくさん出席される中、挨拶やら表彰やら乾杯やらややこしくて、とにかく緊張でカチンコチンになってしまった。気の利いたコメントなど何もできず、進行するだけでいっぱいいっぱいだったけれど、私が司会をしたことで、何かしらの付加価値があったと勝手に思うことにした。とにかく無事に終わって本当によかった。まだまだ反省だらけだけど、少しずつ技術を身に付けてゆきたい。今、また心に願っていることがある。これもきっと叶うだろう・・・そう遠くない未来に。心豊かに生きてゆこう。自然に。自然に。
2006/02/02
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昨日は学校の仕事を早退して、某市民会館である調印式MCの仕事に向かった。政治色のかなり強い式典で、来賓や主催者・・・登場人物は、長い長い肩書きをもつ人たちばかり。国会議員さんもたくさんいたし、私の仕事は進行はもちろんのこと、ひとりひとりの名前を読み上げ紹介するという大役。しかも、紹介名簿は本番が始まってもあがってこない。プログラムはどんどん進み、いよいよこの次が調印式!というところで、議員さんの挨拶の途中、舞台の袖から手招きされそっと下手に戻ると、ディレクターと関係者さんが私に平謝りしながら「本当に申し訳ないんだけどこれが名簿なんです」と。渡された用紙を見て目が「点」。だって殴り書きに近い字で、肩書きだけで横幅全部をしめてしまうような名前が数十人。用紙にして4枚。そのうちの1枚は裏に書いてあるヒドサ。ありえない。とりあえずその場で下読みをして、汚くて不鮮明なところをチェック。そうこうしていたら議員さんの挨拶が終わり、私はMC台に出た。「それでは団体代表の皆さんを紹介します」と、十数人の人の名前を読み上げ始めた。読み上げた名前の人たちは私の後ろで、私が名前を紹介すると立ち上がり一礼される。時間にして5分以上はかかっただろう。私は見事に噛むことも読み間違うこともなく乗り切った。我ながら奇跡に近いと言える。実力というよりも、何かに取り付かれているような感覚?!私の後ろには、お偉いさんたちがリボンをつけて座ってるし、客席は2階まで満員御礼だし、そんな中、スポットを浴びながら、殴り書きの原稿を手元に私はひとりひとりをにこやかに紹介。いつの間に私は、こんなにたくましくなったのかなぁ。知らない間に、少しずつ実力も培われているんだなぁ。調印式が無事にすみ、関係者の方々に挨拶をして帰ろうとしたら、「いい司会やったわぁ。ありがとう。またお願いします」と、式で使った大きな大きな花束を役員さんが私にくださった。聞けば、去年の秋に行った市民祭りのステージで、私の司会を見ていた役員のおばさまが、私に惚れ込んで、今回も是非と呼んでくださったというのだ。そのおばさまが打ち合わせの時に、「今日の司会者の○○さんです。 去年市民祭りでもお世話になりました。 とっても愛らしい人です。」と私を他の役員さんたちに紹介してくださった。愛らしい人・・・☆思いがけずにいただいた素敵な誉め言葉に大感激。とってもとってもうれしかった。こうして少しずつ少しずつ、なりたい自分に近づけていることに、幸せを感じる今日この頃。私はすでに二つも夢を叶えたけれど、もっともっと自分に磨きをかけて、もっともっと素敵な自分になってゆきたい。そして、もっともっとたくさんの人の心に、言葉と声と笑顔でもって、温かい灯りをともしてゆきたい。
2006/01/28
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ここのところものすごく忙しく、時の流れについて行けてない状態。あたふたあたふた!テンテコマイ!仕事が激増し、規模もどんどん大きくなって行く。怖いくらいに。去年、ひょんなことから出会った現在のMC事務所。大阪に無数にある事務所の中で、それはまるで、引き寄せられるような出会いだった。「偶然」と一言では片付けられない程に運命的。私の心を満たしてくれる事務所なのである。目に見える形で、耳に聞こえる形で、心に響く形で、私のことを「大切」だと言ってくれる。私の個性を最大限に評価し、ありのままを認めてくれる。私の想いに「心」で応えてくれる。出会ったばかりのころは、何を言われても信じられなくて、いつも「そんなわけない」と疑心暗鬼だった。自分ででも、自分のことを信用していなかったんだから、無理はないけれど。自分のすべてに対して頑なだった私。そんな私を事務所は温かく包み込んでくれた。そして、MCとしてだけではなく、一人の人として、自分で自分を大切にできる、ありのまま自然体で生きる、ふんわりと柔らかい今の私がいる。それでも、あまりにも忙しくなると、毎日クタクタになり、まず食生活が乱れだし、生活自体が乱れてゆく。朝も目覚めが悪くてつらい。気持ちもしゃきんとしない。だけど、こんなときこそ首根っこを引っつかんで、顔をあげようと思う。「虫」の視点ではなく、「鳥」の視点でありたい。はいつくばっているなと感じたら、顔をあげよう。心をあげよう。昨日はラジオの2回目の放送日。念願叶ってスタートした番組だけど、「楽しい」「うれしい」よりも、「難しい」が先行する。イベントとちがい、ラジオは聞いてくれている人の顔が見えない分、とても難しい。明るく元気に・・・でも、情報は正確に伝えてゆきたいと思っている。まだまだこれから精進ね!!ラジオはネットで少しずつ更新されると思うので、また聞いてね。私が現在暮らしている部屋には、カギが一つしかない。セキュリティー上、不安なので、近いうちもうひとつカギを増やしてもらおうと思っていた。引越ししてから約半年。そろそろ本気で業者に依頼しようと思っていたら、昨日ポストに「カギの取り付け・地区合同工事」の案内が。すぐに電話したら今週の土曜日、お値打ちな価格でカギを取り付けてもらえることになった。必要なものが向こうからやってくるなんてラッキー♪♪♪さらに、今日の帰宅途中。地下街を歩いていたら、おじいさんと女子高生二人が、地下通路にはいつくばってなにやら探していた。コンタクト落としたのかな・・・?と思ったものの、見た感じおじいさんの落し物を、女子高生が探してあげているような様子だった。道行くたくさんの人たちは、その光景を横目で見ながら通り過ぎてゆくばかり。私もそのまま通過しようとしたが、なんとなく気になって、女子高生に「何を探しているの?」と聞いてみた。すると「コンタクト」と・・・やっぱり。私もコンタクトをしているから、コンタクトをなくした時のショックはよくわかる。それで、一緒に探してあげようと腰をかがめた瞬間、私の目線の下にコンタクトが!!「あった!!」と指をさしたら、女子高生が駆け寄ってきた。「よかったね」と一言いって、私はその場を立ち去った。私って幸運の女神じゃん♪♪(後から考えたら、 おじいさんが女子高生のコンタクトを探してあげてたんだね)小さな喜び、小さな優しさ、小さな笑顔、「磁石」になって色んなものを引き寄せる。私の中にあるキラキラ光る磁石・・・大切にしなくっちゃね。
2006/01/26
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365日毎日きっとどこかで誰かの記念日。そしてそして、今日は私が主役の特別な日。だから今日は、自分で自分を思いっきり大切にしようと決めていた。そう、今日は私のお誕生日だから。たくさんのお友達から、バースディメールやバースディカードが届いた。私が生まれた日を「おめでとう」といってくれる人がいること。そうか、私がこの世に生まれたことは、「おめでたい」ことなんだね。ありがとう。不思議なことに、生まれてから今日まで、歳を重ねるごとに自分が開花し、幸せ度が増している私。とくにここ数年は、行く先々で色んな人に大切にしていただき、好きなことを仕事にできて、充実した生活を送ることができている。いくつになっても、両親には心配ばかりかけているけれど、今まで大切に育ててきてもらったからこそ、周りに重宝してもらえる今の私がある。この世に生をうけ生きてゆく上で、一番大切な「心」を両親は私に植付け、そして大きくはぐくんできてくれた。そして、この「心」こそが私が両親からもらった、決して誰にも盗まれることのない、決して色あせない「財産」である。今日いただいた最高にうれしかったメッセージ。「いつもいつも私に向けてくれるあなたのスマイルは、 パッと咲いて弾けるさわやかな炭酸ドリンクみたいに いい気分にさせてくれる。それは、 何にも変えられないあなたの宝物だと思います。 一生のうち、 どれだけの人に出会えるかわからない中、 神様に選ばれ、 あなたに出会うことの出来た大きな幸せに感謝しつつ、 今日このすばらしい日に乾杯!!」「出会えてよかった」と言ってもらえることの幸せをかみしめながら、そんなかけがえのない自分を、これからもい~っぱい大切にして、笑顔の花を咲かせながら生きてゆこう。私を愛してくれる、私が愛している、すべての皆さんへ・・・私が、今、ここにあるのは、そう、あなたがいたから。「ありがとう」の心に幸せがあふれる。♪君がいたから FIELD OF VIEW抑えきれない想いや人が泣いたり 悩んだりする事は生きてる証拠だね笑いたい奴らには 笑わせておけばいいさ僕らは風に吹かれよう感じ合えば すべてがわかる言葉はなくても何度もくじけそうになってここまで来たんだoh 今 僕らの心はひとつになる振り向けば いつも 君がいたからドアを開けて中に入ろうとしても入口が見つからなくて 誰かを傷つけたそんな時 友達が自分より偉く見えたよ僕はちっぽけな存在だったまるで鳥になったみたいに自由にはばたくよ何が正しい 何が間違っているのかなんてoh 大勢の中に居ても 孤独を感じていた目を閉じると そこに 君がいたから輝く季節の中で 夢は藍く染まるだろう失うものは何ひとつない愛さえあればoh この世界に 踊り続けるしかないのか心の中に 君がいたから
2006/01/20
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今日はいよいよ31歳の最終日。私の人生が60年だとしたら、ちょうど折り返し地点だといえるだろう。物心ついたころから30年間、自分が好きになれなくて、自分に自信がなくて、いつも自分を責めてばかり。どんなに頑張っても、自分を認めることができない。心の奥はいつも孤独で不安・・・・私はそんな淋しい人間だった。だけど、32歳を明日に控えた今の私はちがう。今、私は、自分のことがとても好き。良いところも悪いところもひっくるめて、自分を受け入れることができている。そしてどんな自分をも認め、そのすべてを信頼している。自信も持てるようにもなってきた。落ち込むことも随分と減ったから、心も安定するようになった。心が正常だと、雑念が入らず物事を冷静に判断できる。ひょっとしたら、やっと私も、「大人」の仲間入りができたのかもしれない。31歳の一年は、まさに「出会い」と「答え」の年だった。自分で手繰り寄せた出会いもあるけれど、出会いが出会いを呼び、その出会いが私の夢をも実現してくれた。この一年間で、私にもたらされた「出会い」は、人、もの、出来事に至るまで、とにかくとにかく最高!!そして、自分を見つけられず、さ迷い歩いていた地獄のような日々に「答え」がもたらされ進むべき道が照らされた。そんなこんなも、きっと今まで何からも逃げずに、向き合ってきたからかもしれない。苦しいことからも、淋しさからも不安からも、私は一度も逃げずに向き合い必死で乗り越えてきた。頑張ってきたものね。今までの人生を振り返れば、私は何かにつけて、周りの友達に比べて少しずつ「遅い」。例えば「初恋」例えば「お化粧」例えば「恋愛」例えば「自立」どう考えたって、「結婚」「出産」だってそう。(これは未だ未経験分野だし・・・)精神的に大人になることだって遅かった。でも、やっとやっと「咲いた」ときの「花」は、どれひとつとっても、とてつもなく大きく実りあるものばかり。そう、私は「遅咲き」の幸せものと自負している。2つ目の夢であったラジオ。私の初ラジオを聞いてくれた友人の皆さんが、「こっちまでドキドキしたよ」とか、「こっちまでうれしくなったよ」とか、「明るさと元気が伝わってきたぁ」とか、言ってくれた。こういう形で、愛する皆さんにハッピーをもたらせたことがすごくうれしくて、その瞬間、私は本当の意味で夢を実現できたと思っている。ラジオのパーソナリティになって、電波を通して皆に元気を届けたい!!と、願っていたんだから。あてもなく続く日常の中で、私の声をラジオを通して聞いて、友人の皆さんが「A(私)も頑張ってるねんなぁ・・・私も頑張ろう!!」と思っていただければ本当に本当にうれしい。公共の電波を使ってはいるけれど、やっぱりね、まずは身近な皆さんにハッピーを届けたい。人生、折り返し地点。ようやく自分自身の地盤固めができた。明日からは、しっかりしっかり固めたベースを元に、大きく大きくジャンプする。自分を大切に、そして皆を大切に、あらゆるものを思いっきり愛して生きてゆこう。そして、3つ目の夢を叶えるのだ。31歳最終日。今現在の「私について」でした。
2006/01/19
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1・1・1と1が三つ並んだ日。2006年1月11日午後7時その夜、私の「夢」が叶った。電波に乗って、私の声が言葉が放たれた。ラジオのパーソナリティとしてのデビュー。ミニFMで25分の番組だけど、思いのまま思いっきりしゃべって、とっておきの1曲をかけた。中学生の頃、ラジオのパーソナリティになりたい!!と、心に抱いてから20年近く・・・。まさか本当に本当にこの日がやってくるなんて自分でもビックリする。ここまでくるのに、どれほどの長い道を歩いてきただろう。ここまでくるのに、何度倒れそうになったことだろう。待ちに待った瞬間だったのに、放送前も放送中も、緊張することもなくドキドキもなく、ただただ「夢中」で「無心」。私をここまで導いてくれた人たち・・・私を励まし支えてくれた人たち・・・私と出会ってくれた人たち・・・そんな愛すべき皆さんひとりひとりがラジオの前にいる・・・そんなわけないのに、そんな気がして。「ありがとう、私はここにいるよ」と心の中で皆に手を振る私がいた。舞い上がるようなハイテンションでもない。達成感でもない。満足感でもない。あるのは、私が私であるという穏やかな「確信」。今まで探しても探しても見つからなかった自分自身。スタジオには、ありのままの心を言葉で奏でる「ありのままの私」がいた。大きな大きな壁のような扉の前で立ち往生していた日々。今、その扉のカギ穴にカギがピッタリとはまって、ガッチャン!!とカギが回り、扉が大きくオープンしたような気がしている。扉が開いた瞬間、新鮮な空気が体中を心中を駆け抜けた。夢が実現したという事実よりも、それを通して、自分が開放され、また、自分を解放できたのかもしれない。1・11以来、ものすごくゆったりと、ものすごく穏やかに、時間が流れるようになった。肩の力が抜けて、心の力も抜けて、私自身がすごく柔らかくなった。私も「世界でひとつだけの花」なんだと、自然に思えるようになったこと。これは、私にとってものすごく大きな一歩。この世に生まれて、二つ目の夢が叶いました。おめでとう、私。励まし支え勇気づけ応援し続けてくれる皆さん、心からありがとうね。ラジオは放送局のHPにUPされてるから、聞いてみてね(カミマクリだけど)。*******************♪世界にひとつだけの花♪ No.1にならなくてもいいもともと特別なonly one花屋の店先に並んだいろんな花を見ていた人それぞれ好みはあるけどどれもみんなきれいだねこの中で誰が一番だなんて争そうこともしないでバケツの中誇らしげにしゃんと胸を張っているそれなのに僕ら人間はどうしてこうも比べたがる1人1人違うのにその中で一番になりたがるそうさ僕らは世界にひとつだけの花1人1人違う種を持つその花を咲かせることだけに一生懸命になればいい困ったように笑いながらずっと迷っている人がいる頑張って咲いた花はどれもきれいだから仕方ないねやっと店から出てきたその人が抱えていた色とりどりの花束と嬉しそうな横顔名前も知らなかったけれどあの日僕に笑顔をくれた誰も気付かないような場所で咲いていた花のようにそうさ僕らも世界にひとつだけの花1人1人違う種を持つその花を咲かせることだけに一生懸命になればいい小さい花や大きな花1つとして同じものはないからNo.1にならなくてもいいもともと特別なonly one
2006/01/13
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本日より学校勤務がスタート。大晦日の事件以来、とにかく気分が晴れぬまま今日を迎えた。心も体も重くて、ひきずるようにして何とか登校した私。朝6時。カーテンを開けても外は真っ暗。気乗りしないままに、ホットカーラーを巻き身支度。ぼんやりと駅に向かい地下鉄にのる。始業式は明日だから、生徒ちゃんたちの姿はチラホラ。それでも、学校について事務室に入り、事務室の皆さんや先生たちと、顔を合わし挨拶を交わしているだけで、なんとなく気持ちが晴れてきた。中には、私の姿を見かけて、うれしそうにしてくださる先生もいて、それだけでとてもうれしかった。心に灯りがともったように・・・。心の重さ具合は相当だったから、今日は人と目をあわせることすらぎこちなく、そんな私に、周りは気づく様子もなかったけれど、今日は(年始ということもあってか)、誰の目もみんなやさしかったな。やさしさに救われた一日だった。冬休みで滞っていた手続きの処理をするだけで、一日が終わってしまったけれど、ウォーミングアップにはちょうどよかった。食べてゆくためには、働かなくてはならないけれど、「働く」とは単にそれだけではない付加価値がある。オリンピックではないけれど、「参加すること」に意味があり、「生きること」それ自体が素晴らしい。私はどこかで、「いつも元気で明るくなければ」という思いがある。だから、それが出来ないとき、人と会うことが、外に出ることが、本当につらい。だけど、どんな時もあって良いのだから、どんな私も私なのだから、それはそれで良いのだ。そう思えると、今日はとても自然体で過ごせた一日だった。昨日は、ほぼ一日お家にこもっていた。ほとんど誰とも言葉を交わさずにいた。今日は、のべどれくらいの人と言葉を交わしただろう。そして多くの「気づき」があった。人はひとりでは生きてはゆけない。時に、人によって苦しめられ傷つけられるけれど、癒してくれたり救ってくれたりするのもまた「人」なのだ。こんな風に、色んな人と関わりながら、色んなことを見聞きしながら、巻き髪をくるんくるんとはずませ、季節を感じ、人を感じ、今年はゆっくりと暮らしを楽しんでゆこう。なんとも、スロースタートの2006年。こんな「始動」もいいね。結構、好きかも・・・。
2006/01/06
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年末年始も過ぎ去って、人も街も通常モードになりつつある。平和で幸せな年末年始を迎えるはずだった私。事件は大晦日に起きた。世にも恐ろしい親族愛憎劇。もう勘弁してほしい・・・いいかげんに。大晦日の事件の引き金を引いたのは、この私であることに間違いはないけれど、愛する両親を傷つけるものは、何であっても私は許さない。許せない。とにかく、とても嫌な気持ちのままで迎えたお正月。気分は晴れやかなものではなかった。年末の幸せな気持ちはどこへやら、あるのはやるせなさや切なさのみ。やれやれ・・・これじゃ、先が思いやられる。2006年。今年はスピードを落として、ゆっくり「歩く」一年にしようと思う。少々、LOWテンションであってもそれも良し。ありのまま自然体でいたい。もう、めちゃくちゃな無理をするような年齢でもないし。自然な姿で周囲に溶け込み、その中でじっくりと「ほんもの」を見つけ、見極め、大切にしようと思う。去年のモットーは「ありのまま」。今年のモットーは「ほんもの志向」。遠回りは今までさんざんしてきた。もちろん、その中でたくさんのことを学んできた。だけど遠回りはもう十分。別に、近道や抜け道を行こうとは思わないけれど、「コレだ!!」と思う道を、ゆっくりと景色を眺めながら、道中でのさまざまな出会いを楽しみながら、じっくりと歩いてゆきたい。つまらない小さいことにはこだわらない。「ほんもの」志向よ、2006年!!実家よりも、ひとりぐらしのこのマンションのにいる方が、リラックスするのはなぜだろう・・・。とても落ち着く。明日から学校の仕事がスタートする。ぼちぼち、行ってみるとするか・・・。こんな感じで、2006年出発です。それでも、今年はどんな一年になるのかな。楽しみ×楽しみ☆
2006/01/05
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クリスマスを実家で幸せに過ごした後も、私の冬休みはまだまだ続く・・・。まずは、27日→「三十路の会」いったいどこに三十路がいるのか?元気な女性が大集合。話のネタは尽きることはなく、何の話をしたのか忘れるくらいに多種多様。とにかく、飲んで!笑って!しゃべって!3拍子そろった楽しいひととき。それぞれが語った来年の抱負!!これがどんな風に実現しているか・・・来年がとても楽しみね。いつものことながら、今年もあれやこれやと各方面で心配をかけた私。温かく見守り励まして・・・いやいや、見守り続け励まし続けてくれた友だち。その友に、「今年も色々あったけど、 年末にほんとうにいい顔してるね!!」と言ってもらえて本当に嬉しかった。そっか・・・、私って年末にいい顔してる「いい女」なんだ☆(多少、着色しておりますが・・・自負)28日→学校事務で仲良しのMさんとお出かけ。天保山で開催中のミュシャ展を見に行った。---------------------------天保山には、大きな観覧車がある。その昔、「あの観覧車に乗りたい!!」とおねだり?をして、大好きな彼につれてきてもらった。確か寒い冬の日。空気が澄んでいて、観覧車から二人で眺めた夜景がキレイだった。そんな幸せな想い出。---------------------------天保山には、海(港)がある。そこは、人生で初めて大好きな人とデートで訪れた場所。それははるかはるかその昔・・・16、17歳の頃。当時めっちゃくちゃ大好きだった人は、6つ上の大学生バンドマンのお兄さん。今時の高校生とちがって、当時の私は、本当に子供っぽくて幼かったし、6つ年の差というのはとても大きいものだった。彼は私のことを、妹のようにかわいがってくれていたけれど、それでも決して子ども扱いはしなかった。だからその日もデートもちゃんと?してくれた。(最初で最後だったけど・・・)海遊館の裏の真っ暗な海を見ながら色んな話をして、最後の最後に、「オレな、彼女できてん」と言われ、めちゃくちゃショックを受けつつも、「よかったやん」と平然と言ってのけた私。そんなちょっと切ない想い出。---------------------------天保山には広場があって、ミュシャ展に行く途中、Mさんとぶらぶら歩いていたら、中央で大道芸人さんが芸を始めるところだった。聞き覚えのある声、見覚えのある背格好。そう、秋に仕事で一緒だった芸人さん!!一生懸命に人集めをしているけれど、人はまばら・・・。近くまで寄ってみたら、人寄せのお手伝いを探しているようだったので、立候補してみた。彼は私には気がついていない。閑散とした中で、芸がスタート。じっと見つめる私。彼の芸は一度見て知っているけれど、技もトークも以前より明らかに上達していた。いつの間にかギャラリーもどんどん増え、多くの人たちの注目を一身に浴びながら、芸を披露する彼の姿に感動し勇気をもらった。こんなところで、再びお目にかかるなんて、想像もしない偶然に驚くばかり・・・。Mさんからクリスマスプレゼントにいただいたクリスタルのハート。「ほんものの愛をつかんでね!!」と願いをこめて迷わず選んでくださったらしい。いよいよ、来年は「ほんもの」をつかむ。今年はとってもとっても幸せな一年だったけれど、来年はもっともっと幸せな一年になる。色んなところからいただくHAPPYを、元気いっぱいのエネルギーに変えて、多くの場所へ還元してゆこう。記憶のはるか彼方・・・心の奥にある想い出。忘れているようでも、ひょんなきっかけで瞬間解凍され、心を埋め尽くす切なさや愛しさ。ひとつひとつの出来事が、ひとりひとりとの出会いが、私を「今」ここに存在させる。大好きで大好きで・・・・大好きで・・・・本当に大好きだったよ。そして、今、心から言える「好きになってよかった」。以上、年末の「いい女」でした。♪恋する気持ち♪ ひとりよがりだった恋する気持ちはこの胸で燻るなんで 忘れることはこんなにツラくて痛いのあの頃の記憶大切な箱にしまってたはずだと・・・でも 気がつけば甦るまぶしいあの日々をなぜ?あたなのことばかりを考えてしまうんだろうあなたのこと想うと胸が苦しくて・・・なぜ?あなたのことばかりを考えてしまうんだろう終わっていたはずだと想っていたのに・・・そっと・・・そっと・・・KISSをしてそっと・・・そっと・・・交わした約束ずっと忘れないこの片想いは私のとってすごく特別だったなんか あなたのそばにいると自然に笑えたのなぜ?あなたのことばかりを考えてしまうんだろうあなたのことを思うとこぼれる涙あなたのことばかりを考えてしまうんだろう始まってもいないのに恋と呼んでたずっと・・・ずっと・・・いつまでもずっと・・・ずっと・・・愛した記憶はきっとこのまま友達と呼べるまでそう...乗り越えて行こうとこの胸に言い聞かせたでも気持ちは止まらずになぜあなたのことばかりを考えてしまうんだろうあなたのこと早く嫌いになれたらあなたのことばかりを考えなくなるかな?想い出に出来たならうつむかないで・・・きっと・・・きっと・・・あの頃にきっと・・・きっと・・・交わした約束そっと終える
2005/12/29
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22日に年内の仕事をすべて納め、23日から冬休みがスタート。朝から掃除洗濯を済ませ、昼から友人と会い、その夜、実家へ向かった。そう、今年は、私がサンタクロースなのだから。色んなゴタゴタで、きっと家族は心身共に疲れ果てているだろうし、クリスマスを味わう元気もないだろうから、今年は私がサンタになって、心が温かくなるひとときをプレゼントしたい・・・そう心に決めていた。案の定、久しぶりに見た母の顔は,相変わらず憂鬱そうで、父も弟も疲労感が隠せない。心がチクリと痛んだ。24日のディナーは、弟の好きなポテトグラタンとハンバーグ。そして手作りでいちごのケーキを焼いた。みんなが心から元気になるように、我が家に平安が訪れるように願いながら。ずっとずっと、私は家族に甘え迷惑をかけ、ワガママばかりを通してきた。自分の人生を、自由に泳ぎ好き勝手生きてきた。どんな時も冷静に見守り、支えてきてくれた・・・それが家族。だから、今度ばかりは、いや、今こそは、私が底辺で支えてゆきたいと思う。そしてその強さが、今、私に宿っているのだから。クリスマスプレゼントは、家族ひとりずつにあてたクリスマスカード。それぞれに合うカードを選び、心をこめてメッセージを書いた。2005年のクリスマス。いちごがたくさんのったケーキを、家族4人で囲んだこの日を、私はきっと一生忘れないだろう。苦しくても、傷ついても、悲しくても、切なくても、それでも、「生きていてよかった」と思える瞬間が、人生にはちりばめられている。私の家族は私の自慢で、彼らのDNAがギッシリと詰まっていると思うだけで、勇気がわいてくる。何のために生まれて、何のために生きて、何のために出会って、何のために失って、何のために笑って、何のために泣いて、何のために・・・何のために・・・私は「今」ここにいるのか。その答えらしい答えは、今でもわからないけれど、どんなこともすべて「必然」で、どんなことにもすべて「意味がある」。いつもいつも、がむしゃらに走り続けてきたけれど、最近になって、「歩く」勇気をもてるようになった。自分のペースで歩くことによって、周りがよく見えるようになってきた。そして自分のことも、少しずつ少しずつ見えるようになってきた。10年以上ぶりに髪型をかえてみた。クルクルっとゆるやかなウエーブ。不思議なもので、顔も心も優しくなった。今、私に必要なものは、がんばることではなく、心の強さの中の優しさ。その優しさで、家族を友人をそしてたくさんの人を包み込みたい。少し遅くなったけれど、メリークリスマス☆
2005/12/26
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まだまだ短い人生だけど、それでも振り返れば本当に色々あった。いつの時代の私にも、「今」の私を想像することなどまったくできなかった。そう、予測不可能の中で、迷いながらもがきながら、自分で切り開いてきた私の人生がここにある。物心ついたころから、色々と深く考える傾向があった子供時代。何かにつけて悩みが途切れなかった学生時代。カタオモイに心が砕けそうだった青春時代。社会人になって初めて就職した会社では、残業×残業の日々に神経がおかしくなりそうだったし、プライベートでは大好きな彼のこと以外何も見えなかった。会社を辞めてパン屋さんの店長に就任。商売気などまるでないのに、お店を切り盛りする重圧が苦しかった。目の前が真っ暗になって、生きる希望すらなくなった大失恋。自分の中を堂堂巡りしながら、自分を探しに明け暮れた日々。「夢」に向かって動き出したあの頃。こんがらがった「腐れ縁」と、愛する彼がもたらしくてれるひとつひとつが、たまらなくうれしかった「純愛」。そしてあの冬に訪れた二つの別れ。私にはもうコレしかない!!と、「夢」にこだわりしがみつき、理不尽さな世界とやるせなさに、ボロボロになりながらも頑張った日々。そして、今、一番ベストな方法で「やりたいこと」を仕事とし、小さな夢のつぼみが少しずつ膨らんできている。ひとつひとつを断片的に取り出してみると、「本当に苦しかった」ことがたくさん。ノイローゼになるくらい残業に終われてた日々も、あけてもくれても彼のことばかり考えていた日々も、自分を犠牲にしてまで、がむしゃらに夢を追いかけていた日々も、全部全部私にとって必要な時代だった。そんな風に今、漠然と思う。だから、今、たとえ、家族のためにあらゆるものをささげたとしても、それはそれで私の人生のそういう「時代」なんだと思う。家族のことが、これほどまでに私の生活の中心になることなど、なかったことだし、これほどまでに家族のことを考えたこともなかった。こんなことがなかったら、家族の本当の温かさも大切さも、知ることはなかっただろう。そう、家族はどんなときも「味方」なのである。今日の夕方、帰宅と同時に電話が鳴った。父からだった。「今、近くにいるからちょっと寄る」と。ご飯を食べに行こうと言われたけど、「作るから食べて帰って」と言って、父に手料理をふるまった(←そんな大層なものではないが)。ふたりで向き合って食事をしながら、父と私の間に流れる空気はとても自然で穏やかだった。ひとり暮らしを始めなければ、父とのこんな時間を持つこともなかったし、私の母に対する感情のもつれが、解けることもなかっただろう。どんなときも、それを懸命に生きる人の姿は美しい。だからこそ、人生は美しい。
2005/12/13
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私のヨリドコロ・・・それは他でもない「私自身」。自分を信じ、自分を頼りにすることができるようになってから、忙しく慌しい中でも、地に足をしっかりつけて、穏やかに生活できるようになった。今までの私は、自分のことを信じることなどまったくできず、それを補うかのように、がむしゃらに頑張って頑張って・・・。だけどどんなに頑張っても、いつもいつもどこかで不安を感じ、ソワソワ、ドギマギして生きてきた。実家が抱えている大問題は相変わらずだけど、少しずつ少しずつ動き出してはいる。今回のことで私も含め家族全員が、個人レベルで多くの学びと気づきを得た。結局は色んな要素が原因でこうなったわけで、「なるべくして」なった結果なのだ。後悔や反省はあるとしても、それは未来に向かっての前向きなものである。だから私は心配はしてないし、先の長い目で見れば、不謹慎な気もするがこれでよかったのでは・・・とすら思える。どんなことにも、原因と結果が必ずある。私は自分に対して、どこかしら屈折した部分をもっていた。自分に対して異常なほど不信感を持ち、ゆえに人の評価がすべてで、周りに対し超敏感に反応し振り回され生きてきた。私はどうしてそうなのか・・・?!と物心ついた頃からずっと悩まされ苦しんできたが、その原因が「ハッキリ」してからというもの、私は憑き物が落ちたように「スッキリ」し、生まれて初めて、自分の中に「私」という、ヨリドコロとなる大きな幹ができた。言ってみれば、今までは「骨なし」のふにゃふにゃ状態。当然いつもいつも不安定でフラフラ・・・そのくせ大きな荷物を背負いたがる。荷物を背負ってないと不安なのだ。何かを頑張っていないと、自分の存在が確認できなかったから。だけど、今、私は「私」という「骨」を持った。骨を持つことで自分が随分と安定し、ありのままそのまま自分に安心できるようになった。だからもう何でもかんでも闇雲に頑張る必要もない。なぜなら、「私」にさえ任せていれば、「私」は常にちゃんとやってくれるし、予想以上の期待以上の活躍をしてくれるのだから。周囲からの愛情を素直に受け取ることができるようにもなった。誰がどんなに好意的なことを言ってくださっても、「いや、そんなわけない」と、常に批判的に考え素直に受け入れられずにいたけれど、「ありがとう」と心から感謝できる。たとえ何か失敗したり、不本意な結果が生まれたとしても、一生懸命やったんだからとクヨクヨすることもない。そんな私の仕事はとても順調で、他でもない私にというオファーが多発。あちこちの現場で大盛況を収め、一本あたりのギャラも随分とアップした。どの仕事も無理をすることなく自然体で望んでいるから、以前のように変な緊張感もなく、グッタリ疲労困憊してしまうこともない。私のMCとしての「持ち味」「良さ」のようなものも、自分で客観的にわかるようになり、個性を生かして好きな仕事ができていることに、とても幸せを感じる。と同時に、何年かぶりに「私、上達してるワ!!」と実感。人間、あきらめなければ、必ず必ず成長してゆくのね・・・。「私」というヨリドコロを見つけてから、私の世界は大きな変化を遂げ、生まれ変わった気さえする。ひとりでは生きてはゆけないけれど、自分に安心しているかしていないかでは、この先の未来が大きくちがってくるはず。1月から担当することになったラジオ番組。現在、企画書を作成中。小さな小さなミニFMだけれど、ようやくようやく夢が叶う。ネットでも聞けるようなので、始まったら皆さん是非聞いてくださいね。
2005/12/11
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そうそう長くはないけれど、これまでとにかく懸命に生きてきた。あれやこれやと色んなことがあったけれど、現在は、本当に未だかつてないような状況にある。言ってみれば、生活をも脅かす危機にある私たち家族。もちろん私も例外ではない。これからどうなるのか予想もつかない。けれど、とても不思議なことに、私は何の不安も恐怖も感じない。どうなろうが、しかるべき場所へたどりつく。あるべき所であるべき姿になってゆく。これは直感と言えるだろう。色んなしがらみを断ち切って清算するためには、これはこれで一つの決着がついたとさえ思う。これからまた新たなる道が続いてゆく・・・何の根拠もないけれど、そう感じる。必要なものと、それほど必要ではないもの。目に見えるものでも、目に見えないものでも、普通の状態にあるとその見極めは難しい。今、それらがふるいにかけられていて、これから残るのは、本当に大切なものとなるだろう。父と母と弟と私・・・それぞれが強烈に個性的で、今までは心底交わることなどなかった。だけど、今は、家族としてお互いがお互いを必要とし、思いやり支えあっている。そして何よりひとりひとりが、ひとまわりもふたまわりも大きくなった。まぶしいくらいに輝いている。どんなに頑張っても、どうしてもどうしても、自分に自信がもてなくて、いつも不安でいっぱいだった、私。本当の意味で窮地に立つと、人はこうも強くなるものなのだろうか。私は今、自分で自分のことをとても頼りにしているし、自分で自分のことをとても信用している。そして、「私」は私の期待よりもはるかによく頑張っていて、私が思う以上に素晴らしく上出来だ。心底そう思う。どうして今までそれに気がつかなかったんだろう。私は私の信念にそって、仕事をし、人と関わり、生きている。そこに偽りはない。だからこそ、今、引き寄せているものを心から大切に思えるし、いつしか去って行くものを追うこともしない。「自然に柔らかく・・・」これは遠方の友人が私に送ってくれた言葉。今の私は、自然に柔らかく・・・そして、しっかり根をはって生きている。今日は、「木枯らし一番」が吹いた寒い一日。だけど今朝の空は快晴☆色んなことが、きっと「ちゃんと」なる・・・空が木が風が私にそう言っていた。ありがとう。
2005/12/05
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心が壊れるとき、そんなときは不意に訪れる。何の前触れもなく、何の前兆もなく、突然に・・・。私には到底手に負えなくて、どうしようもなくて、ただただ祈ることしか、ただただ現状を見届けることしかできない。実家が抱えている問題。この先どうなるのか予想もつかない。そんな緊張感の中、家族は皆、平静を装っている。家族と離れて住んでいると、余計に気持ちが落ち着かなくて、忙しい中をぬって、先週金曜日に学校の仕事が終わってから、久しぶりに実家に帰った。日曜(今日)には、仕事が入っていたため、ゆっくりできたのは土曜日のみ。それでも家族4人で夕食をとり、母や弟から最近の諸々の話を聞くことができた。聞いたからといって、どうにもならないことには変わりないけれど、何かしらの負担が、3等分から4等分になればと願った。本当に大切なものは、いったい何なんだろう・・・。今朝は6時半起床。身支度をして実家から現場に向かった。今日は、長年お世話になっている製作会社のディレクターさんから、単発で仕事の依頼を受けていた。スポンサーさんも営業担当さんも違うし、果たして大丈夫だろうかと思いつつ、声をかけてくださったディレクターさんのお顔もあるし、プレッシャーを感じながらとにかく懸命に頑張った。かなりハードな仕事だったけれど、できるだけのことはやってみた。あれでよかったのかどうかもわからないけれど、ただただ頑張った。本当に。だけど身も心もヨロヨロのフラフラで、現場から最寄り駅まで薄暗い中、大きな道路沿いを車に飛ばされそうになりながら歩き、電車を乗り継ぎ帰宅の途中で、なぜだか心がボロボロと急に壊れ出した。心が空洞化して、目に映るもの耳に聞こえるもの心が感じるもの、そのすべてが悲しくて淋しくて涙が出た。私はこうして、フラフラのヨロヨロになるまで頑張って頑張って頑張って、そして歳をとり散ってゆくのだろうかと。私には本当に心を許せる人などどこにもいない気がして・・・・「頑張ったね」とただ抱きしめて、つかれきった心を休ませてくれる場所などどこにもない気がして・・・それでも明日になれば、またデイリーの仕事が始まる。平日の夜や週末にはMCの仕事が目白押し。いろんなことが何も解決しないままに、朝が来て夜が来て、あてもなく毎日が続いて行く・・・。11月が終わり12月来て、そして年が明ける。だけど何も何も変わりはしない。悲しくて淋しくて涙が出た。ガラスの心が、パリンッと音を立てて中から悲哀が溢れ出した。なんとか自宅のある駅まで帰ってきたものの、まっすぐ帰る気持ちになれなくて、途中スターバックスにたちよった。温かいコーヒーを購入。その温かさに、ちょっとホッとして、ちょっと落ち着いた。電車の中で、とある友達に送ったメール。どうやら悲壮感いっぱいだったようで、その友達が電話をしてきてくれた。色々彼女なりに励ましてくれたあと、最後に彼女はこう言った、「死ぬときは行ってや、行くから」と。「行くからって、広島から?!」ちょっと笑った。そんなこんなで帰宅は21時。あんまりお腹は減ってなかったけれど、とりあえず夕食を作る。適当に作ったものの意外においしくて満足。すると、今日の現場のディレクターさんからメール。そのメールによると、今日のスポンサーさんも営業担当さんも、すごく喜んでくださり大好評だったらしく、是非次も!!とこれから先に繋がったそうだ。喜んでもらえたならよかったのかな・・・漠然と思った。どうやら今の私は、とてつもなく不安定なようで、突如として発作のように心が壊れてしまうようだ。心底疲れてるのかな・・・。それにしても、なんと弱気で、なんと弱音満載の内容なんだろうか。おやすみなさい。
2005/11/27
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今朝一番、「Y先生、職員室で生徒に大声で叱ってるねん。 あんな怒鳴ったら体に悪いのになぁ。 血圧あがるでぇ・・・」とつぶやきながら、何かの用事で体育の男の先生が入ってきた。その後すぐ、私は生徒からの欠席届をもって職員室に入ると、扉を開けるやいなや、Y先生の怒鳴り声。先ほどの先生が言っていた通りだ。Y先生が生徒ちゃんひとりに大声で怒鳴っていた。その傍らには、さき程事務室に入ってきた先生が、見守るように立っていた。聞こえてきたY先生の言葉はこんな感じ。「いいかげんにしとけよ!! 人の迷惑を考えない、 人の気持ちも何ひとつ考えない、 自分のことだけ考えて、 自分の想いばっかり通して、 自分のやりたいようにやる。 なんじゃそれは!! そんなことするのは人間ちゃうぞ。 動物以下じゃ!!・・・・」その生徒ちゃんが、何をしでかしたのかは知らないけれど、先生は「人として」大切なことを彼女に教えていた。Y先生は、普段はとても穏やかな音楽の先生。結構ご年配だ。体の調子が悪かったりで、学校を休まれることもある。だけど、血圧があがってしまうことを省みず、ひとりの生徒ちゃんに真剣に向き合い、これから彼女が大人になり、社会に出て、ひとりの人として生きていく上で、とても大切なことを諭していた。「怒鳴る」という行為を通して、大きな「愛」が伝わってきた。当の生徒ちゃんは泣いていたけれど、怒鳴るほうもエネルギーがいるのだ。悪いことをしたからといっても、知らない顔もできるし、適当に注意することだってできる。だけどY先生は誠心誠意でもって彼女を怒っていた。考えてみたら、いつからだろうか、あんな風に怒鳴られることなんてほとんどなくなってしまった。最後に怒鳴られたのはいつだったか、思い出すこともできない。あったとしても、仕事で失敗したとか・・・その程度だろう。人としてあれだけ真剣に叱ってもらえることなど、これからもあまり期待できないだろう。そう思うと、怒鳴られ叱られている生徒ちゃんが、とてもうらやましく思えた。親でもない赤の他人・・・だけど「先生」って特別な存在で、堂々と愛をもって叱ってあげることができる。そして、そんな先生の愛をこれから先、今日の彼女にはずっと忘れてほしくないと願った。 **************先週の土曜日、仕事として初の披露宴司会(ブライダルMC)をした。友人の披露宴とはちがい、仕事となると恐ろしいほどにたいへんな仕事だ。結婚式の披露宴・・・・それは二人の人生の門出。失敗は許されない。私には向いてないからと、イベントMCしかやったことがなかった私を説得し、ブライダルMCとして導いてくれたS先生。S先生は、今、お世話になっているMC事務所のチーフマネージャーでもある。私の持つ個性を私のすべてを、評価し「良し」として花丸をくださる。ブライダルMCの知識ゼロの私を育て、デビューに導いてくれた。私が失敗したら、会場であるホテルからの信頼をなくしかねないというリスクの中、「あなたを見込んだ私を信じてちょうだい。 責任は全部、私がとるから。 自信をもってやってらっしゃい」と、先生もそして事務所の社長も、私を送り出してくださった。準備万端でのぞみ当日も精一杯やった。だけど結果は不本意なものだった。新郎新婦やご両親には喜んではいただいたけれど、会場のスタッフの皆さんには迷惑をかけた。初仕事ということもあり、とにかくいっぱいいっぱいで、端々で段取りの悪さが目立ったし、スタッフの皆さんはさぞかしやりにくかったと思う。25分も押してのお開き・・・・。先生は当日も現場に顔を出してくださり、披露宴が開くのを待っててくださった。「よくがんばったね!!お疲れ様。」と、疲労困憊の私をおだやかな笑顔で迎え、リッツカールトンのラウンジで、お高いアフタヌーンティをご馳走してくださった。先生のやさしさが心に染みた。その後しばらくたって、会場サイドから事務所に、私の「未熟さ」を指摘する報告があった。先生はそれをこと細かく私に言わず、こう言った。「未熟なのは当たり前。その通り。 だって、初めてだったんだから。 未熟さなんてものは回数を重ねれば解消されてゆくもの。 そんな上っ面のことよりも、 その辺の普通の司会者が持ちあわせていない、 あなたのかけがえのない良さがわからない会場には、 もう行くことはないの。 あなたじゃないとダメ!! という会場を私が探すから。 ボス(事務所の社長)もそう言ってる。 あなたの才能がわかる会場はいくらでもあるから、 また別のもっと大きい会場に、 これからどんどん行ってもらうからね。 自信もってちょうだい!!わかった?」と。涙が出た。こんなに目に見える形で耳に聞こえる形で、ありのままそのままの私を、無条件でこれほど想ってもらったり評価してもらったり、大切にしてもらったりしたことがない。だから正直とても戸惑っていて、うまく応えることができない。怖いとさえ思ってしまう。私自身よりも私を認め、大事にしてくださっている状態なのだから。私は今でも、自分で自分のことがよくわからないでいる。だけど、ここしばらく、「出会い」の質の高さ、「出会い」の充実具合は、目をみはるものがある。偶然が偶然を呼んでつながっていく「出会い」たち。私に必要な出会いばかりがとにかく連鎖しているのだ。こうして、愛すべき人たちに囲まれているのだから、私自身もまた、「愛すべき存在」なのだろうとぼんやり想い始めている。
2005/11/18
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日曜日、母校の大学で学園祭があり、あわせて卒業生や退職職員などなどを対象にした、「ホームカミングティ」なるものが開催された。少し前にその案内のはがきが来ていて、ちょうど予定もなかったので、友達を誘って行ってみることにした。一緒に行った友達は、四国に嫁いだ友達で、このためわざわざ四国から関西に出てきてくれた。土曜日の夜、最寄の駅まで彼女を迎えにゆき、約2年ぶりの再会。彼女は私を見るなり、目をウルウルさせて抱きしめてくれた。うれしかった。その日は、色んなことを夜な夜な語り眠りについた。今では四国で立派に長男のお嫁さんをしている彼女は、穏やかさとやさしさの中に、強さとエネルギーを秘めている。そんなところは昔とぜんぜん変わらない。常に人生を切り開き、どんなときも前を向く姿勢に、私は何度も何度も励まされてきた。愛すべき友達。彼女とともに訪れた大学。当時の建物に加え、新しい建物も増えてはいたけれど、変わったようで変わってはいなかった。しかし大学周辺は開発がすすみ、街並みはは大きく変わっていた。私たちが4回生の時に、キャンパスが全面移転し、私たちは新キャンパスでの第一期目の卒業生となった。ピカピカの新校舎で一年だけを過ごし、卒業を迎えたため、正直馴染みは薄いけれど、10年近く月日が経てば、それでもなつかしいものだ。大学に向かう道中でも、思い出話がつきなかった。忘れていたようなことも次々に思い出されて、時々ちょっと切なくなったりもした。いろんなことがあったなぁ・・・。現役の学生さんたちは、当たり前だけど、元気いっぱいで活気があってまぶしく、キャンパスで彼らのエネルギーに触れているうち、今でもここに(学校に)通っているような錯覚にさえ陥ってしまう。忘れていたものが感覚としてよみがえってくるのだ。だけど、だけど、間違いなく、あれから10年近く経ったんだ。愛すべき学生時代。愛すべきその後の10年の月日。大学では学園祭のほかに「ウェルカムパーティ」が開催されていて、恐る恐る顔を出してみたものの黒山の人だかり。しかも「おっちゃん」ばっかり・・・。知ってる人なんているわけないよなぁと思っていたら、いました!!いました!!当時のゼミの先生。当時もおじいちゃんだったけど、今でもやっぱりおじいちゃん。覚えてもらってるわけないよなぁと思いながらも、せっかくだしだからとお声をかけたら、先生の記憶の片隅にちょっぴり残っていたようで、思いがけずうれしかった。そして先生と住所交換。いつもいつも目の前にことだけで、いっぱいいっぱいの私。だけど、「ホームカミングディ」と彼女のおかげで、一点集中の凝視から解放されて、ホッと心がリラックス。肩の力も、心の力も、抜けた気がする。そんな「ありがとう」の週末。過去を「体感」することで、今をあらためて生きることができるのかもしれない。リフレッシュできた☆と四国に帰っていった彼女。いつでもいつでも遊びにきてね。いつでもいつでも待ってるから。ありがとう☆ *******************Forever Friends BY 竹内まりやどんなに長くご無沙汰をしてても 電話ひとつかけるだけで学生に戻れる 懐かしい場所で待ち合わせをしたら 思いきりはしゃぎながらドライブに出かけよう それぞれに抱えてる悩み打ち明けなくたって瞳を見ればすぐにわかる恋の行方ぐらいは だって彼よりもっと心許してる そんな仲間永遠の友達いつまでも友達 気まぐれだけで生きていた頃には 同じ人を好きになって泣いた日もあるけど 落ち込んだ時に誰よりもやさしく 励ましてくれるみんな変わらないでそのまま 仕事がまだ楽しいうちは独り身の気軽さを 守りとおす約束をして夜明けまで語り合った だって彼よりうんと弱味つかまれている 女同士永遠の友達いつまでも友達永遠の友達 張り合う気持ちもちょっぴりは大切にしたいねと ウィンクでさよならしたあと別々の道を歩く だって彼よりずっと古い付き合いなの そんな仲間永遠の友達いつまでも友達 永遠の友達いつまでも友達
2005/11/15
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色々と思い悩むこと気に病むことなどをかかえ、落ちつかない日々を過ごしているが、今日は少しリラックスモード。思うこと考えること感じることはたくさんあるのに、どうしたことか上手く言葉にならない。それだけ切羽詰っているということか。私では太刀打ちできない、どうすることもできない問題を、今、家族で抱えている。問題はあまりにも大きすぎて、私はどうすることもできない。ほとんど神頼みの世界だ。それでも、あきらめずに、小さくてもできることを探す毎日。窮地に立つと、人のやさしさもありがたさもよくわかる。その人の「人となり」が克明に見えてくる。手を差し伸べてくださる人たち。応援してくださる人たち。人と人のつながり・・・心にしみる。どんなにがんばったって、人間ひとりでできることなど、所詮しれているのだ。本当に。私は目に見えない力を信じている。だからきっとこの危機も必ず乗り越えられる。頑張ろうね。気に病む問題を抱えながら、私は私で毎日の生活があり、仕事がある。この先のことも色々と考えてはいるけれど、私はやっぱりやっぱり「MC」という仕事が大好き。言葉で心を奏でることができるから。この春からお世話になっているプロダクションのS先生。先生はびっくりするくらいやさしくて心ある人だ。先生は私を大切に大切にしてくださって、私を最大限に評価してくださる。「あなたはとても特別で大事な人です。 他の人には申し訳ないけれど、 出会ってしまった人だから、 私の持っているものを全部伝授して、 大切に大切に育ててゆきたいの」と言ってくださった。思えば、「大事だ」と「大切だ」と、こんなにも熱く言葉にして言ってもらったことなど、人生1度もなかった。だからかしら、今まで味わったことのないような温かい気持ちになった。そして勇気が湧いた。人と人との出会いとそしてそのタイミングは、絶妙でかけがえのない宝物。私が平日に勤務している女子高校。この春に新卒でやってきた英語の先生がいる。彼女は新任だけれど、高校2年生のクラス担任も持っている。影のある感じでおとなしく、愛想もないし、何考えているかわからないような先生だ。2学期も半ばにさしかかった先週、その先生がまるまる1週間学校を休んだ。事務室の下っ端の私にまで、その理由は明確には伝わってこなかったけれど、あれはきっと「鬱」からくる体調不良だと思う。1週間休んで、今週月曜もお休みだった。火曜日から登校してはいるが、生気が感じられないまま、休んだことを先生方に謝りにまわっていた。気の毒だった。学年の中年おばちゃんの先生たちに混じって、振り回されながらも、懸命についてゆこうとしてきたんだろう。ここに来て、きっと心が「限界」と言ったのではないだろうか。20代前半には、キツイだろうと思う。彼女を見てても思う。自分を見てても思う。どこにいて何をしてても、生きている限り色んなことがある。苦しいことも、八方ふさがりのときも、心ない人の一言に傷つくことも、誤解されることも、何もかもうまくいかないことだって・・・。だけど、繊細なだけじゃだめ。頑張るだけではだめ。時に「図太く」ゆかねばならない。時に自分を守り押し通す「頑固さ」を持たなければならない。強くなくてもいい、図太く!!頑固!!でありたい。いいじゃないの。こうなったら、何でもやってのけてみせる。何も怖くはない。「魅せ」ます。「骨太」なんだから、私は。
2005/11/09
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仕事に対して自分に対して、迷子気味だった今日この頃。ハードスケジュールと気持ちの張りすぎで、扁桃腺がキンキンに腫れた。人間不信ならぬ自分不信。昨日の点滴と安静のおかげで、扁桃腺の腫れも、のどの痛みもなくなり、今日は元気に現場に向かうことができた。私のMCとしての原点である場所がある。ここで私はたくさんのことを学び身につけ、支えられ励まされ育てられてきた。ここに来ると、私は、自分を取り戻すことができる。私らしさを思い出すことができる。迷子になっても、進むべき道を示し導いてくれる。誰に何を言われても納得できない自分らしさを、肌で感じることができる。私は今日も現場で大きな花を咲かせてきた。お客様だけではなく、一緒に現場を作るスタッフの皆さんにも、楽しんでいただけるよう盛り上げてきた。今日の現場には、右を向いても左を向いても、笑顔の花が咲いていた。そんな中にいると私はとても幸せで、心があったかくなる。私の明るさと元気さは、天性だとよく言われる。そのセンスのよさは、まねをしようとしてもできないと。そうは言われても自分ではよくわからなくて、そこに自信を持つことができない。だけど、それが私の原点なら、原点があるってことは、そこからどこにでも行けるってこと。思い出したことがある年齢的にはかなりスタートが遅く、私はこのMCという世界に飛び込んだ。スタートにあたり自分で決めたモットーがあった。「行ける所まで行ってみよう」だ。荒削りでも何でも、それが私の原点なら、原点を武器に原点を磨きながら、行ける所まで行ってみよう。「行ける所まで行ってみよう」そう決めたあの日から、思えばずいぶん遠くまでやってきた。もう駄目だと何度も思ったし、頭も心もたくさん打った。それでもここまでやってきた。色んなきっかけの連鎖で、色んな人に支えられ救われここまできた。それだけで十分に素晴らしいはず。私を必要としてくれるところで、これからも私の花を咲かせてゆこう。本日初めてご対面したディレクターNさん。Nさんは私のことを、他のディレクターからこう聞いていたそうだ。「明日のMCの○○さん(←私)は、 とっても可愛くてエレガントな人ですよ☆」と。「会ってみたら本当にその通りでした」とNさん。かな~りのおべんちゃらと冗談が入っているけど、それでも素直にうれしかった。期待に応えるべく?、これからも可愛くてエレガントなMCでいたいと思う。私を待っている現場は仕事はまだまだある。「行ける所まで行ってみよう」精神で、あと少しもう少し行ってみようと思う。私の中にある「幸せ」を、色んなところに色んな人に撒き散らしてゆきたい。 ****************** ♪思いきり笑って♪ DEEN夜空を追い払う 冷たい風君の細い肩抱きしめる穏やかな毎日が窮屈すぎれば今を壊したくなる思いきり笑って夢をくれないかいいつも輝いてる僕をのみこむくらい思いきり笑って広いこの世界が光絶やさぬよう僕達は今ここにいる人は涙で嘘つけるけど君の夢が泣き出さぬようこの胸に誓うよ守り続けるともっと輝けるはずさ思いきり笑って夢をくれないかいいつも輝いてる僕をのみこむくらい思いきり笑って広いこの世界が光絶やさぬよう僕達は今ここにいる僕達は今ここにいる ******************思いきり笑って、もっともっと笑って、もっともっと元気を明るさを届けてゆきたい・・・。だからもうちょっと、行ける所まで行ってみます。自分を信じて☆
2005/10/23
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ここ数週間かなり忙しく、常に時間に追われている。何がなんだかわからない状態。おちつく暇も何もない。ただただ毎日がいっぱいいっぱい。学校での通常の仕事に加えて週末のMC業。最近は平日にまでMC業がくいこんできている。仕事が増えているのは、とてもうれしいことなんだけど・・・。現場に行けば元気いっぱいの私。とにかく、思いっきり思いっきりがんばっている。新しくお世話になっている事務所のS先生。S先生は私のマネージャーも兼ねてくださっていて、現場にも同行してくださる。そして現場で私のことを、怖いくらいに評価してくださる。「Aちゃんは、天性のMCよ!! その明るさと元気さ、声の通り・・・ そういったものは持って生まれたもの。 練習とかがんばりだけではどうにもならない部類のもの。 だから自信をもって!!自分を信じて!!」と常に私に言ってくださる。だけど、なぜかなぜか私はそんな先生の言葉を手放しで喜べず素直に信じることができない。相変わらず何をやっても自信のない私がそこにいる。「これでいいのか?」と自問自答してばかり。いつもいつも張り詰めている。「元気さと明るさ」を何よりも評価してくださるけれど、本当にそれだけでいいの?そんなんでいいの?とひねくれて思ってしまう・・・どうしても。イベント中に、言葉をたくさん噛んでしまったことに落ち込んでいたら、先生はこうおっしゃった。「Aちゃん。噛まないに越したことはありません。 でもMCとしてもっと大切なことがあります。 なんだかわかる? 明るさや元気さ・・・それがMCとして、 何よりも大切。誰もが欲しがるそういう要素を あなたにはすでに持っているの!! それが素晴らしいの」と。そこまで言っていただいても、なかなか心が納得せず自分で自分が気に入らない。どうしてなんだろう。怒涛のスケジュールがひと段落した昨日、扁桃腺がキンキンに腫れた。痛い。たまらず今朝、かかりつけのお医者さんの元を訪れた。色々話をしていて先生に言われたこと。それは、私には「真剣さ」が見られないということ。はじめは意味がよくわからなかったけれど、色々話していて段々わかってきた。先生いわく、「人生は真剣勝負。何事にも真剣に行きなさい。 人は人の真剣な姿に惹かれるものだから。 何事に対しても腰掛では駄目。 崖っぷちの真剣さが必要です」と。考えてみたら、私には真剣さが欠けている。確かにいつも全力で一生懸命だ。本当に何事に対しても懸命で必死だ。だけど「一生懸命」というのと、「真剣」というのとはまた別物のような気がする。何を懸命にしていても、自分で自分の「あたふた」や「軽さ」を感じていた。そういったところを、どうしたらいいのかわからなかったけれど、先生に言われて気がついた。そうだ、私には「真剣さ」「覚悟」が欠けているから、どうも何をがんばっても重みがないんだ。ここ最近の私は特にそう。注意力散漫。もっともっと、ひとつひとつに真剣に向かい合い、もっともっと、覚悟して地に足をつけてゆかなければ。ゆっくりでいい・・・ひとつひとつと真剣に向かい合いたい。
2005/10/22
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