全27件 (27件中 1-27件目)
1
半紙にはこう書かれていた。「念ずれば花ひらく」先日死んだ叔父が最期に書いた言葉だ。動かなくなった右手に筆を縛り付け書いたという。残された者への最後のメッセージだった。書道家の家系らしい見事な達筆だった。僕は祖父がまだ元気な頃、色紙を頼んだ。「色即是空」と書いてもらったのである。今でも寝室に飾ってある。ここで考える。自分が死ぬ前に一筆書くとしたら何と書くか?明確で説得力のある一言が書けるのか?皆さんは何と書く?
2010年05月31日
コメント(28)
中3の次男がバスケの試合中に手首の骨を折った。先週の無念の敗戦といいツイてない。折れてからもしばらく試合を続けていたという。折ったのが左手だったというのが不幸中の幸いだ。試合後すぐに病院へ行ってレントゲンで骨折判明。「夏の最後の大会までに治るだろうか?」これが息子の最初の言葉だったという。僕も結婚して間もない頃、右手人差し指を骨折したことがある。友人達とソフトボールチームを作りピッチャーをやっていた。順調に勝ち進み、確かベスト8のかかった試合でピッチャーライナーを浴びて素手で捕ろうとして折ったのだ。ピッチャーは僕しかおらず、曲がった指を直しながら投げたがボコボコに打たれて負けてしまった。まあ、折れてなくても負けたと思うが。次男は間もなく修学旅行だ。腕を吊った姿で記念写真に写るのも良い思い出と割り切るしかない。
2010年05月30日
コメント(24)
昨日の日記にオーストラリアのことを書いたら複数の男性から「行くのに憧れた」というコメントがあった。広大な大地というのは誰もが憧れるものなのか。男性ばかりではない。チベットに惹かれた風任さんやhamakiさんは女性である。ちょうど昨日、夢枕獏の【西蔵回廊~カイラス巡礼】を読み終えた。藤原新也の【印度巡礼】によく似た本である。風任さんは多分読んだことあるんじゃないかな?hamakiさんには「岡崎りぶら」で借りることをお薦めする。さて、本日「さおりです」という件名メールが届いた。いつもならエ□メールかと思って削除するのだがオーストラリア人の友人デイヴの彼女の名前が「さおり」だ。プロパティで確認したらやっぱり彼女だった。「デイヴ坊主頭にしましたよ」てな内容だった。オーストラリアの日記を書いた翌日のことなのでシンクロしてるなあ、と思った次第である。
2010年05月29日
コメント(10)

店を閉めてビルの外に出た。随分と日が長くなったものだ。久し振りに透明度の高い空で西の空にはまだ残光が残っていた。ふと高校1年の夏の黄昏を思い出した。山梨県の甲斐大泉駅前で野宿をしていた。無人駅の前には何もなく、公園だけがあった。だんだんと陽が西に傾き、夜がやってきた。心細いような妖しい淡い色の空だ。当時はなぜかオーストラリアに惹かれておりいつかその大地に寝転んで野宿するだろうと漠然と自分の将来を思っていたが結局その思いは未だに実現せずにいる。わからんもんだな、と思ったりする。
2010年05月28日
コメント(20)
北朝鮮が韓国の哨戒艇を魚雷で沈没させたニュース、皆さんは「北朝鮮はけしからん!」と思っているだろう。僕も金正日は嫌いである。しかし、今回はウラの真実があるような気がする。本当に北朝鮮の仕業なら「戦果」をまくしたてたはずである。わざわざ中国まで出向いて「オラやってねえ」と弁明もしない。しかも日本がせっかく米軍出てけ!と盛り上がってる時期にわざわざ北朝鮮に不利になる事件を起こすだろうか?「ほらね、基地がなくなっちゃマズいんじゃないの?」とか「それどころかイージス艦もっと買わなきゃヤバいよ」とか「ほら、38度線からオレらが撤退したら危ないよ」ということか。決定的な証拠、と称して魚雷のプロペラが発見されたがこれだって予め用意しておくことも出来るのだ。911テロの時もユナイテッド93便の墜落現場から乗客の遺体や荷物は損傷が激しく何も発見出来なかったのに「ハイジャック犯の赤いバンダナとIDカード」だけは発見された。ベトナム戦争の発端となったトンキン湾事件も捏造だった。イラン侵略の時もそうだった。ビンラディンを追え、がいつの間にか打倒フセインにすり替わり大量破壊兵器なんてものは見つからなかったし結局大きな油田は米軍が警備し確保していった。先日、南北不可侵条約が破棄されたがこういった緊張をずっと持続させることこそビジネスなのだろう。平和になってしまったら基地も不要に、武器も売れなくなってしまうのだ。北朝鮮が攻撃したということにすれば誰が1番儲かるか?
2010年05月27日
コメント(12)

犬は散歩をさせないとストレスが溜まるそうだが僕もそんな感じで息抜きがしたかったので愛知県豊川市の宮路山(みやじさん)を歩いてきた。あじさいの咲くにはまだ早く谷間はうぐいすの鳴く声が響きまくっていた。一体どれだけのうぐいすが棲んでいるというのだ。ドウダンツツジが満開だった。草っ原に寝転び空を仰いだ。自宅に帰って来てから庭の草取り、剪定をした。ヨメから指示をされたわけではない。ただ無言の圧力をかけられただけである。セスナ機による農薬散布は植物に悪影響なので仕方なく地道に指がつるほどに草をむしりまくる。ツバキの木も下の方を剪定して風通し良く仕上げた。
2010年05月26日
コメント(18)

本日は放浪の達人ファッション大公開である。ただならぬファッションセンスで女性の視線を釘付けにし女心を鷲掴みにしている同氏であるが本日はそれを徹底解剖してみようという企画である。 まずコレが放浪の達人氏愛用のシャツ。いつも黒を基調にしたセンスは見事と言うほかはない。 シャツの一部を拡大してみよう。あれれ、何だか変な模様になってませんか?さてはハンカチを持たない同氏のことなのでシャツのすそで手を拭いてるんではないでしょうね? 更なるズームアップ。あれれ、これはもうシャツの生地が透けてますね。生地というか、使い古した日本手拭いのような薄さじゃないか。しかも、なぬ? 富豪ともあろうにユニクロ?え?確か5年ほど前に買ったシャツで、シャツというものを1着しか持ってないって?なに?下に黒いTシャツ着てるから大丈夫です、って?新しいシャツ買った方がいいのでは?と訊いたらいやいや、そのうち夏が来るから大丈夫です、と。秋には秋の風が吹きます、だそうで彼のセンスに脱帽してレポートを終わります。
2010年05月24日
コメント(28)
中3の次男はバスケットボールをやっているが昨日は愛知県ナンバー1を決める総体の大詰めだった。息子のバスケ部は準決勝まで勝ち進みその試合は同点のまま白熱の延長戦に突入。これに勝てば決勝進出である。延長戦、1ゴール(2点)をリードされた残り5秒、ゴール下に走っていた息子にボールがパスされる。マンツーマンでガードしていた相手を振り切ってシュート。ゴール下からのレイアップ、イージーシュートである。やった、土壇場で同点に追いついた!大歓声の応援席は確信していた。しかし・・・外したのだ。そしてブザー。負けた・・・。泣き崩れる次男。あそこでシュート入っていたら、とかフリースローで決めれてたら、とか息子の最後のシュートが入っていたら、とか一瞬一瞬の積み重ねがあっての敗退だった。だけど、こう言いたい。負けたことのない奴は強くなれないのだ。負けたことのある奴が強くなれるのだ。
2010年05月23日
コメント(24)
![]()
確か以前ブログ仲間のウチャラさんが教えてくれたと思うが梁石日(ヤン・ソギル)の【闇の子供たち】を読んだ。日本でも映画化された物語である。内容は下記のリンク先を見ていただくとしてあまりに酷い内容に考えさせられる小説である。僕達の知らない現実を暴露しているのである。実は「知らない」のではない。薄々知ってはいても目をそむけている問題なのだ。感想は★★★★☆。しかしあまりのむごさに2度読む人はいないだろう。僕のように図書館で借りる方がいいと思う。本を持っているだけで落ち込むような小説である。しかし僕達日本人は読んだ方がいいと思う。【闇の子供たち】
2010年05月22日
コメント(8)
皆さんは「貰って困ったお土産」という物はないだろうか?最近多いのは千葉ネズミーランドのお土産である。中身は普通のクッキーだから問題はない。しかし、アヒルやネズミのプリントされた金属製の容器、あれはすんなり捨てれずに残ってしまうので始末が悪い。中身のクッキーだけを買えばおそらく300円程度、しかしあの忌々しいキャラクター容器に入っているだけで値段は千円ほどアップするのではないかと思われる。僕は自他共に認める大の千葉ネズミーランド嫌いだ。「ミッキーと写真撮っちゃった~」と騒いでるオンナ!おいおい、あれは社員が汗水垂らして中に入ってるだけだぞ。暑いのでローテーションで交代してるのだ。控え室に戻ったミッキーはこんな会話をしてるだろう。「プ~、アッチ~」(とミッキーの被りものから出る)「あ、お疲れ様です。センパイ、今日暑いっスね」「おうよ、さっきブス女に抱きつかれて転びそうになったわ」「うわ、マジっスか、たまりませんよね」「ブン殴ってやろうと思ったけどヨ、ほら、給料減ると困るし」「そうっすよね、以前ホーローのタツジンさんて人の友人の 岩っつあって人が井戸から出てきたお化け殴ったじゃないスか、 あの時はお化けが被りもの取って怒ってきて喧嘩になりましたもんね」「お化け屋敷の中で係員も交えて随分モメたって話だな」「あ、センパイ、そろそろ俺の出る時間っス」(とタバコを消す)「じゃあな、1時間経ったらまた代わるわ」「ウィっス」・・・・まあこんな感じであろう。話がそれた。今月号の雑誌「リバ」に載せたエッセイは⇒【おみやげ】
2010年05月21日
コメント(24)
バンコク在住の竹亭さんやウチャラさんがバンコクの暴動を詳細にレポートして下さっている。昨日のデモ隊暴徒化は本当に悔しかった。3月にブログに載せたこのビルも焼け落ちた。 ⇒【炎上中の動画】被害に遭われた人のことを思うといたたまれない。
2010年05月20日
コメント(18)
先月受賞した写真コンテストの副賞のホテル宿泊券を両親にあげたが早速週末に泊まりに行ってくれたそうだ。ささやかな親孝行が出来て良かったと思う。受賞作品は三重県のどこかで展示されているらしくその展示場所へも行ってくれたらしい。(僕本人すら見に行こうとは思わないのに(笑))庁舎だか何とか会館だか知らないが展示作品の横で笑っている母の写真が転送されて来た。これでいいのだと思う。副賞とか記念品とか、そんなものはどうでもいいのだ。親が喜んでくれるというのが最高の副賞なのだ。僕は子供の頃から絵を描く会とか読書感想文で貰った賞状は大事そうに折らないように持ち帰ることをせず多分照れ隠しや妙なプライドのせいなのか4つ折りにして持ち帰って親に見せていた。ほらよ、とハラリと居間の机に放るのである。「あらまあ、ダメじゃないの、こんな大事なものを」と親がおどおどする姿ばかりを見てきた。「ねえねえ、金賞獲ったんだよ!」と無邪気を装って子供らしく振る舞う演技が出来なかったのだ。悔いる頃には、親は年老いているものである。親の葬儀の際にはそんな些細な後悔で涙するのだろう。
2010年05月18日
コメント(22)

西の空を見ると月と金星が並んでいた。【先回の三日月写真】よりも少々幻想的。シャッタースピードを少し変えるだけで全く違った雰囲気になる。月面のデコボコ重視の露出。(PENTAX X70 シャッタースピード0.3秒 絞りF5 ISO100)こちらの方が不思議な感じ。(PENTAX X70 シャッタースピード2秒 絞りF5 ISO100)
2010年05月17日
コメント(22)
F1に限らずカーレースは残虐な遊戯である。ドライバーが死と隣り合わせで走っているのをファンが高みの見物をしているところなんぞまるでコロセウムや闘牛場の闘いを連想する。見物人こそが残忍なのである。ぐねぐねした道を78周、速くゴールした人が勝ち。今晩11時15分からTVで放送されるモナコ・グランプリ。コート・ダジュールの市街地コースを走るのである。毎年フェンスに激突する車が続出する。僕は大のレース好きだ。F1レースの深夜放送は欠かさずに観る。今回のモナコは追い抜き場所が少ないのでレースとしては面白くないかもしれないが。前車を追う精神力、追われるプレッシャー、コンクリート・ウォールにタイヤを当てて走る車、ブレーキング・ポイントの限界を探すドライバー、全てがハラハラなのである。ぜひ今晩の11時15分、フジテレビを。(愛知県では1チャンネルとか東海テレビって言うけどね)
2010年05月16日
コメント(6)
エコロジストなので子供の答案用紙をはじめ不要になった紙の裏面が白ければ何でも使う。ネット通販で取り引きしている間は相手の住所氏名、落札商品名などをメモしておくのだ。取り引き終了と共に丸めて廃棄している。さて、先程そういったメモ用紙を見ていたら中3の次男の漢字問題の答案紙があった。それを解いてみて愕然としたのだ。息子は全問正解なのに(授業の復習なので当たり前か)僕は10問中3問が不正解だったのである。(恥)暫時、諮問、順応、素性、漸次、相殺、体裁、如実、頒布、凡例。まあ、中には簡単な読み方もあるが皆さんこれを全問正解で読めるだろうか?僕達は日常的にパソコンで漢字変換機能を使う。これは明らかに現代版の知能衰退である。仕事柄、万引き処理で警察に被害届けを出すことがある。僕の口述に対し警官が調書を書いていくのであるが調書作成の所々でつっかえるのである。「はげしく ていこうする はんにんを つかまえました」「ちょっと待って、ていこうの「こう」ってどんなだったかな」(携帯電話で文字変換するため中断)「ちょっと待って、つかまえるの送り仮名は「まえる」だったかな」(またまた携帯で文字変換で確認のため中断)やはりスラスラと漢字が書ける方が格好いいよね。息子の回答用紙を見て冷や汗の出る思いであった。
2010年05月15日
コメント(12)

強風が3日間続いている。ビルの谷間は特に酷いのだ。図書館横のサツキの花も飛ばされ尽くした。小学生の時に友達と議論をしたことがある。ランドセルを背負っての帰り道、「風が先か?波が先か?」というテーマだ。僕は「風に押されて波が立つのだ」と言い、友人は「波に押されて風が起こるのだ」と言う。地球が自転する際に波が起こるんだよ、ほら、水の入ったコップを回すと波が起こるだろ、そして月の引力によっても波が起こるのだ、だから波が先だと友達は尤もな解説をしたのである。そして僕は反論した。だったら風は波のように同間隔で吹くことになるよ、波に押されて風が起こるってのは違うんじゃないか?またまた友人は反論した。堤防だとか家だとか木にぶつかって遠回りするから風は均等には届いて来ないのだ、と。もちろん答えは出ずに、今でも風の中に生きている。
2010年05月14日
コメント(20)
大事な野暮用でいつもより1時間早く出勤すると警備員さんが「西側広場に行って下さい」と言う。よりにもよって避難訓練の日だったのだ。告知の紙を半月ほど前に配られていたのだが全く出る気はなかったのですっかり忘れていた。ビル内に入れなかったので仕方なく訓練に参加。遮光してある簡易ビニールハウスの中に煙(無害)が炊かれ間仕切りビニールで迷路になった中に入る。順番に出口を探して逃げる、という設定だ。雪の中のホワイトアウトのようだった。目の前は真っ白、光がチカチカと飛び回っている。平衡感覚が失われ、身体が真っ直ぐなのかどうかも判断不能。昔、10月中旬の中央アルプス双六岳稜線で霧と吹雪に見舞われたことを思い出した。平衡を測るためにストックを地面につけずに前に伸ばした腕から垂らすのである。これで真っ直ぐ歩けるのだ。何か僅かな指標があれば平衡は保てる。面白いもんだな、と雪原を歩いたものだ。【吹雪に遭った稜線は晴れればこんな絶景】
2010年05月13日
コメント(16)
スリランカ人の日本向けVISA発給の手伝いをしている。市役所で僕の住民票、課税所得証明、納税証明を、銀行で残高証明を発行してもらった。定期預金残高は少々あるのだがその10倍の借入金がある。そのまま残高証明を発行してもらうとマイナス8桁の残高だ。そんなのを大使館に提出すればVISAが貰えるわけがないので借入金の部分は表記せず、定期残高だけの表記を頼む。日本への招待状、身元引き受け状、スリランカ人の滞在日程。これら3通は英語表記。それらの書類をEMSで発送した。かかった経費は来日後に貰うことになっている。もちろん給付者本人の現地での所得証明も必要だがこれは親類知人から借金して解決できる。現地で日本向けVISAを発給してもらう場合、この書類とは別に大使館員への賄賂も必要だ。スリランカの場合は賄賂は必要ないらしいがネパールでは1万USドルが相場のようである。大使館員がこっそりと私腹を肥やしているのが実情らしい。それでも書類が揃わない場合(日本に保証人がいない場合)やむなく闇VISA発給という手が取られているらしい。一切の手続き込みで3万USドルが相場。(日本入国が失敗してもこのお金は返還されない)不景気真っ只中の日本であるが彼らにとっての日本は依然として「黄金の島ジパング」だ。【ちなみに今回のVISAは合法のビジネスビザである】
2010年05月12日
コメント(12)

6年振りに静かな高台にある祖父母の墓の前に立つ。空の色がオレンジ色になる手前の夕暮れの時間帯だ。叔父の葬儀を終えてその足でやって来た。彼の骨のかけらをこっそり放り込むためである。こっそりというのには訳がある。叔父は神道の葬儀をしたのだが、彼の骨の一片をせめて彼の父母の眠る日蓮宗の墓に入れてあげたい、再会を果たしてあげたいと思ったのである。それは本人の希望でもあった。「せめてひとかけら、父母の墓に。あと、宮古島の海に」親類がその旨を日蓮宗の坊さんに相談した。「他の宗派で燃やした骨の一部を日蓮宗の墓に入れる? 冗談じゃない、それなら100万円払え」と言われたらしい。というわけでこっそり納骨となったわけだ。墓石を少々ずらして骨の一片を放り込む。骨がコトンと再会の音を洩らした。ユリの花、漢字で書くと百合。揺れて再会の芳香を散らす。
2010年05月10日
コメント(22)
叔父の葬儀に出席するために高速道路を走った。伊勢湾岸道路は3車線である。ヨメの軽自動車はマニュアルのターボ車であるが時速140キロでリミッターが効いてしまう。それ以上のスピードは出ないのである。チッ!と舌打ちして速度を120キロに戻す。しばらく走ると前を走っていた車がブレーキをかけ大きく車線を変更したのが見えた。何だ?と思って前方の路面を見ると僕が走っている車線に長いハシゴが落ちている。工事用トラックから落ちたのだろう。瞬間的にバックミラーで後続車の有無を確認し減速して急ハンドルで回避した。このあたりの危機回避判断は我ながら上手い。すぐ斜め後ろに後続車がいなくて良かった。しかし軽自動車を運転していてラッキーだった。普通車で180キロで走ってたらハシゴ踏んで車が大破していたかその速度で急ハンドル切って横転だったかも。葬式に行く途中で事故だなんて親戚の人達に申し訳ないし。「また明日お通夜かよ、出費どうしてくれるんじゃい」と責められるのも面白くないしな。
2010年05月09日
コメント(20)
![]()
図書館から【白き氷河の果てに】というDVDを借りてきた。日本登山隊がK2という山に登った時のドキュメントだ。日本中から選び抜かれた登山家を集結させ、かつてない規模のキャラバンを組んでアタック。多くのバックアップ・スポンサーもついていてドキュメンタリー映画として撮影班も同行。僕の好きな登山家、森田勝もメンバーに加わっている。純粋な心を持つ一匹狼で、自分の山しかやらない男だ。いよいよ山頂アタックのメンバーが選ばれる。第1アタック隊に彼の名前は呼ばれず第2アタック隊のリーダーとして抜擢される。アタック隊を選抜した隊長の考えは「第1アタック隊での成功は難しい。 ある程度までルートを作って撤退の可能性が高い。 第2アタック隊こそ登頂の本命」と読んでいた。しかし森田勝は「なぜ俺が2番手なんだ!」と納得しない。勝手に山を降りてしまうという有名な「K2事件」である。結果は隊長の思惑通りになる。第1アタック隊は登頂失敗、森田が登るはずだった第2アタック隊が登頂に成功する。登頂出来なかった第1アタック隊の慟哭シーンや森田勝が下山してしまうシーンも収められている。【狼は帰らず】森田勝の生涯を追った本。僕の愛書でもある。DVDで森田は協調性のない悪役として写っている。そしてK2事件後は山岳隊からも敬遠されたというがこの本を読めば森田勝が愛おしくて大好きになること間違いなし。
2010年05月07日
コメント(10)
大好きな叔父(母の弟)が死んだ。三島由紀夫のような雰囲気の男の中の男である。こてこての日蓮宗の家に生まれたが末期癌の病床で日本古来の神道に沿って葬儀をして欲しい、と遺言した。さて、死んだ叔父の奥さんはキリスト教である。その奥さんの家系はこてこての創価学会。ここで宗教紛争が勃発したのである。葬儀の形式は本人希望の神道か、実家の日蓮宗か、配偶者希望のキリスト教か、はたまた創価学会か。がっぷり4つなのである。(苦笑)参列する僕ら遺族は見守るしかないのである。香典袋の形式も各宗教で異なるので準備も出来ない。喧嘩というほどでもないがお互いの希望が擦れ違う。叔父のことが大好きなので確かに悲しいのだが遺族の主張を聞いていると失笑してしまう。宗教とはエゴなのだ。宮古島でダイビングするのが好きだった叔父の骨、いっそのこと黒いビニール袋にかき集めて「えいやっ!」と海に投棄するがよろし。
2010年05月06日
コメント(26)

回廊のようになった狭い石畳の道。マルファの安ロッジにチェックインして「チャイをポットに入れて屋上までお願い」と注文しダウンジャケットを着込んで屋上にあがる。北側と東側の展望が良い。遥かムスタン方面に無名峰が聳えている。ちゃんとした名前が付いているのかも知れないが僕にとっては無名峰というだけのことだ。「あの山が随分近くに見える所まで来たんだな」ドイツ人のアンドレが一服キメながら呟く。「赤いからな。昨日の夕方も赤かったんだよ、あの山は」その山に視線を移したが赤くなんかない。トリップ中のたわ言だろうと適当に聞いていた。夕闇が降りて来て気温が下がってきた。「アンドレ、そろそろ部屋の中に入ろうか?」そうして薄暗くなりかけた階段を降りる時に最後の一瞥をあの山に向けてみた。夕陽の名残りを浴びて、燃えるように赤いのだ。
2010年05月05日
コメント(14)

店内の棚を整頓していたらミニアルバムを見つけた。6年前にヒマラヤを散歩した時の写真だ。フィルム一眼レフで撮った写真を接写で撮ってみた。色彩の荒さが、随分昔に撮った写真のように思わせる。この河を遡って行くとムスタン王国へと続く。さらに辿ればヒマラヤの峰々に降り積もる雪となる。この河の源流は上空の水蒸気である。大陸規模で見渡すと、この河の下流は海である。カトマンズからバンコクへの飛行機がベンガル湾上空を通る時この景色と同じような大規模な風景が見れるのだ。河の水が海へ注いでいるポイントは茶褐色なのだがその色はどんどん海の青と混じり合い薄められついにそれは深い青色へと変わっていく。この河の一滴一滴が青く染まるために旅をしているのである。 同じ河でもこちらは夕闇の中の写真、【ヒマラヤの赤い河】
2010年05月04日
コメント(8)

7年前まで僕の店があった場所には今は高層マンションが冷たく建っている。岡崎城東側の広場から北方向を眺めるとこの高層マンションが孤独に佇んでいる。 せめて、こんな真四角で無機質なビルではなく暖かみのある曲線でも配して欲しかった。そう思って画像を特殊処理して曲線を描いてみたがこれは曲線ではなく、欲望という名の歪み。孤独のビルの画像、黒い欲望の画像はモノクロが似合う。 18歳、写真専門校に行きながら公園で寝泊り。色んな奴の家も転々と渡り歩いた。名古屋の真ん中で宿題のモノクロ写真ばかり撮っていた。壁、鳩、雲、噴水、浮浪者、ビル、ビル、ビル...。お互いに好きでも何でもないクラスの女に「アパートをシェアして借りようか?」と言われた。溜まり場のメルティング・ポットという店は今でもまだあそこにあるのだろうか?モノクロで写真を撮っておけばよかった。
2010年05月03日
コメント(20)

夜桜に比べて夜の藤棚を訪れる見物客は少ない。しかしよく見ると藤は実に妖しく気品に溢れている。蘭の花のようである。蘭のような気高さはないが、蘭に負けない優しさがある。 人の痛みを知っている、けなげな優しさ。何も言葉に出さなくとも微笑むだけの優しさ。甘い香りに包まれて安らぎをくれる優しさ。 藤の花には法則があり、規則正しく並んでいる。上から順に咲き誇り、上から順に朽ちていく。自分が咲いた栄養分を下の花に回して惜しまない。今夜、藤を見に来て良かった。藤に、抱かれた。
2010年05月02日
コメント(18)
GWになって長男が帰ってきている。社会人になって1ヶ月、ずいぶん逞しくなった。そろそろ自分の車が欲しいと言う。我が家では経済上の理由により、もしくは自立を促すために子供に車を買い与えるなんてことはしない。「自分で貯めて買えや!」なのである。息子が欲しがっているのはコペンだ。おお!オープンカー!(涙)買ったら貸してくれ!週に6日だけでいい。いや、週5日だけでいい。車高をちょこっと下げてだな、マフラーちょいと替えてう~ん、あんまりうるさくない音がいいな。タイヤとホイールも替えねばなるまい。コンピュータいじるか。リミッターカットせねば。そうそう、ボディー剛性大丈夫かな?これ。ほれ、お母さんのホンダ トゥデイみたいにさねじれてドアが閉まらなくなっちゃうとマズいだろ?内装やエアコンは取っ払おう。なぬ?ナビ?コンポ?邪道じゃい!オマエはいつからそんな軟弱者になったのだ!ナビなんて買わずに本屋で地図買わんか!その前にだな、お父さんが昔書いたエッセイ、【オープンカー】を読んでよ~く考えて買え。でも絶対オープンカー買ってくれ、頼む!
2010年05月01日
コメント(10)
全27件 (27件中 1-27件目)
1