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本日夕方、職場から帰宅しようと車を走らせ始めたところ、街灯が明るいところではフロントガラスで光が妙に散乱し、前が見づらい状態に。 もしやと思い、帰宅後ガラスを紙で拭き取ってみると、灰色の粉が付いてきました。どうやら御嶽山の火山灰が2日がかりでここつくばにまで到達したようです。 地図で御嶽山とつくばの距離を見積もったところ、直線でおよそ230 km程度。意外に近いので驚くとともに、爆発の凄さを実感しました。
2014.09.29
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数日前に、英国古楽界の雄、クリストファー・ホグウッドの訃報(9月24日)が伝えられました。1941年生まれの73歳だったということで、まだまだ活躍が期待される年齢だっただけにとても残念です。 亭主は一昨年、偶然の巡り合わせで、彼が指揮をする「フィガロの結婚」の舞台をチューリッヒ歌劇場で堪能する、という幸運に恵まれました(このブログでもご紹介)。最前列の席だったこともあり、彼の指揮ぶりを至近距離で眺めることが出来ましたが、今にして思えばあれが最後の機会だったのだと惜しまれます。 ホグウッドがピリオド楽器とその奏者だけからなる楽団Academy of Ancient Music(AAM、「古楽アカデミー」、日本ではエンシェント室内管弦楽団と訳されていますが)を結成したのが1973年。その前年にはトレヴァー・ピノックがやはりピリオド楽器によるオーケストラEnglish Concertを旗揚げしており、さらに先立って1967年にマンロウがホグウッドとともに立ち上げたEarly Music Consort of London(ロンドン古楽コンソート)と合わせると3つもの古楽合奏団が活動を始めていました。大陸ではレオンハルト、ブリュッヘン、アーノンクール、クイケンといった面々が一足先に古楽復興に取り組んでおり、英国での動きとも相まって1970年代のヨーロッパはまさに古楽ブーム到来という感じだっただろうと想像できます。 とはいえ、レオンハルトは既に亡く、先月(8月)にはブリュッヘンの訃報を聞いたばかりでもあり、まだ現役とはいえアーノンクールやクイケンの年齢を考えると、古楽界はやはり世代交代のときを迎えているのかも知れません。 ところで未音亭の音源コレクションを眺めてみると、ホグウッド+AAMのそれは意外に少なく、LP時代ではヘンデルの2枚、「水上の音楽/王宮の花火の音楽」とエマ・カークビーが歌う「イタリアン・カンタータ」、それにやはりカークビーのバックを務めたモーツァルトの「アレルヤ/モテット集」があるぐらいです。 CD時代になってからは、その初期に購入したJ.S.バッハのフランス組曲(ハープシコード独奏)、およびAAMによるジェミニアーニのコンチェルト・グロッソOp.3があります。後者は比較的最近購入したものですが、録音は1976年とあるのでAMM活動の最初期に属するものです。とはいえ、再販盤(2008年)のライナーノートの筆者も言う通り、短期間で「確立した演奏スタイル」を身につけたAAMの演奏は、今聴いても古さを感じさせないものです。 一方、フランス組曲の方は久しぶりにCDを取り出してみましたが、まずライナーノートに記されている詳細な楽器の情報に目が留りました。多分これを購入した当時(20年以上前)、亭主はハープシコードという楽器にほとんど関心も知識もなく素通りしたのだと想像されますが、Taskinのグラン・ラヴァルマン・ルッカース(1646/1780、画像はこちら)とGoujon-Swanen(1749/1786、画像はこちら)という2台のクラヴサン(オリジナル楽器、パリ音楽院所蔵)を使い分けての録音は大変興味深いものがあります。ホグウッドの演奏スタイルは、余計な装飾音を排し、レジストレーションの変化も最小限、あくまで端正なバッハという雰囲気で、今聴くとむしろ新鮮な感じもします。ホグウッドさんの早世を惜しみつつ、ご冥福をお祈り申し上げます(合掌)。
2014.09.28
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このところ朝夕はめっきり涼しくなってきました。昼間はまだツクツクボウシのか細い鳴き声が遠くで聞こえますが、夕闇が近づくと秋の虫の音は耳を圧するような大音声です。さて、先週の「古楽の楽しみ」は、関根敏子さんの構成による今年没後250年のラモーを特集しての放送でしたが、17日朝の放送ではドメニコ・スカルラッティとラモーが互いを知っていた可能性がある、という台詞にビックリ仰天、目が覚めましました。放送によると、最近発見されたポルトガル大使の手紙の中で、スカルラッティがポルトガルとイタリアを往復する途中でパリに立ち寄り、そこでハープシコードの演奏を披露したことが記されているようです。そこで、久しぶりにスカルラッティの百科事典であるChristopher Hail氏のホームページを訪ねてみました(昨年11月に更新されたとの記録あり)。早速「Curriculum」以下にあるスカルラッティの年表を眺めてみると、確かに1725年5月にパリにいたとあります(さすがですねぇ...)。さらに、「Alvarenga, p21」とある典拠を調べてみると、2008年に出版された「Domenico Scarlatti Adventures」という論文集(M. サラとD. サトクリフ編)に収まっている、J. P. Alvarengaという人が書いた「Domenico Scarlatti in the 1720s: Portugal, travelling and the italianization of the portuguese musical scene」という論文であるらしいことが分かりました。亭主はこの「Domenico Scarlatti Adventures」という本の存在は知っていましたが、どうせ今まで知られていることしか書かれていないだろう、とタカを括って今まで全く注意を払っていませんでした。(大体タイトルがなんとなく怪しげですし…)とはいえ、こうなると気になるので早速ネットで手配です。(アマゾンでは既に入手不可とあったので、楽譜関連の通販サイトで探し出しました。到着は来月後半以降になりそうです。)Alvarengaの論文は今から楽しみですが、1725年のパリがどういう状況であったかをざっと眺めると、時はルイ15世の治世、ラモー(42歳)は前年までにクラヴサン曲集を2巻、およびあの「和声論」(1722年)を出版、ようやく名が売れてパリ生活も2年目、というところ。クープラン(57歳)はクラヴサン曲集第3巻までと「王宮のコンセール集」を出版し、その栄光の頂点にあってルイ15世の最初の婚約者(後にポルトガルのジョゼ1世に嫁ぐ)のクラヴサン教師をしながら「老い」を感じはじめていた頃です。スカルラッティ自身(40歳)はポルトガル国王お抱えの身となって6年目、おそらく弱った父親の様子を見るためにナポリに戻るところだったと想像されます(この年の10月に他界)。ところで、関根敏子さんによると、「ラモーとスカルラッティのハープシコード音楽には共通するところが多々ある」とか(えエッ?マジ?)。ただし、そう語りながら放送されたのがスカルラッティのソナタK.141とK.491でした...(演奏はブラジル=ポルトガル文化圏出身のハープシコード奏者ニコラウ・デ・フィゲイレド。)うーん、演奏家のチョイスは別としてこれは謎をかけられたような選曲。いずれにしても、ラモーとスカルラッティの関係がどのようなものか、興味が尽きないところです。
2014.09.21
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日本初の大回顧展と銘打って催されている表記展覧会に足を運びました。会場は三菱一号館美術館という、あまり耳慣れない美術館です。 建物のデザインは、明治時代に来日した御雇外国人教師の一人、ジョサイア・コンドルによるもので、1894年(明治27年)に竣工。亭主はてっきりその当時の建物を改修して美術館にでもしたのだろうと思っていたのですが、当時のそれは1968年に解体されてしまっており、今の建物はコンドルのデザインを基に改めてゼロから「復元」したもの(レプリカ)だそうです(竣工は2009年)。 建物の外観は、赤煉瓦を基調にした明治の洋館で、その雰囲気はすぐ近くにある辰野金吾(コンドルの弟子)が手がけた東京駅の駅舎とそっくり。既に竣工後5年も経つようですが、丸の内側は滅多に通らないこともあって、亭主は今回初めてその存在を知りました。 ところで、フェリックス・ヴァロットンはスイス・ローザンヌ生まれで、パリで活躍した画家、版画家です。1865年生まれというので、年齢的にはドビュッシー(1862年生まれ)とほぼ同世代。トゥールーズ=ロートレックは彼より1歳年長です。(日本ではまさに幕末。同年生まれの作曲家ではグラズノフやシベリウスがいます。) ヴァロットンが活躍した時期は、印象派やラファエル前派に引き続く頃で、彼自身はナビ派と呼ばれる(どうやらゴーギャンに強く影響された)画家達とともに絵を描いていたようです。とはいえ、亭主も含め日本人にはあまり馴染みのない画家ではないでしょうか? だいたい、「ナビ派」といわれても、ボナール、モーリス・ドニといったメンバーの名前がすらすらと出てくるのは相当な美術ファンだけかも。芸術運動としても、ナビ派は印象派とキュビズムという二大流行の谷間にあり、ヴァロットン自身の作風も写実主義的な肖像画から新古典主義な裸体画、さらにはロートレック風の風俗画まで非常に幅が広く、つかみ所がない感じです。 とはいえ、版画好きの亭主にとって一番印象的だったのは一連の木版画作品群で、おそらくこれだけでヴァロットンは十分に美術史に名をとどめる値打ちがあると思われます。実際、彼の木版画は生前から人気があったようで、オリジナル版画だけでなく本の挿絵等でも使われていたようです。会場にはジュール・ルナールの「にんじん」や「博物誌」のページに掲載された挿絵版画も展示されていました。(つれあい曰く、「『にんじん』は子供の頃読んだが...挿絵の記憶がない」) 印象的だったもうひとつのジャンルは油彩による裸婦像。会場の解説によると、ヴァロットンはアングルが描いた裸婦(例えばルーブルにある「トルコ風呂」など)の作品を目にして大いに触発され、当時は既に「時代遅れ」のテーマであった裸婦像を生涯追求し続けたようです。今回の展覧会でもさまざまな構図による多数の裸婦像が展示され、その存在感を誇示していました。(もしかすると、ポール・デルヴォーの先駆けかも?) ちなみに、この展覧会のポスターや展覧会を紹介する某局の番組で大きく取り上げられていた「ボール」という作品、現物は意外に小さめ(15号ぐらい?)で、確かに意味深といえば意味深な構図ではあるものの、絵画としてはやや散漫な印象でした。
2014.09.14
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最近の新聞やテレビのニュースで「ハイレゾ」対応のオーディオが売れている、という記事をいくつか目にしました。どうやら昨日からベルリンで開幕した「国際コンシューマ・エレクトロニクス展(IFA)」の話題のひとつ(?)として取り上げられているようです。パナソニックが昔懐かしい「テクニクス」という看板を再度立ち上げて新製品を投入するとか。とはいえ、高品質オーディオといえば、クラッシック音楽レコードのマーケットではもう10年以上も前からスーパーオーディオCD(SACD)という規格が定められ、それなりに充実したソフトも出回っています。そこで、一体何を今さら騒いでいるのかと思って少しネット上で調べ物をしてみました。そこで分かったことは、どうやら「ハイレゾ音源」の「ネット配信普及」が騒ぎのきっかけだったようです。ここで「ハイレゾ音源」とは、結局のところSACDで使われているものと同じDirect Stream Digital(DSD)という方式でデジタル化した音源を指しています。(その点では特に新味はありません。)ニュースになった一番の理由は、いままではこの方式による「音」がSACDでしか手に入らなかったものが、近頃のネットの広帯域化によって(高品質であるがゆえに必然的に大容量データとなる)DSDデータを直接ネット経由でダウンロードにより入手できるようになったのが主なポイントで、これに対応した音響機器が次々に売り出され始めたということでした。要するに、SACDコンテンツの有料ダウンロード配信です。ちなみに、DSDデータは非圧縮データで、現時点ではこれを直にiTuneで再生することはできないようです。(→なので対応オーディオ機器にとっては商機?)ところで、亭主はこの調べ物をするまで、SACDのデジタルフォーマットがCDのそれとは大きく異なっているということを全く認識していませんでした。よく知られているように、CDはパルス符号変調(Pulse Code Modulation、PCM)という方式でアナログ信号をデジタル化しています。これは、時間tとともに変化する音の振幅A(t)を一定間隔Δtで切り刻み、tとt+Δtの間はA(t)が一定値であると近似してその値を二進法(0と1の符号列)に変換する、というものです(下図参照、ウィキペディア記事から)。この刻み幅Δtを時間の「分解能」、英語でレゾリューションresolutionと呼びますが、当然Δtが小さいほど近似がよくなる(原音に近づく)わけで、これが高分解能=ハイレゾリューション(ハイレゾ)、というわけです。というわけで、亭主はSACDもてっきりこのPCM方式のハイレゾ版を採用しているものと思い込んでいました。ところが、色々な技術記事を調べていると、どうやらPCM方式をハイレゾ化して用いるのはオーディオ用には必ずしもベストではない、ということのようです。(これは、ひとつにはデジタル情報をアナログ信号(音)に戻す際に発生するノイズとその除去に関わっているようです。)そこで代わりに登場したのがDSD方式。この名称、亭主は今回初めて目にしましたが、実はこれ、昔から知られているパルス変調方式のひとつであるパルス密度変調(Pulse Density Modulation, PDM)を指す商標名とのこと。PCM方式では音の振幅Aを16ビットの信号(2の16乗=65536諧調)で表すのに対して、PDMではある一定時間中のパルス数で表す、というやり方をしています。PCM方式でも、16ビットの情報は、1=パルスあり/0=パルス無しという対応で並んだ16個一組のパルスの時系列信号からなりますから、Δtの間にパルスが最大16個入っています。振幅Aの変化にともなってΔtの間にあるパルスの数や並びのパターンは変化しますが、その変化はあくまで2進法に従ったもので、パルスの密度という意味ではランダムです。一方、PDM方式では、Δtの間にあるパルスの数(=1の数)だけに意味があり、例えばAが大きいところでΔtあたりのパルス数が多い(=パルス密度が高い)というデジタル化を行っているようです。ハイレゾ対応オーディオの性能表記で「1ビット○○MHz」というのは、そのあたりを強調した表現(パルスの並び方には意味がない=1ビット情報)だと推測されます。ラジオの変調方式に例えれば、PCMがAMでPDM(=DSD)はFMみたいなものだ、と思えばあたらずとも遠からず、というところでしょうか?そういえば、亭主が持っているアスペレン演奏によるクープランやフローベルガーのCDはどれもSACDですが、いまだにSACDの音がどういうものであるか知りません。ウチもいよいよ年代物のオーディオセットをお払い箱にし、「ハイレゾ」対応品を新調する潮時のようです。
2014.09.06
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